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実は親友だった?ドラクロアとアングル

久々に西洋美術のお話です。でも、単なるウケ狙いのおもしろ記事ではなく、リピーター読者の皆さんには、成功法則や資金投資に関するポイントも詰まっている記事だとお分かりと思います。

さて、フランス革命からナポレオンの第一帝政、ウイーン体制からの共和制や王政の入れ替わりの時期にあたる1798年から1863年に、フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワというにいちゃんが登場しました。同時期の1780年から1867年にはジャン・オーギュスト・ドミニク・アングルが登場。ちなみに、1867年は日本では大政奉還が起き、次の年の1868年に元号が「明治」になった。

つまり、世界中で大変動が起きており。フランスではギロチンで王様の首がちょん切られ、ナポレオンが下剋上で帝政を敷いてヨーロッパを荒らしまわった。ゲーテ言うところの「疾風怒濤」がヨーロッパ中をあれくるい、いわゆるひとつの「ロマン的危機」が生まれていた。

すなわち、「ロマンチックな時代」です。アンシャン・レジームの封建的な決まりきった日常から明日をも知れない大変動の日々に突入。ロシアやエジプトに侵攻し、次々に新しい世界を切り開いていくナポレオン。その劇的な敗北と失脚。ウイーン体制の反動など、要するに少年漫画もびっくりの冒険・どんでん返しがこれでもかと押し寄せ、美術の世界でも劇的な世界の動きに感化された劇的な絵画が生まれました。これがロマン主義美術です。

そしてロマン主義美術の大本山フランスの、ロマン主義美術の旗手として活躍したのがドラクロア。とここまで書けばどんな絵かは自明と思います。代表作を掲載してみます。

キオス島の虐殺

 

サルダナパールの死

 

(第四回)十字軍のコンスタンティノープルへの入城

 

モロッコのスルタン

民衆を導く自由の女神。

さて、ロマンな時代のロマンな絵画で時代の寵児となったドラクロアですが、当時模範とされていた「絵のかきかた」と差があったため、アカデミックなサロンとかからは批判の対象となり。

当時の「正しい絵」とは、穏やかで控えめな色彩、厳格で静謐な空間があるべきで、情熱や激情なんて生々しい、はしたないのはやめましょう、という、言ってみれば保守的な内容を求めていたのに対し、ドラクロアの絵はその逆でした、ということで、例えば「キオス島の虐殺」は「絵画の虐殺だ!」と批判を浴びたりしました。

といって、いかに大本営発表で「正しい絵だけかきましょう」といっても、激動の時代が生み出した激動の絵画は止めることができないわけで。ドラクロアも先輩画家(実は保守派の人)からの後押しなど得て、1822年にパリ・サロンに入選したころから、保守派勢力を一掃しそうな勢いで名声を得始めました。

保守派勢力はあわてふためき。

だれかロマン主義・ドラクロアに勝ると劣らない「新古典主義絵画を代表する絵を描ける」達人がいないのか?と大捜索をはじめたら。。。。

いました。その名もジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル。

こまかいこといわんと、まずはアングルのおっちゃんがどんな絵をかいたか見ていきましょう。

玉座のナポレオン(「花とみつばち」ではない)

 

ジュピターとテティス

 

ホメロス礼賛

 

ラファエロとフォルナリーナ

 

ルイ13世の請願

 

Wikipediaによれば、アングルの作風は「入念に構成された調子の緊密な諧調、形体の幾何学的解釈など、入念に組み立てられたテクスチャと徹底的に研鑽された描線、そして緊密な調子の諧調により成立する空間は「端正な形式美」」となっています。すなわち、

◎新古典主義の最高峰にして、具象画、写実主義絵画の完成形に到達した

という恐るべき功績を達成した。

体制派のアカデミズムに祭り上げられた最高有識者のアングルと、民衆の激情を余すところなくぶちまけて時代を駆け上がったドラクロアは、とてもステキな好対照をなして、西洋絵画の発展にものすごく貢献したのでした。

ドラクロアとアングルの対立。当時の風刺画

ドラクロアは、アングルのことを「不完全な知性の完璧な表現」と言い、アングルの方はドラクロアのことを「醜く恐ろしいものしかかけない」と憐れんでいたそうです。ははは

両者の絵を並べてみます。

要するに、アングルは「NHKの教育番組」であり、ドラクロアは「ちょっと穏やかな韓流ドラマ」ですね。。。。なお、韓流ドラマをえげつなくして、それこそ醜いもの、恐ろしいものを強調していくと「コンテンポラリーアート」へ行ってしまうので、また別の記事でトライしてみます(現代アート好きのみなさんごめんなさい)。

さて、世間一般で通用している両者のイメージはこんな感じですが、実はもっとやばい所で両者類似点があるかも?

ドラクロアの方はあまり陰ひなたがなくて、すなおにロマン主義路線を驀進しており。問題はアングルで、新古典主義アカデミズムのインフラや地位を謳歌しながら、実は?な絵をかいたりしています。

たとえば

グランド・オダリスク

デフォルメです。

新古典主義のくせに、端正を放棄して「ロマンチックなプロポーションを妄想」しています。

しかも「胴長」です。

どういう美的感覚しているんだアングル?まあ、美的感覚なんて個人の自由ですけど。ほかにも首が異様に太い女性とか、なんか「壊れてる?」

通報一歩手前の怪しいおっちゃんなのかもしれん。

当然ながら「椎骨が2つか3つ多すぎる」などと猛批判にさらされてしまい。ただ、上記のとおりこういうアプローチで議論を白熱させてしまうと「新古典主義の旗手アングル」が旗手でなくなってしまうし、アングルの方も自分の表現を顧客に普及してくれる重要なストラクチャーである体制派の組織や人々とそうそうケンカするべきではないということを十分理解しており。10年近く批判にさらされながら、アングルが新古典派での地位を固めるに従い、うやむやじゃなかった円満に収まったらしい。

花とみつばち。♪僕たち男の子♪ヘイヘイ!

要するに、アングルは「隠れロマン主義だったんじゃ?」なのかもしれません。ははは

もしかして、1850年くらいのパリの、とある料亭じゃなかったどこかのカフェで、アングルとドラクロアが密会していたりして。。。。。

アングル「いやいやこたびの新聞では拙者とお主がますますいがみおうていると書き立てておるぞ」

新聞の挿絵

ドラクロア「フォッフォッフォ、めでたいことでござるな。これで頭空っぽのブルジョアどもが報道に躍らされ、ロマン主義も新古典主義もますます注目を浴びて、絵が高く売れることとなろうぞ」

アングル「まさにその通りじゃ。お主もぜひアンチ新古典主義のアジテーションを引き続きお願いいたすぞ。拙者は宮仕えの身。作法から外れた言動をいたすとサロンから締め出しを食らうでのう」

ドラクロア「いやいや拙者もこのところサロンに認められて、ゆえにあまり派手な絵もかきにくくなってしもうてな。いっそアングル殿のように体制に担がれた隠れロマンチックになりとうござる」

アングル「しかし、それも窮屈でござるぞ。まあ絵が売れて生活安泰なのは良いことでござるがな。ロマンチックな絵を新古典主義として売るのもなかなかに面白いものじゃ」

ドラクロア「お主もワルよのう」

アングル「おぬしこそ。フォッフォッフォッフォッフォ。。。。。」

最後はよい子の創作童話でした。

「アンジェリカを救うルッジェーロ」ドミニク・アングル

お主もワルよのう、の元ネタはこちら↓

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ワクチン:あなたはどこまで信じますか?

ブラジルで、世界に先駆けてワクチンが実用化されようとしています。

ギャグか?ギャグみたいな事実です。

ブラジルで開発したワクチンではなく、シノバックという、名前からして中国のワクチンが、早ければ12月にも、順当にいけば2月には一般市民に義務付けになるらしい。

えええ?12月?義務付け?

そうなのです、うさんくささ満載ですが、しかし事実として公的に発表されているのです。

この情報が本当にうさんくさいのか、あるいは世界に先駆けてブラジルでワクチン成功という希望の灯がともされるのか?を分析することにより、日本でもいつかは来るワクチン導入時の安全確保などに重要な情報になると思い、この記事書きました。

本題に入る前に、ブラジルはどんな国?ということを簡単に説明しておきます。

いわく「ブラジルは真面目ではない(Brasil não e um pais serio)」

フランス政府の言葉です。

よりによって、フランスです。

おまえは真面目かい!とツッコミを入れたくなりますが、たしかにイタリアよりは真面目かもしれん。

じつは、1961年から1963年まで、ブラジルとフランスは戦争状態にありました。

その名も「ロブスター戦争」

ブラジル沿岸にフランス漁船が押し寄せ、ロブスター(えび)をじゃんじゃん取りまくり始めたため、ブラジル政府は怒り。

「大陸棚資源を乱獲してはいかん」

フランスは反論

「大陸棚資源とは、海底表面から地表下の資源のことである。えびは地表上をジャンプするなど、地表を超えた(その上の)海洋資源、漁獲資源であり、どうこう言われる筋合いはない」

ブラジル

「そんな屁理屈は通用せんぞ。えびが魚だというのであれば、地上をジャンプするカンガルーだって鳥だということになる。受け入れられん」

ここでさっきのフランスの

「ブラジルは真面目な国ではない」

という嘆きにつながったのでした。ははは

そうこうしているうちに、フランスは海域に軍艦を派遣し、ブラジルは爆撃機を飛ばしてけん制しました

いずれもアメリカからのおさがりだったらしい。

この辺はどこかのジエイタイと変わらないなあ

幸い、ブラジルもフランスもラテンなので、主義主張を通すために銃砲をぶっ放し人殺しをするなんてバカなことはやらず。知らないうちにうやむやになったのでした。ははは

これが、大義のためなら、と大戦争に突入してしまうドイツやソ連のような、いやな意味で真面目な国だったらどうなっていたかと思います。

このケースでは、ふまじめであることがプラスに作用し、ラテンな漫才で済んだのですが、ワクチンに関して言えば、こういったふしだらさ、いいかげんさが通用するのでしょうか。

COVIDは、感染の条件が揃えば感染します。ワクチンがあっても、そのワクチンが感染を防げなければ(十分な免疫力を形成できない。人によって免疫の強さが違ってしまう。そもそもCOVIDの方で変異してしまい、画一的な免疫しか作れないワクチンでは使い物にならないなど)、感染は起きます。

当たり前すぎる常識ですが、この当たり前を巧妙にひっくり返そうとする不真面目な政治家とかもいるのです。

さて、ブラジルです。

ブラジル最大の経済地域であるサンパウロ州のドリア州知事は「ちかぢかシノバックを導入して、州民に接種を義務付けるので喜ぶように」という強圧的な発言をしており「COVIDなんてカゼだ!」とこれまた強硬なボルソナロ大統領とけんかになっています。というわけで、ワクチン導入はいまのところサンパウロ州のみとなる予定

(ブラジリア在住のぼくは、ひそかに安堵しています。)

ブラジルの行政区分。①サンパウロ州から②ブラジリア連邦区(赤い小さな四角)は
1000キロ離れているほか、いくら連邦の長である大統領が「やれ!」と指令しても、
州の長である知事が「やらないよ」といえば実行されないのでした。ははは

 

確かに、シノバックはいろいろと試験など急ピッチで進んでおり、有望なワクチンであることは間違いないのですが、効くどうか?は未知数ですよね。。。。

ドリアさんはじめ推進派は、「効くことがわかったら導入する」と言っていますが、どうやったらわかるのか?本当に有望だったら、世界中で争うように導入されているはずですから、ぼくは、ブラジルが最初なんてありえないよね、と疑っている一人です。

10月25日時点で、ヨーロッパでは恐ろしい第2波が深刻化しており、アメリカも深刻化のためトランプさん再選も混迷を深めている状況なのに、実は小康から回復状況にあるブラジルで、「とにかくワクチン導入だ!接種強制だぞ!」というのがはっきり言ってものすごくうさん臭く感じています。

ともかくヨーロッパ、そしてアメリカではないのか?両者ともにシノバック導入に関し静かなのは、実はワクチンとして物になるまでまだまだ時間がかかるということがわかっていて、医療崩壊を防ぐための緊急対応が先、ということになっているからではないのか?(関連情報(外部リンク)「ヨーロッパの第2波は制御不能になりつつある…各国は厳しい行動制限を復活(10月20日)」)

そんななかで、ドリアはワクチン導入と義務付けにやっきになっています。

「1億総ワクチン」でみんなワクチン打ったから、明日からはワクチン以前の日常にもどって、おしくらまんじゅうの3密で営業再開だー!というのか?

企業家や政治家から見れば、とてもうれしい産業活性化が望めます。

もちろん、一般市民から見ても産業活性化は生命線です。

しかし、ワクチンが効かなかったら?

産業は活性化するでしょう。でも、その活性化の成果を見る前に、多数の人が感染し、哀れこの世からいなくなってしまうでしょう。

ちなみに、とある看護師さんの言葉では「すごい病気」です。

この看護師さんは著名な権威のお医者さんでもないし、はっきりとした声明は出せない中で、しかし日常の医療の最前線に立っている人です。そういう人が、同僚が感染したときに「軽く「お大事に〜!」とは言えないなあ。すごい病気だから(外部リンク)」と表明しているのです。

容易ならざる危険な病気であることは間違いないとの理解です。

政治家は、「ワクチン」というスケープゴートを使って、一般市民を危険な病原体に暴露させようとしているのではないのでしょうか。

今回のお話で、生兵法という言葉を思い出してしまいました。

兵法つながりで、剣道で説明させていただきます。剣道における「兵法」特に技能の核心は「面打ち」つまり竹刀で相手の頭上を打つ、という技のことですが、この基本の技を生半可(生兵法)で繰り出すケースが後を絶ちません。

大会などで、試合相手が基本の面打ちを知らなければ、勝つのは簡単です。体勢を崩しまくって、刃筋の立たない、要は「生兵法の役に立たない面技」を風車のように打ちまくって来ても、こちらの竹刀でいくらでも受け流すことができます。

もちろん相手も負けたくない!と必死になってすさまじい勢いで打ってくるので、防ぐ方もなかなか大変ですが、ここをぐっと我慢してこらえる。

そのうち、相手の方で空振りして防御ががらあきになった、疲れで動きが鈍った、集中力が切れて一瞬動きが止まった、という隙が生じるので、その隙が生まれる「う」の一瞬に、基本通りのまっすぐな面を打てば、びしっと相手に当たり勝利できるのです。

つまり、上記の「役に立たない面」が「役に立たないワクチン」です。

役に立たない、あるいは役立つかどうかわからないワクチンを、なん百本打っても免疫はできません。

しかし、ワクチンを打った、と安心してしまい、隙がうまれたその「う」の瞬間、COVIDはあなたにとり付きます。

「基本通りのまっすぐな面」つまり「使いものになるワクチン」がうまれるまで、ぐっとこらえる必要があるのです。

サンパウロのワクチンが本当に有効なもので、ここに書いたことが単なる取り越し苦労であることを祈っています。いっぽう、うまくいった、とわかるのはいつか?サンパウロ以外の人々は、そのときまで待ってワクチン接種しても決して遅くないと思うのですが(でも、それじゃサンパウロは人体実験になってしまいますね)。。。

サンパウロの市街

最後に、本当にものになる予防法は、実はワクチンではなく「モノクローナル抗体」ではないかい?とか思ったりしていますが、また別の記事にします。

ではでは。

Posted by 猫機長
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上手な絵、へたな絵。名作と駄作の違いとは

これまで数度西洋絵画や日本絵画についての記事を書いてきました。当初の目的は、くっきり違う西洋と日本の絵を比較することで、日本人の思考や行動について解明することだったのですが、絵そのものの探求が面白くなり。ちょくちょく今後書かせていただきます。

*なお、あくまで観賞する側のアプロ―チから、個人的な意見を勝手に書いているだけなので、専門的にはプロの人の絵画教室などでお勉強ください。ははは

さて、美術ってかなり主観性(Subjetivity)に左右される世界であり、主観のもたらすあやふやさが「みんなにわかりやすい評価」を困難にしています。

これが工業製品の場合、具体的な数値で「名作、駄作」が一目瞭然です。

例えば「零戦」

「1000馬力しかない低出力エンジンで、高度3000mまで3.5分以内、最高時速523キロ、2200㎞の航続距離」とか、1939年当時の技術ではありえない名作だ!と物理的に証明できます。

零戦の操縦席https://br.pinterest.com/pin/689332286686560735/

ちなみに、エンジンを2000馬力にすれば、零戦と同等の性能の飛行機がうじゃうじゃでてきます。これら2000馬力級の「駄作」とくらべれば、零戦がなぜ「名作」なのかがわかると思います。

絵画の場合はどうでしょうか。

これらの絵画で、名作はどれで駄作はどれでしょうか?と質問されたら、みなさん天使の表情で「ぜんぶ名作でーす」と即答するでしょう。

では、質問を変えてみます。

この絵は、なぜ名作なのでしょうか?

たちまちだれも答えられなくなってしまうのでした。ははは

なかなか有名なムンクさんの「叫び」。この絵が名作と言われるゆえんは?

というわけで、どんな判断基準があるのかをさぐってみます。

◎作画の技術:

画家の人が思い描くものをどこまで再現できるか。みなさん図工の時間で花瓶だのなんだのを写生したとき、似ても似つかない「抽象絵画」みたいになっちゃった、という記憶はないでしょうか。残念ながら、この場合の絵はアートでもなんでもなく、ただの「下手な絵」です。

というわけで、基礎は「ともかく画題を正確に描写できる技量」。絵画教室に行くと、「線を引きなさい、たくさんの線を」と言われて、最初は線と点(というか丸)と平面的なえんぴつ書きの練習がえんえんと続きます。でもまじめにやっていると、花瓶なら花瓶で「写真とまがう鉛筆画」が描ける技量が身に着いたりします。これが「うまい絵」です。油絵具だろうがアクリルだろうが、自在にこなす技量が必要である。この技量が歴然としており、見る人を震撼させるような絵が名作の一つの条件となります。ムンクの絵にしても、そもそも写真みたいに描ける画家が、あえてデフォルメしているのです。

*「プリミティビズム絵画」みたいに、あえて技量に制限されない表現を目指すなんてのもありますが、この記事ではあくまで基本一辺倒の直球勝負でいかせていただきます。

◎画面の鮮明度:「カドが立っているか」

西洋美術でよくあるお題「聖ギオルゲウスの竜退治」いってみます。

いうまでもなく、左はてきとーな絵、右がラファエロさんの名作です。

部分抜粋。左側の絵は、線画に原色を塗った「4色刷りマンガ?」の状態。右は多彩な色の混合とグラデーションによって人や馬、そして竜が「絵のなかからくっきり浮かび上がってきています」

びしっと人、物(動物含む)、背景が区別され浮かび上がるこの鮮烈鮮明、立体的なインパクトが見る人を圧倒するのです。陰影のない、6原色をそのままぺたっと平面的に塗りたくった、つまり「へたくそな」絵だと、なかなかそうはいきません。

ちなみに、ブラジルでは「竜はインフレのシンボル」で、狂乱インフレに苦しんだ歴史から、商店街のお店屋さんの壁などに、「聖ゲオルギウスが竜(インフレ)を退治している絵」がフツーに飾られていたりしました。左の絵は10ドルくらいで売られている大量生産、作者不明の「無印良品」です。

安物の大量生産だと、線画でなんとか輪郭を際立たせていますが、それこそ醤油のカドが立ったえぐいラーメン、あるいはへたな包丁さばきでネタのカドがぐちゃっと潰れた寿司みたいになってしまい。右のように、まろやかだけれどくっきりと色彩や輪郭が浮きあがり「ネタがびしっと切り立ったお寿司」みたいなのが名作なのではないかなーと思います。

カドの立った中トロ。出展はhttps://hitosara.com/0006079316/

*まろやかさをわざとぶち消した「フォーヴィズム」なんてのもある。

◎構図

いちおうおことわりしますが、ぼくは絵画から感性を排除する気は全くありません。でも、感性こそすべて、という人に限って感性なのかその場の気分なのかわからないままに漫然と絵をみて「感動した気になって終わり」という恐ろしい世界に落ちいってしまうと理解しています。まず理性に照らし合わせて、さらに理性を超える魂の世界に入る、ほうがよいと思っています。。。。

で構図ですが、3分割構図、対角線構図、三角構図、キアロスクーロ(レンブラント様式)、シメトリー構図、色による構図(補色、反対色など)その他無数にあり。いえることは、名作はこれらの無数のオプションから、選び抜かれた構図をもって「カドの立った寿司」みたいな切れ味を実現している、ということでしょうか。

ひらめきで一気に、ということもあるのでしょうが、多くの場合は何枚も何十枚もデッサンをかさねて、構図を考え抜いて。。。というのが名画を通じて伝わってくると思います。ちなみに、レオナルド・ダヴィンチは、本番の絵でも何度も何度も修正して書き上げたため、完成するのがめちゃくちゃ遅かったらしい。

究極のファッションのごとく、なにげにコーディネートしているけれど、細部まで鍛え(考え)抜かれ、選び抜かれた構成が自然にかつ魂の奥底に迫るインパクトで見るものを圧倒する、というところでしょうか。

*フォービズムや現代アートでは、この「優しさいっぱいの自然さ」を放棄してグロテスクなやつもある。

構図の例いくつか。

オランダに「集団肖像画」があり。「なんとか手工業ギルド」などの構成員を一堂に集めて記録した。町工場の社長や工員が一緒に記念撮影、みたいなものですねー、王様一人の国じゃないぞ!市民みんなの国だぞ!と主張していたらしい。

写真左も決して駄作ではないけれど、やっぱりたんなる集合写真ですよね。。。右が有名な「夜警」ですが、ちょっと構図をひねっただけでがらりと変わっています。この「ちょっと」つまり多すぎも少なすぎもしない絶妙なところが、世界の名画となるゆえんかもしれません。

ちなみに、「夜警」は間違いで昼の情景らしい。明るかった背景が、絵の具の劣化で黒くなっちゃったとのことです。

「米国ワールドカップにおけるベベト選手のゴール」があり。決勝進出をかけたすさまじいプレッシャーの中、なにげに地面を転がっていく一直線のシュートが、キーパーの指先10センチ、ゴールポストから10センチをかすめてゴールに。動画(外部リンク)ご覧ください。こういうなにげにふつーのシュートを打てる人が最高の芸術家かもしれん。

画像出展はhttps://internacional.estadao.com.br/

もう一つは、葛飾北斎。

出展:https://artscape.jp/study/art-achive/1205252_1983.htmlにおける引用:

『《神奈川沖浪裏》構図を読む 中村英樹『新・北斎万華鏡』参考』

この画像は引用の引用、という禁じ手ですが、これ以上構図というお題にぴったりのがなく。

さて、北斎さんが、考え抜いてこの構図を構築したのか?あるいはその場のノリで「自動書記」でやったら結果こうなったのか?本人に聞くことはできないのですが、緻密な構図になっています。日本画の場合は大首絵(上半身アップ)みたいな固定化した構図とか、犬図みたいな禅の世界(あっぱらぱ)も多いのですが、あっぱらぱに見えても名画は構図もしっかりしている、と思います。

大首絵。これも構図ですね。。。

大好きな「犬図」。これもむりやり構図にあてはめようとすると、なんと「日の丸構図」というのになるそうです。

◎弘法筆を選ばず、名画鑑賞者を選ばず

書道の達人は、どんな筆を使っても名作を残します。絵画も、本物の名作であれば、鑑賞者がヒッピーであろうが共産主義者であろうが、絵に目を止めた瞬間、画面の中に引き込まれるように迷い込んでしまいます。要するにそういう絵が名作であり、上記に書いた技術、立体度(鮮明さ)、構図すべての総合力です。

ムンクさんのようなオカルトな引き込み方もあれば、フェルメールさんの、なんてことない市民の日常ですがその日常の画面に迷い込んでしまう、というのもあります。フェルメールさんについては、別の記事にさせていただきます。

記事が長くなりました。いったんおしまいにして、またの機会に続けさせていただきます。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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不条理演劇:生活と労働の常識を見なおそう

以前書いた芸術関連記事からスピンアウトして、美しいショートストーリー、いってみます。

ある日の午後。

大好きなパンを買って、お家に帰る途中のぴよちゃん。

浜辺を歩いていたら、お巡りさんに呼び止められました。

「ぴよちゃん、とてもおいしそうなパンだね、ぼくにもちょっと見せてー」

「はいどうぞ」とパンを差し出すぴよちゃん。

おまわりさんは、ぴよちゃんの手からパンを取り上げると、いきなり海へ向かって放り投げてしまった!

沖の波間に落ちるパン。ぽちゃん。

半狂乱になって叫ぶぴよちゃん。「きゃあああー!カメさんが死んじゃうー!」

おまわりさんは、やさしくぴよちゃんを諭します。「もう五時だよ」

その言葉を聞いて、ぴよちゃんは朗らかな笑顔になるのでした。

アフターファイブのハッピーアワー。ぴよちゃんとお巡りさんは、手をつないで楽しいお散歩に出かけるのでした。

めでたしめでたし。

なんだそりゃ?全く意味のつながらない話だぞ?

いえいえ、これが「不条理演劇」なのです。

パンかどうかは別として(パンではなくて人間の赤ちゃんというバージョンもあるのですが、ブラックすぎてさすがに掲載できず)、ぴよちゃんが抱えていた「なにか」を通じて、お巡りさんと優しさいっぱいの交流がなされ、結局両者は手を取り合ってお散歩に行く、という心温まる結末になっています。

つまり、登場人物間では、ちゃんと常識的な意思疎通が行われてたのです。

でも、読者から見れば「ぜんぜんつながってないじゃないかー!」

その通り。だから「不条理劇」というのです。

不条理劇にもいろいろありますが、この記事では、観客の持っている常識・見識をがらがらぽん、と粉砕し、「何が常識で、何が非常識なのか」を再発見させる目的のものとしています。

上記でぴよちゃんが「(パンが海に落ちたら)カメが死んじゃうー!」と半狂乱になって叫びました。

現在通用している常識から見れば、パンが海に落ちたとして、海鳥や魚のえさになることはあってもカメが死ぬことはありません。だってパンってプラスチック(海洋ごみ)じゃないよね?

では、海の生物を殺す海洋ゴミとは何でしょうか。

環境省の調べでは、自然物、プラスチック、木材、金属、布、ガラス・陶器、紙、その他人工物になっており、海洋ゴミの重量において23.3%という無視できない数字がプラスチックとなっています。

ということから、「ポリ袋を使うな!スーパーの買い物袋は有料だ!」という常識が生まれています。確かに「海には膨大な量のビニール袋やプラスチックゴミが浮いているという事実(22nd-century.jp)」は動かしがたく。

しかし、ポリ袋を使わなくなれば、海洋ゴミは減るのか?

ここで恐るべき事実があるのです。

やっぱり環境省の調べで行くと

となっており。

なんとポリ袋は総量の0.4%しか占めていなかったりします。

つまり、海洋ゴミをなくしたいなら、本当は「ペットボトル、プラボトル、注射器等」をなくす必要があるのです。(別にポリ袋は垂れ流しでいいとは言っていません、ははは)。

優先すべきペットボトルはいくらでも生産・流通し捨てまくり。すべての罪をポリ袋になすり付け、上手に海洋ゴミという課題から市井の人々の目を反らして、挙句の果てにレジ袋有料化でさらに市民からお金を巻き上げている―そういう「すりかえられた常識」が知らないうちにみんなの意識に植え付けられていないでしょうか。

つまり、みんなの常識で行っていることが、実はこれ以上ない不条理になっていたとしたら?

不条理演劇は、こうした「不都合な真実」を暴く重要なツールです。

北朝鮮の「先軍思想」や「将軍様神格化」は、世界の人々が不条理であると理解しています。簡単すぎて疑いようがないですよね、はははは。。。。

一方

◎日本のコロナ対策は成功して、医療崩壊は起きなかった

◎労働は尊い。人は、死ぬまで現役でいるべきだ

というようなコモンセンスは、どこまで本当なのでしょうか?

ぼく自身の意見は、それぞれ「医療崩壊」、「生涯現役」でこのHPの検索ツールを調べていただければご覧いただけると思います。

一方、さっきの海洋ゴミふくめ、人それぞれであり、ただ一つの正解というものはありません。というか、一人一人が自分にとって何が常識・不条理かという意見を意識する必要があるのです。

意識せずに「先生が言ったから。官僚の発表だから。教科書のとおりだから。新聞や少年ジャンプに書いてあったから」と、外部からの情報を無批判に受け入れるとどうなるか。

「日本は正義の大戦争に突入した。日本人は肉弾を砕いて努力せよ。日本の正義は何よりも重要だ。オマエ個人の命なんて鳥の羽毛ほどの重さ(価値)も無い」と、日本だけではなく、世界中の国々が似たような常識を権威の命ずるままに疑いもなく信じてしまったため、世界にまたがる大戦争が2回も起きてしまいました。

しかし、この常識がいかに不条理であるかということが、第1次大戦の終戦の日に明らかに。昨日まで塹壕で撃ちあい、殺しあっていた敵軍同士が、塹壕を走り出て、互いに抱き合って喜んでいたのです。

この光景はアメリカのRickenbakerという飛行機乗りが記録しました。詳しくは「牧牛」の記事に書きましたので、ご覧ください。

また、これも第1次大戦中の1917年、デュシャンという人が米国の美術展に「権威の言うことは本当は不条理まみれなんだ!みんな目を覚ませ!」と、恐ろしい作品を展示しました。この話は「神は死んだのか」に詳しく書きましたので、そちらをご覧ください。

自分がフツーだと思っていた日常が、実は不条理演劇だった、と見極めるのは、北朝鮮のような明確なケースでもない限り困難だと思います。

でも、本物の有識者の情報だと「さっきAと言ったけど、実はBなんだよ」とわかるように発信してくれていたりします。

こうしたサインを見逃さなければ「屠殺に追い込まれる家畜」の運命から逃れることもできます。サインはいろいろなタイプあり。その中でも重要なやつに「ロマン主義的イロニー」があります。

とここまで書いて紙面切れ。というわけで、続きは日をあらためて書かさせていいただきます。

尻切れトンボにならないように:サインを見つけるには?→このへんはとある記事にかいたので、ご覧ください。

多数の記事からの引用ばっかりになっちゃった。でも「不条理を見抜く」は「己自身を知る」と同様このHPのメインテーマなので、とても1つの記事では書ききれず。

ぜひじっくりこれらの内部リンクを堪能?ください。

ではでは。。。。

絵画の巨匠ダリが作った映画「アンダルシアの犬」。愛と優しさに満ち溢れたぴよちゃんのお話とは真逆の、

本当にシュールなやばい不条理の世界が広がっています。心臓の弱い人は見ない方がいいかも。

Posted by 猫機長
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家電王の農場に着陸

*今回は、動画も入れました

日本の国土の23倍くらい大きいブラジル。事業で成功した勝ち組の人は(宝くじに当たった!とかも)大規模粗放農場を経営して、牧牛をするのが一つのステータスになっています。

そして、これらの農場で、牛の蹄にけとばされながら、カウボーイごっこで遊んだ後、街に出てきておしゃれなフランスパンを食べよう、というときには自家用機を操縦して飛んできたりします。

つまり、自分の農場に長さ800メートルくらいの立派な滑走路を持っている農場がブラジルじゅうにたくさんあるのです。

まずは、そんな大農場への着陸動画

今回は、小生のホームベース(これは飛行クラブのみんなが、なけなしのお金を出し合い、滑走路とメンバーぶんのハンガーを作った)から、そんな大規模粗放農場の滑走路に遊びに行った時のお話です。

飛行前日のうちにホームベースに行き。ハンガー内の居住施設で一泊します。

ガソリンの補充や、機体の確認とかをやっておきます

翌朝6時には、はやくも明るくなっています。昨夜PCで提出しておいたフライトプランをもとに、管制当局に電話してトランスポンダーコード(飛行識別番号)をもらい、PC手前のニーボード(チェックリスト)に書き込んでおきます。

さて、居住区角からとび出して機体の移動だ!そのまえに、スニーカーを軽く振ってクモとかが隠れていないか確認します。

こういうのがいるかもしれん

そして、毎回くどいけれど、ドレン(ガソリンを検査弁から抜き出して沈殿物を検査)と、ピトー管のカバーを外します。

それぞれ、忘れるとこうなるぞ!という記事を「ピトー管」と「ドレン弁」に書きましたので、寄ってみていってください。ははは

飛行機をハンガーから引っ張り出します。

爽やかな朝を実感する瞬間。

コクピットに乗り込みます。

右ひざにくくりつけたニーボードでチェックリスト(飛行点検リスト)確認。

左のチェックリストで、SIGFの落書きは目的地空港の記号。0307はさっき管制からもらった認識番号です。

ここでかぶと虫のエンジンキーを差しっぱなしにしたことに気が付き。しゃあないな、飛行機からいったん降りて取りにいきました

で、もう一回コクピットへ。

ラジオのダイヤルを管制の周波数に合わせたら、さかんにいろいろな旅客機と交信していました。今日はブラジリア国際空港の11Lと11Rで離着陸していることが聞き取れ、ぼくのホームベース05からの離陸経路とは干渉しないな、と安心。交信の中で管制が本日の気圧1022と言っていたので、高度計のダイヤルをあわせたら、ぴったりホームベースの標高3200フィートになりました

航空計器チェック、エンジンスタート。エンジン計器チェック

エンジン開始直後にしては、ちょっと油圧低めだけどいいかんじ。

いよいよ滑走路エンドに進出。

離陸。動画でどうぞ

ぐんぐん上昇していきます。

ブラジリアの10月は乾季の終わりにあたり。4月から少しづつ舞い上がってきた砂塵が上空を覆って視界がかなりぼやけます。でも雨季に入り一雨降ると、とたんに洗われて地面におち、鮮明な空になるのがふしぎです

やっぱり赤茶けたブラジル高原をのしのし飛んでいきます

翼支柱の三角すぐ右に見えるのがPadre Bernardo市。

ということは農場の滑走路はすぐ近くだぞ!離陸から40分くらい経過していました。

さて、ダスト(塵)が浮遊していて、なかなか見えにくい地表。やばいな、滑走路どこだっけ、と探したのですがなかなか見つからず。

ふつうは目的地到着の8分くらい前には、小さな点ながら滑走路やハンガーなど施設が見えてくるのですが、今日はばっちり直上まで来てるのに?とやむなく機首をあれこれめぐらして探しました

やばいな、管制官のおねえさんに「ちゃんと航空図見てきたの?」なんて怒られそうだ、と思っていたら、ブラジリア国際空港では、そのときちょうどランディングギアが作動不良になった飛行機が出たらしく、それまで11L、11Rの2つの滑走路で同時離発着をやっていたのを、片方は故障機専用、もう一方にその他すべてを誘導し始め。ひっきりなしにお姉さんから多数の旅客機をさばきはじめていました。

よしよし、このあいだに滑走路みつけちゃおっと、ともう一度探したら、ありました

みなさん、この写真のどこに滑走路があるかわかりますか?

ちょうど発見を待っていたかのように、管制のお姉さんから通信あり。 「PU-XXX(僕の飛行機の識別名)、現在位置を連絡せよ」もちろんすかさず「目的地滑走路直上、管制解除願う」と回答したら、すぐ解除となり。お姉さんは再び旅客機をさばきまくり始めたのでした。なんかいかにも滑走路直上にいるけど、お姉さんが大変そうだから、旅客機との通信が一息つくまでぐるぐる回って待っててあげたよーん、みたいな結果になったのでした。ははは

降下開始。

高度が下がり、滑走路が写真からはみだすくらいになってきました

周回経路を回りながら、ぐんぐん地表に向けて降りていきます

ファイナルレグ。前方に滑走路

ベースレグからファイナル、そして着陸までの動画はこちら

家畜の群れを左前方に見ながらタキシング

畜舎とかの整備も立派で、これぞザ・農場ですね。。。

滑走路端に到着。降りた側の反対から離陸します。

離陸動画

上昇中

乾季のただなかでも枯れない川があり。農場立地の重要な条件です

かなり急角度で上昇中ですが、気流が穏やかで、操縦かんから手を離したまま飛べました

さらば滑走路。ううむ写真じゃ見えにくいな、左上に小さくなっています

水平飛行になったところで、ガソリン残量チェック。胴体内タンクが3分の2を切ったところ(写真の赤丸)で、翼内タンクからの流入コックを開きます。

左右翼内タンクのゲージでこちらも残量確認。左タンクがいつも右に比べ残量が低くなる傾向あり。これは軽飛行機でよく見られる現象らしい。

ついでに自撮り。今日はこの時点で機内が暑めになり。窓の空気取り入れ口を開いたら涼しくなりました。

空気取り入れ口

大農場地帯の上空を行く。まるく見えるのが「センターピボット式灌漑農地」で、だいたい1年に1~2期作、大豆が主力となっています。赤茶けているのは、収穫後か、あるいはまだ種まきをしていないかな、かもしれん。

山脈地帯、といっても岡程度ですが。

いやしかしダスト(塵)がおおいな。地平線がぼやけちゃっています

航空計器とGPS,トランスポンダー。黄色域ぎりぎりの時速100マイルでいいかんじ。でもGPSによる対地速度は73.2ノット、80マイルくらいで、20マイル(時速30キロくらい)の向かい風になっていました。

そうこうしているうち、青い湖と白い建築物のブラジリアに到着。

ホームベース上空へ到着。

周回路を回って、無事着陸したのでした

ホームベースの周回と着陸の動画はこちら

ハンガーまでタキシングしてきて駐機。ご拝読ありがとうございました。

*なお、国際空港でギアに課題発生した飛行機のその後については、新聞などで「ブラジリア空港へ胴体着陸」などの報道はなし。どうやら無事着陸できたらしい。

おまけ

いや暑い暑い!まだ朝9時半なのに、地上は30度近い暑さでした。デッキチェアを風当たりのいい場所に持ち出して、寝なおしました

ではでは。。。。

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美術ってなんだ
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美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差(最終回)

いやいや今回含めて4回にわたった連載。いつまでも際限なく続くと焦点がぼけちゃうので、えいやー!と最終回にしました。

口上はそのくらいにして、本題いってみます。

さて、西洋美術は「ふむふむ」、日本美術は「わくわく」だった、というのが前回での結論でした。

西洋美術は、記録媒体として、記録された物語を誰もがわかるように理性的かつ写実的に絵をかいた。それは聖書の物語であったり、メディチ家の誰かの肖像であったり、「民衆を導く自由の女神」みたいな概念の擬人化であったり。もちろん風景画とかで名画も多いのですが、基本スタンスは、風景はあくまで背景で、その風景を背景としている出来事や登場人物について、やれアレゴリーだのアトリビュートだのでくどくど説明し伝達するのが西洋美術だった。

*アトリビュート:持ち物。白百合を持った青と赤の服装の女性がいたらマリア様を表す、など。

*アレゴリー:寓意。抽象的な概念を具象化したもの。サイコロの絵は幸運、頭蓋骨は死、とか。

日本美術は、西洋美術と比較すると「単なる模様」だった。ははは。。。。そして、花鳥風月とか、模様ちっくな唐獅子や雷神とかがふすまや屏風にでかでかと描かれ、お城などの装飾の重要な部分として発展してきた。すなわち、日本の場合芸術と工芸があまり分離してなくて、刀の拵えにしろ、屏風やふすまにしろ、実用品の装飾、という性格がつよく。西洋のように美術は美術で独立しており、美術のための美術なんだ!工芸じゃないぞ!みたいな考えはないらしい。

尾形光琳「燕子花図(かきつばたず)」

またまた脱線しそうなので、本題の中の本題「西洋と日本の思考回路、生命の危機にさらされた時の行動の違い。コロナ禍における日本の不可思議な対策の理由」にむりやり行ってみます。

西洋の思考回路は「始点・終点があり、終点つまり成功・成果に向かって直線的に進化していく」アプローチです。日本の思考回路は「天下太平の世を孫子の代まで守り抜く、つまり過去、現在、未来が一つになってぐるぐると同じ地点を回っている」アプローチです。

*なお、人類は螺旋状で進化する、という理論があり、事実西洋絵画もデフォルメと写実の間でルネサンス→バロック→新古典主義→ロマン主義→自然主義・印象主義などと振り子のごとく、あるいはぐるぐると回っていながらも、この回転がねじのような螺旋を描いて進化していますが、日本の場合は徳川300年で、螺旋ではない単なる回転となるよう押さえつけられてしまいました。明治になりワープした。

で、西洋人の場合、理性的、普遍的な規則によってこの進化を客観的に達成しており。数学がいい例で、哲学的な意味に入るまでもなく、単なる算数レベルで、1+2は、西洋人にとっては3です。ナチスドイツであろうがソ連であろうが大英帝国であろうが、1+2=3であり、これ以外の答えはありません。

ところが、日本人の場合、その場の空気で3なり4なりに変化し。みんなの雰囲気で3.23となっているものをうっかり3.26となど言おうものなら、たちまち「空気が読めないやつ」と村八分になります。

例えば、会社の報告書などで、首相じゃなかった社長が一声「3.35だよ」と言えば、1+2は3.35です。でも、そのままでは検察じゃなかった税務署に呼び出され大変なことになるので、報告書の添付書類で「今回の調査により、小数点以下の誤差が発見された。1の場合、その誤差は0.11に該当し、2の場合は0.24である」と、誤差を合わせれば3.35になるよう、官僚じゃなかった事務方が必死にフォローするのですが、もちろん税務署は喜んで「なぜ誤差がでるのか」「1の場合0.11となる理由は何か」「2の場合は。。。」と際限なく重箱の隅をつつく質問をしてくるので、こうした「すべての質問に対する想定問答」を含んだ「実施方針対策」をあわせて作成することになり。辞典一冊みたいなぶ厚い参考資料が報告書にくっつくことになります。

もちろん、だれしも「辞典みたいな参考資料」を作ることは避けたいわけで。でどうするかといえば、普段から首相社長をカラオケにお誘いしお言葉をお聞きし、事務方同士ではZoomだろうが何だろうが、飲み会や日勤教育などで「首相社長が言いそうな数値」を事前にリサーチしておき。「今度の報告書では3.37とおっしゃりそうだ」とわかってくれば、最初から「この3.37は、1+2.37から導き出された結果です」と、税務署も文句ない?報告書にすることができます。あえて書く必要はないと思いますが、なぜ「飲み会」が必要になるかと言えば、しらふでの場面では1+2=3以外にありえないからです。こういう「飲みにケーション」ができる人はいいのですが、できないと公園で一日を過ごしたり、ニートの境遇に追い込まれたり、電車に飛び込んでしまうことになります。

長くなりましたが、日本の場合「成果を求めない。成果自体が変わってしまう」というケースがあるということです。

1+2のケースでは、計算結果は上記の「国会会社」あるいは「ママ友のグループ」など、はっきり言ってそれぞれが属しているクラスターの「空気」に従って決定され、そしてそれは日々流動することとなります。

で、コロナ対策。

この対策の目標、成果についても、いろいろなクラスターの空気によって変化しています。

その結果、日本政府の政策はこうなりました

出展:https://note.com/hyamaguchi/n/n0c60c7292ec3

ブラジル大統領の確信犯バカッター発言「ただのカゼだ」の方がまだましかもしれん。やってることは日本政府と同じですけど。。。

日本では、巣ごもりの人、花見に行く人、そしてキャバクラに行く人もそれぞれが属するクラスターの空気に従っているだけだと思いますが、しかしこの玉虫色に変化するスタンダードが大惨事を招く可能性があります。

実はそう遠くない昔、日本の軍部は「飲みにケーションでしか説明できない決定」で、飲みにケーションなんて感知しないアメリカと戦争を始め、原爆を落とされました。コロナも飲みにケーションなんて通用しないウイルスです。

ぜひ日本の人は、日本の政治家がいう「注意お勧めします」というこれまた煮え切らない玉虫色の勧告ではなく、世界で日本に先駆けて起こっている参事を参考にして、徹底した巣ごもりを実行すべきと考えます。

このままだとかなり暗然とした終わり方になってしまうので、ちょっと補足

―西洋の超一流の芸術家たちは、芸術と言いながら理論・理性に縛られて、直観・啓示・感性が遠ざけられてしまっている現実に悩んでいた。

―そこに「わくわく」の日本美術、理論なんて細かいこと言わんと、ダイレクトに感性だ!という「12歳の少年のもつ純粋さ」が直撃し。西洋人の精神年齢「45歳の老獪な成人」の凝り固まった感性を粉砕した。これがジャポニズムです。

もちろん、たとえばアングルの写実絵画にも啓示や感性はあります。(「泉」を見て、おもわずその絵画の中に迷い込んでしまったような錯覚を受けるとか)。一方、知らず知らずのうちに単なる歴史・人物・事件・風景の絵解き説明になっているだけというケースもあり。すなわち、「歴史、人物、事件なんてどうでもいい!絵画がそれ自体で芸術として成立すべきだ!」という叫びが生まれていたところに、「犬図」みたいな日本画を見て、まさに成立している実例があることに驚愕した。そして、純粋芸術の可能性に目覚めた西洋の芸術家たちは、西洋人得意の「直線的進化」によって、まずは画題からの解放、そして具象から脱出し、「点と線と面」へと進んでいます。この辺の話は、またいつか「カンディンスキー」をお題にして書いてみたいと思います。

大好きな「犬図」。毎回こればっかりですみません

さてさてまたしても3000字を超えてしまいましたので、この辺で終わりにしますが、日本人の「12歳的柔軟思考」が良い面で出れば明治維新や戦後初期の民主主義導入(そしてジャポニズムも)、悪い面で出れば軍国主義となり。コロナ対策ではかなり悪い面で出てしまっていると思います。天真爛漫な12歳に回帰しながらも「螺旋状に進化していく日本」を願っています。

ではでは。

 

Posted by 猫機長
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インデックス指標から株価暴騰を予知する方法

*コロナ暴落前に書かれた記事ですが、ポイント的なイベントや移り行くトレンドに左右されない中長期的な投資がお題なので、特に修正などしてません。このHPの記事はすべからく「時は変わっても価値を失わない」ものを掲載するようにしています。

市場投資を行う際の重要な判断材料の一つに、株価指標というものがあります。例えば「日経平均株価」とか。

これは、東京証券取引所第一部に上場する約2000銘柄の株式のうち225銘柄の値動きの平均値で、ざっくり日本の株式市場の動きが上昇しているのか下降なのかが見える指標、という理解でよいと思います。この指標がぐんぐん上がっていれば、経済は好調になっている、みたいな。

とくに小口個人投資家にとって重要なのに「インデックス投資」というのがあり。平均株価を構成している主要な銘柄のグループに出資して、市場株価指標をなぞるような値動きをするファンドに投資するというもの。個別株投資と違って「市場全体は好調なのにぼくが投資した会社はつぶれちゃったあ!」みたいなことがなく。10人の内9人までが失敗し破滅するという株式市場(そして残る1人が利益を独り占め。ははは)において、唯一安全に成果を狙える株投資だ、という人もいます。

アメリカ制空権空域へ侵入した日本機10機の内9機は撃墜される、という状況で唯一のこのこ生還できた100式偵察機。インデックス投資、と書いていてつい連想しました

ちなみに、アベノミクスが始まったころにすなおにインデックスファンドを買っていた人は、2年間で資産を3倍に増加していた、という分析もあるぐらいです。へえー!

でも、証券会社の人に「僕はインデックス投資をやりたいから、いいファンドを教えて」といったら渋い顔をされて「そんなのもうからないよ」「もっといい個別株があるよ」と言われた経験あり。要するに個別株をお客さんの間で転がすことが証券会社の利益の重要な部分となっているらしい。

もちろん市場が変動し下降すればインデックスファンドの成績も一緒に下がります。でも、アメリカのような経済大国の株式市場は長期的には拡大してゆくので、インデックス投資していれば、ビットコインのような大化けは期待できないにしても自然に儲かっていくことになります(日本はちょっとあやしい状況)。プロの人は素人がこういう自然な儲けかたを見つけてしまうと仕事が無くなってしまうので「われわれの個別ファンドはインデックスに勝ちます」みたいな銘柄を提示したりしますが、実際勝つのは至難の業らしい。もちろん勝つこともあり、あえて個別株をやる玄人もたくさんいることはいる。

インデックス関連での注意点:

長期的という言葉が生命線。上記のアベノミクス便乗で2年で3倍なんて言うのはブラジルもびっくりのレアケースであり、本来は20年で3倍くらいとおもったほうがよい。

インデックス投資の信頼性を決するものに市場規模があり。楽天証券の「世界時価総額ランキング」によれば、世界最大のニューヨーク証券取引所は時価総額19,490,633百万ドル、世界全体の26%を占めており、東京証券取引所は4,751,890百万ドル、世界比7.21%。これだけの規模があれば、機関投資家が投機アタックで株価を操作しようとしてもそう簡単にはいかないので、上記の「自然な上昇」が実現できる。一方、ブラジルのBOVESPA(サンパウロ証券取引所)に至っては為替変動の激しい新興国の哀しさか、いろいろなソースで全然違う数字になっていたりして?最新とみられる情報でも493,500百万ドルとぜんぜん少なく(出展はhttps://myindex.jp/global_per.php)。これが何を意味するかというと、いくらでも投機筋の餌食となり実物経済とはかけ離れた動きをしてしまうため、インデックス指標ははぜんぜんあてにならない、ということになってしまいます。

それでも、新興国のインデックス指標はアテにならないとわかっていればそれなりに有用です。

たとえばIFIXというのがあり。

IFIXすなわちブラジルリート指標は、440億レアル(100億ドル)、161銘柄が上場しており。上記のBOVESPAが一般の株に対応しているのに比べてリート市場の動きを提示しています。そしてこのIFIXは2018-2019年で35.98%という記録的上昇。IBOVESPAの31.58%を上回りました。

赤が法定基準金利。青がIFIX。株価指標は金利と逆比例することに注目。

そして不動産業界全般(建設、売買等関連企業)の株価指標であるIMOBに至ってはなんと70.6%の暴騰。そしてリート売買をしている投資家の人数は2012年~2017年は年間10万人だったのが、2018、2019の二年間で一気に47万人に激増しました。

ブラジルリート市場における投資家の人数。2018年から2019年の1年で3倍強の爆発的増加。このグラフにめぐりあった皆さん、ブラジルの市場はまだまだ伸びしろがありますよ、なんて悪魔のささやきを送ります。

いっぽう同期間でドルは3.56%上昇。インフレは7.30%(IGPM 指標)。法定金利は6.5%から4.5%へ減少。

ううむ数字ばかりでこんがらかってしまった。

投資家にとって指標や数字と特にその動きがどんな重要性を持つのか?

それは、ずばり!「リートなどで濡れ手に粟の大儲けをする投資判断の裏付けになる」ということなのです。

たとえば、とあるリートFLMA11について。

上記のIFIXの動きをウオッチしていて、かなりのサーマル(上昇乱気流)だな、すなわち

リート投資家の数が激増。株式市場もブルマーケットそのもの。不動産産業は70%の爆発的発展。需要に供給が全く追い付かない事態が発生するぞ!

一方でドル上昇・金利減少。実体経済はまだまだ停滞期だ!

つまり、金利現象に悲鳴を上げ、株に逃げ込もうとする「イワシの群れ(初心者投資家)」が、特定の株に群がり、ファンダメンタルズ(実体経済)に見合わない暴騰を見せるときが来るぞ!

と手ぐすね引いて待ち構えていました。

すると本当に到来し。折しも社会保障改革議会通過直後の2019年10月末の時点において、FLMAというリート銘柄が1か月で144%株価上昇。改革成功を口実にした投機があったな!よし株価がファンダメンタルズ相応に戻る前に売って利益確定だ!

と2日くらいかけて保有株の40%くらい売却。すかさず高配当リートに買い替え年収36万円アップになりました(図の赤丸の時点・金額)

FLMAの2020年1月17日時点、過去6か月間のグラフ

ちなみに、実体経済は沈滞しているのでやっぱり2020年1月時点でFLMAの株価も6か月前の水準に戻っちゃったのでした(図の青丸)。(2020年9月20日追記。コロナ禍で暴落した後、少し戻して3.06となっています)

以前も記載しましたが、経済サイクルというのがあり。

為替や政策金利で、実体経済がどんなかなーというのを大雑把につかめます。でも市場は「噂で買って事実で売る」というように景気を先行するのが常であり。IFIXはじめ指標が示す加熱の兆候も実現にはまだまだですが、今のうちに買うべきは買い、本当に経済成長したときには売り逃げするくらいの覚悟でいる必要があると思います。

「リート?それってなあに?」「ブラジル?そんなのに投資するの?」と、まだ誰も知らないうちに「ボコられている銘柄に投資」するのが秘訣で、新聞やテレビなどマスメディアが「リートが新時代の救世主だ!」なあんて大々的に報道するようになったら、もはや儲ける時期はとっくに過ぎてしまっており。この記事を読んだみなさんは、だまされて(だますつもりもないでしょうが)買ってしまい、暴騰の次に必ず来る暴落の餌食になり破滅する「イワシの群れ(ラットレース)」に入らなくて済むことと思います。

最後に、この記事を読んで、キャピタルゲイン投資に血道を上げようとする若者たちへ一言。「この20年来、ぼくはリートは買うことはあっても売ることは1度(2回に分けましたけど)しかありませんでした。暴騰しようが暴落しようがコツコツ買っていったら資産1億を超えました」

ではでは。。。

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美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差③

美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差③

これまで2回にわたり、西洋美術と日本美術をそれぞれダイジェストしました。今回、このシリーズのお題である「頭でっかちな西洋美術と、ほにゃららな日本美術の接点を探り、美術に現れる日本のお国柄を理解し、日本の不可思議な新型コロナ対策の解明を試みようと思います」についに到達。

さっそく「接点」というか、まずは「どう違うか」です。

これがなかなか奥が深く。表面上の差と、「奥義」に分かれます。

表面上は技法の面で明確な差があり。

すなわち

◎日本絵画は写実にこだわっていない

◎陰影によって成り立っているのが西洋絵画。

◎日本絵画は、陰影(グラデーション)のかわりに、輪郭線で成り立っている。

◎日本絵画は、色調があっさりしている(水墨画のように、モノクロの絵さえある)

◎日本絵画は、表現が簡潔である

というのが共通認識で、明治時代にフェノロサという人が指摘しました(ぼく個人の「感性」で脚色しました。ははは)。

これらの差が、西洋人と日本人の精神や文化の差を雄弁に物語っています。

西洋人が写実から出発したのはなぜか。「抽象的な想像に左右される主観ではなく、具体的な現実から導き出される客観」が西洋人のメンタリティの基礎だからです。

絵画は視覚芸術であり。だれの目にもこう写っているぞ、本物に似てるね!そっくりだね!というのが基本中の基本である。

できうる限りの写実があって、さらに写実を超えた「輝き」を目指すのが西洋美術であった。例えばみんな大好きフェルメールの「真珠の耳飾の少女(青いターバンの少女)」ですが、「カメラ・オブスクーラ」という装置でとらえたモデルさんの姿を平面(キャンバス等)に転写して描き出しています。当時の画家が共通して使用していた装置らしい。

カマラ・オブスクーラ。
ただしフェルメールは使っていないぞ!と主張する人もいます。

こうして描き出した、写真とまがう肖像がまずはベースになり。
しかし、単なるイラストではない「内部から輝くような芸術に」するため、それぞれの芸術家がいろいろな秘法を駆使していますが、フェルメールの場合は「ポワンティエ(点綴法)」で「写実を超えた一歩先」を実現しています。ポワンティエなんて、いかにも芸術的なお名前ですが、実はシンプル(容易とは言いません)で、「光の粒で明暗、特に輝きを表現した」。

例えば目。

白い点(星)が入っています。

えええー!じゃあ「ベルばら」のキラキラおめめのキャラクターたちと同じなんですか?その通り。「アルフレッド―!」の藤原栄子の原点はフェルメールだったのだった。へえええ。。。。

ちなみに、日本絵画に写実がないわけではなく、陰影による表現がないわけではない。例えば、ドミニク・アングルの(泉)部分と、渡辺崋山の絵を比べてみると

アングルのお姉さんは「泉」の擬人化。艦これの先祖ですが、実在の人間とまがうばかりの写実的表現です。渡辺崋山の方は鷹見泉石という実在の蘭学者で、当時日本では、実はここまで写実的な絵は「魂を取られる」などと言われ、嫌がられたらしい。

艦これ「空母赤城の擬人化」。実在の空母は、艦尾の
安定がわるく、なかなか着艦しにくかったらしい。
出展:https://wikiwiki.jp/kancolle/%E8%B5%A4%E5%9F%8E

日本画らしい、明るくあっぱらぱな陰影。富士山は輪郭線くっきりです。
葛飾北斎「凱風快晴」
でも線画、あっさり、あえて余白を作る一方、表面的で奥行(パース、遠近)を「気にしない、あるいは独特の表現をする」日本絵画の特徴がわかると思います。

さて、技法による差が見えれば、その奥にある根源(民族的素養)も明確になります。

西洋美術とは、論理を視覚化したものであった。

一方、日本美術は、情緒を絵の形でぶちまけたものだった。

従って、西洋世界の思考論理や思考の裏付けとなる教養についての知識がないと、西洋絵画はそもそも理解ができないのです。この「知識」にはいろいろありますが、わかりやすいのに「アトリビュート」があります。

簡単に言えば「持ち物」のことで、例えば下のダビンチさんの絵ですが、アトリビュートがわかれば、誰がみても「受胎告知」という聖書の物語だと論理的にわかるようになっています。

あれれ、この絵って、工務店のおかみさんが「どすこい!」と税金取り立てのお兄ちゃんを後ずさりさせてる所じゃないの?いやいや。

まず、お兄ちゃんは、白い百合の花を持っています。この「持ち物」で描かれる天使は「ガブリエル」といって神様のお言葉をつたえるメッセンジャーということがわかります。(ちょっと見えにくいけれど、左手から顔の前に伸びています)

お姉さんの方は、青と赤のお洋服(アトリビュート)で、聖母マリアであるということがわかります。

そして、背後に立っている細長い木は「糸杉」で、西洋では生と死のシンボルです。つまり、キリストが生まれ、殉教することを示しています。

これらの情報から、西洋人ならみんな知っている「天使ガブリエルが聖母マリアにイエスキリストの妊娠を伝える」という聖書の物語にたどり着き。「おおお、なんと美しい救世主の誕生の秘話なのだ!」という結論に達するのです。

聖書の「ルカによる福音書1章26~38節」に、こう書かれています(以下ちょっと省略しました)。

『28 天使は、彼女のところに来て言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる。」

29 マリアはこの言葉に戸惑い、いったいこの挨拶は何のことかと考え込んだ。

30 すると、天使は言った。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。

31 あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい。

32 その子は偉大な人になり、いと高き方の子と言われる。神である主は、彼に父ダビデの王座をくださる。」

34 マリアは天使に言った。「どうして、そのようなことがありえましょうか。わたしは男の人を知りませんのに。」

35 天使は答えた。「聖霊があなたに降り、いと高き方の力があなたを包む。だから、生まれる子は聖なる者、神の子と呼ばれる。」

38 マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」そこで、天使は去って行った。』

ふむふむ。。。。

一方で、日本絵画。仙厓和尚です

絵の名は「犬図」。きゃふんきゃふん。

かわいいね!終わり。

わくわく。。。。。

ここでついに奥義です。それは

『西洋絵画は「ふむふむ」であり、日本絵画は「わくわく」である』

です。

つまり、くどいけれど、西洋絵画は「情報・知識にもとづいて解明する」ものであり、日本絵画は「印象、心象、情緒を楽しむ」ものだったということである。

ううむ西洋と日本の違いは分かった。では、ジャポニズムなど、どうして西洋の最高の画家たちが日本の絵画に熱狂し、その影響を受けることになったのか?そして、このシリーズのお題である、日本のコロナ対策(はじめとする政策等)がなぜ不可思議なものとなるのか?の解明については、次の記事にさせていただきます。

なお、日本と西洋の違いというと、紙や布が豊富な日本と、毛皮を着る西洋。水が豊富な日本と、料理や絵の具まで油の西洋、といった自然条件や気候風土による違いも美術に如実に反映されるのですが、これもまた別の記事とさせていただきます。

今回はかなり繊細・コアな内容で、書いていて力尽きました。いつまでも終わらずすみませんが、見捨てずにごひいきください。

「ラーメン才遊記」から抜粋。
ラーメンは「ふむふむ」と気難しく考えながら食べるものではなく
「わくわく」でなければ。。。。そして絵画は?
ではでは。。。

*「犬図」について、あの犬は、実は禅の「〇」のことであり、「エデンの園を脱出せよ!」というメッセージなんだ!という人もいますが、こまかいこといわんと、わくわく!かわいいね!でいいじゃないですか。ははは追記でした。

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宝くじに当たった人の末路

宝くじに当たった人の末路

巷では「宝くじ必勝法」とかいうたぐいのハウツーものが大流行。宝くじ販売店へ行列をなして買いにゆき、なけなしのボーナスをすっちゃったあ!という人が後を絶えず。

一方「一夜で大金を得た人の末路」などといって、宝くじに当たったがゆえに人生を台無しにしてしまった、なんて内容の本もバカ受けしていたりします。

果たして、宝くじに当たった人の末路は本当に悲惨なのでしょうか。

いわく「あればあるだけ使ってしまう。金銭感覚がマヒし、際限のない支出に気が付かない」そしてもちろん「会社の同僚やご近所様、親類縁者との関係がぎくしゃくし始め」「会社に行けなくなり・行く気がなくなり・受け入れてもらえなくなり」稼ぎがなくなる一方でお大尽三昧を尽くし、気が付いたらすっからかん。あれだけちやほやして群がっていた人々も、お金が無くなったとたん潮を引くように消え去り、妻は家出・離婚、子供は非行で少年院行き、本人は借金取りのやくざさんに脅かされながらペーパーハウスに、というようなストーリが多いようです。

というわけで、「宝くじなんかに当たって、真面目に働かなくなったら人生終わり。宝くじは夢を買って、でも現実では生涯現役が一番幸せな人生さ」が結論となっています。

では、本当に宝くじに当たった人は人生を破滅させてしまうのでしょうか。

実は、ずばり!「本当はますます繁栄・裕福になるとおもってよい」なのです。

残念ながら、世の中には嫉妬などあり。自分に自信を持てない人は、自分より劣った人を発見することで安心するため、常に周囲の人々とけん制しあう(洗脳)という悲しい事実が存在しています。もちろんそんな家畜の境涯を卒業した人もいますが、残念ながら圧倒的少数派である。つまり、どんぐりの背くらべでけん制しあっているうちの自分でない誰かが宝くじ大当たり!なんてストーリーは受け入れられない。当たったけれど破滅した、というふうにならないと、ということらしい。

みんないっしょは必ずしも悪いことではないが、

家畜のようなマスコントロールの標的にされていないか一考の要あり

そういう状況で、宝くじに当たった!とします。

その時でもどんぐりの群れ、つまり、会社や親せき、友人関係という人の輪の中にはいまだいるわけで。そんな中で「わーい宝くじで中ったお金を上手に運用して、ますます裕福になったあ!うれしいな!」なんて言ったが最後。それこそ親類縁者その他から寄ってたかって食い物にされ、身ぐるみはがされたうえで「こいつはやっとみんなと同じ貧乏人になった、もっといじめてやる(洗脳に悪用される)」と際限のない搾取の対象にされるだけです。まあ、宝くじに当たったなんて言わなくてもわかっちゃうとは思いますが。

ではどうするのか?実は簡単で、いったん破滅したように周囲には見せかけ、誰にも相手にされなくなるのを待てばよい。賞金の一部分(みんなには全額と思わせる)を上手に浪費・散財し「わあああおかねがなくなちゃったあああ!」「仕事にも戻れない!だれかたすけてー!」と自分から「破滅しました、ぼくはみんなより劣ったしょうがない下等国民です。みんなのすねをかじらせてー」と宣言すれば、みんなは安心して「潮を引くようにいなくなり」、やっと誰にも搾取されずにお金を活用できる状況に持ってゆくことができる。このときに本当に心配してくれる人も少数ながらいるでしょう。こうした少数の「本物の友人」といっしょに、お金を維持増加させてゆくことを考えればよいのです。

上記のパフォーマンスで浪費・散財したお金はもちろん宝くじ賞金の10分の一か50分の一かにとどめておいて、残りは手堅く投資しましょう。宝くじの賞金であれば「大金に兵法なし」でへたなリスクをとる必要はありませんが、単なる取り崩しではいけません。金融投資による金利・配当のみで生活費を差し引いてもますます所得が増える体制を築いたうえで、上記で出てきた「本物の友人」たちとの交流を深めればいいのです。もし「宝くじに当たったらたかってくる人ばかりしか知らない」という場合は、それが誰であれ縁を切る良い機会だと思えばよい。ひそかな繁栄の道を歩み始めたときに、目ざとくそういう人たちが寄ってきたら、にべもなく断ればいいのです。

さて、金利・配当のみで生活費を稼げるの?仕事しないのにお金がお金を生んでくれるの?と質問する人も多いと思います。

答えは「もちろんある」そしてそれは「不労所得」というのです。

宝くじに当たった人は、ぜひこのホームページの経済コンテンツをお読みください。宝くじの賞金を減らさずにますます裕福になることは十分可能であることが明確に理解できることと思います。

じゃあ、宝くじにでも当たらないと、明日の暮らしにも困るという人は?

このホームページは、まさにそういう人のためのページです。

ぼく自身大学卒業直後ひょんなことから救急病院行きになり死にぞこない、就職しかかっていた会社からもけりだされゼロからの再スタート、現在でも労働所得は年収で200万円ちょっとの貧乏リーマンですが、不労所得だけで給与年収の3倍近くまで得ることができるようになりました。

要すれば、宝くじに当たらなくても、ある程度の資産を構築し、上手に運用すれば無職になっても生きていけるだけの不労所得を得ることは可能であるということを知ってもらいたくてこのホームページを書きました。

「ある程度の資産」ってどのくらい?どうやって構築するの?そして「上手な運用」ってどうするの?などについて、今どきのブログではやっている「迅速な答え」はありません。でも、このホームページにめぐりあった皆さんは、ぜひスピリチュアルコンテンツ・経済コンテンツをあせらずじっくり読んでいって下さい。「あこういうことか(収入と支出b)」と納得いただけると思います。

宝くじに当たって会社を辞めることが悪でも、生涯現役で死ぬまで働き続けることが善でもありません。「気が付かないうちに家畜(ラットレース)として死ぬまで働かされていた」のではなく「報酬とは別にライフワークとして働いている」そんな仕事が見つかる一助となれば幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=Dna-edAuFGg

若いうちはリーマンごっこもいいけれど。。。不労所得で生活できるようになり、本当のライフワーク(なにもしないでぽけっと、というのもある)を探してみませんか

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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軽飛行機で乾季の高原を飛行

軽飛行機で乾季の高原を飛行

最近、やれ西洋美術史だのやれ不動産投資だの「ふむふむ」と考え込む気難しい記事ばっかりだったので、久しぶりにぽけっと空を飛んだ記事にします。

さて、新型コロナ自粛によって飛行回数が激減しちゃってますが、機材(つまり飛行機、特にエンジン)のメンテとパイロット自身の技量の維持のため、こないだぼくのホームベースから、とある農場の滑走路まで行って帰ってきました。これがコロナ禍とかでなかったら、素敵女子と一緒に観光地(ピレノポリスの記事ご参照)とかにいくんだけどなー。まあいいや。

で、ぼくの自宅のあるブラジリア市内から車で40分の距離にあるホームベースの格納庫に、前日のうちに移動しておき、格納庫内の居住スペースで一泊。

格納庫。左奥の白い部屋が居住スペース。

翌朝6時起床。格納庫内は18度。外気温度は16度くらいかな。。。フライトジャケットがちょうどいい温度です。

飛行機乗りに便利な機能がつまったフラジャケ。

真っ先にピトー管の保護カバーを外します。外さないとどうなるかはこちらの記事→「ピトー管」をどうぞ。

そして、すぐ正副操縦士席の間にあるフラップレバー(ハンドブレーキみたいなやつ)の下にあるメイン燃料コックを開いておきます。

これも駐機中は閉めておき、ガソリンタンクからの圧力がキャブレターにストレスをかけるのを防いでいます。ただし、閉めたまま離陸してしまい、離陸途中でガス欠、落着なんて事故が後を絶たず。ピトー管と燃料計は何より先に!確認するよう自動反射で覚えこむよう努力しています。

ハンガーの戸をあけ放ちます。ううむ開放感がたまらん

8月にしては穏やかそのものの空。木々の葉っぱや、飛行場管理人の家の洗濯物が微動だにせず。

管理人の飼っている犬がのこのこ遊びに来ましたが、おまえなんかかまってやらないよーん、と知らん顔していたら、すねて居なくなりました。

そんなことよりドレンの方が重要です。写真の赤丸の部分がドレン弁で、ここからガソリンを少し抜き取り、水や不純物がないか調べます。

飛行機(Rans Super Coyote,こよーて君と呼んでいます)をハンガーの外に引っ張り出し

いったん居住区内にもどり、電話でAPP(空軍の管制当局)を呼び出します。

昨日のうちに許可をもらっておいたフライトプラン(写真左)の情報を提示して、トランスポンダー番号(管制と通信する際のぼくの飛行機のコード番号となるもの)をもらいます。今日は0433,ということで、チェックリスト(右写真の二―ボードにはりつけてます)にえんぴつで書いておきます。

格納庫の戸締りをして、飛行機にもどります。

おっと、飛行機けん引用アームを外し忘れちゃってた!はずします

これまた、外さないでタキシングしてしまい、地面の凹凸で跳ね上がってプロペラに当たっちゃたら大変!プロペラだけでなくクランクシャフトもやられるので、忘れるのはダメ!絶対!です。(離陸しちゃうと、着陸時に事故は免れないので、くれぐれも皆さんが自家用機で飛ぶ場合はお気を付けください)。

飛行機に乗り込みます。

ピトー管カバーとり外しからここまでで30分。ううむ安物そのものの腕時計だ。

離陸はフライトプランで7時30分、ちょっと時間があるので自撮りしました

   
本来はコンタクトレンズですが、COVID対策で、めがねです

計器のある風景

写真を撮って遊んでいたら離陸時間が迫り。まず電気ガソリンポンプのボタン(上の写真の中の一つです、ははは)を押して、燃料フィルターとキャブにガソリンを送り込みます。

ぽちっとスイッチを押すと、カタカタカタ、ブルブルブル、チチチチ、ぐぐぐぎゅるぎゅるぎゅる、ぎゅぎゅぎゅぎゅ、とだんだん音がくぐもっていきます。ぎゅぎゅぎゅ、まで行ったらスイッチをオフにします。

2週間に1度と低頻度でしかエンジンを回していないため、キャブなどガソリン蒸発してカラになっちゃうので、こうしてガソリンをあらかじめ送り込んでおきます。やりすぎるとがぶるので注意。こういうちょっとしたあんちょこ?がROTAX4サイクルエンジン全般で活用できるので、覚えておいて下さい(航空エンジンです。バイクの方は?です)。

エンジンスタート。暖機運転開始。

この眺めはやっぱり「COMPOSITIONVIII」ですねーカンディンスキーは飛行機乗りだったかもしれん

なんのこっちゃ?脱線でしたすみません

この時点でのエンジン計器はこんな感じ。

上左から電気系当(電圧計)OK,エンジン回転計2500でOK,左シリンダーヘッド180度下でOK,中左から油圧計ちょっと高いけどまだエンジンが冷えてるからOK、油温計OK,バキュームメータはROTAXエンジンでは使用しない(自動ミクスチャーなので不用。コンチネンタルエンジンとかだったら重要です)ので、そもそも接続されておらず数値0でOK。下段は画面から這い出ちゃいましたが、ラジエター水圧、水温計と、右シリンダーヘッド温度でいずれもOK。

この間、ラジオやGPS,航法灯、着陸灯などもONにします。

いよいよ滑走路エンドに進出。画面右の吹き流しが風速ゼロの穏やかな空を示していることに注目。

エンジン全開、離陸します。

ブラジリア市街を左に見ながら、ぐんぐん上昇していきます。4500フィートでAPP(管制)を呼び出し、飛行許可と飛行高度(FL065)、目的地までの直進許可をもらい、今日の大気密度でのFL065に該当する7200フィートくらいだったかな?まで上がって行きます。

水平飛行に移る直前のエンジン計器。離陸・上昇はエンジンに最も負荷がかかる状態なので、注意します。写真ではおおむね温度関連は高め、油圧は低めですが、ぜんぶ緑色内におさまっておりOK。左に見える0433が飛行前にもらっておいたトランスポンダーコード。FL064↑はまだ上昇してるよ、という表示です。

雲一つない青空をのしのし飛んでいきます。

赤茶けた乾季のブラジル高原

航空図、眼下の地形、GPSで機位確認します。対地速度73.3ノットで速度計の対気速度とほぼ同じ、つまり向かい風など無しの微風であること、目的地滑走路まで14分55秒で到達予定、針路328度のところ、機首が327度なので右に1度修正せよ、などの表示がわかります。

さらに6分くらい飛んで、そろそろ滑走路が見え始めるかな。。。でも全然見えてこないな、とのこのこ飛んでいたら、滑走路直上になってやっと気づきました。ははは

上と下はそっくりに見えますが、180度旋回前後の写真です。よしよし、のら牛とかが滑走路上に歩いていないな。。。。

周回経路を回って、下降していきます。

ここから先より着陸までは、両手両足をフルに使うので写真はなし。ごめんなさい。。。

で、着陸直後の写真。

いいぐあいに滑走路端の3分の一地点で接地、滑走路のまんなかぐらいでストップできました。ちなみにここの滑走路は830メートル、アスファルト舗装ですが、なぜかつるつる滑ってしまい。離着陸とも気をつかいました。この地点からでも離陸できそうですが、奥に木が連なっているので、おとなしく滑走路端(つまり木の根元)までタキシングしてゆき、180度転回して離陸することにしました。

で、離陸。こちら側からは、滑走路前方に全く障害物がないことがわかります。

上昇旋回。離陸から180度旋回した状態。

ぐんぐん上昇していきます。

 

この区間では気流がとても穏やかで、トリムを合わせたら操縦かんを離したままでまっすぐ上昇できました

 

副燃料コックを開けて、胴体内タンクに加え翼内タンクも使用。

帰りはFL055まで上昇。計器高度(今日の気圧で計った真正高度)は6000フィートでした。GPSは「マップモード」にして管制とのコンタクトポイント(地点)などがわかるようにしています。

青い湖や白い建物のブラジリアに戻ってきました。市街地の直上は避けて飛んでいます。

 

ホームベースの滑走路に到着。

朝9時ちょっとに着陸。早くも8月の風が荒れくるい始めており、ノーフラップでちょっと揺られながら接地しました。

吹き流し。15ノットくらいでているかな?

 

往復で140キロ、エンジンスタートからカットまで1時間44分でした(実際の飛行時間は1時間20分くらい)

最後までお付き合いありがとうございました。ではでは。。。

Posted by 猫機長