飛行機を操縦するうえで、単に操縦かんをぐりぐりというだけではなく、気象、航法、通信など、パイロットは同時並行でいろんなことをやらなければならず。
そのためには、なにが一番重要か?
風速や機速を計算する明晰な頭脳か?飛行機の挙動を瞬時に察知して機体を操る運動神経か?
いずれも重要ですが、もっと大切なものがあるのです。
それが「見る力」
視力ともちょっと違うかも?たとえ2.0の申し分ない視力でも、それほど遠くないチェックポイントが見つけられない人もいれば、ど近眼なのに「あの灯台に向かって飛んでいこう」なんて砂塵にかすむ方向へなにげに飛んでいくと、本当に灯台が見えてきたぞ、なんて人もいます。
もちろん、後者のほうがパイロットの適性があるということである。
自分がどこをどう飛んでいるのかを、その辺の山だの谷だの道路だのから、瞬時に航空図に照らし合わせて、あここにいるね、とわかる能力が重要である。
とある重要河川の合流点。機上からの見え方と航空地図上の記載。いずれも赤丸です。
この才能は、熟練で置き換えることができます。何度も飛ぶことで、早朝はこんな感じに見えたけど、ちょっと日が昇ったら全然違う感じ。東から来たときはこんなだけど、西から来たらあんなだ、とインプットして、次第に迷わないで済むようになってきます。
最初はGPSにたよって何とか、でも、わざとGPSの画面をオフにして、地文航法で飛ぶように練習するときもある。チェックフライトではGPS使用不可ですからねー。
飛行機によっては、視界が悪くて航法に苦労するのもあり。
ぼくの乗っているこよーてや、セスナなどのサイドバイサイドの高翼機は、見晴らしがよくて、らくちんです。
こよーて(Rans Super Coyote)。サイドバイサイドです。
*隣の素敵女子は婚約者がいました。しくしく
同じ高翼機でも、PA18だの、タンデムになってくるとやばいぜ!基本、機長は後席になり、それだけでも前方の見晴らしは悪くなるのに、前の人がメタボ体質とかで、文字通り視界を全部覆っちゃう、なんてケースもあるらしい。
パイパーJ3。前の人のほうが小さくてやせ型という、幸せなケース。
https://www.youtube.com/watch?v=6K8okyPSd-E&t=7s
「ジェネアビの神様」高橋淳さんは、「別にこのくらいの飛行機なら前見なくたって操縦できるがね」なんて言っていますが、大きな双発機から曲技機まで乗りこなす達人だから言えることであって、ぼくだったら一発で空間識失調になって墜落すると思います。
でも、それって、飛行機のせいじゃなくて、前に乗るやつが悪いんだよね?
ダイエットしましょう。
上には上があり。
なんと最初から「前が見えない飛行機」もあったのでした。
その名も「ライアンNYP」
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Spirit_of_St._Louis_at_San_Diego_Airport_DSCN0022.JPG
視覚障碍者用の飛行機なのか?いやいや、目が見えない人は、飛行機の操縦はできません。
リンドバーグが大西洋横断のために特注して作ったのですが、参考になったモデルがあり。
その名もべランカ単葉機
https://airandspace.si.edu/collection-media/NASM-A19800263000cp03
ちゃんと窓がついています。
リンドバーグもこの飛行機で大西洋横断をしたかったそうですが、べランカ社側といろいろあり。結局自作機で行くことになりました。
エンジンはべランカ機と同じライト・ホワールウインドを使用。酷使しても文句を言わない「百姓エンジン」だったらしい。
問題は、大西洋横断などという長距離をとぶに当たって、大量に消費する燃料を入れるタンクを、小さな単発機のどこに格納するかとなり。
飛行機は、重量の中心すなわち重心と、推力・抗力・揚力・重力が合わさる空力重心がうまくかみ合わないと、そもそも飛べないか、安定性の全くない危険な飛行機になってしまいます。
例えば、B17を遠くベルリンまで護衛して有名なP51ですが、このために胴体内の変な場所に増加タンクを設置せざるを得なくなり。この増加タンクの燃料がへたに残っていると、バランスが崩れて、戦闘機動どころかまっすぐ飛ぶのさえ危ない飛行機になってしまいました。その点なにげに長距離が飛べた零戦は偉大ですねえ。
http://majo44.sakura.ne.jp/planes/P51/702.html
燃料を目いっぱい積んでも、飛行特性が変にならないためにはどうすればよいのか?
その①:主翼に搭載しちゃえばバランスを崩さずにとべる。
その➁:なるべく主翼に近い位置の胴体に格納する。
ライアンNYPの場合は、翼内の他に主翼直下の胴体で、操縦席の前の部分は全部燃料タンクにしちゃえ!となりました。
要するに前部胴体がほぼすべてガソリンタンクの状態。
https://ww2aircraft.net/forum/attachments/ryan-nyp-spirit-of-st-louis-1jpg-jpg.498261/
ふむふむなかなかシンプルでクレバーな解決だね!
でも、気がついたら、機体前面に窓がつけられなくなっていました。ははは
しゃあない、このままいくか。
大西洋横断という狂ったまねをする上では、前方視界が確保できるかは、死活問題ではなくなっていたのでした。
この記事のはじめに「チェックポイントを探して」と書きましたが、どんなに視力がよくても、裸眼で視認できるのはせいぜい70キロ先までの目標(タワーとか識別しやすいやつ)です。
望遠鏡もあるけど、大西洋横断でいったん海に出ちゃったら、前後左右それこそ見渡す限り海になってしまい。
見えない目標に向かって飛ぶために、推測航法を行いました。
飛行機の速度と飛んでいる方角から、今この辺をこっちに向かって飛んでいるな、と計算し。一見奇跡的ながら、ほとんど計算どうりに、まいごにならずに飛んだらしい。
*この成功には、リンドバーグが郵便機のパイロットだったことがかなり決定的に影響したらしい。
一方、前の見えない飛行機なんて、さすがにできそこないすぎじゃね?とライアン社の人たちが悩んだかどうか?とある工夫で、不完全ながらなんとか前を見ることができる機構を開発し。
それは「潜望鏡」
以下に、ライアンNYPの操縦席の写真を掲載します。
緑楕円の部分が伸び縮み式の潜望鏡。写真は伸ばしたところで、赤丸の部分に前方の景色が映るようになっています。
https://www.si.edu/object/nasm_A19280021000
伸ばしたままだと空気抵抗もはんぱないので、よっぽどでなければ格納したまま飛んでいたと思われます。
こうして、ひねた片目のカニ、というか、飛行機のくせに潜水艦みたいな恐ろしい飛行機になってしまったライアンNYPですが、そのくせ大西洋横断にはこれ以上ない合理的な飛行機だったのでした。
カニの目じゃなかった潜望鏡
https://twitter.com/jack19998/status/846323667579486210/photo/1
◎小型の単発機。当時の長距離記録機は多発エンジンが多く。もちろん一発が壊れてもなんとか不時着できるぞ、という理由ですが、リンドバーグからみれば、一発でも壊れた時点で長距離飛行は断念だし、それより絶対壊れない、VWカブト虫みたいなエンジンを一発だけ積んだ小型機のほうがガソリンの消費が少なくていいじゃん、となった。
「壊れなければどうということはない」。
世界の名車かぶと虫
◎陸上機であえて洋上を飛ぶ。やっぱり何らかのエンジン不調や、迷子になっちゃった!というときに、水上機であれば着水してゆっくり天測、ができるが、リンドバーグから見れば、着水なんて余計なことをした時点で新記録は望めない。燃費も落とせ、エンジンの性能を最大限に発揮できる陸上機以外の選択肢はなかった。
◎この結果、すべてうまくいけばこれ以上合理的な飛行機はない、けれど、何かがうまくいかなければ、即行方不明という、やけくその飛行機になってしまったのでした。
ついでながら、飛行性能を高めるために、尾翼、特に水平尾翼をちっちゃくしてしまったため、安定性が得られず。まるでBf109とかF4Uか?みたいになってしまい。
それにしても、こんなできそこないの飛行機で大西洋横断なんて、きっとリンドバーグはよっぽど悪いことをして、とにかくアメリカを脱出だ!と追い込まれていたのかもしれん。うまく成功して有名人になったので、過去の悪行は帳消しになったとか。
なあああんて!
幸いうまくゆき。
33時間の飛行の後、見事パリに着陸。
最初の一言は「英語話せる人いる?」その次が「トイレどこ?」だったそうです。
トイレのないライアンNYPで成し遂げた偉業。
前が見えなくても大西洋は横断できる、というプラグマティズム(実利主義)の権化みたいな事例でした。
郵便機の世界。宝塚「サン・テグジュペリ」
https://www.bilibili.com/video/av33353628/
ではでは。。。。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。