バイデンからトランプに政権が移り。
いひひひ、ホワイトハウスへ舞い戻ってきたぞ!とほくそ笑むトランプ。
執務室の机の引き出しの中に、手紙が一通入っていた。
「トランプちゃんへ。バイデンより♡」
その中には「二人だけの秘密だからね!大統領のお仕事は大変だけど、楽しんでね♡」
という心温まる内容の一文があった。
トランプは、「感動した!」と早速世界中にこの手紙の内容を公開しようとしています。
実は愛し合っていたふたり
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ちなみに、バイデンが大統領に就任したときも、バイデンの前の大統領だったトランプから
「バイデンちゃんへ。トランプより♡」
という手紙が引き出しに隠されており。
バイデンはこの手紙の、思いやりに満ちた内容にいたく感動したそうです。
置手紙は、アメリカ大統領間の伝統になっているそうで、上記もその伝統に従って起きたということである。
バイデンとトランプというと、前回選挙から今回選挙まで激闘を繰り広げ。
しかし、いったん戦いが終われば、一方は他方に思いやりあふれる手紙を残し、手紙を受け取った方はこれを称える。
正真正銘の男と男の闘いを垣間見ることができた。。。。と皆さんほろりとしてしまったのではないでしょうか。
なんてわけないですよねーこいつらのどこが男の闘いだ?ははは
そもそも、バイデンの野郎は途中で脱落し、その子分の「バカ笑いばばあ」と「ブタ野郎トランプ」の、「正真正銘の女と男の闘い」になってしまったのだった。
ハリスおばさんはバイデンの後継ととらえて、ともかく政策主張だけでもバイデンとトランプの、男と男の闘いだ!とも、残念ながらならなかったのでした。
だって、そもそも互いの論点がかみ合わないんだもん。。。。
バイデン→ハリスばばあの方は、意識高い系の社会派政策(何のことかよくわからないけど)。ブタ野郎は底辺白人迎合+富裕層企業家(投機屋)抱き込みということで、実は土俵が違っていた。
それぞれの土俵というか主張についても、いかにも政治家のセールストークであり、聞けば聞くほどしらけていくのである。
結局バイデン、トランプと、どちらにも全然同情というか理解というか感情移入とかできないのだった。
めでたくなしめでたくなし
男と男の闘いというのは、どういうもののことを言うのか?
4巻までだったか無料で読める「駒が舞う」https://www.sukima.me/book/title/BT0000377890/
から抜粋。
将棋日本一を目指す少年2人の地方レベル決勝戦
右のメガネの少年は、この一戦に勝てば「会社の将棋部の管理」だったか、就職して家族を極貧から救うことができる状況。
その家族は、極貧のため妹のチヨちゃんが思わずパンを盗んじゃいます
チヨちゃんが妹と知らない対戦相手の少年(こちらが漫画の主人公)は行きががり上チヨちゃんをつかまえてしまい。
チヨちゃんのなりいきを心配して眺める主人公。その家が決勝相手のメガネくんの家だったことに気が付き。
メガネ君はがめついパン屋のおっさんを撃退
妹チヨちゃんをしばくメガネ君
でも心優しいお兄さんだったのでした
見てはいけないものを見てしまった主人公
で、決勝戦に戻ります
押されていた主人公が、形勢逆転
しかし、打てない
打てば、メガネ君の未来がつぶれます
知能では、打てば勝つ!ですが、精神が「打つな!」と言っているのです。ははは
たまらず、席を立ち、棄権(投了)
しかし、そういう勝ち方は認めないメガネ君。主人公をぶん殴っちゃいました。
メガネ君サイドも「負けた」と表明。でも主人公も席を立っちゃったし?
この場合、両者ともに大切な家族とかのため、絶対に負けられない勝負なのです。
その勝負で、やむにやまれず席を立って棄権しながらも、結局その後の判定で「勝ってしまった」主人公。
メガネ君のついえた夢、チヨちゃんの苦しみが、ずしりとのしかかります。
自分をサポートしてくれる人たち、メガネ君や家族。そうしたみんなのために勝たなければ。。。。
政治家のセールストークとは質が違いますよね。。。。
この漫画の続きでは、日本一を決める全国決勝で、ひやかしにきたとある女の子に
「これは男と男の勝負なんや!女はだまっとれー!」と一喝し、女の子もその言葉の裏付けを悟り、圧倒されるという場面が出てきます。
*このシーンは有料版になっちゃったので、画像引用できませんでした。ははは
でも、こういった言葉は、もはや「昭和の死語」なのかもしれません。
きょうび女性の方が男性より稼ぐ、ということもフツーの時代にあって、男の方でももはや女子供を守る、なんて必要はなくなり。勝とうが負けようが、腹減った、家へ帰ってラーメン食おっと、という程度で終わってしまう世の中になっているのかと思います。
男からすれば全然気楽でいいけど。
ここ最近、必死になって自立している女性を多く見かけます。
男もたじろぐようなパワハラ、モラハラを受けながら、昼夜を問わず、休日返上で働きぬき。
その結果が、「社会的に見栄えのする生活(という仮面の裏で、ろくに衣食住もままならない生活)」を維持するために消えていってしまう。
そんなくらいだったら、一昔前(昭和とは言いません。大正とでもしておきましょうか)のように、女性は家にいて、子供や飼い猫、飼い犬の世話をして、稼ぎは男の方が持ってくる、としたほうがよかったのでは?と思ったりするのです。
もちろん、男の方でも単なる給料配達人にされてしまっては困るのですが、なんか現在の社会を見ていると、男も女も「廉価でいくらでも補充の効く労働力」になってしまっていて、それを「男女同権」とか美辞麗句でうまく騙されているだけなんじゃね?と思います。
母子家庭とか、貧困女子とか、結局「自立」したところで、どこまで女性の生活がよくなったのでしょうか。
別に、妻子を十分食わせたうえで妾まで囲うような男と、その妻子そして妾しかいない世の中になれ、と言っているのではありません。ふつーの専業主婦でも、それほど不自由しないで暮らしていける家庭といった物が戻ってきてもいいのでは?と考えています。
このブログの素敵女子読者の皆様には、こういうことを書いてもヒステリーを起こすような人はいませんよね?
ただ、現在では、ほとんどの場合共働きでやっと、という状況だと思います。結局、労働所得以外の所得を獲得することによって、奥さんの方は働きたければ働けばいいし、もっと家にいたい!子供や猫とかといっしょにいたい!というのであればそうできる、そんな家庭が生まれ増えていくことを願っています。
https://www.youtube.com/shorts/cP7J4T-hmbk
ネコのいる家庭の風景
ではでは
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