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短編集:クリスマスに寄せて

優しさいっぱいのクリスマス特集です

 

 

かぶと虫に356レプリカ。この2台に代わる代わる乗っています。

こうゆうふしぎな名車たちを生み出したドイツについて、短編を3つほど掲載します。ひとつめはドイツ文学の名作「朗読者」の感想文(ネタバレなし)です。「愛を読む人」として映画化されているので、そちらの方をご存知の方も多いかもしれません。ふたつめは飛行機乗り目線から見た、飛行機史上のとある実話。3つ目は、その実話がらみのちょっとした短文です。

 

 

1.ナチスの「犯罪」についてのドイツの本音。

とある素敵女子から、なにげに借りた小説「朗読者」。実はドイツの深層が隠された恐るべき内容でした。戦後10年程しか経っていない当時のドイツに、まず登場するのが、なよやかな病弱少年。歩道でゲーゲー吐いて倒れかかったときに助けてくれたたくましいおばさんと、どきどき!な関係になってしまいますが、その後おばさんが戦争中は強制収容所の看守だったことが発覚し、裁判行きに。とこれくらいならネタバレにならないでしょう。

 

 

恐るべきは、①少年:ワイマール時代の虐げられたドイツと戦後の悩める優しいドイツ、②おばさん:第三帝国(ナチスドイツ)、を象徴していて、おばさんの裁判シーンは、裏付けのない判決を言い渡されるドイツ(おばさん)、勝者の論理を押し付ける連合国(裁判官や、便乗しておばさんだけに罪をかぶせる元同僚)を象徴するが如しである。

「裏付けのない理由」がいかにもドイツ的な明快・正確さで提示されていますが、ネタバレになるので書きません。「朗読者」という題名がまさにそのものずばりとだけいっておきましょう。そして裁判をひっくり返す「理由」を知っている優しい少年は、おばさんへの「朗読」を続けるのでした。公式に戦争犯罪を認めたドイツの小説であり、ラストは避けがたい内容ではあると理解しますが、「ヒトラー最後の12日間(こっちは映画です)」とともにドイツの正義とはなにか?を議論(というか主張)し後世に残す重要な文献と理解しました。

映画版「愛を読む人」https://nospensees.fr/the-reader-traumatismes-secrets-et-passion/

 

 

2.キュートな飛行気乗りのお話をひとつ。

第二次世界大戦、ヨーロッパ。

イギリスを発進し、海を越えてヨーロッパ内のドイツ陣地を空襲したB17爆撃機の編隊。しかし激烈なドイツの反撃にあい。

当時のドイツ高射砲はかなり優秀だったらしい。

さらには、ほとんど体当たり状態まで突っ込んでくるドイツ戦闘機の攻撃も激しく。これは勇敢とかいう前に、時速500キロ近くで動きまわる空中戦では、ほとんどぶつかるまで近寄らないと機関銃の弾も当てられん、ということで、日本の零戦乗りも「敵機から50メートルくらいの距離まで近づいて、照準器から敵機が大きくはみ出るくらいになってから射撃した」そうです。

実際に衝突したケース

 

 

というわけで、B17側も被害続出し。一時は出撃ごとに三分の一に及ぶ機数が撃墜されたこともあったらしい。

そんななかで、チャーリー・ブラウンさんの操縦するB17一機が、なんとか爆撃を終えて帰路には着いたものの、エンジンがやられてスピードが出ないぞ!

必死に帰路を急ぐ編隊に置いて行かれてしまったのでした。

当時は100機にも及ぶ爆撃機が密集体形をとって、近づくドイツ戦闘機に一斉に射撃をくらわすという防御の仕方をしていたので、一機だけはぐれちゃった爆撃機なんて、それだけで敵戦闘機から見れば「おいしいエサ」です。

こまった!どうしよう。。。

そんな状態で、遠くからキラリ!と輝く機影があったと思うと、ぐんぐん瀕死のB17に近づきはじめ。

遂に敵戦闘機に発見されてしまった!

あやうしB17!

一方戦闘機の方では、フランツ・スティグラーというドイツ丸だしの名前を持つパイロットが操縦していました。

「いひひひひ!これで勲章確定だぞ!」と大喜びでB17に近づき。

スティグラーさんは、これまでの戦歴により、この一機を落とせば「騎士鉄十字章」を獲得できるところまできていたのです。

ぐんぐんとB17に近づいたとき。

うあああ?なんじゃいこりゃあ?

B17は、それまでの戦闘で、左の水平尾翼は吹き飛び、垂直尾翼も半分無くなっちゃった!身を守るための機銃はもはや撃ち尽くし、機体は穴だらけ。

「空飛ぶぼろ雑巾」の状態で、幸い4発エンジンのうちまだ3発は動いていたので、なんとか水平飛行は続けられていた。

 

 

ひえええ!だれだこんな残酷なことをする奴は!と、敵だなんだという以前に、かわいそうになってしまったのでした。

飛行機の中ではもう誰も生きていないんじゃね?

幽霊船状態のB17。スティグラーさんは、B17の真横まで戦闘機を操り、並行して飛行しました。

操縦士は生きているぞ!必死になって飛行機を水平に保っていたのでした。

操縦席からチャーリー・ブラウンさんが、うつろな目でこちらを眺めています。

チャーリー・ブラウンさんもスティグラーさんを視認。よく見ると、Bf109戦闘機の、出来損ないじゃないけどそれに違い、ほとんど身動きもできない小さな操縦席の中で、一生懸命チャーリー・ブラウンさんへサインを作って送って来ています。

以下、スティグラーさん(ス)とチャーリーさん(チ)の会話

ス「ぼけかおまえは。イギリスとは全然違う方向に飛んでいるぞ」

チ「ざけんな!トイレもない飛行機に乗ってやがるくせに、偉そうだぞごるあ!」

ス「おまえらとちがって飛行中にう◎ちなどせんわ!いいかよくきけ、イギリスまで送って行ってやる」

チ「えっほんと?あとで「わかば」のたい焼きおごってあげるね!」

と、そこからは仲良く、イギリス近くの、連合軍制空権の始まる直前の空域まで飛んで行き。スティグラーさんはドイツへ向けて反転していったのでした。

400キロの距離を飛んだB17は無事イギリスに帰還。

基地で大騒ぎするなかまたち。「わああぼろ雑巾が飛んできた!」

チャーリーさんは、隠さずに「変なドイツ人が道案内をしてくれました」と報告すると、上官は

「たしかにドイツ人は道案内が大好きという習性があるようだが。。。ん?あれ?敵と仲良く編隊飛行なんて、何を言っとんねん!しばき倒したるでごるああああ!」

文化的なイギリス空軍なので、シバかれはしませんでしたが、

『敵への肯定的な感傷の一切を今後構築しないよう』命じられてしまいました。

一方スティグラーさんの方は、ちゃっかり「一機落としました。海の上なので残骸は見つからないよ」と報告し、どうやら勲章もゲットしたらしい。

東京四谷の「わかば」。天然物のたいやきです

 

 

それから40年後。

いろいろあって両者は再会することができ。親友になったのでした。

めでたしめでたし。

ちなみに、スティグラーさんがチャーリーさんのB17を撃墜しなかった理由は

「まるでパラシュート降下中で、全く反撃できない人を撃ち殺すようなものだ。そんなことは断じてできない」

と述べています。

 

3.ブラジリア国際空港で

日独米の若者達をモルモットに開発したB17やB29を祖先に持つだけあって、なかなか精悍な面構えのボーイング737。ハチの巣になっても飛び続ける機体、乱気流の少ない超高空をらくちんに飛行できる与圧装置、IFR(計器飛行)や航空管制技術の開発によって「殺しても死なない」安全性が確立され、ぼくもその安全さを享受している旅客の一人では、あります(撮影@ブラジリア国際空港/SBBS)。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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日本がリードしていた戦前のエアライン

以前、B29は、実は爆撃機ではなく、戦後の大量航空輸送を実現するための実験機であり。 爆撃機として使用されたのは軍から予算をもらうためにすぎず、トーキョー・エクスプレスと呼ばれた爆撃行で貴重な運航データを得、ついでに爆弾も落としてきた、という事を書きました。

「そんなことあるかい!ふんぎゃー!」と怒る人も多数と思います。

私の母も、横浜六角橋で空襲から逃げまどった世代であり、B29の爆撃は、ついでだよーん!なんてふざけたことを書くな!と言いたい気持ちはよくわかります。

 

 

でも、アメリカにとって、戦争なんて対岸の火事。レンドリースで産業を大開発し、切りのいいところで真珠湾攻撃によりうまく日本に参戦のきっかけをつくってもらい。週刊空母だのグラマンだので大儲けの、ようするに戦争自体が目的ではなくて、戦争を口実に、いかに儲けるか、だったのは、戦後のアメリカの覇権を見れば明らかと思います。

アメリカが目を付けた戦後の産業の一つに「長距離大量航空輸送」があり。

金儲け以前に、戦略的・安全保障の意味合いも強いのですが、この記事の本題ではないので、ここではスルーします。

さて、戦前には「大規模航空大量輸送」はなかったのか?

エアラインという存在があるにはあった。

典型的な例として「ロンドン~ニューデリー」を見てみます。

*以下「中島航空機博物館(外部リンク)」に迫力ある説明がありますが、そこから情報や画像を拝借しています。

まずは、ロンドンからジェノバまで、陸上機の「アームストロング・ホィットワースアーゴシー旅客機(乗客20名)」で飛んでいきます。

かっこわるい飛行機。
 
つぎに、ジェノバからアレキサンドリア(エジプト)まで、ショートS.8「カルカッタ」飛行艇(乗客12名)で飛んでいきます。

やっぱりかっこわるーい。

 

 

アレキサンドリアから最終目的地のインドまでは、デハビランド DH66 “ハーキュリーズ”旅客機(乗客14名)で飛んでいきます。

多少はかっこいいか?

 

 

お疲れ様でした。果たして何日かかかったのか?

だいたい、乗客がたった14名では、とても採算が取れないのは明白で、この定期便の場合は、大英帝国がいかに遠い植民地であっても、いつでも到達できるぞ!と世界を恫喝するための手段という意味合いが強かった。要するに、日本のローカル路線もびっくりのめちゃくちゃ赤字、税金を使いまくりでなんとか補填していたという、こまったエアラインだったということである。

ちなみに、今日のロンドン~ニューデリー便は、アメリカン航空で平均8時間40分、¥58,806で行けるらしい。これは直行便なので、乗り継ぎ含めたLCCだともっと安くなるかもしれん。機材の記載はなかったのですが、B777あたりと思われます。

果たして、飛行機3機を乗り継いだ命知らずの冒険、富裕層の酔狂でしかなかったエアラインが、今日の、ねこもしゃくしもお手軽お気軽に利用する路線バスみたいになるなんて、当時のだれが想像できたでしょうか。

よっぽどずるがしこく、中国人もびっくりの強欲で、ロシア人よりも血も涙もない、目的達成には手段を択ばない、そんな人種でなければ想像できないですよね。。。

でも、想像したやつらがいました。

それは「皆殺しのルメイ」に代表される「アメリカ人」

もともと大陸国のアメリカ。開拓のために幌馬車で何日も移動しているうちに、食料がなくなり、「ドナー隊の遭難」みたいに、ついには人肉を食べて生き延びた、なんて事態も発生しており。もし、迅速、安全に、大量の人々を長距離輸送できたら。。。。という悲願が、アメリカ人のDNAに刻み付けられていた。

そのDNAが作り上げた恐るべき成果の萌芽にDC3があり。

「大空の豚丼」として知られるDC3ですが、アメリカ人は、DC3の生産によって、イギリス人が息も絶え絶えロンドン~ニューデリーを運航していた時代に、いつかはお手軽大量輸送がくるぞ!という手ごたえを感じたことと思います。

世界の名機DC3(Pixabay無料画像)

 

 

なぜDC3か?そしてなぜ豚丼か?については、長くなるので別記事にします。ここでは、幌馬車よりよっぽどいい、飛行機という輸送手段があるぞ!という画期的な気づきがあった、という事を特記しておきます。

でも、飛行機なんて水ものですよねー、という恐ろしい課題に直面し。

当時の飛行機は、有視界飛行で、せいぜい高度5000メートルを飛ぶしかなかった。ということは、雨だの曇りだのという場合はそもそも離陸できなかったり、途中で入道雲に行く手を阻まれて引き返すしかなくなった、なんてことは日常茶飯時で、青空でもサーマルなどで、がんががん!きゃー!なんて、快適とは程遠い、やっぱり命知らずの旅になってしまい。

皆さんが、東横線で中華街に行こうとして、東京出発の時点で「CB(積乱雲)が出ていますので出発を1時間遅らせます」そして出発したはいいが「やっぱりCBが出てきたので、出発地に引き返します」なんてやられたら「崎陽軒に行けなくなっちゃうじゃないかー!代わりにシュウマイ持ってきて食わせろ!わぎゃぎゃぎゃー!」と大騒ぎになると思います。

https://kiyoken.com/

要するに、採算のための最も基本となる定時運行、反復輸送の見込みが全く立たなかったのである。

ところが、ヨーロッパ人が戦争を始めたおかげで、これらの障壁をぶち破る可能性が生まれ。

まず、レーダーはじめ無線・電波通信の発達により、肉眼で見えるはるか先の気象を探知でき。ゆうゆうと積乱雲とかを避けるのみでなく、それほど揺れない層雲であれば、すっぽり中に入っても地上から電波で誘導してもらい、計器飛行ができるようになった。つまり、雨だのなんだので出発時間を遅らせたり、引き返すなんてことがなくなった。

大型爆撃機の開発で、大型輸送機の原型を軍が提供してくれた。特にエンジンの著しい性能向上は偉大な貢献をもたらし、長距離を高速で安全に飛ぶことができるようになり、洋上飛行でも飛行艇にする必要はなくなった。これは、どこから流れ弾が飛んでくるかわからないから防弾チョッキを着て歩かなければならない紛争地域から、どこでもドアで東京にぽんとまよいこみ、防弾チョッキなんてもういいやあ!と投げ捨てるくらい、飛行艇から陸上機になって身軽(効率的)になれたという事です。

きわめつけは、排気タービン過給機と与圧装置の開発で、高度1万メートルまで上昇し巡航することができるようになったこと。この高度では、ジャップの戦闘機が上がってこれないだけではなく、気圧が低くてスピードが出せ、燃料の節約になることと、入道雲だのなんだの気流をかき乱すものが少なく、意外に揺れないで飛行できるぞ!という、お客さんを手なづけるための決定打を得ることができた。

与圧が決定打となったいまどきの飛行機(BUSINESS INSIDER)。

 

 

これをB29で体験・学習・実験し、今日のエアラインにつなげたという事である。

めでたしめでたし。あれ?めでたくなしめでたくなし?

しかし、アメリカ人の戦後輸送より先に、大量エアライン輸送を実現していた恐ろしい国があったのです。

なんと、日本でした。

大東亜共栄圏における連絡網を確保するために、横浜を起点として1941年7月には、横浜~サイパン~パラオ、横浜~バンコク線、赤道を超えてはるばるチモールまで民間旅客機を運航していたというから驚き。当時の「大日本航空(鶴のマークの会社とは別物です)」の「民間精神旺盛な」パイロットたちが「胸に翼型の金モールをつけた紺色のダブルの背広に半長靴という制服に身をつつみ、颯爽として南方の空に飛びたった」なんて痛快ですねーただ戦局の悪化に伴い、軍事作戦にいやおうなく飲み込まれていったらしい。(引用元は:飛行艇パイロットの回想 -横浜から南太平洋へ―必読です- http://www.aero.or.jp/web-koku-to-bunka/2009.09.15koshida2.htm)

運航に使われたのが、97式大型飛行艇。

    かっこいいなあ

 

 

南洋の島では、女性ばかりの、それはその、まあ楽しい島とかもあったようで、そんな往年のパラグアイみたいな島にちょくちょく寄っていたりしたらしい。

わくわく、どきどきー!

 

 

こちらの話も、機会があったらまた詳しく?書きたいと思っています。なお「チャイナクリッパーや、シコルスキー S-42はどうした!」とかの突っ込みは禁止です。

3000字越えで打ち止め。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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B29によって築かれたエアライン運航の基礎

B29って何?アメリカの巨人爆撃機のことです。

と、説明しなければならないほど戦争は過去の話になり。

ぼくが幼稚園ぐらいだったかの昔は、当時の大人たちが語った「暗い夜に空襲警報が鳴って、サーチライトに照らされたB29の上や下に、ぼっかんぼっかんとまるで当たらない対空砲火。地上は猛火で荒れ狂い、みんな防空壕に逃げ込んで震えていた」という恐怖体験が身近なこととして残っていました。

サーチライトに照らされるB29のイメージ図

https://wararchive.yahoo.co.jp/airraid/detail/26/

 

 

日本から2356キロ離れたサイパンという島がアメリカに取られた時点で、当時の東条内閣は責任を取って総辞職しました。その理由には「サイパンの滑走路から飛び立つB29の行動半径に東京含め日本の大部分が入ってしまう」ためというのが重要な部分を占めていたと言います。

そして、B29に多数の都市を焼き払われ。

この時点で降伏していればいいものを、ずるずると黙殺だのなんだのと引き延ばしたため、原爆を落とされて終戦になりました。

その原爆を落としたのもB29です。

というわけで、(アメリカから見れば)B29は対日戦争終結の最大級の功労者であり、対独戦争終結の最大級の功労者であるB17とともに、世界中の飛行機マニアから尊敬を集めては、実はいなかったりします。

B17は、「大空の女王」「空の要塞」と呼ばれる有名な飛行機ですが、B29は?「超空の要塞」という呼称があるにはあるけど、それでどうなの?というかわいそうな扱いになってしまっています。

その理由はなぜか。この記事で真相にせまります

さて、結論を先に書いてしまうと、「B17は戦争終結の原動力になった」一方、B29は「戦争という状況を利用して、戦後の金もうけに向けた実験台となった」からと理解しています。

なんだそりゃ?

B17と、B29、それぞれ行ってみます。

◎B17

Pixabay無料画像

 

 

B17は、もともとが1930年代に、「東海岸、西海岸と長大な海岸を防衛するために、船(戦艦)よりスピードがものすごく早く、どこの海岸が攻撃されてもすぐ飛んで行って悪い敵の戦艦に弾をぶち込むことができる飛行機」というコンセプトで開発がスタートしました。

つまり、空を飛べる戦艦ということで、大砲の替わりに爆弾を、となり、その結果人呼んで「空の要塞」となりました。

でも、実は海岸防御などではなく、大西洋をひとっ飛びして悪いナチや共産主義者をぶち殺してやれ!と画策していた(これを、戦略爆撃と言います)。

当時、アメリカは孤立主義、すなわちヨーロッパのことなんて知らないよーん、という政策が国民から支持されていたので、戦略爆撃で欧州攻撃だ、なんて飛行機は許可が下りなかったのでした。

こうした言いかえは現在でも続いており、日本でも、最初は病院船だったのが、気が付いたら戦闘機を乗せた空母になっていた、という例もあったりします。

「いずも」。実は空母としてはいろいろあって機能せず、次世代で本物の空母を作るための訓練用・実験用だ、という意見もある。

https://www.mod.go.jp/msdf/jmp/index.html

 

 

というわけで、実は渡洋爆撃でよその国の工業地帯を爆撃し麻痺させてやるぞーという悪だくみを実現させるために作られたのがB17だったのでした。

このため、以下の特徴がある飛行機になりました。

―とにかく落ちない。尾翼が吹き飛ぼうが敵戦闘機が衝突しようがお構いなしに飛び続け「死なない奴が生き残り、勝つ」という、小学生の作文みたいですが究極の真理を体現した。ろくに戦闘機の援護もないままヨーロッパ奥地まで侵入し、対空砲火、迎撃戦闘機などあらゆる防空網にボコられまくり、一時は総出撃機数の3分の1に及ぶ損害をだしながらも、ドイツの恐るべき工業生産力に致命傷を与えるまでにボコり返し、凄惨な「殴り合い」をねじ伏せて勝利しました。

 

 

―数の暴力:200機を超える大編隊でドイツに侵入した

―航続距離:ドイツのすぐ近くにイギリスという滑走路があったので、重爆撃機としては実用的な距離といえる半径960キロの円内にベルリンを収めることができた。でも護衛戦闘機にとっては遠すぎ、長距離戦闘機が開発されるまでは敵戦闘機から一方的にボコられた。

http://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU5/app3.htm

 

 

これらは、すべて敵に勝つためであり、搭乗員の快適さとかは考慮しきれないところもあった。

B17の側方銃座。高度8000メートルで吹きさらしなので、電熱服でぬいぐるみ状態、酸素マスクでかろうじて呼吸しています

(https://secure.boeingimages.com/サンプル画像)

 

 

◎B29

Pixabay無料画像

 

 

B29の場合は、B17と同じことをやれば勝てる、という事はすでに分かっていたので、さらに付加価値をつけよう、となったらしい。

B17の戦訓で得た結果から、新たな悪だくみが盛り込まれました。

1-高空を飛べば、中高度で飛ぶDC3のように、乱気流に巻き込まれて、乗客がきゃー!なんて騒ぐ恐れも少なくなり。寒いが気流は穏やかである(あるいは一定している)ことが分かった。→与圧室の設置により、半そでシャツでも快適に飛べるように改良。

B29の与圧隔壁

 

 

いまどきの旅客機。与圧によって、ハイヒールでも飛べるようになりました(www.independent.co.uk)

 

 

ただし、日本戦闘機(マニアの人へ:屠龍です)の37ミリ砲弾一発が操縦区画に命中し、与圧が抜けて急に零下何十度の世界になってしまい。だれもケガしなかったけれど、「このままでは11人の冷凍人間が出来上がってしまう!」と、飛行機自体は全然飛べるのに、11名の搭乗員は脱出やむなき、なんて、与圧したばっかりに、意外に打たれ弱い、ひ弱な一面も生まれてしまったらしい。

 

2-無数の巨人機を運用する空港施設や、管制のノウハウを蓄積した。

左はグアム島ノースフィールド(https://www.jiji.com/jc/d4?p=bsf226-0906251234090&d=d4_mili)。右はアトランタ空港(https://www.hisour.com/ja/airline-hub-37949/)

 

3-どうせ戦争はすぐ終わる。エンジンとかは寿命が短くてもいいや(アメリカ人の見方。日本のエンジンよりしっかりしていた)。そして、いろいろな新機構を試してみよう。→安普請で大量生産を計るとともに、大型旅客機製造に向けた各種データ取得に貢献。ただし、その後旅客機含めエンジンはジェット化しちゃったけど。

安普請ではあるが機体構造の不死身さは継承した。https://makkiblog.com/b29_fcs/

 

4-世界はわれらのものだ!サイパンから東京へ行って帰ってこれる航続性能。そしてこれだけの距離を迷子にならずに飛べる航法装置。後にニューヨーク・パリの5830キロ等を定期便のアメリカ旅客機が飛ぶうえで重要な実験台になった。

戦後の巨人旅客機、ロッキードコンステレーション(Pixabay無料画像)

 

 

つまり、B29というのは、実は戦争なんてどうでもいいや、その後の世界の航空輸送を牛耳ってやるぜー!というアメリカの恐ろしい野望を体現した飛行機だったのである。

ヨーロッパも日本も死に物狂いになって戦争している中、こうゆう戦後の金もうけのための実験台をのうのうと作っているいやらしさから、B29はB17に劣らない貢献をしているのに、あまり好かれない飛行機になってしまっています。

もちろん、戦争道具としてもすごいところもあり。

例えば、遠隔機銃

https://www.sun-inet.or.jp/~ja2tko/jap/ok_b29.museum.html
 

 
詳しい技術は良くわからないけれど、リモコン方式、かつコンピュータ制御で自動的に敵機の経路を計算して、射手は照準器に入った敵機に向けて引き金を引けば、機銃のほうで勝手に見越し射撃をやってくれるという恐ろしい装置です。

その当時日本がやっていたことは

竹槍訓練。ははは

 

 

ここまで読んで、そんなことないよ!アメリカも必死になって日本に勝とうとしていて、B29が戦後の旅客機の参考になったのは、あくまで副産物だよ!という人がいるかもしれません。

たしかに、必死と言えば言えば必死でした。

でも、必死さのレベルがぜんぜん。。。。というかんじであり。

1945年7月の雑誌TIMEの表紙。戦争?なにそれ?

https://www.ebay.com/itm/304101850719

 

 

ミリオタサイト「兵器生活(http://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/index.html)」によると、8月15日のニューヨークタイムズでは「前日のナ・リーグ野球の結果は以下の通り。パイレーツ7-ブレーブス5(第一試合)、パイレーツ6-ブレーブス2(第二試合)。ジャイアンツ5-レッズ2。カーズ2-ドヂャース1」なんて掲載していたそうです。

最後に、B29の旅客機バージョンです。

ニューヨーク・ロンドン間5,578キロを、1947年には飛んでいたらしいが、こちらもB17じゃなかったコンステレーションの影にかくれて、いまいち知名度が?だったらしい。

Bill Larkins – B377unitedSFO, CC 表示-継承 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=29362764による

 

 

http://www.ovi.ch/domains/ovi.ch/public_html/b377/

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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富の寓意画:最後に愛は勝つ

シモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」

この絵は、人間にとって財産、お金がどこまで重要なのか、そういったとても大切な問いかけを、アレゴリーすなわち寓意でミステリアスに伝えています。

というわけで、この絵に込められている愛のメッセージを紐解いてみましょう。

まず、画面の中央にすわるご婦人。なんとなくオーギュスト・アングル的な構図ですね。

ご婦人は下から高価そうなネックレスを掲げる天使に目をむけています。一方で、天に向けて指を指し示すもう一人の天使を脇に抱えています。

ご婦人は、月桂樹の冠をかぶっており。つまり、ご婦人自身が美の象徴でもあるとのことです。感性、道徳といったもののお手本となるような「仁と愛とに富む婦人」です。

そのご婦人に宝石を差し出している天使。子供のくせに悪いやつで、宝石だの貴金属だので、ご婦人を堕落させようとしています。

でも、ご婦人は、冷徹、冷ややかそのもののまなざしで誘惑を拒否しています。「道徳」にとって、「世俗的な富」なんて大した価値はもちませんよ、と示唆。

一方、道徳を象徴するご婦人が大事に抱えているもう一人の天使。こちらは、天、すなわち神の世界を指さしています。地上に散らばる宝石に比べて、目には見えない神への信仰(現代日本的に言えば、親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観)こそが大切なんだ!と示唆しています。

そして、ご婦人は天を仰いている天使を選んだのでした。

へえーやっぱりお金なんて、愛の前では無力なんですねー

偉大な愛の力が現実生活でどうなるか。

一例行ってみます。

無料で読める「駒が舞う」https://www.sukima.me/book/title/BT0000377890/

から抜粋。

将棋日本一を目指す少年2人の地方レベル決勝戦

右のメガネの少年は、この一戦に勝てば「会社の将棋部の管理」だったか、就職して家族を極貧から救うことができる状況。

その家族は、極貧のため妹のチヨちゃんが思わずパンを盗んじゃいます

 

 

チヨちゃんが妹と知らない対戦相手の少年(こちらが漫画の主人公)は行きががり上チヨちゃんをつかまえてしまい。

 

 

チヨちゃんのなりいきを心配して眺める主人公。その家が決勝相手のメガネくんの家だったことに気が付き。

 

 

メガネ君はがめついパン屋のおっさんを撃退

 

 

妹チヨちゃんをしばくメガネ君

 

 

でも心優しいお兄さんだったのでした

 

 

見てはいけないものを見てしまった主人公

 

 

というわけで、現実世界では、いくら愛があってもお金がなければ万引き、DVという犯罪の世界に落ちてしまうのでした。

犯罪の世界に落ち込まないためには、どんなブラック企業でも我慢してお金を稼がざるを得なくなり。はっきり言って愛もへったくれもない、ハラスメントの世界に巻き込まれ。「愛こそすべて。お金なんて」と言っている人に限って、知らないうちに、血も涙もない金の奴隷と化してしまっていないでしょうか。

では、どうやって金の奴隷、社畜でこき使われる地獄を抜け出すのか?

それこそがシモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」の、まさに寓意によって明確に指示されているのです。

もう一度、この絵の判読をしてみましょう。

「真相はこうだ」

シモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」

 

 

まず、画面の中央にすわるご婦人。

月桂樹の冠をかぶった美の象徴でもあり、感性、道徳といったもののお手本となるような「仁と愛とに富む婦人」です。ここまでは別に変更なし。

問題は、ここから先である。

そのご婦人に宝石を差し出している天使。子供のくせに悪いやつで、宝石だの貴金属だので、ご婦人をお大尽の放蕩生活に堕落させようとしています。素直に、現実世界で重要な意味を持つ資産のもろもろの象徴をわかりやすい形でご婦人に提示してくれています。

そのご婦人は、冷徹、冷ややかそのもののまなざしで誘惑を跳ね返しています。道徳にとって、世俗的な富なんて大した価値はもちませんよ、と示唆。仏様のような半眼の慈愛に満ちたまなざしで、これらの宝物をみつめています。現実世界の経済的な裏付けが、いかに美徳・道徳の成立に重要な基礎となっているかを見事に示唆。

一方、道徳を象徴するご婦人が大事に抱えているもう一人の天使。こちらは、天、すなわち神の世界を指さしています。地上に散らばる宝石に比べて、目には見えない神への信仰(現代日本的に言えば、親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観)こそが大切なんだ!と示唆しています。一見非の打ちどころのない価値観を振りかざされて「国、会社、上司に滅私奉公しろ!犠牲になれ」とだまされ、息も絶え絶えになりなからも、白目をむいて天(お上)を崇拝している社畜じゃなかった天使。そんな偽善の被害者、カモネギになんてなるな!と見事に示唆しています。

このあと、ご婦人は社畜天使をえいやー!と放り投げ、財宝を高配当株やインデックスETF、リートなどに変えてしっかり不労所得を稼ぎ、ゆとりある生活を盤石にしたのでした。

なああんて!

シモン・ヴーエが生きていたら、絶対お礼参りにくるだろう。

でも、死人に口なし。くやしかったら、化けてでてみろー!

ただ、ヴーエの援護をするとすれば、この絵のおばさん(ご婦人)は実はおばさんでなく、翼の生えた天使であるということです。

つまり、おばさん自身が天使として、上記での親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観をすでに持っている。

だから、ありあまる富を持っても、それをみんながほわほわ幸せになるように生かしていく。

そのためにも、富は重要なんですよ、というのが、この絵の最大の教訓かなと思います。

ちなみに、よく「想像力がありすぎる」とか怒られます。

想像力ではなくて、これまで生きてきていろいろあり。ときどき不思議な白い光が見えるのです。今回は、天を指さしている天使の目つきから、インサイトが来てしまいました。

白目をむいています

 

 

この天使は、ペコちゃん焼きになってしまっているのである。

ペコちゃん焼き?

飯田橋神楽坂に、不二家さんというお店があり。たい焼きみたいな、なんていったら怒られるかもしれせんが、そんなかんじの「ペコちゃん焼き」を売っています。

包装では、とてもかわゆいペコちゃんが。

日本でここだけだそうです。

 

 

ところが、ペコちゃん焼き本体は

白目をむいて泡を吹いてるぞ!うああああー

 

 

たい焼きみたいに、頭からかじると、ゾンビに脳みそを食いちぎられて泣きわめく少女になるのでした。ぎゃああー

スプラッター菓子。

*とてもおいしくて、大好きなお菓子です。念のため

「富のアレゴリー」の天使も、はっきりって目つき悪いですよね。こうゆう目つきをしていて、天の啓示を受け取れるのだろうか?それこそ「天の啓示という名の偽善にだまされるな!」というシモン・ヴ―エさんのメッセージが、この「スプラッター天使」に込められていたのでは、なんて、かえってそういう啓示をうけました。

もちろん面白おかしく、ウケ狙いですが、個人的に思うのは、この絵は単にステレオタイプの「愛がすべて」という絵じゃないぞ!おばさん、そして天使たちの表情に、なにか一段奥深いメッセージがある、と感じ、今回の記事とさせていただきました。

愛は勝つ

ではでは。。。

 

 

Posted by 猫機長
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空を飛ぶ船のお話

以前「空飛ぶクルマ」について書きましたが、今回は船なのに空を飛ぶ、その名も「飛行艇」というふしぎな物体についてお話させていただきます。

その前に一つ告知。久しぶりにアメブロランキング1位に返り咲き。ブロ友の皆様に感謝させていただきます。今回は「ブラジル」というベタなジャンルですね。。。

さて、本題です。

飛行艇以前に、水上機、というのがあり。

Pixabay無料画像

 

 

飛行艇との違いは、フツーの陸上機にフロートという、通称「下駄ばき」という姿かたちになっていることです。飛行艇は、文字通り船に翼を付けたような形。

 

2枚の画像でわかるように、1人乗り単発機みたいな小さいのは水上機、旅客や荷物をたくさん載せたい場合は飛行艇が適している。

水上機が全盛となったのは、1930年ごろ。日本でいうと昭和のはじめですねー、なぜ全盛となったのかは、ひとえに「当時、陸上の滑走路が整備されていなかった」ことにつきます。

当時の滑走路は、だいたい「広い原っぱ」であり、現在のような 長大で舗装されたのはなかなかなく。そんな原っぱから飛び上がったり着地した陸上機は、大きな車輪で、でこぼこの地面でもひっくり返らないように工夫していました。

ロッキード・ベガ連絡機 http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln2/TW007.html

 

 

山あり谷ありの陸上では、原っぱといっても広さに限界があり。その限界の中で離陸できるようにするには、大きく、分厚い翼で、離陸速度を極力低くしなければならず。

しかし、これは飛行機の最大の利点であるスピードを殺してしまうことにもなり。大きいという事は重くて、その分エンジンの馬力を殺してしまうし、分厚いという事は、すなわち空気抵抗が大きくなって、スピードが出せなくなってしまうことを意味するからです。

そういった状況から、スピード命!の競争機などは、なるべく翼を細く、小さくしたいのですが、そうすると離陸速度も著しく早くなって、いくら滑走路が長くても足りなくなってしまい。

これが海だったら、滑走(滑水)距離は無限です。波の穏やかな湾内を海岸から外洋向けに走っていけば、障害物となりうる山とかも避けることができ。

えええ、でも大きなフロートを付けたら、空気抵抗とか重量増加とかでスピード落ちちゃうんじゃないの?

ところが、翼面積と断面を減らして得る効果が、フロートで発生する抵抗を補って余りあるぞ!という事がわかり。

シュナイダー杯など、水上機が世界速度記録をガンガン塗り替えるようになりました。

水上機:マッキMC72 https://grabcad.com/library/idrocorsa-macchi-castoldi-mc72-1934

 

 

確かに、陸上機の降着装置なんて重量物のかたまりですからねー大きな下駄をはいていても、陸上バージョンと重さとかはあまり変わらなかったのかもしれん?

イメージですが。。。

陸上機の降着装置をずっしり金地金250g(左)とすると、

水上機のフロートは、Pet容器(右)なみ、みたいな感じ。

 

 

無限の滑走路が使える、という事は、いくらでも巨大な飛行機を作れるということでもあり。

当時のエンジンはあまり信頼性もなかったので、外洋を横断するような航路では、海上に不時着できる飛行艇は安全面でも貴重な存在であり、巨人飛行艇の全盛期が生まれました。

マーチンM130 チャイナクリッパー飛行艇

 

 

ショートサンダーランド

amazon.co.jp/スペシャルホビー-SH72162-72-ショート-サンダーランドMk-Ⅴ/dp/B07R682D3P

 

 

ところで、無限の滑走距離はあるものの、飛行艇の滑走は水の上です、という根本的な課題があり。

硬い地面の上を滑走する陸上機は、機首上げするもしないも操縦かんの操作一つです。

ところが、「やわらかい」液体の上を滑走する飛行艇は、ちょっとした波のかげんとかで、操縦かんを操作してもいないのに機体が水面から沈んだり浮き上がったりしてしまい。

それだけならいいのですが、浮き沈みで機首上げの角度が変わってしまう、つまり翼のアタックアングル(迎角)が勝手に変わり、急浮上や失速、ついには操縦不能に陥って中途半端な高さから水面に激突、大破なんて大事故が起こりかねず。

ぼくは陸上機乗りなので、詳しくはわかりませんが、水面からの離水はなにげに神のような技術が必要であり、荒れ狂う飛沫の中でエンジン全開なんて狂ったまねはとてもできません。もし読者の中で水上機パイロットがいたら、ぜひこのへん教えてくださいね。

https://www.youtube.com/watch?v=En0JX4HmSuo

水上機の狂った離水。よくプロペラを壊さないなあ

 

 

実際、日本の二式大型飛行艇で、離水失敗事故が相次ぎ。離水角度指示器というのを取り付けて、この指示器を「ものさし」にして、どんな波を食らおうが機首上げ角度を一定に保つようにしたら、事故がなくなったそうです。

この画像の③が離水角度指示器。

画像出展:http://hikokikumo.net/AT-Kanzasi-000.htm

 

 

ちなみに、上記画像の⑥を「かつおぶし」といって、このでっぱりがうまく波を切って機体、特にプロペラやエンジンに飛沫がぶち当たることを避けることができるようになったらしい。

機首下面、緑から白に塗装が変わったすぐ横に突出しているのがかつおぶし(スプレーストリップ)です。

画像出展:http://hikokikumo.net/AT-Kanzasi-000.htm

 

 

この飛沫というか波しぶきは、飛行艇にとって致命的な打撃となってしまうため、これを打ち消すため、飛行艇の設計では涙ぐましい努力がはらわれており。例として、最新の飛行艇US2の機首下面に独創的な工夫を見ることができます。

https://www.mod.go.jp/msdf/iwakuni/about/unit/71fs.html

 

 

機首下面のドアップで説明します

①「溝形波消し装置」。

出展:https://www.shinmaywa.co.jp/aircraft/us2/us2_capability.html

 

 

②波消し装置のチャイン接続部(スリット)

ここから「側面へ波を逃がす(Wikipedia)」らしい。

③水平に波抑え板があり。

④機首のスプレーストリップ。

⑤飛沫に隠れているけど、側面スプレーストリップ。

二式大型飛行艇のシンプルな「船底」に比べすごい発展・進歩ですね。。。。

しかし、時代は変わり、ここまでして離着水する必要もなくなってきた。

それは

◎エンジンの信頼性が向上し、大西洋だろうが太平洋だろうが、ピストンエンジンだろうがジェットだろうが、洋上飛行しても全然へっちゃらになった。

◎フラップなどの技術革新により、薄く小さな翼でも離着陸速度を低くすることができるようになった。

◎一方で、3000メートル級の長大な舗装された滑走路が世界中にでき、ジャンボジェットでも問題なく離着陸できるようになった。

◎飛行艇は、上記の波消し装置などの工夫のほか、機体自体を着水の衝撃や恐ろしい波しぶきの打撃に耐えるようにする必要があり、その分余計に頑丈つまり重い飛行機になってしまう。

波しぶき。葛飾北斎 「神奈川沖浪裏」1831頃

◎主翼やエンジンが飛沫に当たらないようにするため、縦長の機体断面や、船のように機体下面を整形しなけれならず、余計な空気抵抗が生まれる。

等デメリットも多く、飛行艇はいまや絶滅危惧種なのかもしれません。

一方で、日本のように、無数の小島が散らばる国での飛行場のない島々の間の連絡や、ヘリコプターが飛んでいけない天候、大荒れの海面にも着水して救難する能力。カナダなどでは、湖水に着水・給水したうで、山火事上空まで飛んで行って放水・消火するなど、飛行艇が必要な場面も多々あるとは理解します。

ところで、なぜ飛行艇の投稿をしたのか?

それは、とある吉日、ふとこんな写真に遭遇し。

ウオーラス(Walrus)飛行艇 (パブリックドメイン)

写真の説明に「Walrus_carrier_landing」とあり。

飛行艇のくせに、海の上に降りないで、航空母艦に降りているのでした。ははは

確かに陸上機が着水するのはできないけれど(墜落は別)、飛行艇ですからねーどっちでも好きなほうに降りちゃえ、ということなのでしょうか。

ちなみに、この飛行艇は、飛行艇のくせに4名くらいしか乗ることができず、全長も10.2m、全幅も14mということで、セスナをちょっと大きくしたくらいの、軽飛行機じゃんという、ふしぎな飛行艇です。でも、ナチに撃墜され、海に落っこちた飛行機の乗員を救助するために大活躍したという、とても心優しい飛行艇だったそうです。

へえええーと、飛行艇に改めて興味がわき、今回の記事にしました。

ウオーラスのカラー画像

https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln9/SMWFB.html

 

 

ちなみに、ウオーラス飛行艇はじめ、この記事の大多数の画像を「古典航空機電脳博物館(https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/index.html)」から引用させていただいています。きょうび古典機でもレストア後のカラー写真がいっぱいありますが、こうゆうプラモの箱絵みたいなのも、見るだけでわくわく!いいなーと思っています。

ううむ今回はあんちゃん向けになってしまったかな?、というわけで、素敵女子のみなさまに動画を一つ投下して、結びとさせていただきます。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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日本では食べられない日本食のお話

今回のお話は、フツーな日本食のお話ですが、実はあまりフツーではなく、たぶん日本では食べることのできない、ふしぎな日本食のお話をさせていただきます。

◎Yakissobaソース

みなさんも、油がぎらぎら、食欲をそそる五目焼きそばやソース焼きそばなど、焼きそばは大好きと思います。

ソース焼きそば

出展:https://www.news-postseven.com/kaigo/wp-content/uploads/2021/11/yakisoba_38.jpg

 

 

ブラジル人も焼きそばが大好き。というわけで、中華レストラン、日本食レストランでの大人気メニューであるだけでなく、家庭でも作ろうよ、という事で麺やソースがスーパーなどで売られているのでした。

さて、麺です

 

 

ううむ、自信作の焼きそばではあるのですが。。。。

-Largo、という記載あり。幅広の麺、という意味ですが、そんな焼きそばあったっけ?

リングイーネ(Linguine)のノリらしい (Pixabay 無料画像)

 

 

-あと、光→Light→ライトな→Karui(軽い)というなかなかおつなキャッチコピーがあるのですが、こちらの説明は別記事「謎のパスタ、その名は「手巻き」」に書いたので、読んでね!

ちなみに、麺の調理法ですが、蒸すのではなく、ゆで麺です。

はやくも怪しいブラジリアン焼きそば。めげずにソースで行ってみます。

ブラジリアン焼きそばソース

 

 

写真だとわからんかもしれんが、日本の焼きそばソースと、違うとは言わないけれど、同じとも言えないのですよねー

と、いうのも、ブラジルにおける焼きそばのスタンダードが「あんかけ焼きそば」であるという恐るべき事実があり。

本家日本のあんかけ焼きそば。

出典はhttps://nagatomo.rumieru.jp/menu-list/%E4%BA%94%E7%9B%AE%E3%81%82%E3%82%93%E3%81%8B%E3%81%91%E7%84%BC%E3%81%8D%E3%81%9D%E3%81%B0/

 

 

というわけで、たしかに焼きそばソースではあるのだが、ソース焼きそばのソースではなく、あんかけの「あん」をイメージした独自開発のソースだったのでした。

というわけで、さっそく調理してみます。

なんて実は調理なんておおがかりなものではなく、沸騰したお湯に上記のKarui麺を入れて、6分くらいかな?アルデンテになったら、水を切ってお皿に盛ります。

 

 

その上に、上記のYakissobaソースをかければ、あんかけちっく素焼きそばの出来上がり。

まだちょっと硬かったかな?

 

 

というわけで、焼きそばなのにいちども焼かないという、ふしぎな焼きそばなのでした。

なかなかおいしいですよー、中華屋さんの焼きそばとは、はっきり言ってかなりちがうけれど。。。。

 

 

◎「おさび醤油」で食べるトロピカルフルーツ

以前の記事で、ブラジリアンわさびすなわち「おさび」について記載しました。

 

 

今回は、この「おさび」と醤油でトロピカルフルーツの刺身をいってみます。

なお、トロピカルフルーツいろいろについては、別記事で書きましたので、そちらも見てね!刺身にできるトロピカルフルーツはココヤシとアボガドですが、今回はアボガドを代表選手に選んで進めます。

といって、何の変哲もなく、アボガドの実を切り刻んで、そのまま食べます。

ワサビ作りすぎ。泣きました

 

 

アボガドは水分が多いのと、独特の臭みがあるので、多めのワサビで、ちょうどよく中和してあっさり風味になりました。写真のは作りすぎたけど。。。

食通の人で、トロみたいだ!という人もいるようですが、たしかに言われてみればそんなかなーという感じでした。まあ、森のバターというくらい脂肪分がありますからねーでも不飽和脂肪酸といって良質のものであり、ダイエットでも大活躍しているらしい。

そんな日本食ないぞ!アボガドなんて日本にないじゃないか!という人に:沖縄ではちゃんとココヤシやアボガドがありますよー

◎Sushiソースで江戸前だ!

今度は正統の江戸前寿司でいっています。なあんてスーパーの日本食売り場で買ってきた、まあコンビニのお寿司みたいなものですけどねー。アニサキスは大丈夫だろうか?ガクブル!

で、Sushiソースです

オーガニック食品などを揃え、客層も富裕層ちっくな人が多い、意識高い系のスーパーで売っています。

 

 

またしてもKaruiブランドでした。

このソースのウリは、すでにワサビがブレンドされた、ワサビ醤油に匹敵するソースだぞ!ということらしい。

確かに、前回ワサビつくりすぎてひどい目にあったので、自動的にブレンドされていればいちばんいいですねー、ということで、さっそく試してみました。

 

 

のり巻きに囲まれた四角い区画の中に、かなりなみなみと注ぎ込んでいますが、写真では見えにくいですねー

結論:フツーの醤油と全く変わらず。ぜんぜん辛くなかった。。。。

◎南国の醤油

ブラジルは、アメリカと並んで世界の1,2位を争う大豆生産国であり。みそ、とうふなど、フツーにスーパーで売られており、ブラジル人にも浸透している。

なのに、なぜかココナツ製の醤油を発見?

 

 

それこそ戦時中のラバウルかなんかで、補給が途絶えた!しかたなく。。。。。ならわかるのですが、いくらでも安い醤油を売っているスーパーの、その隣に、倍の値段で。。。。というふしぎな醤油です。

たしかに、石鹸でも、その辺で売っているフツーの石鹸と、ホネケーキとか言って恐ろしい高値で売っているのもあり。いわゆる「ホネケーキ醤油」とでもいうべきかもしれん。

資生堂ホネケーキ

https://www.shiseido.co.jp/sw/c/products/SWFG070410.seam?shohin_pl_c_cd=090201&online_shohin_ctlg_kbn=1

 

醤油ばなれしたまろやかさや香りで、フランス料理にどうぞ、なあんて格調高い醤油なのかも?

というわけで、その「ホネケーキ醤油」で、醤油ラーメンを作ってみました(麺はインスタント、スープはココヤシ醤油と味の素を混ぜただけのテキトーなやつです)。

 

 

結論:醤油ちっくなエグみが強烈な、カドの立ちまくりなラーメンになりました。。。。

メーカーさんごめんなさい、こればっかりは、エグみばかりでなく、むりやり合成甘味料を入れたみたいな変に甘い味になってしまい、さすがに醤油とは言えないと判断しました。「ココヤシ醤油(ココナッツアミノ)」という、新しい調味料として理解させていただきます。。。。

 

 

◎番外編その1

ブラジリア有数の日本食品店で、日本的なおにぎりを見かけるようになりました。

 

 

でも、なぜか説明文は中国語だった?まさか?中国から輸入しているのか?

 

 

◎番外編その2

同じ日本食品店で、「Ossonai」という謎の食品を発見

 

 

よく見たら、鏡餅でした。Ossonai→お供え、という意味だろう。ほんとは、Ossonae、としてほしかった。。。。

 

 

◎番外編その3

日本そのものの味覚も売っていたぞー

みょうが

 

 

どうですみなさん!サバンナのど真ん中で、こんな見事なみょうがなんてなかなか見られないですよね。冥加の至り。なんちってはいすみません。

ブラジルに移住してきた一世のおじいさん、そしてその子、その孫が「強く雄々しい 血を継いで」日本の食文化の灯を消すな、とがんばっています。

ブラジル人から見たら、なにそれ?なんのことかもわらないような、みょうが。でも、知っている人から見れば、とても大切なふるさとの味覚が、こうした日本食品店で生き続けています。

写真のみょうがも、栽培はサンパウロかな?文化としては「八重の潮路を越えて」こうしてブラジル高原のど真ん中に息づいているのですよね。。。。

この日本食品店は、他の類似店が店をたたんでいく中、逆に拡張してがんばっています。ブラジリア南部地区の。。。なんて書くとわかっちゃうかもしれん?ぜひ、今後とも、日本の味覚のリファレンスセンターとして発展していってほしいと思っています。

 

 

]◎番外編その4

みょうがを知らないブラジル人がどんなものを食べているかというと。。。。

子豚。丸焼きが有名

 

 

スーパーの肉売り場で発見。さすがにふだんはここまでいかないけれど、クリスマスから新年へかけてのパーティーとかで需要があるらしい。

◎最後の番外編

 

 

上記の焼きそば麺で、なにげにLinguine al Olioみたいにして、粉チーズで食べたら、はっきり言って焼きそばとして食べるよりおいしかったです。焼きそばとしてもそれなりにおいしいですけど。

食の民族融合ですね。ブラジルに住んでいてよかったと思っています。

「茗荷より かしこさうなり 茗荷の子」

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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日本刀の強さの秘密

折れず曲がらずよく切れる、世界でも異彩を放つ日本刀。

新選組とかが使っていた日本刀はどんなふうに製造されていたのでしょうか。

①原料は砂鉄。「たたら」という炉で溶かし、燃焼させるのですが、この火加減と燃焼時間を調節して日本刀に最適な「玉鋼」を作った。

日本刀一振りを作るのに必要な玉鋼が10キロくらいだそうです。完成した日本刀は拵えを入れても平均で1キロですから、鍛錬とかで9キロが消えてしまうという事ですね。。。

②日本刀は「鍛造」つまり叩いて作ります(型に流し込むのが「鋳造」で、青龍刀など中国の刀は鋳造が多かったらしい)。

叩くことで「鉄滓(非鉄不純物)・空孔の除去と炭素量の調整(出展:http://ohmura-study.net/004.html)」を行う。

この段階で2種類の鋼を作り。一つは柔らかいが弾力のある「芯鉄」となり、一つは「皮鉄」すなわち芯鉄をぐるっと取り巻いて、鋭利な切れ味を出すために必要な硬さを確保します。

③造りこみといって、芯鉄と皮鉄を組み合わせ、一体化するまで加熱したり鍛錬を繰り返す。

新刀以降の刀の断面図

出展:https://tetsunomichi.gr.jp/katana/

 

 

④素述べと火造り:一体化させた皮鉄と心鉄を打ち延ばし、さらに過熱鍛錬して日本刀の形に整形。

⑤土置き:刀身に焼刃土(やきばつち・砥石や炭の粉に水を練り合わせて粘土みたいにしたもの)を塗ります。固くしたい刃の部分には薄く、それ以外は厚く塗る。薄い部分と厚い部分の境界線が後に刃紋となります。

出展:http://ja.shoku-nin.org/12_akihira/4/

 

 

⑥焼き入れ・焼き戻し:刀身全体に均一に加熱し、800℃くらいに達したら、一気に水槽みたいなのに突っ込んで冷やす。

出展:https://amped-up.net/wp-content/uploads/2018/05/46-2.jpg

 

 

⑦その後、研いだり、銘を入れたりして、完成。

全工程を集約した画像を発見しました。

出展:「アボカド日記:かたなの博物館に行ってきました 大阪・平野区」

https://avocado-diary.xyz/wp-content/uploads/2016/06/IMG_2206.jpg

 

 

一方、西洋の剣はどうかというと、液化するまで熱した鋼を、型に流し込んで作る鋳造や、鋼を加熱して叩きのばす鍛造、両者統合したものなどいろいろ製法があったらしいが、鍛造といっても単に剣の形に整形して伸ばしていただけらしい。

一行で終わっちゃうのでした。ははは

愛好家が鋳造型刀剣の制作実験をしている動画。

 

 

なんとなく、日本酒とワインに似ています。

日本酒の場合、よりによって米という、およそアルコール飲料にするには一番不適な(発酵のための糖分が足りないという意味)素材を選んでしまったため、麹ででんぷんから多糖類を生成し、そこから今度はもろみにしてブドウ糖を。。。。と、日本刀と同じように、名人芸の連続となる多数の工程を得て、なんとかお酒になるのに比べて、ワインのほうは、極論ですが、ぶどうを踏みつぶしてマストという果汁を作り、適切に保管すれば、「ブドウの果皮、葉、梗、あるいはワイナリー内の建屋や製造設備等、此処彼処に存在する野生酵母がマスト中で成長し、自然発酵と呼ばれるアルコール発酵を起こす。(https://jwine.net/glossary/detail.php?id=29)」すなわち、自動的にに発酵してお酒になっちゃうのでした。

*もちろん、ワインも野生酵母のほか培養酵母など厳密に管理されていて、日本酒に劣らぬ名人芸により製造されていると理解します。

きょうびでは、麹菌のかわりにワイン酵母を使った日本酒もあるらしい

出展:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66489

 

 

つまり、幕末の切りあいに使われていた新刀の複雑怪奇な製造法は、良くも悪くも、玉鋼という原料によって左右されていたという事なのかも?

言い方は悪いかもしれないけれど、玉鋼は、ぶっちゃけ刀を作るにはあまり適さない素材だった、という事なのではないでしょうか(疑問形にしておきます。ははは)。

玉鋼は、その名の通り日本の魂みたいな鋼であり、言い換えれば純粋すぎる素材だった。玉鋼にも「鶴」、「松」、「竹」、「梅」など等級があるそうで、不純物がないほど上とされています。

そんな純粋な素材を生かし切るために生まれたのが、上記の製造法だった。

しかし、そういった新刀より、さらに「折れず、曲がらず、よく切れる」日本刀があるのです。

それが「古刀」

新刀との恐ろしい違いは、古刀は「芯鉄、皮鉄の接合」という凝った構造ではなく、硬質、軟質の材料を練り合わせた鋼により「一枚構造(丸鍛え)」で作っていること。

この製造法の違いによって、日本刀の世界では、古刀がおおむね戦国末期までに作られた刀、新刀がそれ以後に作られたものとして別々に分類されているのです(大雑把な分類です。本当は末古刀とか、新々刀とかいろいろある)。

というわけで、古刀すなわち軟固練り合わせ鋼で作った一枚構造の刀の断面はこんな感じ

出展:「古代鉄と国内鍛冶刀剣」http://ohmura-study.net/404.html

 

 

刀身が、全然均一でなく、なんか不純物だらけじゃん、みたいになっています。

実は、玉鋼に比べると

「銅(Cu):耐蝕性(耐錆)向上。錆の進行を抑える。但し、量が多いと割れ易くなる

チタン(Ti):焼き入れを阻害する元素。但し、鋼に添加されると耐蝕性、強靱性を増す

(以上http://ohmura-study.netより)」

みたいな不純物(でも実は刀を強くする素材)がいろいろ入っていました。

チタンについては、強さとかのほかに、「古刀が青く見えるのはチタンが含まれているため」という人もおり。

ここで要注意なのは、東京工大製鉄史研究会などで「銅を0.1%以上含む鉄は日本では産出されない」として、蕨手刀など、黎明期の日本刀はじめ、素材は大陸から輸入していたのでは?という見解があり(出展:http://ohmura-study.net/007.html)。

実際、日明勘合貿易では、日本は鉄を輸入して刀を輸出していました。当時の世界最先進国から原料を輸入して、加工品を輸出していたのですね。すごいぞ日本!

一方、裏歴史として、倭寇が中国を荒らしまわったときに奪ったものの中に鉄や鉄製品があったそうで、お隣さんからタダで頂戴した原料で刀を作って、お隣さんに売りさばき利益をふんだくっていたという情報もあり。悪魔か日本?

でも、倭寇が中国人から略奪した鍋とか釜はとかは、大体が戦国大名の鉄砲とかに化けたというお話もあり。あーよかった、刀じゃないよね。あれ?

脱線したので戻ります。

倭寇に怒り狂った明(清)が「海禁政策」を打ちだすまでは、公的ルートや密売で「志那鉄」がじゃんじゃん日本に入ってきた。

そして、その舶来の鉄は、実は和製の玉鋼より、ずっと刀剣用として優秀な素材だったーと、海禁政策によって鉄などが輸入できなくなり、国産の鉄を使うしかなくなった時になって、初めて気づいた。

どうやら、舶来鉄と和鉄では、米とブドウくらいの差があったらしい。

というわけで、死に物狂いになって、古刀に文字通り太刀打ちできる新しい刀すなわち新刀をつくる努力の結果、上記で述べた、精密すぎる工程で、ち密すぎる構成の刀が生まれたーというのが真相ではないでしょうか。

この記事を書いていて、「ゼロ戦とグラマン」の話を思い出してしまいました。

こちらはエンジン出力の差で、ゼロ戦の「栄」発動機が、がんばって1000馬力ちょっとだったのに、グラマンF6Fの「ダブルワスプ」エンジンがゆうゆう2000馬力と、まさに米とブドウもびっくりの格差があり。

でも性能的にあまり差が出なかったのは、零戦が防弾装置をかなぐり捨て、機体強度をかなぐり捨て、操縦系統の鋼性低下などの禁じ手を堂々とやり、ようするに死に物狂いになって空中性能(飛行性能)を向上させたのが効果を奏したという事だと思います。

零戦とグラマン(出展:https://ameblo.jp/headhunterslovebass/entry-12379202409.html)

 

 

結局、日本の刀は日本の玉鋼でなければだめだ、皮心鉄構造じゃない丸鍛えは刀じゃない、なんてこだわりは全く必要ないと思います。そういう純血主義が国家間の軋轢や、同じ国の中でも階級差別(と言ってぴんと来なければ経済格差)を生んで、人々がいがみ合うような世の中を促進してしまっているのではないでしょうか。

武士の魂を象徴する日本刀であればこそ、ミナスジェライス産のチタン合金とステンレスを合わせて、シベリアの極地にあっても破断せず、インドの塩田にあっても錆びない、古刀の上位転換みたいな丸鍛えの美術刀剣が、風の時代の象徴として、チタン地肌の青味の冴えで人々を魅了する、そんな世界がすぐそこに来ていると考えています。

 

Posted by 猫機長
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新説:零戦の機首はなぜ黒塗りなのか?

世界を代表する戦闘機いろいろ

P51ムスタング Pixabay無料画像

 

 

スピットファイア Pixabay無料画像

 

 

P40ホーク Pixabay無料画像

 

 
P47 Pixabay無料画像

 

 

F4F  Public Domain

 

 

メッサーシュミットBf109

https://stormbirds.files.wordpress.com/2020/11/bf109g-6late-b25-gunpods.jpg?w=1000

 

 

Mc200 Saetta  Public Domain (カウル先端は、むき出しの銅パイプを仕組んで滑油冷却器としているため、無塗装)

 

 

こんな感じで、無塗装の銀色もありますが、大体は機首含め機体全体が迷彩塗装になっています。派手な白帯とかがあるのは、味方識別のためのマークです。

ところが、なぜかゼロ戦だけは、機首がぐるりと黒く塗られており。

https://girlschannel.net/topics/2131246/https://girlschannel.net/topics/2131246/https://girlschannel.net/topics/2131246/

ガールズチャンネル?まあいいや

 

 

この、黒い機首のなぞが、長年にわたり飛行機マニアの間で大論争を巻き起こしてきました。

大体、以下の主張に分かれています

①黒い色は熱を吸収するので、エンジン過熱を防ぐことができる。

②黒い色は光を吸収するので、光の乱反射によるパイロットの視界不良を防ぐことができる

③敵味方識別のために、黒く塗った

④汚れ対策。日本のエンジンはオイル漏れがひどく。カウルを黒く塗っちゃえば目だたないから、という事らしい。

その他、そのほうがかっこいいからとかいう意見も複数あったりしますが、操縦や整備など、もっと切迫したニーズに対応するものではないので、ここではカウントしません。

さて、それぞれの意見を考察すると、それぞれに一長一短があり。

①の場合、零戦がカウリング全体を黒くした理由にはなるのですが、じゃあP51だのP47だのが、ぜんぜん黒くしていないのはなぜ?となります。

②の場合、これも、エンジン全体を黒くする必要なんてないじゃん、コクピット前方の機体上面だけで十分ですよね?というわけで、実際隼とか雷電とかは、機体上面だけが黒色塗装です。

隼の例。ほかにも飛燕だの紫電だの、だいたいみんなこんな感じです。https://www.finemolds.co.jp/FB/FB17-sokumen.jpg

 

 

③味方識別ですが、日本の場合、大体主翼の前縁をオレンジ色に塗ることで対処しており。黒い機首、というのはいまいち説得力がなく。

④これも、零戦だけじゃなくて、他の飛行機でも機首全体を黒くしないと、汚れが目立っちゃうじゃん?隼とかはそんなにオイル漏れがなかったの?ということで、やっぱり説得力が。。。。

というわけで、尽きざる議論の泉となっています。

そこで、この投稿で、パイロット目線から、真の理由はこれだ!という新説をぶち上げるのでした。

「真相はこうだ」

実は簡単で

「光の乱反射によるパイロットの視界不良を防ぐ」すなわち上記の②そのまんまです。

どへー新説でもなんでもないじゃん、でもなんで?

これは、零戦の生い立ちというか、活躍した時代によるものが理由の大きなウエイトを占めているとの理解です。

零戦のビフォーアフターじゃなかった、一世代前の戦闘機、そして一世代後の戦闘機と見比べてみましょう

まずは零戦の先代となる96式艦上戦闘機です。

http://www.nags-gallery.com/gallery/A5M4.htm

 

 

機首の形に注目。カウリングが、シリンダを覆うあたりで最も膨らんでおり、そこから胴体に向かってぎゅっと絞り込まれています。

こういうカウリングを、タウネンドリングというのです。

タウネンドリングの発端は、シリンダむき出しにするよりも、整流覆いを付けたほうが空気抵抗も減り、冷却にも有利だね!と気づいたところから始まり。

当初のタウネンドリングは、たんに一枚の板を輪っかにして、エンジンをぐるっと巻いただけの、なんとなくダクトファンみたいなものでしたが、次第に膨らみ・丸みをおびたものとなり。

初期のタウネンドリング(ダウンエンドリング)

Westland Wallace

https://i.pinimg.com/originals/32/a2/b0/32a2b07da03e2fbd0ffc4a4e67ac4361.jpg

 

https://www.webmodelers.com/202007katoucolumn.html

こげ茶色のタウネンドリングもあったらしい。

 

 

Westland機が一枚板をのり巻きみたいにぐるっとエンジンに一周させただけなのに対し、91戦はタウネンドリング自体を前方からの気流に対して流線形に整形しています。

この整形の過程で、96式艦上戦闘機のように、胴体側はぎゅっと絞ったタウネンドリング、というよりエンジンカウルのはしり、という形状がうまれ。

ところが、この形状では、操縦席に向けての光の乱反射も相当なものになり。

赤色の矢印のように、機首上面だけでなく、水平近くまでの下からであっても乱反射してしまう、というか、むしろ操縦席に乱反射しようとする一種の鏡みたいになってしまい。(画像はこちらを加工させていただきました。http://kurage55.blog60.fc2.com/blog-entry-536.html?sp )

 

 

結局「リングを全部黒く塗るしかなくなった」のだと理解します。

ちなみに、P26とかソードフィッシュとか、タウネンドリングが操縦席より遠く離れている、あるいは操縦席がぐんと上にせりあがって設置されているような場合は、防眩塗装なし或いは上面だけでもOkだったらしい。

ソードフィッシュ

https://img.amiami.jp/images/product/main/163/TOY-SCL2-44324.jpg

 

 

P26 ピーシューター

http://www.fiddlersgreen.net/aircraft/Boeing-P26/IMAGES/Boeing-P-26-Peashooter-Title.jpg

 

 

日本の飛行機は、非力なエンジンをカバーするために極力機体の太さを絞り(操縦席を高くする余裕がない)、また格闘性能のために視界を重視してコクピットをなるべく前に出そうとする傾向があり、防眩塗装が重要になったと思います。

さて零戦になると、タウネンドリングから明らかにカウリングになり、カウリングの絞り込みもなくなった、つまり最も太いところから水平で胴体につながるようになったので、乱反射も減ったけれど、これまでの慣習もあり全部黒く塗りました、というのが真相と理解します。

 

 

ガールズチャンネルの画像から抜粋。上が初期型で、カウルは水平絞り込みなしに抑えられており。下は改良型で、むしろ先細りの紡錘型になっています。

同時期に開発された隼は、先代の97戦ですでに胴と一体化したカウルだったこともあり、カウル全体を黒くしなくてもよくね?と気づいて、上面だけにしました、という事だと思います。

そして、次世代機の雷電はこんな感じ。

https://www.sankei.com/resizer/CIO0sGSF7SHHGD96NrG0c3bRiiI=/730×0/smart/cloudfront-ap-northeast-1.images.arcpublishing.com/sankei/RCSGBHO7PFNIJDYCP4427GIJBU.jpg

 

 

雷電は、機体全体が紡錘形で、操縦席から機首に向けてぐっと細くなっていくので、防眩塗装も上面だけでよくなった。

というわけで、カウリング形状変動の過渡期にあった零戦は、旧世代の名残でカウリング全体を黒くしました、という事だとおもいます。

ちなみに、零戦と同世代の99艦爆や97艦攻も、カウリング全体が黒くなっています。パイロット目線から見れば、これらの機体みたいに、カウリングだけでなく操縦席までの機体が大きく黒塗りになっているのが一番親切かなーと思います。

97艦攻の例

http://c2ssdt.cocolog-nifty.com/photos/uncategorized/2017/05/11/862_1.jpg

 

 

ただ、黒色塗装は確かに熱を吸収するので、甲板だの飛行場だのに機体を係留・駐機していると、太陽熱で「目玉焼きができちゃう」くらい熱くなってしまったのではないかな?機体が痛むような気がします。

あと、上記で「こげ茶のカウリング」が出てきましたが、どうも零戦、90艦戦、96艦戦や96陸攻あたりは、鮮やかな紺のカウリングがあった気がします(学研の図鑑「飛行機・ロケット」で見た記憶あり)。ところが、ぐぐっても黒いのや、鼠色?みたいなのばっかりなのですよねーでも確かに存在していたと思います、いつかまた見てみたいな。

Youtube では発見。https://www.youtube.com/watch?v=nIRYc-p1J2A

 

 

なお、もっとおたくちっくな議論はこちら(外部リンク)。→ https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=22269&id=39709305

「塗粧」とか「通達」とか、中島製はこうだけど三菱製はああだとか、マニアックすぎて頭がこんがらかりました。

最後に、ぼくが乗っている白い軽飛行機は、機首上面も白ですが、特にまぶしいとかはないですよーという事で追記。

とある大農場の滑走路に着陸

着陸動画はこちら→https://www.youtube.com/watch?v=_v6jWNWwFHI

 

 

こんな飛行機に乗っています

というわけで、今回は思い切り飛行機おたくの投稿でした。ではでは

Posted by 猫機長
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短編集:軽飛行機と紙飛行機、ラジオ修理ほか

◎軽飛行機と紙飛行機の類似点

小さな飛行機で飛んでいます。

 

 

飛行機つながりで、敬愛するブロ友の「さとさんちゃん」が、素敵な紙飛行機の記事をいっぱい書いており。ぼくも子供のころ紙飛行機を作って飛ばしていたことを思い出しました。

これがなかなか飛んでくれないんですよねーなんかすとんと落っこちちゃうとか。「水平尾翼にタブをつければいいよ」と教えられて、おおおほんとにぐんぐんまっすぐに飛んでいくようになった!なんてこともあったのでした。

組み立て式紙飛行機

 

 

折り紙飛行機にもタブをつけるひとがいるらしい

https://www.quora.com/How-do-you-make-your-paper-airplane-more-aerodynamic

 

 

ぼくの飛行機にもちゃんとタブが付いていたのでした。

まずは垂直尾翼から。

紙飛行機とおんなじで、手でひん曲げる固定タブです

 

 

最近、まっすぐ飛んでいても、左足をペダルから離すと、ふわ-と機首が右に回ってしまうので、なんか踏みっぱなしにしなければならなくなり。1時間も飛んでいると左足が疲れちゃうので、意を決してペンチでひん曲げました。

タブと方向舵を接続しているリベット(左写真の赤枠の部分)にストレスがかからないよう、木の板を噛ませて固定します。

 

 

曲げすぎると今度は機首が左に振られてしまうので、おっかなびっくり、ちょっとだけ。。。。

 

 

でも、あまり効果が出ていません。まあ、気休めにはなったかな、というかんじです。

水平尾翼はもっとシビアな調整が必要なので、電動式のタブがついています

赤丸の部分が電動タブ。左右の水平尾翼は連動しているので、タブは右翼だけです。

 

 

◎ラジオの液晶が漏れて周波数が見えなくなっちゃった!

優秀な日本製のICOM IC-A200ラジオで交信しています。

 

 

優秀ですが液晶パネルが弱いらしく。写真のように液晶漏れが進んでしまいました。

よわったなーそもそもこのラジオそのものが生産終了して十数年?というアンティークなので、取り換え用の液晶なんてないし、どうしよう?

折から年一度の機体点検(車検みたいなもの)の時期にさしかかっていたので、点検を頼んでいる整備工のお兄ちゃんに相談したところ、

▽液晶パネルのみでは交換はできない。ちょっとした取り付け時の圧力の差で液晶がすべて漏れ出してしまい、真っ黒になり見えなくなってしまう事多々あり。

▽一方で、操作パネルそのものを交換するというのならできる。問題は、この部分が使用可能な中古品の個体を探し出してきて、そこだけとっぱずすという、いわゆる「共食い整備」になるので、その個体を見つけるのがちょっと難しいかも。。。

赤い四角の部分が操作パネル。

画像出展は:http://www.aeroelectric.com/Installation_Data/Icom/A200/A200_SM.pdf

 

 

という事だったのですが、なんと1週間もたたずに「見つけたよ!」と連絡があったので、さっそく取り換えてもらいました。

ただ、中古品ゆえ、万一うまく作動しなかったら。。。という懸念もあり。その場合、今のにまた戻さなければらないのですが、そういうストレスがかかると、液晶はいよいよ見えなくなっちゃうかも、というリスクを負いながらの交換なので、ちょっと躊躇しましたが、現状でも第2周波数はほとんど見えないばかりか、第1周波数もやばくなってきたので、えいやーと取り換えることにしました。

修理前の状況。左が第1周波数(現在交信中の周波数)。右が第2周波数(スイッチで第1周波数に転換)。この写真では、第1は軽飛行機同士の自由通信周波数、第2が管制(ブラジリアアプローチ)との交信用周波数です。

 

 

ネットなどで似たような修理をした人の情報を見てみると、液晶がうまくいっても、周波数がずれちゃった?みたいなのもあったりして、果たしてうまくいくのか?

結論から行けば、うまくいきました

見た目は新品になりました

 

 

取り換えてから、まだ2回しか飛んでいませんが、今のところ管制との通信もできており、どうやらうまくいったか?配線とかが外れちゃわないことを祈っています。

計器盤の真ん中を陣取る通信機器群。上からGPS, トランスポンダーとラジオ。

 

 

さてお値段ですが、お兄ちゃんがサービスでタイヤ1本を取り換えてくれたりして、それも含めて420ドルでした。もしラジオ本体そのものを交換となったら、それだけでも600ドルかかるし、その本体がちゃんと作動しているか、それこそ周波数の調整なども必要になってしまう事を考えれば、安かったと思っています。

おにいちゃんが取り換えてくれたタイヤ(上)。こちらも中古品ですが、もとのタイヤ(下)に比べてトレッドがまだしっかりしています。

 

 

乾季の初めになり、雲が減って青い空が広がるようになりました。

今年は、ちょっと風が強めです。。。

ではでは。

 

Posted by 猫機長
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格納庫の休日

格納庫全景。ちいさな飛行機に乗っています。

 

◎操縦索、タイヤ空気圧などなど。

いまいち方向舵の遊びがおおきいんじゃね?という事で、尾翼部分の点検扉を外して確認することに。

点検窓にスマホを潜らせて、胴体側から尾翼に向けて撮影。

 

 

同じ点検扉ですが、今度は尾翼側から胴体中心へ向けて撮影。

写真下の左右に、ケーブルの留め具があり。幸い異常なしでした

ついでに、操縦席のシートを倒して、尾翼に向けて再確認しました

 

 

そのあと、タイヤ圧調整

なぜかコパイ側の空気が抜ける傾向があるんですよねー、次回のタイヤ交換はタイヤチューブも買い替える必要があるかも。。。。

 

 

それから、弓道ごっこで遊びました。

4射2中。射距離10メートルの弓道ごっこなのに、ぜんぜんだめですねえ

 

 

なんか飛行機と全然関係ないオチになっちゃった。

というわけで、飛行機に戻ります。

 

 

◎アクセルケーブルと、命の値段

軽飛行機も自動車もガソリンエンジンで動き。その操作は、スロットルの開閉で行います。マンガで「アクセル全開だああーー!」というのは、まさにエンジンキャブのスロットルから運転席まで引っ張ってきたケーブルにつながれたアクセルを床まで踏み込んでいるという事なのです。

飛行機の場合、アクセルペダルではなく、手で操作するスロットルレバーです。

画面中央にスロットルレバー。すぐ下にチョークレバー。チョークの左下にある黒いボタンはELTの作動装置です。

 

 

このレバーを引いたり押し込んだりします。すべて押し込んで黒いボタンしか見えなくなった時が全開。写真では全閉の状況です。

このレバーは操縦席パネルの後ろで4分割されたケーブルのうち、上の二つに接続され。(下の2つはチョーク)

画面下の四角い銀色のが、左右方向舵を操作するペダル。左ペダルの上に小さく四角い箱があり、ここからにょきと伸びている4本のケーブルのうち、上2本が、計器盤パネルのスロットルレバーから伸びてきた制動索に接続されています。

 

 

4本のケーブルは、防火壁を通過して、左右のキャブレターにつながり。

ツインキャブのROTAX80馬力エンジン。右キャブが見えにくくてごめんなさい

 

 

このスロットルは、スプリング の作用で、通常は全開近くのポジションになるよう設定されており。

一方駐機中は全閉にしておくもので、通常の飛行時も60%くらいかな?以上は押し込むことは少ないので、要すれば操縦者の好きなポジションにセットされたら動かないようにホールドする仕掛けが必要となっています。

セスナや、ぼくの乗っているRANS Supercoyoteでは、スロットルレバー根元の円盤を回して、スロットルを押さえつけたり、開放したりしています。

ねじを締めるのと同じで、右に回せば閉まってレバーが動かなくなるし、左に回せば緩まります。

 

 

ところが、7年間も乗っていると、この円盤の後ろに仕組まれたパッキンが摩耗してしまい。いくら締めてもスロットルが勝手に引き込まれるようになってしまい。

パッキンだけ別売りはなかったので、レバーとケーブル一式になったものを新たに購入しました。

画面中央の白い奴がパッキン。その右が例の円盤。この円盤を回すと、パッキンが変形していってスロットルレバーを押し付けるあるいは緩める仕組みです

 

 

新品一式はこんな感じ。

 

 

からくりは自動車とやはりあまり変わらず。VWかぶと虫のアクセルケーブル一式はこんな感じ。

世界の名車かぶと虫ですが、アクセルケーブルは泣きどころで、これまで20年乗っていて、3回くらい切れちゃったかな?

 

 

かぶと虫の場合は、全閉が通常のセットポジションなので、ぷちん!と切れたら、アクセルは踏み込んだままなのに、エンジンは、ちきちきちきちき。。。。とアイドリングになっちゃうのでした。

世界の名車かぶと虫

 

 

しょうがないなあ。。。と路肩に止めて、エンジンフードを開き。

キャブレターのスロットルバルブが半開ぐらいになるように石ころなどを挟みます。写真では消しコムを使用。

 

 

エンジンは回転しっぱなしになるので、止まりたいときはクラッチを切り、ギアはニュートラルにしておきます。

こうゆう時に信号待ちをしていると、車は止まっているのにエンジンはうおんうおんとうなっていたりして、通行人の素敵女子とかが驚いて逃げて行ったりします。

でも、この便法で、なにげにお家にたどり着くことができるのでした。

軽飛行機の場合は、ケーブルが切れちゃったら、エンジンは一気に全開まで行ってしまうので、

①ともかくエンジンが過熱でブローしないうち(1.5分くらいの間)に、上昇できるだけ上昇し

②左右のマグネトーカット。つまりエンジン停止

③あとは滑空して最寄りの空き地に不時着

となってしまうので、飛行機のケーブルは切れてはならない、というのがあります。まあ自動車に比べると、ケーブルにかかる負荷ははるかに少ないですけど。

ということで、上記のスロットル一式ですが、実際に摩耗しているのはパッキンだけなのに、一式しか売ってくれないのでした。

ちなみに、VWかぶと虫のスロットル一式は、上記の通りR$33くらい、まあ7ドル程度です。

一方飛行機の一式は、R$800と、160ドルが飛んでしまいました。

この差額が、命の値段、という事なのでしょうか。。。。。

最後に、早朝フライトでの景色。やっぱり飛ぶのがやめられないですね。。。(この写真は9月19日撮影)

ではでは。。。

Posted by 猫機長