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偵察機の話

軍用機と言えば、武器弾薬をぶっぱなして敵を爆殺するというイメージがありますが、一発の銃弾も持たずに敵陣深く飛んでゆき、でも戦争を左右するような重要な役割を担う飛行機があります。

それが「偵察機」

前線においては、後方における敵の状況は分からず。一見いかにも脆そうな敵の防御網の後ろに想像を絶する火砲陣地を隠しているかも?など、後方の敵情を知ることが勝敗のカギを握っています。

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」。

ナポレオンのような天才は、ロシアやプロシアの軍隊の動きを見て、その後方における実情を見通し、各個撃破などしましたが、飛行機の出現で、天才でなくてもふつーに敵の弱点などを探ることができるようになった。

第一次大戦当初は、連合国側も同盟国側も偵察員を乗せた飛行機を飛ばして敵情を探り。非武装だったので、途中で敵機と会っても、互いに挨拶して通り過ぎたらしい。

軍用機は偵察機で始まったということですね。。。

そのうち、機関銃を乗せても自らのプロペラを打ち抜かないですむ同調装置の発明によって戦闘機が広く使われるようになり。挨拶どころか、互いに56しあうようになりました。

同調装置によって、機軸に射線を合わせることができ、命中率が劇的に向上した

http://greendragon.car.coocan.jp/mywksothcamel02.htm

 

 

さらには爆撃機など、派手に敵を56しまくる飛行機が生まれたので、偵察機は目だたなくなりましたが、しかし偵察機が戦況を左右する重大なカギを握っていることには変わりはなく。

ミッドウエーで、せっかくアメリカ機動部隊を見つけた偵察機が、通信機の故障で味方に情報を送ることができず。日本側が空母4隻を喪失する重大な原因の一つとなるなど、偵察機はゲームチェンジャーとなる要素を持った恐ろしい飛行機なのである。

そんな偵察機とは、どんな飛行機なのか。

その1:長大な航続距離

第二次大戦の欧州戦線では、常時数百機に上る巨人爆撃機の編隊が雲霞のごとくドイツの主要都市を覆い、ドイツの工業を壊滅に追い込みました。

しかし、数百機とはいえ、一度に爆撃できる目標は限られている。主要都市といっても、ベルリン、ドレスデン、ライプチヒ、ハンブルグ、ミュンヘン、ケルンと、いくらでもあり。

どこがドイツ産業の生命線なのか?

スパイだのなんだのからの情報から、どうやらドイツのアキレス腱は「ボールベアリング工業」ということが分かってきた。この生産工場を灰燼に帰してしまえば、メッサー戦闘機もティーゲル戦車も動けなくなってしまうぞ!

そのボールべアリング工業は、シュヴァインフルトとレーゲンスブルクに集中しているらしい。

しかし、爆撃を成功させるためには

◎「シュヴァインフルトとレーゲンスブルク」のどのへんに諸工場が集中しているのか。

◎これら2都市に達するまでに、ドイツはどのような防空陣地を構築しているのか。

◎周辺のどの基地から、どのくらい数のメッサ―が飛んでくるのか

◎工場と住宅地がどんな感じで隣接しているのか。工場に爆弾を落とすつもりが、周辺の住宅街を焼き払うだけになってしまわないか

◎爆撃後の退避路は?イギリスにもどるか?あるいはアフリカへ向かうか?

要すれば綿密な爆撃計画が必要であり、計画策定に必須な上記の情報を収集したのが偵察機だったのである。

すみませんシュヴァインフルト‐レーゲンスブルク爆撃の偵察自体に使われたのかはわからなったのですが、こうしたドイツ内陸への偵察に重要な役割を担った偵察機があります。

その名も「スピットファイア」

あれ?スピットファイアって、ドーバー海峡を越えるていどで燃料切れになっちゃうんじゃなかったっけ?

そのとおりです。でも、それは戦闘機型です。

機銃とかを下ろして、写真機と燃料タンクを増設した偵察型のスピットファイアがありました。

ドイツの奥地まで侵入していったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
動画Spitfire over Berlin https://www.youtube.com/watch?v=ljqPi-aVh8M
この映画ではベルリンまで行ったことになっています

 

 

要すれば、フツーの軍用機では到達できない航続距離が偵察機の特色ということですね。

その2:卓越した高空性能

軽飛行機で飛んでいて「もっと高く飛べたらなー」と如実に思います。

こんな飛行機で飛んでいます

 

 

性能上は、別にFL095(高度3000メートル)まではらくらくなのですが、ジェット旅客機の航路と干渉しないように、軽飛行機はせいぜいFL075(高度2500メートル)までしか飛べないことになっており。ぼくが日常飛んでいるブラジリア空港近辺では高度上限が原則5200フィート(1700メートル)なので、感覚的には低空をはいずり回る感じになってしまっています。

管制空域を脱して、2500メートルまであがると、うって変わって周辺の景色が見やすくなります。

高度が高ければ高いほど視認・視察できる範囲は累乗的に拡大していくのである。

日本が世界に先駆けて作った戦略偵察機の「百式司令部偵察機」も世界最高峰の高空性能をもっており。

「写真屋のジョー」「ビルマの通り魔」といわれ、日本陸軍いくところその最先端には必ずこの飛行機がいた。

隼がかくかくたる戦果を挙げることができたのも、常に百式偵察機がはるか奥地の敵情をめんみつに伝えたからという意見もあります。

百式偵察機は、与圧装置を備えたB29とも互角の高度まで上がれたほか、開戦当時は米英の戦闘機が追いつけない俊足を持っていました。

 

 

高高度というと「U2」偵察機が代表的です。

高高度すぎて、U2のパイロットは宇宙服みたいなのを着て、酸素供給を受けないと一瞬で凍死してしまうらしい。

機体の方も、無理やり高高度まで上げているため、機体の安定が悪く、ちょっとでもパイロットが制御を間違うと、バランスを崩して失速していまうという恐ろしい飛行機になってしまいました。

U2偵察機 https://news.yahoo.co.jp/articles/12c998b40a205dc218f41092be678598a3e4aa9c

 

 

その3:速力

「我二追イツクグラマンナシ」

マニアの間では有名な言葉です。

彩雲偵察機というのがあり。当時最新の「誉」エンジンを積んで、日本機では達成できなかった高速性能を得ることができました。

武装を持たない(写真機と燃料でいっぱいっぱいの)偵察機にとって、スピードが生命線です。

ただ、日本の場合、悲惨なのは「我に追イツクグラマンナシ」で、はっきり言って鈍足の艦上機グラマンは振り切れても、米陸軍航空軍のピーシュータ―(追跡戦闘機)であるP51やP47には捕まって、哀れ火だるま、撃墜されてしまったらしい。

「誉」とはいえ、グリフォンとかのバケモノエンジンなどには比べるべくもなく。

非力なエンジンを120%活用するため、エンジン直径ぎりぎりに胴体を絞り込んだ、流麗というよりは悲痛な機体をみるにつけ、なぜ日本はこんな絶望的な工夫に訴えた飛行機を作ってまで戦争に突入しなければならなかったのかと、悲しくなります。

https://onemore01.blog.ss-blog.jp/2016-10-31

 

 

一方、余裕しゃくしゃく、なにげに優秀なエンジンをなにげに天才なパッケージでつつみ、大成功したのが「モスキトー」。

こちらはなにもいうことなし。デハビランドの双発機は、初代コメットやドラゴンラピードなど、とにかく美しいですね。。。

https://ameblo.jp/rx7fd3s917/entry-12491186336.html

 

 

最後は、やっぱりアメ公について

Dissertação ProfHistória Unespar_Sidney Catelão.pdf (capes.gov.br)
 

 

上の画像は、1942年にブラジルで販売されていた「リーダーズ・ダイジェスト」ポルトガル語版の広告です。

「一門の機関砲もなしに日本人を撃破」というタイトルで、以下要約ですが

「非武装のP38がラバウルの日本基地に低空偵察を敢行。写真撮影を終えるまでに零戦から銃撃され、エンジン1基がストップしたが、そのまま8キロ上昇し多数の零戦を引き離した。この写真は、サンゴ海海戦の勝利に大いに貢献した。ロッキードの飛行機はすごいぞ!」

はっきり言って、片肺飛行で8000メートル上昇なんて無理です。これは脚色でしょう。

でも、ほかの部分、つまり零戦の機銃でボコされながらも、零戦にはない上昇力と速力でまんまと多数の零戦を「まいた」というのは事実かもしれん。

P38にしろモスキートにしろ、偵察だの戦闘だの爆撃だの、なんでもござれの余裕しゃくしゃくの飛行機を無数にそろえた米英と、彩雲など、一つの目的に特化してなんとか世界を凌ぐ飛行機を作ろうとした日本。やっぱり食い物が違うのかもしれませんね。

ではでは

Posted by 猫機長
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アメリカでジェネアビが盛んな理由

ジェネアビってなに?

ジェネラルアビエーションの略です。軍などの公的組織や、JALみたいな国策航空会社などを除いた、個人起業家の経営するエアタクシーとか、たんにレジャーでセスナに乗っている個人パイロットとか、そういった人々で構築される航空コミュニティのことです。

アメリカでは、18歳の少年から60越えのじっさままで、無数のレジャーパイロットがおり。オシュコシュの航空イベントなどでは、二次大戦の戦闘機や最先端のジェット戦闘機が、自宅の庭で組み立てた自作機と同じ会場で展示されたり、とにかく民間における航空産業の浸透というかすそ野が桁違いに広くなっています。

https://airshowstuff.com/v4/tag/airventure/

 

 

一方、国によっては、自作機とかは河原桟敷の滑走路に追いやられて、一点飛行すなわちせいぜい滑走路周辺の空域をぐるぐまわるだけしか許されていない、なんていうのもあります。

さいわいブラジル在住なので、自作機でも免許(LSAパイロット)を取れば、エアラインの旅客機にまじって地方空港に離着陸でき。アメリカを見習っている国の良さを感じます。

LSAやULP、自作機を排除しようとする国の気持ちもわからないではない。羽田だの成田だの、狭い日本の大きくても着陸のしにくい(日本は気流が荒いです)空港に世界中から旅客機が押し寄せ、その着陸経路を横切るとは言わないけれどそれに近い感じで無数のヘリコプターが乱舞している状況では、ただでさえ管制官とか、「狂うぞ!」なのに、さらにのこのこと自作機が飛んで来たら。。。「しっしっ!消えろ!来るな!」と言いたくなる気持ちもわかります。

ちいさなLSA(自作機。でも完成品を購入)に乗っています

 

でも、ニューヨークやアトランタも同じですよね。。。。

確かに、アメリカにはカナダとの国境とか、人っ子一人いない自由な空域も多いけれど、それにしても政府が全力で自家用機の普及をバックアップして、文字通り日常の足としてセスナとかを使いまわす民間パイロットが無数にいるのです。

そんなことをしたら、エアトラフィックが渋滞して、管制が困難にならないのだろうか?

アメリカは、実はあえてエアトラフィックを「混雑させよう」としているのです。

それには、恐ろしい理由があります。

その理由の名は「マリアナの記憶」

南太平洋に、マリアナ諸島という美しい島々があります。

第二次大戦で、日米の決戦場になり。敵味方それぞれ500機以上だったか?が入り乱れて、大空中戦が繰り広げられました。

日本は当時世界一だった零戦。アメリカは新鋭のグラマンを投入し、飛行機の性能は互角でした。

その結果、引き分け、ではなく。

日本側はほとんど全機撃墜され。アメリカはこれまたほとんど無傷という一方的な勝利となりました。

日本機がまるで農場の七面鳥みたいにやすやすと撃つ56されたため、米パイロットの間で「マリアナのターキーシュート(七面鳥撃ち)」として有名になってしまいました。

パイロットの技量に差がありすぎたのである。

1941年12月に始まった太平洋戦争ですが、マリアナ沖海戦の1944年までに、日本側は歴戦のパイロットはほとんど4んじまい。

それでも飛行機の方は、なんとかマリアナまでに数をそろえたのですが、パイロットがいないじゃん、ということにいまさらに気づき。

Pixabay無料画像

 

そのへんの子供たちを「少年飛行兵だ」などとかどわかし、たいして訓練もしないうちに、とにかく員数をそろえるため、前線へ送り出してしまった。

とある空母の整備長の記憶として、以下のようなのがあります。

ある少年飛行兵が、整備長に対して

「整備長どの、私は離艦(離陸)はできますが、着艦はできません(技量未熟)。しかしながら、御恩にはかならず報いてまいります。ありがとうございました」

つまり、いったん発艦すれば、燃料や銃弾の尽きるまで戦い続け、最後は敵に体当たりするということです。

整備長は、この飛行兵が出撃したのち、男泣きに泣いたそうです。

陸上の滑走路になんとか着陸できる程度では、とても空母への着艦は不可能。

 

 

一方アメリカはどうだったか。

もちろん開戦から数年の間に、多数のパイロットが負傷などで戦線を離脱。というか、負傷などしなくても、一定の回数の戦闘をこなせば、ご褒美として休暇をもらい、後方で素敵女子とダンスなど楽しんでいたらしい。

アメリカの場合、その辺から子供をさらってこなくとも、十分な操縦技量を持った民間パイロットたちが、普段からエアトラフィックで通信しながらいくらでも飛んでいたのでした。

こうした民間パイロットが補充に押し寄せ。

若くて生きのいいのは、空戦技術を教えて戦闘機に乗せ、人56しに使い。年寄とか運動神経の鈍いのは、教官として、初級操縦訓練に臨む若者たちが前線へ56されにいくための調教をさせ、あるいは座学の教官として気象なり航法なり、航空通信なりを教えさせた。

こうして、アメリカは1万5千機生産したグラマンの全機に、そこそこ訓練を積んだ優秀なパイロットを乗せることに成功したのでした。

アメリカの場合、平時からジェネアビ(民間航空)を奨励することによって、軍隊がお金をかけてカデット(候補生)を養成するのは最小限にしておいて、あとは必要に応じて民間が自費で養成するパイロットで置き換えるという準備をちゃくちゃくと進めていたのです。

未確認情報ですが、F-16のパイロットを養成するのに約500万ドル(約7億円)かかるらしい。

エアラインパイロットの場合、航空大学校とかは軍(自衛隊)の予算外だし、ANAだのなんだのの自社養成では、文字通り民間が費用負担してパイロットを養成してくれる。

レジャーパイロットなんて、自分の財布からお金をはたいて飛行学校に行き、免許を取ったら今度はセスナを買って業界を潤すわけですから、軍から見ればうはうは!ですよね。

ちなみに、ぼくがLSA免許取ったときは、総額で100万円くらいかかったですかねーもちろん軍から見れば雀の涙でしょうが、こうした個人パイロットの増加はやっぱりうはうは!です。

これは、戦時ともなれば、軍がお金をかけて養成した純粋培養のパイロットは重要な戦線に使用する最先端の戦闘機用にとっておき、一方で、携行対空ロケットとか地上砲火の餌食にして敵の弾薬を消費させるための、「どうでもいい」COIN機や観測機には、民間からの招集でまかなうことができるからです。

セスナ観測機。ちょっと古いけど https://planesoffame.org/aircraft/plane-L-19

 

 

ああ無情。。。

要すれば、国防意識の充実したアメリカはじめ西側諸国の指導層にとって、民間パイロットなんて、戦時のためのスペアとして、日々自腹で訓練させられているかわいそうな存在にすぎないということである。

書いていて思い出すのは、とある空軍軍人が「空軍機は、機体にストレスをかけたくないので、気象条件が悪い時には飛行を見合わせるが、民間機は、とにかく運航ダイヤ通りでないと会社がつぶれるので、ITCZ(熱帯収束帯)だろうが積乱雲だろうがお構いなしに突っ込んでいく。とてもそんな狂ったまねはぼくにはできない」と言っていたことです。

言い換えれば「ITCZにおける機体へのストレスの観測及び最も安全性の高い通過方法の研究」について「軍に肩代わりして研究・実験してくれてありがとうね」という意味なのです。

でも、こうしたやり方で、軍を責めるわけにもいかず。

第二次大戦では、ビルマから中国へ米英の空軍輸送機がヒマラヤを超えて物資を輸送しましたが、当時は民間の定期便などはなく、手探りの状態で飛行決行するしかなかった輸送機の半数近くがヒマラヤ越えの乱気流で墜落したそうです。

ハンプ越えと言われた難所で、投入されたC46輸送機

 

 

軍から見れば、平時から情報収集をしておくことがいざというときの生き残りに直結するということなのですね。

というわけで、皆さんがジェット旅客機で空の旅をしているとき、じつはCAさんとかが「機内の酸素濃度を低めにしたら、ある客は酸欠ですぐ寝た。でも別の客は酒で酔わせても平気で起きていた」とか、「エコノミー症候群を起こさせるためのアテンド方法の実験」など、いろいろな情報を蓄積して「生きた家畜(兵員)の輸送に係る実験」なんて言って空軍に提供しているかもしれませんよ?ゆめゆめご油断なされるな、とおどかして、終わりにします。

ではでは。。。。

 

Posted by 猫機長
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男性の性、女性の性

男性の性、女性の性

世はバレンタインで盛り上がっています。ぼくも、ちょっと恋愛について書いてみようかな。。。

というわけで、恐るべき男女の「さが」について掲載するのでした。

男性の場合はともかく単純明快である。

セクシーな素敵女子を目の当たりにすると、うおおおー!と、情熱の発作にうなされ、狂おしく行い。一気に発散して、ああよかったね、で終わってしまいます。

ところが、女性というものはとてもそうはいかず。

https://br.freepik.com/fotos-premium/dois-gatinhos-abracados_65021602.htm
 

まずは出会いから。

フェイスブックだの、どこかのショッピングで出会っただの、場合によっては親戚のお通夜で出会ったとか、きっかけはいろいろあるのですが、だいたいWhatsappの交換からはじまり。

さいしょのうちは、やれ晩御飯は何を食べただの、女性の方の娘の学校がどうだっただの、とりとめのない話がつづき。

ここが要注意で、男の方では、このとりとめのない話に、無理やり起承転結をつけて、目標→活動→成果を可視化しようとしてしまいます。男性にとって、コミュニケーションとは、何か解決すべき課題について認知し、その解決に導くツールなので、要すれば結論のない話というものは生理的に耐えられないのです。

でも、ここで男はぐっとこらえなければなりません。

女性から「クッキーがうまく焼けなくて悩んでいるの」というメッセージが来たとします。

ここで、男の方は、間違っても「小麦粉の濃度を調整しよう」「オーブンの温度を変えてみよう」などという「解決策の提示」はやってはいけません。

正しい答えは

「それはたいへんだねー」「クッキーっておいしいよねー」「でも○○ちゃんのクッキーはいつもおいしいよー」とか、要すれば相槌をうっていればよいのです。

女性の会話というものは、小鳥のさえずりとおなじで?さえずること自体に意義があり。さえずることで優しさいっぱいのコミュニケーションをしており、その内容自体は別にどうでもよいのです。

*小鳥のコミュニケーションではちゃんと三項関係が成り立っているよ!というような突っ込みはやめましょう。こうした突っ込み自体が「男性脳」の解釈であり、ふられる原因になってしまいます。

女性の性(さが)。

「神の雫」https://www.sukima.me/bv/st/BT0001432866/v/1/p/1 より

 

 

「クッキーが作れなくてつらいのー」という言葉を真に受けて「ボーメ度を3%から6%に調整し、湿度が40%を超えればかん水の濃度を半減させろ。辛いなどという感情的な判断はするな」なんて、男に対するような回答をしたら、いっぺんで「はっきり言って、あなたモテないでしょ」と振られてしまうでしょう。

「つらいのー」なんていわれて、まじめな男性ほど回答に窮してしまうでしょうが、ここは「僕もクッキーだいすきなのー」とか、てきとうに向こうから出してきた言葉と、なんかポジティブな言葉をつなげば、和やかな会話が続いていきます。

内容的に脈絡があるかなんて、どうでもいいのです。

わざと脈絡を抹殺して

「ぼく頭が弱くてつらいのー」なんてやれば、きゃははは!なんてよろこんでくれることうけあい!

さて。

男の場合、下記再掲の3行でことは成就してしまいました。

「男性の場合はともかく単純明快である。

セクシーな素敵女子を目の当たりにすると、うおおおー!と、情熱の発作にうなされ、狂おしく行い。一気に発散して、ああよかったね、で終わってしまいます。」

男性の性(さが)。

左出典はhttps://note.com/onepiece_kingdom/n/n8222bb4115f3

右出典はhttps://ameblo.jp/6n-6oll/entry-12266268823.html

 

 

女性の場合は、すでに30行が消費されています(原稿の書式による計算)。

でもまだまだ続くのだった。

Whatsapp交換後のこうしたやり取りが長期化していきますが、実は、それはかなり良い兆候です。

だいたい仕事から帰ってきて、ビールいっぱい、一休みだ!というころ合いに、狙ったようにWhatsappがぴっこーん!

「今日は、とても大きな魚を買ってきたの」

「大きな魚、おいしいね」

「でも、小さな魚の方が好きなの」

「僕もちいさな魚大好きなの」

「雨で靴下が濡れちゃった」

「じめじめ、いやだね、大変だね」

「でもたい焼き屋さんに行って、とてもおいしかったの」

「うんうん、たい焼きっておいしいね」

と40分は延々と続くことを覚悟せねばならず。

しかし、この時、女性の方はあなたに安心しきって、小鳥のようにぴよぴよちゅんちゅんとさえずっているのです。

ぜひ心行くまでさえずらせてあげましょう。

こうした習慣が続いていくうち、女性の方で、あたかもあなたがご主人で、彼女は奥さんであるかのように錯覚していきます。

そこまでくれば、時は至れりです。

元ネタでは「時は迫れり」でした

https://aucview.com/yahoo/f125107612/

 

 

頃合いをみて、彼女をランデヴーにさそいましょう。

ここに行くまでのスピードは、ぼくの経験では、最短で3日。最長で1か月ちょっとでした。

3日から1か月と、ここまで違うのは、女性側の個性の違いもありますが、こちらの出張とかの都合で、デートを引き延ばしていたなんてこともあります。ようするに、あなたの生活に合わせたリズムでデートを決めればよいということである。

さて、デートです。

何度かデートを重ねて、おもむろに。。。。というのもあれば、初デートでぶちゅーというのもあったりします。

ブラジルの場合、男女でもハグがふつーの挨拶なので、そのハグでぎゅーっと抱きしめてくるような女性は、そのまま次の段階に進んでしまえばよいし、なんか控えめ、怖がっているみたいだったら、デートを重ねてさらに安心させましょう。

ここまででさらに30行消費。

デートの次はお持ち帰りです。

ここまでとりとめのない会話をつづけることができたあなたと彼女は、フィーリングがとても合った、お似合いのカップルであることを互いに自覚していることでしょう。

彼女も喜んでお持ち帰りされてくれると思います。

でも、ここでいきなりことに及ぼうとしてはいけません。

まず、これまでの会話で何度となく話題になった、「バナナとカラスムギにシナモンの晩餐(朝ごはんでも昼ご飯でもよい)」を二人で食べましょう。

バナナをすぱすぱ切って、シナモンとカラスムギを振りかけただけです。

ポンデケイジョもあるのでした。おいしいな

 

 

この際、アルコールはあまり入れません。彼女の方で受け入れる気になっていればアルコールなんていらないし、また、彼女の方でアルコールを言い訳に使いたそうであれば、その時はワインの一杯(実はもっと少なく)でもロマンチックにかんぱいすればよいのです。

いよいよか?まだまだ。

次は、Richard Claydermanのピアノに乗せて、ロマンチックにチークダンスをしましょう。

Richard Clayderman。

今時の若い女子には「お母さんが大好きだった曲ね」なんていわれちゃうことあり。

 

 

最初はダンスですが、そのうちぴったりくっつきあって、腰を揺らせているだけになっていきます。

ここで、優しさいっぱい、でも情熱的なキスを交わしましょう。

そして、いよいよ。。。。

良い子のブログなので、詳しくは書けませんが、ここでも彼女を尊重して、男が本能で振り回すのではなく、あくまで彼女の気持ちが高まっていくように、優しく前◎しましょう。前◎はライトでいいのですが、終了後の「ピロートーク」はとても重要なので、彼女がさえずり疲れて眠ってしまうくらいまで付き合ってあげましょう。男の方が先にぐーぐー寝ちゃうなんてのは論外。

ここまで何行かかったか、計算できなくなってしまいました。

これは、女性にとって、セックスとは壮大なロマンスであるということなのです。

愛と哀しみの果てに https://www.youtube.com/watch?v=Rjzf_cWzlp8

 

 

さて、ここで大団円ではなく、「愛してる」の後に果てしなく続く恐るべき日々がまっています。

ここまで読んでげっそりしてしまったナイスガイはいないでしょうか。それでも男性を魅了してやまない女性という魔性の生き物に、大いなる敬意を表して、結びとさせていただきます。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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写真集:地上の保守から日常のドジまで

写真集:地上の保守から日常のドジまで

*元ネタは「地上の星」です

記事作成のために写真を撮りためていると、なかなか捨てがたいけれど、といって記事を構成するほどの量もないし。。。というのが出てきます。

というわけで、今回は、とりとめのない、起承転結もない、なんか彼女、奥さん、パートナーからえんえんと聞かされるたぐいの、ぐだぐだうだうだ、「それで結論は?」みたいな記事になってしまいましたが、まあまあ細かいこと言わんと、日本ではなかなか見られない写真をお楽しみください。

◎ポルシェのある風景(地上の保守)

レプリカ356A。なかなかかわゆいので、飛行機の保守整備をしている傍らから撮影。

こんな飛行機に乗っています

 

 

◎のら牛のいる風景

飛行クラブを囲むようにして農地が広がっています。そこから逃げ出してのら牛になったのと遭遇した時に撮った写真です。のらですが、自分でまた畜舎に帰っていくらしい。

 

 

◎ブラジリアの空

同じ日に撮った写真。雨季の終わりの雲がある風景。

 

 

◎雨季の終わりの飛行

同じ日の早朝。まだ雲が発生していなくて青空です。雨季も終わりの5月1日でした。

 

 

◎日常のドジ

まずは、ご視聴ください

Tik Tok バージョン https://www.tiktok.com/@shisho_nara/video/7235324977401122056

FBバージョン https://web.facebook.com/watch/?v=480234412384965

 

 

歌詞全文はこちら

  してたはずのメガネ

  買ったはずの豆腐

  みんな何処へいった

  記憶たどるけれど無く

  財布忘れ行った

  街角のスーパー

  自転車で出掛けて

  徒歩で帰宅してしまう

  前を走る車 急に左折すると 

  つられて自分も左折

  つばめよ 教えておくれ

  今何をしに2階に来たか

  つばめよ 私の豆腐

  今何処にあるのだろう

いやいや他人事じゃないですねー

♪してたはずのめがねー♪

尾翼の上で発見

 

 

最後に、飛行の後の憩いのひと時

 

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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アドセンス入金、零戦のスリット、U2飛行艇

◎アドセンス入金

以前の記事で、アドセンス開設した話を書きました。以下、その記事で書いたことのおさらいも含め今回、アドセンス報酬初入金だ!なので、お知らせします。

さて。

ホームページ作成の楽しみの一つに、アフィリエイトでお小遣いを。。。というのがあります。

アフィリエイトのかんたん概念図。

まず、①広告主が「アフィリエイトサービスプロパイダー(ASP)」に広告依頼。

②ASPはブロガー(アフィリエイター)に広告提供。

③ブロガーは、HPに広告を貼り付け。

④読者がクリック、あるいは広告製品購入し、⑤利益発生

⑥この利益がASPからブロガーへ還元。

ちなみに、ASPとしては楽天、A8、afbなどなどあり。アドセンスとアフィリエイトはちがうぞ!という人もいますが、どちらも広告収入です、ということで、細かいこと言わんと!進めさせていただきます。

もちろんプロのブロガーみたいに「アフィリエイト収入で億り人」というのではなく、HP作成や更新そのものが趣味であるところに、プラスアルファでアドセンスも、という感じです。

要するに、パチプロではなく、ちんちんじゃらじゃら、という玉打ちそのものをほどほどに楽しむ、という感じですねー。

広告を貼るには、アドセンスの他にも楽天だのなんだのあるのですが、報酬については、支払先口座を日本に持っている必要があり。日本人向けのHPで支払先はぼくの居住地ブラジルの口座、というのができるのはアドセンスしかなく。

ただ、アドセンスの本拠はアメリカらしく、報酬支払いに当たっては米当局の出した何とかフォーム(様式)に従う必要があるとか、いろいろややこしかったのですが、その後しっかり報酬の発生状況などがアドセンスの画面で分かるようになったので、一安心はしていた。

アドセンスの画面

 

 

さて、肝心の報酬発生ですが、こちらはすずめのなみだのごとく。平均で毎月2ドル程度、うまくいって30ドルくらいですかねーというわけで、100ドルたまるのに4年かかりました。

報酬のぼくの口座への送金は100ドルごとに、というシステムになっており、ちょうど100ドル貯まった去年の12月、「送金先のデータを確認せい」というメールが来ました。別にメールの内容自体で間違った部分はなかったので、これでいいですよ、と返したら、今度は「商業日で6日間の間に送金するので、入金されていなかったら連絡しろ、というのが来ました。

これって、死亡フラグですよね。。。

よく聞く話に、最初は順調にたまっていくが、100ドルに達する直前にアドセンスから「おまえのHPはエロサイトだ。打ち切り」とBanされてしまうというのがあり。

別にBanされなくても、送金されるはずがいろいろあってされないまま、いくら泣こうがわめこうがそのまま消滅。。。とかになったりして。

特に、100ドルが貯まったのがクリスマスの時期に重なったので、これはアメ公のオペレーター野郎がものの見事に忘れ、「幻の報酬」になってしまうのだなーとあきらめていました。

6日間はあっという間に過ぎ。

やっぱりアドセンスからなにもこなかったねーと思ったら、口座の明細に、なんかへんな「為替送金」みたいなのがあり。

この金額が、だいたい100ドルを現地通貨にした金額だったので、これのことじゃね?と気が付きました。

上記の中のR$475.14です。あやうく見落とすところでした

 

 

へええーアメリカはやっぱり違いますねえ。

ほんとに送金してくるとは思いませんでした。めでたしめでたし

でも、もっとはっきり「アドセンス送金」みたいに書いてほしかった。危うく銀行に「身に覚えのないトランザクションが来たぞ!二度と起きないように封鎖しろ!」と言っちゃうところでした。。。。

アメリカの送金用フォーム。その名もW-8BENだそうです

 

 

◎Quora回答でアドセンス広告を稼ぐ

Quoaraという、Yahoo知恵袋みたいなQ&Aサイトがあり。ぼくはほとんど回答専門で、回答の中にぼくのHPのリンクを入れることでアドセンス広告を稼ぐ重要な一助となっています。Quoraのいいところは、どんどん回答にリンクを張れるところですねーということで、一例を添付します

質問:飛行艇のUS-2はなぜあんなに遅く飛べるの?

回答:興味深いご質問で、思わず回答。

US2が遅く飛べるのは、4発のエンジンに加えて、実はもう1発「遅く飛ぶためのエンジン」を秘蔵っ子として隠し持っているからなのです。

秘蔵っ子なので、外からは見えにくいのですが、両翼に挟まれた胴体のなかに、「圧縮空気発生装置用ターボシャフトエンジン」、通称「BLCエンジン」というのが埋め込まれています。

画像出展:

防衛庁に救難飛行艇「US-1A改」用圧縮空気発生装置(BLC装置)を納入 | プレスリリース | 川崎重工業株式会社

 

 
このエンジンは、正確には、「遅く飛ぶためのエンジン」というより、「遅くても飛ぶことができるようにするエンジン」です。同じか?

このエンジンで生み出した圧縮空気を、フラップ直上から噴き出すことによって、巨大なフラップを90度か?みたいに極端に下げても、気流の剥離を起こさず、強力な揚力を生むようになっています。(これを境界層制御:BLCといいます)

画像出展:最新鋭機「US-2」の能力

 

 
この吹き出し機構によって、時速90キロという恐るべき低速でも離陸できるようになり。でも、遅すぎて舵の効きも悪くなってしまうので、エレベーターやラダーにも同じような吹き出し機構が付いています。

秘蔵っ子の補助エンジン、ということだけだったら、別にUS2の専売特許ではなく。P2哨戒機にも、左右両エンジンの外側にそれぞれ1基づつ補助のジェットエンジンが付いています。でも、ぱっと見は補助燃料タンク、あるいは爆弾かな?みたいで、つい見落とします。

P2哨戒機 パブリックドメイン

 

 
ふつー補助エンジンは、飛行機の推力を増してスピードを高めるためのエンジンなのですが、US2のエンジンは、この逆の用途に使われる、あまのじゃくなエンジンなのでした。

ちなみに、US2と同じく4発のターボプロップ機P3Cの失速速度は時速207キロだそうで、時速90キロで離水できる、というのがいかに恐るべきものであるかがわかると思います。

P3C

https://blog.bianch.com.br/aviacao-naval-saiba-o-que-e-e-o-que-faz-um-aviador-naval/orion-usnavy-750pix/

 

 
US2は、その他にも「3メートルの高波でも離着水できる」などの性能を持っており、これを可能とするために数々の工夫がなされています。それ等については、こちらの記事をご参照ください。→空を飛ぶ船のお話 – アーリーリタイア

こちらで紹介されました

獎賞回答集

飛行機 戦闘機

 

 

◎零戦の「スリット」について

みんな大好き零戦。子供のころ「学研の図鑑」に描かれた零戦のイラストを持て、あれ機首の方にへんな「すきま」が開いてるね、と発見したことはなかったでしょうか。

https://hobby.dengeki.com/news/747425/

 

 

 

 

この切り欠きを見て、日本の工作技術はだめだめだなあ、とか、こんなところに換気用の穴が開いてる、サンバーみたいとかの感想を皆さんいだいたかと思います。

サンバー。フロントのウインカーの間にある換気扉に注目。

https://www.subaru.jp/onlinemuseum/find/collection/1st-sambar-van/

 

 

この切り欠きは、工作がずさんで開いちゃった、というものではなく。防火隔壁に沿って設置した「スリット」のことなのでした。

飛行機のエンジンはものすごい高温になります。

そのエンジンの後ろにあるエンジンベッドやオイルタンクが異常高温になることを避けるため、空気抜きをするための穴だった。

飛燕とゼロ戦

 

 

https://ameblo.jp/mobamatsu/entry-12635616485.html

 

 

 

 

スリットは雷電や隼などなど、陸海軍機問わず様々な飛行機で設置され。

https://www.google.com/url?sa=i&url=http%3A%2F%2Fwww.nags-gallery.com%2Fgallery%2FJ2M3.htm&psig=AOvVaw1zDxt0YTZGpmXdlHx2AH6e&ust=1705114788164000&source=images&cd=vfe&opi=89978449&ved=0CBQQjhxqFwoTCPDL37bt1oMDFQAAAAAdAAAAABAV

 

 

https://www.nags-gallery.com/Raiden-cutaway.html

 

 

https://web.motormagazine.co.jp/_ct/17238799

 

 

 

 

スリットは、日本機の特色の一つなのでした。目的は「空気抜き・排気」という事であれば、排気するための空気はどこかから入ってきているはずなのですが。。。。

零戦の場合、カウル下面の滑油冷却器に入った空気がこれに当たる、という意見もありますが、隼、鍾馗、疾風すなわち中島系は滑油冷却器空気取り口そのものの後方から空気が抜けていくようになっているし。。。。

やぱりなぞの隙間なのです。詳しく知っている方がいたら、教えていただけますと幸いです。

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
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空をテーマとした音楽たち

 

 

人間が単なる動物であったころは、本能のまにまに、すべては衝動の世界だったが、エデンの園からの追放、つまり知性を獲得してからは、魂の存在を知覚するようになり。肉体の栄養として食料を生産するとともに、魂の栄養として文化、教養そして芸術を獲得しました。

文明だの教育だのは、まだまだ現世、俗世間での物理的生存のための処世術レベルですが、教養や芸術、と変化していくに従い、情緒、精神つまり魂の調律という、人間のレゾンデートルの根源への到達に近づいてゆき。演劇、絵画など多数の芸術(武道もこれに入る)の中で、もっとも人間の魂の根源に達することができるのが音楽だそうです。

なんてめんどうな理屈はともかく、今回は「空」をテーマとした音楽たちを、ようつべから拾ってきました。

まずはClarinet Concert in A maior – Mozart。

この曲自体が「空」ではないですが、飛行機のある風景ということで掲載。

 

 

La Paloma (はと)

 

 

Cielito Lindo (美しき空)

 

 

スペイン語圏アメリカばっかりだな、ブラジルのも入れよう。

Tico-Tico no Fuba e Pintinhos no Terreiro

 

 

El Condor Pasa これもスペイン語圏

というわけで、もひとつブラジル。

Aviao do Amor (愛の飛行機)

https://www.youtube.com/watch?v=8CqYzpsesTs

Aurora Miranda – AVIÃO DO AMOR – André Filho – Alberto Ribeiro – Odeon 11.088 – 4765 – 15.12.1933 – YouTube

Lamour est Bleu 空は青色、じゃなかった「恋はみずいろ」。まあいいじゃない。

 

 

日本のも入れよう。

コバルトの空(Cobalt Blue Sky)

 

 

もういっちょ!

「飛翔(Soaring)」

 

 

Departure

 

 

Another Sky

 

 

飛行小姐

 

 

パラグアイ

Pajaro Campana Paraguayan Harp

 

 

もう一つパラグアイだ!

Pajaro Chogui

 

 

太陽の歌

 

 

Sous le ciel de Paris パリの空の下で

 

 

ヨーゼフ・シュトラウス「天体の音楽」

 

 

イタリア、フランス、オーストリアとくれば。。。。

ドイツまるだし「ツェッペリン伯爵」

 

 

もう一つ「天の音楽」。イギリスか?スコットランドか?

 

 

最後はアメリカでつね。。。

Sunrise Serenade

日本の運命を決めた決定的瞬間に流れていた曲。

 

 

1941年12月7日、ハワイ真珠湾に向かっていた日本の攻撃隊200機が「一面に広がった厚い雲(産経新聞 https://www.sankei.com/article/20150423-X5LQIRO4MBJFFLAZHECZD5MDFE/ )」により行く手を阻まれてしまい。大海原の上空で困っていた時に、ラジオでハワイ放送を傍受し、放送電波に向けて飛んで行ったら真珠湾に到達した、その曲が「Sunrise Serenade」だったとのことです。(当時の飛行機乗りの回想から。https://dot.asahi.com/dot/2015120500018.html?page=6)

ではでは

 

Posted by 猫機長
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短編集:マフラー修理ほか

◎エンジン音が。。。。

とある吉日。

絶好の飛行日和だねーと、飛行機をハンガーから引っ張り出し。

チェックリスト通り各種点検OK、エンジンスタート、暖機運転、マグネトーチェックなどなどいい感じにこなし。ぐっとブレーキを踏み込んでスロットル全開にしたとき、こころなしか、すかっと抜けたようなかんじで、エンジン音がちょっと高くなり。

なんかいつもに比べうるさいな。でもエンジン計器などすべて問題なしなので、気にせずに離陸しちゃいました。

ぜんぜんいいかんじで飛んでいたのですが、なんかうるさいんですよねースロットルを閉じたときはいいのですが、ちょっとふかすとヴぉろろーみたいになり。

早めに着陸して、マフラーでも見てみるか、とエンジンナセルを覗き込んだら。。。。

排気管がマフラーからすっぽ抜けてました。

 

 

 

 

鬼教官に連絡したら「新しいマフラーを買うより、今のを直した方がよい」ということで、以前ランディングギアを直してもらったお兄ちゃんに連絡。

お兄ちゃんはさっそくマフラーをばらし。

パンチングパイプと言って、無数に穴があいており、ここに排気をくぐらせているパイプがちぎれちゃっていたので、この部分をステンレススチールで作り直すことに。

古いパイプと同じように新しいパイプにパンチングするためマーキング(左)。パンチングされた新しいパイプ(右)

 

 

お兄ちゃんいわく、3000個以上の穴らしい。

ぼくとしては、個数はともかく、純正品と同じ大きさ、同じ間隔で開けているよね?という方が気になったのですが。。。

パンチングパイプを、マフラーの外殻に組み入れ、溶接して完成。

マフラー筒の、左側についている2つの出っ張りが機体側のエンジンベッドにねじ止めされ。筒から出ている4個のたこの口みたいなのが、エンジン各気筒からの排気管と接合する部分です。

 

 

気筒からのエキパイ接続口(たこの口みたいなやつ)の中に、パンチングパイプが見えます。

マフラーとエンジン側からのメインパイプ接続。エンジンもマフラーもエンジンベッド上のゴム(ブッシュ)で振動するため。メインパイプ(エキパイ)とマフラーがわの「たこ口」との接続部でこの振動を吸収できるよう、ばねで連結しています。

完成後の一枚。

 

 

その後、いったん地上でエンジンをまわしてテスト。翌朝そのへんを飛んで、問題なくフィットしていることが確認できました。

 

 

◎一枚の紙

MSN.JPのニュースに「侍ベンチで「便利だ!」と日米納得の”思いやり”が反響拡大「日本では分かりやすい」 (msn.com)」というのがあり。

概要は以下の通り。

「野球のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に出場した日本代表ベンチのたった1枚の”気遣い”に注目が集まっている。球速表示の変換表を発見した米識者が画像を公開。

ベンチに置かれたドリンクキーパー。その側面に1枚の紙が貼られていた。左側には68~104マイルと表記。それぞれの数字の隣には110~167とキロが書かれていた。マイルとキロをすぐに換算できる工夫。米国ではマイルが一般的だが、馴染みのない日本人選手にとって一目で球速変換ができるありがたい表だった。

日本のファンも、 “思いやり”に続々と反応。「日本では、マイルは使わないからねーこういうのあると分かりやすいです」「すごく助かりますね」「これは分かりやすい!」「マイル、キロ換算 これホントいるよねw」「便利だね!」などと納得した様子の声が広がっている。

THE ANSWER編集部」

とのことでした。

その気持ちはよくわかりますよーぼくの軽飛行機にも、コクピットに似たような表を張り付てますからねー

 

 

こちらは、ノット(法定単位)→マイル(速度計の単位)→キロ(ふつーの人が使う単位)、の3段階になっていて、アメリカ生まれの軽飛行機が提示するマイル表示を、管制の素敵女子と交信するときはノット、燃料が持つかな?なんて航法計算するときはキロに変換しています。

あと、アナログの速度計はマイル表示ですが、GPSが表示する対地速度はやっぱりノットなので、対照表で全部ノットにして向かい風、追い風を確認しています。

例えば、GPSで68ノット、速度計で100マイルだったら、対地速度が68ノット→80マイル、速度計は100マイルだから、20マイル→18ノットの向かい風うけちゃってんじゃん、みたいな感じです。

*速度計測のベースはあくまで速度計なので、速度計がマイルである以上、いったんはすべてマイルにしたうえで、改めてノットにして、管制官のお姉さんにすぐ回答できるようにしています。

 

 

◎たかがねじ、されどねじ

似たような話で、軽飛行機のねじの単位があり。

ブラジルは、ヨーロッパふうなので、単位はセンチやミリですが、軽飛行機はアメリカのねじを使っているので、ぜんぶインチです。

結果、ブラジルの工具では軽飛行機の整備ができないので、アメリカの工具を輸入しないと、、、、となってしまうのでした。

といって、オーナであるぼくはせいぜいホイールのねじの閉めぐあいを確認するくらいなので、写真のように、袋ねじ用の工具は中国製のテキトーな奴(インチではある)、そのねじを後から止めているナットは、10番(10センチ)のスパナで代用しちゃってます。

 

 

ときどき閉めぐあいを確認しないと、ねじがはずれて飛んで行っちゃうんですよね。。。

工具の話ついでに。

なんかマイナスドライバーがなくなっちゃったよねーと思っていたら、ひょんなことからかぶと虫のエンジンルームを除いたとき、見事プーリーとエンジン本体(厳密には遮風板)の間でコロコロしていたことに気づき。

 

 

2週間近くこの状態で走っちゃってました。

結局どこにも傷とかつかず、よかったです。めでたしめでたし

 

 

◎ツカノ

ブラジルを代表する鳥に、「ツカノ」というのがおり。

ブラジリアの議員会館で群れを成して行動し、大規模ゼネコンから秘密の献金をうけているかも?という恐ろしい疑惑の種族です。

でも、それは鳥のツカノではなく「ブラジル社会民主党(PSDB)」のことでした。

PSDBのシンボルがツカノです

 

 

今日の記事はこちらのツカノのことではなく。

ブラジルの代表的な鳥にツカノがあり。

熱帯雨林に生息し、和名は「オオハシ」。

なかなか人懐っこく、トロピカルフルーツ大好きないいやつらしい。

Pixabay無料画像

 

 

でも、今日の記事は、やっぱり鳥のツカノではなく。

「ツカノ」という名前のついた飛行機のことなのでした。

新型も売れるか? 攻撃機A-29「スーパーツカノ 」南米生まれのベストセラー 意外過ぎる元々の使い道 | 乗りものニュース (trafficnews.jp)
 

 

さて、スーパーツカノですが、もともとは練習機だったものを襲撃機に改造し。

これもブラジル製の早期警戒機と組んで、南米で唯一といってよい電子戦能力を持っているのでした。

衛星は日本製かも?

 

 

あれ、ブラジルの周りには、ロシアも中国も、北朝鮮も韓国もないよ?

せいぜいアルゼンチンですからねー、パラグアイ海軍もあるけど。

内陸国パラグアイ。でも海軍もあったりして。。。

南米パラグアイ

 

 

税金の無駄使いじゃないの?いやいや税収の増加をもくろんでいるのです。

要するに、ブラジルの場合、広大な国土を持てあましており。

アマゾン地域など、レーダーが届かない地域で、麻薬を乗せた小型輸送機が我が物顔に飛びまわっていたのでした。

密林のど真ん中に開かれた不法滑走路

 

 

そこで、密輸ダメ!ゼッタイ!と、早期警戒機が密輸機をレーダーでとらえ。誘導されたツカノがこれをつかまえて、最寄りの空港へ連行する体制を構築し。

でも、空港には警察が待ち構えていて、着陸しようものならパイロットは処刑なので、その辺の空き地が見つかったら強行着陸して、密林へ逃げこむ、という例が多発しています。

強行着陸後、銃撃を受けて炎上するセスナ。かわいそう。。。

 

 

密林を低空飛行するツカノ。

 

 

こんな不時着のできないところを低空飛行なんて、ぼくなら絶対やりませんけどねー

ブラジル空軍も人使いが荒いですねえ。サラリーマンはつらいよ。

ちなみに、ツカノは零戦と大体同じくらいの性能らしく。空中戦が見てみたいなーなんて妄想します。

ははは

ではでは

Posted by 猫機長
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台風が作った歴史。元寇の真実

蒙古襲来とも言い、鎌倉時代の1274年、1281年の二度にわたり元朝(モンゴル)が日本に侵略した戦いのことを言います。

元寇については、世につれていろいろと解釈がなされ。

戦前では、正義の日本がモンゴル軍をけちょんけちょんにやっつけ、八百万の神が起こした神風により、元軍は海の藻屑と消えました、となっており。

軍歌「元寇」

 

 

ところが、戦後では、逆に日本側がモンゴル軍にけちょんけちょんにやられ、モンゴル軍が戦利品を船に持ち帰っていたところを台風が襲い、海の藻屑となりました。軍国主義者はこれを神風といって日本を神の国にしようとしていましたが、そんな戯言にダマされてはだめですよ。あれはただの台風ですよ!

というふうに180度転換したのでした。ははは

さらに戦後も40年たって、満州や南方、シベリアで虫けらのように殺された世代の中でも、奇跡的に生き残って「戦争絶対反対!」と叫んだ一握りの人たちが寿命で死んじゃった令和の世では、「日本は実は強かったんだ!卑怯な集団戦法でかかってくるモンゴル軍を、世界でもまれにみるかっこいい重装騎兵の日本武士が追い散らし、船団に逃げ帰ったところで台風によって海の藻屑となった。この台風はやっぱり神風だ!」という風に変化してきています。

さて、どの主張が本当なのでしょうか。

実は、どれも正しくなかったのでした。

というわけで、蒙古襲来のえげつない真実を暴きます。

「真相はこうだ」

そもそもモンゴルについて。

騎馬民族です。

モンゴル。馬とゲル(パオ) https://ameblo.jp/elgatherapy/entry-12619434136.html

モンゴル高原は、ろくに雨が降らず。1000年から1200年ころの技術では、とても農業なんて。。。という状況であり。

であれば、人間では食べることはできない草をヒツジに食わせて、人間はそのヒツジを食って生き延びよう、ということになりました。

農業が「一所懸命」つまり同じ土地を営々と耕し、良く言えば定着、悪く言えばしがみついていたのに比べ、ヒツジの方は、ある場所の草を食いつくせば、とっとと別の場所に移動していってしまうため、人間のほうでもヒツジと一緒に移動するようになり。

足でてくてく、ではしんどいので、馬に乗るようになりました。

いきおい住居も移動式のパオになり。クワや鋤の替わりに弓矢で鳥だの鹿だのを狩るようになりました。

要すれば、モンゴル人というのは、天性の機械化師団だったのである。

時代が時代なので、兵員輸送車(装甲車、トラック)ではなくて、馬でしたが。

しかし、馬か徒歩か、という時代に、馬に乗るという事は、決定的な戦術的優位を与えることになり。

農耕民族が、ひとところに固まって(実は時速3キロていどで移動してはいる)、槍でやーやーなんてやっているところを、騎馬軍団の大軍が時速60キロで怒涛の疾駆をしながら、槍の射程外から機関銃のように毒矢をぶち込むということになり。

ちょっとたとえが極端ですが、竹槍でB29をやっつけろ、とほざいているうちに、はるか上空から焼夷弾を落とされ全滅、みたいな状況になったらしい。

竹槍訓練 https://rakuseijin.exblog.jp/22011141/

 

 

というわけで、あっという間にモンゴルはアジアからヨーロッパをまたぐ大帝国になった。

ただ、広大な土地に散らばる農耕民族を持てあますようにもなり。

中国を制圧したモンゴルですが、高麗だの宋だのの投降した軍隊がまだ残っており。味方として吸収するには維持コストがかかりすぎるし、反乱でもされたら一大事なので、なんとかうまく消し去ることができないかなやんでいた。

そこで日本に送り込んで、日本の武士にお掃除してもらったということですね。

ちなみに、当時の造船・航海技術では、大量の馬を一度に船に乗せて運ぶことができなかったそうで、事実日本に送られたのは大部分が徒歩の兵隊、つまり、実はモンゴルではなく、モンゴルに負けた高麗だのの残存兵だったのでした。

つまり、「てつはう」だの「毒矢」だのモンゴル式の戦法を取ったりもしますが、その実は日本と同じ農耕民族の軍隊であり、てくてく徒歩で、やーやー!という相手だった。

蒙古襲来絵詞。画面のさらに左に、モンゴル騎兵のいるバージョンもあったはずだけれど。。。

 

 
恐ろしい「モンゴルの機械化師団(機械じゃなくて馬だけど)」と対峙しないで済んだという事である。

もちろん沖を埋め尽くす軍船から雲霞のごとき大軍が上陸してくるわけですから、「日本軍は弱かった、けちょんけちょんにやられた」というのはウソで、その大軍を押し返した日本軍の実力恐るべし、というのは事実といってよい。

ただ、相手が血に飢えたモンゴル騎兵ではなく、祖国を追われてゴミのように日本に捨てられた、やる気全くなし、やらされ感満載の中国人・韓国人だったという事は理解しておくべきと考えます。

さて、やらされ感満載の高麗・南宋連合軍ですが、なかなか日本軍相手に健闘して、これなら督戦隊(元。*注1)に処刑されないですむな、いったんお家じゃなかった船に帰ろう、というとき、哀れ台風に会い海の藻屑になってしまいました。

これも、元の命令で無理やり突貫工事で作った船であり、もともとの当時の稚拙な造船技術と相まって、「神風」までいかないフツーの暴風雨で、あれよあれよという間に沈んでしまった、という事なのだと理解します。

モンゴル騎兵のいる風景。いないわけではなかったが、船の関係で、少数になってしまったらしい。

 

 
結論として、元寇は

左翼や共産主義者が言うような、「精強なモンゴル軍が悪い日本の軍人をけちょんけちょんにしたが、神の力ではなく、自然現象である台風で全滅」というのではない。そもそもモンゴル軍ではなく、中国・朝鮮の歩兵です。自然現象はその通りだが、それを天皇制批判とかに使おうとするのはいただけないですねえ。

右翼や厨二のミリオタがいうような、「世界一の皇軍がモンゴルをやっつけた」というのも、相手が実はモンゴルじゃなくて、パール―(*注2)じゃなかった中国軍ですからねえ。ただ、日本側も確かに強く、善戦はした。一方、台風は台風であって、神がかった超常現象ではないので、「日本はやっぱり神の国です」なんてイタイ解釈はやめましょう。

結局、元寇というのは、超大国の元が、国内、周辺地域のごたごたを解消するために、治安を乱しそうなヤンキーや愚連隊を日本に送りこんで厄介払いしよう、ということだった。

日本から見ればいい迷惑、どころではなく存亡の危機に立ってしまいましたが、幸いヤンキーと愚連隊だけで、やばい珍走団は来なかったので、何とか守り切った。

珍走団(暴走族)

もしモンゴルが本気で日本を攻めようとしていたら、どんな非道なまねをしてでも精鋭の騎馬軍団を送り込んできたでしょう。

イメージですが、対馬海峡に高麗人の死体で作った浮橋を浮かべて、その上を騎馬兵が疾駆して渡ってくるとか。。。。

アリ(写真はヒアリ)の「いかだ」https://newsphere.jp/national/20170706-4/

モンゴル軍なら、高麗人を使ってこうゆうのを作りかねませんよね。。。

 

 
中国やアメリカほどの大国となると、戦争そのものの勝敗より、戦争というビジネスを通じてどう経済的な利益を得るかというアプローチを見せることがあり。元寇だの太平洋戦争だの、日本はうまく利用されてしまいました。

正義だのなんだのという裏の、えげつない経済的、社会的、政治的な動きを見破ることで、将来は悪徳政治家が正義の仮面を掲げた戦争を起こすようなことを避けられるようになると、信じています。

最後に、マニアックな語句の訳注です

*注1 督戦隊:日中戦争で、中国軍の動きを背後から見張っていた監視役の部隊。中国軍が退却しようとすると、特戦隊が後ろから銃を乱射して処刑した。ウクライナにおけるロシア軍にも、特戦隊がいるらしい。

*注2 パール―:八路軍のこと。日中戦争時の中国は、資本主義の国府軍と、共産主義の八路軍がいた。八路軍は、装備が貧弱すぎて日本軍を見たら原則退避した。国府軍は督戦隊をたててがんばった。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ブラジリア点描

◎サントスデュモン生誕150周年

こないだブラジリアの中心地区にあるショッピングセンターへ行ったら、サントスデュモン生誕150周年記念の展示をやっていました。

 

 

この展示では、サントスデュモンが作成した数々の飛行物体の一つ、Demoiselle号のレプリカが展示されていました。

 

 

今どきの初級ULPそっくり。

ちなみに、「Demoiselle」というのは、日本語では「素敵女子」になります。

ううむなかなかおつな命名だ!(英語だと、Maidenだそうです。ちょっとちがうかな?)

この飛行機は1907年に初飛行し、改良など加えながら40機ほどが生産されたそうです。

写真のは2018年製のレプリカ。全長6.2m、全幅5.5mで、翼の長さより機体の方が長いという、いかにも当時らしい構成の機体。

空虚重量190キロ、飛行可能速度時速96キロ。竹と絹の布、50馬力以下のエンジンですから、大したものです。

いまどきの初級ULP

http://philiptoledano.blogspot.com/2010/06/um-excelente-ultraleve.html

 

 

サントスデュモンはブラジルのミナスジェライス州に生まれ、いろいろあって18歳の時にフランスに渡り。

まずは気球などで空を飛び始め。次第に飛行船を開発していきました。

 

 

ちょくちょく墜落していたらしい。

 

 

ロスチャイルド邸の庭に落っこちたが、ロスチャイルドさんと一緒にコーヒーを飲んで、まだ飛べるじゃん、と修理して、また離陸というか浮揚して帰って行った、といううわさもあり。

そのうち飛行記録を作り出しはじめ。エッフェル塔のまわりだのなんだのを飛んだりして、人気者になりました。

 

 

ついには「空気より重い物体」つまり飛行機の制作をはじめ。

飛行船というか気球というかに吊り下げてテストなどからはじめ。

https://www.cabangu.com.br/pai_da_aviacao/3-dirig/10/10-dirig10.html

 

 

14Bis号は、「ヨーロッパで初めての飛行機」と呼ばれるようになりました。

 

 

ちなみに、サントスデュモンの飛行機は、日本製の絹で翼や機体を覆っていたそうです。

 

 

世界最初の飛行はだれか?になると、いろいろな人がいろいろな説を立てているので、ここでは議論しませんが、サントスデュモンは発明家でもあり。下の画像では、飛行機を車にのっけて運んでいますが、これが世界最初のピックアップトラックだったそうです(かもしれん)。

さらに下の写真は、救命用の大砲だそうで、砲弾の代わりに救命ブイを打ち出し。400メートル先までカタパルト発射で届かせることができた。

 

 

海岸に置いたのか?船にでも乗せたのか?実際2名がこの装置で命を救われたそうです。

サントスデュモンは、自分が開発した飛行船や飛行機の図面は広く希望者に提供しています。

というか、リリエンタールも飛行実験の詳細を一般紙に投稿したりして、当時の発明家たちは、飛行機に関して言えば、わりとオープンに状況提供・交換していたらしい。

一番有名なライト兄弟が、特許だのなんだのと、やっぱり有名なカーチスとみっともなく争ったりしましたが、そっちの方が例外と思います。

◎素敵女子来訪

一時期ブラジルに駐在していて、その後日本に戻っていた素敵女子「たこ焼き老師」さんが、コロンビア経由でひよっこり来訪。一緒にそのへんを楽しく飛びました。

たこ焼き老師さん、ありがとうございます。

コパイ目線からの写真多数いただきました

離陸 https://www.youtube.com/shorts/Oi_4LiCyvfk

 

 

着陸 https://www.youtube.com/watch?v=PyhBulLLCxY

 

 

たこ焼き老師さんのフェイスブックで、これらの写真の一つについたコメント:

「Helicopter?Cool!」

ヘリじゃねーよ!飛行機だよ!ぎゃわわわー!

たこ焼き老師さんを送って行ったホテルで、変な車が停車していました。

その名も「唐」。

唐?

 

◎筆触分割

点描つながりで。。。。

筆触分割、という絵画の技法があります。印象派で生まれ大成した技法です。

印象派の前は、画家が色を作るとき、原色などいろいろ混ぜて色彩のバリエーションを作ったりしていました。

でも、複数の色の絵具を混ぜていくと、画面が暗くなって行っちゃうんですよね。

というわけで、繊細なバラエティに富んだ無数の色が満ち溢れている名作は、どうしても色調が暗くなってしまい。

テオドール・ジェリコー《メデューズ号の筏》1819年

 

 

上の絵は、遭難というシチュエーションなので、あえて暗い画面にしたというのもあるでしょうが、そうでない絵でも、どうしても暗くなってしまう傾向にあり。

アングル 泉

 

 

アングルの「泉」は、まだ早朝の黎明みたいな薄暗さが、幻想的な雰囲気を作っていますが、でも、もっと明るい画面ができないかなー(コンピューターでコントラスト調整とかは禁止)と思ったりします。

それを覆し、野外の太陽さんさんたるあかるい風景を、明るく輝くように描写したのが印象派でした。

モネ アルジャントゥイユの橋

 

 

どうやってこの明るい色彩を達成したのか?

「べつに、絵の具をまぜなければいいじゃん」ということなのでした。ははは

でも、緑を作るためには、青と黄色を混ぜなければならないよ?

そこで生まれたのが筆触分割です。

目の前10センチのキャンバスに、ひとふでづつ交互に、青と黄色を隣り合わせでぺったんぺったんと塗っていったとします。

目の前10センチだと、青の隣に黄色。その隣に青、そのまた隣に黄色。。。という感じ。

でも100センチ離れてみると、青と黄色がぼやけて混ざり合い、なんと緑色にみえるのでした。

これを、視覚混合というのです。

印象派は、この視覚混合を縦横に活用して、まじりあった色だけれど暗くならない、という秘法を編み出したのでした。

そして、その一つの究極形が、「点描画法」

いろいろな色の点を、ともかく無数にキャンバスに打っていく。

もちろん行き当たりばったりではなく、画家が表現したい対象物がくっきり浮かび上がるように、無数の点を打っていきます。

その結果、下のような絵ができます。

黄色い葉っぱの木がある風景。とある建物の壁にかかっていました。(いまどきの絵です)

 

 

もうちょっと近寄ってみます。

 

 

そして、キャンバスにくっつくくらいに近寄ってみます

 

 

へえーこれが点描画法なのか!と、コンピューターの画面では見ることのできない実物を見ることができて、感激しました。

といっても読者の皆さんには、コンピューター(スマホ)の画像から間接にしかお見せすることができないんですよねーでも言わんとすることはご理解いただけたと思います。

しかし、本当に感得するには、やっぱり実物を見る必要があるという事を痛感しました。

あと、あまり近寄ったり遠のいたり、写真を撮ったりなんてしていると、警備員のお兄ちゃんに憐みのまなざしで見られてしまうので、気を付けましょう。ははは

モネの絵(アルジャントゥイユの橋)と、今時の画家による黄色い葉っぱの木を見比べると、今時のほうは、遠くても点描が見えてしまい、かつ煙のようにぼやけてしまっている点が残念ですが、モネの方は、HP画像ですが、筆触分割のお手本とされる水面の部分も、まるでふつーに絵具を混ぜて書いているように見え。やはり巨匠は格が違うなと感服するのでした。

点を強調するケースではスーラという画家がいますが、スーラの絵は、点の一つ一つがすごい鮮明で、黄色い木の絵みたいになんか輪郭がぼやけちゃった(霧の中から見ているみたい)というのに比べてキレが違うと思います。

スーラ グランド・ジャット島

 

 

もちろん、「印章 日の出」とか、ターナーの水彩画みたいに、あえてぼやかした、という絵もありますけど。黄色い木の絵も、わざとそうしたのかな?

◎おまけ

ブラジリア点描なので、ちょっとだけブラジリア市街などの写真を追加

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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京都人、大阪人、奈良人。恐るべし関西人

以前、「3大関西人」の比較についてちょっと触れたら、いがいに好評だったので、今回はもう少し掘り下げて探求してみます。

◎基本的スペック。

以下の通り

https://kogusoku.com/archives/10542

 

 

◎関西にもタランチュラが生息していたら。。。

 

 

京都人の場合:ペットとして飼っている。

大阪人の場合:「カニ缶」に偽造して中国人に売りつける。

奈良人の場合:ふつーに鍋料理にして食べちゃう。

◎カーニバル

リオのカーニバル

 

 

京都人:そんな下々の催しなんて知りまへん。やっぱり日本人はお茶どすなあ。

茶道と素敵女子。どきどき

 

 

大阪人:グリコにてっちりに通天閣。一年中が、カーニバルもびっくりの熱狂だ!

大阪のおばちゃんは最強だ!どきどき?

 

 

奈良人:それなあに?奈良には法隆寺があるよ!

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c2/Horyu-ji08s3200.jpg

法隆寺

 

 

◎お城

京都は、フランスと同じで、実はお城は無いそうです。

フランスには多数のお城があるのですが、多くは、実はお城ではなく、超高級リゾートマンションだったりします。

フランスでも屈指のシャンボール城。 シャンボール城 – Wikipedia

 

 
要するに、フランス人にとって、戦争なんていうあか抜けないまねは、京都駅の東に住んでいる野蛮人すなわち東国武士にやらせればよいことであって、貴族は宮殿で舞踏会というか、歌会や蹴鞠で、楽しく遊び暮らしていればよいということだったのだと理解します。

 
大阪

これが大阪人になると、大阪城など、大喜びで城を作り。こちらは中国と同じで、「城塞都市」を構築し、盗賊とかに襲われないように囲って市場を開き。じゃんじゃん金儲けをしてやろう、というための構造物です。

城塞都市長安。 城郭都市 – Wikipedia

 
奈良

同じ関西人でも、奈良になると、そこまで商売っ気がなく。「柵」にとどまっているようです。

柵の中で何をやっているのだろう?

平城京。 平城京 – Wikipedia

 

 

◎代表的な風景

まず京都

京都のお土産人気ランキングTOP25。定番の抹茶スイーツからツウのおすすめまで紹介|るるぶ&more.

 

 
奈良はもっとそぼくな感じ

みやびな関西はお菓子もみやび。奈良の鈴らむね(奈良祥樂)

 

 
大阪は?

あまりみやびじゃなくて、というか、はっきり言ってがさつです。

こんな感じ

https://www.v-mark.jp/recipe/detail/123

 

 
あああごめんなさい、間違えてブラジルのお菓子になっちゃった!

気を取り直して、大阪です。

【大阪ならではのお土産19選】喜ばれる&日持ちする!おすすめ商品が集結

やっぱり最強だ!

 

 
◎お菓子じゃなくて、代表的な風景

京都

http://t3.gstatic.com/licensed-image?q=tbn:ANd9GcTTbXYQfDRNf0saKsyuiXsA7JTb80avhZPxsGMyGVM5c5q2QliRRjZseOHE2Plac66l

なぜか無料画像が発見できない京都。風景そのものに黄金の価値が。

 

 
奈良

PIXABAY無料画像

 
 
大阪

サンパウロかと思いました

大阪のスラム街!今日も新世界の安いカラオケ居酒屋でストレス発散

 

 
おまけ。サンパウロにある、「大阪橋」

http://sao-paulo.cocolog-nifty.com/top/2004/12/post_88.html

 

 

http://www.sekai-isshu.com/photo/nanbei/saopaulo.htm

 

 
◎関西と寺社

関西と言えば、日本でも最も歴史の深い地域。奥ゆかしい寺社がいっぱいです。

京都

御金神社

御金神社

 

 
「お金に関する願い事(資産運用・投資・ギャンブル等)に効くということで有名な神社」。

ええええー?大阪じゃないの?

いやいや京都なんですよ。

やっぱり、京都人と大阪人は、深いところで分かり合っているらしい。

 
奈良

元興寺塔跡

https://www.jalan.net/kankou/spt_29201af2170020381/?screenId=OUW1701

 

 
南都七大寺の一つと言われた、元興寺の日本最大の5重の塔(高さ72m)があったらしい。

ううむ、さびしいので、もう一つ掲載、お寺じゃないけど

藤原宮跡

https://www.jalan.net/kankou/spt_29205af2170018296/

 

 
持統,文武,元明天皇の三代16年間(694~710年)の宮跡。

なんか、ブラジルの7povos das missõesを思い出しました。

Rio Grande do Sul: 7 Povos das Missões em 2 dias

 

 
ブラジルとアルゼンチンの国境にまたがる遺跡。というか、まだ両国とも存在しておらず、ポルトガルとスペインの植民地だった時代に、両国の係争に巻き込まれて破壊され。現在では遺跡になっています。

 
大阪

やっぱりこうなるんですねえ。。。。

難波八阪神社

https://jp.hotels.com/go/japan/jp-best-temples-osaka

 

 
◎聖域

京都:高御座

*天皇の座るイスのことです

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gishikitou_iinkai/dai5/siryou6.pdf

京都御所にある高御座(たかみくら)

 

 
京都人:もちろん京都におわします。東京なんて、しょせんは仮の仕事場で、高御座のある京都が本当のお住まいどす。

大阪人と奈良人:そんなの、知らないよ。

 
大阪:戎橋(えびすばし)

「名探偵コナン」の「アニメ聖地」でした。ははは

本当は「飛田新地」にしようかと思ったのですが、ちょっと生々しすぎるかも?なので、やめました。

https://oshanpo.com/osaka-shinsaibashi/

 

 
奈良:奈良国立博物館

https://mainichi.jp/articles/20210301/ddl/k29/040/211000c

 

 
奈良関連はじめ、悪のりしすぎたので、まじめなのを掲載しましょう。奈良のみでなく、すべての日本人、ひいては世界の重要な遺産が格納されています。

https://www.narahaku.go.jp/

 
最後に、まじめな考察を2つ。

その1(とあるQ&A)

◎京都にまつわる体験、エピソード、雑感、知識、トリビア等をお聞かせ下さいませんか?切り口はお任せします。

京都大学霊長類センターだったっけ?の有名な先生とお話することができ。「チンパンジーには自己遡及能力があるのか」みたいな、すごい楽しい会話をさせていただきました。

 京大の先生だと、ダイレクトに研究そのもののお話ができるのですが、東京だと、どこかで研究というより、体制とか、要綱とか、そっちのほうに行っちゃうんですよね。なぜだ?

京都府警の素敵女子つまり婦警さんと、なんども軽飛行機でその辺をデートじゃなかった散歩しました。はんなり、良妻賢母、賢い日本女性、仁と愛とに富む婦人、とまさにそんな感じで、事実上、婦警さんにあやされる迷子の状態に。ここだけの話ですが、京都の素敵女子に比べたら、ブラジルの女の多くは、ただの「メス」です。。。。

 

 
ブラジルのブラジリア在住です。というわけで、京都そのものにはまだ行ったことはありませんが、京都を形作っている人々から、やはり日本随一、世界有数の文化の拠点なのだなーと痛感しています。

素敵女子との散歩についてはこちら→歴史都市ピレノポリス(その2)

 
その2

◎世界で、移民にかかる問題が深刻化しています。ドイツなど―ヨーロッパのみならず、最近ではドバイで移民の奴隷労働が問題になっているらしい。

「おはようラモン」という映画があり、メキシコから不法入国でドイツに出稼ぎを試みたラモン少年が、「アウスレンダーアウト!(外国人は出ていけ!)」の冷たい対応をする人、「乞食であったとしてもすべての人は平等な権利を持っている」と温かく支援してくれる人と交流しながら生活していく、という内容の映画がありますが、こういう混乱を受け入れて行こうというドイツは、ナチス時代に行った差別政策がもたらす災厄を誰よりも思い知ってるのだと思います。ちなみにフランスはもっとちゃっかりしていて、「外人部隊」というのに自国民がいやがる危険な軍務をおしつけちゃってます。ははは

おはようラモン。南米やヨーロッパで話題になりましたが、なぜか日本語版を発見できませんでした。https://www.youtube.com/watch?v=5ZSx-Mb6ut4

 

 
京都人、大阪人、奈良人と恐るべき個性を持った3つの人種が混在する(他にも埼玉人とかいっぱいある)日本は、日本のみならず、世界からの移民の人たちの持つ、幅広い個性が共存できる、とても許容性のある国になれるのではないでしょうか。

差別のない、コスモポリタンな日本を夢見ます。

でも、そうなったら、日本人はみんな大阪人みたいになっちゃうかも。どうしよう。。。。

ぼくは埼玉県人ですhttp://www.tondesaitama.com/

 

 
ではでは。    

 

Posted by 猫機長