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台風が作った歴史。元寇の真実

蒙古襲来とも言い、鎌倉時代の1274年、1281年の二度にわたり元朝(モンゴル)が日本に侵略した戦いのことを言います。

元寇については、世につれていろいろと解釈がなされ。

戦前では、正義の日本がモンゴル軍をけちょんけちょんにやっつけ、八百万の神が起こした神風により、元軍は海の藻屑と消えました、となっており。

軍歌「元寇」

 

 

ところが、戦後では、逆に日本側がモンゴル軍にけちょんけちょんにやられ、モンゴル軍が戦利品を船に持ち帰っていたところを台風が襲い、海の藻屑となりました。軍国主義者はこれを神風といって日本を神の国にしようとしていましたが、そんな戯言にダマされてはだめですよ。あれはただの台風ですよ!

というふうに180度転換したのでした。ははは

さらに戦後も40年たって、満州や南方、シベリアで虫けらのように殺された世代の中でも、奇跡的に生き残って「戦争絶対反対!」と叫んだ一握りの人たちが寿命で死んじゃった令和の世では、「日本は実は強かったんだ!卑怯な集団戦法でかかってくるモンゴル軍を、世界でもまれにみるかっこいい重装騎兵の日本武士が追い散らし、船団に逃げ帰ったところで台風によって海の藻屑となった。この台風はやっぱり神風だ!」という風に変化してきています。

さて、どの主張が本当なのでしょうか。

実は、どれも正しくなかったのでした。

というわけで、蒙古襲来のえげつない真実を暴きます。

「真相はこうだ」

そもそもモンゴルについて。

騎馬民族です。

モンゴル。馬とゲル(パオ) https://ameblo.jp/elgatherapy/entry-12619434136.html

モンゴル高原は、ろくに雨が降らず。1000年から1200年ころの技術では、とても農業なんて。。。という状況であり。

であれば、人間では食べることはできない草をヒツジに食わせて、人間はそのヒツジを食って生き延びよう、ということになりました。

農業が「一所懸命」つまり同じ土地を営々と耕し、良く言えば定着、悪く言えばしがみついていたのに比べ、ヒツジの方は、ある場所の草を食いつくせば、とっとと別の場所に移動していってしまうため、人間のほうでもヒツジと一緒に移動するようになり。

足でてくてく、ではしんどいので、馬に乗るようになりました。

いきおい住居も移動式のパオになり。クワや鋤の替わりに弓矢で鳥だの鹿だのを狩るようになりました。

要すれば、モンゴル人というのは、天性の機械化師団だったのである。

時代が時代なので、兵員輸送車(装甲車、トラック)ではなくて、馬でしたが。

しかし、馬か徒歩か、という時代に、馬に乗るという事は、決定的な戦術的優位を与えることになり。

農耕民族が、ひとところに固まって(実は時速3キロていどで移動してはいる)、槍でやーやーなんてやっているところを、騎馬軍団の大軍が時速60キロで怒涛の疾駆をしながら、槍の射程外から機関銃のように毒矢をぶち込むということになり。

ちょっとたとえが極端ですが、竹槍でB29をやっつけろ、とほざいているうちに、はるか上空から焼夷弾を落とされ全滅、みたいな状況になったらしい。

竹槍訓練 https://rakuseijin.exblog.jp/22011141/

 

 

というわけで、あっという間にモンゴルはアジアからヨーロッパをまたぐ大帝国になった。

ただ、広大な土地に散らばる農耕民族を持てあますようにもなり。

中国を制圧したモンゴルですが、高麗だの宋だのの投降した軍隊がまだ残っており。味方として吸収するには維持コストがかかりすぎるし、反乱でもされたら一大事なので、なんとかうまく消し去ることができないかなやんでいた。

そこで日本に送り込んで、日本の武士にお掃除してもらったということですね。

ちなみに、当時の造船・航海技術では、大量の馬を一度に船に乗せて運ぶことができなかったそうで、事実日本に送られたのは大部分が徒歩の兵隊、つまり、実はモンゴルではなく、モンゴルに負けた高麗だのの残存兵だったのでした。

つまり、「てつはう」だの「毒矢」だのモンゴル式の戦法を取ったりもしますが、その実は日本と同じ農耕民族の軍隊であり、てくてく徒歩で、やーやー!という相手だった。

蒙古襲来絵詞。画面のさらに左に、モンゴル騎兵のいるバージョンもあったはずだけれど。。。

 

 
恐ろしい「モンゴルの機械化師団(機械じゃなくて馬だけど)」と対峙しないで済んだという事である。

もちろん沖を埋め尽くす軍船から雲霞のごとき大軍が上陸してくるわけですから、「日本軍は弱かった、けちょんけちょんにやられた」というのはウソで、その大軍を押し返した日本軍の実力恐るべし、というのは事実といってよい。

ただ、相手が血に飢えたモンゴル騎兵ではなく、祖国を追われてゴミのように日本に捨てられた、やる気全くなし、やらされ感満載の中国人・韓国人だったという事は理解しておくべきと考えます。

さて、やらされ感満載の高麗・南宋連合軍ですが、なかなか日本軍相手に健闘して、これなら督戦隊(元。*注1)に処刑されないですむな、いったんお家じゃなかった船に帰ろう、というとき、哀れ台風に会い海の藻屑になってしまいました。

これも、元の命令で無理やり突貫工事で作った船であり、もともとの当時の稚拙な造船技術と相まって、「神風」までいかないフツーの暴風雨で、あれよあれよという間に沈んでしまった、という事なのだと理解します。

モンゴル騎兵のいる風景。いないわけではなかったが、船の関係で、少数になってしまったらしい。

 

 
結論として、元寇は

左翼や共産主義者が言うような、「精強なモンゴル軍が悪い日本の軍人をけちょんけちょんにしたが、神の力ではなく、自然現象である台風で全滅」というのではない。そもそもモンゴル軍ではなく、中国・朝鮮の歩兵です。自然現象はその通りだが、それを天皇制批判とかに使おうとするのはいただけないですねえ。

右翼や厨二のミリオタがいうような、「世界一の皇軍がモンゴルをやっつけた」というのも、相手が実はモンゴルじゃなくて、パール―(*注2)じゃなかった中国軍ですからねえ。ただ、日本側も確かに強く、善戦はした。一方、台風は台風であって、神がかった超常現象ではないので、「日本はやっぱり神の国です」なんてイタイ解釈はやめましょう。

結局、元寇というのは、超大国の元が、国内、周辺地域のごたごたを解消するために、治安を乱しそうなヤンキーや愚連隊を日本に送りこんで厄介払いしよう、ということだった。

日本から見ればいい迷惑、どころではなく存亡の危機に立ってしまいましたが、幸いヤンキーと愚連隊だけで、やばい珍走団は来なかったので、何とか守り切った。

珍走団(暴走族)

もしモンゴルが本気で日本を攻めようとしていたら、どんな非道なまねをしてでも精鋭の騎馬軍団を送り込んできたでしょう。

イメージですが、対馬海峡に高麗人の死体で作った浮橋を浮かべて、その上を騎馬兵が疾駆して渡ってくるとか。。。。

アリ(写真はヒアリ)の「いかだ」https://newsphere.jp/national/20170706-4/

モンゴル軍なら、高麗人を使ってこうゆうのを作りかねませんよね。。。

 

 
中国やアメリカほどの大国となると、戦争そのものの勝敗より、戦争というビジネスを通じてどう経済的な利益を得るかというアプローチを見せることがあり。元寇だの太平洋戦争だの、日本はうまく利用されてしまいました。

正義だのなんだのという裏の、えげつない経済的、社会的、政治的な動きを見破ることで、将来は悪徳政治家が正義の仮面を掲げた戦争を起こすようなことを避けられるようになると、信じています。

最後に、マニアックな語句の訳注です

*注1 督戦隊:日中戦争で、中国軍の動きを背後から見張っていた監視役の部隊。中国軍が退却しようとすると、特戦隊が後ろから銃を乱射して処刑した。ウクライナにおけるロシア軍にも、特戦隊がいるらしい。

*注2 パール―:八路軍のこと。日中戦争時の中国は、資本主義の国府軍と、共産主義の八路軍がいた。八路軍は、装備が貧弱すぎて日本軍を見たら原則退避した。国府軍は督戦隊をたててがんばった。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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単フロートと双フロートの話

陸の生物である人間が作った飛行機は、陸上の滑走路を拠点としていたのですが、そのうち水の上からも発着できれば便利じゃね?と気が付き。

陸上用の主脚をフロートと取り換えて、水上機が生まれ。単フロート型と双フロート型に分かれました。

単フロート型(上・パブリックドメイン)と双フロート型(下・PIXABAY無料画像)

 

 

どちらがより優れているのだろう?と今日まで尽きざる論争になっています。

水上機の全盛時代では、なんと日本が他の国の追随を許さない大発展を遂げました。

そんな日本が、単フロートと双フロートをどのように使い分けていたのを見てみます。

以下、日本機の画像は、皆さんおなじみ中島航空機博物館(https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/index.html)から引用させていただきました。

 

◎トップバッターは「零式水上偵察機」

双フロートですね

 

 

この飛行機は、巡洋艦とか、飛行甲板を持たない艦艇からカタパルトで射出され、はるか遠くにいる敵の艦隊の情報とかを探るなどが主任務であり。操縦士、偵察員のほかに航法員を乗せることで、広い洋上を迷子にならないで飛ぶことができ。

空母同士の艦隊決戦においても、空母は攻撃用の戦闘機、攻撃機、爆撃機で満杯なので、随伴する巡洋艦から零式水上偵察機を発進させて敵艦隊の動きを探りました。

真珠湾攻撃では攻撃隊に先立ちホノルル上空へ飛んでいき、見事敵情報告の大任を果たしましたが、ミッドウエーでは、カタパルトが故障して発進が遅れたために、敵の強襲を許したという、目立たないけれど決定的な役割を担っていたようです。

つまり、3座という事で長距離飛行や夜間飛行を可能とし、偵察以外にも爆撃など多用途で重宝されたそうです。どこまでも真っ直ぐ、ぶれずに安定した飛行ができる傑作機、という事だったらしい。

 

 

◎「瑞雲」水上偵察機

やっぱり双フロート型

 

 

零式水上偵察機とよく似ているけれど、こちらは敵戦闘機と格闘したり、急降下爆撃ができるように、大幅に機体を強化しており。乗員も、専門の航法士が減らされて2名になっています。

戦争も後半になると、零式水上偵察機では、敵の戦闘機の餌食になってしまう事が増え。何とか落とされないよう、空戦フラップを装備したりがんばった。また、無理やり急降下をやらせようとしたので、エアブレーキとかが振動して空中分解が多発したらしい。

Wikipediaでは、水上機にしては攻撃力が優れている、と書いていますが、それは水上機にしてはという事であって、雲霞のごとく押し寄せるグラマン相手にどこまで生き残れたかは疑問です。

一方、魚雷艇を爆撃したりとかで活躍しました。

 

 

◎二式水戦

単フロート型

 

 

零戦を水上機にしたらこうなった。フロートを付けても意外と性能低下は抑えられたらしく、飛行場のない南方の島々から飛び立ち、連合軍戦闘機相手に大活躍しました。

 

 

◎零式観測機

さてさてマニアのみなさん、ついに主役の登場です。

やっぱり単フロート型

 

 

観測機は、戦艦などに搭載して、艦隊決戦において、味方の戦艦の主砲弾が敵の戦艦に命中しているかどうかを文字通り観測し、味方へ伝える、というのが主任務の飛行機です。

当時の戦艦は、主砲の射程が4万メートルに達しており。地球は丸いので、その距離だと、地平線(水平線?)に敵の艦影が隠れてしまい、ろくろく視認するのも困難になってしまっていた。

そこで、観測機を飛ばして上空から射撃情報を得よう、ということになり。

こんなかんじ(出展:https://hatoh-yamato.jp/archives-044/)

 

 

航続距離は「零式水上偵察機」の3分の1くらいと短いですが、その分格闘性能を向上し。

味方の着弾観測を行うために空に上がるという事は、敵の観測機も上がってきているわけですから、その敵が純粋な観測機であろうが、空母から飛んできた戦闘機であろうが、格闘して落としてしまえ!という恐ろしい野望を持った飛行機になりました。

ただ、時代はすでに砲戦ではなく空母同士の航空決戦になっていたので、観測、という面では全然出番がなくなってしまい。

そのかわり、船団護衛や離れ島の防空で、敵機に無双するという野望は見事達成され。グラマン、P38やP39という本職の戦闘機をバタバタ叩き落す大活躍をしたそうです。

零式観測機と二式水戦のコンボは無敵だったらしい。

P38(パブリックドメイン)

 

 

P39(パブリックドメイン)

 

 

このへんで、単フロートと双フロートの利点・弱点が浮き彫りになってくると思います。

1.そもそも水上機にとって、まず離水というのがものすごく難しく、リスキーな行いである。水は、フロートの底に粘着してしまい、まるでボンドを引きはがすようにして離水しなければならなくなるらしい(すいません、ぼくは陸上機パイロットなので、また聞きです)。従ってエンジンパワーがなく、鈍重な機体は、そのぶん水上滑走がやりやすい機体でないと、制御不能、転覆、になってしまい。

単フロートだと波とかが斜めに当たったりする場合の制御が難しく、離水には双フロートの方が一日の超あり、ということで、零式水上偵察機や瑞雲は双フロートになったらしい。

2.エンジンパワーがありすぎても、プロペラトルクなどで単フロートは苦しいらしく、シュナイダー杯のレース機などでも双フロートを採用しています。

マッキMC72 https://grabcad.com/library/idrocorsa-macchi-castoldi-mc72-1934

 

 

こういったレース機はともかく離水速度が速いので、その速度になるまで延々と滑走しなければならず。この間すさまじい偏向のねじれに対応するために、片側のフロートはあえて燃料タンクにしてバラストとした、という情報もあります。写真のマッキがそうだったかは情報えられませんでしたが。

二式水戦や零式観測機は、翼面荷重がレース機よりずっと低い(上昇力がものすごく高い)ので、パイロットがうまくトルクを殺せば、危険な水面をそんなに走らなくても離水できた、という事と推察します。

3.いったん離水すれば水上機も陸上機とおなじ、というわけにはいかず。大きなフロートを付けているぶん、飛行特性にも影響が出てしまい。

前方投影面積だけなら、実は単フロートと双フロートはそう変わらず。空気抵抗による速度への影響は、有意なほどにはならなかったらしい。

一方、単フロートの場合、重いフロートを1個にまとめて、機軸中心の垂直線上に置くことができ。

https://geolog.mydns.jp/www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3853/jnrs/jnrsC235c.html

 

 

https://daihonnei.com/wp-content/uploads/2017/04/%E7%91%9E%E9%9B%B23%E9%9D%A2%E5%9B%B3-1.jpg

 

 

このため、ロール性能の低下を最低に抑えることができた。左右の補助フロートはそれほど影響がなかったらしい。

横転性能は、格闘戦の中でも重要ですから、二式水戦や零式観測機が単フロートなのもうなづけると思います。

4.なんちゅう理由じゃ、という単フロート機もあり。

その名もグラマンJ2F「ダック」

http://www.fiddlersgreen.net/aircraft/Grumman-Duck/IMAGES/duck-standing-grumman.jpg

ロートが巨大すぎて、飛行機にフロートが付いているのか、フロートに飛行機が付いているのかわからなくなっているのでした。

この巨大なフロートが、メインギアの格納と共に、なんと居住区となっており、「燃料や貨物の他、並列のシートに2名まで人員を乗せて輸送が可能だった(Wikipedia)」とあります。

ここまでくると、飛行艇ですよね。。。。

ぶきっちょだけれど、貨物輸送から海難救助まで、多用途で活躍した傑作機になりました。

アメリカとかは、二式水戦みたいな水上機は作らなかったの?という質問があるかもしれません。

あるにはあった。でも大量に使われるという事はなかった。

水上機型スピットファイア

https://www.hlj.co.jp/product/KOP73170/

 

 

水上機型のグラマンF4F

https://live.warthunder.com/post/763196/en/

 

 

F4Fの水上機型は「野生のナマズ」と呼ばれたようです。

アメリカには「飼いナマズ」とか「のらナマズ」がいたのだろうか?「養殖ナマズ」と「天然ナマズ」はあるみたいだけれど。

脱線ついでに、東京の「わかば」には、日本有数といわれる「天然物」のたい焼きがあります。わくわく。。。

「わかば」のたい焼き

 

 

アメリカの場合、島を占領すればあっという間に滑走路をつくってしまうし、戦争開始2年後の1943年には「週刊空母」といって、一週間に一隻の割合で空母を就航させていたので、わざわざ水上機を作る必要なんてなかったのですね。。。。

パブリックドメイン

 

 

日本が水上機大国になったのは、ろくに滑走路も作れない貧弱な工業力が理由だったというオチになってしまいました。

ああ無情。。。

現在では、セスナなどの水上型が、カナダなど水面がいっぱいの国々で大活躍しています。やはり離水が一番の課題なのか、みな双フロートになっています。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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マストのお話や片思い相談ほか。短編集

◎短編その1:パゴダマストは日本美術だった

船舶の重要な構成部分の一つに「マスト」というのがあります。

もともとは、帆柱です。

二本マストのカラベル船

https://marsemfim.com.br/wp-content/uploads/2018/04/caravela_portuguesa.jpg

 

 

そのうち、帆柱の高いところに見張り台を付けると、遠くまで見渡せることに気づき

http://www7.plala.or.jp/B1F/master/report-o2.html

 

 

帆がない蒸気船の時代になってもマスト(と見張り台)は残ったのでした。

戦艦三笠

 

 

そのうち、日本ではマストが独自な発展を遂げ。

こんなかんじになりました

https://livedoor.blogimg.jp/irootoko_jr/imgs/e/f/ef26b7af.jpg

 

 

写真は、マニアの間でも有名な、戦艦扶桑のマスト(艦橋)です。

アートすぎるので、艦橋単品で再現するマニアも数知れず。

扶桑、艦橋2

 

 

これは、やれ主砲の着弾観測だの、見晴らしのいい指揮所だのを求めていったらこうなったらしい。

じゃあ、アメリカの戦艦とかはもっとすごいんじゃね?

こんなかんじ

戦艦アリゾナ

https://waterline.sakura.ne.jp/images/plamo/arizona/arizona59.jpg

 

 

https://modelfactoryhg.blog.fc2.com/blog-category-209.html

 

 

アメリカらしく、艦橋そのものと観測マストがくっきりクレバーに分かれていたのでした。もっと正確には、鳥かごみたいな白いのは「羅針艦橋」というらしい。

日本のように下から上までごっちゃになった艦橋を、アメリカは「バゴダ・マスト」と呼んでいたらしい。

本家のパゴダマスト(西安大雁塔の例)

Pixabay無料画像

 

 

ちなみに、日本側の呼称は

「不法建築」

艦橋をのぼるとこんな感じ、という動画があったのでシェアします。

 

 

たしかに「九龍城砦」をほうふつとするのでした。

https://aipict.com/kowloon_walled_city/

 

 

なお、九龍城砦というは、むかし香港にあった巨大なスラム街のことです。

わるいけど、小汚くて気味が悪い九龍城砦に比べて、扶桑の方はアートですよね。。。

その気がなくてもなんでもアートにしちゃう日本の本性が、ここに表れているのかもしれません。

 

 

◎短編その2:OKWave でベストアンサーいただきました

片思いに悩むかわいそうな青年がいたので、ウエルテルみたいになっちゃわないよう相談に乗ったら、ベストアンサーいただきました。(https://okwave.jp/qa/q10122960.html?f=mail_Close_ba#answers)

*ここでは概要・要約のみとします。詳しく知りたい方は上記の引用元へどうそ。

片思い相談

質問者:悩める青年

沼にはまったような気持ちで過ごしていて、だれにも相談できないのでここで相談させていただきます… 私:3◎歳男 相手:2◎歳女、同僚 1年くらい前から私が片思いをしていて、まずは関係性から作ろうとLINEから遊びに行ったり、仕事終わりや休日にご飯に行くようになりました。

仕事終わりに「暇だったら飯行く?」→「いーですね、何食べます?」くらいのノリです。 今の関係性は、他の人より仲のいい同僚恋人未満程度かと思います。 私が先輩ではありますが、比較的会話やLINEもだいぶゆるい感じです。

相手も彼氏がいないとのことでマッチングアプリなどをしているのを雑談から知りましたが1年間ログイン程度で動きはないようです。

私の入っているスポーツクラブに毎週一緒に通ったり、これまでに休日に美術館や映画にも行きました。だいたいいつも楽しく帰ってこれます。 他には週1で1時間程度ゲームを通話しながらやったりもします。 スポーツの練習も誘えば1対1で忙しくなければ来てくれます。 (職場の人に見られるのはちょっと…というので1時間くらい離れた場所にだいたい出かけます。)

雰囲気的にもしかしたらいけるのかなぁと思っていますが、私が恋愛経験がないのでどういうタイミングで告白したらいいのか良く分かりません…。 ネットで脈ありの女性について調べるとあまり該当しなさそうだし…と思うと自信がなくなってしまいます。

3月末で相手が異動になってしまい、これまでのようにはいかないのかなと思い、この先どうしたらいいのかな?と沼っています。

ヘタレは承知の上で誰か助言いただけますか?

映画版:君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」

 

 

質問者が選んだベストアンサー

回答者:猫機長

ベストアンサー

ベストアンサー率40% (2/5)

きょうび、何をやってもハラスメントなので、以下はあくまでご参考として、 お相手の女性に不快感を与えないようご留意ください。

さて。

女性は、自分から物事を決めるということは嫌いで、誰かがかわって決めてくれることを好む「一面があります」。

でも、だいたいこういう事が好き、という自覚はあるので、この女性が「好きだと思っていることをするように、彼女に替わって決めてくれる人」をいつも探しています。

ああめんどくさい

というわけで、あなたが、「彼女が求めている恋人」を演じて、なり切ってしまえばよいのです。

それができれば、あとは「ぼくはあなたを求めている」と、「彼女があなたを求めていることを、彼女に替わっていってあげる」というステップを踏めば、彼女は喜んであなたのとりこになるでしょう。

いよいよめんどくさくて、訳がわからなくなってきた。

要すれば、ある程度彼女の好みを把握して、あなたこそが彼女の好みの男性だ、と彼女を洗脳してしまいましょう。 あと、洗脳の方法がわかればいいのですが。。。これがわかったら、モテ本を書いて億万長者になるでしょう。

ながくなりました。応援しています。

以上回答でした。

△このブログを読んでいるモテモテ素敵女子の皆様、純情な青少年を持てあそぶのはやめましょう。。。。

 

 

◎短編園3:ビットコイン狂乱

こないだ、ビットコインに革命をもたらす出来事として、ブラックロックの現物ETFの申請について書いたのですが、だいたいその数日後、ようつべだのなんだのでバカ騒ぎがはじまってしまいました。

いわく

◇ビットコインの勢いがもう止まらない!世界を動かす巨人たちが続々参入!

◇世界的大企業の大部分が既にクリプトの参戦!仮想通貨の未来は明るい。

◇ビットコインの好材料が止まらない。ビットコイン急騰!

などなど。

大フィーバーです。

でも、つい1,2か月前は

◇仮想通貨はもうアメリカではオワコン扱い?

なあんて、もうビットコインはおしまいだー!とこぞって連呼していたんですけどねー

いやいやちょっと価格が5日間で2万6千から3万に上がった程度で、なにを騒ぐのか?ばっかじゃねー?と思ってしまいます。

 

 

そんなことより、

◆ブラックロックに続いて複数の現物ETF申請の動き

◆インドネシアで世界初の国家暗号資産取引所がオープンの兆し

というような爆弾情報を逃さず収集しておく方が重要と思います。

特に、交換所、というのは、STC(米国株式取引委員会)などお上が目の敵にしていじめているものを、なんと、お上そのものが取引所をオープンし、国中の利益を独占しようという、よくもそんなあこぎなことを思いつきやがって!ぎゃはははは!と思います。

たとえが悪いかもしれないけれど、これまで、「よいこのお遊戯所」として営業していて、じつはカジノじゃね?と政府が摘発しまくっていた施設を、政府そのものが「安全なよいこのお遊戯所」と、独占して「国営◎館」じゃなかった「国営カジノ」でもうけまくってやるぜー!みたいなものですからねー

まあ、どこのだれかもわからない、いかがわしい民営企業より、国家直営の方がいいかもしれないけれど。。。。

ではでは

Posted by 猫機長
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恐るべしブラックロック。ビットコインの逆襲

*美術女子や飛行機女子の皆様へ:今回は、仮想通貨界をゆるがす大事件についての時事ネタなので、ちんぷんかんぷんの内容かもしれません。でも、素敵な絵画をたくさん挿絵にいれたので、ぜひ見ていって、いいね!してね!

シュプレマティスト作曲No.56

 

 

さて、血も涙もない経済情報です。

2023年6月。ブラックロックという資産運用会社が、ビットコインの現物ETFを上場するためSEC(米国証券取引委員会)に申請を行いました。

ええええー?SECって、いまバイナンス(世界最大級のビットコイン取引所)を訴えて、ぶっ潰そうとしているんじゃなかったっけ?そのSECに、よりによっていま、多数の企業が申請に失敗してきた現物ETFの申請をするの?

狂ったかブラックロック?

と、思ったとたん、「SECとバイナンスが和解」というニュースが飛び込んできました。ははは

要するに、SECのバイナンスいじめは、このほど議会を通過した米債務上限問題とおなじくらい茶番だった、のかもしれません?

そもそもブラックロックって何者?

以下、Wikipediaからの受け売りですが。。。。

◎ニューヨークに本社を置く、世界最大の資産運用会社。

◎債券運用のみならず株式やオルタナティブ、アドバイザリー戦略など、幅広い金融サービスを提供

◎ゴールドマン・サックスやJPモルガンなどと覇を競う強大な組織。

◎インデックス運用については、ブラックロック、バンガード・グループ、ステート・ストリートは「ビッグ・スリー」と呼ばれている。

◎もちろん。S&P100、S&P500、ダウ・ジョーンズ USなどの株価指数において、構成銘柄の一つである。

以上でWikipedia引用終わり。

シュプレマティスム コンポジション

 

 

要すれば、アメリカつまり世界を代表する金融機関の一つという事なのでした。

ブラックロックは、現在8兆5000億ドルのお金を動かしているとのことである。これがのちに重要な情報になるので、覚えていてください。

さて、6月17日時点で、SECとバイナンスの合意を好感して2万6千ドルあたりに上昇したビットコイン。

ブラックロックのETFで、10万ドルへの上昇がささやかされ始めています(来年以降になりそうですが)。

どうやって上昇するのか?

これは、ビットコイン以前に、あらゆる金融商品に共通する、「不足の原理」が関係しています。

2021年6月現在、世界に存在しているビットコインは、その70%以上が長期ホルダー(ホドラー)よってがっちりしまい込まれており。市場で回っているのは30%程度しかない状況とのことです。

要すれば、ビットコインは不足した商品になりつつあるという事である。

読者の皆さんが、たい焼き一匹買いに行ったとします。ふつーは100円のたい焼きが、今日は売り切れ、ごめんなさい、となってしまい。落胆していたら、裏通りに別のたい焼き屋さんを発見し、なんと同じたい焼きが102円で売られていたら、大喜びで買ったりしないでしょうか?

重要なのは、誰かが(あるいは多数の購買者、あるいは一人の大人買い)、品切れになるくらい資金を投入して、たい焼きを買い占めたということです。

つまり、とある物品に、資金を投入すればするほど、その物品の価格は吊り上がるということなのである。

釣りあがる割合は物品によって違いますが、ビットコインについては、1ドル投入するごとに3ドルの効果がみられると言われています。(もちろん、上記の大人買いの購入規模が必要ですが)

実はその大人買いが起こり始めているらしい。

ダイナミックシュプレマティスム

 

 

今年の初めあたりから、ブラックロック、バンクオフアメリカ、そしてフィデリティという大手が、ひそかにビットコインを買い溜めてきており。

購入にあたっては、これら3社はいずれもマイクロストラテジーという、これまた世界最大のビットコイン保有量(38億ドル。出典https://www.coindeskjapan.com/186152/)を誇る企業の株を購入することで、間接的にビットコインに手を出しているという事である。

バイナンスとか、直接の取引所が恐慌状態なので、マイクロストラテジー株で代替しているのです。

そして、ブラックロックが株の6.24%、バンクオフアメリカが2.37%、フィデリティが1.01%と、筆頭株主ではないにしろ、上位の株主になっています。バンクオフアメリカは、2023年に4万7千%同株の購入を増やすという狂った戦略を取っています。

さて、今日では2万6千ドルのビットコイン。

ビットコインの発行は2千100万枚で打ち止め。その総額は5000億ドルくらいだそうです。

ビットコイン1枚の値段が10万ドルになるためには、ビットコイン全体の総額も2兆100億ドルまで上がる必要があり。

*2.100.000.000.000÷21.000.000=100.000

( 1 億の 100 倍は 100 億、1億の 1000 倍は 1000 億 1億の 10000 倍は1兆です。)

要すれば、今あるビットコインの時価総額に、この3倍相当がプラスされれば達成できるという事である。

シュプレマティズム(二次元の自画像 )

 

 

ここで、ブラックロックの「大人買い」の真意が見えてきます。8兆5000億ドルの資金のうち、なるべく少額の予算を動かして、ビットコインの1ドル投入当たり3倍の効果(あるいは1兆5000幾ドル)が得られる投資規模を達成したい。

そして、その秘密兵器が現物ETFの上場という事になるのである。

ETFが発足できれば、投資者からバンバンETFを買ってもらい。かき集めたお金でいよいよ大規模スケールの投資をして、ビットコイン10万ドルを達成だ!

これにアメリカ政府も乗ったようです。

FTXだのの交換所については、政府の規制が行き届かない平行勢力になってしまうので、いじめて叩きつぶした米政府ですが、ビットコインがおいしい投資先であることは知っており。

バイナンスいじめの茶番で、「政府の方が強いぞ!」と見せしめにしたうえで、その裏ではこっそり(でもないけど)ブラックロックのETF承認に向け準備しているのかもしれません。

ETFであれば、ビットコインはコモデティーの一つであり、その値動きに従ってETFの価格が上下するだけなので、ビットコインそのものの売買ではありませんから、政府公認の経済活動を公認の金融機関(この場合ブラックロック)によって実施できることになり。ETFに関する税金などでちゃっかりビットコインから利益を徴収しようということなのでしょう。

シュプレマティスム 黄と黒

 

 

これまで、幾多のファンドが現物ビットコイン上場を試みて却下されましたが、今回はどこが違うのか?

これまで、SECは却下の理由の一つとして、承認後のファンドによる価格操作の可能性を上げていました。

ところが、今回は、ブラックロックの事業に関与して価格操作を行わないような監視機構を設ける、というような動きになっており、引き換えに上場を許す、みたいな感じ。

監視機構なんて作ってしまうと、SECはこの機能を維持するために過労死してしまうくらい激務になることが危惧されたのですが、それでも踏み切った理由に、申請者がブラックロックだった、という事がささやかれています。

ブラックロックは、これまで500件以上の様々なETFを申請し、なんと1件を除いてすべて認可されたという恐るべき実績を持っています。

つまり、SECの承認という、FAAによる形式証明の認可も真っ青の難関を、これまでさまざまなETFで実現してきた恐ろしい機関であるという事です。

承認のためのすべてを知っているというべきでしょうか。

ホンダジェットが、背負い式の翼上エンジンというパラダイムシフトを抱えながらも見事FAAの認可を得たがごとく、ビットコインのETFというパラダイムシフトを達成できるか?

この逆がバンクマンフリードさん率いるFTXで、米当局の逆鱗に触れるあらゆることをやってしまい(当初はうまくゴマをすっていたようには見えた)。

FTXの件で、三菱MRJの形式証明取得失敗を思い浮かべてしまうのは私だけでしょうか?飛行機としてはとても有望そうだったのに。。。。

ブラックロックがETFの承認を獲得するのは、来年初頭とうわさされます。来年4月が半減期ですからねーうまく価格上昇の波に乗れるか、あるいは乗って税金も倍増だ!というSECのもくろみも織り込まれているのか?恐怖の進展を期待しています。

赤の正方形

 

 

ではでは。

本件は、以下の参考動画から多くの情報を得ています。

Posted by 猫機長
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アデューロマンティーク:チキンラーメンの挑戦

「アデューロマンティーク」というすごいブログがあり。アートを呼吸して生きているお兄ちゃんが怒涛の勢いでアップした、圧倒する感性の世界がこれでもかと迫っています。

かっこいいなー、というわけで、ちょっと真似をしてみることにしました。

なあんて、もちろん「ちゃぶ屋とんこつらぁ麺」と「のびちゃったインスタントラーメン」くらいの差が出ちゃっているでしょうが、細かいこと言わんと!やってみます。

ちゃぶ屋さんのホームページhttp://www.chabuton.com/chabuton/chikara/index.html

 

 

お題は「心に残る日本の歌」

まずは、「花の首飾り」

タイガースの少年たちは、姿かたちはビートルズ。でもあぶらご飯に肉ばっかりのイギリス人では歌えない、みずみずしい幻想的なのになってます。

https://www.youtube.com/watch?v=Khgh1Fb5E4Y

 

 

「大都会」

カラオケがはやり出してから、プロでないと歌えない難しい曲は廃れてしまい、誰でも無難に歌える、というなのばかりになってしまったそうな。じゃあ、プロでなきゃというのはどんな曲?このボイスを聞いてください。

クリスタルキング大都会 – YouTube

 

 

「哀しみのソレアード」

ボイスという意味では、綺麗な声だけどちょっと単調だなー、でもメロディーと歌詞に引き寄せられました。大学卒業当時に遭遇した曲。

 

 

Instrumental version

ごめんなさい日本の歌じゃなかった?脱線だ!

 

 

「青い珊瑚礁」

といいつつ、歌謡曲はやっぱり「ボイス」ですよねー、歌よりルックスのアイドル全盛期に、超大型新人として歌唱力で一世を風靡した。すごいぞ!

松田聖子 青い珊瑚礁 – YouTube

 

 

「Canary」

もひとつこの人のミラクルボイスを堪能。異性だから特別に聞こえるのかなー女性の方たちの評価はいかに。ミラクルボイスといえば美空ひばりですが、完成し切ったひばりさんに比べると素人っぽくて好きです。ルックスについてはノーコメント。

松田聖子 Canary – YouTube

 

 

「三百六十五歩のマーチ」

大学は出たけれど、卒業直後ひょんなことから病院行きになり、集中治療室から回復して病院内を散歩できるようになったころ、元気づけられた一曲

三百六十五歩のマーチ 唄:水前寺清子 – YouTube

 

 

「断じて勝つぞ」

とある古武道の大会に出ていた時に元気づけられた。ううむだんだん選曲がやばくなってきたな

 

 

「加藤隼戦闘隊」

もうひとつのせちゃえ!ソ連の「航空行進曲」の日本版。元気いっぱい。

 

 

 

 

「燃ゆる大空」

はいこれで最後です。だって最近の歌で、こういう勇気を鼓舞するようなのがないんだもん。。。。

 

 

「スーダラ節」

まだサラリーマンになっていないときから大好きな曲。うきうき!やっぱりこういう明るいのがいいね!

https://www.youtube.com/watch?v=YufjuWRJRAc

 

 

「いつでも夢を」

これも同様。こちらは安心して歌える内容で、なおよいです

橋 幸夫・吉永小百合/いつでも夢を – YouTube

いつでも夢を – YouTube

 

 

吉永小百合でもうひとつ

「寒い朝」

寒い朝 吉永小百合 Yoshinaga Sayuri – YouTube

 

 

「東京ブギウギ」

進駐軍が闊歩していたご時世の歌。最初はブルースを基調にしようとしたら、もっと元気なのがいいよ、とブギになったそうです。空襲はもうないんだ!という喜びにあふれる和風ブギ。

笠置シヅ子 東京ブギウギ – YouTube

 

 

「銀座カンカン娘」

こちらも廃墟の中から立ち上がる希望に満ちあふれている。歌って踊れる大女優でこちゃん(高峰秀子)もいいけれど、やっぱり笠置シヅ子の存在感ですね、「買い物ブギ」「セコハン娘」などこの人ありきのポップアートと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=lMd0l_mT-GY

 

 

「セコハン娘」

セコハン娘(笠置シヅ子)1949 – YouTube

 

 

「夏の思い出」

すいません歌謡曲じゃないですが、掲載せずにはいられないのでした

 

 

「ケサラ」

菅原洋一のを載せたかったのですが、発見できず。すみません題名だけです。

 

 

「襟裳岬」

森進一の初期バーション。ううむここに載せてる曲の多くが、だいたい1974年の紅白が選曲のベースになってしまっていることにいまさら気づきました

森進一 襟裳岬 – YouTube

 

 

「冬のリビエラ」

もう一つ森進一

森 進一 ♪ 冬のリヴィエラ/19821220 – YouTube

アメリカの貨物船。やっぱり隅田川のはしけじゃ雰囲気が出ないよね。。。

 

 

森昌子バージョンも発見。すなおに「いいね!」

 

 

「知床旅情」

しれとこーの、みさきにー、はまなすーのさくころー♪

 

 

「影を慕いて」

森進一ばっかりだな。。。

森さんの写真が遺影になっちゃってます。ははは

 

 

「世情」

暗い暗い中島みゆき。でもこれは明るいので好きです。なんか声が「風邪をひいた美空ひばり」みたいだけど。

 

 

ちなみに、別の歌手によるカバー版ばかりで、中島さんのすなおな原盤がみつからず。いろいろな人たちの都合によりようつべには掲載されないのかなー、そんな都合なんて全く考えずに好き勝手にアップしてた中国人のバージョンです。日本が退潮になり、中国が躍進しているのが、こういうところでも見えていますね。。。。

「男はつらいよ」

寅さんはあんまりファンじゃないけれど、この歌や、映画に出てくる日本の風景は大好き。

 

 

「ジャイアントロボ」

子供のころはこればっかり。いまでももちろん大好きな歌。

 

 

「岬めぐり」

サラリーマン初年兵時代の思い出の歌

 

 

「昴」

おなじくリーマンはじめましての時代によく聞いた

 

 

そして、最後はやっぱりこの歌。

「ある日突然」

ようつべのコメント欄に「ちょっと真似すれば出来そうにみせて実はとてつもなく高レベル」とあり。

これ以上「優しさいっぱい」の曲は出てこないんだろうなあ。。。

 

 

ということで、思い切り脈絡のない羅列でした。

はたして、こんな記事で読んでくれる人がいるのか?

「いいね!」していただいたら幸いです。。。。

 

※もひとつ最後に、中島みゆきの「世情」は明るい歌だよ!という意味が分からない人がいると思います。

引きこもり、ニート、会社に行けずに公園で一日を過ごす人。日本ではそういう世情になってます。

香港や北朝鮮では、有無を言わさず強制収容所にぶち込まれ。まさに手足を縛られたうえで井戸の底に投げ込まれるみたいな、どう解釈してもぜったい明るいとは言えない状況に。

でも、「世情」の歌では、そんな世の中をぶち壊せ!とシュプレヒコールを叫んで行進している人たちがでてきます。縛られていた縄をぶち切って、堂々の行進だ!抑圧を破壊して、新たな明日へ突進だ!

明るいじゃないですか。

ううむ?そういう明るさをもった曲をもう一つ掲載して、終わりにします。なお、ぼくは共産主義者ではないので、念のため。

 

 

日本の曲じゃなくなってしまいました。ははは

ではでは

 

Posted by 猫機長
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神君伊賀越え(ラティナバージョン)

時は戦国。

といって、織田信長がほとんど日本全土を蹂躙しつくした戦国後期。四国だの北陸だの、残る抵抗勢力を秀吉や柴田さんといった手下どもに攻めさせ、自分は京都のお寺でゆうゆうとワタナベジュースを飲んでくつろいでいました。

渡辺 ジュースの素 – 検索 画像 (bing.com)

 

 

いっぽう、信長と同盟していた家康は、いっしょに麻雀でもしようよ、と信長に呼ばれて、雀卓なかまの茶屋四郎次郎そして服部半蔵をともない。いひひひ結託して信長から巻き上げてやろうぜ、とはるばる岡崎を出発し、京都のお寺にむかってのこのこと歩いていきました。

大阪あたりで、トイレ休憩だ!

た◎しょんで、ぼくのお◎っこが一番遠くへ飛ぶよ!と競い合っていた3人に、血相を変えて早馬に乗った伝令の武者が駆け込み。

「の、の、のぶなぐあどのが、お寺でうちじにでござりまするー」と叫ぶや否や、ぐええーとその場にはいつくばって4んじまいました。

えええー?のぶなぐあどのがあああ?

戦慄して、ハムスターのように固まる3人。

フリーズするハムスター https://www.youtube.com/watch?v=RE-P3TB8mhc

 

 

もちろん、信長なんてどうでもよかったのですが、自分たちの身に絶対絶命の危機が迫っていることに気づいてしまったのです。

ほとんど天下統一じゃ、と油断しきって、軍事力のほとんどを四国だの北陸だのの攻略に送り込んでいた信長。

自分は、ほとんど護衛もなしに、お寺でだべっていたのです。

そこを、普段から信長にいじめられて、てめえぶち56してやる、と憤っていた石田光成さんが襲い掛かって、本当にぶち56してしまい。

お寺は火の海となり、信長さんの残党がその辺にいたらぶち56せ―!と阿鼻叫喚の状況に。

*実は石田さんの犯行じゃないよ。せいぜい実行犯で、黒幕は別にいるよ、という意見もありますが、ここでは通説の通りとします。

そこへ、信長さんのなかよしである家康さんご一行が、麻雀牌をぶらさげて、のこのこ向かっていたのです。

麻雀のルールを知らない素敵女子でも楽しく遊べる「麻雀ソリティア」

https://sdin.jp/browser/tile/mahjongsolitaire/

 

 

飛んで火にいる夏の虫。

ここで光成の野郎にとらえられたら?

鼻を削ぎ落とされ、手足の関節をぼきぼき折られたうえ、大きなはさみで、あそこをちょきん!

ぎゃあああー!

その前に自分から4ななきゃ!切腹だー!と泣きわめく家康。

でも、服部半蔵と茶屋四郎次郎はすごく冷静で、

「まてまて家康くん。一か八か、光成の野郎の包囲網を突破してやろうじゃないか」

雀卓の友に諭されて、家康もその気になり。

美しい友情の場面に見えますが、実はそうでもなく。

服部くんと四郎次郎くんからみれば、光成のターゲットは家康であり。捕まりそうになっても、「家康はここだー!」と追手の気をそらせば、自分たちは逃げおおせると計算していたのです。

さらには「大暴落時こそ資産1億が生まれる鉄火場だ!」ということをよく知っており。つまり、ラスボスの信長が消されたということは、天下を狙う空白も生まれたということに、目ざとく気が付いていたのでした。

この場合の鉄火場とは、修羅場という意味ですhttps://pouchs.jp/trivia/kYZ1w?page=2

 

目の前で情けなく泣きわめいている家康ですが、こいつ、なかなかいいじゃん?

家康を天下人に祭り上げれば、自分たちも一緒に所得倍増だぞ!

こうして、家康たちの脱出が始まったのでした。

しかし、はっきり言って状況は絶望的であり。

【刀剣ワールド】忍者の役割 (touken-world.jp)

 

 

このルートは、距離にして220キロ、追手に捕まらないためには、これを4日くらいで逃げ切る必要があり。一日55キロですから、「てくしー」としては極限の速さと思います。

今日では、せいぜい1時間半でついちゃう距離ですけどねー

小さな飛行で飛んでいます。

大体時速160キロで飛んでいくと、1.4時間で着く距離です。

 

 

言い換えれば、200キロ余を、落ち武者みたいに逃げなければならなかったということである。

ふつーだったら、20キロもいかないうちに、やれ百姓の竹やりだ、と惨殺されてしまうのです。

特に問題は、伊賀の国だった。ここに、恐ろしい山賊が跋扈しており。

多羅尾(たらお)方面の御斎峠(おとぎとうげ)とか、名前からしておどろおどろしい、うっそうたる森林の一本道で、ついに野武士の集団に発見され、襲撃されてしまった!

奮戦あえなく、野武士たちに取り囲まれた家康くん。

野武士の太刀の一閃で、一瞬のうちに家康の首が吹き飛んだ!と思ったら、地面に転がったのは、あれ、丸太じゃん?

坂の上から「わっはっはっはっはー!本物の家康は、ここだ!」

なんと家康が、大笑いしています。

おのれ!槍でひと突きにしてくれる!

見事刺さったと思ったら、やっぱり丸太だ?

今度は坂の下から「わっはっはっはっはー!本物の家康は、ここだ!」

服部半蔵が「変わり身の術」で山賊たちを翻弄していたのです。

変わり身の術。IllustAC無料画像

 

 

なんとか御斎峠を突破して、ひといきいれる家康一行。

そこに服部半蔵も追いついてきて、みんなワタナベジュースでなごみました。

服部半蔵

https://www.touken-world.jp/tips/38354/

 

 

さて、もう少しで白子湊の海岸だぞ、と頑張っているとき、またしても山賊の集団に囲まれてしまった。

しかも、山賊の頭は、さっき服部半蔵がさんざんダマした奴じゃないか!

さらには、そいつも含めてみんな変なメガネをかけています。

たったの80グラム。LGが超軽量ARグラスで市場に殴り込みそう | ギズモード・ジャパン (gizmodo.jp)

 

 

頭目は

「ふふふふ、服部くん。さっきはうまく逃げられたが、今度はだまされないよ。このARグラスをかけていれば、どれが丸太でどれが本物の家康くんなのか一目瞭然なのだ」

ううう、とひるむ服部くん。

そこに、なにげにすっくと立った茶屋四郎次郎。

「枯れ木に花をさかせましょうー」

と、持っていたざるから、みんなに灰を振りまき始めたのです。

あれ、灰かとおもったら、本物のプラチナのつぶじゃん?

山賊どもは、刀なんて捨ててプラチナにかけより

「今度は小判をバラマキましょー」

ヘリコプターのように小判をバラまく茶屋四郎次郎。みんなもう家康なんてどうでもよくなって、小判の争奪を始めたのでした。

「京都的豪商」茶屋四郎次郎

https://www.baike.com/wikiid/5790297138873086632?view_id=8pny4ur0ca400

 

 

その隙に抜け出した家康たち。

白子浜の渡し船もすでに茶屋四郎次郎が買収しており。追いついてきた四郎次郎とみんな一緒に対岸の岡崎へ見事帰りついたのでした。

めでたしめでたし。

ここまで読んで、歴史女子とか「本田忠勝はどうした!」などのクレームが来るかもしれません。

でも、いちいち詳しく書いていたら、話がつまらくなっちゃうもーん。ブログオーナーの特権で、好きなように脚色、省略したのでした。

くやしかったら決闘を受け付けます(念のため、女子限定)。

決闘の場所はLa Boutique.
https://www.facebook.com/LaBoutiquePadariaFrancesa/

おいしいお茶とパンのあるステキなお店です

 

 

まじめに考察すると、神君伊賀越えは、戦国時代の趨勢を決する決定的な出来事でした。

ここで家康が打ちとられてしまっていたら、豊臣の天下が続き。

うまく秀頼が継承できていれば、その後中国と大戦争になっていたかもしれませんし、秀頼が失脚していたら、国をまとめることのできる家康という大物がおらず、また国家分裂して、南蛮人に占領されてしまっていたかもしれません。

徳川300年は、伊賀越えで始まったといってもよいと思います。

鎖国というガラパゴス政策により、良くも悪くも特異な文化を築いた日本。その鎖国は、家康が伊賀越えで切り抜けた極限の危機を、二度と起こすまいぞ!というかちんこちんな慎重主義によってもたらされたのかもしれませんね。

ううむ最後はこじつけになってしまった。

織田が付き、豊臣がこねし天下餅、座りしままに食うは徳川

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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タクシーにカバンを忘れちゃった!

とある吉日、出張先でのできごと。

夜も夜中の11時すぎですかねー仕事先からタクシーで20分くらいか?ホテルに帰りつき。

ううむやっと寝ることができるぞ。

https://d1o6h00a1h5k7q.cloudfront.net/imagens/img_g/15620/7430190.jpg

往時のタクシーメーター

 

 

とりあえずは、ほとんど電池の切れかかった携帯に充電だ!

でも、充電のケーブルがないじゃね?そうかカバンにいれていたな。

そこで、そのカバンがないことに気が付き。

出張先から、おみやげの「あんぱん」を入れた袋と、重要な物品を入れたカバン(内容はお察しください)を持ってタクシーに乗ったはいいが、カバンの方をタクシーに忘れちゃった!とそこでやっと思い至り。

なんか、起きてはいるけれど起きていることが信じられない、とハムスターみたいに固まってしまい。

どうする?

なんとか気を取り直し。

知り合いの車とか、ハイヤーではなく、その辺のタクシー乗り場で拾った、今日まで会うこともなければ、明日以降も会うことはなかろう、どこの誰かも知らないあんちゃんの運転していたタクシー。

どうやって取り戻すのか。

しかし、あることを思い出し。

ホテルに到着して、支払いだ!というとき、運ちゃんがカード読み取り機を変な小さい箱に接続したら、その箱から、これまたみみっちい、ひねた領収書が出てきたのです。

そのレシートはどこだ!ズボンのポケットで発見。

なんと、タクシーのナンバープレートと、コンタクト先の電話番号が明記されているではないか?

 

 

絶望から逆転勝利か?早速電話。

でも留守電になってしまい。いじいじしていたら、なんと向こうからかけなおしてきたぞ!

以下、運ちゃん(う)とぼく(ぼ)の会話です。

(う)「ドアホが夜の夜中に電話かけやがってボコすぞごるあ!」

(ぼ)「だまれ!客のカバン入れたまま消えやがるくそタクシーがあるかごるああ!」

(う)「ざけんな!もう何年もタクシー家業なんてやっておらんわ!間違い電話で人を起こすなごるあああ!」

(ぼ)「何が間違い電話じゃ!つい10分前まで、てめえのQNQ27◎8、この電話のタクシーでホテルまで乗ってきたじゃねえか!脳みそ腐ってんのかごるああああ!」

(う)一瞬うっとなり。「ううう?どこからナンパ―プレートの情報を引っ張ってきやがった?確かにそのタクシーには乗っていたが、もう廃業しているぞ?おまえはいったいだれだ?」

(ぼ)「ただの客じゃい!ついさっきお前が変な箱から領収書印刷しただろう!そこにお前の個人データがすべてばっちり記載されとるわい!まいったか!」

(う)「あっ!そうゆうことだったのか!それはね、ぼくじゃないよ」

(ぼ)「狂ったか!とっとと説明しやがれ!」

(う)「それはね、ぼくが持っていたタクシー車両と営業権なんだ。Bという野郎に車ごと売ったんだけと、まだ名義変更していないんだね。Bの野郎の電話を教えるから、そっちにかけてね」

(ぼ)「ごめんごめんそうゆうことだったんだね、夜中にたたき起こしてごめんね」

https://www.curitibaantiga.com/fotos-antigas/342/Fusca-Taxis-de-1980/mais_fotos_em_curitibaantiga_ponto_com_1359238569.jpg

 

 

さて、「Bの野郎」に電話かけました

(B)「ドアホが夜の夜中に電話かけやがってボコすぞごるあ!」

(ぼ)「だまれ!客のカバン入れたまま消えやがるくそタクシーがあるかごるああ!」

(B)「ええええ?それって、いつなの?きのうぐらい?」

(ぼ)「ざけんな!ついさっきホテルまで乗ってきたろうが!カバンかえせごるああ!」

(B)「それなら今日の運転手の電話をあげるから、そっちに電話してね。そいつはEの野郎っていうんだ」

(ぼ)「あああそうだったの?怒ってごめんね?」

要すれば「Bの野郎」は、タクシーの名義を何台分も持っているビジネスオーナーで、複数のタクシーに複数の運転手を割り当てていた、ということです。

たまたま、今日のQNQ27◎8の運ちゃんが「Eの野郎」だったのである。

上でも書いたように、携帯の充電器はカバンの中だし、携帯はいよいよ電池がなくなってきちゃった!かなりあせりながらも、「Eの野郎」に連絡しました。

(ぼ)「ようにいちゃん、ぼくのことを覚えているかい」

(E)「あああいまそっちに向かっているからね!待っててね!」

(ぼ)「ふふふ、今日は満月の夜だねえ。お兄ちゃんの顔もしっかり覚えているからね?」

どうやら「Eの野郎」の雇い主である「Bの野郎」から連絡が行っていたようです。

こうしてカバンを回収することに成功。「Eの野郎もといEくん」もとても礼儀正しいナイスガイで、もちろんぼくのほうでも「Eくん」が引き返してきた分のお代はちゃんと追加して払いました。

https://live.staticflickr.com/2173/2128173257_12e7f9dd7e_b.jpg

 

 

おもしろおかしく書きましたが、実はもっとなごやかにコミュニケーションでき。おどろきは、「Eくん」はともかく、そのほかの事業主2名共に、突然の真夜中の電話ながら、的確に事態を把握し、適切な連絡先を教えてくれたことで、たらいまわしにはされたけれど、役場における、出口のない、不毛なたらいまわしとは違って、ステップごとに解決に近づいていることが実感できました。

やっぱり、この辺が「キャッシュフロークワドラント」の「右」と「左」にいる人たちの違いですねー。

キャッシュフロークワドラントってなに?

「金持ち父さん貧乏父さん」で有名なロバート・キヨサキという人の提唱で、世の善男善女は、E=Employee(従業員)、S=Self-employed(自営業者)、B=Business owner(ビジネスオーナー)及びI=Investor(投資家)のどれかに分けられる、としています。

そして、それぞれが以下のクワドラント(4隅)に振り分けられるとしています。

 

 

ここで注目なのは、E(従業員)とS(自営業)は、図の左側、B(ビジネスオーナー)とI(投資家)は右側になることです。

左側は、人に使われるか、自分が店を切り盛りする立場の人。Eは会社の社員だし、Sはその辺のパン屋さんとか。

これが、右側になると、人を使う側になります。Bは、例えばパン屋さんのチェーン店を統括する親玉であり、配下に一軒づつのパン屋さんすなわちSがおり。

さらに補足すれば、そのSに雇われてパンをこねたりしている従業員もE。SはBへの過渡的形態と言えないこともないが、実態はパンをこねているEと変わりなしです。

さてIですが、B以下が必死になって労働して得た収入の一部を、配当とかで何も労働しないでもらっちゃうのでした。ははは

https://http2.mlstatic.com/D_NQ_NP_744698-MLB50938557921_072022-O.jpg

 

 

というわけで、タクシーと役場の例でいえば。。。

役場の役人は、上役から命じられたままに作業を行う、人に使われる立場なので、行政サービスを求める市民が目的を達することができず役場の中をたらいまわしにされても全く我存ぜずであり。役人自体が、日々不毛な業務のたらいまわしで、そもそも「解決」とかいうメンタリティが生まれないのです。

こわいな

これがタクシー会社のオーナーになると、突然夜の11時に電話がかかってきた時点で異変を察知し、グーグー寝ていても飛び起きて返信する。

一瞬で、とんまな客がタクシーにカバンを忘れたこと、そして、名義変更したはずの仲間の企業家がまだ変更していないという事実に目ざとく気づいて、そいつの連絡先を教える。

そして、連絡を受けたほうの企業家は、とっとと配下のタクシーに連絡して、お客にカバンを返却するよう指示する。

たらいまわしではあるが、関係者の企業家一人一人が一瞬のうちに課題と達成すべき成果、そしてタスクを把握(なんて今回は電話番号を知らせるだけですが)し。躊躇なく実行しています。

これは、決して、とんまなお客に同情したというわけではなく。

お客にも色々いますからねえ。

逆上して、ホテルのロビーでピストルを乱射なんて狂った客だったら?

新聞で「カバンをXX企業のタクシーに取られ、企業のオーナーに非人道的な対応をされたから、腹いせにやった」なんて大々的に報道されたりしたらどうなるか。

とっとと客にカバンを返すのが最もコストの低い解決だ、と、関係者すべてか解決に向けて最短距離で動いたのでした。

ブラジルのあんぱん。

An-Pan Azuki 6 unidades

 

 

一方、お客の方でも、ただのとんまで終わるわけにはいかず。

なんとかレシートの電話番号からビジネスオーナーを引っ張り出し。

自分はホテルのロビーでなにもせずにのへーとしていながら、上はビジネスオーナーから下は運転手まで大騒ぎをさせたうえで、目指す成果であるカバンを取り返すことに成功したのでした。

というわけで、今回は我ながら資本家ちっくな立ち回りができたぜ、なんて自己満足しています。ははは

「投資すべき銘柄を選ぶは、タクシーのレシートを見るがごとし」なあんて。

ではでは

Posted by 猫機長
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挟撃は怖い

MSNのニュース記事で、織田信長が越前(福井県)の朝倉氏を攻めていたところ、味方の浅井氏に裏切られて、いっさんに退却した歴史的事件について記載していました。

本郷和人 信長の朝倉攻めはナゾだらけ。なぜ越前へ侵攻し、浅井長政に裏切られて一目散に逃げたのか?自衛隊の一佐に「撤退の理由」をたずねてみたら『どうする家康』 (msn.com)

例によって、コア部分を抜粋です。

「なぜ信長はすぐに撤退したのか?信長の兵は3万。対する朝倉は1万3000くらい。浅井はどうがんばっても5000がいいところ。

ならば軍を二つに分け、2万で朝倉に対峙し、残り1万で浅井勢を蹴散らして美濃に帰れば良いのでは? それなのになぜ一目散に逃げだしたのか? 自衛隊の作戦室にお尋ねしたことがありました。

すると、現役の一佐が「ぼくには信長の判断は分かりますね。挟撃は怖い…」と仰いました。

具体的にどう、という説明はなかったのですが、眼光鋭く目前でそう述べられると、ぼくの机上の空論などたちどころに吹っ飛びます。」

ということでした。

越前ガニ。PhotoAC無料画像

 

 
へえーそうなんですねえ。確かになっとく。

単純に兵力差から見れば、織田軍が両面作戦しても簡単に勝ちそうです。

でも、それは、織田軍が浅井、朝倉両軍の数と動きを完全に把握していればです。

しかし、戦場で、敵の軍勢がどう見えるかというと。。。

あなたが、下の写真の白いポーン(歩)①だったと仮定してください。

 

 

あなたの目の前に敵のポーンが。でも後ろにナイト(馬)がいるので、ちょっと安心しています。

ところが、よく見たら、ナイトの後ろに、敵のポーン②がでてきやがった!さっきまで白だったのに、裏切って黒くなっちゃってます。

 

 

ここであなたは、ナイトともども、ものすごく不安になるでしょう。

なぜなら、敵のポーンの後ろに、どれほどの敵がいるかわからないからです。

一応あなたは織田軍3万のうちの1人なのですが、前の敵、後ろの敵は、本当に1万3千と5千なのか?

挟撃という状態で、敵の方が多ければ、あっという間に蹴散らされてしまいます。

まだ隙があるぞ!今のうちだ!と脱出したのが、この場合の織田軍だった。

それまでは優勢だったので、総大将である信長も整然と退却し。

ただ、しんがりとなった秀吉軍が、織田の本隊を逃げ延びさせるために犠牲になり。けちょんけちょんにやられて、秀吉も危うく4んじまうところだったらしい。

ところで、上の写真は、ポーン目線ですが、これを棋士目線で見たらどうなるでしょうか。

 

 

あれ、全然勝ってるじゃん?

敵はほとんどキングと取り巻きしか残っておらず③、味方に包囲されまくっている一方、味方の王様はがっちり防御されています④。

上空から見れば、戦況が一瞬で分かり。

地上にいて、目の前しか見えない状況にくらべて、著しく有利に判断ができるのでした。

だだっ広い平野に大軍を展開して戦車で走り回った中国古代の合戦では、「将軍もポーン目線」で、敵軍の最前列しか見ることができず。その後ろにどれだけの兵力があるのか全くわからない状況だった。

世界史の取扱説明書: 中国史/古代/春秋戦国 (worldhistorytorisetsu.blogspot.com)

 

 

両軍の前衛がぶつかり、両方ブギャー!と斃されたのち、その後ろ、そのまた後ろが。。。。と倒しあって、結局数の多いほうが勝つという単純なケースが多かったらしい。ばっかだねー

その後孫氏が出て、負けたと見せかけて、敵軍を罠に誘い込み、隠れていた味方の本隊で背後ら挟み撃ちだ!みたいな策略が多用されるようになりました。

これが西洋だと、19世紀ころまで、「戦列歩兵」といって、古代もびっくりみたいなことをやっていた。鉾が小銃に変わり、少し離れた所から、敵味方の第一列が一斉にダダダダーン!ばたばたぐしゃぐしゃとくずおれ。つぎは第2列がなかまの死骸を踏み越えて、またダダダダーン!ぐしゃぐしゃぐにゃぐにゃ、そして第3列が。。。と、結局列の多いほうが勝つという、これまたばっかだねー、というやり方だったらしい。

ただし、戦列歩兵の時代は、小銃の射撃精度が全然悪く、ともかく一列で固まって撃たないとぜんぜん敵にあたらんわ、という事情があり。

小銃が改良されると、ばらばらと離れて、木だの穴ぼこだのに隠れて敵を狙い撃つ「散兵戦術」に進化したらしい。

戦列歩兵の楽しい解説を見つけましたhttps://www.youtube.com/watch?v=Dzs9gDwjyw8

 

 

そのうち、人類は「気球」を発明し。

ポーン目線に縛られることなく、棋士目線で見ることができるようになった。風のまにまに浮かぶ気球から見ることのできる範囲なんてたかが知れてるけど。

フランス革命戦争時の気球(パブリックドメイン)

 

 

要するに、当時の将軍にとって最も重要な資質は、敵の戦列の陰にどれだけの兵力がいてどのように動いているのかを察知し、先回りしてこちらの兵力を差し向けることができるかだった、と言ってよく。

これを誰よりも鮮やかにやったのがナポレオンだった。

ナポレオンのフランスは、市民革命大嫌いな王制国家に囲まれており、本来なら、挟撃どころか四方八方から包囲されてけちょんけちょんにやられてしまうところ、プロシアだの英国だのの軍勢が包囲を完成する前に、ひとつづつに突っかかってゆき、撃破してしまいました。

これを「各個撃破」といいます。

地上にいながら、鷹の目(上空から見ているような目)を持っていたナポレオンおそるべし。

包囲(挟撃)される前に各個撃破で活路を開く。https://twitter.com/douten2/status/917249297812381696

 

 

ちょっと脱線して、低脳そのものの戦術だから勝てた、という例も記載しておきます。

それが独ソ戦におけるソ連の「縦深攻撃」

まず、ドイツ軍の第1列にソ連側の第1列を襲い掛からせ。でも賢いドイツは、第1列の前に地雷をふんだんに設置しているので、ソ連軍は人も戦車も木っ端みじんになり。

しかし、間を置かず第2列を投入する。今度はドイツ兵に肉薄しますが、機関銃や小銃で一斉射撃を食わされ、やっぱりバタバタ、ぐしゃぐしゃと壊滅。

しかし、間を置かず第3列だ!今度は、弾のなくなったドイツ兵と、スコップを持ったソ連兵の白兵戦となり、両者全滅。

そこに、間を置かず第4列だ!こうしてソ連軍は無人になった荒野を次なるドイツ軍防衛戦に向けて驀進。そこでまたドイツの地雷を踏んで壊滅。

さらに、第5列が。。。

くどいぞ!いやいや、「畑からいくらでも取れるソ連兵」が、結局こうしてベルリンを蹂躙して、ヨーロッパ戦線に決着をつけたのでした。

なんか浮世絵ちっくなソ連ポスター

https://ja.aliexpress.com/i/32971919184.html

 

 

この「低脳戦術」は、第一に、独裁者による恐怖政治で、いくらでもそこかしこから兵隊を引っ張ってこれたこと。そして、第二に、独裁者による恐怖政治で、「突撃か!それともラーゲリ(強制収容所)か!」と若者たちを恐喝したため、我先に突撃していったという、恐ろしい実情により可能となったのです。

ドイツも恐怖政治だったというけれど、ソ連に比べたらどれほどましか。

そのソ連のDNAを受けついで、今度はロシアが同じことをウクライナにやろうとしています。

西側自由諸国は、武器弾薬を補給して、ロシア軍が第50列になろうが第500列になろうが、ウクライナ側に到達する前に粉砕できるよう支援しなければなりません。

実は到達して「スコップ」の段階になっていますが、ロシア側もいつかは枯渇します。

がんばれウクライナ!

さて、ソ連・ロシアは例外として、飛行機が実用化された第1次大戦頃からは、「鷹の目」で戦場を俯瞰できるようになり、どこにどのくらい投入すれば勝てるぞ!という決定的な情報を得るため、互いに飛行機で偵察した。

戦争初期では、これらの飛行機は非武装で、敵味方がすれ違っても、互いに挨拶していたそうです。

そのうち、敵の飛行機を見逃すことは戦争の敗北につながる、ということで、機関銃をつけて互いに撃ち合うようになり。

ついには、偵察どころか飛行機そのものが爆弾を積んで、前線のはるか遠くの工業地帯を壊滅させて戦争の行方を決するようになりました。

視点の高さを変えれば、見えないものが見えてくる。そしてそれは、あなたの人生に取ってとても大切なきづきをもたらしてくれるものと理解します。

地上では、真っ白な一面の霧も。。。。

 

 

上空からみれば、また違った景色だったりします。

 

 

ではでは。。。

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孫子の兵法:勝ち組と負け組を分ける〇〇とは

突然ですが、ひょんなことから、「胡適(こてき)」という人の行状を知る機会があり。表題の「孫子」とあわせて、みなさんと一緒に解明したいと思います。

春秋戦国時代の戦車

http://blog.livedoor.jp/hobiii-kingdam/archives/1018353633.html

 

 

まず、孫子の兵法ってなに?

紀元前500年ごろ、中国春秋時代の思想家で「孫」さんという要注意人物がおり(あるいはいたことになっており)。このおっさんは、どうゆう過去を持っているのか、後世のマキャベリ―もびっくりの、恐るべき「戦争マニュアル」を世に出しました。これが「孫子の兵法」です。

どんなことが書いてあるの?

どうやって戦争に勝つか、です。要約は

◎まず、戦争をしないことである。ははは

「兵は国の大事にして、死生の地である」つまり、戦争なんてすさまじくコストがかかって、国自体が滅亡の危機にさらされる愚行であり、ぜったいやるな、みたいに書いてあり。邪魔な国があっても戦争に訴えずに、うわべは同盟国です、と言っておいて、裏ではいろいろなうわさを流しまくって相手国内の内紛を誘ったりなどの策謀術策でつぶしてしまえ、としている。

◎それでもだめだったら、初めて戦争となる。

この場合も、だまし討ちで一瞬に勝負を決せよとか、勝てる戦闘だけしろ(負けそうな場合はとっとと逃げろ)とか、謀略・欺瞞を駆使して、それって卑怯じゃね?という内容に。

ケンカに卑怯もくそもあるか、ということらしい。

しかし、その内容は、単に戦争のことだけではなく、ビジネスの場面にも活用ができるとして、世界中の企業家たちなどから絶賛されるベストセラーとなっています。

紀元前500年の書物ですが、その内容は今日も通ずる真理に迫っているらしい。

ということは、勝ち組になる人は、どこかで「孫子の兵法」を知ってか知らずか実践しており。一方、負け組になっちゃう人は、実践しているつもりでぜんぜん見当違いのことをやってた、というケースが多いと理解します。

「実践した」と「実践したと思った」の違いはどこで生まれるのか?

ここで「胡適」さんに登場してもらいます。

こちらは確実に実在が確認できる人で、資本主義時代の中国つまり中華民国(国民党政府)で、北京大学の学長になった知識人です。

胡適さん。1962年、70歳で没。

1939年にはノーベル文学賞候補にノミネートされた。すごいな

https://en.wikipedia.org/wiki/Hu_Shih

 

 

19歳の時にアメリカに留学し、超有名な哲学家デューイに弟子入りしました。

そんな奴知らないよ?という人でも「プラグマティズム」という言葉は聞いたことがあると思います。

日本では実用主義、実際主義と訳される哲学の一派で「経験、認識によって形成される概念と、その概念によってもたらされる客観的な結果によって世界は科学的に記述するべき」という、もはや哲学なのか科学なのかわからない、いかにもアメリカらしい現実的な展開で、胡適は、デューイから、こうした実利的な考え方を学びました。

もともと現金な中国人の一人である胡適。孫子の残した「恥も外聞もないケンカの勝ち方」も民族の血にインプットされていたらしく、その素養を見事に開花させる時がやってきました。

それが「日中戦争」

当時日本は満州から上海へと、どんどん侵攻しており。

どうしよう?と中国側は慌てふためいていました。

それこそ孫子だったら「勝ち目はない、戦争するな」なのですが、現実として日本は血も涙もなく侵攻してきており。

「何とかしてくれよドラえもーん!」

ドラえもんのかわりに、胡適がいました。

胡適がレコメンドしたのは「日本と全面戦争すべし」でした。あれ?

胡適の戦略は、以下の通り:

◎中国は、日本と戦っても勝ち目はないのだが、そこをあえて、いかにも日本の挑発に乗って戦争を決心した、と見せ、日本軍との戦線を拡大すれば、日本軍は喜んで中国大陸に大軍でなだれ込んでくるだろう。

◎ここで、中国軍はまともに戦う必要はない。うまく日本側の弾薬糧食を消費させながら、逃げるが勝ちだ!ますます日本軍を中国内陸に誘い込んで消耗させ、同時に「侵略者日本」のレッテルを貼って世界中が日本を悪者にする大義名分を得る。

◎一方で、世界にはアメリカとソ連という強国がいる(当時はまだ超大国までいかなかった。胡適の慧眼おそるべし)。日本がじゃんじゃん中国の利権を奪い去っているのを黙って見てはいないはずだ。両国は、日本が中国で独り勝ちしないよう恐ろしい制裁を開始して、その制裁は、日本に平和的解決が絶望的、イチかバチか。。。と思わせるようになった段階で米ソへの戦争に移行するだろう。

◎中国は、その段階への移行を促進し、日本軍が消耗しまくるよう引き受ける。

この戦略では、戦場となった中国全土が荒廃しまくることを意味していましたが、蒋介石も正面から日本と戦うことを決意。

一方、ソ連はともかく、アメリカは日本の独走に怒り。イギリスと結託して「援蒋ルート」を作り、ビルマなどを経由して米英の武器をじゃんじゃん中国に供与しました。

援蒋ルート

中印回廊 ミッシングリンク接続へ

 

 

この時期は、日本と中国は正式には戦争しておらず「地域的武力紛争」でした。なぜかというと、宣戦布告してしまうと中立国条項が発効してしまい。アメリカは、中国には武器を供与できなくなってしまうし、日本には石油などの資源を売ることができなくなっちゃうからです。こうして、日本、アメリカ、中国の大人の都合によって、中国での戦いは「日華事変」であり、真珠湾攻撃により初めて「日中戦争」になりました。

ううーむ、まるでウクライナとロシアの「戦争」みたいだ。

ウクライナもロシアも実はアメリカ(あるいは西欧)に依存していて、両者ともに宣戦布告しないのと同じと思います。。。。

さて、胡適の読み通りに、日本は中国での泥沼化により身動きが取れなくなったところでアメリカが禁輸措置やハルノートで恫喝したため、「男には、勝てないとわかっていても戦わなければならない時がある」とアメリカに対して開戦してしまいました。

この胡適の戦略を裏付けた理論を「日本切腹中国介錯論」といいます。

すなわち

◎日本は、「正義のために」米英蘭と戦うという、事実上の切腹(自殺)をするはめになってしまい。

◎一方、「恥も外聞もない」中国は、自国との戦争をうまく米英に肩代わりしてもらうことで、自分自身は日本に引導を渡す、つまり介錯人になりました。ははは

日米安保条約調印。

戦後の日本も軍備をアメリカに肩代わりしてもらって、復興に成功した。

https://blog-imgs-134.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200119001322243.jpg

 

要するに、中国は「勝てない戦争をするな。負けるぞ」という孫子の鉄則(これ自体は小学生でも言いそうですが)に日本が引っかかるようにする、つまり日米戦争を勃発させるために、中国では勝てる見込みのない日本を相手に、あえて戦争することによって誘導した、というわけですねー。

まさに「孫子の兵法」のウルトラC的な応用である。

ここで、勝ち組と負け組を分ける「〇〇」つまり「実践」が明らかになるのでした。

一流の人は、「勝てない戦いはしない」と正しく実践し、勝てるようになるまで自分を鍛える。中島悟が峠でレーステクニックを磨きぬき、レース出場の機会があっても「まだ勝てないから出ないよ」と、負ける勝負はせず。デビューしてからの恐るべき戦績は、カーマニアの人ならご存じのとおりです。

二流になると「勝てない戦いはしないとはいうけれど、まあいいじゃん」と生半可な行動をしてしまい。スポーツなら、負けちゃった、家へ帰ってラーメンにしよっと、で済みますし、育ち盛りの剣道選手なら、勝ち負けは気にせずともかく場数を踏む、ということも大切ですが、国家の存亡をかけた戦争でこれをやると。。。。

三流になると「勝てない」ことが明白なのに、戦争に踏み切ってしまう。日本がまさに好例ですね。。。。

中島悟

 

 

中国の場合は、日本が三流であることを見抜いて、見事「孫子の兵法ウルトラC」で日本を仕留めたということである。

超一流の神業。中国おそるべし。

共産主義になってこの英知が悪いほうへ全開になってしまっていますが、台湾という「真の中国の残像」も存在しており。「イッタイイイチロ」みたいなマガイモノではない、将来の友好を期待しています。

遣唐使船(復元)

Photo AC無料画像

ではでは。。。

 

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尾翼が暴く戦闘機の実態

今回は、飛行機マニア向けの内容になっちゃった!でも、ちょっとだけ紫微斗数のお話も入れているし、素敵女子の皆様も、みんなで、いいね!してね!

さて。。。

米国の航空ショーでは、Warbirdsといって、第二次大戦当時の戦闘機がたくさん展示され、大盛況です。

クラッシックプレーンの魅力が、世代や国籍を超えて人々を引き付けるのだと思います。

ピストンエンジン機として発達の頂点に到達したこれらの飛行機たちは、国は違ってもスタイルはかなり似たものになっています。以下、Pixabay無料画像から各国の戦闘機をピックアップしました(なぜか零戦やグラマンは発見できず、かなしいな)

イタリア、スイス(ドイツから輸入)の戦闘機

 

 

アメリカとソ連

 

 

太っちょの空冷星型エンジン戦闘機

 

 

ほっそりした液冷エンジン戦闘機

 

 

これらの写真を見れば、

◎低翼単葉全金属、1人乗りの密閉式キャノピー

といった特徴があり(例外として、木製とか、双発や、中翼などもある)。

違う国々で開発しても、最先端技術を求めると、おのずとデザインも似通ってくるという事なのだと思います。

例えば、ドイツのBF109とイギリスのスピットファイアは、いずれも

◎液冷式、ファストバック(胴体と一体になったキャノピー)、低翼下面に冷却器配置

などなど、両国でスパイ合戦でもあったのか?みたいに似通っています。

Bf109

 

 

スピットファイア

 

 

上記は至近距離からの鮮明な画像なので、スピットファイアのほうが丸っこいなみたいにわかるのですが、ちょっと遠くになれば、いずれもとんがった機首のほそっこい戦闘機で、どっちがどっちなんだ?となると思います。

日本にも「飛燕」というとんがった機首の戦闘機があり。

飛燕

 

 

この飛行機を見たアメリカ戦闘機は「Bf109だ!」と勘違いしてしまい。

その程度ならともかく、日本の戦闘機や防空陣地からは「P51だ!」と間違われて攻撃されてしまうというかわいそうな飛行機だったそうです。

P51

 

 

では、性能も似通っていたのでしょうか。

それがそんなことはなく。それぞれが個性あふれる性能を発揮していたのでした。

例えば、Bf109とスピットファイア。

スピットファイアは、当時世界最高の技術水準を持っていた英国がその最先端技術を盛り込んだ戦闘機で、薄くて楕円形の翼など、素直に「どんな主翼なら戦闘機として最大の性能を発揮できるか?」を追求したものとなり。「大迎角での誘導抵抗の減少、翼端失速の防止、翼内武装の充実、高速といった長所(Wikipedia)」が得られました。つまり、スピットファイアは零戦と互角の格闘戦ができるし、一方でBF109と最高速を競い合うというスピ―ドも出せるという、なんでもOK、オールマイティの「天相星」みたいな戦闘機になりました。すごいな

*「天相星」とか、紫微斗数の言葉が出ましたが、別にスルーしてもOKです。紫微斗数が好きな人は、あそういうことか、と納得されるかもしれません。

さて、第1次大戦の傷を引きずり、イギリスほどオールマィティな産業のすそ野を持たなかったドイツですが、第3帝国による世界征服の悲願を達成するためには、世界一の戦闘機が必須であり。

ハインケルの楕円翼とか、スピードを出すには貢献したが、スピットファイアのように運動性や翼内の機銃格納といった応じ技をひねくりだすに至らず。

どうしよう。。。

と、なやんだあげく「エンジンにモノを言わせるしかないんじゃね?」という結論になり。

飛行機にもいろいろあり。安く安全に大量の旅客を運ぶための旅客機と、上昇だの下降だのを目まぐるしく行い、機銃をぶっぱなす戦闘機では、エンジンのつけ方も180度違い。

今時の飛行機ですが、ボーイング747を見てみます。

https://www.wikiwand.com/ja/%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B0747-400

 

 
エンジンは、胴体に比べて20分の一くらいの大きさしかなく。よくこんな小さなエンジン4基であの巨体が持ち上げられるものですねー。

BF109になると

なんと、胴体全長の5分の1ほどをエンジンが占めているのでした。

http://propeller3.blog61.fc2.com/blog-entry-86.html

 

 

それって戦闘機はみんな一緒なんじゃね?

いやいやそうでもないんですよー例えば実質同じDB601エンジンを積んだBf109と飛燕の大きさを比べると、こうなります。

画像はこちらからお借りしました

https://tabletopwarrior.blog.ss-blog.jp/2009-11-12

 

 

これは飛燕が大きいのではなくて、Bf109が一回り小さいのです。

ぱっと見は、BF109と飛燕は「ブルゾンちえみと渡辺直美」で、どっちがどっちだかわからないが、並べてみると、かたや「栄養失調で縮んでしまったブルゾン」かたや「肥満していよいよ肥大化した渡辺直美」くらいの違いにはなるのである。

あやめにかきつばたのような美人。無理か。。。

https://www.excite.co.jp/news/article/Fumumu_127066/

 

 

なんのこっちゃ?でも、この違いは超重要なのです。

以前、スピード競技機のお話をしたときに、

スピードを出すためには

①とにかく大馬力のエンジンが欲しい

②そして、とにかく空気抵抗を減少させたい

この2つが重要です。

と書きました。

その結果、安定性だのなんだのを犠牲にして、ともかくでかいエンジンに、必要最小限の翼をつけよう、ということになり、

こんな飛行機が生まれました。

https://ocoze.net/pulamo/02tannyou/32/GB-R1/GB-R1.html

空飛ぶビヤ樽、ジービー・レーサー

 

 
BF109も同じような思想で生まれ。

https://www.asisbiz.com/il2/Bf-109E/LG2-I/images/Airworthy-Bf-109E4-1.LG2-White-14-Hans-Joachim-Marseille-France-1940-01.jpg

 

 

BF109は、機体に対するエンジンパワーの効率という点では、世界のどんな戦闘機をも凌駕することとなり。(後に二式戦とかライバルが出てきますが)

すげーじゃんやっぱりドイツ人て頭がいいね!

と言いたいところなのですが。。。。

エンジンでかすぎ、プロペラもでかすぎ。つまり主脚を長く大きくせざるを得なくなり、重量増加にならないために、付け根を胴体の骨格に組み合わせたのはいいが、そのため轍間距離が取れなくなってしまい、着陸時の安定性が損なわれてしまいました。

プロペラで地面をこすらないために、地上での姿勢は機首を天につくように突っ立ってしまい、俯角が大きすぎて翼に揚力が生まれず、離陸できないので、主翼の前縁に「自動スラット(低速時は開いて、高速時は閉じる)」をつけて主翼の気流をなんとか整え、離陸できるようにし。

前縁スラットと後縁のフラップ

出展:https://www.tamiya.com/japan/products/61117/index.html

 

 

無理やり離陸できるようにはなったが、翼が小さすぎ、機重を支えきれないため、今度は着陸が異様にやりにくくなってしまい。

空気抵抗削減のために小さく機体に埋め込んだようなキャノピーで、ろくに前も見えないパイロットが、必死になって機体を安定させるのですが、すなおに着地してくれず、ぼよよーんと飛び跳ねて機首から地面に突っ込んだりするような事故が絶えなかったらしい

それでも空に上がってしまえば、加速やロール性能など、今度は小さなつばさの利点が出てきて、エンジンパワーに物を言わせてスピットの完成された翼とも互角で戦えたらしい。ただし、高速、高G機動で補助翼がスナッチ(取られる)など、やばい癖もあったらしく。

つまり、BF109とは、ケンカにはめっぽう強いが、一方でものすごく扱いにくい、いわゆる「破軍星」みたいな飛行機になってしまったのである。

Bf109がどんな飛行機かを端的に物語っているのが水平尾翼。

基本、尾翼特に水平尾翼の配置は、主翼から発生する乱気流との戦いといってよく。

Bf109の場合、地上滑走時の機首上げ角度がきついので、気流が当たらずエレベータが効かないのと、主翼のスラット作動時に発生する乱気流を避けるため、水平尾翼の位置を上にあげて、いわゆる十字尾翼になってます。でも、垂直尾翼という細い足場なので、つっかい棒を立てて振動を防いでいます。

画像出展 https://www.1999.co.jp/image/10000361/10/1

 

 

スピットファイアや零戦など、操縦性のいい飛行機は、尾翼と主翼のバランスもとれていて、パイロット目線で見るとなんか安心します。

Bf109は、なんでつっかい棒までして十字尾翼にするのか?という、なにかアンバランスな歪みを余儀なくされた飛行機だ、という事なのですよね。東の大横綱をBF109とすれば、西の大横綱にF4Uがあり、こちらも後家製造機として有名になりましたが、やはり珍妙な位置に水平尾翼が付いています。

変な位置の水平尾翼、というと、二式戦があり。

鍾馗の水平尾翼は、垂直尾翼よりものすごく前にあるみたいですが、これは垂直尾翼のほうを後ろに持って行った設計で、射撃時の安定性が抜群だったらしい。

https://www.webmodelers.com/201608katoushouki.html

 

 

最後に、ぼく個人の話で恐縮ながら。。。。

高翼機あるあるですが、水平尾翼が主翼と同じ高さないしはさらに低い場合があり。別にインメルマンとかはやらない、そのへんをのこのこ遊覧飛行するための軽飛行機なら、これが一番安定して、楽しく飛ぶことができます。

ではでは。。。。

Posted by 猫機長