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「614052」の呪い。恐るべしファイバー通信

3年くらい前いからか?インターネットはSIMカードを使うモバイル式のを契約しています。

SIMカードってなに?については、こちらのサイトで分かりやすく説明しているので引用します→SIM(シム)カードとはどんなもの?|格安スマホ初めての方へ|QTmobile(QTモバイル)公式サイト

SIMカード:https://iori-com.net/what-is-simcard/
 

 

重要部分を抜粋すると、SIMカードによって

「データ通信:携帯電話用の通信網(3G/4G/LTE)を利用してインターネットに接続するサービス。Webサイトを見たり、メールなどが可能になります。」

というもの。

ぼくの場合は、2つのSIMカードを契約しており。99XXX-1XX8の方が携帯電話、99◎◎◎‐2◎◎6の方がコンピュータでの接続に対応。2つのSIMは相互に連携し、合わせて毎月180GBまで使ってよい、という契約だった。

携帯の方は電話本体にSIMの一つを挿入。

PCでインタネにアクセスするために、もう一つのSIMカードを入れたモデムを手配し、受信機・送信機としていた。

ポケット携帯モデム。この中にSIMカードを仕込んでいます。
 

 

ところが、とある吉日、急にPCがインターネットにつながらなくなってしまい。

コンピュータ側の表示では、ちゃんと「Vivo-Internet9A2C」という回線につながっているよ!なのですが、全然接続できず。

そのうち「インターネット回線がありません」だの「DNSサーバーがなんとかかんとか」だの、いよいよダメになってしまいました。

 

 

契約先の電話回線業者であるVIVO社(ヴィーヴォ (ブラジルの企業) – Wikipedia)に何回も訪問しましたが。。。。

一回目では、こちらはモデムの交換を主張しましたが、先方は全然壊れていないの一点張りで平行線となり、門前払い。

コンピュータ側に問題があるかもしれないので、その後ウイルスなど含めコンピュータ本体を検査するために、電気屋さんめぐりなどの結果、コンピュータ側の故障ではないという結論に。

二回目の訪問。PCは壊れてなくても、旧式で通信速度に対応できない可能性があるとして買い替えを進められ。光ファイバー回線を契約に含め、かつ毎月の通話料を減額するよ!という一方で、新たに500MBpsの通信を処理できるPCを購入し、かつ、1週間後の土曜日の朝にVIVOの作業員がやってきてぼくのアパートでファイバー接続を行う、ということで一段落。

 

 

ところが、その日から、得体の知れない怪電話がかかってくるようになってしまいました。

見たこともない番号からかかりまくってくる幽霊電話。最初は気味がわるく、ほおっていたのですが、しかし、幽霊ではあるがとある法則性があることに気が付き。

その電話は、すべからく「614052」で始まっていたのでした。

またしても「614052」からかかってきたので、意を決して受けてみることに。

「お前は誰だ」

「電話接続工務員だ」

「VIVOの手のものか」

「そうだ」

「なんでVIVOを名乗らず、詐欺電話のような番号でかけてくるのだ」

「下請けなのでVIVOを名乗らせてくれないのだ」

「ViVOを名乗れないくせ者が何の用だ」

「VIVOから貴様のアパートにファイバーをつなげと言われたが、貴様がアパートにいないから困っているのだ」

「今日をいつだと思っている。月曜の真昼間にアパートでほげほげしているニートだと思っているのか」

「そんなことは知らん。無駄足を踏ませてどうする気だ」

「最初から土曜日に来いと言ってある。勝手に違う日に来るな」

「土曜だのはVIVOから聞いておらん」

「知ったことか。土曜日にきやがれ」

といって切りました。ちょっとかわいそうですが、こちらも勤務中にこんなふざけた電話を対応しているひまはないですよね。。。。

さて、翌日になると、今度は「VIVO CESAR」というのから電話がかかり。VIVOならへんな「かたり」ではないだろう、と受けてみると

「今日光ファイバーの設置に行くので準備してください」

「土曜という約束のはずだが、なにか起きたのか」

「あああそうでした、ごめんなさい」

と、こちらはまあ話が通じました。

一方「614052」からはこれまたつぎつぎと電話がかかりまくり。しかもいよいよ気味が悪いことに、一回一回違うやつだったりするのです。

 

 

しかし言うことは同じで

「VIVOから貴様のアパートにファイバーをつなげと言われたが、貴様がアパートにいないから困っているのだ」

そこから先はご存じの通りです。

それでも一週間は過ぎ去り、土曜日。

「614052」から電話。

「貴様のアパートに到着した。入らせろ」

「とっとと来い。早く接続を済ませろ」

と、いよいよ開始だぞ!

さて、工務員のお兄ちゃんは、たしかに頑張りました。

 

 

アパートの電話回線ボックスを調べ、回線ポイントの中からぼくのアパートのものを見つけ出し、ぼくのアパートの回線コンセントまで配線を確認し。

しかし、それ以前の問題として、VIVO社の配電施設からアパートへの送電網が満杯で、ぼくの部屋につなげる回線がなかったのでした。ははは

これが分かった段階で、ぼくは居合刀の手入れをしていたので、工務員のお兄ちゃんはこころなしか青ざめてすごすごと消え去り。

神器居合刀
 

 

さて、どっこらしょ、とぼくのほうはその足でVIVOの総本山(というかショッピングセンターにあるカスタマーアテンド用の店舗。上記2回行ったのと同じところ)へお礼参りに上がりました。

アテンドした店員に

「ようにいちゃん、アパートにVIVOのファイバー回線がつながっていねえとは、ちと冗談が過ぎねえかい。親分さんを呼んできな」

支配人みたいのが飛んできて

「鋭意調査したところ、内部手続き上手配中のものがあって、回線がつながっていないわけではないのだが満杯でありつながっていないため、迅速に対応し新たにつなぐよう手続きを開始した。ついては1週間待っていただきたい」

なんてお役所みたいな回答の後

「一方、今回の接続工事はいったんキャンセルすることが新規工事手続きに必要であり、もちろんこちらでキャンセルと新規手続きは行うが、貴方に万一意向確認がなされた場合はキャンセル同意をおねがいしたい」

これ以上こんがらかるのもいやなので、とりあえずこの日は引き下がりました。

さて、翌日からは「614052」の他に、今度はメッセージ攻撃がくわわり。

 

 

要すれば、オマエのアパートに接続に行ったが、できなかった。どうしてくれる!という強迫なので、言われた通り「キャンセル」するのですが、何度キャンセルしても不死鳥のようにメッセージがよみがえって送られてきてしまい。

一方、この時点でこちらとしても一つの解決は得ていた。

何のことはなく、(VIVo側が渋るのを押し切って)新しいモデムを購入していたのでした。

壊れたポケット携帯モデムからSIMカードを移植した、新しいモデム。
 

 

これでファイバーがなくても復活さ、「614052」やメッセージなんて知らんしらーん、と無視することに。だってまじめに回答してもらちが明かないんだもん。。。

その後1週間か?わけあってサンパウロ(居住地のブラジリアから1000キロ)に行き、帰路サンパウロの空港ラウンジでぐったりしていたところ、なんと「VIVO RODOLFO」から連絡があり。

サンパウロ・コンゴニャス空港のラウンジ
 

 

「回線の問題は解決した。今週接続に行くのでよろしく」とのことでした。

Rodolfoにいちゃんは、新しいPCを買う段階でも親切にいろいろ情報を教えてくれており。今度は本物だな!と待ち受けることにし。

それから脅迫メッセージは来なくなりましたが、今度はWhatsappで「とある吉日に訪問してやるから、ありがたく待っているように」みたいなAIメッセージが送られ。「訪問させてやるから、ありがたく来やがれ」と回答しました。

すると、本当に工務員がやってきて、今度はちゃんと接続したのでした。

ファイバー用モデムの取り付け
 

 

現在は光ファイバーによる物理的?回線と、WIFIモデムによるモバイル併用になり、かつ毎月の支払いは微減になりました。ブラジリアのアパートにいるときはファイバー、田舎の飛行クラブではWIFIと、使い分けています。

飛行機格納庫に「移住」したWifiモデム
 

 

なにより、神経衰弱になるような「614052」と脅迫メッセージの連打が来なくなって、ほっとしています。

 

 

*最後にワンポイント?解説。VIVO側は、モバイルWIFI(SIMカード)による無線通信網が飽和状態にあるのか、顧客を無理やりファイバー回線に誘導したいらしい。ところが、肝心の顧客アパートへの物理的ファイバー網がもっと飽和状態で満杯であったという、クズとしかいえないミスを犯し、あわてて補充した(1週間で補充したのはご立派)のはよいが、その間WIFIを死んだ状況にすることもできず、ずるがしこい客に新しいWIFIモデムを提供するしかなくなり。この結果、ぼくとしては、WIFIとファイバー両得で毎月の通信料金も低下させることに成功しました。ただ、WIFIは今後接続が困難になっていくものと思われます。。。

 

ではでは

Posted by 猫機長
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賢く強いパラグアイ女性

以前の記事で「日本女性が1番!外国の女性も、日本で育って日本女性に変身していればOK。でもパラグアイ女性は日本で育っていなくてもOK」ということを書きました。

このブログを読んでいる素敵女子やナイスガイのおねえさん、あんちゃんたちは、なんでパラグアイなの?と思ったかもしれません。

その理由をここに書いてみます。

現在のパラグアイ

 

 

昔むかしの1864年。

日本では新選組だの黒船だのと大騒ぎしていた時代。

南米大陸は事実上大英帝国の経済支配に置かれていました。

南米の豊かな資源をイギリスに送り、世界の工場大英帝国で生産された工業製品を南米に売りさばく。こうしてイギリス、南米双方の上流階級がトクする構造が出来上がっていました。

ブラジル、アルゼンチンといった大国は、農業や畜産をする土地も豊かで、開発もうまみがあったので、英国も喜んで貿易(搾取とは言いません)し、現地の支配階級といい感じでなかよしになっていました。

でも、これらの国の大多数の人々は、プランテーション大農場の奴隷労働で搾取され、「生涯現役」で死ぬまでこき使われるという状況だった。

そんなブラジルを眺めて、戦慄していたのがパラグアイの人たち。

パラグアイは国も小さいし、内陸でアクセスも困難なので英国人もあまり干渉してこなかった。要するに埼玉県もびっくりのど田舎だった。

今日では都会もある。首都アスンシオンの街並

 

 

しかし、それは狡猾な英国の支配から何とか逃れられているということでもあり。すぐとなりのブラジルの人たちが、労働の糧をほとんど奪い取られてイギリス人に二束三文で買い叩かれてしまっている現実に戦慄し。

「このままでは、パラグアイはブラジルになってしまう!」

あわてふためいているところに、強力なリーダーが出現。

その名もロペス親子といいました。

父のほうはカルロス・アントニオ・ロペスといい、イギリスの関心が向いていないのをいいことに、じゃんじゃんパラグアイを工業化し、教育を推進。息子のソラノ・ロペス大統領の代では、南米でも最も早く蒸気機関車(というか鉄道)が走り回り、多数の留学生がヨーロッパから持ち帰った先進的な自由の思想がいち早く広がった、ヨーロッパの国ともまがう先進国へと変身していたのでした。

現在でも英雄のソラノ・ロペス。1000グアラニー紙幣

 

 

このとき、隣のブラジルは、旧態依然とした奴隷と大地主の二層構造が続いており。そしてこの二層構造こそが、ブラジル・英国双方の上流階級がトクをするための土台となっていた。

要するに、南米における先進国の出現を望んでいない英国と、奴隷と大地主の二層構造による搾取によって栄華を誇っていたブラジルの上流階級にとって、パラグアイは、好ましくない、不都合な真実を突き付けてしまったことになり。

この時点で英国とパラグアイはともに天を戴くことのできない存在になってしまいました。

この結果、例によって英国主導?のパラグアイいびりがはじまり。いじめに耐えられなくなったパラグアイは、ウルグアイ、ブラジル・アルゼンチンを相手に開戦を決意。パラグアイ戦争がはじまりました。

アルゼンチンはパラグアイに同情的で、せっかくの前途有望な南米唯一といってよい先進国にダメージを与えたくなかったらしく、いかにもわざとみたいな感じで連戦連敗を重ね。きりのいいところで、ウルグアイと共に戦争を離脱しました。

果たして、パラグアイはブラジルやアルゼンチンの領土割譲による、海への輸出回廊を得ることができるのか?という快進撃を続け。

ソラノ・ロペスによる「グラン・パラグアイ」構想。海への出口を獲得し、大工業輸出国になるのが悲願だった。https://br.pinterest.com/pin/731412795708956984/

 

 

ところが、ブラジルの支配層が大反発し。

大規模奴隷農場の産品をイギリスなどに売りさばくことで大儲けしていたブラジルの支配層には、自由な市民が工業生産で繫栄している国なんてのが隣にいたら、自国の奴隷がまともな生活を求めてみんな隣に逃げて行ってしまうので、パラグアイなんて絶対許せない疫病神になってしまい。

イギリスから提供された小銃や大砲などで、パラグアイとがっぷり四つの死闘に入りました。

当時パラグアイは世界最新といえる装備で、この戦いに勝たなければ明日はない!と決死の覚悟で戦っていたため、最初は優勢でしたが、そのうちブラジルの物量に押されて総崩れになり。

パラグアイ復活の芽を摘んでおきたい英国とブラジル上流階級は、徹底的にパラグアイを蹂躙しました。

ソラノ・ロペスはセーホ・コラーという場所で敗死してしまいましたが、殺戮はしばらく続き。ブラジルのような奴隷社会を容認しないパラグアイの兵士が全滅するまで続きました。

ブラジル陸軍最大の危機「ラグーナの退却戦」

http://ebacervo.eb.mil.br/items/show/293

 

 

この結果、パラグアイの人口は半減してしまい、特に成人男子は80%が死亡という恐ろしい事態に。

パラグアイは南米の中でも最貧国の一つに転落。今日に至るもその傷は癒えていないと理解します。

-〇-

パラグアイ戦争が終結した1870年から150年以上がたちました。

現在のパラグアイは、ブラジルのGDPの40分の1ほどの国力ながら、少しづつ発展を続けています。

*ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイのGDPの総和を100とすると、80がブラジル、16がアルゼンチン、残りの4をウルグアイとパラグアイが分け合っていると言われています。

パラグアイの復興を支えたのが、「パラグアイの女性」です。戦争で荒廃しきった焦土を、男勝りの奮闘で生き抜き、労働し、家庭を支え、子を育てました。

南米では「パラグアイの女性」という言葉は、良妻賢母、働き者、逆境に耐え抜く強靭な精神と、仁愛にあふれた優しい性格を併せ持つ理想的な女性の代名詞となっています。

パラグアイの女性。5グアラニーの紙幣。

 

 

パラグアイの女性と並ぶことができるのは、日本女性だけかもしれません。

パラグアイ戦争で戦ったブラジルの軍人には、パラグアイの自由民主的な思想(ソラノ・ロペスは独裁者でしたが、ブラジルの帝政に比べてよっぽど開明的だった)に影響を受けた高級将校や、ブラジル軍を構成する奴隷の活躍に、一般兵の間でも奴隷という身分を否定して皆等しく自由であるべきという思想が芽生えるなど、のちのブラジル帝政の廃止と共和制の発足など、ブラジルが近代自由国家として発展するにあたっての重要な契機をあたえ、南米全体でも大きな影響を与えた歴史的な事件であったと理解します。

https://oglobo.globo.com/esportes/analise-paraguai-impos-desafio-que-faz-selecao-brasileira-sofrer-23770051

 

 

パラグアイは、インディオの血を引く文化を大切にし、学校教育でも、スペイン語と並ぶ公用語としてグアラニー語を教えています。2020年での人口は713.250.000人、男性人口が女性人口を上回るまでに回復しました。サッカーはブラジル、アルゼンチン、ウルグアイの強豪国に囲まれて、技術ではかなわないので「ケンカサッカー」ですが、一方「優しさとアルパの国」としても知られています。

Arpa Paraguaya

ではでは

 

Posted by 猫機長
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実は医療崩壊していた日本:生きのびるためには?

実は医療崩壊していた日本:生きのびるためには?

医療崩壊ってなに?

一言でいえば、医療資源、医療施設、医療体制、医療人員のキャパを超えても、なお患者が押しかけ、多数の人が医療を受けられなくなってしまう状態。

①医療機関に連絡しても掛け合ってくれない。

②対応してもらえたとしても「本当に重症になったらまた来な」と追い返される。患者がどうやって重症かどうかを自己判断するのか?

③高熱でフラフラなのに、入院させてもらえない。よくてホテルとかで経過観察。

④あわれ、①から③を繰り返しているうちに、急変して死亡。

などが起きる状態と理解します。

イタリアなど、あっという間に患者数が激増し、はっきり目に見える形で医療崩壊したケースが典型的。日本の場合はどうだったでしょうか。

実際に新型コロナにかかり、生きのびた人の例をもとに解析してみます。

第1のケース。

Note.comの「人はコロナにかかるとどうなるか」から抜粋。全文はhttps://note.com/yosimizu/n/nafff6785dc12からどうぞ。

「突然、強い倦怠感に襲われる。めまいや立ちくらみも強まっている。熱はどんどん上がり、38℃台へ。

「診療所へ行くと、診察はわずか5分。やはり何もできない様子なので、保健所に直接電話してもらえるよう頼んで早々にその場を辞すことに。」

「(医療機関へ)連絡するも、数百回のリダイアルでも繋がらず。なぜメールを受け付けないのか。翌朝ようやく連絡があり、指定の総合病院まで行けとの事。交通機関を使わず、可能なら自転車で行けと。

仕方なく愛チャリでゆっくり走る。身体中が悲鳴をあげており、普段5分の距離を、20分かけてようやくたどり着く。

その後寒空の下1時間以上も待たされ。流石に体力の限界で、近くでぐったりしていると、ようやく看護師が登場。医師によるテストが続く」

「検査結果を待つ数日間、症状はどんどん悪化していった。頭は朦朧とし、常に息苦しく、食事はほとんど喉を通らず、咳は止まらずリアルに「たすけて」という呟きが漏れる。夜は頭痛と悪寒で眠りにつけず、ようやく眠っても高熱で真夜中に目が覚めてしまい、やむなく解熱剤を流し込んで無理矢理眠る。次第に胸は痛み出し、ついには死を意識する…。」

「 この先どうすればいいのか…。「…大丈夫ですか?」気がつくと電話口から医師の声が聞こえる。「ぜんぜん…だいじょうぶじゃ…ないです…」震え声でそれだけいうのが精一杯だった。」

その後やっと緊急入院。一命をとりとめた、というのは大げさでしょうか。上記を読めば大げさではないとおもいますが。。。。

第2のケース

「一人暮らしで新型コロナウイルスにかかった話」から抜粋。全文はhttps://note.com/r000/n/n815ee4ed473eをどうぞ。

「熱は全く下がらず38.5〜39.0℃の間で推移していた。

保健所に電話をかけたが、通話中で一向につながらない。「新型コロナ受診相談窓口」や「新型コロナコールセンター」にもかけたがどこも繋がらなかった。」

「数十回保健所に電話をかけたが、それでも繋がらない」

「医師から入院にはならずホテル待機もしくは自宅療養になると説明され、それでもPCR検査するかどうかを聞かれた。検査実施が患者に委ねられていることに驚いた。」

「発熱からすでに13日が経過していた。病院で再診察。公共交通機関は使えないので片道4km歩く。堪えた。帰りも歩いて4km。入院用の荷物も背負っていたので家に着いたらヘトヘトで、そのまま横になったら寝てしまった。」

熱でふらふらなのに、8キロを歩いて往復?日本に救急車は存在しないのか?

この人の記録で端的に医療事情を語っているのが

「どこ行ったらいいか分かんない問題

熱が出て数日、保健所の電話が繋がらず、クリニックからも保健所の指示を仰ぐよう伝えられた時は正直どうしたら良いか分からなかった。都のガイドラインを見ても、もちろん電話が繋がる前提で書いてあるし、詰んだ・・・と思った。

発熱している人の受診を病院が受け入れきれない、といった情報も目にする。」

そして、きわめつけが

「5日前に保健所から電話が来て、突然、陽性者は原則ホテル療養とする方針になったと伝えられた。自宅療養中の方が相次いで亡くなったことを受け、方針変更をしたのだという。」

とここまで書けば、もはや明確と理解します。

日本の場合、単に市民レベルへ情報が行きわたっていないだけで、具体的には医療を受けたいのに「数百回連絡してもアテンドしてくれない」医療崩壊に至っていたということではないでしょうか。

ブラジル大統領は「新型コロナなんてカゼの一種。カゼに特別な対処はせんぞ!」と最初からおおっぴら、アッパラパーに対応放棄を宣言していますが、安倍さん率いる日本政府は「世界に比べて死者が少なかった。すごいでしょー!」と自画自賛する裏で、真綿で首を絞めるがごとく、シミジミとめだたないように医療の放棄をしていたということですね。

今後新型コロナ流行第2派が懸念される中、どう備えるのか?(7月29日追記。すでに第2派到来しているという人もいるらしい)

要するに、自衛策を今から講じるしかない。

まず、かかりつけ医がいる人、友人で医師がいる人は、今のうちから「やばくなったら連絡する。そしてその後の手はずはああする、こうする」と調整しておくのです。ご近所さんや友人にはかならず薬屋さん、看護師さん含め医療関係者がいるはずなので、いざというときの体制を今のうちからこうした人たちと個人メールレベルで相談できる体制を作っておく。

今まで病院知らずの人は、近くで頼れそうな病院の情報を今から収集しておく。海外在住の場合、公的医療機関は全然頼りにならない、民間の開業医でも保険を使った診察は何週間も待たされる、というケースもあると思いますが、現金ですぱっと払えばすぐ診察してくれる「医療チェーン」もあり、フツーの人でも払えるようそれほど高い金額でもないので、緊急用にお金を貯め、こうした医療チェーン(海外の場合)あるいは開業医(日本)の情報を得ておく。

つまりは、国民皆保険という言葉に騙されず、今から頼りになる病院・お医者さんの目途をつけておくということですね。。。。

問題は「やばいってなに?どうやって判断するの?」ですが、患者の主観だと「自宅療養していたら急変して死んじゃった」になりかねないので、パルスオキシメーターで肺の状況をモニタし、「SpO2(血中酸素飽和度)値が90を切っています。アテンドしてくれなかったら、突っぱねたお前のせいで死ぬぞ」と具体的数値を示して病院側も断れないようにする。要するに、科学的に、かつ有識者の意見を収集して自分の健康状態をモニタリングできるようにしておこう、ということですね。

こうしたちょっとした事前の相談や工夫が、結局はいざというときの医療関係者側の手間も省くことになるのです。読者の方で医療関係者の人がいたら、ぜひ「平時のうちに非常時への備えを」市井の人々と分かち合っていただければ大変幸いです。

ちなみに、ぼくの場合は、フェイスブックの友達でとても親切な看護師さんがおり。いざという場合の早期投薬プロトコールなど教えていただいています。でも政府指導そのものと一字一句同じ内容ではないので、ここに詳しくは書きません。みなさんも、こうした草の根の防護策が準備できるよう願っています。

もちろん、SpO2値とか、平熱・微熱・高熱などでさえも、がんらいは素人判断で「だいじょうぶ、あぶない」なんて断定してはいけないのですが、上記のとおりPCR検査の実施という、新型コロナ肺炎治療の鍵を握る判断さえ患者自身が決めなければならない状況では、あえて積極的に「自分の身は自分で守る」姿勢が必要であると思います。そしてそれは、なんでも自分で決めてしまうというのでもなく、はたまた医療施設側がアテンドしてくれるまでいつまでもひたすら待つ、というのでもなく、その両極端のどこかで可能な限り実効的な・実行可能な落としどころを見つけるということですね。。。。。

ワクチンなどが実用化するまでにはまだまだ時間がかかります。みんなで巣ごもりなど継続徹底して乗り切ろう!

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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田舎暮らし②(コロナ記事からちょっと小休止)

田舎暮らし②(コロナ記事からちょっと小休止)

小休止と言いつつ。まずは新型コロナウイルス対策について、日本でもいよいよロックダウン、巣ごもりが本格化かと理解しています。

一方で、最近のニュースでは

「新型肺炎は、上気道(喉から上の風邪のような症状)を犯す類型と、気管支から下のすなわち肺炎を起こす類型があるが、これらの2類型からの分岐や各類型の劇症化などの変異は幸いあまり報告されていない(消化器に炎症を起こすという報告はある)」

「欧州では最悪人口の80%が感染する恐れがあり、これは実は世界中でも同様の趨勢である。しかし、幸い重篤になる例はいまだ僅少である(ただしぼくやあなたがどうなるかはわからないので、しっかり巣ごもりして感染から逃げましょう)」

「今後の趨勢は、こうした『80%』の人々が軽症で治っていくに従い、「集団免疫」が生まれ、その後のCOVIDウイルスの拡大を押さえることが期待される(治った人の維持する抗体にさえぎられて、ウイルスはこれ以上伝染・伝播できなくなる)」

など、収束に向けた明るいともいえるニュースもちらほら聞けるようになってきました。

心強いのは、人類の行く手を無慈悲に示す市場の状況がL字型で暴落ストップしつつあること。これは、パンデミックによる暴落は防げているという(パンデミックは収束に向かっているという)かすかな希望を示しているとおもいます。。。。

でも、実体経済の破壊と影響はこれからなので、実体経済による暴落はありえます。というわけで、ぼくは4月のリートたちの配当は再投資しないで現金で維持しています。「キャッシュ・イズ・キング」。

いちおうここまででコロナ関連現状報告終わり。

ちょっと小休止して、飛行機乗りの週末ライフについてまたまた記事掲載します(飛行機格納庫の整備についてです)。実はこの記事を書いたのは1月の初めで、コロナの「こ」の字も知らない状況でした。巣ごもりで家を出れない今、この記事の田舎暮らしに早く戻れたらなー、と思いつつ皆さんにお送りします。

― O ―

さて、以前の奮闘が功を奏し、なんとか雨漏りも止めることができ。引き続き格納庫の整備をすすめます。

机にはしごをのっけてなんとか屋根裏の修繕をしました

今回は居住区角の改修。前オーナーから引き継いだ状況では、天井などかなりぼろっちくなっており。

さっそく管理人かつ修理工かつ農夫のお兄ちゃんを雇い、でも雇っているのか共同で土方になっているのか、要するに社会的分業の全くぼやけた(お金がある世界)自給自足的なDIYを開始します。

まずはグラインダーで亀裂のある部分、はがれかけている部分を徹底的に削りとり、石灰と壁用パテで埋め、乾いたらまたグラインダーの繰り返し。でも2回ぐらいで凹凸なくきれいに仕上がり、ペンキ塗りへ移行できました。

一方で、ホームセンターへ行き椅子や机、棚や照明器具など購入。

週末のDIY。3週間ぐらいで修繕できました

左下の黄色い枠構造物は折り畳みベッドです。

引き続いて電気系統の修復。

コンセントも少ないので、電線など買ってきて自分で配線延長します。ちなみに上の写真のペンギンくんは常夜灯です。

完成後はこんな感じ。写真左の白い部屋が今回のDIYで修復したもの。

左奥はトイレ兼シャワールーム。

部屋の中からの眺めはこんなかんじ

格納庫すぐ裏で、蛇の抜け殻を発見

ぼくの身長より長いやつでした

そして、土日の早朝はこんな感じで飛んでいます(レディオ空港)。

雨季のブラジリア。緑の地面が目に沁みます。

飛行機遊びの軍資金は、金融資産投資からの配当収入(収入の川)が主となっています。こうしてのこのこDIYごっこで遊んでいたり空を飛んでいるときでも、リートや債券(株とリート)がお金を生んでくれているので助かっています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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田舎暮らし

田舎暮らし

この記事は「高原の飛行機たち」「畑の中の滑走路」の姉妹編です。

ブラジリア市から車で45分の場所に格納庫があり。

大切な飛行機のお家ですが、雨季の荒れ狂うTSRA(雷雨)で雨漏り、水浸しに。

要するに谷樋(雨どい)が変形してしまい、水が流れずに留まってしまうためトタンの腐食・亀裂を招いてしまったらしい。

で、飛行場の管理人(実はガソリンタンク修理の時のお兄ちゃん)と、まずは亀裂の入った部分を新しい板で覆ってみたのですが、満足な結果は出ず。

じゃあ、ということで新旧トタンのあいだにパテを詰めてみたが、乾く前に豪雨が来てしまい流れ出て失敗。

ついには「防水アルミシート」も動員して広範囲に覆ってみたら、なんとか雨漏りストップに成功。

でも本当は屋根を引っぺがして屋上から新しい雨どいを設置しないと根本的な解決にはならなそうですが、それには来年6月ごろの乾季の到来を待つ必要があり。

それまで持つのだろうか?持たなかったら、「雨どい2号」を雨漏りしている奴の下にもう一つ設置することを考えています。

スーパーの駐車場でこんな雨どいあり。これに似たようなやつになるもよう
でもこの場合、雨どい2号用の排水管を新たにつけなきゃとか、かなりめんどくなりそうです。しくしく。。。

飛行機の格納庫で「あるある」ですが、トタン屋根を適当にねじ止めしているため、ねじの穴からも雨が。飛行機の翼に水滴が落ちるのを防ぐため、机にはしごをのっけて何とかおっとと、とアルミシートで蓋をしました。こちらはいい感じで防水できています。

 

 

天井(屋根裏はないので屋根そのもの)の高さは地上3メートルくらいか?こわかったですねー普段は地上2000メートルなんて飛んでるのですが、はしごで足を滑らせ、2メートルから落ちて死んじゃった(Spiritual1.8)、なんて漫画みたいにならないですみました、ははは。

何回もうだうだやっているうちに腹減った、となり。管理人の格納庫(実は修理工場)でお昼ご飯をごちそうになりました。

ブラジル定番の黒豆(フェイジョアーダとご飯。あと鶏鍋。
以前写真に撮ったひよこかもしれん)
こうして管理人なのか農夫なのかはたまたメカニックなのかわからない(Financial3.5)兄ちゃんと、その兄ちゃんを雇っているのか単にDIYごっこをして、結局お昼を食べに遊びに行っているのかわからない状況になってしまい。

果たして雨漏りは解決するのか?スパッといかないのが田舎暮らしですねーまあ飛行機が濡れないようにし、格納庫としてはなんとかなってるぜ、という状況までは改善しておいて乾季を待つというところで妥協しています。土日だけ田舎暮らし、ふだんは何でも迅速に解決する都会暮らしに慣れたシティボーイにはなんともじれったい状態になってしまいました。

田舎暮らしついでに、写真いろいろ

着陸後誘導路を上っているところ。管理人の兄ちゃんが荷車の後ろで農夫になりきっています。

格納庫裏手のバナナ畑から切り落としたバナナ。ふつうの半分ぐらいの小ささだが、なかなかあまかった。

マンゴーも熟れつつあり。でも畑として植えてるのではなく、野生の「のらマンゴー」なので、硬く酸っぱくあまりうまくなかった。

週末の「田舎暮らしごっこ」で痛感するのは、いかに自給自足というものが苦労の多いものであるかということ。ぼくの場合は幸い資産がお金を稼いでくれている(Financial1.1)ので、あくまで「ごっこ」ですみ、自活を可能とする労働レベルを求めなくて済んでいる(Blog14)ので安堵しています。

Posted by 猫機長
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高原の飛行機たち

高原の飛行機たち

ブラジル中央高原の小さな飛行場で飛んでいます(Aviation1.)。

着陸直後。右側にハンガー群。

12mX12mのハンガーに飛行機を格納しています

ニワトリとひよこたち。離陸途中に滑走路を横切って、わあああ!と驚くことあり

サソリもいたりします。ニワトリはサソリを大喜びで食べるので助かっています

雨季にはジルマ大統領じゃなかった、大きなかえるさんが格納庫を訪問。飛行機が近寄ると逃げ出し、下の写真は尻隠さずですが隠れたつもりらしい。
回りのハンガーには、いろいろな飛行機たちが。

元祖ウルトラライト。まだ航空規制の厳しくなかった時代「燃料が無くなった、ガソリンポストに降りよう」と自動車の道路に割り込んだら、みんな喜んで着陸、離陸とも道を空けてくれたとかの武勇団(伝説です)が残っています。

こちらは高級ウルトラライト。新規則でライトスポーツエアクラフト(LSA)になりました。アメリカでも好評なParadiseP1型。ぼくもParadaiseで免許取りました。

修理中のMistral。フランス製らしいカッコいい飛行機。フォルモーザ空港(AviationD8)でのこのこタキシングしていたのをよく見かけ、あれ、いなくなったな、寂しいな、と思ったらぼくのホームベースでレストアしていました。ははは

https://en.wikipedia.org/wiki/Aviasud_Mistral#/media/File:PH-2R8.JPG

レストア完成後はこんな感じになると思われます

いまどきのLSAに交じって、世界の名機パイパーカブが遊びに飛来していました。

カッコいい尾輪式。ぼくのこよーても尾輪式に改造しようかな、なんて離着陸が難しい尾輪式は本当に操縦のできる人でないと乗れないです、ぼくはこよーてで十分満足。

こよーて2枚。

最後におまけ。その辺を飛んだ後、ワインを飲んで寝転がっています。右の写真の平べったいパンみたいなのはPastelといってブラジルのスナックです。フォルモーザ市(AviationD8)でおいしいのを売っているので、ひとっとびして買ってきます。

雲が多くて飛べないときは上左画面の奥にみえるように、ハンガーの引き戸に据え付けた的に向かって、弓道ごっこ(SpiritualS1.3)で遊んでいます。

ときどきスマホで投資状況チェックします。こうして寝転がっている間にもリートや債券が不労所得(Financial1.1)でお金を生んでくれており。「配当は寝て待て」(Financial1.4a)でのんびりしています。

ジルマ(元)大統領。出展g1.globo.com

Posted by mobilizze
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畑の中の飛行場

畑の中の飛行場

パイロット免許取得後いろいろあり、ブラジリアから車で40分の場所にある、畑の中の飛行場をホームベースにして飛んでいます。
飛行場近くになると道路もアスファルトから赤土むき出しの未舗装に変わり。突然牛くん(SpiritualS1.0)に遭遇したりします。

道路を横切る牛たち。こらこら!フライトプランの離陸時間にまにあわなくなっちゃうじゃないか!

で飛行場に到着し、ハンガーから飛行機を引っ張り出します。ううむFPL(フライトプラン)(AviationC1.)に間に合った。。。

回りの畑ではいろいろ作っており。

かぼちゃ。

一抱えもある大きなぼちゃができました。なかなかかわゆい黄色い花が咲いています。

この写真の飛行機左主翼翼端に植えたか自生していたか?カシューナッツがあり。

一見熟れていたけれど、酸っぱく、皮が固くてたべられませんでした。ごめんねカシューナッツくん。。。

ブラジルならどこにでもあるキャッサバ。

ブラジルでなくてもどこにでもある長ネギに隠れちゃっていますが、これは畑を耕している管理人に「すごいよ!大きなネギがとれたんだよ!キャッサバと一緒にネギも撮ってね!撮るんだよ!絶対取るんだよ!!!!!」と詰め寄られて撮りました

もともとこのブログは飛行機生活ホームページ(Aviation0.)のスピンアウトなので、フライトの写真も掲載

離陸直前

この日は雲底が低い上に気流が荒れており低空で揺さぶられるというちょっと怖い飛行でした

飛行の後はワインやおつまみでまったり

このブログは経済的自由達成のホームページ(Financial1.1)からのスピンオフでもあるので、まったりしながらスマホで投資状況のチェックしている画像も掲載します。

画像にある記号、たとえばSHPH11というのは、リートの銘柄です。これらのリートつまり金の卵(Financial1.7c)たちは、寝っ転がってぽけっとしていても不労所得を生み出してくれています。

格納庫の簡易ベッドで寝っ転がりながらスマホで投資操作中(Blog33)。
格納庫でえへらえへらスマホをいじっていたら、農村地帯での票を得ようとあいさつ回りをしていたジルマ元大統領がひょっこり訪問!この模様は別記事(Blog29)ご参照。

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