タグ: がんばれウクライナ

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短編集:お料理、絵画、Quoraと居合

短編集続き。今回は①お料理、②絵画の世界、③Quora質問リクエストに答えて、④居合です。

①NHK今日の料理

ではなく、猫機長今日の料理、行ってみます。

時には豪華にということで、①長ネギ、サラミ、インスタントラーメン購入。ちなみに長ネギは太目のやつと細めのやつの2つの束に分けておきます。②ここで玉散る鋭利なはさみを取り出し、③細めの束を切り刻んでいきます。ちょきちょき。。。④この辺で水を入れたなべに点火。⑤どんぶりの中で切り刻んだ長ネギにしょうゆ、味の素、食用油をからめて混ぜておきます。⑥一方で、太目の長ネギをまるかじりだぜ!辛くて耐え切れん、というときにサラミを食べます。至福の一瞬。⑦そうしているうちにお湯が沸いてくるのでラーメンを入れます。大学時代からの技でアルデンテに仕上げます。⑧というわけでおいしいネギラーメンの出来上がり。おそまつさまです、ちゃんちゃん。

 

 

②カンディンスキー

少年時代より、なぜかこの絵「コンポジション8」にこだわりがあり。どこかでみたなーなんですが、あれ、もしかしてこれって操縦席からの眺めじゃん、なんて気づきました。もちろんカンディンスキーが生きてたら「ふざけんなー!」でしょうが、死人に口なし。悔しかったら化けて出てみろー!ぎゃははは!

 

 

③Quora質問リクエストに答えて

「Quora(クオーラ)は、ユーザーコミュニティで作成、編集、運営を行うQ&Aサイト(Wikipedia )」だそうです。なんとなく2Chみたい、なんて言ったら怒られるかもしれませんが、ランダムに立てられたスレに回答する、みたいな感じ。気ままにいろいろなスレに回答していたら、名指しでぼくに回答してくれ、という質問スレが立ち。こんな感じで答えました、というのを抜粋。

頂いた質問:

「在日ウクライナ大使館が外国人で構成する「義勇兵」への参加を公式ツイッター上で呼び掛けたところ、元自衛官ら日本人約70人が志願したことが分かりました。志願された方々を 貴方はどう思われますか」

ぼくの回答:

個人としてみれば、とても勇気のある勇敢な行為と思います。国家という観点から見れば、元自衛官など、今後ロシア周辺国である日本がウクライナのような事態に直面した時、決定的な経験、情報、スキルを持った人たちが養成されているという理解であり、防衛省はこれらの人たちを戦後教官などとして招き入れるなどすれば、防衛力向上への大きな人的資源になると理解します。

人命を重視する西側諸国の一員として実戦参加し、必要とあらば捕虜になることで、死ななければ強制収容所(振武寮含め)送りにされる全体主義国家とは根本的に違った兵士として戻ってくることを期待します。

沖田総司。「ああ、斬れない。婆さん、俺は猫が斬れないよ」

画像出展:https://ameblo.jp/akira-typeo/entry-11459556216.html

 

 

これにより、陸上自衛隊が、二度と旧帝国陸軍とならぬよう。また「たちかぜ事件の海上自衛隊」が「敵も味方も同仁の明治海軍」に復帰できるよう、重要な人材が得られることと信じます。

小生食用のために鶏を斬ろうとしましたが、殺すことができませんでした。今回の戦争で、眉一つ動かさずに敵兵という人間を殺すことを覚えた人材が日本の自衛隊に還流することは、兵自身のみならず一般日本市民の生命を守るために決定的な重要性を持つことと理解します。

人間性を失わずに殺し、生き残ること。西欧の軍隊(ウクライナは東欧ですが、原理は西欧の軍隊と合一化して動いているとの理解です)での経験により、旧軍とならない日本の防衛装置の確立に重要と考えます。

④居合

幕末。江戸の北辰一刀流小千葉道場に、土佐生まれの血気盛んな若者が。

その名も坂本龍馬。

めきめきと剣術の腕を上げて、皆伝並みに強くなりました。

「いひひひひ、これで並み大抵の野郎なら一撃で斬り倒せるようになったぜー!黒船で押し寄せてきやがる南蛮人どもをさくさく斬りきざんでやる」

と血気にはやっていたのを見かねた上役の松平春嶽が

「きみきみ刀を殺人に使うなどと物騒なことを考えてはいかん。だいいち人の血でさび付いた刀は研いでも使えなくなっちゃうぞ」

「おおお松平様、ぼくは貧乏で刀は一振りしかありません、じゃ人を斬るのはやめますね」

「そうそう。人を斬るなんて時代劇でも口にする言葉じゃないね。もっとも刀の錆にしたい奴もいるがな」

「ええええ?平和主義の松平様でもそんな奴がいるんですか?もしかして、松平様が大好きな、わかばのたい焼きをくすねてドロンした空き巣のことでしょうか」

「それに近いが、もっと悪いやつだ。そいつは南蛮人と結託して日本を商売人に売り渡そうとしているのだ」

「ええええー!そいつこそ輪切りにぶった切ってやります」

「だから刀を人殺しに使うなと言ったではないか。確かにぶった切ってやりたいとは思うがな。そいつは赤坂に住んでいる、勝海舟というふざけた名前の野郎だ。ここに地図もあるからよかったらやるぞ」

「ありがとうございます。ようし、こうなったら日本のために、勝とかいう「働かないおっさん」をぶった切ってやるぜー!」

「これこれ物騒なことを言うなというに。わしは勝を切れなんて一言もいっておらんからなー」

と、松平のおっちゃんにけしかけられたのか、あるいは血気にはやる若者の情熱なのか、気が付いた時には勝さんのお家に到着していたのでした。

マッチ売りに変装して、勝家の戸を叩く龍馬

「おっさんよう、マッチ一本いらねえかい」

「ちょうどマッチを切らしていたところだ、どうぞお入んなさい」

戸を開けた使用人さんを蹴り倒し、勝さんの部屋に乱入する龍馬。

「ようおっさん、三枚におろしてやるから覚悟しな」

しかし、勝海舟は舶来の椅子にすわったまま全く動じず。

悠々と地球儀を持てあそぶ勝海舟に、龍馬は刀が抜けず。

「う、ううう?ううーむ?」

隙だらけのようで全く隙のない海舟は、地球儀をかざしながら、竜馬に言って聞かせました。

「あっしを斬ったところで、せいぜい君が塀の内側に落ちるくらいで、世の中全然変わらないよ」

と地球儀を見せながら

「ごらん、この地球儀の中で、大きなヨーロッパ大陸がある。もっと大きなメリケンがある。エゲレスやメリケンでは、電線というものでエレキを町中に配電して、夜でも明るいナショナル電球が煌煌としているのだ。町にはテロの標的になるような超高層ビルが建っており、線路の上ではデゴイチ機関車がごうごうと走っているのだぞ」

 

 

想像もしなかった事実を聞かされて、きょとんとする龍馬。

「おっさん、おフランスじゃあ素敵女子と真昼間からデートしてても怒られないんですか?」

「当たり前だ。フランスでは仕事よりも新婚旅行の方が大切なのだ。だが、そんなことより、NASDACというのがあって、全米の主要な株が取り引きされているのだ。そして、うまく高配当株を組み合わせれば、配当生活でアーリーリタイアも可能なのだぞ」

雀躍する龍馬

「勝先生スゲー!ぜひ先生と一緒に海運会社を立ち上げて、イランからガソリンを買い付け、日本をエコノミックアニマルの大資本主義国家に発展させましょう。みんないっしょにジャパニーズビジネスマンだ!」

優秀な若者を説得できて喜ぶ勝さん

「よしよし、ではいっしょにサンバパーティーで楽しくお祝いをしよう」

と、龍馬さんとなかよく街角のサンバホールに遊びに行き。

サンバパーティー

https://www.youtube.com/watch?v=Lzb1BSyy4ZQ

 

 

それから龍馬さんは勝さんのお弟子さんとなり、明治維新の基礎を作ったのでした。

ううむ、坂本龍馬フアンの人たちに怒られそうだ。決して龍馬さんをけなしているわけではないので、許してくださいね。。。。

おっとこの文章の本題を忘れるところでした。

こういう場面で、なみの武士であれば、相手より先に斬って勝つ。

でも、達人は「抜かずして勝つ」。

龍馬さんは、皆伝並みの腕だけれど、勝さんの前で刀が抜けませんでした。

勝さんも、直心影流の免許皆伝で、斬りあいに持っていけば勝さんが優位だったかもしれません。

でも、勝さんは龍馬さんを「気で威圧して、抜かせませんでした」。

そして、龍馬さんを説得したうえで、斬りあいの流血沙汰なんて非生産的なことではなく、欧米帝国主義に対抗するための重要な人材として龍馬さんを取り込んじゃったのでした。

これが、「抜かずして勝つ」ほんものの居合の姿だと思っています。

というわけで3000字越え。ではでは。。。

明るいナショナルメドレーhttps://www.youtube.com/watch?v=Kw76bnsS5hU

 

Posted by 猫機長
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タロットに見るアートのエッセンス

誰もが知りたい未来の秘密。運命のゆくえを紐解くタロットカードは、IT時代の今日でも世界中で親しみを持って使われ続けています。

中世から現代まで、いろいろなタロットが生まれ。一枚一枚のカードを彩るアートも、千差万別のバラエティに富んでいます。

例えば、1番最初のカード「魔術師」にしても

https://i1.wp.com/oficinadasbruxas.com/wp-content/uploads/2014/05/cartas-o-mago.png?ssl=1

左から、ウエイト版、エジプト版、神託のタロット

 

 

和製の「軍国百人一首かるた」みたいなのもあり。

http://cosmosmococo1689.blog.fc2.com/blog-entry-4.html
 

 
名前からしてアートです、みたいな「アールヌーボー版」なんてのもあったりします。

https://br.pinterest.com/pin/417920040422972565/?amp_client_id=CLIENT_ID(_)&mweb_unauth_id={{default.session}}&simplified=true

 

 

時代や地域によって変化する美的感覚で、いろいろなタロットがもてはやされてきました。今日の日本でもてはやされるタロットは、たぶん上のアールヌーボーとか、こんなのではないでしょうか?

https://www.illust-factory.com/sample_a47/

かわゆい猫タロット

 

 

一方、浮世絵の美人と、現在の美人のイメージが必ずしも合致しないように、時代時代の美的感覚にマッチしたタロットは、時代が変わればあまり顧みられないようになり。代わって新しい時代にマッチしたカードが登場。

現在ポピュラーなカードがウエイト版との理解です。「1909年にロンドンのライダー社から発売され、イギリスでタロットと言えば、ほとんどこれを指すほどになった(Wikipedia )」など、いくつかの国では代表的なタロットの地位を築いているようです。

一方で、「1650年頃(Wikipedia )」と、現在とは美的感覚も相当違っていたはずの時代に生まれながらも、多くの愛好家から「タロットの源泉」「あらゆるタロットの中で最も本来の姿を保っている(Wikipedia)」すなわち「本物のカード」として、現在でも主役の座を明け渡さない、すごいカードが存在します。

それが「マルセイユのタロット」

 

 

マルセイユのカードは、絵柄はちょっとおどろおどろしいけれど、圧倒的な迫力をもって迫ってきます。「猫タロット」が、かわいいいいいい!だけど、「かわゆい」の一言で終わってしまうのに比べ、マルセイユのほうはカードをめくる一人一人に、魂の奥底から揺さぶるようなインパクトを与えています。そして、カードの奥底から放射される恐ろしいエネルギーをもって、観る人を虜にしてしまう。そんな魔力を秘めたカードです。

その魔力は、どこから出てくるのでしょうか。

マルセイユのカードがアートなのは、マルセイユがアートになろうとしなかったことこそにその源泉があるのだと思います。

以下、マルセイユ版「魔術師」についての考察です。

机の上に、ナイフやコイン、カップなどが並べられています。

これらの品物は「火・風・土・水」すなわち万物の元であり。魔術師が若者であることとともに、「すべてのスタートであり、無限の可能性が広がっていますよ」という意味なのです。

ここで、他の版との違いが浮き彫りになります。ウエイト版のように、比較的忠実に机の上の物品、つまり「どのような存在にも変化しうる未来」を示したものもあれば、猫タロットみたいに机(変化が起こる、スタートの場所が用意されましたよ、というメッセージ)が最初から無い、なんてカードもあります。同様に、アールヌーボーも、アートとしては美しいけれど、美しい青年とその付属物の絵、になってしまっていて、マルセイユ版のような生々しいメッセージの提示はなくなってしまっているのでは?と思います。

まあ、マルセイユ版を使い倒して、そのうえで他のカードを使うなら、例えばエジプトタロットの机にある壺は要すればカップであり、神話タロットでお兄ちゃんが持っているろうそくは、本来であればワンドなんだな、と合点がいくものと思います。

つまり、マルセイユ以外のタロットは、マルセイユにインスパイアして、見栄えをよくした各時代のポップアート、という事なのかもしれん。

いわゆる一つのポップアートの金字塔として「50年代アメ車」があります。

平べったく巨大な車体と、巨大なテールフィン

画像出展はいずれもhttps://web.motormagazine.co.jp/_ct/17440107/album/16798476/image/16928828

 

 

つまり、50年代では、こうゆう走行性能とはあまり関係ない、巨大な、装飾でゴテゴテの車が「かっこいい!」日常の足だったわけで。

でも、今日では「博物館で見る美しいクラッシックカー」ではあっても、これで日常的にスーパーにお買い物、というのは、ちょっと抵抗があるのではないでしょうか。

一方で、さらに前の1930年代に作られたのに、多くの国々で、まだまだ日常の足として「おしゃれだね」という車が存在しています。

このブログの読者であれば、すでにお分かりですよね。。。。

世界の名車かぶと虫。

パン屋さんへ行ったら、もう一台、うすこげ茶?のが駐車していました

 

 

かぶと虫には、50年代で流行したテールフィンはないけれど、テールフィンの流行が去っても、車としてのエッセンスはずっと持ちづつけていたので、今日まで現役で残り。街角でちょくちょく見かけます。部品とかもフツーに生産されていて、これは工業面から言えば画期的な現象らしい。

マルセイユ版タロットが今日まで残っているのも、すべてのタロットの源泉となるエッセンスが隠されているからと理解します。どんなエッセンスがあるのか?そしてどこに隠れているのか?

マルセイユ版と、ウエイト版を見比べてみましょう。

 

 

ここでは、マルセイユ版のおにいちゃんの帽子に注目してください。

なかなかおしゃれな帽子じゃん?いえいえアートな帽子を目指しているのではなくて、∞を図案化しているのです。

∞すなわち「無限大」。そんなわかりにくい「絵解き」にしないで、ウエイト版みたいに、兄ちゃんの頭の上に∞と描けばいいじゃん?

いえいえそういうわけにはいかないのです。

マルセイユ版が成立した時代は、中世の封建主義から大航海時代の絶対主義王権が確立されていった時代であり。教会あるいは絶対君主がキリスト教の名において独裁的な政治を「合法化」していました。

この時代は、「神の作りたもうた秩序が永遠に続く」ことこそが正義であり。唯一ひっくり返すとすれば「終末のラッパが鳴り響く」黙示録の時代が到来した時で、いつ到来するのかは「神のみぞ知る」なので、ともかく「今日を牛馬のように働け」そして「そのまま生涯現役で働き、廃人になって死んでしまえ」という事が「キリストの教え」とされていた時代であり。

要すれば「今日と違った、より良い明日があるかもしれない」「より良くしたい」「より良くなるかどうか知りたい」などという考えは、悪魔のささやきであり、神の与えたもうた今日の境遇を、死ぬまで文句をいわずに受け入れなさい、ということである。

そういう「教義」「権威」が最も嫌うものは、まさに「人間は無限大の可能性を持つ」そして「(占い含めて)その可能性を開花させるために努力する」ことであった。というわけで、表立って∞だのと書き立てたら、ひっとらえられて火あぶりになったらしい。

この辺は、敬愛するブロ友のべるっちさんが「知ってる?マルセイユ版の愚者に0が無い理由」で書いてます。また、拙ブログの「神と人と物」のトマス・アクィナスのくだりでも書いていますので、ご参考まで。

つまり、マルセイユ版タロットが他の追随を許さないのは「必要な情報を、必要な形で」すべて含んでおり、必要でないゴテゴテした飾りは全くない、そして、出し方を間違えると、強権によって処刑されるが、しかしだからこそ人々のために本当に必要な情報をうまく「絵」という「抽象の核」に包んで教えてくれている。

こうした、一見簡略化されたような絵柄の中にこめられた真理が、カードの奥底から強大なオーラとなって、人々の魂を突き刺す。

マルセイユタロットの美を「おどろおどろしい」「生々しい」と書きましたが、むしろ、軍艦のような、極限まで鍛えぬいた結果生まれた「すさまじい」機能美と形容するのが良いのかもしれませんね。

航空戦艦「日向」。プラモの箱絵。

出展は:https://ameblo.jp/a-itougunkan/entry-12615470400.html

 

ではでは。

Posted by 猫機長
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飛行時間800時間到達

まずは、Ameblo公式ランクインに感謝。今回の1位は「三十三間堂」という珍しいタグで、記事は、先週掲載の「不条理演劇とロマン主義的イロニー」でした。見に行ってね!

 

 

さて、本題です。。。

今年初めはいろいろあって全然飛べず。4月になって、気候も穏やかになり、久しぶりにその辺を飛びました。

穏やかな青空が広がる、乾季初めの空

 

 

小さな飛行機で飛んでいます

着陸後、なにげにログブックを記載していたら、知らないうちに飛行時間800時間に達していました。へえー

 

 

800時間というのは、多いのか少ないのか?

コミューター会社のパイロット募集だと「総飛行時間500時間以上(2000時間以上優遇:http://www.sacc.co.jp/saiyou2.html)」などとあり。でも、よく見たらヘリパイロットの募集でした。ははは

はっきりした基準はないらしいが、プロのパイロットは1000時間を越えればベテラン、アマチュアはその半分、という事で、500時間がフツーの飛行機乗りとしての一つの指標かもしれん。

幸い、これまで一度も落っこちることなく飛んでこれたので、ますます安全運転を意識して、のしのしのこのこ、その辺を飛んでいきたいと思っています。

高原の空をのし歩きだ!

 

 

これまでどんなところを飛んできたかというと

赤丸がぼくのホームベース、青丸がブラジリア国際空港、黄色い丸がゴイアニア国際空港。赤い線が一番長距離の飛行で、カルダス・ノーバス国際空港に行きました。直線で片道260キロ、片道2時間くらいかかりました。

カルダス・ノーバス空港での写真をちょっとだけ掲載。詳しくはこちらの記事をご参照→レディオ空港で管制飛行の練習

 

 

ちなみに、近年、航空当局が法律の整備というか整備しようとして実は混乱に陥っており、身に覚えのない違反だの罰金とかが来るのはいやなので、ここ数年は管制空港へは行っていません。かなしいな

というわけで、管制のない地方空港とか農場の滑走路におじゃますることが多く。農場によっては、目を見張るような立派な滑走路もあり。

例えばこちら→家電王の農場に着陸

 

 

上記の航空マップでは、緑色の線です。だいたい片道40分くらい。

さて、ここまで読んだ皆さん。「800時間になるまでに、落っこちそうになったりとか、いろいろあっただろう。書け書けー!いひひひひひ!」

と、意地悪く思っているお兄ちゃんも多いことでしょう。

実は。。。。という事で、いろいろあったのを列挙してみます。

ちゃんと修理していたことは忘れないようにしよう

マグネト―。こいつのせいでデートが。。。。

減速ギアがすりへった、プロペラがとまっちゃうぞ!

布張りあるある

ピトー管

などなど。詳しくはリンク先を見てくださいねー

さて、字数がまだあるので、最近の「飛行場の風物詩」をちらりとお見せします

◎セリエマ(Seriema)

とある吉日、車で自宅を出発、飛行場敷地内にはいったら、柵越しにトリさんが。

保護色になっていて、分かりにくいな。。。。

なかなかほっそりしてかっこいい鳥です。鳴き声はこんな感じ→https://www.youtube.com/watch?v=ha6Wdd8cjm4

 

 

飛んでいるのを見たことがないけど、飛ぶのも得意らしい。蛇をやっつけてくれる益鳥でもある。

◎カピバラ注意

自宅(ブラジリア市内)から飛行場(北西30キロ)までの道すがらに、最近変な道路標識が。

野生動物注意、でした。でも、カピバラって野生ちっくでないなあ。。。

 

 

◎六射六中

早朝にひとっ飛びした後や、雨の日などは、ハンガーで弓道ごっこをしています。

珍しく6射6中したので、さっそく写真を撮って自慢するのでした

このあと、裏手のハンガーに遊びに行き、帰ってきたら、飛行場管理人の飼い犬が寝ていました。

こいつはいいやつです。
 

もう一匹、見張ってないと飛行機のタイヤにお◎っこをする奴がいるので、そいつはハンガーに入れてやらないのでした。

今回は「おち」はなし。

空が好き。パイロットになってよかったと思っています

 

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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不条理演劇とロマン主義的イロニー

この記事は「不条理演劇」の記事と密接に関連しています。そちらも読んで下さいね。。。

さて、「ロマン主義的イロニー」です。

「若きウエルテルの悩み」という小説があり。ドイツらしいくそまじめな内容で、他人の嫁さんに恋慕したしょうがない青年ウエルテルが、悩み苦しみ、最後はピストル自殺しちゃう、という内容でした。

韓流ドラマなんてなかった1700年代後半のヨーロッパでは、衝撃のラスト!だったようで、ウエルテルの「後追い自殺」をしてしまう青少年が後をたたず。「読むペスト」などと恐れられる小説になってしまいました。

映画版:君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」

 

まだ純粋な青少年は、小説の内容に引き込まれてしまい。「他人事とはおもえない」と、小説の主人公に自分を重ね合わせ、主人公が自殺すると自分もおもわずやっちゃった、となったらしい。

ちなみに、これら少年たちは、「褐色のブーツに青のジャケット」と「ウエルテルの自殺シーンと同じ服装」で死んでいたそうです。コスプレの始まりかもしれん。

つまり、小説に感情移入するあまり、現実と物語の境界線がなくなってしまうのです。

驚いた出版社や作家側では、以後似たような小説の中で、次のようなシーンを挿入することにしました。

こんな感じ。

“ウエルテルジュニアは、耐えがたい哀しみのなかで、ピストルの銃口を自らのこめかみに当てた。

「さらば残酷な世界よ!」

引き金を引こうとした一瞬、

ぼこん!

突如後頭部に金属バットの一撃を食らい、昏倒するウエルテルジュニア。

意識もうろうと立ち上がると、そこには金属バットを手にして仁王立ちのブルゾンちえみがいた。

思わずブルゾンに向かって怒鳴るウエルテルジュニア

「このドアホが!あやうく脳天がかち割れて死ぬところだったやないか!この落とし前どうつけるんやごるああああ!」

怒鳴り返すブルゾン

「じゃかあしい!こんな小説の、口からでまかせ、嘘八百のいい加減な作り話で、死ぬもへったくれもあるかいボケが!それとも、おどりゃーはそのピストルで、このくず小説を読んでいるあほな読者の脳みそに風穴を空けられるちゅうんかい!」”

と、ここで、読者はあっそうか!今ぼくが耐えられない悲しみと思っていたのは、それはウエルテルジュニアの悲しみで、ぼくはこの小説を読んでいる読者だったんだ!と現実世界に引き戻され。

ここでの、ブルゾンちえみによる「金属バットの鉄槌」そしてその後の口上を、「ロマン主義的イロニー」というのです。

ブルゾンちえみ(現・藤原史織)

出展:https://www.dailyshincho.jp/article/2018/05080559/?photo=1

 

 

つまり、ロマン(幻想、虚構)の世界に迷い込んでしまった読者を、それまでのストーリーから外した・矛盾した皮肉の一撃!で現実世界に立ち返らせる、その皮肉つまりイロニーのことなのでした。

こうして純粋な青少年たちの自殺を防止することができるようになりました。めでたしめでたし。

ちなみに、ヨースタイン・ゴルデルというおっさんが書いた「ソフィーの世界」という本の451ページに、もっとおだやかな表現でロマン主義的イロニーの説明があるので、ぜひ読んでみてください。。。。

さて、人間社会には、疑いようのない「常識」と言うのがあり。

たとえば、人間としての「品性、徳行や信用」を高める行動は善だ、というのはフツーに明白であると理解します。

「品性、徳行や信用」を一言にまとめると「名誉」になります(Wikipedia)。

従って、名誉とは重要な価値である。ここまでは疑う必要のない「常識」ですね。

名誉をなにより重視したのが武士の世界で、トクすることだけを追い求めていた一部のアジアの数か国と違い、武士の国日本が明治維新で植民地化を逃れた事実は疑い無きと理解します。

ところが、こうした「疑いようのない」言葉を悪用して、権力があなたに本来の意味とはかけ離れた不条理を強要することがあります。

純粋な青少年が虚構の世界(小説や、映画など)に狂ってしまった、というような場合は金属バットの一閃もやりやすいのですが、国家権力や有識者などがこぞって「名誉は重要な価値だ」という「常識」で洗脳をかけてきたらどうなるか。

やり方が実に巧妙なので、だまされていると気づかず、「ウエルテル」が虚構であることを忘れて自殺してしまう青年のように、虚構をあたかも真実であるかのようにすりこまれ、家畜のようにふぬけにされたあげく、屠殺されてしまうのです。

その一例として。。。。

三十三間堂の通し矢、というのがあり。「京都蓮華王院(三十三間堂)の本堂西側の軒下(長さ約121m)を南から北に矢を射通す競技(Wikipedia)」である。

京都三十三間堂

 

 

通し矢自体は善悪もくそもなく、121メートルの軒下を、軒にぶつけず床に這わせず矢を通す、というだけのことですが、しかし、現代弓道の28メートルでも、あれれ届かない、というのが現実のところ、一昼夜かけて8000本以上の矢を射とおすということがいかに技術的・体力的・精神的に神の世界かということが理解できると思います。

この辺に江戸時代の殿様はじめ支配層が目を付けてしまい。

「わが藩の名誉のために日本一の記録を作るのだ」とこぞって競争するようになってしまいました。

この辺を恐るべき迫力でかいた「弓道士魂」があり。無料で全巻読めます(https://www.sukima.me/book/title/BT0000124683/)が、以下、ネタバレしないよう部分のみ抜粋しつつ紹介します。

記録を更新できなかったらどうなるか。

 

 

切腹です。

矢を8000本通すことと、名誉がどう関係するのか?

武家の世であるから、弓術に強い藩、というのはなるほど尊敬されそうです。でも、それと8000本なんてぜんぜんつながらないことは明らかだと思います。鉄砲あるじゃん、なんて無粋なことは言わずとも、弓取りの魂の弓で、みんな8本くらいは通せます、だったらスゴイ剛弓使いの藩だ、と「こわもて」くらいはするでしょうが、単に代表者1人が日本一と言っても、実利的にはなんの意味もないはずである。

ところが、殿様はじめこんな感じ

 

 

というわけで、雨が降ろうが風が吹こうが哀れな選手が人身御供に

 

 

こうして、いつの間にか「通し矢で日本一になることが絶対必要な名誉」という常識が作り上げられてしまい。

この「常識」を粉砕する金属バットとブルゾンちえみはいないのか?

いました

 

 

ロマン主義的イロニーというより、素直な直訴ですね。。。でもこのお兄ちゃんは、直後、大会のオーガナイザーの一人にバッサリ斬り殺されちゃいます。

こうゆう不毛な競争としての通し矢は明治以降は行われなくなったらしい。

現在では、場所は三十三間堂ですが、60メートルの距離で、かつ、一応競技ではあるが、歴史を伝える行事、礼式、良きエネルギーを呼び込む儀式(お祈り?)、という感じに生まれ変わっていたのでした。あーよかった。

現在の通し矢。どきどき!わああああーい!

    出展:https://www.sankei.com/smp/photo/story/news/180114/sty1801140005-s.html

 

 

さて、この記事のメッセージです。

皆さんが、常識だと持っていること。ふつーに正しいと思っている考え、しきたり、理論などの裏に、実は「不都合な真実」が隠されていないか。疑いのようない価値観を隠れ蓑に、実は「操り人形のように、機械のように動かされていないか」?

知らないうちに、不条理を常識と思い込んでいないか?

こうした不条理演劇を粉砕するロマン主義的イロニーとして、このHPの記事が役に立てば、喜びこの上ありません。

ではでは。。。。

Posted by 猫機長