ふしぎな百人一首の世界

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以前、タロットカードの話を投稿した時に、なんのはずみか「軍国百人一首」というのを書きました。

正しくは「愛国百人一首」でした。なんだそりゃ?

大正から昭和に入り、世界も日本も大戦争の悪夢に転がり込んでいくご時世の中で、日本はナショナリズムの高揚のためいろいろな努力を行い。その一つとして日本古来の文化を見直し、その素晴らしさを喧伝する、という方策がとられました。

そして、世界に誇れる日本文化の一つとして、百人一首が脚光を浴びることになり。

神国日本の百人一首を覚えて、来る大戦争へ向け防人の魂をふるいたたせよう!

例えば。

45番 謙徳公 あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな


http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/hyakunin/45.htm

 

 

無敵皇軍の勇ましい和歌だ!でも平安時代の言葉なので、現代語に訳してみましょう。

「あなたをずっと愛しく思っております。あなたに恋いこがれ続けても、そんな私のことを哀れだと言ってくれそうな女性は他に誰も見あたらないまま、むなしく無駄に死んでいくのでしょうか。」

あれ?

お姉ちゃんに振られて、いじいじと悩むしょうがない奴のことじゃね?

うううむ、気を取り直して、もう一ついってみます。

21番 素性法師 今来むと 言ひしばかりに 長月の有明の月を 待ち出でつるかな


http://www2u.biglobe.ne.jp/~nagaki/hyakunin/21.htm

 

 

なんかにやけた坊さん、という事で、一抹の不安がよぎりますが、翻訳してみましょう。

「「今すぐに参ります」とあなたが言ったばかりに、9月の夜長をひたすら眠らずに待っているうちに、夜明けに出る有明の月が出てきてしまいました。」

うああああー?坊さん??いいのか????

と、要すれば100首のうち、43までが「恋の歌」つまり「お姉ちゃん、すきすきー」とか、「ふられちゃった、しくしく」みたいに、いい年こいたおっちゃんやおばちゃんが情けなくとりみだす情景ばっかりになってしまっていたのでした。

ううむ、これではとても軍国日本の文化として推すわけにはいかない、というか、奈良だの平安だののヒーローがこんなんだったら、昭和の日本人はいったいどうよ?となってしまうぞ?

でも、逆転の発想をする者はいつの時代にでもいるようで、「別に新しいのを作っちゃえばいいじゃん」と、万葉集だのなんだのから、「勇ましい和歌」をかき集めて「愛国百人一首」が生まれたのでした。

奈良県立図書館情報HP(https://www.library.pref.nara.jp/collection_sentai/reference/112)で、そのいきさつや、どんな和歌が収録されているのかが説明されており。

「形式的には短歌であり、小倉百人一首に採録されているものは除く。

時期的には、万葉集以降で、明治維新前に没した詠者に限定する。

臣下の歌に限定、つまり天皇や皇族の歌を除くこと。

「愛国」を広義に解釈する(例えば、母性愛や夫婦愛をうたった女性の歌、国土の美しさをうたったものなど)

ある作者の歌の中から一首を選ぶ場合は、直接愛国の精神を詠っているかよりは、和歌として優れているかを基準とする。

明朗に、また積極性を帯びている作をなるべく優先する。

歴史上有名な人物の作であっても、あくまで作品としての質で選定する。(引用終わり)」

具体的な100の軍国和歌は、すべて書き出すと記事の字数がめちゃくちゃオーバーしてしまうので、こちらをご参照ください→
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E5%9B%BD%E7%99%BE%E4%BA%BA%E4%B8%80%E9%A6%96

以下、一部抜粋です。(なお、絵柄は「愛国百人一首絵葉書」です)


現代ちっくな絵柄のものから。


21、 今奉部與會布 今日よりはかへりみなくて大君の御楯と出で立つ吾は

今日からは家をも身をも顧みすることなく、大君 の強い御楯となって、私は出立するのである

 

 

こちらはなんとなく米国ちっくなおねえさん。美人過ぎて、ぼけっと見入ってしまいました。


10、 海犬養岡麿  み民吾生けるしるしあり天地の榮ゆる時にあへらく思へば

天皇の民である私は生きている甲斐があることよ。 天地が栄える時に生まれ合わせたと思うので。

 

 

復古調のものもあり。


左から

38、 中臣祐春 西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ

12、 小野老 あをによし奈良の京は咲く花のにほふがごとく今さかりなり

 

 

桃太郎も登場


92、 津田愛之助  大君の御楯となりて捨つる身と思へば軽き我が命かな

 

 

きわめつけは、性別不明の美形キャラ。


45、 楠木正行   かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる

梓弓で放たれた矢のように2度と生きては帰るまいと決意しているから、ここに私と共に死ぬ決意の者の名を永久に残そうと書きとどめる

 

 

これらのかるた(絵葉書ですけど)を見て、実は、一種安心しています。

戦前の日本と現在の北朝鮮を同一視する人も多く、実際「軍国主義」と「先軍政治」そして強圧的な恐怖政治という点で確かに類似しているけれど、上記の絵と、北朝鮮のポスターでは、明らかに差があり。


北朝鮮のポスター。https://m.media-amazon.com/images/I/A1oxvbD97EL._AC_SL1500_.jpg

 

 

北朝鮮(旧ソ連や、プーチンのロシアもそうですけど)の絵は、やらされている感が半端ない。というか、とにかくこういう絵でもかいて将軍様を賛美しないと、たちまち強制収容所、となってしまうのに比べ、日本のかるたのほうは、少なくとも絵葉書バージョンはかなり気ままに描いており(と勝手に思っています)。

要すれば「官製の軍国歌謡」と「民間で自主的に生まれてきた替え歌」の差かもしれん。

前者の例が、高橋掬太郎という人が作詞した「英国東洋艦隊壊滅」。これはこれで威勢がよくていいけど


https://www.youtube.com/watch?v=ZWPvNIz8KLo

 

 

この歌は、いわゆる「ニュース歌謡」で、レコード化もされなかった(一説には官製アジテーションの曲をレコード化するのがいやがられた)らしいのですが、愛国心に燃えるサトウハチローさんが「断じて勝つぞ」という替え歌にしたら、同じく愛国心に燃える国民の間で大ブレイク、レコードが飛ぶように売れたらしい。


断じて勝つぞhttps://www.youtube.com/watch?v=7Zps8NbDwmk

 

 

要すれば、北朝鮮の人々が、どんなに鞭うたれてもひれ伏して従うしかない80歳の老人とすれば、軍国日本は正義の日本を信じ切って自発的に軍に協力した、12歳の無垢な少年、くらいの差があると思います。

現在のすれからしな日本では、無くなってしまったひたむきさを、「愛国日本絵葉書」の登場人物の目つきに見出してしまったのは、私だけでしょうか。

といって、愛国百人一首の内容をざっと見てみると

「大君は神にしませば」「大君の命かしこみ」「命をばかろきになして」「すめ神の天降りましける」

なんて、「日本は神の国です」というのばっかり延々と続き。

はたして、「お姉ちゃん好き好きー」の和歌を書いたのと同じ日本人の作ったものなのだろうか?日本人って、ふしぎですねえ。

これじゃあB29と竹やりのケンカになっても不思議ではないですよね。。。

さて、戦争が終わると、こんどは「新いろはかるた」というのが生まれ。日本国憲法の精神をあらわした

◎国民主権(「み 民主 みんなの 心から」、「ろ ろばた から よ論」)

◎戦争放棄(「い いくさを なくす 新憲法」、「へ 平和の 世界 われらののぞみ」)

◎基本的人権の尊重(「こ 個人 尊重」、「し 信仰の 自由 学問の 自由」)

なんてのが生まれました。


なんかこっちも官製ちっくな押しつけがましさ満載だなあ。北朝鮮のポスターとあまり変わらなったりして。。。

一方、戦前、戦後を通じ、人を人として敵も味方もなく尊重した、というか、尊重しようとした、そんな戦前の和歌もあり。この和歌は、軍閥だの産業界だのが自分の利益のために大衆を先導しようとか、あるいは大衆のほうで思わず扇動に乗っちゃった、みたいな「12歳」とも違った、平安時代から今日までに通ずる「仁」という、日本が誇ることのできる思想を体現していると思います。この和歌を掲載して、結びとさせていただきます。

「よもの海 みなはらからと 思う世に など波風の たちさわぐらむ」

ではでは。。。

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