タグ: 零戦

ブログBlog

軽飛行機で空母に着艦

とある吉日。ルジアニア空港へ着陸アプローチに入り、速度97キロ(60マイル)、フラップツーまで下げてなにげに侵入していったのですが、あれ、なんかおかしいぞ?

小さな飛行機に乗っています

 

 

ふつうなら、台形になって迫ってくる滑走路が、いつまでたっても同じ大きさのままでフリーズ?したみたいになっており。いつもは、滑走路に正対してエンジン計器確認したあと、もう一度滑走路に目をやったときにはかなり眼前に滑走路がはみ出しているのですが、今回は、遠くにひしゃげた台形のままでとどまっており。

あれ、計器確認忘れたかな、ともう一度計器盤に目をやってスピードや高度をかくにん、滑走路に目をもどすと、今度はスレッシュホールドが間近に。。。ではなく、さっきと同じ遠くにひしゃげたまま見えており。

なんかおかしいぞ?

着陸時の滑走路の見え方。同乗者に撮影いただきました

 

 

はっと、GPSに表示されているVS(対地速度)を見たら、56キロ(34マイル)を表示しており。

速度計のVI(計器速度)は上記の通り97キロなので、なんと時速41キロ(26マイル)の向かい風を食らっていたのでした。

左の赤丸が速度計で、対気速度を計っています。

右の赤丸がGPS。対地速度が表示されます
 

 
滑走路と見事に正対し、かつ一定の季節風か?だったので、機位の修正はしなくても真っ直ぐらくちんに飛べていたため、風の存在に気が付いていなかったのでした。

空気の中に浮かんでいる飛行機は、自動車のように地面を直接走行しているわけではなく、空という気体が地面と飛行機の間に挟まるため、飛行機の本当の速度や高度を知るためには、飛行機と一緒になって動いている気流についても計算する必要があります。

 

 

今回のケースでは、自分は時速97キロで飛んでいるつもりなのに、その半分に近い速度の強烈な向かい風に押し戻されて、実際には時速56キロになっちゃってたわけですからねーもし近くに道路があったら、地上を走る車がF1レースカーのごとくぼくの飛行機を追い抜いていくのが見えたと思います。

反射的に燃料残量チェック。まだまだいっぱいあるぞ、と安心し。

でも、このままじゃいつまでたっても滑走路にたどり着けないぞ!燃料はあるけど。。。

と、混乱するあたまを何とか冷やして、こうするしかないよね、と意を決し。

「フラップ全格納、機首下げ、エンジンパワーオン」

という、本来滑走路付近では絶対やってはいけない、やったらあっという間に滑走路に突き刺さるぞ、という操作をあえてやってみました。

そしたら、いいぐあいに滑走路が迫ってきて、ふつーに着陸できました。ははは

でも、時速40キロの強烈な風ともなると、一定方向で吹いているうちはよいが、VRB Windつまり方向不定で突如変わっちゃうようになると、小さなEXPERIMENTAL機ではあおられて操縦不能になっちゃう、事はなくてもめちゃくちゃゆすぶられちゃうので、乱気流にならないうちにとっとと離陸してぼくのホームベースに逃げ帰りました。

早朝の朝7時から8時に飛んでいたので、太陽熱によるサーマルや乱気流が発生する前だったのが良かったのだとおもいます。

陸上の滑走路は、どこからどんな速度の風が吹こうがあなたまかせ、飛行機のほうで横風とかに対応して着陸しなければなりませんが、これが空母になると、自らこうゆう強烈な向かい風を作って飛行機の発着を助けています。

アメリカの原子力空母などは、時速30ノットすなわち56キロは出すらしい。つまり、もともと無風の状態において、着艦する飛行機には時速56キロの向かい風を提供できるということである。すごいな

ただ、空母に発着するジェット戦闘機とかの離着陸速度が240キロ(130ノット)くらいなので、実際には時速184キロで甲板に激突!アレスティングワイヤーで無理やり停止させるという無謀なことをやっています。

右の写真は、アレスティングワイヤーで無理やり飛行機の行き脚を止めているところです。左の写真にハンバーガーが出てくる理由はこちらをご参照→「ハンバーガー食べました」

 

 

ちなみに、ぼくが乗っている軽飛行機ですが、最高速度が時速192キロなので、ジェット戦闘機の最低速度よりも遅かったりしたのでした。

ということは、軽飛行機は空母に着艦できるかも?

みんな大好き護衛艦「いずも」で検証してみましょう。

「いずも」の全長は248メートル。

一方、ぼくがいつも離着陸しているSDCB飛行場の長さは605メートルと出ました(Google Earth)

 

 

つまり、ぼくのホームベース「SDCB」は「いずも」2隻+100メートルちょいあるという事である。

で、ぼくはいつもSDCB滑走路のだいたい三分の一くらいで離着陸しているので、着陸滑走距離は200メートルという事になります。

という事は、無風で停泊中の「いずも」でも、うまく艦尾に接地できれば、艦首の50メートル前くらいでストップできるということである。へえー

離陸も同様に、艦尾からスタンディングテイクオフでがんばれば、あれれー滑走路じゃなかった飛行甲板がおわっちゃうー!となる50メートル前で浮き上がることができるのでした。えっへん

①最初は病院船だったのに、いつの間にか空母に豹変していた「いずも」

 

 

②「いずも」の大きさ比べ

①②とも出典はTokyo Expres(外部リンク)です

 

 

ヘリ空母だけあって、「いずも」は時速50キロ(27ノット)の高速で走れます。ということは、もともと37キロ(20ノット)の向かい風が吹いて入れば、両者プラスして87キロとなり。最初に書いたようにぼくの軽飛行機の接地速度は60~50マイル、つまりちょと高めに見積もって97キロなので、実質10キロくらいの差しかなくなり。

つまり、通常の飛行速度(時速160キロくらい)で「いずも」のおしりまで飛んで行って、艦尾直上到達までに出力をしぼって速度も97キロに落とし、フラップ全開でフレアをかけたら、ヘリコプターちっくにほとんど垂直にすとん、と甲板に降り立つことができたりして。

ちなみに、ふつーの滑走路では、滑走路端を15メートルの高さで通過すべし、などあるのですが、遮蔽物がなくて滑走路長の短すぎる空母では、艦尾すなわち滑走路端を、ほとんどメインギアをぶつけちゃう高さ、で降りる必要があると思います。

ううーむ楽しそうだ、一度やってみたいな。。。。

もし海上自衛隊の人がこの記事を読んでいたら、ぜひ艦載機として軽飛行機を検討してみてください。意外に便利かもしれん?

ちなみに、みんな考えることは同じらしく、セスナで米空母に着艦、なんて実例もあるらしい。

もちろん、フライトシムでの実例です。https://www.nicovideo.jp/watch/sm30816976

 

 

このケースでは、甲板の三分の一から真ん中くらいに、いいぐあいで着艦しています。どんな向かい風設定にしたんだろう?

もういっちょ。こちらは「信濃」への着艦です。

 

 

停泊中で向かい風がなさそうなので、いひひひ海にぽっちゃんだぞ!と期待していたら、ちゃんと艦首の50メートルくらい手前?で止まりました。ちなみに、信濃は266メートルで、いずもよりおおきいですねーメタバースで一度やってみたいななんて思いました。

https://diamond.jp/articles/-/294372

VRゴーグルでバーチャルフライトだ!すごい世の中になりましたが。。。

でも、やっぱりアナログの世界のほうがいいですね、ははは

 

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
ブログBlog

ビーチギアのお話

ビーチは夏の風物詩。ハワイアンでも聞きながら、のんびりビーチチェアでスマホをオンにして、すてきなHP「アーリーリタイア・軽飛行機で空を飛ぶ」にアクセスだ!

なあんて、くつろぐイメージの海岸ですが、船にとっては底なしの残酷さを発揮する、生と死の恐ろしい境界線だったりします。

このブログは飛行機乗りのブログなので、船というのは「飛行艇」のことです。

飛行艇は、船のくせに翼があるため、いったん着水したが最後、波にもまれて翼がもげそうになってしまい。

もげなくても、いつも転覆の危機にさらされているといってよい。要するに重心が高すぎて安定できないのである。(安定性のいい飛行艇は、飛行機としての性能がだめになっちゃいます)。

というわけで、着水したら、とっととビーチまで走ってゆき、陸揚げする必要があり。

波打ち際まで来たら、搭乗員が台車(正確には「浮袋付主車輪2個」と「尾部運搬車」のセット)を抱えて海に潜ってゆき。飛行艇の底の所定の場所にピン止め固定し、トラクターで引っ張ってランプから飛行艇を陸上のエプロンまで移動させます。

台車をつけた二式大型飛行艇(模型です)http://www.hasegawa-model.co.jp/product/e45/

 

 

こう書くと簡単ですが、どんぶらこと波のまにまに揺れる巨大な飛行艇を、ランプ際に仮止めしておくのがまず大変で、やれブイを投げるだの錨を下すだの、飛行艇パイロットは飛行士の前に船乗りでないとやっていけず。

なんとか波打ち際の浅瀬で飛行艇が仮止めできたら、上記のように台車の取り付けですが、これがなかなか危険な作業で、波がそれほどなくても、夏は灼熱の太陽で焼け死にそうになりながら、冬は厳寒の海で凍死しそうになりながら、台風通過近しなどの時は、それこそ荒れ狂う波にタコ殴りにされながらという、精神的にも肉体的にも極限の作業になり。

荒波で、取り付けかかった台車が外れて艇底を直撃!大きな穴が開いて飛行艇が沈んじゃった、なんてこともあったようです。

この辺は、以下のサイトに大迫力で描写されているので、ご訪問ください→http://www.aero.or.jp/web-koku-to-bunka/2009.11.15koshida.htm

毎回必死になって台車をつけなくても、最初から台車がついた飛行艇は作れないの?

それがなかなかそうはいかず。

飛行艇の艇体、特に底の形状はとても重要である。

水の抵抗というのはものすごく大きく、水上滑走の強力なブレーキとして作用してしまうため、艇底にステップという段差をつけて、滑走(滑水)時にはある程度まで速度が上がったらステップより上は水面から離れて抵抗を激減させる、というような機構があってやっと離水できたりします。

ステップの一例amazon.co.jp/スペシャルホビー-SH72162-72-ショート-サンダーランドMk-Ⅴ/dp/B07R682D3P

 

 

そういった船底に、台車みたいなものがついていたら、抵抗以前に、まるで煉瓦で船を沈めるようになってしまって、離水どころではなくなってしまい。台車は基地の方で保管していて、飛行艇が着水してランプ(滑走台)に迫った時点で海に投げ入れて、飛行艇側に拾ってもらう(そのために浮袋が付いていた)という要注意な作業が必要だったらしい。

ちなみに、往年の巨人飛行艇ドルニエドックスですが、なぜうまく運航できなかったかの理由の一つに、重すぎて、何とか離水しても水面から500メートルくらいまでしか上がれなかった、というのがあり。これじゃあ実用高度もへったくれもないですよねー

陸上機に比べて、船の形にして、波を切ったり波頭にたたかれても壊れないようにするために、いかに重く、スピードの出せない形になってしまっているかが浮き彫りになるのでした。

ドルニエDoX飛行艇 https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln2/TW010.html

 

 

ただ、飛行艇というものはなぜか「錨」にこだわり。錨なんて乗せなければ、著しく軽くなるんじゃね?なんて思うのですが、今日のUS2飛行艇に至ってもちゃんと錨を乗っけており。

US2飛行艇と錨

https://pbs.twimg.com/ext_tw_video_thumb/1124974002961694722/pu/img/IoBZR12VpauyvgGj.jpg

 

 

要するに、錨の無い船なんて、クリープの無いコーヒーだ!というわけで、飛行艇は何よりも前に船ですから、錨は必須ということなのかもしれん。

ううむ、船乗りというのは狂った人種ですねえ。飛行機乗りがどう思われているかは知らないけど。。。。

というわけで、昔の飛行艇は、泣く泣く、毎回生命の危険を冒して台車を装着するしかなかった。

しかし、技術の進歩とともに強力なエンジンが生まれ。戦後になると、台車をくっつけても離水し、それなりの高高度に上がることができるようになったのでした。

そのお手本が「PS1」

舟底に台車ではなく、胴体の横に大きな車輪がついています。

http://hikokikumo.net/HIs-Mil-PS1-01-19771129-Kitagawa.jpg

 

 

https://pbs.twimg.com/media/FArZPUfVcAI4upK?format=jpg&name=large

 

 

着水して、ビーチ間際まで走ってきたら、機首から旅客機みたいに前輪を出し、胴体の車輪もカニの目みたいににょごご、と伸びて、前輪、主輪が海底に届くまでは船みたいに、そこから先は陸上機みたいに車輪で滑走して(動力はあくまでプロペラ)、器用にというかぶきっちょにというか、ランプを上がっていきます。

http://hikokikumo.net/HIS-Mil-PS1-000index.htm

 

 

離水の時はこの逆で、最初は海底を歩いてじゃなかった車輪でともかく移動してゆき、足というか車輪が海底に届かなくなったら、泳いでじゃなかった海上航走に移るらしい。そのあと、にょごご、と車輪を機内に格納して、本格的に離水。

http://hikokikumo.net/His-Mil-PS1-09-19790705-konan-01-kitagawa.jpg

 

 

こうして、フロッグマンが命を懸けて毎回台車を装着する必要がなくなり。かなり楽ちんになることはなった。

でも、地上で駐機しているPS1を見ると、つい、このまま陸上の空港を滑走して、離陸や着陸ができないかなーなんて思ったりします。

ビーチギアを展開して、陸上機みたいなPS1

http://hikokikumo.net/HIS-Mil-PS1-000index.htm

 

 

でも、そんなことをしたら、たちまち衝撃などでこれらの脚はもげてしまい、擱座炎上になってしまいます。

ということから、この脚は、降着装置すなわち「ランディングギア」ではなく「ビーチギア」と呼ばれています。あくまでビーチの斜面(ランプ)を上り下りするためのギア、ということである。

PS1の格納メカニズム。http://www5a.biglobe.ne.jp/~t_miyama/lgindx.html

 

 

しかし時代は進み、エンジンもそうだが、素材技術とかも進み、軽く、細くても強靭な脚が作られるようになった結果、文字どうりランディングギアを設置した水陸両用飛行艇もできるようになりました。

ランディングギアを装着して水陸両用になったUS1。外見はPS1と変わらないなあ

https://www.shinmaywa.co.jp/aircraft/us2/us2_history04.html

 

 

アメリカなどでは、カタリナ飛行艇など、戦前戦中から水陸両用飛行艇を作っていた。日本は台車型にこだわったが、これもエンジンのチョイスとか、飛行機としての性能を極限までひきだそうとした日本と、飛行機としては凡作でも、いつでもどこでも使うことのできるタフなのを目指したアメリカの差があると思います。

アメリカのカタリナ飛行艇。タイヤのでかさに注目。

https://plaza.rakuten.co.jp/nobtk/diary/201906090000/

 

 

これで飛行艇の進化は究極に達したか?いえいえ「水陸両用」のさらに斜め上をいく恐ろしい機能を備えた物体が存在しています。

その名も「グラマン・ダック」。

ダックくんは、離着水、離着陸の他に、離着艦もできるのでした。

空母に降りるために、巨大な着艦フックを装備したダックくん(垂直尾翼下面)

https://naval-encyclopedia.com/naval-aviation/ww2/us/grumman/J2F/grumman-j2f-2A-VMS-3-StThom-VirgonIsl1940.jpg

 

 

水上機なのか飛行艇なのか?珍妙な姿かたちのダックくんですが、現代のジェット戦闘機も顔負け、制動索に着艦フックをひっかけて勇ましく着艦していたのでした。

現代の戦闘機の着艦。制動索とフックの作動がよくわかる一枚

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/c/cf/FA-18_Trap.jpg

 

 

でも、ダック君のさらに上をいく至高の存在が。

その名も、ウオーラス飛行艇。

以前の記事にも記載した通り、飛行艇のくせに軽飛行機の小ささと軽さで、ちゃんとランディングギアを持っているばかりか、着艦フックはないくせに、なにげに陸上の滑走路みたいに空母に着艦していたのでした。

空母に着艦するウオーラス飛行艇。(パブリックドメイン)

 

 

ダックくんやウオーラス君は、洋上の空戦で撃墜されて落っこちたパイロットを波間から拾い上げ、あるいは空母に、あるいは陸上の飛行場に、あるいは最寄りの島々や艦艇に送り届けるという、とても重要な活躍をしたらしいです。

カナダやアラスカなど、水たまり(海も含めて)はいっぱいあるが滑走路はなかなか。。。という地域では、主に下駄ばきの水上機が、荒れ地を短距離で離着陸できるブッシュプレーンとともに、現地の重要な交通輸送機関として活躍しているそうです。

ターボプロップエンジン推進による、いまどきのブッシュプレーン

http://blog.covingtonaircraft.com/2019/05/10/mike-pateys-draco-the-coolest-stol-aircraft-ever/

 

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
ブログBlog

着陸の奥義。フレアとは

パイロットの格言に「離陸はするもしないが自由だが、着陸は義務だ」というのがあります。

地上にいる限りは、今日はなんか風が強いから離陸はやめよっと、と自在に決めることができますが、いったん上がっちゃったら、天候が急変して烈風逆巻く荒天になろうが、着陸を逃れることはできず。突風にもまれながらの着陸という恐ろしい事態に陥り、木に登って、降りられなくなったネコみたいになっちゃいます。

なさけないなあ

https://mofmo.jp/article/24173

 

 

離陸や上昇は、機軸をまっすぐに保ってエンジンをぶんまわせば、自然にふわふわと上がっていくのに比べて、着陸は、失速間際までスピードを落とし、墜落寸前、スピードが遅すぎて舵も効きにくい状態でよたよたと降りていくので、操縦で最も難しい操作だったりします。うまくいけばふわっと降りますが、突然下降気流などで、どちん!ふぎゃー!なんて時もあります。

「脊髄反射」では反応しきれない、 急な気流の変化で落着しても壊れないよう、特にメインギア(主脚)はびょんびょんたわんで衝撃を吸収するようになってはいますが、ぼくの乗っているような空虚重量280キロの軽飛行機では、脚も極力軽くするために、申し訳程度のバネがあるのみで、パイロットがうまく着地の衝撃を殺さないと、ギアを壊してべそをかきます。

衝撃を殺す奥義が「フレア」。

滑走路に正対して、風の穏やかな日はるんるん♪、乱気流の日はふぎゃぎゃー!ともまれながらも、エンジン操作と操縦かん・ペダルの操作でなんとか「降下率3度」の降下経路を維持して降りていきます。

 

 

ぼくのホームベースでは、降下率、というより昇降計の針が500f/minから1000f/minの間に収まるように降りていきます。

昇降計

接地目標点までそのまま降りていく方法①もあるが、田舎の短い滑走路では、滑走路手前の遮蔽物を過ぎたときにスロットル全閉、一瞬機首下げしてひょいと滑走路端で高度をゼロ近くへ落とします②。

短い滑走路を長く使う秘法

 

 

でも、①であろうがに②であろうが、そのままだと、どちん!と「飛行機を地面にぶつける着地」になってしまいます。

ここで「フレア」の出番です。

基本は、滑走路に飛行機が近づくにしたがって少しづつ操縦かんを引いて機首上げをします。

そのまま操縦かんを引いていくに従い、スピードは落ちるが機首が上がり揚力が増すので、落下率も減少してゆき。滑走路の上を漂う感じになり。

浮力じゃなかった揚力がなくなった瞬間に、メインギアが、きゅん!と着地。

でもまだまだ操縦かんを引くぞー!機首上げのウイリー走行で、さらに機速が落ちてゆきます。まだ機首を上げておくくらいの揚力は残っているためです。

そして操縦かんを腹にくっつくくらい引ききったそのせつな、ふわりと機首が落ちて、とんと着地。というのが一番幸せな着陸です。

こんなふうにうまくいった日は、一日はっぴーです。

滑空とフレアについてうまく表現した図。

https://www.researchgate.net/figure/n-the-final-approach-to-landing-the-pilot-pitches-up-to-arrest-sink-rate-and-land-softly_fig1_48548276

 

 

でも、フツーは、メインギア着地の時点でまだ降下エネルギーが残ってしまっていて、ギア着地と同時に機首を下に振ろうとするので、フレアをぐっと強くして(操縦かんをちょっと早く引いて)ウイリー状態を保つようにします。

こういう着陸もまあまあ満足。パーフェクトじゃないけれど。

でも、あるあるなのが、操縦かんを引くのが間に合わず、主脚と前輪が間を置かずに、ちゅん!ちゅん!と接地する着陸。

前輪式飛行機であればこれでなにも文句はないし、見知らぬ滑走路に着陸する場合は、こういう着陸で前輪での操舵性を確保して、とにかく滑走路上での安定を確保したいケースもあり。

でも、基本は上に書いた「ウイリー着陸」です。これを普段から練習しておかないと、ポーポイジングという恐ろしい現象を引き起こすことがあります。

ポーポイジング、あるいはバウンシングは、接地時に落下エネルギーが残りすぎてしまっており、主脚、前輪がどん!どん!と地面に「ぶつかる」のみでなく、反動で大きく機首が上がっちゃうときがあぶない。ぐっと機首上げ姿勢になっていらぬ揚力が生まれた機体は、ぼよよーんと機首を上にして地面から跳ね返り、でももともとスピードはそれほどでもないので、そのまま失速、機首を下に振って、今度は前輪からどん!とおっこち、またしてもぼよよーん!と跳ね返ります。

始末が悪いのは、跳ね返るごとにこのバウンシングはますますひどくなり、ついには文字通り機首から墜落、前輪を折っちゃうという事態になってしまいます。

 

 

というわけで、運悪く、ポーポイズだ!と気づいたら(2回バウンドしたら)、ともかくエンジン全開だ!揚力を増大させて落下を止める。機体が水平でとまり、まだ滑走路があったらそのままもう一度フレア開始してもいいし、あるいはゴーアラウンド(着陸をあきらめてエンジン全開、上昇)というのもある。

つまり、飛行機が着陸したくないのに、パイロットが無理に接地させようとした時にポーポイズは起きる、ということですね。

言い換えれば、接地するまえに速度や降下などのエネルギーがすべてコンマ0.000Xになっていなければならないということである。

零戦乗りは「滑走路上3寸で失速させろ」と言っていたらしい。

このために必須の操作がフレアです。

かんぺきにフレアができていれば、ぐん、と機首が上に向いた状態でちゅん、と主脚が接地し、そのまま滑走路を滑ってく感じになる。

でも、着陸は毎回風向きや強さ、だけでなく、気温や湿度などでもコンディションは大きく変わってしまうので、パーフェクトな着陸、というのはなかなか至難なのです。

今どきの前輪式飛行機は、エネルギーが残った着地でも、機首を下に振るので、よっぽどでなければそのまま地面をつかんで止まってくれますが、尾輪式は大変で、ちょっとでもエネルギーが残っていたら、メインギア着地と同時に尻が下に振られ、ぼよよーんと機首を上に向けて跳ね上がってしまい。その後は機首から墜落、と即ポーポイズ状態になってしまうらしい。

 

 

そんなこんなで、尾輪式の操縦はとてもシビアです。僕は前輪機乗りだけれど、いつか尾輪式を乗りこなせる本物の飛行機乗りになりたいと思っています。

実際の着陸を録画しました。

ほんとうは上の写真の通り左側の座席にいますが、自撮りなので、動画では反転して右側になっちゃってます。ご了承おねがいします。

 

 
ダウン・ウインド・レグで撮影開始。1:28でフラップ1(カチッと音がしてます)。1:37で第3旋回点の旋回。ベースレグに入り。2:07で第4旋回、ファイナルに侵入。2:50でフラップ2。3:28でくらいで滑走路を長く使うための機首下げ(上記画像の②)、すぐ操縦かんをもどして3:35あたりからフレア開始。3:40から3:41の境目でメインギア接地。そのまま滑走して、3:46あたりでおなかまで操縦かんを引き切りると同時に浮力を失った機首が下がって前輪が接地、となりました。4分の動画はながいぞ!というせっかちな人は、2:50あたりからご視聴ください。ははは

 

 

別にコクピット目線から1分の動画を作っています。別の日の着陸で、上のと微妙に違っており。着陸って、一回一回がアートですよね。。。。

こちらからご視聴ください→ https://www.youtube.com/watch?v=yZcao-SFzXY
 

 

微風の好条件でした。0:03あたりでフラップ2をおろしています。0:36くらいで滑走路を長く使うための機首下げ(上記画像の②).。こちらの動画のほうが大きくできています。0:40あたりからフレア開始。0:46でメインギア接地。そのまま操縦かんを引き続けますが、浮力がなくなり0:50でノーズギア接地。

小型飛行機は失速速度30ノット、接地40ノットくらいのところを、滑走路上は容赦なく10ノットから20ノットの風が吹きまくる日も多く。風にもまれながらというなかなか容易ならざる世界では、あります。

滑走路上の風は20ノットでも、エアバスとか737の着陸速度は150ノットくらいなので、風なんてなんぼのもんじゃーい!らしい。でも、巨大なフラップを広げて、リバースをかけて無理やり停止なんて狂ったまねは、ぼくにはとてもできませんねえ。もちろんそれでぜんぜん安全ですけど。でも、やっぱりブレーキがなくても自然に止まっちゃうLSA軽飛行機のほうがいいなあ、なんて思っています。

こんな飛行機に乗っています

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

短編集:クリスマスに寄せて

優しさいっぱいのクリスマス特集です

 

 

かぶと虫に356レプリカ。この2台に代わる代わる乗っています。

こうゆうふしぎな名車たちを生み出したドイツについて、短編を3つほど掲載します。ひとつめはドイツ文学の名作「朗読者」の感想文(ネタバレなし)です。「愛を読む人」として映画化されているので、そちらの方をご存知の方も多いかもしれません。ふたつめは飛行機乗り目線から見た、飛行機史上のとある実話。3つ目は、その実話がらみのちょっとした短文です。

 

 

1.ナチスの「犯罪」についてのドイツの本音。

とある素敵女子から、なにげに借りた小説「朗読者」。実はドイツの深層が隠された恐るべき内容でした。戦後10年程しか経っていない当時のドイツに、まず登場するのが、なよやかな病弱少年。歩道でゲーゲー吐いて倒れかかったときに助けてくれたたくましいおばさんと、どきどき!な関係になってしまいますが、その後おばさんが戦争中は強制収容所の看守だったことが発覚し、裁判行きに。とこれくらいならネタバレにならないでしょう。

 

 

恐るべきは、①少年:ワイマール時代の虐げられたドイツと戦後の悩める優しいドイツ、②おばさん:第三帝国(ナチスドイツ)、を象徴していて、おばさんの裁判シーンは、裏付けのない判決を言い渡されるドイツ(おばさん)、勝者の論理を押し付ける連合国(裁判官や、便乗しておばさんだけに罪をかぶせる元同僚)を象徴するが如しである。

「裏付けのない理由」がいかにもドイツ的な明快・正確さで提示されていますが、ネタバレになるので書きません。「朗読者」という題名がまさにそのものずばりとだけいっておきましょう。そして裁判をひっくり返す「理由」を知っている優しい少年は、おばさんへの「朗読」を続けるのでした。公式に戦争犯罪を認めたドイツの小説であり、ラストは避けがたい内容ではあると理解しますが、「ヒトラー最後の12日間(こっちは映画です)」とともにドイツの正義とはなにか?を議論(というか主張)し後世に残す重要な文献と理解しました。

映画版「愛を読む人」https://nospensees.fr/the-reader-traumatismes-secrets-et-passion/

 

 

2.キュートな飛行気乗りのお話をひとつ。

第二次世界大戦、ヨーロッパ。

イギリスを発進し、海を越えてヨーロッパ内のドイツ陣地を空襲したB17爆撃機の編隊。しかし激烈なドイツの反撃にあい。

当時のドイツ高射砲はかなり優秀だったらしい。

さらには、ほとんど体当たり状態まで突っ込んでくるドイツ戦闘機の攻撃も激しく。これは勇敢とかいう前に、時速500キロ近くで動きまわる空中戦では、ほとんどぶつかるまで近寄らないと機関銃の弾も当てられん、ということで、日本の零戦乗りも「敵機から50メートルくらいの距離まで近づいて、照準器から敵機が大きくはみ出るくらいになってから射撃した」そうです。

実際に衝突したケース

 

 

というわけで、B17側も被害続出し。一時は出撃ごとに三分の一に及ぶ機数が撃墜されたこともあったらしい。

そんななかで、チャーリー・ブラウンさんの操縦するB17一機が、なんとか爆撃を終えて帰路には着いたものの、エンジンがやられてスピードが出ないぞ!

必死に帰路を急ぐ編隊に置いて行かれてしまったのでした。

当時は100機にも及ぶ爆撃機が密集体形をとって、近づくドイツ戦闘機に一斉に射撃をくらわすという防御の仕方をしていたので、一機だけはぐれちゃった爆撃機なんて、それだけで敵戦闘機から見れば「おいしいエサ」です。

こまった!どうしよう。。。

そんな状態で、遠くからキラリ!と輝く機影があったと思うと、ぐんぐん瀕死のB17に近づきはじめ。

遂に敵戦闘機に発見されてしまった!

あやうしB17!

一方戦闘機の方では、フランツ・スティグラーというドイツ丸だしの名前を持つパイロットが操縦していました。

「いひひひひ!これで勲章確定だぞ!」と大喜びでB17に近づき。

スティグラーさんは、これまでの戦歴により、この一機を落とせば「騎士鉄十字章」を獲得できるところまできていたのです。

ぐんぐんとB17に近づいたとき。

うあああ?なんじゃいこりゃあ?

B17は、それまでの戦闘で、左の水平尾翼は吹き飛び、垂直尾翼も半分無くなっちゃった!身を守るための機銃はもはや撃ち尽くし、機体は穴だらけ。

「空飛ぶぼろ雑巾」の状態で、幸い4発エンジンのうちまだ3発は動いていたので、なんとか水平飛行は続けられていた。

 

 

ひえええ!だれだこんな残酷なことをする奴は!と、敵だなんだという以前に、かわいそうになってしまったのでした。

飛行機の中ではもう誰も生きていないんじゃね?

幽霊船状態のB17。スティグラーさんは、B17の真横まで戦闘機を操り、並行して飛行しました。

操縦士は生きているぞ!必死になって飛行機を水平に保っていたのでした。

操縦席からチャーリー・ブラウンさんが、うつろな目でこちらを眺めています。

チャーリー・ブラウンさんもスティグラーさんを視認。よく見ると、Bf109戦闘機の、出来損ないじゃないけどそれに違い、ほとんど身動きもできない小さな操縦席の中で、一生懸命チャーリー・ブラウンさんへサインを作って送って来ています。

以下、スティグラーさん(ス)とチャーリーさん(チ)の会話

ス「ぼけかおまえは。イギリスとは全然違う方向に飛んでいるぞ」

チ「ざけんな!トイレもない飛行機に乗ってやがるくせに、偉そうだぞごるあ!」

ス「おまえらとちがって飛行中にう◎ちなどせんわ!いいかよくきけ、イギリスまで送って行ってやる」

チ「えっほんと?あとで「わかば」のたい焼きおごってあげるね!」

と、そこからは仲良く、イギリス近くの、連合軍制空権の始まる直前の空域まで飛んで行き。スティグラーさんはドイツへ向けて反転していったのでした。

400キロの距離を飛んだB17は無事イギリスに帰還。

基地で大騒ぎするなかまたち。「わああぼろ雑巾が飛んできた!」

チャーリーさんは、隠さずに「変なドイツ人が道案内をしてくれました」と報告すると、上官は

「たしかにドイツ人は道案内が大好きという習性があるようだが。。。ん?あれ?敵と仲良く編隊飛行なんて、何を言っとんねん!しばき倒したるでごるああああ!」

文化的なイギリス空軍なので、シバかれはしませんでしたが、

『敵への肯定的な感傷の一切を今後構築しないよう』命じられてしまいました。

一方スティグラーさんの方は、ちゃっかり「一機落としました。海の上なので残骸は見つからないよ」と報告し、どうやら勲章もゲットしたらしい。

東京四谷の「わかば」。天然物のたいやきです

 

 

それから40年後。

いろいろあって両者は再会することができ。親友になったのでした。

めでたしめでたし。

ちなみに、スティグラーさんがチャーリーさんのB17を撃墜しなかった理由は

「まるでパラシュート降下中で、全く反撃できない人を撃ち殺すようなものだ。そんなことは断じてできない」

と述べています。

 

3.ブラジリア国際空港で

日独米の若者達をモルモットに開発したB17やB29を祖先に持つだけあって、なかなか精悍な面構えのボーイング737。ハチの巣になっても飛び続ける機体、乱気流の少ない超高空をらくちんに飛行できる与圧装置、IFR(計器飛行)や航空管制技術の開発によって「殺しても死なない」安全性が確立され、ぼくもその安全さを享受している旅客の一人では、あります(撮影@ブラジリア国際空港/SBBS)。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
ブログBlog

日本がリードしていた戦前のエアライン

以前、B29は、実は爆撃機ではなく、戦後の大量航空輸送を実現するための実験機であり。 爆撃機として使用されたのは軍から予算をもらうためにすぎず、トーキョー・エクスプレスと呼ばれた爆撃行で貴重な運航データを得、ついでに爆弾も落としてきた、という事を書きました。

「そんなことあるかい!ふんぎゃー!」と怒る人も多数と思います。

私の母も、横浜六角橋で空襲から逃げまどった世代であり、B29の爆撃は、ついでだよーん!なんてふざけたことを書くな!と言いたい気持ちはよくわかります。

 

 

でも、アメリカにとって、戦争なんて対岸の火事。レンドリースで産業を大開発し、切りのいいところで真珠湾攻撃によりうまく日本に参戦のきっかけをつくってもらい。週刊空母だのグラマンだので大儲けの、ようするに戦争自体が目的ではなくて、戦争を口実に、いかに儲けるか、だったのは、戦後のアメリカの覇権を見れば明らかと思います。

アメリカが目を付けた戦後の産業の一つに「長距離大量航空輸送」があり。

金儲け以前に、戦略的・安全保障の意味合いも強いのですが、この記事の本題ではないので、ここではスルーします。

さて、戦前には「大規模航空大量輸送」はなかったのか?

エアラインという存在があるにはあった。

典型的な例として「ロンドン~ニューデリー」を見てみます。

*以下「中島航空機博物館(外部リンク)」に迫力ある説明がありますが、そこから情報や画像を拝借しています。

まずは、ロンドンからジェノバまで、陸上機の「アームストロング・ホィットワースアーゴシー旅客機(乗客20名)」で飛んでいきます。

かっこわるい飛行機。
 
つぎに、ジェノバからアレキサンドリア(エジプト)まで、ショートS.8「カルカッタ」飛行艇(乗客12名)で飛んでいきます。

やっぱりかっこわるーい。

 

 

アレキサンドリアから最終目的地のインドまでは、デハビランド DH66 “ハーキュリーズ”旅客機(乗客14名)で飛んでいきます。

多少はかっこいいか?

 

 

お疲れ様でした。果たして何日かかかったのか?

だいたい、乗客がたった14名では、とても採算が取れないのは明白で、この定期便の場合は、大英帝国がいかに遠い植民地であっても、いつでも到達できるぞ!と世界を恫喝するための手段という意味合いが強かった。要するに、日本のローカル路線もびっくりのめちゃくちゃ赤字、税金を使いまくりでなんとか補填していたという、こまったエアラインだったということである。

ちなみに、今日のロンドン~ニューデリー便は、アメリカン航空で平均8時間40分、¥58,806で行けるらしい。これは直行便なので、乗り継ぎ含めたLCCだともっと安くなるかもしれん。機材の記載はなかったのですが、B777あたりと思われます。

果たして、飛行機3機を乗り継いだ命知らずの冒険、富裕層の酔狂でしかなかったエアラインが、今日の、ねこもしゃくしもお手軽お気軽に利用する路線バスみたいになるなんて、当時のだれが想像できたでしょうか。

よっぽどずるがしこく、中国人もびっくりの強欲で、ロシア人よりも血も涙もない、目的達成には手段を択ばない、そんな人種でなければ想像できないですよね。。。

でも、想像したやつらがいました。

それは「皆殺しのルメイ」に代表される「アメリカ人」

もともと大陸国のアメリカ。開拓のために幌馬車で何日も移動しているうちに、食料がなくなり、「ドナー隊の遭難」みたいに、ついには人肉を食べて生き延びた、なんて事態も発生しており。もし、迅速、安全に、大量の人々を長距離輸送できたら。。。。という悲願が、アメリカ人のDNAに刻み付けられていた。

そのDNAが作り上げた恐るべき成果の萌芽にDC3があり。

「大空の豚丼」として知られるDC3ですが、アメリカ人は、DC3の生産によって、イギリス人が息も絶え絶えロンドン~ニューデリーを運航していた時代に、いつかはお手軽大量輸送がくるぞ!という手ごたえを感じたことと思います。

世界の名機DC3(Pixabay無料画像)

 

 

なぜDC3か?そしてなぜ豚丼か?については、長くなるので別記事にします。ここでは、幌馬車よりよっぽどいい、飛行機という輸送手段があるぞ!という画期的な気づきがあった、という事を特記しておきます。

でも、飛行機なんて水ものですよねー、という恐ろしい課題に直面し。

当時の飛行機は、有視界飛行で、せいぜい高度5000メートルを飛ぶしかなかった。ということは、雨だの曇りだのという場合はそもそも離陸できなかったり、途中で入道雲に行く手を阻まれて引き返すしかなくなった、なんてことは日常茶飯時で、青空でもサーマルなどで、がんががん!きゃー!なんて、快適とは程遠い、やっぱり命知らずの旅になってしまい。

皆さんが、東横線で中華街に行こうとして、東京出発の時点で「CB(積乱雲)が出ていますので出発を1時間遅らせます」そして出発したはいいが「やっぱりCBが出てきたので、出発地に引き返します」なんてやられたら「崎陽軒に行けなくなっちゃうじゃないかー!代わりにシュウマイ持ってきて食わせろ!わぎゃぎゃぎゃー!」と大騒ぎになると思います。

https://kiyoken.com/

要するに、採算のための最も基本となる定時運行、反復輸送の見込みが全く立たなかったのである。

ところが、ヨーロッパ人が戦争を始めたおかげで、これらの障壁をぶち破る可能性が生まれ。

まず、レーダーはじめ無線・電波通信の発達により、肉眼で見えるはるか先の気象を探知でき。ゆうゆうと積乱雲とかを避けるのみでなく、それほど揺れない層雲であれば、すっぽり中に入っても地上から電波で誘導してもらい、計器飛行ができるようになった。つまり、雨だのなんだので出発時間を遅らせたり、引き返すなんてことがなくなった。

大型爆撃機の開発で、大型輸送機の原型を軍が提供してくれた。特にエンジンの著しい性能向上は偉大な貢献をもたらし、長距離を高速で安全に飛ぶことができるようになり、洋上飛行でも飛行艇にする必要はなくなった。これは、どこから流れ弾が飛んでくるかわからないから防弾チョッキを着て歩かなければならない紛争地域から、どこでもドアで東京にぽんとまよいこみ、防弾チョッキなんてもういいやあ!と投げ捨てるくらい、飛行艇から陸上機になって身軽(効率的)になれたという事です。

きわめつけは、排気タービン過給機と与圧装置の開発で、高度1万メートルまで上昇し巡航することができるようになったこと。この高度では、ジャップの戦闘機が上がってこれないだけではなく、気圧が低くてスピードが出せ、燃料の節約になることと、入道雲だのなんだの気流をかき乱すものが少なく、意外に揺れないで飛行できるぞ!という、お客さんを手なづけるための決定打を得ることができた。

与圧が決定打となったいまどきの飛行機(BUSINESS INSIDER)。

 

 

これをB29で体験・学習・実験し、今日のエアラインにつなげたという事である。

めでたしめでたし。あれ?めでたくなしめでたくなし?

しかし、アメリカ人の戦後輸送より先に、大量エアライン輸送を実現していた恐ろしい国があったのです。

なんと、日本でした。

大東亜共栄圏における連絡網を確保するために、横浜を起点として1941年7月には、横浜~サイパン~パラオ、横浜~バンコク線、赤道を超えてはるばるチモールまで民間旅客機を運航していたというから驚き。当時の「大日本航空(鶴のマークの会社とは別物です)」の「民間精神旺盛な」パイロットたちが「胸に翼型の金モールをつけた紺色のダブルの背広に半長靴という制服に身をつつみ、颯爽として南方の空に飛びたった」なんて痛快ですねーただ戦局の悪化に伴い、軍事作戦にいやおうなく飲み込まれていったらしい。(引用元は:飛行艇パイロットの回想 -横浜から南太平洋へ―必読です- http://www.aero.or.jp/web-koku-to-bunka/2009.09.15koshida2.htm)

運航に使われたのが、97式大型飛行艇。

    かっこいいなあ

 

 

南洋の島では、女性ばかりの、それはその、まあ楽しい島とかもあったようで、そんな往年のパラグアイみたいな島にちょくちょく寄っていたりしたらしい。

わくわく、どきどきー!

 

 

こちらの話も、機会があったらまた詳しく?書きたいと思っています。なお「チャイナクリッパーや、シコルスキー S-42はどうした!」とかの突っ込みは禁止です。

3000字越えで打ち止め。

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

B29によって築かれたエアライン運航の基礎

B29って何?アメリカの巨人爆撃機のことです。

と、説明しなければならないほど戦争は過去の話になり。

ぼくが幼稚園ぐらいだったかの昔は、当時の大人たちが語った「暗い夜に空襲警報が鳴って、サーチライトに照らされたB29の上や下に、ぼっかんぼっかんとまるで当たらない対空砲火。地上は猛火で荒れ狂い、みんな防空壕に逃げ込んで震えていた」という恐怖体験が身近なこととして残っていました。

サーチライトに照らされるB29のイメージ図

https://wararchive.yahoo.co.jp/airraid/detail/26/

 

 

日本から2356キロ離れたサイパンという島がアメリカに取られた時点で、当時の東条内閣は責任を取って総辞職しました。その理由には「サイパンの滑走路から飛び立つB29の行動半径に東京含め日本の大部分が入ってしまう」ためというのが重要な部分を占めていたと言います。

そして、B29に多数の都市を焼き払われ。

この時点で降伏していればいいものを、ずるずると黙殺だのなんだのと引き延ばしたため、原爆を落とされて終戦になりました。

その原爆を落としたのもB29です。

というわけで、(アメリカから見れば)B29は対日戦争終結の最大級の功労者であり、対独戦争終結の最大級の功労者であるB17とともに、世界中の飛行機マニアから尊敬を集めては、実はいなかったりします。

B17は、「大空の女王」「空の要塞」と呼ばれる有名な飛行機ですが、B29は?「超空の要塞」という呼称があるにはあるけど、それでどうなの?というかわいそうな扱いになってしまっています。

その理由はなぜか。この記事で真相にせまります

さて、結論を先に書いてしまうと、「B17は戦争終結の原動力になった」一方、B29は「戦争という状況を利用して、戦後の金もうけに向けた実験台となった」からと理解しています。

なんだそりゃ?

B17と、B29、それぞれ行ってみます。

◎B17

Pixabay無料画像

 

 

B17は、もともとが1930年代に、「東海岸、西海岸と長大な海岸を防衛するために、船(戦艦)よりスピードがものすごく早く、どこの海岸が攻撃されてもすぐ飛んで行って悪い敵の戦艦に弾をぶち込むことができる飛行機」というコンセプトで開発がスタートしました。

つまり、空を飛べる戦艦ということで、大砲の替わりに爆弾を、となり、その結果人呼んで「空の要塞」となりました。

でも、実は海岸防御などではなく、大西洋をひとっ飛びして悪いナチや共産主義者をぶち殺してやれ!と画策していた(これを、戦略爆撃と言います)。

当時、アメリカは孤立主義、すなわちヨーロッパのことなんて知らないよーん、という政策が国民から支持されていたので、戦略爆撃で欧州攻撃だ、なんて飛行機は許可が下りなかったのでした。

こうした言いかえは現在でも続いており、日本でも、最初は病院船だったのが、気が付いたら戦闘機を乗せた空母になっていた、という例もあったりします。

「いずも」。実は空母としてはいろいろあって機能せず、次世代で本物の空母を作るための訓練用・実験用だ、という意見もある。

https://www.mod.go.jp/msdf/jmp/index.html

 

 

というわけで、実は渡洋爆撃でよその国の工業地帯を爆撃し麻痺させてやるぞーという悪だくみを実現させるために作られたのがB17だったのでした。

このため、以下の特徴がある飛行機になりました。

―とにかく落ちない。尾翼が吹き飛ぼうが敵戦闘機が衝突しようがお構いなしに飛び続け「死なない奴が生き残り、勝つ」という、小学生の作文みたいですが究極の真理を体現した。ろくに戦闘機の援護もないままヨーロッパ奥地まで侵入し、対空砲火、迎撃戦闘機などあらゆる防空網にボコられまくり、一時は総出撃機数の3分の1に及ぶ損害をだしながらも、ドイツの恐るべき工業生産力に致命傷を与えるまでにボコり返し、凄惨な「殴り合い」をねじ伏せて勝利しました。

 

 

―数の暴力:200機を超える大編隊でドイツに侵入した

―航続距離:ドイツのすぐ近くにイギリスという滑走路があったので、重爆撃機としては実用的な距離といえる半径960キロの円内にベルリンを収めることができた。でも護衛戦闘機にとっては遠すぎ、長距離戦闘機が開発されるまでは敵戦闘機から一方的にボコられた。

http://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU5/app3.htm

 

 

これらは、すべて敵に勝つためであり、搭乗員の快適さとかは考慮しきれないところもあった。

B17の側方銃座。高度8000メートルで吹きさらしなので、電熱服でぬいぐるみ状態、酸素マスクでかろうじて呼吸しています

(https://secure.boeingimages.com/サンプル画像)

 

 

◎B29

Pixabay無料画像

 

 

B29の場合は、B17と同じことをやれば勝てる、という事はすでに分かっていたので、さらに付加価値をつけよう、となったらしい。

B17の戦訓で得た結果から、新たな悪だくみが盛り込まれました。

1-高空を飛べば、中高度で飛ぶDC3のように、乱気流に巻き込まれて、乗客がきゃー!なんて騒ぐ恐れも少なくなり。寒いが気流は穏やかである(あるいは一定している)ことが分かった。→与圧室の設置により、半そでシャツでも快適に飛べるように改良。

B29の与圧隔壁

 

 

いまどきの旅客機。与圧によって、ハイヒールでも飛べるようになりました(www.independent.co.uk)

 

 

ただし、日本戦闘機(マニアの人へ:屠龍です)の37ミリ砲弾一発が操縦区画に命中し、与圧が抜けて急に零下何十度の世界になってしまい。だれもケガしなかったけれど、「このままでは11人の冷凍人間が出来上がってしまう!」と、飛行機自体は全然飛べるのに、11名の搭乗員は脱出やむなき、なんて、与圧したばっかりに、意外に打たれ弱い、ひ弱な一面も生まれてしまったらしい。

 

2-無数の巨人機を運用する空港施設や、管制のノウハウを蓄積した。

左はグアム島ノースフィールド(https://www.jiji.com/jc/d4?p=bsf226-0906251234090&d=d4_mili)。右はアトランタ空港(https://www.hisour.com/ja/airline-hub-37949/)

 

3-どうせ戦争はすぐ終わる。エンジンとかは寿命が短くてもいいや(アメリカ人の見方。日本のエンジンよりしっかりしていた)。そして、いろいろな新機構を試してみよう。→安普請で大量生産を計るとともに、大型旅客機製造に向けた各種データ取得に貢献。ただし、その後旅客機含めエンジンはジェット化しちゃったけど。

安普請ではあるが機体構造の不死身さは継承した。https://makkiblog.com/b29_fcs/

 

4-世界はわれらのものだ!サイパンから東京へ行って帰ってこれる航続性能。そしてこれだけの距離を迷子にならずに飛べる航法装置。後にニューヨーク・パリの5830キロ等を定期便のアメリカ旅客機が飛ぶうえで重要な実験台になった。

戦後の巨人旅客機、ロッキードコンステレーション(Pixabay無料画像)

 

 

つまり、B29というのは、実は戦争なんてどうでもいいや、その後の世界の航空輸送を牛耳ってやるぜー!というアメリカの恐ろしい野望を体現した飛行機だったのである。

ヨーロッパも日本も死に物狂いになって戦争している中、こうゆう戦後の金もうけのための実験台をのうのうと作っているいやらしさから、B29はB17に劣らない貢献をしているのに、あまり好かれない飛行機になってしまっています。

もちろん、戦争道具としてもすごいところもあり。

例えば、遠隔機銃

https://www.sun-inet.or.jp/~ja2tko/jap/ok_b29.museum.html
 

 
詳しい技術は良くわからないけれど、リモコン方式、かつコンピュータ制御で自動的に敵機の経路を計算して、射手は照準器に入った敵機に向けて引き金を引けば、機銃のほうで勝手に見越し射撃をやってくれるという恐ろしい装置です。

その当時日本がやっていたことは

竹槍訓練。ははは

 

 

ここまで読んで、そんなことないよ!アメリカも必死になって日本に勝とうとしていて、B29が戦後の旅客機の参考になったのは、あくまで副産物だよ!という人がいるかもしれません。

たしかに、必死と言えば言えば必死でした。

でも、必死さのレベルがぜんぜん。。。。というかんじであり。

1945年7月の雑誌TIMEの表紙。戦争?なにそれ?

https://www.ebay.com/itm/304101850719

 

 

ミリオタサイト「兵器生活(http://www2.ttcn.ne.jp/~heikiseikatsu/index.html)」によると、8月15日のニューヨークタイムズでは「前日のナ・リーグ野球の結果は以下の通り。パイレーツ7-ブレーブス5(第一試合)、パイレーツ6-ブレーブス2(第二試合)。ジャイアンツ5-レッズ2。カーズ2-ドヂャース1」なんて掲載していたそうです。

最後に、B29の旅客機バージョンです。

ニューヨーク・ロンドン間5,578キロを、1947年には飛んでいたらしいが、こちらもB17じゃなかったコンステレーションの影にかくれて、いまいち知名度が?だったらしい。

Bill Larkins – B377unitedSFO, CC 表示-継承 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=29362764による

 

 

http://www.ovi.ch/domains/ovi.ch/public_html/b377/

ではでは。。。

Posted by 猫機長
ブログBlog

富の寓意画:最後に愛は勝つ

シモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」

この絵は、人間にとって財産、お金がどこまで重要なのか、そういったとても大切な問いかけを、アレゴリーすなわち寓意でミステリアスに伝えています。

というわけで、この絵に込められている愛のメッセージを紐解いてみましょう。

まず、画面の中央にすわるご婦人。なんとなくオーギュスト・アングル的な構図ですね。

ご婦人は下から高価そうなネックレスを掲げる天使に目をむけています。一方で、天に向けて指を指し示すもう一人の天使を脇に抱えています。

ご婦人は、月桂樹の冠をかぶっており。つまり、ご婦人自身が美の象徴でもあるとのことです。感性、道徳といったもののお手本となるような「仁と愛とに富む婦人」です。

そのご婦人に宝石を差し出している天使。子供のくせに悪いやつで、宝石だの貴金属だので、ご婦人を堕落させようとしています。

でも、ご婦人は、冷徹、冷ややかそのもののまなざしで誘惑を拒否しています。「道徳」にとって、「世俗的な富」なんて大した価値はもちませんよ、と示唆。

一方、道徳を象徴するご婦人が大事に抱えているもう一人の天使。こちらは、天、すなわち神の世界を指さしています。地上に散らばる宝石に比べて、目には見えない神への信仰(現代日本的に言えば、親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観)こそが大切なんだ!と示唆しています。

そして、ご婦人は天を仰いている天使を選んだのでした。

へえーやっぱりお金なんて、愛の前では無力なんですねー

偉大な愛の力が現実生活でどうなるか。

一例行ってみます。

無料で読める「駒が舞う」https://www.sukima.me/book/title/BT0000377890/

から抜粋。

将棋日本一を目指す少年2人の地方レベル決勝戦

右のメガネの少年は、この一戦に勝てば「会社の将棋部の管理」だったか、就職して家族を極貧から救うことができる状況。

その家族は、極貧のため妹のチヨちゃんが思わずパンを盗んじゃいます

 

 

チヨちゃんが妹と知らない対戦相手の少年(こちらが漫画の主人公)は行きががり上チヨちゃんをつかまえてしまい。

 

 

チヨちゃんのなりいきを心配して眺める主人公。その家が決勝相手のメガネくんの家だったことに気が付き。

 

 

メガネ君はがめついパン屋のおっさんを撃退

 

 

妹チヨちゃんをしばくメガネ君

 

 

でも心優しいお兄さんだったのでした

 

 

見てはいけないものを見てしまった主人公

 

 

というわけで、現実世界では、いくら愛があってもお金がなければ万引き、DVという犯罪の世界に落ちてしまうのでした。

犯罪の世界に落ち込まないためには、どんなブラック企業でも我慢してお金を稼がざるを得なくなり。はっきり言って愛もへったくれもない、ハラスメントの世界に巻き込まれ。「愛こそすべて。お金なんて」と言っている人に限って、知らないうちに、血も涙もない金の奴隷と化してしまっていないでしょうか。

では、どうやって金の奴隷、社畜でこき使われる地獄を抜け出すのか?

それこそがシモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」の、まさに寓意によって明確に指示されているのです。

もう一度、この絵の判読をしてみましょう。

「真相はこうだ」

シモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」

 

 

まず、画面の中央にすわるご婦人。

月桂樹の冠をかぶった美の象徴でもあり、感性、道徳といったもののお手本となるような「仁と愛とに富む婦人」です。ここまでは別に変更なし。

問題は、ここから先である。

そのご婦人に宝石を差し出している天使。子供のくせに悪いやつで、宝石だの貴金属だので、ご婦人をお大尽の放蕩生活に堕落させようとしています。素直に、現実世界で重要な意味を持つ資産のもろもろの象徴をわかりやすい形でご婦人に提示してくれています。

そのご婦人は、冷徹、冷ややかそのもののまなざしで誘惑を跳ね返しています。道徳にとって、世俗的な富なんて大した価値はもちませんよ、と示唆。仏様のような半眼の慈愛に満ちたまなざしで、これらの宝物をみつめています。現実世界の経済的な裏付けが、いかに美徳・道徳の成立に重要な基礎となっているかを見事に示唆。

一方、道徳を象徴するご婦人が大事に抱えているもう一人の天使。こちらは、天、すなわち神の世界を指さしています。地上に散らばる宝石に比べて、目には見えない神への信仰(現代日本的に言えば、親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観)こそが大切なんだ!と示唆しています。一見非の打ちどころのない価値観を振りかざされて「国、会社、上司に滅私奉公しろ!犠牲になれ」とだまされ、息も絶え絶えになりなからも、白目をむいて天(お上)を崇拝している社畜じゃなかった天使。そんな偽善の被害者、カモネギになんてなるな!と見事に示唆しています。

このあと、ご婦人は社畜天使をえいやー!と放り投げ、財宝を高配当株やインデックスETF、リートなどに変えてしっかり不労所得を稼ぎ、ゆとりある生活を盤石にしたのでした。

なああんて!

シモン・ヴーエが生きていたら、絶対お礼参りにくるだろう。

でも、死人に口なし。くやしかったら、化けてでてみろー!

ただ、ヴーエの援護をするとすれば、この絵のおばさん(ご婦人)は実はおばさんでなく、翼の生えた天使であるということです。

つまり、おばさん自身が天使として、上記での親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観をすでに持っている。

だから、ありあまる富を持っても、それをみんながほわほわ幸せになるように生かしていく。

そのためにも、富は重要なんですよ、というのが、この絵の最大の教訓かなと思います。

ちなみに、よく「想像力がありすぎる」とか怒られます。

想像力ではなくて、これまで生きてきていろいろあり。ときどき不思議な白い光が見えるのです。今回は、天を指さしている天使の目つきから、インサイトが来てしまいました。

白目をむいています

 

 

この天使は、ペコちゃん焼きになってしまっているのである。

ペコちゃん焼き?

飯田橋神楽坂に、不二家さんというお店があり。たい焼きみたいな、なんていったら怒られるかもしれせんが、そんなかんじの「ペコちゃん焼き」を売っています。

包装では、とてもかわゆいペコちゃんが。

日本でここだけだそうです。

 

 

ところが、ペコちゃん焼き本体は

白目をむいて泡を吹いてるぞ!うああああー

 

 

たい焼きみたいに、頭からかじると、ゾンビに脳みそを食いちぎられて泣きわめく少女になるのでした。ぎゃああー

スプラッター菓子。

*とてもおいしくて、大好きなお菓子です。念のため

「富のアレゴリー」の天使も、はっきりって目つき悪いですよね。こうゆう目つきをしていて、天の啓示を受け取れるのだろうか?それこそ「天の啓示という名の偽善にだまされるな!」というシモン・ヴ―エさんのメッセージが、この「スプラッター天使」に込められていたのでは、なんて、かえってそういう啓示をうけました。

もちろん面白おかしく、ウケ狙いですが、個人的に思うのは、この絵は単にステレオタイプの「愛がすべて」という絵じゃないぞ!おばさん、そして天使たちの表情に、なにか一段奥深いメッセージがある、と感じ、今回の記事とさせていただきました。

愛は勝つ

ではでは。。。

 

 

Posted by 猫機長
ブログBlog

空を飛ぶ船のお話

以前「空飛ぶクルマ」について書きましたが、今回は船なのに空を飛ぶ、その名も「飛行艇」というふしぎな物体についてお話させていただきます。

その前に一つ告知。久しぶりにアメブロランキング1位に返り咲き。ブロ友の皆様に感謝させていただきます。今回は「ブラジル」というベタなジャンルですね。。。

さて、本題です。

飛行艇以前に、水上機、というのがあり。

Pixabay無料画像

 

 

飛行艇との違いは、フツーの陸上機にフロートという、通称「下駄ばき」という姿かたちになっていることです。飛行艇は、文字通り船に翼を付けたような形。

 

2枚の画像でわかるように、1人乗り単発機みたいな小さいのは水上機、旅客や荷物をたくさん載せたい場合は飛行艇が適している。

水上機が全盛となったのは、1930年ごろ。日本でいうと昭和のはじめですねー、なぜ全盛となったのかは、ひとえに「当時、陸上の滑走路が整備されていなかった」ことにつきます。

当時の滑走路は、だいたい「広い原っぱ」であり、現在のような 長大で舗装されたのはなかなかなく。そんな原っぱから飛び上がったり着地した陸上機は、大きな車輪で、でこぼこの地面でもひっくり返らないように工夫していました。

ロッキード・ベガ連絡機 http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln2/TW007.html

 

 

山あり谷ありの陸上では、原っぱといっても広さに限界があり。その限界の中で離陸できるようにするには、大きく、分厚い翼で、離陸速度を極力低くしなければならず。

しかし、これは飛行機の最大の利点であるスピードを殺してしまうことにもなり。大きいという事は重くて、その分エンジンの馬力を殺してしまうし、分厚いという事は、すなわち空気抵抗が大きくなって、スピードが出せなくなってしまうことを意味するからです。

そういった状況から、スピード命!の競争機などは、なるべく翼を細く、小さくしたいのですが、そうすると離陸速度も著しく早くなって、いくら滑走路が長くても足りなくなってしまい。

これが海だったら、滑走(滑水)距離は無限です。波の穏やかな湾内を海岸から外洋向けに走っていけば、障害物となりうる山とかも避けることができ。

えええ、でも大きなフロートを付けたら、空気抵抗とか重量増加とかでスピード落ちちゃうんじゃないの?

ところが、翼面積と断面を減らして得る効果が、フロートで発生する抵抗を補って余りあるぞ!という事がわかり。

シュナイダー杯など、水上機が世界速度記録をガンガン塗り替えるようになりました。

水上機:マッキMC72 https://grabcad.com/library/idrocorsa-macchi-castoldi-mc72-1934

 

 

確かに、陸上機の降着装置なんて重量物のかたまりですからねー大きな下駄をはいていても、陸上バージョンと重さとかはあまり変わらなかったのかもしれん?

イメージですが。。。

陸上機の降着装置をずっしり金地金250g(左)とすると、

水上機のフロートは、Pet容器(右)なみ、みたいな感じ。

 

 

無限の滑走路が使える、という事は、いくらでも巨大な飛行機を作れるということでもあり。

当時のエンジンはあまり信頼性もなかったので、外洋を横断するような航路では、海上に不時着できる飛行艇は安全面でも貴重な存在であり、巨人飛行艇の全盛期が生まれました。

マーチンM130 チャイナクリッパー飛行艇

 

 

ショートサンダーランド

amazon.co.jp/スペシャルホビー-SH72162-72-ショート-サンダーランドMk-Ⅴ/dp/B07R682D3P

 

 

ところで、無限の滑走距離はあるものの、飛行艇の滑走は水の上です、という根本的な課題があり。

硬い地面の上を滑走する陸上機は、機首上げするもしないも操縦かんの操作一つです。

ところが、「やわらかい」液体の上を滑走する飛行艇は、ちょっとした波のかげんとかで、操縦かんを操作してもいないのに機体が水面から沈んだり浮き上がったりしてしまい。

それだけならいいのですが、浮き沈みで機首上げの角度が変わってしまう、つまり翼のアタックアングル(迎角)が勝手に変わり、急浮上や失速、ついには操縦不能に陥って中途半端な高さから水面に激突、大破なんて大事故が起こりかねず。

ぼくは陸上機乗りなので、詳しくはわかりませんが、水面からの離水はなにげに神のような技術が必要であり、荒れ狂う飛沫の中でエンジン全開なんて狂ったまねはとてもできません。もし読者の中で水上機パイロットがいたら、ぜひこのへん教えてくださいね。

https://www.youtube.com/watch?v=En0JX4HmSuo

水上機の狂った離水。よくプロペラを壊さないなあ

 

 

実際、日本の二式大型飛行艇で、離水失敗事故が相次ぎ。離水角度指示器というのを取り付けて、この指示器を「ものさし」にして、どんな波を食らおうが機首上げ角度を一定に保つようにしたら、事故がなくなったそうです。

この画像の③が離水角度指示器。

画像出展:http://hikokikumo.net/AT-Kanzasi-000.htm

 

 

ちなみに、上記画像の⑥を「かつおぶし」といって、このでっぱりがうまく波を切って機体、特にプロペラやエンジンに飛沫がぶち当たることを避けることができるようになったらしい。

機首下面、緑から白に塗装が変わったすぐ横に突出しているのがかつおぶし(スプレーストリップ)です。

画像出展:http://hikokikumo.net/AT-Kanzasi-000.htm

 

 

この飛沫というか波しぶきは、飛行艇にとって致命的な打撃となってしまうため、これを打ち消すため、飛行艇の設計では涙ぐましい努力がはらわれており。例として、最新の飛行艇US2の機首下面に独創的な工夫を見ることができます。

https://www.mod.go.jp/msdf/iwakuni/about/unit/71fs.html

 

 

機首下面のドアップで説明します

①「溝形波消し装置」。

出展:https://www.shinmaywa.co.jp/aircraft/us2/us2_capability.html

 

 

②波消し装置のチャイン接続部(スリット)

ここから「側面へ波を逃がす(Wikipedia)」らしい。

③水平に波抑え板があり。

④機首のスプレーストリップ。

⑤飛沫に隠れているけど、側面スプレーストリップ。

二式大型飛行艇のシンプルな「船底」に比べすごい発展・進歩ですね。。。。

しかし、時代は変わり、ここまでして離着水する必要もなくなってきた。

それは

◎エンジンの信頼性が向上し、大西洋だろうが太平洋だろうが、ピストンエンジンだろうがジェットだろうが、洋上飛行しても全然へっちゃらになった。

◎フラップなどの技術革新により、薄く小さな翼でも離着陸速度を低くすることができるようになった。

◎一方で、3000メートル級の長大な舗装された滑走路が世界中にでき、ジャンボジェットでも問題なく離着陸できるようになった。

◎飛行艇は、上記の波消し装置などの工夫のほか、機体自体を着水の衝撃や恐ろしい波しぶきの打撃に耐えるようにする必要があり、その分余計に頑丈つまり重い飛行機になってしまう。

波しぶき。葛飾北斎 「神奈川沖浪裏」1831頃

◎主翼やエンジンが飛沫に当たらないようにするため、縦長の機体断面や、船のように機体下面を整形しなけれならず、余計な空気抵抗が生まれる。

等デメリットも多く、飛行艇はいまや絶滅危惧種なのかもしれません。

一方で、日本のように、無数の小島が散らばる国での飛行場のない島々の間の連絡や、ヘリコプターが飛んでいけない天候、大荒れの海面にも着水して救難する能力。カナダなどでは、湖水に着水・給水したうで、山火事上空まで飛んで行って放水・消火するなど、飛行艇が必要な場面も多々あるとは理解します。

ところで、なぜ飛行艇の投稿をしたのか?

それは、とある吉日、ふとこんな写真に遭遇し。

ウオーラス(Walrus)飛行艇 (パブリックドメイン)

写真の説明に「Walrus_carrier_landing」とあり。

飛行艇のくせに、海の上に降りないで、航空母艦に降りているのでした。ははは

確かに陸上機が着水するのはできないけれど(墜落は別)、飛行艇ですからねーどっちでも好きなほうに降りちゃえ、ということなのでしょうか。

ちなみに、この飛行艇は、飛行艇のくせに4名くらいしか乗ることができず、全長も10.2m、全幅も14mということで、セスナをちょっと大きくしたくらいの、軽飛行機じゃんという、ふしぎな飛行艇です。でも、ナチに撃墜され、海に落っこちた飛行機の乗員を救助するために大活躍したという、とても心優しい飛行艇だったそうです。

へえええーと、飛行艇に改めて興味がわき、今回の記事にしました。

ウオーラスのカラー画像

https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln9/SMWFB.html

 

 

ちなみに、ウオーラス飛行艇はじめ、この記事の大多数の画像を「古典航空機電脳博物館(https://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/index.html)」から引用させていただいています。きょうび古典機でもレストア後のカラー写真がいっぱいありますが、こうゆうプラモの箱絵みたいなのも、見るだけでわくわく!いいなーと思っています。

ううむ今回はあんちゃん向けになってしまったかな?、というわけで、素敵女子のみなさまに動画を一つ投下して、結びとさせていただきます。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
ブログBlog

日本では食べられない日本食のお話

今回のお話は、フツーな日本食のお話ですが、実はあまりフツーではなく、たぶん日本では食べることのできない、ふしぎな日本食のお話をさせていただきます。

◎Yakissobaソース

みなさんも、油がぎらぎら、食欲をそそる五目焼きそばやソース焼きそばなど、焼きそばは大好きと思います。

ソース焼きそば

出展:https://www.news-postseven.com/kaigo/wp-content/uploads/2021/11/yakisoba_38.jpg

 

 

ブラジル人も焼きそばが大好き。というわけで、中華レストラン、日本食レストランでの大人気メニューであるだけでなく、家庭でも作ろうよ、という事で麺やソースがスーパーなどで売られているのでした。

さて、麺です

 

 

ううむ、自信作の焼きそばではあるのですが。。。。

-Largo、という記載あり。幅広の麺、という意味ですが、そんな焼きそばあったっけ?

リングイーネ(Linguine)のノリらしい (Pixabay 無料画像)

 

 

-あと、光→Light→ライトな→Karui(軽い)というなかなかおつなキャッチコピーがあるのですが、こちらの説明は別記事「謎のパスタ、その名は「手巻き」」に書いたので、読んでね!

ちなみに、麺の調理法ですが、蒸すのではなく、ゆで麺です。

はやくも怪しいブラジリアン焼きそば。めげずにソースで行ってみます。

ブラジリアン焼きそばソース

 

 

写真だとわからんかもしれんが、日本の焼きそばソースと、違うとは言わないけれど、同じとも言えないのですよねー

と、いうのも、ブラジルにおける焼きそばのスタンダードが「あんかけ焼きそば」であるという恐るべき事実があり。

本家日本のあんかけ焼きそば。

出典はhttps://nagatomo.rumieru.jp/menu-list/%E4%BA%94%E7%9B%AE%E3%81%82%E3%82%93%E3%81%8B%E3%81%91%E7%84%BC%E3%81%8D%E3%81%9D%E3%81%B0/

 

 

というわけで、たしかに焼きそばソースではあるのだが、ソース焼きそばのソースではなく、あんかけの「あん」をイメージした独自開発のソースだったのでした。

というわけで、さっそく調理してみます。

なんて実は調理なんておおがかりなものではなく、沸騰したお湯に上記のKarui麺を入れて、6分くらいかな?アルデンテになったら、水を切ってお皿に盛ります。

 

 

その上に、上記のYakissobaソースをかければ、あんかけちっく素焼きそばの出来上がり。

まだちょっと硬かったかな?

 

 

というわけで、焼きそばなのにいちども焼かないという、ふしぎな焼きそばなのでした。

なかなかおいしいですよー、中華屋さんの焼きそばとは、はっきり言ってかなりちがうけれど。。。。

 

 

◎「おさび醤油」で食べるトロピカルフルーツ

以前の記事で、ブラジリアンわさびすなわち「おさび」について記載しました。

 

 

今回は、この「おさび」と醤油でトロピカルフルーツの刺身をいってみます。

なお、トロピカルフルーツいろいろについては、別記事で書きましたので、そちらも見てね!刺身にできるトロピカルフルーツはココヤシとアボガドですが、今回はアボガドを代表選手に選んで進めます。

といって、何の変哲もなく、アボガドの実を切り刻んで、そのまま食べます。

ワサビ作りすぎ。泣きました

 

 

アボガドは水分が多いのと、独特の臭みがあるので、多めのワサビで、ちょうどよく中和してあっさり風味になりました。写真のは作りすぎたけど。。。

食通の人で、トロみたいだ!という人もいるようですが、たしかに言われてみればそんなかなーという感じでした。まあ、森のバターというくらい脂肪分がありますからねーでも不飽和脂肪酸といって良質のものであり、ダイエットでも大活躍しているらしい。

そんな日本食ないぞ!アボガドなんて日本にないじゃないか!という人に:沖縄ではちゃんとココヤシやアボガドがありますよー

◎Sushiソースで江戸前だ!

今度は正統の江戸前寿司でいっています。なあんてスーパーの日本食売り場で買ってきた、まあコンビニのお寿司みたいなものですけどねー。アニサキスは大丈夫だろうか?ガクブル!

で、Sushiソースです

オーガニック食品などを揃え、客層も富裕層ちっくな人が多い、意識高い系のスーパーで売っています。

 

 

またしてもKaruiブランドでした。

このソースのウリは、すでにワサビがブレンドされた、ワサビ醤油に匹敵するソースだぞ!ということらしい。

確かに、前回ワサビつくりすぎてひどい目にあったので、自動的にブレンドされていればいちばんいいですねー、ということで、さっそく試してみました。

 

 

のり巻きに囲まれた四角い区画の中に、かなりなみなみと注ぎ込んでいますが、写真では見えにくいですねー

結論:フツーの醤油と全く変わらず。ぜんぜん辛くなかった。。。。

◎南国の醤油

ブラジルは、アメリカと並んで世界の1,2位を争う大豆生産国であり。みそ、とうふなど、フツーにスーパーで売られており、ブラジル人にも浸透している。

なのに、なぜかココナツ製の醤油を発見?

 

 

それこそ戦時中のラバウルかなんかで、補給が途絶えた!しかたなく。。。。。ならわかるのですが、いくらでも安い醤油を売っているスーパーの、その隣に、倍の値段で。。。。というふしぎな醤油です。

たしかに、石鹸でも、その辺で売っているフツーの石鹸と、ホネケーキとか言って恐ろしい高値で売っているのもあり。いわゆる「ホネケーキ醤油」とでもいうべきかもしれん。

資生堂ホネケーキ

https://www.shiseido.co.jp/sw/c/products/SWFG070410.seam?shohin_pl_c_cd=090201&online_shohin_ctlg_kbn=1

 

醤油ばなれしたまろやかさや香りで、フランス料理にどうぞ、なあんて格調高い醤油なのかも?

というわけで、その「ホネケーキ醤油」で、醤油ラーメンを作ってみました(麺はインスタント、スープはココヤシ醤油と味の素を混ぜただけのテキトーなやつです)。

 

 

結論:醤油ちっくなエグみが強烈な、カドの立ちまくりなラーメンになりました。。。。

メーカーさんごめんなさい、こればっかりは、エグみばかりでなく、むりやり合成甘味料を入れたみたいな変に甘い味になってしまい、さすがに醤油とは言えないと判断しました。「ココヤシ醤油(ココナッツアミノ)」という、新しい調味料として理解させていただきます。。。。

 

 

◎番外編その1

ブラジリア有数の日本食品店で、日本的なおにぎりを見かけるようになりました。

 

 

でも、なぜか説明文は中国語だった?まさか?中国から輸入しているのか?

 

 

◎番外編その2

同じ日本食品店で、「Ossonai」という謎の食品を発見

 

 

よく見たら、鏡餅でした。Ossonai→お供え、という意味だろう。ほんとは、Ossonae、としてほしかった。。。。

 

 

◎番外編その3

日本そのものの味覚も売っていたぞー

みょうが

 

 

どうですみなさん!サバンナのど真ん中で、こんな見事なみょうがなんてなかなか見られないですよね。冥加の至り。なんちってはいすみません。

ブラジルに移住してきた一世のおじいさん、そしてその子、その孫が「強く雄々しい 血を継いで」日本の食文化の灯を消すな、とがんばっています。

ブラジル人から見たら、なにそれ?なんのことかもわらないような、みょうが。でも、知っている人から見れば、とても大切なふるさとの味覚が、こうした日本食品店で生き続けています。

写真のみょうがも、栽培はサンパウロかな?文化としては「八重の潮路を越えて」こうしてブラジル高原のど真ん中に息づいているのですよね。。。。

この日本食品店は、他の類似店が店をたたんでいく中、逆に拡張してがんばっています。ブラジリア南部地区の。。。なんて書くとわかっちゃうかもしれん?ぜひ、今後とも、日本の味覚のリファレンスセンターとして発展していってほしいと思っています。

 

 

]◎番外編その4

みょうがを知らないブラジル人がどんなものを食べているかというと。。。。

子豚。丸焼きが有名

 

 

スーパーの肉売り場で発見。さすがにふだんはここまでいかないけれど、クリスマスから新年へかけてのパーティーとかで需要があるらしい。

◎最後の番外編

 

 

上記の焼きそば麺で、なにげにLinguine al Olioみたいにして、粉チーズで食べたら、はっきり言って焼きそばとして食べるよりおいしかったです。焼きそばとしてもそれなりにおいしいですけど。

食の民族融合ですね。ブラジルに住んでいてよかったと思っています。

「茗荷より かしこさうなり 茗荷の子」

ではでは。。。

Posted by 猫機長
ブログBlog

日本刀の強さの秘密

折れず曲がらずよく切れる、世界でも異彩を放つ日本刀。

新選組とかが使っていた日本刀はどんなふうに製造されていたのでしょうか。

①原料は砂鉄。「たたら」という炉で溶かし、燃焼させるのですが、この火加減と燃焼時間を調節して日本刀に最適な「玉鋼」を作った。

日本刀一振りを作るのに必要な玉鋼が10キロくらいだそうです。完成した日本刀は拵えを入れても平均で1キロですから、鍛錬とかで9キロが消えてしまうという事ですね。。。

②日本刀は「鍛造」つまり叩いて作ります(型に流し込むのが「鋳造」で、青龍刀など中国の刀は鋳造が多かったらしい)。

叩くことで「鉄滓(非鉄不純物)・空孔の除去と炭素量の調整(出展:http://ohmura-study.net/004.html)」を行う。

この段階で2種類の鋼を作り。一つは柔らかいが弾力のある「芯鉄」となり、一つは「皮鉄」すなわち芯鉄をぐるっと取り巻いて、鋭利な切れ味を出すために必要な硬さを確保します。

③造りこみといって、芯鉄と皮鉄を組み合わせ、一体化するまで加熱したり鍛錬を繰り返す。

新刀以降の刀の断面図

出展:https://tetsunomichi.gr.jp/katana/

 

 

④素述べと火造り:一体化させた皮鉄と心鉄を打ち延ばし、さらに過熱鍛錬して日本刀の形に整形。

⑤土置き:刀身に焼刃土(やきばつち・砥石や炭の粉に水を練り合わせて粘土みたいにしたもの)を塗ります。固くしたい刃の部分には薄く、それ以外は厚く塗る。薄い部分と厚い部分の境界線が後に刃紋となります。

出展:http://ja.shoku-nin.org/12_akihira/4/

 

 

⑥焼き入れ・焼き戻し:刀身全体に均一に加熱し、800℃くらいに達したら、一気に水槽みたいなのに突っ込んで冷やす。

出展:https://amped-up.net/wp-content/uploads/2018/05/46-2.jpg

 

 

⑦その後、研いだり、銘を入れたりして、完成。

全工程を集約した画像を発見しました。

出展:「アボカド日記:かたなの博物館に行ってきました 大阪・平野区」

https://avocado-diary.xyz/wp-content/uploads/2016/06/IMG_2206.jpg

 

 

一方、西洋の剣はどうかというと、液化するまで熱した鋼を、型に流し込んで作る鋳造や、鋼を加熱して叩きのばす鍛造、両者統合したものなどいろいろ製法があったらしいが、鍛造といっても単に剣の形に整形して伸ばしていただけらしい。

一行で終わっちゃうのでした。ははは

愛好家が鋳造型刀剣の制作実験をしている動画。

 

 

なんとなく、日本酒とワインに似ています。

日本酒の場合、よりによって米という、およそアルコール飲料にするには一番不適な(発酵のための糖分が足りないという意味)素材を選んでしまったため、麹ででんぷんから多糖類を生成し、そこから今度はもろみにしてブドウ糖を。。。。と、日本刀と同じように、名人芸の連続となる多数の工程を得て、なんとかお酒になるのに比べて、ワインのほうは、極論ですが、ぶどうを踏みつぶしてマストという果汁を作り、適切に保管すれば、「ブドウの果皮、葉、梗、あるいはワイナリー内の建屋や製造設備等、此処彼処に存在する野生酵母がマスト中で成長し、自然発酵と呼ばれるアルコール発酵を起こす。(https://jwine.net/glossary/detail.php?id=29)」すなわち、自動的にに発酵してお酒になっちゃうのでした。

*もちろん、ワインも野生酵母のほか培養酵母など厳密に管理されていて、日本酒に劣らぬ名人芸により製造されていると理解します。

きょうびでは、麹菌のかわりにワイン酵母を使った日本酒もあるらしい

出展:https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/66489

 

 

つまり、幕末の切りあいに使われていた新刀の複雑怪奇な製造法は、良くも悪くも、玉鋼という原料によって左右されていたという事なのかも?

言い方は悪いかもしれないけれど、玉鋼は、ぶっちゃけ刀を作るにはあまり適さない素材だった、という事なのではないでしょうか(疑問形にしておきます。ははは)。

玉鋼は、その名の通り日本の魂みたいな鋼であり、言い換えれば純粋すぎる素材だった。玉鋼にも「鶴」、「松」、「竹」、「梅」など等級があるそうで、不純物がないほど上とされています。

そんな純粋な素材を生かし切るために生まれたのが、上記の製造法だった。

しかし、そういった新刀より、さらに「折れず、曲がらず、よく切れる」日本刀があるのです。

それが「古刀」

新刀との恐ろしい違いは、古刀は「芯鉄、皮鉄の接合」という凝った構造ではなく、硬質、軟質の材料を練り合わせた鋼により「一枚構造(丸鍛え)」で作っていること。

この製造法の違いによって、日本刀の世界では、古刀がおおむね戦国末期までに作られた刀、新刀がそれ以後に作られたものとして別々に分類されているのです(大雑把な分類です。本当は末古刀とか、新々刀とかいろいろある)。

というわけで、古刀すなわち軟固練り合わせ鋼で作った一枚構造の刀の断面はこんな感じ

出展:「古代鉄と国内鍛冶刀剣」http://ohmura-study.net/404.html

 

 

刀身が、全然均一でなく、なんか不純物だらけじゃん、みたいになっています。

実は、玉鋼に比べると

「銅(Cu):耐蝕性(耐錆)向上。錆の進行を抑える。但し、量が多いと割れ易くなる

チタン(Ti):焼き入れを阻害する元素。但し、鋼に添加されると耐蝕性、強靱性を増す

(以上http://ohmura-study.netより)」

みたいな不純物(でも実は刀を強くする素材)がいろいろ入っていました。

チタンについては、強さとかのほかに、「古刀が青く見えるのはチタンが含まれているため」という人もおり。

ここで要注意なのは、東京工大製鉄史研究会などで「銅を0.1%以上含む鉄は日本では産出されない」として、蕨手刀など、黎明期の日本刀はじめ、素材は大陸から輸入していたのでは?という見解があり(出展:http://ohmura-study.net/007.html)。

実際、日明勘合貿易では、日本は鉄を輸入して刀を輸出していました。当時の世界最先進国から原料を輸入して、加工品を輸出していたのですね。すごいぞ日本!

一方、裏歴史として、倭寇が中国を荒らしまわったときに奪ったものの中に鉄や鉄製品があったそうで、お隣さんからタダで頂戴した原料で刀を作って、お隣さんに売りさばき利益をふんだくっていたという情報もあり。悪魔か日本?

でも、倭寇が中国人から略奪した鍋とか釜はとかは、大体が戦国大名の鉄砲とかに化けたというお話もあり。あーよかった、刀じゃないよね。あれ?

脱線したので戻ります。

倭寇に怒り狂った明(清)が「海禁政策」を打ちだすまでは、公的ルートや密売で「志那鉄」がじゃんじゃん日本に入ってきた。

そして、その舶来の鉄は、実は和製の玉鋼より、ずっと刀剣用として優秀な素材だったーと、海禁政策によって鉄などが輸入できなくなり、国産の鉄を使うしかなくなった時になって、初めて気づいた。

どうやら、舶来鉄と和鉄では、米とブドウくらいの差があったらしい。

というわけで、死に物狂いになって、古刀に文字通り太刀打ちできる新しい刀すなわち新刀をつくる努力の結果、上記で述べた、精密すぎる工程で、ち密すぎる構成の刀が生まれたーというのが真相ではないでしょうか。

この記事を書いていて、「ゼロ戦とグラマン」の話を思い出してしまいました。

こちらはエンジン出力の差で、ゼロ戦の「栄」発動機が、がんばって1000馬力ちょっとだったのに、グラマンF6Fの「ダブルワスプ」エンジンがゆうゆう2000馬力と、まさに米とブドウもびっくりの格差があり。

でも性能的にあまり差が出なかったのは、零戦が防弾装置をかなぐり捨て、機体強度をかなぐり捨て、操縦系統の鋼性低下などの禁じ手を堂々とやり、ようするに死に物狂いになって空中性能(飛行性能)を向上させたのが効果を奏したという事だと思います。

零戦とグラマン(出展:https://ameblo.jp/headhunterslovebass/entry-12379202409.html)

 

 

結局、日本の刀は日本の玉鋼でなければだめだ、皮心鉄構造じゃない丸鍛えは刀じゃない、なんてこだわりは全く必要ないと思います。そういう純血主義が国家間の軋轢や、同じ国の中でも階級差別(と言ってぴんと来なければ経済格差)を生んで、人々がいがみ合うような世の中を促進してしまっているのではないでしょうか。

武士の魂を象徴する日本刀であればこそ、ミナスジェライス産のチタン合金とステンレスを合わせて、シベリアの極地にあっても破断せず、インドの塩田にあっても錆びない、古刀の上位転換みたいな丸鍛えの美術刀剣が、風の時代の象徴として、チタン地肌の青味の冴えで人々を魅了する、そんな世界がすぐそこに来ていると考えています。

 

Posted by 猫機長