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ポルシェと電話とベアリング(おまけあり)

 

 

以前、ステアリングボックスの修理をした時の記事で、本当はフロントサス全体をリニューアルしなきゃ。。。と書いたのですが、それから1年3か月、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、リニューアルなんて忘れてそのまま乗っていたら、時速80キロを超えたくらいの時点で、ハンドルがぶるぶるぶる。。。とすごい振動をするようになっちゃいました。

ポルシェくん。356Aカブリオーレのレプリカです

 

 

やばいぜ、と、いろいろな修理工から意見を聴収。

まあ、フロントサスということは異論はないのですが

修理工A→「それは、サスペンションアームのパッキンだ」

修理工B→「Aはうそをついている。これはステアリングダンパーだ」

修理工C→「AとBはデマを飛ばすクズだ。車軸がずれが原因で、アライントメントでなおる」

などなど、百家争鳴でした。ははは

幸い、調達や調整が難しいステアリングボックスがヘタレた、ということではなさそうなので一安心。

ポルシェくんのフロントサスペンション機構。赤丸がステアリングボックスです。

 

 

で、そのへんのサスペンション専門修理工場に持っていったら、修理工の兄ちゃんがポルシェを目の当たりにして怖気づいてしまい。

「ううう、こんな怪車はいじれない」

メカはかぶと虫だよ?でも、今どきの若者には、異世界の昆虫のように見えるらしい。

その兄ちゃんに、かぶと虫のフロントサスをいじることのできる修理工場を紹介してもらいました。

その名も「R2モーターズ」

R2という修理工場でかぶと虫を修理しました。

なんてギャグは、きょうび、もう通じないんだろうなあ。。。

世界の名車かぶと虫

ギャグはともかく。

ここも修理工場長のRuiという爺さんが自ら修理を手掛けてくれました。

 

 

ポルシェくんをジャッキアップ。

なんか、口を開けて、ぐえええーとへばっているみたいなポルシェ

 

 

Ruiいわく、これは「電話の中にあるベアリングだ」

えっ?

電話

https://p.potaufeu.asahi.com/c3bd-p/picture/15861677/76d3b63ec8ca366a2c5f80c32fa51541.jpg

 

 

電話とポルシェに何の関係があるのか?

VW系のフロントサスは、トーションバー主体になっています。

トーションバー

https://www.bunnitu.com.br/menu-de-carros/fusca/grupo-jogo-feixe-molas-suspensao-diant-vw-fusca-1200-1300-1953-a-1970-1a-serie-1970-a-1982-sistema-embucham-014413

 

 

そして、このトーションバーが、下の写真のフロントビームにおける、水平の黒い上下の管の中に入っており。

https://produto.mercadolivre.com.br/MLB-1456476889-suspenso-fusca-1300-l-1500-piv-freio-tambor-19721983-_JM

 

 

緑の矢印がトーションバー。赤丸の中に入っているのが、ベアリングとパッキン(ブッシュ)

Suspensão de Buggy Tradicional – Fusca

 

 

トーションバーとフロントビームはブッシュとベアリングで接続されており。グリスで充填され、サスペンションアームがぐりぐり動くぶん、トーションバーがねじれ。地面からのショックを吸収する仕組みになっています。

赤丸がサスペンションアーム。

 

 

今回は、サスペンションアームの付け根にあるベアリングがヘタレたということなのでした。

つまり、「電話」というのは「サスペンションアーム」のことでした。ははは

Ruiなど、ろくろく学校も出ることができず、現場のたたき上げで生活してきた古参のメカニックは、「サスペンションアーム」という名を知らないわけではないけれど「電話」とか、自らの勘と経験で覚えた名前をつかっています。

こんなかんじ(「一杯の魂―ラーメン人物伝―」ISBN4-08-859357)

 

 

いまどきかぶと虫系の車をいじれるというのは、苔の生えた「ラーメン職人のおっちゃん」みたいなのが多いけれど、とても気のいいおっちゃんが多く、助かっています。

電気系統と違って、原因特定も修理も具体的に進めることができる機械系の故障ですが、今回は、まずフロントビームを車体の骨格から外したうえで、「電話」を一つ一つ引っこ抜いてばらばらにするなどなかなか大掛かりになってしまいました。

フロントビームから引っこ抜いた「電話」はこんな感じ

https://produto.mercadolivre.com.br/MLB-699432685-braco-suspenso-pivo-fusca-_JM

 

 

3日ほど工場に留め置かれてしまい。その間はてくしー生活でした。

車のない生活というのはめんどうですねえ。

ステアリング系をいじってしまったので、ホイールアライントメントも必要になってしまい。

自動車の車輪には、まっすぐ走れるよう、

トーやキャンバーという角度がついています。

 

 

こうした角度をつけることで、直進性や安定性をが大きく向上。先人の知恵はすごいですねえ。

今回の修理代は、8万円くらいになりました。予定外の出費としてはちょっときついな。。。

幸い、ハンドルの震えは解消し、いい感じで乗ることができています。

 

 

おまけ

このブログは「軽飛行機で空を飛ぶ」なので、とある吉日、とある空港に飛んで行った時の写真を再掲・掲載します。

この空港は「レディオ空港」といって、空港に通信室があり、管制官がいますが、あくまで空港近辺の飛行機たちへの情報提供にとどまり、アプローチやトラフィック、離着陸は飛行機側の責任で行うというもの。

それほど交通量のない地方空港に多く、今回の記事にしたカルダス・ノーバス空港も、観光地(温泉)ゆえ、月曜から金曜日は閑散としており、管制官はおらず。土日にエアラインの旅客機が下りてくるときに、この交通整理のためレディオ空港として機能するという感じ。ちょうど管制官やエアライン旅客機との通信を練習したかったので、土曜日に行ってきました。

ちなみに、レディオというのは「ラジオ」のことです。ラジオ通信のできる空港だよ!という意味ですね。。。

以下、空港の風景です。

このフライトについてのもっと詳細な記事はこちら→レディオ空港で管制飛行の練習

 

 

おまけその2

吹き流し(風向指示器)

英語では、おしゃれに「ウインドソックス」と言います。

でも日本語にしたら、「風になびく靴下」。

うああああー

おっと、洗濯済みで、ちょうど乾かしている、というのならいいですね。

あれ?

ブラジルでは「ビルッタ」すなわち「狂人。低脳」

呼び方が低脳そのものでした。ははは

確かに狂ったうすら◎カみたいに、ぐるぐると竿の周りをまわる吹き流しですが、パイロットにとってはなかなか頼もしい設備だったりします。

滑走路の9メートル上空あたりで、どんな風が吹いているかを明示してくれるため、離陸や、特に着陸の時に重宝します。

吹き流しの折曲がり具合で、風の強さも見ることができ。

こんなかんじ

https://item.rakuten.co.jp/ohstore/2b6gjp4ujl/

 

 

ちなみに、ぼくのホームベースでは、早朝の7時半ではだいたい6ノット以下ですが、9時ごろから風が荒れ始め、10時から午後4時ごろまでは15ノット以上の烈風が吹き荒れています。

でも、一方向で一定の風なら、12ノットでもそれほど問題にはならず。怖いのは、それこそ吹き流しが狂ったようにぐるぐると方向を変え、急にびゅーんと水平に伸びたと思ったら、次の一秒ではぶらんと垂直に、となるような日です。

乾季では、風は強いがわりかし一定しており。雨季になると狂って揺さぶるような、怖い風の日が多くなっています。

ちいさな飛行機で飛んでいます

ではでは

 

Posted by 猫機長
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「リア―・ガンナー」

アメリカ映画に「Rear Gunner」というのがあり。

 

 

アメリカ陸軍航空軍のつくったプロパガンダ映画ですが、アメリカがどれだけぜいたくに、ゆうゆうと無数の機上銃手を養成していたがが一目瞭然です。

 

 

無数のトラックの荷台に、惜しげもなく爆撃機用の銃座を取り付け。自走式トロッコに立てた的(布)に向かって撃ちまくっていた。

日本側は、機関銃どころか、歩兵銃で一発撃つごとに「薬莢はどこだー」と探し回り。一個でも紛失したら、誰かが首を吊るはめになったそうですからねー

三八式歩兵銃の薬莢

https://aucview.aucfan.com/yahoo/w172434885/

 

 

*自衛隊も薬莢を回収してますが、安全対策上?の措置だそうです。

自衛隊ヘリの薬莢受け(カートキャッチャー)

http://rightwing.sakura.ne.jp/eventreport/sokaen05/sokaen05-10.html

 

 

一方、米軍は回収もへったくれもなく撃ちまくり。

薬莢が散乱しまくっています。

https://www.nationalmuseum.af.mil/Visit/Museum-Exhibits/Fact-Sheets/Display/Article/1519644/bomber-crew-protection/

 

 

もちろん実戦に入る前に、練習機上からもカンガン撃ちまくっていた。

 

 

この結果、アメリカの銃手は、坂井三郎のようなべテラン戦闘機乗りも「その射撃は非常に正確(「大空のサムライ」193ページ)」と評価。下手に近寄ろうものなら戦闘機の方が火だるまにされて撃墜されるという、強力な防御砲火を構築したのでした。

加藤隼戦闘隊の加藤隊長や、坂井三郎さんは、いずれも小型爆撃機の後方銃手によって撃墜ないしは致命傷に近い被害を受け。

一方日本側がどうだったかというと。

上から零戦、99艦爆、97艦攻

零戦 21型 & 九九艦爆 11型 & 九七式三号艦攻 “真珠湾攻撃隊”

 

 

「飛翔雲」という、当時の艦爆乗りの回想があり。

http://navgunschl.sblo.jp/category/796030-5.html

http://navgunschl.sblo.jp/category/796030-6.html

そこでは

「敵空母を攻撃する前に、艦爆隊は何故全滅したか?原因の第一は、艦爆には敵戦闘機に反撃する装備がないことであった。艦爆は7粍の旋回機銃を持っていたが、これでは敵戦闘機ワイルドキャットの防弾ガラスを貫撒できないし、敵の燃料タンクは防弾ゴムで守られていたので、火災を起こさせる力がないのであった。」

「7粍機銃に代る13粍機銃を要求することには非常に難しい問題があった。直接横須賀航空隊に訴えるしかなかった。」

つまり、どのような訓練を積んだか、日本の銃手は相当に優秀だったのですが、問題は「当たっても落ちない」という、悲しいけれどいつもの結論にたどりついてしまっています。

艦爆接敵隊形

 

 

敵戦闘機に襲撃され、36時間海にぷかぷか漂流したのち、写真の船に救助された。その名も「玄洋丸」だそうです。

 

 

さて、このパイロットは、「敵戦闘機の防弾ガラスを、7粍弾で貫徹できないもんでしょうかねえ、隊長!」という戦地の切実な声を、内地の空技廠などに「ソロモンの戦況を告げ、艦爆隊の空戦について詳しく説明し、13粍の必要性を力説した」のですが、回答は

「 九九艦爆の機体と銃座の強度は13粍機銃には不足であるから、改造補強しなければ装備できない。」

という、要すれば全機改造なんて妄想だ、99艦爆では7ミリが精一杯だ、と言われてしまいました。

結果、99式は、「艦爆」ではなく「棺桶」になり果ててしまい。

他の国の単発爆撃機はどんなだったでしょうか。

ますは、スツーカです。

https://centurabooks.com/index.php?route=product/product&path=25_60&product_id=116

 

 

こちらも、大戦中期には味方戦闘機の援護がないとバタバタ落とされるようになってしまい。

一方、機体の方に余裕があり、エンジンも610馬力から1400馬力に強化できたので、防弾装備をガンガン増強し。

後期型スツーカにおける防弾の強化。風防左右に防弾版が追加された。

https://i.redd.it/urwdn9gtumi61.png

 

 

「Ju87D-5は、搭乗員防護の強化で、通常の厚さ約四センチの防弾ガラスにくわえて、一〇ミリの装甲板が取付けられた。

 これは下方と後方からの砲火にたいして足をまもり、さらに後方からの砲火にたいして頭と肩をまもるよう、座席まわりに装備された。

 後席も同じように、特に射撃中、銃手の両手をまもる、取り外し可能な装甲板も装備され、さらに機体側方からの銃弾をふせぐ、ひざくらいの高さの装甲板も取付けられた。(http://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU/astuka11.htm)」

この改装が1944年ですから、ドイツ魂で最後の最後まで改良を続けていたことがうかがえます。

Ju87D-5の後方機銃は7,92ミリで、口径は日本とあまり変わらなかったようですが、2連装で相当の威力増があったかも?

https://www.pinterest.pt/pin/571886852675161669/

 

 

https://www.pinterest.pt/pin/901564419133339370/

 

 

初期の単装から、2連装に進化しており。99艦爆もこうできなかったのだろうか?

初期の単装機銃

Junkers Ju87 B code 6G+CD of StG 51 rear gunner in his position

 

 

もう一度99艦爆を見てみます

https://m.media-amazon.com/images/I/71gHJdnwemL._AC_UF894,1000_QL80_.jpg

 

 

空気抵抗を減少させるために、ふだんは機内に格納して、すっぽり風防に覆われていますが、なかなか凝ったギミックで機銃を引き出すようになっており。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14223246349

見ての通り、防弾はパイロットも機銃手も皆無だった。

 

 

それでも、雷撃機と違い、艦爆は爆弾投下後に戦闘機との空中戦も想定しているところから、防弾よりも運動性を重視する思想というのはやむを得ないかもしれません。

さて、アメリカです。

SBD  ドーントレス

https://planesoffame.org/aircraft/plane-SBD-5

 

 

アメリカにしては地味でおとなしいデザインですが、Slow but Deadlyと言われた通り、ミッドウエーでは日本の主力空母4隻を一気に撃沈して、太平洋戦争の形勢を逆転させました。

その後方銃座はどうかというと

https://www.reddit.com/svc/shreddit/cdn-media-page?imgUrl=https%3A%2F%2Fi.redd.it%2Fmwn0equ5koc51.jpg

https://www.si.edu/object/douglas-sbd-6-dauntless%3Anasm_A19610109000

 

 

機銃自体に装甲が施されており、機銃手は、装甲の覗き穴から照準して撃つようになっていたのでした。

戦車の銃眼か?ははは

Ⅲ号ベルゲパンツァー 2cm砲搭載 戦闘車両

http://www5b.biglobe.ne.jp/~O-NINE/factory09_Making2009-2.htm

 

 

ドーントレスの機銃は7.62ミリですが、2連装であり。

坂井三郎さんの零戦を撃破した時は、風防をみじんにして、坂井さんに瀕死の重傷を負わせた。もうちょっと下すなわちエンジンに当たっていたら、たぶんその場で撃墜になっていたと思います。

要すれば、二連装の威力と日本機の脆弱性がセットになって絶大な成果をもたらした。

ここまで書いて、切実に思うのは、

「結局、世の中金がすべて」

国家間の戦争なので、かっこいい言葉を使って、経済力が生み出す技術力、工業力や産業力、と言い換えることもできます。

搭乗員の安全を真っ先に考えて、そのための飛行機を作れる余裕を有り余るほど持っていたアメリカと、そのアメリカと何とか張り合うために、防弾も機体強度もかなぐり捨てた哀しい飛行機を必死になって開発した日本の差が、まじまじと見えてきてしまうのです。

世界をしのぐ性能を持った99艦爆も、13ミリとは言わず、せめて7,7ミリを連装化できたいたら。。。。でも、機体性能をぎりぎりに引き出していて、これ以上乗員の生命を守る装備を加えることができなかった。

しかも、それは前線でのはなしであって、後方では、アメリカは無数の搭乗員を、機銃ふくむ装備やお金を無尽蔵に使って育成していたのに比べ、日本では、マリアナ沖海戦の段階でベテランパイロットは払底し(4んじまっており)、新前の若者たちは、技量未熟により「ターキーシュート」といって、事実上の虐殺になってしまいました。

日本は、それでもまだましです。

ソ連は、日本も真っ青の状況だった。

その象徴がIL2 シュツルモビーク。

 

 

機体前面を外板からもろ装甲で覆い、地上の敵をやっつけるうえでは、世界に類を見ない「空飛ぶ戦車」でしたが。。。。

https://www.tamiya.com/japan/products/61113/index.html

 

 

この断面図でわかることは、まずパイロットの後ろに防弾板。その後ろに燃料タンク。そしてさらにその後ろにもう一枚防弾板。

一方で、機銃手には何も防弾がないことに注目。

後方から襲いかかるドイツ戦闘機の機銃弾は、銃手をブギャー!とハチの巣にはするが、その後ろの防弾版は血まみれにするのみで貫通できず。

つまり、燃料タンクの保護と引き換えに、機銃手を丸裸で敵に差し出していたのです。

機銃手の座席はこんなかんじ

https://www.britmodeller.com/forums/index.php?/topic/235056334-the-flying-tank-ilyushin-il-2-shturmovik/

 

 

茶色い革帯を張り渡しただけでした。

ちゃんとした座席にすると、敵の機銃に撃たれたときにのけぞった姿勢で4んじまうので、敵の方でも、これで安全だ!と襲いかかってくるのに比べ、この「簡易シート」が、ばねみたいに作用して、機銃手はうつぶせで絶命し。敵戦闘機から見れば、あたかも銃を構えているかのようにみえるので、なかなかそれ以上接近できなかった、という情報があります。

ドーントレスとスツルモビーク。アメリカ、ソ連両国の勝利へ決定打を与えた傑作機ですが、その貢献の裏に何が潜んでいたかが解明されると、資本主義がもたらす「個人の尊重(簡単に言えば、自由)」が大切なのだなと、思っています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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セスナ社のLSAが生産中止になった理由

軽飛行機といえばセスナ。セスナ社の軽飛行機は世界中に普及しています。

セスナ社は、モデル120から、140、152,172。。。。と連綿と続く傑作軽飛行機を生み出し。

でも、一時期アメリカ政府が軽飛行機の安全性について小役人みたいな規制をかけたので、さすがのセスナ社も軽飛行機は採算が取れなくなり生産中止。かわって、サイテーションとかビジネスジェットで巻き返しています。

そんなセスナ社が、満を持して、小さな単発ピストンエンジン機の世界で新作を発表だ!と2009年に生まれたのが「セスナ162 スカイキャッチャー」。

https://aircraft.fandom.com/wiki/Cessna_162

 

 

これまで実機の世界を制してきたセスナが、ついにLSAの世界に乱入だ!

この、実機とLSAの違いが、この記事の核心になるので、簡単に説明します。

両方とも軽飛行機で、性能はどっこいどっこい。

実機の方は、安全が確立された製法、エンジンで作られた古典的な飛行機。

LSAは、伝統にこだわらない製法、エンジンで作った創作料理みたいな飛行機。

当初はLSAは試作機みたいな扱いでしたが、最新技術が信頼を得るに従って実機と共に軽飛行機の中で重要な割合を占めるようになり。

これは、フランスにおける「良い子のワイン」と「悪い子のワイン」の関係に類似していると思います。

フランスには「ラングドック」という地方があり。ワインの革命を進めている恐ろしい地域だそうです。

ラングドック地方には「良い子」と「悪い子」のワインがあり。もともとは安ワインの大産地だったが高級志向で売れなくなり、伝統的なブドウの品種を格式作法?にのっとり、がんばって1980年代に「AOC(高級品質保証)」をもらったのが「良い子」、一方そんな権威なんて信じねーぜ!自分の思うように外来の品種を混ぜたり創作してやる、というのが「悪い子」で、実は「悪い子」のほうが品質は上だ、という人も多いらしい。

http://www.tintosetantos.com/index.php/denominando/1105-corbieres

南仏ラングドック、コルビエール地方

 

 
要すれば、実機が「良い子」。LSAが「悪い子」である。

欧米ではLSAが大ブームになっており。

そんな中で、セスナもLSAを発表。

セスナの信用とLSAの技術革新、そしてメンテナンスがお手軽だよ!などなどの利点から、販売開始当時は世界中のジェネアビ界から注目を集めました。

そして驚異の大生産・大量販売、にはならず。。。。

2013年に生産終了になってしまいました。

当初は年間生産600機などと期待されていましたが、実績としては4年を通じて

生産機数はわずか275機にとどまり。

何が起こったのか?

整備や運行のメンテナンスなど、コストダウンが経営の決定打となるフライトスクールがこぞって購入するはずだったのに?

事実、これら飛行学校の教官たちが、わくわく、と試乗しはじめ。

ところが、なんと、あまり良い評価が得られなかったらしい。

ここからは、「らしい」という推測で進めさせていただきます。

というのも、確かに当時のどこかの飛行学校のHPで「こういう理由でスカイキャッチャーの導入はやめました」というような情報はあったのですが、2022年の今日再び探したら全然見つけられず。

別に、セスナ社が箝口令を敷いた、という気はありません。

一方、ぼくもLSA乗りとして、LSAとしてとても有望だったはずのスカイキャッチャーが消え去ってしまったことに対する一つの提起として、書かせていただきます。

どうも、これらフライトスクールの教官たちは、実機のりばかりだったのでは、と考えたくなるふしがあり。

スカイキャッチャー不評の理由として(くどいですけど今日裏付けを貼り付けることはできないので、あくまで私見ですが)

◎低速時における操縦性がインスタブル過ぎる

◎着陸降下時のランプ(降下アプローチ)が、ちょっとした横風で大きく変わってしまい、まっすく降りることができない

◎滑走路直上で一定したフレア(引きおこし)ができない。上下左右に振り回され、思うような着地にならない

◎ギア装備がぜい弱すぎ。ちょっとでも落着したら壊れちゃう

というような意見があったと理解しています。

確かに、

◎お手軽に、短時間で、飛行学生に免許を取ってもらいたい

というスクールにとっては、なんちゅう扱いにくい教材じゃ、となってしまったのだと思います。

でも、一見残念なスカイキャッチャーの特性?は、実は、LSAだったらどのメーカーのどの機種にもある、LSA特有の宿命であって、特にスカイキャッチャーが劣っていたわけではないのでは?と思います。

LSAは、軽量化などで実機と同等の性能を達成しましたが、それは、カタログスペックには出てこない、着陸時における繊細な操縦の必要性といった弱点?とバーターすることによって可能になったものと理解しています。

というわけで、ブラジルの例ですが、LSAの免許を取るためには、年齢の数の倍の飛行時間が必要になっています(40歳の人だったら、80時間かかる、みたいな感じ)。

もちろん法的な最低ラインというのではぜんぜんなくて、飛行学生が、やんちゃなLSAを壊さないで着陸させたり、上空でも突風でもみくちゃにされるLSAをなにげにまっすぐ飛ばせるようになるまでには、ふつーこれくらいの飛行時間が必要になっています。

ぼくの場合は80時間かかりました。実機の場合はこの半分以下で免許くれるらしい(ブラジルの場合)。

それでも、欧米ではLSAの免許を取るために、がんばって時間をかけてでもスクールを通いとおす人たちがひきもきらず。

要すれば、LSAは、免許取得や、その後も実はお手軽とは言えない部分もあるのだけれど、それでも実機にくらべてアドバンテージがあるということらしい。

ぼくの個人的なケースでは、LSAに特化した小さな飛行クラブで、実機に比べて税金が安く、修理についても自動車のプラグなどを使用する前提のロータックスエンジン、ガソリンも同様。計器なども実機用の純正品と同規格のものを3分の一以下の値段で買える、などなど、メンテの費用削減もあるが、とにかく簡素な、クラブ自前の滑走路・格納庫ですみ、実機の運用を許可された飛行場施設が要求する目の飛び出るような保管料とかがない、という、こちらもカタログスペックには出てこない重要なアドバンテージがあるのです。

これは、実機の方がいいとか、LSAの方が優れているとか、そういう話ではなくて、双方の特性を知ったうえで、自分に合った方を選びましょう、という事だと思っています。

 ぼくはLSA乗りですが、LSAがあったからこそ今日の飛行機乗り人生があったと思っています。

老舗セスナが生み出したLSAの名機(なんて断定しちゃいますが)スカイキャッチャー。LSAが理解されてきた今日こそ、再登場してほしいな、なんて思っています。

最後に、なかなか網羅的にスカイキャッチャーの失敗について説明した動画があったので追加。

ぼくは、中国だのなんだのというより、エッセンスは17:20あたりから17:25あたりに凝縮されていると思います。

ではでは

Posted by 猫機長
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 墜落したお話(ぼくじゃないよ)

世界のさいはてブラジルのそのまた最果てブラジリア、さらにその果てのソブラジーニョ・ドス・メ―ロスという「だあれも知らない、知られちゃいけない」宇宙のかなたにある飛行クラブで、土日は軽飛行機を操縦してその辺を飛んでいますが、ときどきクラブのパイロットたちが集まってバーベキューをやることもあり。

最果ての飛行クラブ。

 

 

そんなときに、それぞれ「エアラインと混じって有名な空港へ降りたよ!」とか「素敵女子とブラジリア近辺の観光地に行ってきたよ!」 などのお話に交じって、「戦闘機にスクランブルされて、死ぬかと思った」みたいな要注意なのや、「乱気流に煽られて翼がふにゃふにゃ揺れてた」とか、ついには「ブラジリアの湖に墜落しちゃった」というのさえ出てきちゃいましたので、記載します。

落っこちたパイロットですが、もともと空軍の飛行機乗りで、早期退職か?あるいは軍隊の退職年齢がもともと低いのか?それほど年取っていないのに、リタイヤちっくにのしのしクラブをほっつき歩いており。あえて強風の時に飛び立って、空中静止(バックするときさえある)を楽しむという、クラブでも指折りの技量保持者です。

空中静止、でお分かりと思いますが、生粋の草分けウルトラライト・プレーン(ULP)パイロットです。

元祖。初級ULP

 

 

その名もFさんとしておきます。

事件は、以下の経過をたどりました。

当時(20年くらい前)は、まだまだ初級ウルトラライト、鋼管に翼をくっつけただけみたいなやつの全盛期であり。でも、ハンググライダーみたいな「体重移動型」から、ちゃんと補助翼、昇降舵、方向舵が付いた飛行機ちっくなものに移行した時期でした。

さて、こうした初級ULP乗りたちが集まって、日帰りでとある大農場へ遊びに行こう、ということになり。

いまのクラブは最果てに追いやられていますが、当時はブラジリア市の真ん中というか、ブラジリア市の象徴の一つである人工湖の近くに滑走路を設置していました。

ブラジリアとパラノア湖(人工湖)、そして当時の飛行クラブの位置(赤い星)。

Mapa de Brasilia – Bing images

 

 

当日のまだ暗いうちに集まり。どんなルートで行こうかとか、わいわいがやがやと、まあ楽しく計画していたのはいいのですが、意外に遠くね?と誰かが言い出して、一瞬沈黙が。

というか、全然遠くないのですが、目的地の農場ではガソリンの補充が不可能で、往復分の燃料を入れていかなければならず。ちょっとした向かい風で大いにスピードが落ちる(燃料消費量が増える)初級ULPのこと、みんなしゃあねえな、と普段はやらない、ち密な燃料計算を始めました。

出発地からの離陸上昇速度、上昇時間、水平飛行の速度、その時間、下降は。。。とそれぞれのステップにおける気圧の変化(高度が高くなれば気圧は減ります)など、もちろん向かい風成分も想定して、それは綿密に計算した結果、なあんだ燃料満タンにしなくても行って帰ってこれるじゃん、ということになり。

当時のULPは、胴体左右、中心線近くに1個づつ燃料タンクを備えていることが多く。両方のタンクを半分ちょっと満たしていればOK、と安心したのですが。。。

しかし、ここでFさんのULPが、タンクの一つを修理中で外していた、と気づき。

初級ULPにおける燃料タンク配置の一例。

後部座席のすぐ下にある白い容器が右側燃料タンク。左側にも同様のがあります。

https://maisaero.com.br/produto/830/

 

 

さすがに一つだけじゃ、満タンでも強い向かい風を食らったような場合に苦しいんじゃね?とみんなで悩んでいるうちにも、日が高くなりはじめ。とっとと離陸しないと、サーマルがはじまってもみくちゃだぞ?

今回はやめにしようか。。。なんて弱気な意見が出たところで、目的地の農場の管理人から電話があり。

「なんか近くの看護師学校の女生徒たちが、うちの農場で乗馬体験をすることになっているけど、ULPが飛んでくると言ったら大喜びしていたよ」

わあああーい!とみんな喜び勇んで、あっという間に離陸していったのでした。

幸い無風の快晴で、わいわいがやがやラジオでおしゃべりしながら、余裕で農場に着陸。でも、ここでうまく行き過ぎたのが、Fさんの油断を誘発してしまったらしい。

看護師の卵さんたちと、楽しいバーベキューだ!もちろん帰りも操縦するので、アルコールは一切厳禁。でも、そういうところも素敵女子たちの好感を得たみたいで、馬に乗ろうとして落っこちたり、怒った牛に追いかけられたりして、のんびり満喫し。

ブラジルの大規模農場

GADO_AMAZONIA.jpg (468×271) (asiacomentada.com.br)

 

 

一方、初級ULPでの離陸体験というのは素敵女子たちも怖がったみたいで、滑走路を2,3度走ったくらいで済ませたらしい。

この記事を読んでいる皆さん、将来パイロットになったときに、女性の中で一定数とても怖がりの人がいることを覚えておいてくださいね。そういう方とは、タクシーウエイと滑走路をちょっと走るだけでも十分楽しめますよーでもいかにも離陸するみたいにエンジン全開といういじわるはしないように。

猫を飼うとわかりますが、同じ母猫から生まれた子猫なのに、そこらじゅうを探検しようとして、あわや行方不明か?みたいなのもいれば、母猫のそばを一日中離れないというのもいる、ということですねー個人差は尊重しましょう。

同じ子猫でも、成長すると性格が変わるのもいるらしい

 

 

あと、冒険大好き女子で、ちょっと空が荒れてるけど行こうよーとなったのですが、着陸したらぐったり、なんてケースもあり。男と違って、女性はとても繊細なので、素敵女子と飛ぶときは風のない日にしましょうね、と補足しておきます。

Fさんに戻りますが、素敵な看護師さんたちと楽しい時を過ごしているうち、ガソリンタンクのことなんて忘れてしまっていたのでした。ははは

そろそろ帰らないと日が傾いてくるよ、となり。

やばいぜ!別れの挨拶もそこそこに、プリフライトチェックはもっとそこそこに、次々と離陸。

帰りもしごく平穏な飛行で、でもちょっと遊びすぎたね、夕日がもう少しで沈んじゃう。。。とみんなそわそわしながら、でも滑走路が見えるところまで飛んできました。

なんか忘れてなかったかなーと思った刹那、Fさんのエンジンがばす、ばす、と息をつき始め。

わあああーガス欠だー!

みんながあっけにとられて見守る中、ともかく滑空姿勢に入り、もうちょっとで滑走路に滑り込めるぞ!がんばれー!とULPに語りかけながら降下してゆき。

がんばりましたが、滑走路にとどきませんでした。ははは

結局、市街地は避けて湖の岸辺になんとか不時着だ!でもそんな広い岸辺もなく。

ぽちゃん、と湖に落っこちちゃったのでした。

陸に降りるより水に落ちる方が衝撃は大きいはずなのですが、そこはもともと空軍パイロット、どうやってスピードと降下率を殺したのかはわかりませんが、仲間たちが上空から観察していたかぎりでは、まるで「冷たいプールに恐る恐る入るような」感じだったらしい。

も一度ブラジリア地図。Mapa de Brasilia – Bing images

市街地上空を通過しないように、湖の上を、行きは赤の線、帰りは緑の線を飛ぶことが義務付けられており(飛行場近辺は時期によって変更あり)。ULPの回廊すなわちU Corridorと呼んでいました。青線がガス欠発生からの経路、緑の星が着水点だったらしい。

 

 

飛行機は沈没。でも岸辺の浅い場所だったので、後でレッカー車かなんか呼んできて引き上げました。

パイロットはびしょ濡れ。でも風邪とかも引かずに済んだらしい。

問題は、エンジンに水が入ってしまい。ピストンとかばらして乾かすのに大変だったそうです。

同じ湖にヘリコプターが不時着した例。乗員は無事だった

G1 – Guincho retira da água helicóptero particular que caiu no Lago Paranoá – notícias em Distrito Federal (globo.com)

 

 

初級ULPの全盛期は、こうゆう珍事がそこかしこだったのですが、きょうび実機(セスナ)とかわらないくらい進化した高級ULP、その名かわってLSA(ライトスポーツエアプレーン)の時代になり、フライトプランに管制飛行という、古き良き時代とは一線を画した世界になってしまいました。それはそれで楽しいですが。

LSAの一例。ぼくが乗っているRans社製Coyoteです

 

それでも、エアラインパイロットに比べれば、鳥のように気ままに飛べるLSAの世界。このブログで皆さんに楽しんでいただけることを願っています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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紫微斗数と飛行機②

本題の前に、まずはランクイン1位達成で、読者の皆さまに感謝。

 

 

最近、たまにランク付けされていても80位だのなんだので、さびしいな、と思っていたら、一挙大量にベストテン入りと、いつもながら謎のAmebloランク計算ですが、ありがたく掲載させていただくのでした。特に、「ブロックチェーン」のタグで1位になったのは、ぼくが常々主張していることと、世間一般の関心ごとが一致してきたのかなと、勝手に喜んでいます。

さて、本題です。

第1回に引き続き、紫微斗数がらみのお話です。まずは前回のおさらいから。

封神演義、という神話があり。

殷王朝が倒れて周王朝が生まれるまでの壮大なストーリーを、楽しい物語の形で綴っています。両王朝の英雄たちを紫微、貪狼、巨門、廉貞、武曲、破軍、天府、天梁、天機、天同、天相、七殺、太陽、太陰の14星になぞらえて、それらの星の性格や、生年月日にこれらの星たちが夜空のどこにいたかで、恋愛とか仕事とかの運勢を占うことできます。

風神演義。左が殷陣営。右が周陣営。https://kknews.cc/zh-hk/history/l2b8242.html

 

 

ランダムに、特徴的な星たちについて記載してみます。

ここからが新しい記事になります。

◎巨門星「沈黙は金」

馬千金、といっても競馬で一千万円儲けました、というのではなく。姓は「馬」名は「千金」という名のおばちゃんです。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/jumenxing.html

 

 

殷側の登場人物なので、夫を尻に敷いたあげく、離婚でけりだした悪女にされてしまっています。強烈なおばちゃんではあるのですが、殷や周の皇帝にまじっておばちゃんが?

中国の神話おそるべし。

確かにただもののおばちゃんではなく。雄弁、弁舌、マニアックな観察力・分析力。いがいと几帳面。飲み食いとも縁があるらしい。

となると、やっぱりこんな飛行機ですよね。。。

その1:イタリア機全般

飛行機というより、飛行機に乗るほうのイタリア人がぺらぺらシャベリーノしながらパスタをマンジャーレと、巨門星なのですよね。ここでは代表選手でフィアットG50を挙げておきます。

Fiat G.50 Freccia

 

 

日本の隼と比べると、不思議さが際立ちますよね。。。

隼は、素直にエンジンから胴体か伸びており。前方視界をよくするために、風防を極力前に引っ張ってきています。

フィアットも前方視界をよくしたい、のですが、前に引っ張るのではなく、無理やり上に持ち上げてしまったのでした。ははは

 

 

 

 

これを「せむし型コクピット」という人もいるらしい。

コクピットを上に持ち上げる、というのはわりかしフツーな設計ですが、その場合、機首から一定した曲線あるいは直線で持ち上げ、コクピットの後ろもやっぱり同じような放物線で。。。というのが一般的である。

F8Fの例。https://cdn.airplane-pictures.net/images/uploaded-images/2010/11/23/110161.jpg

 

 

でも、そうなると、胴体が太くなってしまい。

ところが、さすが芸術の国イタリアだけあり。奇想天外な解決策をひねくりだしたのでした。

それは「エンジンを機体の下にずらして設置してしまう」。

特にマッキMC200で顕著な特徴です。

https://www.pinterest.fr/pin/556687203924833709/

 

 

エンジンカウルの下に、大きな空白があいちゃってるじゃん?乱気流でまくりじゃないの?と危ぶむのですが、これでそれほど空力的損失をしたという記載がないので、カウルから後ろの形状処理になにか秘密があるのか?

でも、かっこいいいなー。やっぱりイタリアは違うね!

その2:マッキ速度記録機

イタリアですが、マニアックな分析で、几帳面に速度を追い求めたらこうなった、という、あまり陽気ではないけれど、論理(この場合は物理・化学)を突き詰めた、よく言えば芸術品。悪く言えばおたくでヘンタイな飛行機です。

マッキMC72 https://grabcad.com/library/idrocorsa-macchi-castoldi-mc72-1934

 

 

ジェロラモ・カルダーノ(1501-1578、3次方程式の解法、虚数概念の導入)やルドヴィコ・フェラーリ(1522-1565、4次方程式の解法)など、世界を変えた数学者を輩出したイタリア。論理思考は日本人より得意かもしれませんね。

 

 

 

◎天機星「女ってこわいな」

世の女性は、パートナーだの夫だのが仕事で疲れ果てて帰ってきたところを、待ってました!とつかまえて、起承転結のない、とりとめのない、どうでもいいお話を1時間、2時間とえんえんと話し、聞かせないと気が済まない、恐ろしい生き物ですが、天機星すなわち呂商くんは、とりとめのないどころか、甲斐性なし!などとさんざん罵倒する悪妻を引いてしまい。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/tianjixing.html

 

 

その悪妻すなわち馬千金に、離婚だ!とけり出されて、途方に暮れているところを、九天玄女という素敵女子に拾われ。20年にわたる仙人修行の後、武王の右腕として殷を倒し、周の建国に決定的な役割を担った最強の軍師になりました。

でも、20年も素敵女子九天玄女といっしょながら、霊山での「とても健康的な友情」を越えられなかったのでしょうねえ。かわいそうに。。。

そんな天機星みたいな飛行機は。。。。

善意の人、知恵・学問、まじめ(礼儀正しい)、でもシャイ、冷たい人とみられる。。

となると、やっぱり「ドイツ機全般」ですよね。

ワールドカップで、ドイツとイタリアが決勝で当たったとき、やっぱり、ずるっこいイタリアがゆうずうの利かないドイツの裏をかいて勝ったりしましたが、飛行機の世界でも、貴重なDB601エンジンをじゃんじゃんイタリアに供給したら、そのイタリアは連合国側に寝返り、DB601エンジンを付けた戦闘機で逆襲してきたりしました。

かわいそうなドイツ人。

そんなドイツを象徴する飛行機は。。。

https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln4/290Ju87.html

 

 

Ju88です。

こちらも、まずは主翼に注目ください。

https://www.the-blueprints.com/blueprints/ww2planes/junkers/36557/view/junkers_ju_88_1936/

 

 

うううむ?直線翼なのか?後退翼なのか?

まあ、楕円翼じゃないよね?

いえいえ、楕円翼なのです。

というか、楕円翼にしたかったけど、ドイツ式にやったら、カチンコチンのカクカクした「直線でできた楕円翼」になってしまったのでした。ははは

マニアの人は、そんなことないぞ!ドイツもちゃんと楕円翼の名機があるぞ!と怒るでしょうので、「ドイツの誇る楕円翼」はこんな感じ。

99式艦爆。http://kurage55.web.fc2.com/AREA144/IJN/99KB_03.html

 

 

ドイツ機じゃないじゃん?

いやいや、ドイツのハインケル爆撃機があまりに優秀だったので、日本人が思わずまねをしたのです。

そうしたら、世界一の急降下爆撃機になりました。

そして、お手本になったドイツ機はこちら

ハインケルHe70 https://hobbycom.jp/my/kashiwagi/photo/products/116416

 

 

日本機のみではなく、後のスピットファイアを設計したMJミッチェルという技師が、ハインケルさんに「感動した!」みたいな手紙を書いており、スピットの特徴的な楕円翼に、すくなくともインスピレーションは与えていた(コピーしたというとイギリス人に怒られるので)との理解です。

楕円翼の完成形。スピットファイア(パブリックドメイン)

 

 

じゃあ、なんでJu88が、あんなできそこないの楕円翼もどきになったの?

要すれば、工業力です。

第1次大戦後、戦勝国たちに虐待されて滅亡寸前になってしまったドイツ。

逆切れして、ナチスになってしまいました。

必死に再軍備し。Ju70爆撃機もがんばって324機作りました。

でも、それじゃ全然足りないよね、となり。

要するに、完璧な楕円翼というのは、ものすごく生産しにくいのです。

次世代のJu88では、苦肉の策として、楕円翼とほとんど同じエフェクトは得られるけど、工程工数を減らせるように直線を多用した、特徴的な翼になった。

世界の名車かぶと虫。

別に、すべてのドイツ製品が角ばっているというわけではありません。

 

 

その結果、33,984機という恐ろしい数が生産されました。

零戦が10,430機、グラマンF6Fが12,272機ですから、その多さがわかるというものです。

Ju88は、当初は素直に爆撃機として、しかしドイツが多方面で死闘に入ると、あるものは巨大な機関砲を積んで戦車をやっつけ、あるものはレーダーを積んで爆撃機と戦い、偵察型など、ドイツ行くところJu88ありという活躍をしました。

ドイツの知恵・学問、そしてまじめな探求は、世界の技術革新に貢献していますが、ドイツ人の「愚直さ」をシンボライズするような飛行機があるので、今回記事の最後を締めくくる名機として掲載。

Ju52輸送機。https://avioesemusicas.com/junkers-ju523m-um-pouco-de-historia-parte-2.html

 

 

こちらも、経済恐慌から第二次大戦の時代の、虐げられたドイツを支えた、愚直な馬車馬、みたいな飛行機で、波型外板など、デビュー当時は最新の技術で作られ、戦闘機みたいな華やかさはないけれど本当に頼られる信頼性を持った名機と思います。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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愛と優しさのノルデン精密照準器

きょうびどこへ行くにも飛行機。素敵女子たちの大好きな台湾、グアム、沖縄、みんな快適なジェット旅客機でひとっ飛びです。

でも、素敵女子たちのおじいさん、おばあさんの世代は、そうひとっ飛びでもなく。

黎明期の旅客機は、えっちらおっちら、入道雲を避けながらも、毎回乱気流にもてあそばれて、がんががん!きゃー!という飛行を余儀なくされていた。

当時の企業家たちは、もっと楽ちんに揺れないで飛ぶ方法はないものか、そうすれば電車なんかよりずっと早い飛行機は、きっと料金より時間を大切にするお金持ちがよろこんでお金を落とすドル箱になるのに、とくやしがっていました。

そんな時に世界大戦が勃発。

当初の、ソードフィッシュみたいな乗員吹きさらしの複葉布張り機から、ランカスターみたいな単葉ですっぽり乗員に覆いかぶさる風防がついた金属製の飛行機に変わってきた。

ソードフィッシュ(上)とランカスター(下)

Pixabay無料画像

 

 

企業家たちは、ふむふむ、いいじゃん、と喜び。

政府や軍が大金をつぎ込んでエンジンの開発に血道をあげてくれた。例えばメッサーシュミットBF109は、当初は570馬力だったのに、後期型では1400馬力と、3倍近くになっており。

Bf109A。エンジンはなんと英国ロールス・ロイス
製570馬力。

Willy Messerschmitt’s Bf 109

 

 

飛行機なんて、1にエンジン、2にエンジン、3、4がなくて5がエンジンですからねーベルサイユ条約でいじめられて、食うや食わずのドイツでここまでエンジンにお金をかけたわけですから、イギリス、アメリカがどんなバケモノエンジンを開発したかはおして知るべし。

その結果、飛行機への武器弾薬の搭載量が飛躍的にのびた。

これもいいね!と企業家たちはまた喜び。

でも、地上でそろばんをはじいていた企業家たちが気づかなかった恐るべき事実が、戦争の推移で明らかになってきたのでした。

それは「高高度性能の充実」

ゼロ戦に手を焼いたアメリカですが、そのうちゼロ戦のエンジンなんて実はたいしたことなくて、P51だのがぐわーんとエンジンをふかして高度1万メートルまで駆け上がってしまえば、はるか下でくるくる回っているだけということに気づき。

高度優位によるエネルギー差を生かして、格闘戦もへったくれもなく、ゼロ戦や隼を粉砕しました。

でも、別に零戦や隼なんて粉砕しなくても戦争は勝てる。

いくら零戦に撃たれても落ちない不死身の爆撃機を雲霞のごとく日本の空に放ち、零戦を作っている工場を爆破してしまえばよいのです。

この際高空かどうかなんてあまり関係なかったりします。

独ソ戦で、低空を這うようにして地上の戦車などを撃破していたシュツルモビークなどが、勝つために本当に必要な飛行機とは何か、を物語っています。

空の戦車シュツルモビーク(PIXABAY無料画像)

 

 

これを援護するソ連の戦闘機も、迎撃のドイツ機もやっぱり低空。低空ではエンジンの出力差もあまり出ないので、ソ連戦闘機は天下のBf109やフォッケウルフと互角の奮闘をしたらしい。

大陸の戦争は広域にわたる陸地面積の取り合いで、まずは兵隊を雲霞のごとく繰り出して、地雷でもなんでも踏ませて戦車の通り道を確保し、次は戦車を雲霞のごとく繰り出してドイツの砲弾やバズーカの餌食にさせ、さらに次は兵隊を雲霞のごとく繰り出して弾の尽きたドイツ兵と相打ちにし、その次はまた戦車を。。。。と、敵も味方も殺しつくし、最後は「畑(ラーゲリ)からいくらでも取れるソ連兵が残った」とゆうふうに持って行き。

このやり方を「縦深攻撃」といいます。

ソ連が絶滅戦争の汚れ仕事を引き受けているうち、アメリカとイギリスは何をしたか。

独ソ戦線のはるか後方にあるドイツ工業地帯を壊滅させたのですが、そのやり方がちょっと。。。

「皆殺しのルメイ」すなわち米軍戦略航空隊のボス、カーチス・ルメイによる「戦略爆撃」で、日本とドイツの主要都市は、女性や子供も見境なしに爆殺され、灰燼に帰してしまいました。

いちおう、クリーンな戦争をやろうというポーズは見せた。

それが「高高度精密爆撃」

世界一の高性能エンジンで可能となった高高度性能を活用して、零戦や隼がはるか下方でくるくるしているところ(Bf109はがんばって高空まで上がってきた)を安全に、かつ軍事施設だけを爆撃しましょう、という、アイデアとしては完璧で、後年の湾岸戦争などで見事に花開き。ピンポイント攻撃の「クリーンな」戦争を可能としました(誤爆も多いけれど、独ソ戦のような絶滅戦争よりはずっとまし)。

その原型ちっくな秘密兵器が、第2次大戦ですでに生まれていたのです。

米英おそるべし。

その名は「ノルデン精密照準器」

ともかくものすごーく精緻な爆撃を行うことが可能で、理論上は1万メートルの高空から、ベルリンのパン屋さんの前の電柱におしっこをしている野良犬に爆弾を命中させる精度があったらしい。

B17の機首。爆撃手席中央のノルデン照準器

PIXABAY無料画像

 

 

こうして高空を覆うB17の大群が、軍事目標のみを見事に壊滅、とはなかなかいかないことが判明。

B17

 

 

「アメリカ航空軍は、軍需工場に対する戦略爆撃において、工場のみを目標とする精密爆撃をしようとしたが、十分な成果が得られず、絨毯爆撃に切り替えた(Wikipedia)」。

照準もへったくれもない大量殺りくで血も涙もなくドイツと日本を壊滅させたアメリカ。

じゃあ、なんでノルデン照準器なんて開発したの?

ノルデン照準器は、実は戦争に勝つための装備ではなく。「戦争に勝つために高空を飛ぶ」という言い訳を正当化するための道具でしかなかったのです。

本当の狙いは、高空で無数の大型輸送機を飛ばす実験をしたかっただけであり、爆弾を落とすなんてどうでもよかった。

そんなことは口が裂けても言えないので、ノルデン照準器でクリーンな戦争をしましょう、と言いつつ、実は長距離旅客機のプロトタイプ実験を繰り返していたのです。

なぜそこまで高空にこだわったのか。

以前の記事(「B29によって築かれたエアライン運航の基礎」、「日本がリードしていた戦前のエアライン」)に書いた通りなので、要点だけ書き出しますが。。。

◎高空の低い大気密度では、気流が安定しており、機体(おっと乗客もですよ)へのストレスを軽減できる。スピードが出せて燃料が節約できる。

旅客数や、もうけなど、大喜びでそろばんをはじいていたのでしょう。

あとはみなさんご存じですね。高空での厳寒や酸素不足を与圧設備で解消したB29で、Tシャツを着た搭乗員がサイパンから東京をなにげに往復し、ついでに爆弾も落とせることが証明できました。

B29(旅客機型B377)

https://web.facebook.com/groups/218033175139/?_rdc=1&_rdr

日本を実験台にして踏みにじり、アメリカは戦後の経済超大国へ躍進。

ああ無情。。。。

ちなみに、ノルデン照準器が、戦争の趨勢に大きく貢献したのは、実は「低高度雷撃」。

当時の傑作機に、グラマンTBF「アベンジャー」というのがあり。マニアの人ならピンとくると思いますが、グラマンF6F戦闘機が日本の戦闘機など大多数を撃墜して太平洋戦争の制空権を獲得したのと同じく、この制空権を生かし切って日本海軍の軍艦の多数を沈めたのがアベンジャー雷撃機でした。

大げさに言えば、この2機とB29 でアメリカは日本を屈服させたとも言えるのである。

F6F

 

 

TBF

 

 

B29(以上F6F、TBFともパブリックドメイン)

 

 

そのアベンジャーが装備していたのが「ノルデン高高度精密照準器」

戦争に決定的な影響を与えた軍用機の例にもれず、アベンジャーも低高度、海面すれすれを飛んで日本の軍艦に魚雷をぶち込みました。

どこでノルデン照準器の出番があるんじゃい?

自動操縦装置として重要だったのでした。

四方八方見渡す限り海、という状況では、まっすぐ飛ぶことさえ至難ですが、爆撃進路を一定に保つ機能を持ったノルデン照準器に「この進路に向けて飛びましょう」とインプットしちゃえば、あとはパイロットがぐーぐー寝ていようが、横風成分などを自動的に計算して、その進路に向かって飛んでくれる。

迷子にならずに生還率を高めるうえで、ノルデン照準器は必須アイテムだったのかもしれません。

*このへんの情報については、こちらもご覧ください(外部リンク)https://www.youtube.com/watch?v=M2w3CFPqnxs

いろいろあって、戦争とは違う目的や、戦争目的だけど、本来の用途とは違う場面で活躍したノルデン照準器。アメリカの国力を象徴する、恐ろしい「武器」だと思います。

ついでに、ようつべで面白いのがあったので、リンクしときます。

ではでは。

Posted by 猫機長
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短編集:干しバナナとバックミラー

◎バナナ

みなさん、干しバナナはお好きでしょうか。

Como fazer doce de banana caseiro de cortar: 5 receitas incríveis

 

 

日本ではなじみが薄いかもしれませんが、ブラジルではめちゃくちゃあまーく加工したお菓子として、なかなかポピュラーだったりします。

でも、今回は、食べ物ではなく、戦闘機の「干しバナナ」についてのお話です。

水上戦闘機「強風」https://www.tamiya.com/japan/products/61036/index.html

 

 

第2次大戦。日本とアメリカにまたがる広大な太平洋が戦場となり。南洋の無数の島々に戦闘機を配備する必要に迫られた日本。

でも、ブルドーザーで瞬く間に滑走路を建設してしまうアメリカと違って、工兵がもっこを担いで。。。という日本では、遠洋の小さな島に滑走路なんて夢のまた夢でした。

苦肉の策として「零戦にフロートを付けて、波打ち際に着水できるようにしてしまえ」とやったら、意外にうまくいき。

巨大なフロートなのに、米英の戦闘機を見事追い払って、島々への空襲を防ぎました。

そのうち、零戦を無理やり水上機にするんじゃなくて、最初から水上戦闘機で設計したのを作ろう、ということになり。

そこでできたのが「強風」です。

零戦の水上機型と比べて、効率化が随所に現れています。

https://www.imgmsplus.com/item/36000/36970.jpg

 

 

写真は、上が零戦(二式水戦)、下が強風です。

両者の最大の違いは、零戦が低翼といって、機体の下部に翼を設置しているのに比べて、強風の方は中翼と言って、機体のまんなかに、団子に串を刺したみたいにしているところです。

もともと陸上機の零戦は、低翼にすることで主脚(着陸装置)を格納する必要があった。強風は、最初から水上機なので、そんな配慮は必要なく。空気抵抗が一番少なく、スピードが出しやすい中翼を採用出来ました。

これがアメリカになると、中翼大好きで、陸上機にも採用しています。

Grumman F4F Wildcat

 

 

上の写真はF4Fの例で、翼からだととても地面に届かないので、胴体に降着装置を格納することで、なんとか対応しています。

空気抵抗削減のほかに、中翼が低翼に比べて有利なもう一つの点に、「フィレットが不要」というのがあります。

フィレット、日本語で整流覆いとは、翼と胴体の取り付け角が鋭角(90度以下)になった場合、翼をもごうとする乱気流が発生するのを防ぐしかけであり。グラマンのように取り付け角が90度以上の場合は、そもそも必要がないのです。こうしてグラマンは資材、工程、労働などの劇的な節約に成功しました。

図はF6Fですが、F4Fも同様です。

 

 

ハリケーン戦闘機のフィレット後端。https://www.webmodelers.com/201905Ogawa.html

 

 

というわけで、強風もフィレットなしだぜーと大喜びで作ったのですが。。。。

試作機で、離水、フラップ格納だ!のとたんに、びりびりびりびりー!と水平尾翼が大振動を起こしちゃった!

危うく空中分解寸前で緊急着水。

なぜだ?

「層流翼」のせいでした。

層流翼は、当時最新の技術革新で、フツーの翼に比べてスピードが出せる翼型なのですが、失速特性に難があることが明らかになり始め。

強風の場合、翼と胴体の付け根で、「翼根失速」という現象により乱気流が発生し、それが尾翼を叩きまくっていたのでした。いやーあぶないあぶない。

せっかく中翼にしたのに、フツーの翼型と違って、層流翼では乱気流が発生しちゃうことが判明してしまい。

結局、これを防ぐために、零戦もびっくりの巨大なフィレットを取り付けるという、残念な結果になってしまったのでした。

そして、この巨大なフィレットについたあだ名が「干しバナナ」だったのでした。ははは

翼の付け根から、日の丸マークまで伸びる巨大なフィレット。

https://hobbycom.jp/my/1f4755c0c4/photo/products/138193

 

 

ちなみに、「強風」を陸上機に改修したのが「紫電」(写真上。中低翼)、そして「紫電改」(写真下。低翼)ですが、やっぱり翼根後縁の乱気流は防げなかったようで、どちらも「おばけフィレット」になっています。

 

 

紫電そして紫電改も世界水準を超えた傑作機なのに、これも層流翼のP51が、最小限のすっきりしたフィレットなのにくらべて、こうゆうところで米英との差がみえちゃうんですねえ。かなしいな

P51。Pixabay無料画像

 

 

◎バックミラー

「強風」にあってグラマンにないものがフィレットですが、今度はスピットファイアにあって零戦にないもののお話です。

それが「バックミラー」。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12261719707

 

 
上の写真で、風防上部についているのが丸いバックミラーです。

第二次大戦初期、戦闘機のスタンダードとして「ファストバック」という姿になっています。これは、キャノピー後方と胴体を一体化して空気抵抗の削減を図ったものです。

https://onemore01.c.blog.ss-blog.jp/_images/blog/_18f/onemore01/E4BA94E5BC8FE688A6-0a020.jpg

 

 
画像上が、ファストバック型風防。下が水滴型風防です。

さて、理屈上はともかく、実際戦闘に入ってみると、後ろの見えないファストバックでは、敵に食いつかれたら最後、というか、食いつかれても気づけずに撃墜されちゃった!というのが続出し。

やっぱり後ろが見えなくちゃ困るよねー、と慌ててバックミラーを付けたのでした。

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spitVtrop/04.html

 

 

ドイツの場合は、もっと潔く、空気抵抗でまくりのバックミラーを装着。

https://www.bild.bundesarchiv.de/cross-search/search/_1523207131/

 

 

https://www.quora.com/How-useful-were-rear-view-mirrors-on-World-War-Two-fighter-planes-like-the-Supermarine-Spitfire-and-Hawker-Hurricane

 

ァストバックもへったくれもなくなってしまったのでした。

というわけで、大戦も後半になってくると、だんだん水滴型が主流になっていった。

https://onemore01.blog.ss-blog.jp/2016-10-07-1

水滴型風防のスピットファイア。スピットらしくないなあ。。。

 

 

なお、水滴型でもバックミラーを付けていたのもあり。爆撃機で、パイロットの後ろにも乗員が、という場合には有用だったのかも?しれません。

JU87急降下爆撃機の例 https://www.worldwarphotos.info/gallery/germany/aircrafts-2/junkers-ju87-stuka/junkers-ju-87-pilot-and-cockpit/

 

 

JU87 スツーカ https://hobby.dengeki.com/news/1417545/

 

 

ところで、バックミラーが本当に役に立ったのか?いろいろ意見があり。みなさんご存じミリオタサイト:http://www.warbirds.jp/ansq/1/A2000756.htmlや、なんでも質問箱Quoraからの情報では

「小さなバックミラーで、遠くから忍び寄る敵機なんて見えない。見えた時には近寄りすぎていてもう退避できない」

「バックミラーが振動してみえたもんじゃなかった」

なんて批判的なのもあれば

「無駄な装備だなどといわれながらも、誰も取り外さなかった。装備されていない機には、パイロットやクルーが自ら取り付けた」

なんてのもあり。

現実としては、味方同士の編隊飛行に便利だったのかもしれません。

以下、Quoraからの画像です。

こんな見え方らしい

https://www.quora.com/How-useful-were-rear-view-mirrors-on-World-War-Two-fighter-planes-like-the-Supermarine-Spitfire-and-Hawker-Hurricane

 

 

「数マイルほど速度性能が落ちた」そうです。

https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-f1e77b6788a2d98aa77d44f7ba58b581-lq

 

 

角型のバックミラーもあった。

https://qph.cf2.quoracdn.net/main-qimg-878a1f9e7a1489a3fa3352bb3ed3c811-lq

 

 

バックミラーはあっても使い物にならない、という事もあり。

たとえば、かぶと虫の場合、バックミラーは運転手側だけだったりします。

世界の名車かぶと虫

 

 

なぜかというと、車体が丸すぎて、バックミラーを使っても、車体しか映らなくなってしまうのでした。

運転席側でも、なんとかまるい車体をすかして後ろの道路が見えるように調整しています。

左ハンドル。運転手側です

 

 

後期型のかぶと虫で、助手席側にバックミラーが付いているのもありますが、あまり過信しないで、ルックバックで直接安全を確認したほうがいいと思います。

ポルシェの場合は、へんな幌を付けたので、ルックバックにも死角が生まれてしまい。何とか助手席側のバックミラーで後方確認ですが、せいぜい気休めにしかならないので、ルームミラーと併用し、安全確保につとめています。カメラモニタリングにしようかな。。。。

かわゆい356レプリカ

 

 
助手席がわのバックミラー。何も見えなかったりして

 

 

スピットみたいな丸いバックミラーをぼくの軽飛行機にもつけたらかっこいいなーなんて思うのですが、ばき!なんて折れて尾翼に当たったら大変だし。

でも、離陸前の暖機運転で、垂直水平尾翼のチェックをするにはとても有益だし。燃費に影響が出ないようなら、つけてみたいと思っています。

ちいさな飛行機に乗っています

ではでは。

Posted by 猫機長
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紫微斗数と飛行機①

封神演義(紫微斗数占い)という神話があり。

殷王朝が倒れて周王朝が生まれるまでの壮大なストーリーを、楽しい物語で綴っています。両王朝の英雄たちを紫微、貪狼、巨門、廉貞、武曲、破軍、天府、天梁、天機、天同、天相、七殺、太陽、太陰の14星になぞらえて、それらの星の性格や、生年月日にこれらの星たちが夜空のどこにいたかで、恋愛とか仕事とかの運勢を占うことができます。

風神演義。左が殷陣営。右が周陣営。https://kknews.cc/zh-hk/history/l2b8242.html

 

 

ランダムに、特徴的な星たちについて記載してみます。

 

◎武曲星「白刃踏むべし」

悪い殷を滅ぼし、周王朝を築いた「武王」の神格化。

「武曲」に「武王」ですから、さぞや強い将軍だろうと思いますが、そのじつ、本当の得意技は、お金儲けの「財神」だったりします。ただ、ねちねちと真綿で首を締めるようなやり方ではなく、豪快な直球勝負だ!

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/ziweirumen-20522.html

 

 

「白刃踏むべし」というのは、無数の刃が振り下ろされてくる戦場で、そのやいばを足で踏み折って敵をせん滅するという星であり、鉄火場で爆発力を発揮。平和な状況だとかえって力を持てあましちゃうこともあり。

一方、のちに述べる「破軍星」と違って、戦闘そのものが目的ではなく、合戦中も、実は戦後の経済覇権をちゃくちゃくと準備しているというちゃっかり屋さんです。

言ってみれば、B17みたいな感じ。

B17。PIXABAY無料画像

 

 

それほど広くもないドーバー海峡を挟んだイギリスとフランスを拠点として、でも海を越えたら燃料が足りなくなっちゃう、という小さな戦闘機たち(スピットファイヤやBF109)が、ちまちまちょこちょこと互いに猫パンチを繰り広げていたヨーロッパで、そのはるか上の高度8000メートルを、一気にドイツまで飛んで行って爆弾を落とし、「無慈悲な鉄槌」でドイツの主要都市を壊滅させました。

ただ、ドイツまでついていける援護戦闘機がなかなかなく。

ドイツ上空では雲霞のごときドイツ戦闘機にボコられまくり、一時は総出撃機数の3分の1に及ぶ損害を出しながらも、「死なないやつが生き延びて、勝つ」という、小学生の作文みたいですがこれ以上ない真理を体現した恐ろしい戦略爆撃機です。

https://life-is-aviation.tumblr.com/post/181683959951/the-story-of-b-17-all-american-a-mid-air/amp

 

 

ドイツをボコす過程で無数の大型機の運航(管制・航法・操縦法・ロジスティックスなど)を実験し。アメリカが戦後世界のエアラインを制覇するという経済的利益にちゃっかりつなげていたのでした。

本当に戦後の旅客機のひな形になったのはB29ですが、こちらは金儲けの部分がえげつなさすぎ。やっぱり「経済がわかる武将」というか、資本主義によるバターと大砲の両立という意味で、B17が上と思います。(B29はバターに偏りすぎ)。

 

◎破軍星「酒池肉林の発明者」

こちらは滅ぼされた方の、殷の紂王のことです。封神演義は周の建国神話なので、紂王は最凶最悪の暴君にされてしまっていますが、実は「美貌を持ち、弁舌に優れ、頭の回転が速く(Wikipedia)」とそんなに愚かな奴じゃなく、天才タイプだったらしい。勝てば官軍、負ければ長嶋ですねーはいすみませんカープ日本一、ジャイアンツ最下位の恐ろしい年の回顧でした。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/pojunxing.html

 

 

悪の魔王だけに、戦闘力は最強だ!でも、悪なので、性格が。。。まわりの人々は紂王の気まぐれや残虐さにふりまわされ。

人をだまして、人肉で作ったまんじゅうを食べさせたりとかの鬼畜な行いに及んだあげく、最後はやばい女にたぶらかされて、国を滅亡させてしまいました。

さて、破軍星みたいな飛行機として

その1:F4U

最高時速700キロ、艦上機なのに高空性能もよく、とにかく頑丈で、ものすごい量の爆弾を積んで急降下爆撃とか、要すれば「敵をボコる」という面では無敵の戦闘機でした(零戦とかが寄ってきたら急上昇でやり過ごした)。

Oren Rozen, CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, via Wikimedia Commons

 

 

問題は、艦上戦闘機では絶対やってはいけない「超大馬力エンジン、巨大なプロペラに、主脚を何とか短くできるように逆ガル翼」という3点セットを盛り込んでしまい。

エンジンとプロペラはものすごいPファクター(乱流)をもたらし、それだけでも狭い空母に着艦なんて至難なのに、コクピットの場所が後ろすぎて前が見えず。極めつけは、逆ガル翼が、低速旋回中など、風が翼に当たる角度によっては下向きの揚力を発生させたりして、横転・大破の大事故続出だったらしい。

http://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/f4uf4u-30ef.html

 

 

ケンカは強いが、とにかく取り扱いの困難な、らりってるのこいつ?みたいになってしまったのである。

 

その2:Bf109

こちらは、以前の記事にちょっと書きましたが、やっぱりエンジンパワーと機体がアンバランスになってしまい。ただ、F4Uがアメリカ丸出しの、脳筋パワー・2000馬力のエンジンにものを言わせ、力づくで巨大な逆ガル翼を引っ張ったのに比べ、Bf109は、フツーに高性能の1400馬力エンジンだったので、とにかく機体の方を軽く小さくだ!特に翼は世界でも一番小さいんじゃね?となり。

いったん空に上がっちゃえば、ロール率とか小さい翼の利点が出てきて、やっぱり最強だぜ!なのですが、離陸、着陸になるとからきしダメ、というか全く安定性のない、恐ろしい飛行機になってしまいました。

でも、モデラ―目線でみると、この2機はかっこいいですよねーやっぱりアンバランスなエンジンと機体が、他に見ることのできないアクセントになっているのかもしれん。

Bf109。https://www.artstation.com/artwork/PeN4o

 

 

◎天相星「凶兆を解くオールマイティー星」

「聞大師」といって、殷の名宰相です。紂王の暴政に苦しんだ市民をいたわり善政を敷いた。紂王にも一目置かれ、一般市民にも尊敬されるという全方位外交、一人で多彩なマルチプル能力、オールマイティーな、悪条件をクレバーに解決する奴だったらしい。

https://services.shen88.cn/ziweidoushu/tianxiangxing.html

 

 

これは、占いの世界でいえば「解厄制化」の力が強いということで、「すべての凶星を制化する能力」を持っているとのことです。以上、西村天然先生の本から勉強させていただきました。

そんな飛行機として。。。

 

その1:スピットファイア

これは、機体よりも翼に注目してください。

楕円翼と言って丸っこい形にしていますが、この過程で極限の洗練がなされ。

薄い翼なのに、車輪や機銃を格納するスペースを確保。

Pixabay無料画像

 

 

これは、機体近くの主翼面積を大きくとれる一方で、翼端に行くにしたがい急激に面積が絞られるため、直線翼と総面積は同じでも、車輪やらの格納を行う翼中央ぐらいまでのスペースが十分に取れ。

また、翼端がとんがった形になることで、これも直線翼より著しく翼端抵抗誘導を下げることができた。

これらの特性から、①翼面積が大きく翼面荷重が低めの割には、翼の小さいBf109と拮抗するスピードが出せた。②運動性も良好で、翼面荷重が反則で低い零戦とも互角の格闘ができた、など、だれが相手だろうがなんとか対処できちゃうというオールマイティーな飛行機になりました。

スピットファイアとBf109の翼平面形

http://majo44.sakura.ne.jp/planes/spit/09.html

 

 

その2:F4F

こちらは「優秀な艦上戦闘機」。

つまり、頑丈で、どちん、どちん、という着艦の衝撃に耐え、艦隊上空つまりそれほど高くない空において、どんな敵機が来てもくるくると後ろについてやっつける、または味方の艦上攻撃機などを援護してまあまあの遠さの敵艦隊まで行って帰ってくる、という自然に幸せな発展を見せた、くどいけど「優秀な艦上機」です。

幸せでない発展は零戦で、陸上攻撃機の援護をするための狂った長距離を行って帰ってくる能力、アメリカのピーシュータ―(陸上戦闘機)と互角の速力、そしてパイロットを「らりっていなくても、らりったみたいにしてしまう」恐怖の運動性能という、相反するあらゆる性能を詰め込んだため、機体強度や防御力といった戦争道具に必須の部分が欠けたイタイ飛行機になってしまいました。

なお、F4Fは、単に被弾に強いだけでなくて、落っこちても「いかだ」を展開して、パイロットは魚釣りキットで助けを待つことができる、という万全の親切設計でした。

F4Fの「背びれ」に格納されていた筏

https://www.ebay.com/itm/265880777792

こんな重たいものをしょい込みながら、零戦と互角に格闘したワイルドキャット恐るべし。

 

 

珊瑚海やミッドウエーなど正規空母同士の艦隊決戦や、護衛空母による船団護衛など、どんな任務もオールマイティ―にこなし、開戦当初の最も苦しい時期でも、優勢な零戦相手に互角に戦いました。

F4Uなんかよりよっぽど連合軍の勝利(太平洋、欧州戦線)に貢献した名機と思います。

3000字超えで、とりあえず今回は打ち止め。

ではでは。

Posted by 猫機長
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単フロートと双フロートの話

陸の生物である人間が作った飛行機は、陸上の滑走路を拠点としていたのですが、そのうち水の上からも発着できれば便利じゃね?と気が付き。

陸上用の主脚をフロートと取り換えて、水上機が生まれ。単フロート型と双フロート型に分かれました。

単フロート型(上・パブリックドメイン)と双フロート型(下・PIXABAY無料画像)

 

 

どちらがより優れているのだろう?と今日まで尽きざる論争になっています。

水上機の全盛時代では、なんと日本が他の国の追随を許さない大発展を遂げました。

そんな日本が、単フロートと双フロートをどのように使い分けていたのを見てみます。

以下、日本機の画像は、皆さんおなじみ中島航空機博物館(https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/index.html)から引用させていただきました。

 

◎トップバッターは「零式水上偵察機」

双フロートですね

 

 

この飛行機は、巡洋艦とか、飛行甲板を持たない艦艇からカタパルトで射出され、はるか遠くにいる敵の艦隊の情報とかを探るなどが主任務であり。操縦士、偵察員のほかに航法員を乗せることで、広い洋上を迷子にならないで飛ぶことができ。

空母同士の艦隊決戦においても、空母は攻撃用の戦闘機、攻撃機、爆撃機で満杯なので、随伴する巡洋艦から零式水上偵察機を発進させて敵艦隊の動きを探りました。

真珠湾攻撃では攻撃隊に先立ちホノルル上空へ飛んでいき、見事敵情報告の大任を果たしましたが、ミッドウエーでは、カタパルトが故障して発進が遅れたために、敵の強襲を許したという、目立たないけれど決定的な役割を担っていたようです。

つまり、3座という事で長距離飛行や夜間飛行を可能とし、偵察以外にも爆撃など多用途で重宝されたそうです。どこまでも真っ直ぐ、ぶれずに安定した飛行ができる傑作機、という事だったらしい。

 

 

◎「瑞雲」水上偵察機

やっぱり双フロート型

 

 

零式水上偵察機とよく似ているけれど、こちらは敵戦闘機と格闘したり、急降下爆撃ができるように、大幅に機体を強化しており。乗員も、専門の航法士が減らされて2名になっています。

戦争も後半になると、零式水上偵察機では、敵の戦闘機の餌食になってしまう事が増え。何とか落とされないよう、空戦フラップを装備したりがんばった。また、無理やり急降下をやらせようとしたので、エアブレーキとかが振動して空中分解が多発したらしい。

Wikipediaでは、水上機にしては攻撃力が優れている、と書いていますが、それは水上機にしてはという事であって、雲霞のごとく押し寄せるグラマン相手にどこまで生き残れたかは疑問です。

一方、魚雷艇を爆撃したりとかで活躍しました。

 

 

◎二式水戦

単フロート型

 

 

零戦を水上機にしたらこうなった。フロートを付けても意外と性能低下は抑えられたらしく、飛行場のない南方の島々から飛び立ち、連合軍戦闘機相手に大活躍しました。

 

 

◎零式観測機

さてさてマニアのみなさん、ついに主役の登場です。

やっぱり単フロート型

 

 

観測機は、戦艦などに搭載して、艦隊決戦において、味方の戦艦の主砲弾が敵の戦艦に命中しているかどうかを文字通り観測し、味方へ伝える、というのが主任務の飛行機です。

当時の戦艦は、主砲の射程が4万メートルに達しており。地球は丸いので、その距離だと、地平線(水平線?)に敵の艦影が隠れてしまい、ろくろく視認するのも困難になってしまっていた。

そこで、観測機を飛ばして上空から射撃情報を得よう、ということになり。

こんなかんじ(出展:https://hatoh-yamato.jp/archives-044/)

 

 

航続距離は「零式水上偵察機」の3分の1くらいと短いですが、その分格闘性能を向上し。

味方の着弾観測を行うために空に上がるという事は、敵の観測機も上がってきているわけですから、その敵が純粋な観測機であろうが、空母から飛んできた戦闘機であろうが、格闘して落としてしまえ!という恐ろしい野望を持った飛行機になりました。

ただ、時代はすでに砲戦ではなく空母同士の航空決戦になっていたので、観測、という面では全然出番がなくなってしまい。

そのかわり、船団護衛や離れ島の防空で、敵機に無双するという野望は見事達成され。グラマン、P38やP39という本職の戦闘機をバタバタ叩き落す大活躍をしたそうです。

零式観測機と二式水戦のコンボは無敵だったらしい。

P38(パブリックドメイン)

 

 

P39(パブリックドメイン)

 

 

このへんで、単フロートと双フロートの利点・弱点が浮き彫りになってくると思います。

1.そもそも水上機にとって、まず離水というのがものすごく難しく、リスキーな行いである。水は、フロートの底に粘着してしまい、まるでボンドを引きはがすようにして離水しなければならなくなるらしい(すいません、ぼくは陸上機パイロットなので、また聞きです)。従ってエンジンパワーがなく、鈍重な機体は、そのぶん水上滑走がやりやすい機体でないと、制御不能、転覆、になってしまい。

単フロートだと波とかが斜めに当たったりする場合の制御が難しく、離水には双フロートの方が一日の超あり、ということで、零式水上偵察機や瑞雲は双フロートになったらしい。

2.エンジンパワーがありすぎても、プロペラトルクなどで単フロートは苦しいらしく、シュナイダー杯のレース機などでも双フロートを採用しています。

マッキMC72 https://grabcad.com/library/idrocorsa-macchi-castoldi-mc72-1934

 

 

こういったレース機はともかく離水速度が速いので、その速度になるまで延々と滑走しなければならず。この間すさまじい偏向のねじれに対応するために、片側のフロートはあえて燃料タンクにしてバラストとした、という情報もあります。写真のマッキがそうだったかは情報えられませんでしたが。

二式水戦や零式観測機は、翼面荷重がレース機よりずっと低い(上昇力がものすごく高い)ので、パイロットがうまくトルクを殺せば、危険な水面をそんなに走らなくても離水できた、という事と推察します。

3.いったん離水すれば水上機も陸上機とおなじ、というわけにはいかず。大きなフロートを付けているぶん、飛行特性にも影響が出てしまい。

前方投影面積だけなら、実は単フロートと双フロートはそう変わらず。空気抵抗による速度への影響は、有意なほどにはならなかったらしい。

一方、単フロートの場合、重いフロートを1個にまとめて、機軸中心の垂直線上に置くことができ。

https://geolog.mydns.jp/www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/3853/jnrs/jnrsC235c.html

 

 

https://daihonnei.com/wp-content/uploads/2017/04/%E7%91%9E%E9%9B%B23%E9%9D%A2%E5%9B%B3-1.jpg

 

 

このため、ロール性能の低下を最低に抑えることができた。左右の補助フロートはそれほど影響がなかったらしい。

横転性能は、格闘戦の中でも重要ですから、二式水戦や零式観測機が単フロートなのもうなづけると思います。

4.なんちゅう理由じゃ、という単フロート機もあり。

その名もグラマンJ2F「ダック」

http://www.fiddlersgreen.net/aircraft/Grumman-Duck/IMAGES/duck-standing-grumman.jpg

ロートが巨大すぎて、飛行機にフロートが付いているのか、フロートに飛行機が付いているのかわからなくなっているのでした。

この巨大なフロートが、メインギアの格納と共に、なんと居住区となっており、「燃料や貨物の他、並列のシートに2名まで人員を乗せて輸送が可能だった(Wikipedia)」とあります。

ここまでくると、飛行艇ですよね。。。。

ぶきっちょだけれど、貨物輸送から海難救助まで、多用途で活躍した傑作機になりました。

アメリカとかは、二式水戦みたいな水上機は作らなかったの?という質問があるかもしれません。

あるにはあった。でも大量に使われるという事はなかった。

水上機型スピットファイア

https://www.hlj.co.jp/product/KOP73170/

 

 

水上機型のグラマンF4F

https://live.warthunder.com/post/763196/en/

 

 

F4Fの水上機型は「野生のナマズ」と呼ばれたようです。

アメリカには「飼いナマズ」とか「のらナマズ」がいたのだろうか?「養殖ナマズ」と「天然ナマズ」はあるみたいだけれど。

脱線ついでに、東京の「わかば」には、日本有数といわれる「天然物」のたい焼きがあります。わくわく。。。

「わかば」のたい焼き

 

 

アメリカの場合、島を占領すればあっという間に滑走路をつくってしまうし、戦争開始2年後の1943年には「週刊空母」といって、一週間に一隻の割合で空母を就航させていたので、わざわざ水上機を作る必要なんてなかったのですね。。。。

パブリックドメイン

 

 

日本が水上機大国になったのは、ろくに滑走路も作れない貧弱な工業力が理由だったというオチになってしまいました。

ああ無情。。。

現在では、セスナなどの水上型が、カナダなど水面がいっぱいの国々で大活躍しています。やはり離水が一番の課題なのか、みな双フロートになっています。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ブラジリア点描

◎サントスデュモン生誕150周年

こないだブラジリアの中心地区にあるショッピングセンターへ行ったら、サントスデュモン生誕150周年記念の展示をやっていました。

 

 

この展示では、サントスデュモンが作成した数々の飛行物体の一つ、Demoiselle号のレプリカが展示されていました。

 

 

今どきの初級ULPそっくり。

ちなみに、「Demoiselle」というのは、日本語では「素敵女子」になります。

ううむなかなかおつな命名だ!(英語だと、Maidenだそうです。ちょっとちがうかな?)

この飛行機は1907年に初飛行し、改良など加えながら40機ほどが生産されたそうです。

写真のは2018年製のレプリカ。全長6.2m、全幅5.5mで、翼の長さより機体の方が長いという、いかにも当時らしい構成の機体。

空虚重量190キロ、飛行可能速度時速96キロ。竹と絹の布、50馬力以下のエンジンですから、大したものです。

いまどきの初級ULP

http://philiptoledano.blogspot.com/2010/06/um-excelente-ultraleve.html

 

 

サントスデュモンはブラジルのミナスジェライス州に生まれ、いろいろあって18歳の時にフランスに渡り。

まずは気球などで空を飛び始め。次第に飛行船を開発していきました。

 

 

ちょくちょく墜落していたらしい。

 

 

ロスチャイルド邸の庭に落っこちたが、ロスチャイルドさんと一緒にコーヒーを飲んで、まだ飛べるじゃん、と修理して、また離陸というか浮揚して帰って行った、といううわさもあり。

そのうち飛行記録を作り出しはじめ。エッフェル塔のまわりだのなんだのを飛んだりして、人気者になりました。

 

 

ついには「空気より重い物体」つまり飛行機の制作をはじめ。

飛行船というか気球というかに吊り下げてテストなどからはじめ。

https://www.cabangu.com.br/pai_da_aviacao/3-dirig/10/10-dirig10.html

 

 

14Bis号は、「ヨーロッパで初めての飛行機」と呼ばれるようになりました。

 

 

ちなみに、サントスデュモンの飛行機は、日本製の絹で翼や機体を覆っていたそうです。

 

 

世界最初の飛行はだれか?になると、いろいろな人がいろいろな説を立てているので、ここでは議論しませんが、サントスデュモンは発明家でもあり。下の画像では、飛行機を車にのっけて運んでいますが、これが世界最初のピックアップトラックだったそうです(かもしれん)。

さらに下の写真は、救命用の大砲だそうで、砲弾の代わりに救命ブイを打ち出し。400メートル先までカタパルト発射で届かせることができた。

 

 

海岸に置いたのか?船にでも乗せたのか?実際2名がこの装置で命を救われたそうです。

サントスデュモンは、自分が開発した飛行船や飛行機の図面は広く希望者に提供しています。

というか、リリエンタールも飛行実験の詳細を一般紙に投稿したりして、当時の発明家たちは、飛行機に関して言えば、わりとオープンに状況提供・交換していたらしい。

一番有名なライト兄弟が、特許だのなんだのと、やっぱり有名なカーチスとみっともなく争ったりしましたが、そっちの方が例外と思います。

◎素敵女子来訪

一時期ブラジルに駐在していて、その後日本に戻っていた素敵女子「たこ焼き老師」さんが、コロンビア経由でひよっこり来訪。一緒にそのへんを楽しく飛びました。

たこ焼き老師さん、ありがとうございます。

コパイ目線からの写真多数いただきました

離陸 https://www.youtube.com/shorts/Oi_4LiCyvfk

 

 

着陸 https://www.youtube.com/watch?v=PyhBulLLCxY

 

 

たこ焼き老師さんのフェイスブックで、これらの写真の一つについたコメント:

「Helicopter?Cool!」

ヘリじゃねーよ!飛行機だよ!ぎゃわわわー!

たこ焼き老師さんを送って行ったホテルで、変な車が停車していました。

その名も「唐」。

唐?

 

◎筆触分割

点描つながりで。。。。

筆触分割、という絵画の技法があります。印象派で生まれ大成した技法です。

印象派の前は、画家が色を作るとき、原色などいろいろ混ぜて色彩のバリエーションを作ったりしていました。

でも、複数の色の絵具を混ぜていくと、画面が暗くなって行っちゃうんですよね。

というわけで、繊細なバラエティに富んだ無数の色が満ち溢れている名作は、どうしても色調が暗くなってしまい。

テオドール・ジェリコー《メデューズ号の筏》1819年

 

 

上の絵は、遭難というシチュエーションなので、あえて暗い画面にしたというのもあるでしょうが、そうでない絵でも、どうしても暗くなってしまう傾向にあり。

アングル 泉

 

 

アングルの「泉」は、まだ早朝の黎明みたいな薄暗さが、幻想的な雰囲気を作っていますが、でも、もっと明るい画面ができないかなー(コンピューターでコントラスト調整とかは禁止)と思ったりします。

それを覆し、野外の太陽さんさんたるあかるい風景を、明るく輝くように描写したのが印象派でした。

モネ アルジャントゥイユの橋

 

 

どうやってこの明るい色彩を達成したのか?

「べつに、絵の具をまぜなければいいじゃん」ということなのでした。ははは

でも、緑を作るためには、青と黄色を混ぜなければならないよ?

そこで生まれたのが筆触分割です。

目の前10センチのキャンバスに、ひとふでづつ交互に、青と黄色を隣り合わせでぺったんぺったんと塗っていったとします。

目の前10センチだと、青の隣に黄色。その隣に青、そのまた隣に黄色。。。という感じ。

でも100センチ離れてみると、青と黄色がぼやけて混ざり合い、なんと緑色にみえるのでした。

これを、視覚混合というのです。

印象派は、この視覚混合を縦横に活用して、まじりあった色だけれど暗くならない、という秘法を編み出したのでした。

そして、その一つの究極形が、「点描画法」

いろいろな色の点を、ともかく無数にキャンバスに打っていく。

もちろん行き当たりばったりではなく、画家が表現したい対象物がくっきり浮かび上がるように、無数の点を打っていきます。

その結果、下のような絵ができます。

黄色い葉っぱの木がある風景。とある建物の壁にかかっていました。(いまどきの絵です)

 

 

もうちょっと近寄ってみます。

 

 

そして、キャンバスにくっつくくらいに近寄ってみます

 

 

へえーこれが点描画法なのか!と、コンピューターの画面では見ることのできない実物を見ることができて、感激しました。

といっても読者の皆さんには、コンピューター(スマホ)の画像から間接にしかお見せすることができないんですよねーでも言わんとすることはご理解いただけたと思います。

しかし、本当に感得するには、やっぱり実物を見る必要があるという事を痛感しました。

あと、あまり近寄ったり遠のいたり、写真を撮ったりなんてしていると、警備員のお兄ちゃんに憐みのまなざしで見られてしまうので、気を付けましょう。ははは

モネの絵(アルジャントゥイユの橋)と、今時の画家による黄色い葉っぱの木を見比べると、今時のほうは、遠くても点描が見えてしまい、かつ煙のようにぼやけてしまっている点が残念ですが、モネの方は、HP画像ですが、筆触分割のお手本とされる水面の部分も、まるでふつーに絵具を混ぜて書いているように見え。やはり巨匠は格が違うなと感服するのでした。

点を強調するケースではスーラという画家がいますが、スーラの絵は、点の一つ一つがすごい鮮明で、黄色い木の絵みたいになんか輪郭がぼやけちゃった(霧の中から見ているみたい)というのに比べてキレが違うと思います。

スーラ グランド・ジャット島

 

 

もちろん、「印章 日の出」とか、ターナーの水彩画みたいに、あえてぼやかした、という絵もありますけど。黄色い木の絵も、わざとそうしたのかな?

◎おまけ

ブラジリア点描なので、ちょっとだけブラジリア市街などの写真を追加

ではでは。。。

Posted by 猫機長