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紫微斗数と飛行機②

本題の前に、まずはランクイン1位達成で、読者の皆さまに感謝。

 

 

最近、たまにランク付けされていても80位だのなんだので、さびしいな、と思っていたら、一挙大量にベストテン入りと、いつもながら謎のAmebloランク計算ですが、ありがたく掲載させていただくのでした。特に、「ブロックチェーン」のタグで1位になったのは、ぼくが常々主張していることと、世間一般の関心ごとが一致してきたのかなと、勝手に喜んでいます。

さて、本題です。

第1回に引き続き、紫微斗数がらみのお話です。まずは前回のおさらいから。

封神演義、という神話があり。

殷王朝が倒れて周王朝が生まれるまでの壮大なストーリーを、楽しい物語の形で綴っています。両王朝の英雄たちを紫微、貪狼、巨門、廉貞、武曲、破軍、天府、天梁、天機、天同、天相、七殺、太陽、太陰の14星になぞらえて、それらの星の性格や、生年月日にこれらの星たちが夜空のどこにいたかで、恋愛とか仕事とかの運勢を占うことできます。

風神演義。左が殷陣営。右が周陣営。https://kknews.cc/zh-hk/history/l2b8242.html

 

 

ランダムに、特徴的な星たちについて記載してみます。

ここからが新しい記事になります。

◎巨門星「沈黙は金」

馬千金、といっても競馬で一千万円儲けました、というのではなく。姓は「馬」名は「千金」という名のおばちゃんです。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/jumenxing.html

 

 

殷側の登場人物なので、夫を尻に敷いたあげく、離婚でけりだした悪女にされてしまっています。強烈なおばちゃんではあるのですが、殷や周の皇帝にまじっておばちゃんが?

中国の神話おそるべし。

確かにただもののおばちゃんではなく。雄弁、弁舌、マニアックな観察力・分析力。いがいと几帳面。飲み食いとも縁があるらしい。

となると、やっぱりこんな飛行機ですよね。。。

その1:イタリア機全般

飛行機というより、飛行機に乗るほうのイタリア人がぺらぺらシャベリーノしながらパスタをマンジャーレと、巨門星なのですよね。ここでは代表選手でフィアットG50を挙げておきます。

Fiat G.50 Freccia

 

 

日本の隼と比べると、不思議さが際立ちますよね。。。

隼は、素直にエンジンから胴体か伸びており。前方視界をよくするために、風防を極力前に引っ張ってきています。

フィアットも前方視界をよくしたい、のですが、前に引っ張るのではなく、無理やり上に持ち上げてしまったのでした。ははは

 

 

 

 

これを「せむし型コクピット」という人もいるらしい。

コクピットを上に持ち上げる、というのはわりかしフツーな設計ですが、その場合、機首から一定した曲線あるいは直線で持ち上げ、コクピットの後ろもやっぱり同じような放物線で。。。というのが一般的である。

F8Fの例。https://cdn.airplane-pictures.net/images/uploaded-images/2010/11/23/110161.jpg

 

 

でも、そうなると、胴体が太くなってしまい。

ところが、さすが芸術の国イタリアだけあり。奇想天外な解決策をひねくりだしたのでした。

それは「エンジンを機体の下にずらして設置してしまう」。

特にマッキMC200で顕著な特徴です。

https://www.pinterest.fr/pin/556687203924833709/

 

 

エンジンカウルの下に、大きな空白があいちゃってるじゃん?乱気流でまくりじゃないの?と危ぶむのですが、これでそれほど空力的損失をしたという記載がないので、カウルから後ろの形状処理になにか秘密があるのか?

でも、かっこいいいなー。やっぱりイタリアは違うね!

その2:マッキ速度記録機

イタリアですが、マニアックな分析で、几帳面に速度を追い求めたらこうなった、という、あまり陽気ではないけれど、論理(この場合は物理・化学)を突き詰めた、よく言えば芸術品。悪く言えばおたくでヘンタイな飛行機です。

マッキMC72 https://grabcad.com/library/idrocorsa-macchi-castoldi-mc72-1934

 

 

ジェロラモ・カルダーノ(1501-1578、3次方程式の解法、虚数概念の導入)やルドヴィコ・フェラーリ(1522-1565、4次方程式の解法)など、世界を変えた数学者を輩出したイタリア。論理思考は日本人より得意かもしれませんね。

 

 

 

◎天機星「女ってこわいな」

世の女性は、パートナーだの夫だのが仕事で疲れ果てて帰ってきたところを、待ってました!とつかまえて、起承転結のない、とりとめのない、どうでもいいお話を1時間、2時間とえんえんと話し、聞かせないと気が済まない、恐ろしい生き物ですが、天機星すなわち呂商くんは、とりとめのないどころか、甲斐性なし!などとさんざん罵倒する悪妻を引いてしまい。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/tianjixing.html

 

 

その悪妻すなわち馬千金に、離婚だ!とけり出されて、途方に暮れているところを、九天玄女という素敵女子に拾われ。20年にわたる仙人修行の後、武王の右腕として殷を倒し、周の建国に決定的な役割を担った最強の軍師になりました。

でも、20年も素敵女子九天玄女といっしょながら、霊山での「とても健康的な友情」を越えられなかったのでしょうねえ。かわいそうに。。。

そんな天機星みたいな飛行機は。。。。

善意の人、知恵・学問、まじめ(礼儀正しい)、でもシャイ、冷たい人とみられる。。

となると、やっぱり「ドイツ機全般」ですよね。

ワールドカップで、ドイツとイタリアが決勝で当たったとき、やっぱり、ずるっこいイタリアがゆうずうの利かないドイツの裏をかいて勝ったりしましたが、飛行機の世界でも、貴重なDB601エンジンをじゃんじゃんイタリアに供給したら、そのイタリアは連合国側に寝返り、DB601エンジンを付けた戦闘機で逆襲してきたりしました。

かわいそうなドイツ人。

そんなドイツを象徴する飛行機は。。。

https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln4/290Ju87.html

 

 

Ju88です。

こちらも、まずは主翼に注目ください。

https://www.the-blueprints.com/blueprints/ww2planes/junkers/36557/view/junkers_ju_88_1936/

 

 

うううむ?直線翼なのか?後退翼なのか?

まあ、楕円翼じゃないよね?

いえいえ、楕円翼なのです。

というか、楕円翼にしたかったけど、ドイツ式にやったら、カチンコチンのカクカクした「直線でできた楕円翼」になってしまったのでした。ははは

マニアの人は、そんなことないぞ!ドイツもちゃんと楕円翼の名機があるぞ!と怒るでしょうので、「ドイツの誇る楕円翼」はこんな感じ。

99式艦爆。http://kurage55.web.fc2.com/AREA144/IJN/99KB_03.html

 

 

ドイツ機じゃないじゃん?

いやいや、ドイツのハインケル爆撃機があまりに優秀だったので、日本人が思わずまねをしたのです。

そうしたら、世界一の急降下爆撃機になりました。

そして、お手本になったドイツ機はこちら

ハインケルHe70 https://hobbycom.jp/my/kashiwagi/photo/products/116416

 

 

日本機のみではなく、後のスピットファイアを設計したMJミッチェルという技師が、ハインケルさんに「感動した!」みたいな手紙を書いており、スピットの特徴的な楕円翼に、すくなくともインスピレーションは与えていた(コピーしたというとイギリス人に怒られるので)との理解です。

楕円翼の完成形。スピットファイア(パブリックドメイン)

 

 

じゃあ、なんでJu88が、あんなできそこないの楕円翼もどきになったの?

要すれば、工業力です。

第1次大戦後、戦勝国たちに虐待されて滅亡寸前になってしまったドイツ。

逆切れして、ナチスになってしまいました。

必死に再軍備し。Ju70爆撃機もがんばって324機作りました。

でも、それじゃ全然足りないよね、となり。

要するに、完璧な楕円翼というのは、ものすごく生産しにくいのです。

次世代のJu88では、苦肉の策として、楕円翼とほとんど同じエフェクトは得られるけど、工程工数を減らせるように直線を多用した、特徴的な翼になった。

世界の名車かぶと虫。

別に、すべてのドイツ製品が角ばっているというわけではありません。

 

 

その結果、33,984機という恐ろしい数が生産されました。

零戦が10,430機、グラマンF6Fが12,272機ですから、その多さがわかるというものです。

Ju88は、当初は素直に爆撃機として、しかしドイツが多方面で死闘に入ると、あるものは巨大な機関砲を積んで戦車をやっつけ、あるものはレーダーを積んで爆撃機と戦い、偵察型など、ドイツ行くところJu88ありという活躍をしました。

ドイツの知恵・学問、そしてまじめな探求は、世界の技術革新に貢献していますが、ドイツ人の「愚直さ」をシンボライズするような飛行機があるので、今回記事の最後を締めくくる名機として掲載。

Ju52輸送機。https://avioesemusicas.com/junkers-ju523m-um-pouco-de-historia-parte-2.html

 

 

こちらも、経済恐慌から第二次大戦の時代の、虐げられたドイツを支えた、愚直な馬車馬、みたいな飛行機で、波型外板など、デビュー当時は最新の技術で作られ、戦闘機みたいな華やかさはないけれど本当に頼られる信頼性を持った名機と思います。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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愛と優しさのノルデン精密照準器

きょうびどこへ行くにも飛行機。素敵女子たちの大好きな台湾、グアム、沖縄、みんな快適なジェット旅客機でひとっ飛びです。

でも、素敵女子たちのおじいさん、おばあさんの世代は、そうひとっ飛びでもなく。

黎明期の旅客機は、えっちらおっちら、入道雲を避けながらも、毎回乱気流にもてあそばれて、がんががん!きゃー!という飛行を余儀なくされていた。

当時の企業家たちは、もっと楽ちんに揺れないで飛ぶ方法はないものか、そうすれば電車なんかよりずっと早い飛行機は、きっと料金より時間を大切にするお金持ちがよろこんでお金を落とすドル箱になるのに、とくやしがっていました。

そんな時に世界大戦が勃発。

当初の、ソードフィッシュみたいな乗員吹きさらしの複葉布張り機から、ランカスターみたいな単葉ですっぽり乗員に覆いかぶさる風防がついた金属製の飛行機に変わってきた。

ソードフィッシュ(上)とランカスター(下)

Pixabay無料画像

 

 

企業家たちは、ふむふむ、いいじゃん、と喜び。

政府や軍が大金をつぎ込んでエンジンの開発に血道をあげてくれた。例えばメッサーシュミットBF109は、当初は570馬力だったのに、後期型では1400馬力と、3倍近くになっており。

Bf109A。エンジンはなんと英国ロールス・ロイス
製570馬力。

Willy Messerschmitt’s Bf 109

 

 

飛行機なんて、1にエンジン、2にエンジン、3、4がなくて5がエンジンですからねーベルサイユ条約でいじめられて、食うや食わずのドイツでここまでエンジンにお金をかけたわけですから、イギリス、アメリカがどんなバケモノエンジンを開発したかはおして知るべし。

その結果、飛行機への武器弾薬の搭載量が飛躍的にのびた。

これもいいね!と企業家たちはまた喜び。

でも、地上でそろばんをはじいていた企業家たちが気づかなかった恐るべき事実が、戦争の推移で明らかになってきたのでした。

それは「高高度性能の充実」

ゼロ戦に手を焼いたアメリカですが、そのうちゼロ戦のエンジンなんて実はたいしたことなくて、P51だのがぐわーんとエンジンをふかして高度1万メートルまで駆け上がってしまえば、はるか下でくるくる回っているだけということに気づき。

高度優位によるエネルギー差を生かして、格闘戦もへったくれもなく、ゼロ戦や隼を粉砕しました。

でも、別に零戦や隼なんて粉砕しなくても戦争は勝てる。

いくら零戦に撃たれても落ちない不死身の爆撃機を雲霞のごとく日本の空に放ち、零戦を作っている工場を爆破してしまえばよいのです。

この際高空かどうかなんてあまり関係なかったりします。

独ソ戦で、低空を這うようにして地上の戦車などを撃破していたシュツルモビークなどが、勝つために本当に必要な飛行機とは何か、を物語っています。

空の戦車シュツルモビーク(PIXABAY無料画像)

 

 

これを援護するソ連の戦闘機も、迎撃のドイツ機もやっぱり低空。低空ではエンジンの出力差もあまり出ないので、ソ連戦闘機は天下のBf109やフォッケウルフと互角の奮闘をしたらしい。

大陸の戦争は広域にわたる陸地面積の取り合いで、まずは兵隊を雲霞のごとく繰り出して、地雷でもなんでも踏ませて戦車の通り道を確保し、次は戦車を雲霞のごとく繰り出してドイツの砲弾やバズーカの餌食にさせ、さらに次は兵隊を雲霞のごとく繰り出して弾の尽きたドイツ兵と相打ちにし、その次はまた戦車を。。。。と、敵も味方も殺しつくし、最後は「畑(ラーゲリ)からいくらでも取れるソ連兵が残った」とゆうふうに持って行き。

このやり方を「縦深攻撃」といいます。

ソ連が絶滅戦争の汚れ仕事を引き受けているうち、アメリカとイギリスは何をしたか。

独ソ戦線のはるか後方にあるドイツ工業地帯を壊滅させたのですが、そのやり方がちょっと。。。

「皆殺しのルメイ」すなわち米軍戦略航空隊のボス、カーチス・ルメイによる「戦略爆撃」で、日本とドイツの主要都市は、女性や子供も見境なしに爆殺され、灰燼に帰してしまいました。

いちおう、クリーンな戦争をやろうというポーズは見せた。

それが「高高度精密爆撃」

世界一の高性能エンジンで可能となった高高度性能を活用して、零戦や隼がはるか下方でくるくるしているところ(Bf109はがんばって高空まで上がってきた)を安全に、かつ軍事施設だけを爆撃しましょう、という、アイデアとしては完璧で、後年の湾岸戦争などで見事に花開き。ピンポイント攻撃の「クリーンな」戦争を可能としました(誤爆も多いけれど、独ソ戦のような絶滅戦争よりはずっとまし)。

その原型ちっくな秘密兵器が、第2次大戦ですでに生まれていたのです。

米英おそるべし。

その名は「ノルデン精密照準器」

ともかくものすごーく精緻な爆撃を行うことが可能で、理論上は1万メートルの高空から、ベルリンのパン屋さんの前の電柱におしっこをしている野良犬に爆弾を命中させる精度があったらしい。

B17の機首。爆撃手席中央のノルデン照準器

PIXABAY無料画像

 

 

こうして高空を覆うB17の大群が、軍事目標のみを見事に壊滅、とはなかなかいかないことが判明。

B17

 

 

「アメリカ航空軍は、軍需工場に対する戦略爆撃において、工場のみを目標とする精密爆撃をしようとしたが、十分な成果が得られず、絨毯爆撃に切り替えた(Wikipedia)」。

照準もへったくれもない大量殺りくで血も涙もなくドイツと日本を壊滅させたアメリカ。

じゃあ、なんでノルデン照準器なんて開発したの?

ノルデン照準器は、実は戦争に勝つための装備ではなく。「戦争に勝つために高空を飛ぶ」という言い訳を正当化するための道具でしかなかったのです。

本当の狙いは、高空で無数の大型輸送機を飛ばす実験をしたかっただけであり、爆弾を落とすなんてどうでもよかった。

そんなことは口が裂けても言えないので、ノルデン照準器でクリーンな戦争をしましょう、と言いつつ、実は長距離旅客機のプロトタイプ実験を繰り返していたのです。

なぜそこまで高空にこだわったのか。

以前の記事(「B29によって築かれたエアライン運航の基礎」、「日本がリードしていた戦前のエアライン」)に書いた通りなので、要点だけ書き出しますが。。。

◎高空の低い大気密度では、気流が安定しており、機体(おっと乗客もですよ)へのストレスを軽減できる。スピードが出せて燃料が節約できる。

旅客数や、もうけなど、大喜びでそろばんをはじいていたのでしょう。

あとはみなさんご存じですね。高空での厳寒や酸素不足を与圧設備で解消したB29で、Tシャツを着た搭乗員がサイパンから東京をなにげに往復し、ついでに爆弾も落とせることが証明できました。

B29(旅客機型B377)

https://web.facebook.com/groups/218033175139/?_rdc=1&_rdr

日本を実験台にして踏みにじり、アメリカは戦後の経済超大国へ躍進。

ああ無情。。。。

ちなみに、ノルデン照準器が、戦争の趨勢に大きく貢献したのは、実は「低高度雷撃」。

当時の傑作機に、グラマンTBF「アベンジャー」というのがあり。マニアの人ならピンとくると思いますが、グラマンF6F戦闘機が日本の戦闘機など大多数を撃墜して太平洋戦争の制空権を獲得したのと同じく、この制空権を生かし切って日本海軍の軍艦の多数を沈めたのがアベンジャー雷撃機でした。

大げさに言えば、この2機とB29 でアメリカは日本を屈服させたとも言えるのである。

F6F

 

 

TBF

 

 

B29(以上F6F、TBFともパブリックドメイン)

 

 

そのアベンジャーが装備していたのが「ノルデン高高度精密照準器」

戦争に決定的な影響を与えた軍用機の例にもれず、アベンジャーも低高度、海面すれすれを飛んで日本の軍艦に魚雷をぶち込みました。

どこでノルデン照準器の出番があるんじゃい?

自動操縦装置として重要だったのでした。

四方八方見渡す限り海、という状況では、まっすぐ飛ぶことさえ至難ですが、爆撃進路を一定に保つ機能を持ったノルデン照準器に「この進路に向けて飛びましょう」とインプットしちゃえば、あとはパイロットがぐーぐー寝ていようが、横風成分などを自動的に計算して、その進路に向かって飛んでくれる。

迷子にならずに生還率を高めるうえで、ノルデン照準器は必須アイテムだったのかもしれません。

*このへんの情報については、こちらもご覧ください(外部リンク)https://www.youtube.com/watch?v=M2w3CFPqnxs

いろいろあって、戦争とは違う目的や、戦争目的だけど、本来の用途とは違う場面で活躍したノルデン照準器。アメリカの国力を象徴する、恐ろしい「武器」だと思います。

ついでに、ようつべで面白いのがあったので、リンクしときます。

ではでは。

Posted by 猫機長
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短編集:干しバナナとバックミラー

◎バナナ

みなさん、干しバナナはお好きでしょうか。

Como fazer doce de banana caseiro de cortar: 5 receitas incríveis

 

 

日本ではなじみが薄いかもしれませんが、ブラジルではめちゃくちゃあまーく加工したお菓子として、なかなかポピュラーだったりします。

でも、今回は、食べ物ではなく、戦闘機の「干しバナナ」についてのお話です。

水上戦闘機「強風」https://www.tamiya.com/japan/products/61036/index.html

 

 

第2次大戦。日本とアメリカにまたがる広大な太平洋が戦場となり。南洋の無数の島々に戦闘機を配備する必要に迫られた日本。

でも、ブルドーザーで瞬く間に滑走路を建設してしまうアメリカと違って、工兵がもっこを担いで。。。という日本では、遠洋の小さな島に滑走路なんて夢のまた夢でした。

苦肉の策として「零戦にフロートを付けて、波打ち際に着水できるようにしてしまえ」とやったら、意外にうまくいき。

巨大なフロートなのに、米英の戦闘機を見事追い払って、島々への空襲を防ぎました。

そのうち、零戦を無理やり水上機にするんじゃなくて、最初から水上戦闘機で設計したのを作ろう、ということになり。

そこでできたのが「強風」です。

零戦の水上機型と比べて、効率化が随所に現れています。

https://www.imgmsplus.com/item/36000/36970.jpg

 

 

写真は、上が零戦(二式水戦)、下が強風です。

両者の最大の違いは、零戦が低翼といって、機体の下部に翼を設置しているのに比べて、強風の方は中翼と言って、機体のまんなかに、団子に串を刺したみたいにしているところです。

もともと陸上機の零戦は、低翼にすることで主脚(着陸装置)を格納する必要があった。強風は、最初から水上機なので、そんな配慮は必要なく。空気抵抗が一番少なく、スピードが出しやすい中翼を採用出来ました。

これがアメリカになると、中翼大好きで、陸上機にも採用しています。

Grumman F4F Wildcat

 

 

上の写真はF4Fの例で、翼からだととても地面に届かないので、胴体に降着装置を格納することで、なんとか対応しています。

空気抵抗削減のほかに、中翼が低翼に比べて有利なもう一つの点に、「フィレットが不要」というのがあります。

フィレット、日本語で整流覆いとは、翼と胴体の取り付け角が鋭角(90度以下)になった場合、翼をもごうとする乱気流が発生するのを防ぐしかけであり。グラマンのように取り付け角が90度以上の場合は、そもそも必要がないのです。こうしてグラマンは資材、工程、労働などの劇的な節約に成功しました。

図はF6Fですが、F4Fも同様です。

 

 

ハリケーン戦闘機のフィレット後端。https://www.webmodelers.com/201905Ogawa.html

 

 

というわけで、強風もフィレットなしだぜーと大喜びで作ったのですが。。。。

試作機で、離水、フラップ格納だ!のとたんに、びりびりびりびりー!と水平尾翼が大振動を起こしちゃった!

危うく空中分解寸前で緊急着水。

なぜだ?

「層流翼」のせいでした。

層流翼は、当時最新の技術革新で、フツーの翼に比べてスピードが出せる翼型なのですが、失速特性に難があることが明らかになり始め。

強風の場合、翼と胴体の付け根で、「翼根失速」という現象により乱気流が発生し、それが尾翼を叩きまくっていたのでした。いやーあぶないあぶない。

せっかく中翼にしたのに、フツーの翼型と違って、層流翼では乱気流が発生しちゃうことが判明してしまい。

結局、これを防ぐために、零戦もびっくりの巨大なフィレットを取り付けるという、残念な結果になってしまったのでした。

そして、この巨大なフィレットについたあだ名が「干しバナナ」だったのでした。ははは

翼の付け根から、日の丸マークまで伸びる巨大なフィレット。

https://hobbycom.jp/my/1f4755c0c4/photo/products/138193

 

 

ちなみに、「強風」を陸上機に改修したのが「紫電」(写真上。中低翼)、そして「紫電改」(写真下。低翼)ですが、やっぱり翼根後縁の乱気流は防げなかったようで、どちらも「おばけフィレット」になっています。

 

 

紫電そして紫電改も世界水準を超えた傑作機なのに、これも層流翼のP51が、最小限のすっきりしたフィレットなのにくらべて、こうゆうところで米英との差がみえちゃうんですねえ。かなしいな

P51。Pixabay無料画像

 

 

◎バックミラー

「強風」にあってグラマンにないものがフィレットですが、今度はスピットファイアにあって零戦にないもののお話です。

それが「バックミラー」。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12261719707

 

 
上の写真で、風防上部についているのが丸いバックミラーです。

第二次大戦初期、戦闘機のスタンダードとして「ファストバック」という姿になっています。これは、キャノピー後方と胴体を一体化して空気抵抗の削減を図ったものです。

https://onemore01.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_18f/onemore01/E4BA94E5BC8FE688A6-0a020.jpg

 

 
画像上が、ファストバック型風防。下が水滴型風防です。

さて、理屈上はともかく、実際戦闘に入ってみると、後ろの見えないファストバックでは、敵に食いつかれたら最後、というか、食いつかれても気づけずに撃墜されちゃった!というのが続出し。

やっぱり後ろが見えなくちゃ困るよねー、と慌ててバックミラーを付けたのでした。

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spitVtrop/04.html

 

 

ドイツの場合は、もっと潔く、空気抵抗でまくりのバックミラーを装着。

https://www.bild.bundesarchiv.de/cross-search/search/_1523207131/

 

 

https://www.quora.com/How-useful-were-rear-view-mirrors-on-World-War-Two-fighter-planes-like-the-Supermarine-Spitfire-and-Hawker-Hurricane

 

ァストバックもへったくれもなくなってしまったのでした。

というわけで、大戦も後半になってくると、だんだん水滴型が主流になっていった。

https://onemore01.blog.ss-blog.jp/2016-10-07-1

水滴型風防のスピットファイア。スピットらしくないなあ。。。

 

 

なお、水滴型でもバックミラーを付けていたのもあり。爆撃機で、パイロットの後ろにも乗員が、という場合には有用だったのかも?しれません。

JU87急降下爆撃機の例 https://www.worldwarphotos.info/gallery/germany/aircrafts-2/junkers-ju87-stuka/junkers-ju-87-pilot-and-cockpit/

 

 

JU87 スツーカ https://hobby.dengeki.com/news/1417545/

 

 

ところで、バックミラーが本当に役に立ったのか?いろいろ意見があり。みなさんご存じミリオタサイト:http://www.warbirds.jp/ansq/1/A2000756.htmlや、なんでも質問箱Quoraからの情報では

「小さなバックミラーで、遠くから忍び寄る敵機なんて見えない。見えた時には近寄りすぎていてもう退避できない」

「バックミラーが振動してみえたもんじゃなかった」

なんて批判的なのもあれば

「無駄な装備だなどといわれながらも、誰も取り外さなかった。装備されていない機には、パイロットやクルーが自ら取り付けた」

なんてのもあり。

現実としては、味方同士の編隊飛行に便利だったのかもしれません。

以下、Quoraからの画像です。

こんな見え方らしい

https://www.quora.com/How-useful-were-rear-view-mirrors-on-World-War-Two-fighter-planes-like-the-Supermarine-Spitfire-and-Hawker-Hurricane

 

 

「数マイルほど速度性能が落ちた」そうです。

https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-f1e77b6788a2d98aa77d44f7ba58b581-lq

 

 

角型のバックミラーもあった。

https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-878a1f9e7a1489a3fa3352bb3ed3c811-lq

 

 

バックミラーはあっても使い物にならない、という事もあり。

たとえば、かぶと虫の場合、バックミラーは運転手側だけだったりします。

世界の名車かぶと虫

 

 

なぜかというと、車体が丸すぎて、バックミラーを使っても、車体しか映らなくなってしまうのでした。

運転席側でも、なんとかまるい車体をすかして後ろの道路が見えるように調整しています。

左ハンドル。運転手側です

 

 

後期型のかぶと虫で、助手席側にバックミラーが付いているのもありますが、あまり過信しないで、ルックバックで直接安全を確認したほうがいいと思います。

ポルシェの場合は、へんな幌を付けたので、ルックバックにも死角が生まれてしまい。何とか助手席側のバックミラーで後方確認ですが、せいぜい気休めにしかならないので、ルームミラーと併用し、安全確保につとめています。カメラモニタリングにしようかな。。。。

かわゆい356レプリカ

 

 
助手席がわのバックミラー。何も見えなかったりして

 

 

スピットみたいな丸いバックミラーをぼくの軽飛行機にもつけたらかっこいいなーなんて思うのですが、ばき!なんて折れて尾翼に当たったら大変だし。

でも、離陸前の暖機運転で、垂直水平尾翼のチェックをするにはとても有益だし。燃費に影響が出ないようなら、つけてみたいと思っています。

ちいさな飛行機に乗っています

ではでは。

Posted by 猫機長
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紫微斗数と飛行機①

封神演義(紫微斗数占い)という神話があり。

殷王朝が倒れて周王朝が生まれるまでの壮大なストーリーを、楽しい物語で綴っています。両王朝の英雄たちを紫微、貪狼、巨門、廉貞、武曲、破軍、天府、天梁、天機、天同、天相、七殺、太陽、太陰の14星になぞらえて、それらの星の性格や、生年月日にこれらの星たちが夜空のどこにいたかで、恋愛とか仕事とかの運勢を占うことができます。

風神演義。左が殷陣営。右が周陣営。https://kknews.cc/zh-hk/history/l2b8242.html

 

 

ランダムに、特徴的な星たちについて記載してみます。

 

◎武曲星「白刃踏むべし」

悪い殷を滅ぼし、周王朝を築いた「武王」の神格化。

「武曲」に「武王」ですから、さぞや強い将軍だろうと思いますが、そのじつ、本当の得意技は、お金儲けの「財神」だったりします。ただ、ねちねちと真綿で首を締めるようなやり方ではなく、豪快な直球勝負だ!

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/ziweirumen-20522.html

 

 

「白刃踏むべし」というのは、無数の刃が振り下ろされてくる戦場で、そのやいばを足で踏み折って敵をせん滅するという星であり、鉄火場で爆発力を発揮。平和な状況だとかえって力を持てあましちゃうこともあり。

一方、のちに述べる「破軍星」と違って、戦闘そのものが目的ではなく、合戦中も、実は戦後の経済覇権をちゃくちゃくと準備しているというちゃっかり屋さんです。

言ってみれば、B17みたいな感じ。

B17。PIXABAY無料画像

 

 

それほど広くもないドーバー海峡を挟んだイギリスとフランスを拠点として、でも海を越えたら燃料が足りなくなっちゃう、という小さな戦闘機たち(スピットファイヤやBF109)が、ちまちまちょこちょこと互いに猫パンチを繰り広げていたヨーロッパで、そのはるか上の高度8000メートルを、一気にドイツまで飛んで行って爆弾を落とし、「無慈悲な鉄槌」でドイツの主要都市を壊滅させました。

ただ、ドイツまでついていける援護戦闘機がなかなかなく。

ドイツ上空では雲霞のごときドイツ戦闘機にボコられまくり、一時は総出撃機数の3分の1に及ぶ損害を出しながらも、「死なないやつが生き延びて、勝つ」という、小学生の作文みたいですがこれ以上ない真理を体現した恐ろしい戦略爆撃機です。

https://life-is-aviation.tumblr.com/post/181683959951/the-story-of-b-17-all-american-a-mid-air/amp

 

 

ドイツをボコす過程で無数の大型機の運航(管制・航法・操縦法・ロジスティックスなど)を実験し。アメリカが戦後世界のエアラインを制覇するという経済的利益にちゃっかりつなげていたのでした。

本当に戦後の旅客機のひな形になったのはB29ですが、こちらは金儲けの部分がえげつなさすぎ。やっぱり「経済がわかる武将」というか、資本主義によるバターと大砲の両立という意味で、B17が上と思います。(B29はバターに偏りすぎ)。

 

◎破軍星「酒池肉林の発明者」

こちらは滅ぼされた方の、殷の紂王のことです。封神演義は周の建国神話なので、紂王は最凶最悪の暴君にされてしまっていますが、実は「美貌を持ち、弁舌に優れ、頭の回転が速く(Wikipedia)」とそんなに愚かな奴じゃなく、天才タイプだったらしい。勝てば官軍、負ければ長嶋ですねーはいすみませんカープ日本一、ジャイアンツ最下位の恐ろしい年の回顧でした。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/pojunxing.html

 

 

悪の魔王だけに、戦闘力は最強だ!でも、悪なので、性格が。。。まわりの人々は紂王の気まぐれや残虐さにふりまわされ。

人をだまして、人肉で作ったまんじゅうを食べさせたりとかの鬼畜な行いに及んだあげく、最後はやばい女にたぶらかされて、国を滅亡させてしまいました。

さて、破軍星みたいな飛行機として

その1:F4U

最高時速700キロ、艦上機なのに高空性能もよく、とにかく頑丈で、ものすごい量の爆弾を積んで急降下爆撃とか、要すれば「敵をボコる」という面では無敵の戦闘機でした(零戦とかが寄ってきたら急上昇でやり過ごした)。

Oren Rozen, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

 

 

問題は、艦上戦闘機では絶対やってはいけない「超大馬力エンジン、巨大なプロペラに、主脚を何とか短くできるように逆ガル翼」という3点セットを盛り込んでしまい。

エンジンとプロペラはものすごいPファクター(乱流)をもたらし、それだけでも狭い空母に着艦なんて至難なのに、コクピットの場所が後ろすぎて前が見えず。極めつけは、逆ガル翼が、低速旋回中など、風が翼に当たる角度によっては下向きの揚力を発生させたりして、横転・大破の大事故続出だったらしい。

http://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/f4uf4u-30ef.html

 

 

ケンカは強いが、とにかく取り扱いの困難な、らりってるのこいつ?みたいになってしまったのである。

 

その2:Bf109

こちらは、以前の記事にちょっと書きましたが、やっぱりエンジンパワーと機体がアンバランスになってしまい。ただ、F4Uがアメリカ丸出しの、脳筋パワー・2000馬力のエンジンにものを言わせ、力づくで巨大な逆ガル翼を引っ張ったのに比べ、Bf109は、フツーに高性能の1400馬力エンジンだったので、とにかく機体の方を軽く小さくだ!特に翼は世界でも一番小さいんじゃね?となり。

いったん空に上がっちゃえば、ロール率とか小さい翼の利点が出てきて、やっぱり最強だぜ!なのですが、離陸、着陸になるとからきしダメ、というか全く安定性のない、恐ろしい飛行機になってしまいました。

でも、モデラ―目線でみると、この2機はかっこいいですよねーやっぱりアンバランスなエンジンと機体が、他に見ることのできないアクセントになっているのかもしれん。

Bf109。https://www.artstation.com/artwork/PeN4o

 

 

◎天相星「凶兆を解くオールマイティー星」

「聞大師」といって、殷の名宰相です。紂王の暴政に苦しんだ市民をいたわり善政を敷いた。紂王にも一目置かれ、一般市民にも尊敬されるという全方位外交、一人で多彩なマルチプル能力、オールマイティーな、悪条件をクレバーに解決する奴だったらしい。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/tianxiangxing.html

 

 

これは、占いの世界でいえば「解厄制化」の力が強いということで、「すべての凶星を制化する能力」を持っているとのことです。以上、西村天然先生の本から勉強させていただきました。

そんな飛行機として。。。

 

その1:スピットファイア

これは、機体よりも翼に注目してください。

楕円翼と言って丸っこい形にしていますが、この過程で極限の洗練がなされ。

薄い翼なのに、車輪や機銃を格納するスペースを確保。

Pixabay無料画像

 

 

これは、機体近くの主翼面積を大きくとれる一方で、翼端に行くにしたがい急激に面積が絞られるため、直線翼と総面積は同じでも、車輪やらの格納を行う翼中央ぐらいまでのスペースが十分に取れ。

また、翼端がとんがった形になることで、これも直線翼より著しく翼端抵抗誘導を下げることができた。

これらの特性から、①翼面積が大きく翼面荷重が低めの割には、翼の小さいBf109と拮抗するスピードが出せた。②運動性も良好で、翼面荷重が反則で低い零戦とも互角の格闘ができた、など、だれが相手だろうがなんとか対処できちゃうというオールマイティーな飛行機になりました。

スピットファイアとBf109の翼平面形

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spit/09.html

 

 

その2:F4F

こちらは「優秀な艦上戦闘機」。

つまり、頑丈で、どちん、どちん、という着艦の衝撃に耐え、艦隊上空つまりそれほど高くない空において、どんな敵機が来てもくるくると後ろについてやっつける、または味方の艦上攻撃機などを援護してまあまあの遠さの敵艦隊まで行って帰ってくる、という自然に幸せな発展を見せた、くどいけど「優秀な艦上機」です。

幸せでない発展は零戦で、陸上攻撃機の援護をするための狂った長距離を行って帰ってくる能力、アメリカのピーシュータ―(陸上戦闘機)と互角の速力、そしてパイロットを「らりっていなくても、らりったみたいにしてしまう」恐怖の運動性能という、相反するあらゆる性能を詰め込んだため、機体強度や防御力といった戦争道具に必須の部分が欠けたイタイ飛行機になってしまいました。

なお、F4Fは、単に被弾に強いだけでなくて、落っこちても「いかだ」を展開して、パイロットは魚釣りキットで助けを待つことができる、という万全の親切設計でした。

F4Fの「背びれ」に格納されていた筏

https://www.ebay.com/itm/265880777792

こんな重たいものをしょい込みながら、零戦と互角に格闘したワイルドキャット恐るべし。

 

 

珊瑚海やミッドウエーなど正規空母同士の艦隊決戦や、護衛空母による船団護衛など、どんな任務もオールマイティ―にこなし、開戦当初の最も苦しい時期でも、優勢な零戦相手に互角に戦いました。

F4Uなんかよりよっぽど連合軍の勝利(太平洋、欧州戦線)に貢献した名機と思います。

3000字超えで、とりあえず今回は打ち止め。

ではでは。

Posted by 猫機長
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軽飛行機で「幽霊バス」の上空を飛行

このブログは「軽飛行機で空を飛ぶ」ですが、飛んでいるという投稿が切れちゃっていることに気づき。さっそく、その辺を飛んできたよ!というフライトログを投稿するのでした。

 

 

寒い寒い冬のブラジリア。日の出とともに起き出し。

まずは寒さ対策だ!

という事で、ユニクロのももひき、さらにはフラジャケを着込み。

 

 

えりまきはフラジャケの金具や、ヘッドセットと干渉してボロボロになっちゃったので、殿堂入りで永久保存します。代わって、日常づかいでは、写真右下のネックウオーマーを起用。

首のところの金具で擦り切れちゃったらしい

 

 

日の出から1時間後くらい(午前7時30分)に合わせて、空軍にフライトプランを提出。

 

 

きょうび、さいわい空軍のシステムで離陸一時間前に提出すれば、15分くらいで許可になるので助かっています。

航空地図で今回のフライト経路を確認。

 

 

今回は、下図の赤線の通り①Sal川とMaranhao川の合流点、②『幽霊バス』、③Lagoa Bonita湖、を回った三角コース。1時間半、120NMつまり222キロくらいを飛ぶこととします。

 

 

格納庫から飛行機を引っ張りだして。。。

ブラジリア・アプローチ(空軍)に電話してトランスポンダーコード取得。

飛行機に乗り込み、チェックリストで操縦系、燃料計、計器などなど確認。エンジンスタートして滑走路に進出。

乾季のブラジリア

 

 

離陸。ぐんぐん上昇して、最初のチェックポイントに向かいます。

 

 

管制空域を離脱。ブラジリアアプローチに報告して、それからは管制飛行を脱して自由に(さびしく)①の河川合流点に向かいます。

想定どうりブラジリア連邦区境界の道路を横切り。

航空地図だと、赤丸の地点です

 

 

そして、Maranhao川が大きく蛇行しているところを通過。ふむふむ進路をはずれてはいないな。。。。

ううむ、なんだかわからないか?

 

 

というわけで、赤線で表示

 

 

地図上はこうなる。赤丸がさっきの道路。青丸が大蛇行。緑が河川合流点。

 

 

これらのポイントから外れないように、実ははるか前方に指標を設定していたのでした。うねうねくねっている山脈のなかで、一つだけちょっと高めの、富士山みたいなのがあり。この富士山からちょっと左に機首を向けて飛んで行きます。

 

 

ごめんなさい、スマホのカメラで撮影した写真ををこれまたスマホのブログに、なので全然みえないでつね。。。。

でも、へんな望遠カメラと違って、いがいと肉眼に近い見え方になっては、います。

ちなみに、ちょっと左はどれくらい左なの?は、毎回気流だの太陽の当たり具合だのによって変わってしまうので、正確には言えないのでした。ははは

さて、大蛇行から、川をロストしないように飛んでいきます。そこかしこに白く水面が光っているので、目印にして飛びます。

画面の左下から右上に、うねうね蛇行しながら、ちょうど日陰と日向の境界あたりに川が伸びています。

 

 

下流にいくにつれ、川幅も広がり、見やすくなってきました

 

 

 

 

雲の下に入ると、風景も一転。

 

 

そんなこんなで、合流点直上に到着。エンジンスタートから33分、離陸から26分くらいでした。

 

 

ちなみに、グーグルマップで、地上から見たらこうだよ!という写真があったので添付。

https://goo.gl/maps/xUZqf9uJGvD96ZNy5

 

 

機首を返して「幽霊バス」に向かいます。

 

 

まず、「幽霊バス」って何?

もともとは、このへんの大地主が、自分の土地にへんな侵入者がないかを監視させるため、土地の中でも一番見晴らしのいいところまで宿泊施設を装備したバスを登らせ。このバスに警備員みたいな手下を常駐させて監視していたらしい。

そのうち、警備員とかいなくなり、バスの方もエンコしたまま放置され。

マウンテンバイクのあんちゃんたちに格好のレジャーポイント?としてもてはやされるようになり、有名になりました。

地上からは、こんな感じらしい。

A Casa de Pedra e o Ônibus Fantasma – 06/10/2018

 

 

ぼくは、自転車でこんな無頼の荒野(というか山脈、台地)の奥深くまで、なんて狂ったまねはできませんが、飛行機で上空を通過する分には、山奥の秘境に突然バスが出現という、なぞですが面白い指標なので、ちょくちょく行っています。

というわけで、上空からはどんなかというと

まずは、はるか遠くから平べったい台地が見え始め

 

 

 

 

台地の端っこに、四角く赤茶けた土地というか用地というかが見え。

この四角の中に、幽霊バスがいるというかおかれているはずだったのだが?

 

 

自力でどこかへ走って行ったのか、あるいはバラバラにされてスクラップか?いなくなっていました。かなしいな。

というわけで、幽霊バスが、幽霊ではあるがちゃんと存在していたころに撮影した写真を流用します。

 

 

今回、どこかにまだバスがいないかな、と探しまくっていたら、ついつい高度が下がりすぎちゃいました

 

 

本物の幽霊になってしまったバス。でも、自力で都市部まで降りて、レストアされてブラジリア市内を走り待っていることを願っています。

さて、最後の行程はLagoa Bonita。ポルトガル語で「美しい湖」です。

緩上昇で、のんびり高度をとり直して。。。

 

 

さっきの写真のちょっとアップ。迷子にならないよう、帰路は「デジタル塔」を指標に飛んでいきます。見えない。。。。

 

 

地上から見たデジタルタワー

https://g1.globo.com/df/distrito-federal/noticia/2019/10/17/gdf-abre-edital-para-conceder-torre-de-tv-digital-a-iniciativa-privada.ghtml

 

 

「美しい湖」にむかってのしのし飛んでいきます。

 

 

 

 

ここまでくれば、ブラジリアの市街地はすぐそこです

デジタル塔が見えますねー。くどいか?

 

 

いよいよホームベースに帰着。

今日は、滑走路上でへんなつむじ風があり。どしん!という着陸でした。

 

 

おまけ

今回、気流が荒れそうだとはわかっていたので、離陸前に自撮り。

こんな人です

 

 

小さな飛行機で飛んでいます。

 

 

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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LSAの世界

ええええ!猫機長はらりっているの?LSDのことなんて書いて、BANされちゃうよ?

と思ったみなさん。

「LSA の世界」であって「LSDの世界」ではありません。

ちなみに、LSDすなわち「リゼルグ酸ジエチルアミド」は、Wikipediaによれば「LSD服用者はトリップにより、固定された強い感情反応や思考の歪曲(被害妄想や自分が発狂したまま戻れないという不安等)」を引き起こす恐ろしい物質だそうです。

ぼくは使ったことがないからわからないけれど。。。

で、LSAです。

「ライト・スポーツ・エアクラフト」のことです。

日本語で言えば軽飛行機(軽量スポーツ航空機)。

でも、別にもったいぶって記号にしているのではなく。きょうび、軽飛行機といってもいろあるので、LSAというカテゴリーが新設されました。

ちょっと昔は、軽飛行機といっても、「コードロン・シムーン」とか「メッサーシュミットBf108」とか、オーソドックスな牽引式単葉機によって占められていたのですが、戦後航空技術が洗練されるに従い、鋼管フレームでお手軽につなぎ合わせたFOXとか、なんと無尾翼機まで出てきてしまいました。

シムーン http://www.dlcutawaymodels.com/wp-content/uploads/2017/02/simoun-1.mae-1–567×260.jpg

 

 

Bf108(109じゃないよ)https://m.media-amazon.com/images/I/51i7SVGUu8L.jpg

 

 

元祖ウルトラライト

 

 

動力付きハンググライダー (Pixabay無料画像)

 

 

この当時、つまり1980年代くらいまでだったら、ちゃんと飛行機の格好をしているのは軽飛行機(実機)、ライトフライヤー(凧)みたいなのはウルトラライトプレーン(ULP)、としてすみ分けられ。

実機(セスナ150。Pixabay無料画像)

 

 

ウルトラライトプレーン http://www.aero.or.jp/web-koku-to-bunka/2014_08_fujita/2014_08_fujita.html

 

 

実機の場合は、フツーの空港とかに降りて、旅客機とまじって管制を受けて飛ぶので、ちゃんと免許を取りましょう、と「PP(プライベートパイロット)免許」が必要となり。ULPのほうは、スピードも出ないし、もっと田舎の滑走路で、滑走路の周りを飛んで楽しみましょう、ということで、確か無免許でも飛べたらしい。

ところが、90年代から現在に至って、ULPがぐんぐん進化を遂げ。

セスナのエンジンは、だいたいライカミングとかコンチネンタルとか、第二次大戦時からの実績のある安心設計のエンジンで飛んでいますが、「コンチネンタルザウルス」と呼ばれる通り、要すれば旧式のエンジンであることは否めず。

例えば、4気筒のコンチネンタル O-200-Aの場合、重さが77キロ、出力は100馬力。このエンジンを積んだセスナ150は、空虚重量(empty weight)500キロ、巡航速度時速198キロとなっています。

一方、今どきの新型ULPは、エンジンも自由に発展させ。高回転でなめらかに回し、部分的に水冷を取り入れたハイブリッドな冷却装置で効率化を図り。

例として、やっぱり4気筒のROTAX912の場合は、重さは60キロ、出力は101馬力に達しています。このエンジンを積んだParadise P1は、空虚重量340キロ、巡航速度時速185キロです。

「コンチネンタルザウルス」と「ロータックス」では、出力は同じだが、後者の方が17キロ軽く。そして、セスナ150とParadiseP1の比較では、空虚重量が500キロ-340キロで、160キロの差が出ていたのでした。

つまり、在来の技術を踏破したセスナ150と、新技術で軽く作ったParadiseP1は、性能ではそん色がないということである。

こうなると、どっちが実機で、どっちがULPか、が分からなくなってしまい。

セスナ
http://1.bp.blogspot.com/_uRX1wGVlxMw/SxWocQAMnWI/AAAAAAAABAc/vWN6ysv9Qhw/s1600/PT-BKU.jpg

 

 

Paradise

https://www.airliners.net/photo/Untitled/Paradise-P1/2699381

 

 

こうした技術の進歩に適応するために、軽飛行機の世界に「LSA」という分類が生まれました。

セスナの場合は、昔ながらの技術と素材で、昔ながらの審査基準に合格したので「実機→軽飛行機」としてカテゴライズされ、

ParadiseP1のほうは、昔ながらの審査基準による審査は受けていないけれど、それを承知したうえで飛行が許された「試験機(Experimental機)→LSA」の扱いとなっています。

性能はほとんど同じで、飛ぶ空域も同じなので、両者とも免許が必要です。内容はだいたい同じですが、セスナの方は昔ながらのPP、Paradiseの方は「レジャーパイロット(エアスポーツパイロット)」という、それぞれ別のライセンスになっています。確かにPPの方は夜間飛行とかもっと必修科目が多いですが、日曜パイロットで、わざわざ夜間飛行だの計器飛行だのなんてしないし。

ちなみに、エアラインパイロット、コマーシャルパイロットと言って、その他にもうじゃうじゃ多数の種類の免許があります。でも本稿の主題ではないので、省略します。

というわけで、欧米では新技術を駆使したLSA全盛の時代に入ろうとしています。

地の果てブラジルのブラジリアにある、田舎の小さな飛行クラブや、その近所でもLSAがいっぱいとなっており。

以下、こんなのが飛んでます、というのをちょっと紹介します。

◎ペリカン

LSAの草分け的存在。エンジンに比べて機体が重いのか?小さな飛行場だと離陸はひやひやするけれど、その分上がっちゃえば安定しているらしい。翼はアルミ合金製。胴体後部はコンポジット。巡航速度:時速177キロ

 

 

◎Paradise

どこまでも真っ直ぐに飛んでいく安定性を持った、LSAらしからぬLSAの決定版。多少操舵輪を回したりペダルを踏んだくらいではまっすぐ飛び続けようとするので、エイヤーと気合を入れた操作が必要ですが、3舵の効きがしっかりしていて、Coordinateされたカーブにおのずから入っていく、えらそーですがすぐれた飛行機です。こういうのは乗ってみないとわからないだろうなー。全金属製、巡航速度時速185キロ。

 

 

◎RV7・RV9

あれこれ実機じゃないの?と思った人は、するどいマニアです。全金属製、ライカミングエンジン130馬力、巡航速度時速264キロで、セスナなんてぶっちぎりの戦闘機みたいなLSA。というか、アメリカでは実機であり、ブラジルでも2019年までだったっけ、に生産された中古品はLSAで登録できるけれど、それ以降の生産品は実機という要注意な飛行機です。

 

 

◎Dynamic

RVとならんで大富豪しか買えないLSA界のスーパーカー。コンポジット製、巡航速度も時速250キロでRVと比べてもそん色なし。ブラジルの法律だと、引っ込み脚はLSA認定してくれないので、固定脚バージョンです。なんとなくグライダーちっくな姿かたちで、失速が「突然前触れもなく落ちるぞ。気をつけろ」といううわさあり。もちろんとても安全ですが。

 

 

◎FOX V7

こちらはもっとウルトラライトちっく、お値段もお手頃のLSA。コンポジット製。キャビンが大きく膨らんだ感じで、中で宴会はできなけれど、それに近いスペースがあるらしい。巡航速度時速180キロ。写真の飛行機の主はかなり遠出をするらしく、オートパイロットを装備するとか言っていました。ちなみに、この記事に出てくるLSAは大体6時間ぐらい飛べる(と思います)。

 

◎こよーて

正式名称はRANS SUPERCOYOTEです。鋼管羽布張りで、前世紀の遺物化しつつあり。Paradiseと正反対、とにかくやんちゃで、まっすぐ飛ばすのが一苦労ですが、例えばParadiseの空虚重量340キロにくらべて、コヨーテの空虚重量は270キロと、LSAの中でも軽量級です。その結果、すごい上昇力だ!なんて主観的ですが、上昇も下降もきびきびと、とても楽しい飛行機です。言ってみれば、空のかぶと虫。ちなみに、VWかぶと虫の重量が780キロですから、こよーてはその半分なのですね。ははは

 

 

コヨーテくんの操縦席からの風景はこんな感じ

 

 

とある家電王の農場へ遊びに行った時の写真はこちら

 

 

 

 
ベースレグからファイナル、そして着陸までの動画はこちら

 

上記を記事にしたのはこちら→「家電王の農場に着陸」

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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パイロットとお◎っこのお話

*ひさびさにアメブロでランキング1位に返り咲き。今回は「パイロット」というベタなジャンルでした。たくさんの「いいね!」ありがとうございます。

さて、本題です。

寒い冬の朝。起きがけに、とにかくトイレへ直行だ!用を足してほっと一息、というのは誰でも経験あると思います。

でも、お父さんとかがトイレを占領してしまい。お母さんや娘さんが、必死になってどんどん!トイレの戸を叩き、おとうさん、新聞なんて読んでないで、早くしてー!というシーンもあったりして。

パイロットにとっても、トイレはなかなか重大な課題なのです。

高度1万メートルを飛ぶ旅客機でなくても、2000メートルまでいけば、寒いぞ!離陸前にお◎っこしとけばよかった!なんてなるときもあったりします。

30時間以上連続飛行して大西洋を横断したリンドバーグも、パリに着陸して、熱狂の群衆に放った言葉が、まず「英語話せる人いる?」で、その次が「トイレどこ?」だったそうです。

リンドバーグ。

出典はhttp://blog.livedoor.jp/tenti1121-ijintensaiyuumeijin/archives/1997305.html

 

 

黎明期の飛行機は、乗員が吹きっさらしか、密閉風防だとか言いながらも実はごうごうと隙間風にさらされたりとか、なかなか過酷だったらしい。そんな時代から今日まで、パイロットはどうやってトイレという生理的要求に対応してきたのでしょうか。

①がまんしましょう

第1次大戦とかでは、飛行機の航続距離そのものが短く。例外もあったが2,3時間で燃料が切れて着陸、という状況なので、我慢すれば何とかなった。

めちゃくちゃ吹きさらしの座席。
我慢しなくても、ちょっと背伸びすれば。。。とか。無理か?

https://i.pinimg.com/originals/80/c7/37/80c737dffec0e092e3cbe1bf001b6982.jpg

 

 

➁おまる作戦

第2次大戦の爆撃機になると、6時間くらいは飛ぶようになり。幸い、このころには飛行機も大型化し、エンジンのパワーも強くなったので、トイレとまではいかなくても、おまるは乗せることができたらしい。といって、狭くて丸見えの機内なので、遮断幕(カーテン)かなんかで仕切ることができるようにしたそうである。下の図はイギリスのウエリントン爆撃機の例です。

Public domain

 

 

出展はロバート・ウエスト―ル著「ブラッカムの爆撃機」:ISBN4-00-024632-1

 

 

*ちょっと脱線。ロバート・ウエスト―ルさんは、自分は飛行機を操縦したことはないのに、迫真の記事を書く、恐るべき小説家です。ウエスト―ルさんは、他にも「猫の帰還(ISBN4-19-860911-X)」という優しさいっぱいの「猫本」を書いており。写真の通り「6年生・小学校の教科書に出てくる本」ですが、とても小学生には見せられない、生々しい不倫の描写があったりして、必読です。

ネコ好き必読!です。

 

 

③戦闘機はどうしたか

大きな爆撃機はともかく、一人乗りの戦闘機とかは、スペース以前に、ちょっと操縦をやめておまるにしゃがんで。。。なんてのは無理である。

どうするのかというと、「油紙性のお◎っこ(う◎こ)用紙袋」みたいなのを携行して、ううむ我慢できない、というときに、ズボンのチャックをあけてその袋に。。。という情報あり。

でも、当時のパイロットなんて、うさちゃんルックというか、航空服で着ぐるみ状態なので、チャックをあけてハイ放水、なんてお手軽にできたのでしょうか?確かに、南方作戦では半ズボンにカポック(救命胴衣)なんてのもあったらしいけれど。

下の画像は爆撃機クルーですが、このいでたちなら戦闘機乗りでも服に引っかけずにちゃんと用を足せたと思います。

http://www.aramant.com/chuukou/toha.html

 

 

④パンパース作戦

これがU2偵察機など、超高空で何時間も独りぼっち、という場合は、着ている服もほとんど宇宙服なので、チャックをあけて、なんてやったとたん気圧が急激に下がって、お◎っこどころか、血管の血液が気化して惨死になってしまうらしい。というわけで、地上生活と同じくらいの気圧とかに保った「宇宙服」の中でどうやって、となると、しゃあねえおむつか、といううわさが。。。

U2 偵察機 Public Domain

 

 

U2パイロット

https://www.machinegun-figures.com/im/170112_142842_5fqZJWjM_im.jpg

 

 

それこそ宇宙船と同じに、パイロットスーツの戦略的箇所に掃除機みたいな機器のホースがドッキングして、お◎っこだろうがう◎こだろうが吸い出すという仕掛けにすればいいのに。。。と思うのですが、とてもそういった機器にスペースや重量を割くことはできないらしく。「便意を催さなければどうということはない」と、12時間にもわたる飛行なのに、食べ物は1時間おきにプロテインチューブみたいなやつを一個、ストローで補給、という、なんちゅうブラックな職場じゃ!になっているそうです。超金手当ぐらいは貰っているんでしょうねえ。

森永プロテインゼリー。https://www.morinaga.co.jp/in/jelly/protein15000.html

⑤旅客機のトイレ

さいわい、きょうびの旅客機では、客室の前部と後部、ジャンボなどでは中央部とかにもトイレがたくさんあり。でも、国際線とかで明け方になると、トイレの前にはやっぱり行列ができたりします。

首尾よくトイレに入ったはいいが、折わるく乱気流に突入し。トイレ内の警告灯が「GO BACK TO YOUR SEAT」とびかびか点滅し、アナウンスも「座席に戻りシートベルトを締めて下さい」なんてなるときもあり。

でも、便秘気味だし(下痢の時はもっと悲惨)、とにかく終えてからじゃなきゃ。。。とめちゃくちゃ揺られながら、なんとか用を足し。そのあと席に戻っても、CAさんが怖い顔でこちらをにらんでいたりして。。。。

旅客機のバキューム式トイレ

When are you allowed to pee on a flight?

④旅客機のトイレその2

さて、トイレにたまる排泄物ですが、畿内と機外の気圧差を利用して外に噴出しちゃうのかと思ったらそうではなく。備蓄タンク?みたいなのに溜めておいて、着陸後に汲み取りとしているらしい。

ちなみに、旅客機のおしりに空いている穴は、そこから噴出しているのではなく、APUという発電用エンジン(これもジェットエンジンです。すごいな)の排気ノズル(排気口)だそうです。

APU排気口

https://s.eximg.jp/exnews/feed/Trafficnews/Trafficnews_92485_04c0_1.jpg

 

⑤パイロットの重要な儀式:太刀諸雲の礼について

読んで字のごとく「たちしょうんのれい」と言います。あまり早口で言わないようにしましょう。

小さな軽飛行機で、その辺を一、二時間るんるん飛んできて、ホームベースに着陸。駐機して地面に降り立つのは、充実感のひと時です。

その時、無事に飛行し、着陸できたことを八百万の神々に感謝するために行うのが「太刀諸雲の礼」です。

ぼくのホームベースにはとあるご神木があり。この霊威を戴くために、誘導路もこの木を迂回して、アートな誘導路になっています。

*ご神木ですが、それ以前に、ブラジリア高原における貴重な原生稙種だという事で、切り倒すと環境当局に処刑されます。

ご神木とアートな誘導路

 

 

飛行機から降り、この木の根元で、思い切り放水するのが「太刀諸雲の礼」です。広がる青空に、動かぬ大地。さわやかなそよ風。至福の一瞬ですよね。。。。

でも、なぜか飛行クラブ管理人のお兄ちゃんが、この木の根元をDIY(柵の修繕とか)の作業場にしちゃったので、現在はしかたなくハンガー(格納庫)内のトイレで用を足しています。

小さな飛行機で飛んでいます

 

 

⑥余談その1

上記の戦闘機パイロットですが、やはり高度6000メートルでは気圧差により苦労したらしい。

とある撃墜王の回想録では、ふたをし損ねて液体が風防に飛び散り、ふき取るのにものすごく苦労した、とあります。

もちろん、機内飲料として持ち込んだ「ラムネ」の話です。

ラムネの栓を、一気に抜いちゃったためにシャンペンみたいに噴出してしまったらしい。

いやいや、あの液体のことじゃなくて、あーよかった。

ラムネ。https://bplatz.sansokan.jp/archives/11087

⑦最後は口直し

ということで、ばっちいお話は忘れて、夢の飛行機旅行の画像をどうぞ。

昔はシックで豪華、よかったですねえ。。。

(画像出展はいずれもhttps://buzzap.jp/news/20160801-airplane-food-1950/です。)

-O-

ではでは。

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短編集:クリスマスに寄せて

優しさいっぱいのクリスマス特集です

 

 

かぶと虫に356レプリカ。この2台に代わる代わる乗っています。

こうゆうふしぎな名車たちを生み出したドイツについて、短編を3つほど掲載します。ひとつめはドイツ文学の名作「朗読者」の感想文(ネタバレなし)です。「愛を読む人」として映画化されているので、そちらの方をご存知の方も多いかもしれません。ふたつめは飛行機乗り目線から見た、飛行機史上のとある実話。3つ目は、その実話がらみのちょっとした短文です。

 

 

1.ナチスの「犯罪」についてのドイツの本音。

とある素敵女子から、なにげに借りた小説「朗読者」。実はドイツの深層が隠された恐るべき内容でした。戦後10年程しか経っていない当時のドイツに、まず登場するのが、なよやかな病弱少年。歩道でゲーゲー吐いて倒れかかったときに助けてくれたたくましいおばさんと、どきどき!な関係になってしまいますが、その後おばさんが戦争中は強制収容所の看守だったことが発覚し、裁判行きに。とこれくらいならネタバレにならないでしょう。

 

 

恐るべきは、①少年:ワイマール時代の虐げられたドイツと戦後の悩める優しいドイツ、②おばさん:第三帝国(ナチスドイツ)、を象徴していて、おばさんの裁判シーンは、裏付けのない判決を言い渡されるドイツ(おばさん)、勝者の論理を押し付ける連合国(裁判官や、便乗しておばさんだけに罪をかぶせる元同僚)を象徴するが如しである。

「裏付けのない理由」がいかにもドイツ的な明快・正確さで提示されていますが、ネタバレになるので書きません。「朗読者」という題名がまさにそのものずばりとだけいっておきましょう。そして裁判をひっくり返す「理由」を知っている優しい少年は、おばさんへの「朗読」を続けるのでした。公式に戦争犯罪を認めたドイツの小説であり、ラストは避けがたい内容ではあると理解しますが、「ヒトラー最後の12日間(こっちは映画です)」とともにドイツの正義とはなにか?を議論(というか主張)し後世に残す重要な文献と理解しました。

映画版「愛を読む人」https://nospensees.fr/the-reader-traumatismes-secrets-et-passion/

 

 

2.キュートな飛行気乗りのお話をひとつ。

第二次世界大戦、ヨーロッパ。

イギリスを発進し、海を越えてヨーロッパ内のドイツ陣地を空襲したB17爆撃機の編隊。しかし激烈なドイツの反撃にあい。

当時のドイツ高射砲はかなり優秀だったらしい。

さらには、ほとんど体当たり状態まで突っ込んでくるドイツ戦闘機の攻撃も激しく。これは勇敢とかいう前に、時速500キロ近くで動きまわる空中戦では、ほとんどぶつかるまで近寄らないと機関銃の弾も当てられん、ということで、日本の零戦乗りも「敵機から50メートルくらいの距離まで近づいて、照準器から敵機が大きくはみ出るくらいになってから射撃した」そうです。

実際に衝突したケース

 

 

というわけで、B17側も被害続出し。一時は出撃ごとに三分の一に及ぶ機数が撃墜されたこともあったらしい。

そんななかで、チャーリー・ブラウンさんの操縦するB17一機が、なんとか爆撃を終えて帰路には着いたものの、エンジンがやられてスピードが出ないぞ!

必死に帰路を急ぐ編隊に置いて行かれてしまったのでした。

当時は100機にも及ぶ爆撃機が密集体形をとって、近づくドイツ戦闘機に一斉に射撃をくらわすという防御の仕方をしていたので、一機だけはぐれちゃった爆撃機なんて、それだけで敵戦闘機から見れば「おいしいエサ」です。

こまった!どうしよう。。。

そんな状態で、遠くからキラリ!と輝く機影があったと思うと、ぐんぐん瀕死のB17に近づきはじめ。

遂に敵戦闘機に発見されてしまった!

あやうしB17!

一方戦闘機の方では、フランツ・スティグラーというドイツ丸だしの名前を持つパイロットが操縦していました。

「いひひひひ!これで勲章確定だぞ!」と大喜びでB17に近づき。

スティグラーさんは、これまでの戦歴により、この一機を落とせば「騎士鉄十字章」を獲得できるところまできていたのです。

ぐんぐんとB17に近づいたとき。

うあああ?なんじゃいこりゃあ?

B17は、それまでの戦闘で、左の水平尾翼は吹き飛び、垂直尾翼も半分無くなっちゃった!身を守るための機銃はもはや撃ち尽くし、機体は穴だらけ。

「空飛ぶぼろ雑巾」の状態で、幸い4発エンジンのうちまだ3発は動いていたので、なんとか水平飛行は続けられていた。

 

 

ひえええ!だれだこんな残酷なことをする奴は!と、敵だなんだという以前に、かわいそうになってしまったのでした。

飛行機の中ではもう誰も生きていないんじゃね?

幽霊船状態のB17。スティグラーさんは、B17の真横まで戦闘機を操り、並行して飛行しました。

操縦士は生きているぞ!必死になって飛行機を水平に保っていたのでした。

操縦席からチャーリー・ブラウンさんが、うつろな目でこちらを眺めています。

チャーリー・ブラウンさんもスティグラーさんを視認。よく見ると、Bf109戦闘機の、出来損ないじゃないけどそれに違い、ほとんど身動きもできない小さな操縦席の中で、一生懸命チャーリー・ブラウンさんへサインを作って送って来ています。

以下、スティグラーさん(ス)とチャーリーさん(チ)の会話

ス「ぼけかおまえは。イギリスとは全然違う方向に飛んでいるぞ」

チ「ざけんな!トイレもない飛行機に乗ってやがるくせに、偉そうだぞごるあ!」

ス「おまえらとちがって飛行中にう◎ちなどせんわ!いいかよくきけ、イギリスまで送って行ってやる」

チ「えっほんと?あとで「わかば」のたい焼きおごってあげるね!」

と、そこからは仲良く、イギリス近くの、連合軍制空権の始まる直前の空域まで飛んで行き。スティグラーさんはドイツへ向けて反転していったのでした。

400キロの距離を飛んだB17は無事イギリスに帰還。

基地で大騒ぎするなかまたち。「わああぼろ雑巾が飛んできた!」

チャーリーさんは、隠さずに「変なドイツ人が道案内をしてくれました」と報告すると、上官は

「たしかにドイツ人は道案内が大好きという習性があるようだが。。。ん?あれ?敵と仲良く編隊飛行なんて、何を言っとんねん!しばき倒したるでごるああああ!」

文化的なイギリス空軍なので、シバかれはしませんでしたが、

『敵への肯定的な感傷の一切を今後構築しないよう』命じられてしまいました。

一方スティグラーさんの方は、ちゃっかり「一機落としました。海の上なので残骸は見つからないよ」と報告し、どうやら勲章もゲットしたらしい。

東京四谷の「わかば」。天然物のたいやきです

 

 

それから40年後。

いろいろあって両者は再会することができ。親友になったのでした。

めでたしめでたし。

ちなみに、スティグラーさんがチャーリーさんのB17を撃墜しなかった理由は

「まるでパラシュート降下中で、全く反撃できない人を撃ち殺すようなものだ。そんなことは断じてできない」

と述べています。

 

3.ブラジリア国際空港で

日独米の若者達をモルモットに開発したB17やB29を祖先に持つだけあって、なかなか精悍な面構えのボーイング737。ハチの巣になっても飛び続ける機体、乱気流の少ない超高空をらくちんに飛行できる与圧装置、IFR(計器飛行)や航空管制技術の開発によって「殺しても死なない」安全性が確立され、ぼくもその安全さを享受している旅客の一人では、あります(撮影@ブラジリア国際空港/SBBS)。

ではでは。。。

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大空の豚丼:DC3のお話

今からおよそ250年前。英国内での迫害に耐えかね、脱出だ!北米大陸に渡った新興宗教団体の人々がいました。インディアンをいじめたりしながら西部を開拓し、アメリカ合衆国が成立。似たようなケースにオーストラリアがありますが、こちらは有無を言わさず送り込まれた人たちによってできた国であり、自分から逃げてきた人たちの国アメリカとは違いがあるといえばある。

イギリスって、そんなに残虐非道だったのでしょうか。。。。

*ちなみに、奥さんにいじめられて、お家に帰れなくなったポルトガルのだめんずが流れ着いたのがブラジルです。はいはい脱線でした。

https://togetter.com/li/1219409

 

 

映画ではかっこいい幌馬車がつらなって、悪いインディアンを撃退しながら、ステキな大牧場を建設したりしていますが、現実ではそうもいかず。険峻な山河にさえぎられて立ち往生しているうちに食料が尽きて、最後は人肉を食べて生き延びた「ドナー隊の悲劇」などが有名です。

一山越せば肥沃な平野が広がっているのに、一歩手前で斃れていった人たち。この山をひとっ飛びできれば!と何度思ったことでしょうか。

アメリカ人にとって、長距離の移動というのは、民族のDNAに刻み込まれているのだと思います。

その逆に「京都人」があり。洛中で3世代以上生活していないと京都人にはしてやらん、とか、ぼくのように京都駅の東にある埼玉県で生まれた土人は、人間扱いしてくれないのでは、と恐怖しています。

*京都の素敵女子を除く。京都の女性は、みな素敵女子です。

ちなみに、関西には、京都人、大阪人、奈良人と恐るべき個性を持った3つの人種が混在しており。

 

 

この多様性が共存できる日本は、きっと世界の移民を受け入れることができるのだろうなーと期待しています。

アメリカに戻ります。

国土広大なアメリカのみならず、小せいちいせいのイギリスでも、世界に散らばる植民地の管理は大問題であり。古代ローマでは「アッピア街道」などで「すべての道はローマに通ず」でしたが、世界の大洋にまたがる大英帝国では、迅速、確実な連絡は、大英海軍が必死にシーレーン防衛をしても容易にはいかず。

そんななか、恐るべき発明がなされました。

それは「飛行機」

サントス・ヂュモンの14Bis。世界初の公開飛行でした。

 

 

英国など、大喜びで航空輸送に参入し、エアラインの時代になりました。

こうして、船などでは何週間もかかったロンドンからインドへの旅も、飛行機でいけば3日くらいか?で行けるようになり。

(画像出展はhttp://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/ です)

アームストロング・ホィットワースアーゴシー旅客機

 

ショートS.8「カルカッタ」飛行艇

 

デハビランド DH66 “ハーキュリーズ”旅客機

 

 

ロンドンからインドまで、これらの飛行機を乗り継いて何とか到達したらしい。

しかし、エアラインの発展を阻む恐るべき障壁が。

「要するに、儲からん」

儲からないどころか、大赤字であり。

大英帝国の国威を示すために税金をじゃぶじゃぶ注ぎ込んで補填しまくり、やっと実現していたらしい。

当時の旅客機には、こんなのがあり。(画像出展はやっぱりhttp://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/です)

カーチスライトT-32″コンドル II “旅客機

 

 

コンソリデーテッド フリートスター 20-A 旅客機

 

 

上記の英国~インド便も含めて、だいたい1機あたり14名くらいしか乗客を乗せることができず。

それじゃあ儲かるわけないよねーというのが実情だった。

当時は、エアラインと言いながらも、中継地において燃料補給やエンジン整備などしまくりで、その時間のほうが飛んでいる時間より長いんじゃね?なんてかんじだったらしい。

例えば、ドルニエ飛行艇によるヨーロッパ・南米便では、とても大西洋を横断できる航続距離がないので、途中まで燃料や資材を積んだ汽船が出迎えに行き。

ドルニエ飛行艇

http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln12/2010/DORNIER-DoJ.html

 

 

合流点で着水した飛行艇に補給をしている間、乗客たちは汽船に移乗して、今日でいえば優雅な豪華客船の一日を楽しんだらしい。

汽船で、オザミ・トーキョーもびっくりの晩餐。「鱧(はも)のベニエ あさりと蟹味噌, マッシュルームのデュクセル パスティスの香り」を食べた後、一晩ゆっくり眠って、翌朝朝日とともにこれまた優雅に離水。さあ次は最終目的地のナタール港(ブラジル)です、なんて旅行をしていたらしい。

どれだけ航空券やら晩餐やらで浪費してもこたえない、超富裕層の酔狂だったのですねー。

ヨーロッパ諸国が貴族的なエアラインに血道をあげて富裕層を喜ばし、貧乏人の血税を湯水のように注ぎ込んでいたころ、アメリカは、へへんそんなふざけたお遊びはエアラインなんかじゃないよーと嘲笑っていました。

なにしろ、怒り狂ったインディアンの襲撃を防ぎつつ、食うや食わずの冒険をつづけ、運よく肥沃な平野までたどり着くか、でなければ共食いか!という世界です。「ハモのベニエ パスティスの香り」もへったくれもなく、とっとと「吉野屋の豚丼」で腹ごしらえして、次の襲撃に備えなければ!

ぼくはブラジルに住んでいますが、狂牛病が荒れ狂った当時、東京に旅行する機会があり。深夜でしたが、吉野家はちゃんと開いていました。

カウンターのお兄ちゃんに「ねえねえ牛丼はあるの?」「ありますよ」

でもやっぱり怖くなり豚丼にしました。ははは

注文してから1分もしないうちにほかほかのおいしい豚丼が!

 感動の一瞬でした。

さて、黎明期のエアライン業界は、せいぜい貴族のたしなみでしたが、これが自由市民に裨益し、業者も儲かるように発展するにはどうするか。親方日の丸に頼って補助金で生き延びるのではなく、みずからの力で大儲けしてやる!というアメリカのフロンティア魂が爆発し。

その結果生まれたのが「DC3」

これまでの旅客機とは一線を画した、革命的な飛行機だったのでした。

 

 

◎まず、28人の乗客をのせることで、一人当たりの客単価を著しく効率化できた。

◎頑丈で素直な飛行特性。計器飛行や無線航法の発達と合わせて、雨だろうが風だろうが突っ切って飛ぶことができ。ともかく定期運航というレベルに持って行けた。

DC3の出現により、エアラインは初めて「お客さんからのチケット代だけで運用し、儲けを出すことのできるビジネス」になったのである。

吉野家の豚丼は、注文してから1分もたたない、瞬時にでてきましたが、DC3も「エンジン修理のため、出発を2時間お待ちください」なんてアナウンスがあったのち、エンジンごととっとと取り外して、新品に換装、カウルをつけなおして。。。と、本当に2時間で完成し、あれよあれよという間に、元気よく離陸。大空の中に消えていきました、なんてかんじだったらしい。

*資料では「エンジン着脱が短時間で可能」となっており、どこかで「2時間で取り換えちゃった」という情報もあったのですが、紛失。こういう話はコンステレーション旅客機でもあり、要すれば、冷戦当時「アメリカの飛行機はすぐなおせるぞ」とソ連を威嚇する意図もあったらしい。

50年代にNY~パリ便などで活躍したコンステレーション旅客機

パブリックドメイン

 

 

そもそも故障しないし、故障してもすぐ部品が買えて、あっという間に直しちゃう、という、まるでVWのかぶと虫みたいな飛行機だったのでした。

世界の名車かぶと虫

 

 

その信頼性、耐久性などから、第2次大戦では輸送機として大量に生産され。アメリカを勝利に導いた4大兵器の一つ(ジープ、バズーカ、原爆そしてDC3)として称賛されています。

DC3の恐るべきコストパフォーマンスと耐久性、使いやすさは現在にいたるも有用性を失わず。カナダだのアラスカだの、西部劇もびっくりの、いまどきのひよわなジェット機では入っていけないような地域では、いまでもターボプロップ化されたりして飛んでいるといいますから、いかに優秀な飛行機かということがわかると思います。

ターボプロップ化されたDC3。

http://larch.blog.jp/archives/5161238.html
 

 
本当の名機は、レジェンド(伝説)となると共にレガシー(遺産)も残すといいます。DC3は、上記の通りレジェンドとなりまくり、そして現在の大型旅客機につながる機体構造を確立した、レガシーそのものの飛行機でもあると理解します。

ちなみに、戦後にDC3を操縦した日本のパイロットから「飛行中はとてもすなお。着陸で、接地時に尻が落ちるせつな、方向舵がふっと効かなくなる一瞬があり、気を使った」などの感想があります。

世界の名機DC3。エンジン出力の制約やレーダー装備が未発達であったことから、本格的なエアラインへの進化は第二次大戦以降の新世代旅客機に譲りますが、大好きな飛行機です。

Clássico Douglas DC-3 está à venda no Brasil

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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日本がリードしていた戦前のエアライン

以前、B29は、実は爆撃機ではなく、戦後の大量航空輸送を実現するための実験機であり。 爆撃機として使用されたのは軍から予算をもらうためにすぎず、トーキョー・エクスプレスと呼ばれた爆撃行で貴重な運航データを得、ついでに爆弾も落としてきた、という事を書きました。

「そんなことあるかい!ふんぎゃー!」と怒る人も多数と思います。

私の母も、横浜六角橋で空襲から逃げまどった世代であり、B29の爆撃は、ついでだよーん!なんてふざけたことを書くな!と言いたい気持ちはよくわかります。

 

 

でも、アメリカにとって、戦争なんて対岸の火事。レンドリースで産業を大開発し、切りのいいところで真珠湾攻撃によりうまく日本に参戦のきっかけをつくってもらい。週刊空母だのグラマンだので大儲けの、ようするに戦争自体が目的ではなくて、戦争を口実に、いかに儲けるか、だったのは、戦後のアメリカの覇権を見れば明らかと思います。

アメリカが目を付けた戦後の産業の一つに「長距離大量航空輸送」があり。

金儲け以前に、戦略的・安全保障の意味合いも強いのですが、この記事の本題ではないので、ここではスルーします。

さて、戦前には「大規模航空大量輸送」はなかったのか?

エアラインという存在があるにはあった。

典型的な例として「ロンドン~ニューデリー」を見てみます。

*以下「中島航空機博物館(外部リンク)」に迫力ある説明がありますが、そこから情報や画像を拝借しています。

まずは、ロンドンからジェノバまで、陸上機の「アームストロング・ホィットワースアーゴシー旅客機(乗客20名)」で飛んでいきます。

かっこわるい飛行機。
 
つぎに、ジェノバからアレキサンドリア(エジプト)まで、ショートS.8「カルカッタ」飛行艇(乗客12名)で飛んでいきます。

やっぱりかっこわるーい。

 

 

アレキサンドリアから最終目的地のインドまでは、デハビランド DH66 “ハーキュリーズ”旅客機(乗客14名)で飛んでいきます。

多少はかっこいいか?

 

 

お疲れ様でした。果たして何日かかかったのか?

だいたい、乗客がたった14名では、とても採算が取れないのは明白で、この定期便の場合は、大英帝国がいかに遠い植民地であっても、いつでも到達できるぞ!と世界を恫喝するための手段という意味合いが強かった。要するに、日本のローカル路線もびっくりのめちゃくちゃ赤字、税金を使いまくりでなんとか補填していたという、こまったエアラインだったということである。

ちなみに、今日のロンドン~ニューデリー便は、アメリカン航空で平均8時間40分、¥58,806で行けるらしい。これは直行便なので、乗り継ぎ含めたLCCだともっと安くなるかもしれん。機材の記載はなかったのですが、B777あたりと思われます。

果たして、飛行機3機を乗り継いだ命知らずの冒険、富裕層の酔狂でしかなかったエアラインが、今日の、ねこもしゃくしもお手軽お気軽に利用する路線バスみたいになるなんて、当時のだれが想像できたでしょうか。

よっぽどずるがしこく、中国人もびっくりの強欲で、ロシア人よりも血も涙もない、目的達成には手段を択ばない、そんな人種でなければ想像できないですよね。。。

でも、想像したやつらがいました。

それは「皆殺しのルメイ」に代表される「アメリカ人」

もともと大陸国のアメリカ。開拓のために幌馬車で何日も移動しているうちに、食料がなくなり、「ドナー隊の遭難」みたいに、ついには人肉を食べて生き延びた、なんて事態も発生しており。もし、迅速、安全に、大量の人々を長距離輸送できたら。。。。という悲願が、アメリカ人のDNAに刻み付けられていた。

そのDNAが作り上げた恐るべき成果の萌芽にDC3があり。

「大空の豚丼」として知られるDC3ですが、アメリカ人は、DC3の生産によって、イギリス人が息も絶え絶えロンドン~ニューデリーを運航していた時代に、いつかはお手軽大量輸送がくるぞ!という手ごたえを感じたことと思います。

世界の名機DC3(Pixabay無料画像)

 

 

なぜDC3か?そしてなぜ豚丼か?については、長くなるので別記事にします。ここでは、幌馬車よりよっぽどいい、飛行機という輸送手段があるぞ!という画期的な気づきがあった、という事を特記しておきます。

でも、飛行機なんて水ものですよねー、という恐ろしい課題に直面し。

当時の飛行機は、有視界飛行で、せいぜい高度5000メートルを飛ぶしかなかった。ということは、雨だの曇りだのという場合はそもそも離陸できなかったり、途中で入道雲に行く手を阻まれて引き返すしかなくなった、なんてことは日常茶飯時で、青空でもサーマルなどで、がんががん!きゃー!なんて、快適とは程遠い、やっぱり命知らずの旅になってしまい。

皆さんが、東横線で中華街に行こうとして、東京出発の時点で「CB(積乱雲)が出ていますので出発を1時間遅らせます」そして出発したはいいが「やっぱりCBが出てきたので、出発地に引き返します」なんてやられたら「崎陽軒に行けなくなっちゃうじゃないかー!代わりにシュウマイ持ってきて食わせろ!わぎゃぎゃぎゃー!」と大騒ぎになると思います。

https://kiyoken.com/

要するに、採算のための最も基本となる定時運行、反復輸送の見込みが全く立たなかったのである。

ところが、ヨーロッパ人が戦争を始めたおかげで、これらの障壁をぶち破る可能性が生まれ。

まず、レーダーはじめ無線・電波通信の発達により、肉眼で見えるはるか先の気象を探知でき。ゆうゆうと積乱雲とかを避けるのみでなく、それほど揺れない層雲であれば、すっぽり中に入っても地上から電波で誘導してもらい、計器飛行ができるようになった。つまり、雨だのなんだので出発時間を遅らせたり、引き返すなんてことがなくなった。

大型爆撃機の開発で、大型輸送機の原型を軍が提供してくれた。特にエンジンの著しい性能向上は偉大な貢献をもたらし、長距離を高速で安全に飛ぶことができるようになり、洋上飛行でも飛行艇にする必要はなくなった。これは、どこから流れ弾が飛んでくるかわからないから防弾チョッキを着て歩かなければならない紛争地域から、どこでもドアで東京にぽんとまよいこみ、防弾チョッキなんてもういいやあ!と投げ捨てるくらい、飛行艇から陸上機になって身軽(効率的)になれたという事です。

きわめつけは、排気タービン過給機と与圧装置の開発で、高度1万メートルまで上昇し巡航することができるようになったこと。この高度では、ジャップの戦闘機が上がってこれないだけではなく、気圧が低くてスピードが出せ、燃料の節約になることと、入道雲だのなんだの気流をかき乱すものが少なく、意外に揺れないで飛行できるぞ!という、お客さんを手なづけるための決定打を得ることができた。

与圧が決定打となったいまどきの飛行機(BUSINESS INSIDER)。

 

 

これをB29で体験・学習・実験し、今日のエアラインにつなげたという事である。

めでたしめでたし。あれ?めでたくなしめでたくなし?

しかし、アメリカ人の戦後輸送より先に、大量エアライン輸送を実現していた恐ろしい国があったのです。

なんと、日本でした。

大東亜共栄圏における連絡網を確保するために、横浜を起点として1941年7月には、横浜~サイパン~パラオ、横浜~バンコク線、赤道を超えてはるばるチモールまで民間旅客機を運航していたというから驚き。当時の「大日本航空(鶴のマークの会社とは別物です)」の「民間精神旺盛な」パイロットたちが「胸に翼型の金モールをつけた紺色のダブルの背広に半長靴という制服に身をつつみ、颯爽として南方の空に飛びたった」なんて痛快ですねーただ戦局の悪化に伴い、軍事作戦にいやおうなく飲み込まれていったらしい。(引用元は:飛行艇パイロットの回想 -横浜から南太平洋へ―必読です- http://www.aero.or.jp/web-koku-to-bunka/2009.09.15koshida2.htm)

運航に使われたのが、97式大型飛行艇。

    かっこいいなあ

 

 

南洋の島では、女性ばかりの、それはその、まあ楽しい島とかもあったようで、そんな往年のパラグアイみたいな島にちょくちょく寄っていたりしたらしい。

わくわく、どきどきー!

 

 

こちらの話も、機会があったらまた詳しく?書きたいと思っています。なお「チャイナクリッパーや、シコルスキー S-42はどうした!」とかの突っ込みは禁止です。

3000字越えで打ち止め。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長