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獣の刻印:ワクチン第2回接種

前回の第1回接種時に、保健所のお兄ちゃんから「2回目は予約はいらないし、どこの保健所でもいいから。じゃあね。しっしっ!」と注射を打つや否や追い払われてしまい。

でも、ものすごく心配だったのです。

第1回接種は、インターネットで事前予約が必要であり、しかも多数の保健所が満杯で、遠い郊外の保健所しか空きがなかった(ブラジルの首都ブラジリアに住んでいます)とか、そもそも変なポップアップが出てきて「年齢をごまかす奴は、連邦区検察庁がひっとらえてボコるので覚悟しろ」と恐喝され、なかなか素直に予約の画面までアクセスさせてくれないとか、当局側は「接種なんてしてやる気はないが、仕方なく」という感じ全開だったので、2回目に限って、いつでもどこでも、予約もなしに、黙って座ればはいOK、なんてあるのだろうか?

第1回目の時の保健局のワクチン予約画面。カツアゲのポップアップ

「第1回接種証明書」にしても、小さな紙きれ1枚に、頼りないハンコと手書きで小さく接種日と2回目の予定日が書いてあるのみであり。こんなので「ワクチンパスポート」になるのだろうか?と心配のタネは尽きず。

簡単に偽造できそうな接種証明書

同じ時期に、サンパウロ州では、かっこいい接種証明書を発行しており。

サンパウロ州知事が接種証明書を見せびらかしているところ。

https://jovempan.com.br/noticias/brasil/vacina-do-butantan-no-braco-diz-doria-ao-receber-a-segunda-dose-da-coronavac.html

 

なるほど、そうゆう事かと納得しました。

ご存じボルソナロ大統領は「コロナなんてカゼだ!ワクチンなんかいらん!」というのを側近とかがなだめすかして接種実施に持ちこみ。大統領のお膝元ブラジリアでは、保健所の人たちも、目立たないよう、まるで悪いことでもやっているかのように、となってしまい。

接種証明書も、狂犬病ワクチンだのなんだと同じ用紙の隅に申し訳程度に。。。となってしまったようです。

一方、ドリア知事(サンパウロ)になると、「悪のボルソナロと戦う正義の州知事」という演出ができるので、「ワクチンは何より大事だ!」と、大喜びで「かっこいい接種証明書」だの「ワクチンパスポートの集会所での提示義務づけ」だのを強調して、あわよくば次期大統領に。。。という魂胆が丸見えになっています。

政治家は、コロナ対策なんて実はどうでもよくて、都合の良いように利用しているにすぎず。医療関係者は、政治家に振り回されながら、なんとか感染爆発を食い止めようと悲惨な戦いを強いられてしまっています。

ううむ、どこかのアジアの島国みたいだ。

さて、小市民の側から見れば、どうやって政治家に騙されずに自分の生命と健康を守るか、になり。

ヨーロッパとかでワクチンパスポートが義務化となれば、ブラジリア含め、遠からずブラジルの政治家も右に倣えをすることが危惧され。

ワクチン接種していないと、その辺のスーパーへラーメン買いに行くこともできなくなっちゃうかも?

接種するしないの決断が、実はワクチンの医療面での有効性ではなく、政治家による強権的な規制への備え、という本来あるべき判断基準とかけ離れた理由になってしまっており、泣きます。

といって、ワクチンが全然効かないか、というと、そうでもないらしく。

◎すでに存在していたコロナ株に対しては、まあまあ重症化を防ぐかもしれん

◎デルタだの次々生まれてきている変異株に対しては、もしかしたら重症化を防ぐかもしれん

など、医療面での効果もあるかもしれん、ので、ぼくは前向きにとらえて、2回接種を完了しました。3回目があれば、すなおに受けようと思っています。

一方、ワクチン打ったところで、ADEなど懸念は生じてもコロナ撃退には程遠く。巣ごもり、マスク、3密ダメ!ゼッタイ!で、COVID自身が、本当にカゼ程度まで弱体化するのを待つしかないと思っています。

ともあれ、いつでもどこでもはいOK、という第2回接種。ほんとかいな?

知り合いからの情報では

◎第1回目と同じ保健所に行ったら、前回と違うワクチンだからだめ!(アストラからファイザーに変わったなど)と、追い返された。

◎一方、全然違う保健所に、指示されていた第2回接種の期日より前に行ったけど、すぐ接種してくれた

などなど、てんでばらばら、ちぐはぐな対応になっており。

要するに、「いつ、どこにどの種類のワクチンをどれだけ準備できるかわからない」→「2回目はどことか指定できない。いつでもどこでも好きな保健所に行きな」となっていたようです。

やばいぜ!どうしよう?

さすがに市民の懸念が保健所に伝わったか?保健局のサイトをのぞいてみたら、こんな感じに改善されていました。

カツアゲのポップアップもなく、フレンドリーに改善。

9月9日の第2回接種(Segunda doze – 9/9)はここです、みたいにアストラゼネカが接種できる保健所がずらっとならび。一般アテンドの時間や、ドライブスルーの時間帯なども記載され、9月24日までに第2回接種を指定されていた人たちも、9月9日にはもう接種していいよ、と明確、親切に記載されています。ファイザーやCORONAVACなども別画面で開くようになっています。

毎日更新しているので、接種当日に再確認の必要あり。ブラジルで毎日更新なんてすごいですよね。。。。

誰かが、連邦区の保健局長にでも「おっさん、市民をコケにしたらあかんで。月の出る夜ばっかりやおまへんさかい、夜道に気いつけなはれや」などと、タウルスをぶらさげて「ご挨拶」に行ったのかもしれません。

Taurus 38口径リボルバー

https://www.casadotiro.com.br/sub-categoria/cal-38/100/

もっとも、サイト上のUBS1 ASA NORTE保健所が、地図上には存在せず。後になってUBSではなくSAP1 ASA NORTEであることが判明したりとか、そもそもUBS1がASANORTE, GUARA, LAGO NORTE等々そこらじゅうにあり、結局、現場に到着するまで、サイトに書いてあった情報が正しかったかどうかわからなくなっていたのでした。ははは

ぼくの場合は、お家から14分で、いつも飛行クラブへ行く道にあるLAGO NORTEのUBS1に行くことにしました。幸い、ちゃんとアストラぜネカの第2回接種をやっており、安心しました。

保健所はこんな感じ。

それほど行列もなく。到着から40分で接種完了しました

行列の先にはプレ・トリアージみたいなのがあり。親切な素敵女子たちが身分証明情報などを打ち込んでいました。

プレ・トリアージの次はいよいよ接種受付へ。

「年齢詐称しておらんな?本当にアストラゼネカでいいな?覚悟はいいね?」と聞かれました

いよいよ屠畜場じゃなかった接種場へ。

ふだんはバーベキューでもやっているのかな?開放的な涼しい小屋でした。

今回の注射は素敵女子が打ってくれました。どきどき。

前回、ちゃんと刺すべきところに注射器を刺して、ワクチンを全量注入してくれたかな?と懸念が生じてしまったので、今回は注射しているところを写真に撮っておきました。

いい感じに全量注入。ずいぶん奥まで突き刺すんですねー

アナフィラキシーもなさそうなので、腕が痛くならないうちに駐車場へ。ポルシェ君を運転して帰ってきました。

さて、帰ってきたはいいが、やっぱりちゃんとした接種証明書がほしいよねー、となり。さっきのプレ・トリアージで素敵女子が「保健省統一保健システムのサイトから印刷できるよ」と教えてくれたので、さっそくログイン。

なかなかわかりやすいサイト。「デジタル接種証明書」のボタンがあり。

立派な接種証明書をダウンロードできました。これならワクチンパスポートとして通用しそうだぞ!

獣の刻印

接種の当日に証明書ができてしまうという、すごい世の中になりました。

「富める者にも貧しい者にも、自由な身分の者にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。そこで、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようになった。」(ヨハネの黙示録13章16-18節)

最後に、あわてて家を飛び出したので、玄関ドアの内側にカギを刺したまま、別のカギで外側から戸締りしていました。へええそんなことができるんだねー

この記事は、接種後4時間目に書いています。今度はどんな副作用が出るのか?アストラの2回目は軽いよ、らしく、そうあってほしいと期待しています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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空からの雑感と、Ameblo1位ランクインに感謝

◎乾季の空、雨季の空

10月の初め。ブラジリアは乾燥が一番厳しい時期になり。

枯れた草木に覆われた荒野

 

山火事や、農場でも火事が頻発。まあ農場のは休耕時の雑草が焼ける(あるいは、焼く)ことが多いので、被害というのとは違うけれど。。。

農地の例。黒っぽく焦げているのが火の通った跡。

 

山脈も火事の跡が。煙が発生して、今まさに燃えている、という場所も。

 

山火事の煙。つい「この煙は向かい風15ノットだな」というふうにとってしまいます。ははは

 

ホームベースの滑走路も黄ばんだ茶色の枯れ草が一面に。

誘導路をのぼっている横を、離陸する鬼教官の飛行機。左主輪のスパッツを外しており、ブレーキでも調整中なのかな?

 

さて、これが雨季ともなるとこんな感じ。以下、大体4月頃の撮影です。

緑の滑走路

 

山肌も緑。

 

きわめつけはこの写真。みどりが目にしみます。

 

乾季では、枯れはてたような荒野ですが、ちょっと2,3日雨が降ると、ぱっと緑の芽が鮮やかになります。

山火事で焦げちゃったところは茶色・こげ茶ですが、延焼を免れたところで、2日前の小雨から淡い緑が生まれています。

 

そして、乾季なのに緑、のところも

青い貯水池の周りでの、円形灌漑農地。

 

環境保全は重要だけれど、荒野の中に立派な滑走路が現れたりすると、なんかとても希望に満ちた気持ちになるのでした。

SBOB(ブリチ農場・個人所有の滑走路)。16 19 21S/047 13 24W

 

 

◎Ameblo1位ランクインに感謝

こないだの記事「都会の風物詩」が、なんと「パイロット」公式ハッシュタグで1位になっていました。

18,762件の投稿からの一位だそうです。パイロットなんてマイナーなタグですからねー投稿数自体が全然すくないけれど、1位になるほどたくさんの人から見ていただけたという事で、うれしいです。いつもご訪問いただいたり、「いいね!」いただいている皆様に、あらためて感謝申し上げます。

で、他にはどんな記事があるかというと

こんな感じ

うううーむ?、2位、3位は確かにパイロットだけれど、4位は女子力そのものの記事だったりして?どうやらパイロットの奥さんらしい、という事で納得。

その後のランキングには、エアラインパイロットを目指す人への自社養成や航空大学校への受験情報とか、すごく切実な情報がつまったブログが続いたりしており、ぼくのブログみたいに、その辺を飛んで遊んでいたとか、素敵女子とミルフィーユを食べにいったとか、そんな内容だとちょっと申し訳ないですけど、皆様の「いいね!」などに勇気づけられて、これからも続けられればと思っています。

格納庫全景。小さな飛行に乗っています

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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アフガニスタンと八百万の神々

アフガニスタンでタリバン政権が復活。厳格なイスラム教神学校を起源とするタリバンは、イスラム教を至上とする統治を宣言しました。

女性の権利など、自由世界とは相いれない価値観もあり、アフガニスタンから脱出する人たちも続出。

21世紀の現在で、アメリカ式資本主義の国が、あっというまにイスラム原理主義の国に「あと戻り」なんて、信じられんぞ?宗教をすべての根本とする国が、AI時代の今日、ほんとに存在できるのか?

「八百万の神々」、お盆とクリスマスが共存する、なんでもあり、言い換えれば宗教心なんてあってなきがごとしの日本人からみれば、とても信じられないと思います。

でも、ちょっと考えれば、日本が例外であって、キリスト教、儒教、仏教といった宗教が、いまだに世界の国々の成り立ちの根底にあるのです。

ヨーロッパやアメリカ、中南米など、キリスト教圏の国では、人々は日常的に「おお神よ」など無意識に言葉に出しており。天使や聖人がてんこ盛りで登場する西洋絵画も、日本人からみればちんぷんかんぷんですが、西洋人から見れば、あこの絵はユリを持った天使つまりガブリエルが青い服を着た素敵女子つまりマリアに話しかけている。「受胎告知」だな、と自然にわかるのです。

ダヴィンチ「受胎告知」

 

ルネサンス以降、西洋人は知性の光で聖書の解釈を「改良」し現実世界に順応させていきましたが、源泉はキリスト教の教義であることに変わりはなく。

アフガンの人たちから見れば、アメリカの駐留は、イスラム教の劣化版?であるキリスト教の教義に基づいて、人権だの平等だのと心地よい言葉を隠れ蓑に、物質主義・拝金主義の笑止千万な思想を押し付けたにとどまり。タリバンの返り咲きは、人権とかの概念が自由世界とは違った部分のある風土に、その風土が許容する価値観を持った支配者が結局戻ってきた、という事かもしれません(穏健派のイスラム教徒で、タリバンなんて邪教だ!という人もいるでしょうが)。

日本の場合、もともと宗教心をあまり持たない、どんな外来思想も取り込んじゃう柔軟な国民が、太平洋戦争終戦後のアメリカ進駐軍により「北朝鮮もびっくりの軍国主義」から解放され、自由と繁栄を謳歌し、世界有数の先進国になることができました。この点素直にアメリカ的思想を受け入れられなかったアフガニスタンは不幸と思います。

宗教に凝り固まっていなかった日本は、進駐軍のキリスト教的自由、平等、博愛の思想を柔軟に吸収できた

 

アフガニスタンにしろ、欧米にしろ、なぜ今日まで宗教が人々の魂の奥底に宿っているのか。

これらの地域では、中世ころまでは、信心深くないと生き延びることができなかった。その結果、生き延びた人々の子孫も、DNAに宗教がしっかり刻まれている。という事なのだと理解します。

イスラム教が典型的であり。豚は食うな、など、中世の医療では治療できなかった寄生虫病等を確実に防ぐ戒律になっており(豚と人間の食料競合もある)。今日では女性差別ととられるヒジャブ(ベール)ですが、元来は粗暴な男たちから女性を保護する手段だった(というのはオブラートに包んだ言い方で、実はもっとえげつなく。砂漠地帯での人口爆発を防ぎたかったらしい)。マホメット時代、「石と砂漠のアラビア」で、最も実利的、効率的な生き方をまとめた「生活の指南書」がコーランであり、戒律を守らないと寄生虫で死んじまったりとかするので、みな進んでイスラムを信じるというDNAが継承されている。

*ちなみに、預言者マホメットは「ネコを大切にしよう!」といっています。

欧州では、王権と教皇権が権力を二分した、という特色があり。教皇はお祈りばかりのはずなのに、「カノッサの屈辱」で王様にざんげさせたりとか、なんでそんなに強いんだ?

カノッサの屈辱。跪いて教皇に許しを請う神聖ローマ皇帝(1077年)

 

教皇の強さは、ヨーロッパ形成期に、王様が勝てない恐ろしい敵に勝ってヨーロッパを救ったという事件から始まっているようです。キリスト教を信じていたから救われた。でなければヨーロッパが全滅し人々は死に絶えていたかも?

それは「アッティラ大王の侵入」

西暦400年ころ、フン族がヨーロッパを蹂躙し。

騎馬民族の常で、多数の部族が内輪もめしているが、ひとたびカリスマが現れ、統一すると無類の強さで世界を蹂躙する。1200年ころのジンギスカンが有名ですが、その一昔前、ローマとゲルマンがごにゃごにゃやっていたローマ帝国末期にも、アッティラ大王が現れ、西欧滅亡か?という非常事態が発生しました。

アッティラ率いるフン族は、ローマもゲルマンもいっしょくたに撃破。434年から445年のたかだか11年の間にライン川、ドナウ川、カスピ海にまたがる地帯を蹂躙し。栄光の西ローマ軍は、なさけなく連戦連敗、総崩れとなり。ローマ皇帝ヴァレンティアヌス3世は、ヴァレンナというところに逃げ込み、ガクブル!なすすべもなく震えていました。

侵略は残虐を極め、人々はアッティラ大王を「神の災厄」「神の鞭」と呼び。もはや人間ではなく、B29やゴジラをはるかにこえた悪魔・バケモノとして恐怖におののくようになっていました。

悪魔アッティラは、西欧を滅亡させるのか?

その一歩手前の一夜。夕餉の祈りをささげていた教皇レオ1世の頭上に、まばゆい光が!

奇跡の光にひれ伏すレオ1世。

その光、すなわち天にましますキリストの父、全知全能の主エホバは、神の代理人レオ一世に命令を下しました。

「聖ペテロと、聖パウロの精霊を伴い、悪のルシファー・アッティラを退治せよ」

主からの啓示を受けたレオ一世は、さっそうと白馬にまたがると、凶暴な騎馬軍団の先頭で、まさに攻撃を下令しようとしていた極悪非道のアッティラ大王の前に進みいで。

ラファエロ「レオ一世とアッティラの会見」

 

「悔い改めよ。侵略をやめ、立ち去るならば、神の慈悲によって許されるであろう」

その時、アッティラは見たのです。教皇の背後からまばゆい光につつまれて浮かび上がる聖ペテロと聖パウロを。

奇跡の光に耐えられなくなったアッティラは、思わず軍を返し、聖なる光につつまれながら、立ち去ったのでした。

ええええーそんなのあるわけないじゃん!いやいやあったんですよ。

もちろん教皇側の記載なので、神の慈悲とかになっちゃってますが、現代国語で書き直してみましょう。

「真相はこうだ」

そもそも、アッティラ側は度重なる侵攻で疲弊しており、略奪とかもするだけしてしまい実入りが少なくなっていたところで、疫病とかが発生し、そろそろ家へ帰って寝ようかな、という状況だった。

よし、その前に大仕事だ、と襲おうとしたマントヴァで、軍人には見えないふくよかなおっちゃんが、これまた戦争に関係ない僧侶の人たちと、群れを成して待っていた。

なんだこいつ?

おっちゃんは、口を開くと

「にいちゃん、聖ペテロの恵みと、聖パウロの恵みをあげるから、このへんでもうお帰り」

そして後ろを振り返り

「おう、おめえら!はやくアッティラの親分さんにお菓子をお渡しせんかい!」

へい!と若い衆が、「聖ペテロ」と書かれた菓子折りを渡すと、中には光り輝く山吹色のお菓子が!

そして、「聖パウロ」と書かれた封筒を渡すと、その中には年末ジャンボの当たりくじと、1000BTCが記録されているペーパーウオレットが!

おおおおー!

アッティラ一同大喜びで、もう侵略なんてどうでもよくなり。大判小判の輝きにつつまれながら、中央アジアへ喜び勇んで帰っていったのでした。

山吹色のお菓子。http://www.tokyo-colors.com/wp-content/uploads/old_images/384_1.jpg

 

さて、実は買収だった?として、ローマ皇帝が何もできずに震えていた時に、教皇が首尾よく蛮族を手なずけた。

そして、都合がよいことに、アッティラは一年後、美女の前で鼻血を出して死んでしまい(食道静脈瘤が飲みすぎで破裂して窒息したらしい)。分裂したフン族は、再びヨーロッパを恐慌に陥れることはなくなったのでした。

ペシカ・フェレンツ 「アッティラの死」

 

この結果、キリスト教がヨーロッパを救った、という紛れもない事実がここに生まれ。

これを見たゲルマン族は、続々とキリスト教に改宗するなどをはじめ。

神の代理人、教皇が無類の力(パワー、フォースいずれも)を持つ存在として確立し、その源泉となるキリスト教は、ヨーロッパの人たちの魂の奥底に刻まれることとなったのでした。

タリバン国家が、宗教ファーストだね、へんだね、という認識は普通と思いますが、現代西欧先進国の常識は?じつはこちらもキリスト教ファーストだったんじゃ?と一歩下がって見つめることが、世界を理解し平和を考える(促進するといいたい)ために重要と思っています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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都会の風物詩

「田舎の風物詩」がなかなか人気だったので、図に乗って都会暮らし編です。でも、それほど風物詩ではなかったりします。。。

◎イペーの木

ノウゼンカズラ科の広葉樹で、材木としても使われ、Wikipediaによると「横浜大さん橋(くじらの背中)でも、フロア材として大量に使用されたが、乾燥すると割れやすいという性質が考慮されなかったために亀裂が多数発生し、来客が転倒した際に怪我をするという問題が多数発生した」という、お騒がせな木だそうです。

ブラジリアの町では、白い花のイペーが咲いていました。

あれ、Joao de Barro (セアカカマドドリ)が大きな巣を作っているぞ!

セアカカマドドリ

どれどれ、その辺の小石を投げてちょっかい出してやろう、と近づいて行ったら。。。。

鳥ではなく、ハチの巣だったので、逃げました

こんな感じの蜂くんが、いっぱい木の周りを飛んでいました

ちなみに、「ヴァイオリンの弓材として希少なブラジルボク(フェルナンブーコ)の代替材として世界で評価されている(Wikipedia)」他、水にぶくぶく沈んでしまう「ハードウッド」だそうです。

◎テレビ塔

1967年完成、高さ224メートル(東京タワーは333メートル)。大体テレビ塔の高さの3倍くらいが、ブラジリアで軽飛行機が飛んでいる高さになります(それ以上高く飛ぼうとすると、管制官のお姉さんに「また旅客機の航空エリアに侵入しようとしてる!しっしっ!」と怒られます)。

テレビ塔からは、ブラジリアの官庁街が一望できるのですが、展望台は閉鎖中。そしてちょうど朝日が順光だったので、日光を避けて展望台の下、日影から撮影しました。

丸っこいオブジェは「宇宙の世紀」という名前らしい。

http://www.museucapital.com.br/artecapital/inicial.html

テレビ塔の裏の広場には、緑の屋根の民芸品売り場があり。その裏に国立競技場

それほど早朝でもないけど、閉まっている店ばかりでした

 

ちょうど9月7日の独立記念日で、旗だのなんだのを売っていた

 

民芸品店のおばちゃん

 

いろいろなお土産。あんまりブラジリアでないのもあるけど

 

勤務中に制服で買い食いしている警察官を発見

 

熊猫餐館?となりはタピオカ屋さん
 

テレビ塔のある風景。都会か?それとも田舎か?

 

国立競技場のある風景。オリンピック以降ガラガラとなり、現在は刑務所に改装中らしい

 

◎冬の街路樹

あまり季節感のないブラジリア。

葉っぱがほとんど落ちちゃったバオパブのすぐ横手に、青々と茂った巨木があったりして。。。

 

◎バス停

別になんてことない、ただのバス停

 

でも、座っているお兄ちゃんの後ろに注目

 

なんと、本棚になっているのでした

 

これは、2008年に、T-BoneというNGOのイニシアチブで「文化なバス停」というプロジェクトが実施され。ブラジリア市内の34か所のバス停でこうゆう棚を設置し、だれでも自由に読んだり持ち帰ったりできるように本を置いた。プロジェクト開始時にこれらのバス停へ800冊の本が分配され、紛失率(なくなっちゃったとか、破かれたとか)はわずか2%らしい。ただこれは2009年ころのデータで、その後モニタリングされてないのか?破けたとかそういのは多くなっているみたいです。

このバス停では「統一保健システムにおける医療機関人員給与一覧表」とか、医療系ばっかりでした

ふむふむ、ぼくも「アーリーリタイア・軽飛行機で空を飛ぶ」が本になったら、一冊置いておこう、なあんて。

まじめな話をすれば、もっと子供向けの絵本とかあったらいいなとかおもいました。持っていかれてしまい、棚に残っていないのだろうか?

 
◎カテドラル(大聖堂)とギマランエス博物館

まずはギマランエス博物館から

空飛ぶ円盤みたいな建物で、2006年に完成という新しい博物館。ギマランエスという、学生運動で何度か投獄され、最後は行方不明になってしまったお兄ちゃんを記念した命名となっているらしい。

ちょうどボルソナロ大統領の支持集会にぶちあたってしまい。恐れをなしたか?閉館していたので、入れず。いつかこの博物館に潜入して内部の状況を書いてみたいと思っています。

カテドラル(大聖堂)

1970年完成。

デモ途中の群衆にまぎれこんでしまいました

 

入口への通路には、マタイ伝の4使途(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)の像が設置された「瞑想の道」になっているのですが、今回はデモ行進の群衆で占拠されてしまい、瞑想もへったくれもなく。迷走の道、なんちって

 

やはり閉鎖されており中には入れず。中にはすてきなステンドグラスなどあるのですが、別の機会に記事にしようと思っています。

 

◎ドンボスコ聖堂

ステンドグラスといえばドンボスコ。

1970年建設。

入り口にはアルコールで手を洗浄するためのトーテムが。ご時世ですね

 

いったん中に入れば、さっきのデモ行進でのバカ騒ぎが嘘のような静かな空間が。

お祈りしている女性が二人

 

◎ブラジリア飛行クラブ

ぼくの所属しているEXPERIMENTAL機のクラブとは別ですが、ちょっとおじゃましてきました。

◎空から見たブラジリア

飛行機乗りのブログなので、「空撮が見たい」とのご要望が来そうなのですが。。。

ぼくたちEXPERIMENTAL機(軽飛行機)は、市街地の上を飛ぶことは禁止されており、されてなくても安全上飛びません。でも、既定の有視界航空路で、市街地に隣接する部分もあるわけで。そんなところからの写真を掲載しておきます。

こんな飛行機に乗っています

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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山火事で生き残る木、ワクチンで生き残る変異株   

乾季たけなわ。ブラジル高原では降雨のない日が9月12日に連続114日目を記録した地域も生まれ。気温は連日30度を超しており、乾燥と高温が、山火事を頻発させています。

そこかしこから白い煙が吹き上がり、上空で合流しています。

 

パイロット目線から見た山火事は、意外と焼けている面積自体は小さな「点」みたいですが、この煙が立ち上り、乾季特有のダスト(乾燥した塵など)にまじって、視界がめちゃくちゃ悪くなっちゃったぞ、となり。

こんな感じ。乾季の終わりの風物詩ですね

 

この時期は、冬のはずなのにすさまじい暑さとなり。ちょっと上昇した(エンジンスロットルを開けた)だけでラジエター温度がぎゅーんと上がっちゃうので、早めに機首下げ、水平飛行にして、ラジエータに冷気をあてるようにするなど、神経を使います。

油温、水温、エンジンヘッドなどなど、微妙に高くなっています。

写真右端の温度計は30℃に。ほんとか?

 

風防の空気取り入れ口からの風も、上空らしからぬなま暖かさで、ついこないだまで、凍え死ぬ―!という寒さだったのに、自然の移ろいに対して、いかに人間がちっぽけなのか、操縦席で痛感するのでした。

ブラジリアの植生はサバンナですが、アフリカに比べてもうちょっと茂っており。セラード(CerradoあるいはCerradão)と呼ばれています。

 

こんな感じ(出展はICMBIO)

上空から見た山火事は、地上ではこんな感じになるらしい。(pesquisafogo .icmbio.gov.br)

そして、あとにやけぼっくいが残ります。(pesquisafogo .icmbio.gov.br)

 

ただ、ブラジル高原での山火事は、もともと自然の生物多様性のサイクルの一部であり。すべてがすべて「大規模農家の焼き畑だー!自然破壊だー!」というのとは違い。

焼け跡に残っているやけぼっくいのなかで、表面の樹皮は黒焦げだけれど、中はちゃんと元気いっぱい生きている、という木もあり。

山火事前の、いろいろ茂っている状態では、こういう樹種はあまり成長できずに埋もれてしまっているけれど、火事で周りの植生が全滅状態になると、太陽光などを競合する植物がなくなりすくすくと育ち始める。そして、この樹が、こんどは木の実だの枯葉だので、黒焦げの大地に養分を与え。その養分で再び生まれぐんぐん育ってくるもろもろの在来種によって、また青々と茂るセラードに回復、となっています。

上記で、山火事も乾季の風物詩、と書いたのはそうゆう意味です。

従って、「山火事だー環境破壊だー!すぐ消せー!」というのは、かえって環境破壊に寄与してしまう。

問題は、人間の都合で、まだ自然の発火点に達していないところに火をつけてしまうと、上記のサイクルがいびつになって、再生できるものもできなくなってしまうので、焼き畑以前に、たばこのポイ捨てとかそのレベルから気を付ける必要があると考えています。

ブラジリア市内での発火例。こういうのはたいていタバコが原因らしい

市内でもあり、消防車が駆け付け鎮火。

上の写真で、奥のほうに枝が折れ曲がり、くねりくねっている木があるのが見えるでしょうか。

写真ではあんまりうまく写っていませんが、Flickrからもっと典型的なのがあったので拝借。

Baixinha e retorcida

 

これらの木は、やけぼっくいになったとき、新たな芽が横に生えるために、横に伸びてゆき。そのあと太陽に向かって上に伸びてゆくが、また火事で。。。と繰り返してこのように曲がりくねった感じになるらしい。

山火事で生き残る木。そして森林再生のバトンをつなぐ木。

こういう木をみていると、なんか勇気づけられたりします。

でも、コロナ禍の今日、この「山火事のサイクル」から、「ウイルス株のサイクル」を想起してしまいました。

森林の場合、山火事があって、焼ける樹種、残る樹種が交代してゆき、植生は継続してゆく。

ウイルスの場合、ワクチンが山火事のような働きをし。ワクチンがなければ、ウイルスは世界を覆ってしまうため、焼き畑で雑草を駆除するように、世界各国が団結して、ワクチンで制御を図りました。

もろ人為的な干渉ですが、はっきり言ってそうせざるを得ない事例であると思います。

こないだ第2回接種を受けました。この話は別の記事で。

 

問題は、ワクチンではなく、ワクチンを使用した人間の、その後の行動にあります。この行動のいかんによって、人間たちは、壊滅的な打撃を受けることになるかもしれません。

山火事が大平原の草から灌木、森林を焼き払って広大な焼けあとを作るように、ワクチンによってアルファーだのベータだの、ワクチンが相手できる範囲のコロナ株は「焼き払う」ことはできます。

問題は、その隙に生まれてくる変異株です。

デルタとかは、ワクチンがあろうがなかろうが生まれてきた、ということだそうですが、危険なのは、本来アルファー等の在来株が覆いつくしていれば、その陰で成長できなかっただろう変異株が、「焼け跡」で猛威を振るう事です。

焼け跡で生き残った「樹皮の固い種族の木」は、植生再生の頼もしい味方ですが、アルファー等がいなくなった隙に生き残った変異株は、ものすごく繁殖力が強く、かつエボラも戦慄するような致死率で、かつ生まれたての赤ちゃんから、おじいちゃんおばあちゃんまで、年齢、性別を問わず大感染をもたらす、そんな恐ろしい、人類の敵となるかもしれないのです。

専門家でなくてもわかる疫学の常識として、がんらい致死率の高い変異株は、感染した人間とともにウイルス自体も死んじまう(正確には分解?)ので、自然の摂理として、あまり宿主(人間)の生命を脅かさないウイルス株が広がるのは明らかと思います。

ところが、人為的な山火事のように、ワクチンで、こうした「穏やかウイルス」を抑え込んで、凶悪ウイルスが繁殖できる「焼野原」を人間が作ってしまったとしたら?

もちろん、「穏やかウイルス」アルファだのベータだのも、実は全然穏やかではなく、それどころか「容易ならざるすごい病気(外部リンク)」なので、ワクチンは重要な対抗手段と理解しています。

問題は、ワクチン打てばすべて解決、と勘違いするところにあるのです。

実は、解決どころか、ワクチンを打ったがゆえに、ワクチンなしの場合ではありえなかった凶悪株の大流行を招く可能性もある、という事を再認識する必要があると理解します。

政治家は、「ワクチンを打ったから解決だ」「ワクチンパスポートさえあればどこに行ってもいい」「はやく3密にもどって税金を稼ぎ、収めろ」と言ってくるでしょう。

そのとき、あなたは、言われるままに、マスクなんて外して、大喜びで群衆の中にまぎれこもうとするのでしょうか。

あるいは、ワクチンの限界、医療の限界を見据えて、社会的なディスタンスを堅持し、ウイルスが弱毒化するまでの持久戦を耐え抜く決意を新たにするのでしょうか。

これから「なんで他人行儀にマスクするの?」「なんでみんなと一緒に行動しないの?」「飲み会に来ないの?」「まだ在宅勤務にこだわるの?」など、悪気のない質問や、そして批判があなたに投げかけられることになるでしょう。

しかし、考えてください。誰が本当に「冷たい人」なのでしょうか?「容易ならざるすごい病気」を防ぐために、ソーシャルディスタンスを徹底することこそが、本当に周囲を思いやった、温かい行為なのではないでしょうか。

焼け跡に残る木は、再生への希望のシンボルですが、ウイルス後に残る変異株は、人類を不幸に突き落とす絶望の象徴です。

医療関係者たちが、自らの感染リスクも顧みず必死になってウイルス接種を展開した今こそ、絶対に変異種の出現はゆるさないぞ!と、今度は一般の我々が、ますます感染対策を強化する時期になっていると思います。

なんか偉そうですみません。でも、アメブロのブロ友や、ドクターハッシーなど、医療関係者の人たちからの情報に接していると、やっぱり患者予備軍の我々一般市民がまずは防御を固めなければ、という考えから、書かせていただきました。

最後に、植物のほうのお話で、「焼け跡の希望の木」は、ブラジルだけではなく、乾燥地帯に共通にしてあるようです。

オーストラリアに「ブラシの木」というのがあり。

Wikipediaによると、「果実には粉状の種子が入っており、オーストラリアでよく起こる森林火災が起こると割れて種子を放出する。」とあり。周りにほかの草花が青々と茂っている間は、花が枯れても、実のままの状態で何年でも待ち続けるらしい(出展:https://www.townnews.co.jp/0110/2020/07/16/534360.html)。

ではでは。。。。

 

Posted by 猫機長
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デッドクロスと日本海のお話

*今回は、毎月1回の「ビットコイン特集」の記事です。これまでの記事と、今後の予定は次の通りです

◎廃墟の中から(7月掲載済)

◎狙って当てるビットコイン(8月掲載済)

◎デッドクロスと日本海(9月・今回の記事)

◎成功法則:逐次投入で勝つということ(10 月に掲載予定)

 

テクニカル分析では、株価変動をチャートで追跡して将来を予測します。近年AI技術で簡単に作成、修正できるようになってぐんと身近になりました。

いってみれば、西洋占星術のホロスコープが、昔は手動で作成しなければならなかったのに、きょうびはAIに生年月日や時間など最小限の数値を入力してやればあっというまに精緻なのがでてくるようになったのと同じ感じです。

テクニカル分析で使うチャートはこんな感じ。

出展はhttps://triaconta.com/news/bitcoin-ta-golden-cross-vs-death-cross/

 

日々の変動だと細かすぎて幻惑されちゃうので、トレンドを見極めるため、「平均線」という一定期間の終値の平均値を繋ぎ合わせたグラフが重要な指標となります。今回は100日平均線と200日平均線で行ってみます。

青い線が200日平均線。黄色が100日平均線。特に、過去一年の平均価格をトレースした200日平均線が、とても重要です。

デッドクロスは、「中期線が長期線を下から上に突き抜けた」その交差(クロス)のことを言います。

デッドクロス

 

これまで順調に上昇してきた株価が一転、どんどん下がってい行くぞ!という恐ろしいサインですが、実はこのデッドクロスこそが最安値をつかんで上昇トレンドに乗る重要な指標でもあるのです。

デッドクロスもいろいろで、名ばかりのフェイクなやつや、奈落の大暴落を示すもの、そして、今回の記事で取り上げる「大好況の予兆となるデッドクロス」などがあります。

なお「大好況の予兆」となるデッドクロスも、「その前には大暴落を逃れられない」という恐ろしい凶兆を秘めています。

言ってみれば、タロットカードの「死」あるいは「神の家」のテクニカル分析版ですね。。。

左が「死」右が「神の家」。

 

デッドクロスは、計算ソフトで容易に表示できますが、さてそのデッドクロスがどのタイプのものなのか?の判別は、投資家各自の判断に頼っているのが現状です。

この判断を的確にできるかどうかで、その後の投資の成績が大きく左右されてしまう。

というわけで、デッドクロスが出たら、とっとと手じまいして、しばらく相場から離れてよっと、という人も多いらしいが、そういうスタンスだと、損もしないが儲かりもしない、そんなだったら最初から定期預金とかのほうがよくね?という結果しか残せなくなり。

では、どうやって「大相場(大好況)のシグナルとなるデッドクロスの時に果敢に参加し、あえて損害を受けつつも、その後の大逆転につなげる」ような投資を実現したらいいのでしょうか。

 

そこでキーワードがあり。

「アルファ―運動」

 

日本海海戦で、日本艦隊が行った「敵前一斉回頭」のことを言います。

突然日露戦争になってしまいますが、なるべく簡単に解説するのでご了承をお願いします。

明治時代、日本は超大国ロシアによる侵略の脅威にさらされ。

当時極東では英国とロシアが2大勢力となって拮抗しており。といって、どちらも直接対決はしたくなかった。

おりこうさんな英国は、ロシアと隣り合わせで、否応なく脅威にさらされている日本と「日英同盟」を組んで、代理でロシアに対決させることに。

 

利用されていることは百も承知で、日本は開戦を決意。日露戦争が始まりました。

日本は何とか僅差で勝利を重ね。しかし、1年間の戦争で国力は枯渇して、これ以上は。。。という状況に。

一方、ロシアでも革命勢力が大暴れをはじめ、こちらも戦争どころではなくなってきた。

結果、とある決戦の勝敗によって、戦争の大勢が決するという状況になり。

 

その決戦の名が「日本海海戦」

対馬沖で日本とロシアの艦隊がぶつかった戦いです。

この艦隊決戦で、日本は形の上で勝ったとしても、ロシアの戦艦を一隻でも逃してしまえば、神出鬼没で出現する生き残りのロシア戦艦により、日本の輸送船は次々と撃沈されることとなり。海を隔てた満州で戦っている日本軍はたちまち補給が途絶え、戦争以前に餓死して、自滅してしまいます。後年ガダルカナルなどで起きた悲劇が、満州で起きる一歩手前の状態だった。

防ぐには、ロシア艦隊に勝つ、なんて生易しいものではなく、一艦も残さず海の底に沈めなければならなった。その点ロシア艦隊は気楽で、数隻でもウラジオストックに逃げ込めれば、そこで満州の日本軍は干上がりゲームオーバー。ロシアの勝利確定とすることができた。

 

こうした重圧を負いながら、日本艦隊は対馬沖でロシア艦隊に遭遇。日本海海戦が始まりました。

開始時点での、両艦隊の状況は次の通り

出展:http://blog.livedoor.jp/elt2011/archives/1634930.html

 

両艦隊が反航して通り過ぎる形で遭遇した。

ふつうだったら、このまま砲戦が始まり、それぞれ生き残った艦がそれぞれの方向に走り去る、となります。

しかし、それこそロシアが望み、日本としては絶対に許せないことだった。1艦でも「走り去られて」しまったらどうなるか。この海戦でロシア艦隊を壊滅させるしか日本の生きのこる道はなかった。

そこで日本艦隊が行ったのが「敵前一斉回頭」

https://www.jiji.com/jc/v4?id=20101224battle_of_tsushima0009

 

この時、ロシアの提督は「狂ったか日本人!」と驚喜したそうです。

上記の図で、三笠、敷島、富士、朝日など、日本側の戦艦がぐるりと一塊になって旋回しているのがわかります。

線状に高速移動している目標を射撃するのはなかなか大変ですが、旋回している目標であれば「ほとんど前後移動せずに艦がぐるっと回っている」感じになり、要するに静止した的を撃つのと同じ容易さになってしまい。

敵艦隊の目の前でこんなカーブを切るなんて、まるで自分から的になっているんじゃね?

ロシア側は驚喜し、一斉に砲撃を開始しました。

 

この時の日本艦隊の状況をタロットカードで表したら、やはり絶体絶命の「死」、「神の家」になってしまいます。

言い換えれば、「反航状況で遭遇した」時点で、日本側には死亡フラグならぬ「デッドクロス」に陥っていた、ということになります。

といって、日本側は「すれ違い戦法」は取れないことは明白だった。ということで、やむにやまれず「デッドクロス」承知で旋回開始したのでしょうか。

日本側の記録は、「やむにやまれず」ではなく「リスクを分析しつくしたうえで旋回開始した」ことを伝えています。

つまり、「デッドクロスになっちゃった」のではなくあえて「デッドクロスに飛び込み、そこから大相場に持っていった」のです。

 

戦闘開始時の、日本側の電文が雄弁に説明しています。

「敵艦隊を撃滅せんとす。本日天気晴朗なれども波浪高し」

つまり、

天気晴朗→ロシア艦隊がよく見え、一隻も逃さずに済む。

波浪高し→ロシア艦隊に絶対的に不利。日本艦隊の明確な勝勢。

日本の軍艦は、外洋遠征型の英国製軍艦であり、波が高くてもOK。ロシアは、沿岸向けのフランス製が多く、大揺れに揺れて大砲の照準が定まらなった。

日ロ軍艦の艦形の違い

出展:http://www.jpsn.org/essay/acct_warhist/12328/

 

ロシア側はなん百門の大砲が、それぞれの砲手の思い思いの照準で撃っていたので、どの砲の弾がどこに落ちたかわからず、照準もへったくれもなくなり。日本側は「統一照準射撃」を世界に先駆けて採用し、砲術長の指令どうりの照準ですべての砲が撃っていたため、修正の精度が著しく高かった。

この結果、「動かない的」だった日本艦隊は、回頭がおわり直進開始した時点で、あれだけロシアの猛砲撃を受けたのに、なんと一隻も沈んでおらず。

回頭終了後。ロシア艦隊の封じ込めに成功

 

その後、優秀な射撃によって、文字通りロシア艦隊を全滅させる歴史的な結果になったのでした。

「デッドクロス」になっても致命的な打撃を受けずに、かつ「デッドクロス」だからこそ実現できる態勢に、意識的に計算ずくで持って行ったのが真の勝因です。

ただし日本側も甚大な被害があり。戦艦三笠では総員860名の13%に当たる113名がロシア砲弾の犠牲になり、その多くが敵前回頭中の損害といわれています。

 

投資に戻ります。

投資では「天気晴朗」や「波浪高し」のような指標があるのでしょうか。

ありすぎてかえって混乱するのですが、重要と思われるものを列挙してみます。

「Wickoffもろもろ」

「フィボナッチ・エリオット」

「いちもくの雲」

「プルバック」

「虹」

「ケルトナーチャネル」

「シンプソン形成」

などなど。

3000字を超えちゃったので終わりにします。皆様の「投資判断」の一助になれば大変幸いです。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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神と人と物。西洋美術と哲学で暴く人類のゆくえ③

鉄と血の世紀

人類の最大の革命とは何か?いろいろ議論されながらも、上位に出てくるものに「火の使用」があります。

肉を焼いて寄生虫やばい菌を殺し、食べやすくできたことで栄養摂取が容易になって、知能の大幅な向上をもたらし。寒さをしのぐ暖房や、明かりを得るために火は大活躍した。

一方、縄文時代の竪穴式住居にあったいろりから、ベルばら時代フランス貴族の豪邸にあった暖炉まで、箱モノは立派になったけれども、肝心の中身つまり「火」は、変わりなく。つまり、電気・電球・電熱装置が発見された1789年くらいまでは、火をよりどころにした、人間の生活様式のエッセンスは変わらなかったという不思議な事実があるのです。

ベルサイユのばら(1975年)花組

https://www.youtube.com/watch?v=rUE_3EJ9vvQ

 

人間は神に与えられた「火」を使うことでかろうじて動物と分けられている非力な被造物でした。とある大事件が起きるまでは。

その大事件は「産業革命」(もっと正確には、第2次産業革命)

人間は電気、蒸気という、火よりも何倍もパワーのあるエネルギーを獲得し。産業革命からせいぜい200年くらいか?で光速ワープ的な進化を遂げたのでした。

この進化で、人類が学びなおしたものは

◎物質:人間は神が作った「概念」ではなく、肉体を持った「物質」である。そして、物質である人間は、工場、機械、そういった物質に影響を受けて生きている。

◎時間:工場では、材料が加工されて製品に変化する。人間も、神の思し召しである不変の毎日を過ごすのではなく、今日とは違う明日へ変化してゆく生命体であった。

そして、この進化をもっとも明確に提示するキーワードが「スピード」

遂に「神は死に」、「機械」の時代が始ったのでした。

この時代を代表するのが「未来派美術」。

主にイタリアで推進され、こんな感じの作品が多数生まれました。

夜行列車 1920

 

speeding_motorboat1923

 

ジーノ・セヴァリーニ「装甲列車」(1915年)

 

機関車は、未来派が好んで描いた題材の一つで、「機械の持つスピード、躍動、そして破壊や暴力」をぶちまけた。

おなじ機関車でも、機関車というモチーフそしてその周りで「楽しく遊んでいるいろいろな光の粒子たち」を「光に忠実という意味で」写実的に画面に落とした印象派とは画期的な違いが生じていることに注目。

左はモネのThe Gare Saint-Lazare1877。右はPippo Rizzo – Treno in corsa 1929

 

「破壊や暴力」という恐ろしい言葉が出てきてしまいました。

1909年、イタリアの全国紙「フィガロ」に、「未来派宣言」が掲載。

「我々は労働、快楽、反逆に衝き動かされる群衆を謳おう。首都にわき起こる革命の潮を謳おう。荒々しい電気の月光に浮かび上がる兵器庫や造船所の震える情熱を、煙を吐く蛇をむさぼり喰う貪欲な鉄道の駅を、煙の紐で雲から宙吊りにされた工場を、河を巨大な体操家のように跨いだ橋を、水平線を嗅ぎ回る冒険好きの汽船を、長いチューブの手綱をつけられた巨大な鋼鉄の馬のような、線路を蹴る胸の厚い機関車を、熱狂した群衆のように喝采するプロペラを持つ飛行機の滑らかな飛行を、謳おう。(https://pdmagazine.jp/people/futurism/)」

ここまでならともかく、

「戦争は美しいものである。なぜなら、ガスマスクや火焔放射器や戦車をあやつる人間の力が機械を支配していることを証明できるからだ。戦争は美しい」

と、一気に戦争賛美、暴力肯定に走ってしまい。

そしてエッセンスは

「機銃掃射のように彷徨する自動車は、「サモトラケのニケ」より美しい」

ここまで書けば、未来派がどういうものだったかが明らかになると思います。

つまり、

「王侯貴族や聖職者に都合よく押し付けられた既存の秩序を、機械文明の力で破壊しつくす運動」

これって、「共産主義」のことじゃ。。。。

資本主義ピラミッド

最上位に「資本」が君臨し、「貴方を支配する人(資本家、貴族)」、

「貴方を騙す人(聖職者)」、「貴方を襲う人(軍人)」、「貴方の為に食す人(金持ち)」、

そして「搾取される人(労働者)」が最下層に。

 

唯物論が、神という絶対唯一の価値基準を粉砕し始めた時代。

マルクスが、この時代の一つの代表となる哲学を打ち立てました。

「Der Kapital」つまり「資本論」です。

あれ哲学じゃないの?いえいえ、マルクスにとっては、経済という物質世界こそが哲学だったのです。

つまり、世の中すべて物質。人も物質。

マルクスにとって、人間は神によって導かれる魂ではなく、物質によって規定される商品に過ぎなかったりします。

そして、労働者と資本家という感じに世界の人々を2分し。

労働者は、資本家の提供する工具や機械がなければ商品を作れないので、安い賃金で働かされ、商品を売った利鞘はほとんど資本家に持っていかれてしまう。

搾取はどんどん進み、労働者側が「このままじゃ死ぬかも?」と気づいたときに、暴力革命によって資本家は滅ぼされ、共産主義政権が労働者を管理することで平等な世界が実現する、と説明しました。

しかし実際はこの通り行かず。

それは

1.マルクスが予言していた革命は、資本主義が究極まで進行した国で矛盾が爆発して革命に至る、はずだったが

2.実際に「共産主義革命」が起きたのは、ロシア、中国など、資本主義が進んでいなくて、工場労働者(プロレタリアート)がそもそもそんなにいなかった。

3.しかし、強権政治、人権侵害で下層民は耐えきれない状況にあり。レーニンなどが上手に「農業労働者や、自営業者とかもプロレタリアートの仲間です」とプロレタリアの分母を著しく拡大させることに成功。

4.そして、ソ連や共産中国は、こうした「怒れる民衆」の力で、当時の支配者であった貴族や大企業家を滅ぼし、民衆を「平和、土地、パン」などの政策で取り込んだ(というか、ダマした)上で、

5.今度は「プロレタリアの指導層」つまりスターリンだの毛沢東だのが貴族等にとって代わり、独裁政治を敷いた

つまり「共産革命」は政権転覆の口実に過ぎなかった、というのが事実ではないでしょうか。

マルクスが「私はマルクス主義者ではない」と嘆いたのもむべなるかなと思います。

一旦は世界を席巻しそうだった「共産諸国」ですが、結局はブルジョアが残した遺産を食いつぶしたあげく、代わりとなる生産力を形成できずに、あえなく崩壊した。

「共産主義国家」がどういうものかは、「将軍様の国」が雄弁に物語っています。

アートになったマルクス。でも写真にしか見えない(マレーヴィチ)のは、ぼくだけでしょうか

 

マルクス資本論の弱点というかが二つあり。

1-人間は「単なる商品」ではない(自由意思を持った唯一の生物としての属性を失うことはない)

2-商品の価値を形成するのは、労働者というより、消費者の方が重要な比率を占める。

というわけで、「政府が生産と販売を独占し、強制的に国民に分配する」というのは、自由意思を持った個人の個性を無視したできそこないの製品しか作れなくなり。消費者を無視してしまったので、経済が回らなくなった。

結局、共産主義は、毛沢東みたいな悪人がゆがめた形で利用しなかったとしても、実現不可能と理解しています。

「共産主義みたいな未来派美術」は、やっぱり「共産主義みたいなファシズム」に結びついたりして、日本の「戦争画」のような「黒歴史」の部分もあるのですが、アカデミズムで停滞していた美術界に無慈悲な鉄槌を加え、概念の遊びに迷い込もうとしていた美術を無理やり機械文明の現実の中に引き戻したという点では、すごい運動だったと思います。

一方、現在まで続く「科学・物質」の世界が、どのように人間に不幸をもたらすかをも克明に見せてもおり。

AI革命のこれからの未来が「風の時代」のキーワードである「理解と平和」をもたらすために、とても重要な教訓をもたらしていると思います。

ううむなんか重苦しい結論になってしまった。我々はかなりやばい時代の延長に生きているようですね。。。。

以下、未来派絵画いろいろ

Fortunato Depero The New Babel plastic and mobile stage setting1930

 

corsa-ad-ostacoli(障害物競走)-1923

 

the-red-horseman-1913

 

Fortunato Depero, Skyscrapers and Tunnels ,1930

 

 

Dynamism of an Automobile, 1911

 

Dynamism_of_a_Dog_on_a_Leash_Albright-Knox_Art_Gallery-1912

ではでは

 

Posted by 猫機長
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空飛ぶクルマ:パイロット目線から見た課題と可能性

コロナ禍でステイホームの世の中でも、なぜか道路の渋滞は続き。ドライバーたちから「車ごと空に飛びあがって渋滞なんて飛び越せて行けたらなあ」なんて声が聞こえてきます。

一方、自動運転、電気自動車、シェアカーなどの到来近し!と、脅威におののく大手自動車産業界も、これまでからのパラダイムシフトが必要になっており。

その結果、かどうか「空飛ぶクルマ」が2020年代にも実現するぞ!という勢いになっています。

こんな感じになるらしい。

https://tabi-labo.com/281449/aeromobil-flying-car

 

ううむ?このトビウオみたいなやつは、地上では主翼をハエみたいにたたみ、飛ぶときは尻尾のプロペラで推進するらしい。

でも、はっきり言って、かなり不合理、非効率、悪いけどどんなにうまく作っても出来損ない必至だと思います。

がんらい自動車と飛行機は全く別の乗り物であって、空を飛ぶなら写真のクルマのような大きな前車輪そしてステアリング機構、サスペンションとかはただの余計な重量物です。写真のように尾翼がほとんど地面に接しており、比較的小さな後輪では、地面の石ころやらなんやらが尾翼に当たって、へたしたら、ぱっと見は気が付かないけれど空中の安定を損なうようなひん曲がりを生んじゃうかもしれない。

要するに飛行機としても自動車としても中途半端になってしまうのである。

ううむ自動車ファンで、「僕のクルマに翼を付けて飛ぶぞー」とか夢見ている人たち、ごめんなさい。。。。

でも、効率度外視で「フォルクスワーゲンで空を飛んでやる」と、かぶと虫に翼とプロペラを付けて本当に飛んだ人がいたそうです。そうゆう「鳥人間コンテスト」的なやつは「いいね!」と思います。

ぼくもVWかぶと虫に乗っています

 

脱線しました。

「空飛ぶクルマ」は、米国連邦航空局(FAA)が試験飛行を許可しており、航法・管制関連の法整備も進んでいるらしい。

つまり、世界の主要国家が未来の移動手段として認めているということである。

ぼくなりに、どんな「クルマ」なら実現可能か考えてみました。

こんな感じ

 

基本は「有人ドローン」です。手動操縦想定です。

上の図では、車庫から出て離陸するまでの、地上での取り回しのため、ダクテッドファンは垂直にしてます。

地上では通行人がいるので、プロペラみたいな殺人装置は不可。ジェットエンジンもゴミやネコを吸い込んじゃうのでだめ。残る選択がダクトでした。「扇風機みたいに覆ったプロペラ」でもいいかもしれん。

車輪は、車庫から離陸地点(道路のどこか)まで、のこのこ移動するためのものなので、思い切って大きめのを1輪。大きめなのは、空港と違い一般道路はめちゃくちゃ凹凸があるため。

1輪だけだとこけちゃうので、補助輪を左右に付けてます。ハリアー戦闘機みたいな感じ。

ハリアー戦闘機

出展:https://www.jiji.com/jc/d4?p=vtl207-DNSC8705770&d=d4_mili

 

この一輪の取り付けで、地上高を稼ぎ、石ころとかでファンを傷つける可能性を低くしています。

そして、この一輪が、空中でも超重要な働きをするのです。それは後で書きます。

で、車庫から出た「ドローンくん」は、ダクトファンを上向きにして空に浮かび上がり。

こんな感じ

 

さて、ここで「空飛ぶクルマ」が実現できるかどうかの最大の課題というか危機に直面してしまいます。

それは「空中衝突」

70年代のサンパウロ市の情況はこんな感じ

 

同じことが、2030年代の東京の上空で起きたら?

空には道路がありません。中央分離帯も、信号機も何にもなーい空域で、多数の「空飛ぶクルマ」がおしくらまんじゅうだ!となったらどうなるか。

地上では、進行方向は前後左右だけです。左右と進行方向は道路で明確に制限されるので、基本は前を見ていれば衝突を防げる。

空の場合は、制限するものがなにもないうえに上下の運動が加わるので、一台の「ドローンくん」が移動するベクター(方向)は、文字通り「無限」です。

さらに、空の乗り物はスピードが速いと相場が決まっている。二台の「ドローンくん」が、それぞれ真正面から同高度を反航で飛んでいたとして、それぞれ時速150キロだったら、相対速度は時速300キロ、つまり秒速83メートルです。

晴れた空でも、830メートルの距離でゴマ粒みたいな相手を発見し、適切な回避操作を10秒内にできるかと言われると、なかなかできないと思います。

空を飛んでいて「あ航空機だ」とわかるゴマ粒を同高度で発見したときは恐怖の一瞬で、そのゴマ粒が直進しているのかカーブしているのか、上昇しているのか下降か、はたまたこちらに向かってきているのか遠ざかっているかを判断するのは難しく、はっきり言って何秒もかかります。いいかげんな判断で回避操作しようとすると、相手の方も混乱して、かえってニアミスや衝突の可能性を高くしてしまいます。

というわけで、空を飛ぶときはフライトプランの事前提出と離陸後の管制との交信が必須になっているのです。

上記のケースでも、ちゃんとフライトプランを提示していれば、管制が両機をレーダでとらえていて、ぼくの方には「(前方)12時より反航の小型機あり、100フィート上昇せよ」と、目視できるちょっと前には教えてくれるので「了解」と素直に上がっていけば、その間に、管制は向うの機体に「猫機長機が12時よりあと2分で交差する。100フィート下降せよ」と教え、相手の機が「はいはーい」と答えているのが航空無線でちゃんと聞こえ。あとは1,2分で200フィート下にその小型機がぼくの下をくぐっていくのを安全に目視できる。200フィートなんてたかだか60メートルですから、相手が低翼機だった場合は(ぼくは高翼機)、すれちがいざまに笑顔で手を振っているパイロットが見えたりします。

高翼機(左)は下がよく見え、低翼機(右)は上がよく見えます。

 

鼠算式に増えていく「ドローンくん」をどうやってさばくのか?「ドローンくん」だっていちいちフライトプランなんて提出できないし、だいいち管制がパンクしちゃいます。

というわけで、「ドローンくん」のための「線路」が、少なくとも大都会では必須になると思います。都会を出れば線路も終了。そこからは自由に飛び立て!なあんて

こんな感じ。画家への道は遠い

 

上のイメージ図では、線路というよりモノレールみたいな誘導路になっています。地上の移動に使った一輪を、誘導路に差し込んで、レール上を滑走していくイメージです。

誘導路の利点は、衝突防止の注意を上下左右の3次元から前後の2方向のみに減少させるだけではなくて、日々刻々と変わる気候による、乱気流だのなんだのを食らっても、誘導輪が誘導路にがっちりホールドしてくれるところ。

せいぜい自動車程度の大きさ(そして重さは自動車の半分以下)しかない「ドローンくん」では、ちょっとした突風でも、わあああー!と木の葉落としみたいになり。誘導路で紐付けていれば、紐のきれた風船みたいに制御不能にならずにすみます。

というわけで、実は航空技術より土木技術がネックかもしれません。鉄道の高架とかよりははるかに高く、願わくはビルの谷間の乱気流を受けないために、高層ビルの頂上よりちょっと上くらい、高層ビルの屋根から支柱が伸びるくらいでいいかもしれんが、要するにそうゆう高さで、乱気流にあっても地震の時のビルみたいにゆーらゆーらと柔軟にぶれるくらいのしなやかでかつ堅固な構造物が必要となるためです。

ここまで読んで、あれ?誘導路なんてフィジカルに作らなくても、レーダー制御とかできるんじゃね?「ドローンくん」各個体にもレーダーを付けて、自動的に衝突回避できないの?と疑問に思った人もいると思います。

正直、その通りと思います。技術的には。

でも、ぼくが「ドローンくん」に乗るとしたら、ぼく自身の手足と目で操縦系統を操り、有視界飛行するやつじゃないと乗らないと思います。コンピュータとか電子制御で作動する、すべて機械任せでは、素敵女子を隣に載せてランデブーなんてとても怖くてできません。

といって「オリラジのあっちゃん」中田敦彦さんによれば、そう遠くない未来に「昔の自動車は自動運転がなくて、みんな自分で運転してたんだって!そんな危険なことが良くできたねー」が常識になる日が来るらしいですけど。

最後に、1900年頃のフランスで、2030年にはこうなるぞ!という「未来図」が描かれていたので、掲載します。いい線いってるじゃん。。。。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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東京オリンピックが残したもの

「敗者にはなにもやるな」—ボクシングで有名ですが、ビジネス化したスポーツで全般的に言える言葉だと思います。

勝利の一言がすべてを正当化する世界。オリンピックやワールドカップというイベントでいかにアピールするかで今後の収入アップが影響されたりするので、選手たちは、スポンサーに見放されないよう、必死になって勝ち負けを競った。

ヴィットリオ・コロナ 障害物競走

 

◎「勝利」という絶対唯一の正義にしがみつかざるを得ない選手たちの、血も涙もないボコりあいをネタに金を稼ぐ某貴族やプロモーター企業、そしてこの「錬金術システム」の「ルール・プログラム」に同意して富と名声を勝ち取ろうとする選手たちによる世界最大級のイベント・ショービジネスになったオリンピック。

◎自然災害や、放射能対策、そして感染症など、国家を揺るがす問題から国民の目をそらし、国民の苦しみを麻痺させたうえで、メダルラッシュで「国威発揚」そして「強い繫栄した国」「優秀な政治家」の名声をゲットする政治家。

という、「正義の仮面の裏で、実はこれ以上ない政治的・経済的な汚濁にまみれた市民誘導のための手段」としてのオリンピックが浮き彫りになった恐るべき実例となっているのではないでしょうか。

もちろん、すべての選手がこの政治経済ゲームに汚染されているわけではなく。

前回のオリンピックですが、女子の5000メートル陸上で、2人の選手がからみあうようにして転倒してしまい。そのうち1人は足をくじいてしまい、普通ならギブアップのところを、もう一人が手を貸して助け起こすなど、励ましあってゴールまで走り切った、という場面もありました。

詳しくはハフィントンポストご参照:https://www.huffingtonpost.jp/2016/08/17/olympic-runners-crashed-together-willed-each-other_n_11577216.html

 

今回のオリンピックでは、競技以前の段階から、スポーツマンとは言えないような行為が頻発し。

◎選手団が泥酔し、選手村のベッドや壁を破損

◎大会中盤には、陽性者に隔離施設から無断外出される失態も犯した

◎選手村を無断外出しての東京タワー観光や買い物など、都民や国民に約束していたバブルも守られず。

以上「日刊スポーツ」より。https://www.nikkansports.com/olympic/tokyo2020/news/202108080001162.html

 

今回のオリンピックを一言でいうと「敗北五輪」。

もともとは、「復興五輪」のはずだった。しかし

「菅首相は東日本大震災から10年を迎えた3月11日、献花式で「復興五輪」に一切言及しませんでした。(しんぶん赤旗)」

「どこが復興五輪?「被災者は今も放置」残酷な現実—コロナだけでなく原子力緊急事態宣言も発令中(東洋経済)」

実は「復興」なんてオリンピックを正当化するための隠れ蓑に過ぎず、利用価値がなくなればとっとと捨てよう、ということなのでしょうか。

シスレー ハンプトン・コートのレガッタ

 

その次の「五輪はコロナに打ち勝った証し」ですが、実は打ち勝つどころか、日本の金メダルラッシュと相乗するかのように感染者数も激増してしまい。

そもそも「感染者はいなくなりました。有効率100%で副反応も軽微なワクチンと、特効薬も開発され、外国から誰でもいつでも入国OKです。いやいやコロナなんて、やばい過去もあったね」という時に開催して初めて「コロナをやっつけた記念のオリンピック」になるわけで。

日本国民は従順に服従していますが、コロナ患者が激増しても、感染した人を強権的に自宅に監禁し、救急車は受け入れてくれる病院が見つからずたらいまわしという、事実上の「目隠しした医療崩壊」になっており。オリンピックは、これ以上ない目隠しだ!となっていないでしょうか。

だから、「敗北五輪」というのです。

 

「敗者にはなにもやるな」といいますが、今回は「選手村を無断外出しての東京タワー観光や買い物」により東京中(つまり日本中)にばらまかれた得体のしれない変異株による感染爆発の懸念という贈り物が来てしまいました。

ライエンデッカー ゴルフやテニスをする淑女たち

 

ところが。

「神の国は敵のただなかで権力を握る(詩編 110:2)」ではないですが、こうした「オリンピックの仮面をかぶったオリンピックでないもの」になろうとしているオリンピックを根底から覆す事件が発生。

その名も「スケートボード」

12歳ぐらいの少年少女が多数出場し。

日本の少女が、演技に失敗し、泣き崩れてしまったが、ライバルたちが駆け寄って胴上げして励ました、というところに、この競技のエッセンスが明確に表れています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/0c3b8ab860752b8405f304cba5b7b70f7062c493

 

ライバル、といっても、年端もゆかない少年少女です。

そして、彼らのえがお。メダルも、年俸もへったくれもない、遊んでいる少年少女の笑顔です。

銀メダルで取材を受けた少女の一言が、この競技の本質を象徴しています。いわく

「「楽しもうと思っただけ。女の子同士で遊んでいたら、表彰台に立つことができた」と自然体で話した。(読売新聞オンライン)」

上記で胴上げにはにかむ日本の少女になると

「「目標は金メダルではなく、自分のルーティンをすることでした」(日刊スポーツ)」

と、いかにもまじめなコメント。日本人ですねえ。

 

しかし、この2つのコメントが、「失われたオリンピック」を如実に表しているのではないでしょうか。

日刊スポーツ「「国も順位もなし」がスケボーの常識 このカルチャーで五輪が変わる」(https://news.yahoo.co.jp/articles/0c3b8ab860752b8405f304cba5b7b70f7062c493)

にこの辺を見事に指摘しており。抜粋すると

◎スケートボードに順位はない。スケーターにその意識は薄い。

◎大会で、ある選手が大技に挑んだ。失敗して滑走を終えると、他の選手たちが「もう1度」とばかりにボードを鳴らす。観客も呼応して歓声をあげる。再度大技に挑戦して失敗、さらにもう1度…。5度目くらいで成功すると、優勝者以上の拍手と歓声が起きる。もちろん、競技は中断したままだが、オフィシャルもやめさせようとはしない。(抜粋終わり)

https://www.yomiuri.co.jp/media/2021/05/20210526-OYT1I50065-T.jpg

 

出場者みんなが協力して、人間としてできる最高の技に到達することで、体育という面から人間の進化を促進する、そして、参加するのは「同等者の中の第一人者(Primus inter Pares)」であって、ドーピングなどで家畜化(特化)されてしまった人造人間ではない、街角のフツーの人たち、という、人類が忘れてしまったオリンピックがここにある。

 

もちろん、第一人者になるには想像を絶する努力がなされていますが、重要なのは「楽しもうと思っただけ。女の子同士で遊んでいた」の言葉であり。

成功へは、苦しまないと到達できないんだ、と人々を洗脳して、苦しみぬかせて搾取しようという、社畜養成の世界とは対極にあるのです。

 

ここでいう楽しむ、というのは、周りに迷惑をまき散らしてはしゃぎまわる、というのとは違います。むしろ、周りから見れば、恐ろしいハードトレーニングだ!ですが、やっている本人は夢中になっていて、苦しみにはなっていない。(練習のあと、死にそうにばてていることに気づく、なんてのはあると思います。ははは)

 

一方、これらの選手の中には、年収1000万円をスポンサーなどから得ているという少女もあり(出展:https://celeby-media.net/I0003174)。巨額の資金が動いています。お金で家族ともども生活が楽になった、という少女の例もあるのでプラス面もあるのですが、今後の推移を懸念するものでは、あります。

少女選手。「競技で得た賞金を家族のために使い、立派な家に引っ越しをさせたという(レッドブル)」

https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_60fe4b59e4b0a807eeb37b96

 

最後に、この記事を書くことができたのは、

確信犯的スーパー勘違い(https://ameblo.jp/sugiokakazuki/entry-12691347462.html?frm=theme)というすごいサイトで、スケートボードについて紹介している「褒め称え合う競技「スケートボード」(https://ameblo.jp/nishitaka217/entry-12690560907.html)」のリブログがあったためであり、この場で両サイト主様に感謝させていただくとともに、引用、リブログさせていただきます。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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田舎の風物詩

これまで何度か田舎暮らしの話を書きましたが、ウケ狙いでサソリだのクモだのとそんなのばっかりだったので、今回はもっとおだやか、なにげな風物詩?でいってみます。

◎クールバリルの木

ジャトバの木、といったほうが知名度が高いか?

週末はブラジル高原のど真ん中にある飛行クラブで寝起きしていますが、3軒隣の格納庫の前に大きなジャトバの木。絶滅懸念種?とかで環境当局から「切り倒してはいかん」とされており、写真の通りタクシーウエイがこの木を迂回して、アートなジグザグになっています。

この写真は雨季のはじまりの状態で、後述する固い果実がタクシーウエイ上に散乱して、軽飛行機の小さなタイヤでは乗り越えるのに苦労したりします。

一転して乾季になると、葉っぱが落ちまくり。

タクシーウエイじゃなくて、ただの歩道じゃね?に見えるので、もう一枚飛行機のある風景を掲載しときます。

赤い矢印のうえにペイントした線より左に主車輪が出ないようにタキシングします。出ちゃうと、翼が木の幹にごちん!と当たってしまい、泣きます。

さて雨季にはごんごろと果実が地面に落ち。一つ拾って格納庫内へ持ってきました。

かたい殻をトンカチでかち割ると、食べることのできる果実が出てきます。

姿かたちはバナナみたいな感じ。食感は、きな粉を無理やり押し固めて固体化したみたいで、ぱさぱさ、うううのどが詰まる、水、みずー!みたいな感じ。

あまりおいしくないけれど、でんぷんとタンパク質を豊富にふくみ、栄養価が高いとのことです。でもやっぱりぽてちのほうがおいしかったりして。。。

ぽてち。やっぱり超写実絵画になっているようです。

◎小鳥の巣

飛行場は鳥にとっても楽園らしく、格納庫の扉の隙間から小鳥が入ってきて、ちゅんちゅんうるさいなーと思ったら、巣をつくっていました。

屋根を支えている梁の内側に巣を作っていて、外からは見えなかったけれど、ひなたちがぴーぴー、うるさいぞ!そして、親鳥が飛行機の上にう◎ちをしてないか?なんて、ちょうど巣の下になっていた翼の上に雑巾を用心してかぶせておくとか、なかなかめんどかったのですが、しらないうちにひなたちは育ち、巣立って静かになりました。そうなると今度はさびしいな。。。。

こいつのう◎ちが飛行機の風防(プレキシガラス)に落ち、化学反応を起こして曇っちゃったら。。。なんて心配では、ありました。

◎のら牛

隣の農場から柵を越えて侵入してくることあり。滑走路の上でのそのそされると着陸できなくなることもあり。そういう時は、機上から電話で飛行場の管理人を呼び出して、追っ払ってもらうなどのケースもあるようです。幸い僕が飛んでいた時は、滑走路の端っこにいたので、ちょっと着地点を前に伸ばすくらいですんでいますが。。。

そして、やっぱりいやなのが、う◎ち。滑走路のどまんなかにぽたぽた、という時があり、離陸速度に達しないときにぐんぐん迫った来たときは、ちょっとだけ片翼を上げてタイヤが踏まないように、なんて滑走をするときもあります。

◎円形農場

購入から7年ぶりにエンジンを取り外して大修理。エンジン自体は町の工場で分解検査、機体はその間格納庫で保管しました。

プロペラスピンナーとか、こうして見るとプラモデルとかと変わらなったりして。。。

プロペラとオイルタンク

ふだんはキッチンとして使っているスペースに部品たちが鎮座してしまい。ラーメンとどんぶりの上にある白い部品は「エンジンベッド」といって、エンジンと機体を接続するとても重要なパーツです。

エンジンを外すと、重心が変わってしりもちをついちゃうので、椅子などでつっかいぼうをしておきます。

飛行場の朝

フランスパンにワインでなごんでいるところ

分解修理も終えて、とある農場へ遊びに行きました。

乾季のど真ん中(8月撮影)なのに、灌漑で青々と茂る作物、その先、画面左上には収穫直前のトウモロコシかな?が茶色く広がっており、さらにその先に細長く滑走路が見えています。

着陸の模様は動画でご覧ください

ちょっと高度をとって、上の畑の全容はこんな感じ。センターピボット灌漑といって、コンパスみたいな感じで灌漑装置がぐるっと回るので、丸い畑になっています。

ではでは。。。。

Posted by 猫機長