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ワクチン:あなたはどこまで信じますか?

ブラジルで、世界に先駆けてワクチンが実用化されようとしています。

ギャグか?ギャグみたいな事実です。

ブラジルで開発したワクチンではなく、シノバックという、名前からして中国のワクチンが、早ければ12月にも、順当にいけば2月には一般市民に義務付けになるらしい。

えええ?12月?義務付け?

そうなのです、うさんくささ満載ですが、しかし事実として公的に発表されているのです。

この情報が本当にうさんくさいのか、あるいは世界に先駆けてブラジルでワクチン成功という希望の灯がともされるのか?を分析することにより、日本でもいつかは来るワクチン導入時の安全確保などに重要な情報になると思い、この記事書きました。

本題に入る前に、ブラジルはどんな国?ということを簡単に説明しておきます。

いわく「ブラジルは真面目ではない(Brasil não e um pais serio)」

フランス政府の言葉です。

よりによって、フランスです。

おまえは真面目かい!とツッコミを入れたくなりますが、たしかにイタリアよりは真面目かもしれん。

じつは、1961年から1963年まで、ブラジルとフランスは戦争状態にありました。

その名も「ロブスター戦争」

ブラジル沿岸にフランス漁船が押し寄せ、ロブスター(えび)をじゃんじゃん取りまくり始めたため、ブラジル政府は怒り。

「大陸棚資源を乱獲してはいかん」

フランスは反論

「大陸棚資源とは、海底表面から地表下の資源のことである。えびは地表上をジャンプするなど、地表を超えた(その上の)海洋資源、漁獲資源であり、どうこう言われる筋合いはない」

ブラジル

「そんな屁理屈は通用せんぞ。えびが魚だというのであれば、地上をジャンプするカンガルーだって鳥だということになる。受け入れられん」

ここでさっきのフランスの

「ブラジルは真面目な国ではない」

という嘆きにつながったのでした。ははは

そうこうしているうちに、フランスは海域に軍艦を派遣し、ブラジルは爆撃機を飛ばしてけん制しました

いずれもアメリカからのおさがりだったらしい。

この辺はどこかのジエイタイと変わらないなあ

幸い、ブラジルもフランスもラテンなので、主義主張を通すために銃砲をぶっ放し人殺しをするなんてバカなことはやらず。知らないうちにうやむやになったのでした。ははは

これが、大義のためなら、と大戦争に突入してしまうドイツやソ連のような、いやな意味で真面目な国だったらどうなっていたかと思います。

このケースでは、ふまじめであることがプラスに作用し、ラテンな漫才で済んだのですが、ワクチンに関して言えば、こういったふしだらさ、いいかげんさが通用するのでしょうか。

COVIDは、感染の条件が揃えば感染します。ワクチンがあっても、そのワクチンが感染を防げなければ(十分な免疫力を形成できない。人によって免疫の強さが違ってしまう。そもそもCOVIDの方で変異してしまい、画一的な免疫しか作れないワクチンでは使い物にならないなど)、感染は起きます。

当たり前すぎる常識ですが、この当たり前を巧妙にひっくり返そうとする不真面目な政治家とかもいるのです。

さて、ブラジルです。

ブラジル最大の経済地域であるサンパウロ州のドリア州知事は「ちかぢかシノバックを導入して、州民に接種を義務付けるので喜ぶように」という強圧的な発言をしており「COVIDなんてカゼだ!」とこれまた強硬なボルソナロ大統領とけんかになっています。というわけで、ワクチン導入はいまのところサンパウロ州のみとなる予定

(ブラジリア在住のぼくは、ひそかに安堵しています。)

ブラジルの行政区分。①サンパウロ州から②ブラジリア連邦区(赤い小さな四角)は
1000キロ離れているほか、いくら連邦の長である大統領が「やれ!」と指令しても、
州の長である知事が「やらないよ」といえば実行されないのでした。ははは

 

確かに、シノバックはいろいろと試験など急ピッチで進んでおり、有望なワクチンであることは間違いないのですが、効くどうか?は未知数ですよね。。。。

ドリアさんはじめ推進派は、「効くことがわかったら導入する」と言っていますが、どうやったらわかるのか?本当に有望だったら、世界中で争うように導入されているはずですから、ぼくは、ブラジルが最初なんてありえないよね、と疑っている一人です。

10月25日時点で、ヨーロッパでは恐ろしい第2波が深刻化しており、アメリカも深刻化のためトランプさん再選も混迷を深めている状況なのに、実は小康から回復状況にあるブラジルで、「とにかくワクチン導入だ!接種強制だぞ!」というのがはっきり言ってものすごくうさん臭く感じています。

ともかくヨーロッパ、そしてアメリカではないのか?両者ともにシノバック導入に関し静かなのは、実はワクチンとして物になるまでまだまだ時間がかかるということがわかっていて、医療崩壊を防ぐための緊急対応が先、ということになっているからではないのか?(関連情報(外部リンク)「ヨーロッパの第2波は制御不能になりつつある…各国は厳しい行動制限を復活(10月20日)」)

そんななかで、ドリアはワクチン導入と義務付けにやっきになっています。

「1億総ワクチン」でみんなワクチン打ったから、明日からはワクチン以前の日常にもどって、おしくらまんじゅうの3密で営業再開だー!というのか?

企業家や政治家から見れば、とてもうれしい産業活性化が望めます。

もちろん、一般市民から見ても産業活性化は生命線です。

しかし、ワクチンが効かなかったら?

産業は活性化するでしょう。でも、その活性化の成果を見る前に、多数の人が感染し、哀れこの世からいなくなってしまうでしょう。

ちなみに、とある看護師さんの言葉では「すごい病気」です。

この看護師さんは著名な権威のお医者さんでもないし、はっきりとした声明は出せない中で、しかし日常の医療の最前線に立っている人です。そういう人が、同僚が感染したときに「軽く「お大事に〜!」とは言えないなあ。すごい病気だから(外部リンク)」と表明しているのです。

容易ならざる危険な病気であることは間違いないとの理解です。

政治家は、「ワクチン」というスケープゴートを使って、一般市民を危険な病原体に暴露させようとしているのではないのでしょうか。

今回のお話で、生兵法という言葉を思い出してしまいました。

兵法つながりで、剣道で説明させていただきます。剣道における「兵法」特に技能の核心は「面打ち」つまり竹刀で相手の頭上を打つ、という技のことですが、この基本の技を生半可(生兵法)で繰り出すケースが後を絶ちません。

大会などで、試合相手が基本の面打ちを知らなければ、勝つのは簡単です。体勢を崩しまくって、刃筋の立たない、要は「生兵法の役に立たない面技」を風車のように打ちまくって来ても、こちらの竹刀でいくらでも受け流すことができます。

もちろん相手も負けたくない!と必死になってすさまじい勢いで打ってくるので、防ぐ方もなかなか大変ですが、ここをぐっと我慢してこらえる。

そのうち、相手の方で空振りして防御ががらあきになった、疲れで動きが鈍った、集中力が切れて一瞬動きが止まった、という隙が生じるので、その隙が生まれる「う」の一瞬に、基本通りのまっすぐな面を打てば、びしっと相手に当たり勝利できるのです。

つまり、上記の「役に立たない面」が「役に立たないワクチン」です。

役に立たない、あるいは役立つかどうかわからないワクチンを、なん百本打っても免疫はできません。

しかし、ワクチンを打った、と安心してしまい、隙がうまれたその「う」の瞬間、COVIDはあなたにとり付きます。

「基本通りのまっすぐな面」つまり「使いものになるワクチン」がうまれるまで、ぐっとこらえる必要があるのです。

サンパウロのワクチンが本当に有効なもので、ここに書いたことが単なる取り越し苦労であることを祈っています。いっぽう、うまくいった、とわかるのはいつか?サンパウロ以外の人々は、そのときまで待ってワクチン接種しても決して遅くないと思うのですが(でも、それじゃサンパウロは人体実験になってしまいますね)。。。

サンパウロの市街

最後に、本当にものになる予防法は、実はワクチンではなく「モノクローナル抗体」ではないかい?とか思ったりしていますが、また別の記事にします。

ではでは。

Posted by 猫機長
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不条理演劇:生活と労働の常識を見なおそう

以前書いた芸術関連記事からスピンアウトして、美しいショートストーリー、いってみます。

ある日の午後。

大好きなパンを買って、お家に帰る途中のぴよちゃん。

浜辺を歩いていたら、お巡りさんに呼び止められました。

「ぴよちゃん、とてもおいしそうなパンだね、ぼくにもちょっと見せてー」

「はいどうぞ」とパンを差し出すぴよちゃん。

おまわりさんは、ぴよちゃんの手からパンを取り上げると、いきなり海へ向かって放り投げてしまった!

沖の波間に落ちるパン。ぽちゃん。

半狂乱になって叫ぶぴよちゃん。「きゃあああー!カメさんが死んじゃうー!」

おまわりさんは、やさしくぴよちゃんを諭します。「もう五時だよ」

その言葉を聞いて、ぴよちゃんは朗らかな笑顔になるのでした。

アフターファイブのハッピーアワー。ぴよちゃんとお巡りさんは、手をつないで楽しいお散歩に出かけるのでした。

めでたしめでたし。

なんだそりゃ?全く意味のつながらない話だぞ?

いえいえ、これが「不条理演劇」なのです。

パンかどうかは別として(パンではなくて人間の赤ちゃんというバージョンもあるのですが、ブラックすぎてさすがに掲載できず)、ぴよちゃんが抱えていた「なにか」を通じて、お巡りさんと優しさいっぱいの交流がなされ、結局両者は手を取り合ってお散歩に行く、という心温まる結末になっています。

つまり、登場人物間では、ちゃんと常識的な意思疎通が行われてたのです。

でも、読者から見れば「ぜんぜんつながってないじゃないかー!」

その通り。だから「不条理劇」というのです。

不条理劇にもいろいろありますが、この記事では、観客の持っている常識・見識をがらがらぽん、と粉砕し、「何が常識で、何が非常識なのか」を再発見させる目的のものとしています。

上記でぴよちゃんが「(パンが海に落ちたら)カメが死んじゃうー!」と半狂乱になって叫びました。

現在通用している常識から見れば、パンが海に落ちたとして、海鳥や魚のえさになることはあってもカメが死ぬことはありません。だってパンってプラスチック(海洋ごみ)じゃないよね?

では、海の生物を殺す海洋ゴミとは何でしょうか。

環境省の調べでは、自然物、プラスチック、木材、金属、布、ガラス・陶器、紙、その他人工物になっており、海洋ゴミの重量において23.3%という無視できない数字がプラスチックとなっています。

ということから、「ポリ袋を使うな!スーパーの買い物袋は有料だ!」という常識が生まれています。確かに「海には膨大な量のビニール袋やプラスチックゴミが浮いているという事実(22nd-century.jp)」は動かしがたく。

しかし、ポリ袋を使わなくなれば、海洋ゴミは減るのか?

ここで恐るべき事実があるのです。

やっぱり環境省の調べで行くと

となっており。

なんとポリ袋は総量の0.4%しか占めていなかったりします。

つまり、海洋ゴミをなくしたいなら、本当は「ペットボトル、プラボトル、注射器等」をなくす必要があるのです。(別にポリ袋は垂れ流しでいいとは言っていません、ははは)。

優先すべきペットボトルはいくらでも生産・流通し捨てまくり。すべての罪をポリ袋になすり付け、上手に海洋ゴミという課題から市井の人々の目を反らして、挙句の果てにレジ袋有料化でさらに市民からお金を巻き上げている―そういう「すりかえられた常識」が知らないうちにみんなの意識に植え付けられていないでしょうか。

つまり、みんなの常識で行っていることが、実はこれ以上ない不条理になっていたとしたら?

不条理演劇は、こうした「不都合な真実」を暴く重要なツールです。

北朝鮮の「先軍思想」や「将軍様神格化」は、世界の人々が不条理であると理解しています。簡単すぎて疑いようがないですよね、はははは。。。。

一方

◎日本のコロナ対策は成功して、医療崩壊は起きなかった

◎労働は尊い。人は、死ぬまで現役でいるべきだ

というようなコモンセンスは、どこまで本当なのでしょうか?

ぼく自身の意見は、それぞれ「医療崩壊」、「生涯現役」でこのHPの検索ツールを調べていただければご覧いただけると思います。

一方、さっきの海洋ゴミふくめ、人それぞれであり、ただ一つの正解というものはありません。というか、一人一人が自分にとって何が常識・不条理かという意見を意識する必要があるのです。

意識せずに「先生が言ったから。官僚の発表だから。教科書のとおりだから。新聞や少年ジャンプに書いてあったから」と、外部からの情報を無批判に受け入れるとどうなるか。

「日本は正義の大戦争に突入した。日本人は肉弾を砕いて努力せよ。日本の正義は何よりも重要だ。オマエ個人の命なんて鳥の羽毛ほどの重さ(価値)も無い」と、日本だけではなく、世界中の国々が似たような常識を権威の命ずるままに疑いもなく信じてしまったため、世界にまたがる大戦争が2回も起きてしまいました。

しかし、この常識がいかに不条理であるかということが、第1次大戦の終戦の日に明らかに。昨日まで塹壕で撃ちあい、殺しあっていた敵軍同士が、塹壕を走り出て、互いに抱き合って喜んでいたのです。

この光景はアメリカのRickenbakerという飛行機乗りが記録しました。詳しくは「牧牛」の記事に書きましたので、ご覧ください。

また、これも第1次大戦中の1917年、デュシャンという人が米国の美術展に「権威の言うことは本当は不条理まみれなんだ!みんな目を覚ませ!」と、恐ろしい作品を展示しました。この話は「神は死んだのか」に詳しく書きましたので、そちらをご覧ください。

自分がフツーだと思っていた日常が、実は不条理演劇だった、と見極めるのは、北朝鮮のような明確なケースでもない限り困難だと思います。

でも、本物の有識者の情報だと「さっきAと言ったけど、実はBなんだよ」とわかるように発信してくれていたりします。

こうしたサインを見逃さなければ「屠殺に追い込まれる家畜」の運命から逃れることもできます。サインはいろいろなタイプあり。その中でも重要なやつに「ロマン主義的イロニー」があります。

とここまで書いて紙面切れ。というわけで、続きは日をあらためて書かさせていいただきます。

尻切れトンボにならないように:サインを見つけるには?→このへんはとある記事にかいたので、ご覧ください。

多数の記事からの引用ばっかりになっちゃった。でも「不条理を見抜く」は「己自身を知る」と同様このHPのメインテーマなので、とても1つの記事では書ききれず。

ぜひじっくりこれらの内部リンクを堪能?ください。

ではでは。。。。

絵画の巨匠ダリが作った映画「アンダルシアの犬」。愛と優しさに満ち溢れたぴよちゃんのお話とは真逆の、

本当にシュールなやばい不条理の世界が広がっています。心臓の弱い人は見ない方がいいかも。

Posted by 猫機長
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お持ち帰り・テイクアウトの話

お持ち帰り・テイクアウトの話

昭和戦後世代として聞き捨てならない事件があったので掲載します。

大阪府堺市の定時制高校で、余った給食パンと牛乳を持ち帰ったとして男性教員が懲戒をくらい、あげく退職に追い込まれた、というニュースを聞きました。

開発途上国ブラジル在住の土着民からみれば、えええええ?日本はいつからそんな贅沢な、食い物を粗末にする国になったんだああああ????と驚愕、開いた口がふさがらなくなってしまいました。

確かにぼくが生まれたころは日本は豊かになっており(埼玉県も日本です。いちおう)。でも、「八百屋の鈴木さんは、満州からの引き上げで大変だったそうだ」「乾物屋の中曽根さんは、沖縄戦で家族を半分亡くしてしまったそうだ」「となりのみよちゃんのお父さんは、南方の島で餓死寸前になったそうだ」みたいな、食うや食わずの時代の残像が残像ではなくリアルに生きていた時代でした。

戦後の日本は、物資の有り余るアメリカから援助を受けて何とか復興できた

そういう昭和の日本から移民でブラジルへ、そして令和の今日にいたって聞くニュースがこれか?ううむ大丈夫か日本人?

この教師に賛成・反対かなり意見が分かれているらしい。反対派の意見は「もちかえりは禁止という規則を破ってはいかん」「衛生上の配慮がなっておらん」というのがあり。賛成派は「もったいないじゃないか持って帰って何が悪い」という感じ。

ちなみにニュース出展記事(MSN)では「4年の間に持ち帰ったパンは1002個、紙パック牛乳は4178本(いずれも本人による申告)で、本人の申し出により代金約31万円は返還された」とあります。

こまかいなあ。。。もちろん正確さは重要だけど、1002だの4178だのという数字にこだわる前に、食べ物が粗末にされていた(記事では「余っていた」)ことについての注意喚起や、解決策と言った面での議論、検討、提言が先ではないでしょうか。

参照した記事では、前向きな提言がぜんぜん見当たらないばかりか、細かい数字の羅列の後に、「教師が懲戒されました」に行ってしまい。

この「教師による代金返還」が最も懸念すべきねじれた(洗脳)措置だと考えます。

そもそもなぜ「パンと牛乳」があまるのか?ラクトース過敏症とかであれば、最初から申告し水だろうが別のものを配るようにすればいいだけの話であり、パンにしてもそんな食えないようなまずいものでも量が多すぎるわけでもなかろうに、と思ってしまいます。

個人差で食べきれない、という場合は「それこそ本人が持ち帰って後で食べましょう」。もちろん腐っちゃうなんて食べ物を冒涜するほど捨て置くようなまねはダメ!絶対!である。

これを育ちが良すぎる生徒たちが「まずい、食べられん」というのであれば、次善の策として先生が持ち帰るのは捨てるよりはずっといい。ぼくが教師だったら、喫食の前に「全員校庭3周!」で終わったころにはのどが渇き、腹もへり。水だろうが牛乳だろうがむさぼるように飲み、食う、となると思いますが(例えばの話です)。牛乳とパンですから、ガダルカナルやインパールのように泥水やヤモリとかを飲まされ、食わされることに比べどれほどごちそうか。

前谷惟光「ロボット三等兵」

そもそも規則が変である。ニュースによると

「文科省が設けた学校給食衛生管理基準に「パン等残食の児童生徒の持ち帰りは、衛生上の見地から、禁止することが望ましい」「パン、牛乳、おかず等の残品は、全てその日のうちに処分し、翌日に繰り越して使用しないこと」と明記されている。」

といかにももっともらしいことが書いてあるが、封を切ってしまったならともかく、パックのままのものを処分せい、と強要に至るストーリーがおかしい。本来は、残した奴が自分の責任で持ち帰り食中毒にならないうちにちゃんと食え、ということだと思います。

もしやっぱり食べられなかった、という場合にパン君ごめんなさい、という意味での代金返還も、本来は残した奴が払うべきである。

シベリアに抑留された人たち。重労働でろくな食料も与えられず、餓死者が続出。

「旧ソ連抑留画集」よりhttp://kiuchi.jpn.org/nobindex.htm

今回の一件は「本来重要であり、尊重すべきもの」が尊重されないままに「本来の解決とかけ離れた枝葉の対応にすりかえてお茶を濁している」ことが重大な問題だと理解します。

要するに、この件は「飯は大事だ。粗末にしないようにはどうすればいいか」という話なのに、なぜか「だれかに責任を負わせ、懲戒して解決したように見せかける」小役人根性まるだしの盲目的な規則の履行で済ませてしまっているところに、底知れない恐怖を感じます。

この一件のみならず、いろいろな課題について、問題の本質を見極めずに法律だの衛生だのと権威をかさに着た(泉)かりそめの対策でいかにも解決しましたみたいに思い込んでいないでしょうか。

「目的と手段」の混同とすり替えは、太平洋戦争での国民の絶筆に尽くせない犠牲を招いてしまいました。

これが日露戦争の場合「ロシアの勢力が満州以南に南進し、日本の独立を脅かすことを防ぐ」という明確な目的があり、同じく明確にロシア勢力の排除を狙っていた英国と日英同盟を組むことができ。明確な目的が確立してはじめて目的達成の手段として戦争を開始し、目的達成が明確になってきた奉天会戦・日本海海戦あたりで「これ以上やったら日本自身の国力がつづかない」とさっさと講和に進むことができました。

「大東亜戦争」の場合、「南方資源の確保」なのか「東アジア新秩序の確立(なんじゃいそりゃ?)」なのか、どこまで戦争してどこで終わらせるかという段取りがないままとにかく戦争という手段を強行してしまったため、南方地域を確保したら今度はオーストラリア攻略だなどと際限もなく構想が膨らんでいくかと思えば、ガダルカナル、サイパンと圧倒的劣勢が明確になっても講和できず、ずるずると原爆投下・無条件降伏まで事態を悪化させてしまった。

この「目的と手段の混同とすり替え」については別記事で「零戦とグラマンの残念な比較」について記載し「世界一スマートな技術の結晶であるゼロ戦」が「プレファブの濫造品グラマン」にバタバタ落とされたという全くスマートでない結果に終わってしまったことについて考察しましたのでそちらもご覧いただけますと幸いです。

そして最後に。。。

牛乳はダメだろうけれど、せめてパンが一週間はもつのだったら。。。余ったパンを集めて、逆境を生き抜いているシリアや北朝鮮の児童に定期的に送るとかはできないのかなー、とかおもったりしています。悲しいな。。。

終戦前後。逆境に負けず耐え抜く少年。

https://www.asahi.com/articles/ASK877VJMK87PITB00V.html

 

Posted by 猫機長
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実は医療崩壊していた日本:生きのびるためには?

実は医療崩壊していた日本:生きのびるためには?

医療崩壊ってなに?

一言でいえば、医療資源、医療施設、医療体制、医療人員のキャパを超えても、なお患者が押しかけ、多数の人が医療を受けられなくなってしまう状態。

①医療機関に連絡しても掛け合ってくれない。

②対応してもらえたとしても「本当に重症になったらまた来な」と追い返される。患者がどうやって重症かどうかを自己判断するのか?

③高熱でフラフラなのに、入院させてもらえない。よくてホテルとかで経過観察。

④あわれ、①から③を繰り返しているうちに、急変して死亡。

などが起きる状態と理解します。

イタリアなど、あっという間に患者数が激増し、はっきり目に見える形で医療崩壊したケースが典型的。日本の場合はどうだったでしょうか。

実際に新型コロナにかかり、生きのびた人の例をもとに解析してみます。

第1のケース。

Note.comの「人はコロナにかかるとどうなるか」から抜粋。全文はhttps://note.com/yosimizu/n/nafff6785dc12からどうぞ。

「突然、強い倦怠感に襲われる。めまいや立ちくらみも強まっている。熱はどんどん上がり、38℃台へ。

「診療所へ行くと、診察はわずか5分。やはり何もできない様子なので、保健所に直接電話してもらえるよう頼んで早々にその場を辞すことに。」

「(医療機関へ)連絡するも、数百回のリダイアルでも繋がらず。なぜメールを受け付けないのか。翌朝ようやく連絡があり、指定の総合病院まで行けとの事。交通機関を使わず、可能なら自転車で行けと。

仕方なく愛チャリでゆっくり走る。身体中が悲鳴をあげており、普段5分の距離を、20分かけてようやくたどり着く。

その後寒空の下1時間以上も待たされ。流石に体力の限界で、近くでぐったりしていると、ようやく看護師が登場。医師によるテストが続く」

「検査結果を待つ数日間、症状はどんどん悪化していった。頭は朦朧とし、常に息苦しく、食事はほとんど喉を通らず、咳は止まらずリアルに「たすけて」という呟きが漏れる。夜は頭痛と悪寒で眠りにつけず、ようやく眠っても高熱で真夜中に目が覚めてしまい、やむなく解熱剤を流し込んで無理矢理眠る。次第に胸は痛み出し、ついには死を意識する…。」

「 この先どうすればいいのか…。「…大丈夫ですか?」気がつくと電話口から医師の声が聞こえる。「ぜんぜん…だいじょうぶじゃ…ないです…」震え声でそれだけいうのが精一杯だった。」

その後やっと緊急入院。一命をとりとめた、というのは大げさでしょうか。上記を読めば大げさではないとおもいますが。。。。

第2のケース

「一人暮らしで新型コロナウイルスにかかった話」から抜粋。全文はhttps://note.com/r000/n/n815ee4ed473eをどうぞ。

「熱は全く下がらず38.5〜39.0℃の間で推移していた。

保健所に電話をかけたが、通話中で一向につながらない。「新型コロナ受診相談窓口」や「新型コロナコールセンター」にもかけたがどこも繋がらなかった。」

「数十回保健所に電話をかけたが、それでも繋がらない」

「医師から入院にはならずホテル待機もしくは自宅療養になると説明され、それでもPCR検査するかどうかを聞かれた。検査実施が患者に委ねられていることに驚いた。」

「発熱からすでに13日が経過していた。病院で再診察。公共交通機関は使えないので片道4km歩く。堪えた。帰りも歩いて4km。入院用の荷物も背負っていたので家に着いたらヘトヘトで、そのまま横になったら寝てしまった。」

熱でふらふらなのに、8キロを歩いて往復?日本に救急車は存在しないのか?

この人の記録で端的に医療事情を語っているのが

「どこ行ったらいいか分かんない問題

熱が出て数日、保健所の電話が繋がらず、クリニックからも保健所の指示を仰ぐよう伝えられた時は正直どうしたら良いか分からなかった。都のガイドラインを見ても、もちろん電話が繋がる前提で書いてあるし、詰んだ・・・と思った。

発熱している人の受診を病院が受け入れきれない、といった情報も目にする。」

そして、きわめつけが

「5日前に保健所から電話が来て、突然、陽性者は原則ホテル療養とする方針になったと伝えられた。自宅療養中の方が相次いで亡くなったことを受け、方針変更をしたのだという。」

とここまで書けば、もはや明確と理解します。

日本の場合、単に市民レベルへ情報が行きわたっていないだけで、具体的には医療を受けたいのに「数百回連絡してもアテンドしてくれない」医療崩壊に至っていたということではないでしょうか。

ブラジル大統領は「新型コロナなんてカゼの一種。カゼに特別な対処はせんぞ!」と最初からおおっぴら、アッパラパーに対応放棄を宣言していますが、安倍さん率いる日本政府は「世界に比べて死者が少なかった。すごいでしょー!」と自画自賛する裏で、真綿で首を絞めるがごとく、シミジミとめだたないように医療の放棄をしていたということですね。

今後新型コロナ流行第2派が懸念される中、どう備えるのか?(7月29日追記。すでに第2派到来しているという人もいるらしい)

要するに、自衛策を今から講じるしかない。

まず、かかりつけ医がいる人、友人で医師がいる人は、今のうちから「やばくなったら連絡する。そしてその後の手はずはああする、こうする」と調整しておくのです。ご近所さんや友人にはかならず薬屋さん、看護師さん含め医療関係者がいるはずなので、いざというときの体制を今のうちからこうした人たちと個人メールレベルで相談できる体制を作っておく。

今まで病院知らずの人は、近くで頼れそうな病院の情報を今から収集しておく。海外在住の場合、公的医療機関は全然頼りにならない、民間の開業医でも保険を使った診察は何週間も待たされる、というケースもあると思いますが、現金ですぱっと払えばすぐ診察してくれる「医療チェーン」もあり、フツーの人でも払えるようそれほど高い金額でもないので、緊急用にお金を貯め、こうした医療チェーン(海外の場合)あるいは開業医(日本)の情報を得ておく。

つまりは、国民皆保険という言葉に騙されず、今から頼りになる病院・お医者さんの目途をつけておくということですね。。。。

問題は「やばいってなに?どうやって判断するの?」ですが、患者の主観だと「自宅療養していたら急変して死んじゃった」になりかねないので、パルスオキシメーターで肺の状況をモニタし、「SpO2(血中酸素飽和度)値が90を切っています。アテンドしてくれなかったら、突っぱねたお前のせいで死ぬぞ」と具体的数値を示して病院側も断れないようにする。要するに、科学的に、かつ有識者の意見を収集して自分の健康状態をモニタリングできるようにしておこう、ということですね。

こうしたちょっとした事前の相談や工夫が、結局はいざというときの医療関係者側の手間も省くことになるのです。読者の方で医療関係者の人がいたら、ぜひ「平時のうちに非常時への備えを」市井の人々と分かち合っていただければ大変幸いです。

ちなみに、ぼくの場合は、フェイスブックの友達でとても親切な看護師さんがおり。いざという場合の早期投薬プロトコールなど教えていただいています。でも政府指導そのものと一字一句同じ内容ではないので、ここに詳しくは書きません。みなさんも、こうした草の根の防護策が準備できるよう願っています。

もちろん、SpO2値とか、平熱・微熱・高熱などでさえも、がんらいは素人判断で「だいじょうぶ、あぶない」なんて断定してはいけないのですが、上記のとおりPCR検査の実施という、新型コロナ肺炎治療の鍵を握る判断さえ患者自身が決めなければならない状況では、あえて積極的に「自分の身は自分で守る」姿勢が必要であると思います。そしてそれは、なんでも自分で決めてしまうというのでもなく、はたまた医療施設側がアテンドしてくれるまでいつまでもひたすら待つ、というのでもなく、その両極端のどこかで可能な限り実効的な・実行可能な落としどころを見つけるということですね。。。。。

ワクチンなどが実用化するまでにはまだまだ時間がかかります。みんなで巣ごもりなど継続徹底して乗り切ろう!

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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ハンター・キラー作戦による新型コロナの撃滅

ハンター・キラー作戦による新型コロナの撃滅

新型、というだけあって得体の知れないCOVID19。しかし、その特性は少しづつ解明されています。

新型コロナの病理面というかでの特色は

◎意外と患者をえりごのみすること。持病持ち、老齢者、肥満の人、男性など。

◎一方、感染しても大多数は軽微で済むのに、全然リスクグループでない人、軽症の人でも突然悪化して死亡というケースがあること。

などあり。

突然悪化のケースについては「サイトカインストーム」の記事で書いたのでそちらをご参照ください。

研究が進むに従い、重要なポイントが明らかになり。同じ新型コロナウイルスが人によってまちまちな凶悪度を発揮するという謎の解明に、リスクグループでの一つの共通した傾向をもたらしている、「ある存在」が重要であることがわかってきました。

その名は「T細胞」

免疫細胞であり、リンパ球の一種です。実はワクチンとか以前に誰でも持っている細胞である。全身免疫の重要なアクターです。

だれにでも「全身免疫」というのがあり。全身免疫は「自然免疫」と「獲得免疫」にわかれるらしい。

自然免疫は、日々空気や食べ物などにくっついてくるバイ菌などを見つけてやっつけている免疫で、自動的に体が生産し続け、この免疫により、体によくねーやと判断された外部からの侵入物質は「マクロファージ」つまり食べちゃうことで消滅させています。日常的にはこれで十分らしいが、自然免疫は解毒力というかはあまり強くなく、かつ「新型」と名の付くような「見たこともない」ばい菌やウイルスは、識別できずに素通りしてしまいます。

素通りした悪いばい菌は内臓などで悪さを始め、病気を引き起こします。

ここで今度は「獲得免疫」の出番になります。

炎症・損傷した身体細胞を獲得免疫が発見し、悪さをしているばい菌をやっつける。

新型コロナをやっつけるには、この獲得免疫が重要である。

ここで心強い情報が2つ。

一つは、獲得免疫も、人間が本来持っているもので、薬をのむだの注射するだの体外から注入しなくてもよいというものであること。

もう一つは、獲得免疫は「交差反応」といって、例えば「ただの風邪」で獲得された免疫が「新型コロナ」でも活躍しているのではないか、という希望が見えていることです。

この辺が、感染しているのに全然発症しないですんじゃう人が大多数、という謎に対する回答かもしれないそうです。

つまり、獲得免疫機能の強い人(というか普通以上の人)は重症化リスクはすくなく。

では、獲得免疫機能のつよい弱いは、どうやって決まるのか?新型コロナ対策のアプローチでキーとなるのが「T細胞」ということだそうです。

というわけでやっとT細胞に帰ってきました。

上記で出てきたリスクグループの人は、共通してT細胞の減少がみられているらしい。T細胞を適正に生成・生産できる人は重症化しないですみ。適正というのは、T細胞の増減などがサイトカインストームという恐ろしい現象を引きこす因子となっているかどうか調査中のためだそうです。

つまり、T細胞の作用メカニズムをいかに新型コロナ対策に生かすか、言い換えれば、いかに新型コロナウイルスを攻撃するようT細胞を「教育」するかが、今後決定的な重要性を持つかもしれん、という状況になっています。

そして、T細胞は「グラマンみたいな免疫細胞だぞ」という作用メカニズムが解明されています。ということで、とっぴですが飛行機ネタで説明します。

(ここに書いているのは、コロナ禍を生きのびるために必死にネットサーフィンお勉強して得た知識ですが、ぼくは飛行士ではあってもお医者さんではないので、ぼくなりに説明できる方法で提示させていただきます。。。。)

さてグラマンは、先の戦争で日本を攻撃した悪いやつですが、戦争が終わってから自衛隊で使われるようになり。文字通り「昨日の敵は今日の友」になったのでした。

戦後の日本にとってともかく怖かったのがソ連。満州や樺太を分捕られ、アメリカがいなかったら北海道も取られていたかもしれん。その恐ろしいソ連を力づくで押さえていたのが米の機動部隊つまり空母をはじめとした軍事力でした。

ところが、世界最強のアメリカ空母を脅かす恐ろしい兵器をソ連が増強し始め。いわば新型コロナとスペイン風邪とエボラが一緒になって襲いかかってきたような脅威がうまれます。

その名も「潜水艦」。水面下に隠れて空母越しにアメリカだろうが日本だろうが核ミサイルの雨を降らされては大変、とアメリカも対策を始めます。

そこで登場するのがグラマン。戦闘機ではなく雷撃機の方です。自然免疫じゃなかった通常の航空兵力では見つけられず素通りしてしまう水面下の潜水艦を、レーダーという装置によって探知する能力を獲得しました。ただ空母から飛び立つ飛行機では大きさ・重さに限りがあり、レーダーを積んで潜水艦の発見と攻撃の組み立て、オリエンテーションに特化した「ハンター」と、爆雷を積んでハンターの指示通りに潜水艦をやっつける「キラー」の2種を製造しました。

左が「ハンター」でぼこっと突き出たお腹にレーダーが入っています。

右が「キラー」です。

飛行機マニアのひとはご存知と思いますが、この2種を合体して大航続距離を持たせ、陸上から飛び立つ四発大型機にしたのがP3C哨戒機で、中東での海賊対策などPKOほかで有名になっています。最近は川崎航空機が日本製のP1哨戒機を開発しています。

でT細胞ですが、こちらも「ヘルパー」と「キラー」に分かれており、グラマンの役割分担とだいたい同じになっている。実はB細胞というもう一つ重要なのと、みつどもえで作用しているらしいが、飛行機ネタと合わなくなるので無視します。ははは

新型コロナ対策では、サイトカインストームの重要因子であるIL6ポンプとともに、キラーT細胞が重要なカギを握っているらしい。

さて、物知りになったのはいいが、その知識を応用して新型コロナを抑制するステップがまだ残っており。どうやってT細胞の「適正な生成」を達成するのか?薬か?ワクチンか?

いえいえ、実は普段の生活習慣が大きな効果をもたらすらしい。

これまでに書いた通り、T細胞は自然に人体に備わった防御システムである。つまり、このシステムが十二分に発揮できるように体を調律できれば、それだけで新型コロナに対して「勝負あった」つまり勝勢にもってゆくことができるということである。

そのためには

◎バランスの良い食生活。発酵食品がよいらしい。納豆、ヨーグルト、みそなど。世界のリーダーも食生活には気を配っており。トランプ大統領やエリザベス女王も納豆を食べているかもしれん。

◎適度な運動。でもしすぎはだめらしい。

◎笑顔。ストレスをためない(洗脳)こと。深夜まで飲み会で「しゃちょうー!そうですねー!」なんてやめましょう。Zoom飲み会でやらざるをえないこともあるかもしれませんが。

◎手洗い。マスク。玄関で靴を脱ぐ日本の文化が新型コロナウイルスの家屋内浸入を防いでいるという説もあり。

要するに、普段の生活における対策がいかに重要かということですね。。。。

これまでコロナ関連記事では、「隠れた凶暴性」だの「思ったより凶悪だった」だの、暗い話題ばっかりだったのですが、普段からの自然な体力で「交差反応」などコロナをやっつけうるぞ、となんとか明るい記事が書けました。

これまで日曜はコロナ速報、水曜がほんらいのブログ更新だったのですが、コロナも情報がだいたい出そろったので、次からはコロナや飛行機、投資情報やスピリチュアルとりまぜ日曜更新、週一のペースに戻ります。

P3C哨戒機(出展:https://www.khi.co.jp/mobility/aero/aircraft/p_3c.html)

ではでは。。。。

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剣道、居合道、弓道:日本武士道から見た成功とは

剣道、居合道、弓道:日本武士道から見た成功とは

成功法則関連記事。調子に乗ってもう一本投稿します。

長い記事になってしまったので、一応ひとことダイジェスト:「成功達成の実践に向けどんなアプローチをしたらいいの?について書いています」。将棋の記事の姉妹編になりました。

日本武士の必須技能かつ教養だった剣術と弓術。江戸300年のうちに居合も発達してゆき、明治以降は「術」から「道」へ進化していきました。

「術」段階では、とにかく実用性が命。その実用性を決するものが「武器」です。中国的な言い方をすれば「器械」です。つまり、いかに製造目的に合った効果的なツールかということで、製造目的として「殺傷力」が重要視されました。

中国のいろいろな器械。出展は「中国武術・武器博物館(http://www.oriental-dragon.jp/)」

中国の場合はえげつなく無数の殺人器械が発明されましたが、日本の場合は武士のことを「弓取り」というように、弓、槍、刀。槍やなぎなたは今回取り上げませんが、弓、刀ともに戦国時代当時では世界最高の武器として発達していたと理解します。

素材の制約もあり、日本の弓はたぐいまれなる大弓となり。当時の命中率は世界最高だったらしい(現在は別)。日本刀も朝鮮出兵以前に倭寇などにより有名になり、中国器械でも「苗刀」という日本刀そっくりのやつが作られるほどでした。日本刀は日明貿易でも珍重された輸出品だったらしい。

といって、日本刀は刃筋正しく切らないとたちまち折れてしまい。戦国時代は切るより叩くだったようですが、それでもヨーロッパの大剣のように、力まかせにぶん回すというわけにはいかず。弓にしても、へんに長くしてしまったので、狙いを定めるべき右こぶしを視界がきかない右肩まで引く必要があり、狙いも矢と的が一致しないとか、まるで努力して当てにくく(狙いにくく)しているみたいになっちゃった。

つまり、日本刀や弓は、「熟達の士」でなければその性能を引き出せない、扱いにくい武器でした。一方で、正しく使えば無類の強さを発揮するため「刀(弓)法の鍛錬」が必要になってきました。

これが「術」の始まりで、「剣術、弓術」が盛んになり。

殺傷力を高めるには、弓の引き方、刀の振り方、といった使用プロセスはもとより、刀を振る人間自身が「本当にオマエは人を切り殺したいのか。切り殺せるのか。」という精神の鍛錬が必須であるということに気が付き。

「勝つってなに?」という問いかけを、24時間繰り返しているのが武士。

戦国の時はわりと単純で「敵方の武士を殺傷する」だったが、そのうち、殺していいのか?正当な理由のある勝ちとは?と悩むようになり。

弓矢が顎から頭を貫通してもがき苦しむ人。「平治物語絵巻」より

きれいごとではなく。自分の振り下ろした刀が当たり、悶絶して死んでいく人を目の当たりにしたとき「この人殺しは、納得できる理由があったのだろうか?」とだれでも悩むと思います。

人殺しの上に成り立った成功と繁栄。精神のバイブルとして、武士道という哲学が発達します(ここでの武士道は、葉隠的な峻烈なやつではなく、新渡戸稲造から現在の少年漫画に至る勧善懲悪的なものを指します)。

ここで、人殺しの術→剣術→人を殺さない道→剣道、に移行していきます。

刀を差すのは、戦国からの人殺しの記憶を保つため。刀の使い方を鍛錬するのは、技量を持つことで、殺すとは何かを意識するため。そのうえで「抜かずに勝つ」。つまり徳すなわち人望、人格で、流血沙汰になる前に和平に達する。

重く、扱いにくい日本刀を差すのは、刀の恐ろしい歴史・性質を魂に伝え、殺さない魂に進化するためです。

といって「国のため、主君のため、金のため」からはじまる「説明のつく人殺し」は時代が変わり正義の定義が変わっても人類滅亡まであの手この手で変異して存在してゆき。幕末に至っては、抜きまくり、死にまくりました。ははは

日中戦争でも「便衣隊100人斬り競走」とかありましたが、幸い世界は穏やかになり。「術」から「道」へなんとか転換できた、のでしょうか。

剣道、弓道、居合道の現在は。。。

人をぶったたく剣道も、ちゃんと竹刀と防具があり、殺すこととは程遠く。

ただ剣道の場合やばいのは、竹刀とはいえ人を直接叩きあっていることですよね。。。「剣術の技法にインスパイアされているけど、それは刀の使い方を稽古することで、刀の歴史・性質を振りかえるためだ」と考えてみましょう。一方、居合の稽古の帰り道、精神錯乱した人が刃物を振り回して周りの人たちを刺しまくっていたら、その時は居合刀でさくっと切り殺しましょう→となるかどうかは、この記事を書いているぼく、読んでいるあなた、みんなで考えてみよう。なあんて。居合についてはまた後ほど続きます。

剣道がヤンデレ化する危険性に留意したうえで、弓道です。

結論から言えば「武道に進化しきることのできた幸せな技能」と思っています。

もともとは、刀と同じく人殺しです。

「平治物語絵巻」ですが、この画像を発見したのは「KenさんのBLOGS:
http://crossroad3147.blog79.fc2.com/blog-entry-295.html」です。

 

でも、現在は「的」が相手です。

的です。人ではありません。

「くさじし」といって、鹿の形をした的とかもありますが、生き物を対象にしない選択、というものが弓道では許されています。

というわけで、ほかの武道から一歩進むことのできた、幸せな「アセンション武道」と理解しています。

さて、いよいよ居合ですが。。。

「人を切る想定をしない居合は、居合じゃない。刀踊りだ」という世界です。

居合の先生とロボットが斬り比べをしている動画を見ました。意外と長いので、詳しくはリンク(外部リンク)でご覧いただくとして、要約は

居合の先生(右)の動作をロボット(左)にインプットし、

先生がみかんを切るのと同じように

ロボットもみかんを両断。

ロボットがみかんをさくっと切っているところで、機械でないと居合はできないのだなと納得。これがみかんではなく、ハムスターだったら?先生は斬ることを拒むでしょう。自分の行為が刀踊りだと宣言する事になったとしても。

機械はスイッチを押せばハムスターをさくっと切り殺します。血も涙もなく。

では人間は居合はできないのかといえば、昔は刀を試す、あるいは単にたむわれで辻斬り、犬とかは稽古でさくさく斬っていたようです。血も涙もなくさくっと殺しができて初めて「抜かずして勝つ」ことができたのでしょうか。

居合が殺人武術から修身の武道になるために、あえて人斬りの想定はやめて「みかん」を切ることに専念したほうがよいのかもしれません。

最後に、しっかり見出しを覚えていて、武士道から見た成功とはなんなんだー!という人に:「牛を尋ね、そして仲良しになること」と答えておきます。ははは

このブログの著者はこんな人です。なあんて十年以上前の写真です

ではでは。。。。

Video sobre robô usando espada. O professor de Iai(caminho da espada) faz cortes com sensores no corpo. Robô, acoplado com sensor então aprende e repete o movimento.

Se Iai que não pressupõe corte real (ou seja, matar) não é Iai e vira dança de espada, então somente o Robô será capaz de dominar o caminho. Pois se laranjas da foto for um hamster? O professor recusará matar o bicho, enquanto que robô irá estilhaçar o animal sem piedade nem dó. Mas ainda assim acredito que budo (arte marcial) tem a sua razão de existir, pois das três virtudes da arte (Sabedoria, Coragem e Compaixão), compaixão deve prevalecer, assim o professor que decidiu não matar será o seguidor de bushido por ter sabedoria que robô não teve e coragem de ser chamado de “dançarino” para não matar o animal.

ttps://www.youtube.com/watch?v=O3XyDLbaUmU&fbclid=IwAR2JvbPJAJxkhq0wynLkysY8mzxMhNDjje0eR-I9yyAzBGbqnANKg7VIKBI

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精神と知能:幸不幸、成功と失敗を分ける分水嶺

精神と知能:幸不幸、成功と失敗を分ける分水嶺

人間は知能を持っており、動物ではできない高度な頭脳活動によって現在の文明を作り上げました。その重要性から、知能指数という言葉があり、IQが高ければ高いほど成功した幸せな人生が待っているといわれます。

でも、悪知恵、という言葉ある通り、知能はどうとでも使えてしまうため、かえって自分や周りを不幸のどん底に陥れることもあるのです。

幸不幸の分水嶺は?それを決定するのが「精神」です。

というわけで、よいこの少年漫画などは、とりわけこの「精神」を強調した展開が好まれています(それで正しい、そうあるべきと思います)。

一例行ってみます。

無料で全巻読める「駒が舞う」https://www.sukima.me/book/title/BT0000377890/

から抜粋。

将棋日本一を目指す少年2人の地方レベル決勝戦

右のメガネの少年は、この一戦に勝てば「会社の将棋部の管理」だったか、就職して家族を極貧から救うことができる状況。

その家族は、極貧のため妹のチヨちゃんが思わずパンを盗んじゃいます

チヨちゃんが妹と知らない対戦相手の少年(こちらが漫画の主人公)は行きががり上チヨちゃんをつかまえてしまい。

チヨちゃんのなりいきを心配して眺める主人公。その家が決勝相手のメガネくんの家だったことに気が付き。

メガネ君はがめついパン屋のおっさんを撃退

妹チヨちゃんをしばくメガネ君

でも心優しいお兄さんだったのでした

見てはいけないものを見てしまった主人公

で、決勝戦に戻ります

押されていた主人公が、形勢逆転

しかし、打てない

打てば、メガネ君の未来がつぶれます

知能では、打てば勝つ!ですが、精神が「打つな!」と言っているのです。ははは

たまらず、席を立ち、棄権(投了)

しかし、そういう勝ち方は認めないメガネ君。主人公をぶん殴っちゃいました。

メガネ君サイドも「負けた」と表明。でも主人公も席を立っちゃったし?

この美しい譲り合いがどうなったかは上記リンクでどうぞ。なお、あまっちょろい「両者優勝」とかではないので念のため。

いやいやすごく長くなりましたが、この場合、単に計算だけの物質的利益だけではなく、その利益をもたらす背景と影響に配慮して、あえて不利益も辞さず、という確固とした自覚、自己意識、自己遡及があって初めて知能もポジティブな方向に生かされる、ということですね。

この漫画では、「情をかけた」という言い方になっていますが、ぼくは情けとか移ろいやすい言葉は好きではありません。「魂」「哲学」という意味での「精神」が良い言葉だと思います。

精神が全くないまま、知能だけが発達してしまった場合どうなるか?

「昼寝するブタ」というサイトhttp://buta.exjw2.org/denpa/denpa_8.htmに、喧嘩のやり方について以下の記載があります。まんま抜粋、コピーです。

「日本人側は元寇の時の鎌倉武士団みたいな感じで「やぁやぁ我こそは」とばか

りに、喧嘩をする時に獲物(棒とかナイフ)を使うような卑怯な喧嘩は男のす

る喧嘩じゃない。男は男同士、正々堂々と一対一でタイマン(決闘)して拳で

決着を付けるべき。という、本宮ひろしの「男一匹ガキ大将」の描く古い不良

の伝統を忠実に守っています。

しかし朝鮮高校側は日本人とは常識やメンタリティが全然違いますから、喧嘩

はどんな汚い手を使っても最終的に勝てばいい。だから集団で敵に向かうのは

当たり前、もし負けそうになったら自分のプライドなんか関係なく命乞いして

油断させる、そこで相手が油断したらそこら辺にある鉄パイプを拾ってきて後

ろから力任せにぶんなぐって形勢逆転を計る。という大陸的な実用的な喧嘩を

します。こういうのはまさに鎌倉武士団と元寇の争いそのものです

殴り合いで負けそうになると相撲に持ち込んででも体勢を有利にして勝負をかける

日本人学生に対して、朝鮮人学生は有利な体勢の時にはやたら強いんだけど、

ちょっと形勢不利になるとすぐに泣きを入れる、あっけないほど簡単に泣きを入れる。

涙流して土下座までする。

日本人の感覚からすると「なんだこいつ、それでも男か」みたいな感じで泣き

を入れるんだけど、油断すると負けを認めた後でも平気で後ろから逆襲する。

しかも手当たり次第にそこらへんにある道具を使って後ろから徹底的に殴りに

来る。そんな喧嘩が多かったですね

こういう喧嘩のしかたの違いは両国の文化の違いです。」引用ここまで。

上記は、朝鮮の人たちに対する差別ではありません。一部の学生たちはこうだったという事実のことであり、知能のずるがしこさだけが発達してしまうとどうなるかということを知って警戒するため、自分も含め、啓蒙のために書いています。

欧米人のアジア蔑視は、中国進出の過程で「大陸的文化」を目の当たりにしたのが根源にあると思います。一方、アメリカ進駐軍など、日本の文化を知ったアメリカは「日本人は12歳だ」と称賛しています。

ちなみに、日本が明治維新で列強の植民地にならず、終戦後もしっかり国体を保って復活できたのも、徳川慶喜さんや明治の元勲、昭和天皇や吉田首相などが、「精神ある知能」を実践した結果とおもいます。

この「精神ある知能を実践する道」が武士道だと思っています。新渡戸稲造から、現代は少年漫画にまで広く伝承されている大切な日本の文化と理解しています。

最後に、武士道を凝縮した格言で終わります。

「仁なき勇は暴勇と化し、仁無き智は狡智と化す。ゆえに仁をもって仁智勇三徳の王となす(詠み人知らず)」

ではでは。。。

 

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日本剣道に見る成功法則のエッセンス

日本剣道に見る成功法則のエッセンス

意外に反響あった成功法則の記事。いろいろ具体例をあげて説明しましたが、要は「成功する原因が発生すれば、成功という結果が来る」。成功する原因はどう発生させるの?については、詳しくはこの記事をじっくり読んでいただくとして、一言で説明するとすれば、

「やるべきことを、やるべきときに」実行する、

これにつきます。

例によって剣道の経験から説明します。でも、リピーター読者のみなさんはすでにお分かりかもしれませんが、この説明は生活、仕事にも通用するものです。

剣道の大会では、優勝すること、勝つことが「成功」です。でも優勝という形での「成功」は一人しかつかめません。

で、成功できない大多数の選手が何をやっているのかというと、試合開始とともに猛然と竹刀を振り回す。あるいはひょいひょい逃げ回るだけで攻撃できない。ぽちんと小手に当てて逃げちゃう、など、要するにだれも「有効となる一本」を打てていないのであわれ敗退してしまうのです。

もうおわかりかと思いますが、この場合「有効となる一本」が「やるべきこと」です。

そして、有効となるならないの決定的なポイントが「距離」だったりします。剣道の世界では「間合い」と言いますが、こんな江戸時代の言葉を使うからかえってわからなくなったりしています。

要するに「自分の打突が姿勢正しく気勢鋭く気合充実して相手の打突部位にびしっと当たる距離」です。

でも、圧倒的に多数の選手が、当たるはずもない遠くから姿勢をめちゃめちゃに崩して竹刀を振り回しています。そのほうが安心だからです。

この「安心の罠」を乗り越えて、危険な相手の懐に飛び込み、自分の距離をつかんだ!「打つべき時に」「打つ」これができれば優勝です。ははは

理屈はすごく簡単です。ではなぜ「安心」に逃避してしまい、この簡単なことができないのでしょうか。

そこを説明しつくしたものに「日本剣道型」があります。一本目から七本目まであります(大太刀の型。別に小太刀のもある)が、特にエッセンスを詰め込んだのが三本目までで、一本目が距離(間合)、二本目が正中線、三本目が中心、そしてこの三本がセットで根幹となっていますが、距離だけでも十分成功達成について理解可能、ということで、いってみます。

日本剣道型 一本目

図解のために、以前の記事「床に聞きなさい」で登場した「ぴよちゃん(左)」と「おじいちゃん先生(右)」に再登場してもらいます。剣道人でなくてもわかりやすいよう、絵柄や説明はかなりデフォルメ?しているので、ご了承を。

さて、剣道型一本目は、中段で切っ先3寸が交わるところから両者5歩小さく後退してスタート。上記の図の状態です①。

想定としては、何らかの理由で切り合いになったが、できれば流血を避けて、相手に「参った!」と刀を引かせたい。しかし、どちらも降参の意思はなく、拮抗した状態が上の図です。

さて、「負けたくない!斬られたくない!死にたくない!」のプレッシャーに耐えられなくなってきたぴよちゃん。中段でのプレスの掛け合いに堪えられず、「強いんだよ!降参した方がいいよ!」とおじいちゃん先生に脅しをかけます。これが下の図。

左足をぐっと前に踏み出し。上段に構えます②(左諸手上段)。

なにげに中段に構えていたおじいちゃん先生は、「ぴよちゃんぜんぜん怖くないよ」と、なにげに右足を踏み出し、自然に「右諸手上段」に構えます③。(下の図)

おなじ上段でも、炎のような、でもカラ元気でハッタリの、大げさなぴよちゃんの上段では、おじいちゃん先生の穏やかで控えめな、でも自然で隙のない上段にすでに負けており。

でも降参できないぴよちゃん。えーい!ままよ!とおおきく踏み出し、おじいちゃん先生の頭(実際は拳)を狙って、大きくふりおろします。「やー!」

④この図がエッセンス

空振り。ほんの少し後退し、小手を上げてなにげにぴよちゃんの打ちを抜いたおじいちゃん先生は、大振りで前のめりに体制を崩し、動けなくなってしまったぴよちゃんの、がらあきになった頭の5センチ上に、上段から刀を振り下ろします。「とー!」⑤

勝負あった!

おじいちゃん先生は、そのまま切っ先を下げていきます。たまらずぴよちゃんは後ずさり。おじいちゃん先生の太刀の切っ先はぴよちゃんの眉間のすぐ前で止まります。⑥

勝負あった!

おじいちゃん先生は、さらに上段にのびて、勝ちを知らせます⑦。

くどいぞおじいちゃん先生!

流血沙汰にならず勝負がつき。両者中段に戻ります⑧。

おつかれさまでした

一本目の学び:「距離を間違えると、姿勢を崩すほど踏み込んでも勝てない」

すごいシンプルですね。でも、エッセンスの図④を見ると、ぴよちゃんとおじいちゃんの間の距離はおんなじ(一定)で、有意な身長差があるわけでもありません。じゃあなんでぴよちゃんは空振りして、おじいちゃん先生はさくっと当てたのでしょうか。

その秘密が①から③までに凝縮されています。つまり、距離といっても人と人の距離なので、体格差以前に、かつ同じ距離でも、勝っている人の距離は適正であり、負けている人の距離は遠くなってしまっているのです。つまり、物理的な距離ありきではなく、勝って距離を引き寄せることが重要であり、これを剣道では「技前」「打って勝つな、勝って打て」と教えています。

さて、竹刀剣道の大会だと、打たれても負けちゃった、ですみますが、これが「竹刀の代わりに真剣で、防具はなしね」という大会があったらどうでしょう。

優勝した人だとしても、指の1本や2本はなくしているでしょう。胴を切られて、腸をはみ出させてもがき苦しむ人、脳天を割られて地面を這いずり回る人、斬り落とされた自分の右手を左手でつかんで、茫然と眺める人。。。。など、まさに凄惨な場面になると思います。

もちろんそんな大会なんてないし、あっても誰も参加しないでしょう。ははは

でも、言いかえれば、竹刀だったら斬られて血まみれ、もがき苦しまないからいいや、といい加減にテキトーな技を繰り出し、真剣だったら絶対やらないようなその場のノリで竹刀をぶんまわし、勝った!ラッキー!、負けた!家帰ってラーメンにしよっと、となっていないでしょうか。くどいですが、真剣だったらラーメンどころか自分が刺身になっているところです。

そしてまさに死屍累々の凄惨な修羅場を生き残ってきた人たちが後世に伝えてくれている「絶対負けられない真剣勝負で勝つ鉄則(成功の法則)」が剣道型だったりします。

理屈として「刀の届かない距離から切ろうとしても豆腐一丁切れません」なんて言われなくても明らかですよね。。。

でも、真剣をもって構えあったとき(成功が必要だ!生活がかかっている!というとき)、この正しい距離から撃つ。「やるべきときに、やるべきことを」ができる必要があるのです。

できなければ死にます。

江戸時代の人たちが型稽古をやるときは、まさに「これが真剣だったら」と恐怖におののきながら練習したことでしょう。その集大成である日本剣道型も、真剣勝負を想定すればへたな竹刀稽古よりよっぽど勝負に強くなる稽古になるのです。

もしぴよちゃんの立場だったら?そして、おじいちゃん先生のように、おだやかに勝つことができるだろうか?と考え抜いて、稽古した結果、そうか、この型にでてくる攻め合いは、結局「距離の獲得」を体得するための道を示していたんだ、と気づきます。

これは理論を理解したということではなく、生存のための法則を体得した、ということです。

「距離」という言葉は誰にでもおなじ意味を持ちます。でも、その言葉の意味を本当に体得しているかな?自問する日々です。日々修行ですね。。。。。

最近、わかりやすく成功法則を説明するサイトなどすごい情報源がたくさんありますが、インスタントに理解できた!という罠にはまらない必要があると思います。

「しかり、成功への道はある」。でも眺めているだけではだめで、試行錯誤しながらも進んでいく必要があるのです。竹刀剣道みたいな場面では、どんどん打たれて学びましょう。そして真剣勝負の場面では、絶対勝つ勝負だけをしましょう。

というわけでおしまい。

ふふふ尻切れとんぼだったかな?えらそうですみません。ではでは。。。

Posted by 猫機長
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抗体と免疫:新型肺炎の重症化を分ける鍵とは

抗体と免疫:新型肺炎の重症化を分ける鍵とは

さて、前回では「集団免疫」の獲得が新型コロナウイルスの蔓延を防ぐ唯一の手立てであることを書きました。

そして、集団免疫の達成は、ウイルスを撃退できる抗体をいかに人口の大多数(諸説あるが80%くらい)が獲得できるかにかかっています。

というわけで、識者の考察から市井の人々の単なる想像も含んで、多数の議論が交わされています。

◎とにかくどんどん感染して、軽症で直しちゃった方がいい。そうすれば人口の80%にとにかく早く達し、するずると感染動態を長引かせるよりましだ

◎医療崩壊はダメ!絶対!感染者数の爆発をあらゆる手段で防がなければならない。時間はかかっても集団免疫は獲得される。

この両極端の間に無数の選択肢が議論されているのですが、そのすべては、いかに集団免疫を達成するかを目標・根本としています。

では、集団免疫が達成されれば新型肺炎の流行は阻止できるのでしょうか。

実は、できない、というショッキングな事実が明らかになってきました。

すみません、正確に言えば「集団免疫が達成できれば阻止できるが、そもそも集団免疫が達成できるかがあやしい」です。

免疫があれば病気にはかかりません。

免疫の基礎となるのは抗体です。

というわけで、ふつーの感染症であれば、抗体があれば免疫がつくられる、ので、例えば結核への対応(予防)としてBCG注射で抗体を作ります。

問題は、COVID19があまりフツーでない挙動をしていることが明らかになってきたことにあります。

COVID19だけ、ということではなく、SARSなど複数のウイルスにもみられることだそうなのですが、COVID19は「抗体に対する反応がまちまち」という恐ろしい性質が確認されてきました。つまり

◎新型コロナでも抗体が高い人に重症化例の報告が複数でてきた

◎抗体検査で抗体があっても免疫として機能しない可能性がある

など。

つまり、抗体が「中途半端・不完全」あるいは「過剰」に作用して、抗体がない人だったら自覚症状もないままにウイルスが抜けていっちゃうはずが、抗体があったばっかりにウイルスとの過剰反応を引き起こし劇症化してしまった、という実例がすでに発生しているらしい。

抗体よりも、ウイルスの方が変異を重ねて、抗体を凶悪化の引き金とするような変化を遂げてしまっているのかもしれません。

ここまでくると、以前「コロナウイルスの隠れた凶暴性」で引用した感染症の権威であるお医者さんの言葉に今更ながら回帰しているとの印象をぬぐえません。詳しくはこの記事を読んでいただくとして、ポイントは

「変異が怖いから、拡散する前に封じ込めること」

「一旦コロナに感染して、なおった、という人でも再び症状があらわれているケースが最もやばくて、これは単にウイルスが残っていて再び勢いを盛り返しただけか、あるいは人の免疫システムをウイルスが学んで、この免疫システムに耐性のある新たなウイルスに変化しつつあるのか、などが全く分からない」

につきると思います。

でもすでに世界中に拡散していますよね。この文章を読んでいる人、書いているぼくも、感染していないとは言い切れない状況だと思います。

もう一つ、スペイン風邪の例を見る通り、2回目の流行が一番凶悪となることが予期されます。この場合、すでに感染して抗体を持っていた方がよいのか、関係ないのか、抗体がないほうが感染しても軽微で済むのか全く分からない状況です。

ではどうするのか?

1-巣ごもり、手洗い、ドアノブや靴の洗浄で新たな侵入をシャットアウト

2-体調を整え、ワクチン(予防)あるいは特効薬(治療)の出現を待つ

しかないし、実はこれができれば十分だったりします。

パチンコとか飲み会とかに行かなければよいのです。買い物は買い占めにならない範囲で回数をセーブしましょう。

いまだ得体のしれない新型コロナ肺炎のウイルスが蔓延する飲み会や会社の行事に「7-8時間で急に悪化、死んじゃった」という病気になることを覚悟で参加するのか、あるいは参加強要する会社をハラスメントで訴えるか。いずれも苦汁の選択ですね。。。。

さて、新型コロナの場合、集団免疫が「達成されたとしてもそれで解決と言えない症例が多数発生する」ことを見込んだうえで、やはりワクチンには期待すべきと理解します。そして、クロロキン、レムデシビル、血液凝固防止剤など、関係あるのか?民間療法レベルから、本物の特効薬が開発されるまで、感染しようが、何度再発しようが生き抜くぞー!の覚悟が必要ですね。

人類の英知がウイルスの全貌を解明する日はそう遠くないと考えています。それまでウイルスとの攻め合いに負けないよう集中を維持して、みんなでのりきろう!(最後は剣道用語になっちゃいました、おそまつさま)

Posted by 猫機長
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コロナウイルスの隠れた凶暴性:身を守るためには?

つい最近、とある著名な感染症関連の大学教授とお話しする機会もあったので、その凶暴性と、防御策について書いてみます。

そもそもコロナってなに?まず一般的な情報をおさらい。

・SARS関連ウイルスに分類される。急性呼吸器疾患(COVID-19)を引き起こす。2020年(令和2年)3月現在、中国武漢市での肺炎の流行をはじめ、世界各地で感染が拡大している。(Wikipediaより)

・症状は40℃程度の高熱、乾いた咳、息切れなど。他に、全身倦怠感、吐き気、筋肉痛等を催す。顕著な合併症は肺炎である。→でもこれは初期中国の重病者のデータが考慮されており、実際はもっと軽いらしい。

というのがいわゆる基本データ。

人によっては「とっとと感染して軽い風邪ぐらいの症状で治して、ウイルス耐性の体になったほうがいいじゃん」なんて意見も出てきています。

こうした状況から、コロナの前にもっと重大な危機や世界的課題があるじゃないかー!コロナを隠れ蓑にしてこうした課題から逃げるなー!みたいなマニフェストをする人もいます。

世界の少年少女の12人に1人か児童労働を強制され、

2千2百万人の難民がいるなどで多数の人が犠牲(かえる)になっているのに、

なぜコロナばかり優先するの?というプラカードを掲げる人

今回の騒ぎは、実は「春節消費」などをストップし供給インフレを冷却させるための中国の狂言で、米中の経済チキンレース小休止のためにアメリカもこれに同意しただけだった、なんて陰謀論もあります

一方、世界中で国家権力を挙げたコロナ上陸防止がなされており。豪華客船で、すし詰めのまま上陸拒否とか、学校閉鎖とか、オリンピック延期かも?とか、また中国の人は世界中から入国拒否など、人々の生活や国際経済を揺るがす懸念が発生。

ちなみに、本当に世界を揺るがす大問題の場合、アメリカのダウだのNasdaqで大暴落などが始まるのですが、当初米インフルエンザの陰に隠れてアメリカ市場ではコロナは遠い東洋のお話、対岸の火事になっており。そのうちCDC(疫病予防管理センター)が警告を発するに至り、政府対応をめぐって大統領選にも影響しそうになりつつある状況。→ここまで書いていたら、米市場が暴落・一時停止になっちゃった(3月9日)!でも真因は石油とかかもしれないので、投資家の皆さんは舞い上がらずに慎重に買い攻勢仕掛けてくださいね

結局、コロナは危険なのか危険でないのか?どんな犠牲を強いても上陸防止しないと、日本人は全滅なのか?あるいは暖かくなる春まで待てば収束?消滅?するから全然OKなのか?

ここまでは巷のうわさや新聞、Wikipedia、公的機関からの「大本営発表」をかき集めた情報ですが、問題の核心と対処法については全然ぼやけてしまっています。

そこで、この記事の初めに書いた通り、とある感染症の権威(ペルナンブコ大学教授。ブラジルの大学なんてと侮るなかれ。熱帯病含め感染症の世界的なリファレンスでもあるのです)からいただいたナマで本音の情報をここだけのひみつ?で公開します。「真相はこうだ」

結論から言っちゃうととてもシンプルです。

教授による情報の要諦は「変異が怖い」の一言に尽きる、ということでした。

要するに、現在コロナウイルスのメカニズムなど、実は誰も解明しきれていないのが最大の問題である。対症療法的にインフルエンザと似た治療で治ったとか、もともと重大疾患を持っていた人にコロナが日和見感染したから悪化して死んじゃったとか、経験値でのみしか語れないのが正直なところである。恐るべきはいつどんな変異で劇症SARSみたいになってしまうか誰にも見当がつかないので、拡散する前に封じ込めることが重要になっている。

一旦コロナに感染して、なおった、という人でも再び症状があらわれているケースが最もやばくて、これは単にウイルスが残っていて再び勢いを盛り返しただけか、あるいは人の免疫システムをウイルスが学んで、この免疫システムに耐性のある新たなウイルスに変化しつつあるのか、などが全く分からない。

そういう状況が正直なところであるとの教授のお言葉でした

五里霧中の状況なので、一方では子供には感染しない、という情報が出ていながら、他方では学校を閉鎖するとか、そして学校は閉鎖しても満員電車はそのまんま、なんてちぐはぐな対応が多発してしまうらしい。

そろそろ結論です。

コロナ対策は、ずばり!「自分の間合いにコロナを入れさせない」です。

例によって剣道にこじつけて説明しますが、大会などで得体のしれない相手と対戦したとします。意外とふんわりほにゃらら、弱そうだけど、どんな担ぎ技(サプライズ)を隠しているかわからない。

そういう時に、無理やり攻撃しようとすると自滅します。見事な返し技か、あるいは卑怯そのものの逃げ小手か?は分かりませんが、衝撃的なサプライズが待っている可能性が高い。

そういう時はどうするのか。

右手の小太刀でぐっと相手の竹刀を制し、大太刀は振り下ろすのみの体制で、相手が不用意に動けば(隙を見せれば)打つぞ!と攻め(プレス)を利かせます。相手と攻め合いになりがまんする必要がありますが、そのうち相手のほうで集中力が切れて竹刀が泳いだりぽけっと動きが止まったりするので、その時に相手が動く(動こうとする)のを抑えて打つ。

コロナの場合も同じで、要するにはっきりした正体が分からず、したがってどんな対処法が最適なのかわからないのであれば、お手洗い、うがい、マスクなどでコロナとの接触を遮断するしかない。しばらく面倒をがまんする必要がありますが、そのうち変異の規則性なりが解明され(あるいは中国のインフレ・スタグフレーションが鎮静し、なんてははは)、 その時に開発されたワクチンなどで対応。

なお、あるニュースソースによれば、元来製薬業界はこうしたワクチンを迅速に作る実力は持っているらしいが、できたころにはコロナウイルスが収束して開発費丸損、倒産になるのが嫌なので開発には及び腰らしい。ご参考まで。

というわけで、基本は紫微斗数でいうところの「不怕(プパ)」つまり恐れなくてもよいが、その不怕の度合いも今後の状況の変化を考慮して判断する要あり、といったところでしょうか。紫微斗数好きの皆さんであれば、コロナってなんか「火忌星」に似てるな?なんて思われるかもしれません。吉星にくっつけば「解厄」されるし、凶星にくっついたら大災害になるし。。。すみませんまた脱線、なんじゃこりゃ、という人は読み飛ばしてさい。

結局、アルコール消毒だのお手あらいだの、今回は厚生省などの大本営発表と同じ結論になってしまいました。でも今度ばかりは大本営も信頼できる発表をしているようです。上記総合すれば、今後やばいサプライスが起きる可能性もあるけれど、大勢としてはそれほど劇症化するという情報はなく、日本など温かくなるにつれ収束していく傾向にあり、それまで頑張って予防しましょう、ということになると思います。

でもまだまだ寒い日本。この記事を読んで下さっている素敵女子のみなさん(Miuさん外部リンク)は、ぜひお体に気を付けて健やかな日々を送られることを願っています(もちろんその他おっさんやあんちゃんなどもです、ははは)

ではでは。。。

*中国インフレの参考資料はこちら「いよいよ「スタグフレーション」が警戒される中国経済(第一生命経済研究所:外部リンク)」

Posted by 猫機長