タグ: ヨコハマ買い出し紀行

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死ぬかと思った

人間生きているといろいろな目にあい。

とある土曜日、早朝の心和むフライトでその辺を飛んできました。

朝6時の飛行機格納庫(ハンガー)。

まぶしい日差しが差し込んでいます

 

こんな飛行機に乗っています。Rans Super Coyote、「こよーて」と呼んでいます

 

快晴の空をとびました

 

で、帰ってきたのが朝8時半くらい。

滑走路近くでサーマルが発生しており、滑走路アプローチ(降下)途上でちょっと揺られましたが、まあまあスムーズに着陸でき。のこのことタクシーウエイをつたって、無事に格納庫にたどり着いたのでした。

この時点では、あの恐ろしい事故が起こるとはつゆも知らず。

早朝5時からいろいろ準備してきたこともあり、ビールを一杯、フランスパンを食べたら眠くなり。いい感じでデッキチェアでうとうと、ぐーぐー寝ていました。

左が「愛のパン」というお店で買ってきたくるみパン。近くの日本食品店であんパンも買ってきたよ!

 

デッキチェア

 

と、突然格納庫に「わぎゃあああー」とひげむじゃらの怪物が躍り込む夢を見。ふぎゃぎゃぎゃーと飛び起きてしまいました。

こんなかんじ

 

よく見たら、飛行場管理人のお兄ちゃんでした

なかなか働き者です

 

にいちゃんのただならぬ様子にこちらも一気に目が覚め。

「一体どうした?嫁さんがひきつけでも起こしたか?」

それがね。。。。と話し出したところによると。

ぼくがその辺を飛んでいるあいだ、お兄ちゃんは近くの、と言っても田舎なので車で15分くらいの場所にあるスーパーへ買い物に行き。

ぼく「ふんふん、それで?」

おにいちゃん「なかなか大安売りで、お肉や野菜を一杯買ったんだよ。カートが一杯になっちゃった」

ぼ「ふんふん、それで??」

お「で、気が付いたんだけど、ぼくスクーターで来てたんだ。とても積み込めないから、レジのお姉さんに頼んで見張ってもらっている間、こっちにもどってきたんだよ」

ぼ「ふむふむよくわかった。それで、その話と私に何の関係があるのだ?」

お「それでね、きみの持っている車なら買い物全部積めるから、ぼくと一緒にスーパーに取りに行ってくれない?」

一瞬沈黙が流れ。

ぼ「ふんぐおー!人がいい気持で寝てるところを叩き起こしたうえ、運送屋かい!ゆるさん!いてまうで!ごるあああああーーー!!!」

お「早くいかないとお肉が腐っちゃうんだ。お願いだからたすけてー」

とまで頼まれればいやとも言えず。

しゃあないので自家用車「ポルシェ君」でスーパーまで行くことにしました。

ポルシェ君。VWベース、356A カブリオ―レの

レプリカ(つまりにせもの)です

 

さて、管理人のおにいちゃんと二人してスーパーへ。

ちきちきちきちき。。。とエンジン快調だったのですが、とあるカーブを抜けたとたん

ビシッ!

とフロントガラスがめちゃめちゃに割れてしまった?

こんな感じ

 

半狂乱になって叫ぶおにいちゃん。「ぎゃああー事故だー!死ぬ!死にたくないー!ぎええええー!」

そういう情けない悲鳴を聞くと、かえって落ち着くもので。ポルシェは、ちきちきちき。。。と元気よく走り続けており、幸い誰もいないまっすぐな一本道で、他の車との衝突や路肩転落の恐れもなく。そして、冷静に観察すると、一面ひびが入ったフロントガラスながら、前がまだ見えるじゃん、と一安心したのでした。

こんな感じ。ゴッホの絵か?

 

いずれにしろ、肉が腐っちゃわないうちに取りに行かなきゃ。。。と、お兄ちゃんをなだめて、そのままスーパーへ。

もともと人目を引くポルシェ。フロントガラスがめちゃめちゃになったまま「お買い物です」と駐車場に侵入したため、他の車が怖がって逃げていくとか、好奇の目が集まるなかを、でもサイレンと回転灯をつけた取り締まり当局の作業用車両がいなかったのが幸いで、そろりそろりと、ヒビの入ったフロントガラスが風圧で飛び散らないように気を付けながら帰ってきました。

ちなみに、車内はお肉や野菜、お米などでいっぱいになり。貧乏だ、大変だ、と言っている割には、食い物とかゴージャスにいいもの買っているなあ。。。

人のいいお兄ちゃんは、この時点で「悪いことをしてしまったー!買い物にぼくをひっぱり出したばっかりにー!」と意気消沈。でも、ぼくとしては「割れるならちょうどいいときに割れてくれたぞ!これでお兄ちゃんにタダで修理してもらえるぜー!」と内心ほくそ笑んでいたのです。

ゴッホ「オリーブ園(1889年)」

で、修理です。

といっても、ポルシェ356Aなんて1950年代の車ですから、フロントウインドーなんてなかなか見つからず。あーでもないこーでもないとネットなどで探して、クラッシクカーのフロントウインドーを特注で作る業者2社をなんとか探し出しました。2社というのは、1社目は、「ポルシェ356ね、取り扱ってはいるけど、356のウインドーはすぐ割れちゃって取り付けにくいんだよねー」などと、のらりくらりと逃げ回られてしまい。2社目のRAROVIDRO社のほうは、たしかにすぐ割れて、取り付けにくいが、寸法がわかれば。。。。ということで作ってくれました

Rarovidro社:https://rarovidro.com.br/

 

この寸法というのが曲者で、基本上下の長さ(下の写真の矢印)がわかれば左右の長さはそれに対応しているから計らんでもよい、ということだったのですが、この時点でかなりガラスが吹き飛んでしまっており、本来ゴムのラバーに入っていた(差し込まれていた)のは5ミリ?10ミリ?と謎だらけなうえに、業者さんからの情報では、ラウンド型の356フロントウインドーでも、レプリカの年式によって寸法は3種類くらいあるらしく。えいやーと計って業者さんに連絡しました。

 

その後3週間くらいかな、ウインドー到着。ちなみに、こういう業者はブラジリアみたいな田舎にはなく、すべからく南方1010キロのサンパウロからの取り寄せです。ウインドー自体のお値段300ドルに、運送料50ドルかかり、泣きました。

ウインドー到着。ここまでで破損発生から4か月経過。

 

さあやっと装着だ、ということで、まずは割れたウインドーを取り除き。

 

車内に飛散した破片を掃除機で吸い出します。

清掃など終わった状態のポルシェ

 

今度はウインドーの準備です。

どうやら寸法は間違っていないようだぞ。。。。

 

ラバー取り付け

 

 

そしてついに装着。

 

なんて書くとすごくあっさりしていますが、ラバーにしろガラスにはめ込むのにものすごく苦労し、はめ込んだしりからぶにゅ、なんて外れちゃったりして、さらに苦行だったのは車体へのはめ込みで、右が入れば左が外れ、といってへんに叩いたらガラスが割れちゃうぞ!と、やじ馬で遊びに来たクラブのパイロットを引きずり込んで3人がかりでうんしょ、うんしょ、と朝から晩まで、日が落ちて真っ暗になるころ、ようやくはめ込みに成功したのでした。

でもなんとかこれで7カ月ぶりに走れるようになったぞー!放置されている間1回だけバッテリーに充電しましたが、ちょっとセルがぐずついて、キャブも少々ポンピングしたくらいで無事エンジンがかかり、いまのところぼこん、なんてウインドーが外れたりせずに乗ることができています。

画面左上の赤い箱が、コンセントの220Vをバッテリーの12Vに転化する

バッテリーチャージャー。だいたい8時間から12時間くらいの

スロー充電でセルが良く回るようになります。

 

今回、石が当たったようにも見えず、原因不明のオカルトな割れ方でしたが、はっきりいって、怒りとか落胆とかはなく、ある意味安堵しているところがあります。

なかなかかわゆいポルシェ

 

これが車でなくて、こよーて(自家用機)の飛行中に、バードストライクなどでこよーてのウインドーが飛散したら?サンパウロからのウインドーの取り寄せにかかった費用などは、見えない世界への税金と考えて、ポルシェ君がこよーて君に替わって今回の事故を引き受けてくれたというふうに思っています。

こよーての着陸。ようつべでご視聴ください https://www.youtube.com/watch?v=DUUxuoGdlks

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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家電王の農場に着陸

*今回は、動画も入れました

日本の国土の23倍くらい大きいブラジル。事業で成功した勝ち組の人は(宝くじに当たった!とかも)大規模粗放農場を経営して、牧牛をするのが一つのステータスになっています。

そして、これらの農場で、牛の蹄にけとばされながら、カウボーイごっこで遊んだ後、街に出てきておしゃれなフランスパンを食べよう、というときには自家用機を操縦して飛んできたりします。

つまり、自分の農場に長さ800メートルくらいの立派な滑走路を持っている農場がブラジルじゅうにたくさんあるのです。

まずは、そんな大農場への着陸動画

今回は、小生のホームベース(これは飛行クラブのみんなが、なけなしのお金を出し合い、滑走路とメンバーぶんのハンガーを作った)から、そんな大規模粗放農場の滑走路に遊びに行った時のお話です。

飛行前日のうちにホームベースに行き。ハンガー内の居住施設で一泊します。

ガソリンの補充や、機体の確認とかをやっておきます

翌朝6時には、はやくも明るくなっています。昨夜PCで提出しておいたフライトプランをもとに、管制当局に電話してトランスポンダーコード(飛行識別番号)をもらい、PC手前のニーボード(チェックリスト)に書き込んでおきます。

さて、居住区角からとび出して機体の移動だ!そのまえに、スニーカーを軽く振ってクモとかが隠れていないか確認します。

こういうのがいるかもしれん

そして、毎回くどいけれど、ドレン(ガソリンを検査弁から抜き出して沈殿物を検査)と、ピトー管のカバーを外します。

それぞれ、忘れるとこうなるぞ!という記事を「ピトー管」と「ドレン弁」に書きましたので、寄ってみていってください。ははは

飛行機をハンガーから引っ張り出します。

爽やかな朝を実感する瞬間。

コクピットに乗り込みます。

右ひざにくくりつけたニーボードでチェックリスト(飛行点検リスト)確認。

左のチェックリストで、SIGFの落書きは目的地空港の記号。0307はさっき管制からもらった認識番号です。

ここでかぶと虫のエンジンキーを差しっぱなしにしたことに気が付き。しゃあないな、飛行機からいったん降りて取りにいきました

で、もう一回コクピットへ。

ラジオのダイヤルを管制の周波数に合わせたら、さかんにいろいろな旅客機と交信していました。今日はブラジリア国際空港の11Lと11Rで離着陸していることが聞き取れ、ぼくのホームベース05からの離陸経路とは干渉しないな、と安心。交信の中で管制が本日の気圧1022と言っていたので、高度計のダイヤルをあわせたら、ぴったりホームベースの標高3200フィートになりました

航空計器チェック、エンジンスタート。エンジン計器チェック

エンジン開始直後にしては、ちょっと油圧低めだけどいいかんじ。

いよいよ滑走路エンドに進出。

離陸。動画でどうぞ

ぐんぐん上昇していきます。

ブラジリアの10月は乾季の終わりにあたり。4月から少しづつ舞い上がってきた砂塵が上空を覆って視界がかなりぼやけます。でも雨季に入り一雨降ると、とたんに洗われて地面におち、鮮明な空になるのがふしぎです

やっぱり赤茶けたブラジル高原をのしのし飛んでいきます

翼支柱の三角すぐ右に見えるのがPadre Bernardo市。

ということは農場の滑走路はすぐ近くだぞ!離陸から40分くらい経過していました。

さて、ダスト(塵)が浮遊していて、なかなか見えにくい地表。やばいな、滑走路どこだっけ、と探したのですがなかなか見つからず。

ふつうは目的地到着の8分くらい前には、小さな点ながら滑走路やハンガーなど施設が見えてくるのですが、今日はばっちり直上まで来てるのに?とやむなく機首をあれこれめぐらして探しました

やばいな、管制官のおねえさんに「ちゃんと航空図見てきたの?」なんて怒られそうだ、と思っていたら、ブラジリア国際空港では、そのときちょうどランディングギアが作動不良になった飛行機が出たらしく、それまで11L、11Rの2つの滑走路で同時離発着をやっていたのを、片方は故障機専用、もう一方にその他すべてを誘導し始め。ひっきりなしにお姉さんから多数の旅客機をさばきはじめていました。

よしよし、このあいだに滑走路みつけちゃおっと、ともう一度探したら、ありました

みなさん、この写真のどこに滑走路があるかわかりますか?

ちょうど発見を待っていたかのように、管制のお姉さんから通信あり。 「PU-XXX(僕の飛行機の識別名)、現在位置を連絡せよ」もちろんすかさず「目的地滑走路直上、管制解除願う」と回答したら、すぐ解除となり。お姉さんは再び旅客機をさばきまくり始めたのでした。なんかいかにも滑走路直上にいるけど、お姉さんが大変そうだから、旅客機との通信が一息つくまでぐるぐる回って待っててあげたよーん、みたいな結果になったのでした。ははは

降下開始。

高度が下がり、滑走路が写真からはみだすくらいになってきました

周回経路を回りながら、ぐんぐん地表に向けて降りていきます

ファイナルレグ。前方に滑走路

ベースレグからファイナル、そして着陸までの動画はこちら

家畜の群れを左前方に見ながらタキシング

畜舎とかの整備も立派で、これぞザ・農場ですね。。。

滑走路端に到着。降りた側の反対から離陸します。

離陸動画

上昇中

乾季のただなかでも枯れない川があり。農場立地の重要な条件です

かなり急角度で上昇中ですが、気流が穏やかで、操縦かんから手を離したまま飛べました

さらば滑走路。ううむ写真じゃ見えにくいな、左上に小さくなっています

水平飛行になったところで、ガソリン残量チェック。胴体内タンクが3分の2を切ったところ(写真の赤丸)で、翼内タンクからの流入コックを開きます。

左右翼内タンクのゲージでこちらも残量確認。左タンクがいつも右に比べ残量が低くなる傾向あり。これは軽飛行機でよく見られる現象らしい。

ついでに自撮り。今日はこの時点で機内が暑めになり。窓の空気取り入れ口を開いたら涼しくなりました。

空気取り入れ口

大農場地帯の上空を行く。まるく見えるのが「センターピボット式灌漑農地」で、だいたい1年に1~2期作、大豆が主力となっています。赤茶けているのは、収穫後か、あるいはまだ種まきをしていないかな、かもしれん。

山脈地帯、といっても岡程度ですが。

いやしかしダスト(塵)がおおいな。地平線がぼやけちゃっています

航空計器とGPS,トランスポンダー。黄色域ぎりぎりの時速100マイルでいいかんじ。でもGPSによる対地速度は73.2ノット、80マイルくらいで、20マイル(時速30キロくらい)の向かい風になっていました。

そうこうしているうち、青い湖と白い建築物のブラジリアに到着。

ホームベース上空へ到着。

周回路を回って、無事着陸したのでした

ホームベースの周回と着陸の動画はこちら

ハンガーまでタキシングしてきて駐機。ご拝読ありがとうございました。

*なお、国際空港でギアに課題発生した飛行機のその後については、新聞などで「ブラジリア空港へ胴体着陸」などの報道はなし。どうやら無事着陸できたらしい。

おまけ

いや暑い暑い!まだ朝9時半なのに、地上は30度近い暑さでした。デッキチェアを風当たりのいい場所に持ち出して、寝なおしました

ではでは。。。。

Posted by 猫機長
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軽飛行機で乾季の高原を飛行

軽飛行機で乾季の高原を飛行

最近、やれ西洋美術史だのやれ不動産投資だの「ふむふむ」と考え込む気難しい記事ばっかりだったので、久しぶりにぽけっと空を飛んだ記事にします。

さて、新型コロナ自粛によって飛行回数が激減しちゃってますが、機材(つまり飛行機、特にエンジン)のメンテとパイロット自身の技量の維持のため、こないだぼくのホームベースから、とある農場の滑走路まで行って帰ってきました。これがコロナ禍とかでなかったら、素敵女子と一緒に観光地(ピレノポリスの記事ご参照)とかにいくんだけどなー。まあいいや。

で、ぼくの自宅のあるブラジリア市内から車で40分の距離にあるホームベースの格納庫に、前日のうちに移動しておき、格納庫内の居住スペースで一泊。

格納庫。左奥の白い部屋が居住スペース。

翌朝6時起床。格納庫内は18度。外気温度は16度くらいかな。。。フライトジャケットがちょうどいい温度です。

飛行機乗りに便利な機能がつまったフラジャケ。

真っ先にピトー管の保護カバーを外します。外さないとどうなるかはこちらの記事→「ピトー管」をどうぞ。

そして、すぐ正副操縦士席の間にあるフラップレバー(ハンドブレーキみたいなやつ)の下にあるメイン燃料コックを開いておきます。

これも駐機中は閉めておき、ガソリンタンクからの圧力がキャブレターにストレスをかけるのを防いでいます。ただし、閉めたまま離陸してしまい、離陸途中でガス欠、落着なんて事故が後を絶たず。ピトー管と燃料計は何より先に!確認するよう自動反射で覚えこむよう努力しています。

ハンガーの戸をあけ放ちます。ううむ開放感がたまらん

8月にしては穏やかそのものの空。木々の葉っぱや、飛行場管理人の家の洗濯物が微動だにせず。

管理人の飼っている犬がのこのこ遊びに来ましたが、おまえなんかかまってやらないよーん、と知らん顔していたら、すねて居なくなりました。

そんなことよりドレンの方が重要です。写真の赤丸の部分がドレン弁で、ここからガソリンを少し抜き取り、水や不純物がないか調べます。

飛行機(Rans Super Coyote,こよーて君と呼んでいます)をハンガーの外に引っ張り出し

いったん居住区内にもどり、電話でAPP(空軍の管制当局)を呼び出します。

昨日のうちに許可をもらっておいたフライトプラン(写真左)の情報を提示して、トランスポンダー番号(管制と通信する際のぼくの飛行機のコード番号となるもの)をもらいます。今日は0433,ということで、チェックリスト(右写真の二―ボードにはりつけてます)にえんぴつで書いておきます。

格納庫の戸締りをして、飛行機にもどります。

おっと、飛行機けん引用アームを外し忘れちゃってた!はずします

これまた、外さないでタキシングしてしまい、地面の凹凸で跳ね上がってプロペラに当たっちゃたら大変!プロペラだけでなくクランクシャフトもやられるので、忘れるのはダメ!絶対!です。(離陸しちゃうと、着陸時に事故は免れないので、くれぐれも皆さんが自家用機で飛ぶ場合はお気を付けください)。

飛行機に乗り込みます。

ピトー管カバーとり外しからここまでで30分。ううむ安物そのものの腕時計だ。

離陸はフライトプランで7時30分、ちょっと時間があるので自撮りしました

   
本来はコンタクトレンズですが、COVID対策で、めがねです

計器のある風景

写真を撮って遊んでいたら離陸時間が迫り。まず電気ガソリンポンプのボタン(上の写真の中の一つです、ははは)を押して、燃料フィルターとキャブにガソリンを送り込みます。

ぽちっとスイッチを押すと、カタカタカタ、ブルブルブル、チチチチ、ぐぐぐぎゅるぎゅるぎゅる、ぎゅぎゅぎゅぎゅ、とだんだん音がくぐもっていきます。ぎゅぎゅぎゅ、まで行ったらスイッチをオフにします。

2週間に1度と低頻度でしかエンジンを回していないため、キャブなどガソリン蒸発してカラになっちゃうので、こうしてガソリンをあらかじめ送り込んでおきます。やりすぎるとがぶるので注意。こういうちょっとしたあんちょこ?がROTAX4サイクルエンジン全般で活用できるので、覚えておいて下さい(航空エンジンです。バイクの方は?です)。

エンジンスタート。暖機運転開始。

この眺めはやっぱり「COMPOSITIONVIII」ですねーカンディンスキーは飛行機乗りだったかもしれん

なんのこっちゃ?脱線でしたすみません

この時点でのエンジン計器はこんな感じ。

上左から電気系当(電圧計)OK,エンジン回転計2500でOK,左シリンダーヘッド180度下でOK,中左から油圧計ちょっと高いけどまだエンジンが冷えてるからOK、油温計OK,バキュームメータはROTAXエンジンでは使用しない(自動ミクスチャーなので不用。コンチネンタルエンジンとかだったら重要です)ので、そもそも接続されておらず数値0でOK。下段は画面から這い出ちゃいましたが、ラジエター水圧、水温計と、右シリンダーヘッド温度でいずれもOK。

この間、ラジオやGPS,航法灯、着陸灯などもONにします。

いよいよ滑走路エンドに進出。画面右の吹き流しが風速ゼロの穏やかな空を示していることに注目。

エンジン全開、離陸します。

ブラジリア市街を左に見ながら、ぐんぐん上昇していきます。4500フィートでAPP(管制)を呼び出し、飛行許可と飛行高度(FL065)、目的地までの直進許可をもらい、今日の大気密度でのFL065に該当する7200フィートくらいだったかな?まで上がって行きます。

水平飛行に移る直前のエンジン計器。離陸・上昇はエンジンに最も負荷がかかる状態なので、注意します。写真ではおおむね温度関連は高め、油圧は低めですが、ぜんぶ緑色内におさまっておりOK。左に見える0433が飛行前にもらっておいたトランスポンダーコード。FL064↑はまだ上昇してるよ、という表示です。

雲一つない青空をのしのし飛んでいきます。

赤茶けた乾季のブラジル高原

航空図、眼下の地形、GPSで機位確認します。対地速度73.3ノットで速度計の対気速度とほぼ同じ、つまり向かい風など無しの微風であること、目的地滑走路まで14分55秒で到達予定、針路328度のところ、機首が327度なので右に1度修正せよ、などの表示がわかります。

さらに6分くらい飛んで、そろそろ滑走路が見え始めるかな。。。でも全然見えてこないな、とのこのこ飛んでいたら、滑走路直上になってやっと気づきました。ははは

上と下はそっくりに見えますが、180度旋回前後の写真です。よしよし、のら牛とかが滑走路上に歩いていないな。。。。

周回経路を回って、下降していきます。

ここから先より着陸までは、両手両足をフルに使うので写真はなし。ごめんなさい。。。

で、着陸直後の写真。

いいぐあいに滑走路端の3分の一地点で接地、滑走路のまんなかぐらいでストップできました。ちなみにここの滑走路は830メートル、アスファルト舗装ですが、なぜかつるつる滑ってしまい。離着陸とも気をつかいました。この地点からでも離陸できそうですが、奥に木が連なっているので、おとなしく滑走路端(つまり木の根元)までタキシングしてゆき、180度転回して離陸することにしました。

で、離陸。こちら側からは、滑走路前方に全く障害物がないことがわかります。

上昇旋回。離陸から180度旋回した状態。

ぐんぐん上昇していきます。

 

この区間では気流がとても穏やかで、トリムを合わせたら操縦かんを離したままでまっすぐ上昇できました

 

副燃料コックを開けて、胴体内タンクに加え翼内タンクも使用。

帰りはFL055まで上昇。計器高度(今日の気圧で計った真正高度)は6000フィートでした。GPSは「マップモード」にして管制とのコンタクトポイント(地点)などがわかるようにしています。

青い湖や白い建物のブラジリアに戻ってきました。市街地の直上は避けて飛んでいます。

 

ホームベースの滑走路に到着。

朝9時ちょっとに着陸。早くも8月の風が荒れくるい始めており、ノーフラップでちょっと揺られながら接地しました。

吹き流し。15ノットくらいでているかな?

 

往復で140キロ、エンジンスタートからカットまで1時間44分でした(実際の飛行時間は1時間20分くらい)

最後までお付き合いありがとうございました。ではでは。。。

Posted by 猫機長
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美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差②

美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差②

以前の記事で「頭でっかちな西洋美術と、ほにゃららな日本美術の接点を探り、美術に現れる日本のお国柄を理解し、日本の不可思議な新型コロナ対策の解明を試みようと思います」と書きました。前回は西洋美術でいっぱいいっぱいだったので、今回は日本美術いってみます。

といいつつ、すごく悩んでいます。

なぜなら、日本美術は、つかみどころがなく、魑魅魍魎、なんでもありの「表現のるつぼ」なので、書くに書けない、どうしよう。。。。西洋美術のように「まずは知性あり」そして「どう知性を表現しようか」と、デフォルメや写実、様式化や自由化の間を行ったり来たりして、かつアトリビュートやアレゴリーなどの「一定のルールの中で競い合っている」という、要は分かりやすい発展の仕方をしておらず。(言い換えれば、日本絵画は原初からすでに発展し切っていたみたいな、ははは)

*アトリビュート:持ち物。白百合を持った青と赤の服装の女性がいたらマリア様を表す、など。

*アレゴリー:寓意。抽象的な概念を具象化したもの。サイコロの絵は幸運、頭蓋骨は死、とか。

伊藤若冲、仙厓和尚、土佐光則、写楽に渡辺崋山。

現代アートもびっくりの多様性。

しょうがないので、西洋美術の記事と同じように、絵画史からスタートします。

奈良時代が日本の美術の始まりらしい。仏教伝来にともない、仏教普及の教材としての絵画が発達した。この辺は西洋の初期キリスト教美術と似てはいる。

吉祥天像

中国から中央アジアにわたる絵画にそっくりだったりします。

ところが、早くも日本らしい脱線が発生!ありがたい法隆寺五重の塔の天井に落書きした奴がいやがった!大工さんの中の一人らしい。

大工さんのらくがき

にくらしい現場監督の似顔絵なんでしょうねえ。死ね!許さん!とか。。。

国運をかけた仏教施設にここまでバチあたりないたずらをするバイタリティーに頭が下がります。まるでブラジル人のようだ。

時代は下り。

遣唐使も廃止されると、ひらがなの発明など、日本独自の文化が生まれ。

屋根をすかした斜め上からの俯瞰図、「引き目鉤鼻の技法」などを特色とする「やまと絵」が生まれました。

源氏物語絵巻

ちなみに、引き目鉤鼻の部分を拡大すると

お目めをぱっちりさせれば、現代のマンガでも通用するかもしれん

国風文化を支えた貴族から武士へ支配階級が変わり、絵の世界もみやびから武勇へ転換し始めます。

蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)

この絵は、竹崎季長という人が絵師にかかせたもの。竹崎さんは一生懸命モンゴル軍を撃退したのに、いつまでも恩賞が来ないのにしびれを切らし。たいへんだったんだよ!大活躍したんだよ!というプロパガンダ映画じゃなかった「えことば」を作って幕府へ直訴した。その結果「おおそれは大義であった」と幕府から馬をもらったそうです(何頭かは不明)。ちなみに、上の絵で馬に乗っている人が竹崎さんです。

鎌倉時代前後から、「縁起物」もよく見るように。「何とか寺縁起絵巻」など、寺社建設の由来や、いろいろな霊験に関する物語を絵にした。

北野天神縁起絵巻 きたのてんじんえんぎえまき

この絵の雷様は菅原道真さん転じて天神さまです。道真さんは藤原さんとうまくゆかず失脚し、さびしく死にましたが、怨念で雷神となり。藤原家の屋敷に逆上陸して殺りまくった。絵の左端で刀を抜いて立ち向かおうとしているのが道真さん失脚の首謀者藤原時平さんだそうです。あわれ人間避雷針と化した時平さんの運命やいかに?

この絵は、北野天満宮という神社が建設された経緯を記録した、当時の「報道写真」ですね。。。

室町時代から安土桃山になると、日本絵画の全盛時代が到来します。

水墨画:

◎3阿弥(能阿弥・芸阿弥・相阿弥のじいちゃんからお孫さんへの3代)。本来は中国美術の鑑定屋さんだったらしいが、自分が描く中国絵(水墨画)もうまかった。

芸阿弥さんの「観瀑図(かんばくず)」

かんばくつながりで、「99式艦上爆撃機」はいすみません

ここはもともと飛行機乗りのHPなので、脱線ご了承おねがいします。今回の内容と関係ないかもしれんが、必読です→「こうして艦爆はP38の餌食となった」http://navgunschl.sblo.jp/article/34415264.html

◎雪舟:水墨画界のスーパースターと呼ばれ、本場中国で修業し、帰国後大活躍した。

秋景(秋冬山水図)

大和絵

◎土佐光信:宮廷絵所預(えどころあずかり)つまり宮廷画家。大和絵の様式を継承して、江戸時代末まで伝えた重要な一派の中興の祖。

    星光寺縁起絵巻

室町から安土桃山、江戸時代の過渡期において、漢画のスタイルと、大和絵に見られるカラフルな色遣いを融合させた要注意なおっさんが登場。

その名も

◎狩野元信

がんらいは漢画系だったらしいが、漢画の基本である「筆様(ひつよう)」に大改革を断行。

これまでの筆様は、馬遠(ばえん)、夏珪(かけい)、牧谿(もっけい)、玉澗(ぎょくかん)など、主に南宋時代の画家たちの絵の描きかたを分析し、どれかの書き方にしなさい。勝手に自分の筆致をだしちゃだめよ、だったのですが、真面目にまねしても個人差が出?あやふやになっており。

そこを元信さんが「これが日本の筆様です」と真体(しんたい)、行体(ぎょうたい)、草体(そうたい)の三種の「画体」に取り換えることにし。以後、狩野さんのお弟子さんつらなる巨大な画家集団狩野派でのスタンダードとなったため、遂に独特な「宋和折衷」の日本絵画が主流の一つとなりました。

これが日本のコンパクト・カー。関係ないか。。。

ここに至って日本絵画は恐るべき特異性を獲得することになりました。この特異性については、江戸時代の項でもう一度書きます。→と思ったらスペースがなくなってしまい。次回にまわします

というわけで江戸時代。

狩野派以前に、いろいろあり。

琳派: 見方によってではあるが、これぞ日本絵画!ということで、きらびやかな装飾性、そして聖書・歴史・人物と言った西洋絵画の必須画題の斜め上を行く「単なる模様と化した風景画」が、西洋人の感性に大恐慌を巻き起こした。

◎俵屋宗達や尾形光琳など。

尾形光琳さんの「紅白梅図」

紅白梅図にショックを受けた西洋画科クリムトさんの

「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」

浮世絵: 日本絵画、と言われてまず思い浮かぶのが浮世絵。幕府や朝廷の御用絵師だった狩野派や土佐派みたいな制約がなく、なんでもありの自由そのもの。この奔放さがまた西洋の画家にショックを与えた。

◎鈴木春信:美人画と言えばこの人。「パ◎チラ」の発明者だったらしい。

野分(のわけ)

◎喜多川歌麿:美人画と言えばこの人。鈴木春信と違うのは、「大首絵」といって上半身アップのお上品なところと、当時の映画スターみたいだった吉原の芸者さんの「実写」が多かったらしい。ううむお上品かな?

婦女人相十品 ポッピンを吹く娘

◎写楽:スターの報道写真と言えばこの人。役者絵や相撲絵など。

三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛

◎葛飾北斎:この人が最高峰。浮世絵のくせにまじめで?セックスアピールとか人気役者とかの題材にたよらない、冨嶽三十六景など日本人の原風景を記録しました。80歳を超しても画法の追及をやめないというイチローみたいな求道者で、「神奈川沖浪裏」の絵は、実は西洋絵画の構図方法を逆輸入して活用したという噂もあり。また、この絵は世界一有名な日本の絵画だそうです。

神奈川沖浪裏

南画: 南宋画を元に日本で独自に発展した。絵画界の少林寺拳法。文人画とも呼ばれます。文人画というのは、本職の画家ではない書家、俳人等がかいた画、という意味。

◎池大雅:書家。でも絵の方が有名かも?いい意味で、かなりぽけっとした人だったらしい。

◎与謝蕪村:有名すぎていうことなし。「古庭に茶筌花さく椿かな」

大雅と蕪村の共作「釣便図(十便十宜図)」

もちろん両名とも単独で多数作品あり

ううむここまでで3000字超になってしまった。まあ日本絵画のものすごくいいかげんなダイジェストはできたので、今回はこれで満足して終わります。やっと次の記事で日本と西洋の絵画比較開始。今回ちょっと種明かししたけれど、真の違いのキーワードは「ラ◎メン」。乞うご期待。

ではでは、悪のりごめんなさい。。。

Posted by 猫機長
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ブラジリアパン食紀行(自営業で成功したい人必見)

ひょんなことから京都府警の有名な警部とお知り合いになる奇遇あり、彼女とピレノポリスなど遊びに行ったりしたのですが「ブラジリアにもすてきなスポットがあるのですよ」と教えていただきました。いずれも「パン屋さん」で、とても楽しいティータイムを過ごすことができ。いま考えると彼女は「パン食女子」だったのですねーぼくも「パン食男子」になりました。

というわけでグルメパン買い出し紀行いってみます。ブラジリア旅行の際はこれらパン屋さん巡りも楽しいと思います。

まず、お店から。ブラジリア内に4件くらいかな?あり。

「愛のパン」www.lamourdupain.com.br

「ブティック」https://www.facebook.com/LaBoutiquePadariaFrancesa/

「ブーランジエ」https://www.facebook.com/LaB.306Sul/ (複数支店あり)

「Philippe Verstraete」https://www.facebook.com/philippeverstraete.com.br/

こんな感じです

ブーランジエ

ブティック

どんなパンがあるの?

「くるみとゴルゴンゾーラチーズのパン」「マスタードパン」「ヤギチーズのパン」「カカオパン」「乾燥フルーツのパン」「田舎パン」「全粒パン」

などを売っています。

おおむね全粒粉を使った黒っぽくて硬めのパンで、パン自体に味わいがありマーガリンとはつけずにそのまま食べるパンです。

「クルミとゴルゴンゾーラ」

余り硬くなく、ゴルゴンゾーラチーズが強烈でとろけるような個性あふれるパン。「パン食男子」初心のころはインパクトに中毒してしまいこればかり食べていました

「マスタードパン」

警部殿(2019年。今日はもっと出世しているかもしれん)ご用達。これは全粒粉じゃない白いパンですが、マスタードがいい具合に隠し味で入っていて、ゴルゴンゾーラが全力で主張!に比べてとても奥ゆかしい「はんなりのパン」です。

「ヤギチーズのパン」

これも全粒粉少なめ、皮が薄くて中身はもっちり。日本でいう一般的なフランスパンに似た食感。田舎パンのがさつさと対称的なお上品なパン。

「カカオパン」

真っ黒。カカオの色だそうですが、甘ったるく柔らかい何となくケーキに近いテイスト。デートで「なにこれきもい」とか言われる可能性あり。

「乾燥フルーツのパン」

ゴルゴンゾーラ中毒から卒業し、もうちっと素朴であるが深みのある味わいが欲しくなった時とてもおいしいと感じるようになりました。今日はこのパンばかり食べています

「田舎パン」

パン・ド・カンパーニュともいいます。本来ぼこっとまんまる「ブール(ボール)」系が多いが、ぼくが行く店では「とんがったラグビーボール」です。中身はもっちり、でも皮がめちゃくちゃ硬いぞ!フランスの「堅パン」かもしれん

「全粒パン」

パン・コンプレ。完全無欠・パンの完成形。ちょっとぼそぼそしすぎかな、と感じてあまり食べていません。

警部とパン屋さん巡りをして気づいたのですが、成功するビジネスモデルの一つの重要な要素がこれらのおしゃれなパン屋さんに共通して存在しているようです。

そしてこの要素が、毎日何十店と生まれていくパン屋さんのなかで、生き残っていくお店とつぶれちゃうお店を分ける重要な働きをしているようなのです。

その要素とは、ずばり!「パラダイムシフト(第1図)を的確に実行している」です。

「何百とあり」「つぶれちゃう」タイプのお店はどんな感じでしょうか。看板の名前が違うだけでどこにいっても同じようなレイアウト、どこにでもある代わり映えがしない種類の、くたびれてまずそうな品々。決定的なのは店員さんの態度です(写真にとれませんでした、ごめんなさい)

要するに、寂れていくお店では、店員さん自身が疲れており、パンの種類もいかにもコスト削減、なるべくいい加減に作って稼ぎを大きくしようとしている。

繁盛していないというわけではないのですが、いくら繁盛しても利鞘が低すぎて利益にならず。従業員も疲れるだけで報われることがないためいよいよ仕事がおざなりになってしまう。

お客さんもそこは気づき、どうせ不健康そのものの安ものなんだからここで買うよりもう1セント安い3件隣のパン屋にいこう、となり。

こうした悪循環に耐えられず閉店、というケースが多いようです。

いっぽう、上記のおしゃれなパン屋さんの場合。

まずは、店主がフランスで本場の修行をしているというところが大きい。店を切り盛りする手腕や人望も必要ですが、ともかく人類の長い歴史のなかで「こういうパンなら、健康的で、おいしく、おしゃれで楽しく食べれるよ」という最高のパンを作り上げてきた本場の中心で本物のパンを知り、作りかたを学んで帰ってきた。

そして、フランスから小麦粉を輸入するなどの工夫をこらしてフランス顔負け?のパンを作り、本当においしいパンを食べたい人たちが集まるようになる。ちなみにフランス大使館の外交官が好んでお茶に来るらしい。

そういう「意識の高い店」には店員も比較的お店に誇りを持った人たちが雇われるようになり。お客さんに対しても「店員の給料を犠牲にして1セント安くしたパンだ、四の五の言わずにとっとと買って帰れ」というのとは正反対に「今日のゴルゴンゾーラパンは3本焼き立てですよ、どれにしますか」とお客さんが一番自分の気に入った焼き加減(形、大きさ)のを選ぶことができる余裕がある。

もちろんお客さんも「カビが生えていたが1セント安く買った、今日は1日幸せ」という人は来ず。本物のパンを食べる喜びを求める「意識の高い人」が来るようになります。

さて、ここで「お値段は?」と突っ込みが入ると思います。確かに高いですねーでも豚小屋みたいな店でろくな対応も受けずなんていうよりよっぽどいいと思います。要するにコスト対利益が段違いなのである。

結論ですが、お金を稼ぐために店を開けるというのではなく、いいものを作ったらお金ももうかった、という「パラダイムシフト」しないとだめですよ、ということですね。当たり前か?

どうやって「当たり前へのパラダイムシフト」を可能にするのか?

それは、ずばり!

仕事に自信を持つこと。「炎のおっちゃんの話」をご参照。

お店の収入に頼らないでも生きていける経済体制を築くこと。これはこのホームページの経済コンテンツをくまなくお読みください。

「売上なんてどうだっていい、納得のいくラーメンを出したい」

こういう店主になれるかが成否の分かれ目。

(出展は「一杯の魂―ラーメン人物伝」です)

 

Posted by 猫機長
サンパウロ買い出し紀行
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サンパウロ買い出し紀行

サンパウロ買い出し紀行

何年ぶりか、休暇でサンパウロ市およびモジダスクルーゼス市にいってきました。

今回はおおざっぱにわけて①「とにかく食べる楽しみを追及」し、②ブラジリアでは手に入らない「貴重物品」や情報の取得(DAISOに潜入調査など)、するともに③人生の契機となった場所を再訪し初心にたちもどる(この辺はつまらないかも?ごめんなさい)目的で旅してきました。

まず食い物だが、ブラジリアにもありそうでない、しかしないと狂乱する日本食を毎日食いまくってきたぜ!1年分ため食いで危うくおなかをこわすところだった。

その1、すきやの牛丼

その2 串かつ

その3 生やきそばと実際に食べているところ

そして、贅沢のきわみに「お弁当とうぐいすもち(包装では「きなこもち」)の2本立て超豪華版だ!
というわけで5日間「まるかい」に通い続け、レジのお姉さんたちに顔を覚えられてしまったようです。

ちなみに、ブラジリアでは普通の食生活にもどりました

MIOJO Al OLIO (インスタントラーメン。Al Olio)

リベルダーデ(サンパウロ東洋街)には2店の日本書店がありますが、太陽堂のほうは最近手芸関係?に特化してきており、フォノマギが唯一のこる他分野対応形?の書店となっています。(2019年11月付記。太陽堂は潰れてしまったようです。悲しいな)小生サンパウロ旅行したときは自己啓発のためにもなるべく「ネット購入でない本屋さんで出会った本」を買うことにしてますが、年々バラエティが少なくなっていくような感じでさびしいです。。。

というわけで今回買った本は
百人一首今昔散歩
和歌の読み方(意味)やいろいろなトリビアなど、なかなか楽しい本です。

さて、DENSOじゃなかったみんな大好きDAISOですが、そのまえに南米最大の金融街といわれるCENTRO某地区を歩いてみました。
ブラジル銀行

BOVESPA(サンパウロ金融市場)付近。建物の紋章に英国の影響?が見られます。

付近でこだわりの帽子屋さんを発見。早速店主に小生のかぶっていた帽子(実は日本のZETTAという大衆用の安物、上記牛丼の裏に写っているやつ)をみせびらかし、どうだこういう帽子は売ってないだろーと冷やかしたら、まじめに怒って「うちの帽子は格式が違うんじゃー!」などと言い合いになってしまった。別に言い合いをしにいったのではなくて、サンパウロの職人魂に再び触れることができて嬉しいです。

サンパウロだが絶対経営者はブラジリア(あるいはリオ)だぜ、という上記帽子屋さんとは180度反対の店も発見
商品(サンドイッチ)にやたら張り紙をしているへんな看板

よくみたら「売り切れ」。おまえやる気あるのかゴルア!よくサンパウロでこんな商売やってつぶれないものです。
つぎはイタリア人町BEXIGAにある骨董品市場へ潜入しました。

こんなかんじ。本物の骨董に混じってなにげにニセモノの日本刀がおいてあるところに商魂のたくましさを感じます。
こちらはガラス器具を主力としている店
つい、かぶと虫となると写真を撮ってしまいます。

空母のおもちゃ。やはり気になっちゃうんですよね。これも滑走路の一種ですから。。。(ちなみに、上記本物・偽ものについては小生の主観です)。
飛行機つながりで、サンパウロ飛行クラブを訪問。

博物館が併設されていて、いろいろな展示物がありました

DC3旅客機のアンテナドーム

40年代のクラブ風景。ブラジリアはいまでもこんな感じだなあ。。

ファーストソロフライト(教官なしの単独飛行)のときに飛行機に結わえ付けていた旗と「ファーストソロ証明書」

すっちいさんと子猫女性パイロットについての展示

飛行帽。まだ吹きさらしで飛んでいた時代は必需品だったそうです。
場所変わりましてコンゴニャス空港すぐ近くの「飛行気乗りの隠れ家」

ここで航法・航空法規関連の参考書籍を買いました
その他の点描や情報

・今回LARGO SANTA CECILIAそのものにあるホテルに泊まりました(一泊R$65)。

でも驚いたのは宿泊者もフロントアテンダントもみんなアフリカ系で、アンゴラに迷い込んだような雰囲気になってしまった。小生の部屋の目の前が食堂になっており、毎晩アンゴラ人みたいなおにいちゃんが一人いひひひなんてコンピュータをいじっていたが、今考えてみれば警備員だったと理解。朝食時にはなぜか近くの交番から軍警察の警察官が朝ごはんを食べに来ていました(治安上は上策と思います、はい)
部屋に窓はあったがこんな感じでした
・すぐ近く、でもないがSHOPPING CENTER HIGIENOPOLISがあり、そこの本屋で買った雑誌を読みながらSTARBUCKSで休憩しました。

ちなみにISTO E DINHEIROで特集「レアルプランの20年」があり、レアル誕生秘話みたいなすごい記事がいっぱい載っていた。とりあえずの重要データとしては◎レアルが成功したのはまず事前にURV導入など含め国民に十分説明し、公共部門のARROCHO FISCAL(緊縮)など政府の具体的決意・成功の裏づけを見せたから。◎レアルの基礎は①為替管理②インフレターゲット③RSPONSABILIDADE FISCAL(財政責任法等財政管理)の三脚にある。◎しかしブラジル経済の安定にはレアルが国際基軸通貨(ドル、円、ユーロ)として通用するくらい安定・流通しなければならない。このためには中国のような大輸出国(ブラジルは世界25位)となり、貿易とともに巨額の金額が世界をまたにかけて動くようになる必要がある。◎従って、レアルプランの最大優先事項はインフレ沈静ともに国際競争力の強化が必須となる。このためにはインフラ整備や人材育成が鍵である。

・SHOPPING HIGIENOPOLISですが、おとぎの国から抜け出てきた王様やお姫様のようなセレブ(スリマラさんみたいな感じ)が徘徊していて、サンパウロ消費者の豪勢さを痛感(小生は靴磨き少年みたいな感じ)。このショッピングは優良なサービスがそろっているので皆さんがサンパウロに寄った際はぜひ素敵な物品の購入や映画館の利用など活用してください。なお、場所柄かヒトラー等ナチに関する書籍や物品は見当たらず。

・LARGO SÃO JOSE DE BELEMへ行ってきました。

IGREJA MATRIZ DE SÃO JOSE DE BELEM

このLARGO(広場)は大学受験の試験場だった場所で、なぜか「小学校教師のおばさん2人組」となかよしになり、試験のあいまに「合格しようね、がんばろうね」と励ましあった記憶があります。
試験場となった小学校校舎
子猫たちへのお土産のパネトーネはここで買っています。前回来たときは個人経営だったスーパーが今はEXTRAに変わってしまっていました。

その他、スペースがないので簡単な説明にとどめます
大学卒業前後過ごした安アパート(緑色の壁の部分、3階。サンパウロ市ピニェイロス地区)
ブラジルに移住して初めて住んだ家(今はレストランになっちゃいました。モジダスクルーゼス市)
「さうだーで」ですね、というわけで以下リンクして結びとします。ちなみにポルトガルの歌であり、Mariquinhasは固有名詞でありブラジルで言うような悪趣味な意味はないので念のため。

Foi no Domingo passado que passei
À casa onde vivia a Mariquinhas
Mas está tudo tão mudado
Que não vi em nenhum lado
As tais janelas que tinham tabuinhas

Do rés-do-chão ao telhado
Não vi nada, nada, nada
Que pudesse recordar-me a Mariquinhas
E há um vidro pegado e azulado
Onde via as tabuinhas

Recordações de calor
E das saudades o gosto eu vou procurar esquecer
Numas ginjinhas

Pois dar de beber à dor é o melhor
Já dizia a Mariquinhas

ではでは

Posted by 猫機長