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フラップの話

以前、ぼくが乗っている軽飛行機のフラップが故障しちゃった話を掲載しました(ここでも最後に増量して再掲)。今回は、飛行機の発達にとってフラップがいかほど重要だったかということをお題にしてみます。

飛行機の根本は主翼です。主翼を見れば、だいたいどんな性能で、どんな目的を持っている飛行機なのかがわかります。

翼の諸元。A翼弦長、B中心線、C最大翼厚、D最大キャンバー、E翼弦線、F前縁、G後縁。出展はhttps://commons.wikimedia.org/wiki/User:Toshinori_baba

主翼の決め手は「アスペクト比」。主翼の長さ(翼弦長)と幅の比率で、高性能グライダーでは22に達するものあり。ジェット旅客機では6くらい。

グライダー(アスペクト比22くらい)とF104戦闘機(同2.5)

この比率が大きければ大きいほど低速でも揚力が大きく、小さければ小さいほどスピードが出せてロール(横転)性能もよくなる。

グライダーの通常の速度は時速90キロぐらいで、F104はマッハ2まで到達。

一方、グライダーの場合、着陸もだいたい60~80キロで飛行速度とあまり変わらないが、F104だと278キロだそうで、マッハ2用の翼だとめちゃくちゃ遅すぎ。揚力以前に安定もへったくれもなくなってしまうぞ!どうしよう?

そこでフラップの出番です。

フラップは、通常の飛行速度の時は翼の後縁にたたまれており。着陸や離陸といった、低速度だけど揚力が欲しい、というときに展開して使用します。

典型的なジェット旅客機のフラップ。

みなさんが737やエアバスで旅行されているとき、着陸態勢において、にょごごご。。。。と翼のうしろからせり出してくるあれですね。

見ていると、翼の幅がほとんど倍くらいになるほど伸びてゆき。こんなに翼の形が変わっているのに、よく重心とかが変わっちゃわないのかと感心します。

もう一つフラップ全展の画像

飛行中に重心が移動してしまうとこうなる。この事故では、搭載していた貨物の拘束具が切れた?のか、重い貨物が機体後部に滑ったらしい。

 

フラップの作動原理としては、

まず、単純に翼面積を増やす、というのがある。面積が増えれば面積当たりで支えなければならない機体重量も減らすことができるわけで。この重量のことを翼面過重と言いますが、97戦という傑作機の翼面過重は96.44Kg/m2で、同世代のメッサー109の173Kg/m2に比べたら、ほとんど半分じゃね?つまりメッサーは「高速の一撃離脱」、97戦は「世界最高の旋回性能」を志向していた。

この差がパイロットの日常にどう影響したかというと、97戦はソ連のI16に振り切られて逃げられてしまい。その程度ならともかく、Bf109の方はフラップをもってしても着陸速度高すぎなどで事故多発の「後家製造機」になってしまいました。

ええええ!?97戦とbf109が同世代なの?そうです。

97戦の初飛行は1936年10月15日。Bf109は1935年5月29日です。

これは、ドイツが優秀すぎるというのもありますが、97戦がじっさいBf109に迫る名機だったということも決してよいしょではない事実と思っています。

97戦 出展 https://www.knet-web.net/m/xCatItem2.html?mID=3&sID=&uID=2784

Bf109  出展https://www.jiji.com/jc/d4?p=lfw522&d=d4_mili#photo2

I-16 出展 https://flyingheritage.org/Explore/The-Collection/Russia/Polikarpov-I-16-Type-24-(Rata).aspx

ちなみに、日本の戦闘機に「蝶型空戦フラップ」というのがあり。「空戦性能が向上する」らしい。

http://www.hasegawa-model.co.jp/hp/catalog/st_series/st30.html

 

ただ、フラップというのは、低速でこそ威力を発揮する(言い換えれば、高速で使ったら壊れちゃうぞ!)ものであり。

空戦性能の概念が「フラップで旋回半径を減少させる」という巴戦の思考で停止してしまったため、ハイスピードで一瞬に勝負を決する一撃離脱の米高性能戦闘機機相手にどこまで通用したか?くるくる回れれば撃墜されることもなかったでしょうけど。

97戦にもフラップはついていたが、着陸というより「高迎角時における失速を防いで空戦性能を向上させる」のが狙いだったらしい。実際は空戦性能良すぎで、フラップに頼るまでもなかったようですが。(外部リンクhttp://ktymtskz.my.coocan.jp/J/JP/abu5.htm に興味深い記述あり)

97戦の海軍版である96艦戦になると、試作機の時点で、機体が軽すぎて着陸速度になってもいつまでも沈下せず。思う着地点で接地できないという、艦上機では致命的な欠点があったが、フラップを付けたらすとんと降りれるようになり、正式採用されたらしい(吉村昭「零式戦闘機」)。

96艦戦

ここで、フラップのもう一つの側面、ブレーキとしての役割があります。

巡航速度300キロの飛行機も、着陸速度90キロだったら、なるべく短い時間にこの差200キロを減速したいわけで。

一方、スピードが命の飛行機は、あらゆる設計の努力が空気抵抗の減少に注がれており。減速はにがてだったりします。

シャーリーズ・セロン。女性が美しさを求めるのと同じくらい、飛行機にはスピードが重要、かもしれん。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%82%BB%E3%83%AD%E3%83%B3#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Charlize_Theron_by_Gage_Skidmore.jpg

そんななかで、速度をすみやかに落とし、かつ安全な降下を可能とするフラップは、現在の大型旅客機による大量輸送を実現する上で必須の発明だったと思います。

着陸態勢のエアバス

さて、実体験「フラップ故障」です。

とある吉日、穏やかな空の中を軽飛行機でお散歩。

小さな飛行機で飛んでいます

とある農場の滑走路に着陸態勢に入り。フラップ1、2、と順調に下げてゆき、フラップスリーだ、とレバー引いたとたん

ぷちん!あっ!

ケーブルが切れた音が。

とっさにフラップあげ、ノーフラップの体制で着陸。

地上滑走しながら、フラップ1、2、3と上げ下げしたのですが、フツーに動くじゃん?

これはケーブルが寸断に至らず、切れかかっている状態だな、つまりタキシング程度のほとんど風圧のない状況では上げ下げできるけれど、着陸速度でフラップに負荷がかかったらやばいね、と判断。

といって、田舎の農場の滑走路では修理もできないし、要するにノーフラップで行けば問題ないので、35分くらいの飛行でホームベースに帰ってきました。

で、ハンガーまでのタキシング中にまたがちゃがちゃ上げ下げしたら、今度は最大、フラップスリーの位置でぷちんと本当に切断してしまい、このポジションでスタックしちゃいました。

格納庫でケーブル再確認したら、機長席後ろのケーブル接合部分は問題なし。

ふだんはカバーがかぶさっています

フラップレバー(下の写真のハンドブレーキみたいなやつ)から、上の写真の接合部分まで伸びる単線でのケーブルのどこかが切れたらしい。これが各フラップに伸びる左右のケーブルのどちらかだったら、左右のフラップ角度に差が出てしまい、墜落なんてこともありうるのですが、その点はまずは単線の方で切れるように設計されており、問題なく飛行できました。

さっそく修理屋のお兄ちゃんに見てもらい。

フラップレバーとケーブルをつなぐコネクターが経年劣化で壊れちゃったということでした。ううむ定期点検ではOKだったはずなんだけど。

なんか頼りないコネクター。写真だどわかりにくいな

比較的軽微な修理でしたが、100ドルが飛んじゃいました。かなしいな。。。

この飛行機のフラップは、エアバスとかに比べたらおもちゃみたいな感じですが、ちゃんと3段階で展開できるようになってます。

下の写真右が全閉、右が全開です。

あまり変わらなかったりして。。。

効果も、あまり変わらなかったりします。全開で降りて、路面が滑るぞ!というときにさっとフラップを上げるとタイヤが地面に押し付けられて安定が増すというケースはある。

ぼくが飛んでいるブラジルの場合、田舎の滑走路でも長さ1000メートルはあるし、実はフラップなんて使わなくてもぜんぜんフツーに着陸できたりします。300メートル級ばかりの日本では、フラップは必須かもしれん。

こういうLSA(ライトスポーツエアクラフト)でも、機種により差があり。今乗っているCoyoteは上記のとおりですが、練習生の頃にのっていたParadiseはフラップを下ろすと、ぐん、と機首を下にふり、パイロットに「ノーズアップしすぎるな」と教えてくれる、えらそうですが頼もしい飛行機でした。

LSAの傑作Paradise

ファーストソロの時、いつもは教官とわいわいがやがや騒がしいコクピットが、ひとりぼっちでしーんとさみしい中(エンジン音はなぜか聞こえず)、フラップワン、ツーと下げていくたびに「キーン」とロック機構の音がコクピット内に響き渡ったのが、忘れられない思い出です。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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歴史都市ピレノポリス(その2)

この記事は「歴史都市ピレノポリス①」の続編です。①のほうも読んでね!

さて、とある高原の飛行クラブで飛んでいます。

格納庫群とタクシーウエイ

 

こんな飛行機に乗っています(Rans Super Coyote)

 

フライトの前夜には格納庫に到着しておきます。

写真左奥が居住区角。その手前にキッチン(ごっこ)があります。

 

お腹すいたな、ということでラーメン。

どうしよう、太っちゃう。。。

そのあと、デッキチェアで一休み。(写真は昼の撮影なので、明るいです)

酔っぱらいました

 

で、翌朝6時にはごそごそ飛行準備開始。

爽やかな快晴でした

 

ベッドから抜けだす際に、スニーカーを振って、なかにへんな虫とかがいないか確認します。

こういうのがいるかもしれん

 

機体点検、ピトー管確認、ドレン(燃料系統)確認、機体に乗り込んで計器チェック、エンジンチェック。暖機運転ののち、タクシー開始。

いよいよ滑走路に進出。

離陸は動画でご覧ください

 

今回の目的地はピレノポリス市。ブラジリアから行きは50分、帰りは1時間10分くらい。この差が生じるのは、追い風、向かい風が影響するためです。距離だと150Kmくらいで、車で行くと片道2時間半くらいです。

高原の空をぽつんと浮かびながら飛んでいきます

 

断層地域を横目に。機位確認の良い指標です

 

のこのこ飛んでいるうちに、ピレノポリス市が見えてきました

 

滑走路直上に到達

例によって高度高すぎだったので、きつめに降下しながら滑走路の周回経路に入ります。

 

この動画で、旋回終了時、右端に滑走路が見えてきます。わかった人はもうパイロットかもしれん。

で、いい感じに着陸。広い空港、いいですね。。。

 

なかなかモダンな空港建物までタキシング。

 

駐機。奥にクラブ仲間の飛行機が係留されていました

 

空港わきの芝生に、にわとりとひよこたちが歩いていました。

 

ちなみに、ちょくちょく空港へは降りるけれど、あまり町には行っていないことに気づき。いろんな機会に撮った寄り集めの写真を掲載しますが、ピンボケのいんちき印象派風になってしまい、すみません。

とある吉日に、一緒に遊びに行った素敵女子(京都の婦警さん。a.k.a「たこ焼き老師」)から送っていただいた写真も載せています(解像度がいいのですぐわかると思います)。

というわけで、町をおさんぽ。

空港から歩いてゆくと、町中心の教会に向かって、おおむねなだらかな傾斜を登っていきます。

 

まず見えてくるのがこの民宿。観光の町なので、こんな感じのがいっぱい営業しています。

彼女を連れてきた時のために(彼女が出来たらですけど)、一泊いくらかなーと聞こうと思ったら、受付にはだれもおらず。

そのまま内部に潜入しました。ちょうど朝ごはんの時間で、ハムとチーズにコーヒーなどビュッフェにならんでいました。食べたいな。。。

宿泊客はいっぱい。(注:2017年当時、COVIDはなし。)でも受付の人は失踪しており、結局宿泊料とか聞くのは諦めて、そのまま町にいきました。

18世紀ふうの街並。

坂を上りきると、上の写真奥に教会が見えてきました

Matriz教会。1728年設立

ちょっとコーヒータイム。

こんな感じのコーヒー屋さんがいっぱい。

一休み。

パイとピザを合わせたような、でも中身はハムが入っていてしょっぱい、

なんだかわからなかったですけどおいしかったです。

気ままに街をぶらつきます。

お土産屋さんがあった!

でも、ご覧のとおり、へんな麦藁帽子や水着、冷蔵庫のマグネットやキーホルダーとか、全部ブラジリアで売っているけど値段は倍です、みたいなのばっかりなので、なにも買わずに帰ってきました。ははは

風が強くならないうちに空港に戻ります。

広々とした滑走路。開放感が広がります

離陸動画

 

のんびりと1時間ちょっとの飛行でブラジリアへ戻ったのでした。

ピレノポリスは19世紀ごろに金鉱、商業、綿花生産で栄えた歴史的な地域で、山脈に沿って位置していますが、カタルーニャ系の移民が多く、スペインのピレネー山脈をしのんでピレネーのふもとの町、つまりピレノポリス、となったそうです。多数の歴史的建造物があるそうですが、町全体が歴史の教科書に出てくるポルトガル植民地時代の風景みたいで、歩いているだけで楽しいです。最近は観光地として栄えており、民芸品などのお土産も豊富です(質的には大したことないです、ははは)。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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才能と適性。必要な才能は誰でも持っている。

シュバイツアーなど医学界の偉人、ミケランジェロやリキテンシュタインなど美術の巨星。レオナルド・ダ・ヴィンチに至っては、芸術家なのか科学者なのかわからないくらいに多彩な「技のデパート」状態で、うううこんな天才にはとてもなれない、せめてその何分の一かの才能があれば、平々凡々のリーマンを脱出して、ちょっとは楽な生活ができるだろうに、とほほ。。。。と嘆いている人も多いと思います。

レオナルド・ダ・ヴィンチのヘリコプター。

現代の知識で工夫を加えた改良版だと、ちゃんと飛ぶらしい。

F1中継など見ると、シューマッハ(はい古いです、すみません)がガンガンぶっちぎりで勝利しています。

カッコいいレーサーになりたいぜー!なんてレーシングスクールを目指す青少年も生まれ。でも、ヨーロッパの一流どころでは「ドライビングには才能が必要だ。才能がない者は、努力と時間の無駄なのでこのスクールに来る資格はない」なあんて追い返されたりすることもあるらしい。

その一方で、レーサーになるために生まれたような「脳みそとケツがつながった」才能あふれる人でも、本人は「車なんて興味ないよ」と、いっしょうけんめい美術大学で勉強したりしているみたいなケースもあります。

旧ソ連などで「天才陸上選手」ともてはやされながら、本人は「実は科学者になりたかったんだけど、むりやり体育選手にされちゃった」みたいなのもあり。

となりの芝生は青く見える、ということなのでしょうか。ぼくは運動音痴なので、スポーツ選手とかうらやましいなーと思っています。

こうしてみると、F1レーサーと言っても別に人類全体を導く選ばれた人、というのではなくて、自動車レースの世界で人類の極限に達した人、というかんじで、それぞれの得意分野で「適性」がある、ということなのだと思います。

すなわち、天は誰にでも才能を与えており。ダ・ヴィンチみたいなマルチ人間は別として、人それぞれで与えられた才能の種類が違っている。そしてそれはごく少数の選ばれた人のみに与えられた特権ではなくて、「適性」があったところに訓練が重なり、うまく開花した人が「天才」と呼ばれるようになる、のだと考えます。

つまり、「天才」という特別な人種はおらず、普通の人がそれぞれの「適性」を持っているということである。

日本の人には、ピンと来ないかもしれませんが、これは人種差別などを防ぐとても大切な考え方なのです。

「特別に選ばれた人」の存在を認めてしまうとどうなるか。ナチスドイツが典型的で、ユダヤ人迫害が始り。その恐ろしさを当のドイツ人自身が知り抜いているので、ドイツ人同士の間でも「密告されて迫害されたらどうしよう?」と戦々恐々の日々が始まってしまいました。差別が容認された社会とはそういうものです。

というわけで、「才能」「天才」を「適性」におきかえてみましょう。ぼくでもできるぞ!と希望がわいてきませんか?

適性に恵まれなくても、かえって成功する人もいます。

日本語教師あるあるですが、ネイティブの日本人が、友達としてはいいけれど、教師としてはどうも。。。。となるケースがあり。一方、生まれも育ちもブラジルの非日系の先生が、とても生徒に頼られるというようなことがあります。

これは、ネィティブの人は、「最初から自然にしゃべれる」ため、0スタートの生徒さんたちに「どうやったらしゃべれるようになるか」を教えることができないためです。同じく0スタートして、ネィティブレベルまでたたき上げた非日系教師の方が、「どうやったら」という部分の引き出しが多くて、大切な知識の移転ができ。ハンデを克服したからこそ教師として成功できるのだと思います。

ただし、気を付けてください。虚弱体質でもやしの人(ぼく自身がそうです)は、相撲取りにはなれません。やはり自分自身を知ることが重要です。「ウルフ」千代の富士みたいに、小さい体を知恵と勇気で克服し大成することも可能ですが、それは、千代の富士が自分自身を十分に分析して、相撲取りとしての最低限の適性をはぐくんだから可能となったのです。

小錦(左)と千代の富士(右)

出展:https://grapee.jp/208009

やせっぽちの人がプロレスラーになりたい、と考えるようなケースでは、実は体格への劣等感を、筋骨りゅうりゅうなプロレスラーという別世界のキャラクターになれたらなーみたいな、実はうすっぺらい要求の満足で解消しようとしている程度だったりします。もっと適性のある分野がないか考えてみましょう。一方、やせっぽちでも「強さの証明」としてのプロレス好きが高じて武道の世界に入り、なかなかのところまでいく、というようなのはたくさんある。

ウルフの場合は、実績もあるけれど「適性(体、技)を鋼鉄の意志(心)で鍛え上げた」のが本当の強さだと思っています。

要は、プロレスラーになりたいのか、強い人になりたいのか。そして「強いってなに?」ということをあなたの適性が教えてくれますよ。ということである。

弟の仕送りで生き永らえ、人々と仲良くなれず、ろくに絵も売れないまま、最後は自殺しちゃった(他殺説もある)、どうしょうもなくしょうがないゴッホでも、ぼくとしては、「美術を最後の最後まで追求し、主張し、伝えた」勇気のあるとても強い人だと思います。でもこの記事を読んでいる素敵女子のみなさんは、こういう男性からは逃げましょう。ははは

ゴッホ「アルルの跳ね橋(1888年)」

おなじお題で5枚の絵がありますが、一番好きな一枚です

自分の適性はどうやって見極めるのか。

自分は何になりたいのか?どんなことで成功したいのか?考えてみると、結局はやりたいことと得意なことはつながっていることに気づきます。

自衛隊パイロットの養成で、ある一定の飛行時間に達しても単独飛行できないという生徒は「適性なし」とレッテルを貼られてエリミネート、つまり飛行学校を退学にされてしまいます。

もしこの記事を読んでいるあなたが、エリミネ―トされたばかりで悲嘆に暮れているとしたら、なぜ悲しいのか考えてみましょう。

ジェット戦闘機に乗って、ミサイルとかを使いこなしたい:なるほど。でもジェット戦闘機でないとなぜだめなのか?だってミサイル撃てないから、というのであれば、あなたは適性は飛行機のりではなくて、戦闘マシーンになるということであるから、防大などそっちの道がある。外人部隊とかで伝説になったりして。

ミサイルなんて余計。とにかくジェット戦闘機に乗りたい:おおお君は飛行機乗りだ!でもカデットから抜け切れていませんね。もっと民間精神旺盛になって、河原桟敷のULPクラブに行ってみましょう。本物の飛行機乗りであれば、ULPだろうがF15だろうが飛行機で空を飛ぶということに変わりないことがわかると思います。なんてぼくはF15を飛ばしたことはないけれど、セスナだろうが737だろうが、飛行機を操縦するという根本は変わらないよ、と言いたいのです。

で、ぼくはやっぱり飛行機乗りだ、となった場合は、民間だろうが自衛隊だろうが地上勤務でいいからじゃんじゃん仕事してお金をためてULPを買い(モーターグライダーやセスナもいいが、お金かかりすぎ。)、自由に飛べばいいのです。まあこれは機長として飛ばなきゃわからないだろうなー。プロのジェネアビパイロットになるなどの手もある。

ジェネアビの神パイロット「淳さんのおおぞら人生、俺流」

すごいぞ!

そして、河原桟敷で飛んでも物足りないや、という人は、やっぱり飛行機乗りとしての適性がそれほど。。。ということなので、自分の適性を見つけ出してその分野で頑張りましょう。

適性が発見できたとして、どう開花させるか。

剣道選手あるあるの例で行きます。この記事を読んでいるあなたが「大会でいい所まで行くけど、そこでストップ。ぼくって才能ないのかな。。。。」と落ち込んでいたら。

「いい所まで行く」時点で、十分適性はありますよー。問題は「メダル、賞状がほしい」「負けたくない、恥ずかしい」という方向に意識がずれちゃっているので、そんなことは忘れて「こうと思った面打ちを、どんな場面でも必ず打てる」ように、訓練(稽古)に浸りきればいいのです。夢中で、時のたつのを忘れる、となれば、気が付いた時には自分でも驚く面を打って、勝っています。

ではでは。。。。

 

Posted by 猫機長
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小説日章丸事件:中東を救った日本人たち

日本とイランの懸け橋となった日章丸

*今回は、戦後の緊迫する中東情勢の中で世界をあっと言わせ、「海賊とよばれた男」で映画化された事件についてのお話です。

1950年代。

世界大戦の結果、独立国として認められたイラン。でもどうやって経済を維持していくのか?世界有数の産油国だけど、はっきり言ってそれしか、のイランには石油の輸出が生命線となっていました。

ところが、石油の採掘、販売は石油メジャーすなわちイギリス資本に握られており。例えば10円の儲けが出てもイラン側には1円しか転がり込まず。残りの9円はメジャーがごっそり持って行ってしまうのでした。

これじゃ生きられん!と石油資源開発の国有化を断行したイラン。

なんてことない、自分の家の庭で作ったなすやきゅうりを自分の手で売って、儲けも自分の懐に入れます、と同じごくフツーのことなんですけど。。。。

でもイギリスは激怒。

メジャーを通じないで、イランから直接買うやつは許さん!となり。海軍を派遣して、イラン直売の原油を運ぶタンカーを拿捕する挙に出ました。

危うし新生イラン!

この事態に、義憤にかられた日本人がいました。その名も出光のおっちゃん。

「まるでABCD包囲陣だ!他人事じゃないぞ!」

ABCD包囲陣というのは、アメリカ、イギリス、中国、オランダの悪だくみのことで、結託して石油を日本に売らないようにしたため、日本は切羽詰まり、真珠湾攻撃(と東南アジアの油田占領)というキチガイ沙汰に至ったことは、学校で皆さん習っているとおりです。

イランの場合は売る方ですが、経済の生命線を絶たれることに変わりはなく。

出光さんは、遂に決意します。「わしも石油屋じゃ!メジャーの言いなりにはさせんぞ!」

メジャーなんてほっといて直接イランから石油を買ってしまえ。

でも、イギリス艦隊が待ち受けるホルムズ海峡の、レーダーや哨戒機うじゃうじゃの近代ピケット網を突破しなけば。。。。

ううう、と頭を抱えうなだれる出光さん。

そのとき、じりりりりん、と電話が鳴り。

秘書嬢からお取次ぎ。「似道(にみち)さんからお電話です」

そんな奴いたっけ?まあ出てみよう。

と、いかにもアメリカなまりの外人さんの声で

「お前が民族系石油のボス、イロコワだな?お前のやろうしているキチガイ沙汰をうまく実現させてやるぜー」

「イロコワじゃねえ!出光だ!てめえ似道かニンジンかしらねえが、ふざけんな!いてまうでごるああああ!」

「ヘイユ―、ニンジンちゃう、ニミッツあるね。お前らジャップとは太平洋で面白いボコりあいをしたから、その縁でお前らがイギリスを出し抜いてもシカトしてやると言っているんだよ。バカで偉そうなイギリスの植民地主義者に一泡吹かせてやろうじゃないか」

ふむ!と感触を得た出光さん。

その後いろいろあって、日章丸というタンカーを仕立て。こっそりとイランにガソリン買い付けにやらしたのでした。

映画「海賊と呼ばれた男」での日章丸。画像出展は

http://fuseishoyo-roku.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-50ee.html

帝国海軍生き残りの船長はじめ、猛者ぞろいの船員たちに操船され、イギリスの艦隊が待ち受けるホルムズ海峡へ、さびしくお使いに行かされた日章丸。

はたしてその運命は?

ホルムズ海峡への航路には、戦時中ドイツにジャガイモを輸送した日本の潜水艦が通過した海域もあり。艦長じゃなった船長はじめ、どの辺が浅瀬で、イギリス軍艦が接近を嫌がるかとかに精通していたため、無線封鎖をしたうえで、わざとこういう難所ばかり選んで航海したのでした。

ちなみに、ドイツへ潜入した日本潜水艦は、ジャガイモをあげる代わりにロケット戦闘機の設計図をもらって帰ってきましたが、これは余談です。

ドイツの「コメート」

http://asasdeferro.blogspot.com/2016/08/messerschmitt-me-163-komet.html

日本版「秋水」https://i.pinimg.com/564x/9d/6f/00/9d6f006c1b71705ba2acd1a8837bd908.jpg

船長から訓示

「我々は、これから鬼畜米英によって沈められたわが輸送艦の墓場を通過する。総員が粉骨砕身努力し、帝国海軍伝統の技量を発揮せよ。本日天気晴朗なれども波高し」

と、Z旗を勇ましく掲揚して、かどうかはともかく、勇躍、人の嫌がる難所に飛び込んでいったのでした。

その時英海軍は。

実はホワイトハウスからのGSOMIA(機密情報協定)情報が入っており。巡洋艦隊を海峡の出口に展開していたのでした。

艦橋に陣取るイギリス司令長官に、参謀から連絡。

「長官殿、人工衛星からの写真を現像しました」

「フムン。でニッショーマルとかいう不審な工作船は写っていたのかね」

「粗製乱造の米国衛星なので画質が悪すぎ、なかなか判別できませんが、タンカーらしきものに、下駄、メガネにキモノを着た人夫と思われる陰影が多数写っております」

「中国人かもしれんぞ」

「マストに向かって『たちしょん』をしているとしか思えない陰影も写っています」

「全艦に指令。日本のタンカー発見。浅瀬から抜けて、我々でも操艦できる広い場所に出てきたら、夜のうちにレーダー射撃で沈める。朝のティー・タイムの前にやっちまえ」

「長官殿、なぜ日本人はこういうずる賢いまねをしようとするのでしょうか」

「参謀君、きみはウインザー侯爵家の出だったね。私はサーの称号を得るまではしがないフリーターだったのだよ」

「ふりいたあ、でありますか?」

「簡単に言えば無職ということだ。でだな、貴族は不労所得のあるお金持ちだから、コンビニに行ってもお金を払って賞味期限内のおにぎらずを買うだろう」

「このまえ賞味期限が切れていたのを発見したので、店長につっかえしておきました」

「まさにそこなのだよ。私のような貧乏人は、そういう賞味期限切れのやつを、裏口からこっそり店長に恵んでもらって生きて来たのさ」

「つまり、日本のタンカーも裏口からこっそりやろうとしているのですね」

「そういうことだ。ううむかわいそうに、他人とは思えなくなってきた」

と、そのとき。

ごごごご。。。と目の前の海が隆起し。

くじらか?とおもったら、突如原潜が巡洋艦の目の前に出現。

原潜の艦橋に現れたニミッツ。

「ヘイユ―、いままで気が付かなかったのかい?あいかわらずとんまだな」

激昂する英司令官

「なにおこいつっ!こそこそ隠れていやがったくせに!言っとくがアメリカのバカ空母みたいに、目の前で中国のクズ原潜が浮かびあがっても気づかないようなスカタンとはわけが違うからな!」

「まあまあこまかいこといわんと、一緒に楽しいことをしないか?」

尻込みする英司令官

「突然BLか?そんな趣味はないぞ」

「おまえといっしょにするな!甲板を見ろ」

巨大な潜水艦の甲板には、ブラジルから連れてきた数十人の美女と、山と積まれたバーベキュー用の肉や酒が。

おおおおー!大歓声の上がるイギリス艦隊。

おやおやという間に、潜水艦のまわりは艦隊から漕ぎ寄せるボートでいっぱいに。

みんなでサンバパーティーだ!美女と踊り狂い、バーベキュー食べ放題の楽しい親睦が始ったのでした。

ちょうどその横を、日章丸がそそくさと通過していったのに誰も気づかず。

サンバパーティー

https://www.youtube.com/watch?v=fVidhHZfbrw

無事にイランについた日章丸。石油メジャーにいじめられていたイランの人々から大歓迎を受け、ガソリンをたくさん積んで、日本に帰ってまた大歓迎を受けたのでした。

怒り狂ったイギリスは日本をいじめようとしましたが、ホワイトハウスから「石油はみんなのものだよ?そうだよね?」と無言の圧力があり。みんな、つまりアメリカのものである石油はイギリス資本が独占できるものではないことが明らかになり。

ホルムズ海峡(出展はhttps://www.nikkei.com/article/DGXKZO46145120U9A610C1EA2000/)

アメリカも、自分は表舞台に出ないでイギリスの独占に風穴を開けることに成功したのでした。

これは決して荒唐無稽な作り話ではなく。もちろん面白おかしく脚色していますが「日章丸事件」として本当にあった事件をもとにしたフィクションです。

日章丸の航海は想像を絶した困難なものだったそうで、「日本輸送船の墓場」では「夜明けになってなにげに航跡をみたら、沈没船のマスト二本の間を通過していた。沈没船の残骸に船底をひっかけてこちらも沈没にならなかったのは奇跡だった」みたいな「まさに戦没の英霊が日章丸の壮挙に呼応して加護した」結果の成功だと思います。

一方で、米英の駆け引きにも否応なく巻き込まれたと考えます。出光さんや日章丸の勇気、世界政治・経済状況が絡み合っての結果だと考えています。

真面目な日章丸のお話はこちら→日章丸事件(Wikipedia)

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長