P38による「卑劣作戦」

山本長官機と護衛零戦の模型 https://www.pearldiverinc.com/shop/intertype/interseamed8573776789.html

 

「卑怯な真珠湾」から2年たった1943年。アメリカも、実は日本が卑劣なのでもなんでもなくて、アメリカ自身の危機管理がずさんでクズだっただけだということは承知しており。幸い無垢な国民が「卑怯なジャップ」のスローガンに乗ってくれはしたが、一方でいかに自らがマヌケであるかという事実に劣等感をいだいていた。

「いつか、クレバーなミスター山本をやっつける卑劣な作戦はないものか」

というのが、米軍内部での悲願となり。

山本長官でも気が付けないような、あっと驚く妙案がないか。アメリカ独特のユーモアで「卑劣な作戦」と呼んだのである。

戦況の進展につれ、なんか日本軍の首脳部って無能じゃね?ということが露呈し。後年のインパールを例に挙げる必要もなく、日本の軍指導者というのは、まともに軍隊を動かせず、戦闘の前に食糧不足、衛生対策不足でバタバタと兵隊が4んじまう事態が頻発し。兵隊自体は精強なのに、それを動かす指揮官がクズなので、いつもの「ギョクサイやバンザイアタック」に追い込んで、シンプルかつ効率的につぶしていくことができた。

要すれば「まずは真珠湾、次はミッドウエー」とか、日本がまともな講和を獲得するためには何が必要で、どう行動すればいいかといったことを理解し実行できているのはミスター山本しかいないじゃん、ということが明らかになってきたのである。

ミスター山本を消し去れば、日本は自滅する。

暗殺してしまえ、という考えが頭をもたげてきたのであった。

この「ミスター」ですが、決して皮肉や侮蔑ではなく。

19世紀の英国海軍において、士官は「国王の委任状」を持つ「ジェントルマン」であり。艦長級の指揮官は階級名で呼ばれたが、それ以下の士官(少尉〜大尉クラス)や准士官は、軍人であると同時に社会的な紳士であることを強調し、互いに「ミスター」と呼び合っていた。

「階級は違えど、紳士としては対等である」

紳士の伝統 https://www.youtube.com/watch?v=vKjQ5FFZpeg&t=5919s

 

米英においては「階級はあっても人権は同等」「軍務に服しているが、その前にまず紳士である」という「文民統制の徹底」があった。

現代のアメリカ海軍でも、准士官(Warrant Officer)は、「Mr. / Ms.」と呼ぶのが一般的であり、いかに米英がこうしたエキスパートたちを尊重し、かつ彼ら自身もまずは紳士であり、かつ紳士(人権)の存在する国家のためにその技能を存分に使ったか、という点で、「ビンタにしゃもじ」のどこかの島国にくらべ、物量の前に精神で勝っていたということが明確になると思います。

余談ながすぎ。ミスター山本暗殺にもどります。

当時、戦争の趨勢はガダルカナルからサイパン争奪に向かいつつあり。

サイパンがとられれば日本は敗北必死(B29の行動範囲に入ってしまう)。日本はラバウルから絶望的な反撃を繰り返していた。

出展 Gemini

 

こうした状況で、山本連合艦隊司令長官は前線視察を強行。

凄惨な殺し合いが起こっているブーゲンビルに「飛んで火にいる夏の虫」と自ら飛び込んでいったのだった。

例によって日本の暗号はアメリカには筒抜けになっており。

ハワイの諜報本部だかに、突然電文(NTF131755)が飛び込んだ。

その内容は

「4月18日 午前6:00:ラバウルを離陸、午前8:00:ブーゲンビル島近隣のバラレ飛行場に到着。長官および幕僚は一式陸上攻撃機(ベティ)2機に分乗。護衛は零戦6機。」

悪天候による遅延があった場合の代替スケジュールまで含まれていたそうである。ははは

罠じゃね?あまりに幼稚というか?

ここで、なんか真珠湾攻撃と同じじゃん、と誰かが言い出し。

真珠湾は、それこそ精密に開始時間だのが計算されており。そしてほとんど寸分狂わず実行された。

ところが在米日本大使館がほにゃららで、宣戦布告が攻撃開始の後に遅れちゃった!というのがクズな真相だということをアメリカはすでに知っていた。

つまり、時間に正確で、どこの国もまねできないような精密スケジュールを難なくこなす日本人が、日本人らしくクソまじめにその詳細をアメリカに知らせてくれていたという、いつものクズなジャップの性癖をさらした、という判断になった。

パープル暗号機 https://www.wnycstudios.org/podcasts/otm/articles/wars-are-won-by-stories

 

 

ベティに乗ったミスター山本なんて、まるでねぎをしょったカモじゃないか!

勇躍アメリカは「卑劣作戦」の実行に移った。(正式名称は「復讐作戦」です。念のため)

ジャップもクズとは言い切れないところがあった。

要するに、ガダルカナルからブーゲンビルは「遠すぎる」のである。

いくら暗号が解読されていようが、敵の襲ってこれない場所に降りるなら問題なかったのであった。

https://ktymtskz.my.coocan.jp/E/EU5/alo6.htm

 

 

日本側の拠点ラバウル から ブーゲンビルまでは約 300 km 〜 320 km、飛行時間:約 1時間 〜 1時間20分であり、遠いがベティやゼロならふつーといえた。

問題は、アメリカの拠点ガダルカナル島(ヘンダーソン飛行場) から ブーゲンビル島(撃墜地点)であり。距離は直線でも500 kmもあり。往復だと実質約1,500kmは軽く超えてしまうのだった。

当時の戦闘機の航続距離はP-40 で約 1,700 km 、P-39 は約 1,100 kmで、いずれにしろ実態上は帰れずに海ポチャになることは目に見えていた。

常識的に見れば、日本側にとって、それほど危険ではないと判断できなくはないのであった。

しかし、それは「常識的に見れば」であり。

アメリカには、常識を外れた使い方をすればするほど高性能を発揮するという「怪機」があり。

その名もP38 。

その行動範囲は、約 700 km 〜 750 kmで、常識的に使えばP40とかと変わらないじゃん、なのですが、「卑劣作戦」においては片側に165ガロン(約625リットル)、もう片側に310ガロン(約1,170リットル)という非対称なドロップタンクを括り付け。

https://modelairplanemaker.com/2019/08/09/tamiyas-1-48-p-38-lightning-and-significance-of-miss-virginia/

 

 

海面スレスレ(9m)を飛ぶことで、空気抵抗の変化(地面効果)を利用。これは日本艦艇の見張り員に発見されることも防いだ。

あとはお決まりのミクスチャー調整だの、なるべくアクセルを吹かさないようにしましょうだのだったが、双発でもあり、フツーの単発機ではとても怖くて飛べないような距離、かつものすごく重い増槽というのを可能にしたのがP38だった。

結果、P-38隊がブーゲンビル島の海岸線に到達したわずか1分後、目の前に山本長官の乗った陸攻2機が、東京の地下鉄もびっくりの時間きっかりで現れてしまった。

屠殺が始まり。

一番機は浅い角度で密林に突っ込んで炎上。ミスター山本もあえなくローストされてしまった。

二番機はエンジンを撃ち抜かれ、錐揉みの後に海面へ突っ込んだ。宇垣さんという人の記録では、窓から見た景色が逆さまになったり回転したりしているうちに着水した、という感じだったらしい。

惨劇の総決算は、以下の通り

  1. 出撃機数と脱落機数
  • 離陸:16機
    • 攻撃隊(キラー・グループ):4機(実際に山本機を狙う役割)
    • 掩護隊(カバー・グループ):12機(上空で零戦を抑える役割)
  • 離陸時に1機がタイヤのパンクで離陸失敗、もう1機が燃料系のトラブルで引き返し。攻撃隊4機、掩護隊10機の計14機が待ち伏せ地点に到達した。
  1. 戦闘の犠牲者:米軍側は攻撃隊の1機が、陸攻撃墜後に零戦の追撃を受け、戦死。
  2. 空戦の実態:「一撃離脱による暗殺」に近い展開であり、長時間の格闘戦(ドッグファイト)はなかった。
  • 奇襲の成功: P-38隊は山本機一行を後方上空から発見。ドロップタンクを切り離し、全速力で突っ込み。
  • 一瞬の決着: 攻撃隊の2機が、護衛の零戦が気づく前に陸攻へ肉薄。わずか数分の間に、山本機(1番機)はジャングルへ、宇垣機(2番機)は海へ叩き落とされた。
  • 零戦の反撃:直後、零戦6機が猛烈に反撃を開始し。ようやく「空戦」になったが、P-38側は1機がやられたのみで、高速を活かして離脱。
  • 4. 零戦側の被害は0機。6名の零戦乗りにはその後「4に場所」が用意され。ラバウルやブインの連続出撃で、文字通り消耗し4にました(1名は片腕を喪失したが生き残った)。

この作戦の真の成功要因は「気象観測」。

作戦立案にあたり、ガダルカナル島の気象班だけでなく、日本軍の勢力圏内に潜入していた「沿岸監視員」から「雲の高さ」「視界」「風の強さ」を密かに無線で送っていた。複数の島の気象データを集約することで、ガダルカナルから目的地までの気象の「流れ」を、巨大なパズルのように組み立てたである。

 

第二次大戦当時の気象観測 https://historylink101.com/ww2_navy/org/misc2/WAVESDailyWork/2929.html?utm_source=Pinterest&utm_medium=organic

 

 

結果、高度ごとの風向・風速の変化をデータ化。P-38が飛ぶ超低空の風が、気圧配置からどう変化するかを予測し、パイロットに「この時間は方位を〇〇度修正して飛べ」という緻密な航法プランを渡していたのだった。

これを実行できたパイロットも神である。P38という怪機あってのことだとはおもいますが。

3000字越で終了。

無線封鎖の解けた帰路は、無線方位指示器を使い生還

https://encrypted-tbn1.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcTy-2WgjqdEMrA4K8hHAS4lwoqj4aYK35nxI_HlgfoP2sxvklxncf5mBgDuDoK3

 

ではでは。。。

 

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