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世界を凌いだ日本の航空技術

ジェット機時代の今日では、皆さんが目にするのは、ボーイング、エアバス、ロッキードなど、欧米メーカーの飛行機ばかりですが、1930年代から1940年代のピストンエンジン全盛のころは、日本製の飛行機がたくさん飛んでおり。第二次世界大戦では、アメリカやイギリスの飛行機を相手に大活躍しました。

その当時の日本は、水といえば手押しポンプ、移動と言えば馬車、牛車という時代だった。キャデラックがぶいぶい走り回り、洗濯機が普及していたアメリカから見れば、石器時代じゃね?なのに、零戦がP36やP39を追い回したりして、世界を驚かせました。

手押しポンプ。https://www.idopump.com/joho/learn/192.html
 

零戦も工場から飛行場まで牛車(後にはペルシュロン馬)で運んだ。
http://noukakuken.jp/lecture/lec1505.html
 

 

航空技術は、国家のあらゆる産業の集大成ですから、「牛車に手押しポンプの国」では絶対に「キャデラックに洗濯機の国」には太刀打ちできないはずなのですが、まがりなりにも世界に通用するモノづくりを行ったという驚愕すべき実績であり、考察してみます。

 

◎看脚下(かんきゃっか)

まずは、自分の足元をみよ、ということで、30年代の日本は、積極的に先進国からの技術を導入しました。

例えば、92式超重爆撃機というのがあり

http://kakinotanet.blog.fc2.com/img/92siki.jpg/
 

 

翼幅が44メートルで、B29(43メートル)よりもでかい爆撃機が、なんと30年代の日本で製造されていたのでした。

でも実態は、ドイツのユンカース旅客機・爆撃機の焼き直しでした。

超重要なのが、ドイツから工作機械、治具、特殊工具含めて輸入し、技師や制作にかかわる人たちをドイツで研修させたほか、ドイツ人技師にも来日してもらい、設計のイロハから学んだ・学びなおしたこと。

上記は三菱の例ですが、のちの一式陸攻の開発につながる技術力がこうした試みで培われていったものと思われます。

 

 

◎得意分野を伸ばす

本稿の主題はこちらですねー飛行機なんてまず1にエンジン、2にエンジン、3・4がなくて5がエンジン。はるか遅れて6が翼(主翼・尾翼)、さらに遠くに7が機体、みたいな感じであり。

牛車の国では飛行機のエンジンなんてとてもとても。。。と正直にロールスロイスの国からエンジンを輸入して、その海賊版じゃなかったそこから発展した国産品を作り上げました。

そんな日本のエンジンの元祖はやっぱり「ブリストル・ジュピター」ですねえ。

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日本語で言えば「木星発動機」。このエンジンを発展させていくにあたり、中島は「寿(ことぶき)」から、「栄(さかえ)」、「誉(ほまれ)」など、名前だけ見たらなんか日本人がゼロから開発したみたいになっています。別にいいけど。

*ちなみに「寿」はジュピターの「ジュ」にちなんでいるそうです。

 

一方、日本のエンジンのもう一つの原型は「プラット・アンド・ホイットニー」。

R-1690、和名「明星」。http://www.aviation-history.com/engines/hornet.htm
 

 

これを三菱がライセンス生産して「明星」と名付け、その後、「火星」「金星」と、「惑星シリーズだよ!」みたいにしていった。

しかし、アメリカやイギリスを模範としたエンジンを作ることはできても、欧米を超える独自開発のエンジンは作れなかった。「誉」がこれに近いのですが、トラブル続きでちゃんと稼働してくれず、結局1世代前の「栄」エンジンをつけた零戦や隼が終戦までこき使われることになってしまい。

要するに、日本の場合、エンジンという航空機にとって最重要なパーツを開発する能力がいまいちだったという、かなり深刻なハンデを背負ってしまった。

エンジン以外で頑張るしかない、ということで、いろいろと編み出しました。

その1:スパッツ

スパッツというのは、降着装置につける整流覆いのことで、うまく成型すれば、むき出しに比べて9割がた空気抵抗を減らせるということが分かり。日本の技術者の涙ぐましい努力によって、引っ込み脚と同じくらいの成果が得られた。

整形されたスパッツの例(97戦:https://ms-plus.com/search.aspx?id=7981 )と、エンジンパワーで多少の凸凹は気にせず、引っ張った例(P35:http://www.fiddlersgreen.net/models/aircraft/Seversky-P35.html )
 

 

その2:尾翼

極めつけがこれです。日本人でなければできないナイーブな設計がここで生かされました。

まず、B29と1式陸攻の垂直尾翼を見比べてみます

B29。https://hobbycom.jp/my/kashiwagi/diaries/27065
 

 

一式陸攻。http://eletec.web.fc2.com/siryoukan/1_sikirikukou.htm
 

 

ううむ、どこがちがうのかな?

というわけで、F4Uと零戦の垂直尾翼を見比べてみます。

F4U。https://br.pinterest.com/pin/15270086206493240/
 

零戦。https://br.pinterest.com/pin/481111172687427925/
 

 

あああ!F4Uは、垂直尾翼がほとんど方向舵になってる!

そこです。

日本の場合、「大面積小舵面尾翼」を達成しているのです。一式陸攻も、あまり目立たないけれど。同様です。

尾翼は、飛行機の安定をつかさどる、とても大切なパーツですが、主翼と尾翼の間の間隔(水平尾翼モーメントアーム)や、尾翼自体の翼面積などによって飛行特性に大きな影響を与え。

重要なのは、尾翼の大きさそのものもあるが、むしろ、尾翼における固定部分と舵面の面積比率であり。

日本の場合、主翼も胴体も気流を乱さない流れるような流線形で、特に芸の細かいところが、尾翼先端に行くにしたがって舵面も細くちいさくなっていくようにした(弦長を減少させた)こと。

尾翼前縁は、おおむね先端に行くにしたがって細くなっていますが、舵面の面積が一定だと、固定翼の部分が舵面の作る気流の作用に負けて、捻じ曲げられるようになってしまいます。

世界の名機DC3も、日本機に比べるとラフな尾翼になっていた。
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そんな状況だと、舵の効きも悪くなってしまい。

エンジンに頼って強引に引っ張っているアメリカ機の場合、尾翼の相当の面積を昇降舵、方向舵にしないとうまく作用してくれず。パイロットの言うことを聞いてくれない飛行機になってしまっていたのでした。

F4Uのように、全部舵面にしちゃえ!みたいな力技もあるのですが、零戦や一式陸攻の場合、流れるようにテーパーした(細くした)尾翼に、ち密そのもので計算された舵面が流れるように気流をとらえて、無駄な補強無しに、軽く強く、敏捷な挙動ができる究極の完成度に達しています。

こうした、ほとんど目には見えないところで必死に努力した結果が、日本の飛行機を世界でも有数のレベルに押し上げたものと理解します。

モーメントアーム。https://radizetsu.blog.fc2.com/blog-entry-480.html
 

 

でも、それは、平和な時代に、凝りに凝った芸術品みたいなのを一定数揃える、というのならよかったのですが、いったん戦争がはじまり、粗製乱造の粗悪品でもいいから雲霞のごとく敵地上空に放ち、数で圧倒する、という実情には対抗できず、あえなく駆逐されてしまったのでした。

日本の場合、栄養失調の少年が、大リーグボール養成ギプスじゃないけど死にそうになってBMI値0(なんてないけど)の超筋肉アスリートに生まれ変わり。開戦当初は、並みのアスリートをさんざんボコることができたが、そのうち、脂肪そのもののでぶでぶだが、高見山と朝潮にトランプ元大統領を掛け算したような相撲取りが登場してきて、張り手を食らってあえなく吹っ飛ばされるような展開になってしまいました。

栄養失調(隼:https://www.super-hobby.pt/zdjecia/9/8/0/1145_rn.jpg )と相撲取り(P47:https://www.super-hobby.pt/zdjecia/9/8/0/1145_rn.jpg)の対決。
 

 

相撲取りを圧倒するデブ野郎
https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2019/05/26/kiji/20190526s00005000412000c.html
 

 

ああ無情。。。

それでも戦闘機同士だったらそれなりに善戦したようですが、B29が1万メートルで、となると、同じ高度に上がっていくのも一苦労、になってしまいました。

結局、尾翼なんでどうでもいいや、ともかくエンジンだ!のアメリカが勝ち、芸術品の日本は敗れ去りました。

よく、工業力の差だ、と言われるのですが、それ以前に、飛行機にとって何がポイントであるかを理解していながら、そのポイントを逃してしまったために小手先の小技で挽回しよう、という、姑息な手段で戦争に勝てると自分を騙してしまった日本は、精神面でまず負けていたのかもしれません。

ち密なモノづくりが得意な日本ですが、そのち密さは本当に課題を解決するのか?そもそも何のためにモノづくりをしているのか?などなど、要すれば「目的と手段、そして成果と指標」ついて、もうちょっと考える必要があるのかもしれませんね。。。。

ではでは

Posted by 猫機長
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紫微斗数と飛行機④

紫微斗数と飛行機④

これまで、

◎武曲星、破軍星、天相星

◎巨門星、天機星

◎太陽星、太陰星

について書いたので、それらも見てね!

封神演義、という神話があり。

殷王朝が倒れて周王朝が生まれるまでの壮大なストーリーを、楽しい物語の形で綴っています。両王朝の英雄たちを紫微、貪狼、巨門、廉貞、武曲、破軍、天府、天梁、天機、天同、天相、七殺、太陽、太陰の14星になぞらえて、それらの星の性格や、生年月日にこれらの星たちが夜空のどこにいたかで、恋愛とか仕事とかの運勢を占うことができます。               
風神演義。左が殷陣営。右が周陣営。https://kknews.cc/zh-hk/history/l2b8242.html
 

ランダムに、特徴的な星たちについて記載してみます。

 

◎廉貞星:「泥まみれのファイター」
廉贞星是什么意思_廉贞星代表什么_神巴巴测试网 (shen88.cn)
 

さて、この星はどう読むのでしょうか。「れんちょう」「れんじょう」と、いろいろあるのですが、「れんてい」が正しい、のではなく。

中国語ですから。「Lián zhēn」だそうです。

ははは

廉貞星の性格は

「清廉潔白で、正義感にあふれる」一方で「狡猾で、損得勘定にさとい」

ううむ?

「公平で、志が高い」一方で「自分の思い入れが強く、その日暮らし」

なんか相反する性格が同居してるじゃん!

これは、廉貞星のモデルとなった人物が置かれた複雑な状況に由来していた。

その人物とは「費仲」

「悪の魔神」紂王の側近で、Wikipediaでは「奸臣。紂王の側近であることをいいことに諸侯から贈り物をうけていた。紂王に妲己を勧め。紂王に気に入られた妲己にとり入る」などなど、どうしようもないクソ野郎のように書かれてしまっていますが、実際は、気難しい紂王をあやしつつ、並みいる殷の大臣たちと対等に渡り合ううえで、妲己つまり女性という最終兵器を投入したり、わいろだのなんだのでバランスをとったりと、その日その日を、なんとか、平均台の上でおっとっと、みたいに奮戦。最後は武曲(周の武王)との決戦となる大合戦で大雪の中に凍死と、なかなか壮烈だったりします。

ほかの星たちに比べて目立つところというと

物怖じしない、チャレンジ精神旺盛

アクが強め

目標に向かって敢闘する

というのがあるらしい。

となれば、「廉貞星みたいな飛行機」とは。。。

P40

https://www.wallpaperflare.com/search?wallpaper=curtiss+p+40+warhawk
 

 

これだとおもいます。

まず、シャークノーズ。

https://www.wallpaperflare.com/airplane-propeller-curtiss-p-40-warhawk-aircraft-military-wallpaper-tsrvw
 

 

アメリカかぶれした航空自衛隊は別として、日本機ではぜったいありえないお絵かき。

アメリカかぶれの例 https://trafficnews.jp/post/85694
 

 

 

と思ったら、戦中の日本機でもありました

*もちろん合成のオオウソです。(元ネタはhttps://twitter.com/keroro2gunsou/status/1439469180646924291)
まじめに信じないでくださいね。。。。
 

アクの強いシャークノーズを持ったP40は、サメの口をお絵描きできるほどぶきっちょなアゴがせっかくの液冷エンジンの利点(こちらの記事をご覧ください→冷却器)をだいなしにしてしまい。

日本やドイツの戦闘機に、タコ殴りにボコられてしまいました。

Martin Caidin著「極東上空の虐殺」
 

 

しかし、バッファローやP35など、同世代の第一線機が壊滅するなか、P40は劣勢ながらも零戦や隼と勇戦し。

中国戦線では、早くから日本機の弱点を見抜いていたシェンノートによる一撃離脱によって、互角に戦いました。(隼乗りの回顧で、「P51よりP40の方が強敵だった」というのさえある)

どんな強敵相手でも、物おじしないチャレンジャーとして、F6FやP47といったゲームチェンジャーが表れるまで、出ると負け、ボロボロになりながら前線を維持しました。

制空戦闘機としての役割は新鋭機と交替しても、退役はせず。

今度は「戦闘爆撃機」として、連合軍の勝利に重要な貢献をした。

「戦闘爆撃機」というのはアメリカならでは(英国もタイフーンとかがある)の使い方であり。

零戦に駆逐されたP35
http://www.fiddlersgreen.net/models/aircraft/Seversky-P35.html
 

 

バッファロー。開戦劈頭は97戦などと互角にやりあったらしい。

Buffalo flop! The story of the Brewster F2A, the aircraft deemed superior to Grumman’s F4F but that was totally outclassed by Japanese fighters


 

P40はじめアメリカの戦闘機は、零戦と巴戦はできず、戦闘機としては鈍重でも、大量の爆弾を抱えて敵地上軍にばらまき、大損害を与えるという方向で大活躍した。

みなさんご存じの通り、機体も頑丈で防弾もしっかりしているので、ドイツのスツーカもびっくりの強行爆撃ができ。

敵戦闘機と遭遇しても、もともと戦闘機なので、何とかシザーズ(回避運動)で雲の間に逃げ込み。

第二次大戦の連合軍勝利に貢献した三大武器が「DC3、バズーカ砲にジープ」とされていますが、その次に来るくらいの活躍をした。

打たれても打たれても立ち上がり、ボコボコのパンチドランカーのようになりながらも前線を支え続けた姿は、ぶきっちょな「アゴだし」スタイルとも相まって、P51を凌ぐほどに敬愛される「アメリカ人の心の名機」として、現在に至るまでエアショーなどで多数が参加し、喝采を浴びています。

https://aviationweek.com/business-aviation/aircraft-propulsion/airventure-draws-more-visitors-aircraft-after-one-year
 

 

◎貪狼星:「傾城の悪魔、魔性の妖(あやかし)。その名は女」

贪狼星是什么意思_贪狼星代表什么_神巴巴测试网 (shen88.cn)
 

 

こちらは読み方かんたんですねー。「どんろうせい」

妲己です。

絶世の美女。費仲と結託して紂王を操縦し。最後は殷を滅亡させてしまいました。

世界を破滅に陥れる最凶の悪女。峰不二子の原型である。

あれ、峰不二子って、悪女だったっけ?

欲望のかたまり。ひとたらし。好奇心旺盛。遊びや楽しいことが大好き。

なんとなく、ネコみたいですねえ。

というとグラマンの猫シリーズ(F4F,F6F,F8F)を連想しがちですが、いずれもあまり美しくない、というか、はっきり言ってぶさいくだし。。。

そんな貪狼星を象徴する飛行機は。。。

デハビランドDH88・コメート

ttps://www.amazon.co.jp/KPモデル-デ・ハビランド-DH-88-マックロバートソン・エアレース-KPM0099/dp/B0BYJBRTLX
 

 

この飛行機を選んだ理由は、単に美しい!からです。

ははは

イギリスも面白い飛行機をいっぱい作っており、

世界一醜い飛行機、なんてかわいそうな称号をもらってしまったフェアリー・ガネットとか

https://ameblo.jp/hihiihi-ho/entry-12567328244.html
 

なぞとしか思えない思想の設計による怪機がうじゃうじゃ生産されたのでした。

そんなイギリスでも、時にだれもまねできないような名機を生み出し。

その一つにデハビランドDH98「モスキート」があります。

「蚊」なんて名前をつけなければよかったのに。。。

全木製のやっぱりスタイリッシュな飛行機だったのでした。

https://tamiyashop.jp/shop/g/g61066/
 

 

ところで、美しい飛行機、というとやぱりこれだね!というのに

デハビランドDH89ドラゴンラピード

があり。

https://www.mailexperiences.co.uk/de-havilland-dragon-rapide-flight-over-london
 

 

マニアだったら、とても複葉機とは思えない、つばさと胴体をつなぐきれいなフィレットや、シンプルで流麗な主脚カバーなど、洗練されつくした、まるで現代のAI技術を駆使したようなデザインに、うなってしまうと思います。パイロット目線で見ると、操縦席周りの風防が、直線と曲線が見事に調和して、ほれぼれと見とれてしまうのです。

きっとこの飛行機はとても視界がよくて、操縦が楽しいんだろうなーと想像してしまいます。

こういった魔性の美しさを持つ飛行機、いいなと思います。

 

あまり魔性が感じられないのが、ホンダジェット。

http://tokyoexpress.info/ 2020/12/16/パイロットの視点から見たホンダジェットの特徴/
 

まるで視界をふさごうとしているかのようなぶっといピラーに遮られたコクピット

http://tokyoexpress.info/ 2020/12/16/パイロットの視点から見たホンダジェットの特徴/
 

 

二重アゴのカモノハシか?スプーンをつぶしたような機首

http://tokyoexpress.info/ 2020/12/16/パイロットの視点から見たホンダジェットの特徴/
 

 

革新的と言いながら、T字尾翼はこれまでのビジネスジェットからそのまま継承し、ディープストールの危険も引きついでしまった、パイロット泣かせのコンフィギュレーション。

https://blog2.hisway306.jp/鈴鹿サーキット上空を舞うホンダジェットは美し
 

そして、とどめは、これも在来のビジネスジェットとおなじく、翼と胴体の接合部に、みにくい、巨大なでっぱりができてしまったこと。

https://blog2.hisway306.jp/鈴鹿サーキット上空を舞うホンダジェットは美し
 

 

確かに、燃料、主脚、荷物とか考えると、出っ張ることはわかるけれど、ここまででかいと、空気抵抗でまくりじゃね?とか疑ってしまいます。

 

この機体形状は、与圧の都合によるものと「カモノハシ形状の機首」や機首直後の下部胴体のくびれによって、空気抵抗を減らす画期的な形状になっているらしいのですが、納得できる情報が見当たりませんでした。誰か知っている人がいたら、教えていただけると幸いです。

日本の飛行機をディスるつもりはないんですけど。。。。でも、ドラゴンラピードの魔力に比べると、つい。。。

3000字を越えました。ではでは

Posted by 猫機長
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遂に来た米国スポットETF:ビットコインの大革命はじまる

いやいや2021年の5月に初めて言及してから2年半、ついに2024年1月10日、米国で現物ETFの承認となりました。

当時から、一時はETFどころかビットコインそのものがオワコンだ!となりかかったものが、2024年1月1日時点では最高値から見て半額ちょっとまで回復。それでも1万6千ドルの最低値当時に投資を始めた子供たちから見れば、「倍増だあああー!」と大騒ぎになっています。

いやいやいかに世の人々が、目の前の短期的な推移に攪乱されているかという事ですねー

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しかし、そんなスポット的な変動も、ブロックチェーンの構造的な発展から見れば小さなものだったと気づくときがくる。

その構造的な大変動のもっとも巨大なものが、今回の現物ETFの承認と理解しています。

かくいうぼくも、保有している現物ビットコインETFが、購入してから2年半で爆下がりするばかりで、もうだめだー!と流されていた一人です。

あれ?この記事の最初で①「ついに今年の1月10日に現物ETF承認になった」って書かなかった?なのに②「現物ETF購入して2年半で爆下がり」っていいうのはありえないんじゃね?

突っ込みを入れてくれたみなさんありがとう。ここが、今日の記事の核心です。

そして、この核心に気づけた人は、今後の現物ETFで大成功するための重要な情報を手に入れることができる人だと、信じています。

さて。

①と②は、全然齟齬はありません。逆に、②があるからこそ①について理解ができるという事を説明します。

種明かしをすると。。。。

①「米国の」現物ビットコインETF。2024年1月10日承認

②「ブラジルの」現物ビットコインETF。2021年4月時点で承認。

ブラジル以外にも、カナダやドイツでこれまで現物ビットコインETFは承認済みであり。別に米国が世界で初めてではないという事に注目。

つまり、ブラジルだのドイツなどの先行事例に投資していた人たちは、現物ビットコインの具体的なからくりがどうであるかを、実体験として知る事ができているのである。

しかし、重要なポイントとして、世界経済のなかで、ブラジルだのカナダだのドイツだのを合わせても、アメリカの現物ビットコインETFの規模には遠く及ばないというのがあります。

米国市場(とそして連動する世界市場)を動かすことによって、はじめて現物ビットコインETFは個人投資家含む世界の投資家が参加する超巨大市場を形成するのである。

イメージ的にはこんなかんじですかねー

◎ブラジルやカナダ、ドイツなど→すべてあわせれば琵琶湖くらいにはなるかも。

◎アメリカ→一国で太平洋、大西洋、地中海もろもろの海を合わせたくらいの巨大さ。

つまり、アメリカでの現物ビットコインETF出現により、ビットコインは一部のマニアによる代替通貨ごっこから、石油や鉄鋼、金も真っ青となる巨大コモディティ資産へ大転換を遂げることになった。

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この大異変(大転換)の根底となるファクターが「ビットコイン取引の大衆化」です。

ETF出現前のビットコインへの投資と言えば、「現物を直接買って、自己責任で保管する」という、著しく困難で危険性の高い、一部の人々にしか手の届かないものであった。

ビットコインを買うためには、まずは「仮想通貨取引所」というところを通じて口座から「ウオレット」へと移転して保存し。

このウオレットつまり日本語では財布ですが、金庫のような物理的なものではなく、まさに「暗号」のかたちでホットあるいはコールドウオレットに保管しなければならない。

ここで、ビットコイン爆上げだ!利確だぜ!の場合は、今度はウオレットから取引所へ送金し、換金しなければならない。

ここまで読んで、なんのこっちゃ?ちんぷんかんぷん?という人が大多数と思います。

でも、ちんぷんかんぷんではすまないのです。。。

ビットコインの直接売買に使われる「うたい文句」は「政府の管理、中央集権を離れた自由な取引」ですが、それが現実に何を意味するかは「個人対ビットコイン取引所という限りなく力関係が不均衡な契約」なのである。

「ビットコインについては、警察はじめ国家権力は管理していません」という世界なとうことであれば、いかに正式登録した取引所と言えど、「作為または不作為の不手際」をしでかした際、対決し解決するにはあなた個人の独力しか頼るものがありません。警察など国家権力が、あなた個人の為にどれだけ力になってくれるか、また、力になるための「事件性」をどこまで真面目に追及してくれるかは疑問です。

要するに、よほど事情に精通した投資家でない限り、個人による直接のビットコイン購入では、個人に覆いかぶさるリスクが大きすぎるのである。

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ETFであれば、ブラックロックだのフィデリティだの、要すれば三菱みたいな誰でも安心のマンモス金融機関に口座を開けて「ビットコイン現物の値動きをターゲットとしたETFを購入」するだけですから、換金もウオレットもへったくれもなく。証券会社で行う法定通貨の金融資産として、誰でもふつーに投資することができます。投資家と銀行(証券会社)の契約であり、取引所など外部との交渉のリスクが存在すれば、それは銀行(証券会社)が負ってくれる。銀行(証券会社)は個人とは桁外れ、取引所も圧倒する交渉基盤を持っている。国家権力も銀行はつぶしませんからねー

これを世界の大規模機関投資家が先取りして大規模投資を敢行中。。。。というような話題は今日の本題からは外れるのでここでは書きませんが、要すれば、今回の米国現物ETF承認で、直接取引所(交換業者)に口座を開設して入金するしかなかった時代でのリスク、つまり、取引所がハッキングされるだの以前に、投資家が個人で所有するコールドウオレットつまりインターネット環境から切り離した専用デパイスや、紙に印刷するペーパーウオレットが、紛失や盗難という危険や、紙の場合、コーヒーこぼしちゃった!などなくても自然な劣化で秘密鍵が読み取れなくなり、その時点で永久に投資がパーになったり、ハードウオレット等の秘密鍵を念失、紛失し、やはりその時点で永遠に投資がパーになるという危険から解放されたという事である。

左がハードウエアウオレットの一例https://hardwarewallet.jp/

右はペーパーウオレットの一例https://payment-revolution.net/pepar.html

 

 
ETFの承認によってこうしたリスクから解放された世界の投資家によって、ビットコインというコモディティが投資イシューとして大躍進する基礎が整った。

ぼくはブラジルで現物ETF「HASH11」を保有していますが、S&P500のETFみたいなかんじでお手軽に値動きを確認し、さらにお手軽にSantander証券を通じで購入、売買できるという事を事実として体験することにより、上記の「仮想通貨直接購入リスク」が全く無縁の世界もあるぞ!ということを具体的な現実としてこの記事に提示することができています。

HASH11。実はBTC80%、ETH20%のバスケット型です。

 

 
こうした実体験から、現物ETFは、本物のコモディティETF、しかも未曽有のコモディティETFであるということを確信できています。

*念のため。あくまで情報提供です。投資の判断は皆様の自己判断、自己責任でお願いします。

もちろん、「ファクト売り」で、いったんビットコイン価格は半減すると思います。そこから、半減期などのいいわけじゃなかった材料を織り込み、少しづつ、最後は雪崩のように怒涛の爆上げが2025年くらいまでに起こることを期待しています。

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 ではでは

Posted by 猫機長
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2023年の不労所得総決算

今回の記事は、例によってふむふむ難解・難読の書です。でもおしゃれな挿絵をいっぱい入れたので、素敵女子の皆様もスルーしないで、いいね!してね!

投資女子やセミプロ投資あんちゃんには重要情報と理解します。数字は目安、アバウトなのでご了承お願いします。

https://www.pinterest.co.uk/pin/334251603605487363/

 

 

ウクライナ戦争膠着に裏金問題発覚の2023年も終わり。

ビットコインも1万6千ドルから4万ドルへの「回復」、そして2024年1月10日に期待される現物ETFの承認があり。米金利も異次元の収縮から利下げが現実的になるなど、一言でいえば「雪解けの一年」でしたねー元本の市場価格が下げ止まり、来年はどうよ?という希望の12か月でした。

さて、このブログはお題も「不労所得」なので、この「破壊の後の放心の一年」で、なけなしの資産がどうなったかについて、いつも「いいね!」いただいている素敵女子やナイスガイたちに開示するのでした。

昨年から今年の変動はこんな感じ。数字は基本、現地通貨です。

あと、Santander銀行に債券投資がありますが、こちらは給与所得をぶち込んでおり、不労所得ではないので考慮外にしました。

①金融資産種目

2022年12月31日

2023年12月31日

債権(Itau銀行)

787,851.95

777,000.00

金地金

75,500.00

71,000.00

リート+ETF(Santander)

2,784,095.47

3,165,916.10

リート(Itau)

221,930.80

245,613.58

3,869,378.22

4,259,529.68

@29.01=123,568,956円

労働保険(FGTS)

358,704.00

398,054.58

総計

4,228,082.22

4,657,584.26

円額換算

@24.80=104,856,439円

@29.01=135,116,519円

➁投資用不動産等

760,000.00

700,000.00

①+➁(現地通貨)

4,988,082.22

5,357,584.26

①+➁(円額)

@24.80=123,704,439円

@29.01=155,423,519円

ここで注目は、まず①の純然たる金融資産の残高。

2022年12月はR$4,228,082.22

2023年12月はR$4,657,584.26

12,481,329円(429.502.04レアル)の増加。まあまあいいじゃん

2023年についてさらに掘り下げます。

毎月の配当や金利のうち、再投資できた金額が毎月平均でR$27,014.00なので、一年ではRS324,168.00を再投資した。

うちR$170,000.00を②に分類される実物不動産に振り分けたので、上記①すなわち金融資産に振り分けることができたのはR$154,168.00になります。

したがって

2023 年末における①金融資産の元本から配当の再投資分を除いたがんらいの元本の金額は(R$4,657,584.26―R$154,168.00)=R$4,503,416.26

すなわち、配当を除いた元本のみの増減でみると

2022年12月のR$4,122,118.22から、2023 年12月実質R$4,503,416.26へ、ざっくり9.2%の増加。

R$⇔円のレートがこれまた@24.80から@29.01 に大変動したのに助けられはしたが、2023年は金融資産で1億、特に労働保険を抜いても1憶達成しているのには安堵しました。

要すれば、今年が異次元円安ということなので、来年はまた投資用不動産とかを総動員してやっと1億に逆戻りしちゃいそうな気がします。かなしいな

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今年要注意だったのは、投資用不動産を購入したこと(実際は去年購入した土地に今年は施設用の資金を投入した)。

ほんとうは元本価格すなわち株価の一株(リートは一口)当たりの時価が急落し、DY(配当利回り)が相対的に急上昇するいまこそ株やリートを買いあさりたかったのですが、実物不動産でとある物件を買わざるを得なくなり。

この物件の時価総額はR$490,000.00とし、投資用不動産等に組み入れました。2022年は居住用不動産もいれちゃってましたが、2023年はこれは除きました(投資用不動産の値上がりもあるので、単純な引き算ではないですが)。

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ここまでは元本のおはなし。

実はそれより毎月の配当の方が重要です。

というわけで、2022年と2021年の配当及び金利すなわちこれこそまさに純然たる不労所得については以下の通り

*注意:以下は、生活費とかを除いて再投資した金額なので、念のため。

*も一つ注意:2023年の金利収入は、ブラジル政策金利の低下を受けて減少。年間平均はもうちょっと多いのですが、来年さらに低下を見越して低めにしました。

2022年(@24.80)

2,023年(@29.01)

リート配当(1か月平均)

18,998.00

21,014.00

債権金利(1か月平均)

6,500.00

6,000

1か月あたり計

25,497.00

27,014.00

1年分総額

305,964.00

324,168.00

1年分総額(円換算)

7,587,907円

9,404,113円

円額だと、2022年から2023年で24%増加と、いかにもすごそうですが、これも狂乱円安のトリックなので、実質は現地通貨の5.9%増加にとどまった。

これでもよさそうだけれど、今度はインフレがあり。IPCA指標で4.72%なので、現地通貨による実質の年間収入額の増加は5.9-4.72=1.18%にとどまりました。

まあ、インフレを差し引いて、かつ日々の生活費を差し引いた再投資額なので、まずは順調かなとは考えます。

ちなみに、毎月783,676 円ということで、ベンチマークとしている毎月30万円をこえることができて一応安堵。でも、これも為替に幻惑されているので、あえて去年の為替でやってみると669,947円で、こっちの方がリアリスティックかなーと思います。

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なんか数字ばっかりでこんがらかっちゃった?ので、ごくおおざっぱに、まとめてみます。

金融資産の時価評価額:ざっくり10%の増加。安堵(インフレを引いたら5.28%。かなしいな)

不労所得(再投資可能分):インフレを差し引いて1.18%増加。

ううむこの2行を書くためにどれだけ計算じゃい。くたばりました。

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というわけで、結論として、不労所得、元本ともに何とか増加しているから、まあいいかと、安堵しています。

特に元本の増減は要注意で、1年単位で増えた減った、と一喜一憂しているとかえって資産を失う結果になると思います。

じゃあどのくらいのスパンでみればいいの?というわけで、一例としてリート「SHPH11」でみてみます。

1999年に一口R$100.00で購入。

2023年12月29日(実質31日)の段階で1口R$850.00になっていました。つまり850 %の上昇ですねえ。

その間のインフレ(IPCA指標)は以下の通り

 

というわけで、1999年から2023年までの24年では、

R$850.00―R$642 .55=R$207.45がインフレを超えた純利益。

つまり、

インフレを超えて207.45%上がっているのでした。

一年あたりインフレを超えて8.6%(単利計算)なので、ここ2,3年落ち込んではいても、20年のスパンでは勝っているということになります。

ここでこのリートの重要なポイントとして、上記はあくまで元本のみの変動であり、これとは別に配当が毎月、コロナ禍で営業中止した1年程度を除いて必ず分配されてきたことです。つまり、元本はインフレに勝る上昇で資産保全を達成し、さらに配当による不労所得で生活費の充当を可能としてきた、ということです。

タコ配とは別世界の毎月分配もありますよ、という実例になっていれば幸いです。

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もちろん、金融資産の総体を構成する銘柄は、SHPHだけではなく、雑多のリートや債券で構成され、下がるいっぽうだー!なんてダメダメなのもあるのですが、総体的には拡大していってくれているので安心しています。

人口ボーナス期にある新興国の不動産投資が主体なのでこうした安心も得られますが、日本の場合は、はっきり言って投資するにできないんじゃね?というか、結局S&P500へのインデックス投資とか、日本に住んではいても投資先は米国を選ぶ人が多数。でも、Jリートでがんばって資産拡大している人もいることはいるらしい。

去年はこう書きました

「2023年の年末には、うだうだ書かなくても、すぱっと元本総額が増加していることを祈りたいですが、難しそうですねー2024年から2025年にかけての世界市場の復調を願っています。」

今年はこう書き直します

2023年の年末は、意外とすなおに元本総額が増加して、安堵しています。2024年のビットコインスポットETF承認による爆上げと、2024年から2025年にかけての世界市場の復調を願っています。

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ではでは。。。

 

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セスナ社のLSAが生産中止になった理由

軽飛行機といえばセスナ。セスナ社の軽飛行機は世界中に普及しています。

セスナ社は、モデル120から、140、152,172。。。。と連綿と続く傑作軽飛行機を生み出し。

でも、一時期アメリカ政府が軽飛行機の安全性について小役人みたいな規制をかけたので、さすがのセスナ社も軽飛行機は採算が取れなくなり生産中止。かわって、サイテーションとかビジネスジェットで巻き返しています。

そんなセスナ社が、満を持して、小さな単発ピストンエンジン機の世界で新作を発表だ!と2009年に生まれたのが「セスナ162 スカイキャッチャー」。

https://aircraft.fandom.com/wiki/Cessna_162

 

 

これまで実機の世界を制してきたセスナが、ついにLSAの世界に乱入だ!

この、実機とLSAの違いが、この記事の核心になるので、簡単に説明します。

両方とも軽飛行機で、性能はどっこいどっこい。

実機の方は、安全が確立された製法、エンジンで作られた古典的な飛行機。

LSAは、伝統にこだわらない製法、エンジンで作った創作料理みたいな飛行機。

当初はLSAは試作機みたいな扱いでしたが、最新技術が信頼を得るに従って実機と共に軽飛行機の中で重要な割合を占めるようになり。

これは、フランスにおける「良い子のワイン」と「悪い子のワイン」の関係に類似していると思います。

フランスには「ラングドック」という地方があり。ワインの革命を進めている恐ろしい地域だそうです。

ラングドック地方には「良い子」と「悪い子」のワインがあり。もともとは安ワインの大産地だったが高級志向で売れなくなり、伝統的なブドウの品種を格式作法?にのっとり、がんばって1980年代に「AOC(高級品質保証)」をもらったのが「良い子」、一方そんな権威なんて信じねーぜ!自分の思うように外来の品種を混ぜたり創作してやる、というのが「悪い子」で、実は「悪い子」のほうが品質は上だ、という人も多いらしい。

http://www.tintosetantos.com/index.php/denominando/1105-corbieres

南仏ラングドック、コルビエール地方

 

 
要すれば、実機が「良い子」。LSAが「悪い子」である。

欧米ではLSAが大ブームになっており。

そんな中で、セスナもLSAを発表。

セスナの信用とLSAの技術革新、そしてメンテナンスがお手軽だよ!などなどの利点から、販売開始当時は世界中のジェネアビ界から注目を集めました。

そして驚異の大生産・大量販売、にはならず。。。。

2013年に生産終了になってしまいました。

当初は年間生産600機などと期待されていましたが、実績としては4年を通じて

生産機数はわずか275機にとどまり。

何が起こったのか?

整備や運行のメンテナンスなど、コストダウンが経営の決定打となるフライトスクールがこぞって購入するはずだったのに?

事実、これら飛行学校の教官たちが、わくわく、と試乗しはじめ。

ところが、なんと、あまり良い評価が得られなかったらしい。

ここからは、「らしい」という推測で進めさせていただきます。

というのも、確かに当時のどこかの飛行学校のHPで「こういう理由でスカイキャッチャーの導入はやめました」というような情報はあったのですが、2022年の今日再び探したら全然見つけられず。

別に、セスナ社が箝口令を敷いた、という気はありません。

一方、ぼくもLSA乗りとして、LSAとしてとても有望だったはずのスカイキャッチャーが消え去ってしまったことに対する一つの提起として、書かせていただきます。

どうも、これらフライトスクールの教官たちは、実機のりばかりだったのでは、と考えたくなるふしがあり。

スカイキャッチャー不評の理由として(くどいですけど今日裏付けを貼り付けることはできないので、あくまで私見ですが)

◎低速時における操縦性がインスタブル過ぎる

◎着陸降下時のランプ(降下アプローチ)が、ちょっとした横風で大きく変わってしまい、まっすく降りることができない

◎滑走路直上で一定したフレア(引きおこし)ができない。上下左右に振り回され、思うような着地にならない

◎ギア装備がぜい弱すぎ。ちょっとでも落着したら壊れちゃう

というような意見があったと理解しています。

確かに、

◎お手軽に、短時間で、飛行学生に免許を取ってもらいたい

というスクールにとっては、なんちゅう扱いにくい教材じゃ、となってしまったのだと思います。

でも、一見残念なスカイキャッチャーの特性?は、実は、LSAだったらどのメーカーのどの機種にもある、LSA特有の宿命であって、特にスカイキャッチャーが劣っていたわけではないのでは?と思います。

LSAは、軽量化などで実機と同等の性能を達成しましたが、それは、カタログスペックには出てこない、着陸時における繊細な操縦の必要性といった弱点?とバーターすることによって可能になったものと理解しています。

というわけで、ブラジルの例ですが、LSAの免許を取るためには、年齢の数の倍の飛行時間が必要になっています(40歳の人だったら、80時間かかる、みたいな感じ)。

もちろん法的な最低ラインというのではぜんぜんなくて、飛行学生が、やんちゃなLSAを壊さないで着陸させたり、上空でも突風でもみくちゃにされるLSAをなにげにまっすぐ飛ばせるようになるまでには、ふつーこれくらいの飛行時間が必要になっています。

ぼくの場合は80時間かかりました。実機の場合はこの半分以下で免許くれるらしい(ブラジルの場合)。

それでも、欧米ではLSAの免許を取るために、がんばって時間をかけてでもスクールを通いとおす人たちがひきもきらず。

要すれば、LSAは、免許取得や、その後も実はお手軽とは言えない部分もあるのだけれど、それでも実機にくらべてアドバンテージがあるということらしい。

ぼくの個人的なケースでは、LSAに特化した小さな飛行クラブで、実機に比べて税金が安く、修理についても自動車のプラグなどを使用する前提のロータックスエンジン、ガソリンも同様。計器なども実機用の純正品と同規格のものを3分の一以下の値段で買える、などなど、メンテの費用削減もあるが、とにかく簡素な、クラブ自前の滑走路・格納庫ですみ、実機の運用を許可された飛行場施設が要求する目の飛び出るような保管料とかがない、という、こちらもカタログスペックには出てこない重要なアドバンテージがあるのです。

これは、実機の方がいいとか、LSAの方が優れているとか、そういう話ではなくて、双方の特性を知ったうえで、自分に合った方を選びましょう、という事だと思っています。

 ぼくはLSA乗りですが、LSAがあったからこそ今日の飛行機乗り人生があったと思っています。

老舗セスナが生み出したLSAの名機(なんて断定しちゃいますが)スカイキャッチャー。LSAが理解されてきた今日こそ、再登場してほしいな、なんて思っています。

最後に、なかなか網羅的にスカイキャッチャーの失敗について説明した動画があったので追加。

ぼくは、中国だのなんだのというより、エッセンスは17:20あたりから17:25あたりに凝縮されていると思います。

ではでは

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文化の融合と平和への道

日本で、人口オーナスと人口減少が進んでいます。

若い労働者の数が少なくなってしまい、老年人口を支えられなくなる危惧から、「生涯現役」のスローガンで、老年人口も第2、第3の職場で働くご時世に。

これがドイツなどでは、若くて働く意欲を持った移民を受け入れればいいじゃん、と移民に門戸を開放しました。

ドイツの場合は、ナチス時代の人種差別を反省する、という意味もあったのでしょうが、外国人、異民族を分け隔てなく受け入れることが、実は国家の発展・安泰の重要な原因となった国々も存在します。

まず中国。歴代王朝で、異民族王朝も多々ありますが、漢民族の王朝で、異民族でも中国風の思想を受け入れ、国家の発展に貢献した人は分け隔てなく登用、重用した唐帝国は、世界でも屈指の大国として君臨しました。

『天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも』

阿倍仲麻呂は、漢民族ではなかったが、唐で抜擢され、活躍した。

 

 

近代国家では、カナダ、オーストラリア、ブラジルなどが多民族国家として発展しています。

アメリカの場合は、多民族国家だけれど、なんとなくWASP優先なので、あえてここではお手本とはしないことにしました。

外国労働者を受け入れれば、もちろん摩擦や犯罪も起こります。

「おはようラモン」という映画があり、メキシコから不法入国でドイツに出稼ぎを試みたラモン少年が、「アウスレンダーアウト!(外国人は出ていけ!)」の冷たい対応をする人、「乞食であったとしてもすべての人は平等な権利を持っている」と温かく支援してくれる人と交流しながら生活していく、という内容の映画がありますが、こういう混乱を受け入れて行こうというドイツは、ナチス時代に行った差別政策がもたらす災厄を誰よりも思い知ってるのだと思います。ちなみにフランスはもっとちゃっかりしていて、「外人部隊」というのに自国民がいやがる危険な軍務をおしつけちゃってます。ははは

おはようラモン。南米やヨーロッパで話題になりましたが、

なぜか日本語版を発見できませんでした。

 

 
さて。

日本は、単一民族国家とされていますが、その単一民族としての優秀さの象徴の一つに「零戦」があり。

零戦は、日本が独自の技術を結集して作った、日本の純血を象徴する、世界最高の戦闘機だ!その零戦を作った日本民族は、その辺の雑種がまじりあった混血の国の複合民族よりも優秀なんだ!という自負がありありと見えています。

それが今日まで続く外国人アレルギー、移民への抵抗、そして混血なんてもってのほか、という、理屈よりも生理的な嫌悪になっているのだと思います。

ところが、あなたが思っている純血、は本当に純血なのでしょうか。

何を隠そう零戦がその実相を雄弁に物語っているのでした。

「眞相はこうだ」

さて、ゼロ戦です。

純国産の、日本の技術を結集した最先端の精密機械。

では実はなかったのでした。

最先端の精密機械ではありますが、日本の技術はあまり結集していなかったりします。

本当の意味での、自国の技術で100%開発、というのに「グラマン」があります。

グラマンF6Fを構成するアメリカの技術は、以下の通り。

〇ハミルトンスタンダードの油圧式可変ピッチプロペラ

〇ダブルワスプ、サイクロンなど、よりどりみどりのエンジンチョイス

〇ブローニング12.7ミリ機関銃

と、すべてアメリカンな、アメリカ純粋培養の純血戦闘機でした。

パブリックドメイン

 
さて、ゼロ戦ですが

〇プロペラはやっぱりハミルトン

〇有名な「栄」エンジンですが、実態はブリストル・ジュピターの発展型だった。プラット・アンド・ホイットニー社の影響もうけているというか、零戦を鹵獲したアメリカは「そっくりすぎ。コピーじゃね」と評したそうです。実態は、大きく影響を受けたが、単純なコピーではない。むしろ英国(ブリストル)、アメリカ(P&W)に、日本人らしい小技がくわわった、美しい混血児、といったところでしょうか。

気筒を包むような遮蔽版。オリジナルのP&Wにはなかったらしい

パブリックドメイン

 

 
〇7.7ミリ機銃は、実はイギリスのヴィッカース機銃のライセンス生産。20ミリ機銃は、スイスのエリコン社のライセンス生産。要するにコピーですね。

それだけにとどまらず

〇引っ込み脚はチャンス・ヴォート製V-143戦闘機から流用、と言って怒られるなら、参考にした。

〇照準器はドイツのユンカース製レヴィ2b照準器をコピーした「九八式射爆照準器」

と、要するに世界の技術の博覧会であり。

こうした技術が見事に混血して、零戦という名機が生まれたのでした。

出展:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B6%E5%BC%8F%E8%89%A6%E4%B8%8A%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F

 

 
ちなみに、戦争になったため、住友だったか?ハミルトン社への特許使用料が払えなくなり、戦後にようやく支払おうとしたら、ハミルトン社より「1ドルでいいです」と返されたというエピソードがあります。

ハミルトンとしても、自分の技術が敵の戦闘機に使われて、その特許料を正確に請求、なんてしたら、それこそ売国行為になってしまうぞ!という懸念で、1ドルにしました、という苦渋に満ちた判断なのか、あるいは、昨日の敵は今日の友、気にすんな気にすんな、みたいな、ユーモアたっぷりの対応だったのかは、今となっては知る由もないですが。

というわけで、零戦は日本人が実現することのできた、多民族の混血の象徴であると理解しています。

そんな零戦を作り上げることのできた日本人は、もっと外国人に寛容になれると、信じています。

そもそもですが、日本人は、実は南方系、北方系、東アジア系などの混血でできた民族だそうです。

混血美人。わあああーい!

でも、やっぱり日本女性のほうがいいな。。。

 

 
そんなの石器時代の話だ、といいたい気持ちははよくわかりますし、絶対に混血しろとははいいません。

本当は、いろいろな人種が、別に混血なんてしなくても、それぞれの個性を分かり合えるというのが一番ですから。

しかし、世界では、肌の色による人種差別などが絶えません。アメリカにおいても、コロナなどを言い訳にしたアジア人ヘイトの事例が起きています。

一方、石器時代のさらにその前に混血しまくって「単一民族」になった日本で、「人種差別」が遠い世界の話になっているとすれば、世界でも日本でも、混血というのがもっとも現実的に実行可能な解決策なのかもしれません。

一方、混血が大々的になされるようになったら、その時の日本は、現在の日本とは似ても似つかない国になっていることと思います。

でも、もし江戸時代のちょんまげと刀をかたくなに捨てずに、今日まで続いていたとしたら。。。。たぶん、日本はロシアかアメリカかわかりませんが、それこそどこかの国の植民地にされ、「昔はジャパンと呼ばれたアメリカのニュー・オリエント植民地では、礼儀正しく名誉を大切にする先住民がいる。彼らのプライドを傷つけると、Harakiriで自殺してしまうので、アフリカのマサイ族に対するような尊敬の念をもって対処するべし」なんてなってたかもしれませんね。

マサイの美女。でも、やっぱり日本女性がいいなあ

 

 
正岡子規曰く「軍艦の甲板を掃除せよ、というとき、『いくさぶねの舟板(ふないた)を掃き清めよ』というだろうか。たとえ英国製の軍艦(戦艦三笠など)であっても、その軍艦を使って日本が勝てば、勝利はすべて日本のものじゃ。固陋はいかんぜよ」(小説「坂の上の雲」より)。

がんらい、中国だのなんだの、多数の国、多民族の文化や知識を吸収し、日本独自のものにまで昇華させてきた日本。外国人労働者、避難民など、外国の人も分け隔てなく受け入れ、同じ人間として、新たな日本を作ってゆく。そんな日が来ることを願っています。

ではでは

 

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特攻の有効性

この記事では、技術的に、どこまで特攻が有効であったかについて「戦果」と「命中率」を主な指標として、センチメンタルな部分は除いてしらべてみます。

https://www.youtube.com/watch?v=czAwsE7yLBc

 

 

①戦果

Weblio「神風特別攻撃隊 – 戦果 – わかりやすく解説 Weblio辞書」から抜粋すると

艦種
分類記号
撃沈艦
除籍艦
損傷艦

戦艦
BB

16隻

正規空母
CV

21隻

軽空母
CVL

5隻

護衛空母
CVE
3隻
1隻
16隻

水上機母艦
AV

4隻

重巡洋艦
CA

8隻

軽巡洋艦
CL

8隻

駆逐艦
DD
15隻
8隻
91隻

護衛駆逐艦
DE
1隻
1隻
24隻

掃海駆逐艦
DM
2隻
7隻
26隻

輸送駆逐艦
APD
4隻
3隻
17隻

潜水艦
SS

1隻

駆潜艇
SC・PC
1隻
1隻
1隻

掃海艇
AM・YMS
3隻

16隻

魚雷艇
PT
2隻

4隻

戦車揚陸艦
LST
5隻

15隻

中型揚陸艦
LSM
7隻
1隻
4隻

上陸支援艇
LCS
2隻

13隻

歩兵揚陸艇
LCI
1隻

7隻

タグボート
AT
1隻

1隻

魚雷艇母艦
AGP

1隻

ドック艦
ARL

2隻

病院船
AH

1隻

タンカー
AO・IX
1隻

2隻

攻撃輸送艦
AKA・APA

18隻

傷病者輸送艦
APH

1隻

防潜網設置艦
AKN

1隻

輸送艦

7隻

35隻

合計

55隻
22隻
359隻

 

 

「撃沈・除籍」の甚大な被害を負ったのは77隻に達しています。損傷艦では、軽微な被害であったのが200隻くらい、その他160隻くらいは長期ドック入りなど除籍に近いものだったらしい。こうした長期戦列離脱を含めたら、特攻機が戦場から消し去った敵艦は総数で240隻に及ぶとの理解です。

日米が開戦時に保有していた軍艦の数は

◎ 開戦時の就役主要艦艇数
     戦艦 空母 巡洋艦 駆逐艦 潜水艦   主要戦闘艦艇合計
 日本  10 10  38 112  65   261隻 約100万㌧
 米国  17  7  37 180 109   350隻 約138万㌧

出展:https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008

 

 

日米が戦時中に建造、就航させた艦艇は(1941年 12月から 1945年 8月)

正規空母CV
軽空母CVL
護衛空母CVE
戦艦

BB
巡洋戦艦 BC
重巡

CA
軽巡

CL
駆逐艦DD
護衛駆逐艦DE
潜水艦SS

日本
7
4

2

7
32
31
116
202

米国
17
9
76
8
2
12
33
347
417
205
1126

出展:アジア・太平洋戦争再考(1937-1945 年) -アメリカの勝利は必然であったか-

https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008

 

 

DD、DEは駆逐艦で、アメリカは合わせて764隻。潜水艦は205隻、空母は102隻という狂った数字になりました。CVEは小さなジープ空母(護衛空母)ですが、なかなか滑走路としての機能は優秀で、76隻という数の暴力で日本を圧倒しました。

ジープ空母。USS Guadalcanal, 1944

 

 

特攻機は、開戦時350隻+戦時就航1126隻=1476隻のうち240隻を再起不能にした、ということは、アメリカの軍艦の16%を排除したといってよい。

これが大きいか小さいか?

この答えを知るためには、どれだけ特攻機が戦争の趨勢を左右する主要艦艇を沈めたかを確認する必要があります。

というわけで、やはり空母となってきますが。。。。

アメリカの空母総数(開戦時7、戦時就航102、計109隻)に対して、42隻には損傷を与えることはできたが、撃沈・除籍に追い込んだのは4隻。正規空母の撃沈、除籍は0で、結局、数値上からは戦争の勝敗を決するには及ばなかった、と判断します。

特筆すべきは、駆逐艦に大きな被害を与えていること。

撃沈
除籍
損傷

駆逐艦
DD
15隻
8隻
91隻

護衛駆逐艦
DE
1隻
1隻
24隻

*空母護衛にかかわった駆逐艦を抜粋しています(掃海・輸送駆逐艦は外しています)

 

 

要すれば25隻を撃沈・除籍、115隻に損傷を与えています。

上記の「特攻機が戦場から消し去った敵艦は240隻」の10分の1、10%を撃沈・除籍した。損傷まで入れれば、特攻機が損傷を与えた436隻の3分の1近くに及ぶ140隻が空母護衛に従事する駆逐艦だったということである。

駆逐艦USS Cassin Young(記念艦として保存。パブリックドメイン)
 

 

なぜそうなったのかというと、アメリカが「ピケット艦による艦隊防御」を編み出したためです。

まず、空母を中心に、戦艦(BB)や巡洋艦(CA)などで円陣を組んで固め。

出展:https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008
 

 

円陣の外に、さらにピケット艦というのを配備した。

ピケット艦。上記の図ではDD(駆逐艦)Schroederとなっています。
https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008
 

 

上の図だと、ピケット艦も、いかにも艦隊にくっついているように見えますが、じっさいは、はるか遠くの90キロから100キロ離れた場所で、レーダーによって特攻機の接近を探知し、遠い本陣へこの情報を伝えることによって、特攻機が本隊に到着する前には、対空砲火以前に迎撃戦闘機が。。。というからくりになっていました。

この結果、特攻機が真っ先に遭遇するのもピケット艦であり、現実問題としてそこから先は迎撃機とかにやられて突破が困難なこともあり、こちらに特攻そして被害が集中することになった。

残念ながら、ピケット艦は何隻沈めても、雲霞のように日本上空へ押し寄せる空母艦載機に直接の被害を与えることはできず。

上記の「正規空母(CV)」の撃沈数が0ということで分かるように、特攻は、日本の敗戦を防ぐという上では、効果は限定的だったと言わざるを得ないでしょう。

駆逐艦Schroeder。1945年10月撮影。(パブリックドメイン)
 

 

一方で、Weblioによれば「航空特攻による日本軍の戦死者は、海軍2,548名、陸軍1,355名、計3,903名であり、戦死者であれば2倍前後、死傷者では4倍以上という損害を連合軍に与えており、平均すると、特攻機1機の命中ごとにアメリカ軍将兵40名が死傷したという統計もある。特攻のように、味方が失った人命より敵の死者の方が多いという例は、太平洋戦争においては稀という指摘もある。」

と、人的被害はすさまじいものを与えてはいた。

これは、特攻機が艦船に激突した際、運動エネルギーの関係で爆弾による効果は限定的になってしまったが、翼内の燃料がそこら中にぶちまけられて大火災を起こし、艦上の人々を逃げ場もなく焼き殺した、というのがあるらしい。

ただ、これを戦果として喜ぶべきかどうかというと。。。一時的な戦術効果はあったが、戦略的には戦争の趨勢は変えられず、いたずらに敵味方ともむごたらしく殺戮してしまったのではないかと思います。

②命中率:

特攻による命中率は27%に上ったが、通常攻撃ではその10分の1の2.7%にとどまったという統計もある。(出典:
神風特別攻撃隊 – 戦果 – わかりやすく解説 Weblio辞書)

そういった面から見れば、特攻は終戦近くの場面において最も効率の高い攻撃方法であったのかもしれません。

特攻専用の人間爆弾「桜花」 パブリックドメイン
 

 

しかし、特攻の効率性もここまでです。

通常攻撃で、出撃期の半数が撃墜されたとしても、残りは再出撃出来ますが、特攻の場合、発進した全機が未帰還となり、全滅です。

発進したうちの27%が命中しても、残りの73%は撃墜され、部隊は自動的に壊滅です。

出撃=全滅を繰り返して、飛行機も操縦者も払底してしまい。次第に複葉の練習機に、何とか離陸できるくらいのパイロットというようになっていってしまいました。

https://hobbycom.jp/my/ken_aircraft_jp2019/photo/products/85008
 

 

要するに、中長期の持続性がなく、敵も倒すが味方も回復不能なまでにぶち殺してしまうということである。

アメリカみたいな、いくらでも補充してくる相手に対しては、繰り返せば繰り返すほど日本側を消耗させるだけになってしまった。

目先の数字(11%)を除けば、なんでこんな戦法を強行したんだ日本は?となってしまうと思います。

ここまで書いて思うのは、これって、冷戦時代のソ連が、米海軍に正面から立ち向かったのでは到底かなわないので、ミサイルで飽和攻撃、ともくろんだのとおなじじゃね?ということです。

第二次大戦中は、ミサイルはないので飛行機。誘導装置はないので人間に操縦させて、とすると、特攻の軍事的な有効性(必然性?)も見えてくるかもしれません。

ツポレフ爆撃機に吊るされたソ連の対艦ミサイル(パブリックドメイン)

 

 

一式陸攻に吊るされた桜花

http://blog.livedoor.jp/senorsuperstar/archives/cat_50025598.html

 

 

最後に。

特攻は、アメリカ軍の兵士を精神的な恐慌に陥れ、小林よしのり氏の「戦争論」では、「一時期は米軍の戦争遂行能力が危ぶまれるほどだった」としています。

人間の命を最大限尊重したアメリカだから「恐慌」に陥ったのであって、最初から味方をぶち殺す前提という外道の作戦により「人を人と思わない野獣」であると、日本はアメリカに(世界に)宣言してしまった。

この結果、アメリカは、人間でない相手には、人でない対応をしなければ、アメリカの若者が非道な方法で殺されてしまう、と、原爆投下の口実を与えてしまった面もあると理解します。

もちろん、原爆はいかなる理由があっても許されるものではありません。一方、特攻は許されるものでしょうか?

「夕凪の街 桜の国」

https://books.rakuten.co.jp/rb/5579324/

 

 

答えのない質問かもしれませんが、将来、原爆も特攻も繰り返されないよう、こうした問いかけも必要と思っています。

ではでは。

 

Posted by 猫機長
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神君伊賀越え(ラティナバージョン)

時は戦国。

といって、織田信長がほとんど日本全土を蹂躙しつくした戦国後期。四国だの北陸だの、残る抵抗勢力を秀吉や柴田さんといった手下どもに攻めさせ、自分は京都のお寺でゆうゆうとワタナベジュースを飲んでくつろいでいました。

渡辺 ジュースの素 – 検索 画像 (bing.com)

 

 

いっぽう、信長と同盟していた家康は、いっしょに麻雀でもしようよ、と信長に呼ばれて、雀卓なかまの茶屋四郎次郎そして服部半蔵をともない。いひひひ結託して信長から巻き上げてやろうぜ、とはるばる岡崎を出発し、京都のお寺にむかってのこのこと歩いていきました。

大阪あたりで、トイレ休憩だ!

た◎しょんで、ぼくのお◎っこが一番遠くへ飛ぶよ!と競い合っていた3人に、血相を変えて早馬に乗った伝令の武者が駆け込み。

「の、の、のぶなぐあどのが、お寺でうちじにでござりまするー」と叫ぶや否や、ぐええーとその場にはいつくばって4んじまいました。

えええー?のぶなぐあどのがあああ?

戦慄して、ハムスターのように固まる3人。

フリーズするハムスター https://www.youtube.com/watch?v=RE-P3TB8mhc

 

 

もちろん、信長なんてどうでもよかったのですが、自分たちの身に絶対絶命の危機が迫っていることに気づいてしまったのです。

ほとんど天下統一じゃ、と油断しきって、軍事力のほとんどを四国だの北陸だのの攻略に送り込んでいた信長。

自分は、ほとんど護衛もなしに、お寺でだべっていたのです。

そこを、普段から信長にいじめられて、てめえぶち56してやる、と憤っていた石田光成さんが襲い掛かって、本当にぶち56してしまい。

お寺は火の海となり、信長さんの残党がその辺にいたらぶち56せ―!と阿鼻叫喚の状況に。

*実は石田さんの犯行じゃないよ。せいぜい実行犯で、黒幕は別にいるよ、という意見もありますが、ここでは通説の通りとします。

そこへ、信長さんのなかよしである家康さんご一行が、麻雀牌をぶらさげて、のこのこ向かっていたのです。

麻雀のルールを知らない素敵女子でも楽しく遊べる「麻雀ソリティア」

https://sdin.jp/browser/tile/mahjongsolitaire/

 

 

飛んで火にいる夏の虫。

ここで光成の野郎にとらえられたら?

鼻を削ぎ落とされ、手足の関節をぼきぼき折られたうえ、大きなはさみで、あそこをちょきん!

ぎゃあああー!

その前に自分から4ななきゃ!切腹だー!と泣きわめく家康。

でも、服部半蔵と茶屋四郎次郎はすごく冷静で、

「まてまて家康くん。一か八か、光成の野郎の包囲網を突破してやろうじゃないか」

雀卓の友に諭されて、家康もその気になり。

美しい友情の場面に見えますが、実はそうでもなく。

服部くんと四郎次郎くんからみれば、光成のターゲットは家康であり。捕まりそうになっても、「家康はここだー!」と追手の気をそらせば、自分たちは逃げおおせると計算していたのです。

さらには「大暴落時こそ資産1億が生まれる鉄火場だ!」ということをよく知っており。つまり、ラスボスの信長が消されたということは、天下を狙う空白も生まれたということに、目ざとく気が付いていたのでした。

この場合の鉄火場とは、修羅場という意味ですhttps://pouchs.jp/trivia/kYZ1w?page=2

 

目の前で情けなく泣きわめいている家康ですが、こいつ、なかなかいいじゃん?

家康を天下人に祭り上げれば、自分たちも一緒に所得倍増だぞ!

こうして、家康たちの脱出が始まったのでした。

しかし、はっきり言って状況は絶望的であり。

【刀剣ワールド】忍者の役割 (touken-world.jp)

 

 

このルートは、距離にして220キロ、追手に捕まらないためには、これを4日くらいで逃げ切る必要があり。一日55キロですから、「てくしー」としては極限の速さと思います。

今日では、せいぜい1時間半でついちゃう距離ですけどねー

小さな飛行で飛んでいます。

大体時速160キロで飛んでいくと、1.4時間で着く距離です。

 

 

言い換えれば、200キロ余を、落ち武者みたいに逃げなければならなかったということである。

ふつーだったら、20キロもいかないうちに、やれ百姓の竹やりだ、と惨殺されてしまうのです。

特に問題は、伊賀の国だった。ここに、恐ろしい山賊が跋扈しており。

多羅尾(たらお)方面の御斎峠(おとぎとうげ)とか、名前からしておどろおどろしい、うっそうたる森林の一本道で、ついに野武士の集団に発見され、襲撃されてしまった!

奮戦あえなく、野武士たちに取り囲まれた家康くん。

野武士の太刀の一閃で、一瞬のうちに家康の首が吹き飛んだ!と思ったら、地面に転がったのは、あれ、丸太じゃん?

坂の上から「わっはっはっはっはー!本物の家康は、ここだ!」

なんと家康が、大笑いしています。

おのれ!槍でひと突きにしてくれる!

見事刺さったと思ったら、やっぱり丸太だ?

今度は坂の下から「わっはっはっはっはー!本物の家康は、ここだ!」

服部半蔵が「変わり身の術」で山賊たちを翻弄していたのです。

変わり身の術。IllustAC無料画像

 

 

なんとか御斎峠を突破して、ひといきいれる家康一行。

そこに服部半蔵も追いついてきて、みんなワタナベジュースでなごみました。

服部半蔵

https://www.touken-world.jp/tips/38354/

 

 

さて、もう少しで白子湊の海岸だぞ、と頑張っているとき、またしても山賊の集団に囲まれてしまった。

しかも、山賊の頭は、さっき服部半蔵がさんざんダマした奴じゃないか!

さらには、そいつも含めてみんな変なメガネをかけています。

たったの80グラム。LGが超軽量ARグラスで市場に殴り込みそう | ギズモード・ジャパン (gizmodo.jp)

 

 

頭目は

「ふふふふ、服部くん。さっきはうまく逃げられたが、今度はだまされないよ。このARグラスをかけていれば、どれが丸太でどれが本物の家康くんなのか一目瞭然なのだ」

ううう、とひるむ服部くん。

そこに、なにげにすっくと立った茶屋四郎次郎。

「枯れ木に花をさかせましょうー」

と、持っていたざるから、みんなに灰を振りまき始めたのです。

あれ、灰かとおもったら、本物のプラチナのつぶじゃん?

山賊どもは、刀なんて捨ててプラチナにかけより

「今度は小判をバラマキましょー」

ヘリコプターのように小判をバラまく茶屋四郎次郎。みんなもう家康なんてどうでもよくなって、小判の争奪を始めたのでした。

「京都的豪商」茶屋四郎次郎

https://www.baike.com/wikiid/5790297138873086632?view_id=8pny4ur0ca400

 

 

その隙に抜け出した家康たち。

白子浜の渡し船もすでに茶屋四郎次郎が買収しており。追いついてきた四郎次郎とみんな一緒に対岸の岡崎へ見事帰りついたのでした。

めでたしめでたし。

ここまで読んで、歴史女子とか「本田忠勝はどうした!」などのクレームが来るかもしれません。

でも、いちいち詳しく書いていたら、話がつまらくなっちゃうもーん。ブログオーナーの特権で、好きなように脚色、省略したのでした。

くやしかったら決闘を受け付けます(念のため、女子限定)。

決闘の場所はLa Boutique.
https://www.facebook.com/LaBoutiquePadariaFrancesa/

おいしいお茶とパンのあるステキなお店です

 

 

まじめに考察すると、神君伊賀越えは、戦国時代の趨勢を決する決定的な出来事でした。

ここで家康が打ちとられてしまっていたら、豊臣の天下が続き。

うまく秀頼が継承できていれば、その後中国と大戦争になっていたかもしれませんし、秀頼が失脚していたら、国をまとめることのできる家康という大物がおらず、また国家分裂して、南蛮人に占領されてしまっていたかもしれません。

徳川300年は、伊賀越えで始まったといってもよいと思います。

鎖国というガラパゴス政策により、良くも悪くも特異な文化を築いた日本。その鎖国は、家康が伊賀越えで切り抜けた極限の危機を、二度と起こすまいぞ!というかちんこちんな慎重主義によってもたらされたのかもしれませんね。

ううむ最後はこじつけになってしまった。

織田が付き、豊臣がこねし天下餅、座りしままに食うは徳川

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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挟撃は怖い

MSNのニュース記事で、織田信長が越前(福井県)の朝倉氏を攻めていたところ、味方の浅井氏に裏切られて、いっさんに退却した歴史的事件について記載していました。

本郷和人 信長の朝倉攻めはナゾだらけ。なぜ越前へ侵攻し、浅井長政に裏切られて一目散に逃げたのか?自衛隊の一佐に「撤退の理由」をたずねてみたら『どうする家康』 (msn.com)

例によって、コア部分を抜粋です。

「なぜ信長はすぐに撤退したのか?信長の兵は3万。対する朝倉は1万3000くらい。浅井はどうがんばっても5000がいいところ。

ならば軍を二つに分け、2万で朝倉に対峙し、残り1万で浅井勢を蹴散らして美濃に帰れば良いのでは? それなのになぜ一目散に逃げだしたのか? 自衛隊の作戦室にお尋ねしたことがありました。

すると、現役の一佐が「ぼくには信長の判断は分かりますね。挟撃は怖い…」と仰いました。

具体的にどう、という説明はなかったのですが、眼光鋭く目前でそう述べられると、ぼくの机上の空論などたちどころに吹っ飛びます。」

ということでした。

越前ガニ。PhotoAC無料画像

 

 
へえーそうなんですねえ。確かになっとく。

単純に兵力差から見れば、織田軍が両面作戦しても簡単に勝ちそうです。

でも、それは、織田軍が浅井、朝倉両軍の数と動きを完全に把握していればです。

しかし、戦場で、敵の軍勢がどう見えるかというと。。。

あなたが、下の写真の白いポーン(歩)①だったと仮定してください。

 

 

あなたの目の前に敵のポーンが。でも後ろにナイト(馬)がいるので、ちょっと安心しています。

ところが、よく見たら、ナイトの後ろに、敵のポーン②がでてきやがった!さっきまで白だったのに、裏切って黒くなっちゃってます。

 

 

ここであなたは、ナイトともども、ものすごく不安になるでしょう。

なぜなら、敵のポーンの後ろに、どれほどの敵がいるかわからないからです。

一応あなたは織田軍3万のうちの1人なのですが、前の敵、後ろの敵は、本当に1万3千と5千なのか?

挟撃という状態で、敵の方が多ければ、あっという間に蹴散らされてしまいます。

まだ隙があるぞ!今のうちだ!と脱出したのが、この場合の織田軍だった。

それまでは優勢だったので、総大将である信長も整然と退却し。

ただ、しんがりとなった秀吉軍が、織田の本隊を逃げ延びさせるために犠牲になり。けちょんけちょんにやられて、秀吉も危うく4んじまうところだったらしい。

ところで、上の写真は、ポーン目線ですが、これを棋士目線で見たらどうなるでしょうか。

 

 

あれ、全然勝ってるじゃん?

敵はほとんどキングと取り巻きしか残っておらず③、味方に包囲されまくっている一方、味方の王様はがっちり防御されています④。

上空から見れば、戦況が一瞬で分かり。

地上にいて、目の前しか見えない状況にくらべて、著しく有利に判断ができるのでした。

だだっ広い平野に大軍を展開して戦車で走り回った中国古代の合戦では、「将軍もポーン目線」で、敵軍の最前列しか見ることができず。その後ろにどれだけの兵力があるのか全くわからない状況だった。

世界史の取扱説明書: 中国史/古代/春秋戦国 (worldhistorytorisetsu.blogspot.com)

 

 

両軍の前衛がぶつかり、両方ブギャー!と斃されたのち、その後ろ、そのまた後ろが。。。。と倒しあって、結局数の多いほうが勝つという単純なケースが多かったらしい。ばっかだねー

その後孫氏が出て、負けたと見せかけて、敵軍を罠に誘い込み、隠れていた味方の本隊で背後ら挟み撃ちだ!みたいな策略が多用されるようになりました。

これが西洋だと、19世紀ころまで、「戦列歩兵」といって、古代もびっくりみたいなことをやっていた。鉾が小銃に変わり、少し離れた所から、敵味方の第一列が一斉にダダダダーン!ばたばたぐしゃぐしゃとくずおれ。つぎは第2列がなかまの死骸を踏み越えて、またダダダダーン!ぐしゃぐしゃぐにゃぐにゃ、そして第3列が。。。と、結局列の多いほうが勝つという、これまたばっかだねー、というやり方だったらしい。

ただし、戦列歩兵の時代は、小銃の射撃精度が全然悪く、ともかく一列で固まって撃たないとぜんぜん敵にあたらんわ、という事情があり。

小銃が改良されると、ばらばらと離れて、木だの穴ぼこだのに隠れて敵を狙い撃つ「散兵戦術」に進化したらしい。

戦列歩兵の楽しい解説を見つけましたhttps://www.youtube.com/watch?v=Dzs9gDwjyw8

 

 

そのうち、人類は「気球」を発明し。

ポーン目線に縛られることなく、棋士目線で見ることができるようになった。風のまにまに浮かぶ気球から見ることのできる範囲なんてたかが知れてるけど。

フランス革命戦争時の気球(パブリックドメイン)

 

 

要するに、当時の将軍にとって最も重要な資質は、敵の戦列の陰にどれだけの兵力がいてどのように動いているのかを察知し、先回りしてこちらの兵力を差し向けることができるかだった、と言ってよく。

これを誰よりも鮮やかにやったのがナポレオンだった。

ナポレオンのフランスは、市民革命大嫌いな王制国家に囲まれており、本来なら、挟撃どころか四方八方から包囲されてけちょんけちょんにやられてしまうところ、プロシアだの英国だのの軍勢が包囲を完成する前に、ひとつづつに突っかかってゆき、撃破してしまいました。

これを「各個撃破」といいます。

地上にいながら、鷹の目(上空から見ているような目)を持っていたナポレオンおそるべし。

包囲(挟撃)される前に各個撃破で活路を開く。https://twitter.com/douten2/status/917249297812381696

 

 

ちょっと脱線して、低脳そのものの戦術だから勝てた、という例も記載しておきます。

それが独ソ戦におけるソ連の「縦深攻撃」

まず、ドイツ軍の第1列にソ連側の第1列を襲い掛からせ。でも賢いドイツは、第1列の前に地雷をふんだんに設置しているので、ソ連軍は人も戦車も木っ端みじんになり。

しかし、間を置かず第2列を投入する。今度はドイツ兵に肉薄しますが、機関銃や小銃で一斉射撃を食わされ、やっぱりバタバタ、ぐしゃぐしゃと壊滅。

しかし、間を置かず第3列だ!今度は、弾のなくなったドイツ兵と、スコップを持ったソ連兵の白兵戦となり、両者全滅。

そこに、間を置かず第4列だ!こうしてソ連軍は無人になった荒野を次なるドイツ軍防衛戦に向けて驀進。そこでまたドイツの地雷を踏んで壊滅。

さらに、第5列が。。。

くどいぞ!いやいや、「畑からいくらでも取れるソ連兵」が、結局こうしてベルリンを蹂躙して、ヨーロッパ戦線に決着をつけたのでした。

なんか浮世絵ちっくなソ連ポスター

https://ja.aliexpress.com/i/32971919184.html

 

 

この「低脳戦術」は、第一に、独裁者による恐怖政治で、いくらでもそこかしこから兵隊を引っ張ってこれたこと。そして、第二に、独裁者による恐怖政治で、「突撃か!それともラーゲリ(強制収容所)か!」と若者たちを恐喝したため、我先に突撃していったという、恐ろしい実情により可能となったのです。

ドイツも恐怖政治だったというけれど、ソ連に比べたらどれほどましか。

そのソ連のDNAを受けついで、今度はロシアが同じことをウクライナにやろうとしています。

西側自由諸国は、武器弾薬を補給して、ロシア軍が第50列になろうが第500列になろうが、ウクライナ側に到達する前に粉砕できるよう支援しなければなりません。

実は到達して「スコップ」の段階になっていますが、ロシア側もいつかは枯渇します。

がんばれウクライナ!

さて、ソ連・ロシアは例外として、飛行機が実用化された第1次大戦頃からは、「鷹の目」で戦場を俯瞰できるようになり、どこにどのくらい投入すれば勝てるぞ!という決定的な情報を得るため、互いに飛行機で偵察した。

戦争初期では、これらの飛行機は非武装で、敵味方がすれ違っても、互いに挨拶していたそうです。

そのうち、敵の飛行機を見逃すことは戦争の敗北につながる、ということで、機関銃をつけて互いに撃ち合うようになり。

ついには、偵察どころか飛行機そのものが爆弾を積んで、前線のはるか遠くの工業地帯を壊滅させて戦争の行方を決するようになりました。

視点の高さを変えれば、見えないものが見えてくる。そしてそれは、あなたの人生に取ってとても大切なきづきをもたらしてくれるものと理解します。

地上では、真っ白な一面の霧も。。。。

 

 

上空からみれば、また違った景色だったりします。

 

 

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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孫子の兵法:勝ち組と負け組を分ける〇〇とは

突然ですが、ひょんなことから、「胡適(こてき)」という人の行状を知る機会があり。表題の「孫子」とあわせて、みなさんと一緒に解明したいと思います。

春秋戦国時代の戦車

http://blog.livedoor.jp/hobiii-kingdam/archives/1018353633.html

 

 

まず、孫子の兵法ってなに?

紀元前500年ごろ、中国春秋時代の思想家で「孫」さんという要注意人物がおり(あるいはいたことになっており)。このおっさんは、どうゆう過去を持っているのか、後世のマキャベリ―もびっくりの、恐るべき「戦争マニュアル」を世に出しました。これが「孫子の兵法」です。

どんなことが書いてあるの?

どうやって戦争に勝つか、です。要約は

◎まず、戦争をしないことである。ははは

「兵は国の大事にして、死生の地である」つまり、戦争なんてすさまじくコストがかかって、国自体が滅亡の危機にさらされる愚行であり、ぜったいやるな、みたいに書いてあり。邪魔な国があっても戦争に訴えずに、うわべは同盟国です、と言っておいて、裏ではいろいろなうわさを流しまくって相手国内の内紛を誘ったりなどの策謀術策でつぶしてしまえ、としている。

◎それでもだめだったら、初めて戦争となる。

この場合も、だまし討ちで一瞬に勝負を決せよとか、勝てる戦闘だけしろ(負けそうな場合はとっとと逃げろ)とか、謀略・欺瞞を駆使して、それって卑怯じゃね?という内容に。

ケンカに卑怯もくそもあるか、ということらしい。

しかし、その内容は、単に戦争のことだけではなく、ビジネスの場面にも活用ができるとして、世界中の企業家たちなどから絶賛されるベストセラーとなっています。

紀元前500年の書物ですが、その内容は今日も通ずる真理に迫っているらしい。

ということは、勝ち組になる人は、どこかで「孫子の兵法」を知ってか知らずか実践しており。一方、負け組になっちゃう人は、実践しているつもりでぜんぜん見当違いのことをやってた、というケースが多いと理解します。

「実践した」と「実践したと思った」の違いはどこで生まれるのか?

ここで「胡適」さんに登場してもらいます。

こちらは確実に実在が確認できる人で、資本主義時代の中国つまり中華民国(国民党政府)で、北京大学の学長になった知識人です。

胡適さん。1962年、70歳で没。

1939年にはノーベル文学賞候補にノミネートされた。すごいな

https://en.wikipedia.org/wiki/Hu_Shih

 

 

19歳の時にアメリカに留学し、超有名な哲学家デューイに弟子入りしました。

そんな奴知らないよ?という人でも「プラグマティズム」という言葉は聞いたことがあると思います。

日本では実用主義、実際主義と訳される哲学の一派で「経験、認識によって形成される概念と、その概念によってもたらされる客観的な結果によって世界は科学的に記述するべき」という、もはや哲学なのか科学なのかわからない、いかにもアメリカらしい現実的な展開で、胡適は、デューイから、こうした実利的な考え方を学びました。

もともと現金な中国人の一人である胡適。孫子の残した「恥も外聞もないケンカの勝ち方」も民族の血にインプットされていたらしく、その素養を見事に開花させる時がやってきました。

それが「日中戦争」

当時日本は満州から上海へと、どんどん侵攻しており。

どうしよう?と中国側は慌てふためいていました。

それこそ孫子だったら「勝ち目はない、戦争するな」なのですが、現実として日本は血も涙もなく侵攻してきており。

「何とかしてくれよドラえもーん!」

ドラえもんのかわりに、胡適がいました。

胡適がレコメンドしたのは「日本と全面戦争すべし」でした。あれ?

胡適の戦略は、以下の通り:

◎中国は、日本と戦っても勝ち目はないのだが、そこをあえて、いかにも日本の挑発に乗って戦争を決心した、と見せ、日本軍との戦線を拡大すれば、日本軍は喜んで中国大陸に大軍でなだれ込んでくるだろう。

◎ここで、中国軍はまともに戦う必要はない。うまく日本側の弾薬糧食を消費させながら、逃げるが勝ちだ!ますます日本軍を中国内陸に誘い込んで消耗させ、同時に「侵略者日本」のレッテルを貼って世界中が日本を悪者にする大義名分を得る。

◎一方で、世界にはアメリカとソ連という強国がいる(当時はまだ超大国までいかなかった。胡適の慧眼おそるべし)。日本がじゃんじゃん中国の利権を奪い去っているのを黙って見てはいないはずだ。両国は、日本が中国で独り勝ちしないよう恐ろしい制裁を開始して、その制裁は、日本に平和的解決が絶望的、イチかバチか。。。と思わせるようになった段階で米ソへの戦争に移行するだろう。

◎中国は、その段階への移行を促進し、日本軍が消耗しまくるよう引き受ける。

この戦略では、戦場となった中国全土が荒廃しまくることを意味していましたが、蒋介石も正面から日本と戦うことを決意。

一方、ソ連はともかく、アメリカは日本の独走に怒り。イギリスと結託して「援蒋ルート」を作り、ビルマなどを経由して米英の武器をじゃんじゃん中国に供与しました。

援蒋ルート

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この時期は、日本と中国は正式には戦争しておらず「地域的武力紛争」でした。なぜかというと、宣戦布告してしまうと中立国条項が発効してしまい。アメリカは、中国には武器を供与できなくなってしまうし、日本には石油などの資源を売ることができなくなっちゃうからです。こうして、日本、アメリカ、中国の大人の都合によって、中国での戦いは「日華事変」であり、真珠湾攻撃により初めて「日中戦争」になりました。

ううーむ、まるでウクライナとロシアの「戦争」みたいだ。

ウクライナもロシアも実はアメリカ(あるいは西欧)に依存していて、両者ともに宣戦布告しないのと同じと思います。。。。

さて、胡適の読み通りに、日本は中国での泥沼化により身動きが取れなくなったところでアメリカが禁輸措置やハルノートで恫喝したため、「男には、勝てないとわかっていても戦わなければならない時がある」とアメリカに対して開戦してしまいました。

この胡適の戦略を裏付けた理論を「日本切腹中国介錯論」といいます。

すなわち

◎日本は、「正義のために」米英蘭と戦うという、事実上の切腹(自殺)をするはめになってしまい。

◎一方、「恥も外聞もない」中国は、自国との戦争をうまく米英に肩代わりしてもらうことで、自分自身は日本に引導を渡す、つまり介錯人になりました。ははは

日米安保条約調印。

戦後の日本も軍備をアメリカに肩代わりしてもらって、復興に成功した。

https://blog-imgs-134.fc2.com/y/o/s/yosukenaito/20200119001322243.jpg

 

要するに、中国は「勝てない戦争をするな。負けるぞ」という孫子の鉄則(これ自体は小学生でも言いそうですが)に日本が引っかかるようにする、つまり日米戦争を勃発させるために、中国では勝てる見込みのない日本を相手に、あえて戦争することによって誘導した、というわけですねー。

まさに「孫子の兵法」のウルトラC的な応用である。

ここで、勝ち組と負け組を分ける「〇〇」つまり「実践」が明らかになるのでした。

一流の人は、「勝てない戦いはしない」と正しく実践し、勝てるようになるまで自分を鍛える。中島悟が峠でレーステクニックを磨きぬき、レース出場の機会があっても「まだ勝てないから出ないよ」と、負ける勝負はせず。デビューしてからの恐るべき戦績は、カーマニアの人ならご存じのとおりです。

二流になると「勝てない戦いはしないとはいうけれど、まあいいじゃん」と生半可な行動をしてしまい。スポーツなら、負けちゃった、家へ帰ってラーメンにしよっと、で済みますし、育ち盛りの剣道選手なら、勝ち負けは気にせずともかく場数を踏む、ということも大切ですが、国家の存亡をかけた戦争でこれをやると。。。。

三流になると「勝てない」ことが明白なのに、戦争に踏み切ってしまう。日本がまさに好例ですね。。。。

中島悟

 

 

中国の場合は、日本が三流であることを見抜いて、見事「孫子の兵法ウルトラC」で日本を仕留めたということである。

超一流の神業。中国おそるべし。

共産主義になってこの英知が悪いほうへ全開になってしまっていますが、台湾という「真の中国の残像」も存在しており。「イッタイイイチロ」みたいなマガイモノではない、将来の友好を期待しています。

遣唐使船(復元)

Photo AC無料画像

ではでは。。。

 

Posted by 猫機長