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宝くじに当たった人の末路

宝くじに当たった人の末路

巷では「宝くじ必勝法」とかいうたぐいのハウツーものが大流行。宝くじ販売店へ行列をなして買いにゆき、なけなしのボーナスをすっちゃったあ!という人が後を絶えず。

一方「一夜で大金を得た人の末路」などといって、宝くじに当たったがゆえに人生を台無しにしてしまった、なんて内容の本もバカ受けしていたりします。

果たして、宝くじに当たった人の末路は本当に悲惨なのでしょうか。

いわく「あればあるだけ使ってしまう。金銭感覚がマヒし、際限のない支出に気が付かない」そしてもちろん「会社の同僚やご近所様、親類縁者との関係がぎくしゃくし始め」「会社に行けなくなり・行く気がなくなり・受け入れてもらえなくなり」稼ぎがなくなる一方でお大尽三昧を尽くし、気が付いたらすっからかん。あれだけちやほやして群がっていた人々も、お金が無くなったとたん潮を引くように消え去り、妻は家出・離婚、子供は非行で少年院行き、本人は借金取りのやくざさんに脅かされながらペーパーハウスに、というようなストーリが多いようです。

というわけで、「宝くじなんかに当たって、真面目に働かなくなったら人生終わり。宝くじは夢を買って、でも現実では生涯現役が一番幸せな人生さ」が結論となっています。

では、本当に宝くじに当たった人は人生を破滅させてしまうのでしょうか。

実は、ずばり!「本当はますます繁栄・裕福になるとおもってよい」なのです。

残念ながら、世の中には嫉妬などあり。自分に自信を持てない人は、自分より劣った人を発見することで安心するため、常に周囲の人々とけん制しあう(洗脳)という悲しい事実が存在しています。もちろんそんな家畜の境涯を卒業した人もいますが、残念ながら圧倒的少数派である。つまり、どんぐりの背くらべでけん制しあっているうちの自分でない誰かが宝くじ大当たり!なんてストーリーは受け入れられない。当たったけれど破滅した、というふうにならないと、ということらしい。

みんないっしょは必ずしも悪いことではないが、

家畜のようなマスコントロールの標的にされていないか一考の要あり

そういう状況で、宝くじに当たった!とします。

その時でもどんぐりの群れ、つまり、会社や親せき、友人関係という人の輪の中にはいまだいるわけで。そんな中で「わーい宝くじで中ったお金を上手に運用して、ますます裕福になったあ!うれしいな!」なんて言ったが最後。それこそ親類縁者その他から寄ってたかって食い物にされ、身ぐるみはがされたうえで「こいつはやっとみんなと同じ貧乏人になった、もっといじめてやる(洗脳に悪用される)」と際限のない搾取の対象にされるだけです。まあ、宝くじに当たったなんて言わなくてもわかっちゃうとは思いますが。

ではどうするのか?実は簡単で、いったん破滅したように周囲には見せかけ、誰にも相手にされなくなるのを待てばよい。賞金の一部分(みんなには全額と思わせる)を上手に浪費・散財し「わあああおかねがなくなちゃったあああ!」「仕事にも戻れない!だれかたすけてー!」と自分から「破滅しました、ぼくはみんなより劣ったしょうがない下等国民です。みんなのすねをかじらせてー」と宣言すれば、みんなは安心して「潮を引くようにいなくなり」、やっと誰にも搾取されずにお金を活用できる状況に持ってゆくことができる。このときに本当に心配してくれる人も少数ながらいるでしょう。こうした少数の「本物の友人」といっしょに、お金を維持増加させてゆくことを考えればよいのです。

上記のパフォーマンスで浪費・散財したお金はもちろん宝くじ賞金の10分の一か50分の一かにとどめておいて、残りは手堅く投資しましょう。宝くじの賞金であれば「大金に兵法なし」でへたなリスクをとる必要はありませんが、単なる取り崩しではいけません。金融投資による金利・配当のみで生活費を差し引いてもますます所得が増える体制を築いたうえで、上記で出てきた「本物の友人」たちとの交流を深めればいいのです。もし「宝くじに当たったらたかってくる人ばかりしか知らない」という場合は、それが誰であれ縁を切る良い機会だと思えばよい。ひそかな繁栄の道を歩み始めたときに、目ざとくそういう人たちが寄ってきたら、にべもなく断ればいいのです。

さて、金利・配当のみで生活費を稼げるの?仕事しないのにお金がお金を生んでくれるの?と質問する人も多いと思います。

答えは「もちろんある」そしてそれは「不労所得」というのです。

宝くじに当たった人は、ぜひこのホームページの経済コンテンツをお読みください。宝くじの賞金を減らさずにますます裕福になることは十分可能であることが明確に理解できることと思います。

じゃあ、宝くじにでも当たらないと、明日の暮らしにも困るという人は?

このホームページは、まさにそういう人のためのページです。

ぼく自身大学卒業直後ひょんなことから救急病院行きになり死にぞこない、就職しかかっていた会社からもけりだされゼロからの再スタート、現在でも労働所得は年収で200万円ちょっとの貧乏リーマンですが、不労所得だけで給与年収の3倍近くまで得ることができるようになりました。

要すれば、宝くじに当たらなくても、ある程度の資産を構築し、上手に運用すれば無職になっても生きていけるだけの不労所得を得ることは可能であるということを知ってもらいたくてこのホームページを書きました。

「ある程度の資産」ってどのくらい?どうやって構築するの?そして「上手な運用」ってどうするの?などについて、今どきのブログではやっている「迅速な答え」はありません。でも、このホームページにめぐりあった皆さんは、ぜひスピリチュアルコンテンツ・経済コンテンツをあせらずじっくり読んでいって下さい。「あこういうことか(収入と支出b)」と納得いただけると思います。

宝くじに当たって会社を辞めることが悪でも、生涯現役で死ぬまで働き続けることが善でもありません。「気が付かないうちに家畜(ラットレース)として死ぬまで働かされていた」のではなく「報酬とは別にライフワークとして働いている」そんな仕事が見つかる一助となれば幸いです。

https://www.youtube.com/watch?v=Dna-edAuFGg

若いうちはリーマンごっこもいいけれど。。。不労所得で生活できるようになり、本当のライフワーク(なにもしないでぽけっと、というのもある)を探してみませんか

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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軽飛行機で乾季の高原を飛行

軽飛行機で乾季の高原を飛行

最近、やれ西洋美術史だのやれ不動産投資だの「ふむふむ」と考え込む気難しい記事ばっかりだったので、久しぶりにぽけっと空を飛んだ記事にします。

さて、新型コロナ自粛によって飛行回数が激減しちゃってますが、機材(つまり飛行機、特にエンジン)のメンテとパイロット自身の技量の維持のため、こないだぼくのホームベースから、とある農場の滑走路まで行って帰ってきました。これがコロナ禍とかでなかったら、素敵女子と一緒に観光地(ピレノポリスの記事ご参照)とかにいくんだけどなー。まあいいや。

で、ぼくの自宅のあるブラジリア市内から車で40分の距離にあるホームベースの格納庫に、前日のうちに移動しておき、格納庫内の居住スペースで一泊。

格納庫。左奥の白い部屋が居住スペース。

翌朝6時起床。格納庫内は18度。外気温度は16度くらいかな。。。フライトジャケットがちょうどいい温度です。

飛行機乗りに便利な機能がつまったフラジャケ。

真っ先にピトー管の保護カバーを外します。外さないとどうなるかはこちらの記事→「ピトー管」をどうぞ。

そして、すぐ正副操縦士席の間にあるフラップレバー(ハンドブレーキみたいなやつ)の下にあるメイン燃料コックを開いておきます。

これも駐機中は閉めておき、ガソリンタンクからの圧力がキャブレターにストレスをかけるのを防いでいます。ただし、閉めたまま離陸してしまい、離陸途中でガス欠、落着なんて事故が後を絶たず。ピトー管と燃料計は何より先に!確認するよう自動反射で覚えこむよう努力しています。

ハンガーの戸をあけ放ちます。ううむ開放感がたまらん

8月にしては穏やかそのものの空。木々の葉っぱや、飛行場管理人の家の洗濯物が微動だにせず。

管理人の飼っている犬がのこのこ遊びに来ましたが、おまえなんかかまってやらないよーん、と知らん顔していたら、すねて居なくなりました。

そんなことよりドレンの方が重要です。写真の赤丸の部分がドレン弁で、ここからガソリンを少し抜き取り、水や不純物がないか調べます。

飛行機(Rans Super Coyote,こよーて君と呼んでいます)をハンガーの外に引っ張り出し

いったん居住区内にもどり、電話でAPP(空軍の管制当局)を呼び出します。

昨日のうちに許可をもらっておいたフライトプラン(写真左)の情報を提示して、トランスポンダー番号(管制と通信する際のぼくの飛行機のコード番号となるもの)をもらいます。今日は0433,ということで、チェックリスト(右写真の二―ボードにはりつけてます)にえんぴつで書いておきます。

格納庫の戸締りをして、飛行機にもどります。

おっと、飛行機けん引用アームを外し忘れちゃってた!はずします

これまた、外さないでタキシングしてしまい、地面の凹凸で跳ね上がってプロペラに当たっちゃたら大変!プロペラだけでなくクランクシャフトもやられるので、忘れるのはダメ!絶対!です。(離陸しちゃうと、着陸時に事故は免れないので、くれぐれも皆さんが自家用機で飛ぶ場合はお気を付けください)。

飛行機に乗り込みます。

ピトー管カバーとり外しからここまでで30分。ううむ安物そのものの腕時計だ。

離陸はフライトプランで7時30分、ちょっと時間があるので自撮りしました

   
本来はコンタクトレンズですが、COVID対策で、めがねです

計器のある風景

写真を撮って遊んでいたら離陸時間が迫り。まず電気ガソリンポンプのボタン(上の写真の中の一つです、ははは)を押して、燃料フィルターとキャブにガソリンを送り込みます。

ぽちっとスイッチを押すと、カタカタカタ、ブルブルブル、チチチチ、ぐぐぐぎゅるぎゅるぎゅる、ぎゅぎゅぎゅぎゅ、とだんだん音がくぐもっていきます。ぎゅぎゅぎゅ、まで行ったらスイッチをオフにします。

2週間に1度と低頻度でしかエンジンを回していないため、キャブなどガソリン蒸発してカラになっちゃうので、こうしてガソリンをあらかじめ送り込んでおきます。やりすぎるとがぶるので注意。こういうちょっとしたあんちょこ?がROTAX4サイクルエンジン全般で活用できるので、覚えておいて下さい(航空エンジンです。バイクの方は?です)。

エンジンスタート。暖機運転開始。

この眺めはやっぱり「COMPOSITIONVIII」ですねーカンディンスキーは飛行機乗りだったかもしれん

なんのこっちゃ?脱線でしたすみません

この時点でのエンジン計器はこんな感じ。

上左から電気系当(電圧計)OK,エンジン回転計2500でOK,左シリンダーヘッド180度下でOK,中左から油圧計ちょっと高いけどまだエンジンが冷えてるからOK、油温計OK,バキュームメータはROTAXエンジンでは使用しない(自動ミクスチャーなので不用。コンチネンタルエンジンとかだったら重要です)ので、そもそも接続されておらず数値0でOK。下段は画面から這い出ちゃいましたが、ラジエター水圧、水温計と、右シリンダーヘッド温度でいずれもOK。

この間、ラジオやGPS,航法灯、着陸灯などもONにします。

いよいよ滑走路エンドに進出。画面右の吹き流しが風速ゼロの穏やかな空を示していることに注目。

エンジン全開、離陸します。

ブラジリア市街を左に見ながら、ぐんぐん上昇していきます。4500フィートでAPP(管制)を呼び出し、飛行許可と飛行高度(FL065)、目的地までの直進許可をもらい、今日の大気密度でのFL065に該当する7200フィートくらいだったかな?まで上がって行きます。

水平飛行に移る直前のエンジン計器。離陸・上昇はエンジンに最も負荷がかかる状態なので、注意します。写真ではおおむね温度関連は高め、油圧は低めですが、ぜんぶ緑色内におさまっておりOK。左に見える0433が飛行前にもらっておいたトランスポンダーコード。FL064↑はまだ上昇してるよ、という表示です。

雲一つない青空をのしのし飛んでいきます。

赤茶けた乾季のブラジル高原

航空図、眼下の地形、GPSで機位確認します。対地速度73.3ノットで速度計の対気速度とほぼ同じ、つまり向かい風など無しの微風であること、目的地滑走路まで14分55秒で到達予定、針路328度のところ、機首が327度なので右に1度修正せよ、などの表示がわかります。

さらに6分くらい飛んで、そろそろ滑走路が見え始めるかな。。。でも全然見えてこないな、とのこのこ飛んでいたら、滑走路直上になってやっと気づきました。ははは

上と下はそっくりに見えますが、180度旋回前後の写真です。よしよし、のら牛とかが滑走路上に歩いていないな。。。。

周回経路を回って、下降していきます。

ここから先より着陸までは、両手両足をフルに使うので写真はなし。ごめんなさい。。。

で、着陸直後の写真。

いいぐあいに滑走路端の3分の一地点で接地、滑走路のまんなかぐらいでストップできました。ちなみにここの滑走路は830メートル、アスファルト舗装ですが、なぜかつるつる滑ってしまい。離着陸とも気をつかいました。この地点からでも離陸できそうですが、奥に木が連なっているので、おとなしく滑走路端(つまり木の根元)までタキシングしてゆき、180度転回して離陸することにしました。

で、離陸。こちら側からは、滑走路前方に全く障害物がないことがわかります。

上昇旋回。離陸から180度旋回した状態。

ぐんぐん上昇していきます。

 

この区間では気流がとても穏やかで、トリムを合わせたら操縦かんを離したままでまっすぐ上昇できました

 

副燃料コックを開けて、胴体内タンクに加え翼内タンクも使用。

帰りはFL055まで上昇。計器高度(今日の気圧で計った真正高度)は6000フィートでした。GPSは「マップモード」にして管制とのコンタクトポイント(地点)などがわかるようにしています。

青い湖や白い建物のブラジリアに戻ってきました。市街地の直上は避けて飛んでいます。

 

ホームベースの滑走路に到着。

朝9時ちょっとに着陸。早くも8月の風が荒れくるい始めており、ノーフラップでちょっと揺られながら接地しました。

吹き流し。15ノットくらいでているかな?

 

往復で140キロ、エンジンスタートからカットまで1時間44分でした(実際の飛行時間は1時間20分くらい)

最後までお付き合いありがとうございました。ではでは。。。

Posted by 猫機長
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姓名判断に学ぶ不動産購入の決定的な要点

姓名判断に学ぶ不動産購入の決定的な要点

経験豊富な人がしっかり検討して買った不動産なのに、買ったとたん問題が噴出!「書類や建物を透過して瑕疵(かし)を見つける神通力があったらなあ」なんて声が聞こえてきます。

ジェット旅客機は機首のレーダーではるか先を透過して見えない積乱雲を探知し、乱気流を避けて快適な旅を可能にしています(でも燃料を節約したいときは、あえて雨雲の中をつっきって、がんががん!きゃー!なんてなるときもあります)。

文字通り「立ちはだかる暗雲を事前に察知する」レーダー

業者さんの宣伝文句の裏や、美しい化粧板の裏が実はぼろぼろだった、などの「見えない瑕疵」を透過するレーダーはないのでしょうか。

そこで参考になるのが、レーダーなんてなかった時代に見えない先を探ろうとして先人たちが積み上げてきた知恵があります。すなわち紫微斗数、姓名判断などです。

なんで突然占いが?いえいえ占いとして使うのではなく、現在把握可能な情報をもとに将来起こりうる可能性を確認する、情報の取り扱い方法やアプローチに学び、応用するのです。

そもそも「何のために占う(不動産を買う)の?」に関わる根幹である幸不幸の解明・説明・定義、この根幹に決定的な影響を与える、千差万別な人々の性格や資質といった諸元を分析した恐るべきビッグデータとして活用するのがポイント。かえって占い師の人は嫌がるとらえ方かもしれませんが「将来予測に重要なレーダーとなる情報は目ざとく活用しよう」

ちなみにタロットやおみくじ、花びらを一枚いちまい、みたいな毎回違う答えが出てくるのは、デートで女性とたむわれるのにはよいですが、今回のように因果関係の明確かつ一定した情報獲得が必要な場合にはそれほど使えないので念のため。

今回は姓名判断でいってみます。

姓名判断は、漢字の画数で名前を数値化します。ぼくのハンドルネーム「猫機長」でやってみると

総格は35で、「頭が良く、感受性・創造性の豊かさに加え、表現力に長け、文芸や技術に秀でており」などと判断します。自画自賛ではなく、無料診断サイト(https://enamae.net/)にちゃんとこう書いてました。えへへへ

このくらいだったら、不動産を買うときに、「築何年で、お値段は」みたいな基本の基本です。

で、総格が「大吉」だったとします。

ところが、他にもやれ天格だの、人格だのとあり、そういったいろいろな数字をはじき出してこれら単体の吉凶や、相互に影響しあって発生させる吉凶を検討して、総合的にこれなら、という名前にする必要があります。

不動産もおなじで、資産価値だの住環境だのといろいろな緒元が影響しあうので、見落とさないようにしなきゃ!と皆さん努力されると思います。

まずは立地(ご近所様、駅前かどうか、学校、病院は、刑務所・自衛隊が近くにないかなど)から始まり、新築・中古・戸建・分譲・耐震性・津波・液状化リスク・リフォームや管理費・諸費用や税金、なかなかよさそうだけどでも車庫がないからダメ、でも間取りがいいから買いたい、でもやっぱり収納部がよくないから、水回りはいいのに。。。と次から次へ調べることになり。でも数限りなく出てくるので結局は全て調べつくすなんて不可能で、緻密にすべてを検討して決定したぞー、と買ったら実はすべてにおいて中途半端で住むに住めないなんてケースもあり。

もちろん諸元の知識はとても重要である。ただし、すべて的確に適応しなきゃ!というバイアスがかかってしまうと、細かい断片にしか目がいかず、せっかく現場視察に行っても現物をありのままに見れなくなり、あえなく不良物件を買っちゃう、ということになるのです。

弓道体験のある人はお分かりと思いますが「的を見ようとすればするほどぼやけてみえない。見ようとするこだわりを捨てるとはっきり見えるようになる」というのと同じです。弓道と的の話については「十牛図(見牛)」で記載しているのでご一読ください。

まさにこの辺が姓名判断と同じところで。うろ覚えの知識でやれ総格はいいが外格はだめ、でも人格がいいからこれにしよう。へへんすべての緒元を考慮した完璧な名前だ!と安心していると、その裏に隠された「同格現象」という恐るべき秘密の現象で不幸のどん底に突き落とされることになるのでした。

名前には上記の「表層の画数」のほかに、これらの画数をさらに足し引きした「内画数」というのがあり、この数たちが苗字、名前のどこにどう表れるかで「ナナメ同格」「タスキ同格」などが発生する。同格によっては禍々しい凶兆の暗示となり、「なんとか同格があると、いかに総格(基本の数)が良くても一家離散、大病、事故など逃れられない」なんて震え上がるようなことが書いてあったりします。ははは

総格だの外格だのは不特定多数の初心者でも理解できるやさしい内容で、基本ではあるが表層の知識であって、それをすべてだと勘違いしてしまうからどんでん返しの悲劇が待っているのです。不動産でも同じように、カタログなどの宣伝文句や表面上の数値や情報をすべてと思ってしまうと、後になって「知らなかった」から始まる悲劇に突き落とされるリスクがあるのです。

そろそろまとめです。。。

姓名判断という先人からの智慧を振り返ることで、現代の不動産購入についても次の学びが得られます。

その①、そして最も重要な学びは、「どんな不動産がいい不動産なの?」という問いに、明確な答えが得られること。

「いい不動産」とはスマートな機能が詰まったタワマンでしょうか?それとも風光明媚な田舎の一軒家でしょうか?

占いの智慧からの答えは「住んだ人に、健康、愛情(友情)、お金をもたらす物件であれば、どちらも正解」なのでした。

これは、「健康、愛情(友情)、お金」がどんな人でも幸福を決定する要素であると、幸福の学問である占いが人類の歴史にまたがる壮大なビッグデータの分析によって導き出してくれているからなのです。

その②、不動産を調査するための諸元は確かに存在する。しかし、表面上は分からない「同格現象」のような裏があるということを覚悟しなければならない。

では「同格現象があるような恐ろしい不動産を避ける方法」とは?

これは本物のプロ、かつ信頼関係のある不動屋さんとタッグで購入するしかないと思います。こうした情報は、素人では見分けることが困難な(できないとはいわない)ためです。

で、本物の不動産屋さんを見つける方法、そして不動産屋さんから信頼される顧客になる方法とは?これは「ブラックカード」の記事をご参照ください。

最後に、素人でもできる、不動産を含む投資全般の物件・銘柄決定の秘訣を一つ伝授いたします。

それは、ずばり!「物件概要の印象を正しい距離で把握しろ!」です。ははは

なんじゃいそりゃあ?

「金(ゴールド)投資の神」豊島逸夫さんいわく

『「マーケットは印象派の絵を鑑賞する如く見よ」つまり、モネの睡蓮は近くで見ると絵具の塊にしか見えないが、距離を置くと睡蓮が浮かび上がって見えるもの。細かな統計数字のエクセルばかり見てもダメということ。』

人それぞれなので、皆さん一人一人が自分で把握するしかないのですが、要は弓道の例でも書いた通り「バイアスのない状況で見えている」位置を把握する、ということです。買いたい、買う必要がある、というとそれが雑念となって見えなくなる。

投資用不動産(Financial1.8)なら、普段から「あこのラーメン屋さんは駅前でいつも繁盛してるな」「あれこのカレー屋さんは駅前なのにガラガラだな」とアンテナを伸ばしておく。居住用だったら、ここは学校からは近いけどなんかしなびてる、やだな、と、深く考えないで自然な印象でこれはいい、これはどうか、と見分ける判断力を磨いておく(もちろんおみくじみたいに、日によって変わっちゃう、というのではないしっかりした判断力です)。そうすればいざ買うぞというとき、自然と欲や雑念に曇らされることのない的確な購入が可能になると思います。

ジョルジュ・スーラの印象主義絵画

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差②

美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差②

以前の記事で「頭でっかちな西洋美術と、ほにゃららな日本美術の接点を探り、美術に現れる日本のお国柄を理解し、日本の不可思議な新型コロナ対策の解明を試みようと思います」と書きました。前回は西洋美術でいっぱいいっぱいだったので、今回は日本美術いってみます。

といいつつ、すごく悩んでいます。

なぜなら、日本美術は、つかみどころがなく、魑魅魍魎、なんでもありの「表現のるつぼ」なので、書くに書けない、どうしよう。。。。西洋美術のように「まずは知性あり」そして「どう知性を表現しようか」と、デフォルメや写実、様式化や自由化の間を行ったり来たりして、かつアトリビュートやアレゴリーなどの「一定のルールの中で競い合っている」という、要は分かりやすい発展の仕方をしておらず。(言い換えれば、日本絵画は原初からすでに発展し切っていたみたいな、ははは)

*アトリビュート:持ち物。白百合を持った青と赤の服装の女性がいたらマリア様を表す、など。

*アレゴリー:寓意。抽象的な概念を具象化したもの。サイコロの絵は幸運、頭蓋骨は死、とか。

伊藤若冲、仙厓和尚、土佐光則、写楽に渡辺崋山。

現代アートもびっくりの多様性。

しょうがないので、西洋美術の記事と同じように、絵画史からスタートします。

奈良時代が日本の美術の始まりらしい。仏教伝来にともない、仏教普及の教材としての絵画が発達した。この辺は西洋の初期キリスト教美術と似てはいる。

吉祥天像

中国から中央アジアにわたる絵画にそっくりだったりします。

ところが、早くも日本らしい脱線が発生!ありがたい法隆寺五重の塔の天井に落書きした奴がいやがった!大工さんの中の一人らしい。

大工さんのらくがき

にくらしい現場監督の似顔絵なんでしょうねえ。死ね!許さん!とか。。。

国運をかけた仏教施設にここまでバチあたりないたずらをするバイタリティーに頭が下がります。まるでブラジル人のようだ。

時代は下り。

遣唐使も廃止されると、ひらがなの発明など、日本独自の文化が生まれ。

屋根をすかした斜め上からの俯瞰図、「引き目鉤鼻の技法」などを特色とする「やまと絵」が生まれました。

源氏物語絵巻

ちなみに、引き目鉤鼻の部分を拡大すると

お目めをぱっちりさせれば、現代のマンガでも通用するかもしれん

国風文化を支えた貴族から武士へ支配階級が変わり、絵の世界もみやびから武勇へ転換し始めます。

蒙古襲来絵詞(もうこしゅうらいえことば)

この絵は、竹崎季長という人が絵師にかかせたもの。竹崎さんは一生懸命モンゴル軍を撃退したのに、いつまでも恩賞が来ないのにしびれを切らし。たいへんだったんだよ!大活躍したんだよ!というプロパガンダ映画じゃなかった「えことば」を作って幕府へ直訴した。その結果「おおそれは大義であった」と幕府から馬をもらったそうです(何頭かは不明)。ちなみに、上の絵で馬に乗っている人が竹崎さんです。

鎌倉時代前後から、「縁起物」もよく見るように。「何とか寺縁起絵巻」など、寺社建設の由来や、いろいろな霊験に関する物語を絵にした。

北野天神縁起絵巻 きたのてんじんえんぎえまき

この絵の雷様は菅原道真さん転じて天神さまです。道真さんは藤原さんとうまくゆかず失脚し、さびしく死にましたが、怨念で雷神となり。藤原家の屋敷に逆上陸して殺りまくった。絵の左端で刀を抜いて立ち向かおうとしているのが道真さん失脚の首謀者藤原時平さんだそうです。あわれ人間避雷針と化した時平さんの運命やいかに?

この絵は、北野天満宮という神社が建設された経緯を記録した、当時の「報道写真」ですね。。。

室町時代から安土桃山になると、日本絵画の全盛時代が到来します。

水墨画:

◎3阿弥(能阿弥・芸阿弥・相阿弥のじいちゃんからお孫さんへの3代)。本来は中国美術の鑑定屋さんだったらしいが、自分が描く中国絵(水墨画)もうまかった。

芸阿弥さんの「観瀑図(かんばくず)」

かんばくつながりで、「99式艦上爆撃機」はいすみません

ここはもともと飛行機乗りのHPなので、脱線ご了承おねがいします。今回の内容と関係ないかもしれんが、必読です→「こうして艦爆はP38の餌食となった」http://navgunschl.sblo.jp/article/34415264.html

◎雪舟:水墨画界のスーパースターと呼ばれ、本場中国で修業し、帰国後大活躍した。

秋景(秋冬山水図)

大和絵

◎土佐光信:宮廷絵所預(えどころあずかり)つまり宮廷画家。大和絵の様式を継承して、江戸時代末まで伝えた重要な一派の中興の祖。

    星光寺縁起絵巻

室町から安土桃山、江戸時代の過渡期において、漢画のスタイルと、大和絵に見られるカラフルな色遣いを融合させた要注意なおっさんが登場。

その名も

◎狩野元信

がんらいは漢画系だったらしいが、漢画の基本である「筆様(ひつよう)」に大改革を断行。

これまでの筆様は、馬遠(ばえん)、夏珪(かけい)、牧谿(もっけい)、玉澗(ぎょくかん)など、主に南宋時代の画家たちの絵の描きかたを分析し、どれかの書き方にしなさい。勝手に自分の筆致をだしちゃだめよ、だったのですが、真面目にまねしても個人差が出?あやふやになっており。

そこを元信さんが「これが日本の筆様です」と真体(しんたい)、行体(ぎょうたい)、草体(そうたい)の三種の「画体」に取り換えることにし。以後、狩野さんのお弟子さんつらなる巨大な画家集団狩野派でのスタンダードとなったため、遂に独特な「宋和折衷」の日本絵画が主流の一つとなりました。

これが日本のコンパクト・カー。関係ないか。。。

ここに至って日本絵画は恐るべき特異性を獲得することになりました。この特異性については、江戸時代の項でもう一度書きます。→と思ったらスペースがなくなってしまい。次回にまわします

というわけで江戸時代。

狩野派以前に、いろいろあり。

琳派: 見方によってではあるが、これぞ日本絵画!ということで、きらびやかな装飾性、そして聖書・歴史・人物と言った西洋絵画の必須画題の斜め上を行く「単なる模様と化した風景画」が、西洋人の感性に大恐慌を巻き起こした。

◎俵屋宗達や尾形光琳など。

尾形光琳さんの「紅白梅図」

紅白梅図にショックを受けた西洋画科クリムトさんの

「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」

浮世絵: 日本絵画、と言われてまず思い浮かぶのが浮世絵。幕府や朝廷の御用絵師だった狩野派や土佐派みたいな制約がなく、なんでもありの自由そのもの。この奔放さがまた西洋の画家にショックを与えた。

◎鈴木春信:美人画と言えばこの人。「パ◎チラ」の発明者だったらしい。

野分(のわけ)

◎喜多川歌麿:美人画と言えばこの人。鈴木春信と違うのは、「大首絵」といって上半身アップのお上品なところと、当時の映画スターみたいだった吉原の芸者さんの「実写」が多かったらしい。ううむお上品かな?

婦女人相十品 ポッピンを吹く娘

◎写楽:スターの報道写真と言えばこの人。役者絵や相撲絵など。

三代目大谷鬼次の奴江戸兵衛

◎葛飾北斎:この人が最高峰。浮世絵のくせにまじめで?セックスアピールとか人気役者とかの題材にたよらない、冨嶽三十六景など日本人の原風景を記録しました。80歳を超しても画法の追及をやめないというイチローみたいな求道者で、「神奈川沖浪裏」の絵は、実は西洋絵画の構図方法を逆輸入して活用したという噂もあり。また、この絵は世界一有名な日本の絵画だそうです。

神奈川沖浪裏

南画: 南宋画を元に日本で独自に発展した。絵画界の少林寺拳法。文人画とも呼ばれます。文人画というのは、本職の画家ではない書家、俳人等がかいた画、という意味。

◎池大雅:書家。でも絵の方が有名かも?いい意味で、かなりぽけっとした人だったらしい。

◎与謝蕪村:有名すぎていうことなし。「古庭に茶筌花さく椿かな」

大雅と蕪村の共作「釣便図(十便十宜図)」

もちろん両名とも単独で多数作品あり

ううむここまでで3000字超になってしまった。まあ日本絵画のものすごくいいかげんなダイジェストはできたので、今回はこれで満足して終わります。やっと次の記事で日本と西洋の絵画比較開始。今回ちょっと種明かししたけれど、真の違いのキーワードは「ラ◎メン」。乞うご期待。

ではでは、悪のりごめんなさい。。。

Posted by 猫機長
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お持ち帰り・テイクアウトの話

お持ち帰り・テイクアウトの話

昭和戦後世代として聞き捨てならない事件があったので掲載します。

大阪府堺市の定時制高校で、余った給食パンと牛乳を持ち帰ったとして男性教員が懲戒をくらい、あげく退職に追い込まれた、というニュースを聞きました。

開発途上国ブラジル在住の土着民からみれば、えええええ?日本はいつからそんな贅沢な、食い物を粗末にする国になったんだああああ????と驚愕、開いた口がふさがらなくなってしまいました。

確かにぼくが生まれたころは日本は豊かになっており(埼玉県も日本です。いちおう)。でも、「八百屋の鈴木さんは、満州からの引き上げで大変だったそうだ」「乾物屋の中曽根さんは、沖縄戦で家族を半分亡くしてしまったそうだ」「となりのみよちゃんのお父さんは、南方の島で餓死寸前になったそうだ」みたいな、食うや食わずの時代の残像が残像ではなくリアルに生きていた時代でした。

戦後の日本は、物資の有り余るアメリカから援助を受けて何とか復興できた

そういう昭和の日本から移民でブラジルへ、そして令和の今日にいたって聞くニュースがこれか?ううむ大丈夫か日本人?

この教師に賛成・反対かなり意見が分かれているらしい。反対派の意見は「もちかえりは禁止という規則を破ってはいかん」「衛生上の配慮がなっておらん」というのがあり。賛成派は「もったいないじゃないか持って帰って何が悪い」という感じ。

ちなみにニュース出展記事(MSN)では「4年の間に持ち帰ったパンは1002個、紙パック牛乳は4178本(いずれも本人による申告)で、本人の申し出により代金約31万円は返還された」とあります。

こまかいなあ。。。もちろん正確さは重要だけど、1002だの4178だのという数字にこだわる前に、食べ物が粗末にされていた(記事では「余っていた」)ことについての注意喚起や、解決策と言った面での議論、検討、提言が先ではないでしょうか。

参照した記事では、前向きな提言がぜんぜん見当たらないばかりか、細かい数字の羅列の後に、「教師が懲戒されました」に行ってしまい。

この「教師による代金返還」が最も懸念すべきねじれた(洗脳)措置だと考えます。

そもそもなぜ「パンと牛乳」があまるのか?ラクトース過敏症とかであれば、最初から申告し水だろうが別のものを配るようにすればいいだけの話であり、パンにしてもそんな食えないようなまずいものでも量が多すぎるわけでもなかろうに、と思ってしまいます。

個人差で食べきれない、という場合は「それこそ本人が持ち帰って後で食べましょう」。もちろん腐っちゃうなんて食べ物を冒涜するほど捨て置くようなまねはダメ!絶対!である。

これを育ちが良すぎる生徒たちが「まずい、食べられん」というのであれば、次善の策として先生が持ち帰るのは捨てるよりはずっといい。ぼくが教師だったら、喫食の前に「全員校庭3周!」で終わったころにはのどが渇き、腹もへり。水だろうが牛乳だろうがむさぼるように飲み、食う、となると思いますが(例えばの話です)。牛乳とパンですから、ガダルカナルやインパールのように泥水やヤモリとかを飲まされ、食わされることに比べどれほどごちそうか。

前谷惟光「ロボット三等兵」

そもそも規則が変である。ニュースによると

「文科省が設けた学校給食衛生管理基準に「パン等残食の児童生徒の持ち帰りは、衛生上の見地から、禁止することが望ましい」「パン、牛乳、おかず等の残品は、全てその日のうちに処分し、翌日に繰り越して使用しないこと」と明記されている。」

といかにももっともらしいことが書いてあるが、封を切ってしまったならともかく、パックのままのものを処分せい、と強要に至るストーリーがおかしい。本来は、残した奴が自分の責任で持ち帰り食中毒にならないうちにちゃんと食え、ということだと思います。

もしやっぱり食べられなかった、という場合にパン君ごめんなさい、という意味での代金返還も、本来は残した奴が払うべきである。

シベリアに抑留された人たち。重労働でろくな食料も与えられず、餓死者が続出。

「旧ソ連抑留画集」よりhttp://kiuchi.jpn.org/nobindex.htm

今回の一件は「本来重要であり、尊重すべきもの」が尊重されないままに「本来の解決とかけ離れた枝葉の対応にすりかえてお茶を濁している」ことが重大な問題だと理解します。

要するに、この件は「飯は大事だ。粗末にしないようにはどうすればいいか」という話なのに、なぜか「だれかに責任を負わせ、懲戒して解決したように見せかける」小役人根性まるだしの盲目的な規則の履行で済ませてしまっているところに、底知れない恐怖を感じます。

この一件のみならず、いろいろな課題について、問題の本質を見極めずに法律だの衛生だのと権威をかさに着た(泉)かりそめの対策でいかにも解決しましたみたいに思い込んでいないでしょうか。

「目的と手段」の混同とすり替えは、太平洋戦争での国民の絶筆に尽くせない犠牲を招いてしまいました。

これが日露戦争の場合「ロシアの勢力が満州以南に南進し、日本の独立を脅かすことを防ぐ」という明確な目的があり、同じく明確にロシア勢力の排除を狙っていた英国と日英同盟を組むことができ。明確な目的が確立してはじめて目的達成の手段として戦争を開始し、目的達成が明確になってきた奉天会戦・日本海海戦あたりで「これ以上やったら日本自身の国力がつづかない」とさっさと講和に進むことができました。

「大東亜戦争」の場合、「南方資源の確保」なのか「東アジア新秩序の確立(なんじゃいそりゃ?)」なのか、どこまで戦争してどこで終わらせるかという段取りがないままとにかく戦争という手段を強行してしまったため、南方地域を確保したら今度はオーストラリア攻略だなどと際限もなく構想が膨らんでいくかと思えば、ガダルカナル、サイパンと圧倒的劣勢が明確になっても講和できず、ずるずると原爆投下・無条件降伏まで事態を悪化させてしまった。

この「目的と手段の混同とすり替え」については別記事で「零戦とグラマンの残念な比較」について記載し「世界一スマートな技術の結晶であるゼロ戦」が「プレファブの濫造品グラマン」にバタバタ落とされたという全くスマートでない結果に終わってしまったことについて考察しましたのでそちらもご覧いただけますと幸いです。

そして最後に。。。

牛乳はダメだろうけれど、せめてパンが一週間はもつのだったら。。。余ったパンを集めて、逆境を生き抜いているシリアや北朝鮮の児童に定期的に送るとかはできないのかなー、とかおもったりしています。悲しいな。。。

終戦前後。逆境に負けず耐え抜く少年。

https://www.asahi.com/articles/ASK877VJMK87PITB00V.html

 

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「2040年国民生活破壊計画」

「2040年国民生活破壊計画」

最近、年金破綻はますます顕在化し、その対処として、生涯現役だ!のアドバルーンがマスメディアや識者などのオピニオンリーダーから連呼される世情になっています。

一方で、8050問題、老々介護や、ハラスメントによる引きこもり、出社拒否、うつ病など、まだまだ若壮年人口なのに労働に従事できなくなってしまう人が続出。引きこもりの人は61万人を超え、さらにはミドル層も大量リストラと、生涯現役どころか文字通り路頭に迷う人も続出しています。

こうした矛盾が無視されている状況では、「生涯現役だー!」というスローガンの裏に、何かうさん臭いものが隠されているように疑ってしまいます。

なぜ日本の指導者たちはかたくなに「現役だ!現役でないのは非国民(抜苦与楽)だ!」と、これまでのデフレ経済当時から追い込んできた国民をさらに鞭打つような、出口のない労働に追い込んでいるのでしょうか。

日本より前から人口減少に悩んでいた欧州先進諸国では、外国からの労働者受け入れを行ってきました。ドイツやフランスが典型的。一方新世界の国々では建国時から人口が不足しており、カナダなど、昔から外国人を受け入れ同化することで成り立っている国もあります。

外国労働者を受け入れれば、もちろん摩擦や犯罪も起こります。「おはようラモン」という映画があり、メキシコから不法入国でドイツに出稼ぎを試みたラモン少年が、「アウスレンダーアウト!(外国人は出ていけ!)」の冷たい対応をする人、「乞食であったとしてもすべての人は平等な権利を持っている」と温かく支援してくれる人と交流しながら生活していく、という内容の映画がありますが、こういう混乱を受け入れて行こうというドイツは、ナチス時代に行った差別政策がもたらす災厄を誰よりも思い知ってるのだと思います。ちなみにフランスはもっとちゃっかりしていて、「外人部隊」というのに自国民がいやがる危険な軍務をおしつけちゃってます。ははは

おはようラモン。南米やヨーロッパで話題になりましたが、

なぜか日本語版を発見できませんでした。

本稿では、日本が外国人労働者を受け入れろ、ということは書きません。むしろ、技能実習生(研修生)だといいながら、実は3K労働でこき使われ、ろくに勉強もできないフィリピンや中国をはじめとした若者たちの待遇や、日本人自身も出社拒否、うつ病、引きこもりのない社会にすることが先決(在宅勤務)で、そこでやっと外国からの正規労働者を受け入れることができる土壌が生まれると思っています。

さて外国人は受け入れないことにしているらしい(技能実習生等はのぞく)日本の政府ですが、当たり前ながらそのままでは若年人口の減少と、労働人口減少による生産・利益の激減は避けられない。その対処が、社会保障(退職後の年金)はやめにして、本来は保障を受けられるはずの人々を逆に更なる労働で絞ってやろう。そんな政策が人道的であるない以前に、経済的にペイするのでしょうか。

こうした状況を実質的に傍観している官僚など日本の政策立案・実行者たちは、どこまで無能なんだ。。。。。と思いきや、実は一見無策に見えるこの対応が、日本の官僚の頭の良さを見事に暴き出しているのかもしれません。

キーワードは「2040年」、あるいは「2045年」。

つまり、2040年までこのまま持ちこたえれば、老年人口はそれこそ社会保障をもらえないまま全員過労死して消え去り、急激な非生産人口(被扶養人口)の上昇がストップし、(次に述べるシンギュラリティも作用しはじめ)社会保障が蓄積できる人口構成に回復する。だから、外国からの労働者の導入なんてしなくていい。今働いている成人は死ぬまで働け、耐えられないのは落ちこぼれて上等、電車でもなんでも飛び込んでしまえ。ほんとに足りない分は「技能実習生」で逃げ切ろう。

出展:https://zuuonline.com/archives/207610
というのが官僚の真意なのかもしれません。

2045年のほうは「シンギュラリティの年」といって、AIの知能が人間の知能を追いこすことになるらしい。でも追い越す追い越さないなんて官僚の視点からはどうでもよく、2040年から45年くらいには、機械が労働者の大部分にとって代わってくれる。つまり、生身の人間の労働者なんて大していなくても、企業当たりの利益、とどのつまりは税収が維持拡大できるので、年金含め政府の財布は安泰、という時代になるらしい。

つまり、人口構成の変動とAIによる効率化をすまえれば、今の世代のミドルそして退職できたはずの人たちが、死ぬまで働きさえすれば後は時間が自然に解決してくれる、だから官僚は何もしないのかもしれません。

「働けば自由になる」。ダッハウのユダヤ人強制収容所に表示された標語

さて、芸術家(画家、陶芸家、作家など)のように生涯現役が当たり前の人達もいますし、学校の先生だろうが工場でねじを締めまくっている人たちだろうが、本人が望めば生涯現役の権利はある。そういう意味で橘玲さんと言ったピニオンリーダーが「定年制度はおかしい!撤廃だ!」というのは同意しますが、一方で定年制度を選択制ではなく全面撤廃してしまうと、悠々自適したい人たちまで強制されて全員生涯現役になってしまうというかなりファッショ的な強権政策の国になってしまうと思います。

つまり、いつまで働くか、というのはあくまで国民個人個人の自由であって、本当の文明国であれば、それこそ憲法で保障されている基本的人権についてはたとえ働けなくなっても(働かなくなっても)保証されるべきである。これは、生活保障を受けている例えば貧困女子の人が申し訳ないなんて思う必要のない権利なのです。

堂々と主張すべき権利なのに「人様にご迷惑をかけてすみません」という解釈をするから「ご迷惑をかけないためにはどんなブラック企業でもよろこんで働きます」と、ブラック企業や抜け目のない官僚による「死ぬまで働け」という政策の餌食(洗脳)になってしまうのです。

もちろんこの文章を読んでいるみなさんや、投稿しているぼくの個人個人の力ではとても大規模な改革はできません。でも、「みんなも考えてみよう(学習雑誌のノリ)」。北朝鮮に比べれば天国のように自由で繁栄した日本。繁栄の基礎には、進駐軍(カースト)が教えてくれた資本主義があるのです。戦後高度成長時代の「うまくいった社会主義」つまり「終身雇用の年功序列」が崩れているいま、大本営発表の「死ぬまで働け」に唯々諾々と従ってしまう前に、主本主義の贈り物を活用して、会社や政府なんかに頼らず自分一人の力で生きてみようと思いませんか?

自分一人というのはすべて自給自足という意味ではありません。現在の人類は社会的分業(お金のある世界)なくして生きていけないためです。しかし、それは決して組織や「ムラ」の歯車として「働けど自由になれない、じっと手を見る」という「上司任せ、会社任せ、他人任せの奴隷(労働と報酬)的存在に甘んじる」ということではなく、自らの単独の力で堂々と社会的分業の一端を担うことができるぞ、という意味なのです。

それが資本主義の贈り物すなわち「金利と配当」です。つまり不労所得です。

このブログは、不労所得によるアーリーリタイアをお題としたホームページのスピンアウトなので、ぜひ経済コンテンツをご訪問していただければ幸いです。このHPの情報を活用することで、皆さんの経済的な自由を確立することの一助になれば大変幸いです。

2020年8月6日追記。世界に広がるコロナ禍により、外国人の受け入れについて、防疫がますます重要になりました。考え方として、次の2つに大別できると考えます。

①感染防止のため、入国拒否。まあほとんどの人がこう考えると思います。

②入国希望者に検査、隔離を行い、陽性の人は帰国。陰性になった人に2週間の隔離を行ったうえでガンガン働いてもらい、移民の人も日本も助かるよう措置をとる。

ちなみに、1908年からブラジルは「貧困」という恐ろしいウイルスにおかされた日本人たちを受け入れ、日本人たちはガンガン働いた結果、移民自身も、ブラジルも成功・発展しました。というわけで、日本が②の選択ができるような本物の先進国になることを願っています。

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実は医療崩壊していた日本:生きのびるためには?

実は医療崩壊していた日本:生きのびるためには?

医療崩壊ってなに?

一言でいえば、医療資源、医療施設、医療体制、医療人員のキャパを超えても、なお患者が押しかけ、多数の人が医療を受けられなくなってしまう状態。

①医療機関に連絡しても掛け合ってくれない。

②対応してもらえたとしても「本当に重症になったらまた来な」と追い返される。患者がどうやって重症かどうかを自己判断するのか?

③高熱でフラフラなのに、入院させてもらえない。よくてホテルとかで経過観察。

④あわれ、①から③を繰り返しているうちに、急変して死亡。

などが起きる状態と理解します。

イタリアなど、あっという間に患者数が激増し、はっきり目に見える形で医療崩壊したケースが典型的。日本の場合はどうだったでしょうか。

実際に新型コロナにかかり、生きのびた人の例をもとに解析してみます。

第1のケース。

Note.comの「人はコロナにかかるとどうなるか」から抜粋。全文はhttps://note.com/yosimizu/n/nafff6785dc12からどうぞ。

「突然、強い倦怠感に襲われる。めまいや立ちくらみも強まっている。熱はどんどん上がり、38℃台へ。

「診療所へ行くと、診察はわずか5分。やはり何もできない様子なので、保健所に直接電話してもらえるよう頼んで早々にその場を辞すことに。」

「(医療機関へ)連絡するも、数百回のリダイアルでも繋がらず。なぜメールを受け付けないのか。翌朝ようやく連絡があり、指定の総合病院まで行けとの事。交通機関を使わず、可能なら自転車で行けと。

仕方なく愛チャリでゆっくり走る。身体中が悲鳴をあげており、普段5分の距離を、20分かけてようやくたどり着く。

その後寒空の下1時間以上も待たされ。流石に体力の限界で、近くでぐったりしていると、ようやく看護師が登場。医師によるテストが続く」

「検査結果を待つ数日間、症状はどんどん悪化していった。頭は朦朧とし、常に息苦しく、食事はほとんど喉を通らず、咳は止まらずリアルに「たすけて」という呟きが漏れる。夜は頭痛と悪寒で眠りにつけず、ようやく眠っても高熱で真夜中に目が覚めてしまい、やむなく解熱剤を流し込んで無理矢理眠る。次第に胸は痛み出し、ついには死を意識する…。」

「 この先どうすればいいのか…。「…大丈夫ですか?」気がつくと電話口から医師の声が聞こえる。「ぜんぜん…だいじょうぶじゃ…ないです…」震え声でそれだけいうのが精一杯だった。」

その後やっと緊急入院。一命をとりとめた、というのは大げさでしょうか。上記を読めば大げさではないとおもいますが。。。。

第2のケース

「一人暮らしで新型コロナウイルスにかかった話」から抜粋。全文はhttps://note.com/r000/n/n815ee4ed473eをどうぞ。

「熱は全く下がらず38.5〜39.0℃の間で推移していた。

保健所に電話をかけたが、通話中で一向につながらない。「新型コロナ受診相談窓口」や「新型コロナコールセンター」にもかけたがどこも繋がらなかった。」

「数十回保健所に電話をかけたが、それでも繋がらない」

「医師から入院にはならずホテル待機もしくは自宅療養になると説明され、それでもPCR検査するかどうかを聞かれた。検査実施が患者に委ねられていることに驚いた。」

「発熱からすでに13日が経過していた。病院で再診察。公共交通機関は使えないので片道4km歩く。堪えた。帰りも歩いて4km。入院用の荷物も背負っていたので家に着いたらヘトヘトで、そのまま横になったら寝てしまった。」

熱でふらふらなのに、8キロを歩いて往復?日本に救急車は存在しないのか?

この人の記録で端的に医療事情を語っているのが

「どこ行ったらいいか分かんない問題

熱が出て数日、保健所の電話が繋がらず、クリニックからも保健所の指示を仰ぐよう伝えられた時は正直どうしたら良いか分からなかった。都のガイドラインを見ても、もちろん電話が繋がる前提で書いてあるし、詰んだ・・・と思った。

発熱している人の受診を病院が受け入れきれない、といった情報も目にする。」

そして、きわめつけが

「5日前に保健所から電話が来て、突然、陽性者は原則ホテル療養とする方針になったと伝えられた。自宅療養中の方が相次いで亡くなったことを受け、方針変更をしたのだという。」

とここまで書けば、もはや明確と理解します。

日本の場合、単に市民レベルへ情報が行きわたっていないだけで、具体的には医療を受けたいのに「数百回連絡してもアテンドしてくれない」医療崩壊に至っていたということではないでしょうか。

ブラジル大統領は「新型コロナなんてカゼの一種。カゼに特別な対処はせんぞ!」と最初からおおっぴら、アッパラパーに対応放棄を宣言していますが、安倍さん率いる日本政府は「世界に比べて死者が少なかった。すごいでしょー!」と自画自賛する裏で、真綿で首を絞めるがごとく、シミジミとめだたないように医療の放棄をしていたということですね。

今後新型コロナ流行第2派が懸念される中、どう備えるのか?(7月29日追記。すでに第2派到来しているという人もいるらしい)

要するに、自衛策を今から講じるしかない。

まず、かかりつけ医がいる人、友人で医師がいる人は、今のうちから「やばくなったら連絡する。そしてその後の手はずはああする、こうする」と調整しておくのです。ご近所さんや友人にはかならず薬屋さん、看護師さん含め医療関係者がいるはずなので、いざというときの体制を今のうちからこうした人たちと個人メールレベルで相談できる体制を作っておく。

今まで病院知らずの人は、近くで頼れそうな病院の情報を今から収集しておく。海外在住の場合、公的医療機関は全然頼りにならない、民間の開業医でも保険を使った診察は何週間も待たされる、というケースもあると思いますが、現金ですぱっと払えばすぐ診察してくれる「医療チェーン」もあり、フツーの人でも払えるようそれほど高い金額でもないので、緊急用にお金を貯め、こうした医療チェーン(海外の場合)あるいは開業医(日本)の情報を得ておく。

つまりは、国民皆保険という言葉に騙されず、今から頼りになる病院・お医者さんの目途をつけておくということですね。。。。

問題は「やばいってなに?どうやって判断するの?」ですが、患者の主観だと「自宅療養していたら急変して死んじゃった」になりかねないので、パルスオキシメーターで肺の状況をモニタし、「SpO2(血中酸素飽和度)値が90を切っています。アテンドしてくれなかったら、突っぱねたお前のせいで死ぬぞ」と具体的数値を示して病院側も断れないようにする。要するに、科学的に、かつ有識者の意見を収集して自分の健康状態をモニタリングできるようにしておこう、ということですね。

こうしたちょっとした事前の相談や工夫が、結局はいざというときの医療関係者側の手間も省くことになるのです。読者の方で医療関係者の人がいたら、ぜひ「平時のうちに非常時への備えを」市井の人々と分かち合っていただければ大変幸いです。

ちなみに、ぼくの場合は、フェイスブックの友達でとても親切な看護師さんがおり。いざという場合の早期投薬プロトコールなど教えていただいています。でも政府指導そのものと一字一句同じ内容ではないので、ここに詳しくは書きません。みなさんも、こうした草の根の防護策が準備できるよう願っています。

もちろん、SpO2値とか、平熱・微熱・高熱などでさえも、がんらいは素人判断で「だいじょうぶ、あぶない」なんて断定してはいけないのですが、上記のとおりPCR検査の実施という、新型コロナ肺炎治療の鍵を握る判断さえ患者自身が決めなければならない状況では、あえて積極的に「自分の身は自分で守る」姿勢が必要であると思います。そしてそれは、なんでも自分で決めてしまうというのでもなく、はたまた医療施設側がアテンドしてくれるまでいつまでもひたすら待つ、というのでもなく、その両極端のどこかで可能な限り実効的な・実行可能な落としどころを見つけるということですね。。。。。

ワクチンなどが実用化するまでにはまだまだ時間がかかります。みんなで巣ごもりなど継続徹底して乗り切ろう!

ではでは。。。

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美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差

美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差

以前、ひょんなことからルネサンス美術の恐るべきからくりについて書きましたが、そもそも美術とは何か?という再確認をしたうえで、頭でっかちな西洋美術と、ほにゃららな日本美術の接点を探り、美術に現れる日本のお国柄を理解し、ゆくゆくは日本の不可思議な新型コロナ対策の解明を試みようと思います。

さて、美術ってなんだ?

簡単に言えば「表現」です。ははは

「内的必然性(Inner Necessity)の表現」。

こんがらかった人は、上の言葉はちょっと忘れて

「表現者(画家)が、表現を通じて鑑賞者に何らかの情報(意志、理念など。感性も?)を伝え、鑑賞者へ感覚的に何かの啓示なり感動なりを呼びおこすもの。」

そして呼び起こす根源となる表現、表現物、物体を作品と呼べばわかりやすいかと思います。

美術は、芸術の中の仲間です。ほかにいろいろ仲間があり。

文芸:小説とか詩。このブログの文章なんちって

音響芸術:軍艦マーチ。AKB48やベートーベンももちろん入ります

舞台芸術:演劇・ダンス。ブルゾンちえみ。

映像芸術:映画。「トラ・トラ・トラ」や「日曜日の恋人たち」なんてのもある。

造形芸術:ミロのビーナスとかの彫刻や、建築。ぼくはBAUHAUSちっくなやつやコルビジエが好きです。ニーマイヤーはおおざっぱすぎてううむ、というかんじ

視覚芸術:ここに美術が入る。ドミニク・アングル、キリコやホッパー、リキテンシュタイン、そしてカンディンスキーなど。

美術についての簡単な定義が定まったところで、西洋美術にいってみます。

1.西洋美術のスタートは「初期キリスト美術」。

あれれギリシア美術は?という質問があると思いますが、ローマ後期から、ゲルマン大移動と、フランク王国など蛮族による諸王朝によって埋もれてしまい。当時芽生えた初期キリスト教美術と、続く初期中世美術をスタートとさせていただきます。

さて初期キリスト教美術・初期中世美術の特徴ですが、ギリシア(ヘレニズム)の精緻・繊細・躍動感はどこかに行ってしまい。

受胎告知。教会壁面のモザイク。作者はだれだろう?

素朴というか幼稚というか、ポーズも表情も固定して、なんかお役所の公文書みたいな感じ。つまり「書式からずれてる!書きなおーし」とはならないにしても、「こうしなさい、こうあるべし」というのでかなりがんじがらめになっていたらしい。

そして、表現が目指すものは「文字の読めない人たちにキリスト教を絵でつたえること」でした。

2.次に出てくるのがビザンティン美術。ギリシア文明の継承者を自称する東ローマ(ビザンティン帝国)ですが、やっぱり公文書みたいな堅苦しさあり。イコンといって「聖書における重要な出来事や、教会史上の出来事を画いた画像(Wikipedia)」が発達。人々の目指すべき理想を絵にし、指し示すもの、ということで現在のアイコンの語源になったとの説あり。

表現が目指すものは、やっぱり「キリスト教の普及、広報」でした。

「ウスチュグの受胎告知」

3.東西貿易など、イタリア諸都市をはじめとした新勢力が勃興すると、これらをパトロンとしたルネサンスが始り。硬直化して身動きの取れなくなった美術を、掘り起こされたギリシア美術の均整、写実といった技法で再発見し、人間中心の絵画が生まれました。題材として聖書は主流にあり続けましたが、登場するのはイコンではなく、人間と相通ずる肉体、精神を持った聖人賢者になりました。

フラ・アンジェリコの受胎告知

表現が目指すものは、「キリスト教や肖像画を通じた教会やパトロンの広報」でしたが「教会やパトロンも人間」「絵に出てくる天使などにも人間と同じ感性が表現」されはじめました。

*ただし、この時代からの広報やプロパガンダは、ある程度エリートの人たちの間にとどまっていたらしい。新聞みたいなマスメディアによる普及は、後に書くように写真の出現以降、あるいはルーブル博物館の一般公開開始(1793年)以降などの説あり。

4.一方で、西欧美術の擁護者であり指令塔であったカトリック教会は、メディチ家とかの大商人、絶対君主やプロテスタントの勃興など、資金、政治・軍事、宗教全方位で危機にさらされ。これじゃいかん、もっと檀家(信者)を増やして財力・権力を回復せねば!と、プロパガンダ大攻勢を開始します。

この流れでバロック美術が登場。お題は聖書で変わりがないが、表現方法をとにかくドラマチック、見ている人が感動して涙してしまうような「ドーンと衝撃的な作品」で、カトリックファンを呼び戻そうとしました。

従って、表現が目指するものは「キリスト教の広報、普及だが、見るものの感性に訴えて否応なく引き込む」

つまり、ここで「理性・情報の伝達」より「感覚・感情の作用」がまさりはじめた。

エル・グレコ(受胎告知)

5.ロマン主義

フランス革命にナポレオンの時代。王や貴族より民衆の方が強くなっていった。ギロチンで王様の首が飛ぶ大混乱、大革命の時代を象徴して、美術も情熱、夢想。ついに情感が前面に出はじめます。この時期を代表する画家にウジェーヌ・ドラクロアという人がいます。

ドラクロア「受胎告知」

ううむいがいにインパクトがないなあ。。。というのも、ロマン主義は「神・主、ヨーロッパ普遍」よりも「各国の個人の自我」を表現するのが得意なので、下の方が有名です

ドラクロア「民衆を導く自由の女神」

表現しているものは。。。「自由、平等、博愛といった、自我を持つ人間の精神。勇気、希望、情熱と言った、やっぱり自我を持つ人間の感性」。宗教から分離し始めているが、民族・国家のプロパガンダとしての色彩はまだ濃い。

6.ロマン主義と前後して、新古典主義があり。

熱狂的に受けた「巨人の星」が、時代が下るに従い「ギャグマンガ」と受け取る人が多くなってしまったように、バロックの暴力的な迫力は、受ける人には受けるがちょっとくどくてねー、となり。「やっぱりもっと均整がとれた、古代ギリシャみたいな細部まで精密な美術に回帰しよう」と新古典主義が生まれました。

この絵をみて、めらめらと目に炎が燃え上がる人は昭和のおっちゃんです。

ぎゃははなにこれー!と笑っちゃう人は令和のゆとりくんです。

(出展:https://ameblo.jp/kamome4022/entry-12177778646.html)

重厚で格調高く、どっしり威風堂々とした絵が新古典主義の特徴です。

宗教画もあるのですが、なぜか受胎告知は発見できず。ということで、ナポレオンの肖像画を掲載。

ダヴィッド「アルプス越えのナポレオン」

この美術学派の表現するもの:ううむ「パトロン、あるいは芸術家の意志を写真のような写実的な絵柄(モデルとは思い切り似てない可能性あり)で視覚化する」。

ちなみに、ぼくはアングルの大ファンです。アングルはこの時代の代表的な画家で、「当時発明された写真が「画家の生活を脅かす」としてフランス政府に禁止するよう抗議した(Wikipedia)」らしい。

そして、この抗議が、西洋美術の本質を物語っていると理解します。ここがこの記事のコアポイントです。

写真が登場するまで、西洋美術とは、神様、天使や、メディチ家やナポレオンなどの世俗権力者、あるいはフランス革命などの歴史的大事件の描写と報道をするための手段だった。あるいは形式、あるいは理性、あるいは感情と、写実やデフォルメの間を行ったり来たりしながらも、その「報道写真」としての本質は変わらず。

しかし、写真の出現により、美術の存在価値は180度転換します。

報道写真。(出展:Photograph by Joe Rosenthal, AP)

もはや書くスペースがなくなってしまったので、今回はこの辺で終わりますが、何百枚でも複製できる写真の出現で写実のくびきから逃れた美術は、

7.形而上絵画、キュビズム、シュルレアリズムなど、感性そのもの、純粋な内的必然性の表現となって生まれ変わりました。

そして、西洋美術の生まれ変わりには、実はいかにも日本的な日本美術が恐るべき影響を与えたことも別記事で書きます。その序章として「日本画にしか見えない日本画」を掲載して、結びにいたします。

シュールでかわいい犬くん。

仙厓和尚 犬図

きゃふんきゃふん。ではでは。。。

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成果主義の企業は潰れる

成果主義の企業は潰れる

成果主義、能力主義が叫ばれて久しいですが、依然として日本株式会社の企業たちは「先進国最低の生産性」というレッテルを外すことができず。

こう書くと、「年功序列などの古いしきたりが残っているから成果主義になれないんだ」というコメントがでてきますが、実は、さらに重大な理由があるのです。

成果主義とは、企業が生きていくための利益すなわち成果を出すために誰がどの程度貢献したかを計測し、その貢献度合いに従って企業内における待遇を決定していく経営方法であり、その成否は成果そのものの設定(零戦)つまり企業にとって何が成果かということの明確化と、社員がどれだけスマートに貢献したかによって決定されます。

貢献という言葉がくせもの。「スマートに」は「効率的に、効果的に、実利的に」という意味ですが、つい「年功序列と代替できる手っ取り早いスマートさを創作してしまう」から成果主義の取り組みに失敗するのです。

たとえば「効率的」について。

がんらいの日本株式会社は、慶応出だろうが早大出であろうがはたまた防衛大出であろうが、新卒をじっぱひとからげに採用して、初年兵すなわち新人はお茶くみに宴会のビール継ぎ、コピー取りにカラオケ大会の使役兵じゃなかった雑用係、そうして会社のしきたりを学び(学べない人は電車に飛び込んだりして消え去る(カエル))、2年目3年目くらいから会社の各部署におけるエキスパートとなっていくが、業務は大学で学んだ科目とはほど遠い内容でした、という効率性もへったくれもない封建的なやり方なので、「成果主義だぞー」と学歴不問、会社の事業成果に直結する分野の若者のみ採用し、出社初日から専門分野の能力発揮を要求する会社が出始め。といっても最初は先輩についてオンザジョブトレーニングですが、飲み会やカラオケという「教育」ではないことに留意ください。これで成果が出せればOK、でなければ「ハイそれまでヨ」さようならと解雇、というふうに変革した企業が生まれ始めました(極論です)。

ハイそれまでヨ(©東宝)

https://www.youtube.com/watch?v=94lJKBmo74c

で、生産性躍進したかというと、実はそうでもない。なにが問題になっているのでしょうか。

それは、ずばり!「競争にとらわれ、協調が達成されてないから」です。

効率化、効果的、実利的、というと、つい「あのやりかたは効率的でないからダメ」という切り捨て思考に陥ってしまいます。もちろん選択と集中は大切ですが、一歩間違えると単に『効率化している』という満足のためだけに本来ありうる多数の選択肢を自分から切り捨てているということになってしまうので気を付ける必要あり。

たとえば、ITサービス企業にとって、大卒であれば芸術学部であろうが体育学部であろうがじっぱひとからげ、というのではなく、学歴問わずデジタル技術を知っている人を選んで採用する、というのは効率化です。でもデジタル部門の経歴だけで競争し雇用しようとすると、マイナス思考に陥ってしまいます。デジタル強者だけを雇って純粋培養という思考が危険なのです。

ううむわかりやすい例がないかな、たとえば、個人事業主(ラーメン屋さん、花屋さんなど)向けの広報サイトを作成する会社があったとします。そこそこ業績はあるが、いまいちお客さんからのフィードバックが?と伸び悩んでいたそんなある日、なんのはずみか、全然IT知識のない70過ぎのじっさまが派遣で入ってきた。

ラーメン屋さん。お客さんを呼びこむHPとは?

そのじっさまは、定年まではそれなりの大企業にいたらしいが、「いやいや妻の介護でお金が必要になりまして。。。」なんてとても低姿勢で人当たりが良いので、いつの間にか若い人たちに慕われ、仕事ではなく生活の悩みの知恵袋になりました。ははは

で、若い人のほうでも仕事というより雑談レベルで「こんなふうにやるんですよ」とじっさまに伝える(教える)ようになり。じっさまもまじめに「へえへえこうすればぐーぐるの検索ページであのパン屋さんのキャッチコピーが表示されるんですね①」「じゃあ、キャッチコピーはこんな言葉を使って、これぐらいの大きさにすればいいんですね②」などと勉強している。

これをみた社長が

「ああああ!そういうことだったのか!」と驚愕し。

つまり①は「スぺニット」のことであり②は「SEOコメント」のことだったのです。

IT強者の若者軍団で構成された会社だったので、IT弱者のパン屋さんや花屋さんのHPを作成するにあたり「①いろいろな検索エンジンで貴社の情報が一目でわかるようにスぺニットを作成し」「②SEO対策を万全にしてインデックスを確実に、検索エンジンで上位を狙いましょう」などと手取り足取り説明するのですが、悲しいかなパン屋さんの方は「すぺにっと?SEO??いんでっくす???」とちんぷんかんぷんになってしまい。もちろん業者も相手が初心者なのは重々承知しているので、親切に「スぺニットとは、検索エンジンによる検索結果の一部として表示される、Webページの要約文のことです(Weblioより)」などと説明するのですが、果たして皆さん理解できたでしょうか?はははは。。。。

ぼくのサイトのスぺニットはこんな感じ。

ぜひお友達とかにも教えてあげてくださいね(^▽^)

そこでじっさまが登場。実業界の修羅場を生き抜いて、お客さんにどんな言葉で説明したらよいのかを知りぬいているじっさまは、若者がスぺニットの存在を教えただけで、そのスぺニットが何かはともかく、何のためにあり、どう使い、どんな言葉をどれだけ入れればパン屋さんなどの集客になるのか無意識ながらも見抜き、「キャッチコピーはこうすればいいんですね」と逆に効果的なスぺニットの作成を若者に提案していたのです。

社長は、パン屋さんなどお客さんとのHPデザイン他交渉の場に必ずじっさまを同席させることに決定。その結果、若者の出す技術提案がしっかりお客さんに伝わるようになり、若者の提示するITという手段と、じっさまが通訳ないしお客さんからひきだすキャッチコピーというサブスタンスがうまく合体するようになり、成果倍増となりました。めでたしめでたし。

つまり、会社としてはスマートだったけれど、お客さんのほうへのリーチ(味割の術)ができていなかったのです。成果主義であるがために、デジタル強者の社員同士で先端技術・知識の披露合戦というか血も涙もない数値獲得の競争になってしまい、お客さんを含むデジタル弱者に目が届かない、社員同士で足を引っ張り合う(洗脳)マイナス思考にとらわれてしまったのでした。ここでIT弱者のじっさまという、一見スマートさとは関係ないメンバーが入ってきましたが、実は何より重要な集客能力を持っている人だったので、デジタル強者のだれよりも会社に貢献することができたのでした。

成果主義は可視的な数値・記号を作ろうとするあまり、見栄えの良い成果もどきを作れる人が強者となり、でもそれは会社の存続には貢献しなかったりします。

もちろん、飲み会だカラオケだで「面白いやつ、気が利くやつ」とお覚えめでたく出世などという次元からは卒業が必要(洗脳)ですが、一方「数字で報酬や進退を決めてしまう成果主義ごっこ」ではなく、多文化共生、それぞれのメンバーがのびのび個性を発揮し補完しあう(Finalcial7b)会社への進化が必要。そのためにはまず「脱・会社人間(ベーシックインカム)」ですね。教養・趣味・副業と言った「本業外の知見」が本業を成立させる、そんな世界になっていくと理解します。

ではでは。。。

多文化共生:映画「おはようラモン」より

Posted by 猫機長
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新型コロナ肺炎:急性増悪は予防できる!

新型コロナ肺炎:急性増悪は予防できる!

新型肺炎は、大多数の人が軽症や無症状で治ってしまうーこれは確かに事実です。しかし、軽症で経過観察だったのに、「一瞬で悪くなった」という間もなく、死亡してしまう人が一定数いることも明らかになってきました。計算により違いますが、80%の人が軽症ですむということは、20%、つまり5人に一人が重篤になる可能性があるということです。そして「一瞬で悪くなる」つまりやばいと気づいた時にはすでに手遅れというケースが散見され、時事通信の情報では「危険性はエボラと同じー英調査(外部リンク)という結果も出ています。

志村けんさんの場合、プレジデント紙の報道では「3月17日から倦怠感を訴え、19日に発熱や呼吸困難の症状が出た。20日に病院で重度の肺炎と診断されて入院した後、23日に新型コロナウイルス陽性と判定された。症状が出てから、わずか10日余りで命を落としている」。

そして、こうした急性増悪の犠牲者は、老人や肥満している人だけではなく、若くて健康な人たちも一定数含まれています。つまり、確率的に多い少ないということよりも、ぼくやあなたが、いつ気が付かないうちにこういう急性増悪の犠牲者になるかはわからない、という事実の方が重要だと思います。

なぜこうなるのか?

お医者さんいわく、ふつうの肺炎だったら、肺炎一歩手前ですでにはあはあぜいぜい、精神錯乱するなど、もがき苦しんでいるので一目瞭然だそうで、「なんか息が苦しいんですけど、死ぬんでしょうか」なんて心配そうな顔でやってくる人には、お医者さんもつい「そんなの気のせい。忙しいのにじゃますんな!帰れ!」とけんもほろろの対応になってしまうそうです。しかし、こと新型コロナに限っては、まだフツーに呼吸しており、スマホをいじったりにやにやしているのに、検査のプロトコール上血液中の酸素飽和度を計ったら、66%などと出て「わあああ緊急入院だあああ!」というようなケースがかなり発生しているらしい。

ちなみに、血中酸素飽和度は95%以上はあるべきで、90%を切ったら呼吸不全、75%で虚血疾患(心筋梗塞みたいな症状)の危険があり、50%になると意識障害や昏睡に至るそうです。

つまり、新型コロナ肺炎の特色の一つが「無症候性低酸素症」であり、本当は血中酸素飽和度が著しく危険な数値に低下しているのに、ぱっと見は「フツーに倦怠感があります」で済んでしまっているので、「自宅で様子を見な。医療崩壊しないために、本当に悪くなるまで来ないでね」と追い返してしまう。でも実はこの時点で入院し、適切な処置をしていればチューブを差し込んで人工呼吸とならずに助かっていたケースが多いらしい。

では「ちょっと倦怠感があります」というのは、すでに重篤化の兆候なのか?

それは「人それぞれなので、はっきり言ってわかりません」。

なぜなら、倦怠感とか息苦しさなんてすごく抽象的な言葉で、人によって違ってしまうからです。

そして、医療機関の方でも、「倦怠感が。。。。」なんて言ってくる人ははっきりいって相手にしてくれない可能性が強い。入院以前にPCR検査さえしてくれず、感染しているかどうかさえわからないまま、となってしまうと思います。

では、運を天に任せ「軽症だと思っているうちに、本当に軽症ですんだ」「2週間たったけど、一瞬で悪くなるということなく過ごせた」だからそもそも感染していないんじゃね?などと、命にかかわることがまったくあやふやなまま生活していかなければならないのでしょうか。

そんなことはありません。ちゃんと解決策があるのです。

さいわい、ある秘密兵器があり、これを使用することで科学的に「低酸素症候群になっているかどうかを見分ける」ことができるのです。

その名も「パルスオキシメーター」

写真のように、指に挟むだけで、およその血中酸素飽和度がわかります。

ぼくはブラジル在住ですが、医療器具店で5千円ぐらいで買えました。日本では薬局で買えるらしい。ただ、かなりの人が買いに行っているらしく、販売者側でも「本当に必要な人以外は買わないでください」なんて呼びかけていますが、それに対する私の答えは「ぼくは逆流性食道炎が気管支に及んで炎症を起こしたこともあり、気道の炎症を確認するために本当に必要」です。別に持病のない人でも「無症候性低酸素症の疑いをなくし、必要な場合早急に医療施設に行けるように、本当に必要です」といって買ったらよいと思います。だって本当に必要なのではないですか?

パルスオキシメーターを買ってから、ちょくちょく計測し、95%~98%を行ったり来たり、この原稿を書いている時点では肺炎になっていないな、という安心があります。

いろいろな型のパルスオキシメーターがあるようですが、そんなに高いのは必要なく、要は血中酸素濃度がちゃんと測れるやつで一番操作がシンプル、あるいは安いのでいいと思います。

ぜひ皆さんもこの安心を。そしてもちろん安心するだけではなく、予防や巣ごもりを徹底して、みんなで乗り切ろう!

*なお、急性増悪の犯人は、サイレント肺炎のほかに、「サイトカインストーム」や「T細胞」もかかわっているとの情報があり。これらの記事も読んでおいてください。

ーO―

7月9日、東京の非常事態宣言も解除され、あたかも通常に戻ったかに見える状況に寄せて付記。

日本の場合は、満員電車やパチンコ屋の行列とか、「会食におけるグラスの回し飲み、ホストクラブやキャバクラ(7月9日MSN電子版)」など、やることなすこと「ほにゃらら」だったのに、八百万の神の助けで「医療崩壊しないで済んだ(実は数値があやふやで、西洋人の目から見ればそもそも判断のしようがない)」という状況ですが、これを「日本人は相互扶助や自粛で世界に模範を示した!ジャパン・アズ・ナンバーワン!(12歳)」なんて勘違いしないで、予防を強化しましょう。

有識者や政治家が責任逃れのテキトーな声明で逃げ切ろうとした中、「東京で8万人感染する」とか「全国で42万人死ぬ」と具体的数値を上げて勇気ある警笛を鳴らした西浦教授が、いまや「8割おじさん」とバッシングを受けていることに大きな危惧を禁じえません。アメリカと日本は違うから大丈夫さ、なんて「ぬるま湯に浸っていた(なまぬるい認識だった)」人々の目を、西浦教授のような人が覚ましたからこそ最悪は避けることができた。42万人死亡にならないようこれからも気を付けよう、となぜならないのでしょうか?なお、西浦教授は、この分析などが評価され、京大で活動することになったとの情報あり、安堵しています。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長