Amebloのブロ友さんで、毎回すごい情報量で圧倒のアート記事によって読者を魅了するすごいおにいちゃん「bunsho-san」と、こんな対話をしました
ぼく「ダダは、無意味であることに意味を見出そうとして、躓いてしまった一方で、バカボンパパの言動は、まさに天性のダダと思います。赤塚不二夫さんからさかのぼり、葛飾北斎や写楽、はては法隆寺の落書きなど、日本はカリカチュアの宝庫であり、このカリカチュア精神(天性ダダ的な「無意味の力」による「常識・正義の粉砕」)で、戦争などのゆがんだ正義をゆるさない、おこさせない、そんな世界を願っています。」
Bunsho-san「今回のブログ(Romantique issue No.421 架空美術展『今こそ、DADAへ。』開催)で伝えたかったことが猫機長さんにちゃんと伝わっているようでとても嬉しいです。アートの力、なんてそんなものあるのかと思いつつ、アートの力を(音楽とか写真や映画とか、ユーモアや詩、文学の力も)信じたいと強く思っています。」
この対話は、ダダイズムという芸術運動が当時世界のゆがんだ常識(第1次世界大戦を巻き起こした帝国主義)に、どのようなアンチテーゼをもたらしたか、というお題で意見交換したもの。
ダダイズムとは、詳しくは別記事(神は死んだのか)で説明しているので、定義とかはスルーしますが、第1次大戦の殺し合いがいかにバカげているのかを暴いた側面が強い運動だったと理解。
でも、一方で、毒ガスだのなんだのの「残虐なる新兵器」を使用した無意味な殺戮がなければ、ダダも発生していなかったかも。
政治とアートは裏表一体のところがあり。
本当は、アートはそれそのもので存在すべきで、政治なんていやだよーん、と思うのですが、そう単純に分離できず。政治から逃げると、かえって悪い政治家にアートを利用されて、それに気づかない、なんてことも起こるので、要注意なお題ですが取り上げざるを得なくなってしまいました。
さて、政治とアートのつながりというと、これが有名ですね
ボッティチェリ 「ヴィーナスの誕生」1483頃
ここでのヴィーナスさんは、実はシモネッタさんという実在の人物であり、そのシモネッタさんは、時の権力者メディチ家のあんちゃんジュリアーノ・デ・メディチくんの彼女であり。この絵が完成する5年前くらいに、ジュリア―ノ兄ちゃんは政敵の刺客により惨殺されてしまったこともあり、オマージュそしてメディチ家の権力誇示に絶大なる威力を発揮したものと理解します。
言ってみれば、美術作品は当時の「カール・ビンソン」だったのかもしれません
原子力空母(カール・ビンソンかは不明。ははは)
Pixabay無料画像
この当時の作品は、アートが前面に出ていて、「ヴィーナスの誕生」にしても、シモネッタとかは嘘っぱちだ!という意見も多く。一方で、ボッティチェリはじめ当時の美術家は、メディチ家などパトロンの援助があったからこそ才能を開花させることができた。
人類にとって幸いだったのは、メディチ家が事実上「芸術の庇護者」として、体を張って芸術の育成と保護に努めたことにあると考えます。
典型的なのがロレンツオ・イル・マニーフィコ。本人自身が芸術家であり、子供のころから詩や絵画などになじんで育ってきた。戦国状態のイタリア諸都市国家の中で、フィレンツェを強国として定着させた恐るべき政治家ですが、一方で、その政治は大砲による武力制圧というより、人々の心をいやすことによって支持を得、敵を倒し、意外と平和に上り詰めた(と言って生馬の目を抜くルネサンス時代ですから、陰惨な策謀術数、殺し合いもしたと思いますが)。
フィレンツエの僭主、ロレンツオ・オ・マグニフィコ。
要は、マニーフィコはまずは風流人、芸術家であって、芸術を守るために、仕方なく芸術を空母みたいに使うしかなくなった、と理解するのは、買い被りでしょうか?
これらのアートは、現在では政治的権力のデモンストレーションという側面は薄れ、アートとして、空母級のインパクトで世界に君臨しています。
アートの世界の原子力空母たちは、ウフィツィ美術館というところに多数が集められていますが、これはメディチ家が没落、と言って怒られるのなら事実上断絶した時、最後の一人となったアンナ・マリア・ルイーザさんが「メディチ家のコレクションがフィレンツェにとどまり、一般に公開されることを条件に、すべての美術品をトスカーナ政府に寄贈した(wikipedia)」ためです。
メディチ死すとも美術は死なずと、体を張って芸術を残したから、今でも万人に開かれた形で閲覧できるのですよね。。。。
つまりは、どこまで政治利用なのか、どこまでが芸術そのものか?という議論が発生し得るほど芸術あふれる(アートそのものの重要性が理解されていた)時代だった。
ところが、時代が下るにつれて人間もしょうがなくなってゆき。
ダヴィッド「アルプス越えのナポレオン」(1801)
この絵が政治的アジテーションの道具だということに、異論をはさむ人は少ないと思います。
時の権力者も、自分自身をプロモートするしか能がなくなってしまいました。
一方で、新興勢力も自我を確立しつつあり。こんな絵画で政治主張を始めるようになりました。
ドラクロワ「民衆を導く自由の女神」1830年
当時のフランス国王を打倒した7月革命を描いています。
こうして、体制側のプロパガンダだけでなく、被支配層からのレジスタンスという形での政治的利用も顕著になってきました。
時代は下り。7月革命ではマスケット銃だった武器も、1914年には機関銃に毒ガスとなり。
体制側はこんなアートで「戦争は正義だ!」とアジりました。
https://www.gizmodo.jp/2018/02/ww1-propaganda-posters-are-gorgeous-but-messed-up.html
自由の女神か?
アメリカ人にとって、萌えキャラっていうのはこんな感じなんですかねー
https://ja.topwar.ru/8413-plakaty-pervoy-mirovoy-voyny.html
こんなのもあり。白馬の騎士がロシア。竜がドイツらしい。
しかし、実態は正義もへったくれもなく、王様や貴族の都合で、市民同士の殺し合いをさせられていることに気づいた人たちが、白馬の騎士とかに騙されるな!こいつら(体制側)の言っている正義なんて真っ赤な大ウソなんだ!という叫びがダダイズムを生むことになり。
デュシャン「泉」(1917)
ポルトガルの美術館で展示されたレプリカ。
http://pt.museuberardo.pt/noticias/inauguracao-da-exposicao-no-place-home
当時の正義、良識、常識といった価値観をガラガラぽん、と破壊する芸術を生みました。
しかし、その後も戦争はじめ社会の不条理は爆発し続け。アートも正面からこれら政治の不条理に対決するようになり。
ピカソ 「ゲルニカ」(1937)
ところで、知らないうちに、アートは政争の道具になってしまっていたのでした。
ゲルニカにしろ、素直に見れば爆撃の被害にもがき苦しむ市民を描いた反戦画ですが、一方で「米英におもねってフランコ政権を貶めようとしたバイアスのかかった絵だ」なんていう人もいるらしい。
そもそも「反戦画」という時点で、政治的な側面を持つことを避けえなくなってしまっています。
一方、体制側は「いさましく、バンバン敵をやっつける皇軍を描け」といったのに、画家のほうでは、そんなふざけたプロパガンダの片棒を担ぐのは、前線で虫けらのように殺されている兵隊さんを考えると忍びない、と思ったかどうか、こんな絵もあります。
藤田嗣治 「アッツ島玉砕」(1943)
https://media.thisisgallery.com/20223177
展示された当時、絵の前にひざまずいて涙を流し、
手を合わせる人が絶えなかったそうです。
美術って、こんなに凄惨で、生々しく、暗澹たるものだったのだろうか?
やっぱり、美術は、政治とは離れて、希望とか明るさとか、そういったもので人々を満たすものであってほしいですよね。
そんな絵も、ちゃんとありました
仙厓和尚 「犬図」(19世紀)
きゃふんきゃふん。ほわほわ。あーよかった。。。
こんなアートが世界中にあふれ、それを見て育った子供たちが政治家になっても、やっぱり希望に満ちた政治になる。そんな世界が来ることを願っています。
ではでは。。。
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