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実用化された無尾翼機カットラス

ふつー、戦闘機というとこんなのを思い浮かべると思います

彩雲  https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln/saiun.html
 

 

戦闘機じゃないぞ!というアプローチではなく、飛行機工学の見地からご確認ください。

すなわち、胴体と主翼、そして尾翼がセットになって、飛行機を形作っています。

主翼が揚力を生み出す一方で、尾翼が、まっすぐならまっすぐ、宙返りなら宙返りで、飛行機がパイロットの思う通り飛行するためのバランスをとり、舵として作動しています。

尾翼の開発によって、鳥に比べて限りなくとろい人間でも、なんとか飛行機を操り、空を飛ぶことができるようになったのでした。

飛行機の黎明期は、尾翼って、なんてすごい発明なんだ!うるうる。。。と感動していたのですが。

そのうち、尾翼がエンジンパワーの相当な部分を食ってしまっていることに気づき。

だいたい「有害抗力」の20%から50%が尾翼によって生まれているらしい(全翼機の世界(全翼機とは?))。

上の写真の彩雲ですが、登場したてのころは

「ワレニオイツクグラマンナシ」

と戦闘機を振り切るハイスピードでしたが、そのうち、とろいグラマンではなく、本当に早いP51が投入されてくるようになると、あえなく叩き落されるようになってしまった。

もし、彩雲の尾翼をブチ切って「有害抗力」の20%が減少できたら。。。。

ドイツは、実際に尾翼をブチ切った飛行機の開発に成功しました。

その名も「コメート」

Me163  https://vintageaviationnews.com/warbirds-news/replica-messerschmitt-me-163-komet-to-fly-in-germany.html
 

 

https://reviews.ipmsusa.org/review/kagero-top-drawing-1173-messerschmitt-me-163-komet
 

 

ただ、垂直尾翼は取り去ることができなかったほかに、水平尾翼をもいじゃってもまだエンジンパワーが足らず。小さくした胴体にパイロットを危険な腐食性・爆発性に満ちた燃料といっしょくたにして押し込んでしまったため、上空で発火(被弾や、単に故障による火事もある)すると、パイロットもろとも、文字通り流れ星のように燃え尽きてしまうという恐ろしい飛行機だったそうである。

それでも、無尾翼機が実用として多数配備されたという事実は快挙であり。

あとは、「コメート」みたいに、「星になったパイロット」を量産しないで済む、もちっと安全なのができないかなーというのが課題になった。

第二次大戦でドイツを踏みにじって、「コメート」とかの技術をネコババしたアメリカで、無尾翼機の決定版みたいなのが生まれました。

それが「カットラス」

よりによって艦上戦闘機である。

なかなかかっこいいF7Uカットラス https://asasdeferro.blogspot.com/2018/01/vought-f7u-cutlass.html
 

 

http://onami.blue.coocan.jp/models/gall/f7u3_f72.html
 

空母という、とても滑走路とは呼べない、ただのカマボコ板に離発着しなければならない艦上機というのは、多少スピードが遅かろうが安全に「カマボコ板」に降りられるような優れた着陸性能がなければならないのである。

カマボコ板 https://kamabokoita.com/sugi/
 

 

それは、すなわち、スピードがどんどん下がり、高度もぐんぐんと下がっていくという、飛行機にとっては一番苦手な場面でも、パイロットのコマンドのとおり素直に動いてくれなければこまるということであり。

どんなでかい飛行場でも着陸はやばい瞬間なのです。が、よりによって、カマボコ板ですよカマボコ板。

しかし、狂ったアメリカ海軍は、カマボコ板用に、よりによって無尾翼機を配備してしまった。

くどいかもしれないですが、飛行機を安定させるための必須装備である尾翼を引きちぎり。主翼だけで「エレボン」だのなんだのというふざけたごまかしでお茶を濁したため、いったん空に上がっちゃえば何とかなったが、離着艦となると。。。という恐ろしい飛行機になってしまいました。

この飛行機を作った会社が「チャンスボート社」

あれ、どこかで聞いたような?

はい、F4Uコルセアです。

海賊F4U
Oren Rozen, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons
 

 

このブログの読者の方ならもうお分かりと思いますが、いろいろな記事で何度もこき下ろした通り、このF4Uという飛行機はクズです。

クズ過ぎて、艦上戦闘機のくせに、空母に乗せられるようになったのは大戦末期である。

問題は、艦上戦闘機では絶対やってはいけない「超大馬力エンジン、巨大なプロペラに、主脚を何とか短くできるように逆ガル翼」という3点セットを盛り込んでしまい。

エンジンとプロペラはものすごいPファクター(乱流)をもたらし、それだけでも狭い空母に着艦なんて至難なのに、コクピットの場所が後ろすぎて前が見えず。極めつけは、逆ガル翼が、低速旋回中など、風が翼に当たる角度によっては下向きの揚力を発生させたりして、横転・大破の大事故続出だったらしい。

http://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/f4uf4u-30ef.html
 

 

敵との空戦以前に、着艦事故で大量の後家さんを製造してしまったF4U。

チャンスボート社は、この教訓を深く胸に刻み。

やっぱり離着陸が困難なF7Uカットラスを量産したのでした。ははは

海賊F7U https://www.historynet.com/modeling-vought-f7u-3-cutlass/
 

 

 

要すれば、とにかく空の上での性能が良ければ、あとはどうでもいいやあ!という教訓を学んだということなのだろう。

さてF7Uです。

三面図 https://tr.pinterest.com/pin/485051822378345712/
 

 

 

なんか、上から見たら、「コメート」のコピーに失敗し、垂直尾翼を2枚にするしかなくなった、みたいにしか見えないのはぼくだけでしょうか?

もひとつカットラスの写真

駐機時はこんな感じ https://www.history.navy.mil/our-collections/photography/numerical-list-of-images/nhhc-series/nh-series/Other/K-20587.html
 

 

なんか、ノーズギアが長すぎておばけなんですけど。。。

無尾翼機なのでフラップが装備できず。フラップがないのであれば迎え角を大きくするしか離着艦時の低速で飛ぶことができなくなってしまったので、地上にいるときからこんな感じでひっくり返りそうな機首上げ状態にするしかなくなってしまったのです。

でも、そうしたら今度は前がみえなくなってしまった。

仕方なく、操縦席をできるだけ前に出して、しかも上の方に突き出した感じに設置。

コックピットが機体に埋め込まれた感じのF4ファントムhttps://www.aviationgraphic.com/aviation-lithographs/78-f-4c-phantom-ii-oregon-ang-jp-1006.htmlと、
ぶざまにつきだしたカットラスhttps://mapsairmuseum.org/vought-f7u-3-cutlass/
 

 

結局、努力して空気抵抗を増しているのか?みたいになってしまったのでした。ははは

なんか、前が見えん、コクピットをいじれとか、F4Uの時代からぜんぜん学習してないじゃん。。。。

結局、着艦時にギアが折れたあ!とかの事故が多発したらしい。でも、どのくらいの数が壊れて、どのくらいの人間が4んだかとかの情報は出てこないんですよね。

結局、ちゃんと尾翼のあるまっとうなF8戦闘機に交代する形で退役しました。

F8戦闘機 https://warhistory.org/@msw/article/f-8-crusader
 

 

それでも、320機が生産されて、1954年から1957年の3年間、最前線に配備されたわけであるから、使いにくいなりに役に立つ飛行機ではあったのだと思います。いったん空に上がってしまえば、「速度性能は同時期の他の機体と比べても一段高いもので、アメリカ軍艦上機の最高速度記録を更新している(Wikipedia)」と、最先端の飛行機だったことは疑いのない事実と理解します。

あと、F7Uを擁護するとすれば、現在大量配備されているB2爆撃機がコンピュータ制御のずるっこで安定を保っているバチモンなのに対し、F7Uはいちおう機体のエアロダイナミクスだけで静的安定を達成しているという点は評価すべきと考えます。

いまどきのバチモン、B2爆撃機 https://www.airway.com.br/eua-usou-bombardeiro-invisivel-para-atacar-estado-islamico/
 

 

独特の形状から、マニアには大人気の飛行機。操縦しろ、といわれても遠慮しますですが、SF映画みたいな、ぶさかわの、楽しい「傑作機」と思います。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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軽飛行機のメンテあれこれ

「こよーて」という小さな飛行機に乗っています。

 

エンジンの整備とかは専門のエキスパートにやってもらっていますが、日常の点検整備はオーナーがやる必要があり。そんなちょっとしたメンテについて記載してみます。

◎ラジエターの水位確認

半液冷すなわちエンジンヘッドが液冷で、シリンダーが空冷のROTAXエンジン。液冷の部分がある以上ラジエターもあり、クーラント水の確認が必要です。

エンジンカウル上部にある点検口を開き。。。

 

 

ラジエターキャップを外します。

 

 

写真の給水口右側に、リターン用の穴が開いているのが見えるでしょうか?(下の写真では赤丸の部分)

 

 

普段はキャップからゴムパッキンがコイルばねで押さえつけるようになっているのですが、ラジエター温度が上昇して、危うしラジエタ―!爆発か!のちょっと前に、水蒸気というか、熱くなったクーラントの圧力でばねが押し上げられ、リターン用の穴から蒸気を逃す仕掛けになっています。要すれば圧力鍋の安全弁みたいなものである。

キャップを裏返したところ。

 

 

本当は定期的にチェックすることになっているのですが、飛行するごとにキャップを開け閉めなってしているとパッキンもバネも傷んでしまうので、計器盤の水温計、水圧計を常時チェックし、夏の暑くなってきたときには確認頻度を増やすようにしています。

逆に頻度が低すぎると、今度はリターンから蒸発していくクーラントの量が補充より多くなってしまい、やばい気泡発生などの原因になるので、頻度は多すぎず少なすぎず、計器と外気温度とのにらめっこで、なかなか神経を使います。

アンティークの旧機なので、ラジエターも巨大です
 

◎風防の洗浄

車に比べると、意外に汚れの少ない軽飛行機の風防ですが、やはりちょくちょく洗う必要があり。

しかし、車のようなガラスではなく、アクリル樹脂(プレキシグラス)なので、ちょっとでも雑な洗い方をするとたちまちすりガラス状になってしまい。

鬼教官伝授の洗い方は、

まずは水で流す。でもエンジンとかに入らないよう、静かに少しづつ。。。と神経を使います。
十分に埃が流れたら、自動車用のワックスをかける。
ここが秘伝ですが、水洗いにしろ、ワックスがけにしろ、「手でする」。布などは厳禁。
いったんワックスがけしたら、今度は「脱脂綿」でふき取ります。鬼教官は「これも手でふき取れ」と言っていますが、ぼくは綿をつかっています。ははは

 

 

いやいや飛行機ってセンシブルですねえ。洗うのも水だけで、洗剤は使いません。万一のアクリル樹脂の変色やひび割れを防止するためです。ワックスも「Grand Prix」だけで、他のは使いません。

日本でも売っていれば、広告料を取れたのに。。。。無理か。
 

 

◎タイヤと車輪

ホームセンターで売っている中国製のコンプレッサーを使って空気圧を調整

 

 

あと、ホイールのねじがちゃんと締まっているか確認。

 

 

これを忘れていると、ねじが外れて飛んで行っちゃうことあり。いちおうスペアのねじを複数持っています。

意外と小さなねじ。
 

 

◎ブレーキ関連

軽飛行機のブレーキはペダル操作で作動します。

 

 

このペダルが、なかなか妙味があり。

ペダルの上端を踏み込むとブレーキが利き。下の方を踏むと方向舵と前輪が動くようになっています。

赤丸を踏むとブレーキが作動。緑が方向舵と前輪のステアリング。
ブレーキを踏むと、青丸のアクチュエーターからブレーキオイルが押し出されて、メインギアのブレーキシューをディスクに押し付けるようになっています。

 

 

アクチュエーターがよくわかる一枚。
 

ここでは、ブレーキオイルが漏れたりしていないかを目視します。

ちなみに、左右のペダルでブレーキは別々に作動します。ぼくののっている軽飛行機は前輪で操舵できますが、操舵できないのもあり、そういう場合は左右のブレーキ加減で地上の旋回を行います。

ペダルとつながっておらず、単に向きが変わるようになっている形式の前輪の例。

最新の飛行機はこうした形式にして重量軽減を狙ったものが多いです。

 

 

◎翼内点検

飛行機の翼には点検口があり。

 

 

ここを開けて翼内における骨組みや張線(ワイヤなど)、補助翼のロッドなどなどに問題がないか確認します。

きょうびスマホがあるので、カメラを穴からくぐらせてかしゃかしゃ撮影でき。助かっています。

というわけで、同じような写真が続きますがご参考まで。

 

他にも、以下書こうかと持ったのですが、ここまでで写真が多数でページ数が多すぎになっちゃったので、別記事にします。

◎ガソリン給油

◎羽布の確認

◎オイルレベル

 

ではでは

Posted by 猫機長
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遭難寸前だ!ピレノポリスつづき

以前、ブラジル中央高原の秘境でトレッキングした記事を書いたら、意外に人気だったので、調子に乗って続編です。

でも、遭難とはぜんぜん縁のないほとんど安全そのものの市内観光なので、今回の記事タイトルは単なる行きがかり上のキャッチコピーです。

なぜ「ほとんど」であり「100%」安全ではなかったについては、恐ろしい中国マフィアが関係してくるからです。

さて、前回記事で書いた通り、ブラジルの首都ブラジリアから車で2時間の歴史都市ピレノポリスに行ってきました。

ブラジルでもなかなかの景勝地であり。大自然でトレッキングだ!と「ボンスセッソの滝」を見に行ったのが前回の記事。でも、町そのものがとてもすてきな観光スポットなので、2泊3日の旅の実は大部分は市内観光をしていたのでした。

ピレノポリス市の地図を掲載。

Mapa Pirenopolis | Tô Longe de Casa
 

 

なかなか広いまちであり、今回はこの地図の左半分くらいを徘徊してきました。

画像の右上にあるのがボンスセッソの滝。左の中あたりに空港。
 

 

 

実態上はさらに中心部の旧市街をのこのこ歩き回りました。

 

 

上の地図で、いかにも23個以上の観光スポットがあるように見えますが、例えば⑥は「Pizzaria do Alemao」すなわち「ドイツ人のピザ」という、あまりおいしくなさそうなピザ屋さんだったりします。

要するに、この地図を作成するにあたりスポンサーになったいろいろなお店屋さんの住所を、いかにも観光スポットみたいに、本物の観光スポットに混ぜて記載していたのでした。ははは

 

さて。

始点は④あたりにあるホテル。前の記事でも書いたけど、なかなかいい感じのところでした。

ここから車で5,6分も行くと、かなりの急こう配の先に⑳、⑬、⑯に囲まれたマトリス教会にたどり着くのでした。

 

 

 

「正式名称をノッサ・セニョーラ・ド・ロザリオ教会といいます。1728年から1732年にかけて建設が始まり。ゴイアス州で最も大きく、最も古い建造物の一つとされています。

歴史的遺産の象徴であり、建築や宗教的な価値を超えた重要性を持っています。聖霊降臨祭(Festa do Divino Espírito Santo)など、市の主要な宗教行事の中心地です。歴史地区の中心に位置しており、美しい自然景観に囲まれた、地元の人々にとって非常に大切な場所となっています。(以上ジェミニくん解説)」

 

教会から⑬のほうに行くと、⑬と⑱の間に橋。その橋の隣にジビーノ博物館があり。

外からの写真撮り忘れたので外部リンクから引用
https://www.tripadvisor.com.br/Attraction_Review-g1026887-d4377026-Reviews-Divine_Museum-Pirenopolis_State_of_Goias.html
 

 

 

 

「この街の伝統的な文化と信仰の中心であるFesta do Divino Espírito Santo(聖霊のジビーノ祭り)の歴史と文化を紹介する博物館です。

この祭りは、ブラジル国内でも特に重要な聖霊への信仰表現の一つと見なされ、街の文化的なアイデンティティにおいて中心的な役割を果たしています。

寄贈によって集められた画像、模型、祭りと関連する物品などが展示されており、この街の主要な祭りの背景にある文化を蘇らせています。歴史的な建造物である「Antiga Casa de Câmara e Cadeia(旧市議会議事堂・監獄)」の建物を利用しています。監獄としての歴史もこの博物館の一部となっています。

「Sala dos Mascarados(仮面の間)」では、祭りの中で行われるイスラム教徒とキリスト教徒の戦いを祝う「Cavalhadas(カヴァリャーダス)」という祭礼的な舞踊や仮面に関するものが展示されています。「Sala Geral(一般の間)」では、パストリーニャス、コンガダス(コンゴ系のダンス)、写真、彫刻、模型などが展示され、地元の信仰とフォークロアを伝えています。(ジェミニより)」

 

というわけで、監獄だ監獄だー!と見に行こうとしたら、そちらは閉鎖されており。上の写真の部屋だけが開いていました。一方、無料で見せてくれたっけ?忘れちゃいました

 

 

ジビーノ博物館の角っこからマトリス教会を見るとこんな感じ

 

 

 

上で書いた橋はこんな感じ。その向こうには別の教会が。

 

 

ジェミニ君の説明:「カルモ橋は、リオ・ダス・アルマス川に架かる木造の橋です。街で最も古い橋の一つとされています。カルモ教会は、1750年から1754年の間に建設された、植民地時代の歴史的な教会です。宗教美術博物館 (Museu de Arte Sacra) も併設され、聖なる美術品、祭壇、鐘などが収蔵されており、街の宗教的な伝統や文化を保存する役割を担っています。」

でも、博物館は週末しか開かないよ、といわれて入場できず。泣きました

 

マトリス教会を起点に、⑳のほうに行くと、映画館と演劇場があり。いずれも入り口前を通過しただけで、写真を撮り忘れたので、インタネからの引用ですが、これらもなかなかの観光名所である。

映画館 https://www.agitapirenopolis.com.br/cine-pireneus-31610
 

 

 

演劇場https://agenciacoradenoticias.go.gov.br/47627-obras-do-teatro-de-pirenopolis-serao-retomadas
 

 

 

「ピレノポリスには、注目すべき映画館と劇場があります。

◎シネ・テアトロ・ピレネウス (Cine Teatro Pireneus):1929年にネオクラシック様式で建設され、1936年に改装されてアールデコ様式のファサード(正面)に変更されました。映画館として機能し、後にテレビの普及などで閉鎖。現在は、劇場、映画館、ギャラリー、音楽公演のスペースとして利用されています。

◎テアトロ・デ・ピレノポリス (Theatro de Pirenópolis / Teatro Sebastião Pompeu de Pina): 1899年に建てられた、ピレノポリスの歴史的な建物です。現在は、修復され、劇場として機能しています。(ジェミニより)」

ここから今度は⑬にむかっていくと、地図ではわからないけれどものすごい下り坂になっており。その坂が終わってちょうど⑬くらいで緩やかな上り坂に変わり。通称「Rua do Laser(レジャーの道)」として、夜はなかなかおしゃれなレストラン街になるのでした。

 

 

素敵女子と早速とあるピザ屋にもぐりこみ。四角いピザをたべました。

おいしいけれど味が濃いですねえ。
 

 

ずるっこでジェミニくんに解説してもらいます。「この街で最も人気がある場所です。歴史的なルア・ド・ロザリオ (Rua Nossa Senhora do Rosário)の一角にあり、特に夜間のナイトライフと美食の中心地として有名です。植民地時代の建物を利用した多くのレストランやバーが並び、多様な料理(地元の料理やその他のブラジル料理)を提供しています。

生演奏(ライブミュージック)が行われることが多く、活気にあふれた雰囲気になります。

車両が通行止めとなり、歩行者専用となって、誰もがリラックスして楽しむことができます。

通りにはロマンチックな黄色の街灯が設置され、魅力的な夜の景観を作り出しています。」

残念ながら「地元の料理」は見つけられず。ピザだの焼肉だのブラジルだったらどこでもあるじゃん、みたいなのばっかりだった。

日本食があるよ!ということだったので、行ってみたら、なんか創作料理みたいのが出てきて、ベーコン入りの油ご飯という、そんな日本食あったっけ?チャーハンでもないし。。。。みたいな感じでした。

 

 

素敵女子が生物を食えないので、寿司頼は頼まず。こちらははまともなのがあるみたいです。。。

 

現地の料理はないのか?「レジャーの道」にはなく、監獄(ジビーノ博物館)をちょっとすぎた、23(〇がでてきませんでした)の場所にある大衆レストランで「Carne de Lata」を発見しました。日程の都合上食べる時間がなかったのですが、確かにおいしそうだった。たちまちメタボになりそうだけど。

 

Carne de Lataは、日本語にしたら「缶詰の肉」ですが、いわゆる工業製品の缶詰ではなくて、ラード(豚の油)に牛だのブタだの鶏だのの肉をぶち込んで、缶の中に密閉したらこうなった、みたいなやつである。

 

食い物もいいが、ピレノポリスは実は当てもなくうろつくのが一番いい町であり。

以下、3000字を超えてしまったので、ばらばら写真を添付しときます。

 

 

ではでは、と書こうとしたら、終わる前に、そうだ中国結社だった。

さっきの映画館、劇場の近くに、ブラジルならどこにでもあるかんじの大衆食堂があり。バイキング形式でいろいろな料理が並べられているのを、好きなだけ皿に盛って、盛った食い物の重さで支払う「量り売り」形式のやつ。

レストラン自身は「ここには中国人がいなくてすがすがしいねー」だったのですが、壁に飾られている装飾を見てびっくり

 

 

「春満江南 祥古富貴」ですか。

古来より富貴なり江南、今春爛漫なり。。。というと、洪門か青幇か?パラグアイでなにかあって、ここなら追手はくるまい、と逃れてきたのかもしれません。

レストランのオーナーはふつーのブラジル人のおばちゃんで、中国人とは一切関係ないよーとのことでした。巨大な扇についても、ゴイアニア(ブラジル高原部の商業都市)で買ってきたよーとのことであり。

素敵女子ともどもハチの巣になって発見される、というのもいやなので、それ以上は詮索しませんでした。ははは

ではでは

 

Posted by 猫機長
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フォワードスリップの妙味

地上を離れて空気の中を飛んでいる飛行機。風のかげんとかで、往々にしてまっすぐには飛べず、横滑りしたりしています。

というか、予定進路に向けてまっすぐ飛ぶためには、横から斜めからの風に対応して機首をセットしなければならず。どうしても事実上横滑り状態で飛ぶというのが多かったりします。

 

 

上の画像は、道路なりにまっすぐ飛んでいきたいが、左から横風がある時の例です。機首を左に向けて、まっすぐですが横滑りして飛んでいきます。あれ?

 

これを着陸経路でやると「クラブ」着陸になります。

着陸の時は、機首を風上にめぐらす代わりに、「ウイングロー」といって、風上の翼を下に傾けて、風の方にスリップという方法もあります。水平飛行の時はカニ歩きというかカニ飛び?「クラブ」がふつうです。

左がクラブ。右がウイングロー
 

 

スリップという言葉が出てきました。

3舵のつり合いを重視する飛行機操縦では、スリップはスキッドと共に本来は避けるべき行為であり。でも、旋回中はついラダーとスティックのつり合いが崩れがちで、ターンコーディネーターを見ながら、おっとっと!とつり合いを取っています。

赤い矢印がTurn Coordinator。操縦かんの左右にある青い矢印がラダーペダル
 

 

要すれば、ターンコーディネーターの黒い玉ころが常に指示窓の真ん中に位置するように操縦しています。

旋回におけるスキッドはラダーを効かせすぎたときにおこり。逆だとスリップを起こします。

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特にスキッドしながらの旋回では、翼端失速からのきりもみとかに入りやすいらしい。じゃあスリップならいいのというとそうでもなく、皆さんが操縦するときは、かっこよく45度旋回だ!なんてやろうとせずに、低傾斜でも手足の調子がとれたきれいな旋回を目指しましょう。

要すれば、スキッドにしろスリップにしろ、せっかくの揚力を奪い、飛行機を地面に落っことそうとする作用を生むということである。

ところが、場合によっては、早く落っこちなきゃ!という状況も生じ。

本当に落っこちたら大変ですが、落っこちるくらい急に降下する必要が生じることもあるということです。

戦闘機とかではないので、いっさんに急降下だ!なんてのはやらないし、やろうとすると空中分解です。といって、もう目の前が滑走路なのに、ぽけっとしていてすごく高い高度のまま来ちゃった!というときもあり。

ぽけっとしていなくても、初めて来る滑走路などは、事前に航空チャートで勉強し、かつGPSで確認していてもなかなか見つけることができず。目視できた時は真上だった、ということがよくあるのです。

そんなとき、のこのこのんびりの低速度のまま、ぎゅーんと一気に高度を落とす技術があるのです。

その名も「フォワードスリップ」

要すれば前進してスリップすることです。なんて小学生みたいな説明ではなく、横滑りによる降下を活用した高度処理です。

いよいよ小学生か?

パイロットの知能なんてみんな小学生レベルですからねえ。博士号を持つパロットもいますが。

さて、ぽけっと高度5000フィートで飛んでいたあなたは、標高3280フィートのとある滑走路直上まで、気づかずに飛んできてしまいました。

本当だったら4000フィートで降下開始したかったのですが、もう真上ですからねー

しゃあねえな、とまずはスロットルを絞り込んで、ほとんどアイドルくらいに落とし。

それから、ぎゅん、と操縦かんを左に倒し、同時に右ラダーをぐっと踏み込みます。

こうすると、機首がぐっと右に向き、機体はぎゅんと左翼を下にしてかしぎ。

ひゅるひゅるひゅるひゅる、と降下率10から15くらいで落っこちていきます。

昇降計。ふつーは降下率3から5くらいで降りていきます。
 

 

あさってを向いた機首(機体)と翼が作る90度の角度のちょうど真ん中つまり機体(翼)と45度くらいの軸線に滑走路がくるように調整します。

そうすると、いいぐあいに滑走路が迫ってくるので、滑走路端ちょっと前くらいで、ようそろー!と手足を戻します。

あとはフツーに着陸。

フォワードスリップは、わざと手足の調和をくずして、本来やってはいけない操作をあえて行うみたいなところがあり、免許取り立てのうちはなかなか怖くて。。。。ですが、なれると、横滑りしながら落りていくのが楽しくなり、わざと高めの高度で滑走路に接近とかして遊ぶようになります。

ただし、要注意!

この操作は、一種失速の一歩手前であり(なんてどんな飛行状態でもそうですけど)。以下、気をつけましょう

その1:機首は下向きに。機首上げでやると一気に失速するぞ!人工水平儀で、水平線より機首が下がっていることを確認しながら降りていけば安心。

その2:スロットルは閉じましょう。アイドルまでいかないでもいいけれど、つい手足の操作に気が行って、高回転のままでマニューバ開始してしまう傾向あり。こうするとスピードが高くなりすぎて機体に係るストレス(風圧)もやばくなるので、まずはスロットルを抜いて、通常の着陸降下速度からマニューバの速度域に収めるようにしましょう。

パイパーカブのフォワードスリップ


 

 

ところで、横滑り、というと「敵機から逃れるためのマニューバ」と思いつくマニアの人もいると思います。

「ジェネアビの神」高橋淳さんという人がいますが、戦中は爆撃機(一式陸攻)の操縦士で、尾部機銃手と連携して敵機を避けたとのことです。

敵戦闘機が後ろに迫り、機銃掃射だ!くるぞ!というときに機銃手がブザーのボタンを押すと、そのブザーを聞いた高橋さんはすかさず横滑りで機体をスライドさせて避けた、みたいな記載が「淳さんのおおぞら人生、俺流」という本に書いてありました。

似たような記載はいろいろなところで散見されますが、これまで「スライド」という部分に違和感を感じていました。

というのも、確かに「横滑り」ですが、実態上機首が横に旋回するだけで飛行機自体の進行方向は変わらないんじゃなかったっけ?という素朴な疑問があったのです。

敵機側から見れば、気銃弾は機首の軸線上に飛んでいきます。つまり撃たれる側がいくら横滑りしても、敵機と同じ軸線上を横滑りしていくだけなので、かえって被弾面積が大きくなるだけじゃね、と危惧するのです。

単なる横滑りだと、進行方向の変化は生じない。①から➁の時点で横滑りしても、③のとおり同じ軸線上にいるので、同軸線上の射撃を受けた場合避けることができない。
 

 

この疑問を解消するのに重要なようつべ動画を発見しました。みなさんご存じ343空が九州だっけ?でグラマンやコルセアを迎え撃った史実を忠実に再現したものですが、この中で被弾により継戦不能になった紫電改が滑走路に降りていくところを敵機に食いつかれ。あわや撃墜!の一瞬に、紫電改は見事な横滑りで敵弾をかわしたのですが、ここでは敵機と同じ軸線上ながら、横滑りによる一瞬の降下で敵弾を上方にそらしています。

「うまいもんだ」 15:00からご覧ください https://www.youtube.com/watch?v=cmE6ofDaRBM&t=130s
 

 

つまり、横滑りですが、敵機から見たスライドは上下方向だったということなのか?

一方、敵艦からの射撃を横滑りで「スライド」して避けたとかもあり、ほぼ水面近くで高度は下げられないところ。

急激な横滑りをやれば、敵弾を避けられるくらい横方向へ進路そのものの変動も生じたのか?

「零戦の操縦(青山智樹・こがしゅうと、ISBN978-4-7572-1734-8」という本では、下の図みたいに解説されています。

 

マニアのみなさんでこの辺分かる人がいたら教えてください。

 

いずれにしろ、空戦における横滑りは「体がちぎれるような強烈な横Gがかかる、とても危険な操縦法です(出典:永遠のパイロット高橋淳さん | ペダル踏み間違い事故防止)」だそうで、ぼくがやっているフォワードスリップなんて「ネコのあくび」、横滑りにも何もなっていないよ、ということなのかもしれません。

機銃をぶっ放して人殺しをしなくて済む世の中になり、ほっとしています。と書きましたが、ウクライナでは人殺ししまくりなのですよね。ウクライナへの侵略が一日も早く終わることを祈っています。

ではでは

 

Posted by 猫機長
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エンジンフードのお話

人間生きているといろいろな目にあい。ポルシェ356Aのいいかげんなレプリカに乗っていますが、ブレーキが壊れて「4ぬかと思った」みたいな体験もしながら、あちこち修理して乗っています。

ほかにもエンジンをほとんど再製造する羽目になったとか、電気部品が壊れてはてしないエンコが続いたとか、そのたびになんとか修理して、やっとまともに走ってくれるようになりました。

ブレーキ故障についてはこちら→「4んだかもしれん」

エンジンについてはこちら→「オイルだだ洩れ」

電気部品についてはこちら→「えんこ」

なかなかかわゆいポルシェ
 

 

さて。

いいかんじにエンジンとかが動くようになったら、それまでは目につかなかったところが気になるようになり。

それが「エンジンフード」

かぶと虫とポルシェのエンジンフード
 

 

リアエンジンなので、エンジンフードも後ろです。
 

 

かぶと虫はフードのそのものの外側に取っ手と鍵があり。ポルシェの方は車内からレバー(ケーブル)で開閉するタイプ。ドロ(悪人)に対する安全性や見栄えはポルシェの方がいいけれど、メンテンナンスが大変なのだった。

ぼくの乗っているレプリカは車体全体の作りこみがいい加減で、本来ならば鉄板一枚のエンジンフードが、無駄に分厚いFRPでごまかしたため、それほど大きくはないパーツなのに、機動隊の盾もびっくり、それこそ金庫のドアみたいにずっしりとなってしまいました。

そのエンジンフードを、やれ電気系統だやれキャブレターだ、とひっきりなしに開け閉めしていたため、ロック機構を引っ張るケーブルが切れちゃいました。

しかたなしに、これもぶちぎれて使用できなくなっていた廃品のアクセルケーブルで代用していたのですが、メカニカルは一巡して修理完成したので、いよいよこっちも。。。と、勇躍部品屋さんに向かい。

 

むりやりアクセルケーブルで代用していました
 

ポルシェと言っても部品はほとんどかぶと虫。でも、上で書いたとおり、かぶと虫は直接エンジンフードの取っ手で開閉なので、こちらはかぶと虫派生の「VWブラジリア」のトランクフード用のケーブルを流用していました。

ブラジルでしか生産していなかった「ブラジリア」
https://motortudo.com/volkswagen-brasilia-1976-lideranca-absoluta/
 

 

ケーブル https://soccolbarbieriecialtda.mercadoshops.com.br/MLB-3770142954-cabo-capo-vw-brasilia-completo-1714-_JM
 

 

さて、ケーブルを購入したはいいが、この先端にねじ止めする取っ手というかボタンを購入しようとしたら、あれ品切れじゃん?

仕方なく、部品屋のおやじといろいろねじの直径が合うやつを探し。

ライター用のボタンになっちゃいました
https://www.bunnitu.com.br/menu-de-carros/fusca/botao-do-acendedor-painel-vw-fusca-kombi-brasilia-variant-passat
 

 

なんかへなへなとたよりないボタンだなー、まあ作動には問題なさそうだからいいや。

さて、こうした旧車・怪車の部品を売っているような怪しい店の前には、ふつー流れ者の工員がたむろしており。酒を飲んだり、段ボール箱かなんかを机にドミノをしていたりするので、部品屋のおやじにちゃんと仕事できそうなやつを一人紹介してもらい。

部品屋の前で早速交換しました。

「Auto Pecas」が部品屋さん。駐車場に、勝手に車をばらしたりとか、思いおもいに流れ者のメカニックが、部品屋からのお客をつかまえてシノギをしています。
ちなみに、部品屋の左隣の「Puro Pano」は反物屋、右隣の「Otica」はメガネ屋です。
 

 

歩道の上に勝手に作業台をつくっているのだった。
 

 

さて、問題はケーブルではなく、ケーブルの先に設置したロック機構であり。

幸いこちらは交換する必要はなかったのですが、がちゃがちゃと調整すること2時間余、なんとかちゃんと開閉できるようになりました。

アルコールで拭きまくったけれど、まだライターの絵が残ってしまいました
 

 

これでなんとか開け閉めはできるようになったエンジンフード。でも、上で書いた通り、重い重いFRP製のまがい物なので、開けたはいいがとにかく重くて。。。と、つっかいぼうを入れておかないと開いたままの状態にできなかったのでした。

ポルシェ台無し。ははは
 

 

そこで、飛行クラブの管理人で、なんでも屋のお兄ちゃんに相談してみました。

おにいちゃんいわく、確かにバカみたいに重いが、うまく適切なダンパーをかませれば開いたまま維持できるじゃね?

そこで、1個余っていたコヨーテ(自家用機)用のダンパー(ドアの開閉用)を使い。フードの重さをうまく中和?できるような支点をブリキ板で自作して、てきとーにねじ止めしたら、うまくいきました。

軽飛行機コヨーテ
 

 

コヨーテのドアとダンパー
 

 

ポル公に試着してみたところ
 

 

ところで、上の方の写真の、空気取りいれ口グリルの中に写っている緑のへんな物体は何だ?

 

 

これは、雨がエンジンの電子部品(ディストリビュータ、Hallセンサー)に振りかかり、ショートを起こすのを防ぐための「水よけ」なのです。まあ傘みたいなものですねえ。

 

がんらいツインキャブだったエンジンを、整備の簡易さからシングルキャブに替えてしまったため、純正の「水よけ」だとキャブのフィルターに干渉してフードが閉まらなくなっちゃうので、そのへんの文房具屋さんで買ったプラスチック製のファイルバッグでいいかげんに空気取り入れ口に縛り付けておいたら、効果てきめんだったのでそのままにしていたのです。

でも、フードにダンパーを入れたりとか、ここまでくれば、この「水よけ」ももっとかっこいいのに替えたくなりますよねー

よしよしてきとーに自作してやろう。このていどならぼくでもできるよーん

新たなファイルバッグを購入。

透明ちっくなのが今回購入したもの。緑のは上の写真の「水よけ」材料と同じものです。
 

 

両面テープも使い。切ったり貼ったりしたら、こんなふうになりました。

透明のクリアファイルで、なんか高級ちっくになりました
 

 

 

 

その後、幸いオーバーヒートもなく、無事に走っています。

 

 

おまけ

エンジンルームに入り込んでDIYのじゃまをするクズネコ
 

 

ではでは

Posted by 猫機長
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無尾翼機のお話

以前、主翼と尾翼の間にある、切っても切れない恐ろしい腐れ縁について書きました。

記事はこちら→誰が尾翼をそうさせたか

 

飛行機というものは、主翼で揚力を得て空高く肥ゆるじゃなかった上がっていくことができるのですが、主翼だけではだめで、尾翼があってはじめてきりもみだのなんだのに入らず、フツーに飛ぶことができるのでした。

この場合、主翼が上向きの揚力を生むともに、飛行機をまっすぐ飛ばす安定性を得るために、尾翼では下向きの揚力を発生させて釣り合いを取っています。

https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-1261.html?sp
 

でも、尾翼なんて、飛行機が大嫌いな重量物、空気抵抗でまくり、かつ、せっかく主翼が作った揚力の一部を削減させてしまう、飛行機からみれば、パイロットの次に役立たずな、ただのごみじゃん、であり。

尾翼がなくても飛べる飛行機ってないのかなーというのが、意外と関係者間でまじめに研究されてきました。

その結果、ちゃんと無尾翼機とか、その仲間の全翼機とかで実用化されるまでになっていたのです。

一番有名なのがB2爆撃機。

https://www.flugzeuginfo.net/acdata_php/acdata_b2_en.php
 

 

でも、これは機体の安定のために相当コンピュータ制御に保っていると思われ。

そういうずるっこなしに、フツーの飛行機と同じくらい静的・動的安定のある無尾翼機ってないの?

パイロットが細心の注意で操縦すれば。。。というのならあるらしい。

例えば、Me163とかノースロップのN9とか。

Me163  https://forum.finescale.com/t/the-original-egg-plane-messerschmitt-me163-komet-testors-ex-hawk-1-48/257370
 

 

ノースロップN9 https://planesoffame.org/aircraft/plane-N9MB
 

 

無尾翼機がちゃんと存在していることはわかりましたが、どうやって尾翼なしで飛ぶのか?

それは、無尾翼機がへんな主翼を持っているからなのです。

どんなふうにへんなの?

まず、フツーの主翼はこんな感じ

全翼機の世界(全翼機とはなんだ(その2))
 

 

ご覧の通り、空力中心は翼を上に引っ張ろうとするし、重心下に引っ張るので、両者の場所が一致していない以上、翼はくるりとバランスを崩して回転しそうになってしまい。

安定どころではないのであった。

でも、尾翼の代わりに、主翼自体に下向きの揚力を発生するようにしたら?

S字キャンバー翼(反転キャンバー翼、あるいはプランク翼)というのが発明され。

翼型の種類と特徴 ー ライト兄弟の飛行機から現代の旅客機まで | 鳩ぽっぽ
 

 

この画像にある翼型のしっぽというか、とんがった先端あたりに注目ください。一番上のように、ぴゅっと上向いていたり、あるいは翼の下面が先端近くで水平尾翼みたいに下側に膨らんでいるのがわかると思います。

ううむわからん?という人に、S字キャンバーではないフツーの翼型(の一例)派こんな感じ

翼型の種類と特徴 ー ライト兄弟の飛行機から現代の旅客機まで | 鳩ぽっぽ
 

 

つまり、フツーは翼下面は平べったくて、上に膨らませて揚力を発生しているのだが、S字キャンバーは、後端を跳ね上げるか、あるいは下(先っぽ)にも膨らみを持たせるとかして、後端では下向きの揚力が生じるようにしたのであった。

こうすれば、翼前縁から中央とか、要するに大部分は飛行機を空に押し上げる上向きのプ揚力を生み。一方、後端のちょっとした部分で、翼がつんのめらないために必要な下向きの揚力を生み出して、水平飛行を可能としたのである。

へええええー!頭いいねえ。

こうしたプランク翼の典型にファウベル滑空機があります。

ttps://www.flickr.com/photos/125284960@N05/15109484278/in/photostream/lightbox/
 

 

なかなかかっこいいというかかわゆいというか、これを飛ばしていて操縦不能に陥ったという情報はでてこず。いがいと操縦が楽しいグライダーじゃね?

ちなみに、Me163や、無尾翼機じゃないけど「震電」もグライダーでプロトタイプを作り、いずれもとても操縦性がよかったとのことなので、無尾翼というのはグライダーにはむいているのかもしれん?

グライダーの場合は、燃料といった、機体の挙動によって重心が移動してしまったり、消費されるに従って重心点が変わっちゃった、というパーツがないので、無尾翼機みたいに重心移動にものすごくシビアな機体にはうってつけなのだそうである。

震電のグライダー型プロトタイプ 。正式名称は海軍空廠 MXY6 前翼型動力付滑空機 https://kcraft.biz/?pid=136910246
 

 

そのうち、ふつーの矩形翼よりも、後退翼の方がモーメントアームを稼げるんじゃね?ということに気が付き

ttps://www.flickr.com/photos/rkc01/28707741500
 

 

https://fdra.blogspot.com/2014/05/ala-voladora-northrop-n-9m-usa.html
矩形翼つまりまっすぐな翼のFauvel(上)と、後退翼のノースロップ(下)
 

 

モーメントアームというのは、がんらい尾翼のある飛行機の概念であり。要すれば主翼と尾翼の間の距離のことである。この距離が長ければ長いほど小さな尾翼でも安定できるという理屈なのであった。

https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-857.html?sp
 

 

つまり、後退翼にして、胴体近くは正の揚力を生むようにし、先端つまり空力中心より極力離れたところでこんどは不の揚力を生むようにすれば、ふつーの飛行機とはいかないまでもそれに近い感じにできるんじゃね?

全翼機の世界(全翼機とはなんだ(その2))
 

リピッシュという機体などで、こちらの発展を見ることができます。

上記の図では、翼の先端に「ねじり下げ」といって、ほとんど尾翼みたいな翼型になっているのであった。

 

その後、エンジンの付いている飛行機でも無尾翼機が生まれ。

NASAの太陽光動力機。エンジンというよりモーターだけど。
https://www.nasa.gov/image-article/page/2794/
 

 

後退翼にすると、方向安定性もよくなるというおまけもあった。

ここまでなら、無尾翼でもちゃんと飛べるじゃん、と思われるでしょうが、実は、ことはそう簡単でもなかったのだった。

なんとかまっすぐ飛ぶというならまだしも、旋回やフォワードスリップとか、要するに操縦性はどうよ?というのがあり。

素直な翼ではない、文字通りねじけた(ねじり下げた)翼です。

水平尾翼がないので、昇降舵もないのだった。ははは

仕方がないので「エレボン」といって、補助翼と昇降舵をむりやり統合してしまった。

垂直尾翼のあるやつ(Fauvel、コメート)とかはまだその程度ですんだが、真正のというか、垂直尾翼のない奴は、方向制御ために、エレボンのさらに先端に「ラダー」をつけ。これがぱかっと開くと空気抵抗になり、機首が抵抗の多いほうに向く、という、なんかアドバースヨーを逆用したような怪しい作動が必要になってしまった。

全翼機の世界(全翼機とは何だ(その4))
垂直尾翼のない真正無尾翼機の操舵舵面。
 

 

ちなみに、上の図ではフラップも示されていますが、ふつーはねじけた翼の全翼機には、フラップはつけられなかったらしい。

結局、無尾翼機といいつつ、垂直尾翼を残したコメートなどはそれなりに「成功」しましたが、真正のやつは実用化までは。。。というのが実情らしい。

単に挙動を制御しきれん、というほかに、着陸時に滑走距離が長くなりすぎとか、離陸も物凄く機首上げしないとうまく浮き上がらないとか、いろいろこまったクセに対応する技術革新が得られなったということなのですねー

きょうびはステルス性能優先でB2爆撃とかも飛んでいますが、この記事の初めに言ったように、コンピュータでむりやりまっすぐ飛ばしているということであり、残念ながらあまり望ましい発展ではないと理解します。唯一順調に行ったのが高速機つまりコンコルドやミラージュ戦闘機などにおける三角翼だと思います。

著しい機首上げ姿勢でないとうまく離着陸できん、というのは無尾翼機の重大な課題であり。コンコルドは、なんと機首が折れ曲がるようにして視界を確保するという荒業に訴え。

離陸時のコンコルド https://www.aeroflap.com.br
 

 

一方、パイロットの鍛錬に頼って、機首上げ上等!という力技により、多数の事故機を出したしまったのにカットラスがあります。

カットラス https://boomsonicprints.com/print-store/f7u-3m-cutlass-side-view/
 

 

カットラスはじめ、無尾翼機は、いったん空高く上がっちゃえば、空中での挙動はそれほど癖のあるものでもなかったらしい。でも、飛行機にとって最重要である、離着陸時の操縦性に難あり、ということで、残念ながら現在は忘れられた存在になってしまいました。

でも、将来は、全翼機なのか?リフティングボディなのか?なぞの旅客機も研究途上だそうで、未来には不思議な形の飛行機がいっぱい飛んでるかも?

3000字越えで打ち止め。

こうなるかも。未来の旅客機 3種の「見た目も中身も近未来すぎる旅客機」エアバスが発表 燃料は水素 2035年実用化へ (2020年9月21日) – エキサイトニュース
 

 

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ハンプ越えのお話

今回は、基本以下のリンクからの情報をもとに、いろいろなソースからの情報を加えて記載しています。

http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200507/zhuanwen40.htm

https://www.szkganz.seesaa.net/article/431864155.html

画像は特に出典の明記していないもの(というかほとんど)はこちらからお借りしました。

https://hk.aboluowang.com/2015/0531/564212.html

 

 

1942年、日本軍はビルマを占領し、援蒋ルートすなわちビルマ公路が封鎖され。米英物資援助の道を文字通り閉ざされた中国は、ついに日本に降伏か?の瀬戸際に。

日本人と中国人が殺しあうことで大儲けしていたアメリカ等は、それじゃおいしくないねえ。何とか戦争を継続させよう、と画策し。

でも、インドやビルマを通じた中国への補給は、ヒマラヤ山脈や砂漠、ジャングルなどありとあらゆる障害の中を何とか通れるよう、ビルマ公路を整備していたのに、ジャップによって封鎖されてしまった以上は、空を飛んで持っていくしかないじゃん、ははは、なんてあきらめかけたところで、あれそういえば輸送機っていうのがあるよね、と思い至り。

2025年の現在こそ、世界中でジェット旅客機が飛び回っていますが、当時はまだまだ馬車や牛車の時代であり(冗談ではなく、零戦は工場での組み立てが終わったら、牛車、あるいはペルシュロン馬車で、もよりの空港まで運んでいた)。航空輸送なんて夢のまた夢、だったのです。

しかし、アメリカではDC3の登場で大量航空輸送の先駆けみたいなのは生まれれ始めており。

東洋人たちの殺し合いを継続させるための物資輸送で、アメリカ人や中国人の若者をモルモットにして、大量航空輸送の実験をしてみようということになった。

こうして「ハンプ越え」が生まれました。ハンプというのはラクダのこぶのことであり、中国では「駝峰航線」と言っています。

 

 

この航空路は全長800キロ余り。当初は「北線」と「南線」がありましたが、日本軍の侵攻にともない北線のみとなりました。ディンジャン―プータオ(ビルマ)―雲竜(雲南省大理)―雲南駅(大理州祥雲県)―昆明と結び、天気によっては、ディンジャンからプータオ、麗江(雲南省)を経て昆明を結ぶときもあった。

フライトの一例としてはこういう記録があり

「ブラマプトラ渓谷の谷底はチャブアで海抜90フィート(27メートル)にある。この標高から、渓谷を囲む山壁は急速に標高10,000フィート(3,000メートル)以上まで上昇する。谷から東へ飛行したパイロットは、まずパトカイ山脈を越え、次に東側を標高14,000フィート(4,300メートル)の尾根、クモン山脈で区切られたチンドウィン川上流域を通過した。その後、西イラワジ川、東イラワジ川、サルウィン川、メコン川の渓谷に隔てられた標高14,000~16,000フィート(4,300~4,900メートル)の尾根を次々と越えた。この雄大な山々全体と、それを横切る航空路にその名を与えた主要な「こぶ」は、サルウィン川とメコン川の間にある標高15,000フィート(4,600メートル)にも及ぶサンツン山脈である。メコン川の東側では地形は明らかに緩やかになり、昆明飛行場(標高6,200フィート(1,900メートル))に近づくにつれて標高差も緩やかになる。」

ハンプ越えに使用された中国航空公司の輸送機と従業員
 

 

第2次大戦後に中華民国から共産政権へ移転され、五星紅旗のあるC47。https://www.jetphotos.com/photo/8787305
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%88%AA%E7%A9%BA%E9%9B%86%E5%9B%A3
 

 

距離的に言えば、東京から京都へ行って帰ってくるくらいで、それほど遠いというわけでもないのですが、「ハンプ」を構成する山脈がそびえたつ壁となって航路を阻み。1943年12月1日から1945年8月31日の間に東行きに156,977回飛行し(つまりに西行きにも同じ回数飛行した)、この間594機の航空機が墜落などで喪失、乗員乗客合わせて1,314人が死亡した。さらに81機の航空機、345人の乗組員が行方不明となった。

1945年7月31日に残存していた飛行機の数が640機とのことですから、ほとんど半減に近い損害じゃね?正確な統計は得られていないそうですが、想像を絶する危険な路線であったことは議論の余地がないと思います。

命からがら昆明に到着したC46
 

 

「らくだのこぶ」なんて一見のどかですが、ヒマラヤ山脈の峰々は、6,000mを超えるものが多数あり、最も高い地点では8,000mに迫るものもあった。このため、輸送機は「山岳地帯を越えるのに十分な高度に到達できず、迷路のようなヒマラヤの峠を通る非常に危険なルートを余儀なくされた」。

気象上も本来輸送機がのこのこ入っていくような場所ではなく。

「ルートは、ヒマラヤ山脈の存在によってかき混ぜられ、混ざり合った3つのユーラシア気団の真ん中に位置していた。南のインド洋からの湿った暖かい空気が高気圧を生み出して北に吹き荒れ、一方でシベリアからの冷たい乾燥した空気は南下した。これらの低気圧と高気圧は極端で、猛烈な風を生み出した。その風が世界最高峰の山脈という動かぬ塊にぶつかると、驚くべきスピードで上昇し、その後冷えてから恐ろしいドラフトとなって下降し、飛行機を驚異的な降下率で地上へと投げ飛ばした。雲塊内の乱気流は激しく、パイロットは突風でひっくり返されたと報告したが、行方不明になったために何も報告できなかったパイロットも多かった。」

夜間飛行に備えるC46
 

 

いろいろな輸送機が投入されましたが、C47(DC3)はもともと貨物機というより旅客機であり、重い貨物を載せたら床が抜けちゃう、みたいなのがあったため、主力として一回り大きなC46(貨物搭載量3.5トン。C47は1.5トン)が使用されました。

といっても、理想とは程遠く。「頻繁に機械的な故障に見舞われた(燃料漏れが翼付け根に溜まって爆発の危険となる傾向があった)。そのため「ダンボ」や「配管工の悪夢」、「空飛ぶ棺桶」といった不名誉なあだ名が付けられた。運用開始から5ヶ月で、C-46の20%が墜落した。1943年秋までスペアパーツが不足し、最初に送られた68機のC-46のうち26機が使用不能になった。」

「作業員たちは、1頭の象が12人以上の作業員が担う石油ドラム缶の運搬に相当することを発見した。」
 

 

とあり。B24 ベースのC87はデイビス翼によって「向かい風や横風の影響を大幅に軽減できる速度、ほとんどの気象前線を乗り越えられる実用上昇限度、そして乗組員が順風を追いかける「圧力前線」パターンで飛行できる航続距離など」はあったものの「4発エンジンにもかかわらず上昇が悪く、悪天候での飛行には不十分で、山岳地帯での軽度の着氷に遭遇しただけでも制御不能に陥る傾向があった。」そしてC54(DC4)は高空性能が足りず、輸送の主力にはなれなかったらしい。

荒れ狂う山岳航路でも、晴れてかつ気流の穏やかな日もあったらしい。

「晴れた日は、墜落した航空機の破片の反射する光に沿って飛行できるほどだったという。パイロットたちは戦友の航空機の残骸が散っている山谷を「アルミの谷」と呼んだ。このように非常に険しい路線だったので「駝峰航線」は「死亡航線」とも称された。」

「死亡航線」を生き延びた中国パイロット。陳文寛氏
 

 

そんな決死の輸送で墜落しても、「1,200人の乗組員が救助されるか、自力で基地まで歩いて帰還」したというからおどろき。専門の救助部隊も結成され、「救助活動のために2機のC-47と数機のL-5連絡機が割り当てられた。墜落現場にパラシュート降下して負傷した乗組員を救助するボランティアの衛生兵を募集」という記載もあり、人命救助にどこまで役立ったかはともかくこうした体制がとられたのは特筆すべきと考えます。

ビルマ公路での輸送量が1か月あたり1万トンとの記録があり。1939年から1942年までの3年で36万トンとなります。ハンプ越えでは1942年から1945年の3年間で65万トンという驚異的な数値を達成しました。

ところで。

この投稿の情報収集をしていた時に、とある国際郵便の写真が出てきました。

出典:「― GANさんの日本郵便史リサーチ ―」
 

なんと1943年、中国からアメリカ(成都-重慶-カルカッタ-カイロ-ラゴス(ナイジェリア)-ブラジル-トリニダード-マイアミ)へあてた手紙なのである。

重慶からカルカッタまではハンプ越えルートを経由したらしい。なんとか墜落せずに宛先に届いたという、奇跡の一枚ですねー

どんな内容の手紙だったのだろう。

「崎陽軒のシュウマイが高くなりました。いつか”でづにーらんど”というところに行ってみたいです」なんて書いてあったのかもしれませんね。

中華民国空軍のC46 https://www.airhistory.net/photo/586048/478627
 

蛇足です。C46は戦後日本でも使用されました


 

 

ではでは

Posted by 猫機長
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F1戦闘機に見る日本の人権レベル

こないだようつべでなかなか興味深い動画を見ました

 

 

見ていて、いかにも日本の国の現状を象徴する内容だなあ、とちょっと残念だったので、ここで掲載しておきます。

F1というのは、支援戦闘機というカテゴリーに入る超音速ジェット戦闘機です。

という一行が、すでにこの投稿のコアを語っています。

まず、支援戦闘機ってなに?

きょうびの言葉でいえば、攻撃機、戦闘爆撃機になります。でも、この飛行機が作られた1977年だったかでは、まだまだ国民の軍隊アレルギーが強く。

この当時は、中国だの北朝鮮だのはそれほど強圧的ではなかったのですが、国民自体が「軍隊なんて許さん」という鉄の意志を持っており。すなわち空軍ではない航空自衛隊の、攻撃機や爆撃機ではない、支援のための飛行機という名称になったのでした。

海上自衛隊で軍艦といわず護衛艦、陸自で歩兵や砲兵といわずに普通科、特科というのも同じ理由です。ぼくは母が空襲を逃げまどい、とにかく戦争なんて嫌だ!と実感を持って語っているという世代なので、こうした認識はとても大切だと思っています。

自衛隊の前身、警察予備隊のバッジ。鷹ではなく、鳩です。
https://auctions.afimg.jp/s806702122/ya/image/s806702122.2.jpg
 

 

ただの言いかえではなくて、北朝鮮や中国、ロシアが攻めてこないための自衛隊(軍隊ではない)。そしてそのための普通科連隊や特科連隊だ!という概念は、日本人が戦争で悲惨な体験をしたうえでの重要な学びであり、継続維持すべきものと考えています。

一方、1970年代で、すでに国産超音速戦闘機を作れる技術力を日本は持っていたわけで。この辺は素直に賞賛すべきと理解。

さて、上記の2点だけだったら、日本もすごいね!という幸せなエンドになるのですが、このブログの読者の皆様はすでにご存じの通り、ここから怪しい展開になっていくのでした。

念のため、ぼくは日本や日本人をおちょくる気持ちは全くありません。でも、海外在住の移住者として、やばいぞ日本人!このままじゃまた戦前に逆戻りだぞ!という危惧について記載させていただきます。

さて。

この動画において、F1戦闘機の特色について述べられていますが、もとはT2練習機からの派生であり。T2超音速練習機という優秀な機体ではあるのですが、やはりいろいろな制約も生まざるを得ず。

F1戦闘機そっくりのT2練習機 https://hs-tamtam.co.jp/product/detail/349347/
 

 

その最大なのがパワー不足で、「アフターバーナーを焚いても加速が出なかった、アフターバーナー焚いているのに気が付かなかった」というのがあり。F4とか当時の第一線の戦闘機に比べて推力が半分だったといいますから、対地攻撃とかはともかく、ミグ戦闘機に襲われたら相当心もとなかったものと理解します。

動画では、この辺「そこは自衛隊パイロットの腕の見せどころだぜ(8:12)」とコメントしていますが、はやくも戦時中の精神主義を感じてしまうのは私だけでしょうか。

非力なエンジンで性能を無理やり引き出そうとしたので、空気抵抗の少ない小さな翼になってしまい。燃料が入れられずに航続距離がはてな?(増槽を付けたら超音速性能がだいなし)になったとか、またこの動画では語られていない未確認情報ですが、はっきり言ってF1は安定性に欠けた、操縦のやばい飛行機だったといううわさも聞いています。

F1戦闘機の操縦席後のぽっこり突き出た部分には、慣性航法装置、レーダー警戒装置、管制計算機、オートパイロットが搭載されていた。
https://warbirdperformance.livedoor.blog/archives/13542062.html
 

 

その装備も世界最高峰のソ連軍を相手にするにはちょっと頼りなく。

13:42あたりか、無誘導爆弾をまるで誘導しているかのように的中させる射撃管制装置と、そのための神のような操縦を行う自衛隊パイロットが賞賛されていますが、でもそのころアメリカでは別に神でも何でもないふつーのパイロットがテキトーに発射ボタンを押せば自分から標的に命中してくれる誘導弾が生まれていたのですよね。。。。

11:25あたりでも、アメリカの新鋭F16二機対F1六機、つまり1対3の非対称戦でもF16が優勢なのを、自衛隊が工夫して勝つという場面がありますが、勝つ理由の一つに、米軍パイロットの飛行時間200時間に対し自衛隊は2000時間だった、とあり。

これって、太平洋戦争初期に日本の大ベテランのゼロ戦乗りが新米の乗っている米軍機をばたばた落としたのと同じなのでは?

アメリカが飛行時間の少ないパイロットを無数に展開し、機体の性能向上で勝っているときに、自衛隊はパイロットの練度に頼っているとしたら、熟練パイロットが払底したのちに起きる悲劇について考えていないのでしょうか。

自衛隊の稼働期間はせいぜい2週間で、その先は米軍に肩代わりしてもらう、という想定はわかりますが、ウクライナなんて2年近く続いていますよね。

要すれば、日本は「マリアナの七面鳥撃ち」を忘れてしまったのでしょうか。

*七面鳥撃ちについての説明はこちら→「ジープ空母」

日本パイロットの墓場、マリアナ
https://www.travel.co.jp/guide/matome/815/
 

 

労働者の職人芸に頼るのは、「自衛隊のパイロットはすごい(14:00)」というコメントでも強調されています。

結局、「装備に劣る部分は人材側の努力で補う」そして「補って余りある熟練自衛隊パイロットを称賛する」というストーリーになっていて、見る側も一緒になって熱狂していることがうかがえます。

用兵者(国家指導層、軍上層)が無能で、勝てない敵に「日本人は強いから」とむりやり戦争を仕掛けた体質が残ってしまっているのではないでしょうか。

日本人が世界を驚かす職人芸を発揮しているとき、その職人芸は何を目標として発揮されているのでしょうか。この動画の日本人パイロットたちは確かに超人的な能力を持っていますが、それがどこまで国防に役に立つのでしょうか。F16をやっつけるより「こんな飛行機にはパイロットは乗せられない」そこで「パイロットを乗せられる飛行機はどんな」あるいは「ドローンにすればパイロットなんていらないじゃん(おっとドローンの操作を行う人は必要ですね)」というように、本来の目的に向かった思考を持つ必要があると理解します。

もちろん、訓練は重要ですが、日本人はその点はもう120点なので、それより訓練の限界はここだから、限界を補うためのその先はどうするということをパイロット(労働者)に押し付けないで指導層がイノベーションしていく必要があるといいたいのです。

これまでエアロスバル、YS11など、機体個体の性能や特色について書いてきたのですが、今回は機体そのものより、それを使う人側の見識、常識についてのお話になってしまいました。

この記事を読んで、そうかすごい性能を持った戦闘機も、超人的なパイロットも実は必要なくて、そもそも戦争なんてしなくてもよいように、戦う前からしゅーきんぺーの野郎や黒電話頭の野郎を抑え込むことのほうが重要だな、と思い至っていただけた人がいればと思っています。

日本は、この抑え込みをこれまでみごと達成してきたじゃないですか。

日米安保条約によって、吉田首相の時代から、見事「他人のふんどしで相撲を取る」体制の確立に成功した日本は、トランプの野郎がどういおうが、日本の防衛のためにアメリカ人の血を流すというとても都合のいい条約をこれからも強化していきましょう。

でも、もっと重要なのが、中国との間のように、いい意味で腐れ縁になることである。インバウンドで中国人が殺到し、わあわあがあがあと日本の観光地が豚小屋になるのはいやだ!という気持ちはわかりますが、こうした交流(商売)を強化して日本、中国ともに戦争なんて仕掛けたら結局自分が損する、という状況にもっていくのが大切と思います。

戦争以外の金もうけのほうが儲かるよ、という関係を築きましょう。
https://www.nanmuxuan.com/zh-hk/classic/fasdfccatyn.html
 

 

日本に軍隊はいらないのか?

いらないといいたいのですが。。。。ウクライナ以後、まるで19世紀もびっくりの低能な侵略戦争が現実になったという状況をかんがみれば。。。。

ただ、自衛隊は、ぜったいに旧軍になってはなりません。そして、実戦経験のない組織、かつ、社会から見捨てられたどうしようもないクソガキをだまして営内に連れ込み、その性根をたたきなおして一人前の男にする組織であり続けることを願っています。

*最後の一文は、ぼくが昭和の屑野郎だから書きました。令和では、愚連隊やチンピラはもういない、意識の高い若者の国になったようですね。

ははは

ではでは

 

 

 

Posted by 猫機長
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風防と窓枠

みなさんが駅前を歩いているとき、あああ突風だー!と、傘だのカバンだのをもぎ取られそうになったことはないでしょうか。

この時の風速は12m/sくらいか?

気象庁・各気象台が用いている基準によると、以下の図みたいになります。

「リスク対策.com」より https://www.risktaisaku.com/articles/-/40193
 

 

スピードの遅い軽飛行機でも、離陸時の速度が41ノットくらいで、これは台風の時と同じくらいの風速らしい。巡航速度となると85ノットで「非常に強い台風」と同じくらい強烈だそうです。

9
20.8 m/s (41 knot)
台風88.2Km/h

10
24.5 m/s (48 knot)

11
28.5 m/s (56 knot)

12
32.7 m/s (64 knot)
強い台風117.2Km/h

43.8 m/s (85 knot)
非常に強い台風157.68km/h

54.1 m/s (105 knot)
猛烈な台風194.76km/h

Wikipediaによる区分

風速 – Wikipedia

 

 

黎明期は吹きさらしで飛んでいた飛行機も、次第にすっぽりと風防がかぶさるようになり。

黎明期の旅客機 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln8/DH66.html
 

 

これは飛行機だけの専売特許ではなく、白バイとかも大きな風防を装着しています。

https://www.pinterest.co.uk/pin/pictures-photos-from-chips-tv-series-19771983–276549233344289783/
 

 

 

白バイの風防は、まるで風上に衝立をたてているみたいで、空気抵抗でまくりですが、その陰に隠れるライダーは「台風もびっくりの強風」から身を守られ。疲労の度合いを著しく低減できるらしい。

衝立型の風防は、白バイのおまわりさんが1日を通じて楽な姿勢で操縦するための装置ですが、レース用のバイクになると、空気抵抗を減らすためにライダー自体がオートバイにへばりつくような姿勢になり。

この場合の風防は、搭乗者を守るというより、空気抵抗を減らして速度性能を極限まで引き出すのが目的となります。

https://scontent.fbsb8-1.fna.fbcdn.net/v/t1.6435-9/53046721_1128091794036913_4710854219131781120_n.jpg?_nc_cat=105&ccb=1-7&_nc_sid=13d280&_nc_eui2=AeEnb4fKM7ouwsonBO9j2jiT9Y-nFFcOKnT1j6cUVw4qdJ7lVHkdeMi_YiEn6cgAbbSYYjCcVJB-ZTIm4lx3-2Yz&_nc_ohc=iMFXS0jT90UQ7kNvgHRJC_a&_nc_ht=scontent.fbsb8-1.fna&oh=00_AYAUvtlohITlFSVUgSlhyaqHzXK-1cRHZBQnkjwTCJGi4w&oe=66ABED0C
 

 

飛行機の場合は、そもそもある程度のスピードとそれに伴う適切な風圧、でも人間から見れば、ぎゃああー!台風だー!という烈風の中でないと離陸できません、ということで、風防は、飛行機自体の空気抵抗削減と搭乗員の保護の両面から必須となっています。

第1次大戦時の複葉機では、機首に装備した機関銃の後ろくらいに透明の衝立を置き。

フォッカーDR1のコックピット。機関銃の間に風防。
Fokker Dr. I Dreidecker 1917 | Military Aviation Museum
 

 

ソッピース・キャメルの例 https://br.pinterest.com/pin/374643262769089409/
 

 

単葉機の時代になると、もっと立体的な風防が現れはじめ。

96戦の風防https://www.jiji.com/jc/d4?p=ina817-scn130896002&d=d4_mili
 

 

最初はコクピット前面のみで、操縦席自体は吹きさらしでしたが、パイロットが「顔に当たる風でスピードを判断」しなくても正確に速度を提示してくれる速度計が登場してから、コクピット全体を覆うものに変化してきました。

過渡期の形状https://makeshop-multi-images.akamaized.net/hobbyland/shopimages/73/41/7_000000104173.jpg?1678209902
 

このへんで、時代は格闘戦至上主義から一撃離脱へと変化し。風防の役割も搭乗者の保護より機体の空気抵抗削減が重視されるようになり。ファストバックと言って、風防後部は胴体と同じラインとなった形が一般的になりました。

P47のファストバック式風防 http://www.hasegawa-model.co.jp/product/02099/
 

 

しかし、実戦の場においては、ファストバックで後ろが見えないというのは重大な欠陥となり。せっかくファストバックにしたのに、空気抵抗でまくりのバックミラーを追加するなどの修正が必要になってしまった。

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spitVtrop/04.html
 

 

 

その結果、涙滴型風防に置き換わっていきました。

涙滴型風防に変化したP47 http://www.hasegawa-model.co.jp/product/02099/
 

 

P47の新旧コクピット https://www.pinterest.jp/pin/766386061571406718/
 

 

こういったわけで、プラモや写真を見ると、欧米や独ソの戦闘機はファストバック型が多いのに比べ、日本の戦闘機は「飛燕」「五式戦」や「雷電」をのぞき、涙滴型なのがわかります。

https://onemore01.blog.ss-blog.jp/2016-09-29-2
 

 

日本の場合はいつまでも格闘戦至上が抜けなかった、というか、一撃離脱のできる大馬力エンジンが作れなかった、という事情もあるのでしょうが、前も後ろもよく見えるというのを重視した。

その中でも、次第に洗練された流線形になっていったのがわかります。

隼の風防の変遷
上がI型 1/144 プラスチックモデルキット 陸軍 一式戦闘機 隼1型 Platz (プラッツ) (ms-plus.com)
下がII型 Ki43-III 一式戦闘機 隼3型デカールセット(1/72) – v1models – BOOTH
 

しかし、涙滴型風防を作り量産するには、それなりの技術が必要であり。

飛行機の風防はだいたいアクリル樹脂というかプレキシガラス製ですが、その整形がなかなか難しかったらしい。

流線形と言えば流れるような曲面が重要ですが、これを見事体現したのにアメリカの風防があり。P51やP47等、大戦終期に大いに生産されました。

P51の風防 https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-d6dd077b46dc6dfad0d53c06fa7bdc58-lq
 

 

でも、大戦前は、まだまだ曲面は最小限に抑え、窓枠で区切った風防が主流であり。F4Uに至っては、初期型は胴体に埋もれたみたいだったのが、次第に「マルコム型」の、ぽこんと丸い風防を装着し、空気抵抗の低減とパイロットの視界確保に貢献しました

F4Uの初期型(上)と後期型(下)の風防https://www.reddit.com/media?url=https%3A%2F%2Fi.redd.it%2Fb3wtoliyngdc1.jpeg&rdt=37219
 

 

ちなみに、マルコム風防はイギリスのスピットファイアで多用され、初期型のP51などにも流用されたらしい。

スピットファイア  スピットファイア Mk.Ia Supermarine Spitfire Mk.Ia Tamiya 1/48 part-2 (soyuyo.main.jp)
 

 

ファストバックにマルコム風防のP51
Malcolm Hood’s Instagram, Twitter & Facebook on IDCrawl
 

 

一方、涙滴型の採用では世界に先んじた日本も、風防自体は窓枠だらけになってしまいまいました。

零戦の風防 http://underzero.net/html/tz/tz_385_1.htm
 

 

アメリカのような全面一体成型(以後一体型とします)とはいかないまでも、隼みたいに、いいかんじのところまでは行けたのですが、特に海軍の場合、窓枠だらけの風防が多くなってしまい。

この理由として、いろいろ言われていますが、だいたいコンセンサスを得たのに以下があり(特に技術的な裏付けはありません。マニアたちの推定です)。

◎成型技術。作ろうとすればアメリカ式のも作れたが、当時の日本の技術では、分厚くなり。ならなくても透明でなくなってしまった。

◎曲面ガラスは、光の乱反射をもたらし、外に写る景色がゆがんでしまった。

◎海軍が窓枠だらけなのは、極力平面のガラスとして、乱反射を防ごうとしたため。さらに、着艦などの狂った衝撃も考慮する必要があった。陸軍では、多少視界がゆがんでも空気抵抗重視の一体型が使えた。

◎窓枠型は、枠で囲まれたガラスが破損しても、そのガラスを取り換えるだけで済んだ。一体型は、風防全体の取り換えが必要となり、部品備蓄のスペースがない空母では窓枠型にするしかなかった。

◎ガラスはアルミやジュラルミンに比べ重く。窓枠の分だけ軽くできた。

などなど。

でも、個人的にはそもそもの成型技術に難があったのではないかなーと思います。戦中に技術が向上したのか、海軍でも紫電等になってくると窓枠が減少しています。

日本もびっくりの窓枠風防を多用したのがドイツ。

JU88 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln4/290Ju87.html
 

 

 

Bf109 https://br.pinterest.com/pin/482659285064000242/
 

 

ウーフー偵察機 https://pit-road.jp/l4803/#L4803%201/48%20WWII%20%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E7%A9%BA%E8%BB%8D%20%E5%81%B5%E5%AF%9F%E6%A9%9F%20%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%B1%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%95%20Fw189%20A-2
 

 

でも、Fw190は最初から一体成型の涙滴(見ようによってはファストバックともいえるけど)なんですよねー

Fw190 https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-68952aa3aac16f060ffec129e9972522-lq
 

 

泣く子も黙るドイツの技術力では、一体成型だろうと窓枠型だろうと作れたが、カクカクととんがった窓枠型の方がドイツ人の美的感覚にマッチしたのかもしれん。

*というより、乱反射を嫌がったのが真相と思います。

美的感覚というと「涙滴型なのに風防後部は鋼製」という、利点をぶち壊して欠点(乱気流増加)を引き出そうとしたようなのもあり。

イタリアの戦闘機がおおむねそんなのなのでした。

マッキMC202 http://www.spmodelismo.com.br/howto/am/mc202.php
 

 

この場合は、やっぱり重量増加と共に、成型技術がまだなかった時代だったのだと思います。

この辺はアメリカも一緒で、P35も後部風防の曲面の部分はガラスをあきらめています。

P35 https://www.armedconflicts.com/Republic-P-35A-t43562#valka_group-2
 

 

今日では技術革新は頂点に達し。文字通り360度ほぼ全周が見渡せます、というのも生まれています。

F16の例 The extremely limited space of an F-16 cockpit [1000×667] : r/WarplanePorn (reddit.com)
 

 

 

一方、よく見えては困る、という飛行機も生まれてしまいました。

それがB52。

https://wired.jp/2014/05/28/b-52-gets-first-full-it-upgrade/
 

 

もちろん、通常の飛行ではよく見えたほうがいいのですが、戦略爆撃機という性格上、原爆を落としたときにその閃光にさらされることが想定されており。コクピットの内側に遮光カーテンがあって、爆撃時はこれでふさいで閃光が通らないようにする、というのをトム・クランシーの小説だったか?で読んだことがあります。

B52のコックピット https://www.flickr.com/photos/isaiasmalta/3200274538
 

 

F16とかの場合は、そもそも閃光の影響を受ける距離での飛行を想定していないか、あるいはバイザーで閃光を遮るということなのだと理解します。バイザーでさえぎることができるかは疑問ですけど。。。。

最後は脱線でした。

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
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「送り込み」は奥義かずるっこか

今回はものすごくニッチな剣道おたくの話題になってしまいましたが、実は投資や恋愛にも応用できる内容と自負していますので、剣道なんてばっちいのやだ!というヤングのみなさんもぜひお読みいただけると幸いです。

 

さて。

最近の全日本剣道大会のビデオを見ていると、緋村剣心もびっくりの、流星のような打ちによって、目にもとまらぬ以前に、ぜんぜん見えません、という恐ろしい進化を遂げているようです。

でも、実はどっかで見たことがあるような?

なんか、流星の打ちですが、打ちの軌跡というか刃筋というかが途中ですとんと変化するような感じじゃね?

よく考えてみたら、昭和の青少年はよく知っているあれだねーということに気が付きました。

その名も「直角斬り」

小山ゆう「おれは直角」https://middle-edge.jp/articles/T3u9U
 

 

マンガなので、直角に大きく軌跡が変わっていますが、全日本選手権のほうは、なんか気のせいじゃね?くらいの繊細なレベルなのだった。

繊細ではあるが気になり。

だってまっすぐ大きく振る、が小さくシャープになるのはいいけど、刃筋が変わるなんて、ありうるのだろうか?

 

文明開化の世の中なので、Google Geminiに聞いてみました。

「今日の全日本剣道選手権大会を見ていると、打ちの途中で刃筋が変わるというか、竹刀の軌跡が変化するような印象を受けますが、単なる印象でしょうか。」

 

じぇみにくんから衝撃の回答が。(要約・編集してます)

「そのように感じられたのには、いくつかの理由が考えられます。

全日本剣道選手権大会のようなトップレベルの試合では、非常に速い動作の中で、以下のような技術的な要素が影響している可能性があります。

竹刀の「送り込み」:

相手との間合いや体勢に応じて、打ち込みの途中で僅かに軌道修正(送り込み)をしたり、相手の動きに合わせて竹刀の操作を微調整します。

打突部位への正確性:

少しでも有効打突の部位を捉えようと、打ちの終盤で手首や指先で微調整を加えることがあり、それが竹刀の軌跡が変わったように見えることがあります。

「刃筋」への意識と現実の動作:

剣道では、真剣で斬るのと同じように「刃筋正しく」打つことが基本ですが、競技としての剣道では、速い動きの中で「一本」を取るために、理想的な刃筋からわずかにずれることもあります。

現代剣道では、指先を使った竹刀の操作が非常に洗練されており、その微細な操作が観客の目には「軌道が変化した」あるいは「刃筋が変わった」という印象を与えることがあるかもしれません。(ここで引用終わり)」

 

おおおおー?

本当に「意識的に刃筋を修正」して、有効打突の部位に「送り込んでいる」だと???

現在剣道の選手は神か?ひええええー

 

まさに「神の指先」による「微細な操作」であり。当たっているときには刃筋正しくびしっと!なので、有効な一本であること自体には誰も異論はないと思います。

一方で、「速い動きの中で一本を取るために、理想的な刃筋からわずかにずれる」というか、意識的に指幅一本分とか?ずらしているってことじゃん!

素質に恵まれた限られたエリートにしかできないことだと思います。わかりやすく言えば、軽飛行機乗りとイーグルドライバーの差ですねえ。

F15イーグル。五輪メダリスト並みのアスリートでないと乗りこなせないらしい
(PIXABAY無料画像)
 

 

考えるのは、これを真剣でできるか、ということです。

全日本選手権の猛者はガタイも体力もあり、真剣でもやると思います。

ただ、それがふつーの剣道の技能かというと、やっぱり試合に勝つために特化した進化(退化とは言っていませんよ)と思います。

 

みなさんは、面打ちを習うときに

「それでアメリカ兵が斬れるかー!」とか叱咤されたと思います。

ぼくの世代は軍隊には取られずに済み。兵隊世代の先生から「昔はそういわれたんだぞー、みんなもアメリカ兵の鉄兜をぶち割るつもりで打てー」といわれながら育ちました。

 

別に米兵を斬るのと、全日本で勝つののどちらが正しいのかといっているのではありません。

でも、アメリカ人の頭をかち割るには、意外に力ではだめで、冴えが必要だなーなんて工夫し、その工夫の一つに、多少当たり所がずれようが大きくまっすぐやれば刃は正確に入っていくという理解から、自分から刃筋をずらす(繰り返しますが、ずれてはいてもちゃんと立っていますよ)なんていうことは想像もしなかったのだった。

角の立った寿司。刃筋がずれても立っていれば、人の肉でもこういう角がたった切り口になるらしい https://hitosara.com/0006079316/
 

 

昭和の終わりとでもいうのですかねーぼくの世代の習った剣道は、今日の茶の間で見るスター選手たちの剣道ともまた違っており。

逆二刀上下太刀です。
 

 

以下は二刀の考えですが、一刀もおなじと思っています。

対戦相手と正対したならば、姿勢を崩さずに交刃の間合いに入り。

小太刀でぐっと相手の竹刀を抑え、相手がつんのめる、フリーズする、下がろうあるいは出ようとする、その「う」の瞬間に大刀が相手の面を打っている、という、単純な竹刀同時操作がすなわち基本であり目指すところである。

 

この場合、相手は太刀を抑えられて体制を崩されることになり。崩れてしまえばあとは打つだけです。

何を言いたいのかというと、打つというのは実は単なる結果であって、本当は崩すことこそが勝負なのである。

これを「技前(わざまえ)」とか「攻め」とかいうのですが、この「攻め」が効いていれば、相手はいわば面をさらけ出した感じでフリーズしてしまうので、気が付いたら面を打っていました、となります。

つまり、送り込みとかなんて全く不要であり、こちらが素直に大刀を落としたまっすぐその先に相手が面を差し出してくれるのである。

野球で「球が止まって見える」といった選手がいたようですが、似たような感覚かもしれん。「相手の面がぐっとせりだして見える」。

 

一方、技が決まるというか、竹刀が打突部位に当たる直前に、「指先による微細な操作」で相手の面(打突部位)の動きに追随するというのは、いっちゃわるいが「攻め」が効いていないってことじゃね?

この場合は、相手はまだ攻め負けておらず、「面を動かせる」状態ですからねー

昭和の剣道における正中線の攻め。この動画では佐藤選手に注目してください。

 

 

 

みなさんは、零戦のプラモを組んでいた時、無駄に窓枠の多いキャノピーが、あのへんな機銃覆いのふくらみにうまくはまらずに狂乱したことはないでしょうか。

へたくそだと、田宮のキットでも見事に失敗しますが、うまい人になると、たとえ得体のしれないポーランドのキットでもぴたりと合わせます。

これは、合わせる前にキャノピーだのふくらみだのを削ったりパテうめしたりして見事に整形しているからなのである。

このパテ埋めだのなんだのを、剣道でいえば技前・攻め、そしてかちゃりとキャノピーと胴体を組み込むところを技と思っていただければわかりやすいと思います。

 

つまり、「送り込み」で「刃筋を修正する」というのは、パテ埋めが足りなくて、組むその時にキャノピーをちょっとだけ右(左)にずらしてごまかした、というのと同じじゃん、なんて思ってしまうのである。

 

これはあくまで個人的な考えです。とある先生にこういう話をしたら「へへん攻めなんて20年前の話で、今はみんな忘れているよ」とせせら笑われてしまいました。ははは

 

勝つということは重要ですが、全日本とかになればやっぱり内容も問われますよねーアルゼンチンみたいに、日本が相手だろうがオランダが相手だろうが1対0で勝つ(1点差で逃げ切る)、みたいなつまんねーのじゃなくて、82年のブラジル対イタリアみたいな、勝ち負け以前にみんなが喝采するような試合ができたら、なあんて、すみませんサッカーになってしまいましたが、剣道もそういうのがいいと思います。

剣道だったら、この動画の大将戦みたいに前へ出る面2本で勝ちたいですね。https://www.youtube.com/watch?v=X2Rkcqe331U
 

 

ではでは

 

Posted by 猫機長