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紫微斗数と飛行機①

封神演義(紫微斗数占い)という神話があり。

殷王朝が倒れて周王朝が生まれるまでの壮大なストーリーを、楽しい物語で綴っています。両王朝の英雄たちを紫微、貪狼、巨門、廉貞、武曲、破軍、天府、天梁、天機、天同、天相、七殺、太陽、太陰の14星になぞらえて、それらの星の性格や、生年月日にこれらの星たちが夜空のどこにいたかで、恋愛とか仕事とかの運勢を占うことができます。

風神演義。左が殷陣営。右が周陣営。https://kknews.cc/zh-hk/history/l2b8242.html

 

 

ランダムに、特徴的な星たちについて記載してみます。

 

◎武曲星「白刃踏むべし」

悪い殷を滅ぼし、周王朝を築いた「武王」の神格化。

「武曲」に「武王」ですから、さぞや強い将軍だろうと思いますが、そのじつ、本当の得意技は、お金儲けの「財神」だったりします。ただ、ねちねちと真綿で首を締めるようなやり方ではなく、豪快な直球勝負だ!

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/ziweirumen-20522.html

 

 

「白刃踏むべし」というのは、無数の刃が振り下ろされてくる戦場で、そのやいばを足で踏み折って敵をせん滅するという星であり、鉄火場で爆発力を発揮。平和な状況だとかえって力を持てあましちゃうこともあり。

一方、のちに述べる「破軍星」と違って、戦闘そのものが目的ではなく、合戦中も、実は戦後の経済覇権をちゃくちゃくと準備しているというちゃっかり屋さんです。

言ってみれば、B17みたいな感じ。

B17。PIXABAY無料画像

 

 

それほど広くもないドーバー海峡を挟んだイギリスとフランスを拠点として、でも海を越えたら燃料が足りなくなっちゃう、という小さな戦闘機たち(スピットファイヤやBF109)が、ちまちまちょこちょこと互いに猫パンチを繰り広げていたヨーロッパで、そのはるか上の高度8000メートルを、一気にドイツまで飛んで行って爆弾を落とし、「無慈悲な鉄槌」でドイツの主要都市を壊滅させました。

ただ、ドイツまでついていける援護戦闘機がなかなかなく。

ドイツ上空では雲霞のごときドイツ戦闘機にボコられまくり、一時は総出撃機数の3分の1に及ぶ損害を出しながらも、「死なないやつが生き延びて、勝つ」という、小学生の作文みたいですがこれ以上ない真理を体現した恐ろしい戦略爆撃機です。

https://life-is-aviation.tumblr.com/post/181683959951/the-story-of-b-17-all-american-a-mid-air/amp

 

 

ドイツをボコす過程で無数の大型機の運航(管制・航法・操縦法・ロジスティックスなど)を実験し。アメリカが戦後世界のエアラインを制覇するという経済的利益にちゃっかりつなげていたのでした。

本当に戦後の旅客機のひな形になったのはB29ですが、こちらは金儲けの部分がえげつなさすぎ。やっぱり「経済がわかる武将」というか、資本主義によるバターと大砲の両立という意味で、B17が上と思います。(B29はバターに偏りすぎ)。

 

◎破軍星「酒池肉林の発明者」

こちらは滅ぼされた方の、殷の紂王のことです。封神演義は周の建国神話なので、紂王は最凶最悪の暴君にされてしまっていますが、実は「美貌を持ち、弁舌に優れ、頭の回転が速く(Wikipedia)」とそんなに愚かな奴じゃなく、天才タイプだったらしい。勝てば官軍、負ければ長嶋ですねーはいすみませんカープ日本一、ジャイアンツ最下位の恐ろしい年の回顧でした。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/pojunxing.html

 

 

悪の魔王だけに、戦闘力は最強だ!でも、悪なので、性格が。。。まわりの人々は紂王の気まぐれや残虐さにふりまわされ。

人をだまして、人肉で作ったまんじゅうを食べさせたりとかの鬼畜な行いに及んだあげく、最後はやばい女にたぶらかされて、国を滅亡させてしまいました。

さて、破軍星みたいな飛行機として

その1:F4U

最高時速700キロ、艦上機なのに高空性能もよく、とにかく頑丈で、ものすごい量の爆弾を積んで急降下爆撃とか、要すれば「敵をボコる」という面では無敵の戦闘機でした(零戦とかが寄ってきたら急上昇でやり過ごした)。

Oren Rozen, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

 

 

問題は、艦上戦闘機では絶対やってはいけない「超大馬力エンジン、巨大なプロペラに、主脚を何とか短くできるように逆ガル翼」という3点セットを盛り込んでしまい。

エンジンとプロペラはものすごいPファクター(乱流)をもたらし、それだけでも狭い空母に着艦なんて至難なのに、コクピットの場所が後ろすぎて前が見えず。極めつけは、逆ガル翼が、低速旋回中など、風が翼に当たる角度によっては下向きの揚力を発生させたりして、横転・大破の大事故続出だったらしい。

http://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/f4uf4u-30ef.html

 

 

ケンカは強いが、とにかく取り扱いの困難な、らりってるのこいつ?みたいになってしまったのである。

 

その2:Bf109

こちらは、以前の記事にちょっと書きましたが、やっぱりエンジンパワーと機体がアンバランスになってしまい。ただ、F4Uがアメリカ丸出しの、脳筋パワー・2000馬力のエンジンにものを言わせ、力づくで巨大な逆ガル翼を引っ張ったのに比べ、Bf109は、フツーに高性能の1400馬力エンジンだったので、とにかく機体の方を軽く小さくだ!特に翼は世界でも一番小さいんじゃね?となり。

いったん空に上がっちゃえば、ロール率とか小さい翼の利点が出てきて、やっぱり最強だぜ!なのですが、離陸、着陸になるとからきしダメ、というか全く安定性のない、恐ろしい飛行機になってしまいました。

でも、モデラ―目線でみると、この2機はかっこいいですよねーやっぱりアンバランスなエンジンと機体が、他に見ることのできないアクセントになっているのかもしれん。

Bf109。https://www.artstation.com/artwork/PeN4o

 

 

◎天相星「凶兆を解くオールマイティー星」

「聞大師」といって、殷の名宰相です。紂王の暴政に苦しんだ市民をいたわり善政を敷いた。紂王にも一目置かれ、一般市民にも尊敬されるという全方位外交、一人で多彩なマルチプル能力、オールマイティーな、悪条件をクレバーに解決する奴だったらしい。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/tianxiangxing.html

 

 

これは、占いの世界でいえば「解厄制化」の力が強いということで、「すべての凶星を制化する能力」を持っているとのことです。以上、西村天然先生の本から勉強させていただきました。

そんな飛行機として。。。

 

その1:スピットファイア

これは、機体よりも翼に注目してください。

楕円翼と言って丸っこい形にしていますが、この過程で極限の洗練がなされ。

薄い翼なのに、車輪や機銃を格納するスペースを確保。

Pixabay無料画像

 

 

これは、機体近くの主翼面積を大きくとれる一方で、翼端に行くにしたがい急激に面積が絞られるため、直線翼と総面積は同じでも、車輪やらの格納を行う翼中央ぐらいまでのスペースが十分に取れ。

また、翼端がとんがった形になることで、これも直線翼より著しく翼端抵抗誘導を下げることができた。

これらの特性から、①翼面積が大きく翼面荷重が低めの割には、翼の小さいBf109と拮抗するスピードが出せた。②運動性も良好で、翼面荷重が反則で低い零戦とも互角の格闘ができた、など、だれが相手だろうがなんとか対処できちゃうというオールマイティーな飛行機になりました。

スピットファイアとBf109の翼平面形

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spit/09.html

 

 

その2:F4F

こちらは「優秀な艦上戦闘機」。

つまり、頑丈で、どちん、どちん、という着艦の衝撃に耐え、艦隊上空つまりそれほど高くない空において、どんな敵機が来てもくるくると後ろについてやっつける、または味方の艦上攻撃機などを援護してまあまあの遠さの敵艦隊まで行って帰ってくる、という自然に幸せな発展を見せた、くどいけど「優秀な艦上機」です。

幸せでない発展は零戦で、陸上攻撃機の援護をするための狂った長距離を行って帰ってくる能力、アメリカのピーシュータ―(陸上戦闘機)と互角の速力、そしてパイロットを「らりっていなくても、らりったみたいにしてしまう」恐怖の運動性能という、相反するあらゆる性能を詰め込んだため、機体強度や防御力といった戦争道具に必須の部分が欠けたイタイ飛行機になってしまいました。

なお、F4Fは、単に被弾に強いだけでなくて、落っこちても「いかだ」を展開して、パイロットは魚釣りキットで助けを待つことができる、という万全の親切設計でした。

F4Fの「背びれ」に格納されていた筏

https://www.ebay.com/itm/265880777792

こんな重たいものをしょい込みながら、零戦と互角に格闘したワイルドキャット恐るべし。

 

 

珊瑚海やミッドウエーなど正規空母同士の艦隊決戦や、護衛空母による船団護衛など、どんな任務もオールマイティ―にこなし、開戦当初の最も苦しい時期でも、優勢な零戦相手に互角に戦いました。

F4Uなんかよりよっぽど連合軍の勝利(太平洋、欧州戦線)に貢献した名機と思います。

3000字超えで、とりあえず今回は打ち止め。

ではでは。

Posted by 猫機長
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台風が作った歴史。元寇の真実

蒙古襲来とも言い、鎌倉時代の1274年、1281年の二度にわたり元朝(モンゴル)が日本に侵略した戦いのことを言います。

元寇については、世につれていろいろと解釈がなされ。

戦前では、正義の日本がモンゴル軍をけちょんけちょんにやっつけ、八百万の神が起こした神風により、元軍は海の藻屑と消えました、となっており。

軍歌「元寇」

 

 

ところが、戦後では、逆に日本側がモンゴル軍にけちょんけちょんにやられ、モンゴル軍が戦利品を船に持ち帰っていたところを台風が襲い、海の藻屑となりました。軍国主義者はこれを神風といって日本を神の国にしようとしていましたが、そんな戯言にダマされてはだめですよ。あれはただの台風ですよ!

というふうに180度転換したのでした。ははは

さらに戦後も40年たって、満州や南方、シベリアで虫けらのように殺された世代の中でも、奇跡的に生き残って「戦争絶対反対!」と叫んだ一握りの人たちが寿命で死んじゃった令和の世では、「日本は実は強かったんだ!卑怯な集団戦法でかかってくるモンゴル軍を、世界でもまれにみるかっこいい重装騎兵の日本武士が追い散らし、船団に逃げ帰ったところで台風によって海の藻屑となった。この台風はやっぱり神風だ!」という風に変化してきています。

さて、どの主張が本当なのでしょうか。

実は、どれも正しくなかったのでした。

というわけで、蒙古襲来のえげつない真実を暴きます。

「真相はこうだ」

そもそもモンゴルについて。

騎馬民族です。

モンゴル。馬とゲル(パオ) https://ameblo.jp/elgatherapy/entry-12619434136.html

モンゴル高原は、ろくに雨が降らず。1000年から1200年ころの技術では、とても農業なんて。。。という状況であり。

であれば、人間では食べることはできない草をヒツジに食わせて、人間はそのヒツジを食って生き延びよう、ということになりました。

農業が「一所懸命」つまり同じ土地を営々と耕し、良く言えば定着、悪く言えばしがみついていたのに比べ、ヒツジの方は、ある場所の草を食いつくせば、とっとと別の場所に移動していってしまうため、人間のほうでもヒツジと一緒に移動するようになり。

足でてくてく、ではしんどいので、馬に乗るようになりました。

いきおい住居も移動式のパオになり。クワや鋤の替わりに弓矢で鳥だの鹿だのを狩るようになりました。

要すれば、モンゴル人というのは、天性の機械化師団だったのである。

時代が時代なので、兵員輸送車(装甲車、トラック)ではなくて、馬でしたが。

しかし、馬か徒歩か、という時代に、馬に乗るという事は、決定的な戦術的優位を与えることになり。

農耕民族が、ひとところに固まって(実は時速3キロていどで移動してはいる)、槍でやーやーなんてやっているところを、騎馬軍団の大軍が時速60キロで怒涛の疾駆をしながら、槍の射程外から機関銃のように毒矢をぶち込むということになり。

ちょっとたとえが極端ですが、竹槍でB29をやっつけろ、とほざいているうちに、はるか上空から焼夷弾を落とされ全滅、みたいな状況になったらしい。

竹槍訓練 https://rakuseijin.exblog.jp/22011141/

 

 

というわけで、あっという間にモンゴルはアジアからヨーロッパをまたぐ大帝国になった。

ただ、広大な土地に散らばる農耕民族を持てあますようにもなり。

中国を制圧したモンゴルですが、高麗だの宋だのの投降した軍隊がまだ残っており。味方として吸収するには維持コストがかかりすぎるし、反乱でもされたら一大事なので、なんとかうまく消し去ることができないかなやんでいた。

そこで日本に送り込んで、日本の武士にお掃除してもらったということですね。

ちなみに、当時の造船・航海技術では、大量の馬を一度に船に乗せて運ぶことができなかったそうで、事実日本に送られたのは大部分が徒歩の兵隊、つまり、実はモンゴルではなく、モンゴルに負けた高麗だのの残存兵だったのでした。

つまり、「てつはう」だの「毒矢」だのモンゴル式の戦法を取ったりもしますが、その実は日本と同じ農耕民族の軍隊であり、てくてく徒歩で、やーやー!という相手だった。

蒙古襲来絵詞。画面のさらに左に、モンゴル騎兵のいるバージョンもあったはずだけれど。。。

 

 
恐ろしい「モンゴルの機械化師団(機械じゃなくて馬だけど)」と対峙しないで済んだという事である。

もちろん沖を埋め尽くす軍船から雲霞のごとき大軍が上陸してくるわけですから、「日本軍は弱かった、けちょんけちょんにやられた」というのはウソで、その大軍を押し返した日本軍の実力恐るべし、というのは事実といってよい。

ただ、相手が血に飢えたモンゴル騎兵ではなく、祖国を追われてゴミのように日本に捨てられた、やる気全くなし、やらされ感満載の中国人・韓国人だったという事は理解しておくべきと考えます。

さて、やらされ感満載の高麗・南宋連合軍ですが、なかなか日本軍相手に健闘して、これなら督戦隊(元。*注1)に処刑されないですむな、いったんお家じゃなかった船に帰ろう、というとき、哀れ台風に会い海の藻屑になってしまいました。

これも、元の命令で無理やり突貫工事で作った船であり、もともとの当時の稚拙な造船技術と相まって、「神風」までいかないフツーの暴風雨で、あれよあれよという間に沈んでしまった、という事なのだと理解します。

モンゴル騎兵のいる風景。いないわけではなかったが、船の関係で、少数になってしまったらしい。

 

 
結論として、元寇は

左翼や共産主義者が言うような、「精強なモンゴル軍が悪い日本の軍人をけちょんけちょんにしたが、神の力ではなく、自然現象である台風で全滅」というのではない。そもそもモンゴル軍ではなく、中国・朝鮮の歩兵です。自然現象はその通りだが、それを天皇制批判とかに使おうとするのはいただけないですねえ。

右翼や厨二のミリオタがいうような、「世界一の皇軍がモンゴルをやっつけた」というのも、相手が実はモンゴルじゃなくて、パール―(*注2)じゃなかった中国軍ですからねえ。ただ、日本側も確かに強く、善戦はした。一方、台風は台風であって、神がかった超常現象ではないので、「日本はやっぱり神の国です」なんてイタイ解釈はやめましょう。

結局、元寇というのは、超大国の元が、国内、周辺地域のごたごたを解消するために、治安を乱しそうなヤンキーや愚連隊を日本に送りこんで厄介払いしよう、ということだった。

日本から見ればいい迷惑、どころではなく存亡の危機に立ってしまいましたが、幸いヤンキーと愚連隊だけで、やばい珍走団は来なかったので、何とか守り切った。

珍走団(暴走族)

もしモンゴルが本気で日本を攻めようとしていたら、どんな非道なまねをしてでも精鋭の騎馬軍団を送り込んできたでしょう。

イメージですが、対馬海峡に高麗人の死体で作った浮橋を浮かべて、その上を騎馬兵が疾駆して渡ってくるとか。。。。

アリ(写真はヒアリ)の「いかだ」https://newsphere.jp/national/20170706-4/

モンゴル軍なら、高麗人を使ってこうゆうのを作りかねませんよね。。。

 

 
中国やアメリカほどの大国となると、戦争そのものの勝敗より、戦争というビジネスを通じてどう経済的な利益を得るかというアプローチを見せることがあり。元寇だの太平洋戦争だの、日本はうまく利用されてしまいました。

正義だのなんだのという裏の、えげつない経済的、社会的、政治的な動きを見破ることで、将来は悪徳政治家が正義の仮面を掲げた戦争を起こすようなことを避けられるようになると、信じています。

最後に、マニアックな語句の訳注です

*注1 督戦隊:日中戦争で、中国軍の動きを背後から見張っていた監視役の部隊。中国軍が退却しようとすると、特戦隊が後ろから銃を乱射して処刑した。ウクライナにおけるロシア軍にも、特戦隊がいるらしい。

*注2 パール―:八路軍のこと。日中戦争時の中国は、資本主義の国府軍と、共産主義の八路軍がいた。八路軍は、装備が貧弱すぎて日本軍を見たら原則退避した。国府軍は督戦隊をたててがんばった。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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単フロートと双フロートの話

陸の生物である人間が作った飛行機は、陸上の滑走路を拠点としていたのですが、そのうち水の上からも発着できれば便利じゃね?と気が付き。

陸上用の主脚をフロートと取り換えて、水上機が生まれ。単フロート型と双フロート型に分かれました。

単フロート型(上・パブリックドメイン)と双フロート型(下・PIXABAY無料画像)

 

 

どちらがより優れているのだろう?と今日まで尽きざる論争になっています。

水上機の全盛時代では、なんと日本が他の国の追随を許さない大発展を遂げました。

そんな日本が、単フロートと双フロートをどのように使い分けていたのを見てみます。

以下、日本機の画像は、皆さんおなじみ中島航空機博物館(https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/index.html)から引用させていただきました。

 

◎トップバッターは「零式水上偵察機」

双フロートですね

 

 

この飛行機は、巡洋艦とか、飛行甲板を持たない艦艇からカタパルトで射出され、はるか遠くにいる敵の艦隊の情報とかを探るなどが主任務であり。操縦士、偵察員のほかに航法員を乗せることで、広い洋上を迷子にならないで飛ぶことができ。

空母同士の艦隊決戦においても、空母は攻撃用の戦闘機、攻撃機、爆撃機で満杯なので、随伴する巡洋艦から零式水上偵察機を発進させて敵艦隊の動きを探りました。

真珠湾攻撃では攻撃隊に先立ちホノルル上空へ飛んでいき、見事敵情報告の大任を果たしましたが、ミッドウエーでは、カタパルトが故障して発進が遅れたために、敵の強襲を許したという、目立たないけれど決定的な役割を担っていたようです。

つまり、3座という事で長距離飛行や夜間飛行を可能とし、偵察以外にも爆撃など多用途で重宝されたそうです。どこまでも真っ直ぐ、ぶれずに安定した飛行ができる傑作機、という事だったらしい。

 

 

◎「瑞雲」水上偵察機

やっぱり双フロート型

 

 

零式水上偵察機とよく似ているけれど、こちらは敵戦闘機と格闘したり、急降下爆撃ができるように、大幅に機体を強化しており。乗員も、専門の航法士が減らされて2名になっています。

戦争も後半になると、零式水上偵察機では、敵の戦闘機の餌食になってしまう事が増え。何とか落とされないよう、空戦フラップを装備したりがんばった。また、無理やり急降下をやらせようとしたので、エアブレーキとかが振動して空中分解が多発したらしい。

Wikipediaでは、水上機にしては攻撃力が優れている、と書いていますが、それは水上機にしてはという事であって、雲霞のごとく押し寄せるグラマン相手にどこまで生き残れたかは疑問です。

一方、魚雷艇を爆撃したりとかで活躍しました。

 

 

◎二式水戦

単フロート型

 

 

零戦を水上機にしたらこうなった。フロートを付けても意外と性能低下は抑えられたらしく、飛行場のない南方の島々から飛び立ち、連合軍戦闘機相手に大活躍しました。

 

 

◎零式観測機

さてさてマニアのみなさん、ついに主役の登場です。

やっぱり単フロート型

 

 

観測機は、戦艦などに搭載して、艦隊決戦において、味方の戦艦の主砲弾が敵の戦艦に命中しているかどうかを文字通り観測し、味方へ伝える、というのが主任務の飛行機です。

当時の戦艦は、主砲の射程が4万メートルに達しており。地球は丸いので、その距離だと、地平線(水平線?)に敵の艦影が隠れてしまい、ろくろく視認するのも困難になってしまっていた。

そこで、観測機を飛ばして上空から射撃情報を得よう、ということになり。

こんなかんじ(出展:https://hatoh-yamato.jp/archives-044/)

 

 

航続距離は「零式水上偵察機」の3分の1くらいと短いですが、その分格闘性能を向上し。

味方の着弾観測を行うために空に上がるという事は、敵の観測機も上がってきているわけですから、その敵が純粋な観測機であろうが、空母から飛んできた戦闘機であろうが、格闘して落としてしまえ!という恐ろしい野望を持った飛行機になりました。

ただ、時代はすでに砲戦ではなく空母同士の航空決戦になっていたので、観測、という面では全然出番がなくなってしまい。

そのかわり、船団護衛や離れ島の防空で、敵機に無双するという野望は見事達成され。グラマン、P38やP39という本職の戦闘機をバタバタ叩き落す大活躍をしたそうです。

零式観測機と二式水戦のコンボは無敵だったらしい。

P38(パブリックドメイン)

 

 

P39(パブリックドメイン)

 

 

このへんで、単フロートと双フロートの利点・弱点が浮き彫りになってくると思います。

1.そもそも水上機にとって、まず離水というのがものすごく難しく、リスキーな行いである。水は、フロートの底に粘着してしまい、まるでボンドを引きはがすようにして離水しなければならなくなるらしい(すいません、ぼくは陸上機パイロットなので、また聞きです)。従ってエンジンパワーがなく、鈍重な機体は、そのぶん水上滑走がやりやすい機体でないと、制御不能、転覆、になってしまい。

単フロートだと波とかが斜めに当たったりする場合の制御が難しく、離水には双フロートの方が一日の超あり、ということで、零式水上偵察機や瑞雲は双フロートになったらしい。

2.エンジンパワーがありすぎても、プロペラトルクなどで単フロートは苦しいらしく、シュナイダー杯のレース機などでも双フロートを採用しています。

マッキMC72 https://grabcad.com/library/idrocorsa-macchi-castoldi-mc72-1934

 

 

こういったレース機はともかく離水速度が速いので、その速度になるまで延々と滑走しなければならず。この間すさまじい偏向のねじれに対応するために、片側のフロートはあえて燃料タンクにしてバラストとした、という情報もあります。写真のマッキがそうだったかは情報えられませんでしたが。

二式水戦や零式観測機は、翼面荷重がレース機よりずっと低い(上昇力がものすごく高い)ので、パイロットがうまくトルクを殺せば、危険な水面をそんなに走らなくても離水できた、という事と推察します。

3.いったん離水すれば水上機も陸上機とおなじ、というわけにはいかず。大きなフロートを付けているぶん、飛行特性にも影響が出てしまい。

前方投影面積だけなら、実は単フロートと双フロートはそう変わらず。空気抵抗による速度への影響は、有意なほどにはならなかったらしい。

一方、単フロートの場合、重いフロートを1個にまとめて、機軸中心の垂直線上に置くことができ。

https://geolog.mydns.jp/www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3853/jnrs/jnrsC235c.html

 

 

https://daihonnei.com/wp-content/uploads/2017/04/%E7%91%9E%E9%9B%B23%E9%9D%A2%E5%9B%B3-1.jpg

 

 

このため、ロール性能の低下を最低に抑えることができた。左右の補助フロートはそれほど影響がなかったらしい。

横転性能は、格闘戦の中でも重要ですから、二式水戦や零式観測機が単フロートなのもうなづけると思います。

4.なんちゅう理由じゃ、という単フロート機もあり。

その名もグラマンJ2F「ダック」

http://www.fiddlersgreen.net/aircraft/Grumman-Duck/IMAGES/duck-standing-grumman.jpg

ロートが巨大すぎて、飛行機にフロートが付いているのか、フロートに飛行機が付いているのかわからなくなっているのでした。

この巨大なフロートが、メインギアの格納と共に、なんと居住区となっており、「燃料や貨物の他、並列のシートに2名まで人員を乗せて輸送が可能だった(Wikipedia)」とあります。

ここまでくると、飛行艇ですよね。。。。

ぶきっちょだけれど、貨物輸送から海難救助まで、多用途で活躍した傑作機になりました。

アメリカとかは、二式水戦みたいな水上機は作らなかったの?という質問があるかもしれません。

あるにはあった。でも大量に使われるという事はなかった。

水上機型スピットファイア

https://www.hlj.co.jp/product/KOP73170/

 

 

水上機型のグラマンF4F

https://live.warthunder.com/post/763196/en/

 

 

F4Fの水上機型は「野生のナマズ」と呼ばれたようです。

アメリカには「飼いナマズ」とか「のらナマズ」がいたのだろうか?「養殖ナマズ」と「天然ナマズ」はあるみたいだけれど。

脱線ついでに、東京の「わかば」には、日本有数といわれる「天然物」のたい焼きがあります。わくわく。。。

「わかば」のたい焼き

 

 

アメリカの場合、島を占領すればあっという間に滑走路をつくってしまうし、戦争開始2年後の1943年には「週刊空母」といって、一週間に一隻の割合で空母を就航させていたので、わざわざ水上機を作る必要なんてなかったのですね。。。。

パブリックドメイン

 

 

日本が水上機大国になったのは、ろくに滑走路も作れない貧弱な工業力が理由だったというオチになってしまいました。

ああ無情。。。

現在では、セスナなどの水上型が、カナダなど水面がいっぱいの国々で大活躍しています。やはり離水が一番の課題なのか、みな双フロートになっています。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ブラジリア点描

◎サントスデュモン生誕150周年

こないだブラジリアの中心地区にあるショッピングセンターへ行ったら、サントスデュモン生誕150周年記念の展示をやっていました。

 

 

この展示では、サントスデュモンが作成した数々の飛行物体の一つ、Demoiselle号のレプリカが展示されていました。

 

 

今どきの初級ULPそっくり。

ちなみに、「Demoiselle」というのは、日本語では「素敵女子」になります。

ううむなかなかおつな命名だ!(英語だと、Maidenだそうです。ちょっとちがうかな?)

この飛行機は1907年に初飛行し、改良など加えながら40機ほどが生産されたそうです。

写真のは2018年製のレプリカ。全長6.2m、全幅5.5mで、翼の長さより機体の方が長いという、いかにも当時らしい構成の機体。

空虚重量190キロ、飛行可能速度時速96キロ。竹と絹の布、50馬力以下のエンジンですから、大したものです。

いまどきの初級ULP

http://philiptoledano.blogspot.com/2010/06/um-excelente-ultraleve.html

 

 

サントスデュモンはブラジルのミナスジェライス州に生まれ、いろいろあって18歳の時にフランスに渡り。

まずは気球などで空を飛び始め。次第に飛行船を開発していきました。

 

 

ちょくちょく墜落していたらしい。

 

 

ロスチャイルド邸の庭に落っこちたが、ロスチャイルドさんと一緒にコーヒーを飲んで、まだ飛べるじゃん、と修理して、また離陸というか浮揚して帰って行った、といううわさもあり。

そのうち飛行記録を作り出しはじめ。エッフェル塔のまわりだのなんだのを飛んだりして、人気者になりました。

 

 

ついには「空気より重い物体」つまり飛行機の制作をはじめ。

飛行船というか気球というかに吊り下げてテストなどからはじめ。

https://www.cabangu.com.br/pai_da_aviacao/3-dirig/10/10-dirig10.html

 

 

14Bis号は、「ヨーロッパで初めての飛行機」と呼ばれるようになりました。

 

 

ちなみに、サントスデュモンの飛行機は、日本製の絹で翼や機体を覆っていたそうです。

 

 

世界最初の飛行はだれか?になると、いろいろな人がいろいろな説を立てているので、ここでは議論しませんが、サントスデュモンは発明家でもあり。下の画像では、飛行機を車にのっけて運んでいますが、これが世界最初のピックアップトラックだったそうです(かもしれん)。

さらに下の写真は、救命用の大砲だそうで、砲弾の代わりに救命ブイを打ち出し。400メートル先までカタパルト発射で届かせることができた。

 

 

海岸に置いたのか?船にでも乗せたのか?実際2名がこの装置で命を救われたそうです。

サントスデュモンは、自分が開発した飛行船や飛行機の図面は広く希望者に提供しています。

というか、リリエンタールも飛行実験の詳細を一般紙に投稿したりして、当時の発明家たちは、飛行機に関して言えば、わりとオープンに状況提供・交換していたらしい。

一番有名なライト兄弟が、特許だのなんだのと、やっぱり有名なカーチスとみっともなく争ったりしましたが、そっちの方が例外と思います。

◎素敵女子来訪

一時期ブラジルに駐在していて、その後日本に戻っていた素敵女子「たこ焼き老師」さんが、コロンビア経由でひよっこり来訪。一緒にそのへんを楽しく飛びました。

たこ焼き老師さん、ありがとうございます。

コパイ目線からの写真多数いただきました

離陸 https://www.youtube.com/shorts/Oi_4LiCyvfk

 

 

着陸 https://www.youtube.com/watch?v=PyhBulLLCxY

 

 

たこ焼き老師さんのフェイスブックで、これらの写真の一つについたコメント:

「Helicopter?Cool!」

ヘリじゃねーよ!飛行機だよ!ぎゃわわわー!

たこ焼き老師さんを送って行ったホテルで、変な車が停車していました。

その名も「唐」。

唐?

 

◎筆触分割

点描つながりで。。。。

筆触分割、という絵画の技法があります。印象派で生まれ大成した技法です。

印象派の前は、画家が色を作るとき、原色などいろいろ混ぜて色彩のバリエーションを作ったりしていました。

でも、複数の色の絵具を混ぜていくと、画面が暗くなって行っちゃうんですよね。

というわけで、繊細なバラエティに富んだ無数の色が満ち溢れている名作は、どうしても色調が暗くなってしまい。

テオドール・ジェリコー《メデューズ号の筏》1819年

 

 

上の絵は、遭難というシチュエーションなので、あえて暗い画面にしたというのもあるでしょうが、そうでない絵でも、どうしても暗くなってしまう傾向にあり。

アングル 泉

 

 

アングルの「泉」は、まだ早朝の黎明みたいな薄暗さが、幻想的な雰囲気を作っていますが、でも、もっと明るい画面ができないかなー(コンピューターでコントラスト調整とかは禁止)と思ったりします。

それを覆し、野外の太陽さんさんたるあかるい風景を、明るく輝くように描写したのが印象派でした。

モネ アルジャントゥイユの橋

 

 

どうやってこの明るい色彩を達成したのか?

「べつに、絵の具をまぜなければいいじゃん」ということなのでした。ははは

でも、緑を作るためには、青と黄色を混ぜなければならないよ?

そこで生まれたのが筆触分割です。

目の前10センチのキャンバスに、ひとふでづつ交互に、青と黄色を隣り合わせでぺったんぺったんと塗っていったとします。

目の前10センチだと、青の隣に黄色。その隣に青、そのまた隣に黄色。。。という感じ。

でも100センチ離れてみると、青と黄色がぼやけて混ざり合い、なんと緑色にみえるのでした。

これを、視覚混合というのです。

印象派は、この視覚混合を縦横に活用して、まじりあった色だけれど暗くならない、という秘法を編み出したのでした。

そして、その一つの究極形が、「点描画法」

いろいろな色の点を、ともかく無数にキャンバスに打っていく。

もちろん行き当たりばったりではなく、画家が表現したい対象物がくっきり浮かび上がるように、無数の点を打っていきます。

その結果、下のような絵ができます。

黄色い葉っぱの木がある風景。とある建物の壁にかかっていました。(いまどきの絵です)

 

 

もうちょっと近寄ってみます。

 

 

そして、キャンバスにくっつくくらいに近寄ってみます

 

 

へえーこれが点描画法なのか!と、コンピューターの画面では見ることのできない実物を見ることができて、感激しました。

といっても読者の皆さんには、コンピューター(スマホ)の画像から間接にしかお見せすることができないんですよねーでも言わんとすることはご理解いただけたと思います。

しかし、本当に感得するには、やっぱり実物を見る必要があるという事を痛感しました。

あと、あまり近寄ったり遠のいたり、写真を撮ったりなんてしていると、警備員のお兄ちゃんに憐みのまなざしで見られてしまうので、気を付けましょう。ははは

モネの絵(アルジャントゥイユの橋)と、今時の画家による黄色い葉っぱの木を見比べると、今時のほうは、遠くても点描が見えてしまい、かつ煙のようにぼやけてしまっている点が残念ですが、モネの方は、HP画像ですが、筆触分割のお手本とされる水面の部分も、まるでふつーに絵具を混ぜて書いているように見え。やはり巨匠は格が違うなと感服するのでした。

点を強調するケースではスーラという画家がいますが、スーラの絵は、点の一つ一つがすごい鮮明で、黄色い木の絵みたいになんか輪郭がぼやけちゃった(霧の中から見ているみたい)というのに比べてキレが違うと思います。

スーラ グランド・ジャット島

 

 

もちろん、「印章 日の出」とか、ターナーの水彩画みたいに、あえてぼやかした、という絵もありますけど。黄色い木の絵も、わざとそうしたのかな?

◎おまけ

ブラジリア点描なので、ちょっとだけブラジリア市街などの写真を追加

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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特攻の有効性

この記事では、技術的に、どこまで特攻が有効であったかについて「戦果」と「命中率」を主な指標として、センチメンタルな部分は除いてしらべてみます。

https://www.youtube.com/watch?v=czAwsE7yLBc

 

 

①戦果

Weblio「神風特別攻撃隊 – 戦果 – わかりやすく解説 Weblio辞書」から抜粋すると

艦種
分類記号
撃沈艦
除籍艦
損傷艦

戦艦
BB

16隻

正規空母
CV

21隻

軽空母
CVL

5隻

護衛空母
CVE
3隻
1隻
16隻

水上機母艦
AV

4隻

重巡洋艦
CA

8隻

軽巡洋艦
CL

8隻

駆逐艦
DD
15隻
8隻
91隻

護衛駆逐艦
DE
1隻
1隻
24隻

掃海駆逐艦
DM
2隻
7隻
26隻

輸送駆逐艦
APD
4隻
3隻
17隻

潜水艦
SS

1隻

駆潜艇
SC・PC
1隻
1隻
1隻

掃海艇
AM・YMS
3隻

16隻

魚雷艇
PT
2隻

4隻

戦車揚陸艦
LST
5隻

15隻

中型揚陸艦
LSM
7隻
1隻
4隻

上陸支援艇
LCS
2隻

13隻

歩兵揚陸艇
LCI
1隻

7隻

タグボート
AT
1隻

1隻

魚雷艇母艦
AGP

1隻

ドック艦
ARL

2隻

病院船
AH

1隻

タンカー
AO・IX
1隻

2隻

攻撃輸送艦
AKA・APA

18隻

傷病者輸送艦
APH

1隻

防潜網設置艦
AKN

1隻

輸送艦

7隻

35隻

合計

55隻
22隻
359隻

 

 

「撃沈・除籍」の甚大な被害を負ったのは77隻に達しています。損傷艦では、軽微な被害であったのが200隻くらい、その他160隻くらいは長期ドック入りなど除籍に近いものだったらしい。こうした長期戦列離脱を含めたら、特攻機が戦場から消し去った敵艦は総数で240隻に及ぶとの理解です。

日米が開戦時に保有していた軍艦の数は

◎ 開戦時の就役主要艦艇数
     戦艦 空母 巡洋艦 駆逐艦 潜水艦   主要戦闘艦艇合計
 日本  10 10  38 112  65   261隻 約100万㌧
 米国  17  7  37 180 109   350隻 約138万㌧

出展:https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008

 

 

日米が戦時中に建造、就航させた艦艇は(1941年 12月から 1945年 8月)

正規空母CV
軽空母CVL
護衛空母CVE
戦艦

BB
巡洋戦艦 BC
重巡

CA
軽巡

CL
駆逐艦DD
護衛駆逐艦DE
潜水艦SS

日本
7
4

2

7
32
31
116
202

米国
17
9
76
8
2
12
33
347
417
205
1126

出展:アジア・太平洋戦争再考(1937-1945 年) -アメリカの勝利は必然であったか-

https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008

 

 

DD、DEは駆逐艦で、アメリカは合わせて764隻。潜水艦は205隻、空母は102隻という狂った数字になりました。CVEは小さなジープ空母(護衛空母)ですが、なかなか滑走路としての機能は優秀で、76隻という数の暴力で日本を圧倒しました。

ジープ空母。USS Guadalcanal, 1944

 

 

特攻機は、開戦時350隻+戦時就航1126隻=1476隻のうち240隻を再起不能にした、ということは、アメリカの軍艦の16%を排除したといってよい。

これが大きいか小さいか?

この答えを知るためには、どれだけ特攻機が戦争の趨勢を左右する主要艦艇を沈めたかを確認する必要があります。

というわけで、やはり空母となってきますが。。。。

アメリカの空母総数(開戦時7、戦時就航102、計109隻)に対して、42隻には損傷を与えることはできたが、撃沈・除籍に追い込んだのは4隻。正規空母の撃沈、除籍は0で、結局、数値上からは戦争の勝敗を決するには及ばなかった、と判断します。

特筆すべきは、駆逐艦に大きな被害を与えていること。

撃沈
除籍
損傷

駆逐艦
DD
15隻
8隻
91隻

護衛駆逐艦
DE
1隻
1隻
24隻

*空母護衛にかかわった駆逐艦を抜粋しています(掃海・輸送駆逐艦は外しています)

 

 

要すれば25隻を撃沈・除籍、115隻に損傷を与えています。

上記の「特攻機が戦場から消し去った敵艦は240隻」の10分の1、10%を撃沈・除籍した。損傷まで入れれば、特攻機が損傷を与えた436隻の3分の1近くに及ぶ140隻が空母護衛に従事する駆逐艦だったということである。

駆逐艦USS Cassin Young(記念艦として保存。パブリックドメイン)
 

 

なぜそうなったのかというと、アメリカが「ピケット艦による艦隊防御」を編み出したためです。

まず、空母を中心に、戦艦(BB)や巡洋艦(CA)などで円陣を組んで固め。

出展:https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008
 

 

円陣の外に、さらにピケット艦というのを配備した。

ピケット艦。上記の図ではDD(駆逐艦)Schroederとなっています。
https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008
 

 

上の図だと、ピケット艦も、いかにも艦隊にくっついているように見えますが、じっさいは、はるか遠くの90キロから100キロ離れた場所で、レーダーによって特攻機の接近を探知し、遠い本陣へこの情報を伝えることによって、特攻機が本隊に到着する前には、対空砲火以前に迎撃戦闘機が。。。というからくりになっていました。

この結果、特攻機が真っ先に遭遇するのもピケット艦であり、現実問題としてそこから先は迎撃機とかにやられて突破が困難なこともあり、こちらに特攻そして被害が集中することになった。

残念ながら、ピケット艦は何隻沈めても、雲霞のように日本上空へ押し寄せる空母艦載機に直接の被害を与えることはできず。

上記の「正規空母(CV)」の撃沈数が0ということで分かるように、特攻は、日本の敗戦を防ぐという上では、効果は限定的だったと言わざるを得ないでしょう。

駆逐艦Schroeder。1945年10月撮影。(パブリックドメイン)
 

 

一方で、Weblioによれば「航空特攻による日本軍の戦死者は、海軍2,548名、陸軍1,355名、計3,903名であり、戦死者であれば2倍前後、死傷者では4倍以上という損害を連合軍に与えており、平均すると、特攻機1機の命中ごとにアメリカ軍将兵40名が死傷したという統計もある。特攻のように、味方が失った人命より敵の死者の方が多いという例は、太平洋戦争においては稀という指摘もある。」

と、人的被害はすさまじいものを与えてはいた。

これは、特攻機が艦船に激突した際、運動エネルギーの関係で爆弾による効果は限定的になってしまったが、翼内の燃料がそこら中にぶちまけられて大火災を起こし、艦上の人々を逃げ場もなく焼き殺した、というのがあるらしい。

ただ、これを戦果として喜ぶべきかどうかというと。。。一時的な戦術効果はあったが、戦略的には戦争の趨勢は変えられず、いたずらに敵味方ともむごたらしく殺戮してしまったのではないかと思います。

②命中率:

特攻による命中率は27%に上ったが、通常攻撃ではその10分の1の2.7%にとどまったという統計もある。(出典:
神風特別攻撃隊 – 戦果 – わかりやすく解説 Weblio辞書)

そういった面から見れば、特攻は終戦近くの場面において最も効率の高い攻撃方法であったのかもしれません。

特攻専用の人間爆弾「桜花」 パブリックドメイン
 

 

しかし、特攻の効率性もここまでです。

通常攻撃で、出撃期の半数が撃墜されたとしても、残りは再出撃出来ますが、特攻の場合、発進した全機が未帰還となり、全滅です。

発進したうちの27%が命中しても、残りの73%は撃墜され、部隊は自動的に壊滅です。

出撃=全滅を繰り返して、飛行機も操縦者も払底してしまい。次第に複葉の練習機に、何とか離陸できるくらいのパイロットというようになっていってしまいました。

https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008
 

 

要するに、中長期の持続性がなく、敵も倒すが味方も回復不能なまでにぶち殺してしまうということである。

アメリカみたいな、いくらでも補充してくる相手に対しては、繰り返せば繰り返すほど日本側を消耗させるだけになってしまった。

目先の数字(11%)を除けば、なんでこんな戦法を強行したんだ日本は?となってしまうと思います。

ここまで書いて思うのは、これって、冷戦時代のソ連が、米海軍に正面から立ち向かったのでは到底かなわないので、ミサイルで飽和攻撃、ともくろんだのとおなじじゃね?ということです。

第二次大戦中は、ミサイルはないので飛行機。誘導装置はないので人間に操縦させて、とすると、特攻の軍事的な有効性(必然性?)も見えてくるかもしれません。

ツポレフ爆撃機に吊るされたソ連の対艦ミサイル(パブリックドメイン)

 

 

一式陸攻に吊るされた桜花

http://blog.livedoor.jp/senorsuperstar/archives/cat_50025598.html

 

 

最後に。

特攻は、アメリカ軍の兵士を精神的な恐慌に陥れ、小林よしのり氏の「戦争論」では、「一時期は米軍の戦争遂行能力が危ぶまれるほどだった」としています。

人間の命を最大限尊重したアメリカだから「恐慌」に陥ったのであって、最初から味方をぶち殺す前提という外道の作戦により「人を人と思わない野獣」であると、日本はアメリカに(世界に)宣言してしまった。

この結果、アメリカは、人間でない相手には、人でない対応をしなければ、アメリカの若者が非道な方法で殺されてしまう、と、原爆投下の口実を与えてしまった面もあると理解します。

もちろん、原爆はいかなる理由があっても許されるものではありません。一方、特攻は許されるものでしょうか?

「夕凪の街 桜の国」

https://books.rakuten.co.jp/rb/5579324/

 

 

答えのない質問かもしれませんが、将来、原爆も特攻も繰り返されないよう、こうした問いかけも必要と思っています。

ではでは。

 

Posted by 猫機長
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京都人、大阪人、奈良人。恐るべし関西人

以前、「3大関西人」の比較についてちょっと触れたら、いがいに好評だったので、今回はもう少し掘り下げて探求してみます。

◎基本的スペック。

以下の通り

https://kogusoku.com/archives/10542

 

 

◎関西にもタランチュラが生息していたら。。。

 

 

京都人の場合:ペットとして飼っている。

大阪人の場合:「カニ缶」に偽造して中国人に売りつける。

奈良人の場合:ふつーに鍋料理にして食べちゃう。

◎カーニバル

リオのカーニバル

 

 

京都人:そんな下々の催しなんて知りまへん。やっぱり日本人はお茶どすなあ。

茶道と素敵女子。どきどき

 

 

大阪人:グリコにてっちりに通天閣。一年中が、カーニバルもびっくりの熱狂だ!

大阪のおばちゃんは最強だ!どきどき?

 

 

奈良人:それなあに?奈良には法隆寺があるよ!

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c2/Horyu-ji08s3200.jpg

法隆寺

 

 

◎お城

京都は、フランスと同じで、実はお城は無いそうです。

フランスには多数のお城があるのですが、多くは、実はお城ではなく、超高級リゾートマンションだったりします。

フランスでも屈指のシャンボール城。 シャンボール城 – Wikipedia

 

 
要するに、フランス人にとって、戦争なんていうあか抜けないまねは、京都駅の東に住んでいる野蛮人すなわち東国武士にやらせればよいことであって、貴族は宮殿で舞踏会というか、歌会や蹴鞠で、楽しく遊び暮らしていればよいということだったのだと理解します。

 
大阪

これが大阪人になると、大阪城など、大喜びで城を作り。こちらは中国と同じで、「城塞都市」を構築し、盗賊とかに襲われないように囲って市場を開き。じゃんじゃん金儲けをしてやろう、というための構造物です。

城塞都市長安。 城郭都市 – Wikipedia

 
奈良

同じ関西人でも、奈良になると、そこまで商売っ気がなく。「柵」にとどまっているようです。

柵の中で何をやっているのだろう?

平城京。 平城京 – Wikipedia

 

 

◎代表的な風景

まず京都

京都のお土産人気ランキングTOP25。定番の抹茶スイーツからツウのおすすめまで紹介|るるぶ&more.

 

 
奈良はもっとそぼくな感じ

みやびな関西はお菓子もみやび。奈良の鈴らむね(奈良祥樂)

 

 
大阪は?

あまりみやびじゃなくて、というか、はっきり言ってがさつです。

こんな感じ

https://www.v-mark.jp/recipe/detail/123

 

 
あああごめんなさい、間違えてブラジルのお菓子になっちゃった!

気を取り直して、大阪です。

【大阪ならではのお土産19選】喜ばれる&日持ちする!おすすめ商品が集結

やっぱり最強だ!

 

 
◎お菓子じゃなくて、代表的な風景

京都

http://t3.gstatic.com/licensed-image?q=tbn:ANd9GcTTbXYQfDRNf0saKsyuiXsA7JTb80avhZPxsGMyGVM5c5q2QliRRjZseOHE2Plac66l

なぜか無料画像が発見できない京都。風景そのものに黄金の価値が。

 

 
奈良

PIXABAY無料画像

 
 
大阪

サンパウロかと思いました

大阪のスラム街!今日も新世界の安いカラオケ居酒屋でストレス発散

 

 
おまけ。サンパウロにある、「大阪橋」

http://sao-paulo.cocolog-nifty.com/top/2004/12/post_88.html

 

 

http://www.sekai-isshu.com/photo/nanbei/saopaulo.htm

 

 
◎関西と寺社

関西と言えば、日本でも最も歴史の深い地域。奥ゆかしい寺社がいっぱいです。

京都

御金神社

御金神社

 

 
「お金に関する願い事(資産運用・投資・ギャンブル等)に効くということで有名な神社」。

ええええー?大阪じゃないの?

いやいや京都なんですよ。

やっぱり、京都人と大阪人は、深いところで分かり合っているらしい。

 
奈良

元興寺塔跡

https://www.jalan.net/kankou/spt_29201af2170020381/?screenId=OUW1701

 

 
南都七大寺の一つと言われた、元興寺の日本最大の5重の塔(高さ72m)があったらしい。

ううむ、さびしいので、もう一つ掲載、お寺じゃないけど

藤原宮跡

https://www.jalan.net/kankou/spt_29205af2170018296/

 

 
持統,文武,元明天皇の三代16年間(694~710年)の宮跡。

なんか、ブラジルの7povos das missõesを思い出しました。

Rio Grande do Sul: 7 Povos das Missões em 2 dias

 

 
ブラジルとアルゼンチンの国境にまたがる遺跡。というか、まだ両国とも存在しておらず、ポルトガルとスペインの植民地だった時代に、両国の係争に巻き込まれて破壊され。現在では遺跡になっています。

 
大阪

やっぱりこうなるんですねえ。。。。

難波八阪神社

https://jp.hotels.com/go/japan/jp-best-temples-osaka

 

 
◎聖域

京都:高御座

*天皇の座るイスのことです

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gishikitou_iinkai/dai5/siryou6.pdf

京都御所にある高御座(たかみくら)

 

 
京都人:もちろん京都におわします。東京なんて、しょせんは仮の仕事場で、高御座のある京都が本当のお住まいどす。

大阪人と奈良人:そんなの、知らないよ。

 
大阪:戎橋(えびすばし)

「名探偵コナン」の「アニメ聖地」でした。ははは

本当は「飛田新地」にしようかと思ったのですが、ちょっと生々しすぎるかも?なので、やめました。

https://oshanpo.com/osaka-shinsaibashi/

 

 
奈良:奈良国立博物館

https://mainichi.jp/articles/20210301/ddl/k29/040/211000c

 

 
奈良関連はじめ、悪のりしすぎたので、まじめなのを掲載しましょう。奈良のみでなく、すべての日本人、ひいては世界の重要な遺産が格納されています。

https://www.narahaku.go.jp/

 
最後に、まじめな考察を2つ。

その1(とあるQ&A)

◎京都にまつわる体験、エピソード、雑感、知識、トリビア等をお聞かせ下さいませんか?切り口はお任せします。

京都大学霊長類センターだったっけ?の有名な先生とお話することができ。「チンパンジーには自己遡及能力があるのか」みたいな、すごい楽しい会話をさせていただきました。

 京大の先生だと、ダイレクトに研究そのもののお話ができるのですが、東京だと、どこかで研究というより、体制とか、要綱とか、そっちのほうに行っちゃうんですよね。なぜだ?

京都府警の素敵女子つまり婦警さんと、なんども軽飛行機でその辺をデートじゃなかった散歩しました。はんなり、良妻賢母、賢い日本女性、仁と愛とに富む婦人、とまさにそんな感じで、事実上、婦警さんにあやされる迷子の状態に。ここだけの話ですが、京都の素敵女子に比べたら、ブラジルの女の多くは、ただの「メス」です。。。。

 

 
ブラジルのブラジリア在住です。というわけで、京都そのものにはまだ行ったことはありませんが、京都を形作っている人々から、やはり日本随一、世界有数の文化の拠点なのだなーと痛感しています。

素敵女子との散歩についてはこちら→歴史都市ピレノポリス(その2)

 
その2

◎世界で、移民にかかる問題が深刻化しています。ドイツなど―ヨーロッパのみならず、最近ではドバイで移民の奴隷労働が問題になっているらしい。

「おはようラモン」という映画があり、メキシコから不法入国でドイツに出稼ぎを試みたラモン少年が、「アウスレンダーアウト!(外国人は出ていけ!)」の冷たい対応をする人、「乞食であったとしてもすべての人は平等な権利を持っている」と温かく支援してくれる人と交流しながら生活していく、という内容の映画がありますが、こういう混乱を受け入れて行こうというドイツは、ナチス時代に行った差別政策がもたらす災厄を誰よりも思い知ってるのだと思います。ちなみにフランスはもっとちゃっかりしていて、「外人部隊」というのに自国民がいやがる危険な軍務をおしつけちゃってます。ははは

おはようラモン。南米やヨーロッパで話題になりましたが、なぜか日本語版を発見できませんでした。https://www.youtube.com/watch?v=5ZSx-Mb6ut4

 

 
京都人、大阪人、奈良人と恐るべき個性を持った3つの人種が混在する(他にも埼玉人とかいっぱいある)日本は、日本のみならず、世界からの移民の人たちの持つ、幅広い個性が共存できる、とても許容性のある国になれるのではないでしょうか。

差別のない、コスモポリタンな日本を夢見ます。

でも、そうなったら、日本人はみんな大阪人みたいになっちゃうかも。どうしよう。。。。

ぼくは埼玉県人ですhttp://www.tondesaitama.com/

 

 
ではでは。    

 

Posted by 猫機長
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飛行機大嫌い人間との対話と、空港乗り継ぎテクニック

◎空港乗り継ぎテクニック

コロナ禍で旅行の機会もぐっと減ってしまいましたが、日本から海外への旅行には必ず通過する空港。以下、いろいろな耳より情報です。

1-荷物検査は、一番奥、かつ左の列に行こう

理由は簡単で、大多数の人は右利きなので、無意識に右寄りのステーに向かってしまうためです。同じく、無意識になるべく手前の列に行ってしまうので、奥の列は比較的すいていることが多い。

https://wired.jp/2018/12/29/super-fast-airport-scanners/

 

 

2-携帯式充電器を忘れず持っていこう

これはいわずもがなですね、トランジットで何時間、というときに「あああスマホの電池がきれちゃった」とならないための、必須アイテムです

*空港にも充電プラグが多数ありますが、ふつう満員というか、空いているプラグを見つけるのに狂乱します。

3-濡れた紙ナプキンは、フライト内で何かと便利です。

*飛行機の中は、基本的に「乾いた缶詰の中」です

https://www.gratispng.com/png-ck3t29/

 

 

4-揺れる飛行機が苦手の人は、早朝便で飛ぼう

軽飛行機も早朝に飛ぶのが大好き。まだ太陽が昇らず、太陽熱によるサーマルなど乱気流が発生しないうちに飛んじゃう、という意味です。

 

5-透明なZiplocの袋をもっていこう

*空港でやれ薬を買っただのいろいろ起きた時に、ここに入れておけばすぐ取り出せて、入管検査などでも安心。

6-預入荷物は、あらかじめ写真を撮っておこう

*残念ながらロストが起きた時に、空港の職員や航空会社の人に「このスーツケースだよ!」と写真で見せることができます。

Pixabay無料画像

 

 

7-深夜のフライトで飛べ

早朝フライトは気流の安定を狙っていますが、深夜便の場合は、フライトも空港も閑散としてのんびりできます。旅行の玄人がよく使う手口。喧噪が嫌いな人はお勧め。

8- ラウンジを使ってみよう

クレジットカードでは、特典でラウンジ使用料がただになるケースもありますが、国際便で乗り継ぎ時間が長い時など、お金を払ってラウンジを使うというのも一法です。下手なレストランより豪華な食事とか、ゆったりとくつろげる空間をホテルのデイユースより安く使えるかも?そして、ともかく空港内、ゲート近くにあるので、フライト時間が変更だ!なんて場合でもあまりあわてずにすみます。

 

 

9-ノートブックはすぐ取り出せる場所にしまっておこう

機内持ち込みの荷物で、ついあれもこれも、とパンパンになってしまうのはいいとして、パソコンがスーツケースの奥底、取り出すのにケース中をぶちまけないと。。。。なんてならないようにしましょう。空港でのパソコンは意外な秘密兵器になります。

 

10-駐車場の写真を撮っておこう

自家用車を空港の駐車場に止めて、一週間の出張だ!みたいな時、帰ってきたけど、広い駐車場のどこに車を止めたかわからなくなっちゃった!とならずに済みます。

スーパーやショッピングセンターでも有効です

 

 

11-空港では「着ぶくれ」しよう

その分、衣類以外の荷物をスーツケースに入れることができます。

 

12-携帯式重量計をもっていこう

これは買い物大好き人間へのおすすめ。やばいぞ!エクセスか?というときに、重量オーバーしていないか測ることができます。

 

13-イヤホーンにご用心

ゲートやラウンジでイヤホーンを付けている人がいますが、お勧めしません。つい、重要な空港アナウンスを聞き逃す危険あり。

 

14-ボーディングボードや空港の地図は印刷して持っていこう

いつどんな時でもポケットからすぐ取り出せるし、よりによって搭乗ゲートでスマホの電池が切れちゃった!というときでもぜんぜん安心です。

ブラジリア空港の見取り図

https://www.bsb.aero/br/antes-de-viajar/planeje-seu-caminho/mapa-aeroporto/

 

 

15-コンタクトはやめて眼鏡にしよう

空港にいる間、そして機上では眼鏡のほうが安心で、ドライアイとかも防げます

操縦しているときはコンタクト派だったのですが、コロナ禍でメガネにしました

 

 

16-機上では靴下でいよう

靴を脱いでも、靴下をはいていれば周りの人にも失礼になりません(失礼の定義にもよるけど、少なくとも嫌がられるケースは激減します)

 

17-おやつをもっていこう

ビスケットだの保存のきくのをもっていきましょう。空港で買うと何かと高いです。

ラウンジに逃げ込む手もある

 

 

◎客席シートから見たジェット旅客機の操縦

とある友達に、飛行機大嫌い人間がおり。「飛行機は意味不明の振動をしたり、翼に穴が開いたりして怖い、乗りたくない」というので、もう少し詳しく聞いてみました。

①滑走時に、ごんごごん、と機体が振動する→飛行機のせいではなく、滑走路の凹凸のせいです。整備された滑走路でも、誘導灯が埋め込まれており、この上を飛行機のタイヤが通過するときは、やっぱり、ごん!と振動します

滑走路の誘導灯。上はPixabay無料画像。下はhttp://building-pc.cocolog-nifty.com/map/2007/08/post_4279.html

 

 

②離陸したはいいが、急にエンジン音が低くなり、低い高さなのに上昇しなくなっちゃう→これはパイロット目線から見ても嫌ですねー、でも、騒音対策やトラフィックの都合とかで、その区間は緩上昇でエンジン音を低く抑えるしかないのだと思います。その区間が終われば、また元気よくエンジン加速、ぐんぐん上昇していきます。

③上昇中に、突然「ばこん」という音が!→車輪を格納しています。なお、着陸降下時は、「ばこん!ごごごご」と、脚を下したことによる乱気流の音も聞こえます。

主脚を格納中。こんなでかい扉を開け閉めすれば、音もでかいですよね。。。https://www.youtube.com/watch?v=TNw1WkHRJzU

 

 

④翼を見ていると、後ろの端っこがちぎれそうになったり、翼に穴があいているぞ!→ちぎれそうなのは、スプリット・フラップといって、特に着陸時にゆっくり飛べるように翼の形を変化させているのです。穴があくのは、スポイラーといって速度調節、言ってみればブレーキみたいなものです。いずれもぜんぜん安全です。

 

 

⑤飛んでいると眠くなります→これは、高度1万メートルだと本来は無酸素状態のところを、人為的に酸素を供給しているため。地上に比べて酸素濃度70%くらいにしているので、眠くなります。

たしかに、ジェット旅客機なんて、言ってみれば金庫に翼を付けて無理やり飛ばしているようなものですからねーやっぱり飛行機はピストンエンジンの軽飛行機じゃなきゃ。。。。

ジャンボジェットの最大重量は447,696kgに達するらしい

 

 

ちなみに、僕の乗っている飛行機は①~⑤とも無縁です。

①凹凸を感じるほど滑走路の上を走りません。ボーイング737の滑走距離は1700m。軽飛行機は170mもあればエアボーンです

②エンジン全開でも音量が全然違いますし、軽飛行機は大都会の国際空港とかにはあまり発着しません。僕の軽飛行機でエンジン全開の離陸でも、隣の牧場から迷い込んできたのら牛が知らん顔してはんすうしています。

③セスナとかは固定脚なので、こうゆう音は発生しません

④軽飛行機の翼にはスポイラーなんてないし、フラップも「穴が開く」ような上等なのはついていません

⑤軽飛行機が飛ぶ高度は、せいぜい高くて3000メートルだし、適度に揺れるので、眠くはならないと思います。。。。

最大重量620kgの、小さな飛行機で飛んでいます

 

ではでは。

 

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小説宮古島沖陸自ヘリ航空事故

これまで何回か「小説もの」を書いており、いずれもギャグ満載、かつハッピーエンドとなった「よいこの創作童話」ですが、今回に限っては、とてもシリアスで暗澹たる内容となっています。

小説であり、フィクションであること、明記しておきます。

さて、

とある吉日。

「そうだロサンゼルスに行こう」

と言い出したのは、とある台湾のおばさん。

ただのおばさんではなく、台湾の大総統だったのでした

ロサンゼルスで買い出しでもしたのか?

ではなく、アメリカの下院議長と会談をしたのでした。

https://www.chunichi.co.jp/article_photo/list?article_id=667374&pid=3312947

 

 

お話の内容は世界に発表され。

「アメリカと台湾はなかよしの独立国。アメリカは今後も台湾への支援を継続していく」

これを聞いた中国は、烈火のごとく怒り、

「1つの中国という原則を根底から覆す発言だ。許さん」

と大爆発したのでした。

当たり前と言えば当たり前の反応である(正しい反応かどうか、はまた別)。

なぜ、蔡総統とマッカーシー議員は、わざわざ世界中にこんな「茶番」を演出したのか?

もともとは、中国側の「進出」があった。

共産中国は、国府政府を打倒した後、共産中国のみがデファクトの政権であると世界(国連他)に認めさせ。

一方、台湾という「もう一つの中国」がこれもデファクトで存在していることは容認してきた。

これで、自由世界も共産世界も、なんとかバランスを保つことに成功。

台湾をめぐる米中の微妙な関係によって引かれてきた、様々な「境界」

https://blog.goo.ne.jp/o2009kay/e/d4874b8ee5574a7a8ec1b485e1bd600b

 

 

しかし、ウクライナ戦争が始まってしまい。

暴力による現状変更が、開戦より1年以上も継続してしまっている状況に。

もちろん、自由世界は大反発し、ウクライナ支援を継続しています。

こうした状況で、自由ではない世界の住人である中国も、「暴力による現状変更」に目覚めてしまったら?

自由世界は危惧していました。

そして、中国の共産主義者たちは、策動を開始し。

「中国軍機が台湾との中間線を越えて飛行することが常態化するなど、「現状変更」を常態化するようになった(台湾 蔡総統 米下院議長と会談 連携強化で一致 中国側は反発 | NHK | 台湾)」

台湾そして米国は、戦慄しました。

「これでは、リトルグリーンメン以降のウクライナの二の舞だ!」

リトルグリーンメンというのは、2014年当時、クリミアなどに不法上陸した、「緑の軍服を着た人たち」のことです。

軍服を着たプロの軍人ですが、どこの国の軍隊かを明示する標識をいっさい装着していなかったので、どこの誰なのかわからず。

誰か分からずとも、現地の治安当局をはるかに凌駕する武器を装備していたので、あっというまにクリミアなどを実効支配してしまい。

その後、「国民投票」でなぜかロシア領ということにされてしまっているのは皆さんご存じの通りです。

「緑の人たち」。日本には自衛隊がおり、こうした卑怯な行いを防いでいます。

パブリックドメイン

 

 

中国の場合、謎の漁船が近隣諸国の領海に押し寄せるのは昔からありましたが、これは、漁船のふりをしているが実は中国海警ですよ、というのはみなわかっていて、ようするに、おおむねデモンストレーションのレベルで、なんとか食い止められていた。

しかし、今や、堂々と軍用機で「中間線の侵犯」を常態化させている。

要すれば、「リトルグリーンメン」を超えた一線に踏み込んでしまっており、このままでは本当に軍事力占拠に出てきてしまうぞ!

絶対にそんなことはさせない、という意思表示が、蔡総統とマッカーシー議員の会合と、その声明として世界に発信されたのでした。

さて、

中国による「中間線」を侵犯するという行動と

米国による「侵犯はするな」という声明で

双方の主張が危うくバランスを保ち、それ以上にエスカレートしないというエクスキューズが会談により生み出されることになりました。

つまり、中国も、蔡総統とマッカーシー議員の会談と声明(あるいは類似の行動)がいつかはなされることはわかっており。

同会談のメッセージを受け、表面上は大反発しても、少なくとも当面は台湾侵略を控えるということは、米中の暗黙の了解だった。

https://www.istockphoto.com

 

もちろん、中国もはいどうぞと受け入れるわけはなく、中国側のメンツが保たれる形をちゃんと米国が用意しておくことが前提条件であり。

これは、米国と中国が了解しておけばよいので、声明みたいに世界中に発信しないが、米国も相応の損をしましたよ、ということを中国に納得させればよいということになり。

中国が被った損とは「共産中国の舎弟である台湾に、米国が手出しをするのを許した」であり。中国のメンツは丸つぶれとなった。

であれば、米国の舎弟を中国がシバクことを、米国が黙認することで帳消しにする必要が出てきた。

本当にシバクと武力行使になるので、そこは米国とその舎弟側のほうで、うまく「指」をつめてもらおう。いいよな、ということになっていったのでした。

‐〇‐

会見の翌日。沖縄海域。

自衛隊師団長以下、8人の高官を乗せたヘリコプターが、日中共に領土と主張する地域に至近の空域を飛行していた。

エンジン快調ななか、師団長が訓示。

「われわれは、日本の平和を守るために必須の作戦行動を開始する。皆事情は分かっていると思うが、要するに我々は海の藻屑と消えなければならなくなった。眼下の海面を、敵艦の甲板と思え。直ちに急降下し、全速で突撃せよ」

そして、ヘリコプターは真っ逆さまに海面に激突したのでした。

https://ryukyushimpo.jp/news/entry-1690964.html

‐〇‐

 

 

中国人的なアプローチから言えば「ヘリコプターの1機と、将軍数人程度で、何が指つめだ!」

となるかもしれませんが、日本人から見れば、不可解なことだらけであり。米中の緊張に巻き込まれた、という考えも出てくると思います。

中国電磁波による撃墜というのをはじめ、証明する根拠が不足していますが。

言いたいのは、中国も日本も、知らないうちに戦前の悪夢のような世界に戻ろうとしていませんか、ということです。

最近、日本側で「日本は強い正義の味方だ」という論調が、少しづつ増えていっています。

中国側も同様で、「愛国無罪」はいうに及ばず。

以後、わざわざ中国については言う必要はないですよね。日本に言えることは中国に対しても同じです。

さて、悪い共産主義者の軍隊が沖縄に上陸して、小学校を拠点にし、子供たちを盾にして攻勢をかけてきたとします。

自衛隊は、こどもたちを避けながら、ピンポイントに中国兵を倒せるでしょうか。

国防においては、実は民間人の安全は考慮されません。

小学校を叩き潰すことで、敵の拠点を消し去って、勝てるのであれば、中国軍だろうが自衛隊だろうが、任務遂行のために、児童たちもろとも、小学校を爆破しなければならないのです。

「犠牲になれというのが命令であれば、その命令に従うのが軍人だ」という言葉があります。

太平洋戦争初頭、日本海軍の進撃を止めるために圧倒的不利な反抗を試みた米軍魚雷艇部隊のことばと言われます

*犠牲になれというのは、極限まで抵抗したら捕虜になれ、援軍は来ない、という意味であり、特攻で死ね、というのとは180度違うので念のため。

戦争というのは、プロの軍人だろうが、小学校の児童だろうが、すべての人間を犠牲にしてぶち56します。

そこには、正義も強いもありません。

ウクライナ戦争。https://www.yomiuri.co.jp/media/2022/04/20220405-OYT1I50116-1.jpg?type=large

 

 

自由主義陣営は、先制攻撃は行いません。経済が豊かで、戦争に訴える必要がないからです。

独裁主義の国は、この逆です。

戦争になると、侵略者の先制攻撃によって自衛隊が大打撃を受け、民間の人々が虫けらのように56される事態になってはじめて、世界から「侵略された」と認知される、そんな状況になるということです。やっと米軍が出てくるころには、日本は破壊しつくされているでしょう。

前回の戦争で最大の被害者となった日中の民衆が、新たな戦争は生み出さないことを願っています。

ではでは。

 

Posted by 猫機長
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ポルシェくんが壊れちゃいました

ポルシェくん。かわいいなあ

 

 

とある金曜日。ブラジリア市の北部地区にあるアパートから、30キロ北東の飛行クラブまで、ポルシェくん(356Aレプリカ)に土日の食料など詰め込んで、いよいよ出発だ!駐車場を発車し、アパート敷地の出口まで来たとき、突然エンジンがぷすん、と止まっちゃいました。

いくらセルモータをまわしてもかからず。

アパートに出入りする車が集中する場所だったので、あわてて管理人さんたちといっしょに、業者用の駐車スポットに押してゆき。

アパートから徒歩5分の所にある修理工場へ修理屋のにいちゃんを探しに行ったら、工場長みずから(Biraという名のおっちゃん)が救援にきてくれました。

別に何もへんなところはないよ?ディストリビューターの蓋を開けたら、ローター中心のコンタクトポイントが汚れて真っ黒になっていたので、がしがし!きれいにしたら、一発でエンジンがかかりました。

画面まんなかのまるい容器(ディストリビューター)の中から飛び出しているような四角いのがローター。その回転軸にあるまるい金属の部分が汚れで真っ黒になっていました。

 

 

でも、蓋のほうで電極がすり減っちゃってたので、早めに交換したほうがいいね、という事でその日は決着し、事実30キロ先の飛行クラブまで全然問題なく行き。日曜にはなにげに帰ってきました。

ところが、2日たった火曜日。

会社からの帰り道、5キロも走ったところで、今度は、バーン!とバックファイアを起こしてエンスト。

しゃあないなあ、と慣性で走ってゆき。すぐそこに車道を外れてスペースがあったので、避難してストップ。

例の蓋を開けて、電極をがしがし。エンジンケーブルで緩んでたのがあったので、バックファイアはこれだな、と差し込みなおして、エンジンも素直にかかったので、そのまま帰宅しました。

ところが、翌日も、こんどはすとんとエンストしちゃう症状が発生したので、そこかしこでストップ、休憩しながらBiraの修理工場まで逃げ込み。蓋の方は見つけてくれており、さっそく付け替えて、その日はまた問題なく自宅へ。Biraいわく、もしこれでなおらなかったら、CDIユニットかもしれん、とのことでした。

ディストリビューターのふた。右は内側を覗いたところで、中央の電極がすりへっちゃってます。

 

 

はたして、翌日またもや同じ症状が再発。そこかしこで止まりながら、その日は何とか逃げ帰り。

ブラジリアには、ちょくちょく「避難スポット」みたいなのがあり。

 

 

ふだんから、その辺を飛行しているとき、無意識に万一の不時着点を探しているのが、道路の避難スポットを見つけるのに役に立ったかもしれん。

さらに翌日の早朝、まだエンジンがうまく作動しているすきに、近くの部品屋さんに滑り込んでCDIユニットを購入し、付け替え。

CDIユニット。オリジナルは機械式イグニッションでしたが、メンテがめんどいので、電子式(CDI)に取りかえています。

 

 

でも、やっぱり再発したのでした。ははは

Biraに電話。燃料系かもしれんということになり。

その時はもう金曜になっていましたが、Biraの工場はいつも大人気、超満員で余裕がなく。ほかで土曜日もやっているというところをBiraに教えてもらいました。

さて土曜日。

Biraの紹介で行ったところは、朝早かったのでまだ開店しておらず。看板を見たら電気関係となっていて燃料系はできなそうだったし、隣近所も修理工場が多数あったので、とにかく開いているところにとびこんでみたら「かぶと虫の修理を得意としているLuizinhoというのがいるから、そこへ行け」と教えてもらい。

 

 

やっと本格的に修理開始ができました。

手始めに燃料のフィルターでも確認しようか、とタンクからの接続をはずして、中に入っていたガソリンを容器に開けたとたん、

どばどばー!と土やらゴミやらで茶色に染まったガソリンが。

下の写真の白いやつがガソリンフィルター

 

 

これじゃあガソリンの配線がつまっちゃうよねーということで、フィルター、ガソリンポンプ、そしてこれらをエンジンやガソリンタンクにつなぐホースを付け替えました。

いやいや、ピストンの圧縮抜けとかだったら大手術だぞ!とLuizinhoともども戦々恐々としていたら、「フィルターの詰まり」なんて意外に基本的なトラブルすぎて拍子抜けじゃん?

あとは、エンジンを再始動して、いちおうテスト。

と思ったら、エンジンがかからねえじゃん!というか、かかったはしからすとん、ととまってしまい

うああああー何か重大な故障でもあるのか?

考えていたLuizinhoは、さっき取り換えたばかりのあたらしいガソリンポンプを外し。ごきゅごきゅ、と可動部分をいじっていましたが、

ガソリンポンプ。

https://lista.mercadolivre.com.br/bomba-de-gasolina-fusca

 

 

「これは不良品だ。とりかえてこい」

となり。

上記のフィルター他一式を買ってきた部品屋さんに行って、ポンプを交換してもらいました。

そのポンプをつけたら、なんと全然ふつーにエンジンかかりました。ははは

画面中央がポンプ。その左がディストリビューター

 

 

これで解決かと思ったら。。。。

2日ぐらい後、再発しちゃいました。

すとんとエンジンが落ちちゃう、まったく同じ症状。泣きました

その後、うだうだ、いろいろあったのですが、結局はHallセンサーだね、ということになり。

HALLセンサー(赤い蓋の下にある黒い四角い箱)付きのディストリビューター。

https://shopee.com.br/Distribuidor-Fusca-Kombi-Sensor-Hall-Com-Avan%C3%A7o-Igni%C3%A7%C3%A3o-Eletr%C3%B4nica-i.410131925.15911259314

 

 

Luizinhoのところで、新品と取り換えてもらいました。

しかしこのHallセンサーですが、なかなか新品がみつからず。Luizinhoがわぎゃぎゃぎゃー!と大騒ぎして、ブラジリアから西に30キロくらいか?にあるタグアチンガというところまで取りにいくなどあり。

なぜブラジリアという中心都市になくて、得体のしれないタグアチンガなどという暗黒都市にあるのかというと、こちらはポルシェくんや、かぶと虫などの怪車で使っている時代遅れの部品をいっぱい売っている、ディープなまちだからです。

タグアチンガなどの暗黒都市でときたま見かけるディープな怪車たち

 

 

ポルシェくんのエンジンは1982年製ですからねー新品が即日見つかるほうがおかしかったりして。見つかったけど

いつまでも部品供給のとぎれないVWエンジン恐るべし。

ポルシェくんやかぶと虫のエンジン。基本設計は1930年代の「恐竜エンジン」です。

 

 

というわけで、Luizinhoはディストリビューターをばらして、Hallセンサーを付けかえ。

赤丸がHALLセンサー。

 

 

それにしても、治癒じゃなかった修理完了まで2週間もかかり。

電気系の故障は、不具合の兆候も見せず突然発生し、作動しなくなったと思ったら復活したりとか、どこが悪いのか特定も困難(今回は、CDIユニットやガソリンポンプは無駄な交換になっちゃいました。寿命が迫っていたからいいけど)で、HALLセンサーだな!と交換しても、数日はやっぱり安心できず。これが機械系なら、ステアリングボックスの時みたいに、すぐ特定でき、その部品を取りかえればスパッと治るんですけどねー

というわけで、最近電気モーターの飛行機や空飛ぶクルマなどが話題になっていますが、ぼくは電気飛行機は怖くて操縦できないです。乗客ならいいけど。

乗客だったら、落ちてもぼくのせいじゃないもーん。

あれ?

ちなみに、今回の故障特定するまでにチェックした部位は次の通り

◎エンジンコイル

◎CDIユニット

◎イグニッションケーブルなど、ケーブル類

◎ウインカーリレー等と共有しているアース配線

◎燃料タンクからエンジンまでの燃料ホース(フィルタ含む)

◎ガソリンポンプと作動用ロッド

◎キャブレター吸気フィルター

よりによっていちばん後回しにしていたディストリビューター(HALLセンサー)が故障していました。

確認途上で取り換えたりした部品たちなどなど

 

 

その後は週末まで再発せず。

金曜のうちにアパートから飛行クラブへ無事行きつき。翌朝その辺をひとっ飛びした後、この記事を書いています。

ちいさな飛行機で飛んでいます。

 

 

ではでは

Posted by 猫機長
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恐るべしタイガーバーム

ブラジルとパラグアイの国境に、プレジデンテ・ストロエスネルという町があります。ブラジル側のフォズ・ド・イグアスとは、パラナ川で隔たれており、「友情の橋」で通行ができるようになっています。

と書くと、あれプレジデンテ・ストロエスネルじゃないよ、シウダージ・デル・エステだよ、とご指摘があるかもしれません。

 

 

はい、その通りですが、デル・エステになる以前は、ストロエスネルでした。そして、ストロエスネルという恐ろしい独裁者の名前から、デル・エステすなわち「東の町」という、優しさいっぱいの名前に替わったように、現在のデル・エステが優しさいっぱいな国境の貿易・観光都市であるのに比べて、当時のストロエスネルは、身の毛もよだつ、血も涙もない野獣資本主義の渦巻く世界だった、のかもしれません。

要すればスラムだった。

中国人が流入し、窮状で生まれ育った現地の底辺の人の中から、人を出し抜いてでも金儲けをする才能のある人たちを使用人に抜擢して、巨大市場を形成しました。

もともと中国人なんて金儲けの天才ですが、さらに抜きんでた「やりての商売人」が、パラグアイとブラジルの国境という戦略的要地に集まって発展した町、と言ってよいでしょう。

別に、金儲けのためなら、人だろうが犬だろうが56して眉一つ動かさない人たち、とは言っていないので、念のため。

ストロエスネル当時の隣国ブラジルは、自国の産業を育成するために「輸入ゼロだ!すべてを国産にせよ!」と軍事政権が指令を出しており。国産と言っても部品は輸入とかもあったので「100 por cento Nacional(国産化率100%達成)」をアドバルーンに掲げていました。

つまり、それは、外国から見れば、なんちゅう粗悪品じゃ、というような製品が、ものすごく高い値段になってしまうという事を意味していました。

たとえは悪いかもしれませんが、自衛隊の装備を国産としたため、外国の同等品にくらべて高くなっちゃった、というのと似たような話かと思います。

微妙な国産化の例。64式小銃

https://rikuzi-chousadan.com/soubihin/zyuukaki/type64rifle.html

 

 

つまり、うまくブラジル官憲の目を盗んで、著しく安く高品質な外国製品をブラジルに運び込めば。。。。と気が付く中国人が出てきたのも自然な成り行きだったのかもしれません。

https://viagemeturismo.abril.com.br/cidades/ciudad-del-este/

きれいな新車が走りまわる現在のデル・エステ。穏やかになりましたね。。。

 

 

ブラジルとの国境で、うまく抜け荷を運び込める拠点といえば、フォズ・ド・イグアスのほかにもポンタ・ポランなどがありますが、もろもろの事情により(深入りする気はありませんのでご容赦ください)、フォズ・ド・イグアスが一番便利であり、対岸のパラグアイ都市、プレジデンテ・ストロエスネルが最大の拠点となったらしい。

https://www.h2foz.com.br/paraguai/ciudad-del-este-a-que-nasceu-duas-vezes-faz-65-anos/

ストロエスネル時代。ちょっと古い写真だけど。

 

 

もともと、パラグアイという国は、農業国です。

パラグアイの人たちは、働き者の女性と、穏やかなインディオ系の人々、というとステレオタイプ化してしまっていますが、密輸をして大儲けしてやろう、というような種類の人はそう多くなく。

ただ、少なくとも昔は貧しくて、食べていけるなら。。。という人もいた。

九龍城砦という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

端折った説明になりますが、英国が香港を侵略した時、いろいろあって英国の主権が及ばない飛び地が生まれ。

その飛び地には、清(中国)の主権も及ばなくなってしまい。

その結果、警察とかの手が届かない、恐ろしい無法地帯としてのスラム「九龍城砦」が誕生した。

九龍寨城(1989年)
Author: Jidanni, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 

 

もちろん、九龍城砦の住人のほとんどは、まじめな、働き者の人たちであり、お医者さんや歯医者さんといった知識人もいれば、日常の雑貨を売るお店屋さんやスーパーみたいなのとか、床屋さんなど、要すれば、国家権力が届かない「九龍城砦」という一つの独立共同体が存在していた。

ストロエスネルの場合、貿易、というお題で発生した、ブラジル・パラグアイの国家権力があまり厳しく取り締まらない(わいろを絞り取っていたとは言いません)、一つの巨大なスラムだった、という事が言えると思います(繰り返しますが。過去形です。現在はデル・エステという都市になっています)。

こういった場所の常で、いわゆる反社組織が強い力をもっていた。これがリオデジャネイロのスラム(ファヴェーラ)だと、「コマンド・ヴェルメーリョ」だのといった組織が、警察を追い払ってデファクトの権力を大っぴらに握ったりしていますが、ストロエスネルの中国組織はもっとクレバーで、別にパラグアイやブラジルの国家権力とケンカするでもなく、でもストロエスネルの貿易を牛耳る中国商人の手綱はしっかりと握っていたらしい。

時代は過ぎ。

ブラジル製品もいちおう外国製品と肩を並べる品質と価格になってきて、それほど密輸のうまみはなくなってしまいました。

でも、以前からつちかわれた、中国人のコネクションを通じたパラグアイからブラジルのへの輸送販路は継続され。

現在は、穏やかな国境都市デル・エステから、「友情の橋」を渡って、中国や東洋の特産品をサンパウロの東洋人街へ運ぶ重要な拠点になっていると理解します。

友情の橋

História e curiosidades sobre a simbólica Ponte da Amizade

 

 

こないだサンパウロの東洋人街に行ってきましたが、以前の日本人街だった時の、日本書籍店や、日本食品店が並んでいた、一種のどかな風景から変化して、すさまじい数の極小店舗が雑居ビルに密集した九龍城砦みたいなのが生まれており、びっくりしました。

まあ、ブラジルの九龍要塞は、明るくてあっけらかんとしていましたが。

東洋人街、雑居ビルの入り口。いろいろなお店の看板が密集しています。

 

内部はこんな感じ。クリスマスの飾りつけとががなされています。

 

 

というわけで、どんなものが売られているかというと、こんな感じ

 

 

これらがすべてデル・エステ経由か、あるいは直接サンパウロ空港からなのかはわかりません。

というわけで、やっと表題のタイガーバームにたどり着いたのでした。

そもそも、タイガーバームってなに?

軟膏です。世界中で売れているベストセラーであり、日本では第三類医薬品に区分されている、外用鎮痛消炎薬です。

このタイガーバームを見て、ストロエスネルでの記憶を思い出しました(以下、脚色しています)。

 

 

ストロエスネルでは、いわゆる担ぎ屋さん(パラグアイでの免税を利用して大量に買い付け、うまく「友好の橋」を渡ってブラジルで売りつける人たち)と、観光客としてやってきて、でもパラグアイで安く購入してブラジルに持って帰る人が主な客であり、特に後者はせいぜいお土産程度しか買っていきませんが、上の写真みたいにひしめく店舗に展示しているタイガーバームふくめ、もろもろの輸入品を、「やったー中国の本物を、ブラジルの政治家に中抜きされない値段でゲットだ!」と大喜びして買っていきました。

そんなお客さんたちを見ながら、とある中国のお兄さんのひとこと。

「タイガーバームには、実は古来のタイガーバームと、一般向けのタイガーバームがあるんだ。古来のタイガーバームは、歯が痛ければ歯に塗る(本当は歯茎か?)、おなかが痛ければお湯に溶かして飲む。肺がやられたらお湯に混ぜて吸引する、という事で、なんにでも聞く万能の薬なんだけど、お湯に溶かすとか歯に塗るとかはちゃんとやらなければ副作用を起こすし、そう誰にでも売っていい薬じゃない」

「そこで、一般向けのタイガーバームには、消炎・鎮痛の外用塗り薬という部分をのこして、世界のどこでも売れるようにしている。みんなが買っているのはこっちの方なのさ。でも中国人には、古来のものを売っているし、欲しかったら売ってあげるよ」

ということでした。

さて、「古来のタイガーバーム」に何が成分として入っているのか、もちろん聞くことはしませんでした。する人は4にます。

奇跡の万能薬タイガーバームは、現在では、外用消炎鎮痛薬、第3種医薬品として順応し、日本に世界に愛されています。

デル・エステから送られてくる現代に合致したメントール薬品タイガーバーム。

時代の流れは、少しづつでも「風の時代」に向かっているのかな、と願っています。

アメリカにもタイガーバームちっくなのがありました

https://jp.rohto.com/mentholatum-ointment/ointment/

 

 

ではでは

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