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インベスターZ

さいきん、ようつべでいろいろな人気漫画を知ることができるようになり。「インベスターZ」という、投資をお題とした漫画について、いろいろと面白い情報を得ました。


 

 

以下、「努力しなくても人生のレールが敷かれる国」というShortからの情報を転載してみます。なんかリクルート会合とかで新卒の子供たちへの恐喝じゃなかった講話を行った内容らしい。

「あなたたちはとても幸せだ。日本に生まれて、日本の学生でいて本当に良かった。なぜならば、日本は学生にとって就活天国。大したスキルも専門知識もないただの未熟者をいっぺんにドカッと採ってくれる日本の就職はものすごくありがたいことなのです。それを政府も企業も大学もみんな一緒になって後押しする。こんな手取り足取り学生を支援するような国、世界中を見てもどこにもない。実は日本の学生は世界でい一番恵まれている。ロクに勉強しなくても卒業させてくれて「新卒一括採用」というレールを社会がちゃんと用意してくれる。これは天国、パラダイスです。

なのに就活がキツイ、社会は冷たいなどとブーブー文句たれているのはバチあたりもいいところだ!」

こういうのからぜんぜん脱却できない日本の「新兵教育」

 

 

ひえええー!日本の新卒大学生にならなくてよかったよかった。安堵。

「大したスキルも専門知識もないただの未熟者をいっぺんにドカッと採ってくれる日本の就職」というところで何か違和感を感じないでしょうか。

◎欧米の場合、入学試験そのものは比較的容易であるが、卒業までに成績(GPA)が厳格に管理され。毎回の授業で膨大な読書課題(リーディング・アサインメント)が出され、議論に参加できないと単位を落とし、卒業までたどり着けない学生も珍しくない。大学は「専門性を身につける場所」であり、学部での専攻が将来の職業に直結する。文系であっても、統計学や論理学などのスキルを磨かないと専門職に就けない。

◎日本の場合、企業が学生に「即戦力」ではなく「素直さや成長性」を求め、学業成績よりもサークル活動やアルバイト、ボランティア活動などの「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」が評価されるため、学生のエネルギーが勉強以外に向きやすい構造になっている。大学は「社会に出る前のモラトリアム(猶予期間)」や「一般教養を広める場」として機能し、法学部を出て銀行に勤めたり、文学部を出てメーカーの営業職に就いたりすることが一般的であるため、授業の内容を必死に習得する動機が弱くなりがち。

 

要すれば、欧米の場合は、大学は企業における即戦力となるための専門技能を身につける場であり、在学中の成績によって企業側でも面接とか以前にこいつはこういう技能が得意でこういうのが不得意だから、雇うとしたらこういう部署で使おうという準備ができる。学生から見れば、大学に入ったと同時に実はその時点で「大学に入学」というより「会社に入社」しているようなもので、この「会社」は関連企業のどこでも大喜びで雇ってくれる「キャリア」つまりGPAを蓄積する場だということである。

これが日本だと、なぜか「素直さや成長性」になってしまい。なんか主観的な「計測しづらいスキル」が入社の決め手になるため、学生のほうでも「なんとかしなきゃ」とサークル活動やアルバイト、ボランティア活動に「汗を流し」。欧米でも最低限の人格というか社交性は求められますが、それもエキスパート人材としての技能の内、であり、実は入社後もみんな仲良く、とかより各個人がその技能を出し切って他社との競争に打ち勝つといった意味での協力体となり、メンバー同士でこいつは性格がどうだから好きだの嫌いだのという次元には落ちていかないということなのではないかと思います。

日本の場合は、まずは飲み会で飲みニケーションです、のほうに行ってしまい。だれとでもそつなく、だれにでも通じる話題や経験、要すればみんないっしょでおなじです、となってくれないと困るらしい。

アルハラ防止キャンペーン http://xn--web-j63b3o490p.facebook.com/noaruhara/?_rdc=1&_rdr#
 

 

結局、日本の場合どうなるかというと。。。。

変に個人個人で突出した専門技能を持たれてしまっても、みんな一緒ですという教育(洗脳とは言いません。お察しください)の邪魔になるので、ともかく頭真っ白、あえて無能者になるよう官民一体となって学生をしたてあげ。スキルも能力もない、会社の言いなりなるしかない奴隷、企業の養分として吸いつくすための廉価な労働力として、一括で大量確保、とされているのが日本の学生と思います。

だいたい、日本の企業というか、日本人の思考には目標、成果を決めてというのはなくて、というか、頑張って決めようとしても、結局はどうとでもなる内容のものしか決められず。そういった組織で活動する人材となれば、やはりその場の雰囲気といって悪ければ社会経済動向によっていかようにも変化できる人材でなければこまるということになってしまったのでしょう。

あらゆることをやろうとして結局何もできない例
出展:https://note.com/hyamaguchi/n/n0c60c7292ec3
 

 

この辺で、日本が戦後経済大国となった原動力を見ることができます。

第二次世界大戦という未曽有の人口調整・経済バランス・産業構造の改革が終わり。世界では前人未到の大量生産、大量消費の時代に入りつつあった。

勝ったほうのアメリカでは、人権尊重すなわち個人の尊重、自由の尊重により、これまた未曽有の「黄金の年代」に入ることができた。

でも、人権尊重と大量生産は、意外と両立しないことが明らかになってゆき。

デトロイトかなんかしれんが、労働者が高い給料をもらい、自分の意見を持つて、言い換えればいちいち会社の方針に文句をたれ、権利を主張して「なまけよう」としている間に、共産主義国家では「収容所群島」で文字通り強制労働により作った製品のほうがコストは数倍安くなり、生産数(生産性とまではいわない)も向上することにアメリカは気づいてしまった。

ソ連との競争に負けるわけにはいかず。

じゃあ、日本人に奴隷働きさせればいいじゃん、とシフトしたのでした。ははは

朝鮮動乱から、日本は世界の工場としての役割を順次アメリカから移転され。軍国主義時代から個人の尊厳を抹殺されることに慣れていた日本人は、人間なのに「弱音を吐かず」機械と同じに稼働してくれる恐ろしい工作機械として、共産圏の奴隷労働をも圧倒して、ジャパンアズナンバーワンになり。アメリカ人が悠々自適な暮らしをするために大きな支援となりました。

*ドイツも似たような役割を担わされたが、こちらは工業技術やイノベーションのほうで貢献し、人権のほうは(西ドイツは)何とか保たれたらしい。

集団就職、というのがあります。

もともと農家の子だくさんで、次男以降は冷や飯食い、というところに、工業化だなんだで長男まで行く末が。。。となってしまった高度成長期。そういった農家の子供たちを、労働者の絶対的不足にあえいでいた大都市の工業・企業が「金の卵だ!」とそれこそ列車だの何だのをしたてて「ドカッと採用した」。

集団就職 https://www.youtube.com/watch?v=yOHTOEmtsic
 

 

こうした純朴な農村の少年少女を「文句を言わない便利な工作機械」として活用した結果が、日本の高度成長の原動力になった。

ただ、断っておきたいのが、集団就職が人権侵害かというと「そうでもない、そうではない」と理解しています。

戦時中から「世のため、人のため」と育ってきた日本人。軍閥の影響が少なくてすんだ農村部ではいい意味でまじめに「世のため、人のため」頑張った人が多く。この場合「人」には恐れ多くも天皇陛下や、世間一般の人たちのほかに、ちゃんと「自分自身」も入っていたのです。

これが、なぜ平成の日本では「自分を犠牲にして世のために尽くしています」という方向にゆがんでしまったのでしょうか。

勤勉だね、優秀だねとおだてられ。ジャパン・アズ・ナンバーワンとは、いったい何だったのか。
https://fiwa.or.jp/investlife/wp-content/uploads/2022/05/de2b1030c9245171dbff01b2b2465179.jpg
 

 

北朝鮮では「将軍様のため、すべてを犠牲にします」と叫んでいないと生きていけないらしいが、平成の日本でも「将軍様」を「会社」だの何だのに変えないと生きていけないご時世になっていないでしょうか。

集団就職の悪い面だけが、現在の新卒採用に残ってしまっているような気がします。これからは、AIの発達で、人間が機械の代わりになることはできなくなるご時世に向かい、かえって個人の人権が尊重される世界になることを期待しています。

 

ではでは

 

Posted by 猫機長
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Varig237便:航法と通信のミスが生んだ悲劇

https://betocarva.blogspot.com/2010/02/o-voo-254.html
 

 

以下参考としています:

https://pt.wikipedia.org/wiki/Voo_Varig_254

https://www.desastresaereos.net/historia_03_Varig_254_1.htm(画像も出典記載のないのはここからです)

 

以前、日航123便について書きました。この事故は機材の致命的な破壊によるものでしたが、今回は航法と通信のエラーがどのように重大な結果をもたらしたかについて書いてみます。

まずブラジルの地図を掲載

ジェミニくん提供
 

 

今回のフライトは、地図にマークされた諸都市のほかに、ブラジリア、ウベルランジア、インペラトリズにも寄って、南から北へ全行程で8時間20分、大体2500kmの便であり、事故が起きたのはこの最終行程のマラバからベレンまで50分、440kmの区間でした。

*「飛行計画では高度29,000フィート (8,800m、FL290) で48分(Wikipedia)」となっていた。

 

 

上記画像でマラバ(Maraba)までは順調に飛行し。いよいよ最後の行程としてベレン(Belem)へ向け17時45分頃に離陸。

離陸に前もって、機長は水平方向指示器に、地上クルーから提示された数値0270度をインプット。

水平方向指示器
 

 

フツーに離陸し、8分ほど経過したとき、機長はベレンACC(管制拠点)に連絡しようとしたが、あれ、ぜんぜんつながらないじゃん?幸い、ベレン近郊にヴァリグ266便が飛んでいて、そいつとはつながったので、266便経由でベレンACCとコンタクトした。

時間は経過し。ベレンACCは、フツーの周波数ではらちが明かないので、8.855(kHz) の HF (High Frequency)周波数でのコンタクトをRG254便に指示。これでRG266 便をかまなくてもコンタクトできるようになった。

しかし、この時、RG254便はすでにベレンから1000km離れたところまで進路逸脱していたのである。

その後通常のフライト時間が過ぎ。逸脱には全く気が付かなかった機長は、そろそろ着陸だね、と管制に着陸許可を求め。雲より下に降下。

ところが見慣れたベレンの町明かりが全く見えず。

停電か?

この時、管制は管制でRG254がいつまでもベレンに現れず(当時ベレン空港にレーダーはなかった)、RG254 のほうでも眼下の景色が全然ベレンじゃないじゃん?と焦り始めていたのだった。

機長は、眼下にアマゾン川を発見し。あれベレンを通り過ぎたか。川沿いを南下しよう、と機首を南に向けた。

この時点で予定していた飛行時間より30分以上がさらに経過しており。さすがに迷子になってね?と気が付き。

必死になってこれまでの進路とか航空チャートとかを精査した結果、アマゾン川と思っていたのはシングー川で、実はいよいよベレンから遠ざかっていたことに気が付いたのだった。

ともかく、出発地マラバ空港のロケータにコンタクトだ!

主要空港には、「無指向性無線標識(NDB: Non-Directional Beacon)」があり。ロケータという周波数発信装置がこの標識信号を発信しており、これを飛行機側の「ADF(自動方向探知機)」で受信するという仕組みになっています。

要すれば、迷子になった船が、灯台の光を見て、助かった!となるのと同じです。NDB-ADFは光ではなくて音波ですが。

それぞれの空港のロケータはそれぞれ固有の周波数を発信しており。機長以下必死になってマラバのロケータを探したら、意外にも簡単にチューニングできたではないか!

これで助かった、とは実はならず。

残念ながら、このときRG254便は、マラバではなく、マラバから1400kmも南のゴイアニア空港のロケータにチューニングしてしまっていたのです。

あれ、ロケータごとに周波数が違うんじゃないの?なぜかは謎ですが、なんとマラバとゴイアニアは同じ周波数を使用していたのでした。ははは

マラバとゴイアニアの位置関係に注目
 

 

パイロットが間違わないように、同じ周波数ですが並行してモールス信号により発信地識別信号も送信していたけど。

マラバは「MA」、ゴイアニアは「GO」をモールスでトンツーと常に発信しているので、機長が冷静に聞いていれば「あ周波数は同じだけどこれはゴイアニアだね」と気づけたはずですが、この時機長はじめクルーは極限のパニック状態になっており。「トトン、ツーツー」なんてとても悠長に解読できる状態にはなかったらしい。

こうして迷走しているうちに、ついに燃料の尽きる時がやってきた。

熱帯雨林に強行着陸という、やっていはいけないがやるしかなくなった不時着により、木と衝突してシートが外れただので乗客48名の内13名が死亡。機長は奇跡的に無傷だが副操縦士は重症(のちに回復)しました。

以下、情報をジェミニ君に統合してもらいました

「乗員含め54名中40名以上が生き残りました。しかし、そこはベレンから約1,000kmも離れた、人里離れた密林のただ中でした。

墜落場所が不明だったため、大規模な捜索が行われたものの、現場は発見できず。救助を待つのは限界があると考えた生存者のグループ4名は、自力で助けを求めるために数時間ジャングルを歩き続け、ついに小さな農家にたどり着いた。その農場には無線がなかったため、彼らはさらに車で別の農場へ移動。そこで無線技師の協力を得て、サンパウロ州にあるフランカ空港の職員との連絡に成功し、墜落現場の正確な位置を伝えることができました。」

そこからは空軍による食料投下、ヘリコプターによる救出があり。最終的にブラジリアの病院へと搬送された。

 

RG254便が墜落するまでの軌跡
 

何が理由でここまで迷走したのか?

主因が、以下の図に集約されています

RG254便の飛行計画(フライトプラン)https://www.youtube.com/watch?v=zd_wjssZ7mc
 

 

ここで、0270、すなわち270度だねーとフツーそうなると思います。

しかし、実は027度が正しかったのでした。

誤って270度へ向かってしまったRG254。正しくは027度だった
 

 

えつ。。。。

飛行計画では、くどいけど

0270

です。

この表記は、当時の飛行機が採用していた航法装置が関係していたのでした。

問題は、一番右の0である。

この0は、慣性航法装置(INS)を装備した機材すなわち飛行機の航法装置インプット用の数値であり。当時ヴァリグ社ではDC10がこの装置を使っていた。正確に言えば、この0270は、本当は027.0すなわち27度と、さらにINS用の数値(この場合は0)という意味なのである。

事故機であるボーイング737は、上記の通りVORにNDBなのでこの0は関係なく。すなわち027度と判断し装置にインプットすべきだったのであった。

ほとんど90度近い間違いですからねーこの時点で勝負あったということである。

主因と、連鎖的に発生して不時着を不可避にしたエラーを列記していくと次の通り。

◎まず、270ではなく027だったこと

◎HF周波数でしかコンタクトできなかった時点で、間違ってどこか遠くに行ってない?と気が付く余地はあった(気象条件によってラジオのつながりは悪い、というのはフツーに起きますが)

◎事故は自分には起こらない(起こってはならない)という思い込み:機長は進路を間違えたという認識を拒み。川を見たらベレン最寄りの最も発見しやすい大河→アマゾンだと思い込んでしまった。

◎複数のロケータで同じ周波数の謎。GOとMAを区別するのになぜモールスなのか?モールスはとぎれとぎれで判別不能になりがちで、なぜこんなエラーを誘発するようなシステムになっていたのか?この時点でGOだよと気が付けていたら、まだ最寄りの空軍基地に着陸できるだけの燃料はあったらしい。

結局、ヒューマンエラーですが、エラーを呼び込むようなシステムになっていなかったでしょうか。

生存者の救助
https://web.facebook.com/Varig254/photos/a.3250620781688768/3251599114924268/?id=147885535295657&_rdc=1&_rdr#
 

 

日曜パイロットとして、言えることは。。。

「フライトは、すべてVFRを想定して計画すべし」

この事故は「水平位置支持装置」への方角の入力ミスがすべての発端だった。でも、計器飛行じゃなくて有視界飛行だったら。。。。エアラインパイロットになっても、初級練習生の時を思い出して「あの時のセスナ150は全然信頼できないコンパスしかなくて、それこそ10秒おきに地図とコンパス、そして眼下の地面を見比ていたよな。。。」と回想する余裕があったら、離陸後に、日没の方向がなんかおかしくね?と気が付いていたと思うのです。

羽田の追突事故のように一分一秒の差が大惨事につながる中、パイロットや運航関係者は必死に飛行を計実行し。

「270度」といったん思い込んでしまったときに、ともかく機械に打ち込んで機械に任せ、人間は次のプロシージャーに移らねば!というプレッシヤーのなかで、悠長に「270度ってどっちだっけ?」なんて地図を広げる余裕なんてとてもとても。。。というのが実情と思いますが、いまだ人間が機械を使いこなす必要がある(言い換えれば使いこなすことが可能な)時代であり、航空会社も余裕のある運航を切にお願いします。

 

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
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P39:ソ連パイロットは二刀遣いだった

P39は、もともとは「1936年に出されたアメリカ陸軍の高々度新型迎撃機の要求(Wikipedia)」に対応するために生まれたもの。アメリカにとって爆撃機と言えばB17であり、ジャップはともかくドイツがB17なみの「落としても落ちない」重爆でアメリカ本土に襲い掛かってきたときに「Blast it into a thousand pieces (1000個の破片に粉砕する)」というのが使命となった。

似たような目的で生まれたのにP38があり。こちらは「ケリー・ジョンソン」という怪人の設計により、とにかくパワーでたたき伏せるというアメフト的な思考を双発双胴という怪機で実現したのに比べ、P39はアメフト的な怪機ですが欧州的な洗練もある、先進的な機体になった。

P39は、とにかく「37ミリ砲」にはじまり「37ミリ砲」に終わる怪機である。

そもそも、戦闘機に37ミリ砲を搭載するというのがいかに狂っているか。

P38 でさえ20ミリ砲どまりである。他の例をさがすと、屠龍はB29を落とすために搭載するしかなくなり。JU87(スツーカ)も37ミリを搭載したモデルがあったが、とろくなりすぎてソ連戦闘機の好餌となった。

単発戦闘機なのに、双発複座の屠龍や、爆撃機のスツーカのような37ミリを搭載することになったP39。

それでも、後にメッサーシュミットなどと互角以上の格闘をするなかなか軽快な運動性を実現した。

このへんから、P39の先進性を見ることができます。

Bell P-39F Airacobra


 

 

先進性のなかった日本では、まず格闘により敵の後ろにつくことが重要だ!ととにかく軽戦の開発に血道をあげてしまい。

確かに一式戦とかは、たとえP51だろうがスピットファイアだろうが見事後ろにくらいついて機銃の連射を食らわせることに成功した。

でも、「ああああ?機関銃か効かない?」

ああああ?ウルトラビームが効かない?
https://www.youtube.com/watch?v=Tskjow9ihtc
 

 

欧米の戦闘機は防弾がしっかりしており、日本の7ミリ機銃では効果がなかったのだった。ははは

日本人が7.7ミリ機銃で安心しきっていた時に、アメリカ人は37ミリ機銃を乗せようとしていたのである。

プロペラ軸を通して発射。37ミリ機関砲

Bell P-39F Airacobra


 

 

しかし、機首に巨大な対戦車砲を載せてしまったため、エンジンを置く場所がなくなってしまった。

じゃあエンジンはパイロットの後ろに置こうよ、とすなおに発展し。

エンジンとプロペラまでは佐々木小次郎もまっさおの、物干し竿のようなプロペラシャフトでつないだ。

この辺はさすがに工業先進国アメリカで、どこかの雷電みたいにシャフトが異常振動を起こすということはなく。しかし、ちょうどパイロットのお◎んちんの真下にすさまじい回転となるので「シャフトトンネル」という覆いを付けて保護した。

ttps://jp.pinterest.com/pin/4925880837409476

 

 

シャフトトンネルhttps://jp.pinterest.com/pin/153826143518128366/

 

 

エンジンを機体中央付近、機関銃を機首に配置したため、機体前後にのびる重量物を支える「竜骨構造」が採用されキャノピーもスライド式ではなく、自動車のドアみたいなのになった。

P39Q Bell Airacobra – New Guinea Gunfighter

 

 

さらには、通常の尾輪式ではバランスがうまく取れなかったらしく、量産型はすべて前輪式になった。

もちろん操縦者の周囲は防弾版で囲い。

この結果どうなったかというと

「小柄な図体のわりに重くなってしまった」

ははは

仕方なく、最初予定していた排気タービン過給機は載せないことにしましょう、となったが、このため高空性能がだめだめになり。

アメリカ製の割には運動性もよかったのだが、零戦や隼相手では相手にならず。鰹節とか、それほど悪意のないあだ名ですんだけど、p40と並んでやられ役になってしまい。

Żądło w nosie Airacobry

 

 

西欧の高空決戦、太平洋の格闘戦ともにクズの烙印を押されてしまったのでした。

しゃあねえ、ソ連にでも押し付けてしまおう。

ところが、ソ連では救国の殊勲機として大活躍をしたのである。

当時、ソ連はスツルモビーク攻撃機が戦線を支えており。スターリン自ら「ソ連はこの飛行機を空気のように必要としているのだ。増産できなかったらどうなるかわかるな?」と設計生産の関係者を恐喝して、3万6千機という恐ろしい生産数を達成してはいた。

しかし、スツルモビークは、正面下方からの地上砲火に対しては金庫もびっくりの耐久力を発揮したが、後ろから襲い掛かるドイツ戦闘機には意外にもろく。バタバタと落とされていた。

そのスツルモビークを援護するうえで、P39が奇跡の大活躍をしたのである。

なぜか?

その①:戦闘高度が低かった。スツルモビークは地表すれすれに飛んで戦車だの歩兵だのを吹き飛ばしていた。それを襲うドイツ戦闘機もいきおい低高度となり。これをやっつけるP39にとって、この高さなら排気タービン過給機いらないよね、という都合の良い状況だった。

https://ja.topwar.ru/240809-kak-pravilno-prigotovit-shedevr.html

 

 

その➁:高高度からのエネルギー戦が可能だった。あれ、その①と矛盾してね?確かにヤクだのミグだのは地表近くの水平旋回戦で何とか低高度の苦手なメッサーシュミットと戦っていたが、戦闘機同士で急上昇とかすれば、高度5千メートルくらいまでは戦闘高度に入るのである。というか、P39はへんな大口径砲を積んで重くなってしまったため、その重さを逆に利用して、かえって「高空」つまり高度4千だの5千だので待ち伏せし、スツルモビークを襲おうとしたドイツ機を急降下で一気に37ミリ砲の2連射、3連射で木っ端みじんに破壊した上でまたぎゅーんと上昇して立ち去る、という戦法がとれるようになった。

機体の半分は木製にしてとにかく軽く作ったソ連製戦闘機では、なかなかこういった「斧を投げ落とすような」加速はできないし、できても空中分解してしまうらしい。

さらには、ロシア人らしからぬクレバーな戦術として、翼内機銃は外して機体の軽快性を高めたうえでし、残した機首上面の12.7ミリとプロペラ軸を通して発射される37ミリの「同時攻撃」が爆発的な破壊力を発揮した。

機首の37ミリ機関砲

Żądło w nosie Airacobry

 

 

機関砲の下をエンジンシャフトが通り、減速機でプロペラ軸につないでいた

Żądło w nosie Airacobry

 

 

これは、上記の通り逆落としに急降下してドイツ機を狙うとき、敵のほうでも察知して逃げようとするところ、12.7ミリで敵をけん制する。これを避けようとして大きく翼をさらした瞬間に、37ミリが一発でも当たればそのまま敵は空中分解して飛散する、というもの。

これは、なんと二刀流剣道のやりかた、すなわち、小太刀で相手を抑え込んで、居ついた(隙ができた)瞬間に大刀で打っている、というのと同じなのである。

ジェミニくんによれば「ソ連のP-39パイロットは、現代の格闘ゲームのような乱射ではなく、極限まで近づいて、1秒弱の短い連射(2〜3発)を、急所に叩き込むという非常にストイックな戦い方をしていました。」

そして射撃の手法は「1秒以下の指切り」すなわち 「トリガーを「トントン」と一瞬だけ引くイメージです。これで2〜3発が発射されます。(ジェミニ)」で、さらには「敵機の風防のネジが見えるまで近づいてから撃て(ジェミニ)」すなわち50メートルくらいまで近づいてから、という、これは零戦パイロットをほうふつとさせるやり方だった。

二刀流上下太刀。小太刀でけん制して、大太刀できめます。

 

 

あと、ソ連製戦闘機になかった重要な利点として、優秀な無線装置を積んでいたこと。このため編隊空戦とまでいかなくても味方パイロット同士の通信が円滑にできて、やれ「振り子(マヤートニク / Mayatnik)」戦法だのやれ「棚(エタジェールカ)」戦法だの、多層的に多数の見方機が協力し、敵に対して多方向から不断の圧力をかけることができ。「ドイツ空軍の熟練パイロットですら、どこから次が来るか分からないというパニックに陥った(ジェミニ)」

ソ連のエースパイロットを多数輩出したP39。フィンランドのバッファローと同様、適材適所で画期的な成果を上げた好例と思います。

 

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
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1億円の死闘:CVMの威力

死闘とか、猫機長がまたウケ狙いのパワーワードを乱発してる!いやいや今回はほんとうにやばかったんですよ。

現在、ブラジルではメガバンクがデジタル証券(Fintech)を買収・統合する動きが活発になっており。

サンパウロ証券取引所(BM&F Bovespa)Você sabe exatamente o que é a B3 e como ela funciona?
 

 

新興中小金融機関のほうが利率とかデジタル機能とかが先進的、便利。メガバンクなんて時代遅れだよーん!という若者も多かったのですが、弱肉強食の世の中、いつかこうなることは目に見えていた。

というわけでメガバンクによる新鋭機関の飲み込みと、Fintecの取り込みは別にふつーの展開だった。

ぼくがR$3,500,000.00すなわち108,500,000円(2026年4月16日、R$1=31円)をぶち込んでいるサンタンデル証券も、Toro証券を統合することになり。これも別に自然な展開であった。

ここで悲劇が起こり。

3月11日だったか、いつものとおりホームブローカーすなわちサンタンデル証券のアプリで3万レアル(93万円)を動かそうとしたところ「投資不可」とブロックされてしまい。

電話で証券の投資コンサルタント(いつも連絡しているおにいちゃん)に「どうなっとんじゃごるあ!」と聞いてみたら、なんと「いま証券会社の統合中で、すべてのクライアントは新証券会社に加盟しなおす必要がある」という驚きの情報が。

上で書いたように、サンタンデルはToroのプラットフォームを吸収しており、要すれば各クライアントがこちらのプラットフォームに登録しなおさなければということらしい。

実はそんな簡単な話ではなく、登録しなおさないと、350万レアル(1億円)の資金が引き出すことも追加投資することもできないってことじゃん?

「お前は自分の言っていることの重大さをわかっているのか?」と思わず聞き返すのですが、「全力で支援します、どうか新プラットフォームに登録を」みたいな感じで、お兄ちゃん自身には罪はないので、ともかく新しいToroに登録しなおすことに。

いやいやこれがまたうまくいかないんですよね。Amebloでも時々ログインができなくなったりしますが、そんなレベルではなくて、認証のための身分証明書写真提示の段階で必ずスタックしてしまうのである。

ついに銀行にまで出向いて上記の兄ちゃんと一緒にトライしたのですが、やはり成功せず。

お兄ちゃんは、アプリ経由ではなく銀行内で手動でやります、といったのですが、その後銀行のIT部門から「サンタンデルからの移行のファンクションで問題が出ている。全く新規の登録としてやってください」とはぐらかされ。

やったのですが全く作動せず。

わーぎゃーわーぎゃわめきたてた結果、「スマホではなくコンピュータからやってみてください」といわれ。

そしたらうまくいきました。ははは

この時点で3月16日になっており。

11日から5日間、1億円が宙に浮いたままになっていたが、やっと解決した。あーよかった。

と思う間もなく。

新証券口座の残高を見たら、みごとに0レアル(0円)になっていたのでした

 

 

ぎゃあああー!

幸い、旧証券のアプリ自体は生きており(お金は動かせないけど)、1億がちゃんと残っていたので、ひとまず安心はしましたが、お兄ちゃん曰く「移行中なので1、2日待ってください」という状況になってしまった。

旧証券の画像(部分)
 

 

2日どころか1週間たっても全く改善せず。

「よう兄ちゃん、月夜ばっかりやおまへんで。夜道にきいつけなはれや」

おにいちゃんにではなく、その背後の両証券に対する脅しですが、単なる脅しではないことをお兄ちゃんも理解しており「ともかく善処します」と役人みたいな回答で半泣きの状況に。

その後「月末にはすべて更新されるのでそれまで待ってください」との連絡があり、1億の残高と93万円の投資資金が宙に浮いたままだが仕方なく待つことに同意しました。

さて、月替わりの4月1日。

全く事態は変わらず。新口座の残高は0のままでした。

ははは

おにいちゃん(Santander)はToroの投資コンサルタントにどなりこみ。ギャーギャーやっているうちに、突然ぼくのe-mailに「署名依頼」という謎の連絡が入った。

ゴミ箱に投げ込もうとしていたら、Toroの投資コンサルタントから電話連絡があり。「とっとと署名してくれ」というので、そのときやっとそうかこれは手動でSTVMを動かそうとしているのだなと気づき。

早速電子署名して送り返してやりました。

STVMというのは「証券保管振替要請書」といって、本来はSantanderとToroの間でシステムにより自動的に行われるべき転換を、手動で要請書をもってB3(サンパウロ株式市場)に申請するというものでした。

システムがちゃんと作動していないので、あなただけ特例で緊急対応します、というToroによる敗北宣言なのだった。

Toroの野郎によると、STVM署名日からD+3つまり3日後には新証券のほうに反映され、動かすことができますよ、ということで、おとなしく待つことにしました。

本当はCVMすなわちブラジル証券取引員会によればD+2のはずなのになー、まあいいや。

よりによって4月3日は祝日。

4,5日の土日をのたうち回って過ごし。

祝祭日もへったくれもありませんよねー

D+3は6日。

この時点で、以下の一つの銘柄だけ移行完了していた。

これはB3(BOVESPA市場)のサイト。PSEC11という銘柄についてSANTANDER CCVM からSANTANDER CORRETORA DE TITULOS(つまりToro)に移転したことを示しています。
 

 

ところが、D+3からさらに2日たった8日に至っても、移行は止まってしまっていた。

「1銘柄は移動したよ。D+3はこの銘柄では守ったから他のはいつになるからないけど待ちな」ということなのであった。

こういう悪辣な手段に出てくる以上、こちらももはや猶予はできず。

ブラジル証券取引委員会(CVM)に、以下の告発を行いました。

「件名:不備に関する記述 – 証券保管振替制度(STVM)に基づく移管期限の不履行について

内容:

CVMの現行規則に定められたSTVMの規定期限を遵守しなかったサンタンデール証券(移管元)およびToroインベスティメントス(移管先)の両機関に対し、正式に苦情を申し立てる。

経緯: 2026年4月1日、約20銘柄(不動産投資信託等)、総額約3,500,000レアルのSTVM申請を正式に行った(サンタンデール証券のサイトにおける資産一覧、B3アプリのスクリーンショット等を記載したPDFファイルを参照のこと)。

不整合: 本日(2026年4月8日)時点で、5営業日が経過している(D+2の制限を超過している)。しかし、実際に移管が完了したのは1銘柄(PSEC11)のみである。

情報の矛盾: サンタンデール側からは「移管元での手続きは完了した」との公式通知が送られてきた。しかし、残りの資産(約3,280,000レアル相当)は依然として移管元の口座残高に表示されており、Toro側の口座には反映されていない。

投資家への不利益: この不当な資産の留保および両機関間の業務上の不備は、資産の自由な移動を妨げるものであり、月々の分配金の受取先に関しても不安を生じさせている。

すでに担当部署に対し、メールを通じて解決を試みたが、現時点まで移管は完了していない。貴委員会が介入し、両機関に対して直ちに保管状況を適正化させるよう要請する。」

Concurso CVM 2025: editais, cargos, salários e inscrição
 

 

2日後にすべての資産移転が完了しました。ははは

CVM はアメリカの SEC(証券取引委員会)に相当する機関ですが、その監督・規制権限はSECも真っ青の強大なものがあり。

市場活動を一手に見張る独占的な監督権者であり、経営陣の追放(役員就任禁止)などの行政処分を迅速に下す準司法的な執行力をもつ、ブラジル金融界の「憲兵」なのだった。

ブラジルは長年ハイパーインフレだので外国投資家等が怖がって逃げ散ってしまったが、これを打破し、資本を呼び込むためには、「世界で最も厳しいレベルの番人がいる」という実績を作る必要があったのである。

CVMに通報されると、「手続き待ち」という言い訳が通用しなくなり。証券会社側のコンプライアンス部門や法務部門が即座に動かざるを得ず。

SantanderとToroの合併・統合の最中にCVMから「システム不備」や「顧客資産の不当な拘束」というレッテルを貼られると、今後の事業認可や統合プロセス自体に悪影響が出る可能性があるため、最速で解決せざるを得なくなるのであった。

 

「いざというときはCVM だ。そうすれば魔法のように解決する」というのが個人投資家の合言葉の一つですが、自分自身がそういう目に合うとは思いませんでした。

3000字越えで終了。

 

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
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インカムで永久機関の構築だ!

永久機関という言葉があります。

簡単に説明すると、一度動き出せば永遠に動き続ける装置のことである。

例えば、とあるポンプがあったとします。

そのポンプは、始動するために一度だけ何とかセルモータとかで回転を開始すれば、そのあとは永久に回転し続けることができるとします。

こういうポンプがあれば、どんな砂漠の地中深い水源からでもどんどん水を汲みだすことができるようになり。ふつーはたいして深くなくてもポンプを回すのにすさまじい量の石油だの電力だのを消費する必要があるのですが、こうした「エネルギーのくびき」から解放された永久機関が生まれれば、それは機械ひいては機械によって成り立っている経世済民(世界経済)に革命をもたらすものとして、19世紀とかか?一時は世界の発明家とかがはっちゃきになって永久機関を実現しようとしました。

その結果、いろいろと試作品が生まれ。

有名なのに「ハンマー車」というのがあります。

パブリックドメイン
 

 

「時計回りに機関を回転させると、上部でおもりを乗せた棒が倒れるため、支点からの距離が長くなり、機関の右側がさらに重くなって回転が続く」という、天才的な発明だ!

のはずが、くるくる回っているうちに、左側の重りの数が右側より多くなる場面が生じてしまい。ブレーキがかかって、回転は止まってしまうのだった。

なぜこうなるのか?

車が回転を開始するためには、外部からエネルギーを与えることが必要である。

そして、そのエネルギーはハンマー(重りと柄)をぶん回しているうちに、少しづつ摩擦だのなんだので失われてしまうのだった。

失われた分だけ車自身が生み出して補えばいいのですが、残念ながら機械というものは動くためにエネルギーを消費はしても自分から生み出すことはできず。「金の切れ目が縁の切れ目」じゃないけど「エネルギーの切れ目が作動の切れ目」になって止まってしまうのでした。ははは

詳しくは、エネルギー保存の法則とか、第1種永久機関、第2種永久機関だのいろいろ複雑な理論があるのですが、ここでは本題にはならないので切りすてておきます。

錬金術や永久機関は、男のロマンですね

なぜ「永久機関」は作れない?


 

 

というわけで、何もしないでも自分で勝手に、永遠に働いてくれるマシーンなんて存在しないのである。ざんねん

と思ったら、実は、投資の世界では、永遠にお金を生み続ける「投資マシーン」が実は存在していたのでした。

最近「永久機関」ということばが投資の世界でももてはやされるようになり。

「投資 永久機関」でぐぐれば、意外と多くの記事がヒットするのでした。

投資における永久機関ってなに?

あなたの口座に、毎月あるいは数か月に一回、あなたが旅行していようが病気でくたばっていようが、要すれば必死になって仕事をしなくても、あなたに代わってお金を振り込んでくれるという、奇跡のマシーンのことなのです。

そんなのあるわけないじゃん!いやいやあるんですよ。

そもそも、構造物つまり機械の世界では、外部からエネルギーを供給してもらわないと、自分でエネルギーを生み出すことはできず。止まってしまうのでした。

これが、投資の世界では、自分で自分に必要以上のエネルギーを生み出すことのできるマシーンが存在するのです。

80年代の株式市場
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO71781960S1A510C2EAC000/
 

 

その名も「企業」

もちろん自転車操業で左前のやつじゃなくて、ちゃんと恒常的な利益をだしている優良企業のことです。

企業というのは、まずは原資を集め、それでうにゃうにゃ付加価値を生み出し、その分だけ値段を上乗せした製品を世間に提供して存続していきます。

たとえば、その辺に、ある自動車部品製造の町工場があったとします。

工場の社長は、まずは必死になってお金を集め。

このお金で、クズ鉄業者かどうか知らんが原材料の鉄を買う。

それを工場で労働者のみなさんがひいひいと「ガスコレーター」だのに加工し。

最後はにっさんだのとよただのに二束三文で買い叩かれ、やっと社長の懐にお金が持ってくるのでした。

ここで社長がしっかりした経営をしていれば、くず鉄屋からの購入費や労働者への給与などを差っ引いてもなにがしかは手元に残るのである。

つまり、100円でスタートした事業が、生産サイクルの終わりには110円で戻ってきたりして、くず鉄屋に50円、労働者に1円、税金に。。。。と差っ引いていった結果、社長の手元には10円くらいが残るのであった。

この場合、町工場という「投資マシーン」は自ら10円のエネルギーを生み出したことになります。社長はこの金でパチンコをしたり、自宅の家賃を払ったりして生き延びていくことができるのだった。

日本経済の原動力:町工場
https://smallfactory.net/story007smallfactory.html
 

 

つまり、ちゃんと恒常的に利益を出して、かつ配当を定期的にしっかり払う企業を買えば、ほとんど永久機関としての投資マシーンを買ったということになるのである。

要すれば、配当です。

上記で「くず鉄屋に50円、労働者に1円、税金に。。。。」と書きましたが、さらに加えて株主にまっとうな配当金を定期的に払う会社を見つければよい。

重要なのは、社長がパチンコではなく、工場の生産力(生産量、生産効率)の向上に再投資するような企業を選ぶことである。

ここまでくれば投資大好きなあんちゃんやおねえちゃんはもうご理解いただけたともいますが、

①投資における永久機関の構築は、実は可能だった

②この場合、配当、家賃、金利など、毎月あなたに代わって働いて、お金をあなたの懐に振り込んでくれる装置を構築すればよいのであった。

要すれば、インカムゲインです。

要すれば、という言葉が二回出てきましたが、それぞれ出てきた「配当」「インカムゲイン」の2つの言葉さえ理解できれば、この記事のすべてが理解できるのでした。ははは

もちろん、山〇証券だの、そ〇うだの、どんな大企業でもつぶれるときはつぶれる。だいたい、社長の一番重要な仕事は、会社を立ち上げることではなく、いかにしてまだ利益が出ているうちに会社をたたんで、借金地獄とかにおちいらないようにするかだと言われ。

会社も人と同じで、生まれ、成長し、そのうち衰えが来て4んじまう、というのは避けることはできない。元禄3年開業で「上から読んでも下から読んでもー」みたいに、4なない企業もあることはありますが。

しかし、個々の企業が栄華盛衰を逃れられなくとも、株主のあなたは、定期的にポートフォリオをリバランスして、「配当金が切れずにふところに入って来る仕掛け」を維持していけばいいのです。

要すれば、あなたが生きているうちはこの配当によるインカムゲインの生産システムが維持できればそれはあなたにとって永久機関であり、その維持は技術的にはそれほど困難ではないのでした。

「要すれば」3回目ですが、上の1行がこの記事のエッセンスです。

でもねえ。読者のみなさんは、いまいちわかったようでわからん、となっていないでしょうか。

それは、皆さんの頭の中から「投資というのは何かにお金をつぎ込んで、その何かが値上がりしたら売って出てくるその儲けのことである」というがんこな観念が抜けないからなのです。

その概念というのは「キャピタルゲイン」と名前があり、重要な投資による利益の一つなのですが、そこには「売る」という「労働」が生じます。

配当の場合は、いったん買っちまえば、定期的に何をしなくてもあなたの懐にお金が入り込んでくるのである。こちらは「インカムゲイン」というのです。

 

 

というわけで、豊島逸夫さんもそう言ってます(「配当あっての投資」)、なんて有名人の威を借りるつもりもありませんが、ぼく個人の経験としては「リート」にどんどんお金をつぎ込んでいったら、現在R$29,000.00(日本円で725,000円)が毎月ふところに入ってくるようになりました。これは生活費とかの費用を抜いた純利益で、ぼんぼこ債権、ETFそしてリートなどに再投資しています。

皆さんも、この記事の内容が頭だけの理解ではなく体で理解できれば(書いてることはものすごくふつーの内容ですが考えるだけでなく実体験が必要)、投資による永久機関を構築し、毎月安心のインカムゲインで健やかに生活することができるようになると思います。

要すれば、と書きたいのですが、なかなか第4のそして決定的な要約ができないですね―結局ぜひみなさんこの記事を一字一句を詳細にお読みいただけましたら喜びこの上ありません。

めんどい、という人はこちらをご覧ください→収入の川

上から読んでも下から読んでもやまもとやまー

 

 

 

ではでは

Posted by 猫機長
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医者と機関銃

ギャング映画に出てくる機関銃。敵のボスを待ち伏せして、ダダダダ!ぶぎゃぎゃぎゃー!と爽快なシーンに、みなさんも拍手喝采したことでしょう。

ダダダダーン!ギャハハハ! https://www.youtube.com/watch?v=BJ-gYx7hXZg
 

 

ナポレオンとかの時代には機関銃はまだなく。

戦列歩兵といって、まず兵隊を横一列に並べたのを、第1列、第2列。。。。と上から見れば方陣というか四角く見えるくらいに密集させ。この突撃によって勝敗を決していた。

騎兵や砲兵もありますが、主力は敵も味方も戦列歩兵。

それぞれ鼓笛の音に合わせて行進してゆき、彼我の距離50メートルくらいで停止。

ここから第1列が小銃の発砲開始。だだだーん!ぶぎゃぎゃぎゃー!とくずおれていく兵士たちの後ろから第2列が一歩せり出し、また互いに発砲。だだだーん!ぶぎゃぎゃぎゃー!その後ろから、第3列とともに、小銃の弾ごめを終わった第1列の生き残りが立ち上がって。。。と際限なくやっていくうちに、敵の中で、並んで的になることに耐えられず逃げ出そうとするやつがでてきて、陣形が混乱し崩れた!そこをすかさず指揮官が「全軍とつげきー!」とやれば、浮足立った敵に大打撃を与えることができた。

でも実際は、何度も互いに的になっているうち、両者ともに混乱し、決着がつかないままに銃剣突撃の白兵戦に突入、というのが多かったらしい。

 

なんで並んで的になるのか?

バカなの? https://www.youtube.com/watch?v=Dzs9gDwjyw8&t=920s
 

 

当時の小銃は、弾がまっすぐに飛んでいかなかったらしい。

弓道でも、放った矢が的のど真ん中に命中だ!でも狙った的ではなくて、1メートル離れた隣の的でした、というのが時たまあるそうですが、当時の小銃の命中精度というのはその程度だったらしい。

数百丁が束になって発射すれば、そのうちの何発かは敵に当たるみたいな感じで、多少なりとも銃撃効果を得るためには、こちらも的になるくらい密集しないと機能しなかったのである。

実態として、50メートルから一斉射撃しても(くらっても)、運のそれほど悪くない奴は生き残り。最後は白兵戦になったのだった。

運の悪い奴は4んだ https://www.youtube.com/watch?v=3XC_rq1OEB8
 

これが、第1次世界大戦になると、1丁の機関銃は、それまでの小銃数百丁分に匹敵するほどの火力を持ち、突撃してくる歩兵を、瞬く間になぎ倒し。

とても戦列歩兵なんていっていられなくなり。地面に穴を掘って隠れる塹壕戦になった。

 

あれ、ナポレオンの時代(1813年)から急に第一次世界大戦(1914年)になるの?機関銃が生まれるまで100年かかったの?

いやいやそんなことはなく。1860年にはみんな大好きガトリンク銃が実用化されていたのです。

ガトリンク銃 https://marcianosz.com/ametralladora-gatling/
 

 

 

それでも、機関銃が浸透するまで50年間はかかったことになります。

なぜか。

それは、「軍隊を構成する人間にとって、機関銃が実用化されてしまったら都合が悪いから」なのでした。ははは

考えてみてください。

兵隊というのは、身体強健な兵卒と、それを指揮統率する貴族(将校)に大別されており。

兵卒は、的になりながら前進を続け、臆することなく敵に小銃をぶっぱなし、最後は銃剣をきらめかして敵をぶち56すという英雄的な行為を行うことができる限られた人種であり。

貴族に至っては、兵卒の前を、馬に乗りサーベルをかざして、さらに狙いやすい的になって全軍を指揮し。突撃時には真っ先に敵陣に切りかかるという、兵卒もしり込みするような英雄だった。(実態は敵が総崩れになってから、いかにも先陣を切ってみたいな演出があったかもしれんが、少なくともそういうのが基本の認識だった)。

 

これが機関銃だと、臨時で徴用されたその辺のニートの兄ちゃんが、手回しクランクを回して、タンタンタン!とガトリングを一閃させれば、百戦錬磨の軍隊がなすすべもなく全滅させられてしまうのである。

機関銃で貴族もへったくれもなく、ハチの巣の肉団子にされてしまうという不都合な真実が既成事実になってしまうことは絶対に避けたかった。

別の言い方をすれば、貴族だの大地主だの、当時の支配層は、機関銃が生まれてから50年近く、なんとかその恐ろしい威力を封印してきたということなのでしょうねー

*不都合の生じない、アフリカだのの植民地戦争では、現地人に対して機関銃を使いまくったらしい。

 

勝っても負けても領主の首が入れ替わるだけだったみたいな時代はそれでも通用したが、第1次世界大戦の国家総力戦になるとそうも言っておられず。

 

限られた階層や個人が脚光を浴び、その他大勢の下々は脚光を浴びる貴族の踏み台です、という時代は、機関銃の普及でついに葬られることになったのである。

日本でも、源平の時代とかは一騎打ちの世界だった。
Images of 源義平 – JapaneseClass.jp
 

さらに言えば、戦車に飛行機といった、だれが乗っているのかもわからない「顔の見えない怪物」に、人間が蹂躙される時代になり。レッドバロンとか、複葉戦闘機のドッグファイトの時代では、まだ「空の騎士だー!」なんてロマンが許されたが、B29から無数の焼夷弾が。。。となると、感情を持たない爆弾に一般市民が焼き56される時代になってしまいました。

 

さて、医者です。

こちらも「医は忍術です」なんていっていたロマンチックな時代では、ブラックジャック、は無許可医なので表には出せないけれど、それに近い優秀な医師が寝る時間も削って人々の命を救うという建前があった。

「ER緊急救命室」https://www.youtube.com/watch?v=S3iTuxMBqUE
 

 

たてまえなの?だって、現実は全然違うんだもん。。。。

ぼく自身「急に息苦しくなった、助けてー」となったときに、治療を受ける以前に病名が判別するまで3か月かかった現実があり。そのもようを以下に抜き書きします。(代替医療 – アーリーリタイア)

 

「とある吉日。急に「ぐあああー息ができない」という状態に。

耳鼻科に行こうとしたら「3週間後しか診察できない」といわれ、「呼吸器外科」を先に受診しました。でもこちらも2週間待たされました。この時点では、日中の息苦しさに加え、夜は就寝中に窒息して、ぎえええー、と跳ね起きてしまい。喉には何かが詰まった感じでのたうちまわっていました。

やっと「呼吸器外科」に行き、肺のCTをとったりとか大騒ぎしたあげく「理由はわからんが気管支炎になっている。」「大人の喘息かもしれん。気長に養生するのがいいよ」などと、パイロットには呪いの言葉である「喘息」まで出てきてしまいました。

ついに耳鼻科へ。お医者さんいわく「上気道(つまり耳鼻科領域)では問題はない。こういうケースは「逆流性食道炎」が疑わしいから、消化器内科へ行きな」とけりだされてしまいました。

またしても病院探しの旅に逆戻りしてしまい。息ができないのと胃炎と何の関係があるのか?喘息だったどうしよう?などのはてしない疑惑が広がっていくのでした。

で、例のごとく予約から診察まで3週間かかり、やっと消化器内科のお医者さんとお話しでき。いわく「胃酸過多で、その胃酸が胃の中にとどまらないで食道から気管支に上がっていったから炎症を起こしたのだ。」とやっと課題と解決が分かったのでした。問題発生からすでに3か月くらいたっていました。」

 

これはブラジルの場合ですが、日本も大して変わらないのでは?(リンク)

診察を予約するにも3週間待たされる。予約手続きでは「そもそもアテンドしない、アテンドしても名前を間違られて全然違う患者の話をされる」など「こちらの意思を伝えるのに大変な労力が必要」で、お医者さんに到達するまでにはてしないハードルを越える必要があり。やっとお医者さん、といっても「この症状はぼくの専門じゃないから知らないよ、勝手にどこかほかのところに行きな」という対応。そして全然別の病院をやっとこさ探して上記予約手続きにループ。再発進になってしまう。

 

ところが、いまどきは上の3人の医者が言うようなことは、グーグルジェミニ、とまで言うとお医者さんをおちょくるみたいなので、ネット医療、遠隔医療システム、くらいにトーンダウンしますが、要すれば生身の人間であるお医者さまをあがめ奉らなくても、AIという、これも機関銃と同じで感情を持たない機械があっというまに

 

尻切れトンボですが3000字を超えたので終わりにします。機関銃は人56しの世界で大革命を起こしましたが、AIという「顔のない怪物」によって、医療の世界で画期的なパラダイムシフトが起こることを期待しています。

 

ではでは

Posted by 猫機長
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非人間化が人道化の鍵だった

こないだ、ブラジルの病院で看護師が患者を56すという事件が発生し。

3人組で行動し、一人が見張っている間に、もう一人が患者にキッチン用の洗剤とかを点滴注入し。あと一人は「わああ4じゃやだー!」と必死に救命措置を行うとゆうふうに分担とかして、監視カメラをだましたりしていたが、そのうち見つかった。

薬品管理システムのパスワードをくすねてきて、薬剤を不当に大容量取得し、患者に注入するとかもしたが、あまり効果がないから洗剤にしようよとかやっているうちに行為が明るみに出たということらしい。

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警察などは必死にいろいろな可能性について調べ。

◎家族に頼まれた:別に末期の大病とかで家族に莫大な医療費支出を強いて、困り切った家族に「いっそ56して」とか言われたみたいなケースではなく、なんか便秘だから入院しました、みたいな感じで、家族のほうでもわざわざ56してもらうような理由はなかった。

◎病院の指導層に命令された:私立病院はベッドの回転率が命であり、便秘だの線維筋痛症だのでベッドを占有されてしまってはこまる。とっとと56して別の患者(金づる)を連れてこい、という命令もなされてはいなったことが分かった。

◎3人組が単に変質者だった。警察の拷問じゃなかった尋問とかによると、3名は明らかに性格破綻しており、愉快犯というのか、患者をいじめ、56すことで至福の喜びに至っていた、という結論が導きだされつつあり。

上記について、3人組は職場環境が悪すぎて精神に変調をきたしたんだー、と弁明しています。

こいつらが単にもともと狂っていただけだったのかというと、病院側や世の指導層はそうゆう風にしてお茶を濁したいようだったが、これも捜査でやばい実態?がボロボロと表れ始め。

上記のパスワード漏洩などの行為が蔓延し、要すれば職場のモラハラパワハラ、非人道的な当直だの何だの満載で、狂わないほうがおかしいみたいな状況に陥っていたという情報も出始め。

なんか「たちかぜ事件」だの「フルメタルジャケット」みたいな、軍隊も真っ青な恐ろしい職場だったのかもしれん。

たちかぜ事件 http://www.mdsweb.jp/doc/1355/1355_03m.html

 

 

日本でも似たような事件が起きていないでしょうか。

世界的にこうした事件が発生する風潮にあって、どうすれば今後の発生を防止できるか。

「犯罪者」「はみ出し者」を牢屋にぶち込めば済むのか。

刑期が終わって出てきても新たな犯罪に走るのが関の山である。本人はともかく、前科者を救済するシステムが欠如しているので、ますます悪行に身を染めないと生きていけなくなってしまうという恐ろしい現実があるのです。

病院とか経営者、ボスのほうでも、決して地獄のようなハラスメント蔓延を望んではいないのではあるが、病院だって企業です、なので、競争相手を出し抜いて生き残るためには、手下の医者だろうが事務員だろうがこき使ってコストダウンしないとどうにもならないのである。

今回の事件は、要すれば虐げられたジャパニーズサラリーマンが外国人研修生をいじめて憂さを晴らした(https://toyokeizai.net/articles/-/512030?display=b)、じゃなくて、日本企業も真っ青のブラックな職場で発狂した看護士が患者で憂さ晴らしをした、ということなのではないかと理解します。

研修生という名の奴隷労働

 

 

別に日本の社会をディスろうとしたいわけではありませんが、ブラジルで起きたこの事件は、日本の皆様にも他人事ではありませんよ、ということを言いたいのです。

では、起きないようにするにはどうするか。

実行犯を監獄に送り込むだけでは、次から次と新たな実行犯が生産され、牢屋から出てきたらさらに凶悪な極道者に生まれ変わるので、牢屋が不要とは言わないがそちらが解決策ではないと思います。

では、職場の環境を天国のようにホワイトにすればいいじゃん?

できるものなら当の昔にそうなっていますよね。。。。

根本的な解決策はあるのか?

人間が働いている以上、いくら努力しても人間の考えや行動には、必ず「常識」からの「逸脱」は発生し。

始末の悪いことには、杉原千畝さんみたいに「常識ある人」が「非常識」にされてしまうケースさえあり。人間が作った組織が、いかに非人間的な暴力装置に変化してしまうかという例も無数と思います。

ユダヤ人への人道的な支援が、政府(当時)の逆鱗に触れて「解雇」につながってしまった杉原千畝さん。https://www.nippon.com/ja/japan-topics/c06705/

 

 

でも、考えてみれば、今回の犯罪も、みんな人間が起こしていることなんですよね。

じゃあ、病院から(患者以外の)人間を追い払ったら、こうした犯罪も起きなくなるじゃん。

 

狂ったか猫機長?

いやいや、「シンギュラリティ」「ベーシックインカム」によって、十分可能なんですよ。

 

いかにして、医療現場における人間の過失や悪意をAIと自動化によって排除するか。

◎シンギュラリティとバイオエチケット(生命倫理)

人間の「過失」や「悪意」を、アルゴリズムによる「精密さ」へと置き換え、「人間によるケア」から「自動化されたケア」へと移行する。

疲れ切って注意が散漫になり、時には共犯者にもなり得る人間とは異なり、ディープラーニングを搭載したAIは24時間365日、生理学的パターンを監視。数ミリ秒以内に血液中の化学反応とバイタルサインへの影響を分析し、「毒性(消毒液など)」のパターンが検出されれば、システムは即座にアクセスを遮断し、病床を隔離。今回の3人組が見せた「演劇性(心臓マッサージのふりなど)」は、実際の蘇生に必要な正確な圧力を把握しているアルゴリズムによって、非効率または不正な操作として即座に見破られる。

投薬や衛生管理に物理的なロボットを導入することで、「人間による悪意ある接触の機会」を排除。人間が患者に触れなければ、衝動やサディズムによって暴行を加えたり、窒息させたり、毒物を注入したりすることはできないのだった。さらに、デジタル・トレーサビリティによってロボットのあらゆる動きは改ざん不可能なブロックチェーンに記録され、行われた行為を「消去」することは不可能となる。

フルメタルジャケット https://zilge.blogspot.com/2011/06/87.html

 

 

◎ベーシックインカム(BI)と人道的な労働

犯罪はしばしば、欠乏や社会的嫉妬、あるいは搾取的な労働システムが生む怨恨から発生し。BIがあれば、飢えをしのぐためだけに病院で12時間や24時間連続で働く人はいなくなり。労働は「天職(ボランティア精神)」による選択へと変わる。また、サイコパシーは遺伝的・神経的なものとはいえ、残酷な行為の「引き金」は過酷な環境によって増幅されるが、BIによって「過酷な環境」は淘汰が期待されるのだった。

労働者を「消耗」させるシステムでは、仕事は経済的な「懲役刑」だが、BIが保証された世界では、仕事は「名誉」になり。尊重され、休息の時間がある個人が、逃げ道としてサディズムを発現させることは考えにくい。「邪悪さ」はしばしば、疲弊と職業的非人間化の土壌で発生するのである。

 

その昔、キケロは「人間は、自由になるために、法の奴隷となる」と言ったらしいが、IAの台頭によって「人間は、人間の悪意を逃れるために、人間の共感を放棄する」という時代が来ているのかもしれません。

人間の共感、すなわち暖かい看護士さんや頼もしいお医者さんの言葉やケアといったものを人間は放棄し、無味乾燥ですが機械によって無駄なく迅速に提供された解決策を無感情に利用する世の中になるということである。

この考えはぼく個人の空想ではなくて、すでに「ポスト・シンギュラリティ・ガバナンス」という概念が生まれ始めているらしい。

                                                        

ここまで読んで、まあ頭ではわかったけど、現実味がないよねーと思った人はないでしょうか。

アメリカだの西欧だのの素敵女子をおにぎり屋さんに連れて行ってみましょう。

おにぎり自慢の大将が自らの手でにぎった、ほかほかしたおにぎり。

でも、一定の素敵女子は、あとずさりして食べないか、あるいはぎゃあああー!と逃げ出すかもしれません。

きもいおっさんが汗臭い素手でこね回しただんごの塊なんて、ばっちくてとても食べられないじゃない!というのが彼女たちの感覚、常識なのであった。ははは

これが「機械で米が自動的に(人の手を介さずに)おにぎりになるのを実演したやつ」だったら、おいしいね、とまた大喜びで食べるのである。

https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/casestudy/00012/01351/

 

 

あなたはどちらの常識が普通に感じますか?

*この記事は、患者あるいは労働者目線からの考察です。経営者目線から見るとこうなるぞ、というのはこちら→ロボット君と院長さんの対話

ではでは。

 

Posted by 猫機長
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大ウソつきジェミニ

最近、いつでもどこでもお手軽にジェミニ。でも、ものすごく信頼できるような回答に見えて、実は。。。というのも散見するので、今回そういう珍回答について特集してみました。

どきどき https://course-net.com/blog/apa-itu-gemini-ai/
 

 

◎宿命の天中殺

50年も生きていると、あの時この時、気が付けばいろいろな無料サイトで天中殺をしらべたりしており。昔は手計算なので間違いとかもあったのですが、近年ではサイトのアルゴリズムもしっかりしてきて、ぼくの天中殺は以下で一致しています。

「午未天中殺の生年天中殺」

サイトによっては、ほかにも「互換中殺」「生日中殺」がでてるよ!と親切に掘り下げて教えてくれるところもあり。

よしよし、ジェミニでこうした生年だの互換だのについてどんな事を言うか調べてみよう。

そこで以下質問しました。

「西暦XXXX年X月XX日午前4時、埼玉県朝霞市生まれの男性です。どの天中殺になるのか、宿命天中殺があるかを教えてください。」

あれ午前4時はいらなかったっけ、まあいいや。

ジェミニの答えは

◎「あなたの天中殺: 戌亥(いぬい)天中殺」

◎宿命天中殺の有無: 宿命天中殺はありません。

 

えつ、あつ、あれ?

これって、新暦(太陽暦)と旧暦(大陰暦)を間違えているんじゃね?

どきどき占い師さん。算命学は水晶占いじゃないけど(IllustAC)
 

 

 

質問を追加

「旧暦をもとに、どの天中殺になるのか、宿命天中殺があるかを教えてください。」

ジェミニの答えは、再び

◎「あなたの天中殺: 戌亥(いぬい)天中殺」

◎宿命天中殺の有無: 宿命天中殺はありません。

 

なぜこの結果になったか?ジェミニいわく

◎「旧暦(太陰太陽暦)は、「月(太陰)」の満ち欠けを基準に日を数える暦法ですが、四柱推命や算命術などの占術で用いる「天中殺」は、「太陽」の運行に基づく干支暦(節月)で算出するため、旧暦(太陰太陽暦)の日付で占うことはありません。」

 

という、なんか断定的で納得できないですよねー。

そうだ高尾学とか学派の基準で計算せい、とすればちゃんとした結果が出てくるじゃね?

新たに質問

「高尾学あるいは朱子学による計算ではどの天中殺になるでしょうか。宿命天中殺はあるでしょうか。」

ジェミニの回答は。。。

◎「天中殺の基本的な計算方法(どの天中殺になるか)は、高尾学でも朱子学でも共通です。」

これは御意。でも次の回答が。。。。

◎「お客様の属する天中殺は、辰巳天中殺 となります。宿命天中殺(生年・生月天中殺)の条件は揃っていません。」

 

わあああ?また別の天中殺がでできたあああ?

この時点で何が正しいのか全く分からなくなり。

しゃあねえ別の無料サイト複数で計算してみよう、となり。

その結果はこちら

https://sanmei-stock.com/category/basic/tenchusatsu/fate/#google_vignette
 

 

やっぱり、「午未天中殺の生年天中殺、互換中殺、生日中殺」

でした。生日とか互換とかはサイトによってあったりなかったりですが、午未であることは間違いないのだった。

ははは。あーよかった

 

戌亥だの辰巳だのという結果を出すにあたって、ジェミニは「日干、新暦」にこだわっているらしい。

占い好き、プロ占い師の素敵女子読者の皆さん、この辺についてなにか補足情報、おもしろ情報ありましたらぜひコメントとかメールください。

 

 

◎B-29

上記は占いというかなりな専門知識がないと。。。というお話ですが、ぼくでもわかるよ~ん、という実例を提示します。というか、飛行機オタクだったら有名な事実についてです。

Pixabay無料
 

 

質問「アメリカがソ連にレンドリースした飛行機は、戦後どうなったのでしょうか」

回答として、ソ連が約束を踏み倒してアメリカに返さなかった。勝手にスクラップにしてアルミ材として使った、またはソ連の技術革新のための教材として使った、というような答え(念のため、一字一句同じではない)から続いて、問題の一文が。

◎「2. 技術研究と複製

最も重要な例外は、ソ連が自国の兵器開発のために供与機体を技術研究に使用したことです。

B-29の複製: 特に有名な事例は、米国から供与されたB-29爆撃機です。故障などでソ連領内に不時着した4機が分解・徹底的に研究され、その技術がソ連初の戦略爆撃機であるTu-4(「ブル」というNATOコードネーム)の完全なコピー生産に繋がりました。」

あたかも当然な事実みたいで、ああそうだよね、と思わず読み飛ばしそうになるのですが。ちょっと待った!

「米国から供与されたB-29爆撃機」

あれれ?B29なんて秘密兵器中の秘密兵器で、特にソ連なんて「明日の敵確定」の相手に供与なんてしていないよね?

だからこそ、ソ連領内にB29が不時着したとき、ソ連は大喜びで「日ソ不可侵条約」を口実にアメリカのクルーをひっとらえて拘束し、もちろん金づるの大事なお客さんなので丁重に扱ってアメリカに返したが、機体自体はちゃっかりくすねてリバースエンジニアリングし、ジェミニの回答にもあるとおりTU4という、本物かとまがうレプリカを作りだしてしていたのだった。

なお、こいつはソ連製のエンジがなかなか優秀で、本家のB29よりも高性能だったかも?だそうです。

あとでジェミニに聞いてみよう。

そうだジェミニでした

問題の一言は「米国から供与されたB-29爆撃機」、ということで更問:

「上記で「米国から供与された」とありますが、事実でしょうか」

するとあっさり以下の答えが来ました。

◎「いいえ、「米国から供与されたB-29爆撃機です」という記載は事実ではありません。

正確には、レンドリース法に基づき供与されたわけではなく、日本への爆撃任務中にソ連領内に不時着または緊急着陸した4機のB-29を、ソ連が無許可で押収し、研究・複製したものです。これは以前のご回答で述べた通り、私が前の応答で「供与された」と誤って述べてしまった箇所があり、誤解を生んでしまいました。大変申し訳ありません。」

TU4 パブリックドメイン
 

 

いやいや別に謝る必要はないんですよ、重要なのは事実の確認ですから。。。。

処罰だのなんだのの方向に血道をあげるのではなく、大事なのは無数の情報のなかから有用なものを見つけ出すことであって、その過程で必然的に生じる、こうした「勘違い情報」が発生することをゼロにしようとしたら、前向きな探求はそこで止まってしまいます。

というわけで、どんどん間違えろジェミニ!でも、間違えたら、すぐ修正してね。

 

B29についてはすっきりしました。

問題は天中殺計算のほうで、こうした、計算式のクラィテリアによって結果が大きく変わってしまうものを、ジェミニなりの計算方法に固執して修正に応じない、あるいはさらに迷走するというのはゆくゆく重大な結果を招く可能性があり。

でも、これにしても問題はジェミニではなくて、ジェミニと対話する人間が、ちゃんとジェミニをリードしなければならない話なんですよね。

幸い、人間はまだ「AIを飼いならす知見」を持っているようですね。といって、シンギュラリティだの、遠からず人間のほうが機械に飼われる時代がやってくるでしょうが。

そんな恐ろしい時代が来ても、経済的自由を達成した人は機械に支配されないで済むそうです。

要するに、世の中すべて金ですねえ。

というわけで、経済的自由を達成するために、みんなで、楽しくてためになるホームページ「アーリーリタイア・軽飛行機で空を飛ぶ」を精読しよう!

はいすみません

ではでは

 

 

 

Posted by 猫機長
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プラットフォームを脱出だ!

こないだ、現代日本をそのままカリカチュア化したんじゃね?というような、へんな映画を見ました。

その名も「プラットフォーム」及び「プラットフォーム2」
出展:相関図あり『プラットフォーム』ネタバレ考察・解説|気持ち悪い映画の意味とは – モヤシネマ
 

 

例によって、Wikipediaから、まず第1作「プラットフォーム」のネタバレ(要約)です。(プラットフォーム (映画) – Wikipedia)

「“穴”と呼ばれる場所の48層で目覚めたゴレン。牢獄のような部屋には中央の天井と床に四角い穴が開いており、上下にも同様の部屋がいくつも確認できる。

食事は1日に1度、浮遊する不思議な台“プラットフォーム”に乗せられた山盛りのご馳走が天井の穴を通って降りてくるが、上の層から順番に食べるため下の層になるほど酷い有様になっていく。 “プラットフォーム”は最下層まで到達すると上昇するが、高速すぎて飛び乗ることは不可能だった。1ヶ月が経つと部屋の住人2人は階層が変更される。

部屋替えによってゴレンは骨の1本すら残らない171階層に送られてしまう。同室者に拘束されたゴレンは、非常食として太ももを切り取られそうになるが、逆に同室者が殺害され、その死体に群がる虫で飢えを凌ぐ。

最下層が250層だと予想したゴレンは“穴”のルールを変えるため、武器を持って“プラットフォーム”に乗り、下りていった。

予想を超えて到達した333層には幼い少女が息を潜めて隠れていた。

333層の下は明かりのない巨大な空洞で、そこが“穴”の最下層だった。ゴレンが“プラットフォーム”を降り、“メッセージ”として上っていく少女を見送ったところで物語は終わる。」

 

要すれば、牢屋の話ということである。

その牢屋は、2人の相部屋で、ど真ん中が四角くぶちぬかれた穴になっており、ここに食い物を乗せた台すなわちプラットフォームが上の階から下の階まで下りていくという設定である。

https://note.com/maro4716/n/n06e6fe18866b
 

https://www.filmaffinity.com/ve/film675103.html
 

 

この設定をみれば、この映画が現代社会の戯曲化だということが一発で分かってしまうと思います。

「食い物(金)」が上流階級から順に食い荒らされて、下層の住民は文字通り飢え死に。

スペイン人が作った映画らしく、カラっと明るい比喩ですねえ。

 

さて、特に産業革命このかた、世界中で資本主義批判が展開されてきました。

有名なのに、下の絵画があります。

https://sekainorekisi.com/glossary/%E8%B3%87%E6%9C%AC%E4%B8%BB%E7%BE%A9/
 

 

上の絵では、一番上にお金の詰まった袋が描いてありますが、映画の方はこれが「プラットフォームいっぱいのごちそう」ということである。

上の絵(1911年)から今日(映画)まで、どのような変遷があったかというと。

1900年代初頭は、王侯貴族や僧侶、労働者階級と社会階層が分けられており。経済以前にそもそも身分による差別が公然と存在していた。お金は上の階層から下の階層まで順次中抜きじゃなかった間引きされてゆき。最下層は、他の階層に比べても著しく悲惨な状況になっていた。

現在は「一億総中流」ですが、実態はやれマス層だ、やれアッパーマスだと、映画でいえば「0階」から「333階」まで身の毛のよだつ「機会の格差」をもがき苦しんで上下している。王侯貴族は、いることはいるけど希少種になり、ほとんどは「中流」と見えて実態はすなわち一番下の労働者層なのである。くどいけれど、上から下まで、社会的には同じ下層階層に属する現代人が、物理的に生存を左右する、垂直配置のセルに不作為に放り込まれ、一か月ごとにこれも不作為にシャッフルされるという設定になっている。

このへんで、この映画から感知することのできる現代社会の恐ろしいからくりが明らかにできると思います。

つまり、1900年当時は「上流階級から搾取される貧困層」だったものが、現在では「一般市民同士で互いに搾取し合う」に転換されてしまっていたのだった。

救いようがないですねえ。めでたくなしめでたくなし。

というところで、映画は終わってしまいました。ははは

何がはははだ!こんなおちもへったくれもない終わり方をする気か!ボコるぞ猫機長!

いやいや、ちゃんと映画の方でも「資本主義の歪みをどうぶち破るか」を提示する続編を作っていたんですよ。

https://psy.su/feed/6036/

Preço do boi gordo, bezerro, milho e soja em julho, de 2018 a 2024


 

 

というわけで、「プラットフォーム2」です。

牢屋の管理者は、囚人たちの階層は不作為に毎月シャッフルするという規則の他にも、破ったら抹殺だ!という恐ろしい規則を多々作っており。

例えば「宵越しの金は持ってはならない」じゃなかった「食べものをしまっておいて後で食べようとしてはならない」というのがあり、それをやろうとすると、たちまち牢屋がすさまじい高温になり、黒焦げにされるか、その逆に凍り付いて凍死か、という、黒電話頭野郎も真っ青の無慈悲な鉄槌が下されてしまうのでした。

いっぽうで、囚人同士で食い物を奪い合おうが56しあおうが、その辺は管理者側は気にもかけないのだった。

この点に気づいた囚人たちが、「プラットフォーム2」ですべての囚人が生き残れる妙案を思いつき。

念のため、「プラットフォーム2」の方が「プラットフォーム」より時系列では前、昔の話なのですが、こんがらかるのでそこは不問にしておきます。

さて。

そもそも、プラットフォームに乗っている食べ物は、囚人の一人一人が管理者側に要望したものが載せられてきている。

つまり、囚人全員分の食糧が載せられており、一人一人が自分の要望したものを食べて、ほかの人のものを荒らさなければ、自動的に全員にいきわたることになっていたのだった。

ははは

このことに気づいたグループが「ロイヤリスト」を結成し。ダギン・バビというリーダーのもと「自分の食べ物だけを食べましょう」という規則を囚人全員に徹底させようと行動を開始。

富農による寡占を排斥したコルホーズ(集団農業)推進のポスター。パブリックドメイン
 

 

こうして、みんな平等に自分の分け前にありつき、みんなが共生できる社会ができました、とはならず。

約束破りが続発。

「同士諸君!規則を破る不穏分子は処刑だ!」「規則(正義)のためなら、女子供もぶち56せー!」と、黒電話頭の野郎も戦慄するような恐怖政治に転換し。

映画では、「バルバリアン」という反乱勢力があらわれ、血で血を洗う抗争に発展し、無政府状態に学戻りしてしまいます。

要すれば、資本主義のゆがみをコミュニズムで解決はできませんよ、という、人類が血まみれの歴史で得た教訓が、スペイン映画らしくカラっと明るく提示されていて、安堵しました。

映画自体は、やっぱりどうとでも取れる終わり方をしており、だからどうなの?という感想になってしまいますが、そんなことより、映画が明示した恐ろしい「資本主義のゆがみ」について、「このまま目を背けていたら死ぬかも?」というメッセージが重要であると理解。

コミュニズムが解決できないなら、どうすればいいのか?

もう一度、映画における「階層」の画像を掲載します。

 

 

あたかも、無数の階層があるように見えますが、その実は「社畜」というただ一つの「社会層」が「333階の牢獄」の中で互いにつぶし合っているだけだった。

つぶし合いしかない牢獄が唯一の世界だと思っているから、いつまでも牢獄につながれた生活になってしまうのです。

要すれば、牢屋なんて脱出すればいいだけの話なのであった。

狂ったか猫機長?脱出なんてできるわけないじゃね?

いやいや、映画では脱出不可能ですが、現実世界では「経済的自由」というものを達成することができるのです。

映画では、お上から降ろされてくる食い物を必死になって食つなぐ生活であり、現代人も会社だの社長(お客様も含め)だのからお恵み頂く給与とかで食いつないでいますが、働いて、その報酬をいただくという人生がすべてだと思うから「食い物すなわち労働所得」に依存し脱出できない「無期懲役(生涯現役)」になってしまうのです。

映画の囚人たちは、プラットフォームの食糧に生死を握られていましたが、現実世界の我々は労働所得以外の「不労所得」によって自由を得ることが可能です。

3000字越えで終了。最後はかなり強引になってしまいましたが、本稿に出会った皆様は、楽しくてためになるHP「アーリーリタイア・軽飛行機で空を飛ぶ」を熟読いただき、経済的自由を達成されんことを願っています。ははは

ではでは

 

 

Posted by 猫機長
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ハンプ越えのお話

今回は、基本以下のリンクからの情報をもとに、いろいろなソースからの情報を加えて記載しています。

http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/200507/zhuanwen40.htm

https://www.szkganz.seesaa.net/article/431864155.html

画像は特に出典の明記していないもの(というかほとんど)はこちらからお借りしました。

https://hk.aboluowang.com/2015/0531/564212.html

 

 

1942年、日本軍はビルマを占領し、援蒋ルートすなわちビルマ公路が封鎖され。米英物資援助の道を文字通り閉ざされた中国は、ついに日本に降伏か?の瀬戸際に。

日本人と中国人が殺しあうことで大儲けしていたアメリカ等は、それじゃおいしくないねえ。何とか戦争を継続させよう、と画策し。

でも、インドやビルマを通じた中国への補給は、ヒマラヤ山脈や砂漠、ジャングルなどありとあらゆる障害の中を何とか通れるよう、ビルマ公路を整備していたのに、ジャップによって封鎖されてしまった以上は、空を飛んで持っていくしかないじゃん、ははは、なんてあきらめかけたところで、あれそういえば輸送機っていうのがあるよね、と思い至り。

2025年の現在こそ、世界中でジェット旅客機が飛び回っていますが、当時はまだまだ馬車や牛車の時代であり(冗談ではなく、零戦は工場での組み立てが終わったら、牛車、あるいはペルシュロン馬車で、もよりの空港まで運んでいた)。航空輸送なんて夢のまた夢、だったのです。

しかし、アメリカではDC3の登場で大量航空輸送の先駆けみたいなのは生まれれ始めており。

東洋人たちの殺し合いを継続させるための物資輸送で、アメリカ人や中国人の若者をモルモットにして、大量航空輸送の実験をしてみようということになった。

こうして「ハンプ越え」が生まれました。ハンプというのはラクダのこぶのことであり、中国では「駝峰航線」と言っています。

 

 

この航空路は全長800キロ余り。当初は「北線」と「南線」がありましたが、日本軍の侵攻にともない北線のみとなりました。ディンジャン―プータオ(ビルマ)―雲竜(雲南省大理)―雲南駅(大理州祥雲県)―昆明と結び、天気によっては、ディンジャンからプータオ、麗江(雲南省)を経て昆明を結ぶときもあった。

フライトの一例としてはこういう記録があり

「ブラマプトラ渓谷の谷底はチャブアで海抜90フィート(27メートル)にある。この標高から、渓谷を囲む山壁は急速に標高10,000フィート(3,000メートル)以上まで上昇する。谷から東へ飛行したパイロットは、まずパトカイ山脈を越え、次に東側を標高14,000フィート(4,300メートル)の尾根、クモン山脈で区切られたチンドウィン川上流域を通過した。その後、西イラワジ川、東イラワジ川、サルウィン川、メコン川の渓谷に隔てられた標高14,000~16,000フィート(4,300~4,900メートル)の尾根を次々と越えた。この雄大な山々全体と、それを横切る航空路にその名を与えた主要な「こぶ」は、サルウィン川とメコン川の間にある標高15,000フィート(4,600メートル)にも及ぶサンツン山脈である。メコン川の東側では地形は明らかに緩やかになり、昆明飛行場(標高6,200フィート(1,900メートル))に近づくにつれて標高差も緩やかになる。」

ハンプ越えに使用された中国航空公司の輸送機と従業員
 

 

第2次大戦後に中華民国から共産政権へ移転され、五星紅旗のあるC47。https://www.jetphotos.com/photo/8787305
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E8%88%AA%E7%A9%BA%E9%9B%86%E5%9B%A3
 

 

距離的に言えば、東京から京都へ行って帰ってくるくらいで、それほど遠いというわけでもないのですが、「ハンプ」を構成する山脈がそびえたつ壁となって航路を阻み。1943年12月1日から1945年8月31日の間に東行きに156,977回飛行し(つまりに西行きにも同じ回数飛行した)、この間594機の航空機が墜落などで喪失、乗員乗客合わせて1,314人が死亡した。さらに81機の航空機、345人の乗組員が行方不明となった。

1945年7月31日に残存していた飛行機の数が640機とのことですから、ほとんど半減に近い損害じゃね?正確な統計は得られていないそうですが、想像を絶する危険な路線であったことは議論の余地がないと思います。

命からがら昆明に到着したC46
 

 

「らくだのこぶ」なんて一見のどかですが、ヒマラヤ山脈の峰々は、6,000mを超えるものが多数あり、最も高い地点では8,000mに迫るものもあった。このため、輸送機は「山岳地帯を越えるのに十分な高度に到達できず、迷路のようなヒマラヤの峠を通る非常に危険なルートを余儀なくされた」。

気象上も本来輸送機がのこのこ入っていくような場所ではなく。

「ルートは、ヒマラヤ山脈の存在によってかき混ぜられ、混ざり合った3つのユーラシア気団の真ん中に位置していた。南のインド洋からの湿った暖かい空気が高気圧を生み出して北に吹き荒れ、一方でシベリアからの冷たい乾燥した空気は南下した。これらの低気圧と高気圧は極端で、猛烈な風を生み出した。その風が世界最高峰の山脈という動かぬ塊にぶつかると、驚くべきスピードで上昇し、その後冷えてから恐ろしいドラフトとなって下降し、飛行機を驚異的な降下率で地上へと投げ飛ばした。雲塊内の乱気流は激しく、パイロットは突風でひっくり返されたと報告したが、行方不明になったために何も報告できなかったパイロットも多かった。」

夜間飛行に備えるC46
 

 

いろいろな輸送機が投入されましたが、C47(DC3)はもともと貨物機というより旅客機であり、重い貨物を載せたら床が抜けちゃう、みたいなのがあったため、主力として一回り大きなC46(貨物搭載量3.5トン。C47は1.5トン)が使用されました。

といっても、理想とは程遠く。「頻繁に機械的な故障に見舞われた(燃料漏れが翼付け根に溜まって爆発の危険となる傾向があった)。そのため「ダンボ」や「配管工の悪夢」、「空飛ぶ棺桶」といった不名誉なあだ名が付けられた。運用開始から5ヶ月で、C-46の20%が墜落した。1943年秋までスペアパーツが不足し、最初に送られた68機のC-46のうち26機が使用不能になった。」

「作業員たちは、1頭の象が12人以上の作業員が担う石油ドラム缶の運搬に相当することを発見した。」
 

 

とあり。B24 ベースのC87はデイビス翼によって「向かい風や横風の影響を大幅に軽減できる速度、ほとんどの気象前線を乗り越えられる実用上昇限度、そして乗組員が順風を追いかける「圧力前線」パターンで飛行できる航続距離など」はあったものの「4発エンジンにもかかわらず上昇が悪く、悪天候での飛行には不十分で、山岳地帯での軽度の着氷に遭遇しただけでも制御不能に陥る傾向があった。」そしてC54(DC4)は高空性能が足りず、輸送の主力にはなれなかったらしい。

荒れ狂う山岳航路でも、晴れてかつ気流の穏やかな日もあったらしい。

「晴れた日は、墜落した航空機の破片の反射する光に沿って飛行できるほどだったという。パイロットたちは戦友の航空機の残骸が散っている山谷を「アルミの谷」と呼んだ。このように非常に険しい路線だったので「駝峰航線」は「死亡航線」とも称された。」

「死亡航線」を生き延びた中国パイロット。陳文寛氏
 

 

そんな決死の輸送で墜落しても、「1,200人の乗組員が救助されるか、自力で基地まで歩いて帰還」したというからおどろき。専門の救助部隊も結成され、「救助活動のために2機のC-47と数機のL-5連絡機が割り当てられた。墜落現場にパラシュート降下して負傷した乗組員を救助するボランティアの衛生兵を募集」という記載もあり、人命救助にどこまで役立ったかはともかくこうした体制がとられたのは特筆すべきと考えます。

ビルマ公路での輸送量が1か月あたり1万トンとの記録があり。1939年から1942年までの3年で36万トンとなります。ハンプ越えでは1942年から1945年の3年間で65万トンという驚異的な数値を達成しました。

ところで。

この投稿の情報収集をしていた時に、とある国際郵便の写真が出てきました。

出典:「― GANさんの日本郵便史リサーチ ―」
 

なんと1943年、中国からアメリカ(成都-重慶-カルカッタ-カイロ-ラゴス(ナイジェリア)-ブラジル-トリニダード-マイアミ)へあてた手紙なのである。

重慶からカルカッタまではハンプ越えルートを経由したらしい。なんとか墜落せずに宛先に届いたという、奇跡の一枚ですねー

どんな内容の手紙だったのだろう。

「崎陽軒のシュウマイが高くなりました。いつか”でづにーらんど”というところに行ってみたいです」なんて書いてあったのかもしれませんね。

中華民国空軍のC46 https://www.airhistory.net/photo/586048/478627
 

蛇足です。C46は戦後日本でも使用されました


 

 

ではでは

Posted by 猫機長