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どこに置くのかエンジン

みなさんは「ホワイトウインナー入りトマトジュース」を飲んだことがあるでしょうか。

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ジュースなので、トマトといっしょにホワイトウインナーもミキサーに入れましょう。

スイッチオン。ぶごごごごごごー

鋭利極まりない刃がミキサーの底で回転し。

まずは、ウインナーがぽんぽこぽん、と切断されてミキサーのガラス越しに元気よく飛び跳ね。ほぼ同時にトマトが液化して、きれいな赤のジュースがぴしゃしゃしゃー!とミキサー内いっぱいに飛び散り、埋め尽くすのでした。

なんだそれは?どこかの飛行教官が教えてくれたレシピですが、だれも実際には作ったことはないらしい。

さて。

飛行機に必須の装置に、エンジンがあります。

エンジンがないグライダーは、自力で離陸することができません。飛行機を飛行機とする最も重要なパーツがエンジンなのです。

ただ、エンジンというものはものすごく取り扱いが厄介であり、世の飛行機設計者はあらゆる工夫を凝らして最適なエンジンの配置を考えてきました。

特にプロペラ機の場合、機体とプロペラが干渉するので、配置のオプションは相当限られてしまい。機体側のニーズと、エンジンのオプションによって、なんじゃこりゃみたいな珍妙な配置も生まれました。

代表的なエンジンの配置は。。。。

*今回は、単発プロペラ機について記載します。

①機首置き。トラクター型

一番一般的で、安全な配置です。セスナなど、たぶん現在飛んでいる飛行機の99.9%はこれでしょうねえ。

セスナ Pixabay無料画像
 

 

飛行機の鼻先、先端にプロペラがあり、このプロペラで飛行機を引っ張る形になるのでトラクター型というのです。

ともかく飛行特性が素直になるので、やはり一番飛行機に適した配置と思います。

この場合重要な特徴が、エンジン、特にプロペラを機体の重心より前に置けるということ。

こうした飛行機だと、エンジンを絞れば機首を下に下げ。ふかせば上げるという特性を持つようになります。

この特性は、特に着陸経路で重要である。エンジンを絞って、機首下げで滑走路に向けて降りていくとき、急に下降気流だ!エンジン全開!すると、自然に機首は上を向き。降下率を瞬時に殺すことができます。こうしたきびきびしたエンジン操作を行うのに適した配置です。

さらに重要なのが、失速をするとき機首が下がる、というもの。失速から墜落しかかる過程で、機首が下を向いていればきりもみに入っても舵が効いて回復可能ですが、水平できりもみに入ると、それこそフラットスピンと言って回復不能になってしまうのである。

機首上げでスピンに入った場合は回復は可能かも?でもそんな状態で回復できるなんて神パイロットはそれほどいないと思います。

 

➁ミッドシップ、トラクター/プッシャー型

といって、飛行機の設計上、エンジンを機首には置けないケースもあり。

典型的な例に、レイク・バッカニアがあり。

レイク・バッカニア https://www.airhistory.net/photo/490530/N8004B
 

 

この場合、プロペラもプッシャー式、すなわち機体重心の後ろかつ機体からかなり離れた上部に設置となっています。

これが何を意味するのか。

①の場合とは逆に、エンジンをふかせば機首が下を向き、絞れば上を向いてしまうということなのである。

着陸経路で、下降気流だ!思わずエンジンをふかしてしまうと、機体はぎゅんと機首を下にして加速し。いよいよ高速度で地面に突き刺さってしまう危険が生じます。

というか、「ジェネアビの神」高橋淳さんの受け売りですが、この特性のせいでバッカニアは多数の事故を起こしてしまったらしい。

 

この特性を知って乗りこなせばいいのですが、今度は逆にフツーの飛行機が操縦できなくなっちゃうとか、ちょっとバッカニアはご免だ、というパイロットも多いかもしれません。

似たようなのにPetrelがあり。

Petrel https://www.airplane-pictures.net/aphoto/1475824/i-9258-private-edra-aeronautica-super-petrel-ls/#google_vignette
 

 

 

でも、こちらはバッカニアみたいなクセの報告は聞かず。プロペラを翼のラインとほとんど同じに高さにしたのがよかったのかもしれん。

さらに似たようなケースでは、元祖系すなわち鉄パイプで鳥かごみたいに作ったウルトラライト機もプッシャー式のプロペラ、というのが多く存在します。

https://www.aeroexpo.online/pt/prod/quicksilver-aircraft/product-176668-27609.html
 

 

ぼくも一度コパイ席に乗せてもらいましたが、特性はあまりトラクター式と変わらない感じ。着陸経路では、エンジンではなく、フラップをバチ!バチ!と下ろしたり上げたりしてランプ(着陸角度・進路)を保っていたのが印象的でした。

ミッドシップエンジンの名機というと、P39があります。

P39  http://www.warbirdalley.com/p39.htm
 

 

 

あれ、機首にエンジンじゃないの?

いいえ違うんですよ。スケルトン画像をご覧ください

https://forum.il2sturmovik.com/topic/25507-p-39-engine-protection/
 

 

なんと、エンジンはパイロットの後ろの胴体に収まっていたのでした。

なんでこういうことをするのかというと、この飛行機は、大きさの割には重くてでかい機銃を装備しようとしたため、プロペラ軸を中空にしたうえで銃身に使って、機銃は機首、エンジンは中央胴体、という画期的な設計になったのであった。

さて飛行特性としては、スポーツカーがミドシップにするのと同じ効果つまり旋回で機首や尻が振られずいい感じで曲がれる、一方でやっぱり失速時に機首が下がらずに、回復できずあえなく墜落、というのも多かったらしい。

ちょっと余談ですが、P39は重武装と防弾の強化で重くなりすぎてしまい、ターボチャージャーなしで生産という、日本機もびっくりの低高度用戦闘機になってしまい。陸上機のくせに、艦上機の零戦に高度優位を奪われてさんざんな目にあってしまった。

しかし、ソ連にレンドリースされたP39は、独ソ戦の特徴である地表すれすれにおける空中戦により、苦手な低空に降りてきざるを得なかったメッサ―Bf109などを相手に互角の活躍をしました。

 

③リアエンジン、プッシャー式

P39が、機首に機銃を積むためにエンジンを後ろにずらした結果、エンジンからプロペラまで長いエンジンシャフトが必要になり。パイロット保護のための重量増加などをきたした一方で、機首に武器を集中する、というのは捨てがたい魅力があり。

いっそエンジンとプロペラを全部お尻に積んじゃおうよ、と「震電」という飛行機が作られました

震電 https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%82%BB%E3%82%AC%E3%83%AF-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E8%BB%8D-J7W1-%E5%B1%80%E5%9C%B0%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F-%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB/dp/B0017TCKY2
 

 

ただ、こうすると先尾翼機にするしかなくなり。水平尾翼が機体の先に、垂直尾翼が主翼に、という要すれば安定もへったくれもない、常時パイロットがはっちゃきになって機体を安定させる、という飛行機になってしまったのではないかと危惧するのですが、プロトタイプ(グライダー)試験では意外と安定していたほか、失速に入りにくく、入ってもすぐ回復できたという情報もあり。

安定はともかく。

震電の場合、武装もさることながら、将来的にはジェットエンジンへの換装をもくろんでいたらしい。なんとなく現代のジェット戦闘機ちっくな外見で、先見の明を体現したようなスタイルですねー

但し重大な問題があり。

プロペラがパイロットの後ろで回っているため、敵弾にやられて脱出だ!というときに、パイロットがプロペラに当たってしまい。この記事の冒頭に書いたような「トマトウインナージュース」になってしまう危険性が高いということなのである。そのため、緊急時にはプロペラを爆散させるように爆薬を仕込んだそうです。

こういう死に方は嫌ですねえ
「零戦の操縦」ISBN978-4-7572-1734-8より。
 

 

元祖ウルトラライトみたいに、もともと脱出なんて考えてなくて、エンストでもどっかの原っぱに着陸だ!みたいなのならパイロットの後ろにプロペラでも問題はないんですけどねー

ドイツも震電と同時期に「プフェイル」という似ていると言えば似ている奴を開発しており。

プフェイル。 https://www.tamiya.com/japan/products/61074/index.html
 

 

こちらは、なんと機首とお尻に両方プロペラというキワモノだった。

しかし、やはり先進国ドイツは一歩進んでおり。

緊急脱出の際、後部プロペラと垂直尾翼の他に風防が爆破されて、座席ごと射出、という装置がすでに実用化されていたのだった。世界で最初の射出式座席です。

こうしてドイツのパイロットは「ウインナートマトジュース」になる危険から逃れていたのですね。。。

最後はちょっとすさんだオチになってしまいました。

3000字越えで終了。

ではでは。。。

 

 

Posted by 猫機長
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高度計を信じよう

こないだその辺を飛んでいたら、管制官のお姉さんからお𠮟りが。

いわく「チャーリーモード受信不能。トランスポンダ-チェックせよ」

小さな飛行機で飛んでいます
 

 

へいへい、とトランスポンダーのIDENTボタンを押してチェックしたのですが、どうもこちらの高度が管制まで届いていないようで、何度かチェックの後、やっと

「Cモード受信。レーダーコンタクト確認」と、無罪放免になりました。

なんか暗号文みたいになってしまったので、説明します。

C(チャーリー)モードというのは、ぼくの操縦している軽飛行機に搭載された機位発信装置すなわちトランスポンダーと連動した高度エンコーダーによって機体の飛行高度が管制に発信されている通信作動形態(モード)の意味です。

ますます意味不明か?

要すれば管制のお姉さんは、この高度エンコーダーから発信されるぼくの機の高度情報が受け取れておらん、機材チェックせよ、と言っていたのでした。

そこで、こちらはトランスポンダーのIDENTボタンを押して、送信チェックを実行。こうすると、管制官が見ているスクリーン上で、ぼくの飛行機を表す光の点が、ぴかぴか!と点滅し、トランスポンダー異常なし、ということを明示するのでした。

計器盤の中央に鎮座しているトランスポンダー。STBY、ALT、IDENTのボタンに注目。
 

 

ただし、IDENT実行には、まずSTAND BY – ALT – IDENTと順序立てて複数のボタンを押す必要があるとか、いったんIDENTを押すと管制官の画面で8秒だったか12秒だったかぴかぴかとまぶしく点滅して、ほかの機の光の点滅が見えなくなっちゃうとかあり。「まちがってIDENT押しちゃった」とかやると管制から烈火のごとく怒られるので皆さんが飛行機を操縦するときはご注意くださいね。

 

さて、管制がCモード受信できん、という場合、たいていは気象状況によって電波が切れぎれになっちゃうというのが多いはずだが、万一こちらの機器が故障していた、だったらやばいので、着陸したら早速トランスポンダーとアンテナをチェックしました。

そしたら、なんとアンテナがごみや錆で真っ黒けになっていることを発見!これでよく発信・受信できていたなとびっくり。

アンテナ。管制のお姉さんごめんなさい
 

さっそくガシガシとこすって錆とかはとったのですが、勢い余ってアルミ?のメッキもはがしてしまい。なんかプラスチックみたいな白い地肌が出てきちゃった!

そこで、いつも機体の年次検査をお願いしている兄ちゃんに連絡。週日でぼくは町から出られないけれど、お兄ちゃんに格納庫のカギを渡し、郊外の飛行クラブまで出張修理へいってもらい。機体からアンテナを外し、点検してもらいました。

この結果

「アンテナ自体は全然問題ない。ただアンテナとCモード送受信機の接続部分で機体に干渉していたのでちゃんと絶縁しといた」

さらには「メッキが剥がれて、アンテナ本体の真鍮だっけ?がむき出しなのは問題ない」ということで、70ドルの出費を抑えることができたのは安堵。

新品のアンテナ。これで70ドルですから、やってらんないですねー
https://www.aerian.com.br/antena-transponder-dme-conector-bnc-ted-104-12
 

 

その後は、トランスポンダー画面のCモード送受信シグナルもちゃんと点滅するようになり、いい感じに作動しています。

画面に表示されている「ALT」の下に、「R」のシグナルが点滅し、高度情報を管制に送信していることがわかります。
 

 

これだけだったらめでたしめでたしなのですが、修理屋のお兄ちゃんの心無い一言で、夜も眠れない、恐ろしい懸念が発生してしまったのでした。

その一言とは

「トランスポンダーの高度表示の誤差がでかすぎたから、調整しておいたよ」

と、まあこれだけならよかったのですが

「ちゃんと(機体を駐機してある)飛行クラブの標高にあわせといたからね」

の一言がぐさりと突き刺さったのでした。

標高にあわせた?うああああー?

というのも、トランスポンダーの表示すべき高度というのは、標高とかではなく、標準大気圧1013hPaに合わせたものでなければならないからなのです。

標高に合わせなければならないのは高度計で、離陸前にかならず「QNHセッティング」を行います。

QNHというのは「海抜高度規制値」のことです。

気圧は毎日変わりますが、飛行場の標高は一定しているので、例えばぼくのホームベースであるSDCB飛行場では、離陸前に「3200フィート」にダイヤルを合わせます。その時高度計の気圧表示窓に現れる気圧がその日の気圧ということである。QNHは飛行場近辺の低空を飛ぶときは特に大切です。

海抜3160フィートの飛行場にて。左がQNHセッティング。「コールスマン窓(黄色い枠内)」表示の大気圧1023hPa。これがQNE(右)になると、気圧を国際標準の1013hPaに合わせるので、高度は300フィート近く低い2920フィートになってしまいました。
 

 

一方、トランスポンダーはあくまでQNEセッテイングでなければならないのである。

QNEとは「国際標準大気規制値」。

広いようで狭い空では、いろんな場所から飛んできた飛行機が同じ空域に交じりあい。たとえば羽田から飛んできた飛行機とブラジリアで離陸した飛行機がブラジリア上空でかち合った場合、ブラジリアの気圧に基づいた高度計セッティングと、羽田の気圧に基づいたセッティングでは同じ高度でも明らかに高度計の針は違う高さを指してしまい。ニアミスなどの原因となるので、「じゃあ一定の気圧を決めてみんなこの気圧で高度計を調整しましょう」としたのがQNEです。そして、その気圧は国際標準大気1013hPaとなっています。

ふつう、みんなQNHで離陸し、ある一定の高さまで行ったらQNEに変更します。ちなみに、QNEでの高度の呼び方は、7500フィートとは言わずFL075(FLはフライトレベル)となります。

QNHとQNEの差
https://www.linkedin.com/posts/airlifter_qnh-qne-and-qfe-are-altimeter-settings-activity-7093040410830274560-PiU5
 

 

 

要すれば、トランスポンダーの表示はあくまでQNE(標準気圧、1013hPa)に基づいたものでは無ければならないのに、修理屋の兄ちゃんが不用意に「標高に合わせた」なんていうから、こいつQNEとQNHを勘違いしたんじゃね?

という恐ろしい疑惑が生まれてしまったのでした。

その日は水曜だったか?木金は一日中ブルー。土曜日早速飛行場へ飛んで行って、ちゃんとトランスポンダーのFL(フライトレベル)表示が1013で調整となっているか確認しました。

確認自体はしごく簡単で、高度計のほうの気圧を1013にして、そこで示される高度がトランスポンダーのFL表示と合致していればOkということなのである。

その結果は、写真のごとく

 

 

高度計3040フィートのところ、トランスポンダーのFL30と、ばっちり合致でした。

あーよかった

*この確認方法では、高度計がしっかり調整されている必要があります。念のため

FLの調整がちゃんとなされていないと、罰金(恐ろしい金額です)以前に、本当にエアトラフィックを混乱させてしまうので、間違ってもこの調整でQNHとQNEを取り違えるなんてあってはならないのである。

ただ、このチェックは問題なく正しい数値が出るだろうというあてはあった。

というのも、トランスポンダーへ情報発信する高度エンコーダーは、そもそも標準気圧に基づいた数値(高度)しか示さないようになっているからである。

一抹の不安として、このエンコーダーが出す数値に誤差が生まれていて、それを修理屋の兄ちゃんが下手にいじってさらに拡大してしまった、ということを恐れていました。

結論から言えば、お兄ちゃんは「標準気圧に基づいた標高に調整した」という、下線の部分をはしょってしまったということなのですね。。。

「標高」という言葉は「標準気圧」という言葉が前提になっているのかもしれませんが。

というわけで、終わりよければすべてよし、と強引に終わるのでした。

ははは

ではでは

 

Posted by 猫機長
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名機の条件:零戦はなぜ駄作になったか

まず、この記事は零戦をディスるためのものではないことを明記しておきます。

といいつつ。。。

欧米での零戦の評価というと、たいてい

「世界で初めて陸上戦闘機を超えた性能を発揮した」

と、情け容赦なくディスっています。

ほめているんじゃないの?残念ですが、ディスっているのでなければ、憐れんでいるのです。

零戦(出典は「極東上空の虐殺」Martin Caidin著)
 

 

説明するためには、駄作の対極にある「これ以上ない名機」について確認することが一番近道と思います。

その名機とは「グラマンF4F」

珊瑚海やミッドウエーなど正規空母同士の艦隊決戦や、護衛空母による船団護衛など、艦上機としてのどんな任務もオールマイティ―にこなし、開戦当初の最も苦しい時期でも、優勢な零戦相手に互角に戦いました。操縦がしやすく、パイロットに優しい戦闘機。F6Fが大活躍できたのも、F4Fの飛行特性とあまり変わらず、ベテランパイロットがF4Fのノリで操縦できたから。

殺しても死なない耐久力、大量生産、大量配備(小さな空母にもたくさん積めた)の、アメリカ的な合理性たっぷりの傑作艦上戦闘機と思います。

F4Fに搭載された救命いかだ。
F4F-3 life raft PRINT for F4F-3 Wildcat in 1/48 by Eduard 8591437571109 | eBay
 

 

 

 

さて、いろいろな反論が沸き起こってくるものと思われます。

例えば、F4Fは

◎遅いじゃん。零戦とどっこいどっこい

◎敏捷だけど、零戦に比べたら格闘性能だめじゃん

これら反論についての一つの回答にキルレシオというのがあり。

「The Wildcat has a claimed air combat kill-to-loss ratio of 5.9:1 in 1942 and 6.9:1 for the entire war(Wikipedia)」となっています。

米側の記録で、零戦の正確な被撃墜数がわからないので鵜呑みにはできませんが、実態として「F4Fが終戦時には1機喪失で零戦7機を撃墜するまでになっていた」と堂々記録されるほどF4Fが強かったという証明にはなると理解します。(個人的には、サッチウエーブだのの物量や他の高性能機との共同撃墜だので、終戦時までの累計でF4F一機ごとに零戦二機くらい撃墜かと推測します)

 

P39とF4F混成によるサッチウイーブの例。
(出典は「極東上空の虐殺」Martin Caidin著)
 

 

零戦との比較はともかく、P51やP47、メッサーやスピット、さらには疾風や紫電改をさしおいて、なんでF4Fが「これ以上ない名機」になるんだ?

F4Fなんて、これら高性能戦闘機と比べると

◎どん亀

◎高空性能が貧弱

と、致命的じゃん?

まさにその通り。そして戦略爆撃による高空決戦で必須の「速度と高空性能」がだめだめだったからこそ「これ以上ない名機」になれたのです。

F4Fの主戦場は、海の上です。

大西洋や太平洋の、とても陸上機が飛んでこれない「文字通りの絶海」で、水面に浮かぶ(つまり高度ゼロの)艦船をやっつけたり、味方の艦上機(艦船)を護衛するのが任務なのである。

スピットなどの陸上戦闘機の性能がいいのは、着艦フックだのが不要なのもあるが、実際問題として艦上機ほど燃料を積み込む必要がないからである。F4Fの縄張りである最果ての海には、スピットとかの陸上戦闘機はそもそも飛んでこれないので、艦上機の方で陸地まで飛んでいかない限り戦闘そのものが成立しないのであった。

P39。当時は珍しい前輪式。https://modelismoestatico.comunidades.net/ph-bell-p-39-airacobra
 

 

艦隊決戦が陸地近くまでもつれこんできたら?その場合でも、F4Fのお仕事は艦隊防衛と攻撃援護ですから、別に高空性能なんか必要ないし、低空での格闘は、零戦と張り合うF4Fは最強である。陸上機相手でも、自分の土俵で戦えばこわいものなし。

要すれば、陸上の高性能戦闘機と、艦上の高性能戦闘機では、要求される諸元が違うのであった。ははは

だましたな猫機長!最初から「これ以上ない名機」じゃなくて「これ以上ない艦上戦闘機」だといえー!ぐぬぬぬー!

まさしくそこがこの記事のコアなのです。

貧すれば鈍する、と言いますが、日本は「陸上も艦上も一緒くたにして」「要求される諸元が相互に矛盾する」非実用的な要求を零戦に課してしまった。

防弾装備などの必須部品をかなぐりすてた、飛行性能だけは何とか世界一流の「なんでもござれ」の飛行機。それが零戦だったということである。

そして、無能な日本軍部は、こともあろうに艦上戦闘機を持って陸上戦闘機の土俵に殴り込みをかけてしまった。

飛行性能は陸上機もしのいでいた零戦が、熟練パイロットによって決死の殴り込みを行ったため、開戦当初は大戦果を挙げ、欧米をして「陸上機をしのいだ最初の艦上戦闘機」といわしめました。

しかし、よく考えてみてください。

ちょっと物の分かった人だったら、艦上戦闘機を陸上戦闘機にぶつけるという行為がいかに非効率か、という以前に、いかに低能なことであるかと容易に気づけてしまうのです。

P40だのの陸上機をやっつけたことには驚きますが、その驚きには「なんでこいつらちゃんと陸上機で挑んでこないのだろうか?基本のキを知らねーんじゃね?」という憐れみが含まれており。

P36。水冷エンジンにつけかえて機首がとんがったのがP40。

Aeronave histórica em cerimônia de dissolução de base, na França


 

 

艦上戦闘機的な中低高度の格闘ではやられ役のP40が、陸上機らしい一撃離脱をとるようになると、容易に零戦につかまらなくなり。

そのうち「高空性能、速度」に加えて「航続距離」に卓越したB29を雲霞のごとく解き放ち、くどいけど「高空性能、速度、航続距離」のそろったP51がこれまた雲霞のごとく護衛してくるようになると、いつまでも「水面近くの高度における格闘性能」にこだわっていた日本の艦上戦闘機のみならず陸上戦闘機までもがアメリカ戦爆連合の飛ぶ高度に上がっていくことさえできずに。。。。というワンサイドゲームになっていきます。

日本は、零戦に何を求めたのか。

無能な首脳部がなにも決定できないので、どんな場面にも即応できる万能機が必要になってしまった。

ぱっと見は成功したかに見えたが、うわべの飛行性能だけではだめで、通信、防弾、武装といった「勝つために必要な装備」が「ないか、貧弱か、使い物にならなかった」ので、結局、「いくら撃たれても死なない」敵機に取り囲まれて、袋叩きになってしまった。

どだい、何でもできる、というのは、裏を返せば、何もできない、ということに陥ってしまうのです。

日本の首脳部が何も決められないままに、一般の国民が右往左往というのは、コロナ禍でもみられました。

出展:https://note.com/hyamaguchi/n/n0c60c7292ec3
 

この逆がアメリカだった。

陸上なら陸上でP35,P36,P39,P40,P47,P51,P38と、陸上機としての王道である上昇力、速力、火力、高空性能、さらには十分すぎる防火・防弾性能を持った名機を次つぎと開発し。

艦上機は、格闘戦に優れたF3F,F4F,F6Fと順調に発展させることができました。

そして、戦争指導・遂行においてしっかり「ここはこの飛行機を使おう」と、それぞれの持ち味を最大限に引き出した。

F4Fはこうした的確な用兵によってその性能を最大限に引き出し、勝利を決定づけた「船団護衛、対潜哨戒、制空、攻撃援護」と、艦上機として要求される用途すべてにおいて能力を出し切り。長距離爆撃機の護衛だのといった畑違いの用途で犠牲にされることはなく。

これがF4Uになると、陸上戦闘機並みの速力を出そうとして、艦上戦闘機としては使い物にならなくなった、という事実が、的確な用兵が最重要ということを裏書きしていると思います。

F4Uコルセア。https://vintageaviationnews.com/aviation-museum-news/planes-of-fame-f4u-corsair-flying-demo-hangar-talk-march-4th-2023.html
 

 

F4Uが出てきてしまうと、F6Fも引き合いに出さなければならないのですが、これこそ欧米的な価値観から見たら、「速度も出なければ高空へも上がってこれない、P47と同じ高性能エンジンなのにかわいそうな低性能機」になってしまい。「低性能機ぞろいの日本を相手に、唯一日本機の持ち味であった格闘性能で同等の立ち回りができるように、速度や高高度性能を犠牲にした、対日本という傍流の戦線へつぎ込むコイン機」として、日本機をせん滅して勝利に貢献したはしたが、なんかあまり楽しい記事にはならないので、F6Fについてはなかなか筆がすすまないのです。コイン機呼ばわりは言い過ぎかもしれないけど。

F6F(左)とP47(右)https://www.youtube.com/watch?v=Ydf0-QadMlY
 

 

F4Fなら、艦上戦闘機としてのすべての場面で大活躍した幸せな飛行機ということで、安心して書くことができるのでした。

3000字を超えたのでおしまいにします。

日本人が、やみくもな行動で右往左往する(あるいは行動できずに思考停止してしまう)前に、その行動について理性的に計画できる日が来ることを願っています。

ではでは

 

Posted by 猫機長
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短編集:「愛のジョージ」と「HAIKAI」ほか

その①ヘッドセット修理

とある吉日、雨季のブラジリアにしてはからっと晴れて、久しぶりにそのへんの農場でTGL(タッチアンドゴー)してきました。ここ数週間、雨や霧で飛べないとか、飛べてもせいぜい滑走路の周回程度しかできなったので、まあまあせいせいと飛ぶことができました

現地でも有数の大農場。アスファルトの巨大な飛行場。

 

 

まあまあ、というのは、離陸前にちょっとやばくないけどやばいかも、というのが発生し。

いつもどおり、機体、エンジンと、プリフライトチェックは順調に行っていたのですが。。。

ラジオをオンにして、「えェラジオのテスト中。えへらへらへらー」とやったところ、あれ、片耳しか聞こえないじゃん?

もうフライトプランの離陸5分前くらいで、エンジンもガンガン回しているのに、あせりましたねえ。

スケルチ(マイク感度)調整とかやったのですがぜんぜんだめ。ヘッドセットからのコードを機体に接続しているコンセントをぶち抜き、コパイ用のヘッドセットに取り替えたらちゃんと作動したので、故障は機体側ではなくヘッドセットのスピーカーが死んだのであろうと判断し、その日はそのまま飛びました。

いやいや、ガンガンうなるコクピットの中でヘッドセットを外し、コンセントに抜いたりさしたりとか、うるさくてやってらんなかったですが、でもちゃんと両耳聞こえる状態でないと、大げさではなく多数の人の生死を分ける航空通信ですからねーちょうどソロでの飛行だったので全く問題なくヘッドセット交換できました。

問題のヘッドセット
 

 

さて、帰ってきてからじっくり確認、でもないけど、確かに7年以上の連続使用でもあり、湿気の立ち込めるブラジリアの夏でもあり。いつかは壊れるものが壊れたということで、インターネットで新たなヘッドセットを探してみましたが、なんと古すぎの化石になっていたらしく、どのサイトに行っても見つけることができず。

最新のに取り換えればいいじゃん?そうはしたいのですが、一応機長・コパイと2セット更新しなきゃならないし、値段も2倍どころか3倍、4倍となってしまうのですよねー

しゃあないので、いつも機体の検査をおねがいしているお兄ちゃんに連絡したら「確かに化石で新品はもうないが、部品は持っているから修理は可能である」とのことで、お兄ちゃんのアパートまでもっていって修理してもらいました。

7年の使用で、耳あてとマイクのスポンジがボロボロになっていたので、これらはコパイ分も含めて新品と交換してもらいました。これら消耗品はまだ新品があるらしい。

破れはてて、中から気味の悪い液体というボンドがにじみ出ていました
 

 

修理後はこんな感じ。耳当てがあんなにボロボロになったのは、純正品ではない得体の知れないニセモノだったから、ということで、じゃあちゃんと正規品を、としたら値段が高すぎて手が出ないので、やっぱり並行市場からまあいいじゃん、という模造品にしたのでした。ははは

ヘッドセットから耳当てを外して取り換え。上がダメになった耳当て。下がそれなりの新品。
 

ちゃんと両耳聞こえるようになりました
 

 

 

➁「愛のジョージ」と「HAIKAI」

「愛のジョージ」という名のカフェを発見。ポルトガル語で「Amado Jorge」です。

と言えば、ブラジルに住んだ人はわかると思いますが、Jorge Amado(ポルトガル語読みでジョルジェ・アマード)という文豪がおり。この文豪にあやかった、いわゆる意識高い系のカフェ兼古本屋らしい。

ムヒカそっくりのJorge Amado(パブリックドメイン)
 

 

このJorge Amadoですが、実はブラジル共産党員であり、このカフェも、結局そういう世界の住人が集まる恐るべきアジトではあるのですが、ぼくは小学校の教員のおばさんと一緒に行ったので、要すれば警察とかジエイタイとかとかかわりはないよね?ということで通してくれました。ブラジル空軍とはかかわりあいになっているけど。

街中にぽつんと立っている古本屋
 

 

ちょうどその日、というか夜の8時でしたが、共産主義者たちの集会に出くわし。でもその夜はみんなで詩を発表し合うというそれこそ意識高い系の集まりでした。

詩の内容もアジテーション的なものはなく、なんとなく平安貴族じゃね?みたいなのもあったりして。

マイクの前で歌ったり、詩の発表
 

 

安くてうまい、に近いかものサンドイッチと、謎のジュース
 

 

インテリアや古本コーナー
 

 

そのうち、へんなおっちゃんが登場し。

「俳諧をやります」

補足情報ですが、日本の俳諧とは「主に江戸時代に栄えた日本文学の形式、また、その作品のこと。誹諧とも表記する。正しくは俳諧の連歌あるいは俳諧連歌と呼び、正統の連歌から分岐して、遊戯性を高めた集団文芸であり、発句や連句といった形式の総称である。(Wikipedia)」

この俳諧が、日本人移民からブラジル人に広がり「HAIKAI」としてブラジル文化に定着したのでした。

季語だのなんだのというより、音韻とかがブラジルのソネットともなじみがあるらしいという技術的な部分と、なんでも茶化してやろう!というブラジル人の性格にマッチしたというのが主な理由らしい。

へんなおっちゃんの「HAIKAI」。お題は「マンゴー」

マンゴーは、皆さんご存じとおもいますが、とにかく繊維質で歯の間に挟まるのと、それはともかく、すさまじく黄色い果汁をそこら中にまき散らし、あたり一面を黄色くしてしまうという悪魔の果実です。

 

 

このHAIKAIを日本語に意訳したらこんな感じ(翻訳なので音韻もへったくれもないです。ご了承を)。

手にしたマンゴー

かぶりつく子供

歯に挟まる線維

喜ぶ子供。大口で笑う

黄色い笑い

 

原文はこちら、と言っても、書き取りしたわけでもなく、あくまで記憶です。

Mão com Manga

O menino Chupa

Fibra nos Dentes

Menino Feliz, Largo Sorrizo

Sorrizo Amarelo

 

ここで、「黄色い笑い」というのはブラジルのスラングで「気まずい笑い」という意味である。ここでは、盗み食いを見つけられた子供の「マンゴの-果汁で黄色く染まった口」を「気まずい笑い」とちゃかしているのですね。

 

会場は手を打って大笑い。

 

そんな感じでのんびりの一夜でした。

アフリカ系のおばちゃんと、アフリカ文化オマージュのオブジェ。
 

 

抽象画になり切れない、へんな絵画がいっぱいあった
 

 

③おまけ

今回の記事は字足らずなので、おまけに我が家の猫の写真を数枚。

車庫で、タイヤの上に登るバカネコ。
 

 

コンピュータの操作を邪魔するクズネコ
 

 

酔っ払いネコ
 

 

おそまつさまでした。

ではでは

Posted by 猫機長
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傑作機MU2

これまで何度か戦後の日本機について書いてきました。

その1→YS11

その2→エアロスバル

これらで、YS11はとろくて、とか、エアロスバルは無駄に敏捷すぎて、、、みたいなことを書いた、というか書かざるを得なかったのですが、この記事でやっと文句なく傑作機だ!というのにたどり着きました。

その名も三菱MU2。

当時の画期的なビジネス多用途機であり、「これが日本のコンパクト・プレーンです」みたいな感じで、世界各国で762機というベストセラーになったすてきな飛行機です。

三菱500 https://www.bibian.co.jp/product.php?id=p763745338
 

 

さて、三菱500ではない三菱MU2の外見はこんな感じ

https://www.mu-2aircraft.com/images/History_Veley_0229-web_optimized.jpg
 

 

マニアなら、この写真を見て、なんかフツーに見えて相当斬新なことをしてね?と感づくと思います。

斬新さの特徴を一つ一つ上げていきます。

その1 エンジン

MU2の初飛行は1963年。Wikipediaによれば、初の民生用量産ビジネスジェットは1964年のリアジェット23とのことで、当時はツインコマンチやクイーンエアみたいなプロペラ機が主力だった。

ツインコマンチ https://piperowner.org/pa-30-twin-comanche-ads/
 

 

クイーンエア https://kingairmagazine.com/article/beechcraft-90-years-of-excellence/queen-air-3/
 

 

これら競合機は、皆ピストンエンジンでプロペラを回していた。

当時の小さな地方空港や個人の滑走路に対応して、低速での加速があるプロペラ機とすることは当然として。競合機より性能のいいやつを作りたい三菱は、当時の画期的なイノベーションを導入した。

それが「ターボプロップエンジン」

エンジンの性能を決めるものに、馬力(推力)がありますが、馬力さえあればいいというものでもなく。馬力、重量、大きさの三拍子がそろっていないといいエンジンにはならないのである。

ターボプロップは戦後すぐに生産されていましたが、ビジネス機より大きなコミューター機はともかく、MU2クラスではまだまだピストン機が主流であり。

落ちれば4ぬ飛行機のエンジン。戦中からの「恐竜エンジン」つまりコンチネンタルとかライカミングといった信頼性の立証されている奴で安心したいというのが売る方も買う方も共通ですが、MU2はあえて当時未知数のターボプロップに挑戦した。

この結果、推力は競合機と同じだが、軽いエンジンになった。ターボプロップは、実態はジェットエンジンの中心軸に減速機などをかましてプロペラをつけたようなもので、構造上はピストンエンジンより簡素であり。その分軽く馬力のあるエンジンができた。

レシプロより簡単なのに、なぜ大戦中にターボプロップやジェットがもっと生まれなったかというのは、原理はわかっても、ガスタービンの超高温で溶けちゃったりとかしない素材や、コンプレッサーなどの製造技術の開発に手間取ったからである。

そんな状況で、えいやー!とターボプロップを採用した三菱の先見性恐るべし。

MU2は、エンジンが軽くなった分主翼を小さくでき。競合機と同じ収容力なのにコンパクトな機体にまとめ、レシプロ双発機の1.4倍に達する巡航速度を実現した(jstage.jst.go.jp/article/jjsass1953/13/143/13_143_396/_pdf)。

燃費はレシプロ勢とどっこいどっこいに抑えることができ。速度差が大きなアドバンテージになった。

ターボプロップの導入と並行して、というか影響し合ってMU2の特徴となったのが。。。

 

その2「主翼の配置と形態」

もいちど競合機2機とMU2の写真を見比べると、MU2のみが高翼機であることがわかります。

PA-30 Twin Comanche ADs


 

 

https://mantisserv.com/en/small-props/14/beech-queen-air-b80
 

 

https://www.mu-2aircraft.com/images/History_Veley_0229-web_optimized.jpg
 

 

低翼、高翼といろいろ利点・弱点がありますが、MU2の場合「地面効果」が重要な決定要因となったらしい。

地面効果というのは、着陸時に飛行機が滑走路上に到達したとき、主翼と地面の間の空気が「圧縮」されてクッションみたいになり、飛行機を上空に押しもどそうとする作用です。

せっかく滑走路端で地面ぎりぎりに降りても、地面効果のせいでいつまでも接地できず、余計に滑走路の長さを食ってしまうことがあり。低翼機に顕著で、MU2のような強力なフラップをつけた機体で低翼にすると、地面効果に対処できる昇降舵の設計が複雑・困難になってしまうらしい。

競合機のほうは、すなおに低翼の利点すなわち翼内に主輪を格納するスペースができるとか、高翼にすると天井に主翼桁の分だけ飛び出して頭をぶつけるとかを嫌って、大体が低翼であり、高翼はMU2とエアロコマンダーくらいという、ちょっとまれな配置になりました。

一方、エンジン(プロペラ)と地上のクリアランスを広くとることができるとか、客室からの見晴らしがいいとかも決定の要素に入っていたと理解。

結局はMU2の特徴的な翼により、高翼が妥当となったのだと推理します。わざわざ胴体の側面にバルジ(フェアリング)をぽっこりつけて主脚格納のスペースを作ってまで高翼にするというのは、それなりの利点があったんでしょうねー

機体上面のフェアリング(主翼桁の流線形の覆い)と側面のバルジが特徴的なMU2
https://www.the-blueprints.com/blueprints/modernplanes/modern-m/85701/view/mitsubishi_mu-2j/
 

 

さて翼型ですが、一見おとなしい、微妙にテーパーをかけた直線翼ですが、層流翼を採用し、かつ競合機に比べて小さめなのですよね。つまり、抵抗減、重量減で、いったん飛び上がっちゃえば高速飛行などには適しており、事実後発のターボプロップ機キングエアとかに比べても高速だったらしいのですが、はっきりいって操縦むずかしくなってね?と心配します。

速度も重要だけれど、着陸性能も劣らず大切のところ、MU2はSTOL性能でも競合機を引き離していました。

どうやったの?強力なフラップを装備して、ふだんは高翼面荷重のくせに、特に着陸時は翼がぎゅーんと伸びて大きくなったかのようなエフェクトを可能にしました。

ただ、無理やりフラップで着陸性能を確保しようとしたため、ふつーのように翼の中ほどまでのフラップでは足らず、翼後縁全体に伸びたものすごく長いフラップになってしまい。

それじゃ補助翼はどこに行ったの?つけることができませんでした。ははは

 

そこでMU2の特徴その3:スポイラー

補助翼の代わりに、スポイラーというものを翼の上面に設置しました。

ふつーの翼(上)https://br.pinterest.com/pin/775956210785738173/
とMU2の翼(下)https://siregar3d.com/category/mitsubishi-mu-2/
 

 

グライダーみたいなMU2。補助翼がなくなった分アドバースヨーとかも減少したとのことですが、やっぱり補助翼とスポイラーでは飛行機に与える挙動は違ってしまい。のちのち事故多発、と言って怒られるのであれば、複数の事故を巻き起こす原因になってしまいました。

それでも、MU2がにがてな着陸時の低速飛行や、スポイラーによる操舵レスポンスのずれや遅れを乗りこなせるパイロットたちからは、「ホットロッド」だ!と好まれたそうです。ホットロッドというのは、軽い車体にでかいエンジンを積んだスポーツカーの一種で、爆走できるが安定性は。。。みたいなののことらしい。

ホットロッドhttps://www.dragzine.com/features/car-features/ron-clarks-outrageous-bugzilla-blown-radial-tire-vw-bug/
 

 

MU2はいったんスピードが出ちゃえば安定性もあるし、操縦性もよかったらしい。ただ、旅客機で着陸安定性に難が、というのは痛い失点ですねーこれがなければ1000機以上売れていたかもしれん。小さな翼で、無理やり着陸滑走距離を少なくしようとしたひずみが出てしまったのだと理解。

ベルリン管弦楽団の著名な指揮者カラヤンが、訪日したときに、コンサートもそこそこに「MU2に乗りたい」と三菱の工場に乱入したこともあり。コクピットに乗り込んで、ゼロ戦乗りだぞ!みたいにニタニタしていたのかもしれん。

ドイツ人は、MU2のことを「零戦の三菱が生んだ名機」としてかなり好奇の目と言って悪ければ尊敬のまなざしで見ていたらしい。

日本人に好意的なカラヤン。 https://skawa68.com/2024/08/03/post-62765/
 

 

その4 与圧、その5 尾翼と、その6 チップタンク

MU2は、円形断面の胴体で効率的な与圧(与圧そのものが当時はゴージャスな装備)、翼端チップタンクで翼端渦を整流するなど、クレバーというか危ういというか、その辺は日本人にしかできない繊細なバランスのある飛行機になりました。特に、高翼のくせにT字尾翼ではないふつーの尾翼にして、ディープストールを防いだあたりは三菱くらいしかできないまねかもしれません。ほんらいは、T字尾翼にしないと主翼からの乱流を受けて尾翼が効かなくなっちゃうところ、乱流があたらないうまい位置で設置というのは、地味に見えてなかなか看過できない技術と思います。

主翼からの乱流をうまく避けた尾翼の設置。

jstage.jst.go.jp/article/jjsass1953/13/143/13_143_396/_pdf
 

 

注目は、チップタンクの取り付け位置や整流フィンの設置などで、翼の「上反角効果」を調整していたこと。タンクの位置をぶら下がる感じにしたことで、「横 の飛 行 性についてのパ イ ロッ ト・コメ ン トは 好 評 で あ っ た(外部リンク:Jstage)」とのこと。

 

 

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsass1969/22/247/22_247_405/_pdf
 

 

https://www.mu-2aircraft.com/images/History_Veley_0229-web_optimized.jpg
 

 

記事がでかくなりすぎなので、この辺でおわりに。スポイラーはともかく、文句なく名機のMU2でした。

ではでは

 

Posted by 猫機長
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前が見えない➁ 旅客機の風防

 

 

その①についてはこちらをご参照→前が見えない
今回は、旅客機の風防について投稿します。
黎明期の旅客機は、風防なんてなくて吹きさらしで飛んでいましたが、そのうち飛行機のスピードが速くなり、高度も上がったりしていくうえで、すっぽり操縦者を覆う機体と風防に進化しました。

黎明期の旅客機 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln8/DH66.html
 

といっても、最初はユンカース旅客機みたいに、機体には操縦者も覆う天井があるのに、なぜか操縦席だけ大きく天井をぶち抜いて、風防には申し訳程度の透明な板をくっつけたみたいな謎の飛行機も生まれ。

TYO magazine » 世紀をこえ、歴史的航空機が復活!──「ユンカース F13」 (tyo-m.jp)
 

 

Rimowa’s beautiful Junkers F13 flies for the first time | British GQ | British GQ (gq-magazine.co.uk)
 

 

ここまでやるんだったら全部覆えばいいじゃん、ということでハンニバルみたいな感じのが生まれました。
とくちゃんのプラモの部屋・プログ – 楽天ブログ (rakuten.co.jp)https://plaza.rakuten.co.jp/tokuchanplamo/diary/200611110000/
 

 

この当時はガラス・プレキシガラスの曲面加工とかがまだまだ未発達で、風防も窓枠ありすぎみたいなのが多かった。

エアスピードAs6Aエンヴォイ https://i.ytimg.com/vi/0eeUetkIz1o/maxresdefault.jpg
 

 

ちょっと脱線ですが、その後加工が比較的容易になった第二次大戦でも、一部の飛行機は曲面を極力避けて平面のガラスを窓枠で結合していた。

JU88 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln4/290Ju87.html
 

 

零戦 https://onemore01.blog.ss-blog.jp/2015-11-15-1
 

 

東海 パブリックドメイン
 

 

曲面ガラスだと光が乱反射して全然透明にならず。海面下に身をひそめる潜水艦を目視で発見するために作られた東海など、典型的な「曲面ガラス大嫌い」の飛行機になってしまったらしい。
旅客機の場合は、上だの後ろだの下だのを見る必要はなく、ちゃんと離着陸できて前が見えればいいやということで、機首のガラス部分も次第に必要最小限のものに効率化されていった。ドラゴンラピードからエレクトラへの変遷で見て取ることができます。

https://www.mailexperiences.co.uk/de-havilland-dragon-rapide-flight-over-london
 

 

ロッキード エレクトラ https://www.hobbyland.jp/shopdetail/000000103144/
 

 

このへんで、だいたい現在に通じる旅客機の風防のスタンダードが生まれたというか定着し始めました。
スタンダードと言えばDC3。

https://airlegend.fr/aircraft/dc-3/
 

 

まず、流線形の丸い機首。そして、操縦者にすっぽりかぶさる感じで風防と天蓋が設置された。

http://hikokikumo.net/Z-14-Senmonka.htm
 

 

似たようで個性のある旅客機たちの機首と風防はこんな感じ

ボーイング247 https://flightsim.to/file/34658/boeing-247-fast-western-airlines-fwa18
 

 

ビーチクラフト モデル18 https://i.ytimg.com/vi/NjJ05D0YR-c/maxresdefault.jpg
 

https://aviadejavu.ru/Images6/MA/MA95-2/o2-4.jpg
ロッキード スーパーエレクトラ
 

 

三菱MC20旅客機 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln8/MC-20.html
 

 

しかし、雨だろうが雪だろうが既定の路線を飛んでいかなければならない旅客機にとって、「風防に水滴や雪などが吹き付けられて、前が見えなくなってしまう」というやばい問題が生じ。
しょうがないので、せっかくコクピットに守られたパイロットが、風防のサイドウインドーを開けて顔を出し。びしょ濡れになりながら操縦というケースも多々発生してしまいました。
どうしよう。。。。
ワイパーが実用化されたのは第二次大戦くらいかららしい。
連合国勝利の立役者となったDC3が、ワイパーを設置して、雨だろうが雪だろうが元気いっぱい飛び回った。
ちなみに、日本にもDC3のライセンス版である「零式輸送機」がありましたが、こちらにはワイパーはなくて、戦後になってから日本の高空会社が購入した舶来のDC3に「あああこんな便利なものがあったのか!」と大喜びしたといううわさもあり。
まだワイパーのなかった戦前の30年代とかはどうしたのかというと
「風防に逆傾斜をつけた」
ボーイング247が典型的です。
まずは通常型から

https://flightsim.to/file/34658/boeing-247-fast-western-airlines-fwa18
 

 

逆傾斜をつけたのはこちら

https://www.tedwilliamsaviationart.com/profile-art/boeing-propliners/boeing-model-247-united-air-lines.html
 

 

この結果雨や雪が風防に貼りつかなくなって大喜びだったそうです。でも、機体強度だの空気抵抗だのではやはり無理があるらしく、ワイパーにとってかわられて今日にいたっています。

777のワイパー 縦ワイパーと横ワイパー: 風の探検隊 (air-nifty.com)
 

 

飛行機にとってなにより命なのがスピード。
でも、スピードだけでロクに前がみえない、操縦できない、というのでは困るので、パイロットの視界をよくする必要もあり。
結果、風防ガラスの位置や角度が色々と工夫されて、いろいろな旅客機の特徴的なツラがまえというか機首ができてきました。
も一度DC3ですが、やはり世界の名機だけあって、必要なものが必要な大きさと形で、と理解します。

http://hikokikumo.net/Z-14-Senmonka.htm
 

 

DC3の風防は、すとんと切り立った小さめのものが、大きくラウンドした天井にくっついており。重く、あつかいにくいガラスの使用面積を最小にしながら、空気抵抗の増大を抑えています。最新の旅客機では、機首と風防の段差がなくのっぺりとしています。空気抵抗の面ではこの方がいいのでしょうが、斜めにすればするほどガラスの面積も増えるわけで。さらには機体と一緒に曲面に整形しないとかえって空気抵抗増大になってしまいますから、整形しても軽く破損せず、かつ偏光して視界がゆがむということのない、最新技術があって初めて可能になったものと思われます。

https://air.theworldheritage.com/htm/htm_flame/flame_ERJ175.html
 

 

DC3から今日までの過渡期の例でYS11があり。当初のっぺり型を目指したが、やはり段差をつける方がよいということになり。確か3回ほど設計変更して最終的な形が決定された。

_pdf (jst.go.jp)
 

 

すずめや鷹など、鳥の頭はだいたい段差型をしており、個人的にはこれが一番効率的かなーと思うのですが、段差のない「機首一体」のも存在しています。

段差のないのもいる。https://medium.com/@VIVIMETALIUN/especial-tipos-de-tucano-6243f5f99434
 

 

グライダーも一体型が多い。

こういう風防で、乱反射とかないのだろうか?(PIXABAY無料画像)
 

 

とにかくスピードを出したい偵察機で、段差型から一体型に移行したのもあり。でも、「視界の歪みや夜間飛行時の内面乱反射の発生(Wikipedia)」で評判は良くなかったらしい。前期型の最高速度604キロから、段なし風防では630キロに向上したというのですが、エンジン出力も1080HP X2から1500HPX2と劇的に向上していますからねー風防の変更がどこまで役にたったかはなぞと思います

新司偵の初期型(上)http://www.hasegawa-model.co.jp/product/02243/
と後期型(下)http://www.nags-gallery.com/gallery/ki46.htm
 

 

大型機になると、空気抵抗以外の理由で、段差なしの一体型になることもあり。
例えばB29の場合、もちろん空気抵抗もあったが、通常型の機首上部に、というのだと、離着陸時に地面がみえなくなってしまい。B17で相当苦労したのか、B29では降着装置も前輪式にして、その点は離着陸がそうとうやりやすくなったとは思いますが、巨人機できびきびした取り回しの難しいB29だと、機首全体を温室みたいなガラス張りにして、地面を見やすくしたというのはあると理解します。

B29 パブリックドメイン
 

 

B29の着陸 https://www.youtube.com/shorts/zB4_tSsUJWA
 

 

B17やハドソンとか、段差式の機体でも機首はガラス張りにして照準器を置いていた。B29では、操縦席も一緒にしちゃえ!ということだったらしい。
あと、B29の場合は、与圧設備の都合があり。段差式にして照準手と操縦手を離してしまうと、効率が悪くなり設備も複雑になってしまったものと思われます。
他には機体の上部銃座の射角を確保したいというのも聞きます。
「空軍大戦略」でみんなおなじみハインケル爆撃機も、初期型は段差式だった。

初期型 https://www.gettyimages.com.br/fotos/heinkel-he111
 

 

後期型 https://www.gettyimages.com.br/fotos/heinkel-he111
 

 

与圧はないけれど、大体B29と同じ理由で「全視界操縦席」になったものと思われます。
戦後の旅客機全盛時代に戻ると、B29の民生型であるB377が機首と一体の風防になり。照準手の必要はないので、操縦席も前に移動し、ガラスの枚数も減りました。

B377 https://united-states-lines.org/boeing-stratocruiser/
 

 

ところが、ここでパラダイムシフトが。
これまでの飛行機は、とにかくパイロットの目を頼りに飛んでいましたが、戦後になってレーダーが普及し始め。
パイロットの肉眼ではとても見えないなん百キロ先の積乱雲とかを探知できるようになりました。
ただ、レーダーは飛行機の先端に付ける必要があり。というか、そうしないとぜんぜん非効率になってしまうのです。
そこで、軍用、民間問わず、飛行機の先端には「レドーム」がつくことになり。レーダーが格納されているコーン(電波透過性に優れた特殊な塗料で塗られているため、ふつー黒いです)の部分を操縦席の前にして干渉を防ぐ必要が生じた。
こうして、段差つきのコクピットが復活しました。
代表的なのがコンステレーション(ただし初期型はレーダーなかったらしい)

https://www.loughborough-raes.org.uk/ewExternalFiles/120313%20Beneath%20the%20Skin.pdf
 

 

https://www.europeanairshows.co.uk/aviation-anniversaries/july/lockheed-l-1049-super-constellation-first-flight
 

 

その後のDC8とか、ボーイング707,727,737とか、いずれもDC3ちっくな段差つきになっています。特殊な塗料もいろいろな色ができるようになり、現在の旅客機は機首も機体と同じ色ですが、その先端はレドームであり、レーダーが収まっているのです。さらに時代は進み、現在はまた段差のない形に回帰しつつあるようですね。でも、個人的にはやっぱりDC3みたいなメリハリのある段差式の機首がかっこいいと思っています。

 

ではでは

Posted by 猫機長
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プロペラとジェット:輸送機の秘密

最初は鳥をまねて羽ばたき機を作ろうとしていた人類が、推力と揚力を分離することに気がついた時、飛行機の発明が具体的に可能になりました。

鳥の場合は、羽ばたく過程で巧みに羽毛や翼の角度を変化させて、推力と揚力をすべて翼で得ていますが、人間の作る翼では、少なくとも黎明期ではそんなおつなまねは不可能であり。

なんとか揚力だけでも、、、という翼は作ることができた。

でも、推力がないので、リリエンタールみたいにグライダーしか作ることができず。

リリエンタールのグライダー https://www.mozaweb.com/ja/Extra-3D-_-4053
 

しかし、折よく軽いガソリンエンジンが発明され。当時の流体力学ですでに実用化されていたスクリューの理論を応用したか、プロペラもしゃもじみたいなのから次第に本格的なものに発達しました。

黎明期のプロペラ (14Bis)https://lh3.googleusercontent.com/proxy/kTUExKr95XwdInR3Ql90XMA-w20AnamWnajJuvGjRMTRRwYAQLSlXdomjp6jQwhLd8C9fshzAmh-MXrfLgLNTnk8-ABMfgFQ4p72JMcgyAL8gbIc1kDeh7dj5EKPq_fgwsPCp0QPwlJqfgnW9utLTw
 

こうして、黎明期の1906年から第二次大戦直後の1946年まで、実に40年の長きにわたってプロペラが飛行機の推力を担う事実上唯一の装置として活躍。この記事を書いているのが2024年ですから、ざっと飛行機の歴史120年の3分の一の時代がプロペラ機の時代だったといえますねー

さて、サントスヂュモンの14Bisで、何とか地上を離れてまっすぐ飛行できたよ!だった飛行機が、P51では高度1万メートルを時速700キロでかっ飛ばすようになり。

でも、課題が発生。

推力を出すにはプロペラを速く回したい。でも速すぎると、プロペラ先端の速度がマッハを超えてしまい、衝撃波が発生して急に効率が落ちてしまう現象が明らかになり。

プロペラ機では時速700キロが限界だということがわかってきた。

そこで、プロペラ以外の推力発生方法、すなわち「噴進式」のエンジンを各国が血眼になって開発した結果、例によってドイツが世界初のジェット戦闘機を生みだしました。

アメリカ人がダンスを踊り狂って楽しんでいるとき、必死になってジェット機を開発したドイツ人。
かわいそうに。。。(PIXABAY無料画像)

 

その成果はソ連人やアメリカ人にさらわれ、現代ではジェット旅客機の全盛時代になっています。

速度性能、高空性能に優れるジェットエンジンは、乱気流の少ない一万メートル以上の空を高速で飛ぶのに適しており、きょうび戦闘機からジャンボジェット、さらには小さなビジネスジェットまでその名の通りジェット機。かわいそうな貧乏人が乗る軽飛行機を除いて、あらゆる飛行機がすべてジェット機である。

とは、なっていなかったりします。

ぼくは貧乏人なので、プロペラ軽飛行機に乗っています
 

 

というか、いまだプロペラ機ばかりの部門というか機種というのも複数あったりするのです。

その最たるものが「輸送機」

もちろんジェット輸送機もある。その一例が日本の川崎C1です。

C1。なぜ日本の飛行機は運動性能にこだわるのだろうか?https://www.busnoru.jp/tour/airshow/aircraft/c1.html
 

1973年から運用開始。1983年までがんばり、後継機とバトンタッチしました(まだ飛んでいるのもある)。

さてその後継機ですが、国産では作れず(技術というより経費の問題だったらしい。この辺はWikipediaなどご参照)、アメリカのC130Hが導入になった。

C130 https://www.busnoru.jp/tour/airshow/aircraft/c130.html
 

プロペラ機じゃん?退化か?

いやいや、決して黒い霧がその辺を覆っただの、政治的ななんとかではなく、技術的に妥当な理由でジェット機からプロペラ機になったのです。

その決め手は「離着陸性能」

ジェットエンジンは、はっきり言って離陸滑走での加速がとろすぎる。

ふだんプロペラ軽飛行機で離陸するときは、せいぜい170メートルもあればふわりとエアボーンしますが、ボーイング737になると1660メートルだそうで、じっさい乗客として737だのエアバスに乗ったとき、とろとろと走り出し、なんか一向にスピードが出ないまま、左右に尻を振りながらどんどん窓の外の滑走路が過ぎ去ってゆき。オーバーランか?の恐怖の一瞬に、やっとぎゅーんと機首上げして、ガタガタガタ、ブルブルブルと乱気流出しまくりながらエアボーンと、毎回おののいています。

軽飛行機とジェット旅客機を比較してどうする?

という人に、プロペラ機のC130は1091メートル。C1は600メートルで離陸できるらしいが、重さが違いすぎる(C1の離陸重量40トンに比べてC130は70トン。737はやっぱり70トン)ので、比較対象にはしませんでした。

C1みたいに、STOL性能を工夫すれば、離陸距離を短くすることができることはできるが、ジェット機では特有のさらにやばい課題が発生し。

それが「FOD」

foreign object debris、すなわち「滑走路上の異物」。石ころや砂塵、インスタントラーメンの袋とか、要すればタービンに損傷を与えうるすべての物質の総称です。意外と火山灰がジェットエンジンに重大な故障をもたらすらしい。

FODスイーパー(上)https://www.airport-technology.com/sponsored/preventing-fod-top-measures-for-keeping-airport-operating-areas-safe-and-fully-operational/
スイーパーに名たまった異物(下)https://airportimprovement.com/article/prevention-figures-prominently-fod-program-memphis-int-l
 

 

C1の場合は、不整地着陸はできないことはないが、近隣国への配慮もあり日本国内つまり舗装された滑走路での使用が前提との理解で、最近開発されたC2ジェット輸送機も、非整地着陸するのか?できるのか?とか話題になっています。つまりはFODについても、C1はふつーのジェット機と同じくらいの耐性ですんだが、平和維持活動だので海外に出ていくことになるとそうもいかなくなり。

道なき道に着陸、とまではいかなくとも、実際のところ途上国の得体の知れない滑走路に強行着陸を余儀なくされる場面が増えてくると、やっぱりプロペラ機でないと。。。というのがあるのかと「推定いたします」。ははは

ジェットエンジンなんて一種の掃除機ですからねー地ならしした程度で土がむき出しの滑走路で何回も離着陸したら、たちまちエンジンにガタが来てしまいそうな気がします。

コンテナを吸い込んでしまった例 https://blog.bianch.com.br/entenda-os-riscos-do-fod/
 

 

プロペラにとっても砂塵などの粒子は大敵ですが、ジェットに比べれば数段ましである。

 

 

輸送機と共に、プロペラ機の方がいいじゃね、というのが「飛行艇」

こちらもやはり離水、着水性能が関わり。

離陸の場合、飛行機が受ける抵抗は主に主車輪が地面に引っ張られる力ですが、言い換えれば、主車輪という複数の「ころ」で摩擦は極限まで軽減されており。前車輪(補助輪)については、滑走途上から機首上げで摩擦・抵抗を軽減できるし、そうしないと脆弱な補助輪は「ぽき」とか折れちゃうので、飛行機の主な重量、摩擦を引き受けるのは主車輪となっています。

これが飛行艇の場合、機体の腹全体がざんぶと水の中ですから、離水の時の抵抗は離陸と比べ物にならず。水というものは、機体との接地面において粘着して「のり」みたいになってしまうそうで、飛行艇などの下面胴体は段差をつけたりして、一刻も早く水から放そうという構造になっています。

ステップの一例amazon.co.jp/スペシャルホビー-SH72162-72-ショート-サンダーランドMk-Ⅴ/dp/B07R682D3P
 

 

こうなると、やはり離陸時(超低速・低速時)の加速に優れるプロペラの方がよい。

さらに、水の飛沫というのは恐ろしい打撃を機体に与えるもので、ジェットエンジンが飛沫を吸い込んだら大変になってしまう。

プロペラも飛沫の打撃でひんまがっちゃった、あわてて停止だ、ということもあるようですが、やっぱりジェットエンジンよりましということらしい。

 

 

もうひとつプロペラ機に適しているのが「哨戒機」

こちらは、潜水艦を追い払うのがお仕事であり、そのためには、いかに長時間、潜水艦の相手をできる速度で滞空し、どれだけ広い範囲をカバーできるかが重要となり。

やはり燃料効率のいいプロペラ機のほうがぐあいがよかった。ということで、哨戒機大国の日本では、4発プロペラのP1哨戒機が一時期は100機近く飛んでいたらしい。

P3C哨戒機。https://www.khi.co.jp/mobility/aero/aircraft/p_3c.html
 

 

よかった、と過去形にしたのは、きょうび日本ではP2というジェット機、アメリカではボーイング747を改修したP8哨戒機に代替されつつあるからです。これは、ジェット機だとフツーの旅客機の飛ぶ航空路を使用でき、最速で哨戒区域に到達できることや、ジェットエンジンでも低速巡行の能力が向上したなどがあるらしい。輸送機も同様の理由でジェット化しつつあるようですね。

 

一方、離れ島だのの設備の整わない小さな空港に降りる飛行機は、輸送機、旅客機とわずいまだにプロペラ機も健在です。

やっぱり飛行機はプロペラ機じゃなきゃ。。。
https://slideplayer.com.br/slide/5058944/#google_vignette
 

 

ではでは。。。

 

 

 

 

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YS11のお話

1952年。サンフランシスコ講和条約で、再び独立国となった日本は、それまでGHQつまりアメリカに禁止されていたもろもろの行いができるようになり。竹刀競技から剣道にもどったり、「紅白音楽試合」が「紅白歌合戦」になったりしました。そこかしこに自由に日の丸を掲げることができるようになり、鉄道からも「連合軍専用客車」がなくなった。

撓競技。https://www.vrticmazavalpovo.hr/goods/488266299.phtml
 

 

そんななかで、当時の人々が思いついたのが「そうだ飛行機を作ろう」

折から朝鮮動乱で日本の産業界は奇跡の復活をとげつつあり。

米軍のジープやトランジスタラジオの修理などから始まり、1955年にはT33だのF86だのと言った当時の再先端の飛行機をライセンス生産するまでになっていた。

日本の国内輸送で飛行機が復活し始め。日ぺり航空だのいろいろな航空会社がGHQの肝いりで生まれ、アメリカ人パイロットから少しづつ日本人パイロットへの転換も始まり。

でも、使っている飛行機はDC3とかコンベアとか、外国機のお仕着せであり、なんか身の丈に合わない洋服を着せられているみたいな感じだった。

日本でもそろそろ双発輸送機作ることができなくね?

Wikipediaによれば「商品サイクルの長い輸送機の開発生産に取り組ませることで、その産業基盤を安定させ」「国内線の航空輸送を外国機に頼らず、さらに海外に輸出して、日本の国際収支(外貨獲得)に貢献する」ために、国産機を開発しようじゃん、ということになりました。

と言って、ことはそう簡単でもなく。

B29の例が雄弁に物語るように、戦後の旅客機は、長距離戦略爆撃で培われた高高度における与圧などの技術や、ひっきりになしに空港に離着陸する無数の旅客機をさばく航空管制など、要するに戦中、一式陸攻ののぞき窓から海面の波の光を見て進路を確定した(カンで決めた)というのとは別世界になっており。

それでも、零戦の生みの親である堀越さんとか、飛燕の土井さん、二式大型飛行艇の菊原さん、航研長距離期機の木村さん、すなわち「5人のサムライ」が寄ってたかって何とか設計図を作り上げた。

当時の代表作「七人の侍」。時代ですねえ http://toichiwriter.blog.fc2.com/blog-entry-59.html
 

 

さすがにエンジンの自作はあきらめ、イギリス製のターボプロップを採用。ぱっと見は何となく星型エンジンちっくでかっこよかったのですが、性能がちょっと。。。。ということが後になって課題になってきます。

http://komakikiti.seesaa.net/article/473829284.html
 

 

当初は横列5席のシートにしたかったが、それだと大きくなりすぎて日本の地方空港に着陸できないじゃん、と横4列に縮小したとか、いかにも日本的な理由で大きさとかが決定されてゆき。

それでもちゃんと気象レーダーや無線機も積んで、でも機内の収容棚は電車の網棚か?というなかなかおつな機体となってゆき。

https://trafficnews.jp/photo/101644
 

 

このクラスの輸送機は、コンベアやDC3と言った低翼型、フレンドシップや後年のATRみたいな高翼型が混在していますが、「水に浮くから」という理由で低翼にしたのはいかにも島国ですねー

*もちろん、整備性とか他にも理由があります

操縦席の風防は、バードストライクなどを考慮して、なるべく面積を小さくしたいが、小さすぎると視界が悪くなってしまう。というわけでDC3などではかなり切り立った感じになっていますが、こんにちの787とかでは、機首と段差がないくらい寝かせた感じに変化しています。これはガラス関連の技術が進化して、衝撃に強いだけでなく、曲面に整形しても視界がゆがまなくなったとか、雨の時にワイパーなしでも水滴を吹き飛ばせるようになったというのもあるらしい。

上:DC3(https://www.flightaware.com/photos/view/886716-78c9601ede151919592a6afe0d45e400beb84c88/all/sort/date/page/1/size/fullsize)と
下:787(https://www.flickr.com/photos/vstpic/32848668268)の機首
 

 

YS11は、当初は787ちっくのものを考えたが、ガラス面の重量が大きくなりすぎたらしく。でも傾斜自体は変えたくなかった(DC3みたいな切り立ったのにはしたくなかった)ので、風防の角度はそのまま位置を少し後退させてみたが、今度はパイロットの頭に天井が迫るような窮屈なものになってしまい。

_pdf (jst.go.jp)
 

 

 

結局、当初案よりも風防を切り立つように変えて、天井の高さも確保し。みなさんおなじみの、のぼーとしたYS11の面がまえができました。

のぼーというのは、737等の絞り込まれたナセルや風防に比べると大味ですね、という意味ですが、人力操縦式だったYS11は、操縦桿のストロークを大きくとる必要があり、スペース確保のために計器盤を前方に押しやる必要が生じたため、シュッと絞り込んだ機首にできず、のぼーと膨らんだのになってしまいました。

YS11。https://cv880jet.exblog.jp/6532443/
 

 

737. https://www.istockphoto.com/br/foto/boeing-737-nariz-close-up-gm138066160-19060235
 

 

あと、ターボプロップの宿命かもしれんが、主翼前縁と主脚との距離が長くなりすぎて、着陸の時にエンジンナセルをへし折ろうとする荷重が8G以上になってしまい、エンジン支持架の設計にも苦労したらしい。

_pdf (jst.go.jp)
 

 

1962年8月に初飛行。でも「空力特性が悪いため、横方向への安定不足は特に深刻で、プロペラ後流によって右方向へ異常な力が働き、全ての舵も効きが悪く、操縦性は最悪の癖を抱え、試験中にきりもみを起こして墜落の危機に直面することもあった(Wikipedia)」というさんざんなことに。

主翼の上反角をいじってみようということになり。4度ちょっとから6度ちょっとに増加させるため、主翼の付け根に切り込みを入れ、くさびたいなのをつけ足すという、模型飛行機か?みたいな改修をしたら、安定するようになったそうです。このへんは「五人の侍」はじめ戦中からの技術知識や決断力が生きていたのですねー

陸攻乗りをもしのぐカンがあったのかもしれん。

ターボプロップの長大なプロペラは、プロペラ後流などの悪さも最悪で、こちらは「三味線バチ」という整流フィレットをエンジンナセル後部に張り出すことで解決。

三味線バチ https://x.com/aeromuseum3416/status/1798988266810888571/photo/3
 

 

主翼と胴体のつなぎ目でもやばい乱気流が発生していることがわかり、この部分のフィレットを大型化した。紫電の「干しバナナ」みたいにならないで済んだようですが

紫電の「干しバナナ」https://sigdesig.hatenablog.com/entry/2020/11/27/173142
 

 

ちょっと脱線ですが、巨大すぎるプロペラでやばいことになったF4Uは、右主翼に三角形の突起(スポイラー)をつけ、失速しそうになったらこのスポイラーが乱気流を発して尾翼をたたき、パイロットに知らせるという工夫で事故が減ったらしい(https://nakagawa.gr.jp/wp-content/uploads/2021/01/p-tantei1909.pdf)。

F4U https://www.heraldnet.com/life/spoiler-alert-corsairs-contraption-solved-lift-loss-problem/
 

 

いろいろあってなんとか就航できたYS11。世界中で姿が見られるようになりました。

輸出第1号はフィリピン行きで、戦後賠償の一環だったというところが時代を感じさせます。アメリカやブラジル、ギリシャへも輸出され、総生産数は182機に達しました。

商業的には赤字になってしまいましたが、日本の旅客機が7カ国15社で運行に至ったという意味では例を見ない大成功と思います。

パイロットから見たYS11は。。。。残念ながらあまり芳しい評価は得られず。

操縦系統が重く、えいやー!とねじり鉢巻きで操縦していたといううわさもあり。乗務員や乗客にとっても居住性が悪く、騒音、振動がすごかった。

快適さはともかく、パイロットにとって冷や汗だったのが「上昇力がない」ことだったらしい。

いくらエンジンをぶん回しても全然上昇力が足らず。離陸途中でそのへんのビルのアンテナをひっかけそうになったとかいううわさも。

でも、これって機体ではなく、エンジンが問題なのですよね。。。。

もっとがんがんパワーが出て、ぐんぐん上昇できるエンジンを装着していたら。。。と思うと残念です。

一方、翼の主桁にくさびを入れるだのという荒療治をやった後は、なかなか安定して、その意味では乗りやすい機体だったらしい。

YS11の特性がよいほうに出たのが「自衛隊」。

「戦後初の旅客機だ、絶対に落ちない飛行機を作れ」と、とにかく頑丈に作られたYS11は、代わりに重くなってしまい。上記のいろいろな弊害のもととなってしまいましたが、見方を変えれば軍用機には向いているということで、輸送機、電子戦訓練機、電子偵察機、電子情報収集機、飛行試験機として、さらには海上保安庁でも長距離捜索救難機となって大活躍しました。

 

プロペラ軸が、主翼上面よりもさらに上になった、不思議なエンジン配置のYS11(プロペラ軸と主翼上面が同じくらい、というのならよくある)は、もしかしてホンダジェットの出現を予言していたのかもしれませんね。

主翼下面にプロペラ軸を合わせたバイカウント旅客機http://hikokikumo.net/His-Civ-Viscount-000.htm
 

 

主翼上面よりさらに上に離れたプロペラ軸のYS11。https://www.sankei.com/article/20240420-4WBZJXJWB5L6PHYH5GGQWBQYKY/
 

 

ではでは

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零戦はコピーだった:真実かデマか? (イギリス機も関与?零戦の真実)

第二次大戦で、アメリカやイギリスの飛行機をバタバタと撃墜し、有名になった零戦。当時から現在まで、日本人がそんなすごい飛行機作れるわけないじゃん?アメリカかイギリスの飛行機のコピーだよ!という意見が存在しています。

そして、なんとつい最近、「零戦は、とあるイギリス機のコピーであることが濃厚となった」という情報が飛び込んできたので、スクープします。

この情報においては、一見日本機特有とみなされる特色が、実はイギリスの某機にそっくりだったことが明らかに。

その特色とは

その①操縦席

零戦の操縦席は、欧米と比べて、機首よりで、後方の視界も大きく開けています。

F4Uと比べると一目瞭然ですが、F4Uの場合、コクピットがぐっと後ろ、そして機体に埋没したファストバックなので、視界もへったくれもなくなってしまい。着陸が危険な飛行機になってしまいました。

https://warbirdsnews.com/aviation-museum-news/planes-fame-air-museums-f4u-1a-corsair-combat-veteran.html
 

 

その逆が零戦。

https://www.sankei.com/photo/story/news/160127/sty1601270013-n1.html
 

 

なぜこうなるのかというと、これは傾向であって絶対というのではないのですが、欧米の戦闘機は、まずは操縦席を防弾装置で囲って、その前などの胴体に燃料タンクを格納し、被弾面積が大きい翼内タンクはなるべく避けたためです。

F4Uと零戦の燃料タンク配置
コルセアはhttp://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/wwf4ff4uf6f-db2.html
零戦はhttp://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/ww-612d.html
 

 

その➁運動性

上記の通り、欧米では、まず「落ちない飛行機」つまり頑丈で防弾も十分、武装も強力。速度と高空性能を重視したので、必然的に重く鈍重になり。運動性は二の次になってしまいました。零戦のように、複葉機にも迫る旋回性能というのは欧米の飛行機にはなかなかなく。

複葉機はアクロバットに優れた性能を持っており。今日でもピッツ・スペシャルなどが生産されています。(PIXABAY無料画像)
 

この①②の特性は、長く欧米で議論の的となり。

確かに防弾装備もなく、骨組みもきゃしゃで軽く作れば軽快な飛行機にはなるが、零戦ほどに洗練された運動性は、なかなか生み出せない。エンジン馬力が小さい日本の飛行機では、どこか空力設計で秘密があるはずだ。。。。。

そんな議論が続く中、とある吉日、ひょっこり、この空力デザインを決定的に洗練させた零戦のとある部分が解明され。

その場所、デザインとは。。。

「でっぱり(こぶ)」です。

なんだそりゃ?

零戦の前部風防からカウルまでのラインに注目。

機銃の上にかぶさって張り出し、風防にめり込むようになっています。


 

 

これがF4Fになると、機銃は翼内のみで、前部風防もでっぱりなんてなく、すっきりしています。

The Grumman F4F Wildcat was a Rugged, Lethal Tool for the U.S. Navy


 

 

この不思議なでっぱりについての最新情報が発見され。

「零戦の高性能は、このでっぱりによって気流が見事に整えられ、速度や空戦性能に貢献したことで達成された」

そして、

「このでっぱりは、英国のとある戦闘機からコピーしたのである」

という衝撃の情報が!

さて、その知られざる英国戦闘機とは

「ソッピース・キャメル」

https://www.aeroclip.com.br/p-9308761-Sopwith-Camel-172-%23-12447—ACADEMY
 

 

複葉戦闘機だよ?

風防そのものがないじゃん?

どこがでっぱりじゃい?

いやいやちゃんとでっぱりがあるんですよ。

https://www.fiverivers.com/amap402.html
 

 

https://www.airforce.gov.au/community/visit-and-learn/heritage-centres/raaf-base-amberley-heritage-centre
 

https://www.cgtrader.com/3d-models/aircraft/historic-aircraft/sopwith-camel-ww1-airplane
 

 

https://www.raafamberleyheritage.gov.au/aircraft/sopwith-camel/
 

 

当時の他の戦闘機は、機体にどんと機銃を置いただけで、銃把だのなんだの突起物が乱流をだしまくっており。

スパッドXIII
http://www.wwi-models.org/IM/USA/laskodi-spad.html
 

 

フォッカーDVII
Machine Gun & Fokker D.VII
 

 


 

 

フォッカーDRI

 

 

そこにすっぽり流線形の覆いをかぶせたため、その恐るべき効果として

「この覆いによって気流が乱されまくり、上方に偏向されたため、かえってパイロットに風が当たらなくなった」

そうです。ははは

さて、ここまで読んだみなさん。零戦がキャメルのコピーだ!というのは全くのデマであり、ウケ狙い、読者を呼び込むための単なるネタだということがご理解できたと思います。

というか、まさかコピーだ!と思ってしまう素敵女子とかがいないように、念のため明記しておくのでした。

ははは

あああごめんなさい!

 

 

ただ、キャメルの「プロペラ、エンジン、パイロット、搭載火器、燃料を機体の前方1.8m以内に集中させた(https://hobbycom.jp/workshop/library/weapon_sora/56.html)」というのは、なんとなく日本機ちっくであり。もしかして堀越さんとかが参考にしたかも?

風立ちぬ」の堀越さんhttps://www.ghibli.jp/works/kazetachinu/
 

 

零戦が絶対にキャメルのコピーではないという証明があります。

それは「操縦のしやすさ」

キャメルも零戦も、格闘性能が著しく高かったのですが、しかし、どうやってその性能を達成したか、については全く逆のアプローチであり。

キャメルの場合、ロータリーエンジンのトルクを利用して、その御しがたい横転のクセを逆に御することのできる優秀なパイロットを要求した。

Wikipediaからの引用ですが

「エンジンの強いジャイロ効果がキャメルの操縦性を独特なものにして、新人パイロットには難しいものであり、着陸時の事故が多かった」

すげー暴れ馬になってしまったキャメルの動画を発見。本物か?レプリカか?

 

 

「意図的に不安定にされており、いつも真直ぐ飛ぶためにパイロットは常に調整する必要があったが、これによって比類ない機敏さを与えられたキャメルは、第一次大戦中に全軍通じての最多撃墜数を記録した戦闘機となった」

「アメリカ軍も使用したが、操縦の難しさゆえに事故を起こすパイロットが後を絶たず「パイロット・キラー」と呼ばれた。実際、意図せぬ機首上げ・機首下げをすることも多く、結果として墜落事故が多発」

以上引用終わり

エンジン自体がプロペラと一緒に回転するロータリーエンジン

 

 

零戦の場合はその逆で、戦闘機のくせにとても安定しており、操縦がしやすかった。つまり、パイロットの操作に素直、という特性が、神業の空戦技術を持つ老練なパイロットと一体になって戦争初期の大戦果が可能になった。

でも、零戦のこの操縦性は、残念ながら、先の大戦においては欠点として作用してしまったと思っています。

操縦がしやすいために、航法、通信、気象といった基本、そしてマニューバ、シザーズといった高等技術をぜんぜん学べていない、あまり飛行時間のない練習生でも、何とか一人で離着陸ができてしまった。

それは、たいして操縦できない少年飛行兵でも、とにかく離陸できればいい。あとは敵に突っ込め、という特攻にいくらでも起用できることを意味し。

これは零戦のみでなく、隼など日本機に共通した特性で、もし、零戦等がキャメル並みに操縦のしにくい飛行機だったら、そもそも離陸できないし、特攻も技術的にできなくなり、若者たちの命もかなりの数が助かったのではないかと思っています。

 

いやいや今回はデマそのものになってしまいましたが、こういった記事で、みなさんが飛行機に興味を持っていただける一助になれば、大変幸いです。

なお、スヌーピーが犬小屋に乗っかってドイツの複葉機などと戦うシーンがありますが、スヌーピーにとってこの犬小屋はキャメル(のつもり)なのだそうです。

スヌーピーの撃墜王!(フライング・エース!) | おたまの夢の種 (ameblo.jp)
 

 

ではでは

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計器盤のお話

計器盤のお話

 

より速く、より高く、より遠く。

人類がずっと追い求めてきた夢であり。飛行機の発明によって、現実のものとなりました。

黎明期は、とにかく地上を離れて、何秒間飛んだよ!と、パイロットが操縦にはっちゃきになっているすぐ近くで地上の人がストップウオッチで測っていたりとかしていたのですが、そのうち海峡を横断したりとか、地上の人からはあっという間に見えなくなっちゃうようになり。

ブレリオXIの世代で、すでに根本となる計器が発達していたようです。

レプリカが現在もそこかしこを飛んでいるらしい
https://i.pinimg.com/564x/2a/df/b4/2adfb423f736368391889e7a4b222c93.jpg
 

 

https://www.jetphotos.com/photo/6669325
 

 

左側上から速度計とタコメーター。右上の謎の計器は高度計らしい。右下に、なにげにでかい時計。その下に黒いいまどきの計器が二つ追加されており。速度計と高度計らしいです。

そりゃオリジナルのだけじゃ精度もやばいだろうし、そもそも読めないですよね。。。。

計器盤中央の巨大な丸いでっぱりは燃料タンクです。ははは

 

第一次大戦の複葉戦闘機では、

https://www.thoughtco.com/world-war-i-sopwith-camel-2361448
 

 

ソッピースキャメルの計器盤
https://www.megachicks.net/quavk/t251877.html
 

Sopwith Camel Instruments


 

 

写真と図面でちょっと計器のバージョンが違うみたいだけれど、左にタコメーター。中央上からコンパス、旋回釣合計、高度計。右上から速度計と時計があり。

写真と画面の左端にあるパルスメーターというのは、潤滑油の供給が規則正しく行われているのかを表示していたらしい。右端のTank Pressureというのは、燃料タンクの圧力を計っており、今日で言うところのFuel Pressure(燃圧計)らしい

計器盤のど真ん中に旋回釣合計が陣取り、3舵の調和したカーブを切っているかわかるようになった。というか、飛行機の方でも3舵の調和したカーブが切れるように進化したらしい。

 

長じてDC3になると、計器たちも累乗的に増殖し。

Pixabay無料画像
 

https://simanaitissays.com/tag/douglas-dc-3/
 

 

 

このころからか?空力・航法計器は左のパネル、エンジン計器は右のパネルに寄っていくようになりました。

 

 

こうした配置は現在でも主流となり。

ぼくが乗っているこよーてくん(Rans SE6S Super Coyote)の計器盤はこんなかんじです。

 

まず、コクピット左側から

 

 

上段左から、昇降計、人工水平儀、速度計。

下段左から、旋回釣合計、時計(ストップウオッチ)、高度計。

ストップウオッチが意外に重要で、エンジンスタートから25分くらいで翼内燃料コックを開いて、それまで胴体内タンクのみだったのを翼内タンクからも燃料を合流させるとか、いろいろ重宝します。

あと、速度計の右上に燃圧計があり。

 

 

この計器は針がふらふらしてひやりとすることもあるのですが、離陸時に補助燃料ポンプをオンにすると、ちゃんと8Psiにぎゅーんと上がり、離陸から水平に移ってOFにすると、あれよあれよと2.5ぐらいまで下がり、そのあとふらふらと4まで戻ってくるので、これで通常の燃圧に達したね、なんてウオッチしています。

燃圧計はエンジン計器。ということで、コクピット右側に集中した残りのエンジン計器を見ていきます。

 

上段左から電流計、タコメーター、シリンダーヘッド温度計(A系統)。四角いのは飛行時間のレコーダーです。

中段左から油圧計、油温計、ブースト計、もひとつブースト計、排気温度計。そのすぐ右に室内温度計(寒暖計)。

下段左から水圧計、水温計、シリンダーヘッド温度計(B系統)

エンジン計器はマニアックで、みなさんなんのこっちゃ?だと思うので、もうちょっと詳しく解説。

電流計というのは、バッテリーにどのくらい電気があるか、また、エンジンが回っているときにちゃんと充電しているかを見るものです。エンジンキーをONにした時に13V、回転中は14Vとなっていなければ、バッテリー交換。場合によって発電機確認。ちなみにコヨーテのROTAXエンジンの電気系統は12Vです。

 

タコメーターはエンジン回転計です。これはとくに補足なし。

シリンダーヘッド温度計。自動車はシリンダーヘッド当たりプラグ1個ですが、飛行機は安全のために2個となっています。点火系の配線もA系統、B系統に分けており。それぞれの系統に温度計がついています。

 

 

油圧計は、エンジン計器の中でももっともやばく。こちらの記事に書いたので、お読みください→自家製面のお話

油温計は特に補足無し。

ブースト計ですが、これはコンチネンタルエンジンとか、昔ふうの手動ミクスチャー(ガソリン濃度調整)方式の場合、このブースト計圧力が爆上がりして排気管が溶けちゃわないようにミクスチャー調整が必要ですが、ぼくのは貧乏人エンジンのROTAXであり、自動ミクスチャーなので、この計器は接続していません(デフォルトで計器盤にくっついてくるのでそのままにしています)。

 

 

排気温度計もブースト系と密接に関係していますが、こちらはROTAXでも接続されており。温度そのものもあるが、左右の排気管で同じ温度になっているかモニタリングします。

一つの計器に2つの針がある排気温度計。写真では両方の針がいい感じに同じくらいに上がっています。
 

 

最後の2つが水圧計に水温計。いずれもラジエターの状況を示しています。暑い日に離陸後の上昇が長くなると水温計がイエロー域に近づき、あせります。

 

 

こんにちの軽飛行機では、もっとずっとシンプルな、キャメルくらいの計器盤も多いですが、ぼくのホームベースはブラジリア国際空港の管制空域に含まれ、管制を受けて飛ぶことから、やっぱりこれくらい充実していた方が安心ですねー

特にGPSは、対地速度、現在位置、目標までの所要時間、目標までの最適進路などなど管制から聞かれたときにすぐ答えられるような諸元が表示されるので重宝します。計器じゃなくて航法装置だけど。

 

 

あと、トランスポンダーも必須で、これも計器というより、こちらから電波を発信して管制にこちらの位置など情報を教えるという安全上必須の装置です。

トランスポンダー。右下に「FL048」と出ています。
 

 

パイロットから見てトランスポンダーの重宝するところは、国際標準気圧(QNE)による対地高度(FL、フライトレベル)が表示されるところ。

旅客機の高度基準であるFLと、ちいさなLSA(軽飛行機)が基準とする現地滑走路の気圧(QNH)の間の誤差をいちいち計算しなくても、トランスポンダーの数字を指標にして飛んでいれば、旅客機と同じ基準で飛ぶこととなり、旅客機の着陸降下(離陸上昇)経路との干渉を避けられて、安心です。

 

さて、時代は変わり。

たい焼きも、養殖物が普及して天然物が珍しくなってしまいましたが、計器盤もグラスコクピット化されてしまい。

 

写真はLSA(軽飛行機)のコクピットですが、上記のこよーてのコクピットと同じ数、あるいはそれ以上の計器に該当するファンクションが左右の液晶画面に提示され。必要に応じて好きな計器(あるいは計器の示す数値)を画面に呼び出してウオッチできるらしい。

写真では、左のディスプレイで前下方の3D地図というか画面が展開されており。なかなか精密(写真みたい)な画像らしく、雲の中に入ってしまい、やばいぜ!というときでも、このディスプレイに従って飛んで行ったら、そのうちディスプレイに滑走路が見えはじめ、雲が切れたらちゃんと滑走路のすぐ近くに来ていた、といううわさがあったとかなかったとか。

こういった航法面での機能(右ディスプレイの地図含む)は、本当は上記写真では中央のGPSのものなのですが、今どきの計器盤はディスプレイ間で転送・共有できるのか?この写真では左右のディスプレイに地図などの画像が分散されています。

以下、いまどきのGPS画像2つ。

https://produto.mercadolivre.com.br/MLB-748934599-gps-aeronautico-garmin-695-avio-helicoptero-ultraleve-trike-_JM
 

 

ぼくのGPSは白黒画面ですからねー、前世紀の遺物、博物館の展示品になっているとおもいます。

新旧GPS
 

 

ところで、こうした最新装備は、便利は便利だけれど、なんか接触不良でディスプレイ画面が消えちゃった!なんてなったら、その時点で計器盤全滅ですからねー確かにそうしたトラブルは聞いたことはないけれど、ぼくはアナログで、計器が一つ一つ機械として動いている方がいいので、こよーては今後もアナログ計器で行きたいと思っています。

養殖もののたい焼き
たい焼きになんと!養殖と天然があるってホント? | 食・料理 | オリーブオイルをひとまわし (olive-hitomawashi.com)
 

ではでは。

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