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台風が作った歴史。元寇の真実

蒙古襲来とも言い、鎌倉時代の1274年、1281年の二度にわたり元朝(モンゴル)が日本に侵略した戦いのことを言います。

元寇については、世につれていろいろと解釈がなされ。

戦前では、正義の日本がモンゴル軍をけちょんけちょんにやっつけ、八百万の神が起こした神風により、元軍は海の藻屑と消えました、となっており。

軍歌「元寇」

 

 

ところが、戦後では、逆に日本側がモンゴル軍にけちょんけちょんにやられ、モンゴル軍が戦利品を船に持ち帰っていたところを台風が襲い、海の藻屑となりました。軍国主義者はこれを神風といって日本を神の国にしようとしていましたが、そんな戯言にダマされてはだめですよ。あれはただの台風ですよ!

というふうに180度転換したのでした。ははは

さらに戦後も40年たって、満州や南方、シベリアで虫けらのように殺された世代の中でも、奇跡的に生き残って「戦争絶対反対!」と叫んだ一握りの人たちが寿命で死んじゃった令和の世では、「日本は実は強かったんだ!卑怯な集団戦法でかかってくるモンゴル軍を、世界でもまれにみるかっこいい重装騎兵の日本武士が追い散らし、船団に逃げ帰ったところで台風によって海の藻屑となった。この台風はやっぱり神風だ!」という風に変化してきています。

さて、どの主張が本当なのでしょうか。

実は、どれも正しくなかったのでした。

というわけで、蒙古襲来のえげつない真実を暴きます。

「真相はこうだ」

そもそもモンゴルについて。

騎馬民族です。

モンゴル。馬とゲル(パオ) https://ameblo.jp/elgatherapy/entry-12619434136.html

モンゴル高原は、ろくに雨が降らず。1000年から1200年ころの技術では、とても農業なんて。。。という状況であり。

であれば、人間では食べることはできない草をヒツジに食わせて、人間はそのヒツジを食って生き延びよう、ということになりました。

農業が「一所懸命」つまり同じ土地を営々と耕し、良く言えば定着、悪く言えばしがみついていたのに比べ、ヒツジの方は、ある場所の草を食いつくせば、とっとと別の場所に移動していってしまうため、人間のほうでもヒツジと一緒に移動するようになり。

足でてくてく、ではしんどいので、馬に乗るようになりました。

いきおい住居も移動式のパオになり。クワや鋤の替わりに弓矢で鳥だの鹿だのを狩るようになりました。

要すれば、モンゴル人というのは、天性の機械化師団だったのである。

時代が時代なので、兵員輸送車(装甲車、トラック)ではなくて、馬でしたが。

しかし、馬か徒歩か、という時代に、馬に乗るという事は、決定的な戦術的優位を与えることになり。

農耕民族が、ひとところに固まって(実は時速3キロていどで移動してはいる)、槍でやーやーなんてやっているところを、騎馬軍団の大軍が時速60キロで怒涛の疾駆をしながら、槍の射程外から機関銃のように毒矢をぶち込むということになり。

ちょっとたとえが極端ですが、竹槍でB29をやっつけろ、とほざいているうちに、はるか上空から焼夷弾を落とされ全滅、みたいな状況になったらしい。

竹槍訓練 https://rakuseijin.exblog.jp/22011141/

 

 

というわけで、あっという間にモンゴルはアジアからヨーロッパをまたぐ大帝国になった。

ただ、広大な土地に散らばる農耕民族を持てあますようにもなり。

中国を制圧したモンゴルですが、高麗だの宋だのの投降した軍隊がまだ残っており。味方として吸収するには維持コストがかかりすぎるし、反乱でもされたら一大事なので、なんとかうまく消し去ることができないかなやんでいた。

そこで日本に送り込んで、日本の武士にお掃除してもらったということですね。

ちなみに、当時の造船・航海技術では、大量の馬を一度に船に乗せて運ぶことができなかったそうで、事実日本に送られたのは大部分が徒歩の兵隊、つまり、実はモンゴルではなく、モンゴルに負けた高麗だのの残存兵だったのでした。

つまり、「てつはう」だの「毒矢」だのモンゴル式の戦法を取ったりもしますが、その実は日本と同じ農耕民族の軍隊であり、てくてく徒歩で、やーやー!という相手だった。

蒙古襲来絵詞。画面のさらに左に、モンゴル騎兵のいるバージョンもあったはずだけれど。。。

 

 
恐ろしい「モンゴルの機械化師団(機械じゃなくて馬だけど)」と対峙しないで済んだという事である。

もちろん沖を埋め尽くす軍船から雲霞のごとき大軍が上陸してくるわけですから、「日本軍は弱かった、けちょんけちょんにやられた」というのはウソで、その大軍を押し返した日本軍の実力恐るべし、というのは事実といってよい。

ただ、相手が血に飢えたモンゴル騎兵ではなく、祖国を追われてゴミのように日本に捨てられた、やる気全くなし、やらされ感満載の中国人・韓国人だったという事は理解しておくべきと考えます。

さて、やらされ感満載の高麗・南宋連合軍ですが、なかなか日本軍相手に健闘して、これなら督戦隊(元。*注1)に処刑されないですむな、いったんお家じゃなかった船に帰ろう、というとき、哀れ台風に会い海の藻屑になってしまいました。

これも、元の命令で無理やり突貫工事で作った船であり、もともとの当時の稚拙な造船技術と相まって、「神風」までいかないフツーの暴風雨で、あれよあれよという間に沈んでしまった、という事なのだと理解します。

モンゴル騎兵のいる風景。いないわけではなかったが、船の関係で、少数になってしまったらしい。

 

 
結論として、元寇は

左翼や共産主義者が言うような、「精強なモンゴル軍が悪い日本の軍人をけちょんけちょんにしたが、神の力ではなく、自然現象である台風で全滅」というのではない。そもそもモンゴル軍ではなく、中国・朝鮮の歩兵です。自然現象はその通りだが、それを天皇制批判とかに使おうとするのはいただけないですねえ。

右翼や厨二のミリオタがいうような、「世界一の皇軍がモンゴルをやっつけた」というのも、相手が実はモンゴルじゃなくて、パール―(*注2)じゃなかった中国軍ですからねえ。ただ、日本側も確かに強く、善戦はした。一方、台風は台風であって、神がかった超常現象ではないので、「日本はやっぱり神の国です」なんてイタイ解釈はやめましょう。

結局、元寇というのは、超大国の元が、国内、周辺地域のごたごたを解消するために、治安を乱しそうなヤンキーや愚連隊を日本に送りこんで厄介払いしよう、ということだった。

日本から見ればいい迷惑、どころではなく存亡の危機に立ってしまいましたが、幸いヤンキーと愚連隊だけで、やばい珍走団は来なかったので、何とか守り切った。

珍走団(暴走族)

もしモンゴルが本気で日本を攻めようとしていたら、どんな非道なまねをしてでも精鋭の騎馬軍団を送り込んできたでしょう。

イメージですが、対馬海峡に高麗人の死体で作った浮橋を浮かべて、その上を騎馬兵が疾駆して渡ってくるとか。。。。

アリ(写真はヒアリ)の「いかだ」https://newsphere.jp/national/20170706-4/

モンゴル軍なら、高麗人を使ってこうゆうのを作りかねませんよね。。。

 

 
中国やアメリカほどの大国となると、戦争そのものの勝敗より、戦争というビジネスを通じてどう経済的な利益を得るかというアプローチを見せることがあり。元寇だの太平洋戦争だの、日本はうまく利用されてしまいました。

正義だのなんだのという裏の、えげつない経済的、社会的、政治的な動きを見破ることで、将来は悪徳政治家が正義の仮面を掲げた戦争を起こすようなことを避けられるようになると、信じています。

最後に、マニアックな語句の訳注です

*注1 督戦隊:日中戦争で、中国軍の動きを背後から見張っていた監視役の部隊。中国軍が退却しようとすると、特戦隊が後ろから銃を乱射して処刑した。ウクライナにおけるロシア軍にも、特戦隊がいるらしい。

*注2 パール―:八路軍のこと。日中戦争時の中国は、資本主義の国府軍と、共産主義の八路軍がいた。八路軍は、装備が貧弱すぎて日本軍を見たら原則退避した。国府軍は督戦隊をたててがんばった。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ブラジリア点描

◎サントスデュモン生誕150周年

こないだブラジリアの中心地区にあるショッピングセンターへ行ったら、サントスデュモン生誕150周年記念の展示をやっていました。

 

 

この展示では、サントスデュモンが作成した数々の飛行物体の一つ、Demoiselle号のレプリカが展示されていました。

 

 

今どきの初級ULPそっくり。

ちなみに、「Demoiselle」というのは、日本語では「素敵女子」になります。

ううむなかなかおつな命名だ!(英語だと、Maidenだそうです。ちょっとちがうかな?)

この飛行機は1907年に初飛行し、改良など加えながら40機ほどが生産されたそうです。

写真のは2018年製のレプリカ。全長6.2m、全幅5.5mで、翼の長さより機体の方が長いという、いかにも当時らしい構成の機体。

空虚重量190キロ、飛行可能速度時速96キロ。竹と絹の布、50馬力以下のエンジンですから、大したものです。

いまどきの初級ULP

http://philiptoledano.blogspot.com/2010/06/um-excelente-ultraleve.html

 

 

サントスデュモンはブラジルのミナスジェライス州に生まれ、いろいろあって18歳の時にフランスに渡り。

まずは気球などで空を飛び始め。次第に飛行船を開発していきました。

 

 

ちょくちょく墜落していたらしい。

 

 

ロスチャイルド邸の庭に落っこちたが、ロスチャイルドさんと一緒にコーヒーを飲んで、まだ飛べるじゃん、と修理して、また離陸というか浮揚して帰って行った、といううわさもあり。

そのうち飛行記録を作り出しはじめ。エッフェル塔のまわりだのなんだのを飛んだりして、人気者になりました。

 

 

ついには「空気より重い物体」つまり飛行機の制作をはじめ。

飛行船というか気球というかに吊り下げてテストなどからはじめ。

https://www.cabangu.com.br/pai_da_aviacao/3-dirig/10/10-dirig10.html

 

 

14Bis号は、「ヨーロッパで初めての飛行機」と呼ばれるようになりました。

 

 

ちなみに、サントスデュモンの飛行機は、日本製の絹で翼や機体を覆っていたそうです。

 

 

世界最初の飛行はだれか?になると、いろいろな人がいろいろな説を立てているので、ここでは議論しませんが、サントスデュモンは発明家でもあり。下の画像では、飛行機を車にのっけて運んでいますが、これが世界最初のピックアップトラックだったそうです(かもしれん)。

さらに下の写真は、救命用の大砲だそうで、砲弾の代わりに救命ブイを打ち出し。400メートル先までカタパルト発射で届かせることができた。

 

 

海岸に置いたのか?船にでも乗せたのか?実際2名がこの装置で命を救われたそうです。

サントスデュモンは、自分が開発した飛行船や飛行機の図面は広く希望者に提供しています。

というか、リリエンタールも飛行実験の詳細を一般紙に投稿したりして、当時の発明家たちは、飛行機に関して言えば、わりとオープンに状況提供・交換していたらしい。

一番有名なライト兄弟が、特許だのなんだのと、やっぱり有名なカーチスとみっともなく争ったりしましたが、そっちの方が例外と思います。

◎素敵女子来訪

一時期ブラジルに駐在していて、その後日本に戻っていた素敵女子「たこ焼き老師」さんが、コロンビア経由でひよっこり来訪。一緒にそのへんを楽しく飛びました。

たこ焼き老師さん、ありがとうございます。

コパイ目線からの写真多数いただきました

離陸 https://www.youtube.com/shorts/Oi_4LiCyvfk

 

 

着陸 https://www.youtube.com/watch?v=PyhBulLLCxY

 

 

たこ焼き老師さんのフェイスブックで、これらの写真の一つについたコメント:

「Helicopter?Cool!」

ヘリじゃねーよ!飛行機だよ!ぎゃわわわー!

たこ焼き老師さんを送って行ったホテルで、変な車が停車していました。

その名も「唐」。

唐?

 

◎筆触分割

点描つながりで。。。。

筆触分割、という絵画の技法があります。印象派で生まれ大成した技法です。

印象派の前は、画家が色を作るとき、原色などいろいろ混ぜて色彩のバリエーションを作ったりしていました。

でも、複数の色の絵具を混ぜていくと、画面が暗くなって行っちゃうんですよね。

というわけで、繊細なバラエティに富んだ無数の色が満ち溢れている名作は、どうしても色調が暗くなってしまい。

テオドール・ジェリコー《メデューズ号の筏》1819年

 

 

上の絵は、遭難というシチュエーションなので、あえて暗い画面にしたというのもあるでしょうが、そうでない絵でも、どうしても暗くなってしまう傾向にあり。

アングル 泉

 

 

アングルの「泉」は、まだ早朝の黎明みたいな薄暗さが、幻想的な雰囲気を作っていますが、でも、もっと明るい画面ができないかなー(コンピューターでコントラスト調整とかは禁止)と思ったりします。

それを覆し、野外の太陽さんさんたるあかるい風景を、明るく輝くように描写したのが印象派でした。

モネ アルジャントゥイユの橋

 

 

どうやってこの明るい色彩を達成したのか?

「べつに、絵の具をまぜなければいいじゃん」ということなのでした。ははは

でも、緑を作るためには、青と黄色を混ぜなければならないよ?

そこで生まれたのが筆触分割です。

目の前10センチのキャンバスに、ひとふでづつ交互に、青と黄色を隣り合わせでぺったんぺったんと塗っていったとします。

目の前10センチだと、青の隣に黄色。その隣に青、そのまた隣に黄色。。。という感じ。

でも100センチ離れてみると、青と黄色がぼやけて混ざり合い、なんと緑色にみえるのでした。

これを、視覚混合というのです。

印象派は、この視覚混合を縦横に活用して、まじりあった色だけれど暗くならない、という秘法を編み出したのでした。

そして、その一つの究極形が、「点描画法」

いろいろな色の点を、ともかく無数にキャンバスに打っていく。

もちろん行き当たりばったりではなく、画家が表現したい対象物がくっきり浮かび上がるように、無数の点を打っていきます。

その結果、下のような絵ができます。

黄色い葉っぱの木がある風景。とある建物の壁にかかっていました。(いまどきの絵です)

 

 

もうちょっと近寄ってみます。

 

 

そして、キャンバスにくっつくくらいに近寄ってみます

 

 

へえーこれが点描画法なのか!と、コンピューターの画面では見ることのできない実物を見ることができて、感激しました。

といっても読者の皆さんには、コンピューター(スマホ)の画像から間接にしかお見せすることができないんですよねーでも言わんとすることはご理解いただけたと思います。

しかし、本当に感得するには、やっぱり実物を見る必要があるという事を痛感しました。

あと、あまり近寄ったり遠のいたり、写真を撮ったりなんてしていると、警備員のお兄ちゃんに憐みのまなざしで見られてしまうので、気を付けましょう。ははは

モネの絵(アルジャントゥイユの橋)と、今時の画家による黄色い葉っぱの木を見比べると、今時のほうは、遠くても点描が見えてしまい、かつ煙のようにぼやけてしまっている点が残念ですが、モネの方は、HP画像ですが、筆触分割のお手本とされる水面の部分も、まるでふつーに絵具を混ぜて書いているように見え。やはり巨匠は格が違うなと感服するのでした。

点を強調するケースではスーラという画家がいますが、スーラの絵は、点の一つ一つがすごい鮮明で、黄色い木の絵みたいになんか輪郭がぼやけちゃった(霧の中から見ているみたい)というのに比べてキレが違うと思います。

スーラ グランド・ジャット島

 

 

もちろん、「印章 日の出」とか、ターナーの水彩画みたいに、あえてぼやかした、という絵もありますけど。黄色い木の絵も、わざとそうしたのかな?

◎おまけ

ブラジリア点描なので、ちょっとだけブラジリア市街などの写真を追加

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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京都人、大阪人、奈良人。恐るべし関西人

以前、「3大関西人」の比較についてちょっと触れたら、いがいに好評だったので、今回はもう少し掘り下げて探求してみます。

◎基本的スペック。

以下の通り

https://kogusoku.com/archives/10542

 

 

◎関西にもタランチュラが生息していたら。。。

 

 

京都人の場合:ペットとして飼っている。

大阪人の場合:「カニ缶」に偽造して中国人に売りつける。

奈良人の場合:ふつーに鍋料理にして食べちゃう。

◎カーニバル

リオのカーニバル

 

 

京都人:そんな下々の催しなんて知りまへん。やっぱり日本人はお茶どすなあ。

茶道と素敵女子。どきどき

 

 

大阪人:グリコにてっちりに通天閣。一年中が、カーニバルもびっくりの熱狂だ!

大阪のおばちゃんは最強だ!どきどき?

 

 

奈良人:それなあに?奈良には法隆寺があるよ!

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/c2/Horyu-ji08s3200.jpg

法隆寺

 

 

◎お城

京都は、フランスと同じで、実はお城は無いそうです。

フランスには多数のお城があるのですが、多くは、実はお城ではなく、超高級リゾートマンションだったりします。

フランスでも屈指のシャンボール城。 シャンボール城 – Wikipedia

 

 
要するに、フランス人にとって、戦争なんていうあか抜けないまねは、京都駅の東に住んでいる野蛮人すなわち東国武士にやらせればよいことであって、貴族は宮殿で舞踏会というか、歌会や蹴鞠で、楽しく遊び暮らしていればよいということだったのだと理解します。

 
大阪

これが大阪人になると、大阪城など、大喜びで城を作り。こちらは中国と同じで、「城塞都市」を構築し、盗賊とかに襲われないように囲って市場を開き。じゃんじゃん金儲けをしてやろう、というための構造物です。

城塞都市長安。 城郭都市 – Wikipedia

 
奈良

同じ関西人でも、奈良になると、そこまで商売っ気がなく。「柵」にとどまっているようです。

柵の中で何をやっているのだろう?

平城京。 平城京 – Wikipedia

 

 

◎代表的な風景

まず京都

京都のお土産人気ランキングTOP25。定番の抹茶スイーツからツウのおすすめまで紹介|るるぶ&more.

 

 
奈良はもっとそぼくな感じ

みやびな関西はお菓子もみやび。奈良の鈴らむね(奈良祥樂)

 

 
大阪は?

あまりみやびじゃなくて、というか、はっきり言ってがさつです。

こんな感じ

https://www.v-mark.jp/recipe/detail/123

 

 
あああごめんなさい、間違えてブラジルのお菓子になっちゃった!

気を取り直して、大阪です。

【大阪ならではのお土産19選】喜ばれる&日持ちする!おすすめ商品が集結

やっぱり最強だ!

 

 
◎お菓子じゃなくて、代表的な風景

京都

http://t3.gstatic.com/licensed-image?q=tbn:ANd9GcTTbXYQfDRNf0saKsyuiXsA7JTb80avhZPxsGMyGVM5c5q2QliRRjZseOHE2Plac66l

なぜか無料画像が発見できない京都。風景そのものに黄金の価値が。

 

 
奈良

PIXABAY無料画像

 
 
大阪

サンパウロかと思いました

大阪のスラム街!今日も新世界の安いカラオケ居酒屋でストレス発散

 

 
おまけ。サンパウロにある、「大阪橋」

http://sao-paulo.cocolog-nifty.com/top/2004/12/post_88.html

 

 

http://www.sekai-isshu.com/photo/nanbei/saopaulo.htm

 

 
◎関西と寺社

関西と言えば、日本でも最も歴史の深い地域。奥ゆかしい寺社がいっぱいです。

京都

御金神社

御金神社

 

 
「お金に関する願い事(資産運用・投資・ギャンブル等)に効くということで有名な神社」。

ええええー?大阪じゃないの?

いやいや京都なんですよ。

やっぱり、京都人と大阪人は、深いところで分かり合っているらしい。

 
奈良

元興寺塔跡

https://www.jalan.net/kankou/spt_29201af2170020381/?screenId=OUW1701

 

 
南都七大寺の一つと言われた、元興寺の日本最大の5重の塔(高さ72m)があったらしい。

ううむ、さびしいので、もう一つ掲載、お寺じゃないけど

藤原宮跡

https://www.jalan.net/kankou/spt_29205af2170018296/

 

 
持統,文武,元明天皇の三代16年間(694~710年)の宮跡。

なんか、ブラジルの7povos das missõesを思い出しました。

Rio Grande do Sul: 7 Povos das Missões em 2 dias

 

 
ブラジルとアルゼンチンの国境にまたがる遺跡。というか、まだ両国とも存在しておらず、ポルトガルとスペインの植民地だった時代に、両国の係争に巻き込まれて破壊され。現在では遺跡になっています。

 
大阪

やっぱりこうなるんですねえ。。。。

難波八阪神社

https://jp.hotels.com/go/japan/jp-best-temples-osaka

 

 
◎聖域

京都:高御座

*天皇の座るイスのことです

https://www.kantei.go.jp/jp/singi/gishikitou_iinkai/dai5/siryou6.pdf

京都御所にある高御座(たかみくら)

 

 
京都人:もちろん京都におわします。東京なんて、しょせんは仮の仕事場で、高御座のある京都が本当のお住まいどす。

大阪人と奈良人:そんなの、知らないよ。

 
大阪:戎橋(えびすばし)

「名探偵コナン」の「アニメ聖地」でした。ははは

本当は「飛田新地」にしようかと思ったのですが、ちょっと生々しすぎるかも?なので、やめました。

https://oshanpo.com/osaka-shinsaibashi/

 

 
奈良:奈良国立博物館

https://mainichi.jp/articles/20210301/ddl/k29/040/211000c

 

 
奈良関連はじめ、悪のりしすぎたので、まじめなのを掲載しましょう。奈良のみでなく、すべての日本人、ひいては世界の重要な遺産が格納されています。

https://www.narahaku.go.jp/

 
最後に、まじめな考察を2つ。

その1(とあるQ&A)

◎京都にまつわる体験、エピソード、雑感、知識、トリビア等をお聞かせ下さいませんか?切り口はお任せします。

京都大学霊長類センターだったっけ?の有名な先生とお話することができ。「チンパンジーには自己遡及能力があるのか」みたいな、すごい楽しい会話をさせていただきました。

 京大の先生だと、ダイレクトに研究そのもののお話ができるのですが、東京だと、どこかで研究というより、体制とか、要綱とか、そっちのほうに行っちゃうんですよね。なぜだ?

京都府警の素敵女子つまり婦警さんと、なんども軽飛行機でその辺をデートじゃなかった散歩しました。はんなり、良妻賢母、賢い日本女性、仁と愛とに富む婦人、とまさにそんな感じで、事実上、婦警さんにあやされる迷子の状態に。ここだけの話ですが、京都の素敵女子に比べたら、ブラジルの女の多くは、ただの「メス」です。。。。

 

 
ブラジルのブラジリア在住です。というわけで、京都そのものにはまだ行ったことはありませんが、京都を形作っている人々から、やはり日本随一、世界有数の文化の拠点なのだなーと痛感しています。

素敵女子との散歩についてはこちら→歴史都市ピレノポリス(その2)

 
その2

◎世界で、移民にかかる問題が深刻化しています。ドイツなど―ヨーロッパのみならず、最近ではドバイで移民の奴隷労働が問題になっているらしい。

「おはようラモン」という映画があり、メキシコから不法入国でドイツに出稼ぎを試みたラモン少年が、「アウスレンダーアウト!(外国人は出ていけ!)」の冷たい対応をする人、「乞食であったとしてもすべての人は平等な権利を持っている」と温かく支援してくれる人と交流しながら生活していく、という内容の映画がありますが、こういう混乱を受け入れて行こうというドイツは、ナチス時代に行った差別政策がもたらす災厄を誰よりも思い知ってるのだと思います。ちなみにフランスはもっとちゃっかりしていて、「外人部隊」というのに自国民がいやがる危険な軍務をおしつけちゃってます。ははは

おはようラモン。南米やヨーロッパで話題になりましたが、なぜか日本語版を発見できませんでした。https://www.youtube.com/watch?v=5ZSx-Mb6ut4

 

 
京都人、大阪人、奈良人と恐るべき個性を持った3つの人種が混在する(他にも埼玉人とかいっぱいある)日本は、日本のみならず、世界からの移民の人たちの持つ、幅広い個性が共存できる、とても許容性のある国になれるのではないでしょうか。

差別のない、コスモポリタンな日本を夢見ます。

でも、そうなったら、日本人はみんな大阪人みたいになっちゃうかも。どうしよう。。。。

ぼくは埼玉県人ですhttp://www.tondesaitama.com/

 

 
ではでは。    

 

Posted by 猫機長
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飛行機大嫌い人間との対話と、空港乗り継ぎテクニック

◎空港乗り継ぎテクニック

コロナ禍で旅行の機会もぐっと減ってしまいましたが、日本から海外への旅行には必ず通過する空港。以下、いろいろな耳より情報です。

1-荷物検査は、一番奥、かつ左の列に行こう

理由は簡単で、大多数の人は右利きなので、無意識に右寄りのステーに向かってしまうためです。同じく、無意識になるべく手前の列に行ってしまうので、奥の列は比較的すいていることが多い。

https://wired.jp/2018/12/29/super-fast-airport-scanners/

 

 

2-携帯式充電器を忘れず持っていこう

これはいわずもがなですね、トランジットで何時間、というときに「あああスマホの電池がきれちゃった」とならないための、必須アイテムです

*空港にも充電プラグが多数ありますが、ふつう満員というか、空いているプラグを見つけるのに狂乱します。

3-濡れた紙ナプキンは、フライト内で何かと便利です。

*飛行機の中は、基本的に「乾いた缶詰の中」です

https://www.gratispng.com/png-ck3t29/

 

 

4-揺れる飛行機が苦手の人は、早朝便で飛ぼう

軽飛行機も早朝に飛ぶのが大好き。まだ太陽が昇らず、太陽熱によるサーマルなど乱気流が発生しないうちに飛んじゃう、という意味です。

 

5-透明なZiplocの袋をもっていこう

*空港でやれ薬を買っただのいろいろ起きた時に、ここに入れておけばすぐ取り出せて、入管検査などでも安心。

6-預入荷物は、あらかじめ写真を撮っておこう

*残念ながらロストが起きた時に、空港の職員や航空会社の人に「このスーツケースだよ!」と写真で見せることができます。

Pixabay無料画像

 

 

7-深夜のフライトで飛べ

早朝フライトは気流の安定を狙っていますが、深夜便の場合は、フライトも空港も閑散としてのんびりできます。旅行の玄人がよく使う手口。喧噪が嫌いな人はお勧め。

8- ラウンジを使ってみよう

クレジットカードでは、特典でラウンジ使用料がただになるケースもありますが、国際便で乗り継ぎ時間が長い時など、お金を払ってラウンジを使うというのも一法です。下手なレストランより豪華な食事とか、ゆったりとくつろげる空間をホテルのデイユースより安く使えるかも?そして、ともかく空港内、ゲート近くにあるので、フライト時間が変更だ!なんて場合でもあまりあわてずにすみます。

 

 

9-ノートブックはすぐ取り出せる場所にしまっておこう

機内持ち込みの荷物で、ついあれもこれも、とパンパンになってしまうのはいいとして、パソコンがスーツケースの奥底、取り出すのにケース中をぶちまけないと。。。。なんてならないようにしましょう。空港でのパソコンは意外な秘密兵器になります。

 

10-駐車場の写真を撮っておこう

自家用車を空港の駐車場に止めて、一週間の出張だ!みたいな時、帰ってきたけど、広い駐車場のどこに車を止めたかわからなくなっちゃった!とならずに済みます。

スーパーやショッピングセンターでも有効です

 

 

11-空港では「着ぶくれ」しよう

その分、衣類以外の荷物をスーツケースに入れることができます。

 

12-携帯式重量計をもっていこう

これは買い物大好き人間へのおすすめ。やばいぞ!エクセスか?というときに、重量オーバーしていないか測ることができます。

 

13-イヤホーンにご用心

ゲートやラウンジでイヤホーンを付けている人がいますが、お勧めしません。つい、重要な空港アナウンスを聞き逃す危険あり。

 

14-ボーディングボードや空港の地図は印刷して持っていこう

いつどんな時でもポケットからすぐ取り出せるし、よりによって搭乗ゲートでスマホの電池が切れちゃった!というときでもぜんぜん安心です。

ブラジリア空港の見取り図

https://www.bsb.aero/br/antes-de-viajar/planeje-seu-caminho/mapa-aeroporto/

 

 

15-コンタクトはやめて眼鏡にしよう

空港にいる間、そして機上では眼鏡のほうが安心で、ドライアイとかも防げます

操縦しているときはコンタクト派だったのですが、コロナ禍でメガネにしました

 

 

16-機上では靴下でいよう

靴を脱いでも、靴下をはいていれば周りの人にも失礼になりません(失礼の定義にもよるけど、少なくとも嫌がられるケースは激減します)

 

17-おやつをもっていこう

ビスケットだの保存のきくのをもっていきましょう。空港で買うと何かと高いです。

ラウンジに逃げ込む手もある

 

 

◎客席シートから見たジェット旅客機の操縦

とある友達に、飛行機大嫌い人間がおり。「飛行機は意味不明の振動をしたり、翼に穴が開いたりして怖い、乗りたくない」というので、もう少し詳しく聞いてみました。

①滑走時に、ごんごごん、と機体が振動する→飛行機のせいではなく、滑走路の凹凸のせいです。整備された滑走路でも、誘導灯が埋め込まれており、この上を飛行機のタイヤが通過するときは、やっぱり、ごん!と振動します

滑走路の誘導灯。上はPixabay無料画像。下はhttp://building-pc.cocolog-nifty.com/map/2007/08/post_4279.html

 

 

②離陸したはいいが、急にエンジン音が低くなり、低い高さなのに上昇しなくなっちゃう→これはパイロット目線から見ても嫌ですねー、でも、騒音対策やトラフィックの都合とかで、その区間は緩上昇でエンジン音を低く抑えるしかないのだと思います。その区間が終われば、また元気よくエンジン加速、ぐんぐん上昇していきます。

③上昇中に、突然「ばこん」という音が!→車輪を格納しています。なお、着陸降下時は、「ばこん!ごごごご」と、脚を下したことによる乱気流の音も聞こえます。

主脚を格納中。こんなでかい扉を開け閉めすれば、音もでかいですよね。。。https://www.youtube.com/watch?v=TNw1WkHRJzU

 

 

④翼を見ていると、後ろの端っこがちぎれそうになったり、翼に穴があいているぞ!→ちぎれそうなのは、スプリット・フラップといって、特に着陸時にゆっくり飛べるように翼の形を変化させているのです。穴があくのは、スポイラーといって速度調節、言ってみればブレーキみたいなものです。いずれもぜんぜん安全です。

 

 

⑤飛んでいると眠くなります→これは、高度1万メートルだと本来は無酸素状態のところを、人為的に酸素を供給しているため。地上に比べて酸素濃度70%くらいにしているので、眠くなります。

たしかに、ジェット旅客機なんて、言ってみれば金庫に翼を付けて無理やり飛ばしているようなものですからねーやっぱり飛行機はピストンエンジンの軽飛行機じゃなきゃ。。。。

ジャンボジェットの最大重量は447,696kgに達するらしい

 

 

ちなみに、僕の乗っている飛行機は①~⑤とも無縁です。

①凹凸を感じるほど滑走路の上を走りません。ボーイング737の滑走距離は1700m。軽飛行機は170mもあればエアボーンです

②エンジン全開でも音量が全然違いますし、軽飛行機は大都会の国際空港とかにはあまり発着しません。僕の軽飛行機でエンジン全開の離陸でも、隣の牧場から迷い込んできたのら牛が知らん顔してはんすうしています。

③セスナとかは固定脚なので、こうゆう音は発生しません

④軽飛行機の翼にはスポイラーなんてないし、フラップも「穴が開く」ような上等なのはついていません

⑤軽飛行機が飛ぶ高度は、せいぜい高くて3000メートルだし、適度に揺れるので、眠くはならないと思います。。。。

最大重量620kgの、小さな飛行機で飛んでいます

 

ではでは。

 

Posted by 猫機長
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レプリカ。模写のお話

以前、茶道のお話について書いていたところ、楽焼(らくやき)という種類の、安土桃山時代の湯のみが、現在でも3億円だよ!と聞いてびっくり。写真のやつは、ほんらいは金銭に代えがたし、であるが、むりやり現在価格を付けようとすると3億以上になるらしい。

重文 黒楽茶碗『大黒』|長次郎

出展:https://tea-ceremony-tokyo.club/

 

 

その一方で「赤楽」です、というのが7672円で売っていることも発見。(https://store.shopping.yahoo.co.jp/imaya-storo/rakutyawann-100.html?sc_e=afvc_shp_2327384)。

さらには、「抹茶道具4点セット(https://item.rakuten.co.jp/honjien/000-set-sugu4/?scid=af_pc_etc&sc2id=af_109_1_10000237)」などと言って、茶碗4個に茶筅までついて、3200円なんてのもありました。ただし、茶碗は写真の中から一つ選びなさい、ということでした。ははは

 

 

たしかに、3つ並べると、写真でも格が違いますねー、でも、さすがに3億と3千円の差というのはありすぎと思います。

 

 

3億ものの楽焼は、まず歴史的に代えがたい価値があり。初代長次郎の作であり、信長や秀吉が使っていたかも?いわば「フェルメールの絵画」みたいな価値がある、と言えばわかりやすいでしょうか?もちろん、美術品としてもファン・エイクといらすとやさんの差ぐらいあり。

北方ルネサンスの巨匠ファン・エイクと平成イラストの巨匠いらすとやさん。

お題はどちらも「結婚」です。

 

 

ここで気が付くのは、長次郎さんもいらすとやさんも、どちらもアートだぜ!優劣ではなく、ファン・エイクの迫力、精緻さが他の追随を許さないとすれば、いらすとやさんの親しみやすさ、お手軽さもやはり当代随一。

つまり、表現の差はあっても、いずれも「すごい表現力だ!」となっています。

ぼくも茶道いいなー、やってみたいなーなんて思うときあり。でも、初心者の思い描く茶道というのは、こんな感じ

素敵女子が、優しさいっぱいの優雅な所作をしているところ。どきどき!

 

 

はっきり言って湯のみだのなんだのは二の次なのでした。

一方、実物の飛行機を操縦していると、やっぱりフライトシムとはちがうよねーとなるように、3000円の楽焼もいいけれど、やっぱりファン・エイク級のが一つ欲しいよねーとなると思います。

左が、ぼくが実際に操縦しているライトスポーツ機の計器盤。右がフライトシム。

シムの画像はこちらからお借りしました:http://naoyafujiwara.cocolog-nifty.com/fssim/2014/04/post-b027.html

 

 

もちろん3億の歴史遺産なんて全然必要ないけれど、でも長次郎の楽焼がほしいな。。。

ちゃんとあったりします。

初代の長次郎さんから450年、代替わりしながらも一子相伝で継承すること16代、樂吉左衞門さんがいまも「長次郎の楽焼」を伝え続けているのです。

そして、15代くらいからの樂吉左衞門さんの楽焼のお値段は、平均で8万5千円くらいだそうです(Aucfan調べ)。

日経電子版によると、

「樂家には、伝統として守り継ぐ茶わんの型や色づけする釉薬(ゆうやく)の調合法など制作のための秘伝書はない。受け継ぐのは、焼き方や利休の精神を受け継いだ長次郎の意識だけという。「父も歴代も、長次郎の茶わんと向き合いながら、それぞれの時代の中で自分だけの茶わんを作っている」」

とあり。

どの代の吉左衛門さんの楽焼も当代超一級ですが、代替わりに従って時代とともに変わってゆく部分もあるらしい。

言ってみれば、長次郎さんの楽焼が、初代のポルシェすなわちポルシェ356とすると、16代吉左衛門さんの楽焼はポルシェケイマンかな?

どちらもポルシェ。かたや歴史遺産で、かたや現代の憧れですよね。

356とケイマン。

出展:356はhttps://www.cepolina.com/photo/transport/car/Porsche/5/Porsche-356A-Convertible-D-1958.jpg

ケイマンはhttps://www.autocar.jp/wp-content/uploads/2016/07/718cay2_0718_001.jpg

 

 

ううむ、ケイマンつまり当代吉左衛門さんのもいいけれど、初代長次郎の魔力に取りつかれてしまった!何とかして一個ほしいぜー!という人も、実は一定数いると思います。

でも、初代長次郎って、死んじゃってるよね。注文のしようもないし、今あるのは売ってくれても3億円じゃねえ。。。という人に朗報あり。

復刻版があるのです。

もちろんオリジナルには及ばないけれども、「ケイマンにはない、ポルシェの原風景を追体験できる」。

写真は昭楽窯3代目佐々木昭楽という著名な陶芸家が、初代長次郎の楽焼を復刻したもの。

長次郎写『一文字』

 

 

ここで超重要なポイント一つ。あくまで復刻版であり、贋作ではないことに注目ください。こういう復刻版は、作成した芸術家がちゃんと押印をいれ、特製の箱などに入れて出回るものとなっています。下の写真は、本阿弥光悦という、長次郎さんとはまた別の達人が作った楽焼を、佐々木昭楽さんが模写したものです。

出展:https://item.rakuten.co.jp/shogeikan/10001236/

 

 

初代長次郎さんの楽焼は直径11センチくらい、抹茶茶碗は現在でも12センチくらいのところ、上記の復刻版は直径6センチくらいと、扱いやすい大きさになっているようです。飲んべえ用か?

さて私事恐縮ですが、ぼくも復刻品を持っています。

楽焼ではなくて、くるまです

 

 

正真正銘の、にせものポルシェです。

でも、本物のカイマンより、ずっとポルシェの原風景に近づくことができていると思っています。。。

356は、そもそもかぶと虫のベース、骨格にスポーツカーのボディを乗せたくるまなので、VWベースのレプリカ356も、構造は同じだったりします。(その後の911になると、新機構のクルマになります)

違うのは、車体がFRP(本物はスチール製)であること、エンジンや部品がほとんどかぶと虫のを流用していること(オリジナルはかぶと虫と共有している部品と、独自パーツが混合している)などですが、復刻版のいい所は、昔のポルシェはこうだった、というのを、現代のご時世にかなった安全基準を満たした形で再現してくれているというところですね。

ちなみに、日本も「インターメカニカ」という世界有数の356レプリカを作っており、世界のマニアから賞賛を集めています。一方、日本の法律基準に合わせて空冷エンジンは廃止、VWサンタナだったっけかな?の水冷エンジンに換装したとのことで、本物よりよく走るけれど、VWと356に共通の「ちきちきちき・・・」という優しさいっぱいのエンジン音がなくなっちゃったのは残念だなーと思っています。

ようつべで本物356の空冷ツインキャブエンジンのサウンド動画を発見。

1:57から典型的なエンジン音です

 

 

レプリカ356のエンジン。ツインキャブの同調ができなくなっちゃたので、

シングルキャブにつけかえました

 

 

元祖VWのエンジンはこちら

 

 

ぼくのは「ブラジル自動車工業(INBRAVE)」という会社が作った、ほとんどかぶと虫に356の皮をかぶせただけのへなちょこですが、ふんいき重視の楽しいおもちゃになっています。

INBRAVEのレプリカは、はっきりいって出来損ないの部分があり、全部で27台かな?28台かな?くらいしか作られなったそうです。というわけで、「えええー!幻のにせものポルシェだ!」とそっちの方で有名になっちゃってます。

ちなみに、ぼくのへなちょこ356くんは、製造番号0007、つまり7台目の生産車らしい。

いつか「へなちょこポルシェの復刻品」が作られるようになったりして。まあ、かぶと虫も、356も、そこからどんな怪車が派生しようとも、「はっきり言ってみんなビートル」ですけど。

なかなかまっすぐ走ってくれないし、ブレーキもあまり効かないけれど、

乗って楽しいかぶと虫。

 

 

出来損ないとは言わないけれど、「サッポロLAGERビール」のはずが「サッポロLAGARビール」と表示してしまい、危うく廃棄になるところを、「売って売ってー!」と大コールになり。めでたく販売しました、というお話がありました。このカンを捨てないで持っていたら、将来プレミア付きの希少な工芸品として有名になったりして?

ハフィントンポストより:https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_6018ba36c5b63b0fb283b85e

 

 

初代長次郎さんの楽焼は、御茶湯御政道(おんちゃのゆごせいどう)という政治の道具にされちゃったけど、その実、お茶を満喫する優しさいっぱいの、かぶと虫みたいな楽焼なのかもしれませんね。

なあんて無理やりこじつけて終わります。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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神君伊賀越え(ラティナバージョン)

時は戦国。

といって、織田信長がほとんど日本全土を蹂躙しつくした戦国後期。四国だの北陸だの、残る抵抗勢力を秀吉や柴田さんといった手下どもに攻めさせ、自分は京都のお寺でゆうゆうとワタナベジュースを飲んでくつろいでいました。

渡辺 ジュースの素 – 検索 画像 (bing.com)

 

 

いっぽう、信長と同盟していた家康は、いっしょに麻雀でもしようよ、と信長に呼ばれて、雀卓なかまの茶屋四郎次郎そして服部半蔵をともない。いひひひ結託して信長から巻き上げてやろうぜ、とはるばる岡崎を出発し、京都のお寺にむかってのこのこと歩いていきました。

大阪あたりで、トイレ休憩だ!

た◎しょんで、ぼくのお◎っこが一番遠くへ飛ぶよ!と競い合っていた3人に、血相を変えて早馬に乗った伝令の武者が駆け込み。

「の、の、のぶなぐあどのが、お寺でうちじにでござりまするー」と叫ぶや否や、ぐええーとその場にはいつくばって4んじまいました。

えええー?のぶなぐあどのがあああ?

戦慄して、ハムスターのように固まる3人。

フリーズするハムスター https://www.youtube.com/watch?v=RE-P3TB8mhc

 

 

もちろん、信長なんてどうでもよかったのですが、自分たちの身に絶対絶命の危機が迫っていることに気づいてしまったのです。

ほとんど天下統一じゃ、と油断しきって、軍事力のほとんどを四国だの北陸だのの攻略に送り込んでいた信長。

自分は、ほとんど護衛もなしに、お寺でだべっていたのです。

そこを、普段から信長にいじめられて、てめえぶち56してやる、と憤っていた石田光成さんが襲い掛かって、本当にぶち56してしまい。

お寺は火の海となり、信長さんの残党がその辺にいたらぶち56せ―!と阿鼻叫喚の状況に。

*実は石田さんの犯行じゃないよ。せいぜい実行犯で、黒幕は別にいるよ、という意見もありますが、ここでは通説の通りとします。

そこへ、信長さんのなかよしである家康さんご一行が、麻雀牌をぶらさげて、のこのこ向かっていたのです。

麻雀のルールを知らない素敵女子でも楽しく遊べる「麻雀ソリティア」

https://sdin.jp/browser/tile/mahjongsolitaire/

 

 

飛んで火にいる夏の虫。

ここで光成の野郎にとらえられたら?

鼻を削ぎ落とされ、手足の関節をぼきぼき折られたうえ、大きなはさみで、あそこをちょきん!

ぎゃあああー!

その前に自分から4ななきゃ!切腹だー!と泣きわめく家康。

でも、服部半蔵と茶屋四郎次郎はすごく冷静で、

「まてまて家康くん。一か八か、光成の野郎の包囲網を突破してやろうじゃないか」

雀卓の友に諭されて、家康もその気になり。

美しい友情の場面に見えますが、実はそうでもなく。

服部くんと四郎次郎くんからみれば、光成のターゲットは家康であり。捕まりそうになっても、「家康はここだー!」と追手の気をそらせば、自分たちは逃げおおせると計算していたのです。

さらには「大暴落時こそ資産1億が生まれる鉄火場だ!」ということをよく知っており。つまり、ラスボスの信長が消されたということは、天下を狙う空白も生まれたということに、目ざとく気が付いていたのでした。

この場合の鉄火場とは、修羅場という意味ですhttps://pouchs.jp/trivia/kYZ1w?page=2

 

目の前で情けなく泣きわめいている家康ですが、こいつ、なかなかいいじゃん?

家康を天下人に祭り上げれば、自分たちも一緒に所得倍増だぞ!

こうして、家康たちの脱出が始まったのでした。

しかし、はっきり言って状況は絶望的であり。

【刀剣ワールド】忍者の役割 (touken-world.jp)

 

 

このルートは、距離にして220キロ、追手に捕まらないためには、これを4日くらいで逃げ切る必要があり。一日55キロですから、「てくしー」としては極限の速さと思います。

今日では、せいぜい1時間半でついちゃう距離ですけどねー

小さな飛行で飛んでいます。

大体時速160キロで飛んでいくと、1.4時間で着く距離です。

 

 

言い換えれば、200キロ余を、落ち武者みたいに逃げなければならなかったということである。

ふつーだったら、20キロもいかないうちに、やれ百姓の竹やりだ、と惨殺されてしまうのです。

特に問題は、伊賀の国だった。ここに、恐ろしい山賊が跋扈しており。

多羅尾(たらお)方面の御斎峠(おとぎとうげ)とか、名前からしておどろおどろしい、うっそうたる森林の一本道で、ついに野武士の集団に発見され、襲撃されてしまった!

奮戦あえなく、野武士たちに取り囲まれた家康くん。

野武士の太刀の一閃で、一瞬のうちに家康の首が吹き飛んだ!と思ったら、地面に転がったのは、あれ、丸太じゃん?

坂の上から「わっはっはっはっはー!本物の家康は、ここだ!」

なんと家康が、大笑いしています。

おのれ!槍でひと突きにしてくれる!

見事刺さったと思ったら、やっぱり丸太だ?

今度は坂の下から「わっはっはっはっはー!本物の家康は、ここだ!」

服部半蔵が「変わり身の術」で山賊たちを翻弄していたのです。

変わり身の術。IllustAC無料画像

 

 

なんとか御斎峠を突破して、ひといきいれる家康一行。

そこに服部半蔵も追いついてきて、みんなワタナベジュースでなごみました。

服部半蔵

https://www.touken-world.jp/tips/38354/

 

 

さて、もう少しで白子湊の海岸だぞ、と頑張っているとき、またしても山賊の集団に囲まれてしまった。

しかも、山賊の頭は、さっき服部半蔵がさんざんダマした奴じゃないか!

さらには、そいつも含めてみんな変なメガネをかけています。

たったの80グラム。LGが超軽量ARグラスで市場に殴り込みそう | ギズモード・ジャパン (gizmodo.jp)

 

 

頭目は

「ふふふふ、服部くん。さっきはうまく逃げられたが、今度はだまされないよ。このARグラスをかけていれば、どれが丸太でどれが本物の家康くんなのか一目瞭然なのだ」

ううう、とひるむ服部くん。

そこに、なにげにすっくと立った茶屋四郎次郎。

「枯れ木に花をさかせましょうー」

と、持っていたざるから、みんなに灰を振りまき始めたのです。

あれ、灰かとおもったら、本物のプラチナのつぶじゃん?

山賊どもは、刀なんて捨ててプラチナにかけより

「今度は小判をバラマキましょー」

ヘリコプターのように小判をバラまく茶屋四郎次郎。みんなもう家康なんてどうでもよくなって、小判の争奪を始めたのでした。

「京都的豪商」茶屋四郎次郎

https://www.baike.com/wikiid/5790297138873086632?view_id=8pny4ur0ca400

 

 

その隙に抜け出した家康たち。

白子浜の渡し船もすでに茶屋四郎次郎が買収しており。追いついてきた四郎次郎とみんな一緒に対岸の岡崎へ見事帰りついたのでした。

めでたしめでたし。

ここまで読んで、歴史女子とか「本田忠勝はどうした!」などのクレームが来るかもしれません。

でも、いちいち詳しく書いていたら、話がつまらくなっちゃうもーん。ブログオーナーの特権で、好きなように脚色、省略したのでした。

くやしかったら決闘を受け付けます(念のため、女子限定)。

決闘の場所はLa Boutique.
https://www.facebook.com/LaBoutiquePadariaFrancesa/

おいしいお茶とパンのあるステキなお店です

 

 

まじめに考察すると、神君伊賀越えは、戦国時代の趨勢を決する決定的な出来事でした。

ここで家康が打ちとられてしまっていたら、豊臣の天下が続き。

うまく秀頼が継承できていれば、その後中国と大戦争になっていたかもしれませんし、秀頼が失脚していたら、国をまとめることのできる家康という大物がおらず、また国家分裂して、南蛮人に占領されてしまっていたかもしれません。

徳川300年は、伊賀越えで始まったといってもよいと思います。

鎖国というガラパゴス政策により、良くも悪くも特異な文化を築いた日本。その鎖国は、家康が伊賀越えで切り抜けた極限の危機を、二度と起こすまいぞ!というかちんこちんな慎重主義によってもたらされたのかもしれませんね。

ううむ最後はこじつけになってしまった。

織田が付き、豊臣がこねし天下餅、座りしままに食うは徳川

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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LSAの世界

ええええ!猫機長はらりっているの?LSDのことなんて書いて、BANされちゃうよ?

と思ったみなさん。

「LSA の世界」であって「LSDの世界」ではありません。

ちなみに、LSDすなわち「リゼルグ酸ジエチルアミド」は、Wikipediaによれば「LSD服用者はトリップにより、固定された強い感情反応や思考の歪曲(被害妄想や自分が発狂したまま戻れないという不安等)」を引き起こす恐ろしい物質だそうです。

ぼくは使ったことがないからわからないけれど。。。

で、LSAです。

「ライト・スポーツ・エアクラフト」のことです。

日本語で言えば軽飛行機(軽量スポーツ航空機)。

でも、別にもったいぶって記号にしているのではなく。きょうび、軽飛行機といってもいろあるので、LSAというカテゴリーが新設されました。

ちょっと昔は、軽飛行機といっても、「コードロン・シムーン」とか「メッサーシュミットBf108」とか、オーソドックスな牽引式単葉機によって占められていたのですが、戦後航空技術が洗練されるに従い、鋼管フレームでお手軽につなぎ合わせたFOXとか、なんと無尾翼機まで出てきてしまいました。

シムーン http://www.dlcutawaymodels.com/wp-content/uploads/2017/02/simoun-1.mae-1–567×260.jpg

 

 

Bf108(109じゃないよ)https://m.media-amazon.com/images/I/51i7SVGUu8L.jpg

 

 

元祖ウルトラライト

 

 

動力付きハンググライダー (Pixabay無料画像)

 

 

この当時、つまり1980年代くらいまでだったら、ちゃんと飛行機の格好をしているのは軽飛行機(実機)、ライトフライヤー(凧)みたいなのはウルトラライトプレーン(ULP)、としてすみ分けられ。

実機(セスナ150。Pixabay無料画像)

 

 

ウルトラライトプレーン http://www.aero.or.jp/web-koku-to-bunka/2014_08_fujita/2014_08_fujita.html

 

 

実機の場合は、フツーの空港とかに降りて、旅客機とまじって管制を受けて飛ぶので、ちゃんと免許を取りましょう、と「PP(プライベートパイロット)免許」が必要となり。ULPのほうは、スピードも出ないし、もっと田舎の滑走路で、滑走路の周りを飛んで楽しみましょう、ということで、確か無免許でも飛べたらしい。

ところが、90年代から現在に至って、ULPがぐんぐん進化を遂げ。

セスナのエンジンは、だいたいライカミングとかコンチネンタルとか、第二次大戦時からの実績のある安心設計のエンジンで飛んでいますが、「コンチネンタルザウルス」と呼ばれる通り、要すれば旧式のエンジンであることは否めず。

例えば、4気筒のコンチネンタル O-200-Aの場合、重さが77キロ、出力は100馬力。このエンジンを積んだセスナ150は、空虚重量(empty weight)500キロ、巡航速度時速198キロとなっています。

一方、今どきの新型ULPは、エンジンも自由に発展させ。高回転でなめらかに回し、部分的に水冷を取り入れたハイブリッドな冷却装置で効率化を図り。

例として、やっぱり4気筒のROTAX912の場合は、重さは60キロ、出力は101馬力に達しています。このエンジンを積んだParadise P1は、空虚重量340キロ、巡航速度時速185キロです。

「コンチネンタルザウルス」と「ロータックス」では、出力は同じだが、後者の方が17キロ軽く。そして、セスナ150とParadiseP1の比較では、空虚重量が500キロ-340キロで、160キロの差が出ていたのでした。

つまり、在来の技術を踏破したセスナ150と、新技術で軽く作ったParadiseP1は、性能ではそん色がないということである。

こうなると、どっちが実機で、どっちがULPか、が分からなくなってしまい。

セスナ
http://1.bp.blogspot.com/_uRX1wGVlxMw/SxWocQAMnWI/AAAAAAAABAc/vWN6ysv9Qhw/s1600/PT-BKU.jpg

 

 

Paradise

https://www.airliners.net/photo/Untitled/Paradise-P1/2699381

 

 

こうした技術の進歩に適応するために、軽飛行機の世界に「LSA」という分類が生まれました。

セスナの場合は、昔ながらの技術と素材で、昔ながらの審査基準に合格したので「実機→軽飛行機」としてカテゴライズされ、

ParadiseP1のほうは、昔ながらの審査基準による審査は受けていないけれど、それを承知したうえで飛行が許された「試験機(Experimental機)→LSA」の扱いとなっています。

性能はほとんど同じで、飛ぶ空域も同じなので、両者とも免許が必要です。内容はだいたい同じですが、セスナの方は昔ながらのPP、Paradiseの方は「レジャーパイロット(エアスポーツパイロット)」という、それぞれ別のライセンスになっています。確かにPPの方は夜間飛行とかもっと必修科目が多いですが、日曜パイロットで、わざわざ夜間飛行だの計器飛行だのなんてしないし。

ちなみに、エアラインパイロット、コマーシャルパイロットと言って、その他にもうじゃうじゃ多数の種類の免許があります。でも本稿の主題ではないので、省略します。

というわけで、欧米では新技術を駆使したLSA全盛の時代に入ろうとしています。

地の果てブラジルのブラジリアにある、田舎の小さな飛行クラブや、その近所でもLSAがいっぱいとなっており。

以下、こんなのが飛んでます、というのをちょっと紹介します。

◎ペリカン

LSAの草分け的存在。エンジンに比べて機体が重いのか?小さな飛行場だと離陸はひやひやするけれど、その分上がっちゃえば安定しているらしい。翼はアルミ合金製。胴体後部はコンポジット。巡航速度:時速177キロ

 

 

◎Paradise

どこまでも真っ直ぐに飛んでいく安定性を持った、LSAらしからぬLSAの決定版。多少操舵輪を回したりペダルを踏んだくらいではまっすぐ飛び続けようとするので、エイヤーと気合を入れた操作が必要ですが、3舵の効きがしっかりしていて、Coordinateされたカーブにおのずから入っていく、えらそーですがすぐれた飛行機です。こういうのは乗ってみないとわからないだろうなー。全金属製、巡航速度時速185キロ。

 

 

◎RV7・RV9

あれこれ実機じゃないの?と思った人は、するどいマニアです。全金属製、ライカミングエンジン130馬力、巡航速度時速264キロで、セスナなんてぶっちぎりの戦闘機みたいなLSA。というか、アメリカでは実機であり、ブラジルでも2019年までだったっけ、に生産された中古品はLSAで登録できるけれど、それ以降の生産品は実機という要注意な飛行機です。

 

 

◎Dynamic

RVとならんで大富豪しか買えないLSA界のスーパーカー。コンポジット製、巡航速度も時速250キロでRVと比べてもそん色なし。ブラジルの法律だと、引っ込み脚はLSA認定してくれないので、固定脚バージョンです。なんとなくグライダーちっくな姿かたちで、失速が「突然前触れもなく落ちるぞ。気をつけろ」といううわさあり。もちろんとても安全ですが。

 

 

◎FOX V7

こちらはもっとウルトラライトちっく、お値段もお手頃のLSA。コンポジット製。キャビンが大きく膨らんだ感じで、中で宴会はできなけれど、それに近いスペースがあるらしい。巡航速度時速180キロ。写真の飛行機の主はかなり遠出をするらしく、オートパイロットを装備するとか言っていました。ちなみに、この記事に出てくるLSAは大体6時間ぐらい飛べる(と思います)。

 

◎こよーて

正式名称はRANS SUPERCOYOTEです。鋼管羽布張りで、前世紀の遺物化しつつあり。Paradiseと正反対、とにかくやんちゃで、まっすぐ飛ばすのが一苦労ですが、例えばParadiseの空虚重量340キロにくらべて、コヨーテの空虚重量は270キロと、LSAの中でも軽量級です。その結果、すごい上昇力だ!なんて主観的ですが、上昇も下降もきびきびと、とても楽しい飛行機です。言ってみれば、空のかぶと虫。ちなみに、VWかぶと虫の重量が780キロですから、こよーてはその半分なのですね。ははは

 

 

コヨーテくんの操縦席からの風景はこんな感じ

 

 

とある家電王の農場へ遊びに行った時の写真はこちら

 

 

 

 
ベースレグからファイナル、そして着陸までの動画はこちら

 

上記を記事にしたのはこちら→「家電王の農場に着陸」

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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パイロットとお◎っこのお話

*ひさびさにアメブロでランキング1位に返り咲き。今回は「パイロット」というベタなジャンルでした。たくさんの「いいね!」ありがとうございます。

さて、本題です。

寒い冬の朝。起きがけに、とにかくトイレへ直行だ!用を足してほっと一息、というのは誰でも経験あると思います。

でも、お父さんとかがトイレを占領してしまい。お母さんや娘さんが、必死になってどんどん!トイレの戸を叩き、おとうさん、新聞なんて読んでないで、早くしてー!というシーンもあったりして。

パイロットにとっても、トイレはなかなか重大な課題なのです。

高度1万メートルを飛ぶ旅客機でなくても、2000メートルまでいけば、寒いぞ!離陸前にお◎っこしとけばよかった!なんてなるときもあったりします。

30時間以上連続飛行して大西洋を横断したリンドバーグも、パリに着陸して、熱狂の群衆に放った言葉が、まず「英語話せる人いる?」で、その次が「トイレどこ?」だったそうです。

リンドバーグ。

出典はhttp://blog.livedoor.jp/tenti1121-ijintensaiyuumeijin/archives/1997305.html

 

 

黎明期の飛行機は、乗員が吹きっさらしか、密閉風防だとか言いながらも実はごうごうと隙間風にさらされたりとか、なかなか過酷だったらしい。そんな時代から今日まで、パイロットはどうやってトイレという生理的要求に対応してきたのでしょうか。

①がまんしましょう

第1次大戦とかでは、飛行機の航続距離そのものが短く。例外もあったが2,3時間で燃料が切れて着陸、という状況なので、我慢すれば何とかなった。

めちゃくちゃ吹きさらしの座席。
我慢しなくても、ちょっと背伸びすれば。。。とか。無理か?

https://i.pinimg.com/originals/80/c7/37/80c737dffec0e092e3cbe1bf001b6982.jpg

 

 

➁おまる作戦

第2次大戦の爆撃機になると、6時間くらいは飛ぶようになり。幸い、このころには飛行機も大型化し、エンジンのパワーも強くなったので、トイレとまではいかなくても、おまるは乗せることができたらしい。といって、狭くて丸見えの機内なので、遮断幕(カーテン)かなんかで仕切ることができるようにしたそうである。下の図はイギリスのウエリントン爆撃機の例です。

Public domain

 

 

出展はロバート・ウエスト―ル著「ブラッカムの爆撃機」:ISBN4-00-024632-1

 

 

*ちょっと脱線。ロバート・ウエスト―ルさんは、自分は飛行機を操縦したことはないのに、迫真の記事を書く、恐るべき小説家です。ウエスト―ルさんは、他にも「猫の帰還(ISBN4-19-860911-X)」という優しさいっぱいの「猫本」を書いており。写真の通り「6年生・小学校の教科書に出てくる本」ですが、とても小学生には見せられない、生々しい不倫の描写があったりして、必読です。

ネコ好き必読!です。

 

 

③戦闘機はどうしたか

大きな爆撃機はともかく、一人乗りの戦闘機とかは、スペース以前に、ちょっと操縦をやめておまるにしゃがんで。。。なんてのは無理である。

どうするのかというと、「油紙性のお◎っこ(う◎こ)用紙袋」みたいなのを携行して、ううむ我慢できない、というときに、ズボンのチャックをあけてその袋に。。。という情報あり。

でも、当時のパイロットなんて、うさちゃんルックというか、航空服で着ぐるみ状態なので、チャックをあけてハイ放水、なんてお手軽にできたのでしょうか?確かに、南方作戦では半ズボンにカポック(救命胴衣)なんてのもあったらしいけれど。

下の画像は爆撃機クルーですが、このいでたちなら戦闘機乗りでも服に引っかけずにちゃんと用を足せたと思います。

http://www.aramant.com/chuukou/toha.html

 

 

④パンパース作戦

これがU2偵察機など、超高空で何時間も独りぼっち、という場合は、着ている服もほとんど宇宙服なので、チャックをあけて、なんてやったとたん気圧が急激に下がって、お◎っこどころか、血管の血液が気化して惨死になってしまうらしい。というわけで、地上生活と同じくらいの気圧とかに保った「宇宙服」の中でどうやって、となると、しゃあねえおむつか、といううわさが。。。

U2 偵察機 Public Domain

 

 

U2パイロット

https://www.machinegun-figures.com/im/170112_142842_5fqZJWjM_im.jpg

 

 

それこそ宇宙船と同じに、パイロットスーツの戦略的箇所に掃除機みたいな機器のホースがドッキングして、お◎っこだろうがう◎こだろうが吸い出すという仕掛けにすればいいのに。。。と思うのですが、とてもそういった機器にスペースや重量を割くことはできないらしく。「便意を催さなければどうということはない」と、12時間にもわたる飛行なのに、食べ物は1時間おきにプロテインチューブみたいなやつを一個、ストローで補給、という、なんちゅうブラックな職場じゃ!になっているそうです。超金手当ぐらいは貰っているんでしょうねえ。

森永プロテインゼリー。https://www.morinaga.co.jp/in/jelly/protein15000.html

⑤旅客機のトイレ

さいわい、きょうびの旅客機では、客室の前部と後部、ジャンボなどでは中央部とかにもトイレがたくさんあり。でも、国際線とかで明け方になると、トイレの前にはやっぱり行列ができたりします。

首尾よくトイレに入ったはいいが、折わるく乱気流に突入し。トイレ内の警告灯が「GO BACK TO YOUR SEAT」とびかびか点滅し、アナウンスも「座席に戻りシートベルトを締めて下さい」なんてなるときもあり。

でも、便秘気味だし(下痢の時はもっと悲惨)、とにかく終えてからじゃなきゃ。。。とめちゃくちゃ揺られながら、なんとか用を足し。そのあと席に戻っても、CAさんが怖い顔でこちらをにらんでいたりして。。。。

旅客機のバキューム式トイレ

When are you allowed to pee on a flight?

④旅客機のトイレその2

さて、トイレにたまる排泄物ですが、畿内と機外の気圧差を利用して外に噴出しちゃうのかと思ったらそうではなく。備蓄タンク?みたいなのに溜めておいて、着陸後に汲み取りとしているらしい。

ちなみに、旅客機のおしりに空いている穴は、そこから噴出しているのではなく、APUという発電用エンジン(これもジェットエンジンです。すごいな)の排気ノズル(排気口)だそうです。

APU排気口

https://s.eximg.jp/exnews/feed/Trafficnews/Trafficnews_92485_04c0_1.jpg

 

⑤パイロットの重要な儀式:太刀諸雲の礼について

読んで字のごとく「たちしょうんのれい」と言います。あまり早口で言わないようにしましょう。

小さな軽飛行機で、その辺を一、二時間るんるん飛んできて、ホームベースに着陸。駐機して地面に降り立つのは、充実感のひと時です。

その時、無事に飛行し、着陸できたことを八百万の神々に感謝するために行うのが「太刀諸雲の礼」です。

ぼくのホームベースにはとあるご神木があり。この霊威を戴くために、誘導路もこの木を迂回して、アートな誘導路になっています。

*ご神木ですが、それ以前に、ブラジリア高原における貴重な原生稙種だという事で、切り倒すと環境当局に処刑されます。

ご神木とアートな誘導路

 

 

飛行機から降り、この木の根元で、思い切り放水するのが「太刀諸雲の礼」です。広がる青空に、動かぬ大地。さわやかなそよ風。至福の一瞬ですよね。。。。

でも、なぜか飛行クラブ管理人のお兄ちゃんが、この木の根元をDIY(柵の修繕とか)の作業場にしちゃったので、現在はしかたなくハンガー(格納庫)内のトイレで用を足しています。

小さな飛行機で飛んでいます

 

 

⑥余談その1

上記の戦闘機パイロットですが、やはり高度6000メートルでは気圧差により苦労したらしい。

とある撃墜王の回想録では、ふたをし損ねて液体が風防に飛び散り、ふき取るのにものすごく苦労した、とあります。

もちろん、機内飲料として持ち込んだ「ラムネ」の話です。

ラムネの栓を、一気に抜いちゃったためにシャンペンみたいに噴出してしまったらしい。

いやいや、あの液体のことじゃなくて、あーよかった。

ラムネ。https://bplatz.sansokan.jp/archives/11087

⑦最後は口直し

ということで、ばっちいお話は忘れて、夢の飛行機旅行の画像をどうぞ。

昔はシックで豪華、よかったですねえ。。。

(画像出展はいずれもhttps://buzzap.jp/news/20160801-airplane-food-1950/です。)

-O-

ではでは。

Posted by 猫機長
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”””””《2023年紹介バトン》コロナを吹き飛ばせ❣️繋がれ友達の輪”””””

恐怖の紹介バトン。敬愛するブロ友のLunaさんから、ついに順番が回ってきました。チャレンジです。

(この記事をWorldpressの本家サイトとはてなのアンテナサイトで見てる人へ:これはアメブロの楽しい企画です。アメブロの方にも見に来てね!)

◎ハンドルネームは

猫機長

◎ハンドルネームの由来は

「猫駅長」からパクリました。「たま」だけかとおもったら、そこかしこの駅に「猫駅長」がいるらしい。

「たま」かと思ったら「ニタマ」だそうです

https://livejapan.com/ja/in-kansai/in-pref-wakayama/in-wakayama_koyasan/article-a2000233/

 

 

◎アイコンの説明(私の画像)

 着陸動作。高度が落ちすぎてあせっているところ。

◎家族紹介

ひとりぐらしです。さびしいな

◎居住地

地の果てブラジルの最果てブラジリアです。地の果てですが、とてもおしゃれなパン屋さんがあり。「くるみとゴンゴンゾーラのパン」が大好きです。

 

 

◎出身地

地の果て埼玉の最果て朝霞市。進駐軍がいた時代です。病気になったら、その辺の草を食べて治しています。。。

◎趣味

飛行機の操縦、なんていわずもがなですね。あとは「二刀流上下太刀」。こどものころ、絵画コンクールで賞を取ったことがある。

こんな人です(10年前の写真)

 

 

◎長所と短所

「性格占い」をやったら、「怪盗」といわれてしまいました。

https://tokusatu-sunday.com/2019/11/09/lupin-fujiko/

 

 

長所 何をやらせても器用。必要最小限の動きで最高の成果を出す。人に愛される

短所 面倒くさがり屋、いやなところはスルリと抜けて、おいしいところだけ持っていく。

そんなふうに思われているんだ。ひどいな。。。。

みんなもやってみよう!→https://uranailady.com/fortune/birth47.html

◎好きなことわざ・四文字熟語

堅忍不抜。不撓不屈。

◎好きな人や芸能人

王選手、は芸能人じゃなかったですね。ブルゾンちえみ(キャラじゃなくて本人の中身。いい人らしい)

◎好きな曲(可能ならYou Tube を貼ってね)

明るい曲。勇気の出る曲。

 

 

こうゆう曲も好き

バッハ https://www.youtube.com/watch?v=SmtekADcxrc

パッヘルベル https://www.youtube.com/watch?v=li7tiTGcA2M

スーザ https://www.youtube.com/watch?v=22kDWg6e_mo

あれ?ミスマッチか?

◎好きな飛行機

「DC3」

いつか操縦してみたい飛行機。でも、なかなかそうゆう機会は。。。という事で、模型を作ってながめています

 

 

◎今一番のマイブーム

ぴよ将棋。夢の香車三段ロケットだ!

 

 

◎【今年の抱負】猫背をなおしたい。

◎【最後にひとこと】紙媒体しかなかった時代に比べ、無限の可能性が広がっています。広げようアメブロの輪。

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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地下鉄に見る日本人の美術素養

日本に行った時のお土産に、地下鉄の切符を持って帰りました。

東京の地下鉄。世界に類を見ないち密な路線網で、あらゆる区間の効率を考慮しつくし、切符も多数のランク(金額)に分かれています。写真のは190円区間です。

上のはブラジリアの地下鉄切符です

 

 

日本の地下鉄は、とても便利で、清潔。乗っている人たちも礼儀正しく、大好きです。

でも、はっきりいって、この細かい料金の区分けだけは、同意できなかったのでした。

なぜこんなみみっちいことをするのか?

ブラジリアにも地下鉄があり、おおざっぱそのものの路線です。でも、いちまい切符を買えば、その切符でどこからどこまで行こうと勝手です。

東京だと、ここからここまでは100円。でもそこから先は190円だから、別の切符を買いな、みたいな、重箱の隅をつつくようなものになってしまい。地下鉄一つ乗るにも、やれこの区間はこの路線で、その値段は。。。。なんてこんがらかりすぎてわけがわからなくなってしまい、ともかくSUICAとかでスルーパスだ!となんとかしのいでいる状況ではないでしょうか。

東京の地下鉄マップ。https://www.tokyometro.jp/station/

 

 

ブラジリアはこんなかんじ。https://metro.df.gov.br/?page_id=8768

 

 

日本の場合、実は、日々の仕事や生活が、あまりにきめ細かすぎる配慮を要求する状況になってしまっており、その一つの例が、このみみっちい地下鉄の価格設定に表れていると思っています。つまり、地下鉄なんて日本の魑魅魍魎さのほんの断片で、24時間あらゆる出来事に、あまりにもち密に対応しなければならない生活に疲れ切って、自分でも訳が分からなくなり。最後は、ふらっとホームから飛び降りようとしていて、青色灯ではっと気が付き助かった、なんてことになっていないでしょうか。

駅の青色照明。https://karapaia.com/archives/52069214.html

 

 

なぜこんな生きにくい国になってしまったのか。

それは、もともと芸術に生きる人々の国であった日本が、幕末の列強進出で、植民地にならないために、理数系の考え方を無理やり「インプラント」させられた、その影響が今日にいたるまで残っているためと理解します。

日本人てそんなに芸術的だったっけ?

はい、フランス人が驚いてジャポニズムを推進したくらいに、芸術的です。

その日本人の芸術性は「蕃書調所」「工部美術学校」に見ることができます。

    -O-

時は幕末。ペリーにカツアゲされ、にっちもさっちもいかなくなった日本。

浮世絵なのにパースの効いた「米船渡来 旧諸藩士固之図(べいせんとらいきゅうしょはんしかためのず) 」

 

 

浮世絵美人なんて描いている場合じゃないぞ!大砲の製図だ!

と、必死になって西洋の作画技術を学ぼうとしました。

そのための学校が「蕃書調所」

語学、精錬学(化学・薬学)、機械学、数学など、進んだ西洋の学問を学んで、列強に対抗するために、江戸幕府が設立した、当時の大学・専門学校をミックスしたような学校でした。

これらの学問に交じり「画学」もあり。

西洋美術について「調べ」学ぶ学部でした。

美術とはいえ、学ぶ目的は「画題となる物品を、日本画では不可能な精密な描写、迫真の画像で再現する」という意味合いがあり。なんか歯切れの悪い言い方になっていますが、現代用語でまとめると、ようするに「工業製品の設計製図技術を獲得したい」という事なのでした。

この学校で学んだ重要な人物に、高橋由一がいます。

その代表作が「ガトリンク機関銃の組み立て用精密詳細設計図」

ではなくて

「鮭」でした。

 

 

この絵のどこが製図なのか?

というか、現在の超写実絵画『鮭 ─ 高橋由一へのオマージュ ─ 』に比べたら、ピンボケすぎて、80年代頃の写真程度にしか見えなかったのでした。

 

 

それでも、浮世絵しか知らなった日本では、衝撃の精密画像だった。

しかし、「しゃけ」なんですよねー

「ガトリンク銃」ではなく「しゃけ」

ここに高橋由一に代表される、日本人のどうしようもない芸術性が暴かれるのでした。

高橋由一「下野塩谷郡男鹿川独橋有三架」

 

 
がんばって橋梁構造の描写を試みてはいるけれど。。。やっぱり図面じゃなくてアートですよね。。。。

日本は技術立国、職人の国ですが、職人ってどんな人?と考え直してみると。

「一杯の魂―ラーメン人物伝―」ISBN4-08-859357

こんな感じ。「理屈ではなく感覚」だそうです。ははは

 

 

三菱リージョナルジェット(MRJ)についても、米国FAAの審査に通らなかったのは、アメリカが要求する「ボーメ度」じゃなかったもろもろの基準数値を、三菱側が明確にクリアできなかったというのがあるらしい。

きっとアメリカの飛行機より安全で繊細な、操縦しやすい飛行機だと思うのになー。

MRJについては興味深い考察があるのでこちら→国産ジェットの夢を阻んだ「型式証明」の壁 責任は三菱重工だけか 日経ビジネス記事 2/7

https://travel.watch.impress.co.jp/img/trw/docs/1130/516/html/000_o.jpg.html

 

 

しゃけの絵ではロシアの軍艦を撃沈することはできません。

というわけで、明治になると、こんどはもっと赤裸々な名称の学校が生まれます。

その名も「工部美術学校」

「工部」と「美術」が両立する、どうしようもない日本人のなあなあ気質が全開になってしまっています。

結局、この学校も工部というより美術で日本をリードし、美術面で拮抗する形で東京美術学校、さらには東京藝術大学が生まれるのでした。

いくら製図しようとがんばっても美術になってしまう日本。天下のおフランスに「ジャポニズム」という一大美術運動を発生させた原動力を、ここに見ることができます。

日本人には生まれながらに芸術の血が脈うっているのです。

数値・計算の世界とは、一線を画した情感、感性の世界です。

これが迷走すると「八紘一宇」だのと妄想の世界になり、自国も滅ぼし世界にも迷惑をかけてしまう。

日本がアジアを開放したのは本当です。でも、開放の仕方が、石油のある資源国に押し入ったら、そこでは現地の人たちが西洋人に搾取されていたので、「敵の敵は味方」となって協力したというのが真相でした。

ガトリンク銃 http://www.xn--u9j370humdba539qcybpym.jp/part2/archives/463

 

 

しかし「悪い西洋人にいじめられているアジアを、神国日本が皇軍で開放する」という「夢・希望・アート」の世界に逃避してしまった結果、戦争という事態で最も効果的な工業製品である原爆を落とされてしまいました。

ロートレック「ディヴァン・ジャポネ(日本の長椅子)」

 

 

ここまで読んで、「そんなことないぞ!日本はあらゆる情報をち密に検討し、熟考の上で開戦に踏み切ったんだ」という人もいるでしょう。

日本人から見れば、その通りです。

でも、世界からは「だらだら中国と紛争し、泥沼化させた結果、打開しようとしたはいいが、本質と離れた無駄に細かい目先の事象の分析で、かえって戦略的に事態が見えなくなってしまい、成算もないのにアメリカを攻撃してしまった」と見られているのが、偽らざる真実です。

ち密な計算をしているように見せかけながら(無駄に細かいだけ)、実はアートな主観・感性で物事を進めてしまう日本人の性癖は、日本人自身が常時戒めておかないと、どんな悲劇をもたらすかわかりません。

でも、世界でも有数の、アートな国民であるという事も事実であり。それは、とりもなおさずアートに生きる、という事も、世界のどの国よりも得意なはずだと理解します。

なぜ「得意なはず」であり「得意」でなくなってしまったのか。

それは、「工部」美術学校というように、幕末から今日にかけて、無理やり日本人のアートに工業の枠をはめ込んでしまったからなのです。

もちろん、アヘン戦争で超大国清が亡国の憂き目にあっている時代に、「あばずれ美人」なんていってる場合じゃないだろう!という事は理解します。

喜多川歌麿「教訓親の目鑑(めがね)  俗に言うあばずれ」

 

 

しかし、令和の日本は、ロシアや共産中国、南北朝鮮に囲まれ、決して安泰ではないものの、幕末よりずっとましな状況にあると理解します。

そろそろ、みみっちい詳細化で安心しようとする思考から解放されてもよいころかな?と思ったりします。

最後に、日本の絵に比べたら製図になっている西洋の絵画と、アートかどうかなんてどうでもいいや!でも気づいたらアートになってました、という日本の絵画を掲載して、結びとします。

ルノワール「犬の頭部」

 

 

仙厓和尚「犬図」

 

 

きゃふんきゃふん。ではでは。。。

Posted by 猫機長