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アドセンス広告収入:振込住所確認が来たぞー

ホームページ作成の楽しみの一つに、アフィリエイトでお小遣いを。。。というのがあります。

アフィリエイトのかんたん概念図。

まず、①広告主が「アフィリエイトサービスプロパイダー(ASP)」に広告依頼。

②ASPはブロガー(アフィリエイター)に広告提供。

③ブロガーは、HPに広告を貼り付け。

④読者がクリック、あるいは広告製品購入し、⑤利益発生

⑥この利益がASPからブロガーへ還元。

ちなみに、ASPとしては楽天、A8、afbなどなどあり。アドセンスとアフィリエイトはちがうぞ!という人もいますが、どちらも広告収入です、ということで、細かいこと言わんと!進めさせていただきます。

もちろんプロのブロガーみたいに「アフィリエイト収入で億り人」というのではなく、HP作成や更新そのものが趣味であるところに、プラスアルファでアドセンスも、という感じです。

要するに、パチプロではなく、ちんちんじゃらじゃら、という玉打ちそのものをほどほどに楽しむ、という感じですねー。

ううむたとえが悪かったか?

というわけで、ぼくもHP開設と同時にGoogle Adsenseに申し込みしました。

アドセンスというのは、コンテンツ連動型広告配信サービス、というふうに考えたらわかりやすと思います。ほかにも楽天とかAmazonとかいろいろな企業がアフィリエイトを提供していますが、ぼくの場合は

◎そもそも海外在住で、海外作成ながら、でも日本人向けという悩ましいサイトで、日本で日本人が日本語の広告をクリックしたその報酬を、ぼくの居住地の通貨で、居住地の銀行口座に振り込んでくれる

というのが実質アドセンスしかなかった、というのが決定的な理由でした。すごいぞアドセンス!

で、アドセンス申請しました。

ぼくの場合はすでにグーグルアカウント持っていましたが、持っていない人はまずこのアカウント開設が必要。いろいろなリンクから作成できるようですが、例えば

https://support.google.com/accounts/answer/27441?hl=ja

などから可能と理解。

こんな感じの画面が出るので、指示に従い開設。

で、いよいよアドセンスですが、こちらは

https://support.google.com/adsense/answer/7402253?hl=ja

などをご参照。

こんな画面が出てきます

で、めでたく登録が終わったら、いよいよ審査が始まり。これがなかなかめんどく、かつセンシブルですが、特にやばい内容のサイトでなければ合格できるらしい。ぼくのHPでは、2週間くらい審査にかかったかな?でも一発OKでした。よかったね。。。。

さてアドセンスに合格すると、HPの画面に広告が表示されはじめます。

上のは、隠れた人気記事「逃げ切り計算は重要だが、逃げてはいけない」の画面ですが、左下に緑の四角があり。これが広告です。この広告がクリックされるとポイントになり、一定のポイント数に達すると報酬として換金してくれるらしい。

ちなみに、ぼくはブラジルでこのHPを管理なり閲覧しているので、時たまブラジルの広告が出てきたりします。これはアドセンスのほうで、AIにより閲覧者のIPかな?から、閲覧履歴などを分析して、もっとも興味を引きそうな広告を自動的に選別しているということらしい。つまりアメリカ在住者だったら、HOOTERSの宣伝が出てきたりして、とか。

おなじページを下の方にスクロールしたら、

ちゃんと日本の広告も出てきました。

というわけで、収入になる以前に、広告が出てるだけでもいっぱしのブロガー・HP管理者になったみたいで、わくわくしながら毎週の記事更新とかを楽しんでいました。

*ちなみに、広告料がとある金額に達しないと、払ってくれません。その金額までたまったら送金してくれるシステムです。

そんなある日、アドセンス管理者よりメールで連絡が。

「ご対応のお願い: AdSense のお支払い先住所の確認が必要です」と題して

こんなのが送られてきました。

ごちゃごちゃ書いているけれど、要は

◎広告料を支払いするために必要な住所を教えろ→→→わーい、いよいよ送金額に到達か?

と喜ばせておいて

◎今回は住所確認のための金額で、支払いが許可される金額ははるか上である。→→→えええー悲しいな

と突き落とし。

さらには

◎確認のために暗証番号(PIN)を郵送したから、ちゃんと受け取って入力するように。とある期日までに入力しなかったら、アドセンスは停止する

と脅迫されてしまいました。

ぎゃあああー!どうしよう!

もともと郵便事情がほにゃららなブラジル。コロナ禍で、行方不明となる郵便も多数発生しているのに、ちゃんと地の果てブラジリアまで届くのだろうか?

アドセンス側は「発送してから3週間くらいかかります」としており。うあああ3週間もどうしよう、と毎日ブルーの日々。届かなかったら?

届きました。

2週間かかりませんでした。すごいぞGoogle!

さっそくわくわく、戦々恐々と開封。

「ひみつ」のところに大きく暗証番号が書かれていました

さて、アドセンスの管理画面に行って、いよいよPIN番号の登録。

ところが、登録画面に

「3回PINの入力に失敗したら、PINは失効します」

なあんて書いてあり。

ぎゃああー!システムエラーで認識してくれないとか、3回くらい十分ありえるんじゃね?

通信事情劣悪の途上国ブラジルで、一発必中の入力。「とー!」

一発で認証してくれました。

というわけで、再び安心して広告いろいろの画面を見ることができる日々に。

なあんて、一週間したら「PIN登録に失敗しました」なんてメールが来たりして?

やっぱり戦々恐々としながらすごすのでした。しくしく。

なお、HPに広告を載せることの本当の利点は、広告収入ではなく、世界中の(あるいは日本中の)大企業から無印の新進企業まで、「お前のサイトやブログは、うちの会社の広告を載せることができるしっかりしたブログだ」という意思表示をしていただいている、ということであり、つまり、ぼくのサイトは常識的で、公序良俗つまり善良な風俗や倫理に従っているよ!と認めていただいている、という点にあると思います。

これからも、楽しくてためになる、そんなサイト・ブログにしていきたいと努力しています。

HOOTERS。どきどき!わあああーい!

出展はhttps://www.atpress.ne.jp/news/182166

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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日本の食生活は本当に健康的か?味の素とコカ・コーラ

以前「不条理演劇」をお題に、現実世界から遊離した、全然脈絡のない小説を掲載してしまい。「猫機長、らりっているの?グレてるの?」なんて声が聞こえてきたので、今回は思い切り現代社会における生活がにじみでた、俗世そのもの、の内容でいってみます。

というわけで、サラリーマンと味の素、そして「命を救う薬用コカ・コーラ」のお話です。

さて、水が基調で、野菜や魚など新鮮な素材を多くつかっている和食は、動物性脂肪ギトギトで、新鮮とは言えない食材をソースや調味料でごまかす洋食に比べて健康的だ!というまあ常識的な主張から、へへんそんなことないよ、日本食なんて砂糖をめちゃくちゃ使うから生活習慣病まっしぐらだよ、なんてうがった意見まで千差万別ですが、実際のところ日本人の食生活に根差した2つの物品を抜きにして語ることはできないと思います。つまり「味の素(うま味調味料)とコカ・コーラ(関連飲料含む)」。

味の素。ひところは「石油製品だ、食べたら死ぬで」というような風評がたってしまい。分離精製法などについて大議論が起きたのち、結局は問題なしに落ち着いたようです。

ラーメンの守護神、味の素。

出展はhttps://www.ajinomoto.co.jp/aji/umami/

味の素の偉大なところは、本来多量のだしを何時間も煮込んだりとかしなければ取れなかった「うまみ」を「さっとひとふり」で実現できるところ。原料節約で地球環境の健康にはとてもいいとおもいます。ただし人造ダイヤと天然ダイヤが違うように、わかる人にはわかってしまうし、東南アジアのレストランのようにコップ山盛りの味の素を鍋にどばどば、とやってはさすがに健康にはよくないと思います。つまり、消費者側でもスマートな使い方が要求されるということですねーどうしても使っているうちに同じ量ではうまみを感じられなくなっていく傾向あり、気が付いたら大もりでドバドバ、とならないように「NOうまみ調味料デー」を設けるとか、あと緑茶のパッケージに「茶調味料(アミノ酸)=うま味調味料がはいっています」なんて書いていないやつを探しましょう。別に「茶調味料」が入っていてもそれでお茶の価値が落ちるというわけでもないですけど。ははは。。。

さてコカ・コーラ。こちらはコップ一杯に角砂糖何個分の砂糖が入っている、などと言われ、そういったことを理解したうえで賢く消費する必要あり。夏だ山だ海岸だ、というときに暑さに任せて浴びるように飲んでしまう、というのではダイエットもへったくれもないよねーという結果になってしまいます。

出展はhttp://www.sugarstacks.com/

では、コカ・コーラはやめた方がいいのか?実はそうとも言えない部分もあるのです。

以下とある在外日本企業のかわいそうな勤め人「Aさん」のお話し。

海外にいても日本企業に勤めていると、深夜までの飲み会など多く。

とある吉日、「業務外連絡」という形で飲み会の招待状つまり「業務命令としての強要のメール」を着信。これを書かされた人も命令されたことだし、書かせた人は定年退職しているので時効ということであまり加工せず転載します(オリジナルはAさんがどこかに保存しているらしい)。

「皆さま

おはようございます。

あと、二週間弱でブラジル主催のワールドカップが始まります。56年ぶりのブラジルワールドカップを祝うため、6月11日に前夜祭として、オフィス全員で飲み会を計画したいと思います。社長のご提案です。

場所は後日決定しますので、参加の可否ご連絡願います。否の回答は受け付けないので、悪しからず。」

さて、こういう飲み会がある日に限って、外部の来客アテンドなどで昼食時間を仕事で使ってしまうことがおおく。もちろん「Aさんは昼食時間外にのんびりご飯食べるの?」という別の「業務外指示」が来るので、自然と飯抜きになります。そんな日に飲み会で食う方はあまり入らないままに今度は夜遅くまでビールにだれだれが持ってきた焼酎に、さらにウイスキーだとちゃんぽんで飲んでゆくと、午前2時ごろ解散したときにはフラフラになり。冬になると深夜の気温6度なんてざらにあるので、おやおやというまに体がぶるぶると震えて止まらなくなってしまい、近くのアパートの軒下でうずくまっていたら、管理人さんが慌てて救急車を呼ぼうと電話したのですが、消防隊のほうはあっさり「それは寒さじゃなくて低血糖症だ、砂糖をたべなさい。別に救急車はいらないよ」とのこと。そこで登場したのがコカ・コーラで、たしかに震えが止まり。動けるようになった!それまで、生まれてからこのかたの思い出がぐるぐるめぐり、その中でさまよっていた意識も、はっきりと「お、アパートの庭のベンチにすわってるな」と現住所に戻され。管理人のおじさんありがとね、と元気が戻っているうちにすかさずおうちに帰りました、めでたしめでたし、とのこと。

つまり、コカ・コーラは砂糖いっぱいということが分かっていれば、それなりの飲みようがあるということである。薬用コカ・コーラなんちって。

Aさん談「死ぬかと思った」
 

ちなみに、Aさんの会社はわりかしホワイトで、ハラ踊りだの、ネクタイを頭に巻いてとか箸を鼻にさしてとかいうのは無しですんでおり、本気でほっとしているとのことでした。ぼくもそれを聞いてほっとしている一人です。

これが、大企業ほど?社員に「疑似家族」としてのつながりを求め、家族になるための通過儀礼だ!と伝統化しているらしい。

なぜこの通過儀礼が必要になるのかというと「人を楽しませるためにどれだけ努力したか」「どれだけ人前で普段は恥ずかしいという格好をさらすことができるか」という、「滅私奉公の視覚化」を進んでおこなうことができるかどうかがテストされているということである。

もちろん「人と楽しくコミュニケーションできる能力」は大切ですが、なぜ宴会の裸踊りでその能力を証明しなければならないのか?そして、「業務外連絡」「希望者はどうぞ」なんて言いながら、参加しないとどうなるか。

これって、戦時中の「特攻隊員選抜」とまったくおなじですよね。。。

「特攻希望者は一歩前へ」と言われて「みんな一緒に踏み出した」というか、踏み出すしかない状況に追い込まれていた、そんな戦争中の悪夢の雰囲気がいまだに残っていないでしょうか。

真面目に、死ぬことを躊躇して、つい一歩踏み出すのが遅れちゃった、という人が真っ先に特攻に送られたらしい。一方「すべて覚悟したうえで特攻を熱望した」人もいますが、「回天」というお題で別途記事にします。

 

 

一歩踏み出せた人もすぐには踏み出せなかった人も、戦闘機のりとしての技量は変わらず。特攻機も特攻援護の戦闘機も、レーダーで誘導されて雲の中(境目)から襲ってくるグラマンの大群に、目標の敵空母なんて見えないはるか遠くで、敢えなく撃墜されてしまうのでした。

ろくな訓練もさせずに、「希望する」「しない」という「業務外連絡」で上司に示す「恭順・協調性」などを基準として出撃させていたため、物量の差以前に、操縦者としての技量をクレバーに追求してきたアメリカ搭乗員に、簡単にやられてしまった。

付記:坂井三郎みたいな、本当に訓練された(訓練を受ける余裕のあった)老練な搭乗員は、特攻出撃してもなにげに戻ってきたりしています。こういう記録をみて、ぼくはほっとしている一人です。

脱線しました。本記事のお題に戻って、「日本食は健康的だが洋食はだめ」みたいなステレオタイプのおしきせはあまり意味がなく、各個人がいろいろな食べ物の特色や成分を自ら見極めるのが重要と理解します。

 産業革命後の地球では化学調味料とか人造の食品も必然であり、毛嫌いせずに上手に利用することが健康の秘訣と考えます。

(林 雄司・Webヤギの目編)
 

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長
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上手な絵、へたな絵。名作と駄作の違いとは

これまで数度西洋絵画や日本絵画についての記事を書いてきました。当初の目的は、くっきり違う西洋と日本の絵を比較することで、日本人の思考や行動について解明することだったのですが、絵そのものの探求が面白くなり。ちょくちょく今後書かせていただきます。

*なお、あくまで観賞する側のアプロ―チから、個人的な意見を勝手に書いているだけなので、専門的にはプロの人の絵画教室などでお勉強ください。ははは

さて、美術ってかなり主観性(Subjetivity)に左右される世界であり、主観のもたらすあやふやさが「みんなにわかりやすい評価」を困難にしています。

これが工業製品の場合、具体的な数値で「名作、駄作」が一目瞭然です。

例えば「零戦」

「1000馬力しかない低出力エンジンで、高度3000mまで3.5分以内、最高時速523キロ、2200㎞の航続距離」とか、1939年当時の技術ではありえない名作だ!と物理的に証明できます。

零戦の操縦席https://br.pinterest.com/pin/689332286686560735/

ちなみに、エンジンを2000馬力にすれば、零戦と同等の性能の飛行機がうじゃうじゃでてきます。これら2000馬力級の「駄作」とくらべれば、零戦がなぜ「名作」なのかがわかると思います。

絵画の場合はどうでしょうか。

これらの絵画で、名作はどれで駄作はどれでしょうか?と質問されたら、みなさん天使の表情で「ぜんぶ名作でーす」と即答するでしょう。

では、質問を変えてみます。

この絵は、なぜ名作なのでしょうか?

たちまちだれも答えられなくなってしまうのでした。ははは

なかなか有名なムンクさんの「叫び」。この絵が名作と言われるゆえんは?

というわけで、どんな判断基準があるのかをさぐってみます。

◎作画の技術:

画家の人が思い描くものをどこまで再現できるか。みなさん図工の時間で花瓶だのなんだのを写生したとき、似ても似つかない「抽象絵画」みたいになっちゃった、という記憶はないでしょうか。残念ながら、この場合の絵はアートでもなんでもなく、ただの「下手な絵」です。

というわけで、基礎は「ともかく画題を正確に描写できる技量」。絵画教室に行くと、「線を引きなさい、たくさんの線を」と言われて、最初は線と点(というか丸)と平面的なえんぴつ書きの練習がえんえんと続きます。でもまじめにやっていると、花瓶なら花瓶で「写真とまがう鉛筆画」が描ける技量が身に着いたりします。これが「うまい絵」です。油絵具だろうがアクリルだろうが、自在にこなす技量が必要である。この技量が歴然としており、見る人を震撼させるような絵が名作の一つの条件となります。ムンクの絵にしても、そもそも写真みたいに描ける画家が、あえてデフォルメしているのです。

*「プリミティビズム絵画」みたいに、あえて技量に制限されない表現を目指すなんてのもありますが、この記事ではあくまで基本一辺倒の直球勝負でいかせていただきます。

◎画面の鮮明度:「カドが立っているか」

西洋美術でよくあるお題「聖ギオルゲウスの竜退治」いってみます。

いうまでもなく、左はてきとーな絵、右がラファエロさんの名作です。

部分抜粋。左側の絵は、線画に原色を塗った「4色刷りマンガ?」の状態。右は多彩な色の混合とグラデーションによって人や馬、そして竜が「絵のなかからくっきり浮かび上がってきています」

びしっと人、物(動物含む)、背景が区別され浮かび上がるこの鮮烈鮮明、立体的なインパクトが見る人を圧倒するのです。陰影のない、6原色をそのままぺたっと平面的に塗りたくった、つまり「へたくそな」絵だと、なかなかそうはいきません。

ちなみに、ブラジルでは「竜はインフレのシンボル」で、狂乱インフレに苦しんだ歴史から、商店街のお店屋さんの壁などに、「聖ゲオルギウスが竜(インフレ)を退治している絵」がフツーに飾られていたりしました。左の絵は10ドルくらいで売られている大量生産、作者不明の「無印良品」です。

安物の大量生産だと、線画でなんとか輪郭を際立たせていますが、それこそ醤油のカドが立ったえぐいラーメン、あるいはへたな包丁さばきでネタのカドがぐちゃっと潰れた寿司みたいになってしまい。右のように、まろやかだけれどくっきりと色彩や輪郭が浮きあがり「ネタがびしっと切り立ったお寿司」みたいなのが名作なのではないかなーと思います。

カドの立った中トロ。出展はhttps://hitosara.com/0006079316/

*まろやかさをわざとぶち消した「フォーヴィズム」なんてのもある。

◎構図

いちおうおことわりしますが、ぼくは絵画から感性を排除する気は全くありません。でも、感性こそすべて、という人に限って感性なのかその場の気分なのかわからないままに漫然と絵をみて「感動した気になって終わり」という恐ろしい世界に落ちいってしまうと理解しています。まず理性に照らし合わせて、さらに理性を超える魂の世界に入る、ほうがよいと思っています。。。。

で構図ですが、3分割構図、対角線構図、三角構図、キアロスクーロ(レンブラント様式)、シメトリー構図、色による構図(補色、反対色など)その他無数にあり。いえることは、名作はこれらの無数のオプションから、選び抜かれた構図をもって「カドの立った寿司」みたいな切れ味を実現している、ということでしょうか。

ひらめきで一気に、ということもあるのでしょうが、多くの場合は何枚も何十枚もデッサンをかさねて、構図を考え抜いて。。。というのが名画を通じて伝わってくると思います。ちなみに、レオナルド・ダヴィンチは、本番の絵でも何度も何度も修正して書き上げたため、完成するのがめちゃくちゃ遅かったらしい。

究極のファッションのごとく、なにげにコーディネートしているけれど、細部まで鍛え(考え)抜かれ、選び抜かれた構成が自然にかつ魂の奥底に迫るインパクトで見るものを圧倒する、というところでしょうか。

*フォービズムや現代アートでは、この「優しさいっぱいの自然さ」を放棄してグロテスクなやつもある。

構図の例いくつか。

オランダに「集団肖像画」があり。「なんとか手工業ギルド」などの構成員を一堂に集めて記録した。町工場の社長や工員が一緒に記念撮影、みたいなものですねー、王様一人の国じゃないぞ!市民みんなの国だぞ!と主張していたらしい。

写真左も決して駄作ではないけれど、やっぱりたんなる集合写真ですよね。。。右が有名な「夜警」ですが、ちょっと構図をひねっただけでがらりと変わっています。この「ちょっと」つまり多すぎも少なすぎもしない絶妙なところが、世界の名画となるゆえんかもしれません。

ちなみに、「夜警」は間違いで昼の情景らしい。明るかった背景が、絵の具の劣化で黒くなっちゃったとのことです。

「米国ワールドカップにおけるベベト選手のゴール」があり。決勝進出をかけたすさまじいプレッシャーの中、なにげに地面を転がっていく一直線のシュートが、キーパーの指先10センチ、ゴールポストから10センチをかすめてゴールに。動画(外部リンク)ご覧ください。こういうなにげにふつーのシュートを打てる人が最高の芸術家かもしれん。

画像出展はhttps://internacional.estadao.com.br/

もう一つは、葛飾北斎。

出展:https://artscape.jp/study/art-achive/1205252_1983.htmlにおける引用:

『《神奈川沖浪裏》構図を読む 中村英樹『新・北斎万華鏡』参考』

この画像は引用の引用、という禁じ手ですが、これ以上構図というお題にぴったりのがなく。

さて、北斎さんが、考え抜いてこの構図を構築したのか?あるいはその場のノリで「自動書記」でやったら結果こうなったのか?本人に聞くことはできないのですが、緻密な構図になっています。日本画の場合は大首絵(上半身アップ)みたいな固定化した構図とか、犬図みたいな禅の世界(あっぱらぱ)も多いのですが、あっぱらぱに見えても名画は構図もしっかりしている、と思います。

大首絵。これも構図ですね。。。

大好きな「犬図」。これもむりやり構図にあてはめようとすると、なんと「日の丸構図」というのになるそうです。

◎弘法筆を選ばず、名画鑑賞者を選ばず

書道の達人は、どんな筆を使っても名作を残します。絵画も、本物の名作であれば、鑑賞者がヒッピーであろうが共産主義者であろうが、絵に目を止めた瞬間、画面の中に引き込まれるように迷い込んでしまいます。要するにそういう絵が名作であり、上記に書いた技術、立体度(鮮明さ)、構図すべての総合力です。

ムンクさんのようなオカルトな引き込み方もあれば、フェルメールさんの、なんてことない市民の日常ですがその日常の画面に迷い込んでしまう、というのもあります。フェルメールさんについては、別の記事にさせていただきます。

記事が長くなりました。いったんおしまいにして、またの機会に続けさせていただきます。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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お持ち帰り・テイクアウトの話

お持ち帰り・テイクアウトの話

昭和戦後世代として聞き捨てならない事件があったので掲載します。

大阪府堺市の定時制高校で、余った給食パンと牛乳を持ち帰ったとして男性教員が懲戒をくらい、あげく退職に追い込まれた、というニュースを聞きました。

開発途上国ブラジル在住の土着民からみれば、えええええ?日本はいつからそんな贅沢な、食い物を粗末にする国になったんだああああ????と驚愕、開いた口がふさがらなくなってしまいました。

確かにぼくが生まれたころは日本は豊かになっており(埼玉県も日本です。いちおう)。でも、「八百屋の鈴木さんは、満州からの引き上げで大変だったそうだ」「乾物屋の中曽根さんは、沖縄戦で家族を半分亡くしてしまったそうだ」「となりのみよちゃんのお父さんは、南方の島で餓死寸前になったそうだ」みたいな、食うや食わずの時代の残像が残像ではなくリアルに生きていた時代でした。

戦後の日本は、物資の有り余るアメリカから援助を受けて何とか復興できた

そういう昭和の日本から移民でブラジルへ、そして令和の今日にいたって聞くニュースがこれか?ううむ大丈夫か日本人?

この教師に賛成・反対かなり意見が分かれているらしい。反対派の意見は「もちかえりは禁止という規則を破ってはいかん」「衛生上の配慮がなっておらん」というのがあり。賛成派は「もったいないじゃないか持って帰って何が悪い」という感じ。

ちなみにニュース出展記事(MSN)では「4年の間に持ち帰ったパンは1002個、紙パック牛乳は4178本(いずれも本人による申告)で、本人の申し出により代金約31万円は返還された」とあります。

こまかいなあ。。。もちろん正確さは重要だけど、1002だの4178だのという数字にこだわる前に、食べ物が粗末にされていた(記事では「余っていた」)ことについての注意喚起や、解決策と言った面での議論、検討、提言が先ではないでしょうか。

参照した記事では、前向きな提言がぜんぜん見当たらないばかりか、細かい数字の羅列の後に、「教師が懲戒されました」に行ってしまい。

この「教師による代金返還」が最も懸念すべきねじれた(洗脳)措置だと考えます。

そもそもなぜ「パンと牛乳」があまるのか?ラクトース過敏症とかであれば、最初から申告し水だろうが別のものを配るようにすればいいだけの話であり、パンにしてもそんな食えないようなまずいものでも量が多すぎるわけでもなかろうに、と思ってしまいます。

個人差で食べきれない、という場合は「それこそ本人が持ち帰って後で食べましょう」。もちろん腐っちゃうなんて食べ物を冒涜するほど捨て置くようなまねはダメ!絶対!である。

これを育ちが良すぎる生徒たちが「まずい、食べられん」というのであれば、次善の策として先生が持ち帰るのは捨てるよりはずっといい。ぼくが教師だったら、喫食の前に「全員校庭3周!」で終わったころにはのどが渇き、腹もへり。水だろうが牛乳だろうがむさぼるように飲み、食う、となると思いますが(例えばの話です)。牛乳とパンですから、ガダルカナルやインパールのように泥水やヤモリとかを飲まされ、食わされることに比べどれほどごちそうか。

前谷惟光「ロボット三等兵」

そもそも規則が変である。ニュースによると

「文科省が設けた学校給食衛生管理基準に「パン等残食の児童生徒の持ち帰りは、衛生上の見地から、禁止することが望ましい」「パン、牛乳、おかず等の残品は、全てその日のうちに処分し、翌日に繰り越して使用しないこと」と明記されている。」

といかにももっともらしいことが書いてあるが、封を切ってしまったならともかく、パックのままのものを処分せい、と強要に至るストーリーがおかしい。本来は、残した奴が自分の責任で持ち帰り食中毒にならないうちにちゃんと食え、ということだと思います。

もしやっぱり食べられなかった、という場合にパン君ごめんなさい、という意味での代金返還も、本来は残した奴が払うべきである。

シベリアに抑留された人たち。重労働でろくな食料も与えられず、餓死者が続出。

「旧ソ連抑留画集」よりhttp://kiuchi.jpn.org/nobindex.htm

今回の一件は「本来重要であり、尊重すべきもの」が尊重されないままに「本来の解決とかけ離れた枝葉の対応にすりかえてお茶を濁している」ことが重大な問題だと理解します。

要するに、この件は「飯は大事だ。粗末にしないようにはどうすればいいか」という話なのに、なぜか「だれかに責任を負わせ、懲戒して解決したように見せかける」小役人根性まるだしの盲目的な規則の履行で済ませてしまっているところに、底知れない恐怖を感じます。

この一件のみならず、いろいろな課題について、問題の本質を見極めずに法律だの衛生だのと権威をかさに着た(泉)かりそめの対策でいかにも解決しましたみたいに思い込んでいないでしょうか。

「目的と手段」の混同とすり替えは、太平洋戦争での国民の絶筆に尽くせない犠牲を招いてしまいました。

これが日露戦争の場合「ロシアの勢力が満州以南に南進し、日本の独立を脅かすことを防ぐ」という明確な目的があり、同じく明確にロシア勢力の排除を狙っていた英国と日英同盟を組むことができ。明確な目的が確立してはじめて目的達成の手段として戦争を開始し、目的達成が明確になってきた奉天会戦・日本海海戦あたりで「これ以上やったら日本自身の国力がつづかない」とさっさと講和に進むことができました。

「大東亜戦争」の場合、「南方資源の確保」なのか「東アジア新秩序の確立(なんじゃいそりゃ?)」なのか、どこまで戦争してどこで終わらせるかという段取りがないままとにかく戦争という手段を強行してしまったため、南方地域を確保したら今度はオーストラリア攻略だなどと際限もなく構想が膨らんでいくかと思えば、ガダルカナル、サイパンと圧倒的劣勢が明確になっても講和できず、ずるずると原爆投下・無条件降伏まで事態を悪化させてしまった。

この「目的と手段の混同とすり替え」については別記事で「零戦とグラマンの残念な比較」について記載し「世界一スマートな技術の結晶であるゼロ戦」が「プレファブの濫造品グラマン」にバタバタ落とされたという全くスマートでない結果に終わってしまったことについて考察しましたのでそちらもご覧いただけますと幸いです。

そして最後に。。。

牛乳はダメだろうけれど、せめてパンが一週間はもつのだったら。。。余ったパンを集めて、逆境を生き抜いているシリアや北朝鮮の児童に定期的に送るとかはできないのかなー、とかおもったりしています。悲しいな。。。

終戦前後。逆境に負けず耐え抜く少年。

https://www.asahi.com/articles/ASK877VJMK87PITB00V.html

 

Posted by 猫機長
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成果主義の企業は潰れる

成果主義の企業は潰れる

成果主義、能力主義が叫ばれて久しいですが、依然として日本株式会社の企業たちは「先進国最低の生産性」というレッテルを外すことができず。

こう書くと、「年功序列などの古いしきたりが残っているから成果主義になれないんだ」というコメントがでてきますが、実は、さらに重大な理由があるのです。

成果主義とは、企業が生きていくための利益すなわち成果を出すために誰がどの程度貢献したかを計測し、その貢献度合いに従って企業内における待遇を決定していく経営方法であり、その成否は成果そのものの設定(零戦)つまり企業にとって何が成果かということの明確化と、社員がどれだけスマートに貢献したかによって決定されます。

貢献という言葉がくせもの。「スマートに」は「効率的に、効果的に、実利的に」という意味ですが、つい「年功序列と代替できる手っ取り早いスマートさを創作してしまう」から成果主義の取り組みに失敗するのです。

たとえば「効率的」について。

がんらいの日本株式会社は、慶応出だろうが早大出であろうがはたまた防衛大出であろうが、新卒をじっぱひとからげに採用して、初年兵すなわち新人はお茶くみに宴会のビール継ぎ、コピー取りにカラオケ大会の使役兵じゃなかった雑用係、そうして会社のしきたりを学び(学べない人は電車に飛び込んだりして消え去る(カエル))、2年目3年目くらいから会社の各部署におけるエキスパートとなっていくが、業務は大学で学んだ科目とはほど遠い内容でした、という効率性もへったくれもない封建的なやり方なので、「成果主義だぞー」と学歴不問、会社の事業成果に直結する分野の若者のみ採用し、出社初日から専門分野の能力発揮を要求する会社が出始め。といっても最初は先輩についてオンザジョブトレーニングですが、飲み会やカラオケという「教育」ではないことに留意ください。これで成果が出せればOK、でなければ「ハイそれまでヨ」さようならと解雇、というふうに変革した企業が生まれ始めました(極論です)。

ハイそれまでヨ(©東宝)

https://www.youtube.com/watch?v=94lJKBmo74c

で、生産性躍進したかというと、実はそうでもない。なにが問題になっているのでしょうか。

それは、ずばり!「競争にとらわれ、協調が達成されてないから」です。

効率化、効果的、実利的、というと、つい「あのやりかたは効率的でないからダメ」という切り捨て思考に陥ってしまいます。もちろん選択と集中は大切ですが、一歩間違えると単に『効率化している』という満足のためだけに本来ありうる多数の選択肢を自分から切り捨てているということになってしまうので気を付ける必要あり。

たとえば、ITサービス企業にとって、大卒であれば芸術学部であろうが体育学部であろうがじっぱひとからげ、というのではなく、学歴問わずデジタル技術を知っている人を選んで採用する、というのは効率化です。でもデジタル部門の経歴だけで競争し雇用しようとすると、マイナス思考に陥ってしまいます。デジタル強者だけを雇って純粋培養という思考が危険なのです。

ううむわかりやすい例がないかな、たとえば、個人事業主(ラーメン屋さん、花屋さんなど)向けの広報サイトを作成する会社があったとします。そこそこ業績はあるが、いまいちお客さんからのフィードバックが?と伸び悩んでいたそんなある日、なんのはずみか、全然IT知識のない70過ぎのじっさまが派遣で入ってきた。

ラーメン屋さん。お客さんを呼びこむHPとは?

そのじっさまは、定年まではそれなりの大企業にいたらしいが、「いやいや妻の介護でお金が必要になりまして。。。」なんてとても低姿勢で人当たりが良いので、いつの間にか若い人たちに慕われ、仕事ではなく生活の悩みの知恵袋になりました。ははは

で、若い人のほうでも仕事というより雑談レベルで「こんなふうにやるんですよ」とじっさまに伝える(教える)ようになり。じっさまもまじめに「へえへえこうすればぐーぐるの検索ページであのパン屋さんのキャッチコピーが表示されるんですね①」「じゃあ、キャッチコピーはこんな言葉を使って、これぐらいの大きさにすればいいんですね②」などと勉強している。

これをみた社長が

「ああああ!そういうことだったのか!」と驚愕し。

つまり①は「スぺニット」のことであり②は「SEOコメント」のことだったのです。

IT強者の若者軍団で構成された会社だったので、IT弱者のパン屋さんや花屋さんのHPを作成するにあたり「①いろいろな検索エンジンで貴社の情報が一目でわかるようにスぺニットを作成し」「②SEO対策を万全にしてインデックスを確実に、検索エンジンで上位を狙いましょう」などと手取り足取り説明するのですが、悲しいかなパン屋さんの方は「すぺにっと?SEO??いんでっくす???」とちんぷんかんぷんになってしまい。もちろん業者も相手が初心者なのは重々承知しているので、親切に「スぺニットとは、検索エンジンによる検索結果の一部として表示される、Webページの要約文のことです(Weblioより)」などと説明するのですが、果たして皆さん理解できたでしょうか?はははは。。。。

ぼくのサイトのスぺニットはこんな感じ。

ぜひお友達とかにも教えてあげてくださいね(^▽^)

そこでじっさまが登場。実業界の修羅場を生き抜いて、お客さんにどんな言葉で説明したらよいのかを知りぬいているじっさまは、若者がスぺニットの存在を教えただけで、そのスぺニットが何かはともかく、何のためにあり、どう使い、どんな言葉をどれだけ入れればパン屋さんなどの集客になるのか無意識ながらも見抜き、「キャッチコピーはこうすればいいんですね」と逆に効果的なスぺニットの作成を若者に提案していたのです。

社長は、パン屋さんなどお客さんとのHPデザイン他交渉の場に必ずじっさまを同席させることに決定。その結果、若者の出す技術提案がしっかりお客さんに伝わるようになり、若者の提示するITという手段と、じっさまが通訳ないしお客さんからひきだすキャッチコピーというサブスタンスがうまく合体するようになり、成果倍増となりました。めでたしめでたし。

つまり、会社としてはスマートだったけれど、お客さんのほうへのリーチ(味割の術)ができていなかったのです。成果主義であるがために、デジタル強者の社員同士で先端技術・知識の披露合戦というか血も涙もない数値獲得の競争になってしまい、お客さんを含むデジタル弱者に目が届かない、社員同士で足を引っ張り合う(洗脳)マイナス思考にとらわれてしまったのでした。ここでIT弱者のじっさまという、一見スマートさとは関係ないメンバーが入ってきましたが、実は何より重要な集客能力を持っている人だったので、デジタル強者のだれよりも会社に貢献することができたのでした。

成果主義は可視的な数値・記号を作ろうとするあまり、見栄えの良い成果もどきを作れる人が強者となり、でもそれは会社の存続には貢献しなかったりします。

もちろん、飲み会だカラオケだで「面白いやつ、気が利くやつ」とお覚えめでたく出世などという次元からは卒業が必要(洗脳)ですが、一方「数字で報酬や進退を決めてしまう成果主義ごっこ」ではなく、多文化共生、それぞれのメンバーがのびのび個性を発揮し補完しあう(Finalcial7b)会社への進化が必要。そのためにはまず「脱・会社人間(ベーシックインカム)」ですね。教養・趣味・副業と言った「本業外の知見」が本業を成立させる、そんな世界になっていくと理解します。

ではでは。。。

多文化共生:映画「おはようラモン」より

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ハンター・キラー作戦による新型コロナの撃滅

ハンター・キラー作戦による新型コロナの撃滅

新型、というだけあって得体の知れないCOVID19。しかし、その特性は少しづつ解明されています。

新型コロナの病理面というかでの特色は

◎意外と患者をえりごのみすること。持病持ち、老齢者、肥満の人、男性など。

◎一方、感染しても大多数は軽微で済むのに、全然リスクグループでない人、軽症の人でも突然悪化して死亡というケースがあること。

などあり。

突然悪化のケースについては「サイトカインストーム」の記事で書いたのでそちらをご参照ください。

研究が進むに従い、重要なポイントが明らかになり。同じ新型コロナウイルスが人によってまちまちな凶悪度を発揮するという謎の解明に、リスクグループでの一つの共通した傾向をもたらしている、「ある存在」が重要であることがわかってきました。

その名は「T細胞」

免疫細胞であり、リンパ球の一種です。実はワクチンとか以前に誰でも持っている細胞である。全身免疫の重要なアクターです。

だれにでも「全身免疫」というのがあり。全身免疫は「自然免疫」と「獲得免疫」にわかれるらしい。

自然免疫は、日々空気や食べ物などにくっついてくるバイ菌などを見つけてやっつけている免疫で、自動的に体が生産し続け、この免疫により、体によくねーやと判断された外部からの侵入物質は「マクロファージ」つまり食べちゃうことで消滅させています。日常的にはこれで十分らしいが、自然免疫は解毒力というかはあまり強くなく、かつ「新型」と名の付くような「見たこともない」ばい菌やウイルスは、識別できずに素通りしてしまいます。

素通りした悪いばい菌は内臓などで悪さを始め、病気を引き起こします。

ここで今度は「獲得免疫」の出番になります。

炎症・損傷した身体細胞を獲得免疫が発見し、悪さをしているばい菌をやっつける。

新型コロナをやっつけるには、この獲得免疫が重要である。

ここで心強い情報が2つ。

一つは、獲得免疫も、人間が本来持っているもので、薬をのむだの注射するだの体外から注入しなくてもよいというものであること。

もう一つは、獲得免疫は「交差反応」といって、例えば「ただの風邪」で獲得された免疫が「新型コロナ」でも活躍しているのではないか、という希望が見えていることです。

この辺が、感染しているのに全然発症しないですんじゃう人が大多数、という謎に対する回答かもしれないそうです。

つまり、獲得免疫機能の強い人(というか普通以上の人)は重症化リスクはすくなく。

では、獲得免疫機能のつよい弱いは、どうやって決まるのか?新型コロナ対策のアプローチでキーとなるのが「T細胞」ということだそうです。

というわけでやっとT細胞に帰ってきました。

上記で出てきたリスクグループの人は、共通してT細胞の減少がみられているらしい。T細胞を適正に生成・生産できる人は重症化しないですみ。適正というのは、T細胞の増減などがサイトカインストームという恐ろしい現象を引きこす因子となっているかどうか調査中のためだそうです。

つまり、T細胞の作用メカニズムをいかに新型コロナ対策に生かすか、言い換えれば、いかに新型コロナウイルスを攻撃するようT細胞を「教育」するかが、今後決定的な重要性を持つかもしれん、という状況になっています。

そして、T細胞は「グラマンみたいな免疫細胞だぞ」という作用メカニズムが解明されています。ということで、とっぴですが飛行機ネタで説明します。

(ここに書いているのは、コロナ禍を生きのびるために必死にネットサーフィンお勉強して得た知識ですが、ぼくは飛行士ではあってもお医者さんではないので、ぼくなりに説明できる方法で提示させていただきます。。。。)

さてグラマンは、先の戦争で日本を攻撃した悪いやつですが、戦争が終わってから自衛隊で使われるようになり。文字通り「昨日の敵は今日の友」になったのでした。

戦後の日本にとってともかく怖かったのがソ連。満州や樺太を分捕られ、アメリカがいなかったら北海道も取られていたかもしれん。その恐ろしいソ連を力づくで押さえていたのが米の機動部隊つまり空母をはじめとした軍事力でした。

ところが、世界最強のアメリカ空母を脅かす恐ろしい兵器をソ連が増強し始め。いわば新型コロナとスペイン風邪とエボラが一緒になって襲いかかってきたような脅威がうまれます。

その名も「潜水艦」。水面下に隠れて空母越しにアメリカだろうが日本だろうが核ミサイルの雨を降らされては大変、とアメリカも対策を始めます。

そこで登場するのがグラマン。戦闘機ではなく雷撃機の方です。自然免疫じゃなかった通常の航空兵力では見つけられず素通りしてしまう水面下の潜水艦を、レーダーという装置によって探知する能力を獲得しました。ただ空母から飛び立つ飛行機では大きさ・重さに限りがあり、レーダーを積んで潜水艦の発見と攻撃の組み立て、オリエンテーションに特化した「ハンター」と、爆雷を積んでハンターの指示通りに潜水艦をやっつける「キラー」の2種を製造しました。

左が「ハンター」でぼこっと突き出たお腹にレーダーが入っています。

右が「キラー」です。

飛行機マニアのひとはご存知と思いますが、この2種を合体して大航続距離を持たせ、陸上から飛び立つ四発大型機にしたのがP3C哨戒機で、中東での海賊対策などPKOほかで有名になっています。最近は川崎航空機が日本製のP1哨戒機を開発しています。

でT細胞ですが、こちらも「ヘルパー」と「キラー」に分かれており、グラマンの役割分担とだいたい同じになっている。実はB細胞というもう一つ重要なのと、みつどもえで作用しているらしいが、飛行機ネタと合わなくなるので無視します。ははは

新型コロナ対策では、サイトカインストームの重要因子であるIL6ポンプとともに、キラーT細胞が重要なカギを握っているらしい。

さて、物知りになったのはいいが、その知識を応用して新型コロナを抑制するステップがまだ残っており。どうやってT細胞の「適正な生成」を達成するのか?薬か?ワクチンか?

いえいえ、実は普段の生活習慣が大きな効果をもたらすらしい。

これまでに書いた通り、T細胞は自然に人体に備わった防御システムである。つまり、このシステムが十二分に発揮できるように体を調律できれば、それだけで新型コロナに対して「勝負あった」つまり勝勢にもってゆくことができるということである。

そのためには

◎バランスの良い食生活。発酵食品がよいらしい。納豆、ヨーグルト、みそなど。世界のリーダーも食生活には気を配っており。トランプ大統領やエリザベス女王も納豆を食べているかもしれん。

◎適度な運動。でもしすぎはだめらしい。

◎笑顔。ストレスをためない(洗脳)こと。深夜まで飲み会で「しゃちょうー!そうですねー!」なんてやめましょう。Zoom飲み会でやらざるをえないこともあるかもしれませんが。

◎手洗い。マスク。玄関で靴を脱ぐ日本の文化が新型コロナウイルスの家屋内浸入を防いでいるという説もあり。

要するに、普段の生活における対策がいかに重要かということですね。。。。

これまでコロナ関連記事では、「隠れた凶暴性」だの「思ったより凶悪だった」だの、暗い話題ばっかりだったのですが、普段からの自然な体力で「交差反応」などコロナをやっつけうるぞ、となんとか明るい記事が書けました。

これまで日曜はコロナ速報、水曜がほんらいのブログ更新だったのですが、コロナも情報がだいたい出そろったので、次からはコロナや飛行機、投資情報やスピリチュアルとりまぜ日曜更新、週一のペースに戻ります。

P3C哨戒機(出展:https://www.khi.co.jp/mobility/aero/aircraft/p_3c.html)

ではでは。。。。

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不動産投資の成功を決める立地。「味割の奥義」とは

不動産投資の成功を決める立地。「味割の奥義」とは

以前の記事で「失敗しない不動産投資」のためには「1に立地2に立地、3,4がなくて5が立地」と書きました。

一方、立地の良しあしを決めるのは「味割の術」だー!とかなり強引に終わってしまったので、今回で説明します。

「味割」は奥義なので、その前の「表の技」現代ふうに言えば表面に現れる一般的なポイントから入る必要があります。

これらのポイントを説明するテキストは、実は「不動産と立地」とぐぐればすぐに出てきます。こんな感じ

◎不動産投資は立地がすべてと言われる理由

◎不動産投資「失敗しない立地」を見極めるコツ

◎マンション経営は立地が9割

などなど。

そして、これらの見出しを持つ記事における「立地の構成要素」は

▽駅からの距離:徒歩X分以内。X+α分で家賃や元本価格はこう減少する、なんてグラフや数値を記載したサイトまであり。

▽商業等施設が近くにあること:これもスーパー、コンビニ、コインランドリー、薬局、学校、病院。。。。と果てしないリストが続き。また、刑務所などが近くにあると減点などこれも精密そのものの分析がなされているようです。

▽騒音がない。「閑静な住宅街が最高」ということでしょうか。いろいろなサイトで「治安の良さ」がここに含まれるようです。

あとひねったのには

▽女性受けのする地区は資産価値の高くなる物件がおおい。なぜなら、商業施設などおしゃれでサービスの良いのが集まり、地区そのものの価値が上がるからだ、

なんてのもあり。

これらはすべて事実です。

というわけで、「よーし上の条件すべてを満たしたタワーマンションを買って賃貸に回すぞー」とやってしまい、あわれ入居率が全然低い割にはメンテナンスコストばかりかかって、損害ばかりになりたたき売って損切り、なんてケースも少なからずあり。

あれれ、レファレンスとなるメディアがこぞって書いているポイントのとおりやったのに、なぜ失敗してしまうんだー!という人が後を絶たないと思います。

理由は実は簡単で「一般論をマニュアル通りになぞっているだけ」だからです。

一般論ですが重要・不可欠なポイントであり、これらが欠けては成功は遠のく、というのは紛れもない事実ではあるですが、単にこれらを表面的にクリアしているだけではだめですよ。その裏にさらに核心に触れる要素があり、これを満たさないとうまくいきませんよ、ということなのです。

核心に触れる要素、ということで、やっと奥義に入ることができました。

全てマニュアル通り、景観も治安も利便性も申し分ないタワマンに投資しても、入居者がすぐいなくなっちゃうだの、なぜ失敗するのか?「タワマンなんてこりごりだー」という元入居者に聞いてみましょう。

いわく:

景観:一日中眺めるものでもなし。すぐに慣れちゃった。景観なんてなくても生きていける。

利便性:駅前5分というのはよかった。でも、こないだの地震で停電してしまい。X階から階段で上り下り。地獄の体力訓練になっちゃった。パーテイールームとか、実は使いもしないのに共益費として莫大な出費がかかるものもあるんです。

スペックに出てこない欠点:それでも低い階に住んでいたから、階段はなんとかなった。でも、なぜか低い階の住人は高い階の人に差別されているんです。。。。。

などなど。特に「スペックに出てこない欠点」に注目してください。

一方、駅前、と言ってもひなびた路面電車の駅前にあるこれまたひなびた中華屋さんのお店の家主さん。20年来滞納知らずの大成功、といったケースを探ってみます。

いわく

うちの店子さんは、たいしてうまくもないぐったりしたラーメンしかない中華屋さんなんだけど、大将とおかみさんがなんかのほほーと気楽に適当に経営していて、そこに行く人は一見さんだろうが常連だろうがなんか居るだけで安心してしまい。なんか幸せだなーの雰囲気があるので思わず通っていたら20年の常連になっちゃた、と大家さん自ら店子さんのお客さんになっちゃったらしい。

これが奥義です。

つまり、失敗するのは、投資する側、賃貸をオファーする側の視点でしかアプローチができていないため、入居者同士で差別してギスギスするような物件を買ってしまうのです。

うまくいく物件の最大の要素は「住んだ人が幸せだなーとなるかどうか」です。ひなびた中華屋でも、そこにほわほわと人が集まり、家賃以上の利益が継続的に発生していれば20年でも30年でも継続して維持発展してゆくのです。

つまり、不動産投資の成否を決するのは、貸す側、オファーする側ではなく、借りる側、お客さんにあったのです。

お客さんのニーズを常時的確に満たす技術のことを「味割の術」と言います。料理人の世界の言葉で、お客さんの好みを一瞬で察知し、お客さんが幸せだなーとなる料理を出す技術のことです。

おいしいだけでは足りないのです。言い方を変えれば、たいしておいしくなくても(まずいのはだめ)、幸せだなーとお客さんが来てくれるようになればそれでよいのです。

ひなびた物件ですが、居住用に購入し、その後賃貸に回し、

最後は売却。資産1億の達成に貢献しました(分譲個室)

同じように賃貸マンション投資でも、表面だけ立地が良いように見えても、住む人が不幸を感じるような住居では借りる人がいなくなってしまいます。お化け屋敷じゃ住む人はいないけれど、多少ひなびていても、かえって安心だなー、と人が集まってくるような物件を見つける必要があるのです。

さて、「幸せ」という、つかみどころのない恐ろしい言葉が出てきてしまいました。幸せなんて人それぞれじゃないの?「住んだ人が幸せになる」なんてそんな物件はどうやって見つけたらいいんだー!

そうなのです。結局、幸福ってなんだ?という所に行き付いてしまうのです。

でも、ちゃんと「だれにでも通用する幸福の定義」を提示してくれている人たちがいます。姓名判断の学派の人たちです(浅野派、かと思ったら現在は樹門流という人たちが提唱しているようです)。

占い師なので、幸せになる、ならないを見極めるのが仕事。その基本の基本が「どんなお客さんにも通用する幸せの定義」で、

―健康

―お金

―愛情(友情や人間関係含む)

この3つということだそうです。

お客さんによっては「友達なんていらない、お金が欲しい」という人もいるらしく、そういう人生を歩む姓名を編み出して改名ないしは命名(赤ちゃん)を勧めるらしい。信じるかどうかはその人次第。

つまり、不動産投資で成功するためには、幸不幸とは何か、そしてそれを決する運命とは?という恐ろしく定性的なファクターについて考察する必要があるのですが、上記のとおりそういうことを専門にした学問がすでに存在しています。

すなわち西洋占星術であったり、紫微斗数であったり。

いかがわしい占い、ととらえるのではなく、幸不幸の解明・説明・定義、そして千差万別な人々の性格や資質を分析した恐るべきビッグデータとしてとらえるべきと理解(でもかえって占い師の人は嫌がるとらえ方かもしれません。ははは)。

そして、その解明・説明・分析手法は不動産の購入にも参考になると理解します。

でもこの話はまた別にします。とりあえずは料理人の「味割の術」についての記事を読んでいただき「お客さんのニーズを的確につかむ」不動産の投資のご参考にしていただければ、ということで今回終わりにします。

現物不動産やリートによるインカムゲインで飛行機用のハンガー(格納庫)

を購入。別荘としても使っています。

ではでは。。。

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12歳:日本人の精神年齢

12歳:日本人の精神年齢

戦時中、「汝の敵日本を知れ」と米軍は日本人の民族的、個人的な性質を研究し、その結果「12歳の少年である」という結論を得たらしい。

しかし、ここで注意いただきたいのは、12歳という言葉は理解と称賛の言葉ではあっても決して侮蔑や非難の言葉ではないということです。

最近のネットを見ていると、12歳イコール智慧遅れ、と短絡的に侮蔑の言葉ととらえ激昂している人たちがいますが、当時どんな意味で使われたのかを考えたうえで判断することが必要だと思います。

例えばぼくの母の世代は空襲を逃げまどったり、少年兵になるかならないか?で終戦、生き残った人たちが多いですが、そういう人たちいわく「ほんとうにマッカーサーの言うとおり12歳だったねー、ははは(十牛図)」と懐かしんでいます。

では、当時「12歳」とはどういう意味だったのか。「真相はこうだ」

「神国日本は米英帝国主義から日本と東洋を守るため正義の大戦争に突入した。日本人は勝利の日まで粉骨砕身努力せよ。義は山よりもなお重く、死は鴻毛より軽いと覚悟せよ」と言われて育った軍国少年たちは、この言葉を疑いのない真実と信じ切っていました(ここでは「真実であるかどうか」は議論しません)。当時農婦だった女性に「出征兵士が出陣するときは、本当に歓喜の声で送ってねー」というコメントもあり(出展は「家の光」)。

田川水泡著「のらくろ決死隊」

こうした出征兵士が、どのようにアメリカに映ったのでしょうか。

バンザイ突撃、サイパンなど民間人を含んだ自決や投降拒否、ついには特攻など、西洋人の常識では理解できない行動に走る日本人の、ドイツを含めた欧米人とはかけ離れた思考を解読した結果

◎神国日本、粉骨砕身、正義の大戦争、といったキャッチコピーを信じ切り、その達成に超人的な努力を惜しまない素直さ、敢闘力。

◎一方で降伏しか意味をなさなくなった状態で自決、バンザイ突撃、はては特攻など、人間として再重要である生命を簡単に放棄する浅はかさ。

が同居していることを発見。

その結果「燃えるような情熱と、正義感を発達させているが、その代償にしてもよいものと良くないもの(生命)の見分けがつかない程度の知能の発達状況」したがって「精神年齢12歳」となった。

やっぱり「知能の発達しきっていない」という侮蔑じゃないかー!と怒る前に、欧米人自身の自己採点はというと。

日本人に慕われたマッカーサー。「マッカーサーの命令により立小便を禁ずる」

と立札を立てたら、周辺一帯が本当にお◎っこ臭くなくなったといううわさもあり。

まずドイツ人については「民主主義、人権、博愛、暴力、虐待」といった見識を十分わきまえ、ワイマールなどで民主体制を体現し知り尽くしていながら、ユダヤ虐待など基本的な倫理を踏みにじる行為を行い、最後は「ヒットラーの扇動にだまされた」と言い逃れしている、とまさに侮蔑そのもの評価を下し、「45歳の成人だ。弁解の余地はない」ととどめを刺しています。

つまり、ここでの「12歳」は、アメリカ・イギリスでさえ持ちえなかった「日本人の純朴、素直さ」のことであり、この対局に位置する「ドイツのずる賢さ」を「45歳」と憎しみを込めて言っているのです。

さらに重要なのは、この「45歳」の意味として、単にドイツ人を侮蔑するというためではなく、ナチスをスケープゴートにしているドイツ人が、実はそのままドイツ人を悪者にして自己弁護しようとしているアメリカ・イギリス人たち自身のことでもあることをマッカーサーはじめ英米の人たちは熟知している、ということです。

太平洋戦争(純朴な日本人から見れば「大東亜戦争」)において、特攻で死亡した人たちは4000名前後とされています。(以後人数はおおむねWikipediaから引用)

大日本帝国の第二次大戦時における戦死者数は2,120,000名に上っています。

特攻なんて外道だ、そんな命令を下す奴の気が知れない、という批判があり、僕もそう思う一人ですが、そういった命令により「罪もないのに死刑執行にされた」という人たちは総戦死者数の0.18%に幸いながらとどまっています。

アメリカの総戦死者数は416,800名、対独爆撃で死亡した米国搭乗員は8万人、つまり、対独爆撃だけで総戦死者数の5分の1(20%)に上っています。

この事実の意味を米英の人たちは十分わかっており。

特攻隊は「水盃に紙の飛行帽、万一死ねずに戻ってくれば振武寮(一種の刑務所)で虐待」。

でも4000名ですみました。それでも多すぎますが。。。。

B17の搭乗員は、防弾装置万全の「空の要塞」に、サンドイッチなどたくさん積んで、撃墜されてもパラシュート脱出。ゲリラやレジスタンスが保護して中立国まで送ってくれる地下組織があり。海上であれば要所要所に潜水艦や飛行艇が待っている。もちろんエンジン不調などで戻ってもよいし、捕虜になるのも名誉のうち、という至れり尽くせりの人道的な配慮がなされていました。

でも8万人が死にました。

この差は何を意味しているのでしょうか。

ドイツ爆撃における爆撃機の損耗率は出撃機数の3分の1にのぼり、つまり、出撃ごとに3人に一人が「死刑執行になる」計算である。もちろん、搭乗員から見れば「必ず死ね」の特攻とは天と地の差がありますが、命令する側から見れば「いちおう安全策は取っています、後は個人の運ですね♪」とこうした作戦を繰り返し行っていたのです。(出展:ドイツ空襲は”地獄への急行便”/北山敏和の鉄道いまむかし)

その結果が8万人。イギリス爆撃隊を加えると倍になるそうです。

用兵者として、どちらが残酷なのでしょうか。日本は残酷、は当たり前ながら、アメリカは人道的だといえるのでしょうか。殺すと知っていながら、安全策を隠れ蓑にして「3人に1人」の賭けを搭乗者に強いた「45歳の狡猾な成人」だということを自分自身が良く分かっているのだと思います。

搭乗員はこの「巧妙な人道詐称のトリック(洗脳)」を見抜いており。連合軍(イギリス空軍)爆撃機運用の最高責任者アーサー・ハリス卿を「殺し屋ハリス」とあだ名していたらしい。

アーサー・ハリス卿。イギリスの切手

それでも率先して出撃していった。「いちおう人道配慮されたアメリカ」「死んじまえの特攻日本」ともに勇気の面では優劣つけがたいと理解します。そして上層部の愚劣さも程度問題でたいして変わらない ― 占領軍の総指揮官であるマッカーサーは、自分を慕って平和と復興に協力してくれた日本人に対し「45歳のひけめ」を感じていたのではないのでしょうか。「12歳」発言には、こうした戦中・戦後のそれぞれの当事者諸国の人々の本音がまじりあって、賞賛の意味合いがこもっているのだと思っています。

前谷惟光「ロボット三等兵」

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零戦に見る仕事のスマート化必勝法②

零戦に見る仕事のスマート化必勝法②

前回では、零戦がスマートさの世界的なリファレンス(見本)であることを書きました。今回は、そのスマートさこそが実は大日本帝国を滅亡に追いやった元凶であり、実は全然スマートではなかったことを記載します。

零戦は、非力なエンジンしかない日本が世界一の性能を出すため、徹底的に機体性能を引き出すしかなくなり。そのため細部の精密さにこだわった設計となったが、製造段階において当時の工業技術ではこの細かいデイテールを1機1機全く同じに再現できないので、例えばフィレットなど生産の段階で熟練工が各個体の状況に合わせて最適な形に引き伸ばしていたと言います(この辺は隼とかもおなじらしい)。→ここまでは前回のおさらい。

隼のフィレット
で、今回の内容に入りますが、そもそも、大量生産が前提の小型戦闘機で「1機1機で完全に同じものを作れない精密さ・複雑さ」というものを求めたところからつまづき始め。主翼の構造材にしても「1グラムでも軽く、しかし空中戦には強く」とやってしまったため、結局は複雑な配置に本数、「作りにくい小骨があちこちにランダムで発生し」量産以前に1機でさえとても生産しにくい飛行機になってしまいました。

当時の日本の生産インフラでは、飛行機組み立て工場に滑走路がなく、いったん組みあがりかけた零戦をバラして馬車に乗せて納品先まで運んだ、というから泣きます。その馬車が「牛と同じに強くおとなしく、馬と同じに早く運べる」ペルシュロン馬としたのがこれまた悲しい日本のスマートさですね、ははは、しくしく。。。。

こうして日本株式会社では末端の労働者が終電ぎりぎりの深夜まで働き、驚異の生産1万機を達成しました。でも「週末(Blog34)はバーベキュー」のアメリカ労働者が自動化された工場で楽ちん!に生産したグラマンF6Fの1万2千機に及ばなかったりします。

このへんで「本当のスマートさってなに?」が浮き彫りになってくると思います。

グラマンの場合、フィレットはロボットが自動整形して、日本のように熟練労働者が1機1機機体の個性に合わせてとんかんとんかんしないで済んだ、ということでしょうか。いえいえ、グラマンの場合、そもそも「フィレットなんて必要ない設計」になっていたのです。

機首から見てみれば一目瞭然ですが

フィレット、日本語で整流覆いとは、翼と胴体の取り付け角が鋭角(90度以下)になった場合、翼をもごうとする乱気流が発生するのを防ぐしかけであり。グラマンのように取り付け角が90度以上の場合は、そもそも必要がないのです。こうしてグラマンは資材、工程、労働などの劇的な節約に成功しました。

ちなみに零戦やスピットファイア(Financial1.7ª)など、当時の戦闘機がほとんど低翼なのは、フィレットが必要になったとしても車輪の格納の都合や、パイロットの視界を遮る翼をなるべくコクピットから離したい、というのが理由です。この場合でもグラマンF6Fは胴体の断面を縦長に設計して、低翼と変わらないぐらい翼をコクピットから離し、でも中翼と同じぐらいの取り付け角を実現しています。ちなみに、こうゆう配置を「中低翼」と呼んでいます。

つまり、零戦は「飛行機固体としてのスマートさ」は世界に比類のない「芸術品のような」飛行機になりました。問題は「芸術品でボコりボコられる戦争に勝てる」と思い込んだ戦争指導部の全くスマートとは逆の無能な用兵にあったのです。

アメリカの場合「戦争に勝つにはいかに多数の武器(機銃)を戦場(空)に持って行き、弾薬(銃弾や爆弾)を思う存分バラ撒いて、かつ無事に帰れるか」に尽きることを知っており。初速抜群、一分当たりばらまける弾数が驚異的なブローニング機関銃をグラマン1機当たり六丁しつらえて圧倒的機数を投入しました。零戦の場合、グラマンの装甲を撃ち抜けない7.7ミリ2丁、そもそも初速が遅く当てられない20ミリ2丁ということで「芸術品としては一流でも武器としては三流」になってしまい。鈍足の旧式爆撃機には20ミリ、これまたとろくて装甲のよわいP40やP39には「なななな(7.7ミリ)」で何とか対処できたが、アメリカが西部劇・インディアン虐殺の本性を発揮して「2丁拳銃」じゃなかった「6丁機銃のヘルキャット」を繰り出して来たころには日本側はベテラン搭乗員もすでに壊滅(死んじゃった)しており、簡単にひねられちゃった。

いってみれば、零戦が「法隆寺」つまり建築界を代表する世界最高の芸術品であるとすれば、グラマンはそこら中にある「適当なプレファブ住宅」であり。戦争に勝つにはプレファブの粗製乱造、もちろん「まるで木造のワンショットライター」ではなく「それなりに防弾対策をした」グラマン鉄工所の「死なない飛行機」こそ必要であり、そうであってこそ初めて戦場に投入できる、となるのです。そういった意味で、グラマンはプレファブですが、クレバーな機体処理により零戦に劣らない性能を発揮した真にスマートな飛行機であると考えます。

法隆寺とプレファブ住宅
そろそろ結論です。

実効的、実利的、効率的、つまりスマートな仕事、スマートな成果を達成するために必要なのは、手段の精密化ではなく、目標の明確化です。

例えば「雨を凌ぐための建設物が必要」となった場合、「プレファブ住宅(Financial1.8 )」で十分であり「法隆寺」は必要ありません。この場合の最重要な「武器」は「雨漏りしない屋根」だからで、法隆寺のように精密な瓦屋根が5重の塔に、というのは全く必要なく、お荷物でしかありません。

零戦の場合、飛行機としては世界一でしたが、スマートな飛行機を作れば戦争に勝てるのではなく。どんなぶきっちょでもいいので、勝つために必要な飛行機が作れればそれでよいのです。

日本の指導者たちは、戦争を始めるということと戦争に勝つということを取り間違えてしまったのではないでしょうか。勝つということが念頭になかったため、零戦や戦艦大和など世界一の兵器を作ることで満足してしまった。こうして本質とは実はかけ離れた枝葉(SpiritualS.9)であっと世界を驚かし、目的達成した気になってしまったのが返す返すも遺憾であると考えます。

現在の日本でも、とある調査の報告書がそれはそれはち密に書かれているが、肝心の結論が、関係者のだれにとっても安心な(つごうのよい)、オブラートに包まれたような、いいかえれば何の結論にもなっていない、というようなのが多くなっていないでしょうか。日本だけではなくアップルやアマゾン、トヨタのように「パワーポイント濫用禁止。見かけばかりでわかったようになり、しかし本当の結論が隠されてしまうような手段を使った仕事はやめる」と言った企業も世界的に出始めてはいるようです。

手段なんていい加減、おおざっぱでもいい。それ以前に しっかり目指す目的を明確化し、その目的に沿った手段を講じる、ということを徹底する必要があると理解します。みなさんの業務効率化の何らかの参考になれば幸いです。

Posted by 猫機長
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零戦に見る仕事のスマート化必勝法①

零戦に見る仕事のスマート化必勝法①

休日の飛行機格納庫。こよーて君(自家用機)をワックスがけしていて、ふと主翼後縁、補助翼との隙間を最小化している整流板に気がつき。

うううむ!アメリカがうまく2度の世界大戦を利用して世界最強の経済大国となった秘密は、これだな!とうなってしまいました。

こよーて君は、Rans社というアメリカの会社の設計図もとに、ブラジルの会社がライセンス生産して作っています。

そして、操縦すればわかるのですが、なんちゅういい加減な、大味な飛行機じゃ!たとえば、横の安定性がほにゃららで、いつも左右のラダーペダルでおっとと、と調子をとる必要があり。日本の会社だったら、もっと素直で安定した、操縦(AviationA1)の楽な飛行機を作っていると思います。

でも、すごい上昇力だ!エンジン全開にすればぐわーんとあがっていくし、全閉にすればこれまたひゅーんと降下してくれる。

いかにもアメリカらしい豪快な飛行機で、おっとと、といつも軌道修正しながらも楽しく乗っています。

ぼくが知っているほかの飛行機と比較すると、例えばブラジル製のParadise P1(Blog29)(実はイタリアのテクナム社からインスパイアしてます)の場合、いったんトリムを合わせたが最後どこまでもまっすぐ飛んでゆき。また滑空降下率が良すぎ(不時着を考えるとよすぎるということはないのですが)、いくらエンジンオフにしても一向に沈下しないので、空港が見えるかみえないか?のはるか遠くから下降を開始しないと着陸できずに滑走路を飛び越しちゃいます。こよーての場合は、あれ滑走路直上で気づいた、というときでもすとんと降りてくれる。要するにParadiseはヨーロッパ的な、飛行機自身が自分でまっすぐ飛んでくれる安全設計ではあるが、離陸上昇が全然ものたりないし、はっきりいって操縦がつまんねーです。

そして、主翼後縁やフラップのつくりなども、ヨーロッパしてますで、フィレットなどLSA(スポーツ軽飛行機)のくせにちゃんとしています。

さて、アメリカンな「こよーて」はどうかというと

フィレットはなし。まあいいけど

翼端。

あれ、鋼管が羽布の中からまんま見えてるじゃん?

ぐおおおー!なんちゅう雑な処理をする奴だ!これじゃあ空気抵抗10倍、乱気流発生してろくにスピードも出せなくなっちゃうじゃん!

円形断面は、流線形断面の10倍の空気抵抗を生み、乱流も発生させる
(出展:https://pigeon-poppo.com/pressure-drag/)
でもよく見ると、ちゃんと対策してあり、例えばさっきの整流板だったりします。

これで結局Paradiseのヨーロッパ式な伝統的処理と変わらない効果を出しているのですね。。。。ううむまいった。

一方で、さっき出てきた「日本機の操縦のしやすさ」はどこから来るのでしょうか、ということでやっと表題の零戦です。

零戦は、圧倒的に優勢な欧米の航空戦力をやっつけるという不可能な命題を可能とするために生まれ、実際戦争の初期では可能にしただけあって、設計者堀越さんはじめ人間離れした努力の結果が詰まっています。

例えば主翼

出展はhttp://seafurry.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/ww-612d.html。
F4U(AviationE4)など、とても興味深い考察がいっぱい。参考になりました
イラストではあまり目立ちませんが、構造材の本数、配置、穴あけによる軽量化など、神がかった精密さで実施されており、日本人らしい緻密な計算、設計や実験で、アメリカ的な大味な設計では得られない細かいディテールとなり。

そして設計から生産に移った段階で、今度は世界一の技量を持った熟練工が登場します。零戦も整流フィレットを持っていますが、当時の工業技術では上記の細かいデイテールを1機1機全く同じに再現できないので、熟練工が各個体の状況に合わせて最適な形に引き伸ばしていたと言います(この辺は隼とかもおなじらしい)。

要するに零戦は日本人でしか作れない、すべてを最適化した飛行機だったということですね。

零戦のフィレット
しかし、一見スマート技術の結晶に見える零戦も、結局はグラマンにやられてしまった。これは零戦のスマートさがそのまま弱点になってしまったからです。

とここまで書いて、記事が長くなりすぎ。スマートゆえにスマートでない末路を余儀なくされた零戦と日本株式会社については、次の記事で続けさせていただきます。

 

Posted by 猫機長