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挟撃は怖い

MSNのニュース記事で、織田信長が越前(福井県)の朝倉氏を攻めていたところ、味方の浅井氏に裏切られて、いっさんに退却した歴史的事件について記載していました。

本郷和人 信長の朝倉攻めはナゾだらけ。なぜ越前へ侵攻し、浅井長政に裏切られて一目散に逃げたのか?自衛隊の一佐に「撤退の理由」をたずねてみたら『どうする家康』 (msn.com)

例によって、コア部分を抜粋です。

「なぜ信長はすぐに撤退したのか?信長の兵は3万。対する朝倉は1万3000くらい。浅井はどうがんばっても5000がいいところ。

ならば軍を二つに分け、2万で朝倉に対峙し、残り1万で浅井勢を蹴散らして美濃に帰れば良いのでは? それなのになぜ一目散に逃げだしたのか? 自衛隊の作戦室にお尋ねしたことがありました。

すると、現役の一佐が「ぼくには信長の判断は分かりますね。挟撃は怖い…」と仰いました。

具体的にどう、という説明はなかったのですが、眼光鋭く目前でそう述べられると、ぼくの机上の空論などたちどころに吹っ飛びます。」

ということでした。

越前ガニ。PhotoAC無料画像

 

 
へえーそうなんですねえ。確かになっとく。

単純に兵力差から見れば、織田軍が両面作戦しても簡単に勝ちそうです。

でも、それは、織田軍が浅井、朝倉両軍の数と動きを完全に把握していればです。

しかし、戦場で、敵の軍勢がどう見えるかというと。。。

あなたが、下の写真の白いポーン(歩)①だったと仮定してください。

 

 

あなたの目の前に敵のポーンが。でも後ろにナイト(馬)がいるので、ちょっと安心しています。

ところが、よく見たら、ナイトの後ろに、敵のポーン②がでてきやがった!さっきまで白だったのに、裏切って黒くなっちゃってます。

 

 

ここであなたは、ナイトともども、ものすごく不安になるでしょう。

なぜなら、敵のポーンの後ろに、どれほどの敵がいるかわからないからです。

一応あなたは織田軍3万のうちの1人なのですが、前の敵、後ろの敵は、本当に1万3千と5千なのか?

挟撃という状態で、敵の方が多ければ、あっという間に蹴散らされてしまいます。

まだ隙があるぞ!今のうちだ!と脱出したのが、この場合の織田軍だった。

それまでは優勢だったので、総大将である信長も整然と退却し。

ただ、しんがりとなった秀吉軍が、織田の本隊を逃げ延びさせるために犠牲になり。けちょんけちょんにやられて、秀吉も危うく4んじまうところだったらしい。

ところで、上の写真は、ポーン目線ですが、これを棋士目線で見たらどうなるでしょうか。

 

 

あれ、全然勝ってるじゃん?

敵はほとんどキングと取り巻きしか残っておらず③、味方に包囲されまくっている一方、味方の王様はがっちり防御されています④。

上空から見れば、戦況が一瞬で分かり。

地上にいて、目の前しか見えない状況にくらべて、著しく有利に判断ができるのでした。

だだっ広い平野に大軍を展開して戦車で走り回った中国古代の合戦では、「将軍もポーン目線」で、敵軍の最前列しか見ることができず。その後ろにどれだけの兵力があるのか全くわからない状況だった。

世界史の取扱説明書: 中国史/古代/春秋戦国 (worldhistorytorisetsu.blogspot.com)

 

 

両軍の前衛がぶつかり、両方ブギャー!と斃されたのち、その後ろ、そのまた後ろが。。。。と倒しあって、結局数の多いほうが勝つという単純なケースが多かったらしい。ばっかだねー

その後孫氏が出て、負けたと見せかけて、敵軍を罠に誘い込み、隠れていた味方の本隊で背後ら挟み撃ちだ!みたいな策略が多用されるようになりました。

これが西洋だと、19世紀ころまで、「戦列歩兵」といって、古代もびっくりみたいなことをやっていた。鉾が小銃に変わり、少し離れた所から、敵味方の第一列が一斉にダダダダーン!ばたばたぐしゃぐしゃとくずおれ。つぎは第2列がなかまの死骸を踏み越えて、またダダダダーン!ぐしゃぐしゃぐにゃぐにゃ、そして第3列が。。。と、結局列の多いほうが勝つという、これまたばっかだねー、というやり方だったらしい。

ただし、戦列歩兵の時代は、小銃の射撃精度が全然悪く、ともかく一列で固まって撃たないとぜんぜん敵にあたらんわ、という事情があり。

小銃が改良されると、ばらばらと離れて、木だの穴ぼこだのに隠れて敵を狙い撃つ「散兵戦術」に進化したらしい。

戦列歩兵の楽しい解説を見つけましたhttps://www.youtube.com/watch?v=Dzs9gDwjyw8

 

 

そのうち、人類は「気球」を発明し。

ポーン目線に縛られることなく、棋士目線で見ることができるようになった。風のまにまに浮かぶ気球から見ることのできる範囲なんてたかが知れてるけど。

フランス革命戦争時の気球(パブリックドメイン)

 

 

要するに、当時の将軍にとって最も重要な資質は、敵の戦列の陰にどれだけの兵力がいてどのように動いているのかを察知し、先回りしてこちらの兵力を差し向けることができるかだった、と言ってよく。

これを誰よりも鮮やかにやったのがナポレオンだった。

ナポレオンのフランスは、市民革命大嫌いな王制国家に囲まれており、本来なら、挟撃どころか四方八方から包囲されてけちょんけちょんにやられてしまうところ、プロシアだの英国だのの軍勢が包囲を完成する前に、ひとつづつに突っかかってゆき、撃破してしまいました。

これを「各個撃破」といいます。

地上にいながら、鷹の目(上空から見ているような目)を持っていたナポレオンおそるべし。

包囲(挟撃)される前に各個撃破で活路を開く。https://twitter.com/douten2/status/917249297812381696

 

 

ちょっと脱線して、低脳そのものの戦術だから勝てた、という例も記載しておきます。

それが独ソ戦におけるソ連の「縦深攻撃」

まず、ドイツ軍の第1列にソ連側の第1列を襲い掛からせ。でも賢いドイツは、第1列の前に地雷をふんだんに設置しているので、ソ連軍は人も戦車も木っ端みじんになり。

しかし、間を置かず第2列を投入する。今度はドイツ兵に肉薄しますが、機関銃や小銃で一斉射撃を食わされ、やっぱりバタバタ、ぐしゃぐしゃと壊滅。

しかし、間を置かず第3列だ!今度は、弾のなくなったドイツ兵と、スコップを持ったソ連兵の白兵戦となり、両者全滅。

そこに、間を置かず第4列だ!こうしてソ連軍は無人になった荒野を次なるドイツ軍防衛戦に向けて驀進。そこでまたドイツの地雷を踏んで壊滅。

さらに、第5列が。。。

くどいぞ!いやいや、「畑からいくらでも取れるソ連兵」が、結局こうしてベルリンを蹂躙して、ヨーロッパ戦線に決着をつけたのでした。

なんか浮世絵ちっくなソ連ポスター

https://ja.aliexpress.com/i/32971919184.html

 

 

この「低脳戦術」は、第一に、独裁者による恐怖政治で、いくらでもそこかしこから兵隊を引っ張ってこれたこと。そして、第二に、独裁者による恐怖政治で、「突撃か!それともラーゲリ(強制収容所)か!」と若者たちを恐喝したため、我先に突撃していったという、恐ろしい実情により可能となったのです。

ドイツも恐怖政治だったというけれど、ソ連に比べたらどれほどましか。

そのソ連のDNAを受けついで、今度はロシアが同じことをウクライナにやろうとしています。

西側自由諸国は、武器弾薬を補給して、ロシア軍が第50列になろうが第500列になろうが、ウクライナ側に到達する前に粉砕できるよう支援しなければなりません。

実は到達して「スコップ」の段階になっていますが、ロシア側もいつかは枯渇します。

がんばれウクライナ!

さて、ソ連・ロシアは例外として、飛行機が実用化された第1次大戦頃からは、「鷹の目」で戦場を俯瞰できるようになり、どこにどのくらい投入すれば勝てるぞ!という決定的な情報を得るため、互いに飛行機で偵察した。

戦争初期では、これらの飛行機は非武装で、敵味方がすれ違っても、互いに挨拶していたそうです。

そのうち、敵の飛行機を見逃すことは戦争の敗北につながる、ということで、機関銃をつけて互いに撃ち合うようになり。

ついには、偵察どころか飛行機そのものが爆弾を積んで、前線のはるか遠くの工業地帯を壊滅させて戦争の行方を決するようになりました。

視点の高さを変えれば、見えないものが見えてくる。そしてそれは、あなたの人生に取ってとても大切なきづきをもたらしてくれるものと理解します。

地上では、真っ白な一面の霧も。。。。

 

 

上空からみれば、また違った景色だったりします。

 

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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パイロットとお◎っこのお話

*ひさびさにアメブロでランキング1位に返り咲き。今回は「パイロット」というベタなジャンルでした。たくさんの「いいね!」ありがとうございます。

さて、本題です。

寒い冬の朝。起きがけに、とにかくトイレへ直行だ!用を足してほっと一息、というのは誰でも経験あると思います。

でも、お父さんとかがトイレを占領してしまい。お母さんや娘さんが、必死になってどんどん!トイレの戸を叩き、おとうさん、新聞なんて読んでないで、早くしてー!というシーンもあったりして。

パイロットにとっても、トイレはなかなか重大な課題なのです。

高度1万メートルを飛ぶ旅客機でなくても、2000メートルまでいけば、寒いぞ!離陸前にお◎っこしとけばよかった!なんてなるときもあったりします。

30時間以上連続飛行して大西洋を横断したリンドバーグも、パリに着陸して、熱狂の群衆に放った言葉が、まず「英語話せる人いる?」で、その次が「トイレどこ?」だったそうです。

リンドバーグ。

出典はhttp://blog.livedoor.jp/tenti1121-ijintensaiyuumeijin/archives/1997305.html

 

 

黎明期の飛行機は、乗員が吹きっさらしか、密閉風防だとか言いながらも実はごうごうと隙間風にさらされたりとか、なかなか過酷だったらしい。そんな時代から今日まで、パイロットはどうやってトイレという生理的要求に対応してきたのでしょうか。

①がまんしましょう

第1次大戦とかでは、飛行機の航続距離そのものが短く。例外もあったが2,3時間で燃料が切れて着陸、という状況なので、我慢すれば何とかなった。

めちゃくちゃ吹きさらしの座席。
我慢しなくても、ちょっと背伸びすれば。。。とか。無理か?

https://i.pinimg.com/originals/80/c7/37/80c737dffec0e092e3cbe1bf001b6982.jpg

 

 

➁おまる作戦

第2次大戦の爆撃機になると、6時間くらいは飛ぶようになり。幸い、このころには飛行機も大型化し、エンジンのパワーも強くなったので、トイレとまではいかなくても、おまるは乗せることができたらしい。といって、狭くて丸見えの機内なので、遮断幕(カーテン)かなんかで仕切ることができるようにしたそうである。下の図はイギリスのウエリントン爆撃機の例です。

Public domain

 

 

出展はロバート・ウエスト―ル著「ブラッカムの爆撃機」:ISBN4-00-024632-1

 

 

*ちょっと脱線。ロバート・ウエスト―ルさんは、自分は飛行機を操縦したことはないのに、迫真の記事を書く、恐るべき小説家です。ウエスト―ルさんは、他にも「猫の帰還(ISBN4-19-860911-X)」という優しさいっぱいの「猫本」を書いており。写真の通り「6年生・小学校の教科書に出てくる本」ですが、とても小学生には見せられない、生々しい不倫の描写があったりして、必読です。

ネコ好き必読!です。

 

 

③戦闘機はどうしたか

大きな爆撃機はともかく、一人乗りの戦闘機とかは、スペース以前に、ちょっと操縦をやめておまるにしゃがんで。。。なんてのは無理である。

どうするのかというと、「油紙性のお◎っこ(う◎こ)用紙袋」みたいなのを携行して、ううむ我慢できない、というときに、ズボンのチャックをあけてその袋に。。。という情報あり。

でも、当時のパイロットなんて、うさちゃんルックというか、航空服で着ぐるみ状態なので、チャックをあけてハイ放水、なんてお手軽にできたのでしょうか?確かに、南方作戦では半ズボンにカポック(救命胴衣)なんてのもあったらしいけれど。

下の画像は爆撃機クルーですが、このいでたちなら戦闘機乗りでも服に引っかけずにちゃんと用を足せたと思います。

http://www.aramant.com/chuukou/toha.html

 

 

④パンパース作戦

これがU2偵察機など、超高空で何時間も独りぼっち、という場合は、着ている服もほとんど宇宙服なので、チャックをあけて、なんてやったとたん気圧が急激に下がって、お◎っこどころか、血管の血液が気化して惨死になってしまうらしい。というわけで、地上生活と同じくらいの気圧とかに保った「宇宙服」の中でどうやって、となると、しゃあねえおむつか、といううわさが。。。

U2 偵察機 Public Domain

 

 

U2パイロット

https://www.machinegun-figures.com/im/170112_142842_5fqZJWjM_im.jpg

 

 

それこそ宇宙船と同じに、パイロットスーツの戦略的箇所に掃除機みたいな機器のホースがドッキングして、お◎っこだろうがう◎こだろうが吸い出すという仕掛けにすればいいのに。。。と思うのですが、とてもそういった機器にスペースや重量を割くことはできないらしく。「便意を催さなければどうということはない」と、12時間にもわたる飛行なのに、食べ物は1時間おきにプロテインチューブみたいなやつを一個、ストローで補給、という、なんちゅうブラックな職場じゃ!になっているそうです。超金手当ぐらいは貰っているんでしょうねえ。

森永プロテインゼリー。https://www.morinaga.co.jp/in/jelly/protein15000.html

⑤旅客機のトイレ

さいわい、きょうびの旅客機では、客室の前部と後部、ジャンボなどでは中央部とかにもトイレがたくさんあり。でも、国際線とかで明け方になると、トイレの前にはやっぱり行列ができたりします。

首尾よくトイレに入ったはいいが、折わるく乱気流に突入し。トイレ内の警告灯が「GO BACK TO YOUR SEAT」とびかびか点滅し、アナウンスも「座席に戻りシートベルトを締めて下さい」なんてなるときもあり。

でも、便秘気味だし(下痢の時はもっと悲惨)、とにかく終えてからじゃなきゃ。。。とめちゃくちゃ揺られながら、なんとか用を足し。そのあと席に戻っても、CAさんが怖い顔でこちらをにらんでいたりして。。。。

旅客機のバキューム式トイレ

When are you allowed to pee on a flight?

④旅客機のトイレその2

さて、トイレにたまる排泄物ですが、畿内と機外の気圧差を利用して外に噴出しちゃうのかと思ったらそうではなく。備蓄タンク?みたいなのに溜めておいて、着陸後に汲み取りとしているらしい。

ちなみに、旅客機のおしりに空いている穴は、そこから噴出しているのではなく、APUという発電用エンジン(これもジェットエンジンです。すごいな)の排気ノズル(排気口)だそうです。

APU排気口

https://s.eximg.jp/exnews/feed/Trafficnews/Trafficnews_92485_04c0_1.jpg

 

⑤パイロットの重要な儀式:太刀諸雲の礼について

読んで字のごとく「たちしょうんのれい」と言います。あまり早口で言わないようにしましょう。

小さな軽飛行機で、その辺を一、二時間るんるん飛んできて、ホームベースに着陸。駐機して地面に降り立つのは、充実感のひと時です。

その時、無事に飛行し、着陸できたことを八百万の神々に感謝するために行うのが「太刀諸雲の礼」です。

ぼくのホームベースにはとあるご神木があり。この霊威を戴くために、誘導路もこの木を迂回して、アートな誘導路になっています。

*ご神木ですが、それ以前に、ブラジリア高原における貴重な原生稙種だという事で、切り倒すと環境当局に処刑されます。

ご神木とアートな誘導路

 

 

飛行機から降り、この木の根元で、思い切り放水するのが「太刀諸雲の礼」です。広がる青空に、動かぬ大地。さわやかなそよ風。至福の一瞬ですよね。。。。

でも、なぜか飛行クラブ管理人のお兄ちゃんが、この木の根元をDIY(柵の修繕とか)の作業場にしちゃったので、現在はしかたなくハンガー(格納庫)内のトイレで用を足しています。

小さな飛行機で飛んでいます

 

 

⑥余談その1

上記の戦闘機パイロットですが、やはり高度6000メートルでは気圧差により苦労したらしい。

とある撃墜王の回想録では、ふたをし損ねて液体が風防に飛び散り、ふき取るのにものすごく苦労した、とあります。

もちろん、機内飲料として持ち込んだ「ラムネ」の話です。

ラムネの栓を、一気に抜いちゃったためにシャンペンみたいに噴出してしまったらしい。

いやいや、あの液体のことじゃなくて、あーよかった。

ラムネ。https://bplatz.sansokan.jp/archives/11087

⑦最後は口直し

ということで、ばっちいお話は忘れて、夢の飛行機旅行の画像をどうぞ。

昔はシックで豪華、よかったですねえ。。。

(画像出展はいずれもhttps://buzzap.jp/news/20160801-airplane-food-1950/です。)

-O-

ではでは。

Posted by 猫機長
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”””””《2023年紹介バトン》コロナを吹き飛ばせ❣️繋がれ友達の輪”””””

恐怖の紹介バトン。敬愛するブロ友のLunaさんから、ついに順番が回ってきました。チャレンジです。

(この記事をWorldpressの本家サイトとはてなのアンテナサイトで見てる人へ:これはアメブロの楽しい企画です。アメブロの方にも見に来てね!)

◎ハンドルネームは

猫機長

◎ハンドルネームの由来は

「猫駅長」からパクリました。「たま」だけかとおもったら、そこかしこの駅に「猫駅長」がいるらしい。

「たま」かと思ったら「ニタマ」だそうです

https://livejapan.com/ja/in-kansai/in-pref-wakayama/in-wakayama_koyasan/article-a2000233/

 

 

◎アイコンの説明(私の画像)

 着陸動作。高度が落ちすぎてあせっているところ。

◎家族紹介

ひとりぐらしです。さびしいな

◎居住地

地の果てブラジルの最果てブラジリアです。地の果てですが、とてもおしゃれなパン屋さんがあり。「くるみとゴンゴンゾーラのパン」が大好きです。

 

 

◎出身地

地の果て埼玉の最果て朝霞市。進駐軍がいた時代です。病気になったら、その辺の草を食べて治しています。。。

◎趣味

飛行機の操縦、なんていわずもがなですね。あとは「二刀流上下太刀」。こどものころ、絵画コンクールで賞を取ったことがある。

こんな人です(10年前の写真)

 

 

◎長所と短所

「性格占い」をやったら、「怪盗」といわれてしまいました。

https://tokusatu-sunday.com/2019/11/09/lupin-fujiko/

 

 

長所 何をやらせても器用。必要最小限の動きで最高の成果を出す。人に愛される

短所 面倒くさがり屋、いやなところはスルリと抜けて、おいしいところだけ持っていく。

そんなふうに思われているんだ。ひどいな。。。。

みんなもやってみよう!→https://uranailady.com/fortune/birth47.html

◎好きなことわざ・四文字熟語

堅忍不抜。不撓不屈。

◎好きな人や芸能人

王選手、は芸能人じゃなかったですね。ブルゾンちえみ(キャラじゃなくて本人の中身。いい人らしい)

◎好きな曲(可能ならYou Tube を貼ってね)

明るい曲。勇気の出る曲。

 

 

こうゆう曲も好き

バッハ https://www.youtube.com/watch?v=SmtekADcxrc

パッヘルベル https://www.youtube.com/watch?v=li7tiTGcA2M

スーザ https://www.youtube.com/watch?v=22kDWg6e_mo

あれ?ミスマッチか?

◎好きな飛行機

「DC3」

いつか操縦してみたい飛行機。でも、なかなかそうゆう機会は。。。という事で、模型を作ってながめています

 

 

◎今一番のマイブーム

ぴよ将棋。夢の香車三段ロケットだ!

 

 

◎【今年の抱負】猫背をなおしたい。

◎【最後にひとこと】紙媒体しかなかった時代に比べ、無限の可能性が広がっています。広げようアメブロの輪。

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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孫子の兵法:勝ち組と負け組を分ける〇〇とは

突然ですが、ひょんなことから、「胡適(こてき)」という人の行状を知る機会があり。表題の「孫子」とあわせて、みなさんと一緒に解明したいと思います。

春秋戦国時代の戦車

http://blog.livedoor.jp/hobiii-kingdam/archives/1018353633.html

 

 

まず、孫子の兵法ってなに?

紀元前500年ごろ、中国春秋時代の思想家で「孫」さんという要注意人物がおり(あるいはいたことになっており)。このおっさんは、どうゆう過去を持っているのか、後世のマキャベリ―もびっくりの、恐るべき「戦争マニュアル」を世に出しました。これが「孫子の兵法」です。

どんなことが書いてあるの?

どうやって戦争に勝つか、です。要約は

◎まず、戦争をしないことである。ははは

「兵は国の大事にして、死生の地である」つまり、戦争なんてすさまじくコストがかかって、国自体が滅亡の危機にさらされる愚行であり、ぜったいやるな、みたいに書いてあり。邪魔な国があっても戦争に訴えずに、うわべは同盟国です、と言っておいて、裏ではいろいろなうわさを流しまくって相手国内の内紛を誘ったりなどの策謀術策でつぶしてしまえ、としている。

◎それでもだめだったら、初めて戦争となる。

この場合も、だまし討ちで一瞬に勝負を決せよとか、勝てる戦闘だけしろ(負けそうな場合はとっとと逃げろ)とか、謀略・欺瞞を駆使して、それって卑怯じゃね?という内容に。

ケンカに卑怯もくそもあるか、ということらしい。

しかし、その内容は、単に戦争のことだけではなく、ビジネスの場面にも活用ができるとして、世界中の企業家たちなどから絶賛されるベストセラーとなっています。

紀元前500年の書物ですが、その内容は今日も通ずる真理に迫っているらしい。

ということは、勝ち組になる人は、どこかで「孫子の兵法」を知ってか知らずか実践しており。一方、負け組になっちゃう人は、実践しているつもりでぜんぜん見当違いのことをやってた、というケースが多いと理解します。

「実践した」と「実践したと思った」の違いはどこで生まれるのか?

ここで「胡適」さんに登場してもらいます。

こちらは確実に実在が確認できる人で、資本主義時代の中国つまり中華民国(国民党政府)で、北京大学の学長になった知識人です。

胡適さん。1962年、70歳で没。

1939年にはノーベル文学賞候補にノミネートされた。すごいな

https://en.wikipedia.org/wiki/Hu_Shih

 

 

19歳の時にアメリカに留学し、超有名な哲学家デューイに弟子入りしました。

そんな奴知らないよ?という人でも「プラグマティズム」という言葉は聞いたことがあると思います。

日本では実用主義、実際主義と訳される哲学の一派で「経験、認識によって形成される概念と、その概念によってもたらされる客観的な結果によって世界は科学的に記述するべき」という、もはや哲学なのか科学なのかわからない、いかにもアメリカらしい現実的な展開で、胡適は、デューイから、こうした実利的な考え方を学びました。

もともと現金な中国人の一人である胡適。孫子の残した「恥も外聞もないケンカの勝ち方」も民族の血にインプットされていたらしく、その素養を見事に開花させる時がやってきました。

それが「日中戦争」

当時日本は満州から上海へと、どんどん侵攻しており。

どうしよう?と中国側は慌てふためいていました。

それこそ孫子だったら「勝ち目はない、戦争するな」なのですが、現実として日本は血も涙もなく侵攻してきており。

「何とかしてくれよドラえもーん!」

ドラえもんのかわりに、胡適がいました。

胡適がレコメンドしたのは「日本と全面戦争すべし」でした。あれ?

胡適の戦略は、以下の通り:

◎中国は、日本と戦っても勝ち目はないのだが、そこをあえて、いかにも日本の挑発に乗って戦争を決心した、と見せ、日本軍との戦線を拡大すれば、日本軍は喜んで中国大陸に大軍でなだれ込んでくるだろう。

◎ここで、中国軍はまともに戦う必要はない。うまく日本側の弾薬糧食を消費させながら、逃げるが勝ちだ!ますます日本軍を中国内陸に誘い込んで消耗させ、同時に「侵略者日本」のレッテルを貼って世界中が日本を悪者にする大義名分を得る。

◎一方で、世界にはアメリカとソ連という強国がいる(当時はまだ超大国までいかなかった。胡適の慧眼おそるべし)。日本がじゃんじゃん中国の利権を奪い去っているのを黙って見てはいないはずだ。両国は、日本が中国で独り勝ちしないよう恐ろしい制裁を開始して、その制裁は、日本に平和的解決が絶望的、イチかバチか。。。と思わせるようになった段階で米ソへの戦争に移行するだろう。

◎中国は、その段階への移行を促進し、日本軍が消耗しまくるよう引き受ける。

この戦略では、戦場となった中国全土が荒廃しまくることを意味していましたが、蒋介石も正面から日本と戦うことを決意。

一方、ソ連はともかく、アメリカは日本の独走に怒り。イギリスと結託して「援蒋ルート」を作り、ビルマなどを経由して米英の武器をじゃんじゃん中国に供与しました。

援蒋ルート

中印回廊 ミッシングリンク接続へ

 

 

この時期は、日本と中国は正式には戦争しておらず「地域的武力紛争」でした。なぜかというと、宣戦布告してしまうと中立国条項が発効してしまい。アメリカは、中国には武器を供与できなくなってしまうし、日本には石油などの資源を売ることができなくなっちゃうからです。こうして、日本、アメリカ、中国の大人の都合によって、中国での戦いは「日華事変」であり、真珠湾攻撃により初めて「日中戦争」になりました。

ううーむ、まるでウクライナとロシアの「戦争」みたいだ。

ウクライナもロシアも実はアメリカ(あるいは西欧)に依存していて、両者ともに宣戦布告しないのと同じと思います。。。。

さて、胡適の読み通りに、日本は中国での泥沼化により身動きが取れなくなったところでアメリカが禁輸措置やハルノートで恫喝したため、「男には、勝てないとわかっていても戦わなければならない時がある」とアメリカに対して開戦してしまいました。

この胡適の戦略を裏付けた理論を「日本切腹中国介錯論」といいます。

すなわち

◎日本は、「正義のために」米英蘭と戦うという、事実上の切腹(自殺)をするはめになってしまい。

◎一方、「恥も外聞もない」中国は、自国との戦争をうまく米英に肩代わりしてもらうことで、自分自身は日本に引導を渡す、つまり介錯人になりました。ははは

日米安保条約調印。

戦後の日本も軍備をアメリカに肩代わりしてもらって、復興に成功した。

https://blog-imgs-134.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200119001322243.jpg

 

要するに、中国は「勝てない戦争をするな。負けるぞ」という孫子の鉄則(これ自体は小学生でも言いそうですが)に日本が引っかかるようにする、つまり日米戦争を勃発させるために、中国では勝てる見込みのない日本を相手に、あえて戦争することによって誘導した、というわけですねー。

まさに「孫子の兵法」のウルトラC的な応用である。

ここで、勝ち組と負け組を分ける「〇〇」つまり「実践」が明らかになるのでした。

一流の人は、「勝てない戦いはしない」と正しく実践し、勝てるようになるまで自分を鍛える。中島悟が峠でレーステクニックを磨きぬき、レース出場の機会があっても「まだ勝てないから出ないよ」と、負ける勝負はせず。デビューしてからの恐るべき戦績は、カーマニアの人ならご存じのとおりです。

二流になると「勝てない戦いはしないとはいうけれど、まあいいじゃん」と生半可な行動をしてしまい。スポーツなら、負けちゃった、家へ帰ってラーメンにしよっと、で済みますし、育ち盛りの剣道選手なら、勝ち負けは気にせずともかく場数を踏む、ということも大切ですが、国家の存亡をかけた戦争でこれをやると。。。。

三流になると「勝てない」ことが明白なのに、戦争に踏み切ってしまう。日本がまさに好例ですね。。。。

中島悟

 

 

中国の場合は、日本が三流であることを見抜いて、見事「孫子の兵法ウルトラC」で日本を仕留めたということである。

超一流の神業。中国おそるべし。

共産主義になってこの英知が悪いほうへ全開になってしまっていますが、台湾という「真の中国の残像」も存在しており。「イッタイイイチロ」みたいなマガイモノではない、将来の友好を期待しています。

遣唐使船(復元)

Photo AC無料画像

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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尾翼が暴く戦闘機の実態

今回は、飛行機マニア向けの内容になっちゃった!でも、ちょっとだけ紫微斗数のお話も入れているし、素敵女子の皆様も、みんなで、いいね!してね!

さて。。。

米国の航空ショーでは、Warbirdsといって、第二次大戦当時の戦闘機がたくさん展示され、大盛況です。

クラッシックプレーンの魅力が、世代や国籍を超えて人々を引き付けるのだと思います。

ピストンエンジン機として発達の頂点に到達したこれらの飛行機たちは、国は違ってもスタイルはかなり似たものになっています。以下、Pixabay無料画像から各国の戦闘機をピックアップしました(なぜか零戦やグラマンは発見できず、かなしいな)

イタリア、スイス(ドイツから輸入)の戦闘機

 

 

アメリカとソ連

 

 

太っちょの空冷星型エンジン戦闘機

 

 

ほっそりした液冷エンジン戦闘機

 

 

これらの写真を見れば、

◎低翼単葉全金属、1人乗りの密閉式キャノピー

といった特徴があり(例外として、木製とか、双発や、中翼などもある)。

違う国々で開発しても、最先端技術を求めると、おのずとデザインも似通ってくるという事なのだと思います。

例えば、ドイツのBF109とイギリスのスピットファイアは、いずれも

◎液冷式、ファストバック(胴体と一体になったキャノピー)、低翼下面に冷却器配置

などなど、両国でスパイ合戦でもあったのか?みたいに似通っています。

Bf109

 

 

スピットファイア

 

 

上記は至近距離からの鮮明な画像なので、スピットファイアのほうが丸っこいなみたいにわかるのですが、ちょっと遠くになれば、いずれもとんがった機首のほそっこい戦闘機で、どっちがどっちなんだ?となると思います。

日本にも「飛燕」というとんがった機首の戦闘機があり。

飛燕

 

 

この飛行機を見たアメリカ戦闘機は「Bf109だ!」と勘違いしてしまい。

その程度ならともかく、日本の戦闘機や防空陣地からは「P51だ!」と間違われて攻撃されてしまうというかわいそうな飛行機だったそうです。

P51

 

 

では、性能も似通っていたのでしょうか。

それがそんなことはなく。それぞれが個性あふれる性能を発揮していたのでした。

例えば、Bf109とスピットファイア。

スピットファイアは、当時世界最高の技術水準を持っていた英国がその最先端技術を盛り込んだ戦闘機で、薄くて楕円形の翼など、素直に「どんな主翼なら戦闘機として最大の性能を発揮できるか?」を追求したものとなり。「大迎角での誘導抵抗の減少、翼端失速の防止、翼内武装の充実、高速といった長所(Wikipedia)」が得られました。つまり、スピットファイアは零戦と互角の格闘戦ができるし、一方でBF109と最高速を競い合うというスピ―ドも出せるという、なんでもOK、オールマイティの「天相星」みたいな戦闘機になりました。すごいな

*「天相星」とか、紫微斗数の言葉が出ましたが、別にスルーしてもOKです。紫微斗数が好きな人は、あそういうことか、と納得されるかもしれません。

さて、第1次大戦の傷を引きずり、イギリスほどオールマィティな産業のすそ野を持たなかったドイツですが、第3帝国による世界征服の悲願を達成するためには、世界一の戦闘機が必須であり。

ハインケルの楕円翼とか、スピードを出すには貢献したが、スピットファイアのように運動性や翼内の機銃格納といった応じ技をひねくりだすに至らず。

どうしよう。。。

と、なやんだあげく「エンジンにモノを言わせるしかないんじゃね?」という結論になり。

飛行機にもいろいろあり。安く安全に大量の旅客を運ぶための旅客機と、上昇だの下降だのを目まぐるしく行い、機銃をぶっぱなす戦闘機では、エンジンのつけ方も180度違い。

今時の飛行機ですが、ボーイング747を見てみます。

https://www.wikiwand.com/ja/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0747-400

 

 
エンジンは、胴体に比べて20分の一くらいの大きさしかなく。よくこんな小さなエンジン4基であの巨体が持ち上げられるものですねー。

BF109になると

なんと、胴体全長の5分の1ほどをエンジンが占めているのでした。

http://propeller3.blog61.fc2.com/blog-entry-86.html

 

 

それって戦闘機はみんな一緒なんじゃね?

いやいやそうでもないんですよー例えば実質同じDB601エンジンを積んだBf109と飛燕の大きさを比べると、こうなります。

画像はこちらからお借りしました

https://tabletopwarrior.blog.ss-blog.jp/2009-11-12

 

 

これは飛燕が大きいのではなくて、Bf109が一回り小さいのです。

ぱっと見は、BF109と飛燕は「ブルゾンちえみと渡辺直美」で、どっちがどっちだかわからないが、並べてみると、かたや「栄養失調で縮んでしまったブルゾン」かたや「肥満していよいよ肥大化した渡辺直美」くらいの違いにはなるのである。

あやめにかきつばたのような美人。無理か。。。

https://www.excite.co.jp/news/article/Fumumu_127066/

 

 

なんのこっちゃ?でも、この違いは超重要なのです。

以前、スピード競技機のお話をしたときに、

スピードを出すためには

①とにかく大馬力のエンジンが欲しい

②そして、とにかく空気抵抗を減少させたい

この2つが重要です。

と書きました。

その結果、安定性だのなんだのを犠牲にして、ともかくでかいエンジンに、必要最小限の翼をつけよう、ということになり、

こんな飛行機が生まれました。

https://ocoze.net/pulamo/02tannyou/32/GB-R1/GB-R1.html

空飛ぶビヤ樽、ジービー・レーサー

 

 
BF109も同じような思想で生まれ。

https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/LG2-I/images/Airworthy-Bf-109E4-1.LG2-White-14-Hans-Joachim-Marseille-France-1940-01.jpg

 

 

BF109は、機体に対するエンジンパワーの効率という点では、世界のどんな戦闘機をも凌駕することとなり。(後に二式戦とかライバルが出てきますが)

すげーじゃんやっぱりドイツ人て頭がいいね!

と言いたいところなのですが。。。。

エンジンでかすぎ、プロペラもでかすぎ。つまり主脚を長く大きくせざるを得なくなり、重量増加にならないために、付け根を胴体の骨格に組み合わせたのはいいが、そのため轍間距離が取れなくなってしまい、着陸時の安定性が損なわれてしまいました。

プロペラで地面をこすらないために、地上での姿勢は機首を天につくように突っ立ってしまい、俯角が大きすぎて翼に揚力が生まれず、離陸できないので、主翼の前縁に「自動スラット(低速時は開いて、高速時は閉じる)」をつけて主翼の気流をなんとか整え、離陸できるようにし。

前縁スラットと後縁のフラップ

出展:https://www.tamiya.com/japan/products/61117/index.html

 

 

無理やり離陸できるようにはなったが、翼が小さすぎ、機重を支えきれないため、今度は着陸が異様にやりにくくなってしまい。

空気抵抗削減のために小さく機体に埋め込んだようなキャノピーで、ろくに前も見えないパイロットが、必死になって機体を安定させるのですが、すなおに着地してくれず、ぼよよーんと飛び跳ねて機首から地面に突っ込んだりするような事故が絶えなかったらしい

それでも空に上がってしまえば、加速やロール性能など、今度は小さなつばさの利点が出てきて、エンジンパワーに物を言わせてスピットの完成された翼とも互角で戦えたらしい。ただし、高速、高G機動で補助翼がスナッチ(取られる)など、やばい癖もあったらしく。

つまり、BF109とは、ケンカにはめっぽう強いが、一方でものすごく扱いにくい、いわゆる「破軍星」みたいな飛行機になってしまったのである。

Bf109がどんな飛行機かを端的に物語っているのが水平尾翼。

基本、尾翼特に水平尾翼の配置は、主翼から発生する乱気流との戦いといってよく。

Bf109の場合、地上滑走時の機首上げ角度がきついので、気流が当たらずエレベータが効かないのと、主翼のスラット作動時に発生する乱気流を避けるため、水平尾翼の位置を上にあげて、いわゆる十字尾翼になってます。でも、垂直尾翼という細い足場なので、つっかい棒を立てて振動を防いでいます。

画像出展 https://www.1999.co.jp/image/10000361/10/1

 

 

スピットファイアや零戦など、操縦性のいい飛行機は、尾翼と主翼のバランスもとれていて、パイロット目線で見るとなんか安心します。

Bf109は、なんでつっかい棒までして十字尾翼にするのか?という、なにかアンバランスな歪みを余儀なくされた飛行機だ、という事なのですよね。東の大横綱をBF109とすれば、西の大横綱にF4Uがあり、こちらも後家製造機として有名になりましたが、やはり珍妙な位置に水平尾翼が付いています。

変な位置の水平尾翼、というと、二式戦があり。

鍾馗の水平尾翼は、垂直尾翼よりものすごく前にあるみたいですが、これは垂直尾翼のほうを後ろに持って行った設計で、射撃時の安定性が抜群だったらしい。

https://www.webmodelers.com/201608katoushouki.html

 

 

最後に、ぼく個人の話で恐縮ながら。。。。

高翼機あるあるですが、水平尾翼が主翼と同じ高さないしはさらに低い場合があり。別にインメルマンとかはやらない、そのへんをのこのこ遊覧飛行するための軽飛行機なら、これが一番安定して、楽しく飛ぶことができます。

ではでは。。。。

Posted by 猫機長
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地下鉄に見る日本人の美術素養

日本に行った時のお土産に、地下鉄の切符を持って帰りました。

東京の地下鉄。世界に類を見ないち密な路線網で、あらゆる区間の効率を考慮しつくし、切符も多数のランク(金額)に分かれています。写真のは190円区間です。

上のはブラジリアの地下鉄切符です

 

 

日本の地下鉄は、とても便利で、清潔。乗っている人たちも礼儀正しく、大好きです。

でも、はっきりいって、この細かい料金の区分けだけは、同意できなかったのでした。

なぜこんなみみっちいことをするのか?

ブラジリアにも地下鉄があり、おおざっぱそのものの路線です。でも、いちまい切符を買えば、その切符でどこからどこまで行こうと勝手です。

東京だと、ここからここまでは100円。でもそこから先は190円だから、別の切符を買いな、みたいな、重箱の隅をつつくようなものになってしまい。地下鉄一つ乗るにも、やれこの区間はこの路線で、その値段は。。。。なんてこんがらかりすぎてわけがわからなくなってしまい、ともかくSUICAとかでスルーパスだ!となんとかしのいでいる状況ではないでしょうか。

東京の地下鉄マップ。https://www.tokyometro.jp/station/

 

 

ブラジリアはこんなかんじ。https://metro.df.gov.br/?page_id=8768

 

 

日本の場合、実は、日々の仕事や生活が、あまりにきめ細かすぎる配慮を要求する状況になってしまっており、その一つの例が、このみみっちい地下鉄の価格設定に表れていると思っています。つまり、地下鉄なんて日本の魑魅魍魎さのほんの断片で、24時間あらゆる出来事に、あまりにもち密に対応しなければならない生活に疲れ切って、自分でも訳が分からなくなり。最後は、ふらっとホームから飛び降りようとしていて、青色灯ではっと気が付き助かった、なんてことになっていないでしょうか。

駅の青色照明。https://karapaia.com/archives/52069214.html

 

 

なぜこんな生きにくい国になってしまったのか。

それは、もともと芸術に生きる人々の国であった日本が、幕末の列強進出で、植民地にならないために、理数系の考え方を無理やり「インプラント」させられた、その影響が今日にいたるまで残っているためと理解します。

日本人てそんなに芸術的だったっけ?

はい、フランス人が驚いてジャポニズムを推進したくらいに、芸術的です。

その日本人の芸術性は「蕃書調所」「工部美術学校」に見ることができます。

    -O-

時は幕末。ペリーにカツアゲされ、にっちもさっちもいかなくなった日本。

浮世絵なのにパースの効いた「米船渡来 旧諸藩士固之図(べいせんとらいきゅうしょはんしかためのず) 」

 

 

浮世絵美人なんて描いている場合じゃないぞ!大砲の製図だ!

と、必死になって西洋の作画技術を学ぼうとしました。

そのための学校が「蕃書調所」

語学、精錬学(化学・薬学)、機械学、数学など、進んだ西洋の学問を学んで、列強に対抗するために、江戸幕府が設立した、当時の大学・専門学校をミックスしたような学校でした。

これらの学問に交じり「画学」もあり。

西洋美術について「調べ」学ぶ学部でした。

美術とはいえ、学ぶ目的は「画題となる物品を、日本画では不可能な精密な描写、迫真の画像で再現する」という意味合いがあり。なんか歯切れの悪い言い方になっていますが、現代用語でまとめると、ようするに「工業製品の設計製図技術を獲得したい」という事なのでした。

この学校で学んだ重要な人物に、高橋由一がいます。

その代表作が「ガトリンク機関銃の組み立て用精密詳細設計図」

ではなくて

「鮭」でした。

 

 

この絵のどこが製図なのか?

というか、現在の超写実絵画『鮭 ─ 高橋由一へのオマージュ ─ 』に比べたら、ピンボケすぎて、80年代頃の写真程度にしか見えなかったのでした。

 

 

それでも、浮世絵しか知らなった日本では、衝撃の精密画像だった。

しかし、「しゃけ」なんですよねー

「ガトリンク銃」ではなく「しゃけ」

ここに高橋由一に代表される、日本人のどうしようもない芸術性が暴かれるのでした。

高橋由一「下野塩谷郡男鹿川独橋有三架」

 

 
がんばって橋梁構造の描写を試みてはいるけれど。。。やっぱり図面じゃなくてアートですよね。。。。

日本は技術立国、職人の国ですが、職人ってどんな人?と考え直してみると。

「一杯の魂―ラーメン人物伝―」ISBN4-08-859357

こんな感じ。「理屈ではなく感覚」だそうです。ははは

 

 

三菱リージョナルジェット(MRJ)についても、米国FAAの審査に通らなかったのは、アメリカが要求する「ボーメ度」じゃなかったもろもろの基準数値を、三菱側が明確にクリアできなかったというのがあるらしい。

きっとアメリカの飛行機より安全で繊細な、操縦しやすい飛行機だと思うのになー。

MRJについては興味深い考察があるのでこちら→国産ジェットの夢を阻んだ「型式証明」の壁 責任は三菱重工だけか 日経ビジネス記事 2/7

https://travel.watch.impress.co.jp/img/trw/docs/1130/516/html/000_o.jpg.html

 

 

しゃけの絵ではロシアの軍艦を撃沈することはできません。

というわけで、明治になると、こんどはもっと赤裸々な名称の学校が生まれます。

その名も「工部美術学校」

「工部」と「美術」が両立する、どうしようもない日本人のなあなあ気質が全開になってしまっています。

結局、この学校も工部というより美術で日本をリードし、美術面で拮抗する形で東京美術学校、さらには東京藝術大学が生まれるのでした。

いくら製図しようとがんばっても美術になってしまう日本。天下のおフランスに「ジャポニズム」という一大美術運動を発生させた原動力を、ここに見ることができます。

日本人には生まれながらに芸術の血が脈うっているのです。

数値・計算の世界とは、一線を画した情感、感性の世界です。

これが迷走すると「八紘一宇」だのと妄想の世界になり、自国も滅ぼし世界にも迷惑をかけてしまう。

日本がアジアを開放したのは本当です。でも、開放の仕方が、石油のある資源国に押し入ったら、そこでは現地の人たちが西洋人に搾取されていたので、「敵の敵は味方」となって協力したというのが真相でした。

ガトリンク銃 http://www.xn--u9j370humdba539qcybpym.jp/part2/archives/463

 

 

しかし「悪い西洋人にいじめられているアジアを、神国日本が皇軍で開放する」という「夢・希望・アート」の世界に逃避してしまった結果、戦争という事態で最も効果的な工業製品である原爆を落とされてしまいました。

ロートレック「ディヴァン・ジャポネ(日本の長椅子)」

 

 

ここまで読んで、「そんなことないぞ!日本はあらゆる情報をち密に検討し、熟考の上で開戦に踏み切ったんだ」という人もいるでしょう。

日本人から見れば、その通りです。

でも、世界からは「だらだら中国と紛争し、泥沼化させた結果、打開しようとしたはいいが、本質と離れた無駄に細かい目先の事象の分析で、かえって戦略的に事態が見えなくなってしまい、成算もないのにアメリカを攻撃してしまった」と見られているのが、偽らざる真実です。

ち密な計算をしているように見せかけながら(無駄に細かいだけ)、実はアートな主観・感性で物事を進めてしまう日本人の性癖は、日本人自身が常時戒めておかないと、どんな悲劇をもたらすかわかりません。

でも、世界でも有数の、アートな国民であるという事も事実であり。それは、とりもなおさずアートに生きる、という事も、世界のどの国よりも得意なはずだと理解します。

なぜ「得意なはず」であり「得意」でなくなってしまったのか。

それは、「工部」美術学校というように、幕末から今日にかけて、無理やり日本人のアートに工業の枠をはめ込んでしまったからなのです。

もちろん、アヘン戦争で超大国清が亡国の憂き目にあっている時代に、「あばずれ美人」なんていってる場合じゃないだろう!という事は理解します。

喜多川歌麿「教訓親の目鑑(めがね)  俗に言うあばずれ」

 

 

しかし、令和の日本は、ロシアや共産中国、南北朝鮮に囲まれ、決して安泰ではないものの、幕末よりずっとましな状況にあると理解します。

そろそろ、みみっちい詳細化で安心しようとする思考から解放されてもよいころかな?と思ったりします。

最後に、日本の絵に比べたら製図になっている西洋の絵画と、アートかどうかなんてどうでもいいや!でも気づいたらアートになってました、という日本の絵画を掲載して、結びとします。

ルノワール「犬の頭部」

 

 

仙厓和尚「犬図」

 

 

きゃふんきゃふん。ではでは。。。

Posted by 猫機長
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ベイルアウトだ!緊急脱出装置のお話

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空を飛ぶものは落っこちる。これはニュートンの法則です。

とんまな小鳥が木の枝への着地に失敗しごっつんこ、あららなんて別の枝につかまってお茶を濁す、なんてこともありますが(一度だけですが確かに見ました)、鳥に比べたらはるかにぶきっちょな飛行機では、墜落はいつも警戒しなければならないリスクとなっています。

これが軍用機になると、気流だ雲だ、という自然現象のみならず、人間様自体がミサイルだなんだと撃ち込んでくるので、墜落なのか撃墜なのか、ともかく落っこちることを前提にした飛行機を作ることが必要になってしまい。

第2次大戦までだったら、飛行士にパラシュートを持たせて、キャノピーを開けて脱出、だったのですが、高度8千メートル、相対速度800キロですさまじいGのかかる無理な飛行をやってへとへとのパイロットでは、のんきに窓を開けて、なんてのもうまくゆかず。脱出時に自分の飛行機の尾翼に衝突して死んじまうパイロットも出てしまい。

こんな感じ。真っ二つ、というよりバラバラ・ミンチ状態になったらしい。

「零戦の操縦」ISBN978-4-7572-1734-8より。

 

 

軍の首脳部にとっては、なかなか由々しき問題となりました。

きょうび、F15の購入には100億円がかかると言われています。そして、そのパイロットの育成には、7億円がかかるそうです。

パイロットの場合始末が悪いのは、レーダーだのエンジンだのと違い、部品を生産ラインに乗せてはいOk、ではなく、航空学生としてまず軍人教育でいじめ、2年後に卒業したらそこで初めて練習機に乗せ、航法、管制、気象、航空法規、航空力学、飛行機整備学、おっとそれから操縦そのもの、と果てしない技能を詰め込み、やっとパイロットとして一人前になったら、まってました!ミサイルの打ち方だ、チャフのまき方だ、と今度は戦争技術を教えなければならず。つまり一人死んじまうと、7億というお金のほかに、次の補充が来るまで、へたすれば何年もまたなきゃ。。。。という事態になってしまいます。

太平洋戦争時、日本はあまりこの点を考えていなかった、というか、多少は考えていたが、でも実はやっぱり全然考えておらず、やれ特攻だなんだとパイロットの命を湯水のように消費してしまい。すでにマリアナ沖海戦の時点で熟練パイロットはほとんど死んじまっており、ひょろひょろふらふらとなんとか飛行機を操るのが精いっぱいの日本の未熟なパイロットは、それまで何度撃墜されても手厚いレスキュー措置で生き延び、一戦また一戦と強くなっていった米軍パイロットにヒヨコのようにひねられ、「マリアナの七面鳥撃ち」になってしまいました。

というわけで、まともな空軍なら「機体は破壊されても必死になって生き残ろうとする」パイロットという便利な部品を見殺しにするわけはなく。海上の空戦なら潜水艦やら飛行艇やらをじゃんじゃん派遣し、陸上の空戦ならレジスタンスを大々的に招集し、落っこちてくるパイロットを回収し、次の空戦の部品として再利用するシステムをしっかり構築しているのでした。

そして、このシステムの中でも最重要と言えるのが「脱出装置」なのでした。

脱出装置には、大きく分けて射出座席と、操縦席全体を射出するモジュール式脱出装置があります。モジュール式のほうがパイロットには優しいのですが、およそ飛行性能、空戦性能とはかけ離れた重い装備・装置になってしまい。機体強度にもかかわってくるし、主体は射出座席になっているようです。

B1爆撃機の射出モジュール。http://4.bp.blogspot.com/-KAeRRSMVPJg/VHSKyzBqY-I/AAAAAAAAGb8/DqkvGZW3mRA/s1600/Lancer.jpg

 

 

射出座席の芽生えは、すでに第2次大戦時のドイツ空軍に見ることができ。

射出座席を装備したドルニエ戦闘機。https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/3e/Dornier_Pfeil2.jpg

 

 

朝鮮動乱のころになると、フツーの装備になったらしい。

でも、初期の射出座席は、ある程度の高度を飛んでいないと、射出はできてもその後のパラシュート開傘の高度がたらず、結局地面に激突して死亡、という事があったらしい。

T-33A入間川墜落事故の例では、エンジントラブルで、落ちるぞ、という時、パイロット2名が必死で民間の家屋を避けるべく操縦しているうちに、パラシュートで脱出しても助からない高度にまで落ちてしまい。それでも、脱出装置はちゃんと作動したぞ!という事実を残し、少しでも整備員の心痛を和らげるために、2名のパイロットはあえて射出し、墜落死という痛ましい事例が発生。

また、別の例では、やはりエンジントラブルで、民家を避けているうちにもはや不時着しかない、というところまで高度を失ってしまい。落着の衝撃でパイロットは死んじまいましたが、これも脱出装置の安全装置は外し、「脱出できなかったのではなくて、しなかったのだ」というメッセージとして整備員をいたわっていたというのもあり。

偉大な練習機T33A。でも、この当時の射出座席はいろいろ限界があった。

パブリックドメイン

 

 

そこで開発されたのが「ゼロ・ゼロ射出機能」。高度ゼロ、速度ゼロでもとにかく射出しちゃえば、座席についているロケットエンジンでパラシュートが開ける高さまで打ち上げ、安全に開傘できる、というものです。

下の写真は、とあるエアショーで、反転ループを行おうとしたところ、規定より200メートル低い高さで開始してしまったため、リカバリーできず、地上に激突だ!の寸前に射出という恐るべき瞬間。まさにゼロ高度での脱出の実例になりました。

パブリックドメイン

 

この例では、パイロットは軽傷で済みましたが、実際にはなかなかそうもいかないことも多いらしい。

射出座席なんて、パイロットを縛り付けたミサイルをぶっ放すのに等しく。射出の瞬間には15Gから20Gの圧力がかかるそうで、「適切な姿勢を取っていないと脊椎を痛める(Wikipedia)」などとありますが、それは鋼の肉体を持つ戦闘機パイロットだからであって、ぼくだったら、適切な姿勢を取っていても脊椎が粉砕され、それ以前に頭蓋骨の中で脳みそがぐちゃっとつぶされて、パラシュートが開くころには死体になっていると思います。

というのも大げさかもしれませんが、じっさい、射出後の後遺症で飛行機に乗れなくなる人も多数いるそうで、「二回射出したら体にダメージがたまって退役」という事も言われているらしい。

射出の時に、ちょっとした姿勢のずれで、足がコクピットの何かにひっかかり、ちぎれちゃったとか、射出に前もってキャノピーが爆薬で吹き飛ばなければならないのに、故障で吹き飛ばず、哀れ射出でキャノピーを粉砕し、一緒に自分の頭も粉砕しちゃったとか、とにかく射出というのはうまくいっても九死に一生、というのがあるあらしい。

この記事を書いていて、民間パイロットでよかったと、胸をなでおろしています。

といって、民間機は、墜落しても脱出できないじゃん?というのも事実です。

そこで、最新の軽飛行機など、墜落だ!という時、機体自体をパラシュートで降下させるなんて機能を持っているのもあります。

この場合は、脊椎がどうだのというのはなく、なにげに安全に降りることができるらしい。

写真出展:PÁRA

 

 

ぼくも単発軽飛行機降りですが、安物の軽飛行機なので、こうした最新装備はついていなかったのでした。ははは

でも、軽飛行機の場合、だいたい墜落の原因はエンジン不調なので、エンジンがストップしても不時着できる原っぱの上を飛ぶようにしています。落っこちてペラをひん曲げたり、ギアを折ったりしても、乗員は無傷で助かる(事例が多い)からです。

というわけで、本当にパラシュートが必要なのは大型の旅客機なんですけどねー、でも金庫のように重いジェット旅客機を支えるパラシュートが作れないのか、作れても採算に合わないのだと思います。

ヘリコプターの場合は、やっぱりローターに絡まっちゃうのだと思います。オートローテーション(ローターが墜落の風圧で風車みたいに回転して落下を減殺し、ソフトランディングを可能にする)に望みをかけたほうが良い、という事なのでしょう。

小さな飛行機に乗っています

 

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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「楽をしないと億万長者になれない」

ワタナベジュース、モウイッパイ

 

 

以前、世界最大手級の仮想通貨取引所FTXの破綻で、有識者が「バンクマンフリード容疑者は、50〜60年は刑務所に入ることになるでしょう。世の中、楽して億万長者になれる方法なんてないんですよ(資産3兆円が吹っ飛んだ!大谷翔平も孫正義もウクライナも巻き添えにした30歳の男、ついに逮捕 (msn.com))」というコメントをしたことを書きました。

FTXのCEOであるバンクマンフリード(あだ名は「アフロ」)さんが、どの程度楽をして億万長者になったかはわかりませんが、この有識者は、お金を稼ぐのは「恐ろしい苦行だぞ」という世界観を知り込もうとしているのでは?ということが伝わってきます。

こうゆう書き出しをすると、読者の素敵女子たちから「猫機長はらりっているの?楽して億万長者になれるわけないじゃない?」と心配する声が聞こえてきます。

それに対して、このブログで巡り合ったみなさんに、こっそり、ひそひそ、陰に隠れて、だれにも聞こえないように、伝えます。

「実は、楽をしないと億万長者にはなれないのです。。。。。」

このブログを読んでいるみなさんも、ブログ運営者であるAmebloやワールドプレスの管理者の人たちも、もちろんこのブログを書いているぼくも、朝から晩まで仕事でひいひい、給料日が来ても、あれれこんなにすくないの?という日々ですよね。

楽じゃないですよねー

労働に耐えられず、犯罪に走る人もいますが、マスクに包丁、押し入り強盗で、家人の人に「よう姉ちゃん、ぼくとお茶しない?」じゃなかった「よう姉ちゃん、有り金全部持ってきな」とやるのも、それはそれで合法、非合法問わず労働ですからねー

一日が仕事で終わってしまい。土日も会社の飲み会だ、で過ぎていき、気が付いたら貯えも何もない老人になってしまい。

それなのに、アフロとかいう野郎が、30歳で3兆円の資産だと?しかも、仮想通貨とかわけのわからないマネーゲームで稼いだなどと、そんなの許せんぞごるあ!

そりゃそうですよね。はっきりいって、皆さんの感想は正しいし、その通りだと思います。

雇用者側の視点で見れば、もっとくっきりよくわかると思います。

あなたが「ワタナベジュース」みたいな大会社の社長だったとしましょう。

本物の「ワタナベジュース」は、社員が仕事に満足して生産しないとよい製品も作れない、とわかっているので、社員の労務環境や福利厚生、給与にも気を配りますが、今回の例では、あなたはまがいもののブラック企業の社長なので、自転車操業で焦げ付きを出さないために、福利厚生もへったくれもなくなっており。

ともかく仕事をしてもらわないと!と社員を叱咤激励して、毎日終電まで会社にいてもらい。

そして翌日の午前6時には会社に来てもらい、やっぱり仕事。

ここで、ちょっと親心を出して「金曜日は定時退庁日です」なんてやってしまったら。

アフターファイブで空白ができてしまった社員たちは、やれギャンブルだの、やれ飲み屋をはしごして、派閥同士で身の毛のよだつ悪口合戦を繰り返すだの、要するにろくなことはしないので、「やっぱり終電まで働かせておこう。生かさず殺さずがいちばん」となってしまいます。

24時間働けますか、と新入り時代から調教されてしまっているので、「楽をしてはいけない、苦労だけします」という生活が身にしみてしまっているのである。

終電まで頑張るサラリーマン。

でも翌日にはリストラされる決定が上層部でなされていたことは

知る由もなかったのだった、なあんて。。。。

 

 

24時間苦労しています、なので、さぼる気はないけれど労働の効率はがた落ち。先進国で随一の低生産性という事実が示すまでもなく、結局、会社とは、仕事をするためにいるのか、仕事をしているという努力をするためにいるのかわからない場所になってしまっています。

結局できる製品や利益にも限りがあり。雇用側も、それこそ雀の涙の給料しか払えなくなってしまい。

こうした悪循環で、「ともかく苦労しまくって、雀の涙の給料をもらうのが人生だ!」という、突き崩すことのできない常識が構築されてしまっていたのでした。

渡辺 ジュースの素 – 検索 画像 (bing.com)
 

 

アフロさんも、実は同じだったと思います。

FTXという企業を立ち上げ、仮想通貨という未知の分野で3兆円の利益を得るまで、楽だったのでしょうか?

はいそうです、という人はさすがにいないですよね。。。。

というか、社畜です、会社が悪い、とうだうだ言っているより、実はもっと苦労してるんじゃね?とか思うのはぼくだけでしょうか。

じゃあ、猫機長は、やっぱり「楽して億万長者にはなれない」と思っているんだよね?

いやいや、やっぱり①「楽をしないと億万長者にはなれない」と主張します。

そして、②「苦労していると思っているうちは億万長者になれない」と補足します。

要すれば、この①と②が両方ないと億万長者にはなれないのである。

長者、というのはこの記事に読者を呼び込むためのキャッチコピーであって、ぼくはぜんぜん長者には及ばないけれど、資産1億円を達成するにあたり、この①と②が原動力になりました。

①についてはものすごく簡単で、すなわち

R>G

という、ただそれだけのことです。

Rというのは、資本収益率のことで、Gというのは経済成長率です。わかりやすく言えば、Rとは株や債券などによる不労所得で、Gは労働の対価であるお給料のことである。

ピケティという有名な学者が明らかにした法則であり、労働収入の増加は不労所得の増加に追い付いていけない、労働者はますます貧乏になりますよ、ということです。

本当はもっと丁寧に説明するべきなのですが、それだけで記事の2,3本はできてしまうので、ここでは「あなたが苦労して働いてお金を稼いでいる限り、お金持ちにはなれませんよ」「あなたが海岸で日向ぼっこしているうちに、あなたの資産があなたに代わってお金を稼いでくれるようにならなければだめですよ」というエッセンスのみを記載しておきます。

アフロさんも、あたら若さに任せて働きまくり、「世界最大級のFTX」なんて創業してしまったのがあだになったのかもしれません。要すれば、ビジネスオーナーから資本家への転換に失敗したということだと思います。投獄等から逃れたら(終わったら)、あれほど才覚のある人なので、単なる一人の投資家としてひっそり巨万の富を稼げばいいのにね。

ビジネスオーナーと資本家の違いについてはこちら→キャッシュフロークワドラント

さて、②です。

苦労していると思っているうちは、苦労しているという事実が残るだけで、前進することはできません。

成果を手にするためには、準備と行動が必要ですが、その準備と行動が、ほかの人から見れば「狂っている!マゾかこいつは?」なのに、本人はほわほわと、なにげに、わくわくとやっています、となるのが重要ということです。

こちらも、書き出すと果てしないし、実はこれまで複数書いてきたので、言わんとしていることについては、以下の記事をご参照。

◎成功は狙って実現することができるか①

◎成功は狙って実現することができるか②

◎シュリーマンと学者たちのお話

◎ノーペイン・ノーゲイン

この記事にも例をあげておくと、バイオリンの世界で、究極かつ至高に達した「かな先生」というのがおり。

年端もいかない幼少のころからレッスンだなんだと虐待され。本人も、拷問だー、と一時は音楽の世界を逃げ出してCAさんになろうとしたこともあったが、知らないうちにオーケストラのコンサートミストレスに選ばれたりして、気が付いたら天才バイオリンユーチューバーになっていました、という軌跡がよくわかる動画があったので、あげておきます

(かな先生ごめんなさい、でも「虐待」「拷問」という言葉を、実は「努力」という意味で書いていることはわかっていただけますよね。。。。)

かな先生。https://www.youtube.com/watch?v=8w65RzllNcI&t=134s

このブログの読者で、かな先生の生徒さんがいたら、こんなふざけた記事があったよ!と教えてあげてくださいね

 

 

ぼくはかな先生には及ばないけれど、LSA免許だの、剣術大会のメダルだの、器に合わせたささやかな貯えや成果で満足しています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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軽飛行機で空母に着艦

とある吉日。ルジアニア空港へ着陸アプローチに入り、速度97キロ(60マイル)、フラップツーまで下げてなにげに侵入していったのですが、あれ、なんかおかしいぞ?

小さな飛行機に乗っています

 

 

ふつうなら、台形になって迫ってくる滑走路が、いつまでたっても同じ大きさのままでフリーズ?したみたいになっており。いつもは、滑走路に正対してエンジン計器確認したあと、もう一度滑走路に目をやったときにはかなり眼前に滑走路がはみ出しているのですが、今回は、遠くにひしゃげた台形のままでとどまっており。

あれ、計器確認忘れたかな、ともう一度計器盤に目をやってスピードや高度をかくにん、滑走路に目をもどすと、今度はスレッシュホールドが間近に。。。ではなく、さっきと同じ遠くにひしゃげたまま見えており。

なんかおかしいぞ?

着陸時の滑走路の見え方。同乗者に撮影いただきました

 

 

はっと、GPSに表示されているVS(対地速度)を見たら、56キロ(34マイル)を表示しており。

速度計のVI(計器速度)は上記の通り97キロなので、なんと時速41キロ(26マイル)の向かい風を食らっていたのでした。

左の赤丸が速度計で、対気速度を計っています。

右の赤丸がGPS。対地速度が表示されます
 

 
滑走路と見事に正対し、かつ一定の季節風か?だったので、機位の修正はしなくても真っ直ぐらくちんに飛べていたため、風の存在に気が付いていなかったのでした。

空気の中に浮かんでいる飛行機は、自動車のように地面を直接走行しているわけではなく、空という気体が地面と飛行機の間に挟まるため、飛行機の本当の速度や高度を知るためには、飛行機と一緒になって動いている気流についても計算する必要があります。

 

 

今回のケースでは、自分は時速97キロで飛んでいるつもりなのに、その半分に近い速度の強烈な向かい風に押し戻されて、実際には時速56キロになっちゃってたわけですからねーもし近くに道路があったら、地上を走る車がF1レースカーのごとくぼくの飛行機を追い抜いていくのが見えたと思います。

反射的に燃料残量チェック。まだまだいっぱいあるぞ、と安心し。

でも、このままじゃいつまでたっても滑走路にたどり着けないぞ!燃料はあるけど。。。

と、混乱するあたまを何とか冷やして、こうするしかないよね、と意を決し。

「フラップ全格納、機首下げ、エンジンパワーオン」

という、本来滑走路付近では絶対やってはいけない、やったらあっという間に滑走路に突き刺さるぞ、という操作をあえてやってみました。

そしたら、いいぐあいに滑走路が迫ってきて、ふつーに着陸できました。ははは

でも、時速40キロの強烈な風ともなると、一定方向で吹いているうちはよいが、VRB Windつまり方向不定で突如変わっちゃうようになると、小さなEXPERIMENTAL機ではあおられて操縦不能になっちゃう、事はなくてもめちゃくちゃゆすぶられちゃうので、乱気流にならないうちにとっとと離陸してぼくのホームベースに逃げ帰りました。

早朝の朝7時から8時に飛んでいたので、太陽熱によるサーマルや乱気流が発生する前だったのが良かったのだとおもいます。

陸上の滑走路は、どこからどんな速度の風が吹こうがあなたまかせ、飛行機のほうで横風とかに対応して着陸しなければなりませんが、これが空母になると、自らこうゆう強烈な向かい風を作って飛行機の発着を助けています。

アメリカの原子力空母などは、時速30ノットすなわち56キロは出すらしい。つまり、もともと無風の状態において、着艦する飛行機には時速56キロの向かい風を提供できるということである。すごいな

ただ、空母に発着するジェット戦闘機とかの離着陸速度が240キロ(130ノット)くらいなので、実際には時速184キロで甲板に激突!アレスティングワイヤーで無理やり停止させるという無謀なことをやっています。

右の写真は、アレスティングワイヤーで無理やり飛行機の行き脚を止めているところです。左の写真にハンバーガーが出てくる理由はこちらをご参照→「ハンバーガー食べました」

 

 

ちなみに、ぼくが乗っている軽飛行機ですが、最高速度が時速192キロなので、ジェット戦闘機の最低速度よりも遅かったりしたのでした。

ということは、軽飛行機は空母に着艦できるかも?

みんな大好き護衛艦「いずも」で検証してみましょう。

「いずも」の全長は248メートル。

一方、ぼくがいつも離着陸しているSDCB飛行場の長さは605メートルと出ました(Google Earth)

 

 

つまり、ぼくのホームベース「SDCB」は「いずも」2隻+100メートルちょいあるという事である。

で、ぼくはいつもSDCB滑走路のだいたい三分の一くらいで離着陸しているので、着陸滑走距離は200メートルという事になります。

という事は、無風で停泊中の「いずも」でも、うまく艦尾に接地できれば、艦首の50メートル前くらいでストップできるということである。へえー

離陸も同様に、艦尾からスタンディングテイクオフでがんばれば、あれれー滑走路じゃなかった飛行甲板がおわっちゃうー!となる50メートル前で浮き上がることができるのでした。えっへん

①最初は病院船だったのに、いつの間にか空母に豹変していた「いずも」

 

 

②「いずも」の大きさ比べ

①②とも出典はTokyo Expres(外部リンク)です

 

 

ヘリ空母だけあって、「いずも」は時速50キロ(27ノット)の高速で走れます。ということは、もともと37キロ(20ノット)の向かい風が吹いて入れば、両者プラスして87キロとなり。最初に書いたようにぼくの軽飛行機の接地速度は60~50マイル、つまりちょと高めに見積もって97キロなので、実質10キロくらいの差しかなくなり。

つまり、通常の飛行速度(時速160キロくらい)で「いずも」のおしりまで飛んで行って、艦尾直上到達までに出力をしぼって速度も97キロに落とし、フラップ全開でフレアをかけたら、ヘリコプターちっくにほとんど垂直にすとん、と甲板に降り立つことができたりして。

ちなみに、ふつーの滑走路では、滑走路端を15メートルの高さで通過すべし、などあるのですが、遮蔽物がなくて滑走路長の短すぎる空母では、艦尾すなわち滑走路端を、ほとんどメインギアをぶつけちゃう高さ、で降りる必要があると思います。

ううーむ楽しそうだ、一度やってみたいな。。。。

もし海上自衛隊の人がこの記事を読んでいたら、ぜひ艦載機として軽飛行機を検討してみてください。意外に便利かもしれん?

ちなみに、みんな考えることは同じらしく、セスナで米空母に着艦、なんて実例もあるらしい。

もちろん、フライトシムでの実例です。https://www.nicovideo.jp/watch/sm30816976

 

 

このケースでは、甲板の三分の一から真ん中くらいに、いいぐあいで着艦しています。どんな向かい風設定にしたんだろう?

もういっちょ。こちらは「信濃」への着艦です。

 

 

停泊中で向かい風がなさそうなので、いひひひ海にぽっちゃんだぞ!と期待していたら、ちゃんと艦首の50メートルくらい手前?で止まりました。ちなみに、信濃は266メートルで、いずもよりおおきいですねーメタバースで一度やってみたいななんて思いました。

https://diamond.jp/articles/-/294372

VRゴーグルでバーチャルフライトだ!すごい世の中になりましたが。。。

でも、やっぱりアナログの世界のほうがいいですね、ははは

 

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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アートの力で悪徳政治をぶち破れ!

Amebloのブロ友さんで、毎回すごい情報量で圧倒のアート記事によって読者を魅了するすごいおにいちゃん「bunsho-san」と、こんな対話をしました

 

ぼく「ダダは、無意味であることに意味を見出そうとして、躓いてしまった一方で、バカボンパパの言動は、まさに天性のダダと思います。赤塚不二夫さんからさかのぼり、葛飾北斎や写楽、はては法隆寺の落書きなど、日本はカリカチュアの宝庫であり、このカリカチュア精神(天性ダダ的な「無意味の力」による「常識・正義の粉砕」)で、戦争などのゆがんだ正義をゆるさない、おこさせない、そんな世界を願っています。」

 

Bunsho-san「今回のブログ(Romantique issue No.421 架空美術展『今こそ、DADAへ。』開催)で伝えたかったことが猫機長さんにちゃんと伝わっているようでとても嬉しいです。アートの力、なんてそんなものあるのかと思いつつ、アートの力を(音楽とか写真や映画とか、ユーモアや詩、文学の力も)信じたいと強く思っています。」

 

この対話は、ダダイズムという芸術運動が当時世界のゆがんだ常識(第1次世界大戦を巻き起こした帝国主義)に、どのようなアンチテーゼをもたらしたか、というお題で意見交換したもの。

ダダイズムとは、詳しくは別記事(神は死んだのか)で説明しているので、定義とかはスルーしますが、第1次大戦の殺し合いがいかにバカげているのかを暴いた側面が強い運動だったと理解。

でも、一方で、毒ガスだのなんだのの「残虐なる新兵器」を使用した無意味な殺戮がなければ、ダダも発生していなかったかも。

政治とアートは裏表一体のところがあり。

本当は、アートはそれそのもので存在すべきで、政治なんていやだよーん、と思うのですが、そう単純に分離できず。政治から逃げると、かえって悪い政治家にアートを利用されて、それに気づかない、なんてことも起こるので、要注意なお題ですが取り上げざるを得なくなってしまいました。

さて、政治とアートのつながりというと、これが有名ですね

ボッティチェリ 「ヴィーナスの誕生」1483頃

 

 

ここでのヴィーナスさんは、実はシモネッタさんという実在の人物であり、そのシモネッタさんは、時の権力者メディチ家のあんちゃんジュリアーノ・デ・メディチくんの彼女であり。この絵が完成する5年前くらいに、ジュリア―ノ兄ちゃんは政敵の刺客により惨殺されてしまったこともあり、オマージュそしてメディチ家の権力誇示に絶大なる威力を発揮したものと理解します。

言ってみれば、美術作品は当時の「カール・ビンソン」だったのかもしれません

原子力空母(カール・ビンソンかは不明。ははは)

Pixabay無料画像

 

 

この当時の作品は、アートが前面に出ていて、「ヴィーナスの誕生」にしても、シモネッタとかは嘘っぱちだ!という意見も多く。一方で、ボッティチェリはじめ当時の美術家は、メディチ家などパトロンの援助があったからこそ才能を開花させることができた。

人類にとって幸いだったのは、メディチ家が事実上「芸術の庇護者」として、体を張って芸術の育成と保護に努めたことにあると考えます。

典型的なのがロレンツオ・イル・マニーフィコ。本人自身が芸術家であり、子供のころから詩や絵画などになじんで育ってきた。戦国状態のイタリア諸都市国家の中で、フィレンツェを強国として定着させた恐るべき政治家ですが、一方で、その政治は大砲による武力制圧というより、人々の心をいやすことによって支持を得、敵を倒し、意外と平和に上り詰めた(と言って生馬の目を抜くルネサンス時代ですから、陰惨な策謀術数、殺し合いもしたと思いますが)。

フィレンツエの僭主、ロレンツオ・オ・マグニフィコ。

 

 

要は、マニーフィコはまずは風流人、芸術家であって、芸術を守るために、仕方なく芸術を空母みたいに使うしかなくなった、と理解するのは、買い被りでしょうか?

これらのアートは、現在では政治的権力のデモンストレーションという側面は薄れ、アートとして、空母級のインパクトで世界に君臨しています。

アートの世界の原子力空母たちは、ウフィツィ美術館というところに多数が集められていますが、これはメディチ家が没落、と言って怒られるのなら事実上断絶した時、最後の一人となったアンナ・マリア・ルイーザさんが「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されることを条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈した(wikipedia)」ためです。

メディチ死すとも美術は死なずと、体を張って芸術を残したから、今でも万人に開かれた形で閲覧できるのですよね。。。。

つまりは、どこまで政治利用なのか、どこまでが芸術そのものか?という議論が発生し得るほど芸術あふれる(アートそのものの重要性が理解されていた)時代だった。

ところが、時代が下るにつれて人間もしょうがなくなってゆき。

ダヴィッド「アルプス越えのナポレオン」(1801)

 

 

この絵が政治的アジテーションの道具だということに、異論をはさむ人は少ないと思います。

時の権力者も、自分自身をプロモートするしか能がなくなってしまいました。

一方で、新興勢力も自我を確立しつつあり。こんな絵画で政治主張を始めるようになりました。

ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」1830年
当時のフランス国王を打倒した7月革命を描いています。

 

 

こうして、体制側のプロパガンダだけでなく、被支配層からのレジスタンスという形での政治的利用も顕著になってきました。

時代は下り。7月革命ではマスケット銃だった武器も、1914年には機関銃に毒ガスとなり。

体制側はこんなアートで「戦争は正義だ!」とアジりました。

https://www.gizmodo.jp/2018/02/ww1-propaganda-posters-are-gorgeous-but-messed-up.html

自由の女神か?

アメリカ人にとって、萌えキャラっていうのはこんな感じなんですかねー

 

 

https://ja.topwar.ru/8413-plakaty-pervoy-mirovoy-voyny.html

こんなのもあり。白馬の騎士がロシア。竜がドイツらしい。

 

 

しかし、実態は正義もへったくれもなく、王様や貴族の都合で、市民同士の殺し合いをさせられていることに気づいた人たちが、白馬の騎士とかに騙されるな!こいつら(体制側)の言っている正義なんて真っ赤な大ウソなんだ!という叫びがダダイズムを生むことになり。

デュシャン「泉」(1917)

ポルトガルの美術館で展示されたレプリカ。

http://pt.museuberardo.pt/noticias/inauguracao-da-exposicao-no-place-home

 

 

当時の正義、良識、常識といった価値観をガラガラぽん、と破壊する芸術を生みました。

しかし、その後も戦争はじめ社会の不条理は爆発し続け。アートも正面からこれら政治の不条理に対決するようになり。

ピカソ 「ゲルニカ」(1937)

 

 

ところで、知らないうちに、アートは政争の道具になってしまっていたのでした。

ゲルニカにしろ、素直に見れば爆撃の被害にもがき苦しむ市民を描いた反戦画ですが、一方で「米英におもねってフランコ政権を貶めようとしたバイアスのかかった絵だ」なんていう人もいるらしい。

そもそも「反戦画」という時点で、政治的な側面を持つことを避けえなくなってしまっています。

一方、体制側は「いさましく、バンバン敵をやっつける皇軍を描け」といったのに、画家のほうでは、そんなふざけたプロパガンダの片棒を担ぐのは、前線で虫けらのように殺されている兵隊さんを考えると忍びない、と思ったかどうか、こんな絵もあります。

藤田嗣治 「アッツ島玉砕」(1943)

戦争画とは?「アッツ島玉砕」などの有名作品・戦争時代を生きた画家について詳しく解説

展示された当時、絵の前にひざまずいて涙を流し、

手を合わせる人が絶えなかったそうです。

 

 

美術って、こんなに凄惨で、生々しく、暗澹たるものだったのだろうか?

やっぱり、美術は、政治とは離れて、希望とか明るさとか、そういったもので人々を満たすものであってほしいですよね。

そんな絵も、ちゃんとありました

仙厓和尚 「犬図」(19世紀)

 

 

きゃふんきゃふん。ほわほわ。あーよかった。。。

こんなアートが世界中にあふれ、それを見て育った子供たちが政治家になっても、やっぱり希望に満ちた政治になる。そんな世界が来ることを願っています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長