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短距離ランナーがマラソン走者になった話

飛行機マニアなら「スピットファイア」という言葉はご存じと思います。

「英国の戦い」でドイツのメッサーシュミットBf109戦闘機をやっつけてドイツ軍の怒涛の進撃をくいとめ。英国がドイツに占領されずに生き残る上で決定的な貢献をした殊勲の戦闘機です。

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でも、実は空戦そのものはメッサ―と一進一退だったらしい。

メッサ―を追い払ったように見えて、実はメッサ―の方で燃料切れになり、お家に帰らなきゃ。。。と退散していったので、いかにも「制空権を確保しました」というふうになった。

この当時、ヨーロッパの戦闘機は軒並み航続力が少なく。大陸内で飛んでいるうちは、燃料切れになっても、彼我入り乱れた前線のそこかしこに味方の補給施設もあったので、存分に空戦して、燃料切れになったらそのへんに降りましょう、ですんでいた。

太平洋のぽつねんとした島々を飛んでいた零戦とかとえらい違いですねーちなみに、零戦乗りが一番ほめるのが格闘性能でもスピードでもなく「安心していって帰ることのできる航続力」だったそうです。

零戦の偉大さがここに明確となります。元来、3000キロなんて航続距離を得るためには、燃料積みすぎとなって直線飛行もままならないはずなのに、満タンでも米英の新鋭機と互角に格闘するという狂った戦闘機になっています。要すればマラソンランナーなのに短距離選手の瞬発力も併せ持つバケモノでした。(バケモノになれた悲しい理由はこちら→グラマンと零戦)

代わって、スピットやメッサ―は、航続距離は925キロくらいしかなく。そのぶん機体、エンジンに振り分けることができて、これ以上ない俊敏な短距離選手になりました。

さて、英国の戦いではドーバー海峡が大陸と英国の間に横たわっており。直線距離で34キロと、短いようでいてその先は敵地であり。この時押せ押せで英国領空に殴り込んでいたドイツ機は、被弾しようがどうなろうがこの海峡を飛び越えないとそこで終了となってしまうので、勝っていても途中で背を向けて帰るしかなくなり。

スピットの方は文字通り自分の家の庭で戦っていたので、よゆうよゆう!でした。

連合軍戦闘機の行動半径の増加 http://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU5/bomb3.htm
 

 

こうして、防空戦では大活躍したスピットですが、攻める方になるとやっぱりからきしダメになり。長距離爆撃機についていくことができず、戦闘以前にそもそも戦場そのものに到達できずに、丸腰になったB17など爆撃機が大被害を受けることになってしまいました。

でも、戦闘機としての性能は申し分ないので、英国人はいろいろ考え。

「そうだベルリンに行こう」ということになりました。

その距離960キロ。八丈島から「そうだ京都に行こう(806キロ)」というのとまあまあ似たような距離である。

でも、これってスピットの最大航続距離じゃん?ベルリンまでいけないことはないけれど、そこでエンコだよ?

そこはイギリス人で、いろいろやって、航続距離を倍増した、スピットの長距離偵察型を作り上げてしまったのでした。

まずは、重量物を廃棄した。

敵と会っても、正面からドンパチではなく、逃げるが勝ちだ!が任務なので、重たい防弾装置や、機銃などはぜんぶ下ろしてしまった。

この結果、偵察型スピットの風防はすっきりというかのっぺりというかになり。

通常型の風防(上)https://togetter.com/li/1146070 と偵察型(下)https://ammonaitoh.blog.fc2.com/blog-entry-841.html の風防
 

機銃を取っ払ってスペースができた主翼の前縁の先っちょから胴体との接合まで全部燃料タンクを増設した。

機銃がなくなってすっきりした主翼前縁 http://blog.livedoor.jp/hyamagu3/archives/52270196.html
 

 

 

これだけで航続距離は倍増し、2254キロまで伸ばすことができたらしい。零戦の3350キロよりまだ少ないけれど。。。

それでも気が済まず、主翼下胴体中央に半月型の増設タンクを設置。

https://www.webmodelers.com/202308Kotobuki.html
 

 

一方、無理やり航続距離を倍以上にしたため、油温や油圧がやばくならね?とオイルタンク容量も増大しなければならなくなった。

この結果、スマートな曲線を描いていた機首下部のラインが、なんかぼっこりしたさえないデザインになってしまった。

https://ammonaitoh.blog.fc2.com/blog-entry-841.html
 

 

さらに、重量のバランスをとるためか微妙に尾部を延長し、垂直尾翼の形もへんなとんがり気味のかんじに変更。

https://majo44.sakura.ne.jp/planes/spit9/10.html
 

 

のっぺりした風防とあいまって、なんかスピットにしてはぼてっとした、痩せてるけどやぼったいスタイルになってしまいました。きっとケイト・ベッキンセイルが化粧を落としたらこんな感じになるんだろうなあ。

ケイト・ベッキンセイル https://www.cc9.ne.jp/~yokota/yoko-index.html
 

 

ところで、胴体下面に穴が開いていますが、これはうんちやお◎っこが出るのではなくて、写真機のレンズ穴なのでした。偵察機ですから。。。

https://www.webmodelers.com/202308Kotobuki.html
 

 

ちなみに、この写真を見て、子猫のおしりぽんぽんを思い浮かべるのはぼくだけでしょうか。生後間もない子猫は、まだ腹筋だのが弱すぎて自分でお◎っこやうんちができないので、母猫がなめなめ、あるいは飼い主さんがティッシュでそこをぽんぽん、と刺激して排出促進しなければならないのですよね。。。


 

 

 

もともと戦闘機なので運動性は抜群。でも燃料いっぱいに写真機、丸腰じゃあ、メッサ―相手に心もとないよねー、ということで、どうエンジンをいじったか、高空性能も充実させることができ。

でも、そのままだとパイロットが凍死・窒息死してしまうので、操縦席を与圧式にした。

このため、風防はねじ止めにして、むりやり圧力差で吹き飛ばないようにするなど、パイロットから見れば恐怖でしかない細工がなされ。でも、与圧なしで1万メートルまで上昇し、お◎んちんが凍っちゃうよりましか、と文句は出なかったようです。

こうして完成した偵察型スピットは、ダムバスター作戦のために重要な情報とかをすっぱ抜いて活躍しました。「遠すぎた橋」で有名なマーケットガーデン作戦(連合軍のオランダ奪還)でも情報収集に活躍したらしい。

動画Spitfire over Berlin https://www.youtube.com/watch?v=ljqPi-aVh8M
 

 

メッサ―の長距離型がロンドンまでお使いに、というのはできなかったようで、米英の飛行機がいかに余裕を持って作られていたかを示すエピソードでもありますねー

偵察型スピットは塗装もPRUブルーとかいうふしぎな色に塗られ、空に溶け込むようにして低視認性を達成していたらしい。でも、模型とか見ると、白黒の「インバージョンストライプ」が入っていて、一目で「あ、あそこに飛んでる」とわかっちゃうという、残念な塗装になっています。

与圧も実はあまりうまく作動しなかったが、幸いエンジンの熱がコクピットにつたわり、酸素はともかく、わりかし快適だったという情報もあり。

スピットのくせに遠出ができる不思議な偵察機。イギリスらしい飛行機のお話でした。

 

ではでは

Posted by 猫機長
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プロペラとジェット:輸送機の秘密

最初は鳥をまねて羽ばたき機を作ろうとしていた人類が、推力と揚力を分離することに気がついた時、飛行機の発明が具体的に可能になりました。

鳥の場合は、羽ばたく過程で巧みに羽毛や翼の角度を変化させて、推力と揚力をすべて翼で得ていますが、人間の作る翼では、少なくとも黎明期ではそんなおつなまねは不可能であり。

なんとか揚力だけでも、、、という翼は作ることができた。

でも、推力がないので、リリエンタールみたいにグライダーしか作ることができず。

リリエンタールのグライダー https://www.mozaweb.com/ja/Extra-3D-_-4053
 

しかし、折よく軽いガソリンエンジンが発明され。当時の流体力学ですでに実用化されていたスクリューの理論を応用したか、プロペラもしゃもじみたいなのから次第に本格的なものに発達しました。

黎明期のプロペラ (14Bis)https://lh3.googleusercontent.com/proxy/kTUExKr95XwdInR3Ql90XMA-w20AnamWnajJuvGjRMTRRwYAQLSlXdomjp6jQwhLd8C9fshzAmh-MXrfLgLNTnk8-ABMfgFQ4p72JMcgyAL8gbIc1kDeh7dj5EKPq_fgwsPCp0QPwlJqfgnW9utLTw
 

こうして、黎明期の1906年から第二次大戦直後の1946年まで、実に40年の長きにわたってプロペラが飛行機の推力を担う事実上唯一の装置として活躍。この記事を書いているのが2024年ですから、ざっと飛行機の歴史120年の3分の一の時代がプロペラ機の時代だったといえますねー

さて、サントスヂュモンの14Bisで、何とか地上を離れてまっすぐ飛行できたよ!だった飛行機が、P51では高度1万メートルを時速700キロでかっ飛ばすようになり。

でも、課題が発生。

推力を出すにはプロペラを速く回したい。でも速すぎると、プロペラ先端の速度がマッハを超えてしまい、衝撃波が発生して急に効率が落ちてしまう現象が明らかになり。

プロペラ機では時速700キロが限界だということがわかってきた。

そこで、プロペラ以外の推力発生方法、すなわち「噴進式」のエンジンを各国が血眼になって開発した結果、例によってドイツが世界初のジェット戦闘機を生みだしました。

アメリカ人がダンスを踊り狂って楽しんでいるとき、必死になってジェット機を開発したドイツ人。
かわいそうに。。。(PIXABAY無料画像)

 

その成果はソ連人やアメリカ人にさらわれ、現代ではジェット旅客機の全盛時代になっています。

速度性能、高空性能に優れるジェットエンジンは、乱気流の少ない一万メートル以上の空を高速で飛ぶのに適しており、きょうび戦闘機からジャンボジェット、さらには小さなビジネスジェットまでその名の通りジェット機。かわいそうな貧乏人が乗る軽飛行機を除いて、あらゆる飛行機がすべてジェット機である。

とは、なっていなかったりします。

ぼくは貧乏人なので、プロペラ軽飛行機に乗っています
 

 

というか、いまだプロペラ機ばかりの部門というか機種というのも複数あったりするのです。

その最たるものが「輸送機」

もちろんジェット輸送機もある。その一例が日本の川崎C1です。

C1。なぜ日本の飛行機は運動性能にこだわるのだろうか?https://www.busnoru.jp/tour/airshow/aircraft/c1.html
 

1973年から運用開始。1983年までがんばり、後継機とバトンタッチしました(まだ飛んでいるのもある)。

さてその後継機ですが、国産では作れず(技術というより経費の問題だったらしい。この辺はWikipediaなどご参照)、アメリカのC130Hが導入になった。

C130 https://www.busnoru.jp/tour/airshow/aircraft/c130.html
 

プロペラ機じゃん?退化か?

いやいや、決して黒い霧がその辺を覆っただの、政治的ななんとかではなく、技術的に妥当な理由でジェット機からプロペラ機になったのです。

その決め手は「離着陸性能」

ジェットエンジンは、はっきり言って離陸滑走での加速がとろすぎる。

ふだんプロペラ軽飛行機で離陸するときは、せいぜい170メートルもあればふわりとエアボーンしますが、ボーイング737になると1660メートルだそうで、じっさい乗客として737だのエアバスに乗ったとき、とろとろと走り出し、なんか一向にスピードが出ないまま、左右に尻を振りながらどんどん窓の外の滑走路が過ぎ去ってゆき。オーバーランか?の恐怖の一瞬に、やっとぎゅーんと機首上げして、ガタガタガタ、ブルブルブルと乱気流出しまくりながらエアボーンと、毎回おののいています。

軽飛行機とジェット旅客機を比較してどうする?

という人に、プロペラ機のC130は1091メートル。C1は600メートルで離陸できるらしいが、重さが違いすぎる(C1の離陸重量40トンに比べてC130は70トン。737はやっぱり70トン)ので、比較対象にはしませんでした。

C1みたいに、STOL性能を工夫すれば、離陸距離を短くすることができることはできるが、ジェット機では特有のさらにやばい課題が発生し。

それが「FOD」

foreign object debris、すなわち「滑走路上の異物」。石ころや砂塵、インスタントラーメンの袋とか、要すればタービンに損傷を与えうるすべての物質の総称です。意外と火山灰がジェットエンジンに重大な故障をもたらすらしい。

FODスイーパー(上)https://www.airport-technology.com/sponsored/preventing-fod-top-measures-for-keeping-airport-operating-areas-safe-and-fully-operational/
スイーパーに名たまった異物(下)https://airportimprovement.com/article/prevention-figures-prominently-fod-program-memphis-int-l
 

 

C1の場合は、不整地着陸はできないことはないが、近隣国への配慮もあり日本国内つまり舗装された滑走路での使用が前提との理解で、最近開発されたC2ジェット輸送機も、非整地着陸するのか?できるのか?とか話題になっています。つまりはFODについても、C1はふつーのジェット機と同じくらいの耐性ですんだが、平和維持活動だので海外に出ていくことになるとそうもいかなくなり。

道なき道に着陸、とまではいかなくとも、実際のところ途上国の得体の知れない滑走路に強行着陸を余儀なくされる場面が増えてくると、やっぱりプロペラ機でないと。。。というのがあるのかと「推定いたします」。ははは

ジェットエンジンなんて一種の掃除機ですからねー地ならしした程度で土がむき出しの滑走路で何回も離着陸したら、たちまちエンジンにガタが来てしまいそうな気がします。

コンテナを吸い込んでしまった例 https://blog.bianch.com.br/entenda-os-riscos-do-fod/
 

 

プロペラにとっても砂塵などの粒子は大敵ですが、ジェットに比べれば数段ましである。

 

 

輸送機と共に、プロペラ機の方がいいじゃね、というのが「飛行艇」

こちらもやはり離水、着水性能が関わり。

離陸の場合、飛行機が受ける抵抗は主に主車輪が地面に引っ張られる力ですが、言い換えれば、主車輪という複数の「ころ」で摩擦は極限まで軽減されており。前車輪(補助輪)については、滑走途上から機首上げで摩擦・抵抗を軽減できるし、そうしないと脆弱な補助輪は「ぽき」とか折れちゃうので、飛行機の主な重量、摩擦を引き受けるのは主車輪となっています。

これが飛行艇の場合、機体の腹全体がざんぶと水の中ですから、離水の時の抵抗は離陸と比べ物にならず。水というものは、機体との接地面において粘着して「のり」みたいになってしまうそうで、飛行艇などの下面胴体は段差をつけたりして、一刻も早く水から放そうという構造になっています。

ステップの一例amazon.co.jp/スペシャルホビー-SH72162-72-ショート-サンダーランドMk-Ⅴ/dp/B07R682D3P
 

 

こうなると、やはり離陸時(超低速・低速時)の加速に優れるプロペラの方がよい。

さらに、水の飛沫というのは恐ろしい打撃を機体に与えるもので、ジェットエンジンが飛沫を吸い込んだら大変になってしまう。

プロペラも飛沫の打撃でひんまがっちゃった、あわてて停止だ、ということもあるようですが、やっぱりジェットエンジンよりましということらしい。

 

 

もうひとつプロペラ機に適しているのが「哨戒機」

こちらは、潜水艦を追い払うのがお仕事であり、そのためには、いかに長時間、潜水艦の相手をできる速度で滞空し、どれだけ広い範囲をカバーできるかが重要となり。

やはり燃料効率のいいプロペラ機のほうがぐあいがよかった。ということで、哨戒機大国の日本では、4発プロペラのP1哨戒機が一時期は100機近く飛んでいたらしい。

P3C哨戒機。https://www.khi.co.jp/mobility/aero/aircraft/p_3c.html
 

 

よかった、と過去形にしたのは、きょうび日本ではP2というジェット機、アメリカではボーイング747を改修したP8哨戒機に代替されつつあるからです。これは、ジェット機だとフツーの旅客機の飛ぶ航空路を使用でき、最速で哨戒区域に到達できることや、ジェットエンジンでも低速巡行の能力が向上したなどがあるらしい。輸送機も同様の理由でジェット化しつつあるようですね。

 

一方、離れ島だのの設備の整わない小さな空港に降りる飛行機は、輸送機、旅客機とわずいまだにプロペラ機も健在です。

やっぱり飛行機はプロペラ機じゃなきゃ。。。
https://slideplayer.com.br/slide/5058944/#google_vignette
 

 

ではでは。。。

 

 

 

 

Posted by 猫機長
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YS11のお話

1952年。サンフランシスコ講和条約で、再び独立国となった日本は、それまでGHQつまりアメリカに禁止されていたもろもろの行いができるようになり。竹刀競技から剣道にもどったり、「紅白音楽試合」が「紅白歌合戦」になったりしました。そこかしこに自由に日の丸を掲げることができるようになり、鉄道からも「連合軍専用客車」がなくなった。

撓競技。https://www.vrticmazavalpovo.hr/goods/488266299.phtml
 

 

そんななかで、当時の人々が思いついたのが「そうだ飛行機を作ろう」

折から朝鮮動乱で日本の産業界は奇跡の復活をとげつつあり。

米軍のジープやトランジスタラジオの修理などから始まり、1955年にはT33だのF86だのと言った当時の再先端の飛行機をライセンス生産するまでになっていた。

日本の国内輸送で飛行機が復活し始め。日ぺり航空だのいろいろな航空会社がGHQの肝いりで生まれ、アメリカ人パイロットから少しづつ日本人パイロットへの転換も始まり。

でも、使っている飛行機はDC3とかコンベアとか、外国機のお仕着せであり、なんか身の丈に合わない洋服を着せられているみたいな感じだった。

日本でもそろそろ双発輸送機作ることができなくね?

Wikipediaによれば「商品サイクルの長い輸送機の開発生産に取り組ませることで、その産業基盤を安定させ」「国内線の航空輸送を外国機に頼らず、さらに海外に輸出して、日本の国際収支(外貨獲得)に貢献する」ために、国産機を開発しようじゃん、ということになりました。

と言って、ことはそう簡単でもなく。

B29の例が雄弁に物語るように、戦後の旅客機は、長距離戦略爆撃で培われた高高度における与圧などの技術や、ひっきりになしに空港に離着陸する無数の旅客機をさばく航空管制など、要するに戦中、一式陸攻ののぞき窓から海面の波の光を見て進路を確定した(カンで決めた)というのとは別世界になっており。

それでも、零戦の生みの親である堀越さんとか、飛燕の土井さん、二式大型飛行艇の菊原さん、航研長距離期機の木村さん、すなわち「5人のサムライ」が寄ってたかって何とか設計図を作り上げた。

当時の代表作「七人の侍」。時代ですねえ http://toichiwriter.blog.fc2.com/blog-entry-59.html
 

 

さすがにエンジンの自作はあきらめ、イギリス製のターボプロップを採用。ぱっと見は何となく星型エンジンちっくでかっこよかったのですが、性能がちょっと。。。。ということが後になって課題になってきます。

http://komakikiti.seesaa.net/article/473829284.html
 

 

当初は横列5席のシートにしたかったが、それだと大きくなりすぎて日本の地方空港に着陸できないじゃん、と横4列に縮小したとか、いかにも日本的な理由で大きさとかが決定されてゆき。

それでもちゃんと気象レーダーや無線機も積んで、でも機内の収容棚は電車の網棚か?というなかなかおつな機体となってゆき。

https://trafficnews.jp/photo/101644
 

 

このクラスの輸送機は、コンベアやDC3と言った低翼型、フレンドシップや後年のATRみたいな高翼型が混在していますが、「水に浮くから」という理由で低翼にしたのはいかにも島国ですねー

*もちろん、整備性とか他にも理由があります

操縦席の風防は、バードストライクなどを考慮して、なるべく面積を小さくしたいが、小さすぎると視界が悪くなってしまう。というわけでDC3などではかなり切り立った感じになっていますが、こんにちの787とかでは、機首と段差がないくらい寝かせた感じに変化しています。これはガラス関連の技術が進化して、衝撃に強いだけでなく、曲面に整形しても視界がゆがまなくなったとか、雨の時にワイパーなしでも水滴を吹き飛ばせるようになったというのもあるらしい。

上:DC3(https://www.flightaware.com/photos/view/886716-78c9601ede151919592a6afe0d45e400beb84c88/all/sort/date/page/1/size/fullsize)と
下:787(https://www.flickr.com/photos/vstpic/32848668268)の機首
 

 

YS11は、当初は787ちっくのものを考えたが、ガラス面の重量が大きくなりすぎたらしく。でも傾斜自体は変えたくなかった(DC3みたいな切り立ったのにはしたくなかった)ので、風防の角度はそのまま位置を少し後退させてみたが、今度はパイロットの頭に天井が迫るような窮屈なものになってしまい。

_pdf (jst.go.jp)
 

 

 

結局、当初案よりも風防を切り立つように変えて、天井の高さも確保し。みなさんおなじみの、のぼーとしたYS11の面がまえができました。

のぼーというのは、737等の絞り込まれたナセルや風防に比べると大味ですね、という意味ですが、人力操縦式だったYS11は、操縦桿のストロークを大きくとる必要があり、スペース確保のために計器盤を前方に押しやる必要が生じたため、シュッと絞り込んだ機首にできず、のぼーと膨らんだのになってしまいました。

YS11。https://cv880jet.exblog.jp/6532443/
 

 

737. https://www.istockphoto.com/br/foto/boeing-737-nariz-close-up-gm138066160-19060235
 

 

あと、ターボプロップの宿命かもしれんが、主翼前縁と主脚との距離が長くなりすぎて、着陸の時にエンジンナセルをへし折ろうとする荷重が8G以上になってしまい、エンジン支持架の設計にも苦労したらしい。

_pdf (jst.go.jp)
 

 

1962年8月に初飛行。でも「空力特性が悪いため、横方向への安定不足は特に深刻で、プロペラ後流によって右方向へ異常な力が働き、全ての舵も効きが悪く、操縦性は最悪の癖を抱え、試験中にきりもみを起こして墜落の危機に直面することもあった(Wikipedia)」というさんざんなことに。

主翼の上反角をいじってみようということになり。4度ちょっとから6度ちょっとに増加させるため、主翼の付け根に切り込みを入れ、くさびたいなのをつけ足すという、模型飛行機か?みたいな改修をしたら、安定するようになったそうです。このへんは「五人の侍」はじめ戦中からの技術知識や決断力が生きていたのですねー

陸攻乗りをもしのぐカンがあったのかもしれん。

ターボプロップの長大なプロペラは、プロペラ後流などの悪さも最悪で、こちらは「三味線バチ」という整流フィレットをエンジンナセル後部に張り出すことで解決。

三味線バチ https://x.com/aeromuseum3416/status/1798988266810888571/photo/3
 

 

主翼と胴体のつなぎ目でもやばい乱気流が発生していることがわかり、この部分のフィレットを大型化した。紫電の「干しバナナ」みたいにならないで済んだようですが

紫電の「干しバナナ」https://sigdesig.hatenablog.com/entry/2020/11/27/173142
 

 

ちょっと脱線ですが、巨大すぎるプロペラでやばいことになったF4Uは、右主翼に三角形の突起(スポイラー)をつけ、失速しそうになったらこのスポイラーが乱気流を発して尾翼をたたき、パイロットに知らせるという工夫で事故が減ったらしい(https://nakagawa.gr.jp/wp-content/uploads/2021/01/p-tantei1909.pdf)。

F4U https://www.heraldnet.com/life/spoiler-alert-corsairs-contraption-solved-lift-loss-problem/
 

 

いろいろあってなんとか就航できたYS11。世界中で姿が見られるようになりました。

輸出第1号はフィリピン行きで、戦後賠償の一環だったというところが時代を感じさせます。アメリカやブラジル、ギリシャへも輸出され、総生産数は182機に達しました。

商業的には赤字になってしまいましたが、日本の旅客機が7カ国15社で運行に至ったという意味では例を見ない大成功と思います。

パイロットから見たYS11は。。。。残念ながらあまり芳しい評価は得られず。

操縦系統が重く、えいやー!とねじり鉢巻きで操縦していたといううわさもあり。乗務員や乗客にとっても居住性が悪く、騒音、振動がすごかった。

快適さはともかく、パイロットにとって冷や汗だったのが「上昇力がない」ことだったらしい。

いくらエンジンをぶん回しても全然上昇力が足らず。離陸途中でそのへんのビルのアンテナをひっかけそうになったとかいううわさも。

でも、これって機体ではなく、エンジンが問題なのですよね。。。。

もっとがんがんパワーが出て、ぐんぐん上昇できるエンジンを装着していたら。。。と思うと残念です。

一方、翼の主桁にくさびを入れるだのという荒療治をやった後は、なかなか安定して、その意味では乗りやすい機体だったらしい。

YS11の特性がよいほうに出たのが「自衛隊」。

「戦後初の旅客機だ、絶対に落ちない飛行機を作れ」と、とにかく頑丈に作られたYS11は、代わりに重くなってしまい。上記のいろいろな弊害のもととなってしまいましたが、見方を変えれば軍用機には向いているということで、輸送機、電子戦訓練機、電子偵察機、電子情報収集機、飛行試験機として、さらには海上保安庁でも長距離捜索救難機となって大活躍しました。

 

プロペラ軸が、主翼上面よりもさらに上になった、不思議なエンジン配置のYS11(プロペラ軸と主翼上面が同じくらい、というのならよくある)は、もしかしてホンダジェットの出現を予言していたのかもしれませんね。

主翼下面にプロペラ軸を合わせたバイカウント旅客機http://hikokikumo.net/His-Civ-Viscount-000.htm
 

 

主翼上面よりさらに上に離れたプロペラ軸のYS11。https://www.sankei.com/article/20240420-4WBZJXJWB5L6PHYH5GGQWBQYKY/
 

 

ではでは

Posted by 猫機長
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零戦はコピーだった:真実かデマか? (イギリス機も関与?零戦の真実)

第二次大戦で、アメリカやイギリスの飛行機をバタバタと撃墜し、有名になった零戦。当時から現在まで、日本人がそんなすごい飛行機作れるわけないじゃん?アメリカかイギリスの飛行機のコピーだよ!という意見が存在しています。

そして、なんとつい最近、「零戦は、とあるイギリス機のコピーであることが濃厚となった」という情報が飛び込んできたので、スクープします。

この情報においては、一見日本機特有とみなされる特色が、実はイギリスの某機にそっくりだったことが明らかに。

その特色とは

その①操縦席

零戦の操縦席は、欧米と比べて、機首よりで、後方の視界も大きく開けています。

F4Uと比べると一目瞭然ですが、F4Uの場合、コクピットがぐっと後ろ、そして機体に埋没したファストバックなので、視界もへったくれもなくなってしまい。着陸が危険な飛行機になってしまいました。

https://warbirdsnews.com/aviation-museum-news/planes-fame-air-museums-f4u-1a-corsair-combat-veteran.html
 

 

その逆が零戦。

https://www.sankei.com/photo/story/news/160127/sty1601270013-n1.html
 

 

なぜこうなるのかというと、これは傾向であって絶対というのではないのですが、欧米の戦闘機は、まずは操縦席を防弾装置で囲って、その前などの胴体に燃料タンクを格納し、被弾面積が大きい翼内タンクはなるべく避けたためです。

F4Uと零戦の燃料タンク配置
コルセアはhttp://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/wwf4ff4uf6f-db2.html
零戦はhttp://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/ww-612d.html
 

 

その➁運動性

上記の通り、欧米では、まず「落ちない飛行機」つまり頑丈で防弾も十分、武装も強力。速度と高空性能を重視したので、必然的に重く鈍重になり。運動性は二の次になってしまいました。零戦のように、複葉機にも迫る旋回性能というのは欧米の飛行機にはなかなかなく。

複葉機はアクロバットに優れた性能を持っており。今日でもピッツ・スペシャルなどが生産されています。(PIXABAY無料画像)
 

この①②の特性は、長く欧米で議論の的となり。

確かに防弾装備もなく、骨組みもきゃしゃで軽く作れば軽快な飛行機にはなるが、零戦ほどに洗練された運動性は、なかなか生み出せない。エンジン馬力が小さい日本の飛行機では、どこか空力設計で秘密があるはずだ。。。。。

そんな議論が続く中、とある吉日、ひょっこり、この空力デザインを決定的に洗練させた零戦のとある部分が解明され。

その場所、デザインとは。。。

「でっぱり(こぶ)」です。

なんだそりゃ?

零戦の前部風防からカウルまでのラインに注目。

機銃の上にかぶさって張り出し、風防にめり込むようになっています。


 

 

これがF4Fになると、機銃は翼内のみで、前部風防もでっぱりなんてなく、すっきりしています。

The Grumman F4F Wildcat was a Rugged, Lethal Tool for the U.S. Navy


 

 

この不思議なでっぱりについての最新情報が発見され。

「零戦の高性能は、このでっぱりによって気流が見事に整えられ、速度や空戦性能に貢献したことで達成された」

そして、

「このでっぱりは、英国のとある戦闘機からコピーしたのである」

という衝撃の情報が!

さて、その知られざる英国戦闘機とは

「ソッピース・キャメル」

https://www.aeroclip.com.br/p-9308761-Sopwith-Camel-172-%23-12447—ACADEMY
 

 

複葉戦闘機だよ?

風防そのものがないじゃん?

どこがでっぱりじゃい?

いやいやちゃんとでっぱりがあるんですよ。

https://www.fiverivers.com/amap402.html
 

 

https://www.airforce.gov.au/community/visit-and-learn/heritage-centres/raaf-base-amberley-heritage-centre
 

https://www.cgtrader.com/3d-models/aircraft/historic-aircraft/sopwith-camel-ww1-airplane
 

 

https://www.raafamberleyheritage.gov.au/aircraft/sopwith-camel/
 

 

当時の他の戦闘機は、機体にどんと機銃を置いただけで、銃把だのなんだの突起物が乱流をだしまくっており。

スパッドXIII
http://www.wwi-models.org/IM/USA/laskodi-spad.html
 

 

フォッカーDVII
Machine Gun & Fokker D.VII
 

 


 

 

フォッカーDRI

 

 

そこにすっぽり流線形の覆いをかぶせたため、その恐るべき効果として

「この覆いによって気流が乱されまくり、上方に偏向されたため、かえってパイロットに風が当たらなくなった」

そうです。ははは

さて、ここまで読んだみなさん。零戦がキャメルのコピーだ!というのは全くのデマであり、ウケ狙い、読者を呼び込むための単なるネタだということがご理解できたと思います。

というか、まさかコピーだ!と思ってしまう素敵女子とかがいないように、念のため明記しておくのでした。

ははは

あああごめんなさい!

 

 

ただ、キャメルの「プロペラ、エンジン、パイロット、搭載火器、燃料を機体の前方1.8m以内に集中させた(https://hobbycom.jp/workshop/library/weapon_sora/56.html)」というのは、なんとなく日本機ちっくであり。もしかして堀越さんとかが参考にしたかも?

風立ちぬ」の堀越さんhttps://www.ghibli.jp/works/kazetachinu/
 

 

零戦が絶対にキャメルのコピーではないという証明があります。

それは「操縦のしやすさ」

キャメルも零戦も、格闘性能が著しく高かったのですが、しかし、どうやってその性能を達成したか、については全く逆のアプローチであり。

キャメルの場合、ロータリーエンジンのトルクを利用して、その御しがたい横転のクセを逆に御することのできる優秀なパイロットを要求した。

Wikipediaからの引用ですが

「エンジンの強いジャイロ効果がキャメルの操縦性を独特なものにして、新人パイロットには難しいものであり、着陸時の事故が多かった」

すげー暴れ馬になってしまったキャメルの動画を発見。本物か?レプリカか?

 

 

「意図的に不安定にされており、いつも真直ぐ飛ぶためにパイロットは常に調整する必要があったが、これによって比類ない機敏さを与えられたキャメルは、第一次大戦中に全軍通じての最多撃墜数を記録した戦闘機となった」

「アメリカ軍も使用したが、操縦の難しさゆえに事故を起こすパイロットが後を絶たず「パイロット・キラー」と呼ばれた。実際、意図せぬ機首上げ・機首下げをすることも多く、結果として墜落事故が多発」

以上引用終わり

エンジン自体がプロペラと一緒に回転するロータリーエンジン

 

 

零戦の場合はその逆で、戦闘機のくせにとても安定しており、操縦がしやすかった。つまり、パイロットの操作に素直、という特性が、神業の空戦技術を持つ老練なパイロットと一体になって戦争初期の大戦果が可能になった。

でも、零戦のこの操縦性は、残念ながら、先の大戦においては欠点として作用してしまったと思っています。

操縦がしやすいために、航法、通信、気象といった基本、そしてマニューバ、シザーズといった高等技術をぜんぜん学べていない、あまり飛行時間のない練習生でも、何とか一人で離着陸ができてしまった。

それは、たいして操縦できない少年飛行兵でも、とにかく離陸できればいい。あとは敵に突っ込め、という特攻にいくらでも起用できることを意味し。

これは零戦のみでなく、隼など日本機に共通した特性で、もし、零戦等がキャメル並みに操縦のしにくい飛行機だったら、そもそも離陸できないし、特攻も技術的にできなくなり、若者たちの命もかなりの数が助かったのではないかと思っています。

 

いやいや今回はデマそのものになってしまいましたが、こういった記事で、みなさんが飛行機に興味を持っていただける一助になれば、大変幸いです。

なお、スヌーピーが犬小屋に乗っかってドイツの複葉機などと戦うシーンがありますが、スヌーピーにとってこの犬小屋はキャメル(のつもり)なのだそうです。

スヌーピーの撃墜王!(フライング・エース!) | おたまの夢の種 (ameblo.jp)
 

 

ではでは

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ビジネスジェットに見る主翼桁の「功罪」

ジェネラルアビエーション、すなわちエアラインや軍用機を除いた商業機(エアタクシーなど)や軽飛行機の世界での花形が、セスナのサイテーションをはじめとしたビジネスジェットです。

ジェネアビの最先端を切るビジネスジェットを見ていると、現在の航空技術の究極を見ることができ。マニアならずともなかなか面白い飛行機情報が得られると思います。

ビジネスジェットの生産にしのぎを削っている各社は、顧客に魅力的な飛行機を作るため最大限の努力を行っています。そこから、重要な特徴が見えてきました。

その名も「主翼」

特に「主翼のつなぎ目」が必殺技になっているらしい。

そもそも、ビジネスジェットの根本として「どれだけ快適に一定数の乗客を運べるか」があり。

エアラインみたいに、とにかく無数の乗客をすし詰めだ!文句があるなら地上の係員に言え!なんて通勤電車一歩手前とは一線を画した、空飛ぶ一流ホテルであり。中東の石油王とかが、トップモデルの彼女を乗せて、ほかほかのエスカルゴとひえひえのシャンペンなんかを飲み食いしながら優華に行幸するための飛行機であるビジネスジェットは、客室空間の快適さが売れ行きを左右すると言っても過言ではなく。

もちろん、石油王だの金持ちになればなるほどドケチになりますから、豪華さはロールスロイスでも、運航経費はかぶと虫より安いぞ!でないと見向きもしてくれません。

世界の名車かぶと虫
 

 

というわけで、ともかく「安くてリッチな」客室スペースが第一優先であり。この結果、「段ボール肉まん」ではない「本物の肉まん」というハイレベルの飛行機だぞ!という程度はすまず、顧客の要請によって「豚まん」「肉(牛)まん」、イスラム教徒だけどもそれほどではない顧客には「肉まんに見せかけた豚まん」みたいな飛行機を作る必要があるのでした。

ううむなんだかわからなくなってきたぞ?要するに、単発ピストンの2人乗り軽飛行機みたいに「ドアは閉めてもすきま風」とは真逆の世界という事はご理解いただけたと思います。

夏はそこそこ涼しいですが、冬は殺人的な寒さになるため、
ユニクロのももひきが必須です。
 

 

そんなビジネスジェットの旅とはどんなかなーというのが「PHENIX JET」という国際オペレータ―のホームページに乗っていたので、抜粋します。以下、

写真含め「https://www.phenixjet.com/jp/business-jet/」からの抜粋です。

◎機内を独り占め。ラグジュアリーで快適な旅を

ファーストクラスを超越したラグジュアリーな機内空間において、従来の民間便では味わえなかった快適な時間を過ごすことができ。機内で高速Wi-Fiを用いた動画視聴や電話も可能となっています。

フライトの最中には、客室乗務員が用意したベッドで眠ったり、シアタールームでゆっくりとくつろぐなど、友人や家族とも充実した時間を過ごすことができます。

 

 

◎お好きな料理をお選びください

お料理の種類からお酒の銘柄に至るまで、メニューはすべてお客様のご希望に沿ったものとなり。有名なシェフとも提携し、様々なお食事をお客様にお楽しみいただけます。

以上で引用終わり。

 

さて。

ここでプライベートジェットの設計者を悩ます重大な問題が出てきてしまいました。

スピードを出し、燃料消費を少なくするためには、なるべく胴体を細くしたい。

でも、細い胴体だと、胴体の直径をすべて使い切ってもお客さんが窮屈に感じてしまいます。

というわけで、エアバスよりは細いけれど、金持ちが窮屈に感じないくらいには太い、というところで妥協しなければならなかった。

しかし、今度は安全性の壁にぶつかり。

乗客がその辺の貧乏人だったら、墜落して4んじまったとしても、中国人に依頼して事故現場を埋めてもらうだけで済みますが、石油王だと、生命保険だなんだの、要すれば賠償で飛行機メーカーもたちまち破産なので、絶対に落ちない安全な飛行機を作らなければならない。

要すれば、十分な強度を持った主翼と、壊れないエンジンが必須となり。

エンジンについてはなかなかいいのがあるので、ここではあえて深堀する必要もありませんが、問題は主翼である。

初期のサイテーションの画像を見ると、このへんの胴体と主翼の結合など、天才的な、美しい処理がなされていることに気が付きます。

主翼と胴体の流れるような結合と、主翼直下の流れるような直線的な胴体に注目。
 

 

パイロットに親切な大型の風防
 

 

気になる室内はこんなかんじ
 

 

さて、セスナはサイテーション500で大ヒットを飛ばし。

でも、そのうち競合各社も肉薄してきたため、なんとか差別化を図りたくなり。

ここでセスナ社は悪魔のささやきを聞いてしまった。

それは

「居住スペースと主翼の主桁を分離すればいいじゃん」

航空を飛ぶビジネスジェットの居住空間は、与圧する必要があります。

というわけで、安全な与圧(安い与圧)のために、胴体断面は円形にしていた。

https://private-jet.aero/userfls/editor/large/826_cessna-citation-501-1.jpg
 

 

 

上の図を見るとわかる通り、主翼桁は胴体を貫通しており、実はその分居住スペースが少なくなることは避けられず。

 

しかし、ここで悪魔の声を聞いてしまったセスナ社。

サイテーションIIIシリーズを皮切りに、ぼこんと胴体の下に主翼桁を突き出した、なんともぶきっちょな飛行機になってしまいました。

https://www.aircharterservice.com.au/aircraft-guide/private/cessnaaircraftcompany-usa/cessnacitationx
 

 

 

主翼が胴体の下に飛び出し、ひねたネズミみたいになってしまったサイテーションX https://getoutlines.com/blueprints/17975/cessna-citation-x-blueprints
 

 

初期の小さなサイテーションは、隼や飛燕、零戦みたいな、空力的に洗練された繊細なデザインだったのに、大型化されるに従ってぶきっちょな腹の出たアヒルみたいになってしまったのが悔やまれます。

胴体と主翼のかねあいについては、他のメーカーも努力してはいた。

例えば、「ハンザジェット」

https://ameblo.jp/ae31x/entry-11457500211.html
 

 

前進翼にすることで、主翼桁を客席の後ろに持って行った。

特殊な主翼ながら、そのせいで事故になったとかいう話は聞きませんが、それでも胴体断面中央に主翼桁、というのはやはり居住性からしては不利だったらしく、胴体後部のエンジン、T型尾翼という特殊な配置がこの機以前、以後と広く採用されて特殊でなくなったのに比べて、前進翼はこの飛行機が最後になったらしい。

一方、最初から居住性なんてどうでもいいや、空力を優先しましょう、という潔いのもあり。

すみませんビジネスジェットではありませんが、「TU104」というのがあり。

https://www.airliners.net/photo/Aeroflot/Tupolev-TU-104A/0168122/L
 

 

主翼を胴体中央に突き刺したため、ものの見事に客席に段差が付き。主翼、アエロフロートマーク上の窓の配置に注目。

 

 

も一つ雑学。機首がガラス張りになっていますが、これは爆撃手ではなく、航法員のためののぞき窓です。

広大なソ連を網羅できるレーダー網がなかった当時、この窓から航法員が地図とにらめっこして進路を確認・計測していたらしい。

 

 

ビジネスジェットではこういう例はないの?ありません。

だって、小さなビジネスジェットでこれをやったら、客室がなくなっちゃいますよね。。。

さて、逆の意味で潔いのに「ホンダジェット」があり。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjspe/76/7/76_7_751/_pdf
 

 

こちらは、最初から主翼桁を胴体から出っ張った形で設計しており。

https://global.honda/jp/news/2014/c140628.html
 

 

カモノハシのように広がってくびれた機首や、それにしても出っ張りすぎじゃね?みたいな主翼と胴体の接合部など、どうも違和感を感じてしまうのはぼくだけでしょうか?エンジン配置などとともに、最新の空力設計、というのはわかるのですけど。。。

やっぱりサイテーションIみたいな、シンプルなのがいいなあ、と思っています。皆さんはいかがでしょうか。

https://aeromagazine.uol.com.br/artigo/cessna-500-citation-i-o-inicio-de-uma-era.html
 

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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世界を凌いだ日本の航空技術

ジェット機時代の今日では、皆さんが目にするのは、ボーイング、エアバス、ロッキードなど、欧米メーカーの飛行機ばかりですが、1930年代から1940年代のピストンエンジン全盛のころは、日本製の飛行機がたくさん飛んでおり。第二次世界大戦では、アメリカやイギリスの飛行機を相手に大活躍しました。

その当時の日本は、水といえば手押しポンプ、移動と言えば馬車、牛車という時代だった。キャデラックがぶいぶい走り回り、洗濯機が普及していたアメリカから見れば、石器時代じゃね?なのに、零戦がP36やP39を追い回したりして、世界を驚かせました。

手押しポンプ。https://www.idopump.com/joho/learn/192.html
 

零戦も工場から飛行場まで牛車(後にはペルシュロン馬)で運んだ。
http://noukakuken.jp/lecture/lec1505.html
 

 

航空技術は、国家のあらゆる産業の集大成ですから、「牛車に手押しポンプの国」では絶対に「キャデラックに洗濯機の国」には太刀打ちできないはずなのですが、まがりなりにも世界に通用するモノづくりを行ったという驚愕すべき実績であり、考察してみます。

 

◎看脚下(かんきゃっか)

まずは、自分の足元をみよ、ということで、30年代の日本は、積極的に先進国からの技術を導入しました。

例えば、92式超重爆撃機というのがあり

http://kakinotanet.blog.fc2.com/img/92siki.jpg/
 

 

翼幅が44メートルで、B29(43メートル)よりもでかい爆撃機が、なんと30年代の日本で製造されていたのでした。

でも実態は、ドイツのユンカース旅客機・爆撃機の焼き直しでした。

超重要なのが、ドイツから工作機械、治具、特殊工具含めて輸入し、技師や制作にかかわる人たちをドイツで研修させたほか、ドイツ人技師にも来日してもらい、設計のイロハから学んだ・学びなおしたこと。

上記は三菱の例ですが、のちの一式陸攻の開発につながる技術力がこうした試みで培われていったものと思われます。

 

 

◎得意分野を伸ばす

本稿の主題はこちらですねー飛行機なんてまず1にエンジン、2にエンジン、3・4がなくて5がエンジン。はるか遅れて6が翼(主翼・尾翼)、さらに遠くに7が機体、みたいな感じであり。

牛車の国では飛行機のエンジンなんてとてもとても。。。と正直にロールスロイスの国からエンジンを輸入して、その海賊版じゃなかったそこから発展した国産品を作り上げました。

そんな日本のエンジンの元祖はやっぱり「ブリストル・ジュピター」ですねえ。

パブリックドメイン
 

 

日本語で言えば「木星発動機」。このエンジンを発展させていくにあたり、中島は「寿(ことぶき)」から、「栄(さかえ)」、「誉(ほまれ)」など、名前だけ見たらなんか日本人がゼロから開発したみたいになっています。別にいいけど。

*ちなみに「寿」はジュピターの「ジュ」にちなんでいるそうです。

 

一方、日本のエンジンのもう一つの原型は「プラット・アンド・ホイットニー」。

R-1690、和名「明星」。http://www.aviation-history.com/engines/hornet.htm
 

 

これを三菱がライセンス生産して「明星」と名付け、その後、「火星」「金星」と、「惑星シリーズだよ!」みたいにしていった。

しかし、アメリカやイギリスを模範としたエンジンを作ることはできても、欧米を超える独自開発のエンジンは作れなかった。「誉」がこれに近いのですが、トラブル続きでちゃんと稼働してくれず、結局1世代前の「栄」エンジンをつけた零戦や隼が終戦までこき使われることになってしまい。

要するに、日本の場合、エンジンという航空機にとって最重要なパーツを開発する能力がいまいちだったという、かなり深刻なハンデを背負ってしまった。

エンジン以外で頑張るしかない、ということで、いろいろと編み出しました。

その1:スパッツ

スパッツというのは、降着装置につける整流覆いのことで、うまく成型すれば、むき出しに比べて9割がた空気抵抗を減らせるということが分かり。日本の技術者の涙ぐましい努力によって、引っ込み脚と同じくらいの成果が得られた。

整形されたスパッツの例(97戦:https://ms-plus.com/search.aspx?id=7981 )と、エンジンパワーで多少の凸凹は気にせず、引っ張った例(P35:http://www.fiddlersgreen.net/models/aircraft/Seversky-P35.html )
 

 

その2:尾翼

極めつけがこれです。日本人でなければできないナイーブな設計がここで生かされました。

まず、B29と1式陸攻の垂直尾翼を見比べてみます

B29。https://hobbycom.jp/my/kashiwagi/diaries/27065
 

 

一式陸攻。http://eletec.web.fc2.com/siryoukan/1_sikirikukou.htm
 

 

ううむ、どこがちがうのかな?

というわけで、F4Uと零戦の垂直尾翼を見比べてみます。

F4U。https://br.pinterest.com/pin/15270086206493240/
 

零戦。https://br.pinterest.com/pin/481111172687427925/
 

 

あああ!F4Uは、垂直尾翼がほとんど方向舵になってる!

そこです。

日本の場合、「大面積小舵面尾翼」を達成しているのです。一式陸攻も、あまり目立たないけれど。同様です。

尾翼は、飛行機の安定をつかさどる、とても大切なパーツですが、主翼と尾翼の間の間隔(水平尾翼モーメントアーム)や、尾翼自体の翼面積などによって飛行特性に大きな影響を与え。

重要なのは、尾翼の大きさそのものもあるが、むしろ、尾翼における固定部分と舵面の面積比率であり。

日本の場合、主翼も胴体も気流を乱さない流れるような流線形で、特に芸の細かいところが、尾翼先端に行くにしたがって舵面も細くちいさくなっていくようにした(弦長を減少させた)こと。

尾翼前縁は、おおむね先端に行くにしたがって細くなっていますが、舵面の面積が一定だと、固定翼の部分が舵面の作る気流の作用に負けて、捻じ曲げられるようになってしまいます。

世界の名機DC3も、日本機に比べるとラフな尾翼になっていた。
パブリックドメイン
 

 

そんな状況だと、舵の効きも悪くなってしまい。

エンジンに頼って強引に引っ張っているアメリカ機の場合、尾翼の相当の面積を昇降舵、方向舵にしないとうまく作用してくれず。パイロットの言うことを聞いてくれない飛行機になってしまっていたのでした。

F4Uのように、全部舵面にしちゃえ!みたいな力技もあるのですが、零戦や一式陸攻の場合、流れるようにテーパーした(細くした)尾翼に、ち密そのもので計算された舵面が流れるように気流をとらえて、無駄な補強無しに、軽く強く、敏捷な挙動ができる究極の完成度に達しています。

こうした、ほとんど目には見えないところで必死に努力した結果が、日本の飛行機を世界でも有数のレベルに押し上げたものと理解します。

モーメントアーム。https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-480.html
 

 

でも、それは、平和な時代に、凝りに凝った芸術品みたいなのを一定数揃える、というのならよかったのですが、いったん戦争がはじまり、粗製乱造の粗悪品でもいいから雲霞のごとく敵地上空に放ち、数で圧倒する、という実情には対抗できず、あえなく駆逐されてしまったのでした。

日本の場合、栄養失調の少年が、大リーグボール養成ギプスじゃないけど死にそうになってBMI値0(なんてないけど)の超筋肉アスリートに生まれ変わり。開戦当初は、並みのアスリートをさんざんボコることができたが、そのうち、脂肪そのもののでぶでぶだが、高見山と朝潮にトランプ元大統領を掛け算したような相撲取りが登場してきて、張り手を食らってあえなく吹っ飛ばされるような展開になってしまいました。

栄養失調(隼:https://www.super-hobby.pt/zdjecia/9/8/0/1145_rn.jpg )と相撲取り(P47:https://www.super-hobby.pt/zdjecia/9/8/0/1145_rn.jpg)の対決。
 

 

相撲取りを圧倒するデブ野郎
https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2019/05/26/kiji/20190526s00005000412000c.html
 

 

ああ無情。。。

それでも戦闘機同士だったらそれなりに善戦したようですが、B29が1万メートルで、となると、同じ高度に上がっていくのも一苦労、になってしまいました。

結局、尾翼なんでどうでもいいや、ともかくエンジンだ!のアメリカが勝ち、芸術品の日本は敗れ去りました。

よく、工業力の差だ、と言われるのですが、それ以前に、飛行機にとって何がポイントであるかを理解していながら、そのポイントを逃してしまったために小手先の小技で挽回しよう、という、姑息な手段で戦争に勝てると自分を騙してしまった日本は、精神面でまず負けていたのかもしれません。

ち密なモノづくりが得意な日本ですが、そのち密さは本当に課題を解決するのか?そもそも何のためにモノづくりをしているのか?などなど、要すれば「目的と手段、そして成果と指標」ついて、もうちょっと考える必要があるのかもしれませんね。。。。

ではでは

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紫微斗数と飛行機④

紫微斗数と飛行機④

これまで、

◎武曲星、破軍星、天相星

◎巨門星、天機星

◎太陽星、太陰星

について書いたので、それらも見てね!

封神演義、という神話があり。

殷王朝が倒れて周王朝が生まれるまでの壮大なストーリーを、楽しい物語の形で綴っています。両王朝の英雄たちを紫微、貪狼、巨門、廉貞、武曲、破軍、天府、天梁、天機、天同、天相、七殺、太陽、太陰の14星になぞらえて、それらの星の性格や、生年月日にこれらの星たちが夜空のどこにいたかで、恋愛とか仕事とかの運勢を占うことができます。               
風神演義。左が殷陣営。右が周陣営。https://kknews.cc/zh-hk/history/l2b8242.html
 

ランダムに、特徴的な星たちについて記載してみます。

 

◎廉貞星:「泥まみれのファイター」
廉贞星是什么意思_廉贞星代表什么_神巴巴测试网 (shen88.cn)
 

さて、この星はどう読むのでしょうか。「れんちょう」「れんじょう」と、いろいろあるのですが、「れんてい」が正しい、のではなく。

中国語ですから。「Lián zhēn」だそうです。

ははは

廉貞星の性格は

「清廉潔白で、正義感にあふれる」一方で「狡猾で、損得勘定にさとい」

ううむ?

「公平で、志が高い」一方で「自分の思い入れが強く、その日暮らし」

なんか相反する性格が同居してるじゃん!

これは、廉貞星のモデルとなった人物が置かれた複雑な状況に由来していた。

その人物とは「費仲」

「悪の魔神」紂王の側近で、Wikipediaでは「奸臣。紂王の側近であることをいいことに諸侯から贈り物をうけていた。紂王に妲己を勧め。紂王に気に入られた妲己にとり入る」などなど、どうしようもないクソ野郎のように書かれてしまっていますが、実際は、気難しい紂王をあやしつつ、並みいる殷の大臣たちと対等に渡り合ううえで、妲己つまり女性という最終兵器を投入したり、わいろだのなんだのでバランスをとったりと、その日その日を、なんとか、平均台の上でおっとっと、みたいに奮戦。最後は武曲(周の武王)との決戦となる大合戦で大雪の中に凍死と、なかなか壮烈だったりします。

ほかの星たちに比べて目立つところというと

物怖じしない、チャレンジ精神旺盛

アクが強め

目標に向かって敢闘する

というのがあるらしい。

となれば、「廉貞星みたいな飛行機」とは。。。

P40

https://www.wallpaperflare.com/search?wallpaper=curtiss+p+40+warhawk
 

 

これだとおもいます。

まず、シャークノーズ。

https://www.wallpaperflare.com/airplane-propeller-curtiss-p-40-warhawk-aircraft-military-wallpaper-tsrvw
 

 

アメリカかぶれした航空自衛隊は別として、日本機ではぜったいありえないお絵かき。

アメリカかぶれの例 https://trafficnews.jp/post/85694
 

 

 

と思ったら、戦中の日本機でもありました

*もちろん合成のオオウソです。(元ネタはhttps://twitter.com/keroro2gunsou/status/1439469180646924291)
まじめに信じないでくださいね。。。。
 

アクの強いシャークノーズを持ったP40は、サメの口をお絵描きできるほどぶきっちょなアゴがせっかくの液冷エンジンの利点(こちらの記事をご覧ください→冷却器)をだいなしにしてしまい。

日本やドイツの戦闘機に、タコ殴りにボコられてしまいました。

Martin Caidin著「極東上空の虐殺」
 

 

しかし、バッファローやP35など、同世代の第一線機が壊滅するなか、P40は劣勢ながらも零戦や隼と勇戦し。

中国戦線では、早くから日本機の弱点を見抜いていたシェンノートによる一撃離脱によって、互角に戦いました。(隼乗りの回顧で、「P51よりP40の方が強敵だった」というのさえある)

どんな強敵相手でも、物おじしないチャレンジャーとして、F6FやP47といったゲームチェンジャーが表れるまで、出ると負け、ボロボロになりながら前線を維持しました。

制空戦闘機としての役割は新鋭機と交替しても、退役はせず。

今度は「戦闘爆撃機」として、連合軍の勝利に重要な貢献をした。

「戦闘爆撃機」というのはアメリカならでは(英国もタイフーンとかがある)の使い方であり。

零戦に駆逐されたP35
http://www.fiddlersgreen.net/models/aircraft/Seversky-P35.html
 

 

バッファロー。開戦劈頭は97戦などと互角にやりあったらしい。

Buffalo flop! The story of the Brewster F2A, the aircraft deemed superior to Grumman’s F4F but that was totally outclassed by Japanese fighters


 

P40はじめアメリカの戦闘機は、零戦と巴戦はできず、戦闘機としては鈍重でも、大量の爆弾を抱えて敵地上軍にばらまき、大損害を与えるという方向で大活躍した。

みなさんご存じの通り、機体も頑丈で防弾もしっかりしているので、ドイツのスツーカもびっくりの強行爆撃ができ。

敵戦闘機と遭遇しても、もともと戦闘機なので、何とかシザーズ(回避運動)で雲の間に逃げ込み。

第二次大戦の連合軍勝利に貢献した三大武器が「DC3、バズーカ砲にジープ」とされていますが、その次に来るくらいの活躍をした。

打たれても打たれても立ち上がり、ボコボコのパンチドランカーのようになりながらも前線を支え続けた姿は、ぶきっちょな「アゴだし」スタイルとも相まって、P51を凌ぐほどに敬愛される「アメリカ人の心の名機」として、現在に至るまでエアショーなどで多数が参加し、喝采を浴びています。

https://aviationweek.com/business-aviation/aircraft-propulsion/airventure-draws-more-visitors-aircraft-after-one-year
 

 

◎貪狼星:「傾城の悪魔、魔性の妖(あやかし)。その名は女」

贪狼星是什么意思_贪狼星代表什么_神巴巴测试网 (shen88.cn)
 

 

こちらは読み方かんたんですねー。「どんろうせい」

妲己です。

絶世の美女。費仲と結託して紂王を操縦し。最後は殷を滅亡させてしまいました。

世界を破滅に陥れる最凶の悪女。峰不二子の原型である。

あれ、峰不二子って、悪女だったっけ?

欲望のかたまり。ひとたらし。好奇心旺盛。遊びや楽しいことが大好き。

なんとなく、ネコみたいですねえ。

というとグラマンの猫シリーズ(F4F,F6F,F8F)を連想しがちですが、いずれもあまり美しくない、というか、はっきり言ってぶさいくだし。。。

そんな貪狼星を象徴する飛行機は。。。

デハビランドDH88・コメート

ttps://www.amazon.co.jp/KPモデル-デ・ハビランド-DH-88-マックロバートソン・エアレース-KPM0099/dp/B0BYJBRTLX
 

 

この飛行機を選んだ理由は、単に美しい!からです。

ははは

イギリスも面白い飛行機をいっぱい作っており、

世界一醜い飛行機、なんてかわいそうな称号をもらってしまったフェアリー・ガネットとか

https://ameblo.jp/hihiihi-ho/entry-12567328244.html
 

なぞとしか思えない思想の設計による怪機がうじゃうじゃ生産されたのでした。

そんなイギリスでも、時にだれもまねできないような名機を生み出し。

その一つにデハビランドDH98「モスキート」があります。

「蚊」なんて名前をつけなければよかったのに。。。

全木製のやっぱりスタイリッシュな飛行機だったのでした。

https://tamiyashop.jp/shop/g/g61066/
 

 

ところで、美しい飛行機、というとやぱりこれだね!というのに

デハビランドDH89ドラゴンラピード

があり。

https://www.mailexperiences.co.uk/de-havilland-dragon-rapide-flight-over-london
 

 

マニアだったら、とても複葉機とは思えない、つばさと胴体をつなぐきれいなフィレットや、シンプルで流麗な主脚カバーなど、洗練されつくした、まるで現代のAI技術を駆使したようなデザインに、うなってしまうと思います。パイロット目線で見ると、操縦席周りの風防が、直線と曲線が見事に調和して、ほれぼれと見とれてしまうのです。

きっとこの飛行機はとても視界がよくて、操縦が楽しいんだろうなーと想像してしまいます。

こういった魔性の美しさを持つ飛行機、いいなと思います。

 

あまり魔性が感じられないのが、ホンダジェット。

http://tokyoexpress.info/ 2020/12/16/パイロットの視点から見たホンダジェットの特徴/
 

まるで視界をふさごうとしているかのようなぶっといピラーに遮られたコクピット

http://tokyoexpress.info/ 2020/12/16/パイロットの視点から見たホンダジェットの特徴/
 

 

二重アゴのカモノハシか?スプーンをつぶしたような機首

http://tokyoexpress.info/ 2020/12/16/パイロットの視点から見たホンダジェットの特徴/
 

 

革新的と言いながら、T字尾翼はこれまでのビジネスジェットからそのまま継承し、ディープストールの危険も引きついでしまった、パイロット泣かせのコンフィギュレーション。

https://blog2.hisway306.jp/鈴鹿サーキット上空を舞うホンダジェットは美し
 

そして、とどめは、これも在来のビジネスジェットとおなじく、翼と胴体の接合部に、みにくい、巨大なでっぱりができてしまったこと。

https://blog2.hisway306.jp/鈴鹿サーキット上空を舞うホンダジェットは美し
 

 

確かに、燃料、主脚、荷物とか考えると、出っ張ることはわかるけれど、ここまででかいと、空気抵抗でまくりじゃね?とか疑ってしまいます。

 

この機体形状は、与圧の都合によるものと「カモノハシ形状の機首」や機首直後の下部胴体のくびれによって、空気抵抗を減らす画期的な形状になっているらしいのですが、納得できる情報が見当たりませんでした。誰か知っている人がいたら、教えていただけると幸いです。

日本の飛行機をディスるつもりはないんですけど。。。。でも、ドラゴンラピードの魔力に比べると、つい。。。

3000字を越えました。ではでは

Posted by 猫機長
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日航123便

本来は安全そのもののはずの飛行機。それでも、重大な事故は残念ながら発生し、そのたびごとに教訓が取り入れられて、安全な空の旅が構築されてきました。

そんな事故の中で、特に日本人の記憶の中に生き続けているのが、日本航空123便墜落事故。

「1985年(昭和60年)8月12日(月曜日)、日本航空123便(ボーイング747SR-100型機)が群馬県多野郡上野村の山中ヘ墜落した航空事故である。単独機での事故、また運航する航空会社の責任による事故では世界最悪の航空事故である。(Wikipedia)」となっています。

乗客509名、乗員15名の内、負傷者4名以外の520名が死亡という未曽有の大事故でした。

https://aviation-safety.net/photo/9304/Boeing-747-SR46-JA8119

 

 

羽田空港から伊丹空港への国内定期便で、Wikipediaによれば「18時12分に羽田を離陸した123便は、伊豆半島南部の東岸上空に差し掛かる頃、機体後部の圧力隔壁が破損、垂直尾翼と補助動力装置が脱落し、油圧操縦システムを全喪失、操縦不能に陥り迷走飛行の末、18時56分28秒ごろ群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(標高1,565メートル、通称御巣鷹の尾根)に墜落した。」

つまり、44分程度の飛行だったということですね。

離陸後12分ごろ、高度7300メートル近く、巡航高度にもう少しという上昇中に衝撃音が発生し、「機体は、垂直尾翼は垂直安定板の下半分のみを残して破壊され、補助動力装置も喪失、油圧操縦システムの4系統全てに損傷が及んだ結果、操縦システムに必要な作動油が全て流出し、油圧を使用したエレベーター(昇降舵)やエルロン(補助翼)の操舵が不能になった(Wikipedia)」

要すれば操縦かんやペダルが死んじゃったららしい。

その後、4発あるエンジンのスロットル操作や、フラップの上げ下げで必死に操作を試みるも、「ほとんどコントロールができない機体にはフゴイド運動やダッチロールが生じ、ピッチングとヨーイング、ローリングを繰り返し(Wikipedia)」墜落。

フゴイド運動

https://www.researchgate.net/figure/3-Phugoid-mode-demonstration_fig7_225291571

 

 

ダッチロール

https://bukiyoublog.com/aircraft-what-is-dutch-roll

 

 

それでも、ほとんど操縦不能になってから32分近く飛行機を飛ばし続けたわけで、垂直尾翼が吹き飛んだこともわからないコクピットでここまでというのは、神業というしかないと思います。

ちなみに、事故調査などの段階で、なぜ垂直尾翼が吹き飛んだのかが分かったのか?ダッチロールなどの事故機の挙動から、この投稿でも、墜落の原因として垂直尾翼の喪失があったという前提で進めます。(ちなみに、この垂直尾翼は、のちに海面・海中から引き揚げられたとか引き上げられなかったとかいろいろ意見があるようです)。

未曽有の大事故の原因となった垂直尾翼の破損ですが、この破損が起きた理由として、現在に至り大議論になっています。

議論では2つの正反対の主張があり。

外的要因:ミサイルや標的機など。

内的要因:機内の与圧隔壁が破壊され、尾翼も破壊したなど。

政府側というか有識者側の見解は➁であり、国民の大多数も同調していますが、一方①を主張する人々も多く。

議論は収まることなく、平行線をたどったままいつまでも続いています。

標的機オレンジエア

http://torakyojin88.web.fc2.com/ats4203.html

 

 

ここで、とても胡散臭いものを感じてしまっています。

たしかに「常識派の➁に、厨二病の①がトンデモ陰謀論をふっかけている」と言える一方で「実は日本政府(自衛隊、米軍)の失態である①だったのを、識者側がごまかして➁にしようとしている」とも絶対に言えないということはないのですが、なんか①➁の二極化で、何かを隠蔽しようとしているのでは、と勘繰ってしまうのです。

はっきり言って、①も➁も、根源では同じことを言っているからです。

その根源とは「たまたま、この飛行機(個体)に生じた事故であり、ほかの同型機には関係ない」という理解(誘導)です。

の場合、ミサイルなどが命中しなければ123便は何ら問題なく飛行していた。747は安全な飛行機だ、という主張ですし、

の場合は、以前の尻もち事故だの、123便の機体に特化した理由が事故発生につながったため、尻もちなどをしていない他の747同型機には起こりえない事故ですよ、という主張になっています。

つまり、両者ともに「747という飛行機は安全であり、尻もちだのミサイルだのがなければ事故なんて起こさない」と刷り込みたいように見えてしまいます。

747という機種自体がもともと持っていたかもしれない欠陥によって墜落した可能性があるのに、ミサイルや標的機、あるいは隔壁故障修理のずさんさという外部要因で隠蔽し、議論を紛糾させようとしたのでしょうか。

分かりやすくするために、イギリスのコメット旅客機の例があります。

コメット旅客機は、ジェット旅客機のはしりとして、世界の空を制覇するはずでした。

コメット旅客機(パブリックドメイン)

 

 

ところが、謎の空中分解が多発し。

必死の事故原因究明によって、ミサイルでも標的機でもなく、いわんや尻もち事故の修理失敗でもなく、コメット旅客機全機がもともと持っていた欠陥によって墜落していたということが明らかになりました。

その欠陥とは「四角い窓」

 

 

DC3など、与圧しない飛行機は、別に窓が四角かろうが、あるいはドアが飛行中に落っこちようが、それ自体によって飛行性能が落ちることはありません。

しかし、与圧装置の付いた飛行機の場合、ちょっとした亀裂の発生から、機体内外の気圧差によって、機体が引きちぎられて分解だ、ということが起きかねないのです。

四角い窓は、窓の鋭角になった部分が与圧による気圧のストレスに耐えられなくなり、亀裂発生、空中分解をまねいていたのです。

この教訓から、現在の旅客機はみな窓の角がまるまった形になっています。

さて、ボーイング747ですが、飛行機は人間の作った機械であり、故障もすれば墜落もします。

この事故では、原因は隔壁破壊、油圧システム故障などとなっています。

しかし、実はボーイング社の飛行機を全面的にリコールし、アメリカによる耐空証明を抜本的に見直さなければなければならないような危険を含んだ何かの欠陥はなかったのでしょうか。

ミサイル対隔壁(油圧)、という議論が過熱して、それ以外の選択肢は顧みられることがなくなり。

隔壁以上の危険な故障はなかったんだ、という隠蔽はなかったのでしょうか。

747の後部隔壁(国土交通省による破損状況の考察)

https://www.mlit.go.jp/jtsb/kaisetsu/nikkou123-kaisetsu.pdf

 

 

日本政府(やエアライン各社)はボーイング社と協力し、その後の整備などを改善し、747は安全な飛行機に生まれ変わりました。

ボーイング社の飛行機が一斉に飛行禁止になるとか、あるいは米国の耐空証明プロセスに欠陥が発見され、世界の旅客機がグラウンドにくぎ付け、という事にならずに解決したのは、ボーイング社と日米政府の勇気ある対処の結果だと理解します。

幸い747については、コメットのような欠陥というのは杞憂だったようですね。一方、今回取り上げたような大事故から、次の事故を真に防止する情報を得るために、利用者の一人一人が権威やトンデモ論に振り回されずに原因究明をウオッチすることが重要と思っています。

自衛隊決死の救助作業

http://tasogarech.blog.jp/archives/9890872.html

ではでは。

Posted by 猫機長
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偵察機の話

軍用機と言えば、武器弾薬をぶっぱなして敵を爆殺するというイメージがありますが、一発の銃弾も持たずに敵陣深く飛んでゆき、でも戦争を左右するような重要な役割を担う飛行機があります。

それが「偵察機」

前線においては、後方における敵の状況は分からず。一見いかにも脆そうな敵の防御網の後ろに想像を絶する火砲陣地を隠しているかも?など、後方の敵情を知ることが勝敗のカギを握っています。

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」。

ナポレオンのような天才は、ロシアやプロシアの軍隊の動きを見て、その後方における実情を見通し、各個撃破などしましたが、飛行機の出現で、天才でなくてもふつーに敵の弱点などを探ることができるようになった。

第一次大戦当初は、連合国側も同盟国側も偵察員を乗せた飛行機を飛ばして敵情を探り。非武装だったので、途中で敵機と会っても、互いに挨拶して通り過ぎたらしい。

軍用機は偵察機で始まったということですね。。。

そのうち、機関銃を乗せても自らのプロペラを打ち抜かないですむ同調装置の発明によって戦闘機が広く使われるようになり。挨拶どころか、互いに56しあうようになりました。

同調装置によって、機軸に射線を合わせることができ、命中率が劇的に向上した

http://greendragon.car.coocan.jp/mywksothcamel02.htm

 

 

さらには爆撃機など、派手に敵を56しまくる飛行機が生まれたので、偵察機は目だたなくなりましたが、しかし偵察機が戦況を左右する重大なカギを握っていることには変わりはなく。

ミッドウエーで、せっかくアメリカ機動部隊を見つけた偵察機が、通信機の故障で味方に情報を送ることができず。日本側が空母4隻を喪失する重大な原因の一つとなるなど、偵察機はゲームチェンジャーとなる要素を持った恐ろしい飛行機なのである。

そんな偵察機とは、どんな飛行機なのか。

その1:長大な航続距離

第二次大戦の欧州戦線では、常時数百機に上る巨人爆撃機の編隊が雲霞のごとくドイツの主要都市を覆い、ドイツの工業を壊滅に追い込みました。

しかし、数百機とはいえ、一度に爆撃できる目標は限られている。主要都市といっても、ベルリン、ドレスデン、ライプチヒ、ハンブルグ、ミュンヘン、ケルンと、いくらでもあり。

どこがドイツ産業の生命線なのか?

スパイだのなんだのからの情報から、どうやらドイツのアキレス腱は「ボールベアリング工業」ということが分かってきた。この生産工場を灰燼に帰してしまえば、メッサー戦闘機もティーゲル戦車も動けなくなってしまうぞ!

そのボールべアリング工業は、シュヴァインフルトとレーゲンスブルクに集中しているらしい。

しかし、爆撃を成功させるためには

◎「シュヴァインフルトとレーゲンスブルク」のどのへんに諸工場が集中しているのか。

◎これら2都市に達するまでに、ドイツはどのような防空陣地を構築しているのか。

◎周辺のどの基地から、どのくらい数のメッサ―が飛んでくるのか

◎工場と住宅地がどんな感じで隣接しているのか。工場に爆弾を落とすつもりが、周辺の住宅街を焼き払うだけになってしまわないか

◎爆撃後の退避路は?イギリスにもどるか?あるいはアフリカへ向かうか?

要すれば綿密な爆撃計画が必要であり、計画策定に必須な上記の情報を収集したのが偵察機だったのである。

すみませんシュヴァインフルト‐レーゲンスブルク爆撃の偵察自体に使われたのかはわからなったのですが、こうしたドイツ内陸への偵察に重要な役割を担った偵察機があります。

その名も「スピットファイア」

あれ?スピットファイアって、ドーバー海峡を越えるていどで燃料切れになっちゃうんじゃなかったっけ?

そのとおりです。でも、それは戦闘機型です。

機銃とかを下ろして、写真機と燃料タンクを増設した偵察型のスピットファイアがありました。

ドイツの奥地まで侵入していったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
動画Spitfire over Berlin https://www.youtube.com/watch?v=ljqPi-aVh8M
この映画ではベルリンまで行ったことになっています

 

 

要すれば、フツーの軍用機では到達できない航続距離が偵察機の特色ということですね。

その2:卓越した高空性能

軽飛行機で飛んでいて「もっと高く飛べたらなー」と如実に思います。

こんな飛行機で飛んでいます

 

 

性能上は、別にFL095(高度3000メートル)まではらくらくなのですが、ジェット旅客機の航路と干渉しないように、軽飛行機はせいぜいFL075(高度2500メートル)までしか飛べないことになっており。ぼくが日常飛んでいるブラジリア空港近辺では高度上限が原則5200フィート(1700メートル)なので、感覚的には低空をはいずり回る感じになってしまっています。

管制空域を脱して、2500メートルまであがると、うって変わって周辺の景色が見やすくなります。

高度が高ければ高いほど視認・視察できる範囲は累乗的に拡大していくのである。

日本が世界に先駆けて作った戦略偵察機の「百式司令部偵察機」も世界最高峰の高空性能をもっており。

「写真屋のジョー」「ビルマの通り魔」といわれ、日本陸軍いくところその最先端には必ずこの飛行機がいた。

隼がかくかくたる戦果を挙げることができたのも、常に百式偵察機がはるか奥地の敵情をめんみつに伝えたからという意見もあります。

百式偵察機は、与圧装置を備えたB29とも互角の高度まで上がれたほか、開戦当時は米英の戦闘機が追いつけない俊足を持っていました。

 

 

高高度というと「U2」偵察機が代表的です。

高高度すぎて、U2のパイロットは宇宙服みたいなのを着て、酸素供給を受けないと一瞬で凍死してしまうらしい。

機体の方も、無理やり高高度まで上げているため、機体の安定が悪く、ちょっとでもパイロットが制御を間違うと、バランスを崩して失速していまうという恐ろしい飛行機になってしまいました。

U2偵察機 https://news.yahoo.co.jp/articles/12c998b40a205dc218f41092be678598a3e4aa9c

 

 

その3:速力

「我二追イツクグラマンナシ」

マニアの間では有名な言葉です。

彩雲偵察機というのがあり。当時最新の「誉」エンジンを積んで、日本機では達成できなかった高速性能を得ることができました。

武装を持たない(写真機と燃料でいっぱいっぱいの)偵察機にとって、スピードが生命線です。

ただ、日本の場合、悲惨なのは「我に追イツクグラマンナシ」で、はっきり言って鈍足の艦上機グラマンは振り切れても、米陸軍航空軍のピーシュータ―(追跡戦闘機)であるP51やP47には捕まって、哀れ火だるま、撃墜されてしまったらしい。

「誉」とはいえ、グリフォンとかのバケモノエンジンなどには比べるべくもなく。

非力なエンジンを120%活用するため、エンジン直径ぎりぎりに胴体を絞り込んだ、流麗というよりは悲痛な機体をみるにつけ、なぜ日本はこんな絶望的な工夫に訴えた飛行機を作ってまで戦争に突入しなければならなかったのかと、悲しくなります。

https://onemore01.blog.ss-blog.jp/2016-10-31

 

 

一方、余裕しゃくしゃく、なにげに優秀なエンジンをなにげに天才なパッケージでつつみ、大成功したのが「モスキトー」。

こちらはなにもいうことなし。デハビランドの双発機は、初代コメットやドラゴンラピードなど、とにかく美しいですね。。。

https://ameblo.jp/rx7fd3s917/entry-12491186336.html

 

 

最後は、やっぱりアメ公について

Dissertação ProfHistória Unespar_Sidney Catelão.pdf (capes.gov.br)
 

 

上の画像は、1942年にブラジルで販売されていた「リーダーズ・ダイジェスト」ポルトガル語版の広告です。

「一門の機関砲もなしに日本人を撃破」というタイトルで、以下要約ですが

「非武装のP38がラバウルの日本基地に低空偵察を敢行。写真撮影を終えるまでに零戦から銃撃され、エンジン1基がストップしたが、そのまま8キロ上昇し多数の零戦を引き離した。この写真は、サンゴ海海戦の勝利に大いに貢献した。ロッキードの飛行機はすごいぞ!」

はっきり言って、片肺飛行で8000メートル上昇なんて無理です。これは脚色でしょう。

でも、ほかの部分、つまり零戦の機銃でボコされながらも、零戦にはない上昇力と速力でまんまと多数の零戦を「まいた」というのは事実かもしれん。

P38にしろモスキートにしろ、偵察だの戦闘だの爆撃だの、なんでもござれの余裕しゃくしゃくの飛行機を無数にそろえた米英と、彩雲など、一つの目的に特化してなんとか世界を凌ぐ飛行機を作ろうとした日本。やっぱり食い物が違うのかもしれませんね。

ではでは

Posted by 猫機長
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日本航空516便衝突炎上事故について

前置きは省いて、どんどん書いていきます。

情報ソースは以下の通り

日本航空516便衝突炎上事故 – Wikipedia

夜中の羽田空港に着陸するボーイング777のコックピットを撮影した4K映像 – DNA (dailynewsagency.com)

海保機に滑走路への進入指示は見当たらず 国交省が交信記録を公表 [日航機・海保機事故]:朝日新聞デジタル (asahi.com)

海保機は滑走路に40秒停止、管制官「進入に気付かなかった」…許可なく停止位置で止まらず : 読売新聞 (yomiuri.co.jp)

事故が起きた1月2日の17時47分ごろ、風は西から3ノット、視程は30キロ。ただし、日没で真っ暗になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降りてきたJAL機から見て、地上は一面の街明かりになっており。

ぼくは夜間着陸はやったことはないけれど、やったことのある人から見れば、「ともかく高度が把握できんのと、地面からめちゃくちゃ光が目に飛び込んで幻惑される」らしい。空港上の飛行機の航行灯も、これらの光に幻惑されて目えないんじゃね?という状況だったと思います。

シミュレーション動画。上が街上空からのアプロ―チ。下はファイナルで、左に滑走路、右は真っ暗な海ですね

EVAD10 VAR LEGENDA SEM HEADLINE YOUTUBE 1920×1080 1

 

 

当日の気象状況では雲や霧はなかった。管制塔からは、暗い空を降りてくるJAL機の航行灯とともに、地上の照明に浮かび上がった海保機がくっきり見えていたはずである。

海保機から管制塔やJAL機が見えたか?

滑走路前の停止位置にいれば、管制塔もJAL機もよく見えたでしょう。でないと、できそこないの空港になってしまいます。

T1とT2の間にある星のマークが管制塔。

 

 

 

一方、滑走路に侵入してしまえば、後方にのぞき窓がない飛行機からは、明るい暗い以前に全く後ろは見えなくなります。ここで海保機は後ろからでかい旅客機が突進してきても全くわからない状況になった。

この時点で、地上の海保機とアプローチしてくるJAL機を同時に視認(あるいはレーダー探知)できるのは、管制塔しかなかった。

これは当然で、空港発着含め、航空管制というのは、「飛行機対管制」の2者間の通信でないと成り立たないのである。

勝手に「飛行機対飛行機」で行動されてしまっては困る。

空港の離着陸経路上は無数の飛行機が飛んでおり、管制の許可なしに、海保機が「滑走路に侵入しちゃったから、そのまま飛び立っちゃえ!」とか、JAL機が「なんか滑走路にいやがりそうだから変針して回避だ!」なんてやったら、たちまち周辺の飛行機の列の中につっこみ。空中衝突しないまでも大混乱を引き起こしてしまうでしょう。

空港近くにおける離着陸経路上のパイロットは、なかなか「瞬時の進路変更(上昇下降も含む)」はやりたがらないし、やってはいけません、なのです。

滑走路上に誤侵入した飛行機が出て、しかも後ろから別の機が着陸せんと迫っている状況では、管制が、反射的に「JALゴーアラウンド!」と絶叫し、その後周囲の飛行機が適切なスペースを保つよう、はっちゃきになってこれらの機に速度調節、周回経路離脱などを指示しなければなりません。と同時に、海保機には「とっとと離陸しろ!」あるいは、「滑走路出口XXで離脱!離陸待ちの列に戻れ!」と言わなければならない場面です。

海保機。https://www.flickr.com/photos/sjbyles/51513024997/

 

 

海保機が40秒も滑走路上で通せんぼする形になってしまったのも、管制からの「離陸せよ!」の指示がないと。。。というパイロットの性が出てしまったものと思われます。

ぼくはブラジリア近辺で飛んで、ブラジリアアプローチの管制交信を受信したりしています。管制と旅客機側でいいぐあいに着陸アプローチの通信しているなと思ったら、突然旅客機より「着陸中止。ゴーアラウンド」と、なんか一方的だな?そこは管制もすかさず「ゴーアラウンド許可」そして近辺の各旅客機に「VASP0000,そのまま進路メィンティン」「TAM1111,COGNO(チェックポイント)へ変針せよ」などと一通りさばいたあと、ゴーアラウンドした機へ「GOL2222,理由提示せよ」GOLからは「農業機」と返信があったりします。この場合は、ラジオ装備を持たない農業機がGOL機の下前方のどこかを突っ切ってしまい、その挙動が予測できなかったので、念のため機長の独断でゴーアラウンドしました、ということらしいです。

安全のためには機長の独断専行も可能ですが、それこそ管制と飛行機の連絡がうまくとれていないと危ない。

ぼくの個人的見解ですが、よっぽど農業機が近寄ってきちゃった、というのでなければ、まずGOLから「前下方に農業機。ゴーアラウンド許可願う」、管制が「貴機と農業機には十分スペースあり。着陸続行せよ」とか「ゴーアラウンド許可」とやった方が、周りで聞き耳を立てている飛行機たちも安心すると思います。

レーダーも水物で、飛行機が「目視するほど近くでヘリを発見」しても、そのヘリは管制のレーダーには映っていなかったとか、いろいろありますけど。

というわけで、ぼくは必ずフライトプランを作成・許可もらったうえで、出発前にブラジリアアプローチに電話してトランスポンダーコードをもらい、自分の位置を明確にして飛ぶようにしています。。。

羽田の場合は、海保機もJALも管制もフリーズしてしまい、事故になった。海保は、管制の離陸許可を待ってじりじり。JALはそもそも海保機が見えなかった。そして両者に連絡すべき管制が、これは本当にフリーズしてしまった。

羽田空港の管制塔。https://www.google.com/url?sa=i&url=https%3A%2F%2Fvs-kindberg.at%2Ftuwaperu758&psig=AOvVaw007492y8_wHCYv37mvw-7S&ust=1705960154616000&source=images&cd=vfe&opi=89978449&ved=0CBQQjhxqFwoTCKC5vc2674MDFQAAAAAdAAAAABAH

 

 

念のため、ここではだれが悪い、ということは一言も言っていないし、事故の原因究明と再発防止の為なので、読者のみなさんにご理解お願いいたします。

さて、事故の最大の原因は

「空港離着陸トラフィックのコントロールに穴が生じた」

ことにつきます。解決には

「管制システムによる常時滑走路確認の徹底。異常確認時直ちに列機へ指示する体制の確立」

が必要です。

ここまで書けば、海保の機長が指示を聞き間違えた、とか、管制官が滑走路を見なかったという個々の事象というより、それらの事象を発生させた何か重大な理由があったことがうかがえると思います。

超過密の羽田で、管制官が40秒間海保機に指示を出さなかった。そして海保機が40秒間滑走路上で管制の指示を待った、というところに、この理由が垣間見えると思います。

もし、管制が「海保機は滑走路に出たな。許可を出したものと理解したのだろう」「だから、そのまま離陸するだろう」と、海保機への確認をしなかったとしたら。。。。

そして、確認をしなかったのは、怠慢ではなくて、なにか確認をしにくくする何らかの圧力があったとしたら。。。。。

超過密の状態で管制が1機にでもゴーアラウンドを命じたら、たちまち序列が混乱します。

また、地上でも無数の飛行機が離陸待ちでやきもきしており。

ここで海保機に滑走路離脱を命じたら、今度は地上が大混乱になってしまう。

混乱させたら管制官は「日勤教育」になり、最後は電車に飛び込むように仕向けられてしまう。

*日勤教育、としましたが、振武寮その他、同等の意味の言葉が入れられると理解します。

海保機もわかっているよね?

でも、もう直後にJALが迫っている状況で、何も知らなかったように離陸許可したら、後で「なんでこんな危険な間隔(海保機の後ろのJALもあれば、前方すなわち離陸経路の無数の飛行機もあります)で離着陸させたんだ!」とやっぱり電車行きだよね?

だから海保機くん、早く離陸してよね?

ぼくは何も言っていないからね?

しかし海保機は管制の許可を待っていた。。。。

というのは全くの「妄想」です。

海保機が「C5誘導路ホールド」を間違えなければすむ話じゃん、というアプローチではないことはもうみなさんご理解いただいていると思います。

この辺は、上記資料中「記録を見る限り、海保機に対して、滑走路への進入許可は出ていない一方で海保機の機長は管制官から進入許可が下りていたという認識だった」とあり、正しい悪いでいえば、どちらも正しいからです。

間違っている、正さなければならないのは、「間違っていたら日勤教育」という「しきたり」です。

さらに言えば「日勤教育行き」をほのめかした恐怖によるブラックな雇用体制と理解します。

不幸中の幸いながら一般の人たち、女子供は生き延びました。

JAL機。 https://www.flickr.com/photos/sjbyles/52392612878/

 

 

海保隊員やパイロットの死を、彼らのせいにして終わらせるのではなく、かつ特定の個人を人身御供にしてすますのではなく、実利的な管制システムについて、もう一度見直す時期になったのかと理解しています。

ではでは

Posted by 猫機長