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「風の時代」のスタート。仕事とお金はどう変わる?

2020年の12月22日より、西洋占星術による判断では「風の時代」がスタートしたそうです。

220年に一度の大変動として、これまでの常識が一変する新たな時代になったらしい。アストロロジーという古代からのビッグデータに基づいた先人の知恵が「もう後戻りできない大変動が始ってしまったのですよ」という見解を示したことになります。

西洋占星術では、200年ぐらいで「火、土、風、水」と時代が変わってゆき。1800年頃から2020年までは「土の時代」だった。

「土の時代」の象徴は「物質主義」

物質、物理、科学優先の世の中だったということである。

その特色は

―目に見えるモノによって価値基準を決定した

―所有物や年収の金額などでランク付けがなされ、勝ち組と負け組が生まれてしまった。

―負け組になると衣食住にありつけることができなくなり、餓死などの危険が現実化してしまうため、人々は勝ち組になるため必死に闘争した。

―勝ち組のシンボル:巨大な邸宅(タワマン含む)、高級車、ブランド物のファッションなど。そしてこのシンボルを持つことができるのは地獄の競争を生き抜いたビジネスオーナー、医師や弁護士など。会社においては出世して高い地位につくことが生き残る前提となった。

―上下関係がこの時代のエッセンス。肩書や学歴、年功の序列、本人自身というより、どんな組織に所属しているかによって人間のランクが決定され、「その他大勢」は社畜の運命に。

と言ったところでしょうか。

要するに、「土の時代」は「権威による、恐怖を原動力とした強権的支配の時代」と言ってもいいかもしれん。

では、「風の時代」はどうなるか。

―上下関係は瓦解する。命令されて動く人間はいなくなり、人々はそれぞれの適性に沿って自ら生活を切り開く(すべての責任は自分にあることが前提になる)

―物質によるランク付け、社会的地位によるランク付けはなくなる。キャデラックもスバル360も個性が違うだけで同じく尊い自動車であり、どちらが高級かという概念そのものがなくなる。イケメン、美人という概念がなくなり「すべての個性は美しい」となる。

―貧困の恐怖によって統制され、いやいやながら生活のために強制的に働かされる、という人々はいなくなり、好きなことに没頭することで生活していく人々が増えてゆく。

つまり、「風の時代」は物質に束縛されずに、わくわく!を基礎に生きてく時代になる、ということらしい。

ふむふむそんなにバラ色なのか?

ハッピーではあるのですが、そこに行き付くまでに意識革命や技術革命が必須である。

で、それぞれ行ってみます。

1)意識の革命

労働しなければ生きていけない、から、労働するしないに関わらず、基本的人権(衣食住含む)は保証される。にみんなの常識が進化する必要がある。

「働かざる者食うべからず」という常識があるから、どんなブラック企業でもしがみつかざるを得なくなってしまうのです。

「風の時代」は、お金にしがみつく必要のなくなる時代ということらしい。

これは、お金が無くなる、ということではなく。お金は存在し続けますが、「お金が不足するために地獄の底に落とされることはなくなる」ということです。

そこに行き着く方法とは、これまでにない働き方が生まれたこと。そして労働由来でない所得が再発見されたこと。ユーチューバーとか、SNSとかE-コマース(TaobaoにWechatなど)、トークンエコノミー・代替通貨、ソーシャルレンディングに金融投資など、要するに既成のインフラ、会社組織、権威に頼らないでも個人同士のネットワークや市場で直接取引、契約、報酬のやり取りができるようになった。会社員でも、テレワークによって、会社という存在から物理的に分離されても、むしろ自宅で仕事することによってコスト削減かつ各社員がフラットな個人経営者として仕事ができることが明らかになった(ただし、各個人の自覚が前提であることはいうまでもなし。命令されないと何もできない、という人は消え去る運命にあります)。

つまり、今後テレワーク的な労働、配当などの不労所得、そして最後には、後に記載する技術革新で、人々はお金の心配から解放され、自分の情熱を傾けることのできるなにか(労働と報酬)を選んで仕事にできるようになるということですね。。。。

とういうわけで、

2)技術革新。

これは「AI世界征服」「ベーシックインカム」などの記事で書いたので、そこから抜粋、修正して記載します。

エッセンスは「生産手段として、AIの方が人間より優秀となる時がくる(シンギュラリティ)」。その時、いろいろ生みの苦しみはあっても、AIによる生産で得られた余剰利益によって、人々はベーシックインカムで生活できるようになる。

ちなみに、200年ごとに火→土→風→水と進化しているということは、昔にも風の時代があり、その当時(1186~1425年ごろ、鎌倉から室町時代)にはとくに風だからって目立った特徴ないじゃん、藤原さんから源さんに支配者が変わっただけで、お上(武家だろうが貴族だろうが同じ)にどやされる庶民の生活は土の時代と同じだよ?と思う人もいるでしょう。これは、同じ「風の時代」でも、その時代における人類の進化(物質・精神両方)に応じてそのあらわれ方が違ってくるためです。

つまり、火→土→風→水とくるくる回りながら、人類は螺旋状に進化してきたのであるが、いっぽう、ルネサンス以前の世界の進化度合いはものすごくゆっくりであり、実は火だろうが水だろうがあまり変わり映えはしなかった。

上からは、ぐるぐる回っているだけのように見えて、

しかしスプリングのように、らせん状に進化は続いている。

しかし、地理上の発見、産業革命そしてAIと続く近・現代史の怒涛の変革にあわせ、直近の「火→土→風」では、かなり劇的な変動が浮き彫りになっています。

労働とお金、について大航海時代(以前含む)から現在までを考察すると

◎火の時代(1500頃~1800頃):「貴族と奴隷」つまり人間の形をした家畜(奴隷、農奴など)が生産して貴族(教会、武士、絶対君主などなど)が管理するという世界だった。でも、家畜の維持管理は大変ということに気づきます。畜舎の維持もあれば飯も食わせにゃならんし、病気になったら薬も、と次から次へコストが絶えず。

◎土の時代(1800頃~2020年):そこで考え出されたのが「自由な労働者」です。どこへ住むのも働くのも自由。でも衣食住は労働者が自前で確保しなければならなくなり。一方「雇用主」は賃金だけ払えば生産施設の確保・維持向上だけですみます。この形態を可能にさせたのは産業革命などで生産性が上がり、労働者に自分の時間とお金を与える余裕ができたことが需要なファクターです。

◎風の時代(2021年~):自由な労働者、つまり社会保障が高額で投資(給料)当たりの生産性が低い人間より、従順、優秀で安いAIロボットがあれば、人間なんていらねーや!ということになり。人間にはお客として機能するように「ベーシックインカムでも食わせておけ!」となってゆく。要するに一種の所得再分配ですね。

2020年の今日「奴隷労働があったなんて信じられなーい!人間は自由に労働できる権利があるのに!」と言っている人々も、2040年ころには「労働しないと生活費が獲得できないなんて信じられなーい!人間にはだれでも飢え死にしない権利があるのに!」なんて言っているかもしれません。

ただし、何度も繰り返しますが、これは政府だのなんだのがあなたを養ってくれるということではないのです。あなたが、自分自身の意志、意見、希望をはっきり持って社畜・奴隷の境涯から自らを解き放ち(収入の川)、同じく自由な、自らの意志をもった(十牛図)人々と交流し、互いに学び、影響しあう中で、お金のことを気にせずに生きていける時代がすぐそこまできているぞ!ということなのだと思います。

ラファエロ「アテネの学堂」

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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命の値段が安すぎる日本。生きる権利を大切にしよう

以前、コロナワクチンの導入というお題で、ブラジルのほにゃららで支離滅裂な対応について投稿しましたが、実は日本も。。。。と思い当ってしまったので、記事にします。

江戸時代、「現状維持の伝統墨守政策」により天下泰平を得ていた日本ですが、その間、下剋上の戦国状態だったヨーロッパでポルトガル、スペイン、オランダ、フランス、オーストリアそしてイギリスが「仁義なき覇権争い」でボコりあい。その過程で科学、工業を大発展させたため、動脈硬化した日本は取り残されてしまい。黒船来航で植民地化つまり「下級国民として使い捨ての奴隷労働になってしまうぞ!」という危機にさらされ。必死に文明開花し、日清、日露と恐ろしい戦争に無理矢理勝ちぬいて生存権を獲得しました。

しかし、ここで恐ろしい不条理が正当化されてしまいます。

それは「科学の遅れを人命で取り返せ」。

日露戦争で旅順要塞の戦い、というのがあり。「203高地」という映画で見事に描写されていますが、べトンで固めたロシアの要塞に、日本は小銃に着剣して「とつげきー」と繰り返し、機関銃の餌食になって死体の山を築いてしまいました。結局坑道といって敵の射界に入らないように塹壕を掘り進めるとか、強力な大砲を持ち出して援護射撃するとかで要塞陥落に至るのですが、彼我入り乱れる状況で砲兵は敵味方見境なく砲弾を撃ち込み(味方を避けようとはしただろう)やっとロシアの機関銃を制圧することができたらしい。日本側は兵器が足らず(機関銃に至っては持っていなかった)、かわって多数用意できた人間つまり兵隊に敵弾を吸収させるという人海戦術で補った、というのが真相らしい。

203高地の惨劇。https://www.youtube.com/watch?v=-fi0ywmmGZY

ただ、これは日本の専売特許ではなく、独ソ戦のソ連がそうだったらしい。「突撃か、強制収容所か」と強要されたソ連兵は、我先にと突撃していったそうです。

要するにひっ迫するとどんな非道な手段も正当化されてしまうということですね。。。

以前書いた繰り返しになりますので要約しますが、日本軍は「お前らの代わりはいくらでもいるが、馬の代わりはいねえんだ!世話をやかせるんじゃねえ!」と、古年兵が馬用の鞭で初年兵をぶったたたく、そういう世界でした。

食うや食わずで戦地に放り出された日本兵たちはコレラなどに罹患してしまい。で軍の幹部がどういう命令を出したかというと、重病の兵を民家のなかに詰め込んで、逃げられないように戸や窓を封鎖したうえで、民家に火をかけさせて文字通り「焼却による滅菌」をしたのでした。屋根のすきまから、元気な兵がせめてもの。。。と水筒を小屋の中に投げ入れた、などの記載があったと記憶しています。すみませんこれらの記事はまだ子供のころに読んだものが多く、出展を示せないのですが、一字一句同じでなくても中国戦線などで事実起きていたことと理解しています。

さて、戦記で必ず出てくる日本軍の蛮行ですが、民家に押し入り食物等を奪う、というのは日常としてあったらしい。ただ、日本軍だけではなく中国軍もあまりかわらず、そもそも中国3千年の歴史で、戦乱時はどの時代の軍隊も行ってきたらしく、中国ではそれが普通となってしまっていたようです。それに日本軍も便乗してしまった(生きるために便乗するしかなかった)。

この状況を、「中国では300名くらいの人の命なんてふっと消えて草もなびかない」といった人もいたようです。

この時点で、「個人の命なんて何の価値もない」と身をもって思い知らされてしまった日本人が大量に生産されてしまいました。

戦争が終わると、こんどは廃墟から復興しなければ生きていけない、となり。ないない尽くしの日本がつぎ込めるものといえば、やはり「人の命」でした。

「うまくいった社会主義」「ジャパンアズナンバーワン」とおだてられながら、「奇跡の戦後復興」を成し遂げた日本。しかし、それは「滅私奉公」「終身雇用」つまり、実は共産諸国の強制収容所における無期懲役と変わらない「24時間戦えますか」の世界に否応なくけりこまれてしまっていたことに他ならず。

日本人の家を訪問した外人さんは「ウサギ小屋に家電やDAISOグッズがあふれかえっている」と驚くそうです。しかし、真夜中だろうが休日だろうが「企業戦士」はあまり家にはおらず、社員旅行だのカラオケだのと政治家が喜ぶ消費活動に給料をつぎ込み、半死半生で家に帰るわずかな時間も「みんな残業しているのに申し訳ない」と、うろたえたように過ごすので、あふれかえる世界最先端の家電もろくろく使う暇も気力もない、という状況になってしまい。

パブなどで、夜の女性の心にもないお世辞を喜んでしまっていませんか?

上司やお客さんに、心にもないお世辞がすらすら出てしまっていませんか?

その時、あなたは心を持たない虫になってしまっているのかもしれません。

 

明治維新このかた、日本は「軍隊アリの群」になっていたと理解します。

軍隊アリは「イナゴの地上版」とでもいうのでしょうか、20メートルにもわたった密集したアリたちの集団が絨毯のように地上を移動してゆき、前途に見つけたものは人であろうが猛獣であろうが寄ってたかって殺してしまう。

軍隊アリ。出展:https://ikimono-matome.com/dorylus-army-ant/

 

その軍隊アリが川に行く手をはばまれたときどうするか。

アリたちは、アゴでくわえあって巨大な「いかだ」状態になり、川に乗り出す。そして、ぷかぷか浮かびながら向う岸まで流れ着くそうです。

しかし、その過程で一定数のアリが、仲間の踏み台になったりしておぼれちゃうらしい。

仲間の犠牲になって溺死するアリたちは、特攻兵のように「家族のため、恋人のため」と悩みながら死んでいったのでしょうか。

永遠の0 https://www.youtube.com/watch?v=_SD62kSz7ws

 

はっきり言って、アリの神経組織や脳(に該当する器官があることはあるらしい)の作りでは、そこまで思考する意識活動はできず。要すれば本能に従って川に飛び込み、そのまま死んじゃうらしい。

つまり、勇敢に見える軍隊アリですが、人間と違い意識がないのです。

そして、人間から意識を消し去って、単なる昆虫にさせたのが戦争中の日本政府だった。

コロナ禍の今、日本の政府はどんなでしょうか

出展:https://note.com/hyamaguchi/n/n0c60c7292ec3

日本という絨毯を構成するいろいろなセクターについては細かく配慮していますが、それらセクターを構成する個人個人の命については、どうでもいいやあ!いくらでもかわりはいるもん!ということなのだと思います。

戦慄したのが、とある企業の「なんとか島移転」で、テレワーク、在宅勤務による対応が叫ばれるいま、在宅勤務ではなく、会社全体を「なんとか島」に移転し、だからみんな一緒に行きましょうね。となっています。厚生施設も完備してますよ、だから24時間会社人間でいましょう、という念の入れようです。

東京にマイホームを建てた社員とか、子供の学校とかおかまいなしです。一説では東京を出られない社員をリストラする手段でもあるとのことです。

つまり、軍隊アリの絨毯を、絨毯ごと集団疎開させて3密を死守したいらしい。なんとか島が大感染源のクラスターにならなければよいですけど。

東京に大地震が起こることを予見して、あらかじめ避難しようとしているのか?

また3000字を超えました。コロナ禍を真正面からとらえ、がっぷり四つの在宅勤務恒常化に進んでいる企業も存在します。欧米の第2波を迎え、巣ごもりの必要性はさらに強まっているのではないでしょうか。コロナ禍は、日本人が軍隊アリから個人の人間に戻る得難い機会かもしれませんね。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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今年の不労所得総決算。コロナより為替にやられました

年の瀬もいよいよせまり。怒涛の2020年、資産状況がどんなかなーというのを振り返ってみます。

まず、なにより大事な毎月のインカムゲイン、すなわち、リートの配当、債券の金利など、投資した資産たちが生み出してくれる所得のことで、仕事しようがしていまいが自動的に入ってくる「不労所得」の情況について。

1月当時の月収インカムゲインを「100」とすると、

3月のコロナ暴落勃発まで 100のラインで継続

暴落だ!4月には早くも   70に減少

6月に底打ちしました    67。ほとんど半減か?

7,8月に横這い      69くらい。

9,10月に回復してきた  79くらい

11月、全面的に回復   100に復帰

12月、さらに上昇    101くらい。へえー!

でも12月に上がったのは、年末の余剰利益分配とかもあるためなので、来月からまた下がっちゃうかもしれない。かなしいな。。。

暴落時に底値でリート買いまくったのが収入回復に役立ちました

ちなみに、とある日本企業でのリーマン生活を継続しています。でもこちらの給料は年収200万円にも満たないし、不労所得ではないので上記の計算には入れていません。

というわけで不労所得に戻り。具体的金額で行ってみます。

毎月のリート配当などで口座に入ってくる金額のうち、もちろん生活費と健康保険の「2大固定費」を引いた、「再投資できる金額」は、

今年一年累計で3.605.523円 (レートは1レアル=20.529円/12月11日)

毎月300,460円

ということで、ほんとうにぎりぎり「投資額毎月30万円の確保」を死守だ!

一方、総所得つまり労働所得(給料)と不労所得(リートなどインカムゲイン)すべて含め、「収入の川」理論で図解にするとこんな感じ。

ブラジル在住なので資産はすべて現地通貨のレアル(R$)建てですが、恐ろしいのは

●2020年1月1日のレートが1R$=27.046円

●2020年12月11日のレートは1R$=20.529円

ということで、なんと25%レアルが安くなってしまった!

つまり円建てでの資産価値が75%に減ってしまったということである。

でも、わりとのほほんとしています。

それは

①現地で資産構築している限り、現地通貨で順調に増えていれば恐れることはない。(「お金儲けの神様」邱永漢さんも「いちいち為替レートを気にするな」と言っているし。。。)

②そして、25%の下落為替相場でも、日本円にして「毎月30万円の投資可能な不労所得」が出せた。まあこれは実利的などうこうより、精神的な安堵の方が大きいですが。

③不労所得で投資に回せた360万円と、リーマン奴隷労働の給料200万合わせて560万。一方で、自家用機のエンジンTBO(分解修理)他、臨時の出費で100万とんだかな、ということで、460万円が投資できた。つまり、これは資産総額に460万円の増加ができたということである。なんて資産総額が25%減なので「焼け石に水」ですが。

まあ、為替にやられた分は、5年くらいかけて為替が元に戻るのを待ちます。ははは

以上から、わりとのんびりしています。

ここまでは今年の振り返りですねー来年はどうなるかな?ワクチンで相場や経済がガタガタするでしょうが、スペイン風邪みたいな大災害にならなければ、ブラジルでは横ばいから回復になり、為替も安定、と祈っています。。。

さて、今回はまだスペースもあるので、ちょっと飛行機操縦について載せて終わりにします。

お題はやっぱり「失速訓練」。ははは

まずは、十分安全な高度まで上がっていきます。本来200フィート以内の降下で完了させる動作ですが、ぼくはなるべく地上1000フィートまで上がってからやるようにしています。

エンジンオン・ストールとエンジンオフ・ストールがあります。ここではエンジンオフのほうをやってみます。

エンジンをほとんどアイドルまで絞って、機首をぐっと、でもおだやかに上げていくと、スピードが落ちてゆくとともに、垂直か?みたいな所で機体が震えだし、すとんと機首が下がります。これが失速です。

このときどちらかの翼がぐらりと傾いて落ちそうになるので、反対側のラダーを踏んでおっとっと、と水平に保つのがコツです。このときおっちょこちょいに操縦かんで修正しようとすると、アドバースヨーが発生してきりもみになっちゃうので、操縦かんは引っ張った状態のままであくまでロールは中立に保つのが鉄則です。

この後は引っ張っていた操縦かんをもどし(左右は中立を崩さない)、降下して速度が上がるのに合わせてスロットルを入れ、なるべく高度を落とさずに水平飛行にもどります。日曜飛行士にはちょっと怖いが重要な訓練ですね。

もっと詳しい記事を「失速訓練。失速できないと飛べない理由」に掲載しています。

失速訓練の動画。ぼくはチキンなので、ぬき足さし足の失速になってます。動画だと穏やかですが、実際に操縦していると、ふわーと操縦かんに手ごたえがなくなり、機首が真っ逆さまに地面に向いて、こわいぞ!

経済も失速は今年で終わり、来年からは、急上昇とはいわず、穏やかな空を緩やかに上昇、みたいになればいいですね。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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アドセンス広告収入:振込住所確認が来たぞー

ホームページ作成の楽しみの一つに、アフィリエイトでお小遣いを。。。というのがあります。

アフィリエイトのかんたん概念図。

まず、①広告主が「アフィリエイトサービスプロパイダー(ASP)」に広告依頼。

②ASPはブロガー(アフィリエイター)に広告提供。

③ブロガーは、HPに広告を貼り付け。

④読者がクリック、あるいは広告製品購入し、⑤利益発生

⑥この利益がASPからブロガーへ還元。

ちなみに、ASPとしては楽天、A8、afbなどなどあり。アドセンスとアフィリエイトはちがうぞ!という人もいますが、どちらも広告収入です、ということで、細かいこと言わんと!進めさせていただきます。

もちろんプロのブロガーみたいに「アフィリエイト収入で億り人」というのではなく、HP作成や更新そのものが趣味であるところに、プラスアルファでアドセンスも、という感じです。

要するに、パチプロではなく、ちんちんじゃらじゃら、という玉打ちそのものをほどほどに楽しむ、という感じですねー。

ううむたとえが悪かったか?

というわけで、ぼくもHP開設と同時にGoogle Adsenseに申し込みしました。

アドセンスというのは、コンテンツ連動型広告配信サービス、というふうに考えたらわかりやすと思います。ほかにも楽天とかAmazonとかいろいろな企業がアフィリエイトを提供していますが、ぼくの場合は

◎そもそも海外在住で、海外作成ながら、でも日本人向けという悩ましいサイトで、日本で日本人が日本語の広告をクリックしたその報酬を、ぼくの居住地の通貨で、居住地の銀行口座に振り込んでくれる

というのが実質アドセンスしかなかった、というのが決定的な理由でした。すごいぞアドセンス!

で、アドセンス申請しました。

ぼくの場合はすでにグーグルアカウント持っていましたが、持っていない人はまずこのアカウント開設が必要。いろいろなリンクから作成できるようですが、例えば

https://support.google.com/accounts/answer/27441?hl=ja

などから可能と理解。

こんな感じの画面が出るので、指示に従い開設。

で、いよいよアドセンスですが、こちらは

https://support.google.com/adsense/answer/7402253?hl=ja

などをご参照。

こんな画面が出てきます

で、めでたく登録が終わったら、いよいよ審査が始まり。これがなかなかめんどく、かつセンシブルですが、特にやばい内容のサイトでなければ合格できるらしい。ぼくのHPでは、2週間くらい審査にかかったかな?でも一発OKでした。よかったね。。。。

さてアドセンスに合格すると、HPの画面に広告が表示されはじめます。

上のは、隠れた人気記事「逃げ切り計算は重要だが、逃げてはいけない」の画面ですが、左下に緑の四角があり。これが広告です。この広告がクリックされるとポイントになり、一定のポイント数に達すると報酬として換金してくれるらしい。

ちなみに、ぼくはブラジルでこのHPを管理なり閲覧しているので、時たまブラジルの広告が出てきたりします。これはアドセンスのほうで、AIにより閲覧者のIPかな?から、閲覧履歴などを分析して、もっとも興味を引きそうな広告を自動的に選別しているということらしい。つまりアメリカ在住者だったら、HOOTERSの宣伝が出てきたりして、とか。

おなじページを下の方にスクロールしたら、

ちゃんと日本の広告も出てきました。

というわけで、収入になる以前に、広告が出てるだけでもいっぱしのブロガー・HP管理者になったみたいで、わくわくしながら毎週の記事更新とかを楽しんでいました。

*ちなみに、広告料がとある金額に達しないと、払ってくれません。その金額までたまったら送金してくれるシステムです。

そんなある日、アドセンス管理者よりメールで連絡が。

「ご対応のお願い: AdSense のお支払い先住所の確認が必要です」と題して

こんなのが送られてきました。

ごちゃごちゃ書いているけれど、要は

◎広告料を支払いするために必要な住所を教えろ→→→わーい、いよいよ送金額に到達か?

と喜ばせておいて

◎今回は住所確認のための金額で、支払いが許可される金額ははるか上である。→→→えええー悲しいな

と突き落とし。

さらには

◎確認のために暗証番号(PIN)を郵送したから、ちゃんと受け取って入力するように。とある期日までに入力しなかったら、アドセンスは停止する

と脅迫されてしまいました。

ぎゃあああー!どうしよう!

もともと郵便事情がほにゃららなブラジル。コロナ禍で、行方不明となる郵便も多数発生しているのに、ちゃんと地の果てブラジリアまで届くのだろうか?

アドセンス側は「発送してから3週間くらいかかります」としており。うあああ3週間もどうしよう、と毎日ブルーの日々。届かなかったら?

届きました。

2週間かかりませんでした。すごいぞGoogle!

さっそくわくわく、戦々恐々と開封。

「ひみつ」のところに大きく暗証番号が書かれていました

さて、アドセンスの管理画面に行って、いよいよPIN番号の登録。

ところが、登録画面に

「3回PINの入力に失敗したら、PINは失効します」

なあんて書いてあり。

ぎゃああー!システムエラーで認識してくれないとか、3回くらい十分ありえるんじゃね?

通信事情劣悪の途上国ブラジルで、一発必中の入力。「とー!」

一発で認証してくれました。

というわけで、再び安心して広告いろいろの画面を見ることができる日々に。

なあんて、一週間したら「PIN登録に失敗しました」なんてメールが来たりして?

やっぱり戦々恐々としながらすごすのでした。しくしく。

なお、HPに広告を載せることの本当の利点は、広告収入ではなく、世界中の(あるいは日本中の)大企業から無印の新進企業まで、「お前のサイトやブログは、うちの会社の広告を載せることができるしっかりしたブログだ」という意思表示をしていただいている、ということであり、つまり、ぼくのサイトは常識的で、公序良俗つまり善良な風俗や倫理に従っているよ!と認めていただいている、という点にあると思います。

これからも、楽しくてためになる、そんなサイト・ブログにしていきたいと努力しています。

HOOTERS。どきどき!わあああーい!

出展はhttps://www.atpress.ne.jp/news/182166

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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超写実絵画に見る写実の本当の価値

ホキ美術館という、電車か?みたいな名前の美術館があり。

電車ではなく、貨車でした(ホキ2200)

出展:100yen – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0,

https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=8249281による

「超写実主義絵画の襲来」というすごい展示があったらしい。下記サイトをお知らせします。

https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/20_choshajitsu/

この展示の「見どころ」というところに、「それぞれの画家が表現したい想いが込められた作品は、ただ細密に描かれているだけでなく、写真や映像とは違った存在感を醸し出します。」とありました。

で、どんな細密な絵が出展されているかというと(いずれも上記サイトからの引用)

五味文彦 《いにしえの王は語る》 2018年 油彩・パネル

 

森本草介 《未来》 2011年 油彩・キャンバス

 

島村信之 《オオコノハムシ‐擬態‐》 2014年 油彩・キャンバス

 

いずれも写真ではなく、絵画です。すごいな。

偉そうですみませんが、こうした超写実の勃興はとても良いことだと思っています。

もともと絵画(の主流である西洋美術)は、聖書の物語、ナポレオンなどの英雄そして自由や平等などの価値観の寓意化・擬人化から出発しており。マリア様だろうが自由の女神だろうが、本当に存在している人間のようにリアルだ!だからこそ、物語や英雄が真実以上の実在として見るものを圧倒し、インパクトを魂の奥底に刻み付けることができた。ルネサンス以降の絵画は、イコンみたいな記号ではなく「迫真の写実」が基本中の基本でした。

ところが、写真が発明され。最初はピンボケ、白黒だった写真も、鮮明なカラーへどんどん発展してゆき。いくら技術の卓越した画家でも、画質はもとより、新聞だの雑誌だので何万部を一気に複製できる写真には物理的に追いつくことは不可能になってしまいました。

そうした趨勢から、焦点がぼやけているように見えるけれど、楽しく光たちが踊っている印象派絵画、一つの画面にいろいろな視点からみた映像をぶち込んだキュビズムなど、具象の分解・再構築が始まり。カンディンスキーに至って、点と線と面のコンポジションへ移行し、具象よりも色、形そのものの構成で一つの作品を構築するようになった(音符が集まって一つの曲になるような感じ)。

カンディンスキーの「コンポジションVIII」

ここで美術は具象(写実)から解放されたが、抽象となると、何でもありのやばい世界に陥ってしまうことも発生し。

単に絵の具をぶちまけただけの絵。気味の悪い化け物とか、汚らしい意味不明の模様だけの絵。これらの絵をみて、確かにすごいインパクトはあるのですが。それはホラー映画を見て絶叫しているだけみたいな?という気がします。

じゃあ、カンディンスキー以後の流れをくむ「本物の抽象」と「抽象もどきでお金を稼いでいるだけの絵」の差はどうやって見分けるのでしょうか。

その1:チェスのお話

ゲーム開始時点では、上の写真のように4行のスペースで白と黒のそれぞれの陣営が分かれています。

チェスの場合、将棋と比べて盤面が小さい(将棋は9列X9行、チェスは8列X8行)などあり、駒どうしで押し合いへし合いになり。いかに自由に駒を動かせるスペースを作るかが勝敗を左右するという特色があります。

つまり、いかに早く下記の青い四角の中をコントロールできるか。そのためには下記の赤い四角を制したものが勝つ!ということがわかってきました。

というわけで、西洋絵画の基本が写実だったように、チェスでは上記の赤い四角内にポーン(歩)を進めて「センターをコントロールする」のが基本の基本となりました。

伝統的なチェスの開戦状況。白、黒ともにポーン(歩)でセンターを確保し、ナイト(馬)等で支援している。

ところが、写真の登場で写実ががらがらぽん、と瓦解したように、「ハイパーモダンな遠隔戦法」が発明されて、中央突破は神通力を失ってしまいました。

写真では、白が伝統的な中央進撃、黒がハイパーモダンなナイトによる遠隔操作です。アリョーヒンという人があみだした戦法です。

でも、これって、へたくそな初心者がテキトーにナイトを繰り出しただけじゃね?

まさに「自称抽象画と言いながら実はキャンバスを汚しただけだった」みたいに。

アリョーヒンさんが、この「馬送り戦法」を繰り出したとき、誰もがそう思ったのですが、中央を確保して絶対優勢のはずの白陣営がけちょんけちょんにやられてしまい。

「これって、きまぐれに馬を置いたんじゃなくて、ここに馬を置いたからこそ勝つというセオリーがあるんじゃ。。。」と気が付きました。

つまり、白が中央に置いた駒を、黒は遠くから袋叩きにして自由を奪ってしまい、逆に戦局をリードしていたのです。

この馬は、中央の呪縛から逃れて、かえっていきいきと活躍している。

まさに、具象の呪縛から離れた絵画のように。

抽象画でも、本物であれば「アリョーヒンさんの馬」みたいに裏付けがあり、あるべきところにあるべき線、面、点そして色がおかれ、過不足のない、エッジの立った、迫力のある、要するに「名作という意味でのすごい絵」になるのです。

その2:「筆が勝手に動いて、そのあとに説明がくる」。その筆を動かすものは?

アバンギャルドな絵画の革命をもたらした始祖鳥の一人に、サルバドール・ダリがいます。

ダリ「建築学的ミレーの晩鐘」

この人は「子供の時、突然友人を5メートル下の川に突き落とし、重傷を負わせた」「そのあと、母親が必死で手当てしている横で、にこにことサクランボを食べていた」みたいな「相当壊れた人」で、長じても絵画よりパフォーマンスのほうで有名になっちゃった。

真面目な表情の写真がないことはない

インスピレーションで勝手きままに絵をかきまくり、「説明はあとからついてきた」というタイプですが、そんなダリでも次のような名言を残しています

「昔の巨匠のように素描をし、描くことを学ぶことから始めよ。そのあとで自分の思うようにすればいい。そうすれば誰もが尊重するだろう。」

「もし、君が現代アートはフェルメールやラファエルを超越したと信じるなら、その至福の愚かさに固執しているがいい。」

つまり、

「勝手気ままな筆の動きでも、その動きには必ず裏付けがあり。その裏付けには昔の巨匠の筆遣いが生きている」

ということですね。

また書くスペースがなくなってきちゃった!要するに何を言いたいのかというと

◎抽象画を理解するには、抽象画という結果ばかり見ていてもだめ。抽象画の由来(基礎)である  写実絵画を見まくる必要がある。

◎写実絵画を見まくると、細かいデイテールに隠れた「絵の核」が見えるようになってくる。抽象画は、この核だけを抽出してぶちまけた絵であるため、抽象画を見て、核が描けていればほんもの。描けていなければただの「しみ」です。ははは

◎十分に写実画を見る目が養えたかどうかは、超写実絵画のどこが写実を超えているか見分ける力がついたかどうかでわかる。

超写実の一例:

このパッケージのポテトチップは、写真ではなくて絵なのだそうです。

写真だと、どうしてもちょっと黒ずんだ点があるとか、見えないくらいだけど欠けちゃってるとか、チップの微妙な曲がり具合で見栄えが落ちちゃうとかがあるらしい。

つまり、「超写実絵画」になっていて、写真を超えた「パリッとおいしい」を表現している。

そして、この絵だけが表現できている「パリッとおいしい」を見抜ける人は、「パリッとおいしい」をお題にした抽象画を見た時、うあああーとそのエッセンスに打たれる、という体験ができる、ということなのだと考えます。

エッセンスに打たれる。

れんげではなく、れんげですくったスープに打たれています

最後はラーメンになっちゃいました。この絵の出展は「ラーメン人物伝―一杯の魂1」です。

もちろん僕も抽象画なんて全然意味不明だぜーのレベルですが、写実画をいっぱい見て、抽象画鑑賞力のレベルを上げていきたいと思っています。

このお題は、この記事一本ではとても説明しつくせないので、姉妹記事をまた別にアップさせていただきます。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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死ぬかと思った

人間生きているといろいろな目にあい。

とある土曜日、早朝の心和むフライトでその辺を飛んできました。

朝6時の飛行機格納庫(ハンガー)。

まぶしい日差しが差し込んでいます

 

こんな飛行機に乗っています。Rans Super Coyote、「こよーて」と呼んでいます

 

快晴の空をとびました

 

で、帰ってきたのが朝8時半くらい。

滑走路近くでサーマルが発生しており、滑走路アプローチ(降下)途上でちょっと揺られましたが、まあまあスムーズに着陸でき。のこのことタクシーウエイをつたって、無事に格納庫にたどり着いたのでした。

この時点では、あの恐ろしい事故が起こるとはつゆも知らず。

早朝5時からいろいろ準備してきたこともあり、ビールを一杯、フランスパンを食べたら眠くなり。いい感じでデッキチェアでうとうと、ぐーぐー寝ていました。

左が「愛のパン」というお店で買ってきたくるみパン。近くの日本食品店であんパンも買ってきたよ!

 

デッキチェア

 

と、突然格納庫に「わぎゃあああー」とひげむじゃらの怪物が躍り込む夢を見。ふぎゃぎゃぎゃーと飛び起きてしまいました。

こんなかんじ

 

よく見たら、飛行場管理人のお兄ちゃんでした

なかなか働き者です

 

にいちゃんのただならぬ様子にこちらも一気に目が覚め。

「一体どうした?嫁さんがひきつけでも起こしたか?」

それがね。。。。と話し出したところによると。

ぼくがその辺を飛んでいるあいだ、お兄ちゃんは近くの、と言っても田舎なので車で15分くらいの場所にあるスーパーへ買い物に行き。

ぼく「ふんふん、それで?」

おにいちゃん「なかなか大安売りで、お肉や野菜を一杯買ったんだよ。カートが一杯になっちゃった」

ぼ「ふんふん、それで??」

お「で、気が付いたんだけど、ぼくスクーターで来てたんだ。とても積み込めないから、レジのお姉さんに頼んで見張ってもらっている間、こっちにもどってきたんだよ」

ぼ「ふむふむよくわかった。それで、その話と私に何の関係があるのだ?」

お「それでね、きみの持っている車なら買い物全部積めるから、ぼくと一緒にスーパーに取りに行ってくれない?」

一瞬沈黙が流れ。

ぼ「ふんぐおー!人がいい気持で寝てるところを叩き起こしたうえ、運送屋かい!ゆるさん!いてまうで!ごるあああああーーー!!!」

お「早くいかないとお肉が腐っちゃうんだ。お願いだからたすけてー」

とまで頼まれればいやとも言えず。

しゃあないので自家用車「ポルシェ君」でスーパーまで行くことにしました。

ポルシェ君。VWベース、356A カブリオ―レの

レプリカ(つまりにせもの)です

 

さて、管理人のおにいちゃんと二人してスーパーへ。

ちきちきちきちき。。。とエンジン快調だったのですが、とあるカーブを抜けたとたん

ビシッ!

とフロントガラスがめちゃめちゃに割れてしまった?

こんな感じ

 

半狂乱になって叫ぶおにいちゃん。「ぎゃああー事故だー!死ぬ!死にたくないー!ぎええええー!」

そういう情けない悲鳴を聞くと、かえって落ち着くもので。ポルシェは、ちきちきちき。。。と元気よく走り続けており、幸い誰もいないまっすぐな一本道で、他の車との衝突や路肩転落の恐れもなく。そして、冷静に観察すると、一面ひびが入ったフロントガラスながら、前がまだ見えるじゃん、と一安心したのでした。

こんな感じ。ゴッホの絵か?

 

いずれにしろ、肉が腐っちゃわないうちに取りに行かなきゃ。。。と、お兄ちゃんをなだめて、そのままスーパーへ。

もともと人目を引くポルシェ。フロントガラスがめちゃめちゃになったまま「お買い物です」と駐車場に侵入したため、他の車が怖がって逃げていくとか、好奇の目が集まるなかを、でもサイレンと回転灯をつけた取り締まり当局の作業用車両がいなかったのが幸いで、そろりそろりと、ヒビの入ったフロントガラスが風圧で飛び散らないように気を付けながら帰ってきました。

ちなみに、車内はお肉や野菜、お米などでいっぱいになり。貧乏だ、大変だ、と言っている割には、食い物とかゴージャスにいいもの買っているなあ。。。

人のいいお兄ちゃんは、この時点で「悪いことをしてしまったー!買い物にぼくをひっぱり出したばっかりにー!」と意気消沈。でも、ぼくとしては「割れるならちょうどいいときに割れてくれたぞ!これでお兄ちゃんにタダで修理してもらえるぜー!」と内心ほくそ笑んでいたのです。

ゴッホ「オリーブ園(1889年)」

で、修理です。

といっても、ポルシェ356Aなんて1950年代の車ですから、フロントウインドーなんてなかなか見つからず。あーでもないこーでもないとネットなどで探して、クラッシクカーのフロントウインドーを特注で作る業者2社をなんとか探し出しました。2社というのは、1社目は、「ポルシェ356ね、取り扱ってはいるけど、356のウインドーはすぐ割れちゃって取り付けにくいんだよねー」などと、のらりくらりと逃げ回られてしまい。2社目のRAROVIDRO社のほうは、たしかにすぐ割れて、取り付けにくいが、寸法がわかれば。。。。ということで作ってくれました

Rarovidro社:https://rarovidro.com.br/

 

この寸法というのが曲者で、基本上下の長さ(下の写真の矢印)がわかれば左右の長さはそれに対応しているから計らんでもよい、ということだったのですが、この時点でかなりガラスが吹き飛んでしまっており、本来ゴムのラバーに入っていた(差し込まれていた)のは5ミリ?10ミリ?と謎だらけなうえに、業者さんからの情報では、ラウンド型の356フロントウインドーでも、レプリカの年式によって寸法は3種類くらいあるらしく。えいやーと計って業者さんに連絡しました。

 

その後3週間くらいかな、ウインドー到着。ちなみに、こういう業者はブラジリアみたいな田舎にはなく、すべからく南方1010キロのサンパウロからの取り寄せです。ウインドー自体のお値段300ドルに、運送料50ドルかかり、泣きました。

ウインドー到着。ここまでで破損発生から4か月経過。

 

さあやっと装着だ、ということで、まずは割れたウインドーを取り除き。

 

車内に飛散した破片を掃除機で吸い出します。

清掃など終わった状態のポルシェ

 

今度はウインドーの準備です。

どうやら寸法は間違っていないようだぞ。。。。

 

ラバー取り付け

 

 

そしてついに装着。

 

なんて書くとすごくあっさりしていますが、ラバーにしろガラスにはめ込むのにものすごく苦労し、はめ込んだしりからぶにゅ、なんて外れちゃったりして、さらに苦行だったのは車体へのはめ込みで、右が入れば左が外れ、といってへんに叩いたらガラスが割れちゃうぞ!と、やじ馬で遊びに来たクラブのパイロットを引きずり込んで3人がかりでうんしょ、うんしょ、と朝から晩まで、日が落ちて真っ暗になるころ、ようやくはめ込みに成功したのでした。

でもなんとかこれで7カ月ぶりに走れるようになったぞー!放置されている間1回だけバッテリーに充電しましたが、ちょっとセルがぐずついて、キャブも少々ポンピングしたくらいで無事エンジンがかかり、いまのところぼこん、なんてウインドーが外れたりせずに乗ることができています。

画面左上の赤い箱が、コンセントの220Vをバッテリーの12Vに転化する

バッテリーチャージャー。だいたい8時間から12時間くらいの

スロー充電でセルが良く回るようになります。

 

今回、石が当たったようにも見えず、原因不明のオカルトな割れ方でしたが、はっきりいって、怒りとか落胆とかはなく、ある意味安堵しているところがあります。

なかなかかわゆいポルシェ

 

これが車でなくて、こよーて(自家用機)の飛行中に、バードストライクなどでこよーてのウインドーが飛散したら?サンパウロからのウインドーの取り寄せにかかった費用などは、見えない世界への税金と考えて、ポルシェ君がこよーて君に替わって今回の事故を引き受けてくれたというふうに思っています。

こよーての着陸。ようつべでご視聴ください https://www.youtube.com/watch?v=DUUxuoGdlks

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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損切りをしていると資産はできない

時々、「猫機長はどういう基準で損切りをしているの?」と聞かれます。

ぼくの答えは「損切りはしてません」です。質問した人は目が点になります。ははは

たとえばリートについて。

1999年から2019年まで20年間1度も売ったことはなく。(2019年になって 2度売りましたが、損切りではありません。こちらの記事をご参照→イワシの群れを追い散らす)

えええリートって、そんなに順調にふえていくの?損切りしなきゃなんて場面はないの?

いやいやいっぱいありますよー例えば不正増資の密告があり、取引停止を食らったあげく、3か月後の取引再開時にはほとんど株価半額に激減なんて銘柄(MFII)もあれば、違法建築の密告で営業自体が危殆に瀕した銘柄(SHPH)など。コロナ禍で営業中止を余儀なくされ、配当0が何か月も続くことになったショッピングセンター関連銘柄など、この20年間でいくらでもありました。

でも損切りなんてやってないもーん。

その結果、不労所得だけで生活・再投資できるようになりました。

なぜ損切りしないのに資産崩壊が防げたのか?

それは簡単です。損切りしなくてもよいような投資をすればよい、ただそれだけのことです。

というわけでやっと本題です。

損切りしないで済む投資、には3つのアプローチがあります。順次説明します。

 

第1のアプローチ:個別銘柄からの視点

「ここまでさがったら、売るぞ」ということが損切りの基本です。

でも「ここまで」というのは人それぞれで、ある人にとってはまだ大丈夫でも、別の人にとっては「わああたたき売りだー!」と、要するに市場の現実というより、投資する人の都合で決められてしまっています。

ここがポイント。「ここまで」が0になってもよい銘柄(言い方を変えれば、0付近まで落ち込んでも倒産せず生き残って行ける企業)を買えばよいのです。

さっきのMFIIをグラフで見てみます。

7月17日の取引停止から、10月19日取引解除の時の推移。

わああ半減だー!損切りだー!とせずに我慢します。

すると、半年程度で回復しさらに上昇したのでした。

というわけで、損切りした人は、最安値で損害確定しただけで終わったことになります。

ところで、その後コロナ暴落があり。

もう一度がくんと下落した2020年3月19日ころからの推移は以下の通り。

この時に損切りしていたら?

さいわいぼくの場合3月19日にR$84,69でしこたま買い込んだら、後で暴落時の最安値だったことが判明しました。この記事を書いている9月2日時点ではR$125.00まで上昇しています。(そしてHP掲載日の11月20日時点で、R$137,85と、コロナ暴落前より高くなりまいた。へえー!)

上記全体の推移は以下のグラフに。

このグラフで、2回の落ち込みを見ることができます。1回目が取引停止騒ぎ。2回目がコロナ暴落。

史上最大のブラックスワン(恐慌)と言われるコロナ禍でも、取引停止騒ぎの半分くらいしか落ち込んでいません。取引停止措置が、いかに壊滅的な打撃だったかがわかります。

しかし、ここで「損切りだああー!」とやってしまった人は、「損切りしたために資産崩壊を招いてしまいました」。

ぼくの場合は「へへんなにが取引停止だ!0になるならなってみろー!」とBUY&HOLDを貫いたので、被害にあわずにすみました。

なぜHOLDできる自信があったのか?

ここが超重要ですね、つまり「MFIIは優良銘柄であるがゆえに競争相手にボコられ、今回の密告→措置がイジメの決定打だな」ということがわかっていたからなのです。つまり「アンチMFII」に告発されましたが、あんのじょう重大な法律違反はなく、多少の規則上の不備を修正したのみでめでたく取引再開となりました。

ぼくはチキンなので損切りしないだけにとどめていたのですが、取引再開のパニック下落の折、大喜びで買いあさっていた猛者も多数いたのです。

この教訓から、コロナ暴落の時はぼくも買いあさる方に回ったのでした。はははは

つまり、最初から「ボコられたくらいで倒産するような銘柄は買うな」ということです。

では、倒産しない、を通り越してMFIIのように「ボコり返す」恐るべき銘柄を見つけるにはどうしたらよいのでしょうか。

その方策をこちらに書きましたので、熟読ください→「ボコられている銘柄を探せ!」

もちろん、MFIIにしても、明日倒産しないという保証はありません。なので、優良な銘柄複数で分散投資は必須ですよね。当然すぎますが念のため明記しておきます。

 

第2のアプロ―チ:インカムゲインとキャピタルゲイン

以前の記事で書いたように、投資のリターンは元本そのものの上昇によるキャピタルゲインと、元本はそのままで利子、配当によるインカムゲインがあります。

これは投資好きの人ならだれでも知っている基本情報ですが、悲しいかな圧倒的大多数の人がリスクばかりで安定しないキャピタルゲインしか見えなくなっています。

リートの例(MFII)でいえば、上記のとおり2018年10月19日にR$71,58だったものが、2020年の1月24日にはR$136,66に上昇しています。この株価そのものの変動差益がキャピタルゲインです。

ところが、この同じ期間に、MFIIは毎月配当を配っていました。月により変動はあるにせよざっくり1株(口)あたりR$1.00。つまり、この15か月間では,R$15.00の収入があったことになります。この期間のキャピタルゲインは1株R$136,66-R$71,58でR$65.08ですが、この金額は元本を売っちゃわないと手にれることができません。配当の方は寝ていても毎月入ってきます。

これが、1株でなく5000株だったら?毎月R$5,000.00(10万円くらい)が何もしなくても入ってくるのです。

つまり、みんな保有している株数があまりに少ないので、安定したインカムゲインのありがたみがわからず、キャピタルの変動で儲けようとして、あわれ暴落、となってしまうのです。

保有している株数がある程度に達すれば、配当で毎月の支出が賄えるようになるので、元本の変動は気にならなくなり。元本価格が何らかの理由で破壊されようと、企業ファンタメンタルズがしっかりしていれば、配当は安泰。損切りだああ!などと絶望的な安売りなんかしないで済むようになります。

 

第3のアプロ―チ:投資銘柄ポートフォリオの組み方。

これも簡素化して説明しますが、①ホテル、観光、航空会社など、人の移動で儲ける企業の株、と②Eコマースつまりインターネットなどで買い物から何からすべて「巣ごもり状態で解決できます」をうたったIT関連企業の株、があったとします。

近年の「11年来の米国好況」で観光などが躍進しており。①群の株は高騰していたのですが、コロナ禍で一気に失速。逆に地味で目立たなかった②群が一気にスターダムにのし上がったのでした。

というわけで、①は損切りすればいいのでしょうか?いえいえ、単に購入ストップすればいいだけの話です。

問題は「今はトレンドがこうだから①だけにしよう」「でも今度はああ変わったから②だけにしよう」というゼロサム思考で、これにとらわれることが危険なのです。

①の株で、配当が50円もらえ、②も同様50円だったとします。

①②バランスよく持っていれば、普通の経済状況で50+50=100円もらえます。

ここで、コロナ禍だ!①は0円になってしまいました。

でも②が100円になりました。差し引きで配当100円継続。

もちろん、そんなにうまくゆかず。ぼくの場合だと、いろいろな銘柄の配当変動差し引きで、コロナ前が100だったら、現在は75くらいまで落ちちゃってますが、①②の両極端ではなく、③④⑤⑥。。。。みたいな複数そろえているので、例えばショッピングセンター株の配当が0になっても、ロジスティクス関連のが増えたりして、未曽有のブラックスワンでも25%減で済んでいるのです。

というわけで、まずは、「全体でコンスタントな利益を叩きだすポートフォリオをつくること」これができれば、あとは損切りなんて考えずに、注意深く「今後の業績向上が見込める銘柄」を買い足していけばよいのです。暴落した銘柄でナンピンという手もあるが、荒業であり、慎重にやりましょう。

ううむ、今回の内容は、「今日から市場投資を始めるぞー」という人たちにはちょっとリスキーすぎたかな?一方、「いい所まで行って墜落、なんでいつも損切りで大損に終わってしまうんだー!」という人にとっては、そもそもの銘柄選びの基準や、投資の基本スタンス(インカムだよ!キャピタルにだまされちゃだめだよ!)など再確認の一つのきっかけにかるかな?と期待しています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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日本の食生活は本当に健康的か?味の素とコカ・コーラ

以前「不条理演劇」をお題に、現実世界から遊離した、全然脈絡のない小説を掲載してしまい。「猫機長、らりっているの?グレてるの?」なんて声が聞こえてきたので、今回は思い切り現代社会における生活がにじみでた、俗世そのもの、の内容でいってみます。

というわけで、サラリーマンと味の素、そして「命を救う薬用コカ・コーラ」のお話です。

さて、水が基調で、野菜や魚など新鮮な素材を多くつかっている和食は、動物性脂肪ギトギトで、新鮮とは言えない食材をソースや調味料でごまかす洋食に比べて健康的だ!というまあ常識的な主張から、へへんそんなことないよ、日本食なんて砂糖をめちゃくちゃ使うから生活習慣病まっしぐらだよ、なんてうがった意見まで千差万別ですが、実際のところ日本人の食生活に根差した2つの物品を抜きにして語ることはできないと思います。つまり「味の素(うま味調味料)とコカ・コーラ(関連飲料含む)」。

味の素。ひところは「石油製品だ、食べたら死ぬで」というような風評がたってしまい。分離精製法などについて大議論が起きたのち、結局は問題なしに落ち着いたようです。

ラーメンの守護神、味の素。

出展はhttps://www.ajinomoto.co.jp/aji/umami/

味の素の偉大なところは、本来多量のだしを何時間も煮込んだりとかしなければ取れなかった「うまみ」を「さっとひとふり」で実現できるところ。原料節約で地球環境の健康にはとてもいいとおもいます。ただし人造ダイヤと天然ダイヤが違うように、わかる人にはわかってしまうし、東南アジアのレストランのようにコップ山盛りの味の素を鍋にどばどば、とやってはさすがに健康にはよくないと思います。つまり、消費者側でもスマートな使い方が要求されるということですねーどうしても使っているうちに同じ量ではうまみを感じられなくなっていく傾向あり、気が付いたら大もりでドバドバ、とならないように「NOうまみ調味料デー」を設けるとか、あと緑茶のパッケージに「茶調味料(アミノ酸)=うま味調味料がはいっています」なんて書いていないやつを探しましょう。別に「茶調味料」が入っていてもそれでお茶の価値が落ちるというわけでもないですけど。ははは。。。

さてコカ・コーラ。こちらはコップ一杯に角砂糖何個分の砂糖が入っている、などと言われ、そういったことを理解したうえで賢く消費する必要あり。夏だ山だ海岸だ、というときに暑さに任せて浴びるように飲んでしまう、というのではダイエットもへったくれもないよねーという結果になってしまいます。

出展はhttp://www.sugarstacks.com/

では、コカ・コーラはやめた方がいいのか?実はそうとも言えない部分もあるのです。

以下とある在外日本企業のかわいそうな勤め人「Aさん」のお話し。

海外にいても日本企業に勤めていると、深夜までの飲み会など多く。

とある吉日、「業務外連絡」という形で飲み会の招待状つまり「業務命令としての強要のメール」を着信。これを書かされた人も命令されたことだし、書かせた人は定年退職しているので時効ということであまり加工せず転載します(オリジナルはAさんがどこかに保存しているらしい)。

「皆さま

おはようございます。

あと、二週間弱でブラジル主催のワールドカップが始まります。56年ぶりのブラジルワールドカップを祝うため、6月11日に前夜祭として、オフィス全員で飲み会を計画したいと思います。社長のご提案です。

場所は後日決定しますので、参加の可否ご連絡願います。否の回答は受け付けないので、悪しからず。」

さて、こういう飲み会がある日に限って、外部の来客アテンドなどで昼食時間を仕事で使ってしまうことがおおく。もちろん「Aさんは昼食時間外にのんびりご飯食べるの?」という別の「業務外指示」が来るので、自然と飯抜きになります。そんな日に飲み会で食う方はあまり入らないままに今度は夜遅くまでビールにだれだれが持ってきた焼酎に、さらにウイスキーだとちゃんぽんで飲んでゆくと、午前2時ごろ解散したときにはフラフラになり。冬になると深夜の気温6度なんてざらにあるので、おやおやというまに体がぶるぶると震えて止まらなくなってしまい、近くのアパートの軒下でうずくまっていたら、管理人さんが慌てて救急車を呼ぼうと電話したのですが、消防隊のほうはあっさり「それは寒さじゃなくて低血糖症だ、砂糖をたべなさい。別に救急車はいらないよ」とのこと。そこで登場したのがコカ・コーラで、たしかに震えが止まり。動けるようになった!それまで、生まれてからこのかたの思い出がぐるぐるめぐり、その中でさまよっていた意識も、はっきりと「お、アパートの庭のベンチにすわってるな」と現住所に戻され。管理人のおじさんありがとね、と元気が戻っているうちにすかさずおうちに帰りました、めでたしめでたし、とのこと。

つまり、コカ・コーラは砂糖いっぱいということが分かっていれば、それなりの飲みようがあるということである。薬用コカ・コーラなんちって。

Aさん談「死ぬかと思った」
 

ちなみに、Aさんの会社はわりかしホワイトで、ハラ踊りだの、ネクタイを頭に巻いてとか箸を鼻にさしてとかいうのは無しですんでおり、本気でほっとしているとのことでした。ぼくもそれを聞いてほっとしている一人です。

これが、大企業ほど?社員に「疑似家族」としてのつながりを求め、家族になるための通過儀礼だ!と伝統化しているらしい。

なぜこの通過儀礼が必要になるのかというと「人を楽しませるためにどれだけ努力したか」「どれだけ人前で普段は恥ずかしいという格好をさらすことができるか」という、「滅私奉公の視覚化」を進んでおこなうことができるかどうかがテストされているということである。

もちろん「人と楽しくコミュニケーションできる能力」は大切ですが、なぜ宴会の裸踊りでその能力を証明しなければならないのか?そして、「業務外連絡」「希望者はどうぞ」なんて言いながら、参加しないとどうなるか。

これって、戦時中の「特攻隊員選抜」とまったくおなじですよね。。。

「特攻希望者は一歩前へ」と言われて「みんな一緒に踏み出した」というか、踏み出すしかない状況に追い込まれていた、そんな戦争中の悪夢の雰囲気がいまだに残っていないでしょうか。

真面目に、死ぬことを躊躇して、つい一歩踏み出すのが遅れちゃった、という人が真っ先に特攻に送られたらしい。一方「すべて覚悟したうえで特攻を熱望した」人もいますが、「回天」というお題で別途記事にします。

 

 

一歩踏み出せた人もすぐには踏み出せなかった人も、戦闘機のりとしての技量は変わらず。特攻機も特攻援護の戦闘機も、レーダーで誘導されて雲の中(境目)から襲ってくるグラマンの大群に、目標の敵空母なんて見えないはるか遠くで、敢えなく撃墜されてしまうのでした。

ろくな訓練もさせずに、「希望する」「しない」という「業務外連絡」で上司に示す「恭順・協調性」などを基準として出撃させていたため、物量の差以前に、操縦者としての技量をクレバーに追求してきたアメリカ搭乗員に、簡単にやられてしまった。

付記:坂井三郎みたいな、本当に訓練された(訓練を受ける余裕のあった)老練な搭乗員は、特攻出撃してもなにげに戻ってきたりしています。こういう記録をみて、ぼくはほっとしている一人です。

脱線しました。本記事のお題に戻って、「日本食は健康的だが洋食はだめ」みたいなステレオタイプのおしきせはあまり意味がなく、各個人がいろいろな食べ物の特色や成分を自ら見極めるのが重要と理解します。

 産業革命後の地球では化学調味料とか人造の食品も必然であり、毛嫌いせずに上手に利用することが健康の秘訣と考えます。

(林 雄司・Webヤギの目編)
 

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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実は親友だった?ドラクロアとアングル

久々に西洋美術のお話です。でも、単なるウケ狙いのおもしろ記事ではなく、リピーター読者の皆さんには、成功法則や資金投資に関するポイントも詰まっている記事だとお分かりと思います。

さて、フランス革命からナポレオンの第一帝政、ウイーン体制からの共和制や王政の入れ替わりの時期にあたる1798年から1863年に、フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワというにいちゃんが登場しました。同時期の1780年から1867年にはジャン・オーギュスト・ドミニク・アングルが登場。ちなみに、1867年は日本では大政奉還が起き、次の年の1868年に元号が「明治」になった。

つまり、世界中で大変動が起きており。フランスではギロチンで王様の首がちょん切られ、ナポレオンが下剋上で帝政を敷いてヨーロッパを荒らしまわった。ゲーテ言うところの「疾風怒濤」がヨーロッパ中をあれくるい、いわゆるひとつの「ロマン的危機」が生まれていた。

すなわち、「ロマンチックな時代」です。アンシャン・レジームの封建的な決まりきった日常から明日をも知れない大変動の日々に突入。ロシアやエジプトに侵攻し、次々に新しい世界を切り開いていくナポレオン。その劇的な敗北と失脚。ウイーン体制の反動など、要するに少年漫画もびっくりの冒険・どんでん返しがこれでもかと押し寄せ、美術の世界でも劇的な世界の動きに感化された劇的な絵画が生まれました。これがロマン主義美術です。

そしてロマン主義美術の大本山フランスの、ロマン主義美術の旗手として活躍したのがドラクロア。とここまで書けばどんな絵かは自明と思います。代表作を掲載してみます。

キオス島の虐殺

 

サルダナパールの死

 

(第四回)十字軍のコンスタンティノープルへの入城

 

モロッコのスルタン

民衆を導く自由の女神。

さて、ロマンな時代のロマンな絵画で時代の寵児となったドラクロアですが、当時模範とされていた「絵のかきかた」と差があったため、アカデミックなサロンとかからは批判の対象となり。

当時の「正しい絵」とは、穏やかで控えめな色彩、厳格で静謐な空間があるべきで、情熱や激情なんて生々しい、はしたないのはやめましょう、という、言ってみれば保守的な内容を求めていたのに対し、ドラクロアの絵はその逆でした、ということで、例えば「キオス島の虐殺」は「絵画の虐殺だ!」と批判を浴びたりしました。

といって、いかに大本営発表で「正しい絵だけかきましょう」といっても、激動の時代が生み出した激動の絵画は止めることができないわけで。ドラクロアも先輩画家(実は保守派の人)からの後押しなど得て、1822年にパリ・サロンに入選したころから、保守派勢力を一掃しそうな勢いで名声を得始めました。

保守派勢力はあわてふためき。

だれかロマン主義・ドラクロアに勝ると劣らない「新古典主義絵画を代表する絵を描ける」達人がいないのか?と大捜索をはじめたら。。。。

いました。その名もジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル。

こまかいこといわんと、まずはアングルのおっちゃんがどんな絵をかいたか見ていきましょう。

玉座のナポレオン(「花とみつばち」ではない)

 

ジュピターとテティス

 

ホメロス礼賛

 

ラファエロとフォルナリーナ

 

ルイ13世の請願

 

Wikipediaによれば、アングルの作風は「入念に構成された調子の緊密な諧調、形体の幾何学的解釈など、入念に組み立てられたテクスチャと徹底的に研鑽された描線、そして緊密な調子の諧調により成立する空間は「端正な形式美」」となっています。すなわち、

◎新古典主義の最高峰にして、具象画、写実主義絵画の完成形に到達した

という恐るべき功績を達成した。

体制派のアカデミズムに祭り上げられた最高有識者のアングルと、民衆の激情を余すところなくぶちまけて時代を駆け上がったドラクロアは、とてもステキな好対照をなして、西洋絵画の発展にものすごく貢献したのでした。

ドラクロアとアングルの対立。当時の風刺画

ドラクロアは、アングルのことを「不完全な知性の完璧な表現」と言い、アングルの方はドラクロアのことを「醜く恐ろしいものしかかけない」と憐れんでいたそうです。ははは

両者の絵を並べてみます。

要するに、アングルは「NHKの教育番組」であり、ドラクロアは「ちょっと穏やかな韓流ドラマ」ですね。。。。なお、韓流ドラマをえげつなくして、それこそ醜いもの、恐ろしいものを強調していくと「コンテンポラリーアート」へ行ってしまうので、また別の記事でトライしてみます(現代アート好きのみなさんごめんなさい)。

さて、世間一般で通用している両者のイメージはこんな感じですが、実はもっとやばい所で両者類似点があるかも?

ドラクロアの方はあまり陰ひなたがなくて、すなおにロマン主義路線を驀進しており。問題はアングルで、新古典主義アカデミズムのインフラや地位を謳歌しながら、実は?な絵をかいたりしています。

たとえば

グランド・オダリスク

デフォルメです。

新古典主義のくせに、端正を放棄して「ロマンチックなプロポーションを妄想」しています。

しかも「胴長」です。

どういう美的感覚しているんだアングル?まあ、美的感覚なんて個人の自由ですけど。ほかにも首が異様に太い女性とか、なんか「壊れてる?」

通報一歩手前の怪しいおっちゃんなのかもしれん。

当然ながら「椎骨が2つか3つ多すぎる」などと猛批判にさらされてしまい。ただ、上記のとおりこういうアプローチで議論を白熱させてしまうと「新古典主義の旗手アングル」が旗手でなくなってしまうし、アングルの方も自分の表現を顧客に普及してくれる重要なストラクチャーである体制派の組織や人々とそうそうケンカするべきではないということを十分理解しており。10年近く批判にさらされながら、アングルが新古典派での地位を固めるに従い、うやむやじゃなかった円満に収まったらしい。

花とみつばち。♪僕たち男の子♪ヘイヘイ!

要するに、アングルは「隠れロマン主義だったんじゃ?」なのかもしれません。ははは

もしかして、1850年くらいのパリの、とある料亭じゃなかったどこかのカフェで、アングルとドラクロアが密会していたりして。。。。。

アングル「いやいやこたびの新聞では拙者とお主がますますいがみおうていると書き立てておるぞ」

新聞の挿絵

ドラクロア「フォッフォッフォ、めでたいことでござるな。これで頭空っぽのブルジョアどもが報道に躍らされ、ロマン主義も新古典主義もますます注目を浴びて、絵が高く売れることとなろうぞ」

アングル「まさにその通りじゃ。お主もぜひアンチ新古典主義のアジテーションを引き続きお願いいたすぞ。拙者は宮仕えの身。作法から外れた言動をいたすとサロンから締め出しを食らうでのう」

ドラクロア「いやいや拙者もこのところサロンに認められて、ゆえにあまり派手な絵もかきにくくなってしもうてな。いっそアングル殿のように体制に担がれた隠れロマンチックになりとうござる」

アングル「しかし、それも窮屈でござるぞ。まあ絵が売れて生活安泰なのは良いことでござるがな。ロマンチックな絵を新古典主義として売るのもなかなかに面白いものじゃ」

ドラクロア「お主もワルよのう」

アングル「おぬしこそ。フォッフォッフォッフォッフォ。。。。。」

最後はよい子の創作童話でした。

「アンジェリカを救うルッジェーロ」ドミニク・アングル

お主もワルよのう、の元ネタはこちら↓

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ワクチン:あなたはどこまで信じますか?

ブラジルで、世界に先駆けてワクチンが実用化されようとしています。

ギャグか?ギャグみたいな事実です。

ブラジルで開発したワクチンではなく、シノバックという、名前からして中国のワクチンが、早ければ12月にも、順当にいけば2月には一般市民に義務付けになるらしい。

えええ?12月?義務付け?

そうなのです、うさんくささ満載ですが、しかし事実として公的に発表されているのです。

この情報が本当にうさんくさいのか、あるいは世界に先駆けてブラジルでワクチン成功という希望の灯がともされるのか?を分析することにより、日本でもいつかは来るワクチン導入時の安全確保などに重要な情報になると思い、この記事書きました。

本題に入る前に、ブラジルはどんな国?ということを簡単に説明しておきます。

いわく「ブラジルは真面目ではない(Brasil não e um pais serio)」

フランス政府の言葉です。

よりによって、フランスです。

おまえは真面目かい!とツッコミを入れたくなりますが、たしかにイタリアよりは真面目かもしれん。

じつは、1961年から1963年まで、ブラジルとフランスは戦争状態にありました。

その名も「ロブスター戦争」

ブラジル沿岸にフランス漁船が押し寄せ、ロブスター(えび)をじゃんじゃん取りまくり始めたため、ブラジル政府は怒り。

「大陸棚資源を乱獲してはいかん」

フランスは反論

「大陸棚資源とは、海底表面から地表下の資源のことである。えびは地表上をジャンプするなど、地表を超えた(その上の)海洋資源、漁獲資源であり、どうこう言われる筋合いはない」

ブラジル

「そんな屁理屈は通用せんぞ。えびが魚だというのであれば、地上をジャンプするカンガルーだって鳥だということになる。受け入れられん」

ここでさっきのフランスの

「ブラジルは真面目な国ではない」

という嘆きにつながったのでした。ははは

そうこうしているうちに、フランスは海域に軍艦を派遣し、ブラジルは爆撃機を飛ばしてけん制しました

いずれもアメリカからのおさがりだったらしい。

この辺はどこかのジエイタイと変わらないなあ

幸い、ブラジルもフランスもラテンなので、主義主張を通すために銃砲をぶっ放し人殺しをするなんてバカなことはやらず。知らないうちにうやむやになったのでした。ははは

これが、大義のためなら、と大戦争に突入してしまうドイツやソ連のような、いやな意味で真面目な国だったらどうなっていたかと思います。

このケースでは、ふまじめであることがプラスに作用し、ラテンな漫才で済んだのですが、ワクチンに関して言えば、こういったふしだらさ、いいかげんさが通用するのでしょうか。

COVIDは、感染の条件が揃えば感染します。ワクチンがあっても、そのワクチンが感染を防げなければ(十分な免疫力を形成できない。人によって免疫の強さが違ってしまう。そもそもCOVIDの方で変異してしまい、画一的な免疫しか作れないワクチンでは使い物にならないなど)、感染は起きます。

当たり前すぎる常識ですが、この当たり前を巧妙にひっくり返そうとする不真面目な政治家とかもいるのです。

さて、ブラジルです。

ブラジル最大の経済地域であるサンパウロ州のドリア州知事は「ちかぢかシノバックを導入して、州民に接種を義務付けるので喜ぶように」という強圧的な発言をしており「COVIDなんてカゼだ!」とこれまた強硬なボルソナロ大統領とけんかになっています。というわけで、ワクチン導入はいまのところサンパウロ州のみとなる予定

(ブラジリア在住のぼくは、ひそかに安堵しています。)

ブラジルの行政区分。①サンパウロ州から②ブラジリア連邦区(赤い小さな四角)は
1000キロ離れているほか、いくら連邦の長である大統領が「やれ!」と指令しても、
州の長である知事が「やらないよ」といえば実行されないのでした。ははは

 

確かに、シノバックはいろいろと試験など急ピッチで進んでおり、有望なワクチンであることは間違いないのですが、効くどうか?は未知数ですよね。。。。

ドリアさんはじめ推進派は、「効くことがわかったら導入する」と言っていますが、どうやったらわかるのか?本当に有望だったら、世界中で争うように導入されているはずですから、ぼくは、ブラジルが最初なんてありえないよね、と疑っている一人です。

10月25日時点で、ヨーロッパでは恐ろしい第2波が深刻化しており、アメリカも深刻化のためトランプさん再選も混迷を深めている状況なのに、実は小康から回復状況にあるブラジルで、「とにかくワクチン導入だ!接種強制だぞ!」というのがはっきり言ってものすごくうさん臭く感じています。

ともかくヨーロッパ、そしてアメリカではないのか?両者ともにシノバック導入に関し静かなのは、実はワクチンとして物になるまでまだまだ時間がかかるということがわかっていて、医療崩壊を防ぐための緊急対応が先、ということになっているからではないのか?(関連情報(外部リンク)「ヨーロッパの第2波は制御不能になりつつある…各国は厳しい行動制限を復活(10月20日)」)

そんななかで、ドリアはワクチン導入と義務付けにやっきになっています。

「1億総ワクチン」でみんなワクチン打ったから、明日からはワクチン以前の日常にもどって、おしくらまんじゅうの3密で営業再開だー!というのか?

企業家や政治家から見れば、とてもうれしい産業活性化が望めます。

もちろん、一般市民から見ても産業活性化は生命線です。

しかし、ワクチンが効かなかったら?

産業は活性化するでしょう。でも、その活性化の成果を見る前に、多数の人が感染し、哀れこの世からいなくなってしまうでしょう。

ちなみに、とある看護師さんの言葉では「すごい病気」です。

この看護師さんは著名な権威のお医者さんでもないし、はっきりとした声明は出せない中で、しかし日常の医療の最前線に立っている人です。そういう人が、同僚が感染したときに「軽く「お大事に〜!」とは言えないなあ。すごい病気だから(外部リンク)」と表明しているのです。

容易ならざる危険な病気であることは間違いないとの理解です。

政治家は、「ワクチン」というスケープゴートを使って、一般市民を危険な病原体に暴露させようとしているのではないのでしょうか。

今回のお話で、生兵法という言葉を思い出してしまいました。

兵法つながりで、剣道で説明させていただきます。剣道における「兵法」特に技能の核心は「面打ち」つまり竹刀で相手の頭上を打つ、という技のことですが、この基本の技を生半可(生兵法)で繰り出すケースが後を絶ちません。

大会などで、試合相手が基本の面打ちを知らなければ、勝つのは簡単です。体勢を崩しまくって、刃筋の立たない、要は「生兵法の役に立たない面技」を風車のように打ちまくって来ても、こちらの竹刀でいくらでも受け流すことができます。

もちろん相手も負けたくない!と必死になってすさまじい勢いで打ってくるので、防ぐ方もなかなか大変ですが、ここをぐっと我慢してこらえる。

そのうち、相手の方で空振りして防御ががらあきになった、疲れで動きが鈍った、集中力が切れて一瞬動きが止まった、という隙が生じるので、その隙が生まれる「う」の一瞬に、基本通りのまっすぐな面を打てば、びしっと相手に当たり勝利できるのです。

つまり、上記の「役に立たない面」が「役に立たないワクチン」です。

役に立たない、あるいは役立つかどうかわからないワクチンを、なん百本打っても免疫はできません。

しかし、ワクチンを打った、と安心してしまい、隙がうまれたその「う」の瞬間、COVIDはあなたにとり付きます。

「基本通りのまっすぐな面」つまり「使いものになるワクチン」がうまれるまで、ぐっとこらえる必要があるのです。

サンパウロのワクチンが本当に有効なもので、ここに書いたことが単なる取り越し苦労であることを祈っています。いっぽう、うまくいった、とわかるのはいつか?サンパウロ以外の人々は、そのときまで待ってワクチン接種しても決して遅くないと思うのですが(でも、それじゃサンパウロは人体実験になってしまいますね)。。。

サンパウロの市街

最後に、本当にものになる予防法は、実はワクチンではなく「モノクローナル抗体」ではないかい?とか思ったりしていますが、また別の記事にします。

ではでは。

Posted by 猫機長