これまで何度か戦後の日本機について書いてきました。
その1→YS11
その2→エアロスバル
これらで、YS11はとろくて、とか、エアロスバルは無駄に敏捷すぎて、、、みたいなことを書いた、というか書かざるを得なかったのですが、この記事でやっと文句なく傑作機だ!というのにたどり着きました。
その名も三菱MU2。
当時の画期的なビジネス多用途機であり、「これが日本のコンパクト・プレーンです」みたいな感じで、世界各国で762機というベストセラーになったすてきな飛行機です。
三菱500 https://www.bibian.co.jp/product.php?id=p763745338
さて、三菱500ではない三菱MU2の外見はこんな感じ
https://www.mu-2aircraft.com/images/History_Veley_0229-web_optimized.jpg
マニアなら、この写真を見て、なんかフツーに見えて相当斬新なことをしてね?と感づくと思います。
斬新さの特徴を一つ一つ上げていきます。
その1 エンジン
MU2の初飛行は1963年。Wikipediaによれば、初の民生用量産ビジネスジェットは1964年のリアジェット23とのことで、当時はツインコマンチやクイーンエアみたいなプロペラ機が主力だった。
ツインコマンチ https://piperowner.org/pa-30-twin-comanche-ads/
クイーンエア https://kingairmagazine.com/article/beechcraft-90-years-of-excellence/queen-air-3/
これら競合機は、皆ピストンエンジンでプロペラを回していた。
当時の小さな地方空港や個人の滑走路に対応して、低速での加速があるプロペラ機とすることは当然として。競合機より性能のいいやつを作りたい三菱は、当時の画期的なイノベーションを導入した。
それが「ターボプロップエンジン」
エンジンの性能を決めるものに、馬力(推力)がありますが、馬力さえあればいいというものでもなく。馬力、重量、大きさの三拍子がそろっていないといいエンジンにはならないのである。
ターボプロップは戦後すぐに生産されていましたが、ビジネス機より大きなコミューター機はともかく、MU2クラスではまだまだピストン機が主流であり。
落ちれば4ぬ飛行機のエンジン。戦中からの「恐竜エンジン」つまりコンチネンタルとかライカミングといった信頼性の立証されている奴で安心したいというのが売る方も買う方も共通ですが、MU2はあえて当時未知数のターボプロップに挑戦した。
この結果、推力は競合機と同じだが、軽いエンジンになった。ターボプロップは、実態はジェットエンジンの中心軸に減速機などをかましてプロペラをつけたようなもので、構造上はピストンエンジンより簡素であり。その分軽く馬力のあるエンジンができた。
レシプロより簡単なのに、なぜ大戦中にターボプロップやジェットがもっと生まれなったかというのは、原理はわかっても、ガスタービンの超高温で溶けちゃったりとかしない素材や、コンプレッサーなどの製造技術の開発に手間取ったからである。
そんな状況で、えいやー!とターボプロップを採用した三菱の先見性恐るべし。
MU2は、エンジンが軽くなった分主翼を小さくでき。競合機と同じ収容力なのにコンパクトな機体にまとめ、レシプロ双発機の1.4倍に達する巡航速度を実現した(jstage.jst.go.jp/article/jjsass1953/13/143/13_143_396/_pdf)。
燃費はレシプロ勢とどっこいどっこいに抑えることができ。速度差が大きなアドバンテージになった。
ターボプロップの導入と並行して、というか影響し合ってMU2の特徴となったのが。。。
その2「主翼の配置と形態」
もいちど競合機2機とMU2の写真を見比べると、MU2のみが高翼機であることがわかります。
https://piperowner.org/pa-30-twin-comanche-ads/
https://mantisserv.com/en/small-props/14/beech-queen-air-b80
https://www.mu-2aircraft.com/images/History_Veley_0229-web_optimized.jpg
低翼、高翼といろいろ利点・弱点がありますが、MU2の場合「地面効果」が重要な決定要因となったらしい。
地面効果というのは、着陸時に飛行機が滑走路上に到達したとき、主翼と地面の間の空気が「圧縮」されてクッションみたいになり、飛行機を上空に押しもどそうとする作用です。
せっかく滑走路端で地面ぎりぎりに降りても、地面効果のせいでいつまでも接地できず、余計に滑走路の長さを食ってしまうことがあり。低翼機に顕著で、MU2のような強力なフラップをつけた機体で低翼にすると、地面効果に対処できる昇降舵の設計が複雑・困難になってしまうらしい。
競合機のほうは、すなおに低翼の利点すなわち翼内に主輪を格納するスペースができるとか、高翼にすると天井に主翼桁の分だけ飛び出して頭をぶつけるとかを嫌って、大体が低翼であり、高翼はMU2とエアロコマンダーくらいという、ちょっとまれな配置になりました。
一方、エンジン(プロペラ)と地上のクリアランスを広くとることができるとか、客室からの見晴らしがいいとかも決定の要素に入っていたと理解。
結局はMU2の特徴的な翼により、高翼が妥当となったのだと推理します。わざわざ胴体の側面にバルジ(フェアリング)をぽっこりつけて主脚格納のスペースを作ってまで高翼にするというのは、それなりの利点があったんでしょうねー
機体上面のフェアリング(主翼桁の流線形の覆い)と側面のバルジが特徴的なMU2
https://www.the-blueprints.com/blueprints/modernplanes/modern-m/85701/view/mitsubishi_mu-2j/
さて翼型ですが、一見おとなしい、微妙にテーパーをかけた直線翼ですが、層流翼を採用し、かつ競合機に比べて小さめなのですよね。つまり、抵抗減、重量減で、いったん飛び上がっちゃえば高速飛行などには適しており、事実後発のターボプロップ機キングエアとかに比べても高速だったらしいのですが、はっきりいって操縦むずかしくなってね?と心配します。
速度も重要だけれど、着陸性能も劣らず大切のところ、MU2はSTOL性能でも競合機を引き離していました。
どうやったの?強力なフラップを装備して、ふだんは高翼面荷重のくせに、特に着陸時は翼がぎゅーんと伸びて大きくなったかのようなエフェクトを可能にしました。
ただ、無理やりフラップで着陸性能を確保しようとしたため、ふつーのように翼の中ほどまでのフラップでは足らず、翼後縁全体に伸びたものすごく長いフラップになってしまい。
それじゃ補助翼はどこに行ったの?つけることができませんでした。ははは
そこでMU2の特徴その3:スポイラー
補助翼の代わりに、スポイラーというものを翼の上面に設置しました。
ふつーの翼(上)https://br.pinterest.com/pin/775956210785738173/
とMU2の翼(下)https://siregar3d.com/category/mitsubishi-mu-2/
グライダーみたいなMU2。補助翼がなくなった分アドバースヨーとかも減少したとのことですが、やっぱり補助翼とスポイラーでは飛行機に与える挙動は違ってしまい。のちのち事故多発、と言って怒られるのであれば、複数の事故を巻き起こす原因になってしまいました。
それでも、MU2がにがてな着陸時の低速飛行や、スポイラーによる操舵レスポンスのずれや遅れを乗りこなせるパイロットたちからは、「ホットロッド」だ!と好まれたそうです。ホットロッドというのは、軽い車体にでかいエンジンを積んだスポーツカーの一種で、爆走できるが安定性は。。。みたいなののことらしい。
MU2はいったんスピードが出ちゃえば安定性もあるし、操縦性もよかったらしい。ただ、旅客機で着陸安定性に難が、というのは痛い失点ですねーこれがなければ1000機以上売れていたかもしれん。小さな翼で、無理やり着陸滑走距離を少なくしようとしたひずみが出てしまったのだと理解。
ベルリン管弦楽団の著名な指揮者カラヤンが、訪日したときに、コンサートもそこそこに「MU2に乗りたい」と三菱の工場に乱入したこともあり。コクピットに乗り込んで、ゼロ戦乗りだぞ!みたいにニタニタしていたのかもしれん。
ドイツ人は、MU2のことを「零戦の三菱が生んだ名機」としてかなり好奇の目と言って悪ければ尊敬のまなざしで見ていたらしい。
日本人に好意的なカラヤン。 https://skawa68.com/2024/08/03/post-62765/
その4 与圧、その5 尾翼と、その6 チップタンク
MU2は、円形断面の胴体で効率的な与圧(与圧そのものが当時はゴージャスな装備)、翼端チップタンクで翼端渦を整流するなど、クレバーというか危ういというか、その辺は日本人にしかできない繊細なバランスのある飛行機になりました。特に、高翼のくせにT字尾翼ではないふつーの尾翼にして、ディープストールを防いだあたりは三菱くらいしかできないまねかもしれません。ほんらいは、T字尾翼にしないと主翼からの乱流を受けて尾翼が効かなくなっちゃうところ、乱流があたらないうまい位置で設置というのは、地味に見えてなかなか看過できない技術と思います。
主翼からの乱流をうまく避けた尾翼の設置。
jstage.jst.go.jp/article/jjsass1953/13/143/13_143_396/_pdf
注目は、チップタンクの取り付け位置や整流フィンの設置などで、翼の「上反角効果」を調整していたこと。タンクの位置をぶら下がる感じにしたことで、「横 の飛 行 性についてのパ イ ロッ ト・コメ ン トは 好 評 で あ っ た(外部リンク:Jstage)」とのこと。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsass1969/22/247/22_247_405/_pdf
https://www.mu-2aircraft.com/images/History_Veley_0229-web_optimized.jpg
記事がでかくなりすぎなので、この辺でおわりに。スポイラーはともかく、文句なく名機のMU2でした。
ではでは
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