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美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差

美術ってなんだ?西洋美術と日本美術の差

以前、ひょんなことからルネサンス美術の恐るべきからくりについて書きましたが、そもそも美術とは何か?という再確認をしたうえで、頭でっかちな西洋美術と、ほにゃららな日本美術の接点を探り、美術に現れる日本のお国柄を理解し、ゆくゆくは日本の不可思議な新型コロナ対策の解明を試みようと思います。

さて、美術ってなんだ?

簡単に言えば「表現」です。ははは

「内的必然性(Inner Necessity)の表現」。

こんがらかった人は、上の言葉はちょっと忘れて

「表現者(画家)が、表現を通じて鑑賞者に何らかの情報(意志、理念など。感性も?)を伝え、鑑賞者へ感覚的に何かの啓示なり感動なりを呼びおこすもの。」

そして呼び起こす根源となる表現、表現物、物体を作品と呼べばわかりやすいかと思います。

美術は、芸術の中の仲間です。ほかにいろいろ仲間があり。

文芸:小説とか詩。このブログの文章なんちって

音響芸術:軍艦マーチ。AKB48やベートーベンももちろん入ります

舞台芸術:演劇・ダンス。ブルゾンちえみ。

映像芸術:映画。「トラ・トラ・トラ」や「日曜日の恋人たち」なんてのもある。

造形芸術:ミロのビーナスとかの彫刻や、建築。ぼくはBAUHAUSちっくなやつやコルビジエが好きです。ニーマイヤーはおおざっぱすぎてううむ、というかんじ

視覚芸術:ここに美術が入る。ドミニク・アングル、キリコやホッパー、リキテンシュタイン、そしてカンディンスキーなど。

美術についての簡単な定義が定まったところで、西洋美術にいってみます。

1.西洋美術のスタートは「初期キリスト美術」。

あれれギリシア美術は?という質問があると思いますが、ローマ後期から、ゲルマン大移動と、フランク王国など蛮族による諸王朝によって埋もれてしまい。当時芽生えた初期キリスト教美術と、続く初期中世美術をスタートとさせていただきます。

さて初期キリスト教美術・初期中世美術の特徴ですが、ギリシア(ヘレニズム)の精緻・繊細・躍動感はどこかに行ってしまい。

受胎告知。教会壁面のモザイク。作者はだれだろう?

素朴というか幼稚というか、ポーズも表情も固定して、なんかお役所の公文書みたいな感じ。つまり「書式からずれてる!書きなおーし」とはならないにしても、「こうしなさい、こうあるべし」というのでかなりがんじがらめになっていたらしい。

そして、表現が目指すものは「文字の読めない人たちにキリスト教を絵でつたえること」でした。

2.次に出てくるのがビザンティン美術。ギリシア文明の継承者を自称する東ローマ(ビザンティン帝国)ですが、やっぱり公文書みたいな堅苦しさあり。イコンといって「聖書における重要な出来事や、教会史上の出来事を画いた画像(Wikipedia)」が発達。人々の目指すべき理想を絵にし、指し示すもの、ということで現在のアイコンの語源になったとの説あり。

表現が目指すものは、やっぱり「キリスト教の普及、広報」でした。

「ウスチュグの受胎告知」

3.東西貿易など、イタリア諸都市をはじめとした新勢力が勃興すると、これらをパトロンとしたルネサンスが始り。硬直化して身動きの取れなくなった美術を、掘り起こされたギリシア美術の均整、写実といった技法で再発見し、人間中心の絵画が生まれました。題材として聖書は主流にあり続けましたが、登場するのはイコンではなく、人間と相通ずる肉体、精神を持った聖人賢者になりました。

フラ・アンジェリコの受胎告知

表現が目指すものは、「キリスト教や肖像画を通じた教会やパトロンの広報」でしたが「教会やパトロンも人間」「絵に出てくる天使などにも人間と同じ感性が表現」されはじめました。

*ただし、この時代からの広報やプロパガンダは、ある程度エリートの人たちの間にとどまっていたらしい。新聞みたいなマスメディアによる普及は、後に書くように写真の出現以降、あるいはルーブル博物館の一般公開開始(1793年)以降などの説あり。

4.一方で、西欧美術の擁護者であり指令塔であったカトリック教会は、メディチ家とかの大商人、絶対君主やプロテスタントの勃興など、資金、政治・軍事、宗教全方位で危機にさらされ。これじゃいかん、もっと檀家(信者)を増やして財力・権力を回復せねば!と、プロパガンダ大攻勢を開始します。

この流れでバロック美術が登場。お題は聖書で変わりがないが、表現方法をとにかくドラマチック、見ている人が感動して涙してしまうような「ドーンと衝撃的な作品」で、カトリックファンを呼び戻そうとしました。

従って、表現が目指するものは「キリスト教の広報、普及だが、見るものの感性に訴えて否応なく引き込む」

つまり、ここで「理性・情報の伝達」より「感覚・感情の作用」がまさりはじめた。

エル・グレコ(受胎告知)

5.ロマン主義

フランス革命にナポレオンの時代。王や貴族より民衆の方が強くなっていった。ギロチンで王様の首が飛ぶ大混乱、大革命の時代を象徴して、美術も情熱、夢想。ついに情感が前面に出はじめます。この時期を代表する画家にウジェーヌ・ドラクロアという人がいます。

ドラクロア「受胎告知」

ううむいがいにインパクトがないなあ。。。というのも、ロマン主義は「神・主、ヨーロッパ普遍」よりも「各国の個人の自我」を表現するのが得意なので、下の方が有名です

ドラクロア「民衆を導く自由の女神」

表現しているものは。。。「自由、平等、博愛といった、自我を持つ人間の精神。勇気、希望、情熱と言った、やっぱり自我を持つ人間の感性」。宗教から分離し始めているが、民族・国家のプロパガンダとしての色彩はまだ濃い。

6.ロマン主義と前後して、新古典主義があり。

熱狂的に受けた「巨人の星」が、時代が下るに従い「ギャグマンガ」と受け取る人が多くなってしまったように、バロックの暴力的な迫力は、受ける人には受けるがちょっとくどくてねー、となり。「やっぱりもっと均整がとれた、古代ギリシャみたいな細部まで精密な美術に回帰しよう」と新古典主義が生まれました。

この絵をみて、めらめらと目に炎が燃え上がる人は昭和のおっちゃんです。

ぎゃははなにこれー!と笑っちゃう人は令和のゆとりくんです。

(出展:https://ameblo.jp/kamome4022/entry-12177778646.html)

重厚で格調高く、どっしり威風堂々とした絵が新古典主義の特徴です。

宗教画もあるのですが、なぜか受胎告知は発見できず。ということで、ナポレオンの肖像画を掲載。

ダヴィッド「アルプス越えのナポレオン」

この美術学派の表現するもの:ううむ「パトロン、あるいは芸術家の意志を写真のような写実的な絵柄(モデルとは思い切り似てない可能性あり)で視覚化する」。

ちなみに、ぼくはアングルの大ファンです。アングルはこの時代の代表的な画家で、「当時発明された写真が「画家の生活を脅かす」としてフランス政府に禁止するよう抗議した(Wikipedia)」らしい。

そして、この抗議が、西洋美術の本質を物語っていると理解します。ここがこの記事のコアポイントです。

写真が登場するまで、西洋美術とは、神様、天使や、メディチ家やナポレオンなどの世俗権力者、あるいはフランス革命などの歴史的大事件の描写と報道をするための手段だった。あるいは形式、あるいは理性、あるいは感情と、写実やデフォルメの間を行ったり来たりしながらも、その「報道写真」としての本質は変わらず。

しかし、写真の出現により、美術の存在価値は180度転換します。

報道写真。(出展:Photograph by Joe Rosenthal, AP)

もはや書くスペースがなくなってしまったので、今回はこの辺で終わりますが、何百枚でも複製できる写真の出現で写実のくびきから逃れた美術は、

7.形而上絵画、キュビズム、シュルレアリズムなど、感性そのもの、純粋な内的必然性の表現となって生まれ変わりました。

そして、西洋美術の生まれ変わりには、実はいかにも日本的な日本美術が恐るべき影響を与えたことも別記事で書きます。その序章として「日本画にしか見えない日本画」を掲載して、結びにいたします。

シュールでかわいい犬くん。

仙厓和尚 犬図

きゃふんきゃふん。ではでは。。。

Posted by 猫機長
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成果主義の企業は潰れる

成果主義の企業は潰れる

成果主義、能力主義が叫ばれて久しいですが、依然として日本株式会社の企業たちは「先進国最低の生産性」というレッテルを外すことができず。

こう書くと、「年功序列などの古いしきたりが残っているから成果主義になれないんだ」というコメントがでてきますが、実は、さらに重大な理由があるのです。

成果主義とは、企業が生きていくための利益すなわち成果を出すために誰がどの程度貢献したかを計測し、その貢献度合いに従って企業内における待遇を決定していく経営方法であり、その成否は成果そのものの設定(零戦)つまり企業にとって何が成果かということの明確化と、社員がどれだけスマートに貢献したかによって決定されます。

貢献という言葉がくせもの。「スマートに」は「効率的に、効果的に、実利的に」という意味ですが、つい「年功序列と代替できる手っ取り早いスマートさを創作してしまう」から成果主義の取り組みに失敗するのです。

たとえば「効率的」について。

がんらいの日本株式会社は、慶応出だろうが早大出であろうがはたまた防衛大出であろうが、新卒をじっぱひとからげに採用して、初年兵すなわち新人はお茶くみに宴会のビール継ぎ、コピー取りにカラオケ大会の使役兵じゃなかった雑用係、そうして会社のしきたりを学び(学べない人は電車に飛び込んだりして消え去る(カエル))、2年目3年目くらいから会社の各部署におけるエキスパートとなっていくが、業務は大学で学んだ科目とはほど遠い内容でした、という効率性もへったくれもない封建的なやり方なので、「成果主義だぞー」と学歴不問、会社の事業成果に直結する分野の若者のみ採用し、出社初日から専門分野の能力発揮を要求する会社が出始め。といっても最初は先輩についてオンザジョブトレーニングですが、飲み会やカラオケという「教育」ではないことに留意ください。これで成果が出せればOK、でなければ「ハイそれまでヨ」さようならと解雇、というふうに変革した企業が生まれ始めました(極論です)。

ハイそれまでヨ(©東宝)

https://www.youtube.com/watch?v=94lJKBmo74c

で、生産性躍進したかというと、実はそうでもない。なにが問題になっているのでしょうか。

それは、ずばり!「競争にとらわれ、協調が達成されてないから」です。

効率化、効果的、実利的、というと、つい「あのやりかたは効率的でないからダメ」という切り捨て思考に陥ってしまいます。もちろん選択と集中は大切ですが、一歩間違えると単に『効率化している』という満足のためだけに本来ありうる多数の選択肢を自分から切り捨てているということになってしまうので気を付ける必要あり。

たとえば、ITサービス企業にとって、大卒であれば芸術学部であろうが体育学部であろうがじっぱひとからげ、というのではなく、学歴問わずデジタル技術を知っている人を選んで採用する、というのは効率化です。でもデジタル部門の経歴だけで競争し雇用しようとすると、マイナス思考に陥ってしまいます。デジタル強者だけを雇って純粋培養という思考が危険なのです。

ううむわかりやすい例がないかな、たとえば、個人事業主(ラーメン屋さん、花屋さんなど)向けの広報サイトを作成する会社があったとします。そこそこ業績はあるが、いまいちお客さんからのフィードバックが?と伸び悩んでいたそんなある日、なんのはずみか、全然IT知識のない70過ぎのじっさまが派遣で入ってきた。

ラーメン屋さん。お客さんを呼びこむHPとは?

そのじっさまは、定年まではそれなりの大企業にいたらしいが、「いやいや妻の介護でお金が必要になりまして。。。」なんてとても低姿勢で人当たりが良いので、いつの間にか若い人たちに慕われ、仕事ではなく生活の悩みの知恵袋になりました。ははは

で、若い人のほうでも仕事というより雑談レベルで「こんなふうにやるんですよ」とじっさまに伝える(教える)ようになり。じっさまもまじめに「へえへえこうすればぐーぐるの検索ページであのパン屋さんのキャッチコピーが表示されるんですね①」「じゃあ、キャッチコピーはこんな言葉を使って、これぐらいの大きさにすればいいんですね②」などと勉強している。

これをみた社長が

「ああああ!そういうことだったのか!」と驚愕し。

つまり①は「スぺニット」のことであり②は「SEOコメント」のことだったのです。

IT強者の若者軍団で構成された会社だったので、IT弱者のパン屋さんや花屋さんのHPを作成するにあたり「①いろいろな検索エンジンで貴社の情報が一目でわかるようにスぺニットを作成し」「②SEO対策を万全にしてインデックスを確実に、検索エンジンで上位を狙いましょう」などと手取り足取り説明するのですが、悲しいかなパン屋さんの方は「すぺにっと?SEO??いんでっくす???」とちんぷんかんぷんになってしまい。もちろん業者も相手が初心者なのは重々承知しているので、親切に「スぺニットとは、検索エンジンによる検索結果の一部として表示される、Webページの要約文のことです(Weblioより)」などと説明するのですが、果たして皆さん理解できたでしょうか?はははは。。。。

ぼくのサイトのスぺニットはこんな感じ。

ぜひお友達とかにも教えてあげてくださいね(^▽^)

そこでじっさまが登場。実業界の修羅場を生き抜いて、お客さんにどんな言葉で説明したらよいのかを知りぬいているじっさまは、若者がスぺニットの存在を教えただけで、そのスぺニットが何かはともかく、何のためにあり、どう使い、どんな言葉をどれだけ入れればパン屋さんなどの集客になるのか無意識ながらも見抜き、「キャッチコピーはこうすればいいんですね」と逆に効果的なスぺニットの作成を若者に提案していたのです。

社長は、パン屋さんなどお客さんとのHPデザイン他交渉の場に必ずじっさまを同席させることに決定。その結果、若者の出す技術提案がしっかりお客さんに伝わるようになり、若者の提示するITという手段と、じっさまが通訳ないしお客さんからひきだすキャッチコピーというサブスタンスがうまく合体するようになり、成果倍増となりました。めでたしめでたし。

つまり、会社としてはスマートだったけれど、お客さんのほうへのリーチ(味割の術)ができていなかったのです。成果主義であるがために、デジタル強者の社員同士で先端技術・知識の披露合戦というか血も涙もない数値獲得の競争になってしまい、お客さんを含むデジタル弱者に目が届かない、社員同士で足を引っ張り合う(洗脳)マイナス思考にとらわれてしまったのでした。ここでIT弱者のじっさまという、一見スマートさとは関係ないメンバーが入ってきましたが、実は何より重要な集客能力を持っている人だったので、デジタル強者のだれよりも会社に貢献することができたのでした。

成果主義は可視的な数値・記号を作ろうとするあまり、見栄えの良い成果もどきを作れる人が強者となり、でもそれは会社の存続には貢献しなかったりします。

もちろん、飲み会だカラオケだで「面白いやつ、気が利くやつ」とお覚えめでたく出世などという次元からは卒業が必要(洗脳)ですが、一方「数字で報酬や進退を決めてしまう成果主義ごっこ」ではなく、多文化共生、それぞれのメンバーがのびのび個性を発揮し補完しあう(Finalcial7b)会社への進化が必要。そのためにはまず「脱・会社人間(ベーシックインカム)」ですね。教養・趣味・副業と言った「本業外の知見」が本業を成立させる、そんな世界になっていくと理解します。

ではでは。。。

多文化共生:映画「おはようラモン」より

Posted by 猫機長
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航空整備に生きるルネサンス美術の技法

航空整備に生きるルネサンス美術の技法

まず、ここでの美術ですが、西洋美術、特に絵画のことを差します。時期的にはルネサンスごろ、つまり人間が世界の中心になってから以後の芸術に焦点を当てます。

東方貿易などでイタリア諸市が勃興してくると、大商人が芸術を仕切るようになり。メディチ家などが有名で、パトロンとして多数の芸術家を育成しました。

西洋美術の特徴を一言でいうと「報道写真」。写真がない時代だったので、絵画がその役割を果たしていました。もともとはキリストや天使とか「聖書の世界の報道写真」だったのですが、ルネサンスになると、パトロンとなる豪商の肖像画とかの広報が加わります。聖書やギリシア神話なども題材にされていますが、表現されている神話の英雄は、メディチ家のだれかさんそっくり(実はそのもの)になっていた、みたいな傾向あり。これが時代が下って新古典主義になると、ナポレオンの肖像みたいに、そのものずばりの「プロパガンダ」が現れます。

ボッティチェリの「東方三博士の礼拝」。メディチ家の新旧当主などが三博士など主要人物になっています。「メディチ家は神に近い存在」というメッセージもあるらしい。

ナポレオンになると一気に世俗的なプロパガンダに。もっと背が低く、ロバに乗っていたという本物とは似ても似つかない、美化された「報道写真」らしい。

つまり、芸術とは、パトロンの意志を絵画等の形で目に見えるようにする作業の成果品ということであり。

そのため、パトロンは画家と細かな点まで打ち合わせて契約を結んだそうな。例えば、

◎題材は聖書の人物。でもその人物はパトロンとその一族を暗示するような描写にする。そして、威厳だのカッコ良さだのをパトロン好みに出すこと(パトロンによって「炎のような情熱を表すこと。カラ元気でもいい」とか「穏やかな、なにげに自然なのにしてほしい」などなど)。

◎そのためには、青絵の具はその辺のスーパーに売ってるやつじゃなくて、シルクロードから持ってきたコバルトを使うこと。赤は。。。。。などなど原料・材料も精密に検討。

◎高価な材料を使うだけに、その使用する分量なども細かく計算した。

こうした細かな取り決めを画家(というより画家の所属する工房)とパトロンの間で、公証人まで入れた契約書にして署名した。

この辺を見事に説明したすごいマンガあり。「レオナルド・ダ・ヴィンチの師匠」(出展:https://www.sukima.me/bv/t/BT0000724131/v/1/s/2/p/4(外部リンクです))

3ページだけ抜粋。

①絵具など綿密に計算されていた

②芸術とは、公証人まで入れた「成果品作成・提出」の契約だった

③芸術が目指していたもの。

この時代では呼び方は芸術家ではあっても、実は「報道写真を作成する職人」という位置づけであり。作成される絵画も、実は芸術作品というより、事前に取り決めあられた契約条項のとおり、パトロンが提示したスペックをすべて満たした手工業製品、だったりします。(なんていうとダビンチさんは「芸術だ!工芸じゃないぞ!」なんて怒るかもしれませんが。ははは)

ここで、飛行機のエンジンとの接点が出てきます。

飛行時間500時間を超え、いつも修理している工場の「炎のエンジン職人のおっちゃん」に完全オーバーホールしてもらいました。

左が真っ二つに分割したエンジンブロック。その後2週間、右のように組上がりました。

左写真の小さな継ぎ手から、右の電気配線、燃料や潤滑油のホース、導管など、オーバーホールでやるべき項目そして部品などのスペックは細かく決まっており、そのすべてを満たした製品が再び組みあがったエンジン、ということになります。

文書としての契約書はこの場合不要です。スペックを全て満たしていないと、エンジンは止まり、死にます。

シリンダー、バルブ等ひとつひとつ摩耗状況が違い。細心の研磨などで均整を取ってゆきます。ちなみに、新品であればよいかというとそうでもなく。やはり微妙なバラツキや、それほど大量生産されるものでもなく品質保証も甘いので、不良品に当たり、返品・交換に大いに苦労するなどがあるらしい。

というわけで、おっちゃんは

◎相当使い込んで、クランク等の摩耗が限界に近付いているけれども、有効限度内なので、適正な油圧システムを維持して「炎のような強烈な上昇と、穏やかな水平飛行ができるエンジンにする」という、パトロンじゃなかったクライアント(つまりぼく)の好み、というより必須条件として提示したわがままな要求にこたえ、

◎そのためには、国産品で堪えうる継ぎ手などは現地調達し、キャブレターのブイなどオーストリアの純正品でないとダメなものは取り寄せる、など判断し。

その結果、組上がったエンジンでテスト飛行した結果

「あれれ、油圧計の針が一定しないでぶれちゃってるよ?」という結果に。

さて、ここからがおっちゃんの本領発揮です。

本当は、クランクシャフトを取り換えたかったのですが「新しいエンジンを買うより高くなっちゃうぞ」というのがあり(輸入税や、輸送料、そして為替差損などがのしかかるため)。おっちゃんいわく、「交換しない。今のままで新品以上のエンジンパワーを引き出してやる」となり。摩耗状況はもちろん規定範囲内だったのですが、ピストン、バルブ、ヘッドなど、空気取り入れ口のすぐ後ろで冷気の当たる1番、3番ピストンと、暖まった空気しか行かない2番、4番では摩耗状況も違うため、潤滑油がこれら全ピストンに過不足なく回るために最適な油圧を設定する必要が生じました。

つまり、油圧ポンプの設定で、圧力が高すぎれば摩耗の少ない、つまり部品間のスペースが狭い部分で油圧が高くなりすぎ、オイル漏れそして焼き付きに綱がり。逆に低すぎると、摩耗して部品間のスペースがひろがっちゃっているところで油圧が足らず焼き付いちゃう!というのがあるため、おっちゃんは少しづつエンジンを回しながらオーバーホールの足りない部分は旋盤などで修正し(あるいは専門の旋盤工へもってゆき)、おっちゃんでしかできない均整の取れたエンジンを作り上げたのでした。

まさに「受胎告知」の絵が、お題は同じでも画家により出来栄えが違うように、エンジン整備も、仕様は同じでも出来栄えは違うということである。これがダメな画家じゃなかった職人だと、均整どころがエンジンをダメにしちゃうのですが、おっちゃんのばあいアンジェリコないしダヴィンチ級に仕上げるから大したものです。

ダヴィンチの受胎告知

お題は同じ「受胎告知」。フラ・アンジェリコのバージョン

ただ、今回は油圧がふらついちゃう、というのがあったので、おっちゃんは追加の謝金も取らず、試験飛行で指摘された点を修正すべく3度4度とエンジン調整を行い。

油圧計。取り換え前

回転計の時と同じく、計器そのものがヘタレかかっていたので交換。ところが油圧センサーとの相性が悪く、センサーも交換となりました。こう書くとあっさりしていますが、おっちゃんは予備で複数持っているセンサーや計器を付け替えひっかえ、ついに修正にいたるというかなり苦難の道のりでした。

でも、これでエンジン自体は問題ないと立証できたので一安心。

油圧計を変えてテスト飛行。油圧が僅かに低めですが、ラジエターの水温、水圧、油温、シリンダヘッドなど、他のすべての計器がばっちり緑色域に入っているので、エンジン自体は快調であることがわかります。

オーバーホール前は、滑走開始からエアボーンまでちょっと時間がかかるな、だったのですが、おっちゃんの手にかかり、アイドリングはぴたりと1600回転、全開にすると5300回転に行っちゃう!ので、スロットルを全開から指幅半分くらい残した感じで5200回転に抑え、それでもあっという間に離陸、上昇するようになりました。(その後プロペラを調整して全開で5150回転に整備しました。でもこれは後日談)

おっちゃんに電話

「おっちゃんにかかると、このエンジンは古くなるほどパワーアップだ!すごいぞ!」

実はこのほかにキャブの調整もあったのですが、それは別記事にさせていただきます。

ではでは。。。

乾季のブラジリア

Posted by 猫機長
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あなたの給料をおびやかす?シンギュラリティのお話

あなたの給料をおびやかす?シンギュラリティのお話

「技術的特異点」とも言います。現在の人工知能が人間の知能を超える転換点のこと。AI関係の進歩は目ざましく、半導体の世界では、半年から2年のサイクルでコンピュータの性能は2倍になるらしい(ムーアの法則)。でもって人間の知能を超えるのが2045年となるらしい。この転換点を、シンギュラリティというそうです。

昔むかしのコンピューター「メインフレーム」。ぼくもインターン時代いじったことあり、磁気

テープがロールから「ぐににに」とほぐれてしまい、泣きました(80年代後半のお話し)

こういう話をすると「そんなのウソだよ、AIは意識を持つことはないからだ」という人がいます。

まさにこの辺がポイント。つまり、AIは人間がプログラムした作業を忠実に行う器械であって、単純作業の反復、ルーチンをより早くこなす、という意味では人間を超えているが、それは作業能力であり、自ら思索・思考できる人間の知能(精神と知能)を脅かすものではない、という意見ですね。

では、AIは意識を持つことはないのでしょうか。

意識の根源は「考える力」です。

パスカルが言う通り「人間は考える葦である」。コンピュータのみならず、人間とその他すべてを分け隔てるのが、「考える力」です。ゴリラや猫など、類人猿や人間と交流する能力のある動物はある程度知的能力も発達させていますが、三項能力の完全な獲得までに至っていません。

三項能力とは、

①自分の存在を知覚し、

②自分以外の存在を知覚し、

③自分以外の存在と自分との間の交流を行い、

④交流する相手の考えていることを推察して、その考えに対応したリアクションをする能力

です。

AIは自分という身体(からだ)がない電波だけの存在なので三項能力が成立しない。したがって思考を発達できないので人間を超えることはない、という理論です。

ふむふむ2020年現在のAIはそんなかんじですねえ。

例えばコンピュータでネットショッピングしてみます。

ユニクロみたいな衣料品店のサイトにはいって、目指す製品を探します。

常夏のブラジリアから真冬の成田空港に降り立った時、ユニクロの支店でヒートテックの「ももひき」
を売っており、凍死を逃れることができました。ユニクロのみなさんに感謝。
https://www.uniqlo.com/jp/store/feature/uq/men/

 

まずは

①「メンズ」をぽちっと押してみます。

すると②「ジャケット」「パンツ」などのオプションが出てくるので、「ジャケット」。

そしたら③「ドカジャン」「タンクジャケット」が出てきましたが、購入したい「A2フライトジャケット」はなかったので、何も買わずに離脱しました、なんてははは

つまり「事前にインプットされた選択肢の中から行動を選ぶ」というのが現在のAIの進化状況である。

ぼくも大学でプログラム理論かじりましたが、上記の操作がコンピュータ側でどう認識されるかというと

Select メンズ(上記①)

-IF メンズ Than goto ジャケット or  パンツ(上記②)

    -IF ジャケット Than gotoドカジャンor タンクジャケット(上記③)

       - IF ドカジャン Than goto ●●●

       - IF タンクジャケット Than goto  ×××

という感じ(Pascal言語の例です。うろ覚えなのでいい加減です)

つまり、人間がプログラムした「もし(IF)」メンズが選択されたら、「その時は(Than)」ドカジャン「あるいは(Or)」タンクジャケットの「いずれかを選択しろ(goto)」という想定を忠実になぞるのがコンピュータであり、想定外の対応はできません、というのが現時点での限界である。

たとえば、高見山みたいなおっさんが「メンズとレディーズのボタンだけで、トランスジェンダーのボタンがないから作って」と要求しても、現在のAIにはそういう能力はありません。白か黒か0か1かではない虹色の何か想定外の事象について、記憶・経験・感情も?などをもとに理解し、新たなオプションを創造して対応する、というのは今のところ人間固有の能力です。

きもいたとえをするな!と言わないでください。

本稿の重要な結論にからんでいるのです。(©文藝春秋)

では、AIと人間はずっと一線を画した状態でいられるかというと。。。。

特定範囲でのプロセッシングしかできない「特化型人工知能」はすでに時代遅れの「弱いAI」と呼ばれ始めており。ビッグデータの分析から、深層学習能力によって自分自身で自分のプログラムを改良し、0でも1でもないAI自身が「考え出した」独自の回答を引き出すところまですでに現実化しはじめているらしい。いわゆる「エクスポネンシャル(累乗的)」な進化によって、AIも思考能力そして意識を獲得しつつあるそうで、識者によっては自立性を持つ「汎用人工知能」、人間の脳と変わらないニューロンコンピュータすなわち「強いAI」が遠からず実現し、人間の脳にある情報を転送するなどで、肉体は死んでも意識はコンピュータで継続できるなんてSFちっくな世界が来るかもしれないそうです。

SFちっくはともあれ、シンギュラリティまでコンピューターが進化すれば、事実上知的労働であろうがAIは人間よりよっぽど優秀にできるようになり。その結果とても「生涯現役だ」なんて言ってられない大失業時代がやってくるであろうことは別記事で述べました。でもその恐慌を生き延びた人は、ベーシックインカムでかえって文化的な生活を送れるようになるかもしれん。

未来はあらゆる可能性に満ちています。将来AIが自己智(第1図)、意識や感情を獲得し、高見山(みたいなおっさん)が「スカートほしいの」なんて要求したとたん「ぎゃあああー!」バーン!なんて爆発しちゃうコンピュータが意外に早くあらわれるかもしれませんね。

ブルゾンちえみだったら、

「かわいいー!無料サービス!」とか。

(https://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1702/16/news149.htmlから加工しました)

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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ハンター・キラー作戦による新型コロナの撃滅

ハンター・キラー作戦による新型コロナの撃滅

新型、というだけあって得体の知れないCOVID19。しかし、その特性は少しづつ解明されています。

新型コロナの病理面というかでの特色は

◎意外と患者をえりごのみすること。持病持ち、老齢者、肥満の人、男性など。

◎一方、感染しても大多数は軽微で済むのに、全然リスクグループでない人、軽症の人でも突然悪化して死亡というケースがあること。

などあり。

突然悪化のケースについては「サイトカインストーム」の記事で書いたのでそちらをご参照ください。

研究が進むに従い、重要なポイントが明らかになり。同じ新型コロナウイルスが人によってまちまちな凶悪度を発揮するという謎の解明に、リスクグループでの一つの共通した傾向をもたらしている、「ある存在」が重要であることがわかってきました。

その名は「T細胞」

免疫細胞であり、リンパ球の一種です。実はワクチンとか以前に誰でも持っている細胞である。全身免疫の重要なアクターです。

だれにでも「全身免疫」というのがあり。全身免疫は「自然免疫」と「獲得免疫」にわかれるらしい。

自然免疫は、日々空気や食べ物などにくっついてくるバイ菌などを見つけてやっつけている免疫で、自動的に体が生産し続け、この免疫により、体によくねーやと判断された外部からの侵入物質は「マクロファージ」つまり食べちゃうことで消滅させています。日常的にはこれで十分らしいが、自然免疫は解毒力というかはあまり強くなく、かつ「新型」と名の付くような「見たこともない」ばい菌やウイルスは、識別できずに素通りしてしまいます。

素通りした悪いばい菌は内臓などで悪さを始め、病気を引き起こします。

ここで今度は「獲得免疫」の出番になります。

炎症・損傷した身体細胞を獲得免疫が発見し、悪さをしているばい菌をやっつける。

新型コロナをやっつけるには、この獲得免疫が重要である。

ここで心強い情報が2つ。

一つは、獲得免疫も、人間が本来持っているもので、薬をのむだの注射するだの体外から注入しなくてもよいというものであること。

もう一つは、獲得免疫は「交差反応」といって、例えば「ただの風邪」で獲得された免疫が「新型コロナ」でも活躍しているのではないか、という希望が見えていることです。

この辺が、感染しているのに全然発症しないですんじゃう人が大多数、という謎に対する回答かもしれないそうです。

つまり、獲得免疫機能の強い人(というか普通以上の人)は重症化リスクはすくなく。

では、獲得免疫機能のつよい弱いは、どうやって決まるのか?新型コロナ対策のアプローチでキーとなるのが「T細胞」ということだそうです。

というわけでやっとT細胞に帰ってきました。

上記で出てきたリスクグループの人は、共通してT細胞の減少がみられているらしい。T細胞を適正に生成・生産できる人は重症化しないですみ。適正というのは、T細胞の増減などがサイトカインストームという恐ろしい現象を引きこす因子となっているかどうか調査中のためだそうです。

つまり、T細胞の作用メカニズムをいかに新型コロナ対策に生かすか、言い換えれば、いかに新型コロナウイルスを攻撃するようT細胞を「教育」するかが、今後決定的な重要性を持つかもしれん、という状況になっています。

そして、T細胞は「グラマンみたいな免疫細胞だぞ」という作用メカニズムが解明されています。ということで、とっぴですが飛行機ネタで説明します。

(ここに書いているのは、コロナ禍を生きのびるために必死にネットサーフィンお勉強して得た知識ですが、ぼくは飛行士ではあってもお医者さんではないので、ぼくなりに説明できる方法で提示させていただきます。。。。)

さてグラマンは、先の戦争で日本を攻撃した悪いやつですが、戦争が終わってから自衛隊で使われるようになり。文字通り「昨日の敵は今日の友」になったのでした。

戦後の日本にとってともかく怖かったのがソ連。満州や樺太を分捕られ、アメリカがいなかったら北海道も取られていたかもしれん。その恐ろしいソ連を力づくで押さえていたのが米の機動部隊つまり空母をはじめとした軍事力でした。

ところが、世界最強のアメリカ空母を脅かす恐ろしい兵器をソ連が増強し始め。いわば新型コロナとスペイン風邪とエボラが一緒になって襲いかかってきたような脅威がうまれます。

その名も「潜水艦」。水面下に隠れて空母越しにアメリカだろうが日本だろうが核ミサイルの雨を降らされては大変、とアメリカも対策を始めます。

そこで登場するのがグラマン。戦闘機ではなく雷撃機の方です。自然免疫じゃなかった通常の航空兵力では見つけられず素通りしてしまう水面下の潜水艦を、レーダーという装置によって探知する能力を獲得しました。ただ空母から飛び立つ飛行機では大きさ・重さに限りがあり、レーダーを積んで潜水艦の発見と攻撃の組み立て、オリエンテーションに特化した「ハンター」と、爆雷を積んでハンターの指示通りに潜水艦をやっつける「キラー」の2種を製造しました。

左が「ハンター」でぼこっと突き出たお腹にレーダーが入っています。

右が「キラー」です。

飛行機マニアのひとはご存知と思いますが、この2種を合体して大航続距離を持たせ、陸上から飛び立つ四発大型機にしたのがP3C哨戒機で、中東での海賊対策などPKOほかで有名になっています。最近は川崎航空機が日本製のP1哨戒機を開発しています。

でT細胞ですが、こちらも「ヘルパー」と「キラー」に分かれており、グラマンの役割分担とだいたい同じになっている。実はB細胞というもう一つ重要なのと、みつどもえで作用しているらしいが、飛行機ネタと合わなくなるので無視します。ははは

新型コロナ対策では、サイトカインストームの重要因子であるIL6ポンプとともに、キラーT細胞が重要なカギを握っているらしい。

さて、物知りになったのはいいが、その知識を応用して新型コロナを抑制するステップがまだ残っており。どうやってT細胞の「適正な生成」を達成するのか?薬か?ワクチンか?

いえいえ、実は普段の生活習慣が大きな効果をもたらすらしい。

これまでに書いた通り、T細胞は自然に人体に備わった防御システムである。つまり、このシステムが十二分に発揮できるように体を調律できれば、それだけで新型コロナに対して「勝負あった」つまり勝勢にもってゆくことができるということである。

そのためには

◎バランスの良い食生活。発酵食品がよいらしい。納豆、ヨーグルト、みそなど。世界のリーダーも食生活には気を配っており。トランプ大統領やエリザベス女王も納豆を食べているかもしれん。

◎適度な運動。でもしすぎはだめらしい。

◎笑顔。ストレスをためない(洗脳)こと。深夜まで飲み会で「しゃちょうー!そうですねー!」なんてやめましょう。Zoom飲み会でやらざるをえないこともあるかもしれませんが。

◎手洗い。マスク。玄関で靴を脱ぐ日本の文化が新型コロナウイルスの家屋内浸入を防いでいるという説もあり。

要するに、普段の生活における対策がいかに重要かということですね。。。。

これまでコロナ関連記事では、「隠れた凶暴性」だの「思ったより凶悪だった」だの、暗い話題ばっかりだったのですが、普段からの自然な体力で「交差反応」などコロナをやっつけうるぞ、となんとか明るい記事が書けました。

これまで日曜はコロナ速報、水曜がほんらいのブログ更新だったのですが、コロナも情報がだいたい出そろったので、次からはコロナや飛行機、投資情報やスピリチュアルとりまぜ日曜更新、週一のペースに戻ります。

P3C哨戒機(出展:https://www.khi.co.jp/mobility/aero/aircraft/p_3c.html)

ではでは。。。。

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不動産投資の成功を決める立地。「味割の奥義」とは

不動産投資の成功を決める立地。「味割の奥義」とは

以前の記事で「失敗しない不動産投資」のためには「1に立地2に立地、3,4がなくて5が立地」と書きました。

一方、立地の良しあしを決めるのは「味割の術」だー!とかなり強引に終わってしまったので、今回で説明します。

「味割」は奥義なので、その前の「表の技」現代ふうに言えば表面に現れる一般的なポイントから入る必要があります。

これらのポイントを説明するテキストは、実は「不動産と立地」とぐぐればすぐに出てきます。こんな感じ

◎不動産投資は立地がすべてと言われる理由

◎不動産投資「失敗しない立地」を見極めるコツ

◎マンション経営は立地が9割

などなど。

そして、これらの見出しを持つ記事における「立地の構成要素」は

▽駅からの距離:徒歩X分以内。X+α分で家賃や元本価格はこう減少する、なんてグラフや数値を記載したサイトまであり。

▽商業等施設が近くにあること:これもスーパー、コンビニ、コインランドリー、薬局、学校、病院。。。。と果てしないリストが続き。また、刑務所などが近くにあると減点などこれも精密そのものの分析がなされているようです。

▽騒音がない。「閑静な住宅街が最高」ということでしょうか。いろいろなサイトで「治安の良さ」がここに含まれるようです。

あとひねったのには

▽女性受けのする地区は資産価値の高くなる物件がおおい。なぜなら、商業施設などおしゃれでサービスの良いのが集まり、地区そのものの価値が上がるからだ、

なんてのもあり。

これらはすべて事実です。

というわけで、「よーし上の条件すべてを満たしたタワーマンションを買って賃貸に回すぞー」とやってしまい、あわれ入居率が全然低い割にはメンテナンスコストばかりかかって、損害ばかりになりたたき売って損切り、なんてケースも少なからずあり。

あれれ、レファレンスとなるメディアがこぞって書いているポイントのとおりやったのに、なぜ失敗してしまうんだー!という人が後を絶たないと思います。

理由は実は簡単で「一般論をマニュアル通りになぞっているだけ」だからです。

一般論ですが重要・不可欠なポイントであり、これらが欠けては成功は遠のく、というのは紛れもない事実ではあるですが、単にこれらを表面的にクリアしているだけではだめですよ。その裏にさらに核心に触れる要素があり、これを満たさないとうまくいきませんよ、ということなのです。

核心に触れる要素、ということで、やっと奥義に入ることができました。

全てマニュアル通り、景観も治安も利便性も申し分ないタワマンに投資しても、入居者がすぐいなくなっちゃうだの、なぜ失敗するのか?「タワマンなんてこりごりだー」という元入居者に聞いてみましょう。

いわく:

景観:一日中眺めるものでもなし。すぐに慣れちゃった。景観なんてなくても生きていける。

利便性:駅前5分というのはよかった。でも、こないだの地震で停電してしまい。X階から階段で上り下り。地獄の体力訓練になっちゃった。パーテイールームとか、実は使いもしないのに共益費として莫大な出費がかかるものもあるんです。

スペックに出てこない欠点:それでも低い階に住んでいたから、階段はなんとかなった。でも、なぜか低い階の住人は高い階の人に差別されているんです。。。。。

などなど。特に「スペックに出てこない欠点」に注目してください。

一方、駅前、と言ってもひなびた路面電車の駅前にあるこれまたひなびた中華屋さんのお店の家主さん。20年来滞納知らずの大成功、といったケースを探ってみます。

いわく

うちの店子さんは、たいしてうまくもないぐったりしたラーメンしかない中華屋さんなんだけど、大将とおかみさんがなんかのほほーと気楽に適当に経営していて、そこに行く人は一見さんだろうが常連だろうがなんか居るだけで安心してしまい。なんか幸せだなーの雰囲気があるので思わず通っていたら20年の常連になっちゃた、と大家さん自ら店子さんのお客さんになっちゃったらしい。

これが奥義です。

つまり、失敗するのは、投資する側、賃貸をオファーする側の視点でしかアプローチができていないため、入居者同士で差別してギスギスするような物件を買ってしまうのです。

うまくいく物件の最大の要素は「住んだ人が幸せだなーとなるかどうか」です。ひなびた中華屋でも、そこにほわほわと人が集まり、家賃以上の利益が継続的に発生していれば20年でも30年でも継続して維持発展してゆくのです。

つまり、不動産投資の成否を決するのは、貸す側、オファーする側ではなく、借りる側、お客さんにあったのです。

お客さんのニーズを常時的確に満たす技術のことを「味割の術」と言います。料理人の世界の言葉で、お客さんの好みを一瞬で察知し、お客さんが幸せだなーとなる料理を出す技術のことです。

おいしいだけでは足りないのです。言い方を変えれば、たいしておいしくなくても(まずいのはだめ)、幸せだなーとお客さんが来てくれるようになればそれでよいのです。

ひなびた物件ですが、居住用に購入し、その後賃貸に回し、

最後は売却。資産1億の達成に貢献しました(分譲個室)

同じように賃貸マンション投資でも、表面だけ立地が良いように見えても、住む人が不幸を感じるような住居では借りる人がいなくなってしまいます。お化け屋敷じゃ住む人はいないけれど、多少ひなびていても、かえって安心だなー、と人が集まってくるような物件を見つける必要があるのです。

さて、「幸せ」という、つかみどころのない恐ろしい言葉が出てきてしまいました。幸せなんて人それぞれじゃないの?「住んだ人が幸せになる」なんてそんな物件はどうやって見つけたらいいんだー!

そうなのです。結局、幸福ってなんだ?という所に行き付いてしまうのです。

でも、ちゃんと「だれにでも通用する幸福の定義」を提示してくれている人たちがいます。姓名判断の学派の人たちです(浅野派、かと思ったら現在は樹門流という人たちが提唱しているようです)。

占い師なので、幸せになる、ならないを見極めるのが仕事。その基本の基本が「どんなお客さんにも通用する幸せの定義」で、

―健康

―お金

―愛情(友情や人間関係含む)

この3つということだそうです。

お客さんによっては「友達なんていらない、お金が欲しい」という人もいるらしく、そういう人生を歩む姓名を編み出して改名ないしは命名(赤ちゃん)を勧めるらしい。信じるかどうかはその人次第。

つまり、不動産投資で成功するためには、幸不幸とは何か、そしてそれを決する運命とは?という恐ろしく定性的なファクターについて考察する必要があるのですが、上記のとおりそういうことを専門にした学問がすでに存在しています。

すなわち西洋占星術であったり、紫微斗数であったり。

いかがわしい占い、ととらえるのではなく、幸不幸の解明・説明・定義、そして千差万別な人々の性格や資質を分析した恐るべきビッグデータとしてとらえるべきと理解(でもかえって占い師の人は嫌がるとらえ方かもしれません。ははは)。

そして、その解明・説明・分析手法は不動産の購入にも参考になると理解します。

でもこの話はまた別にします。とりあえずは料理人の「味割の術」についての記事を読んでいただき「お客さんのニーズを的確につかむ」不動産の投資のご参考にしていただければ、ということで今回終わりにします。

現物不動産やリートによるインカムゲインで飛行機用のハンガー(格納庫)

を購入。別荘としても使っています。

ではでは。。。

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剣道、居合道、弓道:日本武士道から見た成功とは

剣道、居合道、弓道:日本武士道から見た成功とは

成功法則関連記事。調子に乗ってもう一本投稿します。

長い記事になってしまったので、一応ひとことダイジェスト:「成功達成の実践に向けどんなアプローチをしたらいいの?について書いています」。将棋の記事の姉妹編になりました。

日本武士の必須技能かつ教養だった剣術と弓術。江戸300年のうちに居合も発達してゆき、明治以降は「術」から「道」へ進化していきました。

「術」段階では、とにかく実用性が命。その実用性を決するものが「武器」です。中国的な言い方をすれば「器械」です。つまり、いかに製造目的に合った効果的なツールかということで、製造目的として「殺傷力」が重要視されました。

中国のいろいろな器械。出展は「中国武術・武器博物館(http://www.oriental-dragon.jp/)」

中国の場合はえげつなく無数の殺人器械が発明されましたが、日本の場合は武士のことを「弓取り」というように、弓、槍、刀。槍やなぎなたは今回取り上げませんが、弓、刀ともに戦国時代当時では世界最高の武器として発達していたと理解します。

素材の制約もあり、日本の弓はたぐいまれなる大弓となり。当時の命中率は世界最高だったらしい(現在は別)。日本刀も朝鮮出兵以前に倭寇などにより有名になり、中国器械でも「苗刀」という日本刀そっくりのやつが作られるほどでした。日本刀は日明貿易でも珍重された輸出品だったらしい。

といって、日本刀は刃筋正しく切らないとたちまち折れてしまい。戦国時代は切るより叩くだったようですが、それでもヨーロッパの大剣のように、力まかせにぶん回すというわけにはいかず。弓にしても、へんに長くしてしまったので、狙いを定めるべき右こぶしを視界がきかない右肩まで引く必要があり、狙いも矢と的が一致しないとか、まるで努力して当てにくく(狙いにくく)しているみたいになっちゃった。

つまり、日本刀や弓は、「熟達の士」でなければその性能を引き出せない、扱いにくい武器でした。一方で、正しく使えば無類の強さを発揮するため「刀(弓)法の鍛錬」が必要になってきました。

これが「術」の始まりで、「剣術、弓術」が盛んになり。

殺傷力を高めるには、弓の引き方、刀の振り方、といった使用プロセスはもとより、刀を振る人間自身が「本当にオマエは人を切り殺したいのか。切り殺せるのか。」という精神の鍛錬が必須であるということに気が付き。

「勝つってなに?」という問いかけを、24時間繰り返しているのが武士。

戦国の時はわりと単純で「敵方の武士を殺傷する」だったが、そのうち、殺していいのか?正当な理由のある勝ちとは?と悩むようになり。

弓矢が顎から頭を貫通してもがき苦しむ人。「平治物語絵巻」より

きれいごとではなく。自分の振り下ろした刀が当たり、悶絶して死んでいく人を目の当たりにしたとき「この人殺しは、納得できる理由があったのだろうか?」とだれでも悩むと思います。

人殺しの上に成り立った成功と繁栄。精神のバイブルとして、武士道という哲学が発達します(ここでの武士道は、葉隠的な峻烈なやつではなく、新渡戸稲造から現在の少年漫画に至る勧善懲悪的なものを指します)。

ここで、人殺しの術→剣術→人を殺さない道→剣道、に移行していきます。

刀を差すのは、戦国からの人殺しの記憶を保つため。刀の使い方を鍛錬するのは、技量を持つことで、殺すとは何かを意識するため。そのうえで「抜かずに勝つ」。つまり徳すなわち人望、人格で、流血沙汰になる前に和平に達する。

重く、扱いにくい日本刀を差すのは、刀の恐ろしい歴史・性質を魂に伝え、殺さない魂に進化するためです。

といって「国のため、主君のため、金のため」からはじまる「説明のつく人殺し」は時代が変わり正義の定義が変わっても人類滅亡まであの手この手で変異して存在してゆき。幕末に至っては、抜きまくり、死にまくりました。ははは

日中戦争でも「便衣隊100人斬り競走」とかありましたが、幸い世界は穏やかになり。「術」から「道」へなんとか転換できた、のでしょうか。

剣道、弓道、居合道の現在は。。。

人をぶったたく剣道も、ちゃんと竹刀と防具があり、殺すこととは程遠く。

ただ剣道の場合やばいのは、竹刀とはいえ人を直接叩きあっていることですよね。。。「剣術の技法にインスパイアされているけど、それは刀の使い方を稽古することで、刀の歴史・性質を振りかえるためだ」と考えてみましょう。一方、居合の稽古の帰り道、精神錯乱した人が刃物を振り回して周りの人たちを刺しまくっていたら、その時は居合刀でさくっと切り殺しましょう→となるかどうかは、この記事を書いているぼく、読んでいるあなた、みんなで考えてみよう。なあんて。居合についてはまた後ほど続きます。

剣道がヤンデレ化する危険性に留意したうえで、弓道です。

結論から言えば「武道に進化しきることのできた幸せな技能」と思っています。

もともとは、刀と同じく人殺しです。

「平治物語絵巻」ですが、この画像を発見したのは「KenさんのBLOGS:
http://crossroad3147.blog79.fc2.com/blog-entry-295.html」です。

 

でも、現在は「的」が相手です。

的です。人ではありません。

「くさじし」といって、鹿の形をした的とかもありますが、生き物を対象にしない選択、というものが弓道では許されています。

というわけで、ほかの武道から一歩進むことのできた、幸せな「アセンション武道」と理解しています。

さて、いよいよ居合ですが。。。

「人を切る想定をしない居合は、居合じゃない。刀踊りだ」という世界です。

居合の先生とロボットが斬り比べをしている動画を見ました。意外と長いので、詳しくはリンク(外部リンク)でご覧いただくとして、要約は

居合の先生(右)の動作をロボット(左)にインプットし、

先生がみかんを切るのと同じように

ロボットもみかんを両断。

ロボットがみかんをさくっと切っているところで、機械でないと居合はできないのだなと納得。これがみかんではなく、ハムスターだったら?先生は斬ることを拒むでしょう。自分の行為が刀踊りだと宣言する事になったとしても。

機械はスイッチを押せばハムスターをさくっと切り殺します。血も涙もなく。

では人間は居合はできないのかといえば、昔は刀を試す、あるいは単にたむわれで辻斬り、犬とかは稽古でさくさく斬っていたようです。血も涙もなくさくっと殺しができて初めて「抜かずして勝つ」ことができたのでしょうか。

居合が殺人武術から修身の武道になるために、あえて人斬りの想定はやめて「みかん」を切ることに専念したほうがよいのかもしれません。

最後に、しっかり見出しを覚えていて、武士道から見た成功とはなんなんだー!という人に:「牛を尋ね、そして仲良しになること」と答えておきます。ははは

このブログの著者はこんな人です。なあんて十年以上前の写真です

ではでは。。。。

Video sobre robô usando espada. O professor de Iai(caminho da espada) faz cortes com sensores no corpo. Robô, acoplado com sensor então aprende e repete o movimento.

Se Iai que não pressupõe corte real (ou seja, matar) não é Iai e vira dança de espada, então somente o Robô será capaz de dominar o caminho. Pois se laranjas da foto for um hamster? O professor recusará matar o bicho, enquanto que robô irá estilhaçar o animal sem piedade nem dó. Mas ainda assim acredito que budo (arte marcial) tem a sua razão de existir, pois das três virtudes da arte (Sabedoria, Coragem e Compaixão), compaixão deve prevalecer, assim o professor que decidiu não matar será o seguidor de bushido por ter sabedoria que robô não teve e coragem de ser chamado de “dançarino” para não matar o animal.

ttps://www.youtube.com/watch?v=O3XyDLbaUmU&fbclid=IwAR2JvbPJAJxkhq0wynLkysY8mzxMhNDjje0eR-I9yyAzBGbqnANKg7VIKBI

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ランディングギア修理(新型コロナから小休止②)

ランディングギア修理(新型コロナから小休止②)

ねこもしゃくしも新型肺炎、このブログも毎週コロナ情報ですが、今回は今一度小休止してリフレッシュ。コロナ前の自家用機メンテのお話です。

―O―

久々の飛行機いじり。修理というほどでもないのですが、タイヤのローテーションをした際、車軸と主脚柱を接続しているねじの穴が摩耗して車軸がぐらぐらしていたので修正しました。

まず、タイヤのローテーションってなに?

下の図のとおり、主脚のタイヤA,Bは地面に直角ではなく微妙なキャンバー角で地面に接地しています。このキャンバー角の分だけタイヤのすり減りが偏るので、まだすりへっていない側が接地するよう取り換えます。その後摩耗が進み全体的にトレッドが見えなくなっちゃった!というところまで行ったらタイヤそのものを新品に交換します。

ちなみに、今回の点検では、機長側のタイヤがより多くすり減っていたので、単にタイヤを「ひっくりかえす」のではなく、文字通り左右ローテーションしました。

というわけでスパッツを外し、ホイールごとタイヤを外します。

軽飛行機のタイヤいじりはホイールを分解してタイヤチューブを引き出したうえで上記のとおりA,Bの位置がえを行います。自動車と違い、着陸のショックを吸収する飛行機のタイヤはチューブレスでは具合が悪いらしい。というわけで、タイヤチューブがタイヤとの摩擦で破けちゃわないように、ベビーパウダー(写真でタイヤのに横ある白、青、黄色の筒)をまんべんなくチューブとタイヤの双方に振りかけておきます。これで赤ちゃんのお尻みたいなすべすべチューブになりました。うふ

左から、ホイール、タイヤ、タイヤチューブ、組み上げ後の断面。

(Jorge M.Homa 著「Aeronaves e Motores」より

さて、タイヤのほうは予定どうり交換終了。でも、ジャッキアップしたら、車軸と主脚ビームを結合する部分がぐらぐらしていることを発見。

写真左の赤丸が結合部分。右のねじが通っている穴が削れてぐらぐらしていました。

このままほっておいたら、ねじに負荷がかかりすぎて、着陸時にばきん、なんて車輪が飛んじゃう可能性があるので、直すことに。

こうなったらたいへん

早速車軸をビームから抜き出します。

写真左、赤丸がねじの通っていた穴。この穴が削れて大きくなってしまい、ねじが中で泳いでいたので、写真右矢印のようにアルミ片で作成したキャップ?をねじ込みます。

一方、ひび割れが懸念されたねじは全然OKでした。あーよかった、航空機用のねじなんてブラジリアで売ってませんからね。。。。。

もちろん車軸交換なんてなったら大手術で、お金がいくらあっても足りないぞ!というわけでアルミキャップ挿入がうまくゆきほっとしています。

ちなみに、タイヤのお値段は1本でふつーの乗用車のタイヤ1本とおなじくらい。問題はタイヤチューブで、タイヤの倍かかる上に、なぜか不良品が散見されて、業者に「ふざけんなゴルあ!返品じゃー!」というケースがぼく自身でも発生してしまいました。でも業者のほうでおとなしく交換してくれました。

というわけで、今回修理で殊勲のアルミキャップはどこから入手したのか?実は航空アルミではなく、上の写真のペンキ缶のふたや、ビール缶などでいろいろ試して、これがいいね、とどちらかは忘れちゃいましたがぴったりフィットしました→なあんて!読者のみなさんここに書いてあることのすべてが本当とは思わないでくださいね?もちろんフェイクニュースはありませんが。

自家用機「こよーてくん」。こんな飛行機です。

そして、意外に人気の飛行中の写真。こんな感じで飛んでいます

ではでは。。。。

Posted by 猫機長
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在宅勤務とファッション:減点社会の生き残り法

在宅勤務とファッション:減点社会の生き残り法

テレワークも世界中で定着し、毎朝出勤のためにスーツだ、ネクタイだ!と大騒ぎしていた日々も遠い昔になりつつあり。ビデオ会議などではあわてて服装をととのえる日々。

素敵女子ミュウさんブログ(外部リンク)から抜粋させていただきました

そんな「非日常が日常化」した現状の中で、服装って、いったいなんだ?とふりかえるファッション考、いってみます。

コロナ禍前のはなしですが、マネーポストWEB で「カジュアルな服装でOKでも… ビジネスマンが語るスーツのメリット」という記事あり。例によってネタバレしないため要点だけですが、

「以前は職場だけでなく、客先でも自由な服装をしていた。しかし最近、スーツを着ることによるメリットが大きい」

「しばらくはジャケット、シャツ、パンツの組み合わせを考えるのが新鮮で、楽しみでもありました。でもだんだん、毎朝のコーディネートで悩むように。組み合わせをあまり考えずに済むスーツに戻りました。」

「スーツを着ることによって、決して『損する』ことはありません。世の中が変わろうとも、スーツがビジネスシーンの”正装”であることは変わらない。スーツでないことがNGになることがあっても、着ていることがマイナスになることはない。世間一般の常識に沿って考えるなら、選ばない理由はないと思います」

などあり。①は単に周囲がスーツ社会なのでそれに合わせているという常識的な発想。②については、OLでも「制服のある会社のほうがいい」という意見があるくらいで、要は仕事場に行くのにいちいちコーディネートなんて考えるがめんどい、というこれも至極まっとうな意見。

問題は③。「マイナスになることはない」という減点思考が健全なリスクテイクを阻害していないでしょうか。「金投資の大鬼」豊島逸夫さんもコラムで何度か「きょうびの日本企業はコンプライアンス偏重で身動きが取れない」というような記載をしており、ブラジルにやってくる日本企業も、個人的見解ですが「なんか成果より規則順守みたいなかんじだなー」好対照が中国で「人の都合も考えず、ずけずけ土足で上がり込み好き勝手に荒らしまわる」感じ。

なぜこうなるのかというと、デフレだ、マイナス金利だ、といいつつも日本経済は腐っても鯛で、日本企業で正社員になれた人は、ミスさえしなければとりあえず現状の雇用と賃金は確保される。中国企業のように冒険に冒険を重ね、とにかく利益を出さない限り明日の会社の存続はない、という切迫感がないため、おのずからミス回避・現状維持に傾き「逃げの仕事(労働と報酬)」になってしまい。「スーツは着ていてマイナスになることはない」という消極的な理由でしかスーツを着ることができなくなってしまうのです。

塩野七海さんの「男たちへ」だったか?(間違えていたらごめんなさい)に、スーツでもイギリス人の着方とイタリア人の着方が違い、それぞれ主張があるとの記載があり。読んでへえー!と感心しました。日本はスーツで自分の個性を主張すると村八分にされてしまうのか?スーツを着て組織に溶け込むみたいなかんじで、欧米とは逆になっています。(でもこういう「溶け込む」は軍服の発想で、実はかなりやばいと思います)。

そういうぼくもスーツで出勤していますが、一応「市民的な安物であるが、飽きがこない原始的なデザインで、丈夫で死なない」要するに「かぶと虫みたいなスーツ」を着ることを目指しています。

かぶと虫。実用一点張りのすがたかたちですが、「究極・至高のデザインだ!」

とイタリアの著名デザイナーであるピニンファリーナをうならせた。

「スーツかカジュアルか」ではなく、「スーツならスーツ、カジュアルならカジュアルで自分で納得して(尋牛)着ているか」が重要と理解します。とある会社で「いつもと違った発想で仕事しましょう」みたいなキャッチコピーで「水曜日はカジュアルデー」などと強制したりしますが、スーツは堅苦しい、カジュアルは自由、みたいな白痴化したステレオタイプの解釈を社員に押しつけようという狙いがあるとしか思えません。でもカジュアルの基準がものすごく精緻に決められており、実質は軍服(制服)になっていたりして?

こうした画一化した価値観、破断基準を「コンプライアンス」と規定して、結局は立場の弱い人を追い詰めるパワーハラスメントのための錦の御旗(カエル)になっていないでしょうか。せっかく正社員になったのに追い詰められてたまるか、と会社の言うままにある時は「スーツ」、ある時は「カジュアル」と、本当の自分とはかけ離れた装いでモンスター上司他の目を躱している、なんてまるで売春婦の人が厚化粧して素顔が分からないようにしているのと同じですね、ははは。

スーツつながりでネクタイについて。「ネクタイは人に対する大切な尊敬の表現の一つであり、少なくとも仕事という錦の御旗の象徴として人を威圧するツールではありません。もちろん和やかな(第10図)お酒の席であればネクタイは普通にしていて何らおかしくはなく、ハチマキみたいに頭に巻いて踊り狂うというのは日本以外では認められない12歳の未熟児の行う行為です。週日の夜のデートでは、スーツ、ネクタイが女性に対する敬意の表明になり、もちろんネクタイでデートします」。

おっと、この記事のお題は「生き残り法」なのでコメント追加。「勤め先が日本株式会社のときは踊り狂いましょう」ははは

でも、何も考えずに踊り狂うのではなく、踊り狂う私は誰?と考えながら踊りましょう。これがと殺(ラットレース)されずに生き残る方法です。なあんて。

ファッションつながりで、世界の名機DC3というのがあり。1930年代の飛行機ですが、世界のベストセラーとなり、現在でもターボプロップ化して飛んでいるというすごい飛行機(進化した魂)です。そして、DC3は世界中のエアラインの文字通りカラーを反映した色とりどりの塗装をしており。まさにこの塗装が、個性を主張するファッションになっています。

でも、それは民間機の話で、軍用の第一線機になると、一様に緑や茶色の保護色となり、国籍マークがないと日本なのかアメリカなのかわからなくなってしまっています。

出展:零式輸送機はbr.pinterest.compin571957221400974376、その他はAirlines.net

この保護色ですが、単に地形に溶け込む、というだけではなく、それ以上に軍という集団絶対の組織に強制的に個性を埋没・抹殺させるという意味が強いと理解しています。

といって、アメリカになると「そもそも軍服なんて存在しない」。「軍にサービスを提供する民間人が、サービス中に着る作業着が軍服」であり、フライトジャケットになると、トップガンのトム・クルーズみたいに、軍のパイロットもファッションとして着ているし、飛行機操縦にぴったり、使い勝手のいいファッションになるジャケット、ということで民間のパイロットもフツーに着ています。

出展:「カブのイサキ」芦奈野ひとし著

新旧フライトジャケット。ぼくは茶色のA2ジャケット派です。

で、アメリカの「第一線軍用機」を見ると、上の輸送機みたいに、防御上仕方なくという場合を除いてこんな感じ

出展:https://www.pinterest.jp/pin/693272936359870122/

思い切り私物化しています。。。。

ちなみに、「上層部は黙認していた」そうですが、怒られないように、隠れて。。。なんてやっていたらこんな手の込んだ絵は描けません。もちろん奨励してはいないでしょうが。「あくまで個性が上。個人が集団の上。民間が軍の上。」ということで「ナチやジャップとはちがうぞ」という主張があったのだと思います。

でも、女のことしか考えないのだろうか。。。。。ははは

さて、下の写真はどちらが軍服で、どちらが私服なのだろうか?

出展:フラジャケの人たちはhttps://jamingu.com/entry/flight-jacket-syurui/。日本の写真は無料写真素材写真AC

でも、日本は北朝鮮ではないので、「軍服でさえ私服にしちゃう」そんな自由な市民国家にいつか進化できると思っています。

最後に、職場でネクタイをしなくなり、スリッパをはいた人たちが多くなると会社はつぶれるそうですが、その話はまた別の機会にとさせていただきます。

ではでは。。。

 

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田舎暮らし②(コロナ記事からちょっと小休止)

田舎暮らし②(コロナ記事からちょっと小休止)

小休止と言いつつ。まずは新型コロナウイルス対策について、日本でもいよいよロックダウン、巣ごもりが本格化かと理解しています。

一方で、最近のニュースでは

「新型肺炎は、上気道(喉から上の風邪のような症状)を犯す類型と、気管支から下のすなわち肺炎を起こす類型があるが、これらの2類型からの分岐や各類型の劇症化などの変異は幸いあまり報告されていない(消化器に炎症を起こすという報告はある)」

「欧州では最悪人口の80%が感染する恐れがあり、これは実は世界中でも同様の趨勢である。しかし、幸い重篤になる例はいまだ僅少である(ただしぼくやあなたがどうなるかはわからないので、しっかり巣ごもりして感染から逃げましょう)」

「今後の趨勢は、こうした『80%』の人々が軽症で治っていくに従い、「集団免疫」が生まれ、その後のCOVIDウイルスの拡大を押さえることが期待される(治った人の維持する抗体にさえぎられて、ウイルスはこれ以上伝染・伝播できなくなる)」

など、収束に向けた明るいともいえるニュースもちらほら聞けるようになってきました。

心強いのは、人類の行く手を無慈悲に示す市場の状況がL字型で暴落ストップしつつあること。これは、パンデミックによる暴落は防げているという(パンデミックは収束に向かっているという)かすかな希望を示しているとおもいます。。。。

でも、実体経済の破壊と影響はこれからなので、実体経済による暴落はありえます。というわけで、ぼくは4月のリートたちの配当は再投資しないで現金で維持しています。「キャッシュ・イズ・キング」。

いちおうここまででコロナ関連現状報告終わり。

ちょっと小休止して、飛行機乗りの週末ライフについてまたまた記事掲載します(飛行機格納庫の整備についてです)。実はこの記事を書いたのは1月の初めで、コロナの「こ」の字も知らない状況でした。巣ごもりで家を出れない今、この記事の田舎暮らしに早く戻れたらなー、と思いつつ皆さんにお送りします。

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さて、以前の奮闘が功を奏し、なんとか雨漏りも止めることができ。引き続き格納庫の整備をすすめます。

机にはしごをのっけてなんとか屋根裏の修繕をしました

今回は居住区角の改修。前オーナーから引き継いだ状況では、天井などかなりぼろっちくなっており。

さっそく管理人かつ修理工かつ農夫のお兄ちゃんを雇い、でも雇っているのか共同で土方になっているのか、要するに社会的分業の全くぼやけた(お金がある世界)自給自足的なDIYを開始します。

まずはグラインダーで亀裂のある部分、はがれかけている部分を徹底的に削りとり、石灰と壁用パテで埋め、乾いたらまたグラインダーの繰り返し。でも2回ぐらいで凹凸なくきれいに仕上がり、ペンキ塗りへ移行できました。

一方で、ホームセンターへ行き椅子や机、棚や照明器具など購入。

週末のDIY。3週間ぐらいで修繕できました

左下の黄色い枠構造物は折り畳みベッドです。

引き続いて電気系統の修復。

コンセントも少ないので、電線など買ってきて自分で配線延長します。ちなみに上の写真のペンギンくんは常夜灯です。

完成後はこんな感じ。写真左の白い部屋が今回のDIYで修復したもの。

左奥はトイレ兼シャワールーム。

部屋の中からの眺めはこんなかんじ

格納庫すぐ裏で、蛇の抜け殻を発見

ぼくの身長より長いやつでした

そして、土日の早朝はこんな感じで飛んでいます(レディオ空港)。

雨季のブラジリア。緑の地面が目に沁みます。

飛行機遊びの軍資金は、金融資産投資からの配当収入(収入の川)が主となっています。こうしてのこのこDIYごっこで遊んでいたり空を飛んでいるときでも、リートや債券(株とリート)がお金を生んでくれているので助かっています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長