みなさんご存じのダンボ。象のくせに、耳をばたばたさせて空を飛ぶという、ガメラも卒倒するような怪獣です。
巨体をものともせず空をのし歩く姿から、第二次大戦で使われた大型救難機もダンボと呼ばれるようになりました。
欧州戦線、太平洋戦線と広大な海が戦場となり。洋上でやられて海に不時着とかパラシュート降下とかの事例も続出した。
最初は、もよりの飛行艇とかが出動するみたいな感じだったが、そのうち専門のダンボ部隊が結成され、潜水艦などと連携して落っこちた搭乗員を救出するようになり。サイパンから日本への爆撃では、経路に沿って3隻くらいの潜水艦を派遣しておき、さらには飛行艇を飛ばして、やられた爆撃機が送信する救難信号や座標軸を潜水艦に転送するなり自分自身が急行するなりして救出にあたった。
こうしたシステムの整備により、1943年の数か月において、ガダルカナル戦域で161名が救出されたというから大したものです。

カタリナ飛行艇 https://wallhaven.cc/w/l8dpqr
しかし、事はそう簡単ではなかった。
確かに「今回のプロジェクトはこの空域で実施します」ということで、事前に索敵機を飛ばしておき、落っこちたやつがいたら現場で急行し発見するというところまではなんとかなった。
問題はそこから先だったのである。
別に積乱雲とかもなく、青い空が広がっている、という場合でも、波の高さは3メートルでした、なんてケースも多く。
現在の最新飛行艇US2のキャッチコピーが「3mの高波でも着水できます」であり、実はそこまでいかなくても、飛沫にペラをたたかれて離水不能になったとか発生しており。
海というか、水は恐ろしい破壊力を持っているのです。
皆さんが軽飛行機で海沿い(川沿い)を飛んでいたとして、エンスト・不時着だ!となったら、なるべく岸辺沿いの陸地に落ちるようにしましょう。僕は泳げるからいいよ、という問題ではなく、機体が接地したとき、土の衝撃力をまあまあ猫のトイレに敷き詰められた砂のレベルと見立てた場合、水面への激突はコンクリートの壁に正面衝突するのに匹敵するそうです。
猫のうんちがネコ砂に軟着陸するのと、コンクリートに激突するのを思い浮かべていただければ納得と思います。
これが何を意味していたか。
せっかくカタリナ飛行艇が、海面にぷかぷか浮かんでいる爆撃機クルー数名を発見したとして、波の高さが3メートルもあれば、もはや着水は不可能であり。
水面のクルーが疲労困憊で、泳いでいることもできなくなり、お母さーん!くぷくぷ。。。
と、一人、また一人と沈んでいくのを、なすすべもなく見守るしかないのだった。
船のくせに着水できない飛行艇。どうしよう。。。
着水できないのなら、代わりに救命ボートを落とせばいいじゃん、ということになり。
運搬能力に勝る陸上機で増強されることになった。
みなさんご存じB17爆撃機から、機体下面のボールタレットやチンタレットを外し、代わりに救命ボートを縛り付け。

救難機型B17 パブリックドメイン
爆撃機としての積載量は5.8トンくらいのところ、救命ボートは1.5トンくらいなので、重量では余裕よゆうだが、変なものを機体の下にぶら下げたので、操縦性はほにゃららだったらしい。やりにくいくらいのレベルで済んだそうですけど。
例によって情報ソースにより数に大きなばらつきがあるが、数百機のダンボ救難型B17が太平洋及び大西洋で活躍し、戦争終了までこれも数百名の人命が助かったらしい。
B17に装備された救命ボートは、木製あるいはFRP製で「A1」または「A3」と呼ばれ、イギリスで開発されたものをアメリカでも使用した。
「泥船」じゃ困るので、穴が開こうがどうなろうが沈まないよう、ボート自体に浮力材が充填されており。
全長は9メートルほどということで、だいたいゼロ戦の全長と同じくらい。
エンジンがついていて自力航行可能。800キロくらいまでなら余裕の航続距離があったらしい。
10人から25人くらいの収容能力あり。10人が2週間生存できる量の水と食料を積んでいた。
その他、日差しや波の飛沫を遮るための防水テントや天幕、救急医療キット、釣り道具、膨張式枕、寝袋などあり。
うらやましい限りの豪華な装備ですねえ。
ここで「インパール」という言葉が脳内にこだましてしまうのは私だけでしょうか。

前谷惟光「ロボット三等兵」
しかし、やはり事はそう簡単には運ばなかった。
海面にゴムいかだで浮かぶ数名の搭乗員を発見し、救命ボート投下だ!

F4Fに搭載された救命いかだ。
F4F-3 life raft PRINT for F4F-3 Wildcat in 1/48 by Eduard 8591437571109 | eBay
といっても、全長9メートル、1.5トンの巨大な物体を、ただ投下では、それこそ海面にぶち当たってみじんに砕け散ってしまうので、パラシュートで降下させた。
しかし、パラシュートという風まかせの物体を介在させてしまったため、いくら救難機側で努力しても、風に流された救命ボートは、搭乗員たちの浮かんでいる海面よりはるか遠く、といわずとも、相当遠くに着水ということになってしまい。
筏で死にぞこなっている遭難者側では、動けないやつを残して、動けるやつが海に飛び込み。必死になって救命ボートまで泳いでいくことになり。
たどり着きさえすれば、エンジンを起動させて、仲間のところまでいけるぞ!
しかし、思ったより疲労は激しく。あわれ救命ボートまでまだ遠いのに、おかあさーん!くぶくぷ。。。。と沈んでしまうのだった。
筏に取り残された仲間たちも、なすすべもなく救命ボートが潮に流されて視界の外に消えてしまうのを見守るしかなく。
ついに絶命だ!の寸前に潜水艦が到着し、文字通り九死に一生を得た、ということもあったようです。
有名な巡洋艦インディアナポリス撃沈のケースでは、なぜか救難が遅れ。最初に到着できたのはカタリナ飛行艇だった。
その時の波高は4メートルに達していたそうで、規定上着水はできないはずだったのですが、海に浮かぶ多数の船員たちがフカに食われて、ぎえええーと鮮血を噴射して4んでいく光景を目の当たりにした機長はじめクルーは着水を断行。
衝撃でフロートだかエンジンだかをやられたか?なんとか機体は無事だったが、離水は不可能な状態に。
それでも、機体内部といわず主翼の上といわずとにかく助かりそうなやつを詰め込んで、なんとかフカの餌から逃れようと絶望的な努力を繰り返しているうち、やっと潜水艦が到着して助かった、ということだったらしい。
ちなみに、日本の艦爆乗りが、落っこちて海面を数日間か漂流し、日本のタンカーに発見されて奇跡的に助かった、という恐怖の体験について以下のリンクにあるので、ぜひご一読を。

艦爆搭乗員を救った日本郵船のタンカー「玄洋丸」
最後に、なぜ欧米、とりわけアメリカはこうした救助システムを構築したのか?
人道的な理由がなかったとは言いません。しかし、実態はもっと残酷でえげつないものだったのです。
飛行機だの空母だの、機械については、アメリカは湯水のように生産・消費できる。ドイツや日本がせっせと撃破してくれれば、その分を補充するグッドイヤーだのジェネラルモータースだののアメリカ企業は大儲けし、笑いが止まらないのだった。
一方、パイロットや搭乗員の養成には、単に操縦だけでなく、やれ気象だ航法だ通信だと時間がかかり。その間飯も食わせにゃならんし、戦争遂行のために最も調達が難しく、維持管理もめんどい部品だということに気が付いたのである。
プラス思考で見れば、人間というものは、戦闘で勝とうが負けようが貴重な戦訓を記録し、次の戦闘に生かす決定的な教訓を身をもって体験し伝達していくという重要なデータベースかつ教材でもある。
というわけで、ともかく撃墜されようがまだ助かりそうなやつは片端から助けて、次の戦闘に蹴りこむという行いに及んでいたのである。もちろん救助側で余裕があれば、助かりそうにない奴も拾いますが、戦時医療であり、武器として修復可能な奴をまず回収して再利用するということらしい。
記事が荒んできたのでこれでやめます。戦時医療が正当化されることのない平和な世界が訪れることを祈っています。

A-3救命ボート パブリックドメイン
ではでは
