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ブラジル大学紀行(その3・完結編)

さて、サンパウロ大学紀行第3弾、行ってみます。

やっと完結です。あーよかった

もっと飛行機の話を書け―!とかのリクエストや、もしか墜落して飛行機壊しちゃったの?といういじわるなかんぐりに答えて来週は「◎っこちました」です。こうご期待。

さて。

第1弾と、第2弾まででは、ひょんなことから大学の卒業証書を紛失し、新たに発給する申請のために、現住所のブラジリアからのこのこと大学のあるサンパウロに移動し、古巣の経営学部での申請のてんまつや、大好きな建築学部のことなどなど書かせていただきました。

今回は、建築学部からちょっと歩いたところにある地質学部からはじめさせていただきます。

この広いスペースで、授業の間の休み時間ぽけっとしていました。

 

 

でも、地質学部の学生だったのではなく。地質学部の目の前にある社会学部に在籍していました。

経営学部じゃなかったの?卒業後社会学部に受験したら、受かりました

でも、その時は社会人で、昼は働いていたので、夜間部でした。

そのうちリーマン生活が忙しくなり、中途退学。かなしいな

その社会学部はこちら

何の変哲もないチープなバラックなのでした。

 

 

経営学部の異常な防犯システムに比べ、どこかの公衆トイレみたいな寂れようです。社会学なんて、世間は興味を持たないんですね。かわいそうに。。。。

またのこのこと経営学部に戻って、芸術学部に向かいますが、通り道に、なんかすさんだ倉庫があり。

 

 

これが、恐ろしい「死体の家」です。

なぜか、医学部の分館になっており。ぼくの学生時代は、医学研究で使う検体がフォルマリン漬けになって大量に保管されていた。

皆さんキュウリのピクルスをご存じですよね?きゅうり色になってひなびた人間の体が漬物になっている倉庫、と思っていただければよいかと思います。

こんな感じ

 

 

ただ、上記の通り「保管されていた」であって、今回通りがかったときは、窓から見える倉庫内も、きれいにパーテーションで区切られて、ただの事務室になっていました。つまんねーなー。

でも、その事務室も、昔は赤ちゃんのピクルスで埋まっていたなんて、事務員の人は知っているのでしょうか。。。。

そもそも医学部は学園都市から離れたサンパウロ市の中心近くにあり、謎の倉庫だった。

学生時代はちょくちょく医学部にも遊びに行っており、そこには身元不明遺体の確認を行う霊安室(SVOC)もあり。運ばれてきた女性の、眠っているような遺体に恋を。。。なんてなりそうになったので、行くのをやめました。

*念のため。みなさんぼくがここに書いていることのすべてが本当だとは思っていませんよね?ほんとうのこともありますけど。

さて、芸術学部です。

この辺は、哲学部とならんで、ねじの外れている(狂人とは書かない)ひとびとの巣窟です。

らりったりしてはおらず、とても常識的なのに、突然ぞっとするようなことを言い出したりする人々のいるエリアです。

常識的ですが、らりっているとしか思えないきてれつな服装で歩いたりしています。

でも、中身は至っていいやつばかりです。というのも、後で出てくる学生寮での同室者が芸術学部の学生だったから、よくわかるのです。

らりっていないのに、らりっている人々を凌駕する、恐ろしい種族です。

さて芸術学部の建物自体はいたってふつーで、特筆できる特徴は無し。

 

 

ここには音響図書館?とかがあって、ヒトラー時代のドイツ音楽とかを聴きに行ったりしていました。個々の図書館は、ブラジルでも有名なグラフ雑誌を克明に保管していたりして、そういうのをあさるのも楽しみだったですねー、どんな記事を探していたかは、なぜか忘れてしまいました(ポルノではない、まっとうな雑誌です。念のため)。

次は学生寮。

公立の大学なので、めぐまれない学生のために、身の上調査で確認し、その時「貧乏人探知機」で「人間の屑」と認定されれば、在学中は無料で住める学生寮がありました

懐かしい学生寮。6階(最上階)に住んでいました。

 

 

部屋の隅にコンロを据えて、ソーセージ焼くぞー、と大喜びしていたら、煙がドアの隙間から流れ出して廊下に充満して、危うく火災探知機が作動しちゃうところだった!などの思い出が。。。。

そもそも学生寮居住者は自炊はするな、ということになっており。寮の間に学生食堂がありました。

今もあった。

まだ11時ちょっとなのに、学食の門が開くのを列をなして待っています

 

 

ぼくはこんなにあさましくなかったよーんだ!

でも、この辺りは、本当に腹を減らして、学食を食べるために大学に入ったような育ちの悪い、人間の屑ががうじゃうじゃしている地獄の一丁目なので、気を付けましょう。

そこかしこに、共産主義的な張り紙が。よいこはこの辺をうろつくのはやめましょう。

大体大学生活の思い出はこんなかんじですかねー学園都市をふらつくのにも疲れて、ホテルのある町の中心にいきました。

ところが、なんちゅうチープなホテルじゃ!

まるで紛争地域の街角かとまがう景色。

今回の旅は、旅費を浮かすためにクレジットカードのポイントを使ったのですが、天下のブラックカードのポイントでこんな恐ろしい、日雇い労働者のドヤ、木賃宿みたいなところしか予約できないのか?

フロントにいくと、アテンドのお姉さんが、いかにも身がまえて、あなただれ?みたいな感じだったのですが、サンタンデル銀行からの予約です、といったら、急にすごい親切になり、タクシーだのなんだの丁寧に手配してくれました。

ぜんぜんだめなのか、すごいのかわからないサンタンデール・ブラックカード

 

 

サンパウロでのお楽しみは「お弁当」

もちろん日本みたいなやつのことです。

とはいっても、日本の弁当とはいかない、ひなびたお弁当ですが、でもそのくたびれたところが大好きだったりします。

こんな感じ

 

 

このお弁当を買うために、わざわざ地下鉄に乗って東洋人街まで出かけたのでした。

地下鉄

 

 

東洋人街

 

 

 

 

ちなみに、ブラジルの地下鉄のいいところは、切符を買っちまえば、どこからどこまで乗ろうがいっしょなこと。

日本みたいに、みみっちく区間を制限して、あそこまでは190円だけどここからは100円だ、などという気の狂うような細かさはなく。

せめて地下鉄ぐらいのんびり乗りたいですよね。。。。。

でも、切符はスーパーのレジペーパーみたいなみみっちいやつでした。

 

 

というわけで、今回の目的である大学での用事は達成し、翌日朝7時の便で帰ることに。

以下、サンパウロ(コンゴニャす空港)の風景

 

 

ラウンジの風景

ブラジリアに比べてチープなラウンジ

 

それでもゲートの混雑に比べれば数段ましで、くつろげました

日本みたいに人が多いサンパウロ空港のゲート

 

 

構内バス?で飛行機まで移動。

 

 

737にくらべて機首のデザインが間延びしたかんじのエアバス

 

 

窓から

 

 

つい、隣の飛行機の車輪に目が行っちゃうんですよね。

ちゃんとねじを締めてるんだろうかとか。。。。

 

 

と言っている間に、ブラジリアに着陸していました。はしょりすぎか?

フラメンゴFCのグッズのみ売っている要注意な店があり。

 

 

その隣に、他のチームのを売っている店がありました。あーよかった

 

 

駐車場に戻ってきました。

ここから車でアパートに帰りました。

ではでは。。。。

Posted by 猫機長
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ブラジル大学紀行(その2)

この記事は「その1」の続編です。こちらも見てね!

さて、ひょんなことから大学の卒業証書を紛失してしまい、大学に問い合わせて再発行手続気をするため、ブラジリアから1000キロ南にあるサンパウロ市へ移動、のこのこと大学学園都市に到着しました。ここからがいよいよ今回の記事になります。

地上はこぎたないけれど、上空からみれば美しいサンパウロ

 

 

いよいよ大学へ。タクシーで40分くらいでしょうか。

 

 

市街地と川に囲まれた、緑いっぱいの学園都市。

https://i0.wp.com/jornal.usp.br/wp-content/uploads/S%C3%A3o-Paulo-2.jpg?resize=1200%2C582

 

 

 

 

経営学部の前に降り立ち。

 

まず駐車場を覗きました。学生時代、駐車に失敗して、後ろの車にどちん!管理の人に、ぐわおう!と怒られてしまった記憶があり。ぼくの車はかぶと虫、後ろのは巨大なピックアップだったこともあり、こちらのエンジンフードがへこんだだけで、向こうは無傷でしたが。

世界の名車かぶと虫。(大学当時はまた別のかぶと虫に乗ってました)

ぶつかっても自分がへこむだけで相手は無傷の、心優しい車です

さて、建物に戻り。

守衛の人に身分証明を提示して、建物内に。学生だった頃はこんな厳重なガードはなかったのに?学長とかがよっぽど悪いことをやって、人に恨まれているのかもしれん。

かわいそうに。。。。

 

 

その学長が署名した卒業証書を申請に来たのですが、まだ業務開始前だったので、学部内を散歩しました。

教室の風景

 

 

なんかモダンすぎる、今どきのレイアウト

 

 

こちらは、昔のままでした (ぼくの学生時代は、プロジェクターはなかったけど)
 

 

この踊り場で、新入生の演芸大会があり。

 

 

こちらの広場では、美人コンテストがあり。ぼくが票を入れたペルー人の美人は、一回戦で落ちちゃいましたけど。。。。

 

 

そろそろ受け付け開始の時間だ!二階に上がってまずは申請費用を払いました。

廊下にあった教師陣の写真

 

 

こちらの東洋人のお姉ちゃんは、コンピューター言語関連(プログラム作成)の講師でしたが、いわく「2点をつなぐのに、直線でつなげばいいのに、なぜ、考え付くあらゆる迂回を行った上、遠回りでつなぐようなコマンドを作るのか?」と怒られました。一番最短のつもりだったんですけど。。。。

 

 

こちらの西洋人のおばさんは、経営理論の教授さんで、とあるテストのときに、ぼくだけ最後に一人残ってしまい。「ちょっとまってー」「とっとと回答を書いて出せ!」となんどか待ってもらった挙句、解答用紙を差し出した記憶があります。お題は、「将来の雇用はどうなるか」みたいな感じで、「将来は機械が人間を代替するだろう。仕事は機械に任せて、人間は思考活動に専念するべき」みたいなことを書いたら、100点満点中80点をもらいました。

 

 

休み時間になり、子供たちと出くわしました。

 

 

申請書類をしかるべき部署に提出。卒業証書再発給までに6か月くらいかかるとのことで、じゃあまたくるねー、と退出しました。

えらいもったいぶりますねえ。でもそれだけ箔の付いた卒業証書だぞ!ということと理解して、おとなしく引き下がるのでした。

きょうびどんな証明書も電子化されて、スマホをかざしてはいOK、のご時世なんですけどねー

大学学園内をのこのこ歩きました。

学園都市の地図

https://puspc.usp.br/mapa-campus/
 

 
まず、経営学部の裏手にある建築学部。

 

 

ここは守衛さんはいましたがほとんどフリーパス。貧乏学部でロクな財産もなく、泥棒も興味を示さないらしい。

かわいそうに。。。

とにかくだだっ広いけど、なんかかっこいい建物。

 

 

巨大な教室。

 

 

高校2年の時、腕試しで建築学部を受けました。1次試験をぎりぎりで受かって、実技試験は大学に来い!ということで、これらの教室のどこか忘れましたが、集合。お題は「靴を脱ぎなさい」で、みんな「ええええーそんなエロいことするの?」試験管「馬鹿野郎、脱ぐのは靴だけだ!とっとと靴を脱いで、机の上において写生しろ!」そうですかーでも、よりによってその日は紐だの穴だのいっぱいの、ものすごく絵にするのがめんどうなスニーカーだったんですよね。。。。

てきとうに描いて、でも受かりました。さらにその後受けた2次試験は、見事に落ちました。。。。

 

 
実は経営学部より建築学部の図書館に入り浸って、バウハウスの図鑑とかをわくわく!と眺める学生生活でしたが、その図書館はむかしどうりでした。

大好きな図書館

 

 

あと、どの学部にもあるのですが、学生会室。

このすさんだふんいきでどんな場所かわかっちゃいますよね?なんて脅かしますが、実際は授業とかの合間に学生たち(特に学生会に参加している者たち)がいきぬきする憩いの隠れ家です。

 

 

壁には反体制派っぽいアジテーションの落書き。でも、建築学部なので、アートしてます。

 

 

アルコールジェルのトーテム。ご時世ですね

 

 

そのあと、都市学園本部の近くにあるMAC(現代アートミュージアム)へ。

いががわしいオブジェがいっぱい。

 

 

早速中に入ってみましたが、全然展示物がなくて拍子抜けしました。

学生だった頃はキリコの「ある午後の謎(O enigma de um dia)」の複製版が大きく展示されていて、恒常的展示のはずだったのに。さびしいな。。。。

MAC USP | Acervo : Obra : O enigma de um dia [1963.1.59]

 

 

画像多数なのでここで打ち止め。

切りのいいときに、大学訪問記後半部分を掲載させていただきます。

忘れないうちに、何について書くかというと

地質学部・社会学部

芸術学部

死体の家

学生寮・学生食堂

サンパウロのお弁当

などなどです。

なんか思い出ばなし、ノスタルジーにお付き合いいただき、ありがとうございました。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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ウクライナで核戦争は起きるか。切り札を握る中国

まず、ひさびさのランクイン。たくさんのアクセスや、いいね!この場でお礼申し上げます。

すごい個人的な記事の内容なのに、認めていただき感謝です。大学のお話の続きは来週に掲載します。

さて、今週の本題です。

そもそも、ウクライナって、どんな国?

どきどき!美人がいっぱい、ですが、日本女性に勝るものでもなく。

世界の安全保障(経済、軍事)に、ウクライナがどれだけ影響力のある国なのかを見てみます。以下、特に明記していない限り、出典はWikipediaです。

1991年、ソビエト連邦の崩壊とともに独立。

ソ連時代からの先進科学技術を引き継ぎ、発展させ、ヨーロッパの隠れた技術大国になっていました。

その1:宇宙開発

「ソビエト時代に培われた技術力は西側諸国からも一目置かれ、各国との共同計画に参加する。1995年にはアメリカ、ロシア、ウクライナ、ノルウェーの4ヶ国合弁事業に参加した。」

「2005年にはインドと新型ロケットのエンジンに関する協力関係を締結した。」

ウクライナ製人工衛星の記念コイン

 

 

ここまで宇宙開発できる国って、なかなかないですよね。西側先進国もびっくりの技術力です。

その2:軍事産業

航空機エンジンも、世界有数のものを持っている

「モトール・シーチは、ウクライナのザポリージャに本社を置く航空用エンジンや産業用ガスタービンエンジンの製造メーカーである。

ソビエト連邦時代からアントノフ An-124とAn-225に搭載されるターボファンや様々な航空機のエンジンを生産。ソ連崩壊後もKa-50やMi-24、Mi-28のようなロシア連邦のヘリコプターの80%以上にエンジン(クリーモフ TV3-117など)を供給していた」

もトール・シーチのロゴ。なんと創業1907年

 

 

造船技術も、世界最高峰

「ヴァリャーグは、ソ連で設計された航空母艦である。

ソ連の崩壊後、ウクライナ海軍に編入されたが完成せず、廃艦となった。

1985年12月6日にウクライナ・ソビエト社会主義共和国・ムィコラーイウの黒海造船工場で起工され、1988年11月25日に進水した。」

つまり、空母を建造できる世界有数の工業力、港湾施設を持っているという事である。

そして、みなさんもうお気づきかもしれませんが、ソ連崩壊後の経済大混乱をうまく利用して、資金難のウクライナから「中国本国で海上カジノとして使用する予定」という、ふざけたいいわけで、中国がお得な購入!

「中国人」になるまえのワリャーグ

 

 

その後「遼寧」という、とても海上カジノとは言えない物体と化し。

「空母だぞ!」と自由主義陣営を恫喝する道具になり果ててしまいました。

このへんは、中国人Motoyamaさんの鋭い解説動画で詳述されています。

 

 

そして、造船産業の要ウクライナにそっぽを向かれてしまったロシアは、日常のメンテにも事欠く事態に陥ってしまい。

詳細はこちらをご覧ください。https://www.youtube.com/watch?v=q_WRk3bAZlQ

 

 

その3:農業

こちらはあまり詳しく説明する必要もありませんよね。ウクライナは、世界でも有数の穀倉地帯です。

さて、ここまでで、恐るべき事実が浮き彫りになってきます。

◎ソ連やロシアの躍進の原動力である技術の重要な部分が、実はロシアではなく、ウクライナから生まれていた。

◎しかし、ソ連・ロシアは、ウクライナを正当に評価しないばかりか、ホロドモールなどで虐待・搾取した。

「ホロドモール」とは、1450万人が犠牲になった大飢饉ですが、ソ連邦の工業化促進のためにウクライナの農産物を無理やり輸出して外貨獲得に走ったために発生。一説では、ウクライナを弱体化して支配しやすくするため、人為的に起こされたジェノサイドと言われています。

スターリンに苦しめられるウクライナを象徴的に描いた絵画

https://www.meijigakuin.ac.jp/about/mg_plus/1380

 

 

◎戦慄したウクライナは、悪魔のナチスと協力する(部分的ですが)など、ロシアからの自立を必死になって模索した。

◎ソ連崩壊により悲願達成。

しかし、この後も受難は続き。

ロシアから見れば、極論ですが、ウクライナが本当に自立してしまったら、ロシア側に残されるのはシベリアの原野だけになっちゃうぞ!という危惧があったのだと思います。

一方、ロシアに三行半をつきつけ、ホロドモール以降続く虐待から解放されたウクライナではあるが、とにかくお金がない。

どうしよう。。。。

西側も、ロシアに忖度してあまりウクライナを支援できない。

やはりまたロシアに吸収されてしまうのか?という時に、すり手をしながら現れた恐ろしい商売人が。

もうお分かりですよね。中国です。

有り余るお金を背景に、やれ遼寧だのモトール・シーチ買収(こちらは不発)だのと、ウクライナの技術をどんどん吸収し。

中国とウクライナの危険な関係については、Weekly Economist紙が喝破しています。

「中国はいち早く、92年1月にウクライナと国交を樹立。以来、旧ソ連の武器製造の拠点であったウクライナの関係技術者を異常なまでの高給で中国に迎え入れ、ミサイルや航空母艦製造の技術のすべてを教授してもらった。

 米国の国防総省(ペンタゴン)が「中国のミサイルと造船技術は米国より優れている」と書くほど、中国の軍事力が成長したのはウクライナのおかげなのである。」

https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220317/se1/00m/020/003000d

最たるものが、2013年に両国間で締結された「中国ウクライナ友好協力条約」。

「もし、ウクライナが核兵器の使用によって侵略された場合、またはそのような侵略の脅威に晒された場合は、中国はウクライナにそれ相応の安全保障を提供することを約束する。(https://news.yahoo.co.jp/byline/endohomare/20220329-00288894)」

という恐るべき一文が明記されています。

これって。。。。

日米安保条約で、日本がアメリカの核の傘に入っているのと同じじゃね?

中国は、「友好条約」で、ウクライナをまんまと自分の核の傘に入れてしまいました。

中国による、一連の「静かな簒奪」をぽけっと見ていたロシアですが、いくらとんまでも、何かしなければ!と焦ったのだと思います。

成算があるにはあった。

読者の皆さんは、「緑の人たち」という言葉をご存じでしょうか。

環境団体のことではなくて、緑の制服、つまり軍服を着た人たちのことです。

軍服ですが、国籍を表示しないので、どこの誰だかわからないという、卑怯そのものの団体様ご一行のことでした。

英語では「リトル・グリーンメン」といわれるこのご一行は、2014年、東ウクライナや、クリミア半島に侵入し、行政組織の警備員が持っていない機関銃で武力占拠し。

あれよあれよというまに投票だのなんだのでロシアに編入。

「緑の人たち」。日本には自衛隊がおり、こうした卑怯な行いを防いでいます。

パブリックドメイン

 

 

もちろん、ウクライナはそんなふざけたやり方には同意せず、今日のウクライナ戦争まで続く紛争になりました。

要するに、プーチンは、ウクライナ全土で同じことをやりたかった。

ところが、ゼレンスキーは見事この悪だくみを挫折させ。

あれよあれよと、今度はウクライナ全域を巻き込んだ泥沼の戦争になってしまいました。

さて、中国です。

ウクライナを自分の子分として杯を交わしたはいいが、前の親分が怒り、この子分をボコって戦争を始めてしまった。

でも、今のところは「西側対ロシア」と、いわば中国にとって都合の良い状況になっており。西側に対しては「ロシアに味方する悪役」を演じながら、実はロシアが自滅していくのを大喜びでながめていたりして?

ロシアの自滅にプーチンが狂って、核を使おうとした時、中国がどう動くか。

孫子の国です。日本は、憲法第九条など「戦争は悲惨で、不幸をもたらすから」という美しい、芸術的な理由で戦争放棄していますが、中国の場合「戦争なんて、せっかく儲けたお金を散財するばっかりで、全然利益の出ない、下の下の行為」だから、あらゆる努力をして避けます。

ただ、戦争をした方が儲かるぞ!という場面ではいそいそと参戦し、戦争をしないと儲けを奪われるぞ!という場合はいやいやながら参戦するでしょう。

ウクライナの場合も、報復すれば儲ける(あるいは損をしない)、と判断した時が危ない。

さて、本稿も3000字を越えてしまいましたので、尻切れトンボですかこのへんにします。

西側はウクライナを支援を抜本的に強化して、プーチンが狂ったり、中国が干渉したりする隙を与えず、電撃で国境までロシアを押し返して休戦にもちこみ、暴力による現状変更を許さずに、戦争を終わらせるべきと考えています。

大阪人もびっくり。商人の国、中国

上はhttps://www.nanmuxuan.com/zh-hk/classic/fasdfccatyn.html

下はhttp://businessmacroanalysis.blogspot.com/2016/11/blog-post_14.html

ではでは。

Posted by 猫機長
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ブラジル大学紀行(その1)

人間生きているといろいろあり。ひょんなことから大学の卒業証書を紛失してしまい、大学に問い合わせて再発行手続きをしました。

このなかで、再発行の申請は申請本人がしなければならない、というルールがあり。ふだん住居にしているブラジリアから1000キロ南にあるサンパウロ市へ、のんきに1泊2日の訪問をしてきました。

のんきにと言いつつ、駆け足でもあり、旅費とかで新たな出費はしたくなかったので、クレジットカードのポイントを使って航空便とホテルはタダにしました。40000ポイントが飛んじゃったけど。

ちなみに、200ドル払えば10000ポイントだけでいいよーん!ということでしたが、その手には乗らないよ~ん!とポイントを湯水のように使って、銀行とカード会社をいじめました。

でも、ブラックカードのポイントを湯水のように使ったのに、予約できたのは早朝5時出発のエコノミー。みみっちいぞサンタンデール銀行!

サンタンデール・ブラックカード。ブラックなんて名ばかりですねえ。

 

 

寝坊しないように目覚まし時計を買いました。

もともと出張族で、2時起き、3時起きなんてふつー、目覚ましなんていらないよ、だったのですが、念のため。。。。そしたら、本当に寝過ごしそうになってしまい。目覚まし時計のアラームで起きました。

朝2時に設定していたのに、アラームが鳴ったのは朝2時15分前でした。ははは

 

 

さっそく支度して、空港に。

空港の駐車場に車を止めます。写真を撮ったのは、ブログ用のみでなく、あとでどの辺に車を止めていたのか分からなくならないように、というのもあります。

 

 

空港の風景

 

 

ラウンジに向かいます。

 

 

受付でカード提示。ブラックカードの特典で無料の利用になっています。

サンタンデール・ブラックカード。

これならアメリカン・エクスプレスより上かもしれん

 

 

いいかんじでシックなブラジリア国際空港のラウンジ。

 

 

時間が時間なので、飲んだり食べたりはせずに、一休みしたうえでゲートに行きました。

風防からパイロットが一生懸命プリフライトチェックしているのがみえました。

かわいそうに、かわりに客席でぐっすり寝てあげるからね。いひひひひ

 

 

機内からの風景

 

 

飛んでいるうちに夜が明け。

高度1万メートルからの風景。ふだんは高度2000メートルですからねー下の写真で違いが判ると思います。

 

 

小さな飛行機に乗っています。

 

 

1時間ちょっとでサンパウロ市に到着。

まるでおろし金の上に浮かぶ大根みたいな感じで、空港へ降りてゆきます。ここでエンジンがストップしたら。。。。

 

 

おしりがむずむず。さいわい大根おろしにはならずに、無事着陸しました。

 

 

 

 

いよいよ大学へ。タクシーで40分くらいでしょうか。

市街地と川に囲まれた、緑いっぱいの学園都市。

https://i0.wp.com/jornal.usp.br/wp-content/uploads/S%C3%A3o-Paulo-2.jpg?resize=1200%2C582

 

 

 

 

経営学部の前に降り立ち。

 

ここまでで、記事が長くなりすぎちゃった!ので、続きは近い将来に回させていただきます。(来週はウクライナと中国の危険な関係についての時事ネタにします)

忘れないうちに、何について書くかというと

経営学部

建築学部

地質学部・社会学部

芸術学部

死体の家

学生寮・学生食堂

サンパウロのお弁当

などなどです。

お付き合いいただき、ありがとうございました。

ごきげんよう。。。。

Posted by 猫機長
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前が見えない

飛行機を操縦するうえで、単に操縦かんをぐりぐりというだけではなく、気象、航法、通信など、パイロットは同時並行でいろんなことをやらなければならず。

そのためには、なにが一番重要か?

風速や機速を計算する明晰な頭脳か?飛行機の挙動を瞬時に察知して機体を操る運動神経か?

いずれも重要ですが、もっと大切なものがあるのです。

それが「見る力」

視力ともちょっと違うかも?たとえ2.0の申し分ない視力でも、それほど遠くないチェックポイントが見つけられない人もいれば、ど近眼なのに「あの灯台に向かって飛んでいこう」なんて砂塵にかすむ方向へなにげに飛んでいくと、本当に灯台が見えてきたぞ、なんて人もいます。

もちろん、後者のほうがパイロットの適性があるということである。

自分がどこをどう飛んでいるのかを、その辺の山だの谷だの道路だのから、瞬時に航空図に照らし合わせて、あここにいるね、とわかる能力が重要である。

とある重要河川の合流点。機上からの見え方と航空地図上の記載。いずれも赤丸です。

 

 

この才能は、熟練で置き換えることができます。何度も飛ぶことで、早朝はこんな感じに見えたけど、ちょっと日が昇ったら全然違う感じ。東から来たときはこんなだけど、西から来たらあんなだ、とインプットして、次第に迷わないで済むようになってきます。

最初はGPSにたよって何とか、でも、わざとGPSの画面をオフにして、地文航法で飛ぶように練習するときもある。チェックフライトではGPS使用不可ですからねー。

飛行機によっては、視界が悪くて航法に苦労するのもあり。

ぼくの乗っているこよーてや、セスナなどのサイドバイサイドの高翼機は、見晴らしがよくて、らくちんです。

こよーて(Rans Super Coyote)。サイドバイサイドです。

*隣の素敵女子は婚約者がいました。しくしく

 

 

同じ高翼機でも、PA18だの、タンデムになってくるとやばいぜ!基本、機長は後席になり、それだけでも前方の見晴らしは悪くなるのに、前の人がメタボ体質とかで、文字通り視界を全部覆っちゃう、なんてケースもあるらしい。

パイパーJ3。前の人のほうが小さくてやせ型という、幸せなケース。

 

 

「ジェネアビの神様」高橋淳さんは、「別にこのくらいの飛行機なら前見なくたって操縦できるがね」なんて言っていますが、大きな双発機から曲技機まで乗りこなす達人だから言えることであって、ぼくだったら一発で空間識失調になって墜落すると思います。

でも、それって、飛行機のせいじゃなくて、前に乗るやつが悪いんだよね?

ダイエットしましょう。

上には上があり。

なんと最初から「前が見えない飛行機」もあったのでした。

その名も「ライアンNYP」

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Spirit_of_St._Louis_at_San_Diego_Airport_DSCN0022.JPG

 

 

視覚障碍者用の飛行機なのか?いやいや、目が見えない人は、飛行機の操縦はできません。

リンドバーグが大西洋横断のために特注して作ったのですが、参考になったモデルがあり。

その名もべランカ単葉機

https://airandspace.si.edu/collection-media/NASM-A19800263000cp03

ちゃんと窓がついています。

 

 

リンドバーグもこの飛行機で大西洋横断をしたかったそうですが、べランカ社側といろいろあり。結局自作機で行くことになりました。

エンジンはべランカ機と同じライト・ホワールウインドを使用。酷使しても文句を言わない「百姓エンジン」だったらしい。

問題は、大西洋横断などという長距離をとぶに当たって、大量に消費する燃料を入れるタンクを、小さな単発機のどこに格納するかとなり。

飛行機は、重量の中心すなわち重心と、推力・抗力・揚力・重力が合わさる空力重心がうまくかみ合わないと、そもそも飛べないか、安定性の全くない危険な飛行機になってしまいます。

例えば、B17を遠くベルリンまで護衛して有名なP51ですが、このために胴体内の変な場所に増加タンクを設置せざるを得なくなり。この増加タンクの燃料がへたに残っていると、バランスが崩れて、戦闘機動どころかまっすぐ飛ぶのさえ危ない飛行機になってしまいました。その点なにげに長距離が飛べた零戦は偉大ですねえ。

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/P51/702.html
 

 
燃料を目いっぱい積んでも、飛行特性が変にならないためにはどうすればよいのか?

その①:主翼に搭載しちゃえばバランスを崩さずにとべる。

その➁:なるべく主翼に近い位置の胴体に格納する。

ライアンNYPの場合は、翼内の他に主翼直下の胴体で、操縦席の前の部分は全部燃料タンクにしちゃえ!となりました。

要するに前部胴体がほぼすべてガソリンタンクの状態。

https://ww2aircraft.net/forum/attachments/ryan-nyp-spirit-of-st-louis-1jpg-jpg.498261/

 

 

ふむふむなかなかシンプルでクレバーな解決だね!

でも、気がついたら、機体前面に窓がつけられなくなっていました。ははは

https://www.cradleofaviation.org/history/exhibits/exhibit-galleries/the_golden_age/spirit_of_st_louis.html

 

 

しゃあない、このままいくか。

大西洋横断という狂ったまねをする上では、前方視界が確保できるかは、死活問題ではなくなっていたのでした。

この記事のはじめに「チェックポイントを探して」と書きましたが、どんなに視力がよくても、裸眼で視認できるのはせいぜい70キロ先までの目標(タワーとか識別しやすいやつ)です。

望遠鏡もあるけど、大西洋横断でいったん海に出ちゃったら、前後左右それこそ見渡す限り海になってしまい。

見えない目標に向かって飛ぶために、推測航法を行いました。

飛行機の速度と飛んでいる方角から、今この辺をこっちに向かって飛んでいるな、と計算し。一見奇跡的ながら、ほとんど計算どうりに、まいごにならずに飛んだらしい。

*この成功には、リンドバーグが郵便機のパイロットだったことがかなり決定的に影響したらしい。

一方、前の見えない飛行機なんて、さすがにできそこないすぎじゃね?とライアン社の人たちが悩んだかどうか?とある工夫で、不完全ながらなんとか前を見ることができる機構を開発し。

それは「潜望鏡」

以下に、ライアンNYPの操縦席の写真を掲載します。

緑楕円の部分が伸び縮み式の潜望鏡。写真は伸ばしたところで、赤丸の部分に前方の景色が映るようになっています。

https://www.si.edu/object/nasm_A19280021000

伸ばしたままだと空気抵抗もはんぱないので、よっぽどでなければ格納したまま飛んでいたと思われます。

こうして、ひねた片目のカニ、というか、飛行機のくせに潜水艦みたいな恐ろしい飛行機になってしまったライアンNYPですが、そのくせ大西洋横断にはこれ以上ない合理的な飛行機だったのでした。

カニの目じゃなかった潜望鏡

https://twitter.com/jack19998/status/846323667579486210/photo/1

 

 

◎小型の単発機。当時の長距離記録機は多発エンジンが多く。もちろん一発が壊れてもなんとか不時着できるぞ、という理由ですが、リンドバーグからみれば、一発でも壊れた時点で長距離飛行は断念だし、それより絶対壊れない、VWカブト虫みたいなエンジンを一発だけ積んだ小型機のほうがガソリンの消費が少なくていいじゃん、となった。

「壊れなければどうということはない」。

世界の名車かぶと虫

 

 

◎陸上機であえて洋上を飛ぶ。やっぱり何らかのエンジン不調や、迷子になっちゃった!というときに、水上機であれば着水してゆっくり天測、ができるが、リンドバーグから見れば、着水なんて余計なことをした時点で新記録は望めない。燃費も落とせ、エンジンの性能を最大限に発揮できる陸上機以外の選択肢はなかった。

◎この結果、すべてうまくいけばこれ以上合理的な飛行機はない、けれど、何かがうまくいかなければ、即行方不明という、やけくその飛行機になってしまったのでした。

ついでながら、飛行性能を高めるために、尾翼、特に水平尾翼をちっちゃくしてしまったため、安定性が得られず。まるでBf109とかF4Uか?みたいになってしまい。

それにしても、こんなできそこないの飛行機で大西洋横断なんて、きっとリンドバーグはよっぽど悪いことをして、とにかくアメリカを脱出だ!と追い込まれていたのかもしれん。うまく成功して有名人になったので、過去の悪行は帳消しになったとか。

なあああんて!

幸いうまくゆき。

33時間の飛行の後、見事パリに着陸。

最初の一言は「英語話せる人いる?」その次が「トイレどこ?」だったそうです。

トイレのないライアンNYPで成し遂げた偉業。

前が見えなくても大西洋は横断できる、というプラグマティズム(実利主義)の権化みたいな事例でした。

郵便機の世界。宝塚「サン・テグジュペリ」

https://www.bilibili.com/video/av33353628/

 

ではでは。。。。

 

Posted by 猫機長
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ふしぎな百人一首の世界

以前、タロットカードの話を投稿した時に、なんのはずみか「軍国百人一首」というのを書きました。

正しくは「愛国百人一首」でした。なんだそりゃ?

大正から昭和に入り、世界も日本も大戦争の悪夢に転がり込んでいくご時世の中で、日本はナショナリズムの高揚のためいろいろな努力を行い。その一つとして日本古来の文化を見直し、その素晴らしさを喧伝する、という方策がとられました。

そして、世界に誇れる日本文化の一つとして、百人一首が脚光を浴びることになり。

神国日本の百人一首を覚えて、来る大戦争へ向け防人の魂をふるいたたせよう!

例えば。

45番 謙徳公 あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな

http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/hyakunin/45.htm

 

 

無敵皇軍の勇ましい和歌だ!でも平安時代の言葉なので、現代語に訳してみましょう。

「あなたをずっと愛しく思っております。あなたに恋いこがれ続けても、そんな私のことを哀れだと言ってくれそうな女性は他に誰も見あたらないまま、むなしく無駄に死んでいくのでしょうか。」

あれ?

お姉ちゃんに振られて、いじいじと悩むしょうがない奴のことじゃね?

うううむ、気を取り直して、もう一ついってみます。

21番 素性法師 今来むと 言ひしばかりに 長月の有明の月を 待ち出でつるかな

http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/hyakunin/21.htm

 

 

なんかにやけた坊さん、という事で、一抹の不安がよぎりますが、翻訳してみましょう。

「「今すぐに参ります」とあなたが言ったばかりに、9月の夜長をひたすら眠らずに待っているうちに、夜明けに出る有明の月が出てきてしまいました。」

うああああー?坊さん??いいのか????

と、要すれば100首のうち、43までが「恋の歌」つまり「お姉ちゃん、すきすきー」とか、「ふられちゃった、しくしく」みたいに、いい年こいたおっちゃんやおばちゃんが情けなくとりみだす情景ばっかりになってしまっていたのでした。

ううむ、これではとても軍国日本の文化として推すわけにはいかない、というか、奈良だの平安だののヒーローがこんなんだったら、昭和の日本人はいったいどうよ?となってしまうぞ?

でも、逆転の発想をする者はいつの時代にでもいるようで、「別に新しいのを作っちゃえばいいじゃん」と、万葉集だのなんだのから、「勇ましい和歌」をかき集めて「愛国百人一首」が生まれたのでした。

奈良県立図書館情報HP(https://www.library.pref.nara.jp/collection_sentai/reference/112)で、そのいきさつや、どんな和歌が収録されているのかが説明されており。

「形式的には短歌であり、小倉百人一首に採録されているものは除く。

時期的には、万葉集以降で、明治維新前に没した詠者に限定する。

臣下の歌に限定、つまり天皇や皇族の歌を除くこと。

「愛国」を広義に解釈する(例えば、母性愛や夫婦愛をうたった女性の歌、国土の美しさをうたったものなど)

ある作者の歌の中から一首を選ぶ場合は、直接愛国の精神を詠っているかよりは、和歌として優れているかを基準とする。

明朗に、また積極性を帯びている作をなるべく優先する。

歴史上有名な人物の作であっても、あくまで作品としての質で選定する。(引用終わり)」

具体的な100の軍国和歌は、すべて書き出すと記事の字数がめちゃくちゃオーバーしてしまうので、こちらをご参照ください→
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%9B%BD%E7%99%BE%E4%BA%BA%E4%B8%80%E9%A6%96

以下、一部抜粋です。(なお、絵柄は「愛国百人一首絵葉書」です)

現代ちっくな絵柄のものから。

21、 今奉部與會布 今日よりはかへりみなくて大君の御楯と出で立つ吾は

今日からは家をも身をも顧みすることなく、大君 の強い御楯となって、私は出立するのである

 

 

こちらはなんとなく米国ちっくなおねえさん。美人過ぎて、ぼけっと見入ってしまいました。

10、 海犬養岡麿  み民吾生けるしるしあり天地の榮ゆる時にあへらく思へば

天皇の民である私は生きている甲斐があることよ。 天地が栄える時に生まれ合わせたと思うので。

 

 

復古調のものもあり。

左から

38、 中臣祐春 西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ

12、 小野老 あをによし奈良の京は咲く花のにほふがごとく今さかりなり

 

 

桃太郎も登場

92、 津田愛之助  大君の御楯となりて捨つる身と思へば軽き我が命かな

 

 

きわめつけは、性別不明の美形キャラ。

45、 楠木正行   かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる
梓弓で放たれた矢のように2度と生きては帰るまいと決意しているから、ここに私と共に死ぬ決意の者の名を永久に残そうと書きとどめる

 

 

これらのかるた(絵葉書ですけど)を見て、実は、一種安心しています。

戦前の日本と現在の北朝鮮を同一視する人も多く、実際「軍国主義」と「先軍政治」そして強圧的な恐怖政治という点で確かに類似しているけれど、上記の絵と、北朝鮮のポスターでは、明らかに差があり。

北朝鮮のポスター。https://m.media-amazon.com/images/I/A1oxvbD97EL._AC_SL1500_.jpg

 

 

北朝鮮(旧ソ連や、プーチンのロシアもそうですけど)の絵は、やらされている感が半端ない。というか、とにかくこういう絵でもかいて将軍様を賛美しないと、たちまち強制収容所、となってしまうのに比べ、日本のかるたのほうは、少なくとも絵葉書バージョンはかなり気ままに描いており(と勝手に思っています)。

要すれば「官製の軍国歌謡」と「民間で自主的に生まれてきた替え歌」の差かもしれん。

前者の例が、高橋掬太郎という人が作詞した「英国東洋艦隊壊滅」。これはこれで威勢がよくていいけど

 

 

この歌は、いわゆる「ニュース歌謡」で、レコード化もされなかった(一説には官製アジテーションの曲をレコード化するのがいやがられた)らしいのですが、愛国心に燃えるサトウハチローさんが「断じて勝つぞ」という替え歌にしたら、同じく愛国心に燃える国民の間で大ブレイク、レコードが飛ぶように売れたらしい。

断じて勝つぞhttps://www.youtube.com/watch?v=7Zps8NbDwmk

 

 

要すれば、北朝鮮の人々が、どんなに鞭うたれてもひれ伏して従うしかない80歳の老人とすれば、軍国日本は正義の日本を信じ切って自発的に軍に協力した、12歳の無垢な少年、くらいの差があると思います。

現在のすれからしな日本では、無くなってしまったひたむきさを、「愛国日本絵葉書」の登場人物の目つきに見出してしまったのは、私だけでしょうか。

といって、愛国百人一首の内容をざっと見てみると

「大君は神にしませば」「大君の命かしこみ」「命をばかろきになして」「すめ神の天降りましける」

なんて、「日本は神の国です」というのばっかり延々と続き。

はたして、「お姉ちゃん好き好きー」の和歌を書いたのと同じ日本人の作ったものなのだろうか?日本人って、ふしぎですねえ。

これじゃあB29と竹やりのケンカになっても不思議ではないですよね。。。

さて、戦争が終わると、こんどは「新いろはかるた」というのが生まれ。日本国憲法の精神をあらわした

◎国民主権(「み 民主 みんなの 心から」、「ろ ろばた から よ論」)

◎戦争放棄(「い いくさを なくす 新憲法」、「へ 平和の 世界 われらののぞみ」)

◎基本的人権の尊重(「こ 個人 尊重」、「し 信仰の 自由 学問の 自由」)

なんてのが生まれました。

なんかこっちも官製ちっくな押しつけがましさ満載だなあ。北朝鮮のポスターとあまり変わらなったりして。。。

一方、戦前、戦後を通じ、人を人として敵も味方もなく尊重した、というか、尊重しようとした、そんな戦前の和歌もあり。この和歌は、軍閥だの産業界だのが自分の利益のために大衆を先導しようとか、あるいは大衆のほうで思わず扇動に乗っちゃった、みたいな「12歳」とも違った、平安時代から今日までに通ずる「仁」という、日本が誇ることのできる思想を体現していると思います。この和歌を掲載して、結びとさせていただきます。

「よもの海 みなはらからと 思う世に など波風の たちさわぐらむ」

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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店と客は対等:4にたくない人へ送ります。

店と客は対等、というのは「ラーメンの鬼」佐野実さんの言葉だそうです。

炎のラーメン職人・佐野実さん https://www.favy.jp/topics/29045

 

 

お金が存在する世界で、お金をめぐる「お店」と「お客」が生まれた瞬間から、両者の恐ろしいせめぎあいが生まれ。

改革開放前の中国では、お店の方が好き勝手に売ることができ。お客さんのほうで「おねげえしますだ!売ってくだせえ!」と必死に取りすがるのを「メイヨウ(没有=無いよ)」とにべもなく断ったりしていたらしい。その店員の後ろの棚には、買おうとしていた物品がちゃんとあったにもかかわらず。

これが先進国だと良くも悪くも競争原理が働き。「お客様は神様です」とか「モンスタークレーマー」とかの恐ろしい言葉が生まれてしまい。

なぜ、このような両極端になってしまうのか?

これは、売る側、そして買う側ともに原因があるのだと思います。

まず、売る側。

「売っている商品(サービス)について、お店自身が十分な知識もないままに、単にお金を得る手段としてのみ商品とお客をとらえている」のが一番根本的な原因と理解します。

「ブラジリアパン食紀行」で書きましたが、ダメなお店の一例について抜粋すると

「看板の名前が違うだけでどの店にいっても代わり映えがしない種類の、くたびれてまずそうな品々。決定的なのは店員さんの態度です。寂れていくお店では、店員さん自身が疲れており、いかにもコスト削減、なるべくいい加減に作って稼ぎを大きくしようとしている」

「店員の給料を犠牲にして1セント安くしたパンだ、四の五の言わずにとっとと買って帰れ」と、まるで憂さを晴らすようにお客さんに当たりちらす店になってしまいます。

次は、買う側つまりお客さん。

「買っている商品(サービス)について、お客自身が十分な知識もないままに、単にお金を費やす対象としてのみ商品とお店をとらえている」のが一番根本的な原因と理解します。

パンの場合でも、クッペ · ブール · フィセル · エピ · 田舎パンなどなどの、パンの知識なんて全くなくて、その辺のスーパーに売っているかび臭い食パンを、ここで買ったら5セントやすいぞ!と、みみっちい値引きでしか価値を計ることができない。

フランス大使館員とかが大喜びで通う、本物のパン屋さんはこんな感じ

https://www.facebook.com/LaBoutiquePadariaFrancesa/

 

 

これじゃあいくらいいパンを作っても売れなくなっちゃうわけで。佐野実さんがお客さんをどやしつけてしまう理由もこの点にあるのだと思います。

いきおい、あやしい健康器具とかを大金をはたいて大喜びで買ったり、ほとんどタダ同然のジャンクフードで、やれケチャップが足りないなどと店員に突っかかったりとかになってしまう。

でも、このくらいだったらまだましで、いかにもソフトな対応のお店で、お客さんも大満足!なのに、実はお客にジャンクをつかませて大喜び!という悪徳店舗もあり。

名前は伏せてもわかっちゃうと思いますが、某ファストフードで、「お手軽に、明るく。すべてがうまくいってます」という楽しいお店の雰囲気に浸って、でも肝心のハンバーガーは、はたして?みたいなケースもあります。

ここまでくると、キャバクラだので、とにかくお客をちやほやして、ポケットからお金をふんだくろう、というのとあまり変わらなかったりします。

 

 

でも、夜の女性の、心にもないお世辞を聞きたくて、そうゆう場所でお金を散財しまくるお客がいるから、そうゆう商売も成り立ってしまっているようです。。。。

さて、お客に怒鳴り散らす頑固なラーメン屋がいたとします。

パフォーマンスでやっているお店は、さびれます。だってラーメンまずいんだもん。

これが、おおおこれはすごい!親父は怖いけど、つい。。。というラーメン屋に、ついつい通ってしまう素敵女子の場合、ある日大将から怒鳴られるかわりに「つぎは香水なしで来な」なんておだやかに言われたりして。香水なしで行ったら、それまで気が付かなかった香りを持つラーメンだったことに気が付き。そのうち、大将と仲良く談笑する日々になっていたりします。

 

 

この時、本物のラーメンを知るお客(素敵女子)と店(大将)の対等な関係が生まれます。この客はラーメンのことがわかっている!と大将のほうで安心して、和やかになることができるのでした。

店と客が対等でなければ、人が死ぬ業界があります。

それが「航空機の整備」

ぼくは民間の日曜レジャーパイロットなので、空軍とかエアラインの整備の世界はわからないのですが、ぼくが乗っているような小さなEXPERIMENTAL単発ピストン軽飛行機では、小さな個人経営の整備工場に、オーナーパイロット自身が飛行機を持って行って整備してもらう、というのが普通であり。

練習生時代の鬼教官の親友に、佐野実みたいな「エンジン職人のおっちゃん」がおり。

おっちゃんに遭遇したのは、免許を取り、自分の飛行機を買って間もないころでした。

ぼくが鬼教官の生徒であることを知っているおっちゃんは、一見さんのぼくに対してもフレンドリーに接してくれました。この当時は全くエンジンの知識はなくて(今もそうですけど。ははは)、スロットル操作一つにしても、鬼教官の言うとおりの操作を、実はなぜそうするのかわからぬままにやっていた。そんな段階で、「鬼教官の言うとおりの操作ができるような」エンジンに仕上げてくれたのがおっちゃんでした。

おっちゃん

 

 

そのうち多少なりともエンジンの特性にパイロットとして適応できるようになってくると、たとえば「3600回転から4000回転までの間は、機体の特性でエンジンが震えるから、なるべくその範囲は使わない」などできるようになり。また「高回転のなめらかな状態でも、エンジンの振動が伝わりすぎて操縦かんとペダルがびりびり震えちゃう」のを感知できる感性が備わり、そうゆう話をおっちゃんにすると、おっちゃんはエンジンベッドのゴムを適度な硬さのものに取り換え、みごと振動しない感じにエンジンを調整し。そのかわり始動時にがぶりやくなったから、しっかりスロットル全閉の状態で駐機保管し、始動にも気を付けるように、など僕に対して注文も付けてくるようになりました。

つまり、ぼくの習熟度に合わせて、おっちゃんが「整備員とパイロット」の対等さを維持してくれたので、独りよがりな整備あるいは独りよがりな操縦にならずに、今日まで無事その辺を飛んでいることができているのだと思います。ううむ説明になったかな。。。。

空軍などでは、パイロットと整備員の、階級・職種を越えた対等さというか仲間意識を、緊急脱出のケースなどで垣間見ることができます。

自衛隊パイロットだったか?飛行中に機体のエンジン点検扉がぱかっと開いて、エンジンの推力がどんどん落ちてしまい。

脱出だ!でもあいにく市街地の真上で、ここで飛行機を捨てたら、機体が家だの学校だのの上におちてしまうぞ!となんとか滑空しながら洋上に出た。

しかし、その間に著しく高度を失ってしまっており。もはやパラシュートを開く高度がないため、そのまま海岸線だったか?に強引に不時着を敢行。

飛行機はさほど損傷はなく。でも衝撃でパイロットは死んじまいました。

その後、現場で機体の状況確認がなされ。脱出のための安全装置は外され、運悪く市街地上空でなければゆうゆう(でもないけど)脱出してパイロットは助かっていたであろうことが判明。

つまり、「安全装置は外すことができ、脱出はいつでもできた。パイロットは整備不良で脱出できなかったのではなく、自らの意志で脱出しなかったのだ」というメッセージを整備員に残していったという事ですね。すこしでも整備員の心痛を和らげようとして。

*類似の例は複数あり、やはり高度が足りないけれど、あえて脱出して「ちゃんと作動したよ!」としたケースもあります。この場合もパイロット二名は死亡しましたが。

お店の人もお客さんも、同じ人権を持った人間ですよ、と自然に尊重しあえる、そんな日が来たらいいですね。

ちいさな飛行機に乗っています

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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緊急投稿!安倍元首相銃撃にみる日本社会の病巣

今回はちょっとシリアスですが、お付き合いいただければ大変幸いです。

とても平和な日本なのに、元首相が手製の散弾銃で殺害、という、アメリカもびっくりな事態になってしまいました。

この事態が、日本にもたらす恐るべき教訓として、どのようなものがあるのでしょうか。

結論から言えば「日本は、国民の生活が保障され、人権が尊重された福祉社会がある国家だという考えは、実は幻想だったのかもしれない」ということです。

人権が保証されず、社会の歪みにねじりつぶされそうになった弱者の叫びが、今回の犯罪となって噴出したのかもしれません。

といって、今回の犯人は、虐待されているのでは?と懸念されているベトナムの技能実習生ではなく、帰化した韓国人でもなく。元自衛隊員という、国家の安全を守る、模範的な、思想健全・身体強健であるべき日本人でした。

自衛隊員だったのは10年以上も前だよ?という意見には同意しかねます。

剣道を始めたとき「稽古はしていなくても、剣道の精神はずっと持ち続けなさい」といわれ、持ち続けるよう努力しています。日々の生活で「剣の理念を修練し、心身を錬磨し、礼節を尊び、信義に重んじ、そして自他の繁栄につながる」ことを、もちろん未熟ながらも、意識するよう努力しています。

災害派遣で身を挺して働く自衛隊員も、自衛隊の人助けの精神は、除隊して何年たっても忘れるという性質のものではないと言いたいのです。

災害派遣で活躍する自衛隊の仕事とその作業服に注目してみよう!

 

 

どのような組織でも、犯罪者が生まれるのは避けられない。

「税金ドロボー」と自衛隊をそしっていた昭和の昔でも、一方で国民は、町のこまった「非行少年」たちをまっとうな男に立ちなおらせる、叩き直す、育てあげる頼もしい組織としてひそかに敬意を払っていたと思いますし、だからこそ、現職の幹部がインクカートリッジを銀蠅した、というはくらいともかく(これも懲戒で済むか?ですが)、元隊員が、平和な日本で銃器をぶっぱなし首相をぶち殺す、という事にショックを禁じえません。

ちなみに、ぼくも元自衛隊員の人を知っています。決して聖人ではなく、殴り合いのけんかもする人ですが、「人殺しはしない」というふつうの常識を誰よりも持っていると理解します。

「人殺しの訓練をする組織」において「殺すという事が日常化する危機」に、二等陸士から陸士長までの3年間真摯に向き合ってきたからだと思います。

つまり、模範的な日本人でも元首相を殺すという事です。

なにが言いたいのかというと、日本は決してアメリカやブラジルに比べて高等な国ではないという事です(下等ともいっていません)。

銃社会のアメリカでは、大統領暗殺なんて一種(と予防線を張ったうえで)日常茶飯事です。

リンカーン暗殺

 

 

でも、銃のない平和な日本では、元首相の安倍さんだけだよ?とはいかず。

歴代64名のうちの6名が暗殺されています。多くは戦前ですが、戦前も戦後も鉄の治安が保たれていた日本で、こんなに多く死んでいたの?と皆さんも驚いていると思います。

ブラジルなんて、発砲沙汰の犯罪がたえないんだってねー。はいその通りです。

でも、日本でも起きていることが明示されました。

実は氷山の一角で、チャカを使ったやくざ同士の消しあいはもっと多数起きており、ブラジルのファベーラ(無法地帯)とそう変わらないのではと考えます。

ここで強調したいのですが、この原稿は、決して日本を貶めるために書いているのではありません。

日本は、本当に「何も問題はありません。すべてはうまくいっています」という国なのでしょうか、という事を問いかけたいのです。

経済恐慌、凶悪犯罪蔓延の国のボルソナロ大統領が生き延びて安倍さんに弔辞を贈るという信じられない事態が現実になっていた。

ボルソナロも、残る任期でどうなるかわかりませんが。

 

 

山上容疑者の供述ですが「母親を苦しめている宗教団体のボスを標的にしたかったが、いなかったので安倍さんに変更した」という、何じゃそりゃ?という動機での犯行になっています。

うがった考えをすれば「意味不明の動機を持った自衛隊上がりの狂人の、偶発的犯罪」という事で片付けたい、という誰かの悪だくみが透けて見えそうです。SPの人たちが、いかにも「汗をかいて努力しましたが、間に合わなかった」みたいな、これも見方によっては国家権力のだれかに「防ぐふりをして殺害をほう助しろ」とでも言われていたのではないのか?

と果てしない疑惑が浮かぶのですが、状況・物的証拠がそろわない以上、たんなる『とんでも論』の域を出ないので、ここではそちらの説はとりません。

となると、山上容疑者が、本当に宗教団体を恨み、精神錯乱してしまった、という事になります。

決して楽ではない、前期・後期教育課程を得て、3年間防人として勤務し、一人前の男として鍛え上げられたはずなのに、その強靭な精神を病んで、凶行に走らせた日本の社会とは、それこそどこまで病んでいるのでしょうか。

人権が保証され、人道的な生活ができる、本当の先進国だったら、「母が宗教団体に搾取される」という事態が起こりうるでしょうか。

8050問題、電車に飛び込んでしまう人、会社にいけず公園で一日を過ごす人など、実は身の毛もよだつ社会問題が満載の、絶望的なプレッシャーにさいなまれ。山上容疑者も、こうしたプレッシャーで壊れてしまった被害者なのだと思います。

自殺防止のための青色灯

「青い光の奇跡」青色照明で駅や踏切での飛び込み自殺激減

 

 

死者に鞭を撃つことはしませんが、日本の政治家の皆さんに、日本が本当の民主国家に生まれ変わるにはまだまだ遠いこと。そして、生まれ変わるための鍵の半分を握っているのはほかならぬ政治家であることを自覚いただく、重要な事件だったと理解します。

そして、生まれ変わるための鍵のもう半分を握っている日本国民のみなさん。今日の日本の社会のすがたは、どこまで持続できるのでしょうか。日本は世界と違うから安全なんだ、という神話が崩れ、日本もアメリカと同じく、国民が国のリーダーを射殺する国なんだ、という目覚めから、日本人も外国人も同じ人間、世界のみんなと仲良く、つまり外国からの労働者の受け入れなど、もっと実現可能な課題として考える時期に入っているのかもしれません。

ぼくはブラジルという国に住んでいます。人種のるつぼ、混血のるつぼですが、それだけに日本人のことも理解してくれるし、ブラジルではロシア人もウクライナ人も韓国人も日本人も、みんな仲良しです。同じ国の人なのに、貧困女子だとか、ニートだとか、生活保護だとかで蔑視するようなことはあまりありません(このブログを読んでいる人たちのことではなくて、心無く社会的に弱い立場の人々を中傷する人たちがいるという意味です)。

もちろんブラジルでも生活苦で自殺する人はたくさんいます。でも、豊かなはずの日本で、なぜ自殺するの?というのがブラジル人の正直な感想です。

問いかけだけではなく、実は、解決策もあるのです。

「仕事をしないと生きていけない社会だから、仕事のためというエクスキューズさえあれば、何をしても許される」という常識がくつがえる必要があるのです。

 

 

覆す方法は2つあって

1-日本のリーダーである政治家が、本来の姿と模範を見せること。長くなるので、こちらの記事に書いています。→平時なのに戦時医療の切り捨て政策を強行する政府

2-政治家がどうだろうが、国だの政府だのに頼らず、自分自身で自分の安全を確保する(社会的弱者から脱出する)→こちらの方が自力本願の真の解決ですね。その方法はこちら→アーリーリタイア・経済的自由

結局、我々は、資本主義という、金がすべての世の中に生きていますが、幸い、金さえあれば、韓国人だろうが日本人だろうが人種で差別されることなく生きていける世の中になっています。「お金なんて」と逃げずに「お金を確保して愛のある生活を守り抜こう」と、前向きに考えていただければと、願っています。

ではでは。

Posted by 猫機長
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富の寓意画:最後に愛は勝つ

シモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」

この絵は、人間にとって財産、お金がどこまで重要なのか、そういったとても大切な問いかけを、アレゴリーすなわち寓意でミステリアスに伝えています。

というわけで、この絵に込められている愛のメッセージを紐解いてみましょう。

まず、画面の中央にすわるご婦人。なんとなくオーギュスト・アングル的な構図ですね。

ご婦人は下から高価そうなネックレスを掲げる天使に目をむけています。一方で、天に向けて指を指し示すもう一人の天使を脇に抱えています。

ご婦人は、月桂樹の冠をかぶっており。つまり、ご婦人自身が美の象徴でもあるとのことです。感性、道徳といったもののお手本となるような「仁と愛とに富む婦人」です。

そのご婦人に宝石を差し出している天使。子供のくせに悪いやつで、宝石だの貴金属だので、ご婦人を堕落させようとしています。

でも、ご婦人は、冷徹、冷ややかそのもののまなざしで誘惑を拒否しています。「道徳」にとって、「世俗的な富」なんて大した価値はもちませんよ、と示唆。

一方、道徳を象徴するご婦人が大事に抱えているもう一人の天使。こちらは、天、すなわち神の世界を指さしています。地上に散らばる宝石に比べて、目には見えない神への信仰(現代日本的に言えば、親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観)こそが大切なんだ!と示唆しています。

そして、ご婦人は天を仰いている天使を選んだのでした。

へえーやっぱりお金なんて、愛の前では無力なんですねー

偉大な愛の力が現実生活でどうなるか。

一例行ってみます。

無料で読める「駒が舞う」https://www.sukima.me/book/title/BT0000377890/

から抜粋。

将棋日本一を目指す少年2人の地方レベル決勝戦

右のメガネの少年は、この一戦に勝てば「会社の将棋部の管理」だったか、就職して家族を極貧から救うことができる状況。

その家族は、極貧のため妹のチヨちゃんが思わずパンを盗んじゃいます

 

 

チヨちゃんが妹と知らない対戦相手の少年(こちらが漫画の主人公)は行きががり上チヨちゃんをつかまえてしまい。

 

 

チヨちゃんのなりいきを心配して眺める主人公。その家が決勝相手のメガネくんの家だったことに気が付き。

 

 

メガネ君はがめついパン屋のおっさんを撃退

 

 

妹チヨちゃんをしばくメガネ君

 

 

でも心優しいお兄さんだったのでした

 

 

見てはいけないものを見てしまった主人公

 

 

というわけで、現実世界では、いくら愛があってもお金がなければ万引き、DVという犯罪の世界に落ちてしまうのでした。

犯罪の世界に落ち込まないためには、どんなブラック企業でも我慢してお金を稼がざるを得なくなり。はっきり言って愛もへったくれもない、ハラスメントの世界に巻き込まれ。「愛こそすべて。お金なんて」と言っている人に限って、知らないうちに、血も涙もない金の奴隷と化してしまっていないでしょうか。

では、どうやって金の奴隷、社畜でこき使われる地獄を抜け出すのか?

それこそがシモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」の、まさに寓意によって明確に指示されているのです。

もう一度、この絵の判読をしてみましょう。

「真相はこうだ」

シモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」

 

 

まず、画面の中央にすわるご婦人。

月桂樹の冠をかぶった美の象徴でもあり、感性、道徳といったもののお手本となるような「仁と愛とに富む婦人」です。ここまでは別に変更なし。

問題は、ここから先である。

そのご婦人に宝石を差し出している天使。子供のくせに悪いやつで、宝石だの貴金属だので、ご婦人をお大尽の放蕩生活に堕落させようとしています。素直に、現実世界で重要な意味を持つ資産のもろもろの象徴をわかりやすい形でご婦人に提示してくれています。

そのご婦人は、冷徹、冷ややかそのもののまなざしで誘惑を跳ね返しています。道徳にとって、世俗的な富なんて大した価値はもちませんよ、と示唆。仏様のような半眼の慈愛に満ちたまなざしで、これらの宝物をみつめています。現実世界の経済的な裏付けが、いかに美徳・道徳の成立に重要な基礎となっているかを見事に示唆。

一方、道徳を象徴するご婦人が大事に抱えているもう一人の天使。こちらは、天、すなわち神の世界を指さしています。地上に散らばる宝石に比べて、目には見えない神への信仰(現代日本的に言えば、親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観)こそが大切なんだ!と示唆しています。一見非の打ちどころのない価値観を振りかざされて「国、会社、上司に滅私奉公しろ!犠牲になれ」とだまされ、息も絶え絶えになりなからも、白目をむいて天(お上)を崇拝している社畜じゃなかった天使。そんな偽善の被害者、カモネギになんてなるな!と見事に示唆しています。

このあと、ご婦人は社畜天使をえいやー!と放り投げ、財宝を高配当株やインデックスETF、リートなどに変えてしっかり不労所得を稼ぎ、ゆとりある生活を盤石にしたのでした。

なああんて!

シモン・ヴーエが生きていたら、絶対お礼参りにくるだろう。

でも、死人に口なし。くやしかったら、化けてでてみろー!

ただ、ヴーエの援護をするとすれば、この絵のおばさん(ご婦人)は実はおばさんでなく、翼の生えた天使であるということです。

つまり、おばさん自身が天使として、上記での親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観をすでに持っている。

だから、ありあまる富を持っても、それをみんながほわほわ幸せになるように生かしていく。

そのためにも、富は重要なんですよ、というのが、この絵の最大の教訓かなと思います。

ちなみに、よく「想像力がありすぎる」とか怒られます。

想像力ではなくて、これまで生きてきていろいろあり。ときどき不思議な白い光が見えるのです。今回は、天を指さしている天使の目つきから、インサイトが来てしまいました。

白目をむいています

 

 

この天使は、ペコちゃん焼きになってしまっているのである。

ペコちゃん焼き?

飯田橋神楽坂に、不二家さんというお店があり。たい焼きみたいな、なんていったら怒られるかもしれせんが、そんなかんじの「ペコちゃん焼き」を売っています。

包装では、とてもかわゆいペコちゃんが。

日本でここだけだそうです。

 

 

ところが、ペコちゃん焼き本体は

白目をむいて泡を吹いてるぞ!うああああー

 

 

たい焼きみたいに、頭からかじると、ゾンビに脳みそを食いちぎられて泣きわめく少女になるのでした。ぎゃああー

スプラッター菓子。

*とてもおいしくて、大好きなお菓子です。念のため

「富のアレゴリー」の天使も、はっきりって目つき悪いですよね。こうゆう目つきをしていて、天の啓示を受け取れるのだろうか?それこそ「天の啓示という名の偽善にだまされるな!」というシモン・ヴ―エさんのメッセージが、この「スプラッター天使」に込められていたのでは、なんて、かえってそういう啓示をうけました。

もちろん面白おかしく、ウケ狙いですが、個人的に思うのは、この絵は単にステレオタイプの「愛がすべて」という絵じゃないぞ!おばさん、そして天使たちの表情に、なにか一段奥深いメッセージがある、と感じ、今回の記事とさせていただきました。

愛は勝つ

ではでは。。。

 

 

Posted by 猫機長
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ポルシェくんのステアリングギアボックス交換

クルマ好きの中で、60年代や70年代のヒストリックカーで集まり、当時さながらのレースを楽しむマニアがいますが、最近では、そのオンボード画像をようつべで視聴できるというすごい世の中になってます。

以下は、Spaというからにはベルギーかな?(温泉のことじゃないよ)での、ルマン耐久出走車を集めた親善レース?の動画です。

この当時のクルマの特徴として「全然まっすぐに走ってくれない」「カーブでめちゃくちゃ安定性がなくなる」ので、動画でのレーサーのハンドルさばきを見ていると、カーブのみならずストレートでもステアリングを修正しまくっています。まあ現代のF1でも似たようなものらしいが。

これは時速200キロの世界ですが、ポルシェくんのステアリングが、街乗りの時速40キロでもこんなうふうになっちゃった、ので修理することに。

修理工場で、ポルシェ君をジャッキアップ。

あんのじょうステアリングギアボックスが摩耗して、ハンドルの遊びが大きくなりすぎていたのでした。

ポルシェくんのフロントサスペンション機構。赤丸がステアリングボックスです。

ステアリングボックスの拡大図はこんな感じ

左の透視図は出展:http://jornalailha.com.br/2017/10/02/folga-na-direcao-do-fusca-e-normal.html

右はポルシェくんからはずしたやつです。

①がステアリングシャフト(ハンドルとつながっている)。その先端には③ウオームギアで④ボックス内の定置ギアをまわし、連動して回転する②ピットマンアーム軸を通じて車軸側のステアリングアーム機構を操作しています。

ポルシェくんの場合は、上記③が摩耗して④との隙間ができてしまい。その摩耗も一律ではなくイレギュラーなので、まっすぐ走るにもめちゃくちゃハンドルを右左、だけでなく、カーブの途中で突然車の向きが変わっちゃうなんてやばいことになっていたので、この修理で大幅改善できました。

修理自体は、③のウオームギアを交換するだけで済むはずだったのですが、ブラジリアではポルシェくんみたいな「怪車」のギアボックスを分解できるウデのいいメカニックは存在せず。新品のギアボックスをサンパウロから取り寄せてボックスごと交換しました。

新旧ギアボックス

以下、交換風景。

新品のギアボックスをフロントサスの定位置に設置したところ。

下から。ピットマンアーム軸が見えます。

こちらはまだ交換前。ピットマンアームの固定状況が見えます。

ギアボックス自体は隠れて見えませんが、前輪の機構はこんな感じです。

装着後を上から見たらこんな感じ(交換してから1か月後に思い出して写真に撮ったので、早くも汚れが出ています)

さてステアリングギアを取り換えたはいいが、こんどはキャンバーとトーインを修正しなきゃ。。。

自動車の車輪には、まっすぐ走れるよう、

トーやキャンバーという角度がついています。

というわけで、別の工場へ。

ジャッキアップして、車軸にセンサー装置取り付け

探知機とモニター

画像の赤い半円が緑になるまで調整。かなり規定値をずれていたらしい

調整は車の下から行います。ジャッキアップしたのはそのためです。

ほんとうに完璧にするには、ステアリングダンパーの交換や、いろいろなパッキンなど、ステアリングを超えたフロントサス全般の更新が必要ですが、今回の修理で安全に走れるようになったのでとりあえず良しとします。

ちなみに、ポルシェくんは356レプリカで、今回のステアリングボックスもVWビートルのものを流用しているなど、メンテは比較的簡単のはずなのですが、それでも、「怪車」にランクされているらしく、なかなか精通したメカニックを見つけるのに苦労しました。

ポルシェくんやビートルは、基礎設計が1930年代から50年代というのもあり。まっすぐ走ってくれない、ブレーキが効かない、ヘッドライトが弱すぎて夜は前が見えない、などあるのですが、運転そのものがとても楽しい、ふしぎな車です。

古い方のステアリングボックスは、あとで分解して遊びました

最後に、ブラジリア名物 IPE Branco(日本名パオロペあるいはノウゼンカズラ)の花が咲く季節に撮った写真を掲載します。こちらは「旧車の集い」の記事にも載せてますので、お立ち寄りいただけたら幸いです。

ではでは。。。

Posted by 猫機長