投稿者: 猫機長

小さな飛行機で、ブラジル高原の空を散歩しています。 埼玉県で生まれました。8歳で移住者としてブラジルに渡り、流浪の生活を送ったあと、ブラジリアで土着化しました。ひょんなことから日本の国籍を失った日系ブラジル人です。某政府外郭団体に勤めています。ハッピーリタイア希望ですが、労働所得を手放すのが怖くリーマン続投しています。小学校1年だけ日本(給食の「カレーうどん」が脳裏に残っています)、その後大学までサンパウロ。おやおやという間に50歳を超えてしまいました。空だけは広いブラジリアでジェット旅客機と混じって小さなExperimental飛行機で遊んでいます。こうした飛行情報や、高金利国ブラジルでの金融投資20余年の情報で、日本に住んでいる皆さんにも何か参考になるものがあれば幸いです。いちおう兵法二天一流剣術初目録です、ときどき剣道情報も書いています。肩を壊して弓道ごっこは休止中。パン食男子。たい焼き大好き人間です。(2019年12月) コピーライト規約 Direitos autorais : All Rights Reserved. 当HP(ブログ含む)に掲載されている一切の文章や画像等の無断転載はご遠慮下さい。
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零戦に見る仕事のスマート化必勝法②

零戦に見る仕事のスマート化必勝法②

前回では、零戦がスマートさの世界的なリファレンス(見本)であることを書きました。今回は、そのスマートさこそが実は大日本帝国を滅亡に追いやった元凶であり、実は全然スマートではなかったことを記載します。

零戦は、非力なエンジンしかない日本が世界一の性能を出すため、徹底的に機体性能を引き出すしかなくなり。そのため細部の精密さにこだわった設計となったが、製造段階において当時の工業技術ではこの細かいデイテールを1機1機全く同じに再現できないので、例えばフィレットなど生産の段階で熟練工が各個体の状況に合わせて最適な形に引き伸ばしていたと言います(この辺は隼とかもおなじらしい)。→ここまでは前回のおさらい。

隼のフィレット
で、今回の内容に入りますが、そもそも、大量生産が前提の小型戦闘機で「1機1機で完全に同じものを作れない精密さ・複雑さ」というものを求めたところからつまづき始め。主翼の構造材にしても「1グラムでも軽く、しかし空中戦には強く」とやってしまったため、結局は複雑な配置に本数、「作りにくい小骨があちこちにランダムで発生し」量産以前に1機でさえとても生産しにくい飛行機になってしまいました。

当時の日本の生産インフラでは、飛行機組み立て工場に滑走路がなく、いったん組みあがりかけた零戦をバラして馬車に乗せて納品先まで運んだ、というから泣きます。その馬車が「牛と同じに強くおとなしく、馬と同じに早く運べる」ペルシュロン馬としたのがこれまた悲しい日本のスマートさですね、ははは、しくしく。。。。

こうして日本株式会社では末端の労働者が終電ぎりぎりの深夜まで働き、驚異の生産1万機を達成しました。でも「週末(Blog34)はバーベキュー」のアメリカ労働者が自動化された工場で楽ちん!に生産したグラマンF6Fの1万2千機に及ばなかったりします。

このへんで「本当のスマートさってなに?」が浮き彫りになってくると思います。

グラマンの場合、フィレットはロボットが自動整形して、日本のように熟練労働者が1機1機機体の個性に合わせてとんかんとんかんしないで済んだ、ということでしょうか。いえいえ、グラマンの場合、そもそも「フィレットなんて必要ない設計」になっていたのです。

機首から見てみれば一目瞭然ですが

フィレット、日本語で整流覆いとは、翼と胴体の取り付け角が鋭角(90度以下)になった場合、翼をもごうとする乱気流が発生するのを防ぐしかけであり。グラマンのように取り付け角が90度以上の場合は、そもそも必要がないのです。こうしてグラマンは資材、工程、労働などの劇的な節約に成功しました。

ちなみに零戦やスピットファイア(Financial1.7ª)など、当時の戦闘機がほとんど低翼なのは、フィレットが必要になったとしても車輪の格納の都合や、パイロットの視界を遮る翼をなるべくコクピットから離したい、というのが理由です。この場合でもグラマンF6Fは胴体の断面を縦長に設計して、低翼と変わらないぐらい翼をコクピットから離し、でも中翼と同じぐらいの取り付け角を実現しています。ちなみに、こうゆう配置を「中低翼」と呼んでいます。

つまり、零戦は「飛行機固体としてのスマートさ」は世界に比類のない「芸術品のような」飛行機になりました。問題は「芸術品でボコりボコられる戦争に勝てる」と思い込んだ戦争指導部の全くスマートとは逆の無能な用兵にあったのです。

アメリカの場合「戦争に勝つにはいかに多数の武器(機銃)を戦場(空)に持って行き、弾薬(銃弾や爆弾)を思う存分バラ撒いて、かつ無事に帰れるか」に尽きることを知っており。初速抜群、一分当たりばらまける弾数が驚異的なブローニング機関銃をグラマン1機当たり六丁しつらえて圧倒的機数を投入しました。零戦の場合、グラマンの装甲を撃ち抜けない7.7ミリ2丁、そもそも初速が遅く当てられない20ミリ2丁ということで「芸術品としては一流でも武器としては三流」になってしまい。鈍足の旧式爆撃機には20ミリ、これまたとろくて装甲のよわいP40やP39には「なななな(7.7ミリ)」で何とか対処できたが、アメリカが西部劇・インディアン虐殺の本性を発揮して「2丁拳銃」じゃなかった「6丁機銃のヘルキャット」を繰り出して来たころには日本側はベテラン搭乗員もすでに壊滅(死んじゃった)しており、簡単にひねられちゃった。

いってみれば、零戦が「法隆寺」つまり建築界を代表する世界最高の芸術品であるとすれば、グラマンはそこら中にある「適当なプレファブ住宅」であり。戦争に勝つにはプレファブの粗製乱造、もちろん「まるで木造のワンショットライター」ではなく「それなりに防弾対策をした」グラマン鉄工所の「死なない飛行機」こそ必要であり、そうであってこそ初めて戦場に投入できる、となるのです。そういった意味で、グラマンはプレファブですが、クレバーな機体処理により零戦に劣らない性能を発揮した真にスマートな飛行機であると考えます。

法隆寺とプレファブ住宅
そろそろ結論です。

実効的、実利的、効率的、つまりスマートな仕事、スマートな成果を達成するために必要なのは、手段の精密化ではなく、目標の明確化です。

例えば「雨を凌ぐための建設物が必要」となった場合、「プレファブ住宅(Financial1.8 )」で十分であり「法隆寺」は必要ありません。この場合の最重要な「武器」は「雨漏りしない屋根」だからで、法隆寺のように精密な瓦屋根が5重の塔に、というのは全く必要なく、お荷物でしかありません。

零戦の場合、飛行機としては世界一でしたが、スマートな飛行機を作れば戦争に勝てるのではなく。どんなぶきっちょでもいいので、勝つために必要な飛行機が作れればそれでよいのです。

日本の指導者たちは、戦争を始めるということと戦争に勝つということを取り間違えてしまったのではないでしょうか。勝つということが念頭になかったため、零戦や戦艦大和など世界一の兵器を作ることで満足してしまった。こうして本質とは実はかけ離れた枝葉(SpiritualS.9)であっと世界を驚かし、目的達成した気になってしまったのが返す返すも遺憾であると考えます。

現在の日本でも、とある調査の報告書がそれはそれはち密に書かれているが、肝心の結論が、関係者のだれにとっても安心な(つごうのよい)、オブラートに包まれたような、いいかえれば何の結論にもなっていない、というようなのが多くなっていないでしょうか。日本だけではなくアップルやアマゾン、トヨタのように「パワーポイント濫用禁止。見かけばかりでわかったようになり、しかし本当の結論が隠されてしまうような手段を使った仕事はやめる」と言った企業も世界的に出始めてはいるようです。

手段なんていい加減、おおざっぱでもいい。それ以前に しっかり目指す目的を明確化し、その目的に沿った手段を講じる、ということを徹底する必要があると理解します。みなさんの業務効率化の何らかの参考になれば幸いです。

Posted by 猫機長
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零戦に見る仕事のスマート化必勝法①

零戦に見る仕事のスマート化必勝法①

休日の飛行機格納庫。こよーて君(自家用機)をワックスがけしていて、ふと主翼後縁、補助翼との隙間を最小化している整流板に気がつき。

うううむ!アメリカがうまく2度の世界大戦を利用して世界最強の経済大国となった秘密は、これだな!とうなってしまいました。

こよーて君は、Rans社というアメリカの会社の設計図もとに、ブラジルの会社がライセンス生産して作っています。

そして、操縦すればわかるのですが、なんちゅういい加減な、大味な飛行機じゃ!たとえば、横の安定性がほにゃららで、いつも左右のラダーペダルでおっとと、と調子をとる必要があり。日本の会社だったら、もっと素直で安定した、操縦(AviationA1)の楽な飛行機を作っていると思います。

でも、すごい上昇力だ!エンジン全開にすればぐわーんとあがっていくし、全閉にすればこれまたひゅーんと降下してくれる。

いかにもアメリカらしい豪快な飛行機で、おっとと、といつも軌道修正しながらも楽しく乗っています。

ぼくが知っているほかの飛行機と比較すると、例えばブラジル製のParadise P1(Blog29)(実はイタリアのテクナム社からインスパイアしてます)の場合、いったんトリムを合わせたが最後どこまでもまっすぐ飛んでゆき。また滑空降下率が良すぎ(不時着を考えるとよすぎるということはないのですが)、いくらエンジンオフにしても一向に沈下しないので、空港が見えるかみえないか?のはるか遠くから下降を開始しないと着陸できずに滑走路を飛び越しちゃいます。こよーての場合は、あれ滑走路直上で気づいた、というときでもすとんと降りてくれる。要するにParadiseはヨーロッパ的な、飛行機自身が自分でまっすぐ飛んでくれる安全設計ではあるが、離陸上昇が全然ものたりないし、はっきりいって操縦がつまんねーです。

そして、主翼後縁やフラップのつくりなども、ヨーロッパしてますで、フィレットなどLSA(スポーツ軽飛行機)のくせにちゃんとしています。

さて、アメリカンな「こよーて」はどうかというと

フィレットはなし。まあいいけど

翼端。

あれ、鋼管が羽布の中からまんま見えてるじゃん?

ぐおおおー!なんちゅう雑な処理をする奴だ!これじゃあ空気抵抗10倍、乱気流発生してろくにスピードも出せなくなっちゃうじゃん!

円形断面は、流線形断面の10倍の空気抵抗を生み、乱流も発生させる
(出展:https://pigeon-poppo.com/pressure-drag/)
でもよく見ると、ちゃんと対策してあり、例えばさっきの整流板だったりします。

これで結局Paradiseのヨーロッパ式な伝統的処理と変わらない効果を出しているのですね。。。。ううむまいった。

一方で、さっき出てきた「日本機の操縦のしやすさ」はどこから来るのでしょうか、ということでやっと表題の零戦です。

零戦は、圧倒的に優勢な欧米の航空戦力をやっつけるという不可能な命題を可能とするために生まれ、実際戦争の初期では可能にしただけあって、設計者堀越さんはじめ人間離れした努力の結果が詰まっています。

例えば主翼

出展はhttp://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/ww-612d.html。
F4U(AviationE4)など、とても興味深い考察がいっぱい。参考になりました
イラストではあまり目立ちませんが、構造材の本数、配置、穴あけによる軽量化など、神がかった精密さで実施されており、日本人らしい緻密な計算、設計や実験で、アメリカ的な大味な設計では得られない細かいディテールとなり。

そして設計から生産に移った段階で、今度は世界一の技量を持った熟練工が登場します。零戦も整流フィレットを持っていますが、当時の工業技術では上記の細かいデイテールを1機1機全く同じに再現できないので、熟練工が各個体の状況に合わせて最適な形に引き伸ばしていたと言います(この辺は隼とかもおなじらしい)。

要するに零戦は日本人でしか作れない、すべてを最適化した飛行機だったということですね。

零戦のフィレット
しかし、一見スマート技術の結晶に見える零戦も、結局はグラマンにやられてしまった。これは零戦のスマートさがそのまま弱点になってしまったからです。

とここまで書いて、記事が長くなりすぎ。スマートゆえにスマートでない末路を余儀なくされた零戦と日本株式会社については、次の記事で続けさせていただきます。

 

Posted by 猫機長
サンパウロ買い出し紀行
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サンパウロ買い出し紀行

サンパウロ買い出し紀行

何年ぶりか、休暇でサンパウロ市およびモジダスクルーゼス市にいってきました。

今回はおおざっぱにわけて①「とにかく食べる楽しみを追及」し、②ブラジリアでは手に入らない「貴重物品」や情報の取得(DAISOに潜入調査など)、するともに③人生の契機となった場所を再訪し初心にたちもどる(この辺はつまらないかも?ごめんなさい)目的で旅してきました。

まず食い物だが、ブラジリアにもありそうでない、しかしないと狂乱する日本食を毎日食いまくってきたぜ!1年分ため食いで危うくおなかをこわすところだった。

その1、すきやの牛丼

その2 串かつ

その3 生やきそばと実際に食べているところ

そして、贅沢のきわみに「お弁当とうぐいすもち(包装では「きなこもち」)の2本立て超豪華版だ!
というわけで5日間「まるかい」に通い続け、レジのお姉さんたちに顔を覚えられてしまったようです。

ちなみに、ブラジリアでは普通の食生活にもどりました

MIOJO Al OLIO (インスタントラーメン。Al Olio)

リベルダーデ(サンパウロ東洋街)には2店の日本書店がありますが、太陽堂のほうは最近手芸関係?に特化してきており、フォノマギが唯一のこる他分野対応形?の書店となっています。(2019年11月付記。太陽堂は潰れてしまったようです。悲しいな)小生サンパウロ旅行したときは自己啓発のためにもなるべく「ネット購入でない本屋さんで出会った本」を買うことにしてますが、年々バラエティが少なくなっていくような感じでさびしいです。。。

というわけで今回買った本は
百人一首今昔散歩
和歌の読み方(意味)やいろいろなトリビアなど、なかなか楽しい本です。

さて、DENSOじゃなかったみんな大好きDAISOですが、そのまえに南米最大の金融街といわれるCENTRO某地区を歩いてみました。
ブラジル銀行

BOVESPA(サンパウロ金融市場)付近。建物の紋章に英国の影響?が見られます。

付近でこだわりの帽子屋さんを発見。早速店主に小生のかぶっていた帽子(実は日本のZETTAという大衆用の安物、上記牛丼の裏に写っているやつ)をみせびらかし、どうだこういう帽子は売ってないだろーと冷やかしたら、まじめに怒って「うちの帽子は格式が違うんじゃー!」などと言い合いになってしまった。別に言い合いをしにいったのではなくて、サンパウロの職人魂に再び触れることができて嬉しいです。

サンパウロだが絶対経営者はブラジリア(あるいはリオ)だぜ、という上記帽子屋さんとは180度反対の店も発見
商品(サンドイッチ)にやたら張り紙をしているへんな看板

よくみたら「売り切れ」。おまえやる気あるのかゴルア!よくサンパウロでこんな商売やってつぶれないものです。
つぎはイタリア人町BEXIGAにある骨董品市場へ潜入しました。

こんなかんじ。本物の骨董に混じってなにげにニセモノの日本刀がおいてあるところに商魂のたくましさを感じます。
こちらはガラス器具を主力としている店
つい、かぶと虫となると写真を撮ってしまいます。

空母のおもちゃ。やはり気になっちゃうんですよね。これも滑走路の一種ですから。。。(ちなみに、上記本物・偽ものについては小生の主観です)。
飛行機つながりで、サンパウロ飛行クラブを訪問。

博物館が併設されていて、いろいろな展示物がありました

DC3旅客機のアンテナドーム

40年代のクラブ風景。ブラジリアはいまでもこんな感じだなあ。。

ファーストソロフライト(教官なしの単独飛行)のときに飛行機に結わえ付けていた旗と「ファーストソロ証明書」

すっちいさんと子猫女性パイロットについての展示

飛行帽。まだ吹きさらしで飛んでいた時代は必需品だったそうです。
場所変わりましてコンゴニャス空港すぐ近くの「飛行気乗りの隠れ家」

ここで航法・航空法規関連の参考書籍を買いました
その他の点描や情報

・今回LARGO SANTA CECILIAそのものにあるホテルに泊まりました(一泊R$65)。

でも驚いたのは宿泊者もフロントアテンダントもみんなアフリカ系で、アンゴラに迷い込んだような雰囲気になってしまった。小生の部屋の目の前が食堂になっており、毎晩アンゴラ人みたいなおにいちゃんが一人いひひひなんてコンピュータをいじっていたが、今考えてみれば警備員だったと理解。朝食時にはなぜか近くの交番から軍警察の警察官が朝ごはんを食べに来ていました(治安上は上策と思います、はい)
部屋に窓はあったがこんな感じでした
・すぐ近く、でもないがSHOPPING CENTER HIGIENOPOLISがあり、そこの本屋で買った雑誌を読みながらSTARBUCKSで休憩しました。

ちなみにISTO E DINHEIROで特集「レアルプランの20年」があり、レアル誕生秘話みたいなすごい記事がいっぱい載っていた。とりあえずの重要データとしては◎レアルが成功したのはまず事前にURV導入など含め国民に十分説明し、公共部門のARROCHO FISCAL(緊縮)など政府の具体的決意・成功の裏づけを見せたから。◎レアルの基礎は①為替管理②インフレターゲット③RSPONSABILIDADE FISCAL(財政責任法等財政管理)の三脚にある。◎しかしブラジル経済の安定にはレアルが国際基軸通貨(ドル、円、ユーロ)として通用するくらい安定・流通しなければならない。このためには中国のような大輸出国(ブラジルは世界25位)となり、貿易とともに巨額の金額が世界をまたにかけて動くようになる必要がある。◎従って、レアルプランの最大優先事項はインフレ沈静ともに国際競争力の強化が必須となる。このためにはインフラ整備や人材育成が鍵である。

・SHOPPING HIGIENOPOLISですが、おとぎの国から抜け出てきた王様やお姫様のようなセレブ(スリマラさんみたいな感じ)が徘徊していて、サンパウロ消費者の豪勢さを痛感(小生は靴磨き少年みたいな感じ)。このショッピングは優良なサービスがそろっているので皆さんがサンパウロに寄った際はぜひ素敵な物品の購入や映画館の利用など活用してください。なお、場所柄かヒトラー等ナチに関する書籍や物品は見当たらず。

・LARGO SÃO JOSE DE BELEMへ行ってきました。

IGREJA MATRIZ DE SÃO JOSE DE BELEM

このLARGO(広場)は大学受験の試験場だった場所で、なぜか「小学校教師のおばさん2人組」となかよしになり、試験のあいまに「合格しようね、がんばろうね」と励ましあった記憶があります。
試験場となった小学校校舎
子猫たちへのお土産のパネトーネはここで買っています。前回来たときは個人経営だったスーパーが今はEXTRAに変わってしまっていました。

その他、スペースがないので簡単な説明にとどめます
大学卒業前後過ごした安アパート(緑色の壁の部分、3階。サンパウロ市ピニェイロス地区)
ブラジルに移住して初めて住んだ家(今はレストランになっちゃいました。モジダスクルーゼス市)
「さうだーで」ですね、というわけで以下リンクして結びとします。ちなみにポルトガルの歌であり、Mariquinhasは固有名詞でありブラジルで言うような悪趣味な意味はないので念のため。

Foi no Domingo passado que passei
À casa onde vivia a Mariquinhas
Mas está tudo tão mudado
Que não vi em nenhum lado
As tais janelas que tinham tabuinhas

Do rés-do-chão ao telhado
Não vi nada, nada, nada
Que pudesse recordar-me a Mariquinhas
E há um vidro pegado e azulado
Onde via as tabuinhas

Recordações de calor
E das saudades o gosto eu vou procurar esquecer
Numas ginjinhas

Pois dar de beber à dor é o melhor
Já dizia a Mariquinhas

ではでは

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格言集

格言集(ぼくの主観で微妙に修正しちゃったのや、格言でないものもあります。ははは)

相場は知恵比べではありません。胆力勝負です。(豊島逸夫)

マーケットは印象派の絵を鑑賞する如く見よ。近視眼的には絵の具の塊にしか見えないが、正しい距離から見れば絵が浮き上がって見える。(豊島逸夫)

相場は絶望で芽生え、悲観で育ち、楽観で成熟して、歓喜に終わる(詠み人知らず)

Buy disaster (ジム・ロジャース)

大金に兵法なし(詠み人知らず)

理の通る正しき怒りは天知る地知る神も知る神に任せて心静めよ(観象上人)

世界を動かすのは鉱物と石油であり、その他は付け足しにすぎない(カタドール)

人生には3つの必然がある。一つは死であり、いま一つは税金である。そして最後の一つは、アルゼンチンのデフォルトである(カタドール)

株の儲けは我慢料(邱永漢)

負ける勝負はやるな、勝つことがわかっている勝負だけしろ(宮本武蔵及びウオーレン・バフェット)

空戦では勇敢な奴から先に死んでいく(坂井三郎)

空を飛ぶ喜びを一度でも味わったものは、 地上に戻っても、 眼差しを空に向けたままにしてしまう。 かつて自分がいたあの空に、 いずれは戻りたいと願うのだ(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

人間が空を飛ぶことは絶対に可能だ(レオナルド・ダ・ヴィンチ)

訓練、訓練、さらに訓練あるのみ(チェスター・ニミッツ)

太陽が輝く限り、希望もまた輝く(フリードリヒ・シラー)

生命のあるかぎり、希望はある(ミゲル・デ・セルバンテス)

仁なき勇は暴勇と化し、仁無き智は狡智と化す。ゆえに仁をもって仁智勇三徳の王となす(詠み人知らず)

心身を錬磨し気力を養い、礼節をとうとび、信義を重んじ、誠を尽して自己の修養に努め、以って平和に寄与すべし(全日本剣道連盟)

立ってこの所から出なさい(ロト記)

沈黙しても批判され、多くを語っても批判され、少し語っても批判される。この世に批判されない者はない(ゴータマ・シッタールダ)

最大の名誉は決して倒れない事ではない。倒れるたびに起き上がる事である(ゴータマ・シッタールダ)

人類は螺旋状に進化する(ヘーゲル)

資本主義後進国での社会主義革命は民主主義の欠落という致命的な歪みを持たざるを得なくなる(マルクス)

堅固な貨幣なしに堅固な経済なし(Trix)

Posted by 猫機長