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生涯現役、8050問題、引きこもりそして孤独死

生涯現役、8050問題、引きこもりそして孤独死

最近、引きこもりの人が孤独死した等のニュースが多く。親御さんが老化で死亡してしまい、お小遣いや身の回りの必要な物資が途切れ、そのまま餓死というケースもあれば、金銭的にはまだ遺産を引き出して使えてはいたが、セルフネグレクトに陥り衰弱して死んじゃう、みたいなのも多いようです。

じゃあ引きこもりでない人は?『初日に上司が「残業代・有休なし」宣言 “壮絶パワハラ”(文春オンライン)』と、今度はパワハラが待っている。『残業代はつけない』『有給休暇もとらせない』といった金銭面・待遇面でのハラスメントや、『なんで時間内に終わらせられないの?』『業務時間をちゃんと与えてるのに終わらないのは、あなたの能力がないからじゃないの?』という言葉の暴力(洗脳)など、実は日本企業ではどこでも多かれ少なかれあって労働者全体に覆いかぶさっているのではないでしょうか。

いじめや学級崩壊から何とか生き延び、社会人になったら今度は言葉の暴力やタダ働きで心身ともにすり減らされ。心が優しく耐えられない人は引きこもりになってしまい、セルフネグレクトに陥って孤独死。

こうしたニュースを見るにつけ、日本は気づかないうちに労働環境が回復不能なほどにいびつになってしまっているのでは?と戦慄します。

アジアは全般的にそうですが、日本では人間の命が軽すぎると思います。「義は山よりもなお重く、死をば軽しと覚悟せよ」なんて類の言葉は世界中にあるのですが、先進国で日本だけがこの言葉通り生きるか、でなければ出社できなくなり公園で一日を過ごす(カエル)ことになったり、あるいは引きこもりで孤独死、となっていないでしょうか。

野間宏や大岡昇平という有名な小説家がおり。「日本株式会社」の暗部を見事にあぶりだしています。旧陸軍の末端の兵士の日常を描いていますが、初年兵いじめの描写など、2020年の日本企業とほとんどかわってないじゃん?と戦慄します。「俘虜記」か「真空地帯」か忘れてしまいましたが、

たとえば(記憶なので一字一句その通りではないです)

「フィリピン軍砲兵と日本軍砲兵がある丘の取り合いになった。両者とも丘の頂上を目指して山砲を引っ張っていた。最初に頂上に到達したほうが生き残れることは明らかだった。日本軍は、山砲を馬に引かせるだけでなく、初年兵数名にも押すよう命じた。しかし、山の傾斜は急で、初年兵たちは体力が続かず、ともすれば倒れ、うずくまりそうになる。それを見た軍曹は、馬用の鞭で初年兵をビシッと叩き『馬鹿野郎!お前らの代わりはいくらでもいるが、馬の代わりはいねえんだ!世話を焼かせるんじゃねえ!』と罵倒した」

とあり。

つまり、日本における労働者とは

『お前らの代わりはいくらでもいるが、馬の代わりはいねえんだ!』-つまりいくらでも代替のきく消耗品であり、馬(機械、AI)よりさらに下の「廃棄物」にしか見られていないということです。

この言葉は、そのまま『なんで時間内に終わらせられないの?』『業務時間をちゃんと与えてるのに終わらないのは、あなたの能力がないからじゃないの?』でもあるのです。わざわざ書く必要がありますか?

あれ?そんなに『いくらでもいる』の?現在の日本って、そんなに人余りだったっけ?

「生涯現役」が至上の命題となる世界。人口オーナスつまり労働人口が少ないので、本来定年の域に達した人でも労働を続けていないと国庫枯渇で年金さえもらえない。もらえる年齢も60歳、65歳、70歳とどんどん上がってゆき、働けるうちはともかく、働きすぎて体を壊したら貧困老人が待っている。

ぜんぜん労働人口が足りてないじゃないですか。

その一方で、MSNによれば「内閣府は2019年4月に初めて、自宅に半年以上閉じこもっている「広義のひきこもり」の40~64歳が、全国で推計61万3000人いるとの調査結果を出した。」とあります。

労働者の人数は足りてないのに、労働できず強制リタイアさせられている人が61万人?

相当深刻なひずみがあるとしか思えません。

人間は家畜の群れとは違います(Financial3.8)

いちいち出展を上げる必要もないと思いますが「日本の労働者の質は世界一」なのに、多数の労働者が心を病んでしまい引き込もりになってしまう現実。そして、欧米も首をかしげる「日本の生産性って、実は先進国中最低なんだってねー(Financial3.8)」という現実。

つまり、今日の状況に至ってしまった理由は、実は労働力の供給とか、人口の減少とかいった生物学的、経済学的、構造的なものではなく、足りていない人口を「いくらでもいる。今いる人口が死ぬまで働けばいい」と国民をだまし、その場しのぎをする「指導者層の無能」が重要な要因です。

もちろん「こうすればよくなる」といったインスタント(成功法則)な解決はないのですが、少なくとも現在の指導者層が掲げている「生涯現役」など、働いている人にさらに鞭をうち、死ぬまで働け!というしかないのでは無能呼ばわりは避けられないと思います。労働人口の枯渇という根本的な原因は放置し、とりあえず絞れる一般の国民から搾りつくすというのでは、行きつく先は「一億総過労死」なのではないのでしょうか。

でも、無能な指導者をのさばらせているのは国民(洗脳)という現実もあります。

絞られている、とわかってしまった人が出社拒否や引きこもりになってしまう一方で、会社に残れたほうは無意識にハラスメントする権力側に同調・助長していないでしょうか。

ぼくはこの文章をブラジルで書いています。30数年前に移民としてブラジルに来ましたが、現地の言葉や習慣をまったく知らなかった10歳に満たない少年でも、気が付いたら現地の大学を卒業し、現在では1億2千万円くらいかな?の金融投資を通じてブラジルの経済に参加しています(リーマンでもあります、ははは)。そして、GDPだけはイギリスを抜いたり抜かれたりと先進国の金額を達成したブラジルの労働人口の一人になっているのです。

ブラジルは、移住者つまり実質は経済難民でも、労働人口にしてしまいました。

日本に「外国人労働者を受け入れろ」とは言いません。その前に、引きこもりになった人たちが働ける環境を作る必要があります。でなければ外国から来た労働者は「自国民同士で恐ろしい差別をする国だ、こんな所にはとてもいられない」と逃げ出し、それこそ逃亡中の犯罪者とかしか来ない国になってしまうと思います。

まず、絞られていないか?絞られるような弱みを作らないことだとおもいます。絞るほうの伝家の宝刀は「労働は尊い。人はみな労働するべきだ」ですが、ハラスメントで引きこもりを生み出すような国情でははっきり言って奴隷労働しか存在していない状況になっているとしか言いようがありません。打開のためには、国民の一人ひとりが「奴隷労働なんて受け付けないよ」と言えるようになる必要があるのです。

奴隷労働と、本当に尊い労働との差はなに?については「労働と報酬」の記事で書きました。

最後に「本当に尊い労働をするためには、労働しなくても生きていける状況になる必要がある」と記載して結びにします。

話題が深刻で、気難しい記事になってしまいました。ぜひ飛行機生活の記事などを訪問してのんびりまったりしていってくださいね、ではでは。。。

不労所得で飛行機を購入。これは実話であり、あなたも現実にすることができます。

Posted by 猫機長
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炎のおっちゃん近況

炎のおっちゃん近況

経済コンテンツ本文(Financial 3.11)で説明した炎のエンジン職人のおっちゃんの工場を久しぶりに訪問。例によっておっちゃんは旧車・怪車のレストアで遊んでおり(Blog14)。まずは目についたのが知る人ぞ知るメッサーシュミット。まだ本物が走っていたんかい!

このキャビンスクーターは、WWII当時にBf109戦闘機を作っていたメッサーシュミット社が戦後のドサクサを生き延びるために作ったものです。組み立て後のイメージはこんな感じhttps://commons.wikimedia.org/wiki/File:Messerschmitt_Kabinenroller.jpg

あと、謎のオートバイが1台

さらに、以前レストアした「ハーレー」の写真も見せてもらいました。

で、本題ですが、コヨーテ(軽飛行機)(Aviation0.)のエンジン回転が全開でも4600以上上がらないぞ?という相談をしたところ、おっちゃんいわく「本来は5200回転は出るはずだが(ロータックス軽飛行機用エンジン)、ちゃんと離陸上昇できるのならエンジンとしては問題はない」とのこと。コヨーテの場合、タコメータ―(エンジン回転計)を見さえしなければ至って元気に離陸上昇しており。じゃあタコメータ―交換してよ、とお願いしたら、「そう単純でもない。プロペラピッチが大きすぎると、離陸時の最大回転数が上がらない。軽飛行機オーナーによってはあえてプロペラピッチを大きくしておき、離陸性能を犠牲にして巡航スピードを稼ぐ奴がいるので、オマエの飛行機の調整状況を確認する必要がある」とのことでした。

プロペラの調整は、なんとぼくが飛行訓練生だったころの鬼教官(Blog2)が精通しているとのことだったので、さっそくお願いしたら、鬼教官とおっちゃんはなかよくエンジン回転とプロペラの挙動を確認し、「エンジン回転はちゃんと5000まで上がっている。やっぱり回転計だ」とのことでした。

で、回転計を交換中。結果は別の記事(Blog18)で。

 

Posted by mobilizze
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「生涯現役」という生き方:労働所得と不労所得

「生涯現役」という生き方:労働所得と不労所得

剣道にも一刀流や二刀流など選択肢があり。「生涯現役」も

アーリーリタイアするも生き方の選択肢だとおもいます

最近は老後資金2000万円とか年金破綻とか、メディアなどこぞって「生涯現役。死ぬまで働こう」という論調強い中、若い人でも働くことの意味について真剣に考え、アーリーリタイヤを目指す人が多くなっている(こうしたお題のブログが頑張っている。ぼくは「高等遊民の忘備録」というののファンです)のはとてもよいことだともいます。

なぜよいのかというと、戦後の高度成長期からバブル期では「24時間戦えますか」のビジネス戦士がもてはやされ、働くことの意味を考えずに(Financial3.8)馬車馬のように働きジャンジャンお金を稼ぎ、そのお金をナイトクラブやキャバクラなどなどにじゃんじゃんつぎ込んだ結果、気がついたら何も残っていないじいさんになってしまった、という人が多く。就職氷河期以降の世代は、バカな浪費は避け、つつましく地道に。。。と進化しはしたが、悲しいかな人口オーナス(Financial1.8)に突入してしまい「24時間戦っても、ろくな給料ももらえない」ブラックな世情のただなかで「働くってなに?アーリーリタイアのほうが人間的じゃね?」と考え、行動する人々が出てきたからです。

ただし、ブラックな職場でいじめられ「とにかく辞めたい」という思いでもろもろのブログやこのHPにたどり着いた若い人たちに、次の応援の言葉を送ります。「3年でも5年でもいい(Financial 1.12)。とにかくそのブラックな職場で働くという経験を蓄積しよう」。

例によって剣道ネタで説明しますが、現代剣道では一刀中段が正義で、ぼくのように二刀流の流派は「正しい剣道を冒涜する邪悪な剣だ」などと迫害されています。ははは

まさに「就職して、死ぬまで現役が正しい人生だ」「アーリーリタイアなんて正しい人生を冒涜する邪悪な生き方」というのとおなじですね。。。。

でも、何か邪悪か邪悪でないか(SpiritualS.6)を議論するには、実は一刀と二刀の両方を知っている必要があるのです。「邪悪な二刀はやらないぞー」という人は、自分の知らない二刀のことを知ったかぶりして批判しているという、人格的にも困った人ということになってしまいます。

さて、二刀流の道場でも、始まりは一刀です。両手剣術のまっすぐ大きな面打ちが現代剣道の基礎だからです。

で、両手で面打ちができるようになったら、上段を始めて、打ち出しは両手、そして片手で決める打ちを学んでいきます。最後は二刀になり、小太刀で攻め、大太刀で打つの二刀同時操作をまなびます。

つまり、一刀の基本を知っているから、一刀と二刀の違いがわかるのである。(もっといえば、一刀と二刀同時操作はやっていることは同じだった、となるのですが、ここでは割愛)

また、一刀中段しかやっていない人は、二刀や上段の刀法はわからず、二刀だからこそ見えてくる一刀の基本(例えば「ちゃきん絞り」の技術とか。専門的ですみません)が実はわからないまま「ぞうきん絞りの手の内」で終わってしまう人がいたりします。

偉そうに剣道談義しましたが、もちろんぼくも

修行中です、偉そうですみませんははは

すなわち、アーリーリタイアしたい人も、その前段では労働者生活を知っておく必要があるのです。

ブラック企業にいたからこそ、何がどうブラックでブラック脱出には何が必要なのかが見えてくる。その段階で労働所得と不労所得の存在を発見、つまり所得を得るには絶対労働しなければならいというウソが初めて見抜けるようになる。

見抜いたら、所得のために労働しなくてすむように努力すればよいのです。

不労所得でアーリーリタイアできたら、後は労働しない生活もよし。所得のためでなく労働そのもののために就職してもよい(Financial 3.11)と思います。

己を知り、敵を知れば百戦不敗なりですね、もしかしたら「僕は仕事は好きだけど、仕事を無理やり収入に結び付けられて、収入の多寡で貴賤のランク付けされるのがいやなんだー」という人(Blog14)も多いかもしれません。このHPの経済コンテンツやスピリチュアルコンテンツがなにかのご参考になれば大変幸いです。

 

Posted by mobilizze
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労働と報酬

労働と報酬

以前の記事(Blog7)で『「僕は仕事は好きだけど、仕事を無理やり収入に結び付けられて、収入の多寡で貴賤のランク付けされるのがいやなんだー」という人も多いかもしれません。』という記載をしました。

書きながら、労働と報酬(給与・お金)はどこまで関連すべきか、あるいは関連すべきでないのか改めて考えさせられてしまいました。

例えばパイロット。ぼくはレジャーパイロットであり、遊覧飛行で楽しむのはいいが、職業(労働)として営利活動はだめ、という免許をもっています。一方でエアラインパイロットなど職業としてのパイロットも存在しています。

さて、パイロットというと目を輝かせて喜ぶ女性もいますが、お付き合いしてみると、パイロットに目を輝かせるのではなくて、パイロットという職業がもたらすお金に目を輝かせているだけだったりすることがあります。

パイロット自身でも、高空で計器飛行なんて危険な仕事はいやだけど、給与がいいからやっている、という人もいるようです。そういう人から見れば、お金を払ってレジャーパイロットの免許を取って、お金にならない遊覧飛行をする奴なんて狂ってる、というふうに写っているのだとおもいます。

そういう人には、労働・職業は単にお金を得る手段に過ぎなかったりします。

一方、坂井三郎というゼロ戦パイロットのように、空戦で片目を失明するというほとんど致命的な重傷を負いながらも、なお無理やり前線に復帰し飛ぶことをあきらめなかった人もいます。坂井さんの場合は、十分傷痍軍人の名誉と海軍士官の給与をもらいながら、比較的安全な銃後で教官生活を送ってのんびり終戦を待つこともできたはずなのに、戦死しかけた戦場にもどっていった。これは戦争が好きだからではなく、飛ぶことが好きだから、なのです(もちろん死線をくぐっている仲間たちと一緒に戦いたい、というのもあると思います)。

この場合、パイロットというのはお金ではなく。労働の一種ではあるけれどはっきりいって報酬とは一線を画しています。

上記の「いやいやながら所得のためにやっているパイロット」に、「駅前でゴザに空き缶、あわれなこじきにおめぐみをー、とやったら年収2000万円稼げるノウハウと場所を教えてやるから、稼ぎの10%をロイヤリティで払ってくれ」と、あるフランチャイズ企業「カンカラベンチャーズ」が持ち掛けたとします。そしてその企業がマグドナルドなどのフランチャイズ事業よりよりずっと信頼できるという確信があった場合、パイロット稼業をあっさりやめて乞食ビジネスで大金持ちになるかもしれません。この人の場合、乞食の方がパイロットよりよっぽど価値のある労働である、ということですね。

アーリーリタイヤやベーシックインカム(Financial3.7a)は許せない行為だ!労働こそ人生だ!という人がいますが、こういう人の労働は「とにかく額に汗して報酬を得ること」であって「不労所得(financial1.1)は許せない悪行」になってしまい。でも、悲しいかな「額に汗さえしていれば世間体がつくろえる。そしてあわよくばお金がもっとほしい」と「空き缶ビジネス」にのめりこんでしまう人のことなのかもしれません。

一方、坂井さんのように、職業軍人で報酬はもらっているが、報酬ではなく職業そのものが尊い、という人もいるようです。軍人が尊いとか乞食が尊くないとかいう意味ではなく、自分の従事している職業を尊いととらえている、という意味です。

以前の記事(SpiritualS6.)で、「善行は善行であることそのものに価値があり、善行をやったということで得られる見返りで計量できるものではない」という考えを書きました。労働についても同じで、究極の一つの考えとして「本物の労働(Financial3.12)はボランティア活動にこそある」というのもありかもしれません。

もちろん、生活のために労働して報酬を得るというのは当然であり何ら恥ずべきことではないのですが、「労働が尊いとかいう余裕は実はなくて、とにかく生活のために労働している」とはっきり言うことが大切だと思います。

さて、自分の職業が報酬のあるなしにかかわらず尊く、その職業に打ち込んだ結果、乞食になってしまった、という人の写真があります。1929年以降の経済大恐慌のドイツで、国家は傷痍軍人に恩給などを払えなくなってしまった。健常者でも失業の経済状況で、この写真の傷痍軍人はやむなく乞食になるしかなかった。でも、この人は胸をはって乞食をするべきだと思います。そしてこの場合の乞食は、世のため人のために打ち込んだ結果の乞食であるので、どんなセレブな職業よりも尊敬されるべきだと信じます。

乞食であることは、決してはずかしいことではない

Posted by mobilizze
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タコメーター

タコメーター

ホームページ本文で記載(Aviaion0.)のとおり、小さな飛行機に乗っています。

こんな飛行機です。「こよーて(RANS SUPER COYOTE)」という名前です。

さて、以前の記事(Blog3)で、エンジンはめちゃくちゃ調子がいいのに回転計がフルパワーでも4600回転しか示さない(本来は5200回転出ないとおかしい)という怪現象が発生し。プロペラピッチが大きすぎたのかな?等原因を調べていって、結局一番ベタな「回転計(タコメーター)がヘタレたんじゃね?」という結論に行き付いたところまで書きました。今回はそのつづきです。

早速、新品取り寄せ。なんと注文してから1日で届きました(まだ支払い請求書が来ていないのに、すごいぞ!)

オーストリア製の純正品。サンパウロ州という地域の取り扱い代理店から1000キロの距離にあるブラジリアつまりぼくの住所まであっというまに空輸されてきました。

しかし、問題は「取り付け」で。写真のとおり、飛行機の計器盤はいろいろぎっしり詰まっており、この裏側はすさまじい数の配線が押し合いへし合いしています。

この中の一つが回転計です。

計器盤の裏側はこんな感じ。

最後の写真の一番左上の黒いのが回転計です、ははは

さすがに「炎のエンジン職人」のおっちゃん(Financial 3.11)や、プロペラ調整の達人でもある鬼教官(Blog2)も取り付けはいやがり。で、そのまた友達の電気屋さんにお願いしようとしたのですが、いわく「ちゃんと配線を間違わず、ほかの計器の配線に干渉しないでやれば簡単だから君自身でおやり」と逃げられてしまいました。

そんな押し付け合いをしているうちに新しい回転計が到着してから2週間たってしまい。まあとりあえず現状どんな取り付けかのぞいてみようか。。。と座席から床の空間に寝っころがり、というか押しつぶされそうになりながら懐中電灯でそっと調べたところ、たしかに簡単そうだぞ!

こよーて機(ROTAXエンジン)の回転計は電気式で、写真のとおり3つの端子がそれぞれエンジンに電線でつながっています。

そして、それぞれの電線はこれらの端子にぴったりの扱いやすい差し込み式のソケットでつながっていて、へんにねじ止めとかハンダ付けとかめんどい作業の必要はないことを発見!

というわけで、まず現在のタコメーターの⊕端子と⊖端子に差し込まれている電線にそれぞれ緑と黄色のマスキングテープを巻き付けて識別し、端子から抜き去った後それぞれの電線をどの端子に差し込むべきなのかがわかるようにします。

でも、無数の電線の中で、回転計の電線を見つけること、プラスマイナスの電線を見分けてテープ巻き付け、しかもほかの電線を引っ張ったりしないように。。。とかこのステップが一番大変でした。

一旦識別がすんじゃえば、あとは慎重に各端子の電線を抜き取り、さっさと新しい回転計のほうに差し込んじゃいます。この作業は真っ暗な計器盤の裏側で懐中電灯片手に、という状況だったので写真は取れませんでした。しくしく。

そして古い方の回転計を計器盤から外します。

この段階では、新しい回転計は3つの端子につながった電線によって、計器盤の裏で宙ぶらりんになっています。電線にストレスがかからないように早く回転計を計器盤にねじ止めしなきゃ。。。と焦ります。

で、ねじ止めしました。

計器盤の上に乗っかっているのが古い回転計です。

なんとか取り換えたけれど、万一配線を間違えてショートとか?あるいはそもそも新しい回転計が不良品だったら?など悩みは尽きず。手のひらサイズの回転計ですが、400ドルしましたからねーはたしてうまく回ってくれるのか?

回ってくれました。

エンジン試運転で、回転計の動きはなめらか、アイドリングはちょっと高めかな?でもとにかく最高回転はぴったり5200回転で維持しているぞ!ということで一応の解決。回転計はヘタレてくると最低回転はともかく最高回転(超重要)まで針があがらなくなっちゃうということなのですね、皆さんが操縦するないしオーナーとなる飛行機があった場合のご参考ということでお知らせします。

ではでは。。。

 

Posted by mobilizze
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代替医療

代替医療

以前の記事(Blog17)で、現在の医療システムはシステム自体の存続には都合がいいが、患者の立場からすると、なんの因果でこんな目に。。。。という状況であることを書きました。

診察を予約するにも3週間待たされる。予約手続きでは「そもそもアテンドしない、アテンドしても名前を間違られて全然違う患者の話をされる」など「こちらの意思を伝えるのに大変な労力が必要」で、お医者さんに到達するまでにはてしないハードルを越える必要があり。やっとお医者さん、といっても「この症状はぼくの専門じゃないから知らないよ、勝手にどこかほかのところに行きな」という対応。そして全然別の病院をやっとこさ探して上記予約手続きにループ。再発進になってしまう。

以前ののんびりした時代では、一つ一つの段階を踏んでいくのが普通だったのでしょうが、現在の全て迅速に解決せよ(Finanial3.1)、という状況では患者のほうもそうそう仕事を抜けて病院巡りなんてできず、病気をこじらせて落命、という人も多いと思います。

といって落命しました、では済まないので、忙しくお金のない現代人でも迅速的確な診察を受けることができるシステムが生まれ始めています。正式な名前は無いようですが、いわば「医療チェーン店」が出現しているのです。「医療のラーメン二郎(Financial3.12)」なんちって。

「医療チェーン店」では、患者の自腹ですが、在来型の医院で支払う金額より3分の1程度で済み、なにより電話1本で多数の医療分野の診察が数日の期間で予約でき、検査や科目の転換(耳鼻科→消火器外科)など、すべて同じ店でアテンドして、もろもろの専門医のお医者さんのほうで店のほうに出向いてくるシステムです。

在来の医院では、病院という立派な建物があり。でもじつは賃貸料その他メンテナンスで患者がはらう診察費のかなりの部分が食われちゃってたりして?

在来型の大型病院。
一方、チェーン店のほうは、サラリーマンがいつもいる商業地区の中心に、銀行、旅行社、印刷屋さんやいかがわしい商業組合と一緒にオフィスを間借りしたりしています。

商業ビルの2階部分、赤い横長の看板の裏がチェーン店。その上はオフィス。
そして、うらびれた商業ビルに入り、いつ行っても動いていないエスカレーター、いかがわしい印刷屋さんなどが交じった一角にあるチェーン店に到着。

意外に衛生的でさっぱりした「医療チェーン店」

迅速・シンプルをうたったパネル。ほんとうにそうでした。

受付のすぐ横に1,2と書いてあるのが診察室の扉。予約状況に応じてオンデマンドで医師が来訪。壁には、どんな科目がありどんな診察料かが一目でわかる表あり。

診察室とは別に検査室もあり、たいていの検査はここで実施しちゃいます。
ポイントは、これまで著しく高額の民間保険に頼らざるを得ず、いざその保険を使う段階で今度は遠く離れた医院・検査施設をたらいまわしに、ということがなくなり、「ここへ行けば払える金額で何とか解決できるぞ!」という安心かつ安全(Financial3.8)が得られた、ということでブラジル全国で拡大しています。

はっきり言って、検査やお医者さんの質は在来型と全く変わらず。いらん豪華な設備や単に手続きだけ行っている事務員などを除いた分だけ安くなり、お客さんつまり患者が殺到しじゃんじゃん稼ぐ、といういかにも資本主義がプラスにでたハッピーな商売だと思います。(アンゴラやモサンビークなどに行ったこともありますが、こうした共産主義系の国家ではなかなかできない自由営業システム、という意味です)。言ってみれば、医療界のLCC(格安航空会社)ですね。。。

唯一のウイークポイントは入院できないこと。したがって、入院が必要になったときのための保険をなるべく低額で契約し、普段の診察はチェーン店で、としています。

非効率な在来型システムは将来IAにとって代わられちゃうぞ(Financial3.7a)!という記事を以前書きましたが、こういう草の根のニーズに対応したシステムであれば、まだまだ生身のお医者さんが頑張り、しぶとく生き残るかも知れません。そうあってほしいと願っています。

Posted by mobilizze
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謎のパスタ、その名は「手巻き」

謎のパスタ、その名は「手巻き」

ハッピーリタイアを目指しながらも今だに給与所得も手放せない(Financial1.2b)悲しいリーマン生活の中、残業でフラフラになりながら深夜に24時間スーパーに寄ったら、なにこれかわいいー、じゃなかったなんかへんだなー(・・?という「焼きそば」を発見

その名も「インテグラル(全粒)手巻きYakissoba」

手巻きです。

でもお寿司じゃないし?「手巻き包装」というのもあるらしいが、でもちがうよね?なんて考え抜いた挙句

手打ち

と言いたいのではないかとの結論を導きました。でも。。。。思い切りオートマ・製麺機製としかおもえないのだが???

まあ、こまかいことはいわんと、と「全粒」もパス。

で、次のなぞは、社名が

「光」=「Karui」

になっています?

光って、軽かったのか(SpiritualS.1.8)?たしかに重そうではないけれど?

ううむ、光=Light=ライト、直訳したら「軽い」になったらしい。

あと、写真では見えませんが、この会社はそうめん、うどんなども販売しており、すべてに「東部線」と書いてあります。

そんな電車あったっけ?いやいや「光」と同じノリで翻訳したら「東洋料理ラインナップ」になりました。ははは

人類進化(SpiritualS0)の斜め上をいく素晴らしい発想だ!この会社の社長は、岡本太郎とか、サルバドール・ダリとかの眷属かもしれん。

さて、極めつけは「創作料理のスパゲッティ」にしかみえない盛り付け例の写真

はっきり言って、ブログのネタにしかならなそうだけど。。。ネタにするために買ってきました。

まあ食べてみるか。何分煮るんだ?と説明書きをみると「アルデンテになるまで煮てください」としか書いてありませんでした。

こいつ合格!見事な逃げっぷりだ!でも僕自身も説明なんて気にしないでその場の気分で合回変わっちゃうタイプなので、まあいいや、と適当にやってみました。

で、できたのがこんな感じ。

もちろん「焼きそば」にするのは潔くあきらめ、日本そば風にしてみました。はたして食べられるのか?

食べられました。というか、おいしい!これなら焼きそばとしてもいけそうだぞ!

と、まさに東洋風パスタのラインナップになかなよいオプションになったのでした。へたくそな演出(Blog20)なんかしなければいいのにね。

さて、これを読んでいる日本人のみなさん。こんな邪悪な(Blog7)食い物を日本食というなあー!と怒っていないでしょうか。

たしかに日本では見つけることのできない日本食だと思いますが、これはこれで立派な「Yakissoba」だと思います。

ふんぎゃー!と怒る前に、日本でも全く同じ現象が起きていることを思い出してください。

お気づきでしょうか。もちろん「みんな大好きカレー」のことです。

ところが、インド人から見たらなんじゃこりゃ、というのは

1-味がない。インドの場合実はカレー粉というのがなく、多数のスパイスの粉を合わせて作るので味もすごく豪華・バラエティに富む。日本のカレーは実はカレーというより具の味ばかり感じてしまうらしい。

2-ルーがすごくこってりしすぎ。インドのカレーはサラサラしていて、むしろラーメンのスープみたいらしい。

3-ご飯が日本のふっくらもっちりで、インドのパサパサぼろぼろからみたらやっぱりなにこれ!と引かれるらしい。

で、インドのカレーはどうよ、となるとこんな感じ

Indian cuisine

ウィキペディアの写真です。しかし、実はカレーというのはインド人が食べているいろいろな料理を、イギリス人がむりやり「カレー粉の発明」により「カレー」に統合してしまい、それを明治に日本人が輸入した、実はイギリス料理かも?という、元のインド料理からみたらこれまた「すごい創作料理だ!」ということになっているらしい。

じゃあ、インド人が日本のカレーを「邪悪だ!」と排斥しているかというと、一定数のインド人が「日本のカレーおいしい!大好き!」と喜んで食べているそうです。

従って、ブラジルのYakissobaも日本のカレーも立派な料理である、ということではないでしょうか。

*ただし注意!一定数のインド人が草食主義者であり、草食主義というのは単に具に牛肉や豚肉を入れない、というのではなく、ルーとかにも動物油脂を使っていないかというところまで配慮する必要あり。特に牛肉なんて草食主義者でないインド人でもダメ!絶対!で「知りませんでした、食べさせちゃった」というのは彼らの宗教を冒涜してしまう真の意味(SpiritualS.6)での邪悪な行為になってしまうので気を付けましょう。ぼくの某先輩は「インド人に日本のカレーを食わせてはならん」と言っていました。念のため。

世界は広い。寿司はこうあるべき、とか一つの見方ではなく、いろいろな見方ができる精神のリバランス(Financial1.14)が重要ですね。このブログは「経済的自由達成のためのホームページ」のスピンオフなので、自由になってもリーマンでありつづけるオプションもありますよ(Blog14)、なんて悪魔のささやきでおわります。はははは

 

Posted by mobilizze