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「送り込み」は奥義かずるっこか

今回はものすごくニッチな剣道おたくの話題になってしまいましたが、実は投資や恋愛にも応用できる内容と自負していますので、剣道なんてばっちいのやだ!というヤングのみなさんもぜひお読みいただけると幸いです。

 

さて。

最近の全日本剣道大会のビデオを見ていると、緋村剣心もびっくりの、流星のような打ちによって、目にもとまらぬ以前に、ぜんぜん見えません、という恐ろしい進化を遂げているようです。

でも、実はどっかで見たことがあるような?

なんか、流星の打ちですが、打ちの軌跡というか刃筋というかが途中ですとんと変化するような感じじゃね?

よく考えてみたら、昭和の青少年はよく知っているあれだねーということに気が付きました。

その名も「直角斬り」

小山ゆう「おれは直角」https://middle-edge.jp/articles/T3u9U
 

 

マンガなので、直角に大きく軌跡が変わっていますが、全日本選手権のほうは、なんか気のせいじゃね?くらいの繊細なレベルなのだった。

繊細ではあるが気になり。

だってまっすぐ大きく振る、が小さくシャープになるのはいいけど、刃筋が変わるなんて、ありうるのだろうか?

 

文明開化の世の中なので、Google Geminiに聞いてみました。

「今日の全日本剣道選手権大会を見ていると、打ちの途中で刃筋が変わるというか、竹刀の軌跡が変化するような印象を受けますが、単なる印象でしょうか。」

 

じぇみにくんから衝撃の回答が。(要約・編集してます)

「そのように感じられたのには、いくつかの理由が考えられます。

全日本剣道選手権大会のようなトップレベルの試合では、非常に速い動作の中で、以下のような技術的な要素が影響している可能性があります。

竹刀の「送り込み」:

相手との間合いや体勢に応じて、打ち込みの途中で僅かに軌道修正(送り込み)をしたり、相手の動きに合わせて竹刀の操作を微調整します。

打突部位への正確性:

少しでも有効打突の部位を捉えようと、打ちの終盤で手首や指先で微調整を加えることがあり、それが竹刀の軌跡が変わったように見えることがあります。

「刃筋」への意識と現実の動作:

剣道では、真剣で斬るのと同じように「刃筋正しく」打つことが基本ですが、競技としての剣道では、速い動きの中で「一本」を取るために、理想的な刃筋からわずかにずれることもあります。

現代剣道では、指先を使った竹刀の操作が非常に洗練されており、その微細な操作が観客の目には「軌道が変化した」あるいは「刃筋が変わった」という印象を与えることがあるかもしれません。(ここで引用終わり)」

 

おおおおー?

本当に「意識的に刃筋を修正」して、有効打突の部位に「送り込んでいる」だと???

現在剣道の選手は神か?ひええええー

 

まさに「神の指先」による「微細な操作」であり。当たっているときには刃筋正しくびしっと!なので、有効な一本であること自体には誰も異論はないと思います。

一方で、「速い動きの中で一本を取るために、理想的な刃筋からわずかにずれる」というか、意識的に指幅一本分とか?ずらしているってことじゃん!

素質に恵まれた限られたエリートにしかできないことだと思います。わかりやすく言えば、軽飛行機乗りとイーグルドライバーの差ですねえ。

F15イーグル。五輪メダリスト並みのアスリートでないと乗りこなせないらしい
(PIXABAY無料画像)
 

 

考えるのは、これを真剣でできるか、ということです。

全日本選手権の猛者はガタイも体力もあり、真剣でもやると思います。

ただ、それがふつーの剣道の技能かというと、やっぱり試合に勝つために特化した進化(退化とは言っていませんよ)と思います。

 

みなさんは、面打ちを習うときに

「それでアメリカ兵が斬れるかー!」とか叱咤されたと思います。

ぼくの世代は軍隊には取られずに済み。兵隊世代の先生から「昔はそういわれたんだぞー、みんなもアメリカ兵の鉄兜をぶち割るつもりで打てー」といわれながら育ちました。

 

別に米兵を斬るのと、全日本で勝つののどちらが正しいのかといっているのではありません。

でも、アメリカ人の頭をかち割るには、意外に力ではだめで、冴えが必要だなーなんて工夫し、その工夫の一つに、多少当たり所がずれようが大きくまっすぐやれば刃は正確に入っていくという理解から、自分から刃筋をずらす(繰り返しますが、ずれてはいてもちゃんと立っていますよ)なんていうことは想像もしなかったのだった。

角の立った寿司。刃筋がずれても立っていれば、人の肉でもこういう角がたった切り口になるらしい https://hitosara.com/0006079316/
 

 

昭和の終わりとでもいうのですかねーぼくの世代の習った剣道は、今日の茶の間で見るスター選手たちの剣道ともまた違っており。

逆二刀上下太刀です。
 

 

以下は二刀の考えですが、一刀もおなじと思っています。

対戦相手と正対したならば、姿勢を崩さずに交刃の間合いに入り。

小太刀でぐっと相手の竹刀を抑え、相手がつんのめる、フリーズする、下がろうあるいは出ようとする、その「う」の瞬間に大刀が相手の面を打っている、という、単純な竹刀同時操作がすなわち基本であり目指すところである。

 

この場合、相手は太刀を抑えられて体制を崩されることになり。崩れてしまえばあとは打つだけです。

何を言いたいのかというと、打つというのは実は単なる結果であって、本当は崩すことこそが勝負なのである。

これを「技前(わざまえ)」とか「攻め」とかいうのですが、この「攻め」が効いていれば、相手はいわば面をさらけ出した感じでフリーズしてしまうので、気が付いたら面を打っていました、となります。

つまり、送り込みとかなんて全く不要であり、こちらが素直に大刀を落としたまっすぐその先に相手が面を差し出してくれるのである。

野球で「球が止まって見える」といった選手がいたようですが、似たような感覚かもしれん。「相手の面がぐっとせりだして見える」。

 

一方、技が決まるというか、竹刀が打突部位に当たる直前に、「指先による微細な操作」で相手の面(打突部位)の動きに追随するというのは、いっちゃわるいが「攻め」が効いていないってことじゃね?

この場合は、相手はまだ攻め負けておらず、「面を動かせる」状態ですからねー

昭和の剣道における正中線の攻め。この動画では佐藤選手に注目してください。

 

 

 

みなさんは、零戦のプラモを組んでいた時、無駄に窓枠の多いキャノピーが、あのへんな機銃覆いのふくらみにうまくはまらずに狂乱したことはないでしょうか。

へたくそだと、田宮のキットでも見事に失敗しますが、うまい人になると、たとえ得体のしれないポーランドのキットでもぴたりと合わせます。

これは、合わせる前にキャノピーだのふくらみだのを削ったりパテうめしたりして見事に整形しているからなのである。

このパテ埋めだのなんだのを、剣道でいえば技前・攻め、そしてかちゃりとキャノピーと胴体を組み込むところを技と思っていただければわかりやすいと思います。

 

つまり、「送り込み」で「刃筋を修正する」というのは、パテ埋めが足りなくて、組むその時にキャノピーをちょっとだけ右(左)にずらしてごまかした、というのと同じじゃん、なんて思ってしまうのである。

 

これはあくまで個人的な考えです。とある先生にこういう話をしたら「へへん攻めなんて20年前の話で、今はみんな忘れているよ」とせせら笑われてしまいました。ははは

 

勝つということは重要ですが、全日本とかになればやっぱり内容も問われますよねーアルゼンチンみたいに、日本が相手だろうがオランダが相手だろうが1対0で勝つ(1点差で逃げ切る)、みたいなつまんねーのじゃなくて、82年のブラジル対イタリアみたいな、勝ち負け以前にみんなが喝采するような試合ができたら、なあんて、すみませんサッカーになってしまいましたが、剣道もそういうのがいいと思います。

剣道だったら、この動画の大将戦みたいに前へ出る面2本で勝ちたいですね。https://www.youtube.com/watch?v=X2Rkcqe331U
 

 

ではでは

 

Posted by 猫機長
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七人の侍にみる「本物のプロパガンダ」とは

黒澤明の名作に「七人の侍」があります。

なんて説明しないと、令和の子供たちにはちんぷんかんぷんと思いますが、昭和生まれで空襲から逃げまどったか、あるいはその息子、娘の世代にとっては「名作」と言えばこの映画。英国放送協会(BBC)が、史上最高と選定(英BBCが選ぶ史上最高の外国語映画1位に「七人の侍」 : 映画ニュース – 映画.com)した、文字通り「世界一の名作」なのでした。

『七人の侍』と『ムーラン』


 

 

能書きはともかく、ストーリーの概要は

◎戦国時代の終わりころ。とある農村に、盗賊団(以後、野武士)が襲撃しようとしたが、「まてまて、今行ってもなんにもあるめえ。収穫の後に、またくるべー」と引き返していったのを、農村の百姓1人が隠れて見ていた。

*セリフなど、ぼくのうろ覚えなので、一字一句同じではないです。念のため

◎そいつは長老の家にかけこみ。村一同緊急会議になった。

◎「領主の野郎は、野武士が略奪しつくしていなくなってから、いかにも野武士をやっつけたみたいに乗り込んできやがるだろう」と、百姓どもが悲嘆にくれる中、長老が口を開いた。「さむれえ雇うだ」

◎「そのむかし、たくさんの村が襲撃された中で、焼かれないで残ったのはさむれえを雇ったその村だけだった」

◎飯を食わすだけしかできない貧乏な村で、どうやって侍を雇うのか?「腹のへったさむれえ探すだよ。腹がへりゃ熊だって山降りるだ」。

◎その後いろいろあり。腹が減っているかはともかく、白い飯だけでやとわれてくれた心優しい侍6人と、謎の自称武士1名が村を守ることになった。

◎その後さらにいろいろあり。百姓どもとさむれえたちが決定的な仲たがいしかけた時に、自称武士1名(実は百姓の落ちこぼれ)がいいかんじに両者の仲を取りもち。みんな仲良しになりました。落ちこぼれ野郎もこの辺から侍として認められるようになった。

お主百姓の出だな https://www.pinterest.com/pin/613685886700350297/
 

 

めでたしめでたし。ということで画面が真っ暗に。

終わったか?いやいや「休憩」だそうで、5分間真っ暗な画面が続いたのでした。

いよいよ後半開始。

◎秋の収穫に喜ぶ百姓ども

◎そこに野武士の軍団が襲撃。迎え撃つ百姓どもと正義のワイルドセブンじゃなかった七人の侍。

◎ぶぎゃぎゃー!ぶぎゃぎゃぎゃー!野武士は全滅。正義の7人も、落ちこぼれ含め4人が4んじまいました。

めでたしめでたし。

また生き残ったな https://ameblo.jp/hal-9000hn/entry-10427297588.html
 

 

なんか後半は書くのがめんどくなり、いいかげんに済ませてしまいましたが、まあこんなかんじです。

もっと詳しいネタバレはこちら→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E4%BA%BA%E3%81%AE%E4%BE%8D

 

令和の子供たちは、疑問になったとおもいます。

「どこが名作なの?」

別に悪気はなく、素朴な疑問と思います。というか、上記の説明だけで「おおなんてすばらしい名作なんだ!」なんて感涙してしまう人は、かえって思考停止、「みんなが名作だと言っているのに自分だけ名作じゃないなんて言えない」という、同調圧力全盛だった昭和暗黒時代の住人だと思います。

というわけで、どこが名作なのか?

実は、名作にもいろいろあり。絵画に「これが名作です」という判断基準があり、映画(特に黒澤映画)にも応用できるとの理解から、列挙すると

◎作画の技術:

絵画教室に行くと、「線を引きなさい、たくさんの線を」と言われて、最初は平面的なえんぴつ書きの練習がえんえんと続きます。でもまじめにやっていると、花瓶なら花瓶で「写真とまがう鉛筆画」が描ける技量が身に着いたりします。油絵具だろうがアクリルだろうが、技量が歴然としており、見る人を震撼とさせるような絵が名作の一つの条件となります。抽象画も、正確な写実ができる技術の裏付けがないとかけられん。

◎画面の鮮明度:「カドが立っているか」

醤油のカドが立ったえぐいラーメン、あるいはへたな包丁さばきでネタのカドがぐちゃっと潰れた寿司みたいになのはだめ。まろやかだけれどくっきりと色彩や輪郭が浮きあがり「ネタがびしっと切り立ったお寿司」みたいなのが名作。

カドの立った中トロ。出展はhttps://hitosara.com/0006079316/
 

 

◎構図

3分割構図、対角線構図、三角構図、キアロスクーロ(レンブラント様式)、シメトリー構図、色による構図(補色、反対色など)その他無数にあり。名作はこれらの無数のオプションから、選び抜かれた構図をもって「カドの立った寿司」みたいな切れ味を実現している、ということでしょうか。

◎弘法筆を選ばず、名画鑑賞者を選ばず

書道の達人は、どんな筆を使っても名作を残し。絵画も、本物の名作であれば、鑑賞者がヒッピーであろうが共産主義者であろうが、絵に目を止めた瞬間、画面の中に引き込まれるように迷い込んでしまいます。要するにそういう絵が名作であり、上記に書いた技術、立体度(鮮明さ)、構図すべての総合力です。

さて「七人の侍」ですが

◎「本物志向」。リアリティを追及し、鬘から着物まで時代考証を徹底。セリフに至っては「わざと聞き取りにくくした」みたいな感じで、最近の日本映画みたいに、美しくてわかりやすいけれど、かえって現実感が薄れる、というのとは真逆になっています。

◎正義の7人に導かれて悪人を撃退する市民(百姓)という、誰が見てもわかりやすい構図(ストーリー)に、かつ侍の一人一人、主要な農民、悪役の野武士等々、くどすぎもあっさりしすぎもなく、すんなりと受け入れることができ。最後の決闘というか乱戦の場面では、雨がドバドバというお膳立てとか(映りをよくするため、「雨水」の中に墨汁を混ぜて撮影した(https://www.youtube.com/watch?v=8LjhwVBxqrE))で、要すれば「角の立った寿司」のような切れ味が視聴者を魅了。

 

なるほどねえ。

でも、この程度だったら、単によくできたエンターテイメント映画じゃね?で終わってしまいます。

しかし、七人の侍を、世界1の映画とする「影の理由」が存在しているのです。

それは、当時の緊迫した世相が生んだ、戦慄すべき理由だった。

その名も「東西冷戦」

この映画が封切られたのは1954年。作成開始は1952年です。朝鮮動乱で共産主義国家と自由主義国家が軍事衝突し、第三次世界大戦勃発寸前という恐ろしい事態の中、あわただしくサンフランシスコ平和条約で日本が「主権回復」し、日米安保条約による米軍駐留などがニューノーマルとして定着していった時代でした。

サンフランシスコ講和条約 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/g00641/
 

 

というか、定着しないとソ連、北朝鮮、共産中国に袋だたきにされて、日本の存続がやばいぞ!

日本はアメリカが抑えているぞ!いざとなれば、(韓国みたいに)傀儡国家としていつでも共産主義に立ち向わせる準備はできているぞ!と共産主義諸国に恫喝していないと、逆に共産諸国から日本が恫喝されて、北海道だのを取られてしまうぞ!という時代だったのである。

朝鮮動乱。漢江人道橋爆破事件https://history365days.blog.fc2.com/blog-entry-232.html
 

 

インターネットもなかった時代に、こうした現実を日本国民に「啓蒙する」ツール。それが映画だったのでした。

要すれば、「七人の侍」によって日米支配層が日本市民に発したメッセージとは

1)7人の侍、というのは要すれば在日米軍であり、百姓たちは日本国民のことである。映画では「利吉」とか、7人の侍に積極的に協力するキャラが出てきますが、これは自衛隊を象徴している。

2)野武士はソ連をはじめとした共産勢力ですよね。映画作成の時期に、韓国がほとんど滅亡の瀬戸際に追い込まれており。日本も他人ごとではないよ、ということです。

おもしろおかしいストーリーで、見事在日米軍の存在を正当化するサブリミナルな情報を日本人にすんなりとすり込むことができた、ということで、「七人の侍」は、「これ以上ないプロパガンダ映画の名作」として金字塔を打ち立てることになったのでした。

この映画の中で「自称武士1名」が偽りの家系図を見破られ。「この家系図が本物ならば、おぬしは当年もって13歳。おぬし、とても13歳には見えんがの」と大笑いされるシーンが、この映画のすべてを語っていると理解します。

「13歳」というのは、時代劇の年齢の数え方。現在では「12歳」となり。

当時日本を統治していたマッカーサーが、日本人の精神年齢を評して「12歳だ」といったのは有名で皆さんもご存じと思います。

マッカーサー パブリックドメイン
 

 

つまり、「12歳」の「自称武士1名」は実は日本国民そのものを象徴しており。その日本国民が、米国に助けられて、ソ連の脅威を撃退するというストーリーを当時の日本人の無意識にすり込んだ結果、安保条約に保護された日本の自由陣営における発展を可能とした、これ以上ないプロパガンダ映画だったということです。

恐ろしきもの、その名は映画。今後、こうした名作が生まれないで済む世の中になることを、願っています。

 

*なかなかニッチなようつべを見つけたので添付。


 

ではでは

Posted by 猫機長
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中国剣術と日本剣道

さいきん、ようつべで「日本剣術の発祥は中国剣術にあり」なんてのが人気らしいです。

やれやれ、またか。。。。まあ韓国起源というのはお笑いで済ませるけれど、中国となると、ということで、書いてみます。

歴史の国中国。殷だの周だの、と言った古代から、中国剣術は存在しており。この当時日本人はまだ原始人ですから、日本より前に中国で剣術が生まれた、というのはそのとおりである。

また、弥生時代だの縄文時代だのの遺跡から発掘されたのを見てみると、挂甲とかいって中国で出土しているものと同一といってよく、中国からの輸入か、模造ということがわかり。例えば「白村江の戦い」では、ぱっと見は誰が唐で、だれが新羅、百済、そして日本人か、というのはなかなか分からなかったと思います。

と思ったら、意外と見分けがついていたかもしれん。http://gunsight.jp/c/k-hakusuki.htm
 

いずれにせよ、この時代の剣術というか兵法は、中国のスタンダードがそのまま近隣諸国にも流通していた。

しかし、朝鮮半島も日本も国家を形成し、白村江の例を待たずとも互いにいがみ合うようになると、それまで3カ国間でなにげに流通していた文物、技術も、セクト同士の間で独占しようとするようになり。

この場合、唐―新羅セクトと日本―百済セクトに分かれてしまい、日本は、仲間の百済が滅亡してしまったうえ、もともと敵対したくない唐が新羅のケツ持ちになってしまったことから、先進地域唐ならびに朝鮮からの情報が入ってこなくなってしまい。

日本は、慌てふためき、新羅がとうせんぼをしている朝鮮半島を迂回して遣唐使を送るなどの羽目になってしまいました。

一方、唐の方では、北方民族とか西域とか、それぞれ凶暴な組組織じゃなかった民族に脅かされており。日本海の向こうの日本なんてどうでもいいやあ!というのが正直なところだった。

要するに、中国に見捨てられた状態になった日本は、なんとか自力で政治経済、文化を発展せざるを得なくなり。

名前だけでもかっこよくしよう、と「国風文化」と名乗っていたら、意外と、中国に比べてもなかなかいいじゃん、みたいなのが生まれ。それがひらがなだったり、束帯とか日本独自の衣装だったり、つまり自分の文字を持った独立国家になったのでした。よかったね

中国ちっくな奈良時代(左)https://costume.iz2.or.jp/period/nara.htmlと、かなり独自色のある平安時代(右)https://costume.iz2.or.jp/period/heian.htmlの服装
 

 

武器についても、中国式の両刃の剣から、方刃のすなわち「刀」になり。この時点で中国剣術ではない独自のものになっていたことがわかります。

刀と言っても、最初は直刀の平づくりで、世界中のいろいろな刀剣とあまり変わらなかったのですが、そのうち切り刃作りから鎬(しのぎ)づくりに進化するに至って、世界に類のない日本刀となりました。

直刀。https://www.touken-world.jp/tips/53583/
 

 

いろいろな造りこみ(刀の断面)。 https://www.touken.or.jp/museum/sword/making.html
 

 

この鎬が、日本の剣術のエッセンスを握っているもので、書き出すと終わりがないので極論せざるを得ないのですが、要すれば「鎬による切り落とし」が日本剣術のエッセンスとなり。

中国でも日本刀からインスピレーションを得た「苗刀」があり、樋をいれたりとか見様見真似でまねしていますが、長さは日本刀に比べて相当長く、その操法も日本剣術かどうか疑わしいので、これは中国の剣術と思った方がよいと理解します。

そりがあるから日本刀、というのも間違いではないですが、鎬の方が重要と思います。

こうした特色のある刀は日本刀のみであり、それを存分に使いこなす剣術も日本発祥の日本剣術ですから、これで疑う余地はないかと。

中国目線から見ると、舎弟の新羅とケンカしやがったチンピラの日本をシカトしてやったら、中国の優良な鉄を輸入できずに、「玉鋼」とかいうくず鉄をとんかんとんかん必死にたたいて、青龍刀や中華の剣とは似ても似つかない日本刀とかいうあわれなだんぴらを作りやがった、ということであり、現代の中国人が「中国発祥」というと、こうしただんぴらとそれを振り回す野蛮人の技術が中国産だということになってしまい。自分で自分を野蛮人と言っていることになります。

そんな中国人ですが、倭寇だの朝鮮出兵などで日本刀と接する機会があり。だんぴらだけどなかなかいいじゃん、とまねをして「苗刀」を作ったりしたのは上記の通りです。なお、中国人は、いいものはいいと認める頭の良さがあり、日明貿易では日本刀が重要な産物として珍重されたらしい。

日本刀と苗刀。https://www.youtube.com/watch?v=XWleFy6YAr4&t=412s
 

 

一方、どこが発祥だ、どちらが上だ、なんてことより、もっとずっと大切なことがあり。

中国と日本の差、それぞれの長所を知る必要があるのです。そうすれば、厨二病みたいに互いに浅はかな批判を繰り返す、というバカなまねはしなくてもよくなると理解します。

で中国の特色ですが、

◎中国剣術は、体術、拳法と一体化している、というか、まずは拳法を学び、その延長として(手の延長として)器械術をまなぶ。

◎中国にとって、剣とは器械の中の一つに過ぎない。器械は、こん棒みたいなやつとか手裏剣みたいなやつとか、見ているだけで気味の悪くなるようなえげつないのが無数にあり、剣術なんてその他大勢の一つに過ぎないということである。

中国のいろいろな器械。出展は「中国武術・武器博物館(http://www.oriental-dragon.jp/)」
 

 

◎功夫(達人)の条件は、上記をすべてこなすこと。ここでいうこなすというのは、無数の武器を使いこなすというより、その武器で目玉なりきんたまなり、つぶそうと思えばつぶせるし、つぶさないようにしようと思えばつぶさないという技術力、精神力を持つことである。

一方日本の特色ですが

◎剣術・剣道は、まずは精神修養の道である。

◎剣術・剣道は、あくまで剣の道であり、器械なんてもってのほか。この精神は、千葉周作と大石進の「器械対決」で千葉周作が終始「抑え」にはしり、要するに余興だ、勝負にならん、という姿勢を示したところに雄弁に表れています。(この記事の最後に「機械対決」について解説しています)。

◎達人とは、活人剣をふるえる者のことである。目玉、金玉など最初からカウントに入っていない。

これだけ違ってますからねーそれだけに互いに尊重できると思うのですが。

ちなみに、本物の中国功夫が日本の剣術の達人と勝負したら、その勝負は事実上日本剣道の勝負になると思います。

この場合、功夫は無数の中国剣術の技法の中から、「精神修養を貴ぶ」部分を抜き出し、交剣知愛の勝負になり。

ところがひとたびこの功夫をウクライナの戦線に放り込んだら、今度は血も涙もなく、見るもおぞましい器械を無数に繰り出してロシア軍を壊滅させるでしょう。

要するに、良くも悪くも日本剣術は単純馬鹿で、ただ幸いその志向するものが「真・善・美(弓道じゃないけど)」なので、中国側も、地獄極楽の多様性の中から、本物の功夫であれば「真・善・美」の部分を抜き出して付き合ってくれるということである。

どちらが上か?もはや上下はありませんね。

映画 Fearless(SPIRIT)

 

 

*機械対決について。

幕末の剣豪千葉周作は、大石進という道場やぶりが、槍みたいに長い「六尺竹刀(通称物干しざお)」で挑戦してきたとき、樽の蓋かなんかで作った巨大なつばを付けた竹刀で応戦。半刻か一刻か?大石が突き、周作がこれを受けるということに終始し、結局勝負なしとなった。

あとで、観戦していた剣豪たちから「周作殿のほうが優勢だったのでは?なぜ一本決めなかった?」と聞かれたとき、周作答えて曰く「ものほし竿に樽の蓋なんて、あんなものはもう道具ではなく、器械でござる。器械を使った笑止千万のお遊びに、勝つもへったくれもござらぬでそうろう」。

ではでは。。。。

Posted by 猫機長
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「人間の屑」作戦:人工ゴールドの生成

ゴールド、すなわち「金(Au)」。富の象徴として、世界中の人々を魅了してやまない、天の輝きを持った被造物です。

ウイリアム・ダグラス 「錬金術師」

 

 

被造物って何?神様が作った物質という意味です。

もっと詳しく言うと、金というのは、もともと「超新星爆発のさい、爆発でものすごーく高エネルギーになった星のかけらたちが、さらに核融合を起こして金になった」そうです。そして、金や、その他のかけらたちが集まりくっつき、地球ができたため、地球上に金が存在するようになった。

さて、金以外のいろいろなかけらたちは、集まって地球を構成する様々な物質となり。青銅や鉄は、人類の発展に大きな貢献をしました。青銅で作った槍(刃の部分)は、鹿だのなんだのを狩って食料にするのに貢献したし、鉄を自在に扱えるようになって、日本人は日本刀を編み出して大陸の人をいじめ(朝鮮進出)、アメリカに至っては黒船で日本をカツアゲしたりしました。

そんな中で、不思議な特性を持っていたのが金。

腐らない(腐食しない)という、とても金属とは思えない恐るべきクオリティを持っていたのでした。

ステンレス・スチールというものが発明されるくらい、金属にとって「錆」は天敵であり。人間の歴史は、錆との闘いだった、と言ってもいいくらいかもしれません。

腐らないという金の特性は、人間が他の動物と一線を画して、聖書の言うところの、動物界に君臨する神の代行者となることに貢献しました。

もともとは、物々交換で生きていた人々。狩りの得意な人がウサギを持って、着物作りの得意な人と交換すると、どちらも需要が満たせて大喜びになります。こうして物々交換が始まりました。

ヘニッヒ・ブラント 「賢者の石を探求する錬金術師」

しかし、①そもそもウサギを持っていて、着物と交換したい人と、着物を持っていて、ウサギと交換したい人がめぐりあわないと物々交換は成立しない(これを「二重の一致」と言います)、②ウサギ一匹に着物一枚なのか、二枚なのか、③うさぎが腐っちゃわないうちに交換しなければならないし、といろいろあり。交換のたびにあーでもないこーでもないと悩むことになります。

そこで、人々は貨幣を発明しました。ウサギの現物を持ち歩く代わりに、ウサギ1匹分の金のつぶ(露一両金みたいなイメージ)ひとつぶを持ってゆけば、着物が1枚もらえるようにする。ウサギ2匹が着物1枚に該当する場合は、金塊をふたつぶ出せば着物一枚がもらえる。つまり、貨幣の登場で、 モノの交換に必須な(1)価値基準 (価格の基準) 、(2) 交換・流通手段(お金はうさぎだろうが着物だろうがなんにでも交換できます) (3) 価値貯蔵手段、を持つ媒介物が生まれました。

https://www.kosenkaitori.net/wp-content/uploads/2018/03/kousyu-tuyu-252×300.png

露一両金

 

 

つまり、金(ゴールド)は、人間に(1)価値基準、(2) 交換・流通手段、(3) 価値貯蔵手段のみっつを同時に提供する、奇跡の賜物だったのである。

特に(3)価値貯蔵手段は重要であり。金を持つことによって、人類は初めて「永遠不変の資産」を文字通り手にすることが可能になったのでした。

金以外の財産なんて、金に比べたらただの屑です。どんな豪邸でもたちまち老築化しちゃうし、ぼくは大企業のオーナーです、といっても、その企業が不渡りを出せばそれでパーです。

しかし、金は、存在しているだけでその価値を永遠に保ち続けるのです。

こうした「実在の富」つまり仮想・バーチャルではない、かつ未来永劫にわたって存在し続ける価値を持った「真の資産」である金には、ほしいほしい!とみんなが殺到する一方、世界で採掘できる金はオリンピック規格の競泳プール5杯分くらいしかないので、その価格はうなぎのぼりになりました。

つまり、普遍性と共に、希少価値が金を「財産の王」とすることに貢献してきたのである。

ところが、世間には頭のいいやつがおり。

自然に存在する金がプール5杯分しかないんだったら、うまく人工で金を合成できたら大儲けできるんじゃね?

という、人間の屑そのものの発想がうまれ。

「錬金術」として、中世からこのかた世界を風靡したのでした。

ブリューゲル 「錬金術師」

 

 

現在の科学では、金は金すなわちAuであって、鉄(Fe)や胴(Cu)をどうこねくり回そうが、化合物はできてもAuにはならねーよ、という事は明白なのですが、錬金術のはやった当時は、あるものはまじめに、あるものは詐欺で、錬金術というお題により人生をだいなしにしたり、大儲けしたりしました。

その後、やっぱり、錬金術は不可能だよねーとなり、金の希少価値は不動のものになったのでした。

と、いうわけで、世界の国々も金地金を国庫に保管し、フツーの善男善女も金地金で資産の防衛をするようになっています。

いやいや、もし人造で金が作れるんだったら、秘密でじゃんじゃん作って大稼ぎし、製法の特許が切れて金の大量生産すなわち金の価格が大暴落する前に売り抜けてやるぜー、という屑そのものの考えが頭をよぎるのですが、作れないですからねーせいぜい「都市鉱山」とか言って、工業製品のスクラップから、ちまちま金の部品を分離するしかないんじゃね、というのが現代の状況です。

しかし、実は「人工で金を作ることは可能」という事が、科学の進歩で明らかになり。

ええええーどうやったら作れるの?

核融合です。

この記事の初めのほうに、金というのは超新星の核爆発ですさまじいエネルギーをもった「宇宙の屑」が、なんのはずみか、このエネルギ―によって核融合を起こして金に変化したという事を書きました。

つまり、原子爆弾を作れる人類は、金だって作れるという事なのです。ちなみに、広島型原爆は「核分裂」ですが、きょうびは「核融合」を用いた水素爆弾というのが実用化されているのです。

というわけで、核融合させればうまく金に化けちゃうステキな物質を見つけましょう、となり。そんなのあったっけ?

ありました。その名も「水銀」

ところが、水銀なら何でも金になれる、というわけではなく。

水銀にもいろいろあり、Hg-195,Hg-196,Hg-197…..と無数に(正確にはHg-205まで)あり、このうちHg-196のみが、核融合で金に変換可能な、「ヘンタイな水銀」「水銀の屑」であることが明らかになり。

このHg-196は、水銀全体の約15%しか存在していないらしい。

https://academist-cf.com/projects/72?lang=ja

 

 

さて、Hg-196を確保し、いよいよ核融合だ!

でも、そのためには想像を絶する装備が必要となり。

「超新星爆発」と同等のエネルギーを生み出すために、そもそも原子炉が必要である。しかも、「1リットルの水銀(約13kg)を大型商用原子炉に装荷する場合、1年間程度の連続照射で10g程度の金が得られる(https://academist-cf.com/projects/72?lang=ja)」だの、「原子何百個つくるのに何千万円何億円の世界(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1152407686)」だので、結局は、技術的には人工で作れるけれど、自然から採取したほうが全然お得です、という事になっているらしい。

残念でした。

書いていて思うのは、これって、中国が好きそうな話題じゃね?という事です。

お金大好き人間の中国人ですが、悲しいかな中国政府の発行するお金なんて信じないよーん、と、世界でも有数の金保有国になっています。

中国にとって、人工で金を作る技術を開発するのは、法定通貨が強く安定し、それ以前に信任されている先進諸国に比べて、悲願と言っていいくらい強いものと理解します。

でも、正面切って金の人工生産なんて言わないですよね。

上でも書いたようにこっそりと作り。いくらでも作れるぞ!とばれる前に高値で売りさばくためです。

と、ここまで書けば、中国そして北朝鮮が、原爆・水爆の開発に血道をあげる本当の理由が見えてくるかも?

つまり、日本へ向けたテポドンなんて、実は隠れ蓑で、本当は中国と北朝鮮が結託して、安くてクリーンな核融合(起爆に核分裂を使わない核融合)について、いひひひ!と研究しているのかもしれません。

中国の錬金術師。http://www.china.org.cn/english/daodejingforum/207904.htm

 

 

今回は、捏造、陰謀論もいいところの、本当に屑な記事になってしまいました。でも、本物の金(人工かどうかなんて関係ない)を大量生産して大儲けしたやるぞー!なんて「人間の屑」な作戦が、世界のどこかで展開されているかもしれませんね。

ではでは

 

Posted by 猫機長
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男性の性、女性の性

男性の性、女性の性

世はバレンタインで盛り上がっています。ぼくも、ちょっと恋愛について書いてみようかな。。。

というわけで、恐るべき男女の「さが」について掲載するのでした。

男性の場合はともかく単純明快である。

セクシーな素敵女子を目の当たりにすると、うおおおー!と、情熱の発作にうなされ、狂おしく行い。一気に発散して、ああよかったね、で終わってしまいます。

ところが、女性というものはとてもそうはいかず。

https://br.freepik.com/fotos-premium/dois-gatinhos-abracados_65021602.htm
 

まずは出会いから。

フェイスブックだの、どこかのショッピングで出会っただの、場合によっては親戚のお通夜で出会ったとか、きっかけはいろいろあるのですが、だいたいWhatsappの交換からはじまり。

さいしょのうちは、やれ晩御飯は何を食べただの、女性の方の娘の学校がどうだっただの、とりとめのない話がつづき。

ここが要注意で、男の方では、このとりとめのない話に、無理やり起承転結をつけて、目標→活動→成果を可視化しようとしてしまいます。男性にとって、コミュニケーションとは、何か解決すべき課題について認知し、その解決に導くツールなので、要すれば結論のない話というものは生理的に耐えられないのです。

でも、ここで男はぐっとこらえなければなりません。

女性から「クッキーがうまく焼けなくて悩んでいるの」というメッセージが来たとします。

ここで、男の方は、間違っても「小麦粉の濃度を調整しよう」「オーブンの温度を変えてみよう」などという「解決策の提示」はやってはいけません。

正しい答えは

「それはたいへんだねー」「クッキーっておいしいよねー」「でも○○ちゃんのクッキーはいつもおいしいよー」とか、要すれば相槌をうっていればよいのです。

女性の会話というものは、小鳥のさえずりとおなじで?さえずること自体に意義があり。さえずることで優しさいっぱいのコミュニケーションをしており、その内容自体は別にどうでもよいのです。

*小鳥のコミュニケーションではちゃんと三項関係が成り立っているよ!というような突っ込みはやめましょう。こうした突っ込み自体が「男性脳」の解釈であり、ふられる原因になってしまいます。

女性の性(さが)。

「神の雫」https://www.sukima.me/bv/st/BT0001432866/v/1/p/1 より

 

 

「クッキーが作れなくてつらいのー」という言葉を真に受けて「ボーメ度を3%から6%に調整し、湿度が40%を超えればかん水の濃度を半減させろ。辛いなどという感情的な判断はするな」なんて、男に対するような回答をしたら、いっぺんで「はっきり言って、あなたモテないでしょ」と振られてしまうでしょう。

「つらいのー」なんていわれて、まじめな男性ほど回答に窮してしまうでしょうが、ここは「僕もクッキーだいすきなのー」とか、てきとうに向こうから出してきた言葉と、なんかポジティブな言葉をつなげば、和やかな会話が続いていきます。

内容的に脈絡があるかなんて、どうでもいいのです。

わざと脈絡を抹殺して

「ぼく頭が弱くてつらいのー」なんてやれば、きゃははは!なんてよろこんでくれることうけあい!

さて。

男の場合、下記再掲の3行でことは成就してしまいました。

「男性の場合はともかく単純明快である。

セクシーな素敵女子を目の当たりにすると、うおおおー!と、情熱の発作にうなされ、狂おしく行い。一気に発散して、ああよかったね、で終わってしまいます。」

男性の性(さが)。

左出典はhttps://note.com/onepiece_kingdom/n/n8222bb4115f3

右出典はhttps://ameblo.jp/6n-6oll/entry-12266268823.html

 

 

女性の場合は、すでに30行が消費されています(原稿の書式による計算)。

でもまだまだ続くのだった。

Whatsapp交換後のこうしたやり取りが長期化していきますが、実は、それはかなり良い兆候です。

だいたい仕事から帰ってきて、ビールいっぱい、一休みだ!というころ合いに、狙ったようにWhatsappがぴっこーん!

「今日は、とても大きな魚を買ってきたの」

「大きな魚、おいしいね」

「でも、小さな魚の方が好きなの」

「僕もちいさな魚大好きなの」

「雨で靴下が濡れちゃった」

「じめじめ、いやだね、大変だね」

「でもたい焼き屋さんに行って、とてもおいしかったの」

「うんうん、たい焼きっておいしいね」

と40分は延々と続くことを覚悟せねばならず。

しかし、この時、女性の方はあなたに安心しきって、小鳥のようにぴよぴよちゅんちゅんとさえずっているのです。

ぜひ心行くまでさえずらせてあげましょう。

こうした習慣が続いていくうち、女性の方で、あたかもあなたがご主人で、彼女は奥さんであるかのように錯覚していきます。

そこまでくれば、時は至れりです。

元ネタでは「時は迫れり」でした

https://aucview.com/yahoo/f125107612/

 

 

頃合いをみて、彼女をランデヴーにさそいましょう。

ここに行くまでのスピードは、ぼくの経験では、最短で3日。最長で1か月ちょっとでした。

3日から1か月と、ここまで違うのは、女性側の個性の違いもありますが、こちらの出張とかの都合で、デートを引き延ばしていたなんてこともあります。ようするに、あなたの生活に合わせたリズムでデートを決めればよいということである。

さて、デートです。

何度かデートを重ねて、おもむろに。。。。というのもあれば、初デートでぶちゅーというのもあったりします。

ブラジルの場合、男女でもハグがふつーの挨拶なので、そのハグでぎゅーっと抱きしめてくるような女性は、そのまま次の段階に進んでしまえばよいし、なんか控えめ、怖がっているみたいだったら、デートを重ねてさらに安心させましょう。

ここまででさらに30行消費。

デートの次はお持ち帰りです。

ここまでとりとめのない会話をつづけることができたあなたと彼女は、フィーリングがとても合った、お似合いのカップルであることを互いに自覚していることでしょう。

彼女も喜んでお持ち帰りされてくれると思います。

でも、ここでいきなりことに及ぼうとしてはいけません。

まず、これまでの会話で何度となく話題になった、「バナナとカラスムギにシナモンの晩餐(朝ごはんでも昼ご飯でもよい)」を二人で食べましょう。

バナナをすぱすぱ切って、シナモンとカラスムギを振りかけただけです。

ポンデケイジョもあるのでした。おいしいな

 

 

この際、アルコールはあまり入れません。彼女の方で受け入れる気になっていればアルコールなんていらないし、また、彼女の方でアルコールを言い訳に使いたそうであれば、その時はワインの一杯(実はもっと少なく)でもロマンチックにかんぱいすればよいのです。

いよいよか?まだまだ。

次は、Richard Claydermanのピアノに乗せて、ロマンチックにチークダンスをしましょう。

Richard Clayderman。

今時の若い女子には「お母さんが大好きだった曲ね」なんていわれちゃうことあり。

 

 

最初はダンスですが、そのうちぴったりくっつきあって、腰を揺らせているだけになっていきます。

ここで、優しさいっぱい、でも情熱的なキスを交わしましょう。

そして、いよいよ。。。。

良い子のブログなので、詳しくは書けませんが、ここでも彼女を尊重して、男が本能で振り回すのではなく、あくまで彼女の気持ちが高まっていくように、優しく前◎しましょう。前◎はライトでいいのですが、終了後の「ピロートーク」はとても重要なので、彼女がさえずり疲れて眠ってしまうくらいまで付き合ってあげましょう。男の方が先にぐーぐー寝ちゃうなんてのは論外。

ここまで何行かかったか、計算できなくなってしまいました。

これは、女性にとって、セックスとは壮大なロマンスであるということなのです。

愛と哀しみの果てに https://www.youtube.com/watch?v=Rjzf_cWzlp8

 

 

さて、ここで大団円ではなく、「愛してる」の後に果てしなく続く恐るべき日々がまっています。

ここまで読んでげっそりしてしまったナイスガイはいないでしょうか。それでも男性を魅了してやまない女性という魔性の生き物に、大いなる敬意を表して、結びとさせていただきます。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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紫微斗数と飛行機③

これまで、

◎武曲星、破軍星、天相星

◎巨門星、天機星

について書いたので、それらも見てね!

封神演義、という神話があり。

殷王朝が倒れて周王朝が生まれるまでの壮大なストーリーを、楽しい物語の形で綴っています。両王朝の英雄たちを紫微、貪狼、巨門、廉貞、武曲、破軍、天府、天梁、天機、天同、天相、七殺、太陽、太陰の14星になぞらえて、それらの星の性格や、生年月日にこれらの星たちが夜空のどこにいたかで、恋愛とか仕事とかの運勢を占うことできます。

風神演義。左が殷陣営。右が周陣営。https://kknews.cc/zh-hk/history/l2b8242.html

 

 

ランダムに、特徴的な星たちについて記載してみます。

◎太陽星:「陰ひなたのない情熱の人」

貴族的、外交的、名声、といったいい意味があります。目立ちたがり屋ですが、単に視線を集めたいだけらしい。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/taiyangxing.html
 

 

これだけなら幸せなのですが、紫微斗数の占いでは、星の「回座」すなわち運勢マップのどこに出るかで「輝きの違い」が出てしまい。

◎ 廟(びょう) ○ 旺(おう) △ 平(へい) × 落陥(らっかん)があり、特に落陥は、大凶の妖兆となってしまうのでした。

太陽性が落陥すると、「へそまがり、傲慢で、ギャーギャーと闘争好き」など、暗転してしまいます。

というと、こうなりますよね。。。。

その1:ブロシュMB152

http://ww2fighters.e-monsite.com/pages/marcel-bloch-mb-151-mb-152.html
 

 

模型マニアとかはお気づきでしょうか、フランスの飛行機はへそまがりです。

というと怒られそうなので「フランスの飛行機はアートです」

ぱっと見は、フランスなのになんかあか抜けない、四角い飛行機ですねーくらいなのですが、曲がっているのです。

三面図をみると。。。

https://www.the-blueprints.com/blueprints/ww2planes/various/82252/view/bloch_mb-152/
 

 

エンジン(とカウル)がひん曲げられて取り付けられていたのでした。

ピストンエンジンでプロペラを回す飛行機は、エンジンのトルクとかプロペラの後流とかで、機首をふつう左に振ろうとする癖が生じます。

というわけで、垂直尾翼をもともと右に偏向するように取り付けるとか、いろいろな策がとられ。ぼくが乗っているような、エンジン出力の小さい軽飛行機では、単に方向舵にタブを付けるだけ、というのもあります。

紙飛行機とおなじで、手でひん曲げる固定タブです

 

 

MB152のばあいは、エンジンごと機体中心から左に向くように斜めに取り付けてしまったのでした。ははは

ほんとうは右に向くように取り付けるべきだが?

この飛行機は右に偏向する癖があったようで、エンジンは左向きなのでした。

カッコ悪いうえにへそ曲がりですねえ。

ちなみに、プロペラ軸を偏向させる、というのは、今どきの富士T5及びT7練習機でもやってます。


 

 

練習機 T-5 (fc2.com)
 

 

プロペラスピナーの方向に注目。こちらは素直に右向きの偏向で、デザインもなにげに流麗。MB152みたいな、フオーブな取り付けとは一線を画しているようです。

野獣派(フォービズム)絵画。Charing Crossの橋(1906年、ドラン作)
 

 

さらにもう一つ、US2飛行艇も「「左傾左旋」のクセを緩和するべく、エンジンの取付け向きが正面に対し右に3度ずれた向きに配置(Wikipedia)」しています。

その2:シュド・エスト SE.100

もう一つ、けったいなやつを。

SE100 (nags-gallery.com)
 

 

なんかかわいいですねえ。空飛ぶフランスパン。

なぜこういう姿になったか?論理的な説明が見つかりませんでした。

まあまあ。アートだからいいじゃない。

 

 

その3:ルデュック

https://ai.2ch.sc/test/read.cgi/newsplus/1556142351/l50
 

 

とんがりコーンの部分がコクピットになっているという、絶対パイロットから好きになってもらえないかわいそうなジェット試作機。

Leduc 022 (morewin-media.de)
 

 

「はっきり言って、あんたモテないでしょ」と言われまくりなのだろう。

おっとこのブログに出てくる飛行機はみんなプロペラ機のはずだが?フランスだからいいんですよ。

そのへんの空を軽飛行機で散歩したあと、フランスパンとワインのひととき。
 

 

◎太陰星:「コメット星からやってきた愛の使者」

月です。母性の星です。

控えめに、夜空を優しくてらす満月です。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/taiyinxing.html
 

 

でも、落陥するとどうなるか。

「憂鬱、悲観、神経質」。少女漫画も戦慄の世界が展開され。

輝く太陽とは真逆のどうしようもない陰惨な、密告・告発、強制収容所。。。。と、

要すれば「ソ連」ですね

ソ連には、世界的な名機も多いのですが、ここでは、ソ連というものの存在をこれ以上ないくらいに明示している、恐ろしい殺人鬼じゃなかった殺人機を掲載します。

その名もIL2 シュツルモビーク。

 

 

機体前面を外板からもろ装甲で覆い。

冷却器の空気取り入れを機首上部からにするとか、要すれば地上砲火をいくら食らっても落ちず。

哀れなドイツの戦車や兵隊をぶち56しまくりました。

でも、敵を56しまくるくらいならドイツのスツーカもやっていたよ?

シュツルモビークはこの斜め上を行く「殺人マシーン」でした。

それは「後部銃座」によって暴かれます。

さて、機体の前面、下面を装甲で固めた分後方はスキができてしまい。鈍足なシュツルモビークは背後から食いつくドイツ戦闘機に大量に落されるはめに。

この損害にキレたプーチンじゃなかったスターリンは、設計者イリューシンに言い放ちました。

「ソ連はシュツルモビークを空気のように必要としているのだ。何とかしなかったらどうなるかわかるよな?」

強制収容所行きにならないため、イリューシンは絶望的な努力をし。

セルゲイ・イリューシン
隠れた空の開拓者たち (coocan.jp)
 

 

とにかく増産し、かつ今飛んでいる奴は落とされないようにしなきゃ!という事で、単座機なのに、むりやり後部銃座を取りつけたのでした。

https://www.tamiya.com/japan/products/61113/index.html
 

 

この断面図でわかることは、まずパイロットの後ろに防弾板。その後ろに燃料タンク。そしてさらにその後ろにもう一枚防弾板。

この意味するところは、飛行継続に必須な燃料タンクとパイロットという部品は装甲で守り、機体の喪失は絶対に防ぐという事である。

一方で、機銃手には何も防弾がないことに注目。

後方から襲いかかるドイツ戦闘機の機銃弾は、銃手をブギャー!とハチの巣にはするが、その後ろの防弾版は血まみれにするのみで貫通できず。飛行機は基地まで帰れる。

つまり、機銃手というのは、ソ連にとって単なる弾除けに過ぎなかったのでした。

機銃手の座席はこんなかんじ

https://www.britmodeller.com/forums/index.php?/topic/235056334-the-flying-tank-ilyushin-il-2-shturmovik/
 

 

茶色い革帯を張り渡しただけでした。

ちゃんとした座席にすると、敵の機銃に撃たれたときにのけぞった姿勢で4んじまうので、敵の方でも、これで安全だ!と襲いかかってくるのに比べ、この「簡易シート」が、ばねみたいに作用して、機銃手はうつぶせで絶命し。敵戦闘機から見れば、あたかも銃を構えているかのようにみえるので、なかなかそれ以上接近できなかった、という情報があります。

こうして、後部銃手という懲罰兵をぶち56すことにより、イリューシンはじめ多数の関係者(パイロット含む)がラーゲリ送りにならずに生き残ることができた。

なんか生々しすぎる、陰惨なことを書いてしまいました。

もともと今回の記事は「太陽星と太陰星みたいな飛行機」がお題だったことにあらためて気づき。

そして、いずれも「吉星」なので、基本、良い意味を持っているのですよね。

なんで共産主義者の飛行機が登場してしまったのだろうか?

というわけで、太陽星と太陰星がいずれも持っている、優しさいっぱい!の暖かさを象徴する飛行機と、その飛行機乗りを記載するのでした。

まず飛行機ですが「パイパーJ3カブ」

https://lonestarflight.org/fly/piper-j-3-cub/
 

 

自動操縦や計器飛行とは対極の世界。

「低い高度を保ちながら、鮮明で活き活きと見える木々のてっぺんをかすめるように野原を飛び回り、大きく開いた扉から、すぐに手が届きそうな森をいくつか過ぎた後、高度を下げ、くねくねと曲がる川をなぞるように飛び、川の流れによってできた渓谷の上で手を振る子供たちに翼を振って応えました」という世界です。(詳しくはこちらをご参照→https://www.ambidex-lab.com/2020/03/18/hc-plane-cub01/)

そんなカブにぴったりのパイロットが「マドモアゼル・カミカゼ」

村上千代子という日本女性です。

詳しくは以前の記事を読んでいただきたいのですが、まだ海外旅行が大冒険だった時代に、単身フランスにわたり操縦を覚え。その後カナダで飛行学校を開くなど、こんな素晴らしい生き方もあるのだと感激しました。

https://cmtruth.exblog.jp/9500506/
 

 

マドモアル・カミカゼみたいに、太陽の情熱と月の優しさを併せ持つ、それが太陽星や太陰星を持つ人たちと思います。

えっへん。ではでは

Posted by 猫機長
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ビットコイン「高騰」にご用心

*飛行機で墜落した話(ぼくじゃないですよ)を書こうと思ったのですが、ビットコインが大荒れなので、時事ネタに急遽変更。墜落については来週にします。

10月頃からでしょうかねー仮想通貨好きのみなさんがえへへへと喜びはじめ。

いわく

「ビットコインが1年半ぶり高値、DTCC掲載やグレイスケール勝訴で現物ETF承認期待が影響か(あたらしい経済) – Yahoo!ニュース」

「ビットコインは変換点を迎える…2025年に15万ドルになると投資会社が予測 (msn.com)」

確かに、去年の11月にUS$15,720.25だったビットコインが今年の11月6日にはU$S34,670.00すなわち1年間で220%の上昇ですからねー1か月当たり18%の上昇なんてバケモノの投資ほかにないじゃね!暴騰だー!ぎゃはははー!と大喜びしているトレーダー兄ちゃんたちの声が聞こえてきます。

bitcoin dolar – 検索 (bing.com)

 

 

でも、ぼくから言わせれば、そんな金魚のふんみたいなていどの上昇の、どこが暴騰だ!とけいべつのまなこであしらうのでした。

暴騰だー!なんてのは、去年の11月に比べてということであって。

さらに1年前の11月は、US$64,084.00というわけで、こちらを基準にすれば

bitcoin dolar – 検索 (bing.com)

 

 
2021年11月:US$64,084.00→100%

2022年11月:US$15,720.25→25%

2023年11月:US$34,670.00→54%

2021から、2022年にはなんと4分の1へと地獄の大暴落をしてしまい、2023年に至ってもいまだ半値程度にしか回復していないということなのである。

ネットや新聞で「ビットコイン爆発だー!」ともてはやしても、単にメディアにとって都合のいい時間軸でのあだ花のような変動を面白おかしく記事にしただけで、乗せられて大喜びで大人買いしてしまうと、次なる「ブラックスワン」でまたしても「大暴落」、すかんぴんになっちゃうぜーなので、気を付ける必要があります。

ビットコインが生まれたばかりの2010年頃に比べて、現在の価格は約2000万倍になってはいる。

これからまた2000万倍になるというのは非現実的ですが、上記の通り1年で倍だの半分だのなんてのはぜんぜんカッパのへだということがお分かりいただけたと思います。

要するにリスク資産であり、相応の覚悟が必要である。

Pixabay無料画像

 

 

さて、どうやってビットコインで儲けるかですが、日々のテクニカル分析もあるが、現状では、ビットコイン含む世界全体のマクロを考慮するのがよいと思います。

ここから先は、ぼくの個人的な考えなので、念のため。

現在、ウクライナ戦争は膠着し、パレスチナも短期的にはがたつくがそれよりも結局アメリカの金利政策が長期的には影響がでかい。コア指標も打ち止め感が強く、金利も据え置きが一定期間(長く)続く、という局面は、ビットコインみたいなちゃらちゃらしたリスクオンのお遊びには不利に見えます(おっとこの辺は三菱のオピニオンリーダー、スイスの小鬼というある達人の影響を受けています。ここから先は個人的見解が強くなります)。

上記から見ればダメダメそうにみえて、しかし、ビットコインのようなパラダイムシフトはいつか金融の表舞台にも影響をもたらすことになり。

ちょっと脱線ですが。。。

むかしむかし、計算と言えばそろばんか、巨大な電子計算機か、という時代に、「カシオミニ」が生まれました。(以下電卓草創期 – 電卓の歴史 – 電卓 – CASIOを参考にしています)。

それまでの計算機というのは、ずっしりと会社の作業机に鎮座し、プロの経理マンとかが複雑な操作法を駆使して、みたいな、要すれば一部の人たちしか知らない、使えないものだった。

https://funse.net/gurucomi/?id=1036317

 

 

ところが、カシオミニが発明されると、手のひらサイズでどこでも持ち歩け、そのへんのおにいちゃんがボウリングの点数を計算するとか、万人に操作できるようになった。

http://museum.ipsj.or.jp/heritage/casio_mini.html

 

 

ボウリング大会に持っていくなんてお手軽さは画期的で、世紀の大ヒットとなったそうです。

要すれば、どんな重要な発明でも、一部の人たちしか使えないというのではだめで、世界どこでも誰でも、というのが大ヒットの決定的要因なのである。

ビットコインにしても、現在では一部のもの好きしか知らず。その保有にしても、まずは取引会社でウオレットを開き。。。。と、この時点で、読者の皆様はちんぷんかんぷんと思います。

さらに重要なところで「安全性」があります。

何とかウオレットを開いた取引会社も、突然「つぶれました」となったとたんにすべてパーです。コ◎ベースとか、F◎Xとか、どこまで安心してあなたのお金を投資できるでしょうか。得体のしれない仮想通貨の取引所と違って、法定通貨の天下の老舗三菱銀行とかなら、つぶれる可能性はないとは言えないけれど、安心の度合いが違いますよね。。。。。

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ビットコインも、いまいち「機械式計算機」みたいな、ふつーの人から見ればどこか別の星の話、というのから、「カシオミニ」みたいに、だれでもどこでも投資できます、というふうになる時がくる。

その時が、本格的なビットコイン上昇の始まりということになるとの理解です。

ここまで言えば、もうみなさんお分かりと思いますが、その契機となるのが

「アメリカにおける現物ビットコインETFの承認」

ETFですから、得体のしれない取引会社ではなくて、皆さんがご存じの大手金融機関で口座を開設するか、あるいは他にも株とかを取引きしている口座がすでにあれば、そこにビットコイン現物ETFも入れ込むことができる。

実は、カナダやブラジルでは現物ビットコインETFはすでに存在しており。ブラジルではサンタンデル銀行などで現物ETF (HASH11及びQTBC11)を取り扱っています。

厳密には、「サンタンデル銀行」ではなく「サンタンデル証券」ですが、世界有数の金融機関であるサンタンデルの系列であることには変わりはなく。要すれば①「コ◎ンベース」などとは企業体力が違う、そして➁仮想通貨ではない、在来型とでもいうか?の法定通貨による世界経済のけん引を行っている金融機関であり、政府もむげにはできない、そういった機関が、ETF承認によってこぞって参加してくる。

そもそもビットコインETFというのは「ビットコインの値動きを指標に変動する、法定通貨による投資モダリティ」なので、投資家は仮想通貨のウオレットなんて全然持つ必要はなかったのでした。法定通貨の投資ですから。くどいか?

Pixabay無料画像

 

 

著名な伝統的金融機関がこぞってETF開設すれば、これら機関のもつ信用力に安心して、多数の個人のみでなく、企業もどんどん投資するようになってきます。

その結果、ETFにすさまじい投資資金の流入が始まります。

さて、サンタンデルなど、ETFの発行元自身は、現物市場で購入したビットコインを信託として証券を発行するため、ビットコインの「一次市場」でも購入需要がうなぎ上りになり、ビットコイン自体の価格も上昇することになり。

結局、単にチャートを見て、「ろうそく足」がどうだからとか、200日平均線がこうだから、というのを超えた、上昇の確かな裏付けを見ることができるのです。

上記から、実は数年前から「米国の現物ETFは本当に承認になるのか?」「承認するなら、それはいつか?」というのが、世界中で大議論になっていました。

ブラックロックのETF申請によって、BTC現物ETFという、「仮想通貨と従来型投資手法がコンバインされた画期的な投資手段」の誕生が夢物語ではないぞ!とみんな納得しだし。来年の1月あたりには米国初の現物ETF承認が当確か?という状況にまで進展しています。

カナダやブラジルとは市場規模が全く違いますからねーアメリカで承認になれば、世界中で同じようなETFが生まれだしたりして、ビットコインが法定通貨経済に取り込まれる、といって怒られるのであれば、共存がなされる、という画期的なパラダイムシフトになると理解します。

Pixabay無料画像

 

 

もちろん、認可がなされたから爆発的に上昇、ではなくて、上記のような世界中におけるパラダイムシフト、構造変化によって、ビットコイン投資が限られた一部のグループから世界の経済人口全体に行き渡ることにより、達人の言葉を借りれば「ボディブロー」のように、ぼく自身の言葉でいえば「時間差エフェクト」でじわじわと、そして最後は雪だるまのようにビットコイン価格が上昇していくことを期待して、結びといたします。

(僕はブラジルのETFを平均購買価格R$38で持っています。これがR$200までいけば、売り逃げだあああー!ともくろんでいます)

ではでは

Posted by 猫機長
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恐るべしタイガーバーム

ブラジルとパラグアイの国境に、プレジデンテ・ストロエスネルという町があります。ブラジル側のフォズ・ド・イグアスとは、パラナ川で隔たれており、「友情の橋」で通行ができるようになっています。

と書くと、あれプレジデンテ・ストロエスネルじゃないよ、シウダージ・デル・エステだよ、とご指摘があるかもしれません。

 

 

はい、その通りですが、デル・エステになる以前は、ストロエスネルでした。そして、ストロエスネルという恐ろしい独裁者の名前から、デル・エステすなわち「東の町」という、優しさいっぱいの名前に替わったように、現在のデル・エステが優しさいっぱいな国境の貿易・観光都市であるのに比べて、当時のストロエスネルは、身の毛もよだつ、血も涙もない野獣資本主義の渦巻く世界だった、のかもしれません。

要すればスラムだった。

中国人が流入し、窮状で生まれ育った現地の底辺の人の中から、人を出し抜いてでも金儲けをする才能のある人たちを使用人に抜擢して、巨大市場を形成しました。

もともと中国人なんて金儲けの天才ですが、さらに抜きんでた「やりての商売人」が、パラグアイとブラジルの国境という戦略的要地に集まって発展した町、と言ってよいでしょう。

別に、金儲けのためなら、人だろうが犬だろうが56して眉一つ動かさない人たち、とは言っていないので、念のため。

ストロエスネル当時の隣国ブラジルは、自国の産業を育成するために「輸入ゼロだ!すべてを国産にせよ!」と軍事政権が指令を出しており。国産と言っても部品は輸入とかもあったので「100 por cento Nacional(国産化率100%達成)」をアドバルーンに掲げていました。

つまり、それは、外国から見れば、なんちゅう粗悪品じゃ、というような製品が、ものすごく高い値段になってしまうという事を意味していました。

たとえは悪いかもしれませんが、自衛隊の装備を国産としたため、外国の同等品にくらべて高くなっちゃった、というのと似たような話かと思います。

微妙な国産化の例。64式小銃

https://rikuzi-chousadan.com/soubihin/zyuukaki/type64rifle.html

 

 

つまり、うまくブラジル官憲の目を盗んで、著しく安く高品質な外国製品をブラジルに運び込めば。。。。と気が付く中国人が出てきたのも自然な成り行きだったのかもしれません。

https://viagemeturismo.abril.com.br/cidades/ciudad-del-este/

きれいな新車が走りまわる現在のデル・エステ。穏やかになりましたね。。。

 

 

ブラジルとの国境で、うまく抜け荷を運び込める拠点といえば、フォズ・ド・イグアスのほかにもポンタ・ポランなどがありますが、もろもろの事情により(深入りする気はありませんのでご容赦ください)、フォズ・ド・イグアスが一番便利であり、対岸のパラグアイ都市、プレジデンテ・ストロエスネルが最大の拠点となったらしい。

https://www.h2foz.com.br/paraguai/ciudad-del-este-a-que-nasceu-duas-vezes-faz-65-anos/

ストロエスネル時代。ちょっと古い写真だけど。

 

 

もともと、パラグアイという国は、農業国です。

パラグアイの人たちは、働き者の女性と、穏やかなインディオ系の人々、というとステレオタイプ化してしまっていますが、密輸をして大儲けしてやろう、というような種類の人はそう多くなく。

ただ、少なくとも昔は貧しくて、食べていけるなら。。。という人もいた。

九龍城砦という言葉を聞いたことがあるでしょうか。

端折った説明になりますが、英国が香港を侵略した時、いろいろあって英国の主権が及ばない飛び地が生まれ。

その飛び地には、清(中国)の主権も及ばなくなってしまい。

その結果、警察とかの手が届かない、恐ろしい無法地帯としてのスラム「九龍城砦」が誕生した。

九龍寨城(1989年)
Author: Jidanni, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

 

 

もちろん、九龍城砦の住人のほとんどは、まじめな、働き者の人たちであり、お医者さんや歯医者さんといった知識人もいれば、日常の雑貨を売るお店屋さんやスーパーみたいなのとか、床屋さんなど、要すれば、国家権力が届かない「九龍城砦」という一つの独立共同体が存在していた。

ストロエスネルの場合、貿易、というお題で発生した、ブラジル・パラグアイの国家権力があまり厳しく取り締まらない(わいろを絞り取っていたとは言いません)、一つの巨大なスラムだった、という事が言えると思います(繰り返しますが。過去形です。現在はデル・エステという都市になっています)。

こういった場所の常で、いわゆる反社組織が強い力をもっていた。これがリオデジャネイロのスラム(ファヴェーラ)だと、「コマンド・ヴェルメーリョ」だのといった組織が、警察を追い払ってデファクトの権力を大っぴらに握ったりしていますが、ストロエスネルの中国組織はもっとクレバーで、別にパラグアイやブラジルの国家権力とケンカするでもなく、でもストロエスネルの貿易を牛耳る中国商人の手綱はしっかりと握っていたらしい。

時代は過ぎ。

ブラジル製品もいちおう外国製品と肩を並べる品質と価格になってきて、それほど密輸のうまみはなくなってしまいました。

でも、以前からつちかわれた、中国人のコネクションを通じたパラグアイからブラジルのへの輸送販路は継続され。

現在は、穏やかな国境都市デル・エステから、「友情の橋」を渡って、中国や東洋の特産品をサンパウロの東洋人街へ運ぶ重要な拠点になっていると理解します。

友情の橋

História e curiosidades sobre a simbólica Ponte da Amizade

 

 

こないだサンパウロの東洋人街に行ってきましたが、以前の日本人街だった時の、日本書籍店や、日本食品店が並んでいた、一種のどかな風景から変化して、すさまじい数の極小店舗が雑居ビルに密集した九龍城砦みたいなのが生まれており、びっくりしました。

まあ、ブラジルの九龍要塞は、明るくてあっけらかんとしていましたが。

東洋人街、雑居ビルの入り口。いろいろなお店の看板が密集しています。

 

内部はこんな感じ。クリスマスの飾りつけとががなされています。

 

 

というわけで、どんなものが売られているかというと、こんな感じ

 

 

これらがすべてデル・エステ経由か、あるいは直接サンパウロ空港からなのかはわかりません。

というわけで、やっと表題のタイガーバームにたどり着いたのでした。

そもそも、タイガーバームってなに?

軟膏です。世界中で売れているベストセラーであり、日本では第三類医薬品に区分されている、外用鎮痛消炎薬です。

このタイガーバームを見て、ストロエスネルでの記憶を思い出しました(以下、脚色しています)。

 

 

ストロエスネルでは、いわゆる担ぎ屋さん(パラグアイでの免税を利用して大量に買い付け、うまく「友好の橋」を渡ってブラジルで売りつける人たち)と、観光客としてやってきて、でもパラグアイで安く購入してブラジルに持って帰る人が主な客であり、特に後者はせいぜいお土産程度しか買っていきませんが、上の写真みたいにひしめく店舗に展示しているタイガーバームふくめ、もろもろの輸入品を、「やったー中国の本物を、ブラジルの政治家に中抜きされない値段でゲットだ!」と大喜びして買っていきました。

そんなお客さんたちを見ながら、とある中国のお兄さんのひとこと。

「タイガーバームには、実は古来のタイガーバームと、一般向けのタイガーバームがあるんだ。古来のタイガーバームは、歯が痛ければ歯に塗る(本当は歯茎か?)、おなかが痛ければお湯に溶かして飲む。肺がやられたらお湯に混ぜて吸引する、という事で、なんにでも聞く万能の薬なんだけど、お湯に溶かすとか歯に塗るとかはちゃんとやらなければ副作用を起こすし、そう誰にでも売っていい薬じゃない」

「そこで、一般向けのタイガーバームには、消炎・鎮痛の外用塗り薬という部分をのこして、世界のどこでも売れるようにしている。みんなが買っているのはこっちの方なのさ。でも中国人には、古来のものを売っているし、欲しかったら売ってあげるよ」

ということでした。

さて、「古来のタイガーバーム」に何が成分として入っているのか、もちろん聞くことはしませんでした。する人は4にます。

奇跡の万能薬タイガーバームは、現在では、外用消炎鎮痛薬、第3種医薬品として順応し、日本に世界に愛されています。

デル・エステから送られてくる現代に合致したメントール薬品タイガーバーム。

時代の流れは、少しづつでも「風の時代」に向かっているのかな、と願っています。

アメリカにもタイガーバームちっくなのがありました

https://jp.rohto.com/mentholatum-ointment/ointment/

 

 

ではでは

Posted by 猫機長
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アートの力で悪徳政治をぶち破れ!

Amebloのブロ友さんで、毎回すごい情報量で圧倒のアート記事によって読者を魅了するすごいおにいちゃん「bunsho-san」と、こんな対話をしました

 

ぼく「ダダは、無意味であることに意味を見出そうとして、躓いてしまった一方で、バカボンパパの言動は、まさに天性のダダと思います。赤塚不二夫さんからさかのぼり、葛飾北斎や写楽、はては法隆寺の落書きなど、日本はカリカチュアの宝庫であり、このカリカチュア精神(天性ダダ的な「無意味の力」による「常識・正義の粉砕」)で、戦争などのゆがんだ正義をゆるさない、おこさせない、そんな世界を願っています。」

 

Bunsho-san「今回のブログ(Romantique issue No.421 架空美術展『今こそ、DADAへ。』開催)で伝えたかったことが猫機長さんにちゃんと伝わっているようでとても嬉しいです。アートの力、なんてそんなものあるのかと思いつつ、アートの力を(音楽とか写真や映画とか、ユーモアや詩、文学の力も)信じたいと強く思っています。」

 

この対話は、ダダイズムという芸術運動が当時世界のゆがんだ常識(第1次世界大戦を巻き起こした帝国主義)に、どのようなアンチテーゼをもたらしたか、というお題で意見交換したもの。

ダダイズムとは、詳しくは別記事(神は死んだのか)で説明しているので、定義とかはスルーしますが、第1次大戦の殺し合いがいかにバカげているのかを暴いた側面が強い運動だったと理解。

でも、一方で、毒ガスだのなんだのの「残虐なる新兵器」を使用した無意味な殺戮がなければ、ダダも発生していなかったかも。

政治とアートは裏表一体のところがあり。

本当は、アートはそれそのもので存在すべきで、政治なんていやだよーん、と思うのですが、そう単純に分離できず。政治から逃げると、かえって悪い政治家にアートを利用されて、それに気づかない、なんてことも起こるので、要注意なお題ですが取り上げざるを得なくなってしまいました。

さて、政治とアートのつながりというと、これが有名ですね

ボッティチェリ 「ヴィーナスの誕生」1483頃

 

 

ここでのヴィーナスさんは、実はシモネッタさんという実在の人物であり、そのシモネッタさんは、時の権力者メディチ家のあんちゃんジュリアーノ・デ・メディチくんの彼女であり。この絵が完成する5年前くらいに、ジュリア―ノ兄ちゃんは政敵の刺客により惨殺されてしまったこともあり、オマージュそしてメディチ家の権力誇示に絶大なる威力を発揮したものと理解します。

言ってみれば、美術作品は当時の「カール・ビンソン」だったのかもしれません

原子力空母(カール・ビンソンかは不明。ははは)

Pixabay無料画像

 

 

この当時の作品は、アートが前面に出ていて、「ヴィーナスの誕生」にしても、シモネッタとかは嘘っぱちだ!という意見も多く。一方で、ボッティチェリはじめ当時の美術家は、メディチ家などパトロンの援助があったからこそ才能を開花させることができた。

人類にとって幸いだったのは、メディチ家が事実上「芸術の庇護者」として、体を張って芸術の育成と保護に努めたことにあると考えます。

典型的なのがロレンツオ・イル・マニーフィコ。本人自身が芸術家であり、子供のころから詩や絵画などになじんで育ってきた。戦国状態のイタリア諸都市国家の中で、フィレンツェを強国として定着させた恐るべき政治家ですが、一方で、その政治は大砲による武力制圧というより、人々の心をいやすことによって支持を得、敵を倒し、意外と平和に上り詰めた(と言って生馬の目を抜くルネサンス時代ですから、陰惨な策謀術数、殺し合いもしたと思いますが)。

フィレンツエの僭主、ロレンツオ・オ・マグニフィコ。

 

 

要は、マニーフィコはまずは風流人、芸術家であって、芸術を守るために、仕方なく芸術を空母みたいに使うしかなくなった、と理解するのは、買い被りでしょうか?

これらのアートは、現在では政治的権力のデモンストレーションという側面は薄れ、アートとして、空母級のインパクトで世界に君臨しています。

アートの世界の原子力空母たちは、ウフィツィ美術館というところに多数が集められていますが、これはメディチ家が没落、と言って怒られるのなら事実上断絶した時、最後の一人となったアンナ・マリア・ルイーザさんが「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されることを条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈した(wikipedia)」ためです。

メディチ死すとも美術は死なずと、体を張って芸術を残したから、今でも万人に開かれた形で閲覧できるのですよね。。。。

つまりは、どこまで政治利用なのか、どこまでが芸術そのものか?という議論が発生し得るほど芸術あふれる(アートそのものの重要性が理解されていた)時代だった。

ところが、時代が下るにつれて人間もしょうがなくなってゆき。

ダヴィッド「アルプス越えのナポレオン」(1801)

 

 

この絵が政治的アジテーションの道具だということに、異論をはさむ人は少ないと思います。

時の権力者も、自分自身をプロモートするしか能がなくなってしまいました。

一方で、新興勢力も自我を確立しつつあり。こんな絵画で政治主張を始めるようになりました。

ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」1830年
当時のフランス国王を打倒した7月革命を描いています。

 

 

こうして、体制側のプロパガンダだけでなく、被支配層からのレジスタンスという形での政治的利用も顕著になってきました。

時代は下り。7月革命ではマスケット銃だった武器も、1914年には機関銃に毒ガスとなり。

体制側はこんなアートで「戦争は正義だ!」とアジりました。

https://www.gizmodo.jp/2018/02/ww1-propaganda-posters-are-gorgeous-but-messed-up.html

自由の女神か?

アメリカ人にとって、萌えキャラっていうのはこんな感じなんですかねー

 

 

https://ja.topwar.ru/8413-plakaty-pervoy-mirovoy-voyny.html

こんなのもあり。白馬の騎士がロシア。竜がドイツらしい。

 

 

しかし、実態は正義もへったくれもなく、王様や貴族の都合で、市民同士の殺し合いをさせられていることに気づいた人たちが、白馬の騎士とかに騙されるな!こいつら(体制側)の言っている正義なんて真っ赤な大ウソなんだ!という叫びがダダイズムを生むことになり。

デュシャン「泉」(1917)

ポルトガルの美術館で展示されたレプリカ。

http://pt.museuberardo.pt/noticias/inauguracao-da-exposicao-no-place-home

 

 

当時の正義、良識、常識といった価値観をガラガラぽん、と破壊する芸術を生みました。

しかし、その後も戦争はじめ社会の不条理は爆発し続け。アートも正面からこれら政治の不条理に対決するようになり。

ピカソ 「ゲルニカ」(1937)

 

 

ところで、知らないうちに、アートは政争の道具になってしまっていたのでした。

ゲルニカにしろ、素直に見れば爆撃の被害にもがき苦しむ市民を描いた反戦画ですが、一方で「米英におもねってフランコ政権を貶めようとしたバイアスのかかった絵だ」なんていう人もいるらしい。

そもそも「反戦画」という時点で、政治的な側面を持つことを避けえなくなってしまっています。

一方、体制側は「いさましく、バンバン敵をやっつける皇軍を描け」といったのに、画家のほうでは、そんなふざけたプロパガンダの片棒を担ぐのは、前線で虫けらのように殺されている兵隊さんを考えると忍びない、と思ったかどうか、こんな絵もあります。

藤田嗣治 「アッツ島玉砕」(1943)

戦争画とは?「アッツ島玉砕」などの有名作品・戦争時代を生きた画家について詳しく解説

展示された当時、絵の前にひざまずいて涙を流し、

手を合わせる人が絶えなかったそうです。

 

 

美術って、こんなに凄惨で、生々しく、暗澹たるものだったのだろうか?

やっぱり、美術は、政治とは離れて、希望とか明るさとか、そういったもので人々を満たすものであってほしいですよね。

そんな絵も、ちゃんとありました

仙厓和尚 「犬図」(19世紀)

 

 

きゃふんきゃふん。ほわほわ。あーよかった。。。

こんなアートが世界中にあふれ、それを見て育った子供たちが政治家になっても、やっぱり希望に満ちた政治になる。そんな世界が来ることを願っています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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羽ばたき機のお話

空を飛ぶのは人類発祥からの夢であり。

古今東西の幾多の神話や物語で、翼によって自由に空を飛ぶ天使みたいなのが生まれました。

典型的なのがキリスト教の使徒たち。

受胎告知 ダヴィンチ

 

 

なんかぶきっちょな翼をはやしており。これじゃあ、すずめにぐんぐん追い抜かれ、やーいやーい!ちゅんちゅん!なんていじめられそうですが、そんなことより、大天使ガブリエルは主エホバのメッセンジャーとして、恐るべき知らせをマリア様(画面右側の素敵女子)に伝えようとしています。

「よう姉ちゃん。戸棚に隠してあった僕のあんぱんを盗んで食べちゃっただろう」

というのではなく、もっとまじめな場面ですが、ここでは本題ではないので、こちらの記事に譲ります→日本美術と西洋美術の違い

ギリシャ神話になると、ヘルメスというお兄ちゃんがおり。

足の裏の感覚と「お金をかせぐ限界値を外す」(大嶋信頼)————翼あるサンダルの神 | hermioneのブログ  かるやかな意識のグリッド(の風)にのる (ameblo.jp)

 

 

翼の生えたサンダルでそこかしこを自由に飛び回っていたらしい。

一方、泥棒はするは、素敵女子はかどわかすわの、しょうがない奴でもあり。でも本題ではないのでここでは書きません。

なお、翼の生えた帽子も空を飛ぶのに一役買っているはずなのですが、ぐぐってもサンダルばかりが強調されていました。ふしぎだな

ちょっと脱線して、カップのナイト

 

 

こちらの翼は、空を飛ぶためではなく、遠くから良い知らせをもたらしてくる、というメッセージのシンボルだそうです。

この記事を読んでいるタロット素敵女子で、もっと情報があったらコメントしてね!

占いつながりで、「動物占い」というのがあり。

やってみたら「あなたはペガサスです」と出ました。

皆さんもどうぞ。リンクは→https://www.doubutsu-uranai.com/uranai_12chara.php

 

 

ゆるキャラのイラストだからいいけれど、本当に天馬なんて存在したら、かなり気味の悪い生き物になっていると思います。

パイロット同士の会話で「こないだその辺を飛んでいたら、のらペガサスと衝突しそうになっちゃった。こわいね」とかもあったりして。

さて、いよいよ真打の登場です。

その名も「イカロス」

イカロスは、キリスト教の天使でもなく、ギリシャ神話の英雄でもなく。

ギリシャ神話に登場こそしてきますが、ただの人間。その辺のどこにでもいるクズ野郎でした。ははは

ところが、ひょんなことから、「大空が俺を呼んでいる!」と、鳥の羽根とロウ(蜜ろう)で自作の翼を作り。ロウで自分の背中にくっつけると、おおおおー見事に羽ばたいて大空にまいあがったぞ!という、マンガとしか思えない展開ですが、フクロウのごとく羽ばたいて見事な飛翔をしたらしい。

ふくろうカフェ。かわいいな

長野県初フクロウカフェオープン | ふくろうカフェ楽園のブログ (ameblo.jp)

 

 

でも、これって。。。。

翼を自作して、空を飛んだ。

つまり、飛行機のことですよね。感動した!

こうして、イカロスは、地上でほざいているただの屑から、塵みたいな小さな飛行機(翼)で空をとぶ、世界初のパイロットすなわち「大空の屑」になったのでした。ぼくとは空つながりの屑なかまだったのですね。。。。

イカロスはそのあと墜落し「星になった少年」と化してしまいましたが、さいわい、ぼくはまだその前段階の「大空の屑」です。長生きしたいと願っています。

 

 

さて、ギリシャ神話では、いとも簡単に翼を作り、羽ばたいて飛んでいますが、現実は厳しく。

人力や機械の力で、いくら人間が羽ばたき機を作ってもうまくゆかず。

落胆していたら、「羽ばたかなくてもとべる」というもう一つの方法を発見、というか再発見しました。

コンドル。一回も羽ばたかずに170キロは飛ぶらしい。

 

 

つまり、アホウドリやコンドルが滑空しているのを、まねるほうが現実的だと気が付いた。

この場合、羽ばたいて自分から風を発生させるのではなく、季節風だの、断崖に吹いている風や山岳風だの、要するに自然に吹いている強烈な風を翼にあてて揚力をうみだすという、ちゃっかり屋さんの飛び方を極めることになり。

リリエンタールあたりの世代でグライダーを発明或いは性能向上し。サントスデュモンに至って、翼は揚力、エンジン(プロペラ)で自分から風を作って翼に送風する(実際は飛行機が前進して向い風を作り、翼に当てている)という技術を編み出しました。

この当時から、後付けちっくに、翼の上面と下面の流れの違いで気圧に差がうまれ、その結果翼が持ち上げられる、という揚力の理論が解明されてきた。

リリエンタールによる鳥の翼の研究。

(翼理論の芽生え(リリエンタール、ラングレー、ライト兄弟の飛行)

 

 

リリエンタールのグライダー

https://www.aerobase.jp/aerobase-blog-20201115/

 

 

サントスデュモンの飛行機。おしりにプロペラのついた先尾翼機です。

https://webkits.hoop.la/topic/14-bis-santos-dumond

 

 

というわけで、とにかく飛べるようになったぜ!と現在の飛行機はみな「固定した翼」になっています(ヘリコプターは飛行機とは言えせんので、念のため)。

一方、鳥や昆虫たちは、なぜ羽ばたきで飛べるのか?

最近になり、やっと解明されてきたところに、「翼で空気の渦を作り」その渦による気圧差をうまく利用して空に浮かんでいるという事がわかってきました。

これを、気流の流れが剥離して生まれる「前縁渦」というそうです。

「固定翼」の飛行機では、いかに翼に沿って気流を流すかがポイントで、「剥離」や「渦」なんて呪いのワードであり。失速・墜落一直線の、言っちゃいけない言葉なのに、よりによって、鳥や昆虫たちは、自分から渦を発生させることにより揚力を発生させていたという恐ろしい事実が明らかになってきました。

ただ、この方法で揚力を発生させるためには、すさまじい数の羽ばたきを行わなければならず。スズメで1秒間に17回、ハチドリになると80回は羽ばたいているらしい。

 

 

とても人間の技術で、秒間80回(17回でも)も羽ばたきできるつばさなんて作れないのでした。ははは

一方、オーニソプターと言って、模型の世界では羽ばたき機が実用化され、じっさい飛行場の鳥を追い払うために使われているものもあるそうです。でも、人が乗れる大きさ(重さ)となると、実用化は難しいらしい。

オーニソプター。

 

 

ところが、人類が血のにじむような努力の末に空を飛ぶことができるようになったのに、そんな努力なんて、なにそれおいしいの?と、はるかな古代からそのへんを自由に飛ぼ回ってきた、恐ろしい存在があるのです。

その名も「飛天」

Wikipediaでは「仏教で諸仏の周囲を飛行遊泳し、礼賛する天人。仏像の周囲(側壁や天蓋)に描写されることが多い」となっていますが、航空力学的に言えば、翼がないのに飛んでいるという、レッドカードだ!の約束破り、規則破りの「魔物」です。

メビウスの帯みたいな「はごろも」で揚力を得ているらしい

https://www.bilibili.com/video/BV12y4y1x7uQ/
 

要するに、女性です。

というか、この世の女性たちは、すべて飛天です。このブログを読んでいる素敵女子たちも、空を飛ぶための「羽衣」をどこかにしまい忘れているか、あるいは忘れたふりをしてどこかに隠し持っているのです。

細心の空力理論が解明されるにつれて、鳥や昆虫が羽ばたいて飛ぶ原理も解明、再現できるようになっており。

いがいな近未来に、てんとう虫みたいに翼を伸ばしたりしまったりする「空飛ぶ車」が実用化になるかもしれませんね。

天使のいる風景

 

 

ではでは

Posted by 猫機長