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フォワードスリップの妙味

地上を離れて空気の中を飛んでいる飛行機。風のかげんとかで、往々にしてまっすぐには飛べず、横滑りしたりしています。

というか、予定進路に向けてまっすぐ飛ぶためには、横から斜めからの風に対応して機首をセットしなければならず。どうしても事実上横滑り状態で飛ぶというのが多かったりします。

 

 

上の画像は、道路なりにまっすぐ飛んでいきたいが、左から横風がある時の例です。機首を左に向けて、まっすぐですが横滑りして飛んでいきます。あれ?

 

これを着陸経路でやると「クラブ」着陸になります。

着陸の時は、機首を風上にめぐらす代わりに、「ウイングロー」といって、風上の翼を下に傾けて、風の方にスリップという方法もあります。水平飛行の時はカニ歩きというかカニ飛び?「クラブ」がふつうです。

左がクラブ。右がウイングロー
 

 

スリップという言葉が出てきました。

3舵のつり合いを重視する飛行機操縦では、スリップはスキッドと共に本来は避けるべき行為であり。でも、旋回中はついラダーとスティックのつり合いが崩れがちで、ターンコーディネーターを見ながら、おっとっと!とつり合いを取っています。

赤い矢印がTurn Coordinator。操縦かんの左右にある青い矢印がラダーペダル
 

 

要すれば、ターンコーディネーターの黒い玉ころが常に指示窓の真ん中に位置するように操縦しています。

旋回におけるスキッドはラダーを効かせすぎたときにおこり。逆だとスリップを起こします。

https://flying-gift.shop/2023/09/24/%e3%82%b9%e3%83%aa%e3%83%83%e3%83%97%e5%a4%96%e6%bb%91%e3%82%8a%e3%82%88%e3%82%8a%e3%82%b9%e3%82%ad%e3%83%83%e3%83%89%e5%86%85%e6%bb%91%e3%82%8a%e3%81%ae%e6%96%b9%e3%81%8c%e5%8d%b1%e9%99%ba/
 

 

特にスキッドしながらの旋回では、翼端失速からのきりもみとかに入りやすいらしい。じゃあスリップならいいのというとそうでもなく、皆さんが操縦するときは、かっこよく45度旋回だ!なんてやろうとせずに、低傾斜でも手足の調子がとれたきれいな旋回を目指しましょう。

要すれば、スキッドにしろスリップにしろ、せっかくの揚力を奪い、飛行機を地面に落っことそうとする作用を生むということである。

ところが、場合によっては、早く落っこちなきゃ!という状況も生じ。

本当に落っこちたら大変ですが、落っこちるくらい急に降下する必要が生じることもあるということです。

戦闘機とかではないので、いっさんに急降下だ!なんてのはやらないし、やろうとすると空中分解です。といって、もう目の前が滑走路なのに、ぽけっとしていてすごく高い高度のまま来ちゃった!というときもあり。

ぽけっとしていなくても、初めて来る滑走路などは、事前に航空チャートで勉強し、かつGPSで確認していてもなかなか見つけることができず。目視できた時は真上だった、ということがよくあるのです。

そんなとき、のこのこのんびりの低速度のまま、ぎゅーんと一気に高度を落とす技術があるのです。

その名も「フォワードスリップ」

要すれば前進してスリップすることです。なんて小学生みたいな説明ではなく、横滑りによる降下を活用した高度処理です。

いよいよ小学生か?

パイロットの知能なんてみんな小学生レベルですからねえ。博士号を持つパロットもいますが。

さて、ぽけっと高度5000フィートで飛んでいたあなたは、標高3280フィートのとある滑走路直上まで、気づかずに飛んできてしまいました。

本当だったら4000フィートで降下開始したかったのですが、もう真上ですからねー

しゃあねえな、とまずはスロットルを絞り込んで、ほとんどアイドルくらいに落とし。

それから、ぎゅん、と操縦かんを左に倒し、同時に右ラダーをぐっと踏み込みます。

こうすると、機首がぐっと右に向き、機体はぎゅんと左翼を下にしてかしぎ。

ひゅるひゅるひゅるひゅる、と降下率10から15くらいで落っこちていきます。

昇降計。ふつーは降下率3から5くらいで降りていきます。
 

 

あさってを向いた機首(機体)と翼が作る90度の角度のちょうど真ん中つまり機体(翼)と45度くらいの軸線に滑走路がくるように調整します。

そうすると、いいぐあいに滑走路が迫ってくるので、滑走路端ちょっと前くらいで、ようそろー!と手足を戻します。

あとはフツーに着陸。

フォワードスリップは、わざと手足の調和をくずして、本来やってはいけない操作をあえて行うみたいなところがあり、免許取り立てのうちはなかなか怖くて。。。。ですが、なれると、横滑りしながら落りていくのが楽しくなり、わざと高めの高度で滑走路に接近とかして遊ぶようになります。

ただし、要注意!

この操作は、一種失速の一歩手前であり(なんてどんな飛行状態でもそうですけど)。以下、気をつけましょう

その1:機首は下向きに。機首上げでやると一気に失速するぞ!人工水平儀で、水平線より機首が下がっていることを確認しながら降りていけば安心。

その2:スロットルは閉じましょう。アイドルまでいかないでもいいけれど、つい手足の操作に気が行って、高回転のままでマニューバ開始してしまう傾向あり。こうするとスピードが高くなりすぎて機体に係るストレス(風圧)もやばくなるので、まずはスロットルを抜いて、通常の着陸降下速度からマニューバの速度域に収めるようにしましょう。

パイパーカブのフォワードスリップ


 

 

ところで、横滑り、というと「敵機から逃れるためのマニューバ」と思いつくマニアの人もいると思います。

「ジェネアビの神」高橋淳さんという人がいますが、戦中は爆撃機(一式陸攻)の操縦士で、尾部機銃手と連携して敵機を避けたとのことです。

敵戦闘機が後ろに迫り、機銃掃射だ!くるぞ!というときに機銃手がブザーのボタンを押すと、そのブザーを聞いた高橋さんはすかさず横滑りで機体をスライドさせて避けた、みたいな記載が「淳さんのおおぞら人生、俺流」という本に書いてありました。

似たような記載はいろいろなところで散見されますが、これまで「スライド」という部分に違和感を感じていました。

というのも、確かに「横滑り」ですが、実態上機首が横に旋回するだけで飛行機自体の進行方向は変わらないんじゃなかったっけ?という素朴な疑問があったのです。

敵機側から見れば、気銃弾は機首の軸線上に飛んでいきます。つまり撃たれる側がいくら横滑りしても、敵機と同じ軸線上を横滑りしていくだけなので、かえって被弾面積が大きくなるだけじゃね、と危惧するのです。

単なる横滑りだと、進行方向の変化は生じない。①から➁の時点で横滑りしても、③のとおり同じ軸線上にいるので、同軸線上の射撃を受けた場合避けることができない。
 

 

この疑問を解消するのに重要なようつべ動画を発見しました。みなさんご存じ343空が九州だっけ?でグラマンやコルセアを迎え撃った史実を忠実に再現したものですが、この中で被弾により継戦不能になった紫電改が滑走路に降りていくところを敵機に食いつかれ。あわや撃墜!の一瞬に、紫電改は見事な横滑りで敵弾をかわしたのですが、ここでは敵機と同じ軸線上ながら、横滑りによる一瞬の降下で敵弾を上方にそらしています。

「うまいもんだ」 15:00からご覧ください https://www.youtube.com/watch?v=cmE6ofDaRBM&t=130s
 

 

つまり、横滑りですが、敵機から見たスライドは上下方向だったということなのか?

一方、敵艦からの射撃を横滑りで「スライド」して避けたとかもあり、ほぼ水面近くで高度は下げられないところ。

急激な横滑りをやれば、敵弾を避けられるくらい横方向へ進路そのものの変動も生じたのか?

「零戦の操縦(青山智樹・こがしゅうと、ISBN978-4-7572-1734-8」という本では、下の図みたいに解説されています。

 

マニアのみなさんでこの辺分かる人がいたら教えてください。

 

いずれにしろ、空戦における横滑りは「体がちぎれるような強烈な横Gがかかる、とても危険な操縦法です(出典:永遠のパイロット高橋淳さん | ペダル踏み間違い事故防止)」だそうで、ぼくがやっているフォワードスリップなんて「ネコのあくび」、横滑りにも何もなっていないよ、ということなのかもしれません。

機銃をぶっ放して人殺しをしなくて済む世の中になり、ほっとしています。と書きましたが、ウクライナでは人殺ししまくりなのですよね。ウクライナへの侵略が一日も早く終わることを祈っています。

ではでは

 

Posted by 猫機長
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無尾翼機のお話

以前、主翼と尾翼の間にある、切っても切れない恐ろしい腐れ縁について書きました。

記事はこちら→誰が尾翼をそうさせたか

 

飛行機というものは、主翼で揚力を得て空高く肥ゆるじゃなかった上がっていくことができるのですが、主翼だけではだめで、尾翼があってはじめてきりもみだのなんだのに入らず、フツーに飛ぶことができるのでした。

この場合、主翼が上向きの揚力を生むともに、飛行機をまっすぐ飛ばす安定性を得るために、尾翼では下向きの揚力を発生させて釣り合いを取っています。

https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-1261.html?sp
 

でも、尾翼なんて、飛行機が大嫌いな重量物、空気抵抗でまくり、かつ、せっかく主翼が作った揚力の一部を削減させてしまう、飛行機からみれば、パイロットの次に役立たずな、ただのごみじゃん、であり。

尾翼がなくても飛べる飛行機ってないのかなーというのが、意外と関係者間でまじめに研究されてきました。

その結果、ちゃんと無尾翼機とか、その仲間の全翼機とかで実用化されるまでになっていたのです。

一番有名なのがB2爆撃機。

https://www.flugzeuginfo.net/acdata_php/acdata_b2_en.php
 

 

でも、これは機体の安定のために相当コンピュータ制御に保っていると思われ。

そういうずるっこなしに、フツーの飛行機と同じくらい静的・動的安定のある無尾翼機ってないの?

パイロットが細心の注意で操縦すれば。。。というのならあるらしい。

例えば、Me163とかノースロップのN9とか。

Me163  https://forum.finescale.com/t/the-original-egg-plane-messerschmitt-me163-komet-testors-ex-hawk-1-48/257370
 

 

ノースロップN9 https://planesoffame.org/aircraft/plane-N9MB
 

 

無尾翼機がちゃんと存在していることはわかりましたが、どうやって尾翼なしで飛ぶのか?

それは、無尾翼機がへんな主翼を持っているからなのです。

どんなふうにへんなの?

まず、フツーの主翼はこんな感じ

全翼機の世界(全翼機とはなんだ(その2))
 

 

ご覧の通り、空力中心は翼を上に引っ張ろうとするし、重心下に引っ張るので、両者の場所が一致していない以上、翼はくるりとバランスを崩して回転しそうになってしまい。

安定どころではないのであった。

でも、尾翼の代わりに、主翼自体に下向きの揚力を発生するようにしたら?

S字キャンバー翼(反転キャンバー翼、あるいはプランク翼)というのが発明され。

翼型の種類と特徴 ー ライト兄弟の飛行機から現代の旅客機まで | 鳩ぽっぽ
 

 

この画像にある翼型のしっぽというか、とんがった先端あたりに注目ください。一番上のように、ぴゅっと上向いていたり、あるいは翼の下面が先端近くで水平尾翼みたいに下側に膨らんでいるのがわかると思います。

ううむわからん?という人に、S字キャンバーではないフツーの翼型(の一例)派こんな感じ

翼型の種類と特徴 ー ライト兄弟の飛行機から現代の旅客機まで | 鳩ぽっぽ
 

 

つまり、フツーは翼下面は平べったくて、上に膨らませて揚力を発生しているのだが、S字キャンバーは、後端を跳ね上げるか、あるいは下(先っぽ)にも膨らみを持たせるとかして、後端では下向きの揚力が生じるようにしたのであった。

こうすれば、翼前縁から中央とか、要するに大部分は飛行機を空に押し上げる上向きのプ揚力を生み。一方、後端のちょっとした部分で、翼がつんのめらないために必要な下向きの揚力を生み出して、水平飛行を可能としたのである。

へええええー!頭いいねえ。

こうしたプランク翼の典型にファウベル滑空機があります。

ttps://www.flickr.com/photos/125284960@N05/15109484278/in/photostream/lightbox/
 

 

なかなかかっこいいというかかわゆいというか、これを飛ばしていて操縦不能に陥ったという情報はでてこず。いがいと操縦が楽しいグライダーじゃね?

ちなみに、Me163や、無尾翼機じゃないけど「震電」もグライダーでプロトタイプを作り、いずれもとても操縦性がよかったとのことなので、無尾翼というのはグライダーにはむいているのかもしれん?

グライダーの場合は、燃料といった、機体の挙動によって重心が移動してしまったり、消費されるに従って重心点が変わっちゃった、というパーツがないので、無尾翼機みたいに重心移動にものすごくシビアな機体にはうってつけなのだそうである。

震電のグライダー型プロトタイプ 。正式名称は海軍空廠 MXY6 前翼型動力付滑空機 https://kcraft.biz/?pid=136910246
 

 

そのうち、ふつーの矩形翼よりも、後退翼の方がモーメントアームを稼げるんじゃね?ということに気が付き

ttps://www.flickr.com/photos/rkc01/28707741500
 

 

https://fdra.blogspot.com/2014/05/ala-voladora-northrop-n-9m-usa.html
矩形翼つまりまっすぐな翼のFauvel(上)と、後退翼のノースロップ(下)
 

 

モーメントアームというのは、がんらい尾翼のある飛行機の概念であり。要すれば主翼と尾翼の間の距離のことである。この距離が長ければ長いほど小さな尾翼でも安定できるという理屈なのであった。

https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-857.html?sp
 

 

つまり、後退翼にして、胴体近くは正の揚力を生むようにし、先端つまり空力中心より極力離れたところでこんどは不の揚力を生むようにすれば、ふつーの飛行機とはいかないまでもそれに近い感じにできるんじゃね?

全翼機の世界(全翼機とはなんだ(その2))
 

リピッシュという機体などで、こちらの発展を見ることができます。

上記の図では、翼の先端に「ねじり下げ」といって、ほとんど尾翼みたいな翼型になっているのであった。

 

その後、エンジンの付いている飛行機でも無尾翼機が生まれ。

NASAの太陽光動力機。エンジンというよりモーターだけど。
https://www.nasa.gov/image-article/page/2794/
 

 

後退翼にすると、方向安定性もよくなるというおまけもあった。

ここまでなら、無尾翼でもちゃんと飛べるじゃん、と思われるでしょうが、実は、ことはそう簡単でもなかったのだった。

なんとかまっすぐ飛ぶというならまだしも、旋回やフォワードスリップとか、要するに操縦性はどうよ?というのがあり。

素直な翼ではない、文字通りねじけた(ねじり下げた)翼です。

水平尾翼がないので、昇降舵もないのだった。ははは

仕方がないので「エレボン」といって、補助翼と昇降舵をむりやり統合してしまった。

垂直尾翼のあるやつ(Fauvel、コメート)とかはまだその程度ですんだが、真正のというか、垂直尾翼のない奴は、方向制御ために、エレボンのさらに先端に「ラダー」をつけ。これがぱかっと開くと空気抵抗になり、機首が抵抗の多いほうに向く、という、なんかアドバースヨーを逆用したような怪しい作動が必要になってしまった。

全翼機の世界(全翼機とは何だ(その4))
垂直尾翼のない真正無尾翼機の操舵舵面。
 

 

ちなみに、上の図ではフラップも示されていますが、ふつーはねじけた翼の全翼機には、フラップはつけられなかったらしい。

結局、無尾翼機といいつつ、垂直尾翼を残したコメートなどはそれなりに「成功」しましたが、真正のやつは実用化までは。。。というのが実情らしい。

単に挙動を制御しきれん、というほかに、着陸時に滑走距離が長くなりすぎとか、離陸も物凄く機首上げしないとうまく浮き上がらないとか、いろいろこまったクセに対応する技術革新が得られなったということなのですねー

きょうびはステルス性能優先でB2爆撃とかも飛んでいますが、この記事の初めに言ったように、コンピュータでむりやりまっすぐ飛ばしているということであり、残念ながらあまり望ましい発展ではないと理解します。唯一順調に行ったのが高速機つまりコンコルドやミラージュ戦闘機などにおける三角翼だと思います。

著しい機首上げ姿勢でないとうまく離着陸できん、というのは無尾翼機の重大な課題であり。コンコルドは、なんと機首が折れ曲がるようにして視界を確保するという荒業に訴え。

離陸時のコンコルド https://www.aeroflap.com.br
 

 

一方、パイロットの鍛錬に頼って、機首上げ上等!という力技により、多数の事故機を出したしまったのにカットラスがあります。

カットラス https://boomsonicprints.com/print-store/f7u-3m-cutlass-side-view/
 

 

カットラスはじめ、無尾翼機は、いったん空高く上がっちゃえば、空中での挙動はそれほど癖のあるものでもなかったらしい。でも、飛行機にとって最重要である、離着陸時の操縦性に難あり、ということで、残念ながら現在は忘れられた存在になってしまいました。

でも、将来は、全翼機なのか?リフティングボディなのか?なぞの旅客機も研究途上だそうで、未来には不思議な形の飛行機がいっぱい飛んでるかも?

3000字越えで打ち止め。

こうなるかも。未来の旅客機 3種の「見た目も中身も近未来すぎる旅客機」エアバスが発表 燃料は水素 2035年実用化へ (2020年9月21日) – エキサイトニュース
 

 

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ハンプ越えのお話

今回は、基本以下のリンクからの情報をもとに、いろいろなソースからの情報を加えて記載しています。

http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200507/zhuanwen40.htm

https://www.szkganz.seesaa.net/article/431864155.html

画像は特に出典の明記していないもの(というかほとんど)はこちらからお借りしました。

https://hk.aboluowang.com/2015/0531/564212.html

 

 

1942年、日本軍はビルマを占領し、援蒋ルートすなわちビルマ公路が封鎖され。米英物資援助の道を文字通り閉ざされた中国は、ついに日本に降伏か?の瀬戸際に。

日本人と中国人が殺しあうことで大儲けしていたアメリカ等は、それじゃおいしくないねえ。何とか戦争を継続させよう、と画策し。

でも、インドやビルマを通じた中国への補給は、ヒマラヤ山脈や砂漠、ジャングルなどありとあらゆる障害の中を何とか通れるよう、ビルマ公路を整備していたのに、ジャップによって封鎖されてしまった以上は、空を飛んで持っていくしかないじゃん、ははは、なんてあきらめかけたところで、あれそういえば輸送機っていうのがあるよね、と思い至り。

2025年の現在こそ、世界中でジェット旅客機が飛び回っていますが、当時はまだまだ馬車や牛車の時代であり(冗談ではなく、零戦は工場での組み立てが終わったら、牛車、あるいはペルシュロン馬車で、もよりの空港まで運んでいた)。航空輸送なんて夢のまた夢、だったのです。

しかし、アメリカではDC3の登場で大量航空輸送の先駆けみたいなのは生まれれ始めており。

東洋人たちの殺し合いを継続させるための物資輸送で、アメリカ人や中国人の若者をモルモットにして、大量航空輸送の実験をしてみようということになった。

こうして「ハンプ越え」が生まれました。ハンプというのはラクダのこぶのことであり、中国では「駝峰航線」と言っています。

 

 

この航空路は全長800キロ余り。当初は「北線」と「南線」がありましたが、日本軍の侵攻にともない北線のみとなりました。ディンジャン―プータオ(ビルマ)―雲竜(雲南省大理)―雲南駅(大理州祥雲県)―昆明と結び、天気によっては、ディンジャンからプータオ、麗江(雲南省)を経て昆明を結ぶときもあった。

フライトの一例としてはこういう記録があり

「ブラマプトラ渓谷の谷底はチャブアで海抜90フィート(27メートル)にある。この標高から、渓谷を囲む山壁は急速に標高10,000フィート(3,000メートル)以上まで上昇する。谷から東へ飛行したパイロットは、まずパトカイ山脈を越え、次に東側を標高14,000フィート(4,300メートル)の尾根、クモン山脈で区切られたチンドウィン川上流域を通過した。その後、西イラワジ川、東イラワジ川、サルウィン川、メコン川の渓谷に隔てられた標高14,000~16,000フィート(4,300~4,900メートル)の尾根を次々と越えた。この雄大な山々全体と、それを横切る航空路にその名を与えた主要な「こぶ」は、サルウィン川とメコン川の間にある標高15,000フィート(4,600メートル)にも及ぶサンツン山脈である。メコン川の東側では地形は明らかに緩やかになり、昆明飛行場(標高6,200フィート(1,900メートル))に近づくにつれて標高差も緩やかになる。」

ハンプ越えに使用された中国航空公司の輸送機と従業員
 

 

第2次大戦後に中華民国から共産政権へ移転され、五星紅旗のあるC47。https://www.jetphotos.com/photo/8787305
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%88%AA%E7%A9%BA%E9%9B%86%E5%9B%A3
 

 

距離的に言えば、東京から京都へ行って帰ってくるくらいで、それほど遠いというわけでもないのですが、「ハンプ」を構成する山脈がそびえたつ壁となって航路を阻み。1943年12月1日から1945年8月31日の間に東行きに156,977回飛行し(つまりに西行きにも同じ回数飛行した)、この間594機の航空機が墜落などで喪失、乗員乗客合わせて1,314人が死亡した。さらに81機の航空機、345人の乗組員が行方不明となった。

1945年7月31日に残存していた飛行機の数が640機とのことですから、ほとんど半減に近い損害じゃね?正確な統計は得られていないそうですが、想像を絶する危険な路線であったことは議論の余地がないと思います。

命からがら昆明に到着したC46
 

 

「らくだのこぶ」なんて一見のどかですが、ヒマラヤ山脈の峰々は、6,000mを超えるものが多数あり、最も高い地点では8,000mに迫るものもあった。このため、輸送機は「山岳地帯を越えるのに十分な高度に到達できず、迷路のようなヒマラヤの峠を通る非常に危険なルートを余儀なくされた」。

気象上も本来輸送機がのこのこ入っていくような場所ではなく。

「ルートは、ヒマラヤ山脈の存在によってかき混ぜられ、混ざり合った3つのユーラシア気団の真ん中に位置していた。南のインド洋からの湿った暖かい空気が高気圧を生み出して北に吹き荒れ、一方でシベリアからの冷たい乾燥した空気は南下した。これらの低気圧と高気圧は極端で、猛烈な風を生み出した。その風が世界最高峰の山脈という動かぬ塊にぶつかると、驚くべきスピードで上昇し、その後冷えてから恐ろしいドラフトとなって下降し、飛行機を驚異的な降下率で地上へと投げ飛ばした。雲塊内の乱気流は激しく、パイロットは突風でひっくり返されたと報告したが、行方不明になったために何も報告できなかったパイロットも多かった。」

夜間飛行に備えるC46
 

 

いろいろな輸送機が投入されましたが、C47(DC3)はもともと貨物機というより旅客機であり、重い貨物を載せたら床が抜けちゃう、みたいなのがあったため、主力として一回り大きなC46(貨物搭載量3.5トン。C47は1.5トン)が使用されました。

といっても、理想とは程遠く。「頻繁に機械的な故障に見舞われた(燃料漏れが翼付け根に溜まって爆発の危険となる傾向があった)。そのため「ダンボ」や「配管工の悪夢」、「空飛ぶ棺桶」といった不名誉なあだ名が付けられた。運用開始から5ヶ月で、C-46の20%が墜落した。1943年秋までスペアパーツが不足し、最初に送られた68機のC-46のうち26機が使用不能になった。」

「作業員たちは、1頭の象が12人以上の作業員が担う石油ドラム缶の運搬に相当することを発見した。」
 

 

とあり。B24 ベースのC87はデイビス翼によって「向かい風や横風の影響を大幅に軽減できる速度、ほとんどの気象前線を乗り越えられる実用上昇限度、そして乗組員が順風を追いかける「圧力前線」パターンで飛行できる航続距離など」はあったものの「4発エンジンにもかかわらず上昇が悪く、悪天候での飛行には不十分で、山岳地帯での軽度の着氷に遭遇しただけでも制御不能に陥る傾向があった。」そしてC54(DC4)は高空性能が足りず、輸送の主力にはなれなかったらしい。

荒れ狂う山岳航路でも、晴れてかつ気流の穏やかな日もあったらしい。

「晴れた日は、墜落した航空機の破片の反射する光に沿って飛行できるほどだったという。パイロットたちは戦友の航空機の残骸が散っている山谷を「アルミの谷」と呼んだ。このように非常に険しい路線だったので「駝峰航線」は「死亡航線」とも称された。」

「死亡航線」を生き延びた中国パイロット。陳文寛氏
 

 

そんな決死の輸送で墜落しても、「1,200人の乗組員が救助されるか、自力で基地まで歩いて帰還」したというからおどろき。専門の救助部隊も結成され、「救助活動のために2機のC-47と数機のL-5連絡機が割り当てられた。墜落現場にパラシュート降下して負傷した乗組員を救助するボランティアの衛生兵を募集」という記載もあり、人命救助にどこまで役立ったかはともかくこうした体制がとられたのは特筆すべきと考えます。

ビルマ公路での輸送量が1か月あたり1万トンとの記録があり。1939年から1942年までの3年で36万トンとなります。ハンプ越えでは1942年から1945年の3年間で65万トンという驚異的な数値を達成しました。

ところで。

この投稿の情報収集をしていた時に、とある国際郵便の写真が出てきました。

出典:「― GANさんの日本郵便史リサーチ ―」
 

なんと1943年、中国からアメリカ(成都-重慶-カルカッタ-カイロ-ラゴス(ナイジェリア)-ブラジル-トリニダード-マイアミ)へあてた手紙なのである。

重慶からカルカッタまではハンプ越えルートを経由したらしい。なんとか墜落せずに宛先に届いたという、奇跡の一枚ですねー

どんな内容の手紙だったのだろう。

「崎陽軒のシュウマイが高くなりました。いつか”でづにーらんど”というところに行ってみたいです」なんて書いてあったのかもしれませんね。

中華民国空軍のC46 https://www.airhistory.net/photo/586048/478627
 

蛇足です。C46は戦後日本でも使用されました


 

 

ではでは

Posted by 猫機長
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F1戦闘機に見る日本の人権レベル

こないだようつべでなかなか興味深い動画を見ました

 

 

見ていて、いかにも日本の国の現状を象徴する内容だなあ、とちょっと残念だったので、ここで掲載しておきます。

F1というのは、支援戦闘機というカテゴリーに入る超音速ジェット戦闘機です。

という一行が、すでにこの投稿のコアを語っています。

まず、支援戦闘機ってなに?

きょうびの言葉でいえば、攻撃機、戦闘爆撃機になります。でも、この飛行機が作られた1977年だったかでは、まだまだ国民の軍隊アレルギーが強く。

この当時は、中国だの北朝鮮だのはそれほど強圧的ではなかったのですが、国民自体が「軍隊なんて許さん」という鉄の意志を持っており。すなわち空軍ではない航空自衛隊の、攻撃機や爆撃機ではない、支援のための飛行機という名称になったのでした。

海上自衛隊で軍艦といわず護衛艦、陸自で歩兵や砲兵といわずに普通科、特科というのも同じ理由です。ぼくは母が空襲を逃げまどい、とにかく戦争なんて嫌だ!と実感を持って語っているという世代なので、こうした認識はとても大切だと思っています。

自衛隊の前身、警察予備隊のバッジ。鷹ではなく、鳩です。
https://auctions.afimg.jp/s806702122/ya/image/s806702122.2.jpg
 

 

ただの言いかえではなくて、北朝鮮や中国、ロシアが攻めてこないための自衛隊(軍隊ではない)。そしてそのための普通科連隊や特科連隊だ!という概念は、日本人が戦争で悲惨な体験をしたうえでの重要な学びであり、継続維持すべきものと考えています。

一方、1970年代で、すでに国産超音速戦闘機を作れる技術力を日本は持っていたわけで。この辺は素直に賞賛すべきと理解。

さて、上記の2点だけだったら、日本もすごいね!という幸せなエンドになるのですが、このブログの読者の皆様はすでにご存じの通り、ここから怪しい展開になっていくのでした。

念のため、ぼくは日本や日本人をおちょくる気持ちは全くありません。でも、海外在住の移住者として、やばいぞ日本人!このままじゃまた戦前に逆戻りだぞ!という危惧について記載させていただきます。

さて。

この動画において、F1戦闘機の特色について述べられていますが、もとはT2練習機からの派生であり。T2超音速練習機という優秀な機体ではあるのですが、やはりいろいろな制約も生まざるを得ず。

F1戦闘機そっくりのT2練習機 https://hs-tamtam.co.jp/product/detail/349347/
 

 

その最大なのがパワー不足で、「アフターバーナーを焚いても加速が出なかった、アフターバーナー焚いているのに気が付かなかった」というのがあり。F4とか当時の第一線の戦闘機に比べて推力が半分だったといいますから、対地攻撃とかはともかく、ミグ戦闘機に襲われたら相当心もとなかったものと理解します。

動画では、この辺「そこは自衛隊パイロットの腕の見せどころだぜ(8:12)」とコメントしていますが、はやくも戦時中の精神主義を感じてしまうのは私だけでしょうか。

非力なエンジンで性能を無理やり引き出そうとしたので、空気抵抗の少ない小さな翼になってしまい。燃料が入れられずに航続距離がはてな?(増槽を付けたら超音速性能がだいなし)になったとか、またこの動画では語られていない未確認情報ですが、はっきり言ってF1は安定性に欠けた、操縦のやばい飛行機だったといううわさも聞いています。

F1戦闘機の操縦席後のぽっこり突き出た部分には、慣性航法装置、レーダー警戒装置、管制計算機、オートパイロットが搭載されていた。
https://warbirdperformance.livedoor.blog/archives/13542062.html
 

 

その装備も世界最高峰のソ連軍を相手にするにはちょっと頼りなく。

13:42あたりか、無誘導爆弾をまるで誘導しているかのように的中させる射撃管制装置と、そのための神のような操縦を行う自衛隊パイロットが賞賛されていますが、でもそのころアメリカでは別に神でも何でもないふつーのパイロットがテキトーに発射ボタンを押せば自分から標的に命中してくれる誘導弾が生まれていたのですよね。。。。

11:25あたりでも、アメリカの新鋭F16二機対F1六機、つまり1対3の非対称戦でもF16が優勢なのを、自衛隊が工夫して勝つという場面がありますが、勝つ理由の一つに、米軍パイロットの飛行時間200時間に対し自衛隊は2000時間だった、とあり。

これって、太平洋戦争初期に日本の大ベテランのゼロ戦乗りが新米の乗っている米軍機をばたばた落としたのと同じなのでは?

アメリカが飛行時間の少ないパイロットを無数に展開し、機体の性能向上で勝っているときに、自衛隊はパイロットの練度に頼っているとしたら、熟練パイロットが払底したのちに起きる悲劇について考えていないのでしょうか。

自衛隊の稼働期間はせいぜい2週間で、その先は米軍に肩代わりしてもらう、という想定はわかりますが、ウクライナなんて2年近く続いていますよね。

要すれば、日本は「マリアナの七面鳥撃ち」を忘れてしまったのでしょうか。

*七面鳥撃ちについての説明はこちら→「ジープ空母」

日本パイロットの墓場、マリアナ
https://www.travel.co.jp/guide/matome/815/
 

 

労働者の職人芸に頼るのは、「自衛隊のパイロットはすごい(14:00)」というコメントでも強調されています。

結局、「装備に劣る部分は人材側の努力で補う」そして「補って余りある熟練自衛隊パイロットを称賛する」というストーリーになっていて、見る側も一緒になって熱狂していることがうかがえます。

用兵者(国家指導層、軍上層)が無能で、勝てない敵に「日本人は強いから」とむりやり戦争を仕掛けた体質が残ってしまっているのではないでしょうか。

日本人が世界を驚かす職人芸を発揮しているとき、その職人芸は何を目標として発揮されているのでしょうか。この動画の日本人パイロットたちは確かに超人的な能力を持っていますが、それがどこまで国防に役に立つのでしょうか。F16をやっつけるより「こんな飛行機にはパイロットは乗せられない」そこで「パイロットを乗せられる飛行機はどんな」あるいは「ドローンにすればパイロットなんていらないじゃん(おっとドローンの操作を行う人は必要ですね)」というように、本来の目的に向かった思考を持つ必要があると理解します。

もちろん、訓練は重要ですが、日本人はその点はもう120点なので、それより訓練の限界はここだから、限界を補うためのその先はどうするということをパイロット(労働者)に押し付けないで指導層がイノベーションしていく必要があるといいたいのです。

これまでエアロスバル、YS11など、機体個体の性能や特色について書いてきたのですが、今回は機体そのものより、それを使う人側の見識、常識についてのお話になってしまいました。

この記事を読んで、そうかすごい性能を持った戦闘機も、超人的なパイロットも実は必要なくて、そもそも戦争なんてしなくてもよいように、戦う前からしゅーきんぺーの野郎や黒電話頭の野郎を抑え込むことのほうが重要だな、と思い至っていただけた人がいればと思っています。

日本は、この抑え込みをこれまでみごと達成してきたじゃないですか。

日米安保条約によって、吉田首相の時代から、見事「他人のふんどしで相撲を取る」体制の確立に成功した日本は、トランプの野郎がどういおうが、日本の防衛のためにアメリカ人の血を流すというとても都合のいい条約をこれからも強化していきましょう。

でも、もっと重要なのが、中国との間のように、いい意味で腐れ縁になることである。インバウンドで中国人が殺到し、わあわあがあがあと日本の観光地が豚小屋になるのはいやだ!という気持ちはわかりますが、こうした交流(商売)を強化して日本、中国ともに戦争なんて仕掛けたら結局自分が損する、という状況にもっていくのが大切と思います。

戦争以外の金もうけのほうが儲かるよ、という関係を築きましょう。
https://www.nanmuxuan.com/zh-hk/classic/fasdfccatyn.html
 

 

日本に軍隊はいらないのか?

いらないといいたいのですが。。。。ウクライナ以後、まるで19世紀もびっくりの低能な侵略戦争が現実になったという状況をかんがみれば。。。。

ただ、自衛隊は、ぜったいに旧軍になってはなりません。そして、実戦経験のない組織、かつ、社会から見捨てられたどうしようもないクソガキをだまして営内に連れ込み、その性根をたたきなおして一人前の男にする組織であり続けることを願っています。

*最後の一文は、ぼくが昭和の屑野郎だから書きました。令和では、愚連隊やチンピラはもういない、意識の高い若者の国になったようですね。

ははは

ではでは

 

 

 

Posted by 猫機長
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風防と窓枠

みなさんが駅前を歩いているとき、あああ突風だー!と、傘だのカバンだのをもぎ取られそうになったことはないでしょうか。

この時の風速は12m/sくらいか?

気象庁・各気象台が用いている基準によると、以下の図みたいになります。

「リスク対策.com」より https://www.risktaisaku.com/articles/-/40193
 

 

スピードの遅い軽飛行機でも、離陸時の速度が41ノットくらいで、これは台風の時と同じくらいの風速らしい。巡航速度となると85ノットで「非常に強い台風」と同じくらい強烈だそうです。

9
20.8 m/s (41 knot)
台風88.2Km/h

10
24.5 m/s (48 knot)

11
28.5 m/s (56 knot)

12
32.7 m/s (64 knot)
強い台風117.2Km/h

43.8 m/s (85 knot)
非常に強い台風157.68km/h

54.1 m/s (105 knot)
猛烈な台風194.76km/h

Wikipediaによる区分

風速 – Wikipedia

 

 

黎明期は吹きさらしで飛んでいた飛行機も、次第にすっぽりと風防がかぶさるようになり。

黎明期の旅客機 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln8/DH66.html
 

 

これは飛行機だけの専売特許ではなく、白バイとかも大きな風防を装着しています。

https://www.pinterest.co.uk/pin/pictures-photos-from-chips-tv-series-19771983–276549233344289783/
 

 

 

白バイの風防は、まるで風上に衝立をたてているみたいで、空気抵抗でまくりですが、その陰に隠れるライダーは「台風もびっくりの強風」から身を守られ。疲労の度合いを著しく低減できるらしい。

衝立型の風防は、白バイのおまわりさんが1日を通じて楽な姿勢で操縦するための装置ですが、レース用のバイクになると、空気抵抗を減らすためにライダー自体がオートバイにへばりつくような姿勢になり。

この場合の風防は、搭乗者を守るというより、空気抵抗を減らして速度性能を極限まで引き出すのが目的となります。

https://scontent.fbsb8-1.fna.fbcdn.net/v/t1.6435-9/53046721_1128091794036913_4710854219131781120_n.jpg?_nc_cat=105&ccb=1-7&_nc_sid=13d280&_nc_eui2=AeEnb4fKM7ouwsonBO9j2jiT9Y-nFFcOKnT1j6cUVw4qdJ7lVHkdeMi_YiEn6cgAbbSYYjCcVJB-ZTIm4lx3-2Yz&_nc_ohc=iMFXS0jT90UQ7kNvgHRJC_a&_nc_ht=scontent.fbsb8-1.fna&oh=00_AYAUvtlohITlFSVUgSlhyaqHzXK-1cRHZBQnkjwTCJGi4w&oe=66ABED0C
 

 

飛行機の場合は、そもそもある程度のスピードとそれに伴う適切な風圧、でも人間から見れば、ぎゃああー!台風だー!という烈風の中でないと離陸できません、ということで、風防は、飛行機自体の空気抵抗削減と搭乗員の保護の両面から必須となっています。

第1次大戦時の複葉機では、機首に装備した機関銃の後ろくらいに透明の衝立を置き。

フォッカーDR1のコックピット。機関銃の間に風防。
Fokker Dr. I Dreidecker 1917 | Military Aviation Museum
 

 

ソッピース・キャメルの例 https://br.pinterest.com/pin/374643262769089409/
 

 

単葉機の時代になると、もっと立体的な風防が現れはじめ。

96戦の風防https://www.jiji.com/jc/d4?p=ina817-scn130896002&d=d4_mili
 

 

最初はコクピット前面のみで、操縦席自体は吹きさらしでしたが、パイロットが「顔に当たる風でスピードを判断」しなくても正確に速度を提示してくれる速度計が登場してから、コクピット全体を覆うものに変化してきました。

過渡期の形状https://makeshop-multi-images.akamaized.net/hobbyland/shopimages/73/41/7_000000104173.jpg?1678209902
 

このへんで、時代は格闘戦至上主義から一撃離脱へと変化し。風防の役割も搭乗者の保護より機体の空気抵抗削減が重視されるようになり。ファストバックと言って、風防後部は胴体と同じラインとなった形が一般的になりました。

P47のファストバック式風防 http://www.hasegawa-model.co.jp/product/02099/
 

 

しかし、実戦の場においては、ファストバックで後ろが見えないというのは重大な欠陥となり。せっかくファストバックにしたのに、空気抵抗でまくりのバックミラーを追加するなどの修正が必要になってしまった。

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spitVtrop/04.html
 

 

 

その結果、涙滴型風防に置き換わっていきました。

涙滴型風防に変化したP47 http://www.hasegawa-model.co.jp/product/02099/
 

 

P47の新旧コクピット https://www.pinterest.jp/pin/766386061571406718/
 

 

こういったわけで、プラモや写真を見ると、欧米や独ソの戦闘機はファストバック型が多いのに比べ、日本の戦闘機は「飛燕」「五式戦」や「雷電」をのぞき、涙滴型なのがわかります。

https://onemore01.blog.ss-blog.jp/2016-09-29-2
 

 

日本の場合はいつまでも格闘戦至上が抜けなかった、というか、一撃離脱のできる大馬力エンジンが作れなかった、という事情もあるのでしょうが、前も後ろもよく見えるというのを重視した。

その中でも、次第に洗練された流線形になっていったのがわかります。

隼の風防の変遷
上がI型 1/144 プラスチックモデルキット 陸軍 一式戦闘機 隼1型 Platz (プラッツ) (ms-plus.com)
下がII型 Ki43-III 一式戦闘機 隼3型デカールセット(1/72) – v1models – BOOTH
 

しかし、涙滴型風防を作り量産するには、それなりの技術が必要であり。

飛行機の風防はだいたいアクリル樹脂というかプレキシガラス製ですが、その整形がなかなか難しかったらしい。

流線形と言えば流れるような曲面が重要ですが、これを見事体現したのにアメリカの風防があり。P51やP47等、大戦終期に大いに生産されました。

P51の風防 https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-d6dd077b46dc6dfad0d53c06fa7bdc58-lq
 

 

でも、大戦前は、まだまだ曲面は最小限に抑え、窓枠で区切った風防が主流であり。F4Uに至っては、初期型は胴体に埋もれたみたいだったのが、次第に「マルコム型」の、ぽこんと丸い風防を装着し、空気抵抗の低減とパイロットの視界確保に貢献しました

F4Uの初期型(上)と後期型(下)の風防https://www.reddit.com/media?url=https%3A%2F%2Fi.redd.it%2Fb3wtoliyngdc1.jpeg&rdt=37219
 

 

ちなみに、マルコム風防はイギリスのスピットファイアで多用され、初期型のP51などにも流用されたらしい。

スピットファイア  スピットファイア Mk.Ia Supermarine Spitfire Mk.Ia Tamiya 1/48 part-2 (soyuyo.main.jp)
 

 

ファストバックにマルコム風防のP51
Malcolm Hood’s Instagram, Twitter & Facebook on IDCrawl
 

 

一方、涙滴型の採用では世界に先んじた日本も、風防自体は窓枠だらけになってしまいまいました。

零戦の風防 http://underzero.net/html/tz/tz_385_1.htm
 

 

アメリカのような全面一体成型(以後一体型とします)とはいかないまでも、隼みたいに、いいかんじのところまでは行けたのですが、特に海軍の場合、窓枠だらけの風防が多くなってしまい。

この理由として、いろいろ言われていますが、だいたいコンセンサスを得たのに以下があり(特に技術的な裏付けはありません。マニアたちの推定です)。

◎成型技術。作ろうとすればアメリカ式のも作れたが、当時の日本の技術では、分厚くなり。ならなくても透明でなくなってしまった。

◎曲面ガラスは、光の乱反射をもたらし、外に写る景色がゆがんでしまった。

◎海軍が窓枠だらけなのは、極力平面のガラスとして、乱反射を防ごうとしたため。さらに、着艦などの狂った衝撃も考慮する必要があった。陸軍では、多少視界がゆがんでも空気抵抗重視の一体型が使えた。

◎窓枠型は、枠で囲まれたガラスが破損しても、そのガラスを取り換えるだけで済んだ。一体型は、風防全体の取り換えが必要となり、部品備蓄のスペースがない空母では窓枠型にするしかなかった。

◎ガラスはアルミやジュラルミンに比べ重く。窓枠の分だけ軽くできた。

などなど。

でも、個人的にはそもそもの成型技術に難があったのではないかなーと思います。戦中に技術が向上したのか、海軍でも紫電等になってくると窓枠が減少しています。

日本もびっくりの窓枠風防を多用したのがドイツ。

JU88 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln4/290Ju87.html
 

 

 

Bf109 https://br.pinterest.com/pin/482659285064000242/
 

 

ウーフー偵察機 https://pit-road.jp/l4803/#L4803%201/48%20WWII%20%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E7%A9%BA%E8%BB%8D%20%E5%81%B5%E5%AF%9F%E6%A9%9F%20%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%83%E3%82%B1%E3%82%A6%E3%83%AB%E3%83%95%20Fw189%20A-2
 

 

でも、Fw190は最初から一体成型の涙滴(見ようによってはファストバックともいえるけど)なんですよねー

Fw190 https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-68952aa3aac16f060ffec129e9972522-lq
 

 

泣く子も黙るドイツの技術力では、一体成型だろうと窓枠型だろうと作れたが、カクカクととんがった窓枠型の方がドイツ人の美的感覚にマッチしたのかもしれん。

*というより、乱反射を嫌がったのが真相と思います。

美的感覚というと「涙滴型なのに風防後部は鋼製」という、利点をぶち壊して欠点(乱気流増加)を引き出そうとしたようなのもあり。

イタリアの戦闘機がおおむねそんなのなのでした。

マッキMC202 http://www.spmodelismo.com.br/howto/am/mc202.php
 

 

この場合は、やっぱり重量増加と共に、成型技術がまだなかった時代だったのだと思います。

この辺はアメリカも一緒で、P35も後部風防の曲面の部分はガラスをあきらめています。

P35 https://www.armedconflicts.com/Republic-P-35A-t43562#valka_group-2
 

 

今日では技術革新は頂点に達し。文字通り360度ほぼ全周が見渡せます、というのも生まれています。

F16の例 The extremely limited space of an F-16 cockpit [1000×667] : r/WarplanePorn (reddit.com)
 

 

 

一方、よく見えては困る、という飛行機も生まれてしまいました。

それがB52。

https://wired.jp/2014/05/28/b-52-gets-first-full-it-upgrade/
 

 

もちろん、通常の飛行ではよく見えたほうがいいのですが、戦略爆撃機という性格上、原爆を落としたときにその閃光にさらされることが想定されており。コクピットの内側に遮光カーテンがあって、爆撃時はこれでふさいで閃光が通らないようにする、というのをトム・クランシーの小説だったか?で読んだことがあります。

B52のコックピット https://www.flickr.com/photos/isaiasmalta/3200274538
 

 

F16とかの場合は、そもそも閃光の影響を受ける距離での飛行を想定していないか、あるいはバイザーで閃光を遮るということなのだと理解します。バイザーでさえぎることができるかは疑問ですけど。。。。

最後は脱線でした。

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
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F6Fはなぜ駄作にされたか

駄作シリーズその2。その1はこちら→名機の条件:零戦はなぜ駄作になったか(暗号通貨女子さん、リンクありがとうございます)

 

以前、F6FとP47という2つの飛行機についてちょっとだけ書きました。

とても興味深いものがあったので、あらためて書いてます。

両方とも、第2次大戦の後半で大活躍したアメリカの戦闘機です。

F6F(左)とP47(右)https://www.youtube.com/watch?v=Ydf0-QadMlY
 

そして、両方とも「ライトサイクロンR2800」という、これ以上ない高性能エンジンを装備していました。

でも、類似性はこのへんで終わってしまい。

P47が、だれからも称賛され、P51などと比肩して世界一の座を争った(特にパイロットからは抜群にP47のウケがよかったらしい)のに比べて、F6Fとなると、なにそれおいしいの?と、そもそも誰も知らないか、知っているマニアから見ても「P47と同じエンジンなのにどうしようもない駄作機」という哀れな烙印を押されてしまっているのでした。

誰がF6Fをそうさせたか?

「真相はこうだ」

まず、P47を見てみます。

源泉は、P35セバスキーというスピード競技機。

P35
Williams Bros. 1/32 Seversky P-35/SEV S-2 | Large Scale Planes
 

 

「未来の飛行機はとにかくスピードだ!」と、エアレースで輝かしい成績を残し。スピード機のくせに、ギアは半分くらいしか引っ込まないとか、まるで努力して空気抵抗を増やしているようなスタイルなのですが、当時は、どうがんばっても構造的にどん亀にならざるを得ない複葉機が主体の時代であり。単葉でキャノピーにすっぽり覆いがかかった未来的なスタイルを見て、米軍も手ごたえを感じたらしい。

もうちょっとスマートなP43ランサーを経て、順調にP47に発展しました。

この間、P35が太平洋で零戦にけちょんけちょんにやられたりしていたのですが、アメリカは、そんなことよりもっと戦局を左右する重要なことに気が付いてしまったのであった。

それは

◎戦闘機を何百機落とされようがそれで戦争が終わるわけではない。

◎英国の戦いにおいて、前線よりはるか後方にある敵のライフライン(工業地帯)をヒットする戦略爆撃が実現可能であることが明らかになった。

◎といって、丸腰の爆撃機だけでは敵戦闘機の餌食になってしまう。ドイツの英国爆撃が成功しなかったのは、英国の戦闘機がドイツの爆撃機をやっつけることができたからである。

 

要すれば「ともかく敵の主要産業地帯に爆弾の雨を降らせることができれば戦争は勝てる」のだが「どうやれば安全に敵の産業地帯まで爆弾を運ぶことができるか」という重大課題が明確化されたということであり。

アメリカは2つの回答を用意しました。

その1)落としても落ちない爆撃機を雲霞のごとく放つ。

56しても4なないB17爆撃機  Pixabay無料
 

 

ただ、落としても落ちないはずが、ドイツ戦闘機の奮戦や、太平洋では空対空特攻などのキチガイ沙汰により、場合よっては出撃機数の3分の一近くが落とされ。下手をすると戦争の遂行が危うくなったため、さらに

その2)爆撃機を援護する戦闘機を雲霞のごとく解き放った。

といって、この援護は、並みの戦闘機ではできない離れ業だった。

「落としても落ちない爆撃機の援護」です。

防弾装置だの防御機銃だのと言った基本の他に、アメリカが編み出した秘策が

「ともかく高空を飛ぶ」というものであった。

B17からB29に至る過程で高度8千メートルから1万メートルという狂った巡航高度をもつようになり。

この高度をふつーに随伴できる数少ない戦闘機がP47だったのである。

零戦の実用高度が6000メートルくらいであり、戦記物などでは「高度8000メートルを超えれば許可なくして酸素マスク着用する」などの記載がありますが、日本の戦闘機で高度8000メートルなんて、当時の神パイロットだからできた神業なのである。

なんで上がっていけないのか?その答えが、上に書いた「酸素マスク」に凝縮されています。

飛行機のエンジンは、酸素と燃料を燃やして回転エネルギーに転換しています。

しかし、高度3000メートルを超えた段階で、早くも酸素が不足しだすのであった。

とても高度1万メートルなんて。。。というのが日本機には偽らざる実態だったのである。

なぜB29やP47が、超高空でもユウユウと飛行できたのか?

その秘密が「排気タービン過給機」

エンジンの排気噴流でタービンを回して大気を無理やり圧縮し(空気の中の酸素含有量を無理やり増やし)。1万メートルの高度でも2000メートル程度か?とおなじ酸素密度でエンジンに送りこむという装置を実用化させてしまったのである。

排気タービン過給機。P38の例 https://hjweb.jp/article/746366/
 

 

恐るべしアメリカ。

別に排気ガスでなくても、エンジンの回転軸そのものでタービン回せばいいじゃん?

はい、ドイツや日本が、そういう「機械式タービン」でがんばった。でも、機械式はタービンに回すエネルギーのロスが多すぎて、ある程度以上は機能しなかったらしい。

排気ガスなら、エンジンにとっては余剰エネルギーですからねー

ただし、重要な問題があった。

それが「温度」

大馬力、大出力の航空エンジンは、排気ガスの温度も殺人的に高くなり。

エンジンから放出するだけなら何とかなったが、これをタービンまで導いて回転させる、となると、回転以前に、導管やタービンそのものが熱で溶けちゃうのでした。ははは

材料技術が重要になり。ニッケル系のレアメタルをいかに加工するかが勝負になってきた。

こうした資源に恵まれなかった日本やドイツはこの時点でアウトだったのである。

資源さえあればいいのかというとそうでもなく。

なんとかタービンに使えるまで冷却しても1000度くらいにはなってしまうそうで、敵弾が当たって穴が開いたなんて時にパイロットが溶けちゃった、とならないようになるべく操縦席から離さなきゃなど、冷却装置や配管が決定的なカギを握るようになり。

P47は、機体の大半が冷却装置や排気タービンで占拠されるという恐ろしい構造になってしまいました。

https://motor-fan.jp/tech/article/9436/
 

 

エンジンに排気タービンがついているのか、排気タービンにエンジンがついているのかわからくなってしまったP47。

結果、当時世界最大の単発戦闘機になってしまい。

でも、十分に酸素のある空気を供給されたエンジンにより、P47はどんな高空でも機敏に動ける傑作機すなわち相撲取りもびっくりの「動けるデブ」になったのである。

ただ、でかくて重い図体では、航続能力がちょっと。。。。

決して短いというのでもなかったのですが、B17がドイツに奥深く侵攻するようになるに従い、もっと航続力のあるP38に交替しました。

連合軍戦闘機の行動半径の増加 http://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU5/bomb3.htm
 

 

このころになると、P47は、こんどは地上攻撃を行う戦闘爆撃機として、それこそ地を這うような低空で大活躍するようになったのでした。ははは

さてF6Fです。

こちらはスケルトン画像を見ていただければ一目瞭然ですが。。。

Grumman F6F Hellcat


 

 

 

エンジンから後ろの胴体にはタービン過給機や導線などはなく、がらんどうです。

こちらは機械式2段2速の過給機で、それでも零戦の1段2速よりは広い高度幅でエンジンの効率を保てたらしいが、P47に比べたらはるか下方でヴいヴいいっているだけみたいになってしまったらしい。

艦上戦闘機なのである。空母や艦船の浮かんでいる高度ゼロからの中低高度で、どんな敵機がこようが、それがゼロファイターであっても排除できるという性能が要求され。

F4Fの段階ですでに零戦に敢闘しており。排気タービンなんて必要ないや、それより装甲を固めまくり、ギアの格納を全自動にするとか(F4Fはきこきこ手動クランクで格納していた)、ものすごく使い勝手はよくなったが、ものすごく重くなってしまい。翼面荷重など、艦上戦闘機としての性能を考えると、スピードはやっと零戦を追い越せるくらいのどん亀になってしまいました。

しかし、零戦相手にはとても有効であり。

だいたい、1機が零戦の銃弾を吸収している間に無線で仲間を呼び。寄ってたかって包囲して袋だたき、というやり方で零戦隊を壊滅させたそうです。

制空権をぶんどったあとは仲間のアヴェンジャー雷撃機が日本の艦船をしらみつぶしに沈めていった。

グラマン アヴェンジャー https://www.htmodel.sk/en/grumman-tbf-1-avenger-1-72-academy/
 

 

こうして「F6Fが参戦した日からアメリカの勝利が始まった」といわれる決定的な貢献をしました。

でも、日本人をのぞけば、F6F?なにそれ?なんですよねー

F6Fは、低空で敏捷に逃げ回る日本機を、同じ敏捷さでつかまえるのに特化した進化をしてしまったので、欧米での本流である高空決戦にはついていけなくなってしまった。対日戦終結とともに、F6Fが空母から投棄つまりぽんぽこ捨てられたという悲しい事実があるのです。

「狡兎死して走狗烹らる(こうとししてそうくにらる)」。天下取りの後、功臣が、用済みだ!と粛清されてしまうような、F6Fの悲しい末路でした。

ではでは

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イギリスが生んだ世界一の艦上戦闘機とは

以前、世界一の戦闘機は?というお題で、零戦を差し置いて「F4F」という結論が導き出されたことは、皆さんご存じと思います。

その記事で、陸上戦闘機と艦上戦闘機には、必要となるスペックが違っているので、そもそも比べること自体が困難である、ということを述べました

忘れた、あるいは知らないよ、という人はこちらをご一読→「零戦はなぜ駄作にされたか」

そこで、優秀な艦上戦闘機に、なにより必須なものは?と考えるようになり。

結果、その「もっとも重要な能力」を持った戦闘機が、例によってというか、実はイギリスで生産されていた、という驚愕の事実に到達し。今回のお題にします。

その名も「フェアリー・フルマー」

https://www.1999.co.jp/itbig69/10691664a.jpg
 

 

あれ、ハリケーンの翼にスピットファイアの機首を付けたみたいじゃね?

はい。スピットやハリケーンとおなじロールス・ロイスのマーリンエンジンを装備しており。姿かたちもとんがった液冷機になりました。

ただ、当時英国の戦いで存亡のかかった英国では、マーリンも最新型はスピットとかに供給優先され、フルマーへは型落ち?で200馬力も出力が低いのしか回せず。

ともあれ、スピットがありながら、なぜ英国はフルマーを作ったのか。

冒頭に書いた陸上機と艦上機のスペック要求の差がこれを物語っています。

スピットは、イギリスの本土に襲い掛かってくるドイツの戦爆連合を迎え撃ち、特にメッサー109を爆撃機の護衛からそらし、あわよくば撃墜、できなくても、少なくとも109の餌食にならない速力、上昇力、旋回性能、火力、防御力をそなえた陸上戦闘機であり。

フルマーのほうは、連合軍の生命線である大西洋の補給船団をドイツの恐ろしいUボート潜水艦から守るのが主任務となった。

そのためには、狭いようで広い大西洋のどこからでも飛び立てる能力と、目印も何もない海のど真ん中で迷子にならない航法能力が必須となったのでした。

いずれもスピットではまったくダメダメである。

どうしよう。

海のど真ん中から飛び立つ、というのは世界一の海軍国イギリスには立派な空母があり。

一方、迷子にならない航法能力となると。。。。

ここで、英国ならではのクレバーな解決をしたのがフルマーだったのでした。

その解決策とは。。。。

「二人乗りにすること」でした。ははは

https://i.postimg.cc/5252R2mX/FULMAR-01.jpg
 

 

専門の航法員をのせることで、常時機位の確認ができ。敵機との乱戦で宙返りを繰り返し、雲の中に入ったり出たりしても、戦闘が終わったときにはちゃんとオマエはここにいるのだ、だから空母への帰投にはこうすれば行方不明にならずにすむのだ、ということを、操縦員がはっちゃきになって機体を振り回し機銃を撃ちまくっているときでも、航法員のほうは、冷静に、かはともかく十分計算することが可能になった。

計算といっても、当時はGPSなんてなくて、航空チャート(あるいは海図)と、「フライト・コンピュータ」とは名ばかりの計算尺により、手計算で行わなければならず。

味方の艦船から無線で方向指示が来たにしろ、はっきりいって単座機ですべてを一人がこなす、というのがいかに無謀なことであったかを英国は熟知していたということである。

Jeppesenのフライトコンピュータ-
 

 

ラバウルなどでは、坂井三郎さんなどからの情報だと、だいたい「空戦の終わるころには一式陸攻が迎えに来ていた。ベテランは陸攻なんかの世話になるかと、やせがまんして自力で帰っていった」みたいな記載があり。

ベテランの零戦搭乗員が神だから、やせがまんすれば帰れたのであって、少なくとも、ふつーに「単座機でも航法に問題はない」のとは全く違うぞ、と力説しておきます。

日米のみならず、イギリスも後にはシーファイアだのの単座機を投入しますが、それは通信装備が日本機に比べて比較にならないほど優秀で、航空管制も発達していたことや、アメリカに至っては、迷子になっても「ダンボ」と呼ばれる救援機、潜水艦、飛行艇、さらに戦闘機の側でも「いかだ」を装備するなど、要するに単座機でもOKね、という体制を確実に整えたうえで投入しているのです。

F4Fに搭載された救命いかだ。
F4F-3 life raft PRINT for F4F-3 Wildcat in 1/48 by Eduard 8591437571109 | eBay
 

 

これがない日本側はどうなったか。

すみません出典は忘れましたが、空戦を生き残り、編隊で帰投する零戦でさえ、「下方にふらふらと編隊を逸脱しそうになる零戦がいた。パイロットが疲労で失神しそうになっているのだ。馬鹿野郎!ちゃんと起きていろ!と絶叫するのだが、その声はもちろん届かない。その零戦は、ついにひょろひょろと高度を落とし、海面にすぽんと飲み込まれてしまった」

というような回想があるのです。別に空戦で損傷したのでもないのに、非道な遠距離作戦の疲労に耐えられずあえなく墜死、という事実が少なからず起きていたものと「推察します」。

Wikipediaでは

「イギリス海軍が複座戦闘機にこだわった理由は、目印も何も無い海上飛行においては、航法担当が機体を適切に誘導することが空母に帰艦するのに必要、と考えていたからと言われる。だが、実際のところは日本、アメリカが証明しているように、操縦者が航法を修得していれば単座機であっても問題なく帰艦できた。」

と書いていますが、「航法を習得」なんて前提条件でしかなく。航法計算が困難あるいはできないような海上や雲の上を、3時間もかけて基地まで帰り着くなんて、そんなことを単座機にやらすな!といいたい。

陸攻を迎えにやらすとか、どこまで毎回実効的に行えていたか疑問です。

Fairey Fulmar (1940)


 

 

ところで、複座にしたため、フルマーは鈍足で上昇力も物足りなくなってしまい。

軽快な単座戦闘機相手だと、カモじゃね?

せんぜん大丈夫でした。

そもそも「軽快な単座戦闘機」は、フルマーの飛ぶ大西洋のど真ん中まで飛んでこれないので、戦闘そのものが成立しないのであった。

フルマーが相手をしたのは、やっぱり複座、たいていは双発で、艦隊を襲おうとしてきた長距離航続力のある爆撃機や、これに随伴可能な長距離双発戦闘機など(https://teambtrb.com/2021/05/01/isthefulmarrubbish/)で、確かに零戦対スピットの空戦にくらべれば、まのびしたまだるっこっしい空戦だったかもしれんが、十分戦闘機として活躍できたのだった。

連合軍がドイツを押し込み、英国空母もイタリアだのヨーロッパ沿岸へ進出してくると、イギリスはマートレットという単発戦闘機を起用して、陸上基地から飛んでくるBF109などと対決させるようになり。

マートレット、米国名ワイルドキャット
https://hobby.dengeki.com/news/2141771/
 

 

マートレットはメッサー109相手でも格闘戦に持ち込んで優勢に戦ったらしい。

スピット、フルマー、F4Fとそれぞれの土俵で傑出した性能を持っており。

時と場所を間違えればやられ役になってしまうが、的確な用兵で名機として生まれ変わる、というのは、P40もそうですが、バッファロー(フィンランド版)など目の覚めるような活躍をしたのもあり。この辺はまた別記事で書いてみたいと思います。

とかく華やかな空戦ばかりに目が行きがちですが、それ以前にまず乗機のエンジンはじめ万全に維持し、味方と適切な交信を行い、戦場まで行って帰ってこれる航法。霧の中に入った、積乱雲を迂回した、という気象の知識も必要です。

こうした総合力で、特に航法というものが決定的になる大西洋の戦場にフルマーという「適材適所」を配置した英国恐るべし。

「負けに不思議の負けなし」ですが、英国の「勝ちも必然の勝ちのみ」にもっていく指導層の英知は学ぶべきと考えています。

フィンランドのバッファロー https://letztbatallion.com/%E3%83%8F%E3%82%BB%E3%82%AC%E3%83%AF-b-239-%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AD%E3%83%BC-%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E7%A9%BA%E8%BB%8D%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%9Cp-4/
 

 

何も目印のない海上で往復3時間、合計6時間、その間に苛烈な空戦で、生き残ったとしても「お前はもう死んでいる」疲労の絶頂で、毎日どうやって基地まで帰り着いたのか。

ジャパニーズビジネスマンが、24時間戦わないで済む日本になることを願っています.

 

ではでは

Posted by 猫機長
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どこに置くのかエンジン

みなさんは「ホワイトウインナー入りトマトジュース」を飲んだことがあるでしょうか。

Pixabay無料画像
 

ジュースなので、トマトといっしょにホワイトウインナーもミキサーに入れましょう。

スイッチオン。ぶごごごごごごー

鋭利極まりない刃がミキサーの底で回転し。

まずは、ウインナーがぽんぽこぽん、と切断されてミキサーのガラス越しに元気よく飛び跳ね。ほぼ同時にトマトが液化して、きれいな赤のジュースがぴしゃしゃしゃー!とミキサー内いっぱいに飛び散り、埋め尽くすのでした。

なんだそれは?どこかの飛行教官が教えてくれたレシピですが、だれも実際には作ったことはないらしい。

さて。

飛行機に必須の装置に、エンジンがあります。

エンジンがないグライダーは、自力で離陸することができません。飛行機を飛行機とする最も重要なパーツがエンジンなのです。

ただ、エンジンというものはものすごく取り扱いが厄介であり、世の飛行機設計者はあらゆる工夫を凝らして最適なエンジンの配置を考えてきました。

特にプロペラ機の場合、機体とプロペラが干渉するので、配置のオプションは相当限られてしまい。機体側のニーズと、エンジンのオプションによって、なんじゃこりゃみたいな珍妙な配置も生まれました。

代表的なエンジンの配置は。。。。

*今回は、単発プロペラ機について記載します。

①機首置き。トラクター型

一番一般的で、安全な配置です。セスナなど、たぶん現在飛んでいる飛行機の99.9%はこれでしょうねえ。

セスナ Pixabay無料画像
 

 

飛行機の鼻先、先端にプロペラがあり、このプロペラで飛行機を引っ張る形になるのでトラクター型というのです。

ともかく飛行特性が素直になるので、やはり一番飛行機に適した配置と思います。

この場合重要な特徴が、エンジン、特にプロペラを機体の重心より前に置けるということ。

こうした飛行機だと、エンジンを絞れば機首を下に下げ。ふかせば上げるという特性を持つようになります。

この特性は、特に着陸経路で重要である。エンジンを絞って、機首下げで滑走路に向けて降りていくとき、急に下降気流だ!エンジン全開!すると、自然に機首は上を向き。降下率を瞬時に殺すことができます。こうしたきびきびしたエンジン操作を行うのに適した配置です。

さらに重要なのが、失速をするとき機首が下がる、というもの。失速から墜落しかかる過程で、機首が下を向いていればきりもみに入っても舵が効いて回復可能ですが、水平できりもみに入ると、それこそフラットスピンと言って回復不能になってしまうのである。

機首上げでスピンに入った場合は回復は可能かも?でもそんな状態で回復できるなんて神パイロットはそれほどいないと思います。

 

➁ミッドシップ、トラクター/プッシャー型

といって、飛行機の設計上、エンジンを機首には置けないケースもあり。

典型的な例に、レイク・バッカニアがあり。

レイク・バッカニア https://www.airhistory.net/photo/490530/N8004B
 

 

この場合、プロペラもプッシャー式、すなわち機体重心の後ろかつ機体からかなり離れた上部に設置となっています。

これが何を意味するのか。

①の場合とは逆に、エンジンをふかせば機首が下を向き、絞れば上を向いてしまうということなのである。

着陸経路で、下降気流だ!思わずエンジンをふかしてしまうと、機体はぎゅんと機首を下にして加速し。いよいよ高速度で地面に突き刺さってしまう危険が生じます。

というか、「ジェネアビの神」高橋淳さんの受け売りですが、この特性のせいでバッカニアは多数の事故を起こしてしまったらしい。

 

この特性を知って乗りこなせばいいのですが、今度は逆にフツーの飛行機が操縦できなくなっちゃうとか、ちょっとバッカニアはご免だ、というパイロットも多いかもしれません。

似たようなのにPetrelがあり。

Petrel https://www.airplane-pictures.net/aphoto/1475824/i-9258-private-edra-aeronautica-super-petrel-ls/#google_vignette
 

 

 

でも、こちらはバッカニアみたいなクセの報告は聞かず。プロペラを翼のラインとほとんど同じに高さにしたのがよかったのかもしれん。

さらに似たようなケースでは、元祖系すなわち鉄パイプで鳥かごみたいに作ったウルトラライト機もプッシャー式のプロペラ、というのが多く存在します。

https://www.aeroexpo.online/pt/prod/quicksilver-aircraft/product-176668-27609.html
 

 

ぼくも一度コパイ席に乗せてもらいましたが、特性はあまりトラクター式と変わらない感じ。着陸経路では、エンジンではなく、フラップをバチ!バチ!と下ろしたり上げたりしてランプ(着陸角度・進路)を保っていたのが印象的でした。

ミッドシップエンジンの名機というと、P39があります。

P39  http://www.warbirdalley.com/p39.htm
 

 

 

あれ、機首にエンジンじゃないの?

いいえ違うんですよ。スケルトン画像をご覧ください

https://forum.il2sturmovik.com/topic/25507-p-39-engine-protection/
 

 

なんと、エンジンはパイロットの後ろの胴体に収まっていたのでした。

なんでこういうことをするのかというと、この飛行機は、大きさの割には重くてでかい機銃を装備しようとしたため、プロペラ軸を中空にしたうえで銃身に使って、機銃は機首、エンジンは中央胴体、という画期的な設計になったのであった。

さて飛行特性としては、スポーツカーがミドシップにするのと同じ効果つまり旋回で機首や尻が振られずいい感じで曲がれる、一方でやっぱり失速時に機首が下がらずに、回復できずあえなく墜落、というのも多かったらしい。

ちょっと余談ですが、P39は重武装と防弾の強化で重くなりすぎてしまい、ターボチャージャーなしで生産という、日本機もびっくりの低高度用戦闘機になってしまい。陸上機のくせに、艦上機の零戦に高度優位を奪われてさんざんな目にあってしまった。

しかし、ソ連にレンドリースされたP39は、独ソ戦の特徴である地表すれすれにおける空中戦により、苦手な低空に降りてきざるを得なかったメッサ―Bf109などを相手に互角の活躍をしました。

 

③リアエンジン、プッシャー式

P39が、機首に機銃を積むためにエンジンを後ろにずらした結果、エンジンからプロペラまで長いエンジンシャフトが必要になり。パイロット保護のための重量増加などをきたした一方で、機首に武器を集中する、というのは捨てがたい魅力があり。

いっそエンジンとプロペラを全部お尻に積んじゃおうよ、と「震電」という飛行機が作られました

震電 https://www.amazon.co.jp/%E3%83%8F%E3%82%BB%E3%82%AC%E3%83%AF-%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B5%B7%E8%BB%8D-J7W1-%E5%B1%80%E5%9C%B0%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F-%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%A2%E3%83%87%E3%83%AB/dp/B0017TCKY2
 

 

ただ、こうすると先尾翼機にするしかなくなり。水平尾翼が機体の先に、垂直尾翼が主翼に、という要すれば安定もへったくれもない、常時パイロットがはっちゃきになって機体を安定させる、という飛行機になってしまったのではないかと危惧するのですが、プロトタイプ(グライダー)試験では意外と安定していたほか、失速に入りにくく、入ってもすぐ回復できたという情報もあり。

安定はともかく。

震電の場合、武装もさることながら、将来的にはジェットエンジンへの換装をもくろんでいたらしい。なんとなく現代のジェット戦闘機ちっくな外見で、先見の明を体現したようなスタイルですねー

但し重大な問題があり。

プロペラがパイロットの後ろで回っているため、敵弾にやられて脱出だ!というときに、パイロットがプロペラに当たってしまい。この記事の冒頭に書いたような「トマトウインナージュース」になってしまう危険性が高いということなのである。そのため、緊急時にはプロペラを爆散させるように爆薬を仕込んだそうです。

こういう死に方は嫌ですねえ
「零戦の操縦」ISBN978-4-7572-1734-8より。
 

 

元祖ウルトラライトみたいに、もともと脱出なんて考えてなくて、エンストでもどっかの原っぱに着陸だ!みたいなのならパイロットの後ろにプロペラでも問題はないんですけどねー

ドイツも震電と同時期に「プフェイル」という似ていると言えば似ている奴を開発しており。

プフェイル。 https://www.tamiya.com/japan/products/61074/index.html
 

 

こちらは、なんと機首とお尻に両方プロペラというキワモノだった。

しかし、やはり先進国ドイツは一歩進んでおり。

緊急脱出の際、後部プロペラと垂直尾翼の他に風防が爆破されて、座席ごと射出、という装置がすでに実用化されていたのだった。世界で最初の射出式座席です。

こうしてドイツのパイロットは「ウインナートマトジュース」になる危険から逃れていたのですね。。。

最後はちょっとすさんだオチになってしまいました。

3000字越えで終了。

ではでは。。。

 

 

Posted by 猫機長
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プロペラの話3

これまで何度かお話ししてきたプロペラ。これまでの記事は以下をご参照お願いします。

その①「殺人装置」

その➁「枚数のなぞ」

さて、プロペラというのは、なかなか妙味のある装置です。

そのエッセンスは、揚力発生の装置であり、基本は主翼と同じものとなります。

でも、主翼が飛行機の針路に従い、ほとんど直線運動をするのに対し、プロペラはプロペラ軸を中心に回転運動をするという恐るべき特性があります。

何が恐るべきかというと、「プロペラの根元と先端で速度が違ってしまう」のです。

長さ1メートルで、60rpmすなわち1分間に60回回転するプロペラがあったとすると、この場合1秒間に1回転となりますが、プロペラの根元も先端も1秒間に1回転します。

この場合、プロペラ軸の中心から10センチの位置にあるプロペラの根元が回る距離はπX(半径X半径)すなわち3,14X2=6.28センチであるのに対し、プロペラの先端は3.14X200=628センチですから、根元と先端では100倍の速度差が生じることになります。

【飛行機のプロペラ】断面みたことある?どうしてねじってあるの?


 

揚力は速度と正比例しますから、先端がいい具合に揚力を生んでいるとき、根元は全然揚力ないじゃん、となります。

それじゃもったいないよねー、なんとか根元も揚力生むようにしたいね、ということで、プロペラには「ねじり」が入れられています。

【飛行機のプロペラ】断面みたことある?どうしてねじってあるの?


 

 

つまり、根元に行くに従いAOA(迎え角)を大きくして低速でも揚力を生むようにねじった構造になっているのです。

ちなみに、プロペラの先端速度が音速近くになると衝撃波が発生してたちまち効率が落ちちゃうので、プロペラの回転速度はプロぺラの長さによって制限され(逆もまた真)、そこそこの長さと回転数を設定することが重要である。

プロペラ機で最も究極まで行った第2次大戦の戦闘機では、零戦で1850rpm。比較してプロペラが短いきょうびのセスナでは2700rpmくらい。扇風機の回転数が「強」で1600rpmくらいなので、零戦と扇風機はだいたい同じななーというのがわかります。

扇風機https://www.rafuju.jp/products/detail.php?product_id=781439
 

 

さて、長さと回転数がだいたい決まってきたところで、この制約の中で最も大きな揚力すなわち推力を出すことが要求され。

初期のプロペラは、鳥の羽根というか縦長に引き延ばしたうちわみたいだったが、そのうち洗練され。

黎明期のプロペラ(15Bis)https://www.reddit.com/media?url=https%3A%2F%2Fpreview.redd.it%2Fikgt21ahtbmz.jpg%3Fwidth%3D640%26crop%3Dsmart%26auto%3Dwebp%26s%3D635dfeff1e059dda7cc8b94cffafe0b0bc3d0779
 

 

 

根元については、揚力というより強度が重要ということで、断面もほとんど円形となり。

そこからひゅっと羽のように伸び、全長の真ん中くらいまでは広い翼面上に、そこから先端にかけてはテーパーというが細くなっていく感じのペラが基本形となりました。

零戦のプロペラなんてまさにこれですよねー

零戦のプロペラ。http://goma-chan.com/odekake/1000aircraft/a999.html
 

 

 

エンジンパワーが強化され、かつ機体も重くなってゆくと、重くて大きな機体を引っ張る力のあるプロペラが工夫され。先端速度の関係から長さは限られるので、枚数を増やすとか、トルクの大きい形状が考案された。

典型的なのがP3Cのプロペラ。

https://rightwing.sakura.ne.jp/equipment/jmsdf/aviation/p-3c/p-3c.html
 

 

四角く、平べったいうちわ型ですが、これが長時間低速で哨戒飛行をするために最適らしい。

YS11の場合、平べったいが細長く、速力を重視していることがうかがえます。ただこプロペラの形状だと離陸時のトルクが出なかったらしく、YS乗りの間では上昇力のなさが泣き所とみられていたらしい。

https://news.livedoor.com/article/detail/19114721/
 

 

一方、根元でも揚力を出そうよ、ということで、カフスというフェアリングをつけたプロペラも散見されるようになりました。

B29爆撃機の例 https://www.flickr.com/photos/wbaiv/39105497831
 

 

この場合、エンジンによっては湯力というよりエンジン冷却ファンとしての役割もあったらしい。いずれにせよ、カフスはものすごい空気抵抗となるので、そんなの気にせず回せる大馬力エンジンでないと。。ということで日本では発達せず、アメリカ、イギリスの飛行機に多く見られます。

 

 

エンジンパワーが大きくなると、プロペラ後流やカウンタートルクつまりプロペラ軸のの回転と反対に機体が回ろうとする力も大きくなってしまい。離陸時のようにフルパワーかつ低速で舵が効かない、というような場合に飛行機をまっすぐ滑走路上に保つことが困難になってしまいました。

じゃあ、回転しているプロペラの後ろに、もう一列逆回転するプロペラをつけたらどうよ、ということで二重反転プロペラというのが生まれ。

An70輸送機の二重反転プロペラ
https://ja.wikipedia.org/wiki/2%E9%87%8D%E5%8F%8D%E8%BB%A2%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%9A%E3%83%A9
 

 

でも、Wikipediaいわく「プロペラ軸を正逆2方向に回転させる必要があり、それぞれ回転方向の異なるエンジンを各1基搭載するか、さもなくば変速機に逆転機を内蔵して2方向の回転軸を取り出さなければならない。しかも、そのいずれにおいても中空軸の内部に逆回転する別の軸を貫通させる必要がある。このため、軸受や軸そのものについて高い工作精度(2軸が互いに逆回転し、相対回転速度が2倍になるため、2軸の軸心を一致させないと猛烈な振動が発生する)と耐久性(前述の振動に耐える事が必要)が求められた。また、逆転機を内蔵した変速機は、通常の2倍近い数の歯車を組み込んだ極めて複雑な歯車装置となるため、その内部の整備性は通常のものに比して大幅に低下する。しかも大出力による大トルクに耐えるため、機構的な必然から重量が増大するというデメリットが存在する」ので、ソ連などを除いてあまり実用化されませんでした。

要すれば、大速力の欲しい機種は当時から発達してきたジェット機に置き換わっていったので、無理に二重反転プロペラにこだわる必要ないじゃん、ということだったらしい。

こだわる必要があったのはソ連で、初期のジェットエンジンはとにかく燃費が悪く。広大なソ連領をまたいで西側まで核爆弾を運んで行ける爆撃機が必要だが、ジェット機では途中でガス欠です、ということで、血道をあげてジェット機並みのスピードが出せるプロペラ機を開発したら、二重反転式の「ベア」になったということらしい。

パブリックドメイン
 

 

ベアには、なかなかかっこいい旅客機版の「TU114」もある。

ギアの長さに注目 https://jp.rbth.com/science/85287-tu-114-soren-hikouki-no-rekishi
 

 

なお、ソ連の旅客機は、機首が爆撃機みたいにガラス張りなのが多かったが、これは別に爆撃機に改修しようというのではなく、レーダー網が整っていないというか、広大すぎて整えられなかったソ連において、機首に航法手が座って、眼下の地形と地図をにらめっこしてナビゲートしていたらしい。

「あ、10時下方のラーメン屋でラーメン食ってる小池さんが見えてきた、もうすぐ東京だ」みたいな感じ。

小池さん https://www.pinterest.jp/pin/213639576064142945/
 

 

脱線から戻り。

プロペラブレードの形状ですが、隼とかの美しい直線・曲線のプロペラから、うちわエビみたいなP3Cのブレード、青龍刀みたいなのが二重反転になっている、極めつけのアントノフAn70とか、最近は形而上絵画の斜め上を行くようなのが多数生まれています。最新の流体力学を応用したらこうなるのですかねー

隼 https://minkara.carview.co.jp/userid/2109043/blog/41804693/
 

 

P3C https://www.midwaysailor.com/photos/p3orion.html
 

 

An70 https://www.cavok.com.br/ucrania-autoriza-producao-em-serie-da-aeronave-de-transporte-tatico-antonov-an-70
 

 

ぞうりエビ https://foodslink.jp/syokuzaihyakka/syun/fish/%E3%82%BE%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%93.htm
 

 

最後に、ぼくが乗っている軽飛行機のプロペラです。これは性能というよりは手軽な生産性を狙ったシンプルなデザインですが、なかなか世界中で愛されているWarp Drive3枚プロペラです。複合素材だったか?とにかくプロペラにとって重要な堅牢性に秀でており、格納庫で飛行機を動かす際は、このプロペラの根元を持って押したりすることが多いです。

 

ではでは

Posted by 猫機長
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バッファローは大陸の動物だった

*この記事の「冬戦争」関連情報は、主に以下が出展となっています。

冬戦争における空中戦 – HiSoUR Art Culture Histoire

 

バッファロー戦闘機、といえば、マニアのみなさんは「かわいそうなやられ役」とすぐピンとくることでしょう。

引っ込み脚に密閉式風防と、設計当時は先進的だったのですが、実際の使用場面では隼や零戦に、なすすべもなくバタバタ落とされた、という事実があります。

同じビヤ樽体形のグラマンF4Fが善戦したのに比べいかにも情けないというかかわいそうなバッファロー。

バッファロー(左)とF4F(右)
F2A Buffalo, or F4F Wildcat? | Sticking with the Midway sche… | Flickr
 

 

当時の一線機だったP39、P40といった陸上機が、零戦との巴戦はやめて戦闘爆撃機(地上襲撃機)として前線に継続・活躍したのにくらべても、バッファローはいいところがなく。ひっこめー!と退場させられてしまった。

ところが、そんなバッファローが大活躍した戦場があるのです。

それが「冬戦争」そしてその後の「継続戦争」

バッファローの前に、これらの戦争の説明が必要と思います。

第2次大戦は、横暴なドイツがかわいそうなポーランドに怒涛の進撃を開始したのが始まりとされており。それは一面で正しいのですが、実は同じくしてロシアもポーランドに血も涙もない侵略を行いました。

ソ連は、連合国側のくせに「独ソ不可侵条約」を結び、ポーランドを分割。英仏がまごまごしている間に魔の手を近隣諸国に伸ばし。1939年11月にフィンランドに侵攻を開始しました。

これが「冬戦争」である。

どこかのウクライナ戦争みたいなソ連の行いに、西側諸国というか米英仏は驚き。ウクライナじゃなかったフィンランドに精一杯の武器供与を行いました。

あれフィンランドって枢軸国じゃなかったの?

ソ連が見境なく近隣国家を蹂躙するので、蹂躙されたフィンランドはソ連の味方であるはずの連合国から支援を受けたというわけである。

というか、フィンランドを「枢軸国」というのも実は疑わしくて、必死になってソ連と戦っているうちに枢軸国にされちゃった、というのが実態と思います。

Finland Winter War Map
 

 

さて、怒涛のソ連侵攻を食い止め、フィンランドはよく戦った。

戦いぶりが、やっぱりウクライナに似ており。航空戦においても、いろいろな国から急遽いろんな飛行機の供与(あるいは貸与?)を受けて、何とか乗り切った。

以下の数字はいずれも推定ですが、「冬戦争」の間に、ソ連側は700機近い損害を被り。ということはそれよりずっと多い飛行機を飛ばしていたのに対し、フィンランド側は215機が使用できました、なんて情報があり。4倍近い?という恐ろしい戦力差だった。

それでも、いろいろな飛行機をかき集めて215機で戦い、見事ソ連空軍を撃退したのである。

フィンランド機の内訳は

ブリストルブルドッグIV(15機)、

フォッカーD.XXI(41機)

ブラックバーンリポン(15機)

ブリストルブレニム爆撃機(18機)

フィアットG.50戦闘機(10機)

グロスターグラディエーター(30機)

モラーヌソルニエMS406戦闘機(30機)

ブリュースター・バッファロー(44機)

ホーカーハリケーン(12機)

枢軸側のイタリア機が入っているのがお笑い。

笑い事ではないのが、「冬戦争」がこじれた結果の「継続戦争」で、ドイツからメッサーシュミットBf109 の供与を受けています。なお、冬戦争は独ソ戦前なのでフィンランド単独、「継続戦争」は独ソ戦たけなわの時期に勃発した戦争です。

どこで読んだかは忘れたのですが、フィンランド人の偽らざる実感として、「継続戦争において、確かにドイツから武器の供与も受けはしたが、実態は、ドイツと同じ戦線において、ドイツと同じ敵と戦っていたというだけであり、決してドイツのフィロゾフィーなどに無条件に賛同していたわけではない」ということだそうです。

「継続戦争」後半にもなるとソ連が猛然と戦力を盛り返して敵も味方もみなぶち殺す「絶滅戦争」のキバをむき出しにし。フィンランドもたまらず涙の講和でなんとか全土を占領されることを逃れました。

この際のソ連の講和条件の一つが「フィンランド戦線で戦っているドイツ軍をフィンランド軍が攻撃し、これを追い出すこと」というこれまた血も涙もない要求であり。でも、その辺はドイツもフィンランドも大人の対応で、いちおうソ連に向けてドンパチはみせながらも、なるべく無傷でドイツ軍が母国に戻れるように立ち回ったらしい。

さて、共産主義者による占領を逃れるうえで決定的な活躍をした飛行機の中にバッファローがあった。「冬戦争」の間はバッファローがんばり。「継続戦争」からは、Bf109と共闘した。

 

F2A-1 Buffalo Model B-239 | Finnish Air Force
 

 

冬戦争、継続戦争時のバッファローとBf109
Finnish Brewster Buffalo and ME 109G – WWII Fighter Planes
 

 

あれ、カギ十字じゃん?

これも、フィンランド人いわく、もともとは「幸運の青い十字(ハカリスティ(Hakaristi)」ということでフィンランドに根差したシンボルであり(発祥はスェーデンだそうです)。これをドイツ人が借用して、独自のフィロゾフィーで使ったのだ、ということだそうです。

さて、バッファローです。

上記の通り、「冬戦争」で絶望的ともいえる戦力差を盛り返した。

フィンランド空軍は、雑多な戦闘機の寄せ集めでしたが、その中でもバッファローは「真珠」と称賛される活躍だったそうである。

その理由について列挙します。最後のはちょっと拍子抜けかもしれんが。

◎気候上の問題

太平洋戦線は、ヨーロッパ人から見れば灼熱地獄であり。「夏はきんちょーだねー」のものすごい酷暑、さらにものすごい湿気が立ち込め、西洋人の作った機械は故障が頻発したらしい。バッファローやスピットファイアなど、オーバーヒート多発でそもそもの基本性能が発揮できなかった。これがフィンランドに行けば、なんか寒いね、くらいでかえってエンジンに優しい気候という感じだったらしい。

◎陸上機としての運用と、魔改造

酷暑の太平洋で日本機動部隊と対決するのが主任務の艦上戦闘機のくせに、暑さでくたばったヘタレなバッファロー。これがヨーロッパ大陸での陸上戦闘機としての活動になると、着艦フックだの救命いかだだのは下ろしてかなり身軽になれた(真正の陸上戦闘機と比べてもほとんどハンデを解消できた)。また、輸入の途上でいったんスゥエーデンへはこばれ、SAAB社の工場で照準機とかの独自の艤装がなされた。どこまで魔改造になっていたか?は不明ですが、性能向上には役立っていたとおもいます。

ちなみに、皆さんご存じNOKIA社がバッファローの魔改造に手を出していたというか、資金援助していたらしく。フィンランドのバッファローは「NOKIA」とスポンサーの広告をしっかりペイントしていたのでした。

「使えないビア樽」戦闘機が「空の真珠」に!? 評価一変 フィンランドでF2A「バッファロー」はなぜ活躍できたのか – (2) | 乗りものニュース
 

 

◎相手に恵まれた

こうして無敵の陸上戦闘機に生まれ変わったバッファローは、ソ連のミグやラボ―チキン新鋭戦闘機をさんざんに打ち破った、というわけではなく。

Bf109とも互角に戦った新鋭ヤク9戦闘機
YAKOVLEV Yak‐9D FIGHTER
 

 

実は戦果の大多数が爆撃機とか一世代前のI15, I16だった。

「冬戦争」当時のソ連側の飛行機は

戦闘機

I-15複葉戦闘機(チャイカ-「カモメ」)

I-16単葉戦闘機

爆撃機

DB-3双発長距離爆撃機

SB-2双発高速爆撃機

TB- 3 4発重爆撃機

というわけで「ワンショットライター」とはいかずともそれに近い旧式爆撃機や、格下のチャイカとかばかりだったので、要すればふつーに勝てる相手に勝った、というだけだったのだった。ははは

I15 チャイカ POLIKARPOV I-153″CHAIKA”FIGHTER
 

 

ただしその勝ち方は尋常ではなく。キルレシオでは1対21、すなわちバッファローが一機やられるごとにソ連機は21機撃墜という恐ろしいスコアを達成しています。

「NOKIA」なんてふざけた広告をはっつけた飛行機に、バタバタ落とされるソ連機。

痛快ですねえ。はははははは

*ロシア人のみなさんごめんなさい。プーチンがぶち56されたら、もっとロシアにも好意的な記事が書けるようになると思います。

いずれにしろ、フィンランド人にとってバッファローは救世主であり。空戦でやられて、ソ連占領地の奥深くに落っこちちゃった!のを、フィンランド軍が決死の回収作戦で取り返したりなどしたらしい。

「継続戦争」になって、本当に新鋭のソ連戦闘機が飛んでくるようになると、バッファローもBf109に応援してもらうようになりました。

バッファローとBf109が仲良くロシアをやっつける、というのはなかなか美しい構図ですねえ。ウクライナでも。。。なんて脱線しそうになってきたので、終わりにします。


 

 

ではでは。。。。

Posted by 猫機長