タグ: 零戦

ブログBlog

風防と窓枠

みなさんが駅前を歩いているとき、あああ突風だー!と、傘だのカバンだのをもぎ取られそうになったことはないでしょうか。

この時の風速は12m/sくらいか?

気象庁・各気象台が用いている基準によると、以下の図みたいになります。

「リスク対策.com」より https://www.risktaisaku.com/articles/-/40193
 

 

スピードの遅い軽飛行機でも、離陸時の速度が41ノットくらいで、これは台風の時と同じくらいの風速らしい。巡航速度となると85ノットで「非常に強い台風」と同じくらい強烈だそうです。

9
20.8 m/s (41 knot)
台風88.2Km/h

10
24.5 m/s (48 knot)

11
28.5 m/s (56 knot)

12
32.7 m/s (64 knot)
強い台風117.2Km/h

43.8 m/s (85 knot)
非常に強い台風157.68km/h

54.1 m/s (105 knot)
猛烈な台風194.76km/h

Wikipediaによる区分

風速 – Wikipedia

 

 

黎明期は吹きさらしで飛んでいた飛行機も、次第にすっぽりと風防がかぶさるようになり。

黎明期の旅客機 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln8/DH66.html
 

 

これは飛行機だけの専売特許ではなく、白バイとかも大きな風防を装着しています。

https://www.pinterest.co.uk/pin/pictures-photos-from-chips-tv-series-19771983–276549233344289783/
 

 

 

白バイの風防は、まるで風上に衝立をたてているみたいで、空気抵抗でまくりですが、その陰に隠れるライダーは「台風もびっくりの強風」から身を守られ。疲労の度合いを著しく低減できるらしい。

衝立型の風防は、白バイのおまわりさんが1日を通じて楽な姿勢で操縦するための装置ですが、レース用のバイクになると、空気抵抗を減らすためにライダー自体がオートバイにへばりつくような姿勢になり。

この場合の風防は、搭乗者を守るというより、空気抵抗を減らして速度性能を極限まで引き出すのが目的となります。

https://scontent.fbsb8-1.fna.fbcdn.net/v/t1.6435-9/53046721_1128091794036913_4710854219131781120_n.jpg?_nc_cat=105&ccb=1-7&_nc_sid=13d280&_nc_eui2=AeEnb4fKM7ouwsonBO9j2jiT9Y-nFFcOKnT1j6cUVw4qdJ7lVHkdeMi_YiEn6cgAbbSYYjCcVJB-ZTIm4lx3-2Yz&_nc_ohc=iMFXS0jT90UQ7kNvgHRJC_a&_nc_ht=scontent.fbsb8-1.fna&oh=00_AYAUvtlohITlFSVUgSlhyaqHzXK-1cRHZBQnkjwTCJGi4w&oe=66ABED0C
 

 

飛行機の場合は、そもそもある程度のスピードとそれに伴う適切な風圧、でも人間から見れば、ぎゃああー!台風だー!という烈風の中でないと離陸できません、ということで、風防は、飛行機自体の空気抵抗削減と搭乗員の保護の両面から必須となっています。

第1次大戦時の複葉機では、機首に装備した機関銃の後ろくらいに透明の衝立を置き。

フォッカーDR1のコックピット。機関銃の間に風防。
Fokker Dr. I Dreidecker 1917 | Military Aviation Museum
 

 

ソッピース・キャメルの例 https://br.pinterest.com/pin/374643262769089409/
 

 

単葉機の時代になると、もっと立体的な風防が現れはじめ。

96戦の風防https://www.jiji.com/jc/d4?p=ina817-scn130896002&d=d4_mili
 

 

最初はコクピット前面のみで、操縦席自体は吹きさらしでしたが、パイロットが「顔に当たる風でスピードを判断」しなくても正確に速度を提示してくれる速度計が登場してから、コクピット全体を覆うものに変化してきました。

過渡期の形状https://makeshop-multi-images.akamaized.net/hobbyland/shopimages/73/41/7_000000104173.jpg?1678209902
 

このへんで、時代は格闘戦至上主義から一撃離脱へと変化し。風防の役割も搭乗者の保護より機体の空気抵抗削減が重視されるようになり。ファストバックと言って、風防後部は胴体と同じラインとなった形が一般的になりました。

P47のファストバック式風防 http://www.hasegawa-model.co.jp/product/02099/
 

 

しかし、実戦の場においては、ファストバックで後ろが見えないというのは重大な欠陥となり。せっかくファストバックにしたのに、空気抵抗でまくりのバックミラーを追加するなどの修正が必要になってしまった。

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spitVtrop/04.html
 

 

 

その結果、涙滴型風防に置き換わっていきました。

涙滴型風防に変化したP47 http://www.hasegawa-model.co.jp/product/02099/
 

 

P47の新旧コクピット https://www.pinterest.jp/pin/766386061571406718/
 

 

こういったわけで、プラモや写真を見ると、欧米や独ソの戦闘機はファストバック型が多いのに比べ、日本の戦闘機は「飛燕」「五式戦」や「雷電」をのぞき、涙滴型なのがわかります。

https://onemore01.blog.ss-blog.jp/2016-09-29-2
 

 

日本の場合はいつまでも格闘戦至上が抜けなかった、というか、一撃離脱のできる大馬力エンジンが作れなかった、という事情もあるのでしょうが、前も後ろもよく見えるというのを重視した。

その中でも、次第に洗練された流線形になっていったのがわかります。

隼の風防の変遷
上がI型 1/144 プラスチックモデルキット 陸軍 一式戦闘機 隼1型 Platz (プラッツ) (ms-plus.com)
下がII型 Ki43-III 一式戦闘機 隼3型デカールセット(1/72) – v1models – BOOTH
 

しかし、涙滴型風防を作り量産するには、それなりの技術が必要であり。

飛行機の風防はだいたいアクリル樹脂というかプレキシガラス製ですが、その整形がなかなか難しかったらしい。

流線形と言えば流れるような曲面が重要ですが、これを見事体現したのにアメリカの風防があり。P51やP47等、大戦終期に大いに生産されました。

P51の風防 https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-d6dd077b46dc6dfad0d53c06fa7bdc58-lq
 

 

でも、大戦前は、まだまだ曲面は最小限に抑え、窓枠で区切った風防が主流であり。F4Uに至っては、初期型は胴体に埋もれたみたいだったのが、次第に「マルコム型」の、ぽこんと丸い風防を装着し、空気抵抗の低減とパイロットの視界確保に貢献しました

F4Uの初期型(上)と後期型(下)の風防https://www.reddit.com/media?url=https%3A%2F%2Fi.redd.it%2Fb3wtoliyngdc1.jpeg&rdt=37219
 

 

ちなみに、マルコム風防はイギリスのスピットファイアで多用され、初期型のP51などにも流用されたらしい。

スピットファイア  スピットファイア Mk.Ia Supermarine Spitfire Mk.Ia Tamiya 1/48 part-2 (soyuyo.main.jp)
 

 

ファストバックにマルコム風防のP51
Malcolm Hood’s Instagram, Twitter & Facebook on IDCrawl
 

 

一方、涙滴型の採用では世界に先んじた日本も、風防自体は窓枠だらけになってしまいまいました。

零戦の風防 http://underzero.net/html/tz/tz_385_1.htm
 

 

アメリカのような全面一体成型(以後一体型とします)とはいかないまでも、隼みたいに、いいかんじのところまでは行けたのですが、特に海軍の場合、窓枠だらけの風防が多くなってしまい。

この理由として、いろいろ言われていますが、だいたいコンセンサスを得たのに以下があり(特に技術的な裏付けはありません。マニアたちの推定です)。

◎成型技術。作ろうとすればアメリカ式のも作れたが、当時の日本の技術では、分厚くなり。ならなくても透明でなくなってしまった。

◎曲面ガラスは、光の乱反射をもたらし、外に写る景色がゆがんでしまった。

◎海軍が窓枠だらけなのは、極力平面のガラスとして、乱反射を防ごうとしたため。さらに、着艦などの狂った衝撃も考慮する必要があった。陸軍では、多少視界がゆがんでも空気抵抗重視の一体型が使えた。

◎窓枠型は、枠で囲まれたガラスが破損しても、そのガラスを取り換えるだけで済んだ。一体型は、風防全体の取り換えが必要となり、部品備蓄のスペースがない空母では窓枠型にするしかなかった。

◎ガラスはアルミやジュラルミンに比べ重く。窓枠の分だけ軽くできた。

などなど。

でも、個人的にはそもそもの成型技術に難があったのではないかなーと思います。戦中に技術が向上したのか、海軍でも紫電等になってくると窓枠が減少しています。

日本もびっくりの窓枠風防を多用したのがドイツ。

JU88 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln4/290Ju87.html
 

 

 

Bf109 https://br.pinterest.com/pin/482659285064000242/
 

 

ウーフー偵察機 https://pit-road.jp/l4803/#L4803%201/48%20WWII%20%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E7%A9%BA%E8%BB%8D%20%E5%81%B5%E5%AF%9F%E6%A9%9F%20%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%B1%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%95%20Fw189%20A-2
 

 

でも、Fw190は最初から一体成型の涙滴(見ようによってはファストバックともいえるけど)なんですよねー

Fw190 https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-68952aa3aac16f060ffec129e9972522-lq
 

 

泣く子も黙るドイツの技術力では、一体成型だろうと窓枠型だろうと作れたが、カクカクととんがった窓枠型の方がドイツ人の美的感覚にマッチしたのかもしれん。

*というより、乱反射を嫌がったのが真相と思います。

美的感覚というと「涙滴型なのに風防後部は鋼製」という、利点をぶち壊して欠点(乱気流増加)を引き出そうとしたようなのもあり。

イタリアの戦闘機がおおむねそんなのなのでした。

マッキMC202 http://www.spmodelismo.com.br/howto/am/mc202.php
 

 

この場合は、やっぱり重量増加と共に、成型技術がまだなかった時代だったのだと思います。

この辺はアメリカも一緒で、P35も後部風防の曲面の部分はガラスをあきらめています。

P35 https://www.armedconflicts.com/Republic-P-35A-t43562#valka_group-2
 

 

今日では技術革新は頂点に達し。文字通り360度ほぼ全周が見渡せます、というのも生まれています。

F16の例 The extremely limited space of an F-16 cockpit [1000×667] : r/WarplanePorn (reddit.com)
 

 

 

一方、よく見えては困る、という飛行機も生まれてしまいました。

それがB52。

https://wired.jp/2014/05/28/b-52-gets-first-full-it-upgrade/
 

 

もちろん、通常の飛行ではよく見えたほうがいいのですが、戦略爆撃機という性格上、原爆を落としたときにその閃光にさらされることが想定されており。コクピットの内側に遮光カーテンがあって、爆撃時はこれでふさいで閃光が通らないようにする、というのをトム・クランシーの小説だったか?で読んだことがあります。

B52のコックピット https://www.flickr.com/photos/isaiasmalta/3200274538
 

 

F16とかの場合は、そもそも閃光の影響を受ける距離での飛行を想定していないか、あるいはバイザーで閃光を遮るということなのだと理解します。バイザーでさえぎることができるかは疑問ですけど。。。。

最後は脱線でした。

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

「送り込み」は奥義かずるっこか

今回はものすごくニッチな剣道おたくの話題になってしまいましたが、実は投資や恋愛にも応用できる内容と自負していますので、剣道なんてばっちいのやだ!というヤングのみなさんもぜひお読みいただけると幸いです。

 

さて。

最近の全日本剣道大会のビデオを見ていると、緋村剣心もびっくりの、流星のような打ちによって、目にもとまらぬ以前に、ぜんぜん見えません、という恐ろしい進化を遂げているようです。

でも、実はどっかで見たことがあるような?

なんか、流星の打ちですが、打ちの軌跡というか刃筋というかが途中ですとんと変化するような感じじゃね?

よく考えてみたら、昭和の青少年はよく知っているあれだねーということに気が付きました。

その名も「直角斬り」

小山ゆう「おれは直角」https://middle-edge.jp/articles/T3u9U
 

 

マンガなので、直角に大きく軌跡が変わっていますが、全日本選手権のほうは、なんか気のせいじゃね?くらいの繊細なレベルなのだった。

繊細ではあるが気になり。

だってまっすぐ大きく振る、が小さくシャープになるのはいいけど、刃筋が変わるなんて、ありうるのだろうか?

 

文明開化の世の中なので、Google Geminiに聞いてみました。

「今日の全日本剣道選手権大会を見ていると、打ちの途中で刃筋が変わるというか、竹刀の軌跡が変化するような印象を受けますが、単なる印象でしょうか。」

 

じぇみにくんから衝撃の回答が。(要約・編集してます)

「そのように感じられたのには、いくつかの理由が考えられます。

全日本剣道選手権大会のようなトップレベルの試合では、非常に速い動作の中で、以下のような技術的な要素が影響している可能性があります。

竹刀の「送り込み」:

相手との間合いや体勢に応じて、打ち込みの途中で僅かに軌道修正(送り込み)をしたり、相手の動きに合わせて竹刀の操作を微調整します。

打突部位への正確性:

少しでも有効打突の部位を捉えようと、打ちの終盤で手首や指先で微調整を加えることがあり、それが竹刀の軌跡が変わったように見えることがあります。

「刃筋」への意識と現実の動作:

剣道では、真剣で斬るのと同じように「刃筋正しく」打つことが基本ですが、競技としての剣道では、速い動きの中で「一本」を取るために、理想的な刃筋からわずかにずれることもあります。

現代剣道では、指先を使った竹刀の操作が非常に洗練されており、その微細な操作が観客の目には「軌道が変化した」あるいは「刃筋が変わった」という印象を与えることがあるかもしれません。(ここで引用終わり)」

 

おおおおー?

本当に「意識的に刃筋を修正」して、有効打突の部位に「送り込んでいる」だと???

現在剣道の選手は神か?ひええええー

 

まさに「神の指先」による「微細な操作」であり。当たっているときには刃筋正しくびしっと!なので、有効な一本であること自体には誰も異論はないと思います。

一方で、「速い動きの中で一本を取るために、理想的な刃筋からわずかにずれる」というか、意識的に指幅一本分とか?ずらしているってことじゃん!

素質に恵まれた限られたエリートにしかできないことだと思います。わかりやすく言えば、軽飛行機乗りとイーグルドライバーの差ですねえ。

F15イーグル。五輪メダリスト並みのアスリートでないと乗りこなせないらしい
(PIXABAY無料画像)
 

 

考えるのは、これを真剣でできるか、ということです。

全日本選手権の猛者はガタイも体力もあり、真剣でもやると思います。

ただ、それがふつーの剣道の技能かというと、やっぱり試合に勝つために特化した進化(退化とは言っていませんよ)と思います。

 

みなさんは、面打ちを習うときに

「それでアメリカ兵が斬れるかー!」とか叱咤されたと思います。

ぼくの世代は軍隊には取られずに済み。兵隊世代の先生から「昔はそういわれたんだぞー、みんなもアメリカ兵の鉄兜をぶち割るつもりで打てー」といわれながら育ちました。

 

別に米兵を斬るのと、全日本で勝つののどちらが正しいのかといっているのではありません。

でも、アメリカ人の頭をかち割るには、意外に力ではだめで、冴えが必要だなーなんて工夫し、その工夫の一つに、多少当たり所がずれようが大きくまっすぐやれば刃は正確に入っていくという理解から、自分から刃筋をずらす(繰り返しますが、ずれてはいてもちゃんと立っていますよ)なんていうことは想像もしなかったのだった。

角の立った寿司。刃筋がずれても立っていれば、人の肉でもこういう角がたった切り口になるらしい https://hitosara.com/0006079316/
 

 

昭和の終わりとでもいうのですかねーぼくの世代の習った剣道は、今日の茶の間で見るスター選手たちの剣道ともまた違っており。

逆二刀上下太刀です。
 

 

以下は二刀の考えですが、一刀もおなじと思っています。

対戦相手と正対したならば、姿勢を崩さずに交刃の間合いに入り。

小太刀でぐっと相手の竹刀を抑え、相手がつんのめる、フリーズする、下がろうあるいは出ようとする、その「う」の瞬間に大刀が相手の面を打っている、という、単純な竹刀同時操作がすなわち基本であり目指すところである。

 

この場合、相手は太刀を抑えられて体制を崩されることになり。崩れてしまえばあとは打つだけです。

何を言いたいのかというと、打つというのは実は単なる結果であって、本当は崩すことこそが勝負なのである。

これを「技前(わざまえ)」とか「攻め」とかいうのですが、この「攻め」が効いていれば、相手はいわば面をさらけ出した感じでフリーズしてしまうので、気が付いたら面を打っていました、となります。

つまり、送り込みとかなんて全く不要であり、こちらが素直に大刀を落としたまっすぐその先に相手が面を差し出してくれるのである。

野球で「球が止まって見える」といった選手がいたようですが、似たような感覚かもしれん。「相手の面がぐっとせりだして見える」。

 

一方、技が決まるというか、竹刀が打突部位に当たる直前に、「指先による微細な操作」で相手の面(打突部位)の動きに追随するというのは、いっちゃわるいが「攻め」が効いていないってことじゃね?

この場合は、相手はまだ攻め負けておらず、「面を動かせる」状態ですからねー

昭和の剣道における正中線の攻め。この動画では佐藤選手に注目してください。

 

 

 

みなさんは、零戦のプラモを組んでいた時、無駄に窓枠の多いキャノピーが、あのへんな機銃覆いのふくらみにうまくはまらずに狂乱したことはないでしょうか。

へたくそだと、田宮のキットでも見事に失敗しますが、うまい人になると、たとえ得体のしれないポーランドのキットでもぴたりと合わせます。

これは、合わせる前にキャノピーだのふくらみだのを削ったりパテうめしたりして見事に整形しているからなのである。

このパテ埋めだのなんだのを、剣道でいえば技前・攻め、そしてかちゃりとキャノピーと胴体を組み込むところを技と思っていただければわかりやすいと思います。

 

つまり、「送り込み」で「刃筋を修正する」というのは、パテ埋めが足りなくて、組むその時にキャノピーをちょっとだけ右(左)にずらしてごまかした、というのと同じじゃん、なんて思ってしまうのである。

 

これはあくまで個人的な考えです。とある先生にこういう話をしたら「へへん攻めなんて20年前の話で、今はみんな忘れているよ」とせせら笑われてしまいました。ははは

 

勝つということは重要ですが、全日本とかになればやっぱり内容も問われますよねーアルゼンチンみたいに、日本が相手だろうがオランダが相手だろうが1対0で勝つ(1点差で逃げ切る)、みたいなつまんねーのじゃなくて、82年のブラジル対イタリアみたいな、勝ち負け以前にみんなが喝采するような試合ができたら、なあんて、すみませんサッカーになってしまいましたが、剣道もそういうのがいいと思います。

剣道だったら、この動画の大将戦みたいに前へ出る面2本で勝ちたいですね。https://www.youtube.com/watch?v=X2Rkcqe331U
 

 

ではでは

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

サントスデュモンのお話その2

飛行機の黎明期に活躍したふしぎな発明家サントスデュモン。以前、生い立ちから飛行船王になるまでのお話を書きましたので、こちらもお読みください→飛行船でお散歩

さて。

何度も墜落しながら、飛行船で空を飛ぶということは極めたサントスデュモン。

エッフェル塔を周回するサントスデュモンの「6号」飛行船
https://www.cidadedosleiloes.com.br/peca.asp?ID=16674769
 

 

でも、鳥みたいに、翼で空を飛ぶ、という夢はまだ達成されていなかった。

リリエンタールだのライト兄弟だのが、はっちゃきになってグライダー開発とかを進めていた。つまり、翼で滑空というのならなんとかできるところまでは来ていたのである。

サントスデュモンは、別にはっちゃきにはならず。ゆうゆう遊び半分、といったら怒られそうですが、のびのびと飛行船から飛行機への転換を目指した。

第一の布石が、「14号」でした。

14号 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/20/Dirig%C3%ADvel_N%C2%BA14_-_1-13633-0000-0000%2C_Acervo_do_Museu_Paulista_da_USP.jpg
 

 

飛行船じゃん?

はいその通りです。でも、この飛行船からゴンドラとかを取り去って、この下に飛行機のプロトタイプを括り付け。

このプロトタイプが空中でどんな挙動をするか実験を重ねたのでした。

https://www.cabangu.com.br/pai_da_aviacao/4-「14Bis」/1-simula.htm
 

 

飛行船にあたる部分は引き続き「14号」の名前で継続。飛行機のほうは「14Bis」と命名。「Bis」は「再び」というか「帰ってきた14号」みたいな意味である。

この場合、揚力は「14号」で稼ぎ、飛行機のほうの舵面の効きとか機体の安定性とかを「14Bis」で実験したのである。

「14号」がでかすぎて風の影響を受けすぎ。すくなからず「14Bis」の挙動にも影響を与えしまったので、次は「14号」なしでやることに。

鋼鉄のワイヤーを一本張り渡し、ここに「14Bis」をぶら下げたうえで、機首もケーブルでロバにつなぎ。ハイドー、シルバー!とロバを走らせ、ケーブルにひっぱられて「14Bis」が疾駆するという実験を行い。

https://www.cabangu.com.br/pai_da_aviacao/4-「14Bis」/「14Bis」mula.jpg
 

東宝の特撮みたいな実験がどれだけ効果を生んだか?

自信をつけたサントスデュモンは、いよいよ「14Bis」単独で飛行することに。

単独飛行について書く前に、「14Bis」という飛行機についてちょっと解説します。

長さ10メートル、全幅12メートル、高さ4.8メートル。

ぼくの乗っている軽飛行機コヨーテが、全長6.1メートル、全幅10メートル、高さ3メートルなので、「14Bis」のほうが一回り大きい。

でも、重さはコヨーテが270キロなのに、「14Bis」は160キロと、ものすごく軽いのだった。

Rans Super Coyote
 

 

「14Bis」(飛行中のレプリカ) Física em Ação: 14bis
 

 

特徴的なのが、「先尾翼機」であること。

当時は、ライトフライヤーとか、少なくとも水平尾翼は先尾翼にするというのが一般的だった。

というのも、当時のエンジンはとにかくパワーがなく。

「14Bis」のエンジンは50Hp、95キロ。コヨーテのほうは80Hp、60キロと、零戦とグラマンもびっくりの「埋められない差」があり。さらには、コヨーテはWarp Drive3翅プロペラで、「14Bis」の「櫂をつなぎ合わせたような2翅プロペラ」とは伝達できるエネルギーというかトルクがぜんぜん違うのである。

要すれば、「14Bis」含め当時の飛行機は、エンジンのパワーが決定的に不足しているぶん、とにかく軽く、揚力の稼げる機体が必須になっていた。

このために、複葉にして、揚力と箱型構造による強度の両立を図り。

フツーの尾翼の場合、主翼が上向きの揚力を生むともに、飛行機をまっすぐ飛ばす安定性を得るために、尾翼では下向きの揚力を発生させて釣り合いを取っています。

https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-1261.html?sp
 

 

でも、「下向きの揚力を発生させる尾翼」なんて贅沢なものを付けたとたん、黎明期の飛行機ではたちまち主翼で作った揚力が打ち消されて、離陸できなくなっちゃうのでした。ははは

先尾翼機の場合、先尾翼も揚力を生み。主翼とともに揚力を稼ぐのに重要だった。

https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-1261.html?sp
 

 

しかし、先尾翼の場合、3輪車をバックさせて走らせるようなもので、ともかく安定性が悪い、というか、安定をくずそうというような挙動をしてしまうので、パイロットが尋常ならぬ繊細さで機首の上げ下げを制御しなければならず。

というわけで、ブレリオXIくらいまで進化して、非力ながらも最小限のパワーがあるエンジンが開発されると、先尾翼機はすたれていったのでした。

ブレリオXI  https://www.bleriotxi.com/Home/private-se-xmc-bleriot-xi-la-manche-14293.jpg
 

 

この結果、特徴的な「14Bis」のスタイルとなったのである。

それでも、サントスデュモンは、「14Bis」を飛行船にぶら下げたり、ケーブルにぶら下げたりして十分に訓練し。それ以前にも飛行船で十分な飛行時間を積み上げ。

操縦ができないか、できても絶望的に困難な当時の先尾翼機で、何度か落っこちては機体を直すを繰り返しながらも、ついにまあまあ安定して飛ぶことに成功。

パブリックドメイン
 

 

1906年10月23日、ブローニュの森、bagatelle競技場で、2メートルの高度で7秒間に60メートルを飛び、ヨーロッパにおける最初の飛行機の飛行として知られるようになりました。

時速31キロ。確かにロバ(時速50キロくらい)に引かせてテストできるスピードだったのでした。ははは

めでたしめでたし。おわり。

の前に。。。

飛行時間を積み上げる、というのはどういうことをいうのでしょうか。

サントスデュモンの場合は、飛行時間の多くが飛行船(気球も)ですが、パイロットとしての実体験であり。きょうびフライトシムで自衛隊パイロットもびっくりの操縦をこなすお兄ちゃんも多数ではありますが、実際墜落を切り抜けて新たに。。。というのはやはり代替できないと理解しています。

一つの例として。

「5号」飛行船でエッフェル塔周回に挑戦していたサントスデュモン。例によって飛行船の高度が下がり始め。ゴールにたどり着く前に、とある大資本家の庭園にある高い木に引っ掛かり、墜落と言わなければ不時着のやむなきに至ってしまった。

その大資本家が、なんとロスチャイルドだったということである。

お気に入りの庭園に、突然変な野郎が空から落ちてきやがり。ロスチャイルドもびっくりしたでしょうが、別にケンカになったとかいう記録も見つからないのですよねーブラジルだったら、まあ一杯コーヒーでも飲んでいきなさい、となるのですが、そういう記録もなし。

代わりに、ロスチャイルド庭園のお隣に邸宅を構えていたブラジル王室の皇女イザベルさん(皇太子格)から、遊びにおいで、と誘われ。

落っこちたことが縁で呼ばれたくせに、ヒコーキ野郎(というか風船野郎)としての功績をいたく評価されて、メダルをもらいました。

「サン・ベント」といって、事故から守る守護聖人のメダルでした。

イメージ画像
História da Medalha de São Bento – Mosteiro da Virgem
 

 

というわけで、実は何とかの表彰とかではなく、純粋にお守りですよ、という意味のメダルである。自由人から自由人への大切な連帯の証明ですね。

さて、その後エッフェル塔周回を完遂し、フランス航空当局から「ドイチェ賞」が付与されると、早速、時のブラジル大統領(皇室は廃止されていた)カンポス・サーレスから、“Por céus nunca dantes navegados”という謎の美辞麗句が刻まれたメダルが送られました。

でも、こっちのメダルは、政治家の人気取り、国威発揚のための英雄づくり、どこかのイーロン・マスクじゃないけれど、政権への票集めのための「客寄せパンダ」に利用されているだけじゃね?と思ってしまうのはぼくだけでしょうか。どこかのファストフードチェーンで「今週のトップセールス店員」を表彰するみたいな、なんか「社畜の証明」みたいに見えてしまうのです。

空を飛ぶという純粋な喜びを分かち合ったのがイザベルさんのメダルなのに対して、空を飛ぶということを利用してなんか利益を得よう、というのがカンポス・サーレスのメダルなのであった。

前者の、空飛ぶよろこびは、飛行船「9号」の優雅なお散歩で頂点に達し(そのヒコーキ版でDemoiselleもある)ましたが、その後、後者のビジネス追及に飲み込まれてしまったのが悲しい現実と思います。

Demoiselle
OIP.l6Y3SZcseGEWoPcLXrxktwHaE8 (474×316)
 

 

ビジネス追及によって、やれねじれ翼の著作権は誰だとか身の毛のよだつ抗争に発展したり、機関銃を乗せて人をぶち56す軍用機とか、最後は原爆を落とすということが正義というふうに世界がねじけていってしまったのかもしれません。

このHP的に言えば、サントスデュモンはお金(もうけ)から自由になった資本家。カンポス・サーレスなどは飛行機を隠れ蓑に利益を追求するビジネスオーナーとでもいったところでしょうか。ライト兄弟は、ロスチャイルドなどにうまく使い倒される「哀れな社畜」の人生だったと思います。

Santos Dumont https://br.pinterest.com/pin/502292164674809670/
 

 

牧歌的な内容にしたかったのに、最後はやっぱりすさんでしまいました。ははは

ではでは

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

F6Fはなぜ駄作にされたか

駄作シリーズその2。その1はこちら→名機の条件:零戦はなぜ駄作になったか(暗号通貨女子さん、リンクありがとうございます)

 

以前、F6FとP47という2つの飛行機についてちょっとだけ書きました。

とても興味深いものがあったので、あらためて書いてます。

両方とも、第2次大戦の後半で大活躍したアメリカの戦闘機です。

F6F(左)とP47(右)https://www.youtube.com/watch?v=Ydf0-QadMlY
 

そして、両方とも「ライトサイクロンR2800」という、これ以上ない高性能エンジンを装備していました。

でも、類似性はこのへんで終わってしまい。

P47が、だれからも称賛され、P51などと比肩して世界一の座を争った(特にパイロットからは抜群にP47のウケがよかったらしい)のに比べて、F6Fとなると、なにそれおいしいの?と、そもそも誰も知らないか、知っているマニアから見ても「P47と同じエンジンなのにどうしようもない駄作機」という哀れな烙印を押されてしまっているのでした。

誰がF6Fをそうさせたか?

「真相はこうだ」

まず、P47を見てみます。

源泉は、P35セバスキーというスピード競技機。

P35
Williams Bros. 1/32 Seversky P-35/SEV S-2 | Large Scale Planes
 

 

「未来の飛行機はとにかくスピードだ!」と、エアレースで輝かしい成績を残し。スピード機のくせに、ギアは半分くらいしか引っ込まないとか、まるで努力して空気抵抗を増やしているようなスタイルなのですが、当時は、どうがんばっても構造的にどん亀にならざるを得ない複葉機が主体の時代であり。単葉でキャノピーにすっぽり覆いがかかった未来的なスタイルを見て、米軍も手ごたえを感じたらしい。

もうちょっとスマートなP43ランサーを経て、順調にP47に発展しました。

この間、P35が太平洋で零戦にけちょんけちょんにやられたりしていたのですが、アメリカは、そんなことよりもっと戦局を左右する重要なことに気が付いてしまったのであった。

それは

◎戦闘機を何百機落とされようがそれで戦争が終わるわけではない。

◎英国の戦いにおいて、前線よりはるか後方にある敵のライフライン(工業地帯)をヒットする戦略爆撃が実現可能であることが明らかになった。

◎といって、丸腰の爆撃機だけでは敵戦闘機の餌食になってしまう。ドイツの英国爆撃が成功しなかったのは、英国の戦闘機がドイツの爆撃機をやっつけることができたからである。

 

要すれば「ともかく敵の主要産業地帯に爆弾の雨を降らせることができれば戦争は勝てる」のだが「どうやれば安全に敵の産業地帯まで爆弾を運ぶことができるか」という重大課題が明確化されたということであり。

アメリカは2つの回答を用意しました。

その1)落としても落ちない爆撃機を雲霞のごとく放つ。

56しても4なないB17爆撃機  Pixabay無料
 

 

ただ、落としても落ちないはずが、ドイツ戦闘機の奮戦や、太平洋では空対空特攻などのキチガイ沙汰により、場合よっては出撃機数の3分の一近くが落とされ。下手をすると戦争の遂行が危うくなったため、さらに

その2)爆撃機を援護する戦闘機を雲霞のごとく解き放った。

といって、この援護は、並みの戦闘機ではできない離れ業だった。

「落としても落ちない爆撃機の援護」です。

防弾装置だの防御機銃だのと言った基本の他に、アメリカが編み出した秘策が

「ともかく高空を飛ぶ」というものであった。

B17からB29に至る過程で高度8千メートルから1万メートルという狂った巡航高度をもつようになり。

この高度をふつーに随伴できる数少ない戦闘機がP47だったのである。

零戦の実用高度が6000メートルくらいであり、戦記物などでは「高度8000メートルを超えれば許可なくして酸素マスク着用する」などの記載がありますが、日本の戦闘機で高度8000メートルなんて、当時の神パイロットだからできた神業なのである。

なんで上がっていけないのか?その答えが、上に書いた「酸素マスク」に凝縮されています。

飛行機のエンジンは、酸素と燃料を燃やして回転エネルギーに転換しています。

しかし、高度3000メートルを超えた段階で、早くも酸素が不足しだすのであった。

とても高度1万メートルなんて。。。というのが日本機には偽らざる実態だったのである。

なぜB29やP47が、超高空でもユウユウと飛行できたのか?

その秘密が「排気タービン過給機」

エンジンの排気噴流でタービンを回して大気を無理やり圧縮し(空気の中の酸素含有量を無理やり増やし)。1万メートルの高度でも2000メートル程度か?とおなじ酸素密度でエンジンに送りこむという装置を実用化させてしまったのである。

排気タービン過給機。P38の例 https://hjweb.jp/article/746366/
 

 

恐るべしアメリカ。

別に排気ガスでなくても、エンジンの回転軸そのものでタービン回せばいいじゃん?

はい、ドイツや日本が、そういう「機械式タービン」でがんばった。でも、機械式はタービンに回すエネルギーのロスが多すぎて、ある程度以上は機能しなかったらしい。

排気ガスなら、エンジンにとっては余剰エネルギーですからねー

ただし、重要な問題があった。

それが「温度」

大馬力、大出力の航空エンジンは、排気ガスの温度も殺人的に高くなり。

エンジンから放出するだけなら何とかなったが、これをタービンまで導いて回転させる、となると、回転以前に、導管やタービンそのものが熱で溶けちゃうのでした。ははは

材料技術が重要になり。ニッケル系のレアメタルをいかに加工するかが勝負になってきた。

こうした資源に恵まれなかった日本やドイツはこの時点でアウトだったのである。

資源さえあればいいのかというとそうでもなく。

なんとかタービンに使えるまで冷却しても1000度くらいにはなってしまうそうで、敵弾が当たって穴が開いたなんて時にパイロットが溶けちゃった、とならないようになるべく操縦席から離さなきゃなど、冷却装置や配管が決定的なカギを握るようになり。

P47は、機体の大半が冷却装置や排気タービンで占拠されるという恐ろしい構造になってしまいました。

https://motor-fan.jp/tech/article/9436/
 

 

エンジンに排気タービンがついているのか、排気タービンにエンジンがついているのかわからくなってしまったP47。

結果、当時世界最大の単発戦闘機になってしまい。

でも、十分に酸素のある空気を供給されたエンジンにより、P47はどんな高空でも機敏に動ける傑作機すなわち相撲取りもびっくりの「動けるデブ」になったのである。

ただ、でかくて重い図体では、航続能力がちょっと。。。。

決して短いというのでもなかったのですが、B17がドイツに奥深く侵攻するようになるに従い、もっと航続力のあるP38に交替しました。

連合軍戦闘機の行動半径の増加 http://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU5/bomb3.htm
 

 

このころになると、P47は、こんどは地上攻撃を行う戦闘爆撃機として、それこそ地を這うような低空で大活躍するようになったのでした。ははは

さてF6Fです。

こちらはスケルトン画像を見ていただければ一目瞭然ですが。。。

Grumman F6F Hellcat


 

 

 

エンジンから後ろの胴体にはタービン過給機や導線などはなく、がらんどうです。

こちらは機械式2段2速の過給機で、それでも零戦の1段2速よりは広い高度幅でエンジンの効率を保てたらしいが、P47に比べたらはるか下方でヴいヴいいっているだけみたいになってしまったらしい。

艦上戦闘機なのである。空母や艦船の浮かんでいる高度ゼロからの中低高度で、どんな敵機がこようが、それがゼロファイターであっても排除できるという性能が要求され。

F4Fの段階ですでに零戦に敢闘しており。排気タービンなんて必要ないや、それより装甲を固めまくり、ギアの格納を全自動にするとか(F4Fはきこきこ手動クランクで格納していた)、ものすごく使い勝手はよくなったが、ものすごく重くなってしまい。翼面荷重など、艦上戦闘機としての性能を考えると、スピードはやっと零戦を追い越せるくらいのどん亀になってしまいました。

しかし、零戦相手にはとても有効であり。

だいたい、1機が零戦の銃弾を吸収している間に無線で仲間を呼び。寄ってたかって包囲して袋だたき、というやり方で零戦隊を壊滅させたそうです。

制空権をぶんどったあとは仲間のアヴェンジャー雷撃機が日本の艦船をしらみつぶしに沈めていった。

グラマン アヴェンジャー https://www.htmodel.sk/en/grumman-tbf-1-avenger-1-72-academy/
 

 

こうして「F6Fが参戦した日からアメリカの勝利が始まった」といわれる決定的な貢献をしました。

でも、日本人をのぞけば、F6F?なにそれ?なんですよねー

F6Fは、低空で敏捷に逃げ回る日本機を、同じ敏捷さでつかまえるのに特化した進化をしてしまったので、欧米での本流である高空決戦にはついていけなくなってしまった。対日戦終結とともに、F6Fが空母から投棄つまりぽんぽこ捨てられたという悲しい事実があるのです。

「狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)」。天下取りの後、功臣が、用済みだ!と粛清されてしまうような、F6Fの悲しい末路でした。

ではでは

Posted by 猫機長
ブログBlog

主翼と尾翼

今年(2025年)の2月、シアトルの国際空港で、地上走行していたJAL機が、停止していたデルタ機の尾翼に主翼をひっかけちゃった!という事故が発生し。

シアトル空港で日本航空とデルタ航空の旅客機が接触、機体の尾翼と主翼が接触するも怪我人なし – 江南タイムズ
 

 

【写真】デルタ航空機の尾翼と接触した日本航空機の主翼 | Joongang Ilbo | 中央日報
 

 

なあんだ、いっそすぱっと切り落としちゃえばいいのに!とか、つい思ってしまった人はいないでしょうか。

そんなことをしてはいけません。尾翼が切り落とされた飛行機は、まっすぐ飛べなくなってしまうのです。

飛行機というのは、大気中を高速ですっとんでいくものであり。そのスピードは時速900キロ近くにも達します。

弓道の矢が時速200キロくらいだそうで、如何に飛行機というものが速いかということです。

ところで、弓道の矢には、尾羽(おばね)があり。まっすぐ飛ぶための方向安定板として作用しています。

飛行機の尾翼も尾羽と同じである。ただし、垂直尾翼が水平面での安定を担っているのに比べ、水平尾翼は垂直面での安定を担っており、主翼の揚力とのバランスとかさらにセンシブルなので、要注意となっています。

そもそも、飛行機が空を飛べるのは、主翼が揚力を発生するからである。

よくわかる飛行機の重心の話【ガラガラのトリプルセブンで乗客が一斉に席を移動すると墜落するかも】 – イケてる航空総合研究所
 

 

しかし、ここで課題が。

飛行機の重力重心は、だいたい翼の生み出す揚力の重心より前にあり。このため、飛行機は機首を下に向けてでんぐり返ろうとしてしまうのでした。

よくわかる飛行機の重心の話【ガラガラのトリプルセブンで乗客が一斉に席を移動すると墜落するかも】 – イケてる航空総合研究所
 

 

というわけで、垂直尾翼で、なんと下向きの揚力をつくり。機首がまっすぐないしはちょっと上向き加減で安定するようにしていたのでした。

よくわかる飛行機の重心の話【ガラガラのトリプルセブンで乗客が一斉に席を移動すると墜落するかも】 – イケてる航空総合研究所
 

 

ここで重要なのにモーメントアームというのがあり。

https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-857.html?sp
 

 

要すれば主翼から尾翼までの距離のことである。

飛行機なんて、一種のてこ、といってもよく。支点(重力中心)から作用点(尾翼)まで長くすればするほど、小さな力でも作用は大きくなり。

そういった意味では、尾翼と主翼はなるべく離したい。

じっさい、黎明期の飛行機では、ブレリオXIみたいに、モーメントアームとりすぎ?て翼の長さ(全幅)より機体の長さ(全長)の方が長い飛行機もあった。

ブレリオXI(3D モデルです)
https://free3d.com/ja/3d-model/bleriot-xi-9325.html
 

 

しかし、離せば離すほど、胴体がうけるストレスも大きくなり。ブレリオXIみたいに、それこそほそっこい木か竹の骨組みだと、いつ「ぼき」なんて折れてしまわないか心配です。

折れなくても、長くなる分重量も増して、無用にエンジンの馬力を食ってしまう。

というわけで、とにかく胴体を短く、とやったのにI16があります。

https://steamcommunity.com/sharedfiles/filedetails/?id=828444987
 

 

尾翼の始まりが主翼のフェアリング後端にほとんどくっついてしまっているのでした。ははは

こんなに近すぎると、もっとずっと大きな尾翼にする必要があり。でも空気抵抗や重量を嫌ったか小さな尾翼で、安定もへったくれもなかったと思います。

一撃離脱のための高速戦闘機なので、とにかく無理やりハイスピードにおける最低の安定性を狙うとこういうことになってしまうらしい。

本当に安定性のいい飛行機、となると低速でなにげにまっすぐ飛べる飛行機になります。

その好例がピラタスPC6「ポーター」

http://www.pc-6.com/
 

 

ロクな滑走路もなく、大気密度が薄く気流の荒い山岳地帯で、重い荷物を運んでほとんどSTOL機か?みたいな離着陸をこなす名機です。

PRÉSENTATION PILATUS PC-6 Turbo Porter – ALAT.FR
 

 

1959年から飛んでいるベストセラー機であり。上記の三面図はターボプロップ化した今どきのポーターですが、基本設計は写真のレシプロバージョンと変わらず。ちょっと長めの胴体に、武骨だけれどしっかりと気流を捕まえる主翼と尾翼が印象的ですよね。。。

フィーゼラー連絡機のことを書こうかと思ったのですが、マニアの人にはこちらは有名すぎて陳腐化しているので、ポーターにしました。「おたく」のみなさん、三式連絡機とかのつっこみはやめましょう。

さて、I16やポーターは、それぞれスピードやStol性といった性能に着目した結果ああいう姿かたちになった。

これらは極端な例であり。もっとバランスの取れた、仏教でいうところの中道を体現した飛行機はないかなー

ありました。その名もセスナ「スカイホーク」

Pixabay無料
 

 

あまりにメジャーすぎて、Pixabayの無料画像で簡単に出てくるのでした。ははは

結局、飛行機というのは、どれだけ設計の目的に適応したエンジンが得られるかであり。そのエンジンの強み、弱みを考慮して主翼や尾翼を設計し配置するのであった。

なあんて、いろいろなエンジンチョイスがある現代だから言えることであって、草創期においては絶対的にエンジンのパワーが不足していた。

そのため「尾翼にマイナスの揚力を発生させ、つり合いを取る」なんてやったら、つり合いは取れるかもしれんが、主翼の揚力が削られて離陸できなくなってしまったのであった。ははは

尾翼もプラスの揚力を生むようにして、主翼のリフト力にさらに揚力を付加するようにはできないのか?

できました。

要すれば、主翼の前に尾翼を置けばよいのである。

そういうのを、先尾翼機(カナード機)といいます。

例えば、離陸するために1300Lbsの揚力が必要な飛行機があったとします。

でも、エンジン馬力と主翼の兼ね合いで、主翼だけでは1050Lbsのリフト力しか得られなかったとします。

https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-1261.html?sp
 

 

この場合、上の図のように、機首にプラスの揚力を生む先尾翼を配置し、これが250Libのリストを稼げば、主翼と合計でなんとか離陸できるようになるのです。

ちなみに、ふつーの尾翼配置にしたら、得られる揚力は主翼-尾翼=800Lbsとまったくお話にならないほど低下してしまうのである。

そういった切実な事情から、14Bisだのライトフライヤーだのはカナード翼(エンテ翼ともいう)を採用していたのでした。

14Bis  https://www.lenach.com.br/santos-dumont-aeroplano-14-bis-postal-antigo-original
 

 

ライトフライヤー https://tugaruya1.exblog.jp/21369007/
 

 

 

ちなみに、ライトフライヤーの場合、水平尾翼は前だが、垂直尾翼は後ろです。

これは、尾翼を前に置くと、機体安定どころかまるで努力して不安定にしようとするみたいになってしまうためです。

三輪車でバックしようとするとなかなかまっすぐに走れないのと同じである。

というわけで、ライトフライヤーは、揚力に関係ない垂直尾翼だけでも。。。と後方に置いたのであるが、これはこれで胴体を前と後ろに伸ばさなければならないわけで。木製でむき出しの骨組みは、軽くはあってもすさまじい空気抵抗を生み、エンジン出力がこれで相当殺されてしまったものと思います。

14Bisの方は機体を「日本の絹」で覆うという秘策によって、空気抵抗の低減、軽さと丈夫さの共存を実現していた。一方こちらは純然たる先尾翼で、主翼間の絹の仕切りが方向安定に多少は寄与したかもしれないが、著しく操縦の困難な機体であったろうことは想像に難くないと思います。

まあ、14Bisのほうは、レプリカが今日も複数飛んでますけど。。。。

ではカナードはすたれたかというとそうでもなく。

機首に機銃を集中して打撃力を増したい戦闘機とかで採用された。もちろん「震電」のことですよー

「震電」はどうやらジェット化をもくろんでいたらしい。また、エンテ機の割には安定したそうです。

震電 https://www.amazon.co.jp
 

 

ところで、エンジンの出力を100パーセント引き出したい、というのであれば、尾翼なんてないほうがいいんですよねー。

重量削減とかの他に、空力でかなり圧倒的な効果が得られ。設計によるが、飛行機から尾翼を切り取ってしまえば、20%から50%も有害抗力を低減できるらしい。

あはは何言ってんの、尾翼のない飛行機なんてあるわけないじゃない。

それがあるんですよ。その名も「無尾翼機」。ネーミングが小学生か?

これがなかなか恐ろしいからくりを持っており。でも3000字を超えたので、別の機会にさせていただきます。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

どこに置くのか機関銃

この原稿は「どこに置くのかエンジン」の姉妹編です。特に飛行機黎明期から第1次大戦までの戦闘機について書いています。

 

みなさんは、ハンバーグはお好きでしょうか。ぼくの住んでいるブラジルでは、朝冬が寒く、さむい夜中に、あつあつのハンバーグがおいしい季節になりました。

あかいケチャップたっぷりのハンバーグ。おいしいですよね

Pixabay無料画像
 

 

さて。

「14Bis」など草創期は先尾翼型だった飛行機は、強力なエンジンの開発により、通常の、後ろに尾翼がついている形式でも飛べるようになり。

機首にエンジン、その後ろに翼(と操縦席)、さらに後ろに尾翼、という形が今日まで続くスタンダードになりました。

飛行機が、「まさしく飛行機」だった時代は、みんなこれではっぴーだった。

はっぴーな時代の飛行機。Demoiselle
OIP.l6Y3SZcseGEWoPcLXrxktwHaE8 (474×316)
 

 

しかし、飛行機が「武器の一形態」に変身させられてしまうようになると、そうはいかなくなり。

第1次大戦が勃発すると、飛行機も戦争に駆り出され。

最初のころは、観測気球みたいな使われ方で、要すれば非武装丸腰の飛行機を敵陣上空に放ち、あこのへんに大砲がいっぱい置いてあるね、みたいな偵察に使われていたらしい。

敵も偵察機を放ってくるので、彼我が大空ですれ違う、ということもあったが、敵味方以前にパイロット同士、元気でね、なんて挨拶していたらしい。

しかし、殺生のすきなやつもおり。挨拶と見せかけてピストルをぶっ放し、相手のパイロットを消してやる!という行為が流行し始めました。

こうなると、ピストルから小銃、ついには機関銃を装備し。敵の飛行機と見れば問答無用で撃ち落としてやる!という状況に陥ってしまい。

戦闘機というものが生まれてしまった。

もともとは、操縦員、偵察員のペアが、偵察から銃手に変わり。でも、後部座席から横だの後ろだのに撃ってもなかなか敵機に当たらなかった。

RE8戦闘機 ・RE8 HARRY TATE – はりいの模型ギャラリー
 

 

敵も味方もぶんぶん飛びまわっているので、いくら「見越し射撃」しても、弾は敵機のはるか後ろに。。。となってしまうのである。

ところが、敵機が自分の真ん前に来た時、銃手がよっこらしょ、と操縦手の前に伸びあがって撃ったら、見事命中だ!

つまり、①自機の軸線に従って撃てば、弾も軸線上をまっすぐ飛んでくれる。➁敵機を自機の軸線に合わせるには、敵機の後ろに回り込んで追いかける形にするのが一番良い。

ということが明らかになった。

②については、すばしこい飛行機を作ればいいということで、鈍重な二人乗りから軽快な一人乗りのスバッドだのフォッカーだのに進化した。

問題は①である。

敵の後ろに回り込んで追いかける、となると、機銃は機首に装着する必要がある。

でも、機首の機銃を連射すると、敵機以前に自分のプロペラに当たってしまい。自分で自分のプロペラをむしり取って、墜落してしまうのだった。ははは

しかたなく、上翼からさらに離して、プロペラの直径より外から撃ちかけるなどの工夫を行い。

ニューポール戦闘機の例https://heycrow27.up.seesaa.net/image/_res_blog-da-fa_heycrow27_folder_998718_62_34466062_img_0.jpg
 

 

でも、プロペラがでかく、機体が安定しない第1次大戦の戦闘機でこれをやると、結局機体の中心線を外れたラインでの射撃となってしまい。横に撃つよりはまだましだけれど、実はやっぱり。。。。みたいな残念な結果になってしまったらしい。

なんとか機首の胴体中心近くに機銃を置けないものか。

エンジンを後ろに持っていきましょう、という機体が現れました。

エアコDH2 http://www.airliners.net/photo/Untitled/De-Havilland-Airco-DH-2-replica/1313432
 

 

 

エンジンを変なところに持って行ったわりには、わりかし機敏で、単葉フオッカー相手などなら奮戦した。

しかし、戦闘機とはいえ戦闘だけというわけではなく。穴だらけ、ぼろぼろになりながらも、なんとか基地に帰り着かなきゃ。。。

当時は基地と空戦空域が遠くなかったので、帰り着くだけならなんとかなった。

問題は、着陸時に、どうしてもでんぐりがえってしまう飛行機が出たことであり。

乗員がエンジンの前にあるエアコDH2の場合、でんぐりかえるということは、乗員がまず地面に、びしゃ!とたたきつけられたうえで、後ろから落っこちて来るエンジンに、ぐしゃしゃしゃー!とひき肉にされ、こんがりと焼き上げられてしまい。

人間ケチャップハンバーグになってしまうのであった。

 

やっぱりエンジンは翼の前にしないと。でも機銃も前にしないとねー

そこで生まれたのが「スパッドA2」

Spad A2
 

 

フツーの牽引式飛行機のプロペラの前に、鳥かごというか銃座をくっつけてしまいました。

まず、二人乗りという時点でかなりのハンデをおってしまったが、その程度ですまず。

プロペラの前にむりやり銃座を据えてしまったため、乱気流がでまくり。プロペラの効率が台無しになってしまった。

というわけで、性能的には全然とろくてのろくて、ということになってしまい。

もっと恐ろしいことには。

確かに機首の軸線に機関銃は装備できたのだが、それを構える銃手のすぐ後ろでプロペラがぶんぶん回ることになってしまった。

機動でGがかかって、ちょっとのけぞっちゃった、という途端に、プロペラでぶぎゃぎゃぎゃー!とぶつ切りにされてしまうということなのである。

なんとか戦闘を生き残り。ぶつ切りの「トマトウインナージュース」から逃れられたとしても、着陸ででんぐりがえれば、「ケチャップハンバーグ」は逃れられないのであった。

この場合、後ろの操縦士はジュースにもならないで済むし、でんぐりがえっても、エンジンが逆に後ろの乗員は守ってくれるので、無傷とは言わず軽傷で済んだのですが、前席の仲間が、ぶぎゃー!と粉砕されるのを目の当たりにしたら、操縦士の精神も崩壊してしまうとおもいます。

えへへ。。。。えへへへへ。。。。なんてスラムをさまよう廃人になってしまうだろう。

さて。

イギリスやフランスがこうした殺人飛行機を量産しているとき、ドイツは恐るべき解決策を発見。

その名も「プロペラ同調装置」。

機銃発射機構に自動スイッチをつけて、たとえパイロットが引き金を引きっぱなしにしていても、プロペラに当たるぞ、という弾丸は発射されずに、プロペラの間をすりぬけていく弾丸だけが射出されるように調整する装置です。

理屈自体は簡単で、プロペラ軸にカムをつけて置き。このカムがスイッチを押し上げたとき、スイッチは切れて機関銃は発射されなくなる、というもの。

カムを何個、どこに置くかが課題だが、結局はプロペラブレードがまわってくる寸前の位置に、計2個ということで解決したらしい。

プロペラの回転スピードを考慮すると、銃口をプロペラがふさぐ直前にスイッチを切れば、ちょうどプロペラが銃口を横切る時にスイッチが入り(弾丸発射され)、プロペラが射線を外れたその時に弾丸が通過していく、みたいな感じらしい。

同調装置の図解 同調発射装置で性能アップ
 

 

ただし、風の影響やエンジンの具合でプロペラの回転なんて意外と変わってしまい。英仏はこうした誤差を含めてうまく機能する同調装置の完成に手間取り、トマトウインナージュースやケチャップハンバーガを量産してしまったということらしい。

最初に実用に足る同調装置を開発できたのはドイツ。

フォッカー単葉戦闘機に装備して、横とか後ろにしか射撃できなかった英仏の戦闘機を駆逐しました。

フォッカー・アインデッカー戦闘機 https://www.amazon.co.jp/%E3%82%BB%E3%83%9E%E3%83%BC-%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6-%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E7%A9%BA%E8%BB%8D-%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC-SMC72879/dp/B0BJJS233G
 

 

 

世にいう「フォッカーの懲罰」である。

英仏はがんばってエアコ戦闘機などで対抗したが、ドイツは機動に優れたアルバトロス戦闘機に機種転換して逆襲してきた。

アルバトロス戦闘機  https://heycrow27.seesaa.net/article/a30765984.html
 

 

その後、ようやく英仏も同調装置を完成し。ニューポール後期型とかキャメルとかで互角以上に持ちなおすことができたのでした

こうして、機首の機銃は第二次大戦後にプロペラ戦闘機が廃止されるまで重要な装備となったのでした。

ソッピース・キャメル https://www.youtube.com/watch?v=u3DXEsC4Pq8
 

 

 

人間というのは、人56しにはクレバーな工夫をするものですねえ。

3000字を超えました。

ではでは

 

 

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

国民を守らない自衛隊

まず最初にお断りしますが、これは自衛隊を批判する記事ではありません。

自衛隊という組織に対する国民の認識を見直すために書いています。

なあんて!ものすごく偉そうですが、このブログ(HP)の読者のみなさまだったら、またクズの猫機長が荒んだ記事を書きやがったか、と理解いただけると思います。クズで荒んでいますが、知っておかないとやばいし、左翼の人も右翼の人も、どちらでもないふつーの人も意外と気が付いていない「自衛隊の盲点」について、国民一人一人の生命保全に直結する恐ろしい内容を書いたので、最後までお読みいただけると幸いです。

さて。

皆さん、自衛隊と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。

多くの人が「ああ、災害派遣の人たちだね」と回答するそうです。

警察や消防の人たちでもなかなか入っていけないような瓦礫の山に分け入って、被災者を救助する屈強な人たち、ということですね

https://www.facebook.com/story.php/?story_fbid=644618693066281&id=271719673689520
 

 

自衛隊の一つの本質を物語るエピソードに次のものがあります。わりかし有名で、あ聞いたことある、という人も多いでしょうが、ここでは「自衛隊の感動エピソード – 自衛隊と共に歩む会-隊共会-」から引用します。

以下引用

『旅行先での駐屯地祭で例によって変な団体が来て私はやーな気分。

その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。

 

少女「あんたら地元の人間か?」

団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」

少女「で、何しにきたんや?」

団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」

少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」

団体「・・・・?」

少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。

寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて

夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。

私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。

あんたらにわかるか?

消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。

でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」

 

最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。

あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。

団体は撤退。

彼女は門をくぐった時に守衛さんが彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。』

引用おわり。

 

そんな自衛隊でも「日本に軍隊はいらないんだ」と反対する人たちもいます。上の引用にある「変な団体」みたいなのもあれば、戦時中に旧軍(憲兵隊含む)に家族などを踏みにじられて、絶対に再軍備は許さないぞ!という切実な願いの人たちもおり。共産主義者の「暴力装置」という言葉を借りれば「自衛隊は国民を蹂躙する暴力装置になりうる」ことを警戒し、子供たち、孫たちのために阻止しようとしていたのだと理解します。

じっさい、戦災を生き延びた人たちから見て、旧軍は日本国民に対して恐ろしい虐待をおこなった暴力装置でした。

赤紙で有無を言わさず召集され、兵営にぶち込まれた子供たち。待っていたのは往復ビンタ。「蝉」「自転車」「犬」等の私的制裁が横行し、戦地に行けば便衣隊(スパイ)の殺害(処刑)。挑発と称して現地の民家に分け入り食糧や財物をぶんどり。

私的制裁がどんなものだったか詳しくは書きませんが、例えば「犬」については、

「貴様今日は犬の真似をして各班を廻ってこい(地獄の初年兵体験記 – 諫早市)」ということなのですが、それでも「叩かれるより余程ましである。第一に他の班を四つばいで廻っても日頃皆されているから恥ずかしくはない。第二に他班の者だからしごく事はない。従ってワンワンと楽しそうに数班を廻る。他班の者の同情も笑いもない。日常茶飯事である。(地獄の初年兵体験記 – 諫早市)」

紙芝居「私的制裁の撲滅」の一場面=奈良県大淀町教委提供
スリッパ構える古年兵 軍隊での「いじめ」、遺した兵士 [奈良県]:朝日新聞
 

 

その旧軍が日本の実権を乗っ取り、全世界相手に大戦争をおっぱじめた挙句に日本中を戦火で焼き尽くして無条件降伏の滅亡に導いたことを、当時の人たちは身をもって知っており。

そういった人たちが再軍備反対だ!というのは真剣に受けとめる必要があると考えます。

終戦後、進駐軍はその点を十分真剣に受け止め。旧軍幹部は公職に就かせないなど、旧軍が再建しないよう予防措置をとってきましたが、朝鮮動乱などで同盟国の軍隊が必要になってくると、日本政府に「旧軍ではない国防組織」の設立を命じた、と言って悪ければ日本政府と合意した。

それが警察予備隊、保安隊と進んで自衛隊になったということである。

警察予備隊の帽章。「旧軍にはなるまい」の決意が、鳩の紋章に表れています。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/t1137839582
 

 

こう書くと、今度は軍国主義者から「世界に例を見ない精強な旧軍を再建しないために占領軍は再軍備を許さなかったんだ」と自画自賛が飛んでくると思いますが、残念ながら旧軍はアメリカからみてそれほど精強でもなく。必要とあれば広島だけではなく日本の主要都市をいくらでも灰燼に帰すことができた(原爆、通常爆弾併用)ので、こうした右翼の指摘は的外れだと言わざるを得ず。

アメリカがいやがったのは、人権を蹂躙し、人間を単なる殺戮のための「日本兵という獰猛な家畜」に洗脳し、それがふつーという異常な精神状態に導く組織が再生してしまうということだったのだと理解します。

アメリカにとって、確かに日本兵は脅威だった。

万歳突撃、玉砕、特攻と、もう勝負は決まっており降伏してくれればその時点で日米双方の若者の命が助かるものを、「一億総特攻だ!」と、日本国民全員を肉盾に仕立てて、敵味方問わずの命を奪い去ろうとする挙に及んできた以上、日本人は、人間の尊厳(生存権)を踏みにじる害獣であると判断し、人間でない相手には人でない対応で駆除するしかない、と原爆の使用を正当化してしまったのだと理解します。いかなる場合も正当化できはしないですが。

戦後、日本はアメリカに助けてもらって、旧軍という暴力装置ではなく、自衛隊という、国際的に見ればふつーの軍隊を設立することに成功した。

保安隊。雑誌「雄鶏通信」より
https://jaa2100.org/entry/detail/050596.html
 

 

この結果、天皇の軍隊であった旧軍とは違い、自衛隊は国民の生命を第一に守る組織になりました―――とは、残念ながらなっておらず。

「自衛隊の使命の第一は、日本の平和と独立を維持すること(防衛省サイト)」であり、国民の生命や安全は事実上「二番目以降」なのでした。ははは

具体的にどういうことが起きるか。例え話ですが考察します。

黒電話頭の野郎が、日本に向けて2発のミサイルを撃ってきた。しかし日本にはこのうち1発しか撃ち落とす能力がなかったとします。

これらは超ピンポイント命中能力を持つ最新ミサイルで、一つは札幌の病院、一つは東京の自衛隊司令部に向かっていたとします。

当然ながら、自衛隊は司令部に飛んでくる方を撃ち落とし。病院にはミサイルが命中して地獄絵図の修羅場になりますが、一方で自衛隊は指揮中枢を保全して「日本の独立維持」には成功するのでした。

もちろん、現代の西側諸国のマインドを持った防衛組織なので、好んで民間人をおとりに使ったりとかはしないでしょうが、しかし任務遂行の上では、民間人が生きようが死のうが関知できない、というのが実情であり。

有事において、自衛隊に「国民の命を最優先で保護しろ―!」というのが間違っているのです。

これは自衛隊のみではなく、西欧やアメリカの軍隊でもみな同じです。

国民の命を最優先にするのは警察なんですよね。

例えば銀行強盗がかよわい少女を盾に銀行に立てこもったとします。

警察は、たとえ強盗を取り逃したとしても、人質すなわち少女を無事に保護することを優先します。

ただの強盗だったら自衛隊の出番はなし。しかし、そいつが実はロシアのスパイで、市ヶ谷に核弾頭を落とす発射ボタンを持っていたとすれば、自衛隊は、その野郎がボタンを押す前に、少女もろとも機関銃でハチの巣にしてぶち56すしかなくなる。自衛隊の任務は、日本全体の安全を守ることであって、少女単体の安全は関知できない、というのが実情なのである。

ウクライナの悪夢が日本で起こったら?自衛隊と共に銃を持って戦う、という気がない人は、ともかく戦闘が起きている場所からとっとと逃げることである。戦闘が収まってから戻ってくればよい。ロシアに占領されていたら、ひっ捕られてシベリア送りになるかもしれないけど。

自衛隊が国民の安否を心配しないで済むよう国民の方も配慮が必要だということなのですね。これが分かったうえで、日本国民は自衛隊を使いこなす必要があると理解します。

再び日本が戦火に巻き込まれませんように。

市民が自国軍の砲火の巻き添えになった例。
漢江人道橋爆破事件(朝鮮動乱)
People climb and crawl over destroyed bridge across the Taedong River as they flee south to escape incoming chinese troops. Pyongyang, North Korea, 4.12.1950. Photo by Mark Desfor. [990×1197]
 

 

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

大空の肉盾:スカイレイダーIIのお話

*本題の前に。。。

先週の投稿が、知らないうちに「人気記事」にランクインしていました。読者の皆様に感謝申し上げます。

 

 

さて。

マニアの人は、スカイレイダーと聞いて、「あ便器を落っことした飛行機のことね」とピンとくると思います。

便器がある飛行機、というと、マニアでない人は旅客機を思い浮かべると思います。

でも、別にジェット旅客機のトイレが壊れて、便器が落っこちちゃった!というのではなく。

マニアの人が言っているスカイレイダーというのは、1945年に開発されたアメリカのピストン単発機で、あやうく太平洋戦争に投入されるところだった恐ろしい多用途機(爆撃・雷撃機)です。

スカイレイダー パブリックドメイン
 

 

この飛行機は朝鮮戦争やベトナム戦争で、地上の米軍部隊に協力してロケットだの爆弾だのを湯水のように大地にぶちこみ。

Wikipediaによれば「各種兵器を懸架するハードポイントは、左右の主翼下にそれぞれ7ヶ所、胴体下に1ヶ所の計15ヶ所も設けられており、現代のジェット戦闘機でも、これに匹敵する機体はなかなか見あたらない。」と、要すればロシアが自国の少数民族や北朝鮮人、最近は中国人まで「肉盾」として人命を湯水のように消費する一方で、アメリカは物量に訴えて人命の浪費を防いでいたのです。

「この飛行機に乗せることのできないものはないぞ!」

じゃあ、便器も載せることができるんだよね?

と誰が言い出したか。

パブリックドメイン
 

 

ちゃんと便器も落としました。

こういう国と日本は戦争をしてしまったのである。中二病的な国粋主義発言はやめて、憲法第九条と日米安保条約を大切にしましょう。

大活躍したスカイレイダーですが、実は朝鮮動乱の時点で世界はジェット機の時代に移行しており。60年代後半だっけ?には、ジェット攻撃機スカイホークと交代しました。

A1スカイホーク https://www.cavok.com.br/a-4-skyhawk-no-brasil-uma-curta-historia
 

 

スカイレイダーとよく似たやつにT28トロ―ジャンがあり。

トロ―ジャン パブリックドメイン
 

 

こちらは前輪式で離着陸時もパイロットに優しい飛行機。もともとは練習機だが、ベトナムに捕獲されて赤軍の戦闘機になったりとかもあり。フランスはこの飛行機をスカイレイダーみたいな地上襲撃に使い、アフリカにおける反乱軍の鎮圧に活躍したらしい(その後アルジェリアは独立達成)。

反乱鎮圧すなわちCounter Insurgencyを略してCOIN。

COIN機というモダリティーが生まれたのであった。

さて、スカイレイダーの後、A1スカイホークから、海軍はイントルーダー、空軍はサンダーボルトIIが生まれました。

https://canadianpower.shoutwiki.com/wiki/Grumman_A-6_Intruder
 

 

サンダーボルトII   https://aeromagazine.uol.com.br/artigo/boeing-entrega-novas-asas-dos-a-10-thunderbolt-ii.html
 

 

 

特にサンダーボルトIIのほうは、湾岸戦争だのイラク戦争だので敵の地上部隊をぶち56して有名になった。

そのサンダーボルトも、1977年初飛行の50年選手であり。そろそろ新しいやつと交代する時期じゃね?

というわけで、空飛ぶエイみたいな感じのやつが出現、してはおらず。

空飛ぶエイにしか見えないB2爆撃機   https://theaviationist.com/2025/04/16/b-2-using-gbu-57-mop-yemen-reports/
 

 

B2という怪機が飛んではいますが、こちらははるか敵国の心臓部まで超高空で侵入するステルス爆撃機なので、スカイレイダーみたいに、地上に這いつくばるかわいそうな歩兵の群れを機関銃でダダダダ!ぶぎゃぎゃぎゃー!とぶち56すのとはまた違った用途なのである。

というわけで、ステルスだの高空性能だのとは別の方に発展し。

このほど、ついにその究極が誕生しました。

その名も「スカイレイダーII」

OA1K スカイレイダーII   https://aviationweek.com/defense/aircraft-propulsion/us-air-force-names-oa-1k-skyraider-ii
 

 

 

あれ農業機じゃん?とピンときたあなたは大牧場主になれるかもしれません。

その名も「Air Tractor社」という、農業機製造で有名な会社によって作られた、というか、AT802という農業機そのものを改修したらこうなった、というのがスカイレイダーIIなのである。

農業機AT802   https://curiosidades.com.ar/ciencia-y-tecnologia/aviones-contra-incendios-mas-increibles-mundo/
 

 

 

農業機ってなに?

アメリカやカナダ、ブラジルの、とにかくだだっ広い超巨大農場において、肥料だの農薬だのを散布する飛行機のことです。

農地も、ある程度の大きさを超えると、トラクターだのなんだので、というのは時間がかかりすぎるらしい。飛行機なら相当の距離(面積)をひとっ飛びでいけますからねー

一方、農業機というのは、実は飛行機の中でも最も過酷な使用を強いられる機種といってよく。

◎そもそも離着陸性能がよくないと話にならない。滑走距離はともかくとして、普段から砂利だの石ころ、雨が降ればぬかるみ、という農業滑走路で楽々飛び上がったり、着地したりする性能が要求される。

◎いったん飛び上がれば、肥料だのが適切に散布される速度で飛ばねばならん。つまりジェット戦闘機とは別世界の、失速か?みたいな速度でユウユウ飛べる低速性能が必要である。

◎農場で肥料散布、となれば、農場の端っこまで飛んできたら、Uターンして散布を続ける必要があり。つまり零戦顔負けの旋回性能が必要である。

El nuevo plan de fitosanitarios apuesta por criterios de sostenibilidad en producciones agrícolas – AINIA
 

 

◎旋回以前に、超低空でのすわりがよくないと(安定性が悪いと)、肥料だのがあさっての方向にまかれてしまうので、爆撃機並みの直進性も必要となる。

◎大農場とはいえ、畑のすぐ横にはサイロだのなんだのがあり。こういうのに衝突しても空中分解とかせずになんとか不時着に持ち込める、という強靭さも必要。

◎無事に着陸したらしたで、こんどは整備があり。エアラインの格納庫とはこれまた真逆の、田舎のどまんなかでもなんとかなる整備性が必須である。

これらの性能は、そのままCOIN機に必須のものなのだった。

農業機からの転用はしごくまっとうな判断なのである。

肥料の散布装置を外してミサイルだのガンポッドだのに取り換え、データリンクなどの電子装備を追加したら「スカイレイダーII」になった。

でも、パイロットとして、スカイレイダーIIの出現は、素直に喜べないところがあるのです。。。。

ウクライナ戦争がはじまり、スティンガーだの、フツーの歩兵がよっこらしょ!と担いで発射すれば、ミサイルが勝手に飛行機を追尾して命中し、スホーイ戦闘機だっけ?とかを撃墜してしまうという事実が生まれました。

スティンガー   https://ameblo.jp/jtkh72tkr2co11tk317co/entry-12659818821.html
 

 

一見安全な後方の飛行基地に駐機してあったTu爆撃機が、自爆ドローンで見事に爆破されたといった状況も発生。一機で50億円だか200億円だかの最新型戦闘機が、模型飛行機に毛の生えたようなドローンにやられてしまうというご時世になってしまった。

低空性能だのなんだの以前に、単に投資効率、カネの費用対効果の面から、ドローンや機関銃だの安くてお手軽な兵器が猛威を振るう地上すれすれの襲撃作戦に、とてもじゃないが高価なジェット攻撃機なんて使うわけにはいかなくなったということなのである。

といって、やっぱりCOIN機は必要だよねー

といいつつ、COIN機の役割を果たしていたヘリコプターはウクライナでバタバタ落とされまくりじゃん。

しゃあねえ、落とされても損にならないお手軽なやつを撃墜上等で配備しよう。

それが「スカイレイダーII」だったということなのである。

せめてコクピット周りは「スツルモビーク」みたいに装甲で防禦されていることを祈っています。といって、こういう飛行機が落っこちるところは、だいたいジュネーブ条約なんて無視、つかまえて首をちょん切っちゃえ!という場所ばかりなのでしょうけれど。

まあ、COIN機1機とそのパイロットを人柱にすることで、地上部隊の大損害が防げる、という計算なのでしょうねー

軍隊はいやですねえ。

でも、平和な日本の、ふつーの企業で、誰かが人柱にされて集団を救う、みたいな行為が日常化されていないでしょうか。

左前になった国は、収益の増加ができない代わりに「コスト削減」で乗り切ろうとします。じつはコストではないのに「コスト」というレッテルをかぶせられ。切り捨てられてしまうのです。

「人柱」で検索したら、なぜか「北海道」と出てきました。「たくさんの死者を出し、それを人柱として埋めながら作った」といわれるトンネル。https://tablo.jp/discover/urban_legend/news001977.html
 

 

あなたも、知らないうちに、無能な指導層から「お前も人柱だ」と切り捨てられようとしているかもしれません。

切り捨て上等だ!と、自分の資産で自分の身を守ることができる経済的自由の獲得が、どの時代にもまして重要になっていると思います。

なんか楽しい飛行機の話が、絶体絶命の逃げ切り計算の話に転嫁してしまいました。

逃げ切るのではなく、逃げなくても暮らしていける不労所得の構築にあたり、この記事がお役に立てば喜びこの上ありません。

ではでは

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

イギリスが生んだ世界一の艦上戦闘機とは

以前、世界一の戦闘機は?というお題で、零戦を差し置いて「F4F」という結論が導き出されたことは、皆さんご存じと思います。

その記事で、陸上戦闘機と艦上戦闘機には、必要となるスペックが違っているので、そもそも比べること自体が困難である、ということを述べました

忘れた、あるいは知らないよ、という人はこちらをご一読→「零戦はなぜ駄作にされたか」

そこで、優秀な艦上戦闘機に、なにより必須なものは?と考えるようになり。

結果、その「もっとも重要な能力」を持った戦闘機が、例によってというか、実はイギリスで生産されていた、という驚愕の事実に到達し。今回のお題にします。

その名も「フェアリー・フルマー」

https://www.1999.co.jp/itbig69/10691664a.jpg
 

 

あれ、ハリケーンの翼にスピットファイアの機首を付けたみたいじゃね?

はい。スピットやハリケーンとおなじロールス・ロイスのマーリンエンジンを装備しており。姿かたちもとんがった液冷機になりました。

ただ、当時英国の戦いで存亡のかかった英国では、マーリンも最新型はスピットとかに供給優先され、フルマーへは型落ち?で200馬力も出力が低いのしか回せず。

ともあれ、スピットがありながら、なぜ英国はフルマーを作ったのか。

冒頭に書いた陸上機と艦上機のスペック要求の差がこれを物語っています。

スピットは、イギリスの本土に襲い掛かってくるドイツの戦爆連合を迎え撃ち、特にメッサー109を爆撃機の護衛からそらし、あわよくば撃墜、できなくても、少なくとも109の餌食にならない速力、上昇力、旋回性能、火力、防御力をそなえた陸上戦闘機であり。

フルマーのほうは、連合軍の生命線である大西洋の補給船団をドイツの恐ろしいUボート潜水艦から守るのが主任務となった。

そのためには、狭いようで広い大西洋のどこからでも飛び立てる能力と、目印も何もない海のど真ん中で迷子にならない航法能力が必須となったのでした。

いずれもスピットではまったくダメダメである。

どうしよう。

海のど真ん中から飛び立つ、というのは世界一の海軍国イギリスには立派な空母があり。

一方、迷子にならない航法能力となると。。。。

ここで、英国ならではのクレバーな解決をしたのがフルマーだったのでした。

その解決策とは。。。。

「二人乗りにすること」でした。ははは

https://i.postimg.cc/5252R2mX/FULMAR-01.jpg
 

 

専門の航法員をのせることで、常時機位の確認ができ。敵機との乱戦で宙返りを繰り返し、雲の中に入ったり出たりしても、戦闘が終わったときにはちゃんとオマエはここにいるのだ、だから空母への帰投にはこうすれば行方不明にならずにすむのだ、ということを、操縦員がはっちゃきになって機体を振り回し機銃を撃ちまくっているときでも、航法員のほうは、冷静に、かはともかく十分計算することが可能になった。

計算といっても、当時はGPSなんてなくて、航空チャート(あるいは海図)と、「フライト・コンピュータ」とは名ばかりの計算尺により、手計算で行わなければならず。

味方の艦船から無線で方向指示が来たにしろ、はっきりいって単座機ですべてを一人がこなす、というのがいかに無謀なことであったかを英国は熟知していたということである。

Jeppesenのフライトコンピュータ-
 

 

ラバウルなどでは、坂井三郎さんなどからの情報だと、だいたい「空戦の終わるころには一式陸攻が迎えに来ていた。ベテランは陸攻なんかの世話になるかと、やせがまんして自力で帰っていった」みたいな記載があり。

ベテランの零戦搭乗員が神だから、やせがまんすれば帰れたのであって、少なくとも、ふつーに「単座機でも航法に問題はない」のとは全く違うぞ、と力説しておきます。

日米のみならず、イギリスも後にはシーファイアだのの単座機を投入しますが、それは通信装備が日本機に比べて比較にならないほど優秀で、航空管制も発達していたことや、アメリカに至っては、迷子になっても「ダンボ」と呼ばれる救援機、潜水艦、飛行艇、さらに戦闘機の側でも「いかだ」を装備するなど、要するに単座機でもOKね、という体制を確実に整えたうえで投入しているのです。

F4Fに搭載された救命いかだ。
F4F-3 life raft PRINT for F4F-3 Wildcat in 1/48 by Eduard 8591437571109 | eBay
 

 

これがない日本側はどうなったか。

すみません出典は忘れましたが、空戦を生き残り、編隊で帰投する零戦でさえ、「下方にふらふらと編隊を逸脱しそうになる零戦がいた。パイロットが疲労で失神しそうになっているのだ。馬鹿野郎!ちゃんと起きていろ!と絶叫するのだが、その声はもちろん届かない。その零戦は、ついにひょろひょろと高度を落とし、海面にすぽんと飲み込まれてしまった」

というような回想があるのです。別に空戦で損傷したのでもないのに、非道な遠距離作戦の疲労に耐えられずあえなく墜死、という事実が少なからず起きていたものと「推察します」。

Wikipediaでは

「イギリス海軍が複座戦闘機にこだわった理由は、目印も何も無い海上飛行においては、航法担当が機体を適切に誘導することが空母に帰艦するのに必要、と考えていたからと言われる。だが、実際のところは日本、アメリカが証明しているように、操縦者が航法を修得していれば単座機であっても問題なく帰艦できた。」

と書いていますが、「航法を習得」なんて前提条件でしかなく。航法計算が困難あるいはできないような海上や雲の上を、3時間もかけて基地まで帰り着くなんて、そんなことを単座機にやらすな!といいたい。

陸攻を迎えにやらすとか、どこまで毎回実効的に行えていたか疑問です。

Fairey Fulmar (1940)


 

 

ところで、複座にしたため、フルマーは鈍足で上昇力も物足りなくなってしまい。

軽快な単座戦闘機相手だと、カモじゃね?

せんぜん大丈夫でした。

そもそも「軽快な単座戦闘機」は、フルマーの飛ぶ大西洋のど真ん中まで飛んでこれないので、戦闘そのものが成立しないのであった。

フルマーが相手をしたのは、やっぱり複座、たいていは双発で、艦隊を襲おうとしてきた長距離航続力のある爆撃機や、これに随伴可能な長距離双発戦闘機など(https://teambtrb.com/2021/05/01/isthefulmarrubbish/)で、確かに零戦対スピットの空戦にくらべれば、まのびしたまだるっこっしい空戦だったかもしれんが、十分戦闘機として活躍できたのだった。

連合軍がドイツを押し込み、英国空母もイタリアだのヨーロッパ沿岸へ進出してくると、イギリスはマートレットという単発戦闘機を起用して、陸上基地から飛んでくるBF109などと対決させるようになり。

マートレット、米国名ワイルドキャット
https://hobby.dengeki.com/news/2141771/
 

 

マートレットはメッサー109相手でも格闘戦に持ち込んで優勢に戦ったらしい。

スピット、フルマー、F4Fとそれぞれの土俵で傑出した性能を持っており。

時と場所を間違えればやられ役になってしまうが、的確な用兵で名機として生まれ変わる、というのは、P40もそうですが、バッファロー(フィンランド版)など目の覚めるような活躍をしたのもあり。この辺はまた別記事で書いてみたいと思います。

とかく華やかな空戦ばかりに目が行きがちですが、それ以前にまず乗機のエンジンはじめ万全に維持し、味方と適切な交信を行い、戦場まで行って帰ってこれる航法。霧の中に入った、積乱雲を迂回した、という気象の知識も必要です。

こうした総合力で、特に航法というものが決定的になる大西洋の戦場にフルマーという「適材適所」を配置した英国恐るべし。

「負けに不思議の負けなし」ですが、英国の「勝ちも必然の勝ちのみ」にもっていく指導層の英知は学ぶべきと考えています。

フィンランドのバッファロー https://letztbatallion.com/%E3%83%8F%E3%82%BB%E3%82%AC%E3%83%AF-b-239-%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AD%E3%83%BC-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%A9%BA%E8%BB%8D%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%9Cp-4/
 

 

何も目印のない海上で往復3時間、合計6時間、その間に苛烈な空戦で、生き残ったとしても「お前はもう死んでいる」疲労の絶頂で、毎日どうやって基地まで帰り着いたのか。

ジャパニーズビジネスマンが、24時間戦わないで済む日本になることを願っています.

 

ではでは

Posted by 猫機長
ブログBlog

どこに置くのかエンジン

みなさんは「ホワイトウインナー入りトマトジュース」を飲んだことがあるでしょうか。

Pixabay無料画像
 

ジュースなので、トマトといっしょにホワイトウインナーもミキサーに入れましょう。

スイッチオン。ぶごごごごごごー

鋭利極まりない刃がミキサーの底で回転し。

まずは、ウインナーがぽんぽこぽん、と切断されてミキサーのガラス越しに元気よく飛び跳ね。ほぼ同時にトマトが液化して、きれいな赤のジュースがぴしゃしゃしゃー!とミキサー内いっぱいに飛び散り、埋め尽くすのでした。

なんだそれは?どこかの飛行教官が教えてくれたレシピですが、だれも実際には作ったことはないらしい。

さて。

飛行機に必須の装置に、エンジンがあります。

エンジンがないグライダーは、自力で離陸することができません。飛行機を飛行機とする最も重要なパーツがエンジンなのです。

ただ、エンジンというものはものすごく取り扱いが厄介であり、世の飛行機設計者はあらゆる工夫を凝らして最適なエンジンの配置を考えてきました。

特にプロペラ機の場合、機体とプロペラが干渉するので、配置のオプションは相当限られてしまい。機体側のニーズと、エンジンのオプションによって、なんじゃこりゃみたいな珍妙な配置も生まれました。

代表的なエンジンの配置は。。。。

*今回は、単発プロペラ機について記載します。

①機首置き。トラクター型

一番一般的で、安全な配置です。セスナなど、たぶん現在飛んでいる飛行機の99.9%はこれでしょうねえ。

セスナ Pixabay無料画像
 

 

飛行機の鼻先、先端にプロペラがあり、このプロペラで飛行機を引っ張る形になるのでトラクター型というのです。

ともかく飛行特性が素直になるので、やはり一番飛行機に適した配置と思います。

この場合重要な特徴が、エンジン、特にプロペラを機体の重心より前に置けるということ。

こうした飛行機だと、エンジンを絞れば機首を下に下げ。ふかせば上げるという特性を持つようになります。

この特性は、特に着陸経路で重要である。エンジンを絞って、機首下げで滑走路に向けて降りていくとき、急に下降気流だ!エンジン全開!すると、自然に機首は上を向き。降下率を瞬時に殺すことができます。こうしたきびきびしたエンジン操作を行うのに適した配置です。

さらに重要なのが、失速をするとき機首が下がる、というもの。失速から墜落しかかる過程で、機首が下を向いていればきりもみに入っても舵が効いて回復可能ですが、水平できりもみに入ると、それこそフラットスピンと言って回復不能になってしまうのである。

機首上げでスピンに入った場合は回復は可能かも?でもそんな状態で回復できるなんて神パイロットはそれほどいないと思います。

 

➁ミッドシップ、トラクター/プッシャー型

といって、飛行機の設計上、エンジンを機首には置けないケースもあり。

典型的な例に、レイク・バッカニアがあり。

レイク・バッカニア https://www.airhistory.net/photo/490530/N8004B
 

 

この場合、プロペラもプッシャー式、すなわち機体重心の後ろかつ機体からかなり離れた上部に設置となっています。

これが何を意味するのか。

①の場合とは逆に、エンジンをふかせば機首が下を向き、絞れば上を向いてしまうということなのである。

着陸経路で、下降気流だ!思わずエンジンをふかしてしまうと、機体はぎゅんと機首を下にして加速し。いよいよ高速度で地面に突き刺さってしまう危険が生じます。

というか、「ジェネアビの神」高橋淳さんの受け売りですが、この特性のせいでバッカニアは多数の事故を起こしてしまったらしい。

 

この特性を知って乗りこなせばいいのですが、今度は逆にフツーの飛行機が操縦できなくなっちゃうとか、ちょっとバッカニアはご免だ、というパイロットも多いかもしれません。

似たようなのにPetrelがあり。

Petrel https://www.airplane-pictures.net/aphoto/1475824/i-9258-private-edra-aeronautica-super-petrel-ls/#google_vignette
 

 

 

でも、こちらはバッカニアみたいなクセの報告は聞かず。プロペラを翼のラインとほとんど同じに高さにしたのがよかったのかもしれん。

さらに似たようなケースでは、元祖系すなわち鉄パイプで鳥かごみたいに作ったウルトラライト機もプッシャー式のプロペラ、というのが多く存在します。

https://www.aeroexpo.online/pt/prod/quicksilver-aircraft/product-176668-27609.html
 

 

ぼくも一度コパイ席に乗せてもらいましたが、特性はあまりトラクター式と変わらない感じ。着陸経路では、エンジンではなく、フラップをバチ!バチ!と下ろしたり上げたりしてランプ(着陸角度・進路)を保っていたのが印象的でした。

ミッドシップエンジンの名機というと、P39があります。

P39  http://www.warbirdalley.com/p39.htm
 

 

 

あれ、機首にエンジンじゃないの?

いいえ違うんですよ。スケルトン画像をご覧ください

https://forum.il2sturmovik.com/topic/25507-p-39-engine-protection/
 

 

なんと、エンジンはパイロットの後ろの胴体に収まっていたのでした。

なんでこういうことをするのかというと、この飛行機は、大きさの割には重くてでかい機銃を装備しようとしたため、プロペラ軸を中空にしたうえで銃身に使って、機銃は機首、エンジンは中央胴体、という画期的な設計になったのであった。

さて飛行特性としては、スポーツカーがミドシップにするのと同じ効果つまり旋回で機首や尻が振られずいい感じで曲がれる、一方でやっぱり失速時に機首が下がらずに、回復できずあえなく墜落、というのも多かったらしい。

ちょっと余談ですが、P39は重武装と防弾の強化で重くなりすぎてしまい、ターボチャージャーなしで生産という、日本機もびっくりの低高度用戦闘機になってしまい。陸上機のくせに、艦上機の零戦に高度優位を奪われてさんざんな目にあってしまった。

しかし、ソ連にレンドリースされたP39は、独ソ戦の特徴である地表すれすれにおける空中戦により、苦手な低空に降りてきざるを得なかったメッサ―Bf109などを相手に互角の活躍をしました。

 

③リアエンジン、プッシャー式

P39が、機首に機銃を積むためにエンジンを後ろにずらした結果、エンジンからプロペラまで長いエンジンシャフトが必要になり。パイロット保護のための重量増加などをきたした一方で、機首に武器を集中する、というのは捨てがたい魅力があり。

いっそエンジンとプロペラを全部お尻に積んじゃおうよ、と「震電」という飛行機が作られました

震電 https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%82%BB%E3%82%AC%E3%83%AF-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E8%BB%8D-J7W1-%E5%B1%80%E5%9C%B0%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F-%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB/dp/B0017TCKY2
 

 

ただ、こうすると先尾翼機にするしかなくなり。水平尾翼が機体の先に、垂直尾翼が主翼に、という要すれば安定もへったくれもない、常時パイロットがはっちゃきになって機体を安定させる、という飛行機になってしまったのではないかと危惧するのですが、プロトタイプ(グライダー)試験では意外と安定していたほか、失速に入りにくく、入ってもすぐ回復できたという情報もあり。

安定はともかく。

震電の場合、武装もさることながら、将来的にはジェットエンジンへの換装をもくろんでいたらしい。なんとなく現代のジェット戦闘機ちっくな外見で、先見の明を体現したようなスタイルですねー

但し重大な問題があり。

プロペラがパイロットの後ろで回っているため、敵弾にやられて脱出だ!というときに、パイロットがプロペラに当たってしまい。この記事の冒頭に書いたような「トマトウインナージュース」になってしまう危険性が高いということなのである。そのため、緊急時にはプロペラを爆散させるように爆薬を仕込んだそうです。

こういう死に方は嫌ですねえ
「零戦の操縦」ISBN978-4-7572-1734-8より。
 

 

元祖ウルトラライトみたいに、もともと脱出なんて考えてなくて、エンストでもどっかの原っぱに着陸だ!みたいなのならパイロットの後ろにプロペラでも問題はないんですけどねー

ドイツも震電と同時期に「プフェイル」という似ていると言えば似ている奴を開発しており。

プフェイル。 https://www.tamiya.com/japan/products/61074/index.html
 

 

こちらは、なんと機首とお尻に両方プロペラというキワモノだった。

しかし、やはり先進国ドイツは一歩進んでおり。

緊急脱出の際、後部プロペラと垂直尾翼の他に風防が爆破されて、座席ごと射出、という装置がすでに実用化されていたのだった。世界で最初の射出式座席です。

こうしてドイツのパイロットは「ウインナートマトジュース」になる危険から逃れていたのですね。。。

最後はちょっとすさんだオチになってしまいました。

3000字越えで終了。

ではでは。。。

 

 

Posted by 猫機長