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アートの力で悪徳政治をぶち破れ!

Amebloのブロ友さんで、毎回すごい情報量で圧倒のアート記事によって読者を魅了するすごいおにいちゃん「bunsho-san」と、こんな対話をしました

 

ぼく「ダダは、無意味であることに意味を見出そうとして、躓いてしまった一方で、バカボンパパの言動は、まさに天性のダダと思います。赤塚不二夫さんからさかのぼり、葛飾北斎や写楽、はては法隆寺の落書きなど、日本はカリカチュアの宝庫であり、このカリカチュア精神(天性ダダ的な「無意味の力」による「常識・正義の粉砕」)で、戦争などのゆがんだ正義をゆるさない、おこさせない、そんな世界を願っています。」

 

Bunsho-san「今回のブログ(Romantique issue No.421 架空美術展『今こそ、DADAへ。』開催)で伝えたかったことが猫機長さんにちゃんと伝わっているようでとても嬉しいです。アートの力、なんてそんなものあるのかと思いつつ、アートの力を(音楽とか写真や映画とか、ユーモアや詩、文学の力も)信じたいと強く思っています。」

 

この対話は、ダダイズムという芸術運動が当時世界のゆがんだ常識(第1次世界大戦を巻き起こした帝国主義)に、どのようなアンチテーゼをもたらしたか、というお題で意見交換したもの。

ダダイズムとは、詳しくは別記事(神は死んだのか)で説明しているので、定義とかはスルーしますが、第1次大戦の殺し合いがいかにバカげているのかを暴いた側面が強い運動だったと理解。

でも、一方で、毒ガスだのなんだのの「残虐なる新兵器」を使用した無意味な殺戮がなければ、ダダも発生していなかったかも。

政治とアートは裏表一体のところがあり。

本当は、アートはそれそのもので存在すべきで、政治なんていやだよーん、と思うのですが、そう単純に分離できず。政治から逃げると、かえって悪い政治家にアートを利用されて、それに気づかない、なんてことも起こるので、要注意なお題ですが取り上げざるを得なくなってしまいました。

さて、政治とアートのつながりというと、これが有名ですね

ボッティチェリ 「ヴィーナスの誕生」1483頃

 

 

ここでのヴィーナスさんは、実はシモネッタさんという実在の人物であり、そのシモネッタさんは、時の権力者メディチ家のあんちゃんジュリアーノ・デ・メディチくんの彼女であり。この絵が完成する5年前くらいに、ジュリア―ノ兄ちゃんは政敵の刺客により惨殺されてしまったこともあり、オマージュそしてメディチ家の権力誇示に絶大なる威力を発揮したものと理解します。

言ってみれば、美術作品は当時の「カール・ビンソン」だったのかもしれません

原子力空母(カール・ビンソンかは不明。ははは)

Pixabay無料画像

 

 

この当時の作品は、アートが前面に出ていて、「ヴィーナスの誕生」にしても、シモネッタとかは嘘っぱちだ!という意見も多く。一方で、ボッティチェリはじめ当時の美術家は、メディチ家などパトロンの援助があったからこそ才能を開花させることができた。

人類にとって幸いだったのは、メディチ家が事実上「芸術の庇護者」として、体を張って芸術の育成と保護に努めたことにあると考えます。

典型的なのがロレンツオ・イル・マニーフィコ。本人自身が芸術家であり、子供のころから詩や絵画などになじんで育ってきた。戦国状態のイタリア諸都市国家の中で、フィレンツェを強国として定着させた恐るべき政治家ですが、一方で、その政治は大砲による武力制圧というより、人々の心をいやすことによって支持を得、敵を倒し、意外と平和に上り詰めた(と言って生馬の目を抜くルネサンス時代ですから、陰惨な策謀術数、殺し合いもしたと思いますが)。

フィレンツエの僭主、ロレンツオ・オ・マグニフィコ。

 

 

要は、マニーフィコはまずは風流人、芸術家であって、芸術を守るために、仕方なく芸術を空母みたいに使うしかなくなった、と理解するのは、買い被りでしょうか?

これらのアートは、現在では政治的権力のデモンストレーションという側面は薄れ、アートとして、空母級のインパクトで世界に君臨しています。

アートの世界の原子力空母たちは、ウフィツィ美術館というところに多数が集められていますが、これはメディチ家が没落、と言って怒られるのなら事実上断絶した時、最後の一人となったアンナ・マリア・ルイーザさんが「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されることを条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈した(wikipedia)」ためです。

メディチ死すとも美術は死なずと、体を張って芸術を残したから、今でも万人に開かれた形で閲覧できるのですよね。。。。

つまりは、どこまで政治利用なのか、どこまでが芸術そのものか?という議論が発生し得るほど芸術あふれる(アートそのものの重要性が理解されていた)時代だった。

ところが、時代が下るにつれて人間もしょうがなくなってゆき。

ダヴィッド「アルプス越えのナポレオン」(1801)

 

 

この絵が政治的アジテーションの道具だということに、異論をはさむ人は少ないと思います。

時の権力者も、自分自身をプロモートするしか能がなくなってしまいました。

一方で、新興勢力も自我を確立しつつあり。こんな絵画で政治主張を始めるようになりました。

ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」1830年
当時のフランス国王を打倒した7月革命を描いています。

 

 

こうして、体制側のプロパガンダだけでなく、被支配層からのレジスタンスという形での政治的利用も顕著になってきました。

時代は下り。7月革命ではマスケット銃だった武器も、1914年には機関銃に毒ガスとなり。

体制側はこんなアートで「戦争は正義だ!」とアジりました。

https://www.gizmodo.jp/2018/02/ww1-propaganda-posters-are-gorgeous-but-messed-up.html

自由の女神か?

アメリカ人にとって、萌えキャラっていうのはこんな感じなんですかねー

 

 

https://ja.topwar.ru/8413-plakaty-pervoy-mirovoy-voyny.html

こんなのもあり。白馬の騎士がロシア。竜がドイツらしい。

 

 

しかし、実態は正義もへったくれもなく、王様や貴族の都合で、市民同士の殺し合いをさせられていることに気づいた人たちが、白馬の騎士とかに騙されるな!こいつら(体制側)の言っている正義なんて真っ赤な大ウソなんだ!という叫びがダダイズムを生むことになり。

デュシャン「泉」(1917)

ポルトガルの美術館で展示されたレプリカ。

http://pt.museuberardo.pt/noticias/inauguracao-da-exposicao-no-place-home

 

 

当時の正義、良識、常識といった価値観をガラガラぽん、と破壊する芸術を生みました。

しかし、その後も戦争はじめ社会の不条理は爆発し続け。アートも正面からこれら政治の不条理に対決するようになり。

ピカソ 「ゲルニカ」(1937)

 

 

ところで、知らないうちに、アートは政争の道具になってしまっていたのでした。

ゲルニカにしろ、素直に見れば爆撃の被害にもがき苦しむ市民を描いた反戦画ですが、一方で「米英におもねってフランコ政権を貶めようとしたバイアスのかかった絵だ」なんていう人もいるらしい。

そもそも「反戦画」という時点で、政治的な側面を持つことを避けえなくなってしまっています。

一方、体制側は「いさましく、バンバン敵をやっつける皇軍を描け」といったのに、画家のほうでは、そんなふざけたプロパガンダの片棒を担ぐのは、前線で虫けらのように殺されている兵隊さんを考えると忍びない、と思ったかどうか、こんな絵もあります。

藤田嗣治 「アッツ島玉砕」(1943)

戦争画とは?「アッツ島玉砕」などの有名作品・戦争時代を生きた画家について詳しく解説

展示された当時、絵の前にひざまずいて涙を流し、

手を合わせる人が絶えなかったそうです。

 

 

美術って、こんなに凄惨で、生々しく、暗澹たるものだったのだろうか?

やっぱり、美術は、政治とは離れて、希望とか明るさとか、そういったもので人々を満たすものであってほしいですよね。

そんな絵も、ちゃんとありました

仙厓和尚 「犬図」(19世紀)

 

 

きゃふんきゃふん。ほわほわ。あーよかった。。。

こんなアートが世界中にあふれ、それを見て育った子供たちが政治家になっても、やっぱり希望に満ちた政治になる。そんな世界が来ることを願っています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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「楽して億万長者になることはできない」

FTX破綻で、創業者サム・バンクマンフリードさんがボロクソにたたかれる事態に。

メディアの典型的な論調に、MSN日本の「資産3兆円が吹っ飛んだ!大谷翔平も孫正義もウクライナも巻き添えにした30歳の男、ついに逮捕 (msn.com)」があるので、ぼくなりにポイントと思うところを抜粋してみます。

引用開始

◎12月12日、暗号資産(仮想通貨)の交換所大手・FTXトレーディングの創業者サム・バンクマンフリード容疑者が、バハマで逮捕された。260億ドル(約3兆6000億円)もの資産を築き、それをわずか数日で失った30歳の男は、現状8つの罪で起訴されている。

◎FTXは、世界最大級の規模を誇る暗号資産の交換所。だが、11月初頭、財務面の問題が指摘されると、投資家たちが一斉に資金を引き上げ、1週間ほどで経営破綻に追い込まれてしまった。債権者は100万人以上、推定負債額は100億ドルから500億ドル、日本円で1兆4000億円から7兆円。

◎元参議院議員で、国際政治学者の浜田和幸さんが、こう語る。

「バンクマンフリード氏は、暗号資産の世界で若くして成功した出世頭として、注目を集めていました。マサチューセッツ工科大学で物理と数学を専攻し、両親はスタンフォード大学の教授という家庭で育ちました。(中略)バハマに大豪邸を建てたのですが、自宅とオフィスの行き来はトヨタのカローラを自分で運転するなど、メディア受けする姿を巧みに売り込んでいきました。

宣伝も上手で、エンゼルスの大谷翔平選手や女子テニスの大坂なおみ選手など著名人をアンバサダーに据えることで、社会的な信用を勝ち取ったんです」

◎浜田氏が、FTXのずさんな経営についてこう説明する。

「専門家がいたわけではなく、資産管理は相当いいかげんだったようです。元ガールフレンドに任せていた運用会社に、彼が集めたお金をどんどんつぎ込んで、自転車操業みたいな形で回していたと言われます。

バンクマンフリード容疑者は、11月におこなわれたアメリカの中間選挙で、民主党におよそ4000万ドル(56億円)も個人献金したと報道されました。

それだけではなく、対抗馬の共和党にも莫大な選挙資金を投じていたと言われます。これはきちんとした収支報告書に出ていないお金でもある」

◎「バンクマンフリード容疑者は、8つの罪で起訴されており、少なくとも50〜60年は刑務所に入ることになるでしょう。世の中、楽して億万長者になれる方法なんてないんですよ」(浜田さん)

以上で引用終わりです。

要すれば、アメリカの超一流大学教授を両親に持つ天才インテリ青年が、トラディショナルな金融市場でのオペレーションの枠にはまらずに、暗号資産という新ジャンルで時代の寵児になり。バハマの大豪邸だの、有名タレントじゃなかった選手を広告塔にして世界中から賞賛を浴びたが、知らないうちにアメリカの2大政党に巨額の献金をしていたなどで暗雲がたちこみ始め、FTXのずさんな経営により「財務面の問題」が指摘されるやいなや、奈落の谷を転げ落ちるかのように逮捕。

https://www.nytimes.com/live/2022/12/13/business/sam-bankman-fried-arrest-news

 

 

つまりは、才覚によって電光のごとく一瞬に3兆円の一攫千金なんてありえない。人生は苦しみぬいて雀の涙のような給料をもらいながら、ボロボロになって定年を迎え。でも年金はもうもらえないので、結局「生涯現役」で寿命を縮め、過労死で文字通り人生最後の日まで働いていました、というものなんだ!死んだその日まで口座はカラなのが人生だから、楽してかどうか以前に、億万長者になる方法なんてないんだ!億万長者になんてなっちゃいけないんだ!なんていうメッセージが聞こえてくるのはぼくだけでしょうか。

まあ、読者が受け取りたいメッセージを書くのが物書きの商売ですけど。その辺はニワトリと卵で、執筆者のほうで「楽して億万長者になることはできない」というように洗脳しようする一方では、読者の方でも「だから僕は億万長者になれないんだ」とこうした記事を読んで安心できるから、両者の利害が一致してこうした記事が飛ぶように売れることになるのだと思います。

ところで、バンクマンフリードさんがブタ箱に入れられれば、あなたの口座にはお金がいっぱいになるのでしょうか。

関係ない、とは言えないですよーむしろあなたの口座からますますお金が引き落とされる布石になっているかも知れないのです。

バンクマンフリードさんは、これまでにはない方法で、億万長者になりました。

つまりは、これまでの方法でトクしていた人たちにとっては、自分たちの知らない、好ましくない方法を示した、嫌な奴ということになります。

そして、その方法は、仮想通貨という、中央銀行を通じた国家による資本の集中に挑戦状をたたきつけるものだった。

要するに、消してしまえ!ということにならなかったか?

その点バンクマンフリードさんもなんとか賢く立ち回り、上記の通り二大政党に貢献していたとか、SEC議長と良好な意思疎通を保ち、仮想通貨の規制促進にも前向きという、いわば体制側ともうまくやっていたように見えたのですが?

一方、今回の件は、実はライバルの仮想通貨交換業者であるBINANCEが裏で糸を引いていた、なんてうわさもあったりして?まあここまで来ると陰謀論なのでやめますけど。

そろそろ結論です。

パラダイムシフトをする人は、たたかれます。

◎写真とまがうかのような具象画のみが絵だと思われていた時代に、ピカソ、マレーヴィチやカンディンスキーは、小学生か?らりっているのか?それとも両方か?という絵を描き。現在の抽象絵画の基礎を築きました。

カジミール・マレーヴィチ「シュプレマティスト作曲No.56、1916」

 

 

◎地上で大砲を撃ち合い、戦車で蹂躙するのが戦争だった時代に、B17爆撃機が空から爆弾をバラまき。当初は出撃機数の3分の1に及ぶ被害を受けながらも、制空権と戦略爆撃が戦争を決するという新たなパラダイムを作りました。

B17(Pixabay無料画像)

◎不動産投資と言えば、現物不動産を、ローンで押しつぶされそうになりながら買い、せっかくの家賃収入はローン支払いと修繕に回されて、利益はほとんど残らない、という常識しかなかった時代に、リート(不動産投資信託)によって、小口の投資で、不動産の維持はリート管理会社にやってもらい、投資額に応じて毎月(ブラジルの場合。国によって2か月おきとか違いますが)配当がもらえるという「夢のような」投資アイテムが生まれ。これも別記事に書いたように、当初はサンドバック状態でしたが、現在は有力な投資種目として定着しています。

などなど。

リート「SHPH11」を構成するショッピングセンターの内部

要すれば、バンクマンフリードさんを「やーいやっぱりただの屑だー」とこき下ろして満足している人は、利権をむさぼる体制派へのおいしい養分になってしまっているのです。

バンクマンフリードさんですが、いろいろな会見などで「あまりにお粗末で幼稚な発言のオンパレード(パウエル氏とFTX社CEO会見を繋ぐ時代の糸|アーカイブ一覧|豊島逸夫の手帖|純金積立なら三菱マテリアル GOLDPARK(ゴールドパーク) 三菱の金 (mmc.co.jp))」だったらしい。

では、バンクマンフリードさんが幼稚なのかと言えばそうではなく、会見だの捜査だの裁判だのという場面で、それこそ海千山千の政治家でもない、天才肌の投資家がフルボッコにされたわけですから、それこそ研究室にこもりっきりの学者を拉致して893の親分の家に引っ立て、「兄ちゃん、ちょいと親分は機嫌が悪いんで、楽しい落語でもやって笑わせてやってくんねえか」なんて要求するのよりやばい話ともおもいます。

さて、お題の記事を書いた記者の資産はいくらなのでしょうか?僕は2022年12月時点でぎりぎり資産1億円ですけど、星飛雄馬みたいな苦労をしたわけではないし、「楽、楽でない」という言い方がちょっとずれていると思います。

じゃあ、1億円という成果を達成するのは、どんな感じだったの?という人に、以下の3つの記事をリンクしておきます。ご訪問時は、ぜひ広告をぽちぽちしていってね!

◎成功の実現は自分でコントロールできるか①

◎成功の実現は自分でコントロールできるか②

◎ノーペイン・ノーゲイン

大リーグボール養成ギプス。

画像はこちらからお借りしました:https://ameblo.jp/uwf-saki2013/entry-12416719907.html

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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大空の豚丼:DC3のお話

今からおよそ250年前。英国内での迫害に耐えかね、脱出だ!北米大陸に渡った新興宗教団体の人々がいました。インディアンをいじめたりしながら西部を開拓し、アメリカ合衆国が成立。似たようなケースにオーストラリアがありますが、こちらは有無を言わさず送り込まれた人たちによってできた国であり、自分から逃げてきた人たちの国アメリカとは違いがあるといえばある。

イギリスって、そんなに残虐非道だったのでしょうか。。。。

*ちなみに、奥さんにいじめられて、お家に帰れなくなったポルトガルのだめんずが流れ着いたのがブラジルです。はいはい脱線でした。

https://togetter.com/li/1219409

 

 

映画ではかっこいい幌馬車がつらなって、悪いインディアンを撃退しながら、ステキな大牧場を建設したりしていますが、現実ではそうもいかず。険峻な山河にさえぎられて立ち往生しているうちに食料が尽きて、最後は人肉を食べて生き延びた「ドナー隊の悲劇」などが有名です。

一山越せば肥沃な平野が広がっているのに、一歩手前で斃れていった人たち。この山をひとっ飛びできれば!と何度思ったことでしょうか。

アメリカ人にとって、長距離の移動というのは、民族のDNAに刻み込まれているのだと思います。

その逆に「京都人」があり。洛中で3世代以上生活していないと京都人にはしてやらん、とか、ぼくのように京都駅の東にある埼玉県で生まれた土人は、人間扱いしてくれないのでは、と恐怖しています。

*京都の素敵女子を除く。京都の女性は、みな素敵女子です。

ちなみに、関西には、京都人、大阪人、奈良人と恐るべき個性を持った3つの人種が混在しており。

 

 

この多様性が共存できる日本は、きっと世界の移民を受け入れることができるのだろうなーと期待しています。

アメリカに戻ります。

国土広大なアメリカのみならず、小せいちいせいのイギリスでも、世界に散らばる植民地の管理は大問題であり。古代ローマでは「アッピア街道」などで「すべての道はローマに通ず」でしたが、世界の大洋にまたがる大英帝国では、迅速、確実な連絡は、大英海軍が必死にシーレーン防衛をしても容易にはいかず。

そんななか、恐るべき発明がなされました。

それは「飛行機」

サントス・ヂュモンの14Bis。世界初の公開飛行でした。

 

 

英国など、大喜びで航空輸送に参入し、エアラインの時代になりました。

こうして、船などでは何週間もかかったロンドンからインドへの旅も、飛行機でいけば3日くらいか?で行けるようになり。

(画像出展はhttp://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/ です)

アームストロング・ホィットワースアーゴシー旅客機

 

ショートS.8「カルカッタ」飛行艇

 

デハビランド DH66 “ハーキュリーズ”旅客機

 

 

ロンドンからインドまで、これらの飛行機を乗り継いて何とか到達したらしい。

しかし、エアラインの発展を阻む恐るべき障壁が。

「要するに、儲からん」

儲からないどころか、大赤字であり。

大英帝国の国威を示すために税金をじゃぶじゃぶ注ぎ込んで補填しまくり、やっと実現していたらしい。

当時の旅客機には、こんなのがあり。(画像出展はやっぱりhttp://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/です)

カーチスライトT-32″コンドル II “旅客機

 

 

コンソリデーテッド フリートスター 20-A 旅客機

 

 

上記の英国~インド便も含めて、だいたい1機あたり14名くらいしか乗客を乗せることができず。

それじゃあ儲かるわけないよねーというのが実情だった。

当時は、エアラインと言いながらも、中継地において燃料補給やエンジン整備などしまくりで、その時間のほうが飛んでいる時間より長いんじゃね?なんてかんじだったらしい。

例えば、ドルニエ飛行艇によるヨーロッパ・南米便では、とても大西洋を横断できる航続距離がないので、途中まで燃料や資材を積んだ汽船が出迎えに行き。

ドルニエ飛行艇

http://www.ne.jp/asahi/airplane/museum/cl-pln12/2010/DORNIER-DoJ.html

 

 

合流点で着水した飛行艇に補給をしている間、乗客たちは汽船に移乗して、今日でいえば優雅な豪華客船の一日を楽しんだらしい。

汽船で、オザミ・トーキョーもびっくりの晩餐。「鱧(はも)のベニエ あさりと蟹味噌, マッシュルームのデュクセル パスティスの香り」を食べた後、一晩ゆっくり眠って、翌朝朝日とともにこれまた優雅に離水。さあ次は最終目的地のナタール港(ブラジル)です、なんて旅行をしていたらしい。

どれだけ航空券やら晩餐やらで浪費してもこたえない、超富裕層の酔狂だったのですねー。

ヨーロッパ諸国が貴族的なエアラインに血道をあげて富裕層を喜ばし、貧乏人の血税を湯水のように注ぎ込んでいたころ、アメリカは、へへんそんなふざけたお遊びはエアラインなんかじゃないよーと嘲笑っていました。

なにしろ、怒り狂ったインディアンの襲撃を防ぎつつ、食うや食わずの冒険をつづけ、運よく肥沃な平野までたどり着くか、でなければ共食いか!という世界です。「ハモのベニエ パスティスの香り」もへったくれもなく、とっとと「吉野屋の豚丼」で腹ごしらえして、次の襲撃に備えなければ!

ぼくはブラジルに住んでいますが、狂牛病が荒れ狂った当時、東京に旅行する機会があり。深夜でしたが、吉野家はちゃんと開いていました。

カウンターのお兄ちゃんに「ねえねえ牛丼はあるの?」「ありますよ」

でもやっぱり怖くなり豚丼にしました。ははは

注文してから1分もしないうちにほかほかのおいしい豚丼が!

 感動の一瞬でした。

さて、黎明期のエアライン業界は、せいぜい貴族のたしなみでしたが、これが自由市民に裨益し、業者も儲かるように発展するにはどうするか。親方日の丸に頼って補助金で生き延びるのではなく、みずからの力で大儲けしてやる!というアメリカのフロンティア魂が爆発し。

その結果生まれたのが「DC3」

これまでの旅客機とは一線を画した、革命的な飛行機だったのでした。

 

 

◎まず、28人の乗客をのせることで、一人当たりの客単価を著しく効率化できた。

◎頑丈で素直な飛行特性。計器飛行や無線航法の発達と合わせて、雨だろうが風だろうが突っ切って飛ぶことができ。ともかく定期運航というレベルに持って行けた。

DC3の出現により、エアラインは初めて「お客さんからのチケット代だけで運用し、儲けを出すことのできるビジネス」になったのである。

吉野家の豚丼は、注文してから1分もたたない、瞬時にでてきましたが、DC3も「エンジン修理のため、出発を2時間お待ちください」なんてアナウンスがあったのち、エンジンごととっとと取り外して、新品に換装、カウルをつけなおして。。。と、本当に2時間で完成し、あれよあれよという間に、元気よく離陸。大空の中に消えていきました、なんてかんじだったらしい。

*資料では「エンジン着脱が短時間で可能」となっており、どこかで「2時間で取り換えちゃった」という情報もあったのですが、紛失。こういう話はコンステレーション旅客機でもあり、要すれば、冷戦当時「アメリカの飛行機はすぐなおせるぞ」とソ連を威嚇する意図もあったらしい。

50年代にNY~パリ便などで活躍したコンステレーション旅客機

パブリックドメイン

 

 

そもそも故障しないし、故障してもすぐ部品が買えて、あっという間に直しちゃう、という、まるでVWのかぶと虫みたいな飛行機だったのでした。

世界の名車かぶと虫

 

 

その信頼性、耐久性などから、第2次大戦では輸送機として大量に生産され。アメリカを勝利に導いた4大兵器の一つ(ジープ、バズーカ、原爆そしてDC3)として称賛されています。

DC3の恐るべきコストパフォーマンスと耐久性、使いやすさは現在にいたるも有用性を失わず。カナダだのアラスカだの、西部劇もびっくりの、いまどきのひよわなジェット機では入っていけないような地域では、いまでもターボプロップ化されたりして飛んでいるといいますから、いかに優秀な飛行機かということがわかると思います。

ターボプロップ化されたDC3。

http://larch.blog.jp/archives/5161238.html
 

 
本当の名機は、レジェンド(伝説)となると共にレガシー(遺産)も残すといいます。DC3は、上記の通りレジェンドとなりまくり、そして現在の大型旅客機につながる機体構造を確立した、レガシーそのものの飛行機でもあると理解します。

ちなみに、戦後にDC3を操縦した日本のパイロットから「飛行中はとてもすなお。着陸で、接地時に尻が落ちるせつな、方向舵がふっと効かなくなる一瞬があり、気を使った」などの感想があります。

世界の名機DC3。エンジン出力の制約やレーダー装備が未発達であったことから、本格的なエアラインへの進化は第二次大戦以降の新世代旅客機に譲りますが、大好きな飛行機です。

Clássico Douglas DC-3 está à venda no Brasil

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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W杯:日本チームに応援すべきか?

すべきでない、と言って物議をかもした共産主義者のおっさん(東京都区会議員)がいた一方で、ドイツなど本物の文明国では「氷点下のW杯サッカー、熱気乏しく 人権重視しボイコットの動き―ドイツ(外部リンク・時事通信)」なんて、カタール大会の意義そのものを問う(そしてそんな大会に出るドイツチームなんて応援してやらんという)動きもあったりして。

このへんを、Q&AサイトのQuoraにおいてつらつら書いてみました。以下、お題として提示されていた質問2つと、ぼくなりの回答です。

なお、本稿におけるW杯ポスターの出典はAFPニュース(https://www.afpbb.com/articles/-/3170004)です。

イタリア、1934

 

さて、Quoraです。

ドイツに勝って幸先のいいスタートを切ったものの、コスタリカに敗北。どうなる日本?

質問その1:サッカーW杯2022コスタリカ戦の敗因は?

回答:W杯ともなると、試合の結果には、単にチームの実力だけではなく、応援する国民のそして国の経済・社会状況が影響して、W杯での成績に反映されるケースがあるようなのです。

ブラジルの例で言えば、70年の3冠達成の時がまさに「ブラジルの奇跡(的経済成長)」の頂点であり。78年にアルゼンチンに優勝をさらわれたあたりからおかしくなり、その後はハイパーインフレに陥りましたが、92年の米国で優勝し、同じくしてレアル政策で躍進しました。

ドイツが日本に負けたのも、「人種差別を認めたW杯ではないのか?そんなW杯を盛り上げていいのか?」と自問自答し、悩んでいる結果が出てしまった。これから「このW杯で勝つことは、ナチの過去に戻ることではない」と吹っ切れれば、スペイン相手に7対1で勝ったりして?

この回答を読んだ皆さん、2年後に日本の経済社会はどうなっているでしょうか?恐ろしいハイパーインフレにあえいでいるでしょうか?あるいは日本だけ世界で独り勝ちの躍進になっているでしょうか?

ブラジル、1950

 

 
その後、日本は見事予選突破。

https://www.nikkansports.com/entertainment/photonews/photonews_nsInc_202212020000361-2.html

 

 
ベスト8まで進めば、なんとブラジルと試合の可能性が。

そのブラジルは。。。。

質問その2:ワールドカップを観ていて、やはりブラジル代表のプレイに一番ド肝を抜かれるのですが、彼らは何が違うのでしょうか?また、他国の代表がああなることは不可能なんでしょうか?

回答:貧富の差が激しいブラジルでは、「シテイ・オブ・ゴッド」でも提示されている通り、とても学校にいけない貧民層が多く。

そんな家庭の親父は、サッカーの試合になけなしのお金を賭けて、勝てば酒を飲んで奥さんや子供を殴り。負ければ倍殴るという生活です。親父のゲンコツから逃げ出した子供の生きる道は、何とか中流階級のいる地区に潜入して、商店などから寄付をお願いすることですが、単に寄付をお願いしても相手にしてくれないことが多いので、タウルス拳銃を向けて「お金ちょうだい。じゃないとあなたに事故がおこりますよ」という、強制的な寄付をお願いする生活になってしまいます。

https://www.russoairsoft.com.br/revolver-taurus-.38-spl-rt-85s-oxidado-brilhoso

 

 
もちろん、そういう行為は、世間では犯罪なので、商店主の方で今度は用心棒を雇い。

夜陰にまぎれて少年たちを先制攻撃で間引いてしまいます。

ブラジルでは、慢性的な貧困があり。こうした少年たちが無限に生まれてくるので、片端から間引いていくのですが、時に、特殊技能により、こうした地獄の連鎖から逃れることのできる少年たちもいます。

もうお分かりと思いますが、こうした少年たちが天性の才能で、ブラジルでしか生まれない「すごい選手」になったりします。

もちろん上記は極端な例で、中産層出身の名選手もいますが、だいたいは、上記ほどでないにしてもハングリー精神にあふれた、要すれば育ちの違う少年たちなので、これを超える選手、というのは日本では難しいと思います。

でも、ブラジル人の中でも、こうした実情から、ワールドカップは、いたたまれなくてとても見れない、とテレビを消す人もいます。

一方、「世間では犯罪とみなされる」生活を送る少年たちでも、特にいじけたところもなく、おなかがいっぱいであれば、ピストルなんて忘れて、楽しくサンバを踊っています。これがブラジル独特の身のこなしになるのだと思います。

楽しいサンバ

 

 
選手になっても、決して、お金のためにいやいやサッカーをやっている、というのではなく、お金がなくてもやっぱりサッカーやってんじゃん、というところもあり。サッカーを口実に地獄のような家庭にしてしまうクズ親父もいる一方で、サッカーというスポーツが、地獄の社会から人を救い出すなにかも持っている、というところだと思います。

ブラジルも含め格差・貧困のない世界になることを、願っています。

スペイン、1982

 

 

暗い話題ばっかりだったので、W杯にも楽しめる部分があるにはある、というお話も行きましょう。

構図、という言葉があります。

この言葉は、芸術家にとって、恐ろしいパワーワードなのです。

どんなに才能あふれる芸術家でも、構図のない絵を描いてしまうと、けっきょくほにゃららな小学生の図工なのか、名作なのかわからないものになってしまいます。

いちおうおことわりしますが、ぼくは絵画から感性を排除する気は全くありません。でも、感性こそすべて、という人に限って感性なのかその場の気分なのかわからないままに漫然と絵をみて「感動した気になって終わり」という恐ろしい世界に落ちいってしまうと理解しています。まず理性に照らし合わせて、さらに理性を超える魂の世界に入る、ほうがよいと思っています。。。。

ソ連じゃなかったロシア。2018

 

 
で構図ですが、3分割構図、対角線構図、三角構図、キアロスクーロ(レンブラント様式)、シメトリー構図、色による構図(補色、反対色など)その他無数にあり。いえることは、名作はこれらの無数のオプションから、選び抜かれた構図をもって「カドの立った寿司」みたいな切れ味を実現している、ということでしょうか。

ひらめきで一気に、ということもあるのでしょうが、多くの場合は何枚も何十枚もデッサンをかさねて、構図を考え抜いて。。。というのが名画を通じて伝わってくると思います。

究極のファッションのごとく、なにげにコーディネートしているけれど、細部まで鍛え(考え)抜かれ、選び抜かれた構成が自然にかつ魂の奥底に迫るインパクトで見るものを圧倒する。フォービズムや現代アートでは、この「優しさいっぱいの自然さ」を放棄してグロテスクなやつもあるけど。

構図のお手本といえば、ダビンチの晩餐だのいろいろあるのですが、しかしその最高峰は、なんと日本人なのでした。

その名も「葛飾北斎」

出展:https://artscape.jp/study/art-achive/1205252_1983.html

 

 
北斎さんが、考え抜いてこの構図を構築したのか?あるいはその場のノリでやったら結果こうなったのか?本人に聞くことはできないのですが、緻密な構図になっています。日本画の場合は大首絵(上半身アップ)みたいな固定化した構図とか、犬図みたいな禅の世界(あっぱらぱ)も多いのですが、あっぱらぱに見えても名画は構図もしっかりしている、と思います。

上記は絵画といういわゆる2次元アートの世界ですが、人間の運動というお題で、極限のアートが見れるのがW杯だった。

サッカーマニアのみなさん、ここでぼくが「浅野琢磨のシュート」を引き合いにだして称賛すると思ったでしょうか。

https://www.yomiuri.co.jp/pluralphoto/20221123-OYT1I50182/

 

 

へへん残念でした。たしかに日本人離れした蹴り込みでしたが、そんなのぜんぜんへろへろへなちょこのあっぱらぱだよーん、という恐ろしいアートが存在しているのです。

それが「ベベトのゴール」

「米国ワールドカップにおけるベベト選手のゴール」のことです。決勝進出をかけたすさまじいプレッシャーの中、なにげに地面を転がっていく一直線のシュートが、キーパーの指先10センチ、ゴールポストから10センチをかすめてゴールに。動画(外部リンク)ご覧ください。こういうなにげにふつーのシュートを打てる人が最高の芸術家かもしれん。

画像出展はhttps://internacional.estadao.com.br/

 

 

なお、このゴールには、ロマリオという、マラドーナを真人間にしたらこうなる、というのが、ゴ◎ブリみたいにからんでいますが、マニア向けのお話なので、ここでは省略。

3000字を越えました。

次のワールドカップでは、SDGが本当に達成されて、安心して日本に応援できるようになっていたらいいですね。

ではでは。。。

 

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ブラジル大学紀行(その3・完結編)

さて、サンパウロ大学紀行第3弾、行ってみます。

やっと完結です。あーよかった

もっと飛行機の話を書け―!とかのリクエストや、もしか墜落して飛行機壊しちゃったの?といういじわるなかんぐりに答えて来週は「◎っこちました」です。こうご期待。

さて。

第1弾と、第2弾まででは、ひょんなことから大学の卒業証書を紛失し、新たに発給する申請のために、現住所のブラジリアからのこのこと大学のあるサンパウロに移動し、古巣の経営学部での申請のてんまつや、大好きな建築学部のことなどなど書かせていただきました。

今回は、建築学部からちょっと歩いたところにある地質学部からはじめさせていただきます。

この広いスペースで、授業の間の休み時間ぽけっとしていました。

 

 

でも、地質学部の学生だったのではなく。地質学部の目の前にある社会学部に在籍していました。

経営学部じゃなかったの?卒業後社会学部に受験したら、受かりました

でも、その時は社会人で、昼は働いていたので、夜間部でした。

そのうちリーマン生活が忙しくなり、中途退学。かなしいな

その社会学部はこちら

何の変哲もないチープなバラックなのでした。

 

 

経営学部の異常な防犯システムに比べ、どこかの公衆トイレみたいな寂れようです。社会学なんて、世間は興味を持たないんですね。かわいそうに。。。。

またのこのこと経営学部に戻って、芸術学部に向かいますが、通り道に、なんかすさんだ倉庫があり。

 

 

これが、恐ろしい「死体の家」です。

なぜか、医学部の分館になっており。ぼくの学生時代は、医学研究で使う検体がフォルマリン漬けになって大量に保管されていた。

皆さんキュウリのピクルスをご存じですよね?きゅうり色になってひなびた人間の体が漬物になっている倉庫、と思っていただければよいかと思います。

こんな感じ

 

 

ただ、上記の通り「保管されていた」であって、今回通りがかったときは、窓から見える倉庫内も、きれいにパーテーションで区切られて、ただの事務室になっていました。つまんねーなー。

でも、その事務室も、昔は赤ちゃんのピクルスで埋まっていたなんて、事務員の人は知っているのでしょうか。。。。

そもそも医学部は学園都市から離れたサンパウロ市の中心近くにあり、謎の倉庫だった。

学生時代はちょくちょく医学部にも遊びに行っており、そこには身元不明遺体の確認を行う霊安室(SVOC)もあり。運ばれてきた女性の、眠っているような遺体に恋を。。。なんてなりそうになったので、行くのをやめました。

*念のため。みなさんぼくがここに書いていることのすべてが本当だとは思っていませんよね?ほんとうのこともありますけど。

さて、芸術学部です。

この辺は、哲学部とならんで、ねじの外れている(狂人とは書かない)ひとびとの巣窟です。

らりったりしてはおらず、とても常識的なのに、突然ぞっとするようなことを言い出したりする人々のいるエリアです。

常識的ですが、らりっているとしか思えないきてれつな服装で歩いたりしています。

でも、中身は至っていいやつばかりです。というのも、後で出てくる学生寮での同室者が芸術学部の学生だったから、よくわかるのです。

らりっていないのに、らりっている人々を凌駕する、恐ろしい種族です。

さて芸術学部の建物自体はいたってふつーで、特筆できる特徴は無し。

 

 

ここには音響図書館?とかがあって、ヒトラー時代のドイツ音楽とかを聴きに行ったりしていました。個々の図書館は、ブラジルでも有名なグラフ雑誌を克明に保管していたりして、そういうのをあさるのも楽しみだったですねー、どんな記事を探していたかは、なぜか忘れてしまいました(ポルノではない、まっとうな雑誌です。念のため)。

次は学生寮。

公立の大学なので、めぐまれない学生のために、身の上調査で確認し、その時「貧乏人探知機」で「人間の屑」と認定されれば、在学中は無料で住める学生寮がありました

懐かしい学生寮。6階(最上階)に住んでいました。

 

 

部屋の隅にコンロを据えて、ソーセージ焼くぞー、と大喜びしていたら、煙がドアの隙間から流れ出して廊下に充満して、危うく火災探知機が作動しちゃうところだった!などの思い出が。。。。

そもそも学生寮居住者は自炊はするな、ということになっており。寮の間に学生食堂がありました。

今もあった。

まだ11時ちょっとなのに、学食の門が開くのを列をなして待っています

 

 

ぼくはこんなにあさましくなかったよーんだ!

でも、この辺りは、本当に腹を減らして、学食を食べるために大学に入ったような育ちの悪い、人間の屑ががうじゃうじゃしている地獄の一丁目なので、気を付けましょう。

そこかしこに、共産主義的な張り紙が。よいこはこの辺をうろつくのはやめましょう。

大体大学生活の思い出はこんなかんじですかねー学園都市をふらつくのにも疲れて、ホテルのある町の中心にいきました。

ところが、なんちゅうチープなホテルじゃ!

まるで紛争地域の街角かとまがう景色。

今回の旅は、旅費を浮かすためにクレジットカードのポイントを使ったのですが、天下のブラックカードのポイントでこんな恐ろしい、日雇い労働者のドヤ、木賃宿みたいなところしか予約できないのか?

フロントにいくと、アテンドのお姉さんが、いかにも身がまえて、あなただれ?みたいな感じだったのですが、サンタンデル銀行からの予約です、といったら、急にすごい親切になり、タクシーだのなんだの丁寧に手配してくれました。

ぜんぜんだめなのか、すごいのかわからないサンタンデール・ブラックカード

 

 

サンパウロでのお楽しみは「お弁当」

もちろん日本みたいなやつのことです。

とはいっても、日本の弁当とはいかない、ひなびたお弁当ですが、でもそのくたびれたところが大好きだったりします。

こんな感じ

 

 

このお弁当を買うために、わざわざ地下鉄に乗って東洋人街まで出かけたのでした。

地下鉄

 

 

東洋人街

 

 

 

 

ちなみに、ブラジルの地下鉄のいいところは、切符を買っちまえば、どこからどこまで乗ろうがいっしょなこと。

日本みたいに、みみっちく区間を制限して、あそこまでは190円だけどここからは100円だ、などという気の狂うような細かさはなく。

せめて地下鉄ぐらいのんびり乗りたいですよね。。。。。

でも、切符はスーパーのレジペーパーみたいなみみっちいやつでした。

 

 

というわけで、今回の目的である大学での用事は達成し、翌日朝7時の便で帰ることに。

以下、サンパウロ(コンゴニャす空港)の風景

 

 

ラウンジの風景

ブラジリアに比べてチープなラウンジ

 

それでもゲートの混雑に比べれば数段ましで、くつろげました

日本みたいに人が多いサンパウロ空港のゲート

 

 

構内バス?で飛行機まで移動。

 

 

737にくらべて機首のデザインが間延びしたかんじのエアバス

 

 

窓から

 

 

つい、隣の飛行機の車輪に目が行っちゃうんですよね。

ちゃんとねじを締めてるんだろうかとか。。。。

 

 

と言っている間に、ブラジリアに着陸していました。はしょりすぎか?

フラメンゴFCのグッズのみ売っている要注意な店があり。

 

 

その隣に、他のチームのを売っている店がありました。あーよかった

 

 

駐車場に戻ってきました。

ここから車でアパートに帰りました。

ではでは。。。。

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ふしぎな百人一首の世界

以前、タロットカードの話を投稿した時に、なんのはずみか「軍国百人一首」というのを書きました。

正しくは「愛国百人一首」でした。なんだそりゃ?

大正から昭和に入り、世界も日本も大戦争の悪夢に転がり込んでいくご時世の中で、日本はナショナリズムの高揚のためいろいろな努力を行い。その一つとして日本古来の文化を見直し、その素晴らしさを喧伝する、という方策がとられました。

そして、世界に誇れる日本文化の一つとして、百人一首が脚光を浴びることになり。

神国日本の百人一首を覚えて、来る大戦争へ向け防人の魂をふるいたたせよう!

例えば。

45番 謙徳公 あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな

http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/hyakunin/45.htm

 

 

無敵皇軍の勇ましい和歌だ!でも平安時代の言葉なので、現代語に訳してみましょう。

「あなたをずっと愛しく思っております。あなたに恋いこがれ続けても、そんな私のことを哀れだと言ってくれそうな女性は他に誰も見あたらないまま、むなしく無駄に死んでいくのでしょうか。」

あれ?

お姉ちゃんに振られて、いじいじと悩むしょうがない奴のことじゃね?

うううむ、気を取り直して、もう一ついってみます。

21番 素性法師 今来むと 言ひしばかりに 長月の有明の月を 待ち出でつるかな

http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/hyakunin/21.htm

 

 

なんかにやけた坊さん、という事で、一抹の不安がよぎりますが、翻訳してみましょう。

「「今すぐに参ります」とあなたが言ったばかりに、9月の夜長をひたすら眠らずに待っているうちに、夜明けに出る有明の月が出てきてしまいました。」

うああああー?坊さん??いいのか????

と、要すれば100首のうち、43までが「恋の歌」つまり「お姉ちゃん、すきすきー」とか、「ふられちゃった、しくしく」みたいに、いい年こいたおっちゃんやおばちゃんが情けなくとりみだす情景ばっかりになってしまっていたのでした。

ううむ、これではとても軍国日本の文化として推すわけにはいかない、というか、奈良だの平安だののヒーローがこんなんだったら、昭和の日本人はいったいどうよ?となってしまうぞ?

でも、逆転の発想をする者はいつの時代にでもいるようで、「別に新しいのを作っちゃえばいいじゃん」と、万葉集だのなんだのから、「勇ましい和歌」をかき集めて「愛国百人一首」が生まれたのでした。

奈良県立図書館情報HP(https://www.library.pref.nara.jp/collection_sentai/reference/112)で、そのいきさつや、どんな和歌が収録されているのかが説明されており。

「形式的には短歌であり、小倉百人一首に採録されているものは除く。

時期的には、万葉集以降で、明治維新前に没した詠者に限定する。

臣下の歌に限定、つまり天皇や皇族の歌を除くこと。

「愛国」を広義に解釈する(例えば、母性愛や夫婦愛をうたった女性の歌、国土の美しさをうたったものなど)

ある作者の歌の中から一首を選ぶ場合は、直接愛国の精神を詠っているかよりは、和歌として優れているかを基準とする。

明朗に、また積極性を帯びている作をなるべく優先する。

歴史上有名な人物の作であっても、あくまで作品としての質で選定する。(引用終わり)」

具体的な100の軍国和歌は、すべて書き出すと記事の字数がめちゃくちゃオーバーしてしまうので、こちらをご参照ください→
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%9B%BD%E7%99%BE%E4%BA%BA%E4%B8%80%E9%A6%96

以下、一部抜粋です。(なお、絵柄は「愛国百人一首絵葉書」です)

現代ちっくな絵柄のものから。

21、 今奉部與會布 今日よりはかへりみなくて大君の御楯と出で立つ吾は

今日からは家をも身をも顧みすることなく、大君 の強い御楯となって、私は出立するのである

 

 

こちらはなんとなく米国ちっくなおねえさん。美人過ぎて、ぼけっと見入ってしまいました。

10、 海犬養岡麿  み民吾生けるしるしあり天地の榮ゆる時にあへらく思へば

天皇の民である私は生きている甲斐があることよ。 天地が栄える時に生まれ合わせたと思うので。

 

 

復古調のものもあり。

左から

38、 中臣祐春 西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ

12、 小野老 あをによし奈良の京は咲く花のにほふがごとく今さかりなり

 

 

桃太郎も登場

92、 津田愛之助  大君の御楯となりて捨つる身と思へば軽き我が命かな

 

 

きわめつけは、性別不明の美形キャラ。

45、 楠木正行   かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる
梓弓で放たれた矢のように2度と生きては帰るまいと決意しているから、ここに私と共に死ぬ決意の者の名を永久に残そうと書きとどめる

 

 

これらのかるた(絵葉書ですけど)を見て、実は、一種安心しています。

戦前の日本と現在の北朝鮮を同一視する人も多く、実際「軍国主義」と「先軍政治」そして強圧的な恐怖政治という点で確かに類似しているけれど、上記の絵と、北朝鮮のポスターでは、明らかに差があり。

北朝鮮のポスター。https://m.media-amazon.com/images/I/A1oxvbD97EL._AC_SL1500_.jpg

 

 

北朝鮮(旧ソ連や、プーチンのロシアもそうですけど)の絵は、やらされている感が半端ない。というか、とにかくこういう絵でもかいて将軍様を賛美しないと、たちまち強制収容所、となってしまうのに比べ、日本のかるたのほうは、少なくとも絵葉書バージョンはかなり気ままに描いており(と勝手に思っています)。

要すれば「官製の軍国歌謡」と「民間で自主的に生まれてきた替え歌」の差かもしれん。

前者の例が、高橋掬太郎という人が作詞した「英国東洋艦隊壊滅」。これはこれで威勢がよくていいけど

 

 

この歌は、いわゆる「ニュース歌謡」で、レコード化もされなかった(一説には官製アジテーションの曲をレコード化するのがいやがられた)らしいのですが、愛国心に燃えるサトウハチローさんが「断じて勝つぞ」という替え歌にしたら、同じく愛国心に燃える国民の間で大ブレイク、レコードが飛ぶように売れたらしい。

断じて勝つぞhttps://www.youtube.com/watch?v=7Zps8NbDwmk

 

 

要すれば、北朝鮮の人々が、どんなに鞭うたれてもひれ伏して従うしかない80歳の老人とすれば、軍国日本は正義の日本を信じ切って自発的に軍に協力した、12歳の無垢な少年、くらいの差があると思います。

現在のすれからしな日本では、無くなってしまったひたむきさを、「愛国日本絵葉書」の登場人物の目つきに見出してしまったのは、私だけでしょうか。

といって、愛国百人一首の内容をざっと見てみると

「大君は神にしませば」「大君の命かしこみ」「命をばかろきになして」「すめ神の天降りましける」

なんて、「日本は神の国です」というのばっかり延々と続き。

はたして、「お姉ちゃん好き好きー」の和歌を書いたのと同じ日本人の作ったものなのだろうか?日本人って、ふしぎですねえ。

これじゃあB29と竹やりのケンカになっても不思議ではないですよね。。。

さて、戦争が終わると、こんどは「新いろはかるた」というのが生まれ。日本国憲法の精神をあらわした

◎国民主権(「み 民主 みんなの 心から」、「ろ ろばた から よ論」)

◎戦争放棄(「い いくさを なくす 新憲法」、「へ 平和の 世界 われらののぞみ」)

◎基本的人権の尊重(「こ 個人 尊重」、「し 信仰の 自由 学問の 自由」)

なんてのが生まれました。

なんかこっちも官製ちっくな押しつけがましさ満載だなあ。北朝鮮のポスターとあまり変わらなったりして。。。

一方、戦前、戦後を通じ、人を人として敵も味方もなく尊重した、というか、尊重しようとした、そんな戦前の和歌もあり。この和歌は、軍閥だの産業界だのが自分の利益のために大衆を先導しようとか、あるいは大衆のほうで思わず扇動に乗っちゃった、みたいな「12歳」とも違った、平安時代から今日までに通ずる「仁」という、日本が誇ることのできる思想を体現していると思います。この和歌を掲載して、結びとさせていただきます。

「よもの海 みなはらからと 思う世に など波風の たちさわぐらむ」

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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富の寓意画:最後に愛は勝つ

シモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」

この絵は、人間にとって財産、お金がどこまで重要なのか、そういったとても大切な問いかけを、アレゴリーすなわち寓意でミステリアスに伝えています。

というわけで、この絵に込められている愛のメッセージを紐解いてみましょう。

まず、画面の中央にすわるご婦人。なんとなくオーギュスト・アングル的な構図ですね。

ご婦人は下から高価そうなネックレスを掲げる天使に目をむけています。一方で、天に向けて指を指し示すもう一人の天使を脇に抱えています。

ご婦人は、月桂樹の冠をかぶっており。つまり、ご婦人自身が美の象徴でもあるとのことです。感性、道徳といったもののお手本となるような「仁と愛とに富む婦人」です。

そのご婦人に宝石を差し出している天使。子供のくせに悪いやつで、宝石だの貴金属だので、ご婦人を堕落させようとしています。

でも、ご婦人は、冷徹、冷ややかそのもののまなざしで誘惑を拒否しています。「道徳」にとって、「世俗的な富」なんて大した価値はもちませんよ、と示唆。

一方、道徳を象徴するご婦人が大事に抱えているもう一人の天使。こちらは、天、すなわち神の世界を指さしています。地上に散らばる宝石に比べて、目には見えない神への信仰(現代日本的に言えば、親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観)こそが大切なんだ!と示唆しています。

そして、ご婦人は天を仰いている天使を選んだのでした。

へえーやっぱりお金なんて、愛の前では無力なんですねー

偉大な愛の力が現実生活でどうなるか。

一例行ってみます。

無料で読める「駒が舞う」https://www.sukima.me/book/title/BT0000377890/

から抜粋。

将棋日本一を目指す少年2人の地方レベル決勝戦

右のメガネの少年は、この一戦に勝てば「会社の将棋部の管理」だったか、就職して家族を極貧から救うことができる状況。

その家族は、極貧のため妹のチヨちゃんが思わずパンを盗んじゃいます

 

 

チヨちゃんが妹と知らない対戦相手の少年(こちらが漫画の主人公)は行きががり上チヨちゃんをつかまえてしまい。

 

 

チヨちゃんのなりいきを心配して眺める主人公。その家が決勝相手のメガネくんの家だったことに気が付き。

 

 

メガネ君はがめついパン屋のおっさんを撃退

 

 

妹チヨちゃんをしばくメガネ君

 

 

でも心優しいお兄さんだったのでした

 

 

見てはいけないものを見てしまった主人公

 

 

というわけで、現実世界では、いくら愛があってもお金がなければ万引き、DVという犯罪の世界に落ちてしまうのでした。

犯罪の世界に落ち込まないためには、どんなブラック企業でも我慢してお金を稼がざるを得なくなり。はっきり言って愛もへったくれもない、ハラスメントの世界に巻き込まれ。「愛こそすべて。お金なんて」と言っている人に限って、知らないうちに、血も涙もない金の奴隷と化してしまっていないでしょうか。

では、どうやって金の奴隷、社畜でこき使われる地獄を抜け出すのか?

それこそがシモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」の、まさに寓意によって明確に指示されているのです。

もう一度、この絵の判読をしてみましょう。

「真相はこうだ」

シモン・ヴ―エ「富のアレゴリー」

 

 

まず、画面の中央にすわるご婦人。

月桂樹の冠をかぶった美の象徴でもあり、感性、道徳といったもののお手本となるような「仁と愛とに富む婦人」です。ここまでは別に変更なし。

問題は、ここから先である。

そのご婦人に宝石を差し出している天使。子供のくせに悪いやつで、宝石だの貴金属だので、ご婦人をお大尽の放蕩生活に堕落させようとしています。素直に、現実世界で重要な意味を持つ資産のもろもろの象徴をわかりやすい形でご婦人に提示してくれています。

そのご婦人は、冷徹、冷ややかそのもののまなざしで誘惑を跳ね返しています。道徳にとって、世俗的な富なんて大した価値はもちませんよ、と示唆。仏様のような半眼の慈愛に満ちたまなざしで、これらの宝物をみつめています。現実世界の経済的な裏付けが、いかに美徳・道徳の成立に重要な基礎となっているかを見事に示唆。

一方、道徳を象徴するご婦人が大事に抱えているもう一人の天使。こちらは、天、すなわち神の世界を指さしています。地上に散らばる宝石に比べて、目には見えない神への信仰(現代日本的に言えば、親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観)こそが大切なんだ!と示唆しています。一見非の打ちどころのない価値観を振りかざされて「国、会社、上司に滅私奉公しろ!犠牲になれ」とだまされ、息も絶え絶えになりなからも、白目をむいて天(お上)を崇拝している社畜じゃなかった天使。そんな偽善の被害者、カモネギになんてなるな!と見事に示唆しています。

このあと、ご婦人は社畜天使をえいやー!と放り投げ、財宝を高配当株やインデックスETF、リートなどに変えてしっかり不労所得を稼ぎ、ゆとりある生活を盤石にしたのでした。

なああんて!

シモン・ヴーエが生きていたら、絶対お礼参りにくるだろう。

でも、死人に口なし。くやしかったら、化けてでてみろー!

ただ、ヴーエの援護をするとすれば、この絵のおばさん(ご婦人)は実はおばさんでなく、翼の生えた天使であるということです。

つまり、おばさん自身が天使として、上記での親切、公正、寛容、慈愛、分別、節制、純潔、勤勉といった価値観をすでに持っている。

だから、ありあまる富を持っても、それをみんながほわほわ幸せになるように生かしていく。

そのためにも、富は重要なんですよ、というのが、この絵の最大の教訓かなと思います。

ちなみに、よく「想像力がありすぎる」とか怒られます。

想像力ではなくて、これまで生きてきていろいろあり。ときどき不思議な白い光が見えるのです。今回は、天を指さしている天使の目つきから、インサイトが来てしまいました。

白目をむいています

 

 

この天使は、ペコちゃん焼きになってしまっているのである。

ペコちゃん焼き?

飯田橋神楽坂に、不二家さんというお店があり。たい焼きみたいな、なんていったら怒られるかもしれせんが、そんなかんじの「ペコちゃん焼き」を売っています。

包装では、とてもかわゆいペコちゃんが。

日本でここだけだそうです。

 

 

ところが、ペコちゃん焼き本体は

白目をむいて泡を吹いてるぞ!うああああー

 

 

たい焼きみたいに、頭からかじると、ゾンビに脳みそを食いちぎられて泣きわめく少女になるのでした。ぎゃああー

スプラッター菓子。

*とてもおいしくて、大好きなお菓子です。念のため

「富のアレゴリー」の天使も、はっきりって目つき悪いですよね。こうゆう目つきをしていて、天の啓示を受け取れるのだろうか?それこそ「天の啓示という名の偽善にだまされるな!」というシモン・ヴ―エさんのメッセージが、この「スプラッター天使」に込められていたのでは、なんて、かえってそういう啓示をうけました。

もちろん面白おかしく、ウケ狙いですが、個人的に思うのは、この絵は単にステレオタイプの「愛がすべて」という絵じゃないぞ!おばさん、そして天使たちの表情に、なにか一段奥深いメッセージがある、と感じ、今回の記事とさせていただきました。

愛は勝つ

ではでは。。。

 

 

Posted by 猫機長
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不条理演劇とロマン主義的イロニー

この記事は「不条理演劇」の記事と密接に関連しています。そちらも読んで下さいね。。。

さて、「ロマン主義的イロニー」です。

「若きウエルテルの悩み」という小説があり。ドイツらしいくそまじめな内容で、他人の嫁さんに恋慕したしょうがない青年ウエルテルが、悩み苦しみ、最後はピストル自殺しちゃう、という内容でした。

韓流ドラマなんてなかった1700年代後半のヨーロッパでは、衝撃のラスト!だったようで、ウエルテルの「後追い自殺」をしてしまう青少年が後をたたず。「読むペスト」などと恐れられる小説になってしまいました。

映画版:君に捧ぐ「若きウェルテルの悩み」

 

まだ純粋な青少年は、小説の内容に引き込まれてしまい。「他人事とはおもえない」と、小説の主人公に自分を重ね合わせ、主人公が自殺すると自分もおもわずやっちゃった、となったらしい。

ちなみに、これら少年たちは、「褐色のブーツに青のジャケット」と「ウエルテルの自殺シーンと同じ服装」で死んでいたそうです。コスプレの始まりかもしれん。

つまり、小説に感情移入するあまり、現実と物語の境界線がなくなってしまうのです。

驚いた出版社や作家側では、以後似たような小説の中で、次のようなシーンを挿入することにしました。

こんな感じ。

“ウエルテルジュニアは、耐えがたい哀しみのなかで、ピストルの銃口を自らのこめかみに当てた。

「さらば残酷な世界よ!」

引き金を引こうとした一瞬、

ぼこん!

突如後頭部に金属バットの一撃を食らい、昏倒するウエルテルジュニア。

意識もうろうと立ち上がると、そこには金属バットを手にして仁王立ちのブルゾンちえみがいた。

思わずブルゾンに向かって怒鳴るウエルテルジュニア

「このドアホが!あやうく脳天がかち割れて死ぬところだったやないか!この落とし前どうつけるんやごるああああ!」

怒鳴り返すブルゾン

「じゃかあしい!こんな小説の、口からでまかせ、嘘八百のいい加減な作り話で、死ぬもへったくれもあるかいボケが!それとも、おどりゃーはそのピストルで、このくず小説を読んでいるあほな読者の脳みそに風穴を空けられるちゅうんかい!」”

と、ここで、読者はあっそうか!今ぼくが耐えられない悲しみと思っていたのは、それはウエルテルジュニアの悲しみで、ぼくはこの小説を読んでいる読者だったんだ!と現実世界に引き戻され。

ここでの、ブルゾンちえみによる「金属バットの鉄槌」そしてその後の口上を、「ロマン主義的イロニー」というのです。

ブルゾンちえみ(現・藤原史織)

出展:https://www.dailyshincho.jp/article/2018/05080559/?photo=1

 

 

つまり、ロマン(幻想、虚構)の世界に迷い込んでしまった読者を、それまでのストーリーから外した・矛盾した皮肉の一撃!で現実世界に立ち返らせる、その皮肉つまりイロニーのことなのでした。

こうして純粋な青少年たちの自殺を防止することができるようになりました。めでたしめでたし。

ちなみに、ヨースタイン・ゴルデルというおっさんが書いた「ソフィーの世界」という本の451ページに、もっとおだやかな表現でロマン主義的イロニーの説明があるので、ぜひ読んでみてください。。。。

さて、人間社会には、疑いようのない「常識」と言うのがあり。

たとえば、人間としての「品性、徳行や信用」を高める行動は善だ、というのはフツーに明白であると理解します。

「品性、徳行や信用」を一言にまとめると「名誉」になります(Wikipedia)。

従って、名誉とは重要な価値である。ここまでは疑う必要のない「常識」ですね。

名誉をなにより重視したのが武士の世界で、トクすることだけを追い求めていた一部のアジアの数か国と違い、武士の国日本が明治維新で植民地化を逃れた事実は疑い無きと理解します。

ところが、こうした「疑いようのない」言葉を悪用して、権力があなたに本来の意味とはかけ離れた不条理を強要することがあります。

純粋な青少年が虚構の世界(小説や、映画など)に狂ってしまった、というような場合は金属バットの一閃もやりやすいのですが、国家権力や有識者などがこぞって「名誉は重要な価値だ」という「常識」で洗脳をかけてきたらどうなるか。

やり方が実に巧妙なので、だまされていると気づかず、「ウエルテル」が虚構であることを忘れて自殺してしまう青年のように、虚構をあたかも真実であるかのようにすりこまれ、家畜のようにふぬけにされたあげく、屠殺されてしまうのです。

その一例として。。。。

三十三間堂の通し矢、というのがあり。「京都蓮華王院(三十三間堂)の本堂西側の軒下(長さ約121m)を南から北に矢を射通す競技(Wikipedia)」である。

京都三十三間堂

 

 

通し矢自体は善悪もくそもなく、121メートルの軒下を、軒にぶつけず床に這わせず矢を通す、というだけのことですが、しかし、現代弓道の28メートルでも、あれれ届かない、というのが現実のところ、一昼夜かけて8000本以上の矢を射とおすということがいかに技術的・体力的・精神的に神の世界かということが理解できると思います。

この辺に江戸時代の殿様はじめ支配層が目を付けてしまい。

「わが藩の名誉のために日本一の記録を作るのだ」とこぞって競争するようになってしまいました。

この辺を恐るべき迫力でかいた「弓道士魂」があり。無料で全巻読めます(https://www.sukima.me/book/title/BT0000124683/)が、以下、ネタバレしないよう部分のみ抜粋しつつ紹介します。

記録を更新できなかったらどうなるか。

 

 

切腹です。

矢を8000本通すことと、名誉がどう関係するのか?

武家の世であるから、弓術に強い藩、というのはなるほど尊敬されそうです。でも、それと8000本なんてぜんぜんつながらないことは明らかだと思います。鉄砲あるじゃん、なんて無粋なことは言わずとも、弓取りの魂の弓で、みんな8本くらいは通せます、だったらスゴイ剛弓使いの藩だ、と「こわもて」くらいはするでしょうが、単に代表者1人が日本一と言っても、実利的にはなんの意味もないはずである。

ところが、殿様はじめこんな感じ

 

 

というわけで、雨が降ろうが風が吹こうが哀れな選手が人身御供に

 

 

こうして、いつの間にか「通し矢で日本一になることが絶対必要な名誉」という常識が作り上げられてしまい。

この「常識」を粉砕する金属バットとブルゾンちえみはいないのか?

いました

 

 

ロマン主義的イロニーというより、素直な直訴ですね。。。でもこのお兄ちゃんは、直後、大会のオーガナイザーの一人にバッサリ斬り殺されちゃいます。

こうゆう不毛な競争としての通し矢は明治以降は行われなくなったらしい。

現在では、場所は三十三間堂ですが、60メートルの距離で、かつ、一応競技ではあるが、歴史を伝える行事、礼式、良きエネルギーを呼び込む儀式(お祈り?)、という感じに生まれ変わっていたのでした。あーよかった。

現在の通し矢。どきどき!わああああーい!

    出展:https://www.sankei.com/smp/photo/story/news/180114/sty1801140005-s.html

 

 

さて、この記事のメッセージです。

皆さんが、常識だと持っていること。ふつーに正しいと思っている考え、しきたり、理論などの裏に、実は「不都合な真実」が隠されていないか。疑いのようない価値観を隠れ蓑に、実は「操り人形のように、機械のように動かされていないか」?

知らないうちに、不条理を常識と思い込んでいないか?

こうした不条理演劇を粉砕するロマン主義的イロニーとして、このHPの記事が役に立てば、喜びこの上ありません。

ではでは。。。。

Posted by 猫機長
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アフガニスタンと八百万の神々

アフガニスタンでタリバン政権が復活。厳格なイスラム教神学校を起源とするタリバンは、イスラム教を至上とする統治を宣言しました。

女性の権利など、自由世界とは相いれない価値観もあり、アフガニスタンから脱出する人たちも続出。

21世紀の現在で、アメリカ式資本主義の国が、あっというまにイスラム原理主義の国に「あと戻り」なんて、信じられんぞ?宗教をすべての根本とする国が、AI時代の今日、ほんとに存在できるのか?

「八百万の神々」、お盆とクリスマスが共存する、なんでもあり、言い換えれば宗教心なんてあってなきがごとしの日本人からみれば、とても信じられないと思います。

でも、ちょっと考えれば、日本が例外であって、キリスト教、儒教、仏教といった宗教が、いまだに世界の国々の成り立ちの根底にあるのです。

ヨーロッパやアメリカ、中南米など、キリスト教圏の国では、人々は日常的に「おお神よ」など無意識に言葉に出しており。天使や聖人がてんこ盛りで登場する西洋絵画も、日本人からみればちんぷんかんぷんですが、西洋人から見れば、あこの絵はユリを持った天使つまりガブリエルが青い服を着た素敵女子つまりマリアに話しかけている。「受胎告知」だな、と自然にわかるのです。

ダヴィンチ「受胎告知」

 

ルネサンス以降、西洋人は知性の光で聖書の解釈を「改良」し現実世界に順応させていきましたが、源泉はキリスト教の教義であることに変わりはなく。

アフガンの人たちから見れば、アメリカの駐留は、イスラム教の劣化版?であるキリスト教の教義に基づいて、人権だの平等だのと心地よい言葉を隠れ蓑に、物質主義・拝金主義の笑止千万な思想を押し付けたにとどまり。タリバンの返り咲きは、人権とかの概念が自由世界とは違った部分のある風土に、その風土が許容する価値観を持った支配者が結局戻ってきた、という事かもしれません(穏健派のイスラム教徒で、タリバンなんて邪教だ!という人もいるでしょうが)。

日本の場合、もともと宗教心をあまり持たない、どんな外来思想も取り込んじゃう柔軟な国民が、太平洋戦争終戦後のアメリカ進駐軍により「北朝鮮もびっくりの軍国主義」から解放され、自由と繁栄を謳歌し、世界有数の先進国になることができました。この点素直にアメリカ的思想を受け入れられなかったアフガニスタンは不幸と思います。

宗教に凝り固まっていなかった日本は、進駐軍のキリスト教的自由、平等、博愛の思想を柔軟に吸収できた

 

アフガニスタンにしろ、欧米にしろ、なぜ今日まで宗教が人々の魂の奥底に宿っているのか。

これらの地域では、中世ころまでは、信心深くないと生き延びることができなかった。その結果、生き延びた人々の子孫も、DNAに宗教がしっかり刻まれている。という事なのだと理解します。

イスラム教が典型的であり。豚は食うな、など、中世の医療では治療できなかった寄生虫病等を確実に防ぐ戒律になっており(豚と人間の食料競合もある)。今日では女性差別ととられるヒジャブ(ベール)ですが、元来は粗暴な男たちから女性を保護する手段だった(というのはオブラートに包んだ言い方で、実はもっとえげつなく。砂漠地帯での人口爆発を防ぎたかったらしい)。マホメット時代、「石と砂漠のアラビア」で、最も実利的、効率的な生き方をまとめた「生活の指南書」がコーランであり、戒律を守らないと寄生虫で死んじまったりとかするので、みな進んでイスラムを信じるというDNAが継承されている。

*ちなみに、預言者マホメットは「ネコを大切にしよう!」といっています。

欧州では、王権と教皇権が権力を二分した、という特色があり。教皇はお祈りばかりのはずなのに、「カノッサの屈辱」で王様にざんげさせたりとか、なんでそんなに強いんだ?

カノッサの屈辱。跪いて教皇に許しを請う神聖ローマ皇帝(1077年)

 

教皇の強さは、ヨーロッパ形成期に、王様が勝てない恐ろしい敵に勝ってヨーロッパを救ったという事件から始まっているようです。キリスト教を信じていたから救われた。でなければヨーロッパが全滅し人々は死に絶えていたかも?

それは「アッティラ大王の侵入」

西暦400年ころ、フン族がヨーロッパを蹂躙し。

騎馬民族の常で、多数の部族が内輪もめしているが、ひとたびカリスマが現れ、統一すると無類の強さで世界を蹂躙する。1200年ころのジンギスカンが有名ですが、その一昔前、ローマとゲルマンがごにゃごにゃやっていたローマ帝国末期にも、アッティラ大王が現れ、西欧滅亡か?という非常事態が発生しました。

アッティラ率いるフン族は、ローマもゲルマンもいっしょくたに撃破。434年から445年のたかだか11年の間にライン川、ドナウ川、カスピ海にまたがる地帯を蹂躙し。栄光の西ローマ軍は、なさけなく連戦連敗、総崩れとなり。ローマ皇帝ヴァレンティアヌス3世は、ヴァレンナというところに逃げ込み、ガクブル!なすすべもなく震えていました。

侵略は残虐を極め、人々はアッティラ大王を「神の災厄」「神の鞭」と呼び。もはや人間ではなく、B29やゴジラをはるかにこえた悪魔・バケモノとして恐怖におののくようになっていました。

悪魔アッティラは、西欧を滅亡させるのか?

その一歩手前の一夜。夕餉の祈りをささげていた教皇レオ1世の頭上に、まばゆい光が!

奇跡の光にひれ伏すレオ1世。

その光、すなわち天にましますキリストの父、全知全能の主エホバは、神の代理人レオ一世に命令を下しました。

「聖ペテロと、聖パウロの精霊を伴い、悪のルシファー・アッティラを退治せよ」

主からの啓示を受けたレオ一世は、さっそうと白馬にまたがると、凶暴な騎馬軍団の先頭で、まさに攻撃を下令しようとしていた極悪非道のアッティラ大王の前に進みいで。

ラファエロ「レオ一世とアッティラの会見」

 

「悔い改めよ。侵略をやめ、立ち去るならば、神の慈悲によって許されるであろう」

その時、アッティラは見たのです。教皇の背後からまばゆい光につつまれて浮かび上がる聖ペテロと聖パウロを。

奇跡の光に耐えられなくなったアッティラは、思わず軍を返し、聖なる光につつまれながら、立ち去ったのでした。

ええええーそんなのあるわけないじゃん!いやいやあったんですよ。

もちろん教皇側の記載なので、神の慈悲とかになっちゃってますが、現代国語で書き直してみましょう。

「真相はこうだ」

そもそも、アッティラ側は度重なる侵攻で疲弊しており、略奪とかもするだけしてしまい実入りが少なくなっていたところで、疫病とかが発生し、そろそろ家へ帰って寝ようかな、という状況だった。

よし、その前に大仕事だ、と襲おうとしたマントヴァで、軍人には見えないふくよかなおっちゃんが、これまた戦争に関係ない僧侶の人たちと、群れを成して待っていた。

なんだこいつ?

おっちゃんは、口を開くと

「にいちゃん、聖ペテロの恵みと、聖パウロの恵みをあげるから、このへんでもうお帰り」

そして後ろを振り返り

「おう、おめえら!はやくアッティラの親分さんにお菓子をお渡しせんかい!」

へい!と若い衆が、「聖ペテロ」と書かれた菓子折りを渡すと、中には光り輝く山吹色のお菓子が!

そして、「聖パウロ」と書かれた封筒を渡すと、その中には年末ジャンボの当たりくじと、1000BTCが記録されているペーパーウオレットが!

おおおおー!

アッティラ一同大喜びで、もう侵略なんてどうでもよくなり。大判小判の輝きにつつまれながら、中央アジアへ喜び勇んで帰っていったのでした。

山吹色のお菓子。http://www.tokyo-colors.com/wp-content/uploads/old_images/384_1.jpg

 

さて、実は買収だった?として、ローマ皇帝が何もできずに震えていた時に、教皇が首尾よく蛮族を手なずけた。

そして、都合がよいことに、アッティラは一年後、美女の前で鼻血を出して死んでしまい(食道静脈瘤が飲みすぎで破裂して窒息したらしい)。分裂したフン族は、再びヨーロッパを恐慌に陥れることはなくなったのでした。

ペシカ・フェレンツ 「アッティラの死」

 

この結果、キリスト教がヨーロッパを救った、という紛れもない事実がここに生まれ。

これを見たゲルマン族は、続々とキリスト教に改宗するなどをはじめ。

神の代理人、教皇が無類の力(パワー、フォースいずれも)を持つ存在として確立し、その源泉となるキリスト教は、ヨーロッパの人たちの魂の奥底に刻まれることとなったのでした。

タリバン国家が、宗教ファーストだね、へんだね、という認識は普通と思いますが、現代西欧先進国の常識は?じつはこちらもキリスト教ファーストだったんじゃ?と一歩下がって見つめることが、世界を理解し平和を考える(促進するといいたい)ために重要と思っています。

ではでは。。。

Posted by 猫機長
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神と人と物。西洋美術と哲学で暴く人類のゆくえ③

鉄と血の世紀

人類の最大の革命とは何か?いろいろ議論されながらも、上位に出てくるものに「火の使用」があります。

肉を焼いて寄生虫やばい菌を殺し、食べやすくできたことで栄養摂取が容易になって、知能の大幅な向上をもたらし。寒さをしのぐ暖房や、明かりを得るために火は大活躍した。

一方、縄文時代の竪穴式住居にあったいろりから、ベルばら時代フランス貴族の豪邸にあった暖炉まで、箱モノは立派になったけれども、肝心の中身つまり「火」は、変わりなく。つまり、電気・電球・電熱装置が発見された1789年くらいまでは、火をよりどころにした、人間の生活様式のエッセンスは変わらなかったという不思議な事実があるのです。

ベルサイユのばら(1975年)花組

https://www.youtube.com/watch?v=rUE_3EJ9vvQ

 

人間は神に与えられた「火」を使うことでかろうじて動物と分けられている非力な被造物でした。とある大事件が起きるまでは。

その大事件は「産業革命」(もっと正確には、第2次産業革命)

人間は電気、蒸気という、火よりも何倍もパワーのあるエネルギーを獲得し。産業革命からせいぜい200年くらいか?で光速ワープ的な進化を遂げたのでした。

この進化で、人類が学びなおしたものは

◎物質:人間は神が作った「概念」ではなく、肉体を持った「物質」である。そして、物質である人間は、工場、機械、そういった物質に影響を受けて生きている。

◎時間:工場では、材料が加工されて製品に変化する。人間も、神の思し召しである不変の毎日を過ごすのではなく、今日とは違う明日へ変化してゆく生命体であった。

そして、この進化をもっとも明確に提示するキーワードが「スピード」

遂に「神は死に」、「機械」の時代が始ったのでした。

この時代を代表するのが「未来派美術」。

主にイタリアで推進され、こんな感じの作品が多数生まれました。

夜行列車 1920

 

speeding_motorboat1923

 

ジーノ・セヴァリーニ「装甲列車」(1915年)

 

機関車は、未来派が好んで描いた題材の一つで、「機械の持つスピード、躍動、そして破壊や暴力」をぶちまけた。

おなじ機関車でも、機関車というモチーフそしてその周りで「楽しく遊んでいるいろいろな光の粒子たち」を「光に忠実という意味で」写実的に画面に落とした印象派とは画期的な違いが生じていることに注目。

左はモネのThe Gare Saint-Lazare1877。右はPippo Rizzo – Treno in corsa 1929

 

「破壊や暴力」という恐ろしい言葉が出てきてしまいました。

1909年、イタリアの全国紙「フィガロ」に、「未来派宣言」が掲載。

「我々は労働、快楽、反逆に衝き動かされる群衆を謳おう。首都にわき起こる革命の潮を謳おう。荒々しい電気の月光に浮かび上がる兵器庫や造船所の震える情熱を、煙を吐く蛇をむさぼり喰う貪欲な鉄道の駅を、煙の紐で雲から宙吊りにされた工場を、河を巨大な体操家のように跨いだ橋を、水平線を嗅ぎ回る冒険好きの汽船を、長いチューブの手綱をつけられた巨大な鋼鉄の馬のような、線路を蹴る胸の厚い機関車を、熱狂した群衆のように喝采するプロペラを持つ飛行機の滑らかな飛行を、謳おう。(https://pdmagazine.jp/people/futurism/)」

ここまでならともかく、

「戦争は美しいものである。なぜなら、ガスマスクや火焔放射器や戦車をあやつる人間の力が機械を支配していることを証明できるからだ。戦争は美しい」

と、一気に戦争賛美、暴力肯定に走ってしまい。

そしてエッセンスは

「機銃掃射のように彷徨する自動車は、「サモトラケのニケ」より美しい」

ここまで書けば、未来派がどういうものだったかが明らかになると思います。

つまり、

「王侯貴族や聖職者に都合よく押し付けられた既存の秩序を、機械文明の力で破壊しつくす運動」

これって、「共産主義」のことじゃ。。。。

資本主義ピラミッド

最上位に「資本」が君臨し、「貴方を支配する人(資本家、貴族)」、

「貴方を騙す人(聖職者)」、「貴方を襲う人(軍人)」、「貴方の為に食す人(金持ち)」、

そして「搾取される人(労働者)」が最下層に。

 

唯物論が、神という絶対唯一の価値基準を粉砕し始めた時代。

マルクスが、この時代の一つの代表となる哲学を打ち立てました。

「Der Kapital」つまり「資本論」です。

あれ哲学じゃないの?いえいえ、マルクスにとっては、経済という物質世界こそが哲学だったのです。

つまり、世の中すべて物質。人も物質。

マルクスにとって、人間は神によって導かれる魂ではなく、物質によって規定される商品に過ぎなかったりします。

そして、労働者と資本家という感じに世界の人々を2分し。

労働者は、資本家の提供する工具や機械がなければ商品を作れないので、安い賃金で働かされ、商品を売った利鞘はほとんど資本家に持っていかれてしまう。

搾取はどんどん進み、労働者側が「このままじゃ死ぬかも?」と気づいたときに、暴力革命によって資本家は滅ぼされ、共産主義政権が労働者を管理することで平等な世界が実現する、と説明しました。

しかし実際はこの通り行かず。

それは

1.マルクスが予言していた革命は、資本主義が究極まで進行した国で矛盾が爆発して革命に至る、はずだったが

2.実際に「共産主義革命」が起きたのは、ロシア、中国など、資本主義が進んでいなくて、工場労働者(プロレタリアート)がそもそもそんなにいなかった。

3.しかし、強権政治、人権侵害で下層民は耐えきれない状況にあり。レーニンなどが上手に「農業労働者や、自営業者とかもプロレタリアートの仲間です」とプロレタリアの分母を著しく拡大させることに成功。

4.そして、ソ連や共産中国は、こうした「怒れる民衆」の力で、当時の支配者であった貴族や大企業家を滅ぼし、民衆を「平和、土地、パン」などの政策で取り込んだ(というか、ダマした)上で、

5.今度は「プロレタリアの指導層」つまりスターリンだの毛沢東だのが貴族等にとって代わり、独裁政治を敷いた

つまり「共産革命」は政権転覆の口実に過ぎなかった、というのが事実ではないでしょうか。

マルクスが「私はマルクス主義者ではない」と嘆いたのもむべなるかなと思います。

一旦は世界を席巻しそうだった「共産諸国」ですが、結局はブルジョアが残した遺産を食いつぶしたあげく、代わりとなる生産力を形成できずに、あえなく崩壊した。

「共産主義国家」がどういうものかは、「将軍様の国」が雄弁に物語っています。

アートになったマルクス。でも写真にしか見えない(マレーヴィチ)のは、ぼくだけでしょうか

 

マルクス資本論の弱点というかが二つあり。

1-人間は「単なる商品」ではない(自由意思を持った唯一の生物としての属性を失うことはない)

2-商品の価値を形成するのは、労働者というより、消費者の方が重要な比率を占める。

というわけで、「政府が生産と販売を独占し、強制的に国民に分配する」というのは、自由意思を持った個人の個性を無視したできそこないの製品しか作れなくなり。消費者を無視してしまったので、経済が回らなくなった。

結局、共産主義は、毛沢東みたいな悪人がゆがめた形で利用しなかったとしても、実現不可能と理解しています。

「共産主義みたいな未来派美術」は、やっぱり「共産主義みたいなファシズム」に結びついたりして、日本の「戦争画」のような「黒歴史」の部分もあるのですが、アカデミズムで停滞していた美術界に無慈悲な鉄槌を加え、概念の遊びに迷い込もうとしていた美術を無理やり機械文明の現実の中に引き戻したという点では、すごい運動だったと思います。

一方、現在まで続く「科学・物質」の世界が、どのように人間に不幸をもたらすかをも克明に見せてもおり。

AI革命のこれからの未来が「風の時代」のキーワードである「理解と平和」をもたらすために、とても重要な教訓をもたらしていると思います。

ううむなんか重苦しい結論になってしまった。我々はかなりやばい時代の延長に生きているようですね。。。。

以下、未来派絵画いろいろ

Fortunato Depero The New Babel plastic and mobile stage setting1930

 

corsa-ad-ostacoli(障害物競走)-1923

 

the-red-horseman-1913

 

Fortunato Depero, Skyscrapers and Tunnels ,1930

 

 

Dynamism of an Automobile, 1911

 

Dynamism_of_a_Dog_on_a_Leash_Albright-Knox_Art_Gallery-1912

ではでは

 

Posted by 猫機長