スパッツ考

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実は飛んでいるよりも地上で駐機している時間の方が圧倒的に多い軽飛行機。重要な装備に、ランディングギア(以後、ギアと呼称)があります。

滑走や、着地の衝撃を吸収するために強度が必要となりますが、一方で離陸してしまえば、単なる重量物となってしまうため、軽飛行機のギアはバネのように弾力を持たせた鋼製の棒が頼りなげに伸びているだけだったりします。


こんなかんじ

https://abpic.co.uk/pictures/model/Rans%20S-6%20Coyote%20II

 

 

実際頼りないので、着陸には気を使います→「着陸の奥義」ご参照。

上の写真のとおり、ギアは、小さいように見えてなかなか大きな空気抵抗の発生源となっています。なんとなく、皆さんが学校で使っていた下敷きを三つ風にかざしている感じになってしまい。いくら機体そのものを細い流線形にしても、操縦席ではパイロットほとんど身動きが取れないほどなのに、いくらスロットルを入れてもスピ―ドが出ず、燃料消費ばかりが多くなるという、残念な飛行機になってしまいます。

引っ込み式にすればいいじゃん?

実際引っ込み式の軽飛行機も存在するのですが、ぼくは「引っ込み式はダメ!ゼッタイ!」派です。



引っ込み式のギアを持つLSA軽飛行機(Fascination)

https://www.aircraftdc.de/en/products/repair/98-d4-fascination.html

 

 

なぜかというと、軽飛行機なんて、操縦も管制(通信)も航法も全部ひとりでやらなければならないところに、やれ積乱雲にまきこれそうになっただの、晴れていれば晴天乱気流(以前の単なるサーマル)だの、ふぎゃぎゃーともみくちゃにされながら、一方で管制からは「旅客機のそばに寄るな、しっしっ!」とさらに積乱雲がいっぱいのところに追いやられ。どうせ1年に数回は命からがら(たとえですよ)何とかホームベースの滑走路に帰り着いた、なんてさんざんなフライトの発生を避け得ず。

そんな時、やっといつもの慣れた滑走路で着陸動作、うまく「滑走路上数センチで失速」滑り込むようにギアが着地、と思ったら、あれ、全然着地せず、変に尻(機体)が落ち込んだぞ!うああ?

次の瞬間、ものの見事に「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ、ぎりぎりぎりぎりー」と胴体着陸してしまったことに気づき。

へんに引っ込み式の飛行機なんかに乗るから、ギアの出し忘れとかいう事故を誘発してしまうのである。


空自の超ベテランでも「出し忘れ」をしてしまうらしい。

写真の出典は→ http://komatsuairfield.web.fc2.com/page165.html

出し忘れのいきさつはこちら→ http://komatsuairfield.web.fc2.com/page182.html

 

 

胴着なんてしてしまうと、機体の腹にあたる部分の外板交換程度ではすまず。

胴着一瞬前に、しまった!と気づいて咄嗟にエンジンを切れば、運よくプロペラを地面に当てないで済むケースもありますが、ちょっとでもかすってしまうと、プロペラ軸がやられ、クランクシャフトや周辺のベアリングなどがだめになってしまい。パイパーカブなど、往年の尾輪式飛行機では、プロップヒットを前提に木製のプロペラにして、ペラはぶち折れるがエンジンシャフトには影響が出ないように、というのもありますが、現在のカーボン製高性能プロペラだと、ペラもですがエンジンの方が先にやられてしまいます。

そこに機体の修理を含めたら、新品の機体を買う方が安くなってしまうばかりか、見えないどこかでフレームに歪み出ていたら。。。。なんていつまでも懸念が残る状況になってしまいます。


パイパーJ3カブの木製プロペラ

http://pics.woodenpropeller.com/J3.html

 

 

「舞い上がれ」の福原遥ちゃんみたいに、エアラインパイロットの訓練用となるボナンザ機とかはともかく、日曜パイロットがそのへんを飛び回るような軽飛行機の場合、引っ込み脚なんていらないのでした。ははは

といって、ギアがにょきっと突き出ていれば、残念な抵抗の発生源になってしまうわけで。

そこで考え出されたのが「スパッツ」という整流覆いです。

スパッツと聞いて素敵女子の、どきどき!を思い浮かべた人はいないでしょうか。


冷え取り用だそうです。

https://tshop.r10s.jp/silkparty/cabinet/silk_op/touroku3/spats_s3.jpg?fitin=720%3A720

 

 

そっちの◎っちなほうではなくて、第二次大戦で米軍が使っていたような、脚絆(きゃはん)のことです。おえええー


フランス軍のスパッツ

user:VIGNERON – 投稿者自身による著作物, CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=20261424による

 

 

要すれば、スパッツみたいにギアにかぶせた整流覆いということである。

こういった覆いをかぶせることで、空気抵抗を9割がた減らせる、という事で、固定脚の飛行機には必須の装備となっていたのでした。


円形断面は、流線形断面の10倍の空気抵抗を生み、乱流も発生させる

(出展:https://pigeon-poppo.com/pressure-drag/)

 

 


スパッツをかぶせた状態(写真右後ろ)と、タイヤむき出しの状態。

 

 

スパッツと言っても、いろいろな軽飛行機でいろいろな形状があり。

まずは、ぼくの乗っているRANS SUPER COYOTEから。



 

なんか角ばってて、あまり抵抗低減に役立っていなさそうだなあ。。。。無いよりはいいけど。

次はPARADISE P1



 

 

上の写真は最新型で、下の写真のに比べてスパッツ後部が延長されています。

いずれにしろ、ヨーロッパ的な繊細な形状。

Paradise の開発者の一人である鬼教官いわく、スパッツ前縁がとんがりすぎ。もっと丸くする必要があるとのこと。

なお、P1のすごいところは、スパッツよりも、その上の支柱にごっついショックアブソーバーがあることで、かなりの衝撃でもふわっと吸収してくれます。

Flyer/Paradise RV9



 

もともとVANSというアメリカの会社から、ブラジルのFlyer社とParadise社がそれぞれライセンス制作しているもの。なんとなく、中島製と三菱製の零戦の違いみたいに、微妙にそれぞれ違っています。写真のは鬼教官がからんでいるParadise製です。

文句ない流線形!最新空力理論が取り入れられた完成形ですねーこの飛行機は、飛行機が乗り手を選ぶ、スーパーカーみたいなところがあり。ノーズギアの支柱そして車輪自身もメインギアに比べて小さく軽量になっています。

PARADISE P1が、練習生の落着に耐えられる作りになっているのに比べ、こちらはパイロットにパーフェクトな着陸を強いることで、スピードなどのハイスペックとバーターしており。そもそも翼面荷重が高くて短い不整地などでは着陸しにくく、ノーズギアの支柱をひん曲げる事故が多発しているといううわさも。

超富裕層向けのRV9は別として、ヨーロッパちっくに繊細なスパッツにこだわるP1と、なんかくっつけとけばいいやのアメリカンなCOYOTEなど、なかなか個性がありますねーしかし世界でもっともハイスペックなスパッツを作ったのは、なんと日本だったりします。

その好例が「97式戦闘機」


https://m.media-amazon.com/images/I/6114aChqJZL._AC_SL1500_.jpg

 

 

1936年10月に初飛行。1932年3月に初飛行のP26に比べて、洗練が確認できると思います。


https://www.nationalmuseum.af.mil/Visit/Museum-Exhibits/Fact-Sheets/Display/Article/198089/boeing-p-26a/

 

 

これはP26の方がいい加減すぎるというのもありますけどねー

なぜこうなるのかというと、エンジンの違いです。

例えば、グラマンF6Fは2000馬力ですが、零戦は1000馬力ちょっとしかなく。日本は、とにかく空気抵抗を減らすしかなった、というのが実態だった。

じゃあ、97戦と同世代のグラマンF3F(1935年3月初飛行)は、どんなキテレツなスパッツだったかなーというと


パブリックドメイン

 

 

引っ込み脚だった。

複葉の艦上機(つまり低速の飛行機)で、引っ込み脚なんて必要ねえだろごるあ!

でも、アメリカは、この当時からすでに単葉全金属戦闘機の先駆けとなる引っ込み脚の戦闘機をじゃんじゃん作って、技術革新に備えていたのです。

日本では97戦や96艦戦で、とにかく当座の高性能を達成するために血道を上げていたのに比べて、アメリカは、固定脚なんてどうせすぐなくなる。スパッツなんてテキトーでいいから、その分引っ込み脚の勉強をしとこうぜー、という事だったのだと思います。

この差がゆくゆくはF6Fと零戦の差にもつながってゆき。日米戦の勝敗は、物量とかの前に、こうした先見の明や、人権を最優先とする精神の優越によって、開戦前から決まっていた、と考えるのはぼくだけでしょうか。

最後に、戦前では世界1の性能だった97戦のスパッツですが、現代の最新技術で作られたRV9のスパッツと、正面から見比べてみましょう。


97戦 http://ktymtskz.my.coocan.jp/J/JP/abu5.htm

 

 


RV9

 

 

97戦がとにかく細く、なのに比べて、RV9の方は見事な円形、砲弾型になっています。


 

 

ぱっと見は97戦の方が投影面積が少なくて有利に見えますが、ところがどっこい、飛行機というのはまっすぐ飛んでいるようで、実際は斜めに風が当たることも多く。

97戦のように平べったい、うちわみたいのだと、横風に対し抵抗になってしまいます。砲弾型だと、どこからでもうまく風が流れてくれる。

当時の設計ではわからなかった実情もあり。設計時に見える細部にこだわるより、将来を見据えた進取性のほうが重要であると考察して、結びといたします。

ではでは。。。

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